虫暮部さんの登録情報 | |
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平均点:6.22点 | 書評数:1848件 |
No.1148 | 4点 | 招かれざる客 笹沢左保 |
(2022/03/10 11:28登録) 第一の事件。非常階段にあった死体の発見、犯行時間の特定、いずれも偶然なのである。発見は犯行の2日後。もっと遅れて死亡推定時刻に1日単位の幅が出たら、犯人のアリバイ工作は無意味になってしまう。かと言って早過ぎてトリック完了前に呼び出されても困る。適切なタイミングで発見させる工夫も必要だったのでは。 第二の事件。ガレージの二階。犯人の行動は非常にやる気のあるトリックと言うか、自分が容疑者になる前提で一芝居打っているわけで、とても積極的。私の印象として犯人は “深く傷付き疲弊した人” なんだけど(そして第一の事件では “あいつを殺してやる!” と言うこと自体が気力の支えになったと思うんだけど)、それがこの段階で、この動機の殺人で、こんなことするかなぁ? と違和感あり。 それとも、ボロボロになった故にこそ、“自分に対して冷たい世界と密かに敵対する” ことを楽しんでいたのだろうか。警部補とのやりとりには確かにそんな突っ張ったニュアンスが無くもない。 そもそもの発端となった労組スパイ事件。そんな処分通告をしたらスパイ行為がバレて当然じゃないか、阿呆か、と思った。 壮年夫妻が妊娠中の20代女性を養女として迎える際、生まれて来る赤ん坊も夫妻の子として入籍するのがいちばんいい――このくだりの意味がよく判らない。もしかして、戸籍上だけでも両親揃っている方が良い、と言うこと? |
No.1147 | 9点 | 三体Ⅲ 死神永生 劉慈欣 |
(2022/03/01 12:42登録) 前2巻が主人公の強烈なキャラクターを大きな推進力としていたのに対し、今回の程心は比較的控え目な普通の女性で、おまえ何やっとんじゃあと頭を抱えたくなることもあったが、代わりにSF的アイデアの乱れ撃ちが物語を引っ張り思えば遠くへ来たもんだ。 便乗してくっついて来たようなAAの存在が、しかし意外にいい味出してる。暗号解読も楽しい。最後まで容赦無く追い込みつつ、着地点はまぁ納得。波乱万丈時空の旅で私の脳細胞も活性化したような気分。 おかげで気付いてしまった。“智子遮蔽技術”は変だ。三体世界の協力が無いと、きちんと機能している確証は得られないが、その協力に嘘が無い保証も無い。 |
No.1146 | 8点 | 恐怖の谷 アーサー・コナン・ドイル |
(2022/03/01 12:41登録) 悪漢小説になる第二部が面白い。リスク管理の重要さを説く、含蓄に満ちたエンタテインメントである。 コナン・ドイルは、書きたいもの・上手く書けるもの・書くよう期待されているもの、の齟齬に苦労したんだろうな。そのへんがあからさまになる長編のホームズは罪作り。 |
No.1145 | 7点 | タイタンのゲーム・プレーヤー フィリップ・K・ディック |
(2022/03/01 12:41登録) 人口激減の未来社会で異星人あり超能力あり不可解なシステム多数あり。殺人事件が発生し、刑事や弁護士も登場。 しかし特殊設定ミステリならその設定を確定すべきなのに、そこがどうもあやふやで後出し連発。例えば殺人の位置付けにしても、異星人に支配された社会ゆえどうでもいい事なのか、逆に物凄い大罪なのか、よく判らない。 その、よく判らないまま進行する話を読まされる感じが妙にふわふわと心をくすぐる(話そのものではなく)。そこキチンとしてよと言う突っ込みをものともせず進む作者と私の間の空気感。それはまさに日常に潜む幻覚でありフィリップ・K・ディックそのもの。作者が多分意図しないまま、特殊設定ミステリが曲がりなりにも成立し(かけ)てしまったのだ。 |
No.1144 | 8点 | 伯林-一八八八年 海渡英祐 |
(2022/02/22 13:52登録) 本作には、作者の熱意と素材選びの良さが化学反応を起こして、実力以上の作品が生まれてしまったようなサムシングを感じる。根拠は無いが。 ミステリとしての緻密さには欠けるものの、それが却って歴史小説としての重さを支えているかも。存在ではなく“不在” が最後の決定的な証拠になるのは上手い。別れ際の対話で語られるのは “自らの罪が罰されないことの哀しみ” である(その点で、犯人の表に出ないキャラクターがちゃんと作られていると私は思った)。 |
No.1143 | 6点 | 櫻子さんの足下には死体が埋まっている 櫻花の葬送 太田紫織 |
