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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.939 7点 造花の蜜
連城三紀彦
(2013/11/09 16:42登録)
2008年発表。文庫で上下二冊分冊というボリュームの長編。
つい先日、作者の訃報に接し、追悼番組ならぬ追悼読書をしようということで本作をセレクト。
本作は作者最後の作品となってしまった作品・・・(合掌)

~歯科医の夫と離婚をし、実家に戻った香奈子はその日息子の圭太を連れ、スーパーに出掛けた。偶然再会した知人との話に気を取られ、圭太の姿を見失った香奈子は、咄嗟に“誘拐”の二文字を連想する。息子は無事に発見され安堵したのも束の間、後に息子から本当に誘拐されそうになった事実を聞かされる・・・。なんと犯人は「お父さん」を名乗ったというのだ。そして、平穏な日々が続いたひと月後、前代未聞の誘拐事件の幕が開く。各紙面で絶賛を浴びたミステリーの最高傑作!~

これは連城ミステリーの極北なんだろうな。
処女長編「暗色コメディ」以降、自身にしか書けない、書かない、独特の味わいを持つ作品を書き続けた作者の遺作に相応しい・・・
そんな気持ちにさせられた。

とにかく普通の「誘拐もの」ではない。
同じく誘拐ものの「人間動物園」(2002年)も、サスペンス性と連城独特の反転ミステリーを見事に組み合わせたミステリーだったが、本作でも序盤~中盤のサスペンス感とそれ以降の反転の連続が見事に組み合わされている。
そして、終盤からはもうとにかく「反転」の連続と言っていい。
従前に見せられていた事件の構図がつぎつぎと否定され、違う側面が作者から提示されいく。
これは「万華鏡」とでも表現すればいいのか、「多面体」とでも表現すればいいのか・・・
最終章を前に、一応事件は収束を迎えるのだが、子供が誘拐されるという“普通の”事件が、まさに前代未聞の“誘拐事件”であったことが明らかにされるのだ。

こういうプロットって、連城にしか思いつけないんじゃないか?
直木賞受賞という確かな「筆力」と相俟って、こんな作家はもう出てこないんじゃないかという気にさせられた。
最終章(「最後で最大の事件」)については・・・まぁ蛇足のような気もするし、作者の最後の稚気のような気もするし・・・
(必要かどうかと言われると迷うところだが・・・)

もう新作は読めないんだよなぁ。
後は未読の作品を丁寧に読んでいこうと思います。
最後にもう一度、不世出&孤高のミステリー作家・連城三紀彦に敬意を評して・・・合掌。


No.938 5点 モザイク事件帳
小林泰三
(2013/11/01 22:14登録)
旧題「モザイク事件帳」から改題された「大きな森の小さな密室」名にて読了。
探偵役やその他の人物たちがモザイク調に登場してくる変形の連作短編集。

①「大きな森の小さな密室」=『犯人当て』がメインの一篇。一応ロジカルな密室ものなのだが、どこか変な設定と妙な登場人物。そして探偵役は徳さん・・・
②「氷橋」=『倒叙ミステリ』と銘打たれた一篇。ホテルの浴槽で感電死した死者とアリバイトリックがメイン。こう書くと正調なミステリーっぽいが、やっぱりどこか変な感じ。探偵役は西条弁護士。
③「自らの伝言」=『安楽椅子探偵』が主題。探偵役は新藤礼都。彼女の鋭い推理が炸裂するのだが・・・やっぱりどこか歪んでいるような気がする。
④「更新世の殺人」=ずばり『バカミス』として書かれた一篇。数百万年前の地層から今死んだばかりのような新鮮な死体が発見される、というのがメインの謎。怪しい考古学者も登場してくるし・・・。
⑤「正直者の逆説」=『??ミステリー』と銘打たれた作品。丸鋸先生が探偵役なのだが、正直よく分からん!
⑥「遺体の代弁者」=こちらは『SFミステリ』として書かれた一篇。普通の作品でさえブッ飛び気味なのに、さらにSFときたら「こんなのありか?」というような作品になっている。これも十分『バカミス』ではないか?
⑦「路上に放置されたパン屑の研究」=最後は『日常の謎』がテーマ。なぜか2、3日おきに決まった路上に置かれているパン屑が本作の謎となる。これも普通の「日常の謎」ではなく、狙いのよく分からない仕掛けが施されている。探偵役は田村二吉。

以上7編。
う~ん。何ていうか、どれも一筋縄ではいかないような短編が並んでいる不思議な作品。
ロジカルなようでいて、そうではなく、作者の遊び心がどの作品にも投影されているという印象を受けた。

ただ、正直クオリティとしてはあまり高いとは感じなかったし、個人的にはストライクとは言えない作品だった。
たまには毛色の変わったものを読みたいという方ならどうぞ。
(個人的ベストは②かな。⑦もまずまず良かった。)


No.937 7点 エンプティー・チェア
ジェフリー・ディーヴァー
(2013/11/01 22:12登録)
「ボーン・コレクター」「コフィン・ダンサー」に続くリンカーン・ライムシリーズ第三作。
今回はいつものNYではなく、アメリカ南部・ノースカロライナ州のパケノーク郡という片田舎が舞台となる異色作。

~脊椎手術のためにノースカロライナ州を訪れていたライムとサックスは、地元の警察から捜査協力を要請される。男ひとりを殺害し二人の女性を誘拐して逃走した少年の行方を探すために、発見された証拠物件から手掛かりを見つけるのだ。土地勘もなく分析機材も人材も不十分な環境に苦労しながらも、なんとか少年を発見する。だが、少年を尋問するうちに少年の無罪を信じたサックスは、少年とともに逃走してしまう。少年が真犯人だと確信するライムは、サックスを説得するが、彼女は聞こうとしないばかりか逃走途中で地元の警察官を射殺してしまう!~

