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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.892 7点 木製の王子
麻耶雄嵩
(2013/06/27 22:15登録)
2000年に発表された、作者の第六長編。
「翼ある闇」-「夏と冬の奏鳴曲」-「痾」と紡がれてきたシリーズの続編となる作品。
メルカトル鮎は登場せず(ある意味当然だが)、木更津悠也が探偵役を務める。

~比叡山の麓に隠棲する白樫家で殺人事件が発生した。被害者は一族の若嫁・晃佳(あきか)。犯人は生首をピアノの鍵盤の上に飾り、一族の証である指輪を持ち去っていた。京都の出版社に勤める如月烏有の同僚・安城則定が所持する同じデザインの指輪との関係はあるのか? 容疑者全員に分単位の緻密なアリバイが存在する傑作ミステリー~

何なんだ! この動機は?
って普通思うよなぁ。
まぁでも、「翼ある闇」から続く一連のシリーズらしいといえばあまりにも「らしい」んだけど・・・
冒頭に示されるある家系図が、真犯人のあらゆる悪意や欺瞞を表しているところがスゴイ。
読者は、序盤~中盤~終盤と読み進めていくうちに、この「家系図」に秘められた凄まじい「悪意」に徐々に気付き始めることだろう。
最終的な解答に、読者は決して納得できないに違いないのだが、とにかく力ずくでねじ伏せられたという気分。

そして、本作でもうひとつのヤマとなるのが、紹介文にもある「分刻みのアリバイ」。
なんと、11名の容疑者(一家)の全員について、問題となる一時間のアリバイが全て明らかにされるのだ。
この「アリバイ表」は圧巻の一言!
まるで数学の公式のように、最終的にはひとりの人物が浮かび上がることになるのだが、ここまで精密なアリバイトリックに対しては素直に敬意を評すしかない。
(これを読者が解き明かすことはかなり難しいだろうなぁ・・・)

これで一応、このシリーズは終結することになるのだが、読者を自分の世界観へ引き込む力というのはやはりスゴいのだろうと思う。
こんな作品を一作書くだけでもスゴイことだが、曲がりなりにも四部作(?)として発表したこと自体、作者の非凡さの印。
まぁ、正直なところ、完全に納得はしてないのだが、ここは作品世界に浸って楽しむべきでしょう。
(各章冒頭の逸話はアレを表しているんだよね?)


No.891 8点 天啓の殺意
中町信
(2013/06/21 21:34登録)
1982年に「散歩する死者」として発表された作者の第六長編を改稿、改題したのが本作。
最近、なぜか「模倣の殺意」が文庫売上のベスト5入りするなど、思わぬプチブーム(?)を巻き起こしている作者・・・果たして本作はどうなのか?

~スランプに陥った推理作家・柳生照彦から持ち込まれた犯人当てリレー形式の小説。柳生の書いた問題編に対し、タレント作家の尾道由紀子に解決編を書いてもらい、その後に自分が解決編を発表する。要するに作家どうしの知恵比べをしよう・・・という企画は順調に進行するかに思えたが、問題編を渡したまま、柳生は逗留先から姿を消し、しかもその小説は半年前の実在の事件を赤裸々に綴ったものだったのだ! 全面改稿の決定版~

これは快心の出来ではないだろうか。
「模倣の殺意」(旧題:「新人賞殺人事件」)もそれなりのレベルなのは間違いないが、プロットの巧さと終盤&ラストのサプライズ感では本作が大きく上回っているように思えた。
(だったら、これもベストセラーになるのかもね・・・)
作品の性格上、あまり書くとネタばれの危険性が伴うので難しいが、要は「何重構造」になっているのかということではないか。
私個人では、終盤に突入するまでてっきり「三重(さんじゅう)構造」になっているのかと思っていたのだが・・・

読了してよくよく考えてみると、折原一の諸作に数多く接してきた身としては・・・
「本作のプロットって、折原が手を変え品を変え、やってた奴じゃないか(特に初期)!」ということに遅まきながら気付くのだが・・・
これはかなり高レベルの「手(騙し)」だろう。
その「騙し」を支えているのが、大ラス近くになって登場する「ある人物」の存在と推理。
これには大抵の読者が「こうきたか!」と唸らされることになるのでは?
(「作者あとがき」を読むと、このポイントこそがまさに本作のプロットの出発点だったとのことで、個人的にも納得)

