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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.748 6点 要介護探偵の事件簿
中山七里
(2012/09/08 22:30登録)
デビュー作「さよならドビュッシー」に登場する玄太郎じいちゃんを探偵役とする連作短編集。
「安楽椅子型探偵」ならぬ、「車椅子型探偵」としてハチャメチャな探偵振り・・・

①「要介護探偵の冒険」=相手は最初から何と「密室殺人事件」。販売前の建売住宅という舞台設定らしいトリックではあるが、真犯人もサプライズ感あり。
②「要介護探偵の生還」=話は前後するが、本作が①の前で「玄太郎最初の事件」とでもいうべきもの。リハビリ施設で繰り広げられる美談が実は・・・という展開。脳梗塞を患いながら奇跡の復活を遂げた玄太郎じいさんの不屈の精神に拍手!
③「要介護探偵の快走」=これはもちろん「回想」のもじりだろう。高齢者を次々に襲う暴力犯に対峙する玄太郎だが、実は正体は意外な人物・・・っていうのは分かりやすい展開かな。
④「要介護探偵と四つの署名」=今回は何と銀行強盗に巻き込まれ、人質になってしまう玄太郎。でも、そこは「人生の経験値」が違う、というわけで、逆に犯人たちを最後には懐柔してしまう。たった1つの事象から意外な黒幕の存在をほのめかすプロットは良い。
⑤「要介護探偵最後の挨拶」=これが本当に「最後の事件」になってしまう・・・(「さよならドビュッシー」を読まれた方なら分かるが)。そして、「さよなら・・・」で探偵役を務める天才ピアニスト・岬洋介が玄太郎とタッグを組み、難事件を解決する。このトリックは今まであまりお目にかかったことない斬新なもの(飲むんじゃないからね・・・)。

以上5編。
出来の良い作品集。
何より「玄太郎じいさん」のキャラクターが秀逸。本作だけでは実にもったいない。
自身の経験値を背景に、些細な事象から事件を紐解くという見せ方もなかなかで、作者の「うまさ」を感じさせる。
トリックは既視感のあるものもあるが、⑤などは使い古された毒物をうまい具合に処理している。
読んで損のない作品という評価でいいんじゃない。


No.747 3点 セカンド・ラブ
乾くるみ
(2012/09/01 19:18登録)
大ヒット作「イニシエーション・ラブ」の続編的位置付けの作品(直接の関係はありませんが)。
今回はどのように騙してくれるか、期待を込めて読み始めた訳ですが・・・

~1983年元旦、僕は会社の先輩から誘われたスキー旅行で、春香と出会った。やがて付き合い始めた僕たちはとても幸せだった。春香とそっくりな女性、美奈子が現れるまでは・・・。清楚な春香と大胆な美奈子。対照的な2人の間で揺れる心。「イニシエーション・ラブ」に続く二度読み必至の恋愛ミステリー~

ひとことで言えば『期待はずれ』。
叙述トリックがどうだとか、作者の「仕掛け」がどうだった、と評する前に・・・
一冊の「小説」として全く面白くなかった、というのが正直な感想。

トリックについては、確かに「凝ってる」といえば凝ってる。
あの序章があっての終章だから、最初は「エッ!なぜ?」という感覚になるが、ラスト2行の意味が分かると「あーそういうこと」とのことで納得がいく。(伏線もきっちり張られてたしね)
名前のアナグラムや中森明菜・宇多田ヒカルの曲名をもじった各章のタイトルもまぁお遊びとしては面白いだろう。
でも、ほぼそれだけのことではないか?
恋愛に不器用な男を巡るストーリーという点では「イニシーエーション・ラブ」と同様だが、主人公の言動があまりにイタすぎて、前作ほどラブストーリーとしても楽しめなかった。

とにかく「誉める点」が見当たらない、というのが本作に対する評価。
(続編はせめて前作くらいの「仕掛け」が欲しいところ。)


No.746 6点 鬼蟻村マジック
二階堂黎人
(2012/09/01 19:16登録)
名探偵(?)・水乃サトルシリーズ。
因みに「・・・マジック」は社会人・サトルが活躍するシリーズで、大学生のサトルが活躍するのは「・・・の不思議」。

~会社の先輩・臼田竹美に、実家で婚約者のふりをして欲しいと頼まれた水乃サトルは、長野県の北端にある寒村・鬼蟻村を訪れ、連続殺人事件に巻き込まれる。村に残る鬼伝説と昭和13年に起きた不可思議な密室からの犯人消失事件の謎を含め、すべての真相を明らかにすべく、サトルの頭脳はフル回転を始める!~

本格ミステリー好きならいかにも「そそられる」展開、道具立て。
プロットのベースは横溝「犬神家の一族」そのもので、信州の旧家に巻き起こった相続争い、いがみ合う腹違いの3人姉妹、突然登場する新たな相続人、などなどかなり露骨になぞっている。
そして、メインとなる謎が密室からの「人間消失事件」。
これは、昔の事件にも現在の事件にも共通した謎として登場し、まずまず魅力的な謎としては機能している。

ただ、これは本格好きにとっては「かなりやさしい」レベルの問題ではないか?
(ネタばれかもしれないが)・・・ある登場人物がかなり特徴的に書かれ、それがモロにトリックに直結しているのがいただけない。
個人的にも、前半だけでトリックの骨格はおおよそ分かってしまった。

もう一つ。これだけの道具立てを揃えたのだから、もう少しストーリー的な深みというか、スゴ味があってもいいのになぁ・・・
初期の蘭子シリーズには、好き嫌いは別にして作品中に何とも言えない「世界観」があったのに、最近の作品は小説として薄っぺらいように思えてならないのだ。(これもないものねだりのファン心理かな)