前二作とは毛色が違うのだが、最終的にはやっぱりディーヴァーらしい結末が待ち受ける。
長々と読まされるけど、そういう意味では安心して読みすすめてよかった・・・と言えそう。
紹介文のとおり、本作では南部の片田舎といういつもとは全く違う舞台設定にとまどい、なかなか力を発揮できないライムが描かれる。
その代わり、大活躍(?)するのがアメリア・サックス。
“昆虫少年”との逃避行中、あろうことか警察官を射殺してしまい、事件後には連邦裁判に被告として立つことになってしまう。
終盤、サスペンス的に一番盛り上がる銃撃戦のシーンでは、得意の銃で敵をなぎ倒す姿も描かれ、サックスファンにとってはかなりウレしいサービスだろう。

そして、やっぱり作者といえば「終盤のドンデン返し」の連続。
これについては、本作も例外ではない。
昆虫少年が巻き込まれた殺人&誘拐事件という化けの皮が剥がれ、ある大企業そしてひとつの街までもが絡む巨悪が露見することになる。
最初は“いかにも”という疑似餌が作者そしてライムによって撒かれるのだが、読者はそれに引っ掛かってはいけない。
本当の「悪人」は誰なのか?
それが読者の前に晒されたとき、「えっ!」と思わされること請け合い。
(「じゃ、なんでわざわざライムを巻き込んだんだ?」という疑問は浮かぶのだが・・・)

こうやって書いてると、すごい高評価ということになりそうだが、中盤の展開が少々まだるっこしいし、サスペンスとしての盛り上がりや出来という意味では、「コフィン・ダンサー」より一枚落ちると感じる。
まぁ好みの問題かもしれないが、シリーズとしてはどうしてもこういう変化球的作品も必要なのだろう。
(“昆虫少年”も年齢にしてはかなり幼いような印象・・・。でも、スズメバチのトラップは相当怖い!)


No.936 4点 繭の密室
今邑彩
(2013/11/01 22:10登録)
警視庁捜査一課・貴島柊志シリーズの四作目。
今回は以前登場した中野署の倉田警部(前回は刑事。昇進したのね)とコンビを組むことになった貴島が事件の謎を解く。

~日比野功一の妹・ゆかりは帰宅途中に何者かに誘拐された。同時期にチェーンのかかった密室状態のマンションの一室からの転落死事件が発生。捜査に当たった貴島刑事は六年前のある事件にたどり着く。事件の真相は、そして誘拐の行方は・・・? 傑作本格ミステリーシリーズ第四作~

ちょっと、っていうかかなり冴えない本格ミステリー。
そんな印象が残った。
風変わりな密室や誘拐事件など、何とかしてミステリー好きに「ウケよう」としているのは分かるのだが・・・
如何せん薄味だし、作者らしい切れ味が全く感じられなかった。

まず密室トリックはかなりこじつけ気味。
偶然に偶然が重なったこうなりました・・・とでもいうことかもしれないが、それでは読者には推理のしようがない。
こういう変化球は割と考えられるのかもしれないけど、多分あまり褒められたトリックにはならないのだろう。
フーダニットについても何かこう、消化不良というかすっきりしない感覚が残る。
読者の錯誤がトリックのキーになるという点では、叙述トリックに近いのだろうが、無理矢理だなという印象が強い。

貴島刑事のキャラもなぁ・・・。せっかく前三作で「影のあるニヒルな二枚目」で「過去の事件か何かを引きずっている」という設定を深めていったのに、本作ではその辺に全く触れることなく、淡々と事件を解決してしまう・・・

さすがにこれでは褒めるところがない。
本シリーズはこれで終了となったのだが、本作は確実に「やっつけ」だったのだろう。
今まで読んだ作者の作品中では一番の駄作。
(亡くなった後に「ルームメイト」が映画化! 作者も草葉の陰で喜んでいるのだろうか?)


No.935 5点 人形はライブハウスで推理する
我孫子武丸
(2013/10/23 22:45登録)
人形探偵シリーズの第四弾。短編集としては第一作目の「人形はこたつで推理する」に続く作品集となる。
2001年発表。久しぶりに作者の作品を手に取ることにしたが・・・

①「人形はライブハウスで推理する」=表題作だがちょっとパンチ不足気味。ライブハウス内のトイレで起こる密室殺人がテーマなのだが、密室トリックが雑で分かりにくい。
②「ママは空に消える」=睦月の勤務先の幼稚園の園児が発した言葉が謎のキーとなる作品。「空の上」をどのように解釈するかということなのだけど・・・アイデアとしては面白い。
③「ゲーム好きの死体」=ゲームといっても一昔前のハードとソフト・・・(多分スーパーファミコンの時代だな)。で、この頃のゲーム機が頭に浮かばないと分かりにくいかも。
④「人形は楽屋で推理する」=園児たちを連れて人形劇を鑑賞することになった睦月たち。そこで一人の園児が忽然と消えてしまうのが今回の謎。まぁ大したことはないが、心温まる一篇ではある。
⑤「腹話術志願」=嘉夫に弟子入り志願してきた男が巻き込まれるコンビニ強盗&殺人事件。一種の錯誤を利用したトリックなのだが、それほど響いてはこなかった。
⑥「夏の記憶」=睦月の過去にまつわる謎を解き明かすのが本編のテーマ。鞠夫が指摘する真相(?)は「あっ!」と思わされることなのだけど・・・

以上6編。
短編らしいワンアイデア勝負の作品が並んでいる。
トリック自体は特段どうということもないレベルなんだけど、そこまでの持っていき方というかプロットはさすがにうまい。
ただ、何となく既視感というか二番煎じという印象にはなった。