書評もちょっと興奮気味になってしまったが、それだけ出来がいいということをお察しいただきたい。
難点を挙げれば、リアリティ(ここまでやるかという意味で)になるのだろうが、これは言いっこなしだろう。
折原だと若干(?)クドくなってしまうところを、割とさらりと上品に書いているところがウケる要因かもしれないな。
(同じく、作者あとがきで、氏の奥様が『・・・あなたの処女作や初期の作品、あなたが死んだ後で、きっと評価される日が来ると思う・・・』と言ってたとあるが、奥様慧眼です!)


No.890 8点 野獣死すべし
ニコラス・ブレイク
(2013/06/21 21:30登録)
1938年発表の作者を代表する長編作品。
「野獣死すべし」といえば、個人的には、松田優作主演で映画化もされた大藪春彦の代表作という感覚だったのだが、もちろんこちらの方もミステリーの世界では押しも押されぬ名作。

~推理小説家のフィリクス・レインは、最愛の息子マーティンを自動車の轢き逃げ事故で喪った。警察の必死の捜査にもかかわらず、その車の行方は知れず、半年が虚しく過ぎた。このうえは、何としても独力で犯人を探し出さなくてはならない。フィリクスは見えざる犯人に復讐を誓った。優れた心理描写と殺人の鋭い内面研究によって屈指の名作と評される、英国の桂冠詩人C.Dルイスが別名義で発表した本格傑作!~

出版された年代を勘案すれば、特筆すべき出来だろう。
ちょっと(というか結構)驚かされた。

序盤は倒叙形式そのもので、愛する息子の復讐を誓う主人公(フィリクス)が、野獣たる真犯人を探し出し葬り去るまでの苦悩と冒険が、読み手のない「手紙」という形式で描かれる。
ラストには、ついに成就するかに思えた渾身の殺人計画が不発に終わるところで次章へという展開。
探偵役のナイジェル・ストレンジウェイズの登場に至り、ストーリーは大きな転機を迎えることになる。

もちろん、数多のミステリーに親しんだ現代の読者であれば、この「手紙」という代物に作者の欺瞞が詰め込まれているということは分かるだろう。
本作についても例外ではなく、作者の精緻な技巧が惜しげもなく投入されている。
まぁ、真犯人についてはほぼ予想どおりという結果なのだが、ここまで複雑なプロットをきれいにはめ込んで収束させる作者の「腕」に敬意を評したい。

果たして本作がこの手のプロットの先駆的作品なのかどうかは定かでないが、他の黄金期の作者&名作に勝るとも劣らない秀作なのは間違いない。
(法月綸太郎の「頼子のために」が本作のオマージュなのはよく知られてるようだけど、「頼子」はここからもうひと捻りしているわけだな・・・納得)


No.889 8点 張込み
松本清張
(2013/06/21 21:28登録)
888番目の書評に続き松本清張である。
ただし、今回は短編集。新潮社が編んだ清張最初期の“推理小説”作品集が本作。