本作も別に駄作ではないのだが、そういう意味での「物足りなさ」は残った。
(今回はサトルのおふざけも控えめで、マトモな名探偵として振る舞っている。)


No.745 7点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅲ
エドワード・D・ホック
(2012/09/01 19:13登録)
不可能犯罪を取り扱ったシリーズといえばコレ。アメリカの田舎医師サム・ホーソーンが大活躍する本シリーズ。
第3弾となる本作も相変わらず彼の推理が冴え渡る。

①「ハンティング・ロッジの謎」=まさに「ジャブ」的な1編。いわゆる「雪密室」(足跡のないやつ)を扱ったものなのだが、雪の上に唯一付いていた細い線というのがミソ。でも、結構難しそう。
②「干し草に埋もれた死体の謎」=これはアリバイに関する不可能犯罪。トリックの肝はよくある「手」なのだが、こういう種類のトリックに対していつも思うのは、『人間の目ってそんなに節穴なのか?』・・・
③「サンタの灯台の謎」=一人旅の途中でサム医師が殺人事件に巻き込まれる。トリックは推理クイズレベルなのだが、真犯人については見事に逆転が嵌っている。
④「墓地のピクニックの謎」=ピクニック最中に突然駆け出した女性が、そのわずか後に溺死体で見つかるという超難問なのだが・・・。解答はまぁこれしかないというものだが、これも②と同種のトリック。まさかサム医師も騙されるとは・・・
⑤「防音を施した親子室の謎」=これはなかなかの傑作。新装オープンした映画館。その中にある「親子室(=密室)」で町長が銃撃される事件が発生。何とその前日、町長の銃殺を予告した男が先に毒殺されていた・・・。まずはプロットが素晴らしいし、不可能犯罪のレベルも高い。
⑥「危険な爆竹の謎」=爆竹の1つに仕掛けられたダイナマイト級の火薬で爆死させられた兄と大怪我を負った弟・・・。本作も意外な真犯人とその正体がラストで指摘される。
⑦「描きかけの水彩画の謎」=事件そのものは単純なアリバイトリックの解明で終結。それよりも、探偵稼業中に患者を死なせてしまうという事態に陥り、深く落ち込むサム医師に同情。
⑧「密封された酒ビンの謎」=「禁酒法」解禁の日のお祝いで振る舞われたシェリー酒。無作為に選んだはずの1本を呑み毒死させられた被害者。他のビンは無毒だし、ビンに毒を詰める方法もないように思えたが・・・
⑨「消えた空中ブランコ乗りの謎」=サーカスの最中、5人組の空中ブランコ演者の1人が消えてしまい、次の日に死体で見つかる・・・というのが本作の謎。消える仕掛けはかなり「粗っぽい」し、本当に成功するのか?
⑩「真っ暗になった通気熟成所の謎」=本作は葉タバコ乾燥用の施設内での殺人事件。このトリックも推理クイズ向きだとは思うが、利き腕の問題は、別にサム医師じゃなくても気付きそうだが。
⑪「雪に閉ざされた山小屋の謎」=本作も①と同様「雪密室」がテーマ。このトリックも物理的には可能かもしれないが、実際やるには相当リスク高いんじゃないかな?
⑫「窓のない避雷室の謎」=新たに雇い入れた看護婦に殺人の嫌疑がかかる。でもこのトリックは「掟破り」ではないか・・・?

以上12編にボーナストラックとして非シリーズもの1編(「ナイルキャット」)。
さすがに似通ったプロットが出てくるし、玉石混交という思いは残るが、それでもミステリーとしての面白さは十分感じられる好編。
人物造形も相変わらず巧みで、何だが自分もノースモント市民になったような気分さえ味わえる(?)
でも、たかだか人口千人足らずで、これだけ不可能犯罪が頻発する町って・・・ある意味スゴイっていうか住みたくない!
(ベストは⑤。③④あたりも面白い。)


No.744 7点 封印再度
森博嗣
(2012/08/27 16:26登録)
「詩的私的ジャック」に続くS&Mシリーズの5作目。
ノベルズ版で発刊時に読んだ記憶があり、「なかなかよくできた作品だった」ような記憶があったのだが・・・

~50年前、日本画家である香山風采は息子・林水に家宝「天地の瓢(こひょう)」と「無我の匣」を残して密室の中で謎の死を遂げた。不思議な言い伝えのある家宝と風采の死の秘密は、現在に至るまで誰にも解かれていない。そして今度は、息子・林水が死体となって発見された。2つの死と家宝の謎に人気の犀川・西之園コンビが迫る!~

トータルで評すれば「よくできた」作品だと思う。
他の方の書評を拝見すると、本作に対する評価は「肯定派」と「否定派」に割とはっきり分かれているようだが・・・
まず、トリックに関しては、①例の「祐介(子供ね)の発言」に対する解釈、②密室の構成、③「天地の瓢」と「無我の匣」の仕掛け、の3つに分けられるかな。
まず、①については確かに「微妙」な気はする。作者もそれは感じていて、事前に伏線を不自然なくらい用意してる(幻魔大将軍のくだりね)のだろう。②については、いかにも「理系」的な密室アプローチともいえるが、これは初歩的な科学現象だし、途中で察する方も多いだろう。
やっぱり秀逸なのは③。『なぜ現場から凶器が消失したのか?』というミステリーテーマに斬新な解答を施しているのではないか?
もちろん、このような特異な物質の存在に関する知識云々の問題はあるが、犀川のトリック解明シーンでは久々にカタルシスを覚えた。