嘉夫と睦月のじれったすぎる関係が爽やかでもあり、優柔不断でもあり・・・好みは分かれそうだな。
(個人的ベストは②。あとは⑤⑥かな・・・)


No.934 8点 本命
ディック・フランシス
(2013/10/23 22:44登録)
1962年発表。大作家D.フランシスの競馬シリーズ第一作目が本作。
原題“Dead Cert”(=死の不正?)。フランシスも後回しにしていた作家なのだが・・・

~濃霧をついて蹄鉄がぶつかりあう鋭い音が響く。遥か前方を走る一頭の鞍上では、騎手のビルが最後の障害を跳ぶべく馬の態勢を立て直していた。本命馬アドミラル号はその力強い後半体の筋肉を盛り上げ、緊張し跳んだ。完璧な跳躍。鳥のごとく宙に浮き次の瞬間落ちた。そしてビルは死んだ・・・。これは事故なのか? ビルの親友アラン・ヨークはその疑いに抗しきれず、ただひとり事件の謎を追う。迫真のシリーズ第一弾!~

これは面白い。
本格ミステリーとしても、サスペンスとしてもやはり一級品だ。
さすが読み継がれてるシリーズというのも頷ける・・・(ちょっと褒めすぎか?)

紹介文のとおり、事件は不審な落馬死亡事故から始まり、徐々に競馬サークルに蔓延っている八百長事件へと発展していく。
こう書くと、この手のミステリーにはありがちなストーリーだし、本作においても骨格となるプロットは実に単純なもの。
中盤あたりからいかにも怪しげな人物が登場するので、ミステリーファンなら「多分こいつが黒幕か?」というアタリがつけられるに違いない。
でも、本作のスゴさはそこではない。
読者が主人公ヨークと一体になり読み進められるリーダビリティの質、ミステリーとしての要素がうまい具合に配置されているバランスこそが本作の良さだと思った。
ラストに待ち受ける主人公の大ピンチと更なるドンデン返しもよく効いている。(予定調和気味ではあるけど・・・)

他の方の書評を見ると、本作はフランシスらしくない作品とのことであるので、逆にますます次作以降に興味が湧いてきた。
せっかく後回しにしていたシリーズなので、じっくり時間をかけ楽しむこととしたい。
(巻末解説に日本と英国の競馬の相違点がまとめられていて参考になる。やっぱり、馬が生活に密着に関係していた国と胴元がいかに集金するかから始まった国とは違うということだろうな・・・)


No.933 6点 そして誰かいなくなった
夏樹静子
(2013/10/23 22:42登録)
1988年発表の長編。
タイトルから分かるとおり、A.クリスティのミステリー史上に燦然と輝く傑作「そして誰もいなくなった」を本歌取りした作品。
この作品のパロディはいろいろ出されてますが本作は・・・

~湘南・葉山マリーナから沖縄を目指す豪華クルーザーのインディアナ号が出港した。船のオーナーから招待を受けたのは、会社役員秘書、エッセイスト、医者、弁護士、プロゴルファーの五人。オーナーは御前崎から乗船するという・・・。翌朝、一人の死体が発見され、彼の干支である猿の置き物が消えていたのだ! 騙される快感に酔える傑作長編~

まずまず面白かった・・・というのが、ある程度譲歩した感想。
終盤までは、とにかく本家「そして誰もいなくなった」と同様、船内というクローズド・サークルで次々と人が殺されていく展開。
ひとり、またはひとりと登場人物が少なくなり、当然真犯人候補も狭まっていく・・・
そしてついに二人に絞られ、あろうことかひとりになってしまう・・・

本作のようなパロディものは本家の骨格や味わいを残しながらも、主眼となるトリックはオリジナリティを出さなければならないというハードルが課せられるのは自明。
本作では最終章に作者の蒔いた仕掛けが明らかにされるのだ。
まぁ手練のミステリー好きなら、「やっぱり!」というレベルかもしれないが、まずまず納得感は得られた気はする。
そして、最後に気づくだろう。本作は「・・・誰もいなくなった」ではなく、「・・・誰かいなくなった」なのだと!

トータルで評価するとこのくらいの点数。
でも結局これって、いわゆる「プロバビリティーの犯罪」に属するんだと思うけど、結構リスクあるよなぁ。
お話としては面白いが、かなり無理のあるプロットなのは確か。
(面白けりゃそれでいいんですけどねぇ・・・)


No.932 4点 闇に問いかける男
トマス・H・クック
(2013/10/17 21:38登録)
2002年発表の長編作品。原題は“Interrogation”(=尋問かな?)
トマス・H・クックは初読みなのだが、前から気になってた作家のひとりではあった・・・

~NY市内の公園で少女が殺害された。公園に住み、そこで遊ぶ少女たちをひたすらスケッチしていたもの静かな若者が容疑者として拘留されるが、殺害を頑として否認し続ける。なすすべもない二人の刑事。証拠物件も見つからず、釈放までに残された時間はあと11時間・・・。クック会心のタイムリミット・サスペンスの結末はあまりに切ない~

うーん。期待していたものとは違った。
ひとことで言うならそんな感想。
紹介文からは、「緊迫感に溢れスピーディーな展開のサスペンス作品」を期待していたんだけど、どちらかというと心理面に焦点を当て、じっくり読むタイプの作品。
各章前には時間の経過を示す時計盤が挿入され、そこで緊張感を高めたかったのかもしれないが、成功しているとは言い難い。
要は、狙いと結果がずれていて、何かちぐはぐな印象なのだ。

二人の刑事の捜査過程がメインプロットなのだろうが、途中から脇役の登場人物がつぎつぎに登場し視点人物化していて、かなり読みにくい。
ラストには一応ドンでん返しめいたサプライズは用意されているのだが、ちょっと唐突だし蛇足気味。
などと、不満点は次から次へと浮かんでしまう。
で、良かった点はというと・・・・・・(思い浮かばない!)