(2022/02/22 13:47登録) 曲がりなりにもミステリなのに前半は承前のストーリー。かなり忘れていたので前巻再読の上で臨んだ。この2冊は上下巻扱いにするのが親切では。 シリーズ中しばしば仄めかしていた不穏な未来の予告に十全に応えるものではない。ぶっちゃけ櫻子さんは最終巻で死ぬと予測していた(“期待” とは言うまい)。 きっちり収めるのではなく雰囲気重視っぽいが、そこそこ妥当な終幕ではある。しかし見方によっては、相手方の “悪意” をこれ以上書き続けられなかった作者の敗北、にも思える。ヘクターに最も時の流れを感じた。 |
No.1142 | 4点 | 書斎の死体 アガサ・クリスティー |
(2022/02/22 13:45登録) このトリックは苦しいな~。 あんな嘘が通用するのだろうか? 葬儀の時とか……。 死亡推定時刻がどのくらいの幅で出るかは予測不能だから、朝までアリバイ工作すべきでは? “時間を延ばせないか?”“ノー”と言うやりとりがあったが、医師がもう少し無能だったら容疑者の筆頭だよ(しかも間違った推理で)。 あっ違う、夜更けに帰宅してあっちの彼が死体を発見・通報する想定だったのか。だとしても予測不能なのは同じだし、通報が早過ぎてもアウト。まぁ犯罪に賭けの要素が混ざるのは止むを得ないか。 アリバイの為に一人殺す鬼畜っぷりは高ポイント。 |
No.1141 | 8点 | ブードゥー・チャイルド 歌野晶午 |
(2022/02/16 13:46登録) “前世” の謎は見事で、その解明に奔走する過程も読み易く面白く書かれていると思う。但し―― 基本的に悪意は何処にも無いのに過去のものも含めて殺人2件、意識不明1件。暴力に対するハードルが低い。 “英語が通じない” と言うだけで一気にコミュニケーション不全に陥っているようで極端。 牧師の対応は何か韜晦しているみたいだなぁ。 4章。“奥さんは、あなたとは無関係の来客がある場合でも、あなたに伝えるような人でしたか?” とは変な質問だ。伝えなかったら “伝えていない” ことも判らないじゃないか。ネタじゃないよね? |
No.1140 | 5点 | シャーロック・ホームズ最後の挨拶 アーサー・コナン・ドイル |
(2022/02/16 13:45登録) 「ウィスタリア荘」、“粘土に牛乳をぶっかけたような色なんです” とは、悪夢を見そうな素晴らしい表現だ。「ブル-ス=パーティントンの設計書」、マイクロフトは事態収束の手段が非合法になりかねないと予測して弟に押し付けたんだな。「悪魔の足」、ミステリと言うよりホラーだけど好き。「瀕死の探偵」「最後の挨拶」は事件の終幕だけを描く新機軸が工夫なんだか手抜きなんだか。 |
No.1139 | 4点 | 高層の死角 森村誠一 |
(2022/02/16 13:44登録) 第二の殺人(美人秘書殺し)について。犯人は何故こんなトリックを弄したのか? アリバイ工作とは基本的に、自分が疑われる前提で行うものである。しかし、犯人は被害者との関係を厳重に秘匿していた。トイレの一枚の紙切れから捜査線上に名前が挙がったのは想定外、かなり運が付いていなかった。 つまりは “無駄に終わる可能性は高いが、念の為に” と言う工作なのである。それにしては随分と手間暇も金もかけていて、当日はハード・スケジュールをこなして、これで疑われなかったら勿体無いくらいだ。 そして結果として、暴かれてしまうと数々の不自然な行動について言い逃れ出来ないだろうから、却って仇になったのではないか。そのへんの皮肉さに全く言及されていないのだから、作者は気付いていなかったのだろう。 要するに、アリバイものを書くなら、端から疑われるポジションに犯人を設定しておいた方が、こうしたイチャモンを付けられずに済むと言うことである。 |
No.1138 | 5点 | 火曜クラブ アガサ・クリスティー |
(2022/02/09 15:07登録) ミステリとしてはたいしたことないが会話劇としての良さでまぁ読めた。 「バンガロー事件」と似たケースがアイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』シリーズにあるのは意図的な模倣? と言うか “真相がアレなら相応の手掛かりを示す必要があるでしょう”と指導したかったのかも。ミス・マープルは何故気付けたのか。 「溺死」もミス・マープルの推理の道筋が書かれていないのが残念。野菜売り云々は “もっともらしい(けれど意味が無い)ことを言って煙に巻く” と言うジョークだと思うんだよね。 |
No.1137 | 5点 | 繭の夏 佐々木俊介 |