プロットでいえば、タイトルどおり『Who inside?』に拘った点が面白い。
本作は作者がこれまで拘ってきた密室構成そのものより、誰が密室内にいたか(或いは留まっていたのか)という謎に特化して提示される。
それが、トリックと有機的に結びつく点が作者のスゴ味。
ただ、そこに固執するあまりそれ以外の部分にやや無理が生じてしまったのがやや難点かな(→香山マリモの記憶の部分など)。

まぁ、否定派の皆さんが言及されてるとおり、ちょっと冗長感があるのは事実だし、犀川と萌絵のラブストーリー的要素が増殖したようなところもあり、その辺は評価が分かれるのはやむ得ないかも。
でも、個人的には十分出来のいい作品と評価したい。


No.743 7点 ブラウン神父の醜聞
G・K・チェスタトン
(2012/08/27 16:23登録)
ブラウン神父の作品集もついに最終譚。
相変わらずの「逆説」的真相と「読みにくさ」は今回も健在。

①「ブラウン神父の醜聞」=不倫を犯した妻を逃がした・・・という「醜聞」をまき散らされたブラウン神父。ただし、それは大きな誤解。真相は人間の初歩的な思い込みに関するものなのだが、マスコミ人がこんな偏見持ってちゃいけないでしょう。
②「手早いやつ」=イギリスのとある古ホテルで起こる殺人事件。胸には異国の剣が刺し貫かれているのだが、死因は毒殺・・・。ある宗教家を巡る殺人事件に珍しくブラウン神父が拳をかざして立ち上がる!
③「古書の呪い」=いかにもブラウン神父ものらしい作品。1冊の古書をめぐる連続人間消失事件に対して痛烈な逆説的解決が浴びせられる。敢えていうなら、動機が若干分からんがこれは名作だろう。
④「緑の人」=これもよくできてる。アリバイ的な部分はかなりお粗末なのだが、一人の女性を通して人間の「金銭欲」に対する浅ましさを痛切に皮肉ってるところがミソ。
⑤「ブルー氏の追跡」=これもお得意の「逆説」が決まった作品。まあ、はっきり言えば「二番煎じ」か「焼き直し」なのだが・・・
⑥「共産主義者の犯罪」=これはタイトルそのものが逆説的仕掛けを孕んでいる。「マッチ」という小道具をきっかけに、これまた表層とは異なった解決に導かれる。
⑦「ピンの意味」=ちょっとごちゃごちゃして背景が分かりにくい作品。
⑧「とけない問題」=久々に親友・フランボウが登場。協力してある事件を解決することに。死亡したあとに、なぜか首を吊るされ、なぜか剣で刺された死体を巡る事件なのだが、これはプロットが見事。ラストも実にブラウン神父らしい・・・
⑨「村の吸血鬼」=掉尾を飾るにはちょっと迫力不足かな。今までの焼き直しレベルという感じ。

以上9編。
5作目まで来るとさすがにレベルダウンは免れないかなという予想でしたが、意外に健闘。満足のいく水準と言ってよいでしょう。

というわけで、「ブラウン神父」シリーズ全5作を読了。
さすがに評判どおりと唸らせる作品もあれば、「どういう意味??」っていう作品まで、結構お腹一杯になりました。
シリーズ全作品を通じてのベストは、「折れた剣」や「見えない男」など、やっぱり「童心」収録の作品に落ち着きそう。
(本作では③⑧は双璧。④も意外によい。)


No.742 4点 ダブル・イニシャル
新津きよみ
(2012/08/27 16:21登録)
ノン・シリーズの文庫書き下ろし作品。
作者お得意の女性をターゲットにしたサスペンスミステリー。

~安藤亜衣里、木村京美、市川郁子。かつて米国で起きた「Wイニシャル殺人事件」の真似をするかのように、姓名のイニシャルが同じ女性が連続して殺害された。遺体には左半身に犯人による損傷が残される共通点があった。警視庁捜査第一課の刑事・井垣俊は、彼女らが同じ結婚相談所に登録していた事実に辿り着く。婚活の果てに幸福をつかんだはずの女性を狙ったのは誰か? 嫉妬にまみれた殺意の真相に迫るサスペンス・ミステリー~

うーん。期待したものとは違ったな。
紹介文を読んでると、嫌でもクリステイの「ABC殺人事件」的展開を想像するよなぁ・・・
(イニシャルAA→イニシャルKK→イニシャルIIが順に殺されていく)
となると、ミッシングリンクが作品のテーマで、もしかして「木は森に隠せ」って奴かな?
などと先走って予想してましたが、さすがに違うわな。(同じだったら、完全にパクリだ)

ただ、いくらなんでも真相がショボイ。
「Wイニシャル」に拘った理由なるものが「動機」だけというのは、やはり作者のミステリー作家としてのキャパの限界なんだろう。
そこにせめてもう一つ、ギミックを噛ませてこその本格ミステリーなんだけどなぁ・・・
って考えてましたが、そもそもそんな作品を志向してなかったんでしょうね、作者は。
婚活という”はやり”のキーワードに乗せ、女性心理にフォーカスを当てたライトサスペンス、というのが本作の狙いなのでしょう。

そもそも本格ミステリーの王道を期待して購入した私が馬鹿でした。
(時間つぶし程度だったらいいかもしれませんよ)


No.741 7点 黒後家蜘蛛の会1
アイザック・アシモフ
(2012/08/24 19:45登録)
安楽椅子型探偵シリーズといえば「本シリーズ」という方も多いのではないか。その第1作目。
~「黒後家蜘蛛の会」の会員-化学者、数学者、弁護士、画家、作家、暗号専門家の6名。それに給仕1名は毎月1回晩餐会を開いて四方山話に花を咲かせていた。一旦話がミステリじみてくると会はにわかに活況を呈し、会員各自が素人探偵ぶりを発揮する。ところが最後に真相を言い当てるのはいつも給仕のヘンリーだった!~