作者といえば「緋色の記憶」に代表される「記憶シリーズ」など、世評の高い作品群もあり、そちらを手に取るとこをお勧めします。
かくいう私もそうすればよかったなぁ・・・
(良質な「タイムリミット・サスペンス」という惹句には弱いんだよねぇ)


No.931 6点 美女
連城三紀彦
(2013/10/17 21:37登録)
1997年発表の作品集。
連城というと逆説に満ちた切れ味鋭い短編が思い浮かぶが、本作は恋愛系とミステリーの中間というような作品になっている。

①「夜光の唇」=ダブル不倫の夫婦。夫の前に現れたのは、妻が送り込んだ美貌の女性。当然の如く、夫はその女性に手を出すことに・・・。しかしながら、この女性には秘密が・・・。蓮城らしい”ひねくれた”プロット。
②「喜劇女優」=これは巻末解説で評論家の千街氏が絶賛していた一篇。確かに、他の作家では考えつかないような“ひねくれた”プロットだ。多くの登場人物たちが徐々に消えていく・・・
③「夜の肌」=癌に蝕まれ、風前の灯のようにやせ衰えていく妻。その妻を抱き寄せながら・・・ラストに重い一撃がやってくる!
④「他人たち」=これもスゴイ話だなぁ・・・。とにかく唖然とさせられるわ、この展開。「他人」のはずなのに、いつの間にか全ての関係者が肉親またはそれに準ずる人々になってしまう・・・。どんなマンションだ!
⑤「夜の右側」=これも①につづきダブル不倫のお話。男女のドロドロした恋愛系ストーリーに蓮城らしい“ひねくれた”仕掛けが加わるとこうなる。
⑥「砂遊び」=これはごく短い作品。ただし技巧はすごい。
⑦「夜の二乗」=これはミステリー色の比較的強い一篇だが、これもひねくれた仕掛け+男女ドロドロは同じ。
⑧「美女」=表題作だがあまり印象に残らず。これも不倫がモチーフ。里芋のような女性の顔っていったい??

以上8編。
なかなか読了するのに苦労してしまった。
何回も書いたけど、とにかくどの作品もドロドロ恋愛愛憎劇とひねくれたプロットの連発って感じなのだ。
さすがにここまで続くと食傷気味になる。
連城らしいといえばそれまでだが、もう少しミステリー寄りの切れ味を期待していたのでちょっと期待はずれ。

まぁそれでもレベル的には決して低くはないので、評価はこの辺にしておきます。
(ベストは②か④かな。どちらも他の作家には書けない、いや書かないだろう作品)


No.930 7点 天狗の面
土屋隆夫
(2013/10/17 21:36登録)
1958年発表。江戸川乱歩賞へも投じられた作者の処女長編作品。
(受賞したのは仁木悦子の「猫は知っていた」)
シリーズキャラクターとなる千草弁護士は登場せず、土田巡査の友人である白上矢太郎が探偵役として事件を解明する。

~信州・牛伏村にある天狗伝説。信仰を集めたのは、天狗堂のおりんという女性。天狗講の集まりの日、太鼓の音と呪文の声、天狗の面に囲まれて、男が殺された。そして連続する殺人事件。平和な村を乱すのはお天狗様の祟りなのか? 駐在所の土田巡査は見えない真相に苦悩する。一種の催眠状態に陥った人間と宗教と政治の黒い関係を描き出す。著者初の長編推理小説~

実に「端正な本格ミステリー」という味わい。
何よりこれは設定の勝利だろう。
「天狗」という禍々しく怪奇じみた存在、戦争の香りの残る山あいの村と信心深い住民、それとは正反対の泥臭い政争・・・
これらの材料をすべて目くらましとして使い、これらを剥ぎ取った後は実に単純なトリックと動機が残る、という趣向。

アリバイトリックも錯誤を利用した実に単純な手なのだが、目くらましが効いているせいで、鮮やかな印象が残った。
特に最初の衆人環視のなかの毒殺トリックが非常に良い。
(なかなかアクロバティックなトリックではあるが・・・)
矢太郎がなぜか「毒殺講義」を行うのもサービス精神に溢れていて楽しい。
伏線もかなりフェアにはられていて、これだったら終章前に「読者への挑戦」などを挿入しても面白いのではとさえ思えた。

土屋隆夫は読もう読もうと思いながら後回しになっていた作家だったけど、やっぱり読むべきだったなぁと今回改めて認識させられた。
冗長さは一切なし。本格好きなら読んで損のない一冊という評価でよいだろう。
(矢太郎の口を借りて作者がミステリーを表現したことば・・・「探偵小説とは割り算の文学である。事件÷推理=解決 この解決の部分に未解決や疑問が残されてはいけない・・・」にも共感。)


No.929 6点 新参者
東野圭吾
(2013/10/08 21:14登録)
前作「赤い指」から数年、日本橋署へ異動となった加賀刑事が活躍するシリーズ作品。
東京・小伝馬町で起きたある殺人事件。その関係者ひとりひとりにスポットライトを当てていく連作短編集。

