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ミステリの祭典

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怪奇探偵小説名作選(9)氷川瓏集-睡蓮夫人
ちくま文庫

作家 氷川瓏
出版日2003年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2022/12/24 22:43登録)
氷川瓏というと、やはりペンネームのカッコよさで子供の頃から妙に名前を覚えていた。ポプラ社乱歩のリライターだからねえ。「十三の〜」アンソロの渡辺剣次の兄だから、いくつかアンソロで読んだ...のかな、もうひとつ作品の方は印象がない。まあでも興味はある。このアンソロは事実上氷川のミステリ全作品を収録だから、全貌がわかる。

この人乱歩と縁が深い人なんだが、「抜打座談会」に出席した「文学派」に名前が上がっているし、この本に収録された「天平商人と二匹の鬼」「洞窟」の2作は本名で木々高太郎の本拠地でもある「三田文学」に掲載した作品だったりもする....乱歩と高太郎の両方に贔屓にされたという、ちょっと不思議な面がある人。もともとの探偵文壇デビュー作「乳母車」は弟経由で乱歩の目に留まって「宝石」の創刊第二号に掲載、このショートショート、なかなか雰囲気がよくて乱歩の「目羅博士」を思わせる月光の魔術。

だから幻想小説家としての乱歩が目を掛ける、というのも頷ける話。「宝石」などに「春妖記」「白い蝶」「白い外套の女」といった幻想掌編を発表したわけだが、典雅な筆致で描かれた幻想小説でこれといったヒネリはないけども、雰囲気のいい作品であることは間違いない。で看護婦を主人公にしてビアン風味がある犯罪小説の「天使の犯罪」の心理描写のきめ細かさとか見ると、やはり「文学派」という印象も強まる。
しかし同時期の「風原博士の奇怪な実験」は、性転換大魔術?な話。本格マニアだったら本作しか褒めないかなあ...と思わせるような仕掛けがある。この作品でも心理描写や筆致に魅力があるのは確か。でも文章に凝るタイプで、「寡作」から自分を追い詰めて書けなくなる、という大坪砂男と似た面は感じる。
とはいえ、大坪砂男のケレンに満ちた「華」はない。クラブ賞該当作なし、でも奨励賞3作のうちに入った「睡蓮夫人」でも、丁寧に書かれた幻想譚ではあるけども、プロットに珍しさがあるわけではない。ポエジーはあるんだけどもねえ...
この時期だったら子供視点で描いた皮肉な仇討ち話の「窓」や、恋愛心理を追求した「洞窟」の方がずっといい。幻想小説へのこだわりが見えるけども、リアルな心理と情景を丁寧に描くと、この人の持ち味がよく出るように思うんだがなあ。

でどんどん書けなくなって沈黙するんだが、70年代には「幻影城」で、天城一とか朝山蜻一とかと並んで復活。3作描くけども、2作は昔の幻想小説の焼き直しみたいでいまひとつ。子供視点で江戸情緒が残る根岸あたりを舞台に描いた「路地の奥」は、「窓」と同じように筆が乗っていていい。

解説の日下三蔵も「マイナーポエット」呼ばわりするわけで、やはり「いいところはあるけども、少し決め手に欠ける作家」というのが正直なところ。それでも伸びやかで典雅な文章のよさが一番記憶に残る。

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