①「会心の笑い」=名探偵で給仕のヘンリーの「秘密」っていうか、「誕生の経緯」がまず明かされる。それはいいが、盗んだものが「○の平○」って・・・ガックリきた。
②「贋物のPh」=金はあるが誰よりも出来の悪い学生が、大学で一番厳しい教授の眼鏡にかなった理由は、というのが今回の謎なのだが、ヘンリーの指摘したことは実に単純なこと。
③「実をいえば」=短い作品。オチはそれなりに面白いといえば面白い・・・かな?
④「行け、小さき書物よ」=マッチブック蒐集家がどうやってマッチブックを使って暗号を作ったのか? 真相はコペルニクス的発想の転換が必要・・・(言い過ぎか?)
⑤「日曜の朝早く」=本作中では珍しく殺人事件が取り上げられる。要はアリバイトリックなのだが、これは日本人には分かりにくいかもしれない。でもなかなか面白い。
⑥「明白な要素」=これはなぁ・・・大胆といえば大胆なプロットなのだが、「馬鹿にしてんのか?」と言う人も出てきそうな気がする。
⑦「指し示す指」=今わの際に亡父が指し示した先にあるはずの「遺産」。でも、ない・・・。でも、それくらい普通分かりそうなものだけどねぇ・・・。
⑧「何国代表?」=「ミス・アース・コンテスト」(ミス・ユニバースみたいなもの)を巡る謎なのだが、これもトリックの肝がなんとも軽い・・・
⑨「ブロードウェーの子守歌」=いつものクラブではなく、メンバーのルービンのアパートにて開かれる黒後家蜘蛛の会、というのが面白い趣向。そこで、ルービンを悩ますある「音」の謎についてヘンリーの推理が冴えわたる。
⑩「ヤンキー、ドゥードゥル郡へ行く」=今回はアメリカの古い歌に関する謎。あまり印象に残らない。
⑪「不思議な省略」=遺言に仕掛けられた暗号の謎。「不思議の国のアリス」に関する暗号っていうところが面白い。
⑫「死角」=最後になって、実に本作らしいオチが用意された作品。こんなトリックってどうなの、って思うけどそれなりに面白い。

以上12編。
作品によって差はあるが、肩透かしのようなオチが多いのは事実。
でも、毎度道化役を演じる会のメンバーたちをはじめ、いつの間にか探偵役に収まったヘンリーなど、登場人物の面白さは秀逸。
安楽椅子型探偵としては、この程度のプロット・トリックに収める方がいい、ってことなんだろう。
(個人的に好みは①⑤⑫辺りかな。)


No.740 7点 ロスジェネの逆襲
池井戸潤
(2012/08/24 19:43登録)
「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」に続く、“破格の銀行員・半沢直樹”を主人公とするシリーズ3作目。
“ロスジェネ”とは、「ロスト・ジェネレーション」の略で、バブル崩壊以降の就職氷河期に社会に出た人たち(世代)のこと。

~ときは2004年。銀行の系列子会社・東京セントラル証券の業績は鳴かず飛ばず。そこにIT企業の雄・電脳雑技集団社長から、ライバルの東京スパイラルを買収したいとの相談を受ける。アドバイザーの座に就けば、巨額の手数料が転がり込んでくるビックチャンスだ。ところが、そこに親会社である東京中央銀行から理不尽な横槍がはいる。責任を問われて窮地に陥った主人公の半沢直樹は、部下の森山とともに、周囲をアッツと言わせる秘策に出た・・・~

本作も、「It's the 池井戸潤」とでも言いたくなる作品。
巻頭に本作を巡る人物相関図が挿入されているが、どれが悪人でどいつが善人かすぐに察しがついてしまった。
本作の舞台は、以前にあったライブドア事件をめぐる経済事件(ニッポン放送に対する買収とか)が下敷きになっていると思われ、ちょっと現在の情勢と比べると「古い」という感覚が拭えないが、造形からして「あの人」を思わせる登場人物が出てたり、買収をめぐる増資やホワイトナイトなど買収対抗策についても、「そういえば、そんなのあったな」と思われる読者も多いだろう。
そして、ラストはいつもどおりの「勧善懲悪」(!) 
これが何とも痛快なのだ。
作者へのインタビューかなにかで目にしたのだが、やっぱり「悪いものは悪い、良いものは良い」という当たり前のことを作品中に明快に訴えたいという「想い」があるようだ。

今回も主人公・半沢の考え方・行動はまさに「サラリーマンの理想像」。
銀行なんていうがんじがらめの組織で作られたヒエラルキーを次々に打ち壊し、自分の信念に従って真っ直ぐに王道を歩んでいく姿・・・
(こんな風に生きてみたいよなぁ・・・)
IT業界というドックイヤーを体現した世界で生きていく人間たちの「姿」も何だか切なく、身に染みてくる。

ただ、買収をめぐる攻防などは初心者向けに分かりやすくしているせいだろうが、ちょっとデフォルメし過ぎかなと思えるし、プロットに安易な部分が目立った点で評価を差し引いた。
(次作を予感させるラスト。半沢はお気に入りのキャラクターらしいので、今後の展開にも期待したい。)


No.739 6点 再会
横関大
(2012/08/24 19:40登録)
第56回の江戸川乱歩賞受賞作。
この秋、豪華俳優陣でTVドラマ化も決定した話題作。

~小学校卒業の直前、悲しい記憶とともに拳銃をタイムカプセルに封じ込めた幼馴染み4人組。23年後、各々の道を歩んでいた彼らはある殺人事件をきっかけに再会する。分かっていることは一つだけ。4人組のなかに、拳銃を掘り出した人間がいる・・・ということ。繋がった過去と現在の事件の真相とは?~