①「煎餅屋の娘」=物語の始まりは人形町の煎餅屋さんから。実母を亡くし祖母を慕う娘と、その娘を大切に思う父親。ちょっとしたボタンのかけ違えのような謎をやさしく解き明かす加賀・・・。いい話系。
②「料亭の小僧」=今どき珍しい存在だよ・・・“小僧さん”なんて。下町の老舗料亭を切り盛りする女将とだらしない主人。いかにもドラマのようなストーリー。
③「瀬戸物屋の嫁」=まさに嫁姑問題を抱える家庭。一見いがみ合っている嫁姑だが、男にはよく分からない絆みたいなものがあるようで・・・
④「時計屋の犬」=気難しい職人肌の時計屋。かせぎのない男性と駆け落ち同然に結婚した娘を勘当したのだが・・・やっぱり親娘の絆ってやつは強固なんだよね。
⑤「洋菓子屋の店員」=これは本作のターニングポイントと言ってもいい一編。被害者となった女性が足繁く通っていた洋菓子店とお気に入りの店員。そこには当然理由があった・・・
⑥「翻訳家の友」=殺された女性の友人で翻訳家。離婚して翻訳業の道に引き込んだはずが、その本人が結婚&海外移住することになり・・・
⑦「清掃屋の社長」=今までの流れからやや離れたストーリーが展開される本編。新たに登場する人物たちが、実は殺人事件に大いに関係することになるのだが・・・。そろそろまとめに入ったな。
⑧「民芸品屋の客」=最終段階になってなんでこんな話を盛り込んできたのか? まぁ「凶器」の問題なのは間違いないが。
⑨「日本橋の刑事」=いよいよ解決編。加賀が殺人事件の謎を見事解き明かすわけだが、多分最初から分かってたんじゃないの? ラストもいい話に。

以上9編。
何だかとっても「いい話」です。日本橋・人形町という江戸情緒・江戸文化が生き残る街をまるで「ぶらり途中下車」のように加賀が歩き、人々と接していく・・・。
今まで割とシリアスな展開の多かった本シリーズとは明らかに一線を画した作品に仕上がってます。
まぁうまいよねぇ・・・。言うまでもないことですが、抜群のリーダビリテイです。

加賀のキャラってこんなだっけ? という気がしないでもないですが、読んで損のない作品でしょう。
ただ、今までのシリーズ作品より高評価はしにくいかな。


No.928 4点 愛人岬
笹沢左保
(2013/10/08 21:12登録)
1981年発表。作者一連の「岬シリーズ」の一作。
本作で何と200作目の長編という、作者にとって記念すべき作品(だそうです)。

~丹後半島・犬ヶ岬の断崖で起きた連続殺人事件。被害者の男女の接点が見つからないまま有力な容疑者となったのは男の友人である水沼雄介だった。水沼の愛人・古手川香織は雄介の無実を証明するため鹿児島へ向かう。だが、そこで見つけたものは、香織を苦しめるある事実であった。アリバイ崩しの妙味と男女の哀切を見事に描ききった本格推理小説の傑作!~

ひとことで言うなら「二時間サスペンス」にぴったりの作品。
(悪い意味で・・・)
紹介文にあるとおり、ミステリー的な本作の肝は「アリバイ崩し」ほぼ一本。
しかも、『容疑者が密室に閉じ込められることでアリバイが成立している』という魅力的な設定なのだ。
こう書かれると、密室トリックとアリバイ崩しがどのように融合しているのか?と期待するのだが・・・
これが見事に裏切られることになる。

このトリックは頂けない・・・
作者のトリックというと、「霧に溶ける」や「求婚の密室」のサプライズ感十分のトリックなどが思い出されるんだけど、これは正直なところ、トリックというよりも「勘違い」というべきだろう。
こんなあやふやでリスクの高い賭けをする真犯人の心情はかなりリアリティに欠けるのではないか。

あと、男女の絡みのシーンが余りに多すぎ!
その描写力には感服するしかないけど、終章に至っても延々絡みのシーンが続くとさすがに辟易してきた。

ミステリー的には評価できない作品ということだろう。


No.927 6点 プリズン・ストーリーズ
ジェフリー・アーチャー
(2013/09/29 20:15登録)
タイトルどおり、“監獄に入っていた”男たちの実話をベースにした作品集。
原題は“Cat O'Nine Tales”(九尾の猫)。作者のJ.アーチャーも収監された経験を持つことは有名。
(まさに、転んでもタダで起きない、作家魂あふれる作品)

①「自分の郵便局から盗んだ男」=商才あふれる夫婦が主人公。フィッシュ&チップスの店で成功を収めた夫婦が、ステップアップとして選んだのが郵便局の買収。それも見事に成功していたのだが・・・
②「マエストロ」=大繁盛しているイタリアレストランなのだが、オーナーの男が手にしている収入が望外に少ないものだった。何か秘密が隠されているのか?
③「この水は飲めません」=ロシアにやってきたおしどり夫婦。しかし、それは仮の姿で、夫は妻を亡きものにするため、「水」に仕掛けを施す。男の作戦は成功したかと思われた矢先に・・・。何とも言えない皮肉というか、作者らしいきついオチが待ち受ける。
④「もう十月」=十月がくると自ら進んで小さな犯罪を犯し、収監されることを望む男。この手の話は日本でもよく耳にするけど、やっぱり世界でも共通なんだね。
⑤「ザ・レッド・キング」=“レッドキング”っていうと、どうしてもウルトラ怪獣を思い出してしまうが(古いか?)、当然全く関係なし。逸品のチェスの駒(キング)をめぐる詐欺がテーマなのだが、ちょっと分かりにくい。
⑥「ソロモンの知恵」=なかなか結婚しなかった親友が連れてきた女性は、絶世の美女だがバツ2の女性。親友が突然大金を相続した直後、女性から離婚を言い渡されてしまう。離婚裁判の場でも女性の思惑通りに進むかと思われたが・・・最後に切り返しが!
⑦「この意味、分かるだろ」=何回捕まっても密輸に手を染めてしまう馬鹿な男。こんな男にもったいない商才のある妻。妻は夫の保釈金を支払いながらも、着実に会社を大きくしていくが・・・。男ってアホだね。
⑧「慈善は家庭に始まる」=会計事務所に務める真面目だけが取り柄の男。繰り返しの人生のなかで出会ったひとりの女性と恋に落ちる。そして、これまでの会計士としての経験から、ある儲け話=犯罪を思いつくのだが・・・
⑨「アリバイ」=ミステリーっぽいタイトルだけど、オチは正直よく呑み込めず。
⑩「あるギリシャ悲劇」=ギリシャの海上に浮かぶ小島が本作の舞台。島民の父という存在の老人が大活躍(!?)
⑪「警察長官」=インド・ムンバイが舞台。あまり記憶に残らず。小品かな。
⑫「あばたもえくぼ」=イタリアはローマが舞台。サッカー界の元英雄が一生のパートナーに選んだのは、何と体重100kgは超えるという何とも不釣合いな女性。そして、その女性が早逝し次に選んだのも・・・。要は“デブ専”ってこと?