①「張込み」=これが清張の推理小説の「出発点」となる作品とのこと。殺人事件を起こした犯人の元恋人に張込むことになる一刑事の姿をリアリスティックに描いたのが本編。ミステリー的ガジェットは何もないのだが、何ともいえない味わいがある。
②「顔」=これも何とも言えない秀作。過去に犯した殺人、そして被害者と一緒にいるところを見られた一人の男の行方を常に気にしていた主人公。その主人公が映画俳優として成功の道を歩もうとした刹那、自分の「顔」が知られてしまう危険に主人公はどうする?
③「声」=「顔」の次は「声」だ。ある企業の電話交換手(こんな職業があったんだよねぇ)をしていた主人公。過去、とある事件の際、偶然に聞いた「声」を再び聞いたとき事件が起こる・・・。ひとりの刑事が粘り強くアリバイ崩しに挑むプロットは、まさに「点と線」に通じる。これも秀作。
④「地方紙を買う女」=東京在住の女性がわざわざ地方新聞を定期購読する理由は? 不審を抱いた作家が単独捜査を進めるうち、女性の奸計が明らかになる・・・。
⑤「鬼畜」=これはまさにタイトルどおり。「鬼畜」以外の何者でもない二人の人間と、彼らが「鬼畜」となるまでの過程を描いた作品。戦前戦後の貧しい日本の姿がここにある、ということなのだが、それ以上に人間の醜さをここまで描ききる作者の熱意に圧倒される。
⑥「一年半待て」=これはやっぱり「最後の一行」に尽きる。ひとつの殺人事件に一定の解決を示したあと、読者に対して見事な肘鉄を食らわせる! このドンデン返しはまさにミステリーそのもの。
⑦「投影」=これは「社会派」というフレーズを感じさせる作品。一地方都市を舞台に、市政の裏に暗躍するフィクサーと官吏の癒着、そしてそれに挑む主人公たちという構図。殺人事件についてはトリックらしきものが解き明かされるが、これはまぁ“おまけ”だな。
⑧「カルネアデスの舟板」=これも「人間のズルさ、醜さ」がえぐるように書かれた作品。自分の成功だけのために、あらゆる奸計を操る男。そして、そのために自身が不幸になる皮肉・・・。人間って勝手だよねぇ・・・。

以上8編。
いやぁー、短編もさすがだねぇ。一編ごと噛み締めるように読んでしまった。
先にも触れたが、別にミステリー的な仕掛けやプロットに溢れているわけではない。目を見張るトリックがあるわけではない。
そこにあるのは、ひたすら「リアリズム」の世界なのだ。
嫉妬や愛憎、エゴや妙なプライド・優越感などなど、とにかく人間の本懐というか「醜さ」が目の前にさらけ出される。
そして、昭和20年代から30年代という時代背景も、この作品世界に実に深みを与えているのだ。

今更なんだけど、作家としての清張のすごさに圧倒される・・・それが偽らざる感想。
(②③が白眉かな。⑥や⑧も胸にグッとくる。他もまずまず。)


No.888 7点 点と線
松本清張
(2013/06/15 16:13登録)
ゾロ目888冊目の書評に到達。(ついにここまできたか・・・)
今回は、昭和33年に発表された国内社会派ミステリーの御大・松本清張の超有名作をチョイスした。
しかし、これが何と清張作品の初読なのである・・・

~九州・博多付近の海岸で発生した一見完璧に近い動機付けを持つ心中事件の裏にひそむ恐るべき奸計。汚職事件に絡んだ複雑な背景と、殺害時刻に容疑者は北海道にいたという鉄壁のアリバイの前に立ちすくむ捜査陣・・・。列車時刻表を駆使したリアリスティックな状況設定により、推理小説界に“社会派ミステリー”の新風を吹き込み、空前の推理小説ブームを巻き起こした秀作~

やはり「格が違う!」
そんな印象が強く残った。
冒頭に書いたとおり、実は今まで清張作品を「読んだ」ことがなかったのだ。(特別避けていたわけではないのだが、何となく食指が動かなかった・・・)
もちろん、代表作はテレビ等で幾度となくドラマ化されていて、本作についても粗筋やトリックの要諦は頭に入っていたのだが、
でも、そんなのは関係なし。

本作を有名作たらしめた最大の要素は『空白の四分間』という奴だろう。
これは実に見事なプロット。
これが真犯人の奸計の中心であり、アリバイトリックの焦点でもあり、終盤は事件の構図自体を鮮やかに浮かび上がらせる場面(シーン)にもなっている。
探偵役を務める三原刑事は、まさにフレンチ警部ばり。
九州から北海道まで、とにかく自分の足を運び、犯人の築く高いアリバイの壁に何度も阻まれながら、最後には真相に行き着く。