処女作品としては「見どころあり」というのが素直な感想。
受賞前から何度も最終候補作に挙がっていただけあって、新人らしからぬ練られたプロットが味わえる。
特に、現在の事件の真相を追うことで、過去の封印された事件の謎が徐々に解き明かされるという展開がうまい。
「タイムカプセル」に封じられた一丁の拳銃が全ての謎の「鍵」となり、その欺瞞が解き明かされたとき、サプライズ感たっぷり(!)の真犯人が判明するのだ。
終盤~ラストに向けての盛り上げ方も読者のツボを心得ていると感じた。
主人公4人がそれぞれ「運命」を背負いながらも強く生きていくという「姿勢」も好ましい。

処女作ということを承知のうえ敢えて苦言を呈するなら、強烈な「ご都合主義」という点だろうか。
文庫版解説でも触れられているが、あまりにも偶然の出会いが多用されていて、ここまで偶然が続く確率って何万分の1だろうか、という気にはさせられる。
あとは真犯人。
どうみてもドンデン返しのサプライズを狙い過ぎ。
真犯人の「立場」がトリックを支えているのだが、これは素人目にみてもリアリティが薄い。
(警察の○○管理ってこんなにズサンなのか?)

ということで、新人らしい粗っぽさは当然あるのだが、全体的にはよくできた佳作ということでよいのではないか。
(ちょっと甘いかな?)


No.738 5点 青チョークの男
フレッド・ヴァルガス
(2012/08/19 13:21登録)
1996年発表。パリの警察署長・アダムズベルクが活躍するシリーズ第1弾。
作者は現代フランス・ミステリー界の女王的存在とのことですが・・・

~パリで続く奇妙な出来事。夜のうちに歩道に青いチョークで大きな円が描かれ、朝人が見つけるとき、その中には何かが置かれている。クリップ、羊肉の骨、オレンジ、人形の頭、本、蝋燭・・・およそガラクタばかりだ。そして『ヴィクトール、悪魔の道、夜の道』という文字が必ず。誰がこんなことを? 人畜無害なイタズラと思われていたが、ある朝様相が一変する。円の中には喉を切られた女性の死体があったのだ。そしてまた一つ、また一つ、死体を囲む青い円。奇怪な事件となった青い円の謎に五区警察の署長アダムスベルクが挑む~

何だか奇妙な雰囲気のミステリー。
とでも言うべきなのか? 提示される謎自体は紹介文のとおりでなかなか魅力的なものに見える。
普通に考えると、「ミッシングリンク」的なテーマかと予想して読んでいたわけなのだが、そういうわけでもなかった。
なにしろ、いつの間にか容疑者候補が絞られ、途中で動機らしきものまで判明してしまう。
一応、ラストにドンデン返しも用意されてはいるのだが、これは無理やりではないか?
簡単に真犯人が「○○した」と書いてるが、その人物を実際にアダムスベルクを始めとする警察関係者も目の前で見ているわけで、そんなことに気付かなかったのか? という思いにならざるを得ない。

そもそも、作者の「狙い」が判然としないんだよなぁ・・・
巻末の訳者解説で触れられているが、作者の人物描写のうまさというのは確かにあると思うし、本作の登場人物についてもその片鱗が窺える。
ただ、「謎解き重視」の作品にしてはロジックが弱いし、リアリティ重視の警察小説的作品としては途中あまりにも端折り過ぎだろという気がしてならない。
要は中途半端ということかな。
好みの問題かもしれないが、個人的には高い評価はできない。


No.737 4点 焦げた密室
西村京太郎
(2012/08/19 13:18登録)
西村京太郎「幻の処女長編」と銘打たれた本作。
昭和35年、江戸川乱歩賞応募のために作者が書き上げたのが本作だが、それに手を入れてメデタク幻冬舎より出版となった。

~48歳の男3人が相次いで姿を消す事件が発生。失踪か誘拐か判然としないまま騒然とする田舎町で、密室殺人事件は起きた。容疑者を特定できない警察の捜査は混迷を極め、自称作家の江戸半太郎が事件解明に乗り出す。が、新たな殺人が起き、同時に「3人の失踪者を誘拐した」との脅迫状が届く・・・。複数の事件が絡み合う会心の本格ミステリー~

やっぱり、これは「習作」レベルだろう。
紹介文を見ると、さも魅力的な本格ミステリーに思えるし、事実最近のトラベルミステリーなどと比べると、随分作風が違うなあという印象ではある。
でもなぁ・・・タイトルに「密室」と謳ってて、このトリックはないよなぁ。
作中では格好よく「心理的密室」などと書いてるけど、こりゃ超初歩的な欺瞞だろう。
アリバイトリックに利用されるある小道具についても、これだけでは警察の怠慢を期待しないと成立しないトリックではないか?