以上12編。
ストーリーテラーとして定評のある作者。どの短編集もツイストの効いた「うまい」作品が並んでいるだけに、今回も安定感十分な短編を期待していたのだが・・・
今まで読んだ作品よりは一枚落ちるなというのが正直な感想かな。
クライムノベルとしても、ちょっと小品という感じだし、ミステリーとしての観点からすると高評価はちょっと難しい。
(私的ベストは③。⑥や⑦もまずまず。)


No.926 4点 トリック・シアター
遠藤武文
(2013/09/29 20:13登録)
「プリズン・トリック」で第55回江戸川乱歩賞を受賞した作者。受賞後の最初の長編が本作。
前作に続いて、読者を驚かすトリック&プロットに拘った作品に仕上がっているか?

~同日同時刻、500キロメートル離れた東京と奈良で起こった二つの「殺人」。容疑者として浮上したのは同一人物だった。謎を追う刑事たちの前に、今度は閉鎖病棟での密室殺人が発生。三つの事件がつながり、驚愕の真実が明らかになる! 乱歩賞受賞作を超えた作者渾身の長編ミステリー第二弾~

何とも荒削りな作品だ。
他の方の書評では「詰め込みすぎ」という言葉がよく出てくるが、それよりも作者の狙いというか、書きたいことが分散しすぎて結局最後までよく分からないまま終わってしまった、という感じ。
前作「プリズン・トリック」でも、ラストの大技一本勝負という感じで、中盤は破綻して穴だらけという評価だったのだが、本作でもその辺りはあまり改善されなかったようだ。

①同じ時間に殺された二人の容疑者が同一人物=アリバイ崩し、②閉鎖病棟での殺人=密室。
ミステリー的にはこの二つが本作の大きな「肝」となるはずだったのだろうけど、正直なとこ途中からそんなことそっちのけで公安絡みの社会派を思わせるような動機探しがメインとなってしまう。
結局、①②とも常識的な線で解決が付けられ、タイトル的に本格ミステリーっぽいガチガチの仕掛けを期待した分、肩透かしをくらったような脱力感を味わってしまった。
ラストもなぁ、衝撃的ではあったが、何だか救いのない気分・・・。

作者が注力しただろう「事件の背景、構図」についても、登場人物の書き込み不足が響いてちょっとリアリティに欠けるのが痛い。
主役級の安孫子警視正をはじめ、捜査陣となる刑事を大勢登場させ過ぎたのも失敗かな。
ってことで、ネガティブな感想ばかり書いてしまいましたが、作者の筆が持つエネルギーというか情熱みたいなものは感じさせてもらった。
それが救い。


No.925 5点 十三回忌
小島正樹
(2013/09/29 20:11登録)
師匠・島田荘司との共著「天に還る舟」でデビューした作者が発表した実質の処女長編がコレ。
2008年発表。師匠譲りの大トリックに拘った作品との世評だが・・・

~自殺とされた資産家夫人の不審な死。彼女に呼び寄せられるかのごとく、法要のたびに少女が殺されていく。一周忌には生きながら串刺しにされ、三周忌には首を持ち去られ、七周忌には唇を切り取られていた。そして迎えた十三回忌。厳しい厳戒態勢のなか、またもや事件は起きた・・・。巧みな謎と鮮やかな結末に驚愕必死の長編ミステリー~

何ともたどたどしい・・・そんな感想になった。
今や小島正樹といえば、島田荘司直系で、これでもかというほど大掛かりなトリックを詰め込む作家という評判が固まってきた。
実質のデビュー作である本作も例外ではなく、紹介文のとおり不可能趣味溢れる連続殺人を題材に、作者の自由奔放なトリックが登場する。
ただ、島田荘司というよりは、どちらかというと阿井渉三を思わせるプロット&作風で、特に列車事故が絡む二つ目の殺人事件などはもろに阿井氏の作品を思い出してしまった。
(阿井氏も島田荘司から強い影響を受けたと自身で語っていたから、似てくるのは自明なのかもしれない)

確かにトリックは大掛かりで、大ラスで判明する真犯人の正体にも結構サプライズ感はある。
「見立て」ではないのだが、猟奇的な死体にも理由付けが成されていて、この辺りもまさに“ミニ島荘”という感じ。
けど、これでは正直「つまらない」という感想を持った方が多いのではないか?