(2022/02/09 15:06登録) スリーピング・マーダーものとしてオーソドックスかつ無難な流れのあとで “えっ、そんな動機で殺したの?” と来るところがナイス。正気と狂気が混ざった感じで。 一方、自殺の動機はフィクションとして物足りない。相手を殺すならともかく。 と、書いて気付いたが、二つの死に直接的な関連性は無いんだね。タイミングのせいで連続的に見えただけ。その点もフィクションの構成として如何なものか。 部室の “外からしか施錠/開錠出来ないドア” って何? 上の階だと閉じ込められたら窓からも出られなくて危険。 |
No.1136 | 6点 | 嘘と正典 小川哲 |
(2022/02/05 10:41登録) 表題作と「魔術師」は、一つのネタを鏡写しにしたようなペアで、単独で読む分には問題無いのに、わざわざ一冊の本に併録するのは戦略ミスじゃないだろうか。「ムジカ・ムンダーナ」、柴田勝家のような文化人類学SF。結末があっけなさ過ぎる。「時の扉」、投票についての問い(推理クイズ?)が面白い。 良心的だが小品(必ずしも悪い意味ではない)との印象が残る短編集で、直木賞にノミネートまでされたのは、SFをよく知らない人が選んだのだろうとしか思えない。 |
No.1135 | 6点 | らんちう 赤松利市 |
(2022/02/04 10:07登録) 本文中の表記はあくまで “ランチュウ”。もしやこのタイトルは ♪魚で一番かなしい金魚 金魚で一番かなしいらんちう~(たま「らんちう」) なのだろうか。だからどうってことではないが。自己啓発セミナーでさだまさしの曲が使われていたのには苦笑(あの人の歌詞の “正論” は確かに使いようによっては危うい)。 いやぁ気持悪い話だ。前半は前川裕、後半は深木章子って感じ。 |
No.1134 | 8点 | 痾 麻耶雄嵩 |
(2022/02/03 13:45登録) 謎の為に世界を作っては壊す傲慢さが清々しい。 |
No.1133 | 5点 | 誰も死なないミステリーを君に 眠り姫と五人の容疑者 井上悠宇 |
(2022/02/03 13:44登録) 登場人物が他人の事情にグイグイ突っ込み過ぎではと思うが、これは設定ってことでいいか。記述者が独白で自己陶酔気味、これもまぁ設定ってことで。 物語として水面下に留めた部分が多過ぎて、面白さを殺いでしまった感じ。行儀良過ぎ。もう少し、腹を開いて内臓がでろ~ん、みたいな部分があってもいい。 |
No.1132 | 5点 | 犯罪は二人で 天藤真 |
(2022/02/03 13:43登録) オチは読めたが面白かった「採点委員」。オチ以外は面白かった「隠すよりなお顕れる」「純情な蠍」。登場人物が回りくどい芝居をして “最初から全て罠でした” みたいな設定は好きではない。 全体的に、ユーモアが作品を生ぬるくしている感がある。しかしそれを削ったら天藤真の意味が無いしねぇ。 |
No.1131 | 6点 | 砂漠の薔薇 飛鳥部勝則 |
(2022/02/01 13:45登録) この人は “作風” が強烈過ぎて、作品同士の差別化を無効化しちゃうところがある。だから、自らの作風に対抗出来るだけの核が一作ごとに欲しいところ。 さて本作、或る種の空虚さはなかなか上手く表されていると思う。ダミーのトリックもナイス。しかし全体としては、作風にやや流され気味。 |
No.1130 | 8点 | 魔境物語 山田正紀 |
(2022/01/30 12:08登録) 光風社版、天野喜孝の美麗表紙が素敵。 山田正紀のこの時期の冒険小説系作品は “はみだし者達の即席チーム、無謀な道行” ばかりなのだが、「まぼろしの門」はその中でも最高位に置くべき逸品。孝平がいるからこそ嘉兵衛のキャラクターが生きる構造に仏教を上手く絡めて、ラストシーンではもう泣きそう。 「アマゾンの怪物」も、パターン通りではあるが作品の水準として劣るものではない。全員に裏がある省エネ設定? ただ、中編2編収録と言うなんとも中途半端なパッケージが、山田正紀作品リストの中で本書の存在感を妙に薄くしているように思える。せめてもう1編あれば……もしかして “魔境” テーマでシリーズ化するつもりが頓挫したのだろうか。 |
No.1129 | 7点 | 宇宙の戦士 ロバート・A・ハインライン |
(2022/01/30 12:07登録) ハインラインは本作を書いたら右翼と言われた。さもありなん。 (小説で得た知識によれば)“部外者には共感しがたい価値観を基準にした縦社会” と言う点で、軍隊・警察・暴力団・宗教団体・体育会系は似ていて、書き方が上手ならそういった“異界”を泳ぐのは面白い。戦争モノはあまり好まないが、SFが混ざるとサラッと読めるな。 ミリタリーSFとしてのテクノロジー設定が、近年の作品(例えば林譲治『星系出雲の兵站』)と並べてもさほど遜色が無いのでびっくり。新訳の語彙のおかげ? いや、コレは逆で、昔も今も戦争は或る程度泥臭く描いたほうが受ける、と言うことか? 最後の方にちょっとだけ登場する “特殊能力者” は余計だと思う。世界設定が揺らぐ。 |