真犯人も分かりやすいよなぁ・・・
他に犯人らしき人物が見当たらないので、「動機」にも察しが付いてしまう。
ということで、本格ミステリーとしてはちょっと評価できない。

まぁでも作者の心意気はよい。
この頃の作者は、何とか作家になってやろうと、当時の唯一の登竜門である乱歩賞に毎年複数作品を応募していたとのこと。
作中にもミステリーへの愛情が溢れていて、やっぱりこういう人こそ売れっ子作家になっていくんだなぁという感慨に耽ってしまう。
まっ、心を広くして読んでいただきたい一冊。


No.736 6点 リベルタスの寓話
島田荘司
(2012/08/19 13:17登録)
御手洗潔シリーズ。表題作が前編と後編に別れ、その間に中編「クロアチア人の手」を挟み込むという形式の作品集。
(「帝都衛星軌道」と同じパターンね)
これも作者が提唱する「21世紀本格」を具現化した作品なのでしょう。

①「リベルタスの寓話」=ボスニア・ヘルチェゴヴィナで酸鼻を極める切り裂き事件が起きた。心臓以外のすべての臓器が取り出され、電球や飯盒の蓋などが詰め込まれていたのだ。殺害の容疑者にはしかし絶対のアリバイがあった。RPG世界の闇とこの事件が交差する謎に、天才・御手洗潔が挑む~
というのが粗筋。いつもの御手洗ものらしく、不可能趣味溢れる謎と荒唐無稽なトリックが満載なのだが・・・
何か、作者が興味をもった対象物を断片的にいくつも取り入れ、繋ぎ合わせたような感覚が拭えなかった。
セルビアとクロアチアの歴史的な対立・抗争やリベルタスなる物体、そしてRMTと仮想通貨、はたまた幹細胞に関する医学的知識・・・
作者の剛腕で最後にはうまく丸め込まれたような感じになってしまうのだが、私のような一般的市民にはもはや想像すらつかない世界で御手洗の推理が行われていることに、やや寂しさを禁じ得ない。

②「クロアチア人の手」=これは石岡君も登場して、①よりはとっつきやすい雰囲気はある。ガスバーナーで焼き切るしかない鍵により構築された超堅牢な「密室」、なぜか路上で爆死する容疑者など、まさに島田テイスト溢れる作品ではある。
しかしなぁ・・・このトリックは「いいのかなぁ?」
真犯人の独白では、さも簡単そうにこのトリックを語っているが、とてもじゃないがそんな簡単には思えないんだけどなぁ・・・
(そもそも、そんなスゴイ性能を持つアレがあるのかどうかが怪しい)
ピラニアや生石灰、底のつながった水槽なんていうのは、いつか使ってやろうと思ってた「トリックの材料」なんだろうな。
そしてそれらを具現化させたのが「アレ」・・・

あれこれと難癖をつけてますが、決して「駄作」というわけではないですよ。
ただ、「荒唐無稽で突拍子もない」というだけです。(それならいつもの島田作品と同じだろ!)


No.735 6点 百番目の男
ジャック・カーリイ
(2012/08/14 21:24登録)
2004年発表。カーソン・ライダーシリーズの第1弾。
衝撃の真相を仕掛けたサイコ・スリラーかつ極上の警察小説(「文庫版あとがき」より)。

~連続放火殺人事件を解決、異常犯罪担当部署に配属された刑事カーソンには秘密があった。誰にも触れられたくない暗い秘密だ。だが連続斬首殺人事件が発生、事件解決のためカーソンは過去と向き合わなければならない・・・。死体に刻まれた奇怪な文字に犯人が隠す歪んだ意図とは何か? 若き刑事の活躍をスピーディーに描くサイコ・サスペンス~

うーーん。確かにこの「動機」はブッとんでる。
下ネタと言えば下ネタなのだが、まさかこんなことをするために連続殺人を引き起こしたうえ、死体に文字を刻むとは・・・
マトモに考えればまわりクド過ぎる気はするのだが、真犯人の歪んだ心情にリアリティを付与するという意味では正解かも。
フーダニットでいえば、中盤から「いかにも」それらしい人物を読者にちらつかせていたので、それはその程度でまとめるのかなぁと思いきや、もう一段「意外な」真犯人が用意されていた。
ただ、コイツの印象が弱いので、突然こんな「変態だった」と明かされてもちょっと唐突感はあった。

難を言えば、処女作らしい「読みにくさ」かな。
本作の帯で殊能将之氏が『文章は生硬、プロットはぎくしゃくし、達者とはいいがたい・・・』と評してますが、確かに肯けるところはある。
ラストの対決シーンもちょっと冗長に感じた。
ただし、それを超える爆発力を備えた作品ということは言えるだろう。
真犯人の標的とされるアヴァの造形もヒロイン像としてはやや異質だが(○○中だからね)、プロットを引き立てる要素としては機能していて良い。
(先に2作目「デスコレクター」を読んでしまったが、3作目以降も早晩読了の予定)


No.734 6点 ビブリア古書堂の事件手帖2
三上延
(2012/08/14 21:21登録)
今や大人気のビブリオミステリーシリーズの2作目。
本以外のことには超奥手だが、美人で巨乳の栞子さん! これもヒロイン小説だな。

①「時計じかけのオレンジ」=アントニー・バージェス著、早川書房ということでミステリーファンとしては知っておかなくてはいけない作品なのかもしれないが、生憎未読。発売元や作者の事情で異なるバージョンがあるというのはよくある話なのだが・・・こういうことって読書感想文レベルならよくあるんじゃないかな?
②「名言随筆 サラリーマン」=福田定一著ということで、「誰だそれ?」と思ってしまうが、これが何と司馬遼太郎の本名。氏が作家デビューする前産経新聞社勤務時代に発表した作品とのこと(ネタバレっぽくてスミマセン)。五浦の高校~大学時代の恋人が登場し、彼と栞子さんの関係にも変化が・・・。でもこの父親心理って何か分かる気がする。
③「UTOPIA 最後の世界大戦」=こちらも足塚不二雄・作ということで、「誰だそれ?」なのだがさすがにこれは分かりやすいだろう。本編では栞子さんの母親についてのエピソードが語れらるが、この稀覯本(マンガだけど)に纏わる謎に対しては逆説的な真相(オチ)が待ち受ける。でもこの作品(UTOPIA)、昭和20年代の作品ということだが、内容はシュールでハリウッドの映画を思わせる内容。さすが○子不二雄だね。
④「クラクラ日記」=本作は本編ではなく、プロローグとエピローグとして本編を挟む形で語られる。作者は坂口美千代という人物なのだが、これは坂口安吾の奥様。本編の裏(?)テーマである栞子さんの母親の謎に本作が深く関係している様子で、詳細は次作へ持越している。