敢えていうなら、トリックが浮いているのだ。
島田荘司であれば、トリックのリアリティを補強するため、地の文に多様な工夫を凝らし読者を巻き込んでいくのだが、さすがに如何せん現時点の作者では役不足ということだったのだろう。

文庫版巻末で師匠・島田荘司は、「天に還る舟」では文書の殆どを手直ししたという逸話を披露しているが、本作を発表前に読んだ際には文書の上達に驚いた旨書かれている。
直近の作品を読んでないので、もしかすると文書が相当うまくなっている可能性はあるが、本作では「まだまだ」という評価になるなぁ・・・。


No.924 7点 ようこそ、わが家へ
池井戸潤
(2013/09/23 16:57登録)
『半沢直樹』が空前の大ヒット!
デビュー当初から作者の作品を読み続けてきた読者からすると、うれしいような寂しいような・・・
そんな複雑な気持ちを抱きながら手に取った本作は文庫オリジナルという今時珍しい作品。
(ハードカバーで出す方が作者も出版社も儲かるように思えるのだが・・・違うのかな?)

~真面目だけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく。直木賞作家が身近に潜む恐怖を描く!~

本作も「いかにも池井戸潤!」。「池井戸テイスト」たっぷりの作品。
しかも、最近の「下町ロケット」や「ロスジェネの逆襲」といったベストセラー作品ではなく、ひと世代前の池井戸作品の雰囲気が漂う。
ということで、にわかファンにはやや食い足りないように見えるかもしれないが、個人的にはむしろ新鮮に思えた。

本作は、主人公である気弱な50代の銀行員・倉田を軸に、倉田一家が巻きこまれるストーカー事件と、倉田の出向先で起こる横領事件の二つがほぼ同時進行していく。
そして、この倉田が実に人間臭いのだ。
真面目で気弱、出世はほどほどで良い、面倒なことにはあまり関わりたくない・・・(年齢以外は何となく自分自身にシンクロしてきた)
こんなどこにでもいそうなオッサンが、事件に巻き込まれることで、自分自身を見つめ直し、そして成長していく物語なのだ。
それも、「倍返しだ!」などと格好良くキメるのではなく、悩みながら半分ビクビクしながら・・・

やっぱり、どんな人間でもその人なりの「矜持」というものがあるのだろう。
サラリーマンやってると、つまらない見栄や取るに足りない優越感をついつい抱きがちだけど、そんなことじゃないんだよねぇ・・・
そんなことを考えさせられ、そして爽やかなラストに癒された。
もはや名人芸だね。
(マンネリと思う方もいるだろうが・・・)


No.923 5点 ムーンズエンド荘の殺人
エリック・キース
(2013/09/23 16:55登録)
2011年発表。「雪の山荘版『そして誰もいなくなった』」という帯の惹句が本格ファンの心をくすぐらずにはおれない・・・作品。
“ゲーム会社のパズル作家”という経歴が「いかにも」というべき、作者の処女長編。

~15年前に探偵学校で学んだ卒業生たちのもとへ、校長ダミアンの別荘で開かれるという同窓会の通知が届いた。吊り橋でのみ外界とつながる会場にたどり着いた彼らが発見したのは、意外な人物の死体。そして死体発見直後、吊り橋が爆破され、彼らは外界と隔絶してしまう。混乱する彼らを待っていたのは、不気味な殺人予告の手紙だった。密室殺人や不可能犯罪で次々と殺されていく卒業生たち、錯綜する過去と現在の事件の秘密。クリスティの名作に真っ向から挑む!~

心意気はよしだが、ちょっと中途半端な出来。
ひとことで言えば、そんな感じの作品に思えた。
他の方の書評にもあるし、巻末解説でも触れられているが、特に前半は視点人物が次々と入れ替わったり、過去の事件についての回想が随時挿入されたりで、何だかまとまりの悪いストーリーとなっている。
登場人物がひとりひとり、次々と殺されていく中盤以降、ストーリーは加速度的に進行し、ここでようやく面白さが増してくる感じ。

途中の密室殺人については、日本の新本格作品のように凝ったトリックというわけではなく、ある意味非常に現実的な解法(まぁサプライズは全くありませんが・・・)。
真犯人設定のプロットについても使い古されたものだろう。(伏線もかなり微妙だが)

ということで、どうしても「アラ」が目についてしまうのですが、今時こういう作品を書こうという心意気をまずは買いたい・・・(?)
デビュー作としてはまずまずという気もするし、こういう手の作品が大好物という読者なら、広い心で読んでみるのもいいのでは。
(文庫版で300ページ程度の分量でまとめられていて、読みやすいんだけどもう少し物語としての厚みが欲しかったかなというのが一番惜しい。)


No.922 6点 アルファベット・パズラーズ
大山誠一郎
(2013/09/23 16:53登録)
「密室蒐集家」で第13回本格ミステリー大賞を受賞した作者が贈る連作短編集。
京大ミステリ研出身という現代ミステリー作家としては一流(?)の経歴を持つ作者らしいパズラー短編集。

①「Pの妄想」=本連作のレギュラーメンバーとなる四人の男女が登場。女性二人は精神科医と翻訳家。男性二人は警視庁の刑事と名探偵役のマンションオーナー。この四人が安楽椅子よろしく遭遇した事件を探究、解明していく・・・なんて浮世離れした設定! 本作のトリックはいかにも大学のミステリ研当たりで出てきそうなもの。そんなにうまくいくかなぁ(?)
②「Fの告発」=とある私立博物館内で起こった殺人事件、しかも指紋認証で電子的にロックされた密室で・・・。探偵役である峰原が解明した真相はサプライズといえばサプライズだけど・・・この○れ○○りトリックは相当無理がある。アリバイトリックはまずまず面白いとは思うが・・・
③「Cの遺言」=東京湾をめぐるクルーズ船の中で発生した女性経営者殺人事件。そして偶然にも事件に遭遇するレギュラーメンバーの女性二人。今回は船内というおきまりのCC設定というわけで、いかにフーダニットに工夫を凝らせるかが作者の腕の見せ所なのだが・・・。まぁパズラーらしいと言えばそうだけど。
④「Yの誘拐」=本作のみ二部構成の中編という分量の作品。とある過去の誘拐事件を例の四人が再調査するという展開なのだが、一旦峰原の慧眼で解決を見た後、驚愕のドンでん返しが待ち受ける・・・。ただ、このドンでん返しは賛否両論じゃないかな。「連作短編集」という観点からすれば確かにこういうオチもありかもとは思うけど。

以上4編。
これは「好きな人には応えられない」というタイプの作品。
①~③は作者らしい凝ったパズラーが並んでいる。(④は別)
ただ、「若書き」という感は拭えないかな。
ミステリ研の「犯人当てクイズ」なら文句ないところだけど、ここまでパズラーに拘るのなら、もうワンパンチ欲しかったなというのが本音。

まっ次作に期待というところでしょう。
(④はかなり強引。①~③のなかでは②かな。因みに本作はもともと2004年に上梓されたものに、今回③を新たに加えて文庫版として新たに発表された作品)


No.921 6点 モノレールねこ
加納朋子
(2013/09/15 21:31登録)
2006年発表、主に「オール読物」誌に掲載された作品を集めた短編集。
相変わらず作者らしい「目線」「視点」で書かれた作品が並んでいる・・・そんな印象。

①「モノレールねこ」=表題作の主役は猫と、その猫を介して知り合った二人の子供。終盤には意外にも残酷なシーンが登場するが、作者らしく実にハートウオーミングなラストを迎える。こんな偶然・・・あったらいいよなぁ。
②「パズルの中の犬」=猫のつぎは犬、というわけでもないだろうが・・・。本編はそれよりもジグソーパズルを愛する女性の心理や葛藤の方に惹かれた。
③「マイ・フーリッシュ・アンクル」=今度の主役は動物ではなく「アンクル」。要は「おじさん」だ。相当アホで世間知らずなおじさんなのだが、ラストには意外なワケが判明することに・・・。でも女って強いな!
④「シンデレラのお城」=主役となるのは「形式だけの夫婦」。穏やかで理想の中年男性、とでも言うべき夫には更なる秘密が隠されていた。タイトルのお城はディズニーランドのシンデレラ城のことなのだが・・・こんな楽しみ方もあるんだねぇ。
⑤「セイムタイム・ネクストイヤー」=これは雰囲気の良い作品。「黄昏ホテル」なんて、何だか映画のタイトルに出てきそうだし、映像化に向いてる作品だろう。
⑥「ちょうちょう」=主役は脱サラし、ラーメン店を開店した男性。アルバイトとして採用した美女をめぐってひと悶着あるのだが、結果的には美女ではなく、本当の味方は別にいた、ってそんなよくある話だ。
⑦「ポトスの樹」=オヤジを反面教師として徹底的に嫌い。「オヤジのようには絶対なりたくない」って思っている主人公。本編も③と同じベクトルの作品。実は・・・という理由が終盤に判明してちょっとグッとくる。
⑧「バルタン最後の日」=何とザリガニ目線で書かれた作品。小学生の男の子に捕まえられ、自宅で飼われることになったザリガニ「バルタン」。こいつがラストにはイカした大活躍をするのだが・・・何とも不思議な一編。

以上8編。
動物が登場する作品が多いのが特徴といえば特徴。
まぁ相変わらずというか、実に加納さんらしい雰囲気の良い作品が並んでいる。
ちょっと特殊な設定下ではあるけど、ひとりひとりの人間(または動物)の想いがしんみりと心に染みてくる。
たまにはこんな作品で癒されるのも良いのではないか?
(ベストは文句なく⑧だろう。あとは①③あたり。)


No.920 8点 夏への扉
ロバート・A・ハインライン
(2013/09/15 21:30登録)
1957年発表。SFの大家である作者の代表作と言ってもいい作品。
原題“The Door into Summer”。早川版、福島正実氏の訳は名訳と名高い(そうだ)。

~ぼくの飼っている猫のピートは、冬になると決まって夏への扉を探し始める。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明まで騙し取られたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。そんなとき、『冷凍睡眠保険』のネオンサインに引き寄せられて・・・。永遠の名作!~

さすが、名作! そう唸らされた。
何よりも作品の世界観というか、雰囲気が何ともいいのだ。
読み進めていくうちに、読者は主人公であるダニイの心情とシンクロし、目の前に起こる出来事のひとつひとつに一喜一憂することになる。
序盤の山となる「ある事件」の発生後、ダニイは冷凍睡眠により30年の眠りにつく。そして、30年後に目覚めたときから、新たな予想外の物語が始まるのだ。
そして、終盤には更なるタイムトラベルと粋なラストが待ち構える・・・
読み終えた後、何とも言えない満足感を味わってしまった。

本作で扱われているSFとしてのアイデアは、①冷凍睡眠②タイムトラベル③ロボット、の3つ。
③はアシモフほどの拘りは窺えないが、①と②の取り上げ方は面白い。
まぁタイムトラベルについては単純なプロットで終始していて、タイム・パラドックス的な捻りが加えられているわけではないのだけど、それはそれとしてシンプルな面白さがあるのではないかと思う。

ファンタジックなSFが好みという方にはうってつけの作品だろうし、一度は手に取る価値のある作品という評価。
個人的にはそれほどSF好きというわけではないけれど、これくらいの評点はつけたい。
(冷凍睡眠の技術ってそろそろ実用化されるのだろうか?)

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