以上4編。
前作よりも面白くなった。
“栞子さん”についても、徐々に謎が明かされ、それに対する過去のエピソードなども少しづつ開帖されている感じ。
今回題材となった「本」についても、その背景や薀蓄について面白く読ませていただいた。
ビブリオ・ミステリーとして十分楽しめる作品。
(どれがというわけではないが、栞子さんの可愛い反応が楽しめる②がいいかな)


No.733 6点 砂漠
伊坂幸太郎
(2012/08/14 21:19登録)
2005年発表の長編作品。
長編とはいえ、各章が春夏秋冬で分かれ、何だか連作短編のような味わいもある。

~入学した大学で知り合った5人の男女。ボウリング、合コン、マージャン、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、そして超能力対決・・・共に経験した出来事や事件が互いの絆を深め、それぞれを成長させていく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編~

これは全くミステリーじゃないな。
伊坂版「若者群像劇」(表現が昭和・・・)とでも言うべき作品。
普通5人の男女を主人公に、なんていうと、その中でドロドロでもつれ合う恋愛事情・・・っていう展開かと予想してしまうが、そんな要素は全くなし。もちろん、ラブストーリー的要素はあるのだが、全員が非常に「健全な」男女なのだ。
(東堂みたいな超美人がすぐそこにいるのに、終盤の西嶋以外誰も気に掛けないなんてあり得ない!)

ミステリー要素は皆無なのだが、仙台市内で頻発する空き巣事件と、西嶋が言うところの「プレジデントマン」事件の2つがストーリーの進行に合わせて一応語られてはいる。
特に空き巣事件の方は「鳥井」の腕の件もあって、もう少しサプライズ感のあるラストを予想してたんだがなぁ・・・
巻末解説では「西嶋」のキャラクターを絶賛していたが、個人的にはそれ程でもなかった。
(それよりも「鳥瞰型」の北村にシンパシーを感じてしまう。)

タイトルの「砂漠」とはどうやら大学生から見た「社会」のことらしいが、肯けるような肯けないような・・・
まっ、確かに「殺風景で乾いている」かもしれないが、それ程悪いものでもないよ。
(東堂みたいな奴がいるキャバクラ行ってみたいねぇ)


No.732 5点 雪花嫁の殺人
阿井渉介
(2012/08/06 22:10登録)
堀&菱谷両刑事が活躍する警視庁捜査一課シリーズの第3弾。
季節感を無視したセレクトでスミマセン・・・(この暑いさなかに「雪花嫁」って・・・)

~警察をも牛耳る政界の黒幕・壬生興之介。その息子で乱行を重ねる道安が殺された。雪の中の凶行現場には白無垢姿の「花嫁」がいた! 私兵を用いて報復を図る興之介を嘲るように起こる第二、第三の殺人。美しき殺人者の向こうに浮かび上がる、6年前の悲惨な出来事とはなにか? 警視庁捜査一課シリーズ渾身の第三弾~

作者のテイスト全開の作品。
阿井氏の作品といえば、「列車シリーズ」から本シリーズに至るまで「不可能趣味」+「重い動機」という2つのエッセンスで貫かれている。
本作でも、過去の悲惨な事故に端を発した連続殺人事件が起こるが、殺人者の怨念とも思える叫びが聞こえてくるかのような暗く重いストーリー・・・
真犯人については、前半からほぼ察しがついてしまうのだが、恐らく作者もあまり隠す意思がないのだろう。
(何しろ、「名前」からして真犯人としか思えない)

ということで、本作はあくまでも「ハウダニット」に拘った作品ということでよい。
トリックはずばり「雪密室」。
サッカーグランドの真ん中で発見された死体と被害者以外に足跡のない現場、そして越後湯沢の別荘地の庭でも同じように雪の中で足跡のない殺人が2件も発生し、しかも目に見えないほどのスピードで犯人が移動する・・・
魅力的な設定なのだが、トリック自体は前例のあるものなのが残念。
もう一つのアリバイトリックもかなり力技で、現場の地理的感覚がないと読者には推理不可能ではないか?

個人的には好みの範疇なのだが、かといってミステリー的に優れているという作品ではない。
ちょっと作者の「型」(不可能趣味+重い動機)に拘り過ぎたという感覚が拭えなかった。


No.731 3点 退職刑事5
都筑道夫
(2012/08/06 22:08登録)
「国産安楽椅子型探偵シリーズ」の定番といえば本シリーズ。
創元文庫版では「5」(徳間書店版では「4」)。

①「落葉の墓」=タイトル名は演歌歌手である登場人物の歌のタイトルからとったもの。切れ味のない「マッタリ」した作品。
②「凧たこあがれ」=本シリーズではよく登場する一昔前の東京(華のお江戸って感じかな?)の風物が味わえるのがまずまず楽しい。というのも、本作の事件は「退職さん」が現職の頃の事件を語って聞かせるというスタイル。
③「プールの底」=とあるホテルのプールの底から赤い血が水面へ浮かび上がる・・・というと何だか不気味な感じだが、真相はいたってのんびりしたもの、っていうかよく分からん。
④「五七五ばやり」=珍しく「俳句」を題材にした暗号ものなのだが・・・面白そうと感じたのもつかの間。これは「落語ファン」でもなきゃ解けんわ!
⑤「闇汁会」=「闇汁」とはいわゆる「闇鍋」のこと。闇鍋の最中に参加者の一人が青酸カリで毒殺されてしまう。フーダニットの面白さが味わえるはずなのだが・・・何か煮え切らない。
⑥「遅れた犯行」=男が殺人犯として自首してくるが、殺したと主張した男は生きていた。ところが3日後、その男が本当に殺されてしまう・・・という謎。プロットは結構魅力的なのだが。
⑦「あくまで白」=状況証拠が揃いいかにも「クロ」の容疑者だが、だからこそ「シロ」という気がしてならない「現職さん」。「退職さん」が見抜いた“弱さの自信”というのが割と面白い。ラストは皮肉が効いてるし・・・
⑧「Xの喜劇」=一応ダイニング・メッセージものなのかな。ただ、何とも面白くない真相だが・・・

以上8編。
うーん。ダメだな。
本シリーズは1~3までとそれ以降でクオリティに大きな差があるように見える。
本作はどれも短編らしいロジックの切れ味もなく、退職さんが「こうじゃないか?」という推理を述べているだけに思えるんだよな。
要はネタ切れってことかな。
(敢えて選べば⑥とか⑦だろうか。あまりお勧めはしないが・・・)


No.730 8点 家蝿とカナリア
ヘレン・マクロイ
(2012/08/06 22:05登録)
1942年発表の作者第4長編作品。
作者のメインキャラクターであるベイジル・ウィリング博士が探偵役として登場。

~精神分析学者のウィリングは魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが、劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。刃物研磨店に押し入りながら何も盗らずに籠からカナリアを開放していった夜盗。謎の人影が落とした台本。紛失した舞台用のメス。不吉な予感が兆すなか観客の面前で成し遂げられた大胆不敵な犯行。緻密な計画殺人に対して、ウィリングが鮮やかな推理を披露する。一匹の家蠅と一羽のカナリア・・・物語の冒頭、作者が投げつけた一対の手袋を果たして読者は受け止められるか?~

これはなかなか極上の逸品。
舞台は戦時下のNYの劇場。登場人物の多くは一癖も二癖もある俳優や舞台関係者たち、そして幕を開けた舞台で観客の目の前で起こる殺人事件・・・まさに本格ミステリーとしてはこれ以上ないほどの舞台設定だろう。
邦題となった「家蠅」と「カナリア」は、ウィリング博士が真犯人を特定するに至った「ヒント」そのものであり、それを作者は冒頭(プロローグ)で堂々と宣言しているところに、本作に対する並々ならぬ自信と矜持が窺える。
1942年といえば、クイーン・クリスティといったミステリー黄金世代からはやや外れるが、それらの作品に勝るとも劣らない作品だし、マクロイなら他の代表作(「暗い鏡の中に」など)よりも本作を押したい。
フーダニットの醍醐味や、クリスティばりの登場人物たちの心理描写の妙を味わうことができるだろう。

細かい齟齬についてはいろいろ考えられなくはない。
例えば、なぜわざわざ舞台上というややこしい環境で殺さなければならなかったのかについては明快な解答がなされていないし、「カナリア」を逃がした理由についても、心理的な理由にしてはあまりにも表層的に過ぎる気がする。(もし本当にそうなら、真犯人は籠のなかに飼われたカナリアを見るたびに放してやらないといけなくなる・・・のか?)

でもまぁ、トータルでは十分に読み応えのある力作、自信を持ってお勧めできる作品、という評価。
(ウオンダとマーゴ・・・2人の女性登場人物に対する見方・スタンスというのが、いかにも女流作家という気がした)


No.729 7点 顔のない肖像画
連城三紀彦
(2012/07/31 21:23登録)
表題作を含むノン・シリーズの短編集。
何とも「連城らしい」「連城にしか書けない」作品が目白押し。

①「潰された目」=トリックそのものはどうってことのないレベルだが、ラストに明らかになる「反転または逆転」がやはり連城! こういう男女のドロドロした心の襞を描かせるととにかくウマイ。
②「美しい針」=これはまた見事な「反転」モノ。逆に見事すぎるので、中盤過ぎる頃にはプロットはほぼ分かってしまった。何とも言えない読後感。
③「路上の闇」=これも②と同様で、さすがにここまでくると「反転の構図」は分かってしまう。でも何とも言えない緊張感がラストに向けて徐々に盛り上がってくるのが良い。
④「ぼくを見つけて」=このプロットは強烈。連城好きなら、本編は堪えられないのではないか? リアリティの感じられない数々のピースがラストに見事に収束させられる手口は感動もの。
⑤「夜のもうひとつの顔」=これもウマイが、サプライズ感ではちょっと小粒か。前半に何気なく埋め込まれた伏線がラストに生かされるのはさすが。
⑥「孤独な関係」=いろいろなすったもんだの末、明らかなになる事実(部長の気持ち)は個人的にはよく分かる。そうだよなぁー、会社や家庭でいろいろなストレスを感じるよなぁ・・・
⑦「顔のない肖像画」=かなり大掛かりな「反転」なのだが、ちょっと想像しにくい。簡単なプロットをわざとかなり複雑にしたように見えるのがどうか。個人的にはどうも「絵」に関するミステリーと相性が悪い気がする。

以上7編。
もはや連城の「短編」のクオリティについては、多くを語らなくてもよいでしょう。
今回もとにかく反転に次ぐ反転・・・
その分、ちょっとミエミエになるところはあるのだが、それを補って余りある技巧の確かさ、見事さでしょう。
まぁ、未読の方にはお試しいただきたい。
(④がベストかな。①~③も水準以上。)

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