本作は、汚職事件が絡んでいるとはいえ、「社会派」的な要素は薄く、純粋にミステリーとして楽しめる作品。
アリバイトリックのレベル自体は、ほぼ同時代に出された「黒いトランク」ほどではないが、まぁ十分に合格点だろう。
やはり、大作家・松本清張を知る上では欠かせない一作と言える。
(個人的に、この手の作品が好きということはあるが・・・)


No.887 5点 悪魔と警視庁
E・C・R・ロラック
(2013/06/15 16:12登録)
1938年発表のシリーズ長編。
ロンドン警視庁のマクドナルド主席警部が活躍する作者の代表作といってよい(らしい)。

~濃霧に包まれた休戦記念日の夜、帰庁途中のマクドナルド主席警部は女性がひったくりに合うのを目撃した。車を降りて犯人を追いかけバックを取り戻した警部は、警視庁に車を置き帰宅したが、翌朝、その車中から悪魔メフィストフェレスの扮装をした男の刺殺死体を発見する。捜査の結果、前夜開かれた仮装パーティーでメフィストフェレスに扮した者が数人いたことが判明する。魅力的な発端と次々に深まる謎、英国本格派ロラックの代表作~

うーん。正直それほど楽しめなかったなぁ。
なぜ楽しめなかったのか? 原因を追求してみよう。
序盤はなかなか素晴らしいのだ。
紹介文のとおり、悪魔の扮装をした死体を探偵役の警部自身が発見するという劇的な発端。
調査するほどに判明する関係者たちの複雑な人間関係など、
古き良き本格ミステリーの王道をいくような作品なのだろうと期待した。

しかし、中盤以降がいけない。
マクドナルド警部の地道な捜査過程が描かれるのだが、事件の構図がはっきりしてくるというよりは、何が書きたいのか正直よく分からないまま混迷していく・・・ような感覚に陥った。
そして、突如判明する真犯人と真相。

要は「慣れ」の問題なのかもしれないし、訳の問題なのかもしれないし、読んでるときの体調の問題なのかもしれない。
ただ、本格ミステリーとしての謎解きの面白さは感じられなかった。
(これは多分にプロットの巧拙が原因に違いない・・・これが真因)

これでは「クリスティと肩を並べる」という惹句には首肯し難い。


No.886 6点 三度目ならばABC
岡嶋二人
(2013/06/15 16:10登録)
上から読んでも下から読んでも「おださだお」の織田貞夫と、同じく「とさみさと」の土佐美郷の通称『山本山』コンビが活躍する作品集の第一弾。
初版は1984年発表だが、未収録作品を加えてめでたく増補版が発売されたとのことで、今回再読。

①「三度目ならばABC」=ライフルによる無差別の銃撃事件が発生。三件目でついに殺人事件へ発展することに。そこで美郷が思いついたのが、クリスティの名作「ABC殺人事件」。話中に登場するあるシーン(エピソード)がメイントリックに直結しているところがなかなかうまい。
②「電話だけが知っている」=アリバイトリックを主眼とするミステリーに頻繁に登場する道具・「電話」。もちろんこの時代だから、携帯やスマホではなく「黒電話」というところがミソ。軽い内容だが、なかなか練られた作品。
③「三人の夫を持つ亜矢子」=これも容疑者のアリバイ崩しがメインプロットとなる作品だが、②に比べるとかなり強引。トリックの鍵が○に関するメカニックな知識が必要なため(たいしたことではないけど)、個人的にはよく分からなかった。
④「七人の容疑者」=タイトルだけ聞くと、フーダニット系のかなり硬派な作品を予想してしまうが、プロットの本筋は作者お得意の「誘拐もの」。でも、この程度じゃやっぱり長編作品には無理だったんだろうな。
⑤「十番館の殺人」=このタイトルって、やはり「十角館の殺人」(by綾辻行人)を意識していたのだろうか(?) まぁでも、これが一番ミステリーっぽい稚気に溢れた面白い作品だろう。本編以外も、美郷の前フリ⇒貞夫の気付き&解決、というのが共通する流れなのだが、特に今回の前フリはよく効いてる。
⑥「プールの底の花一輪」=これもアリバイ崩しが主眼のミステリー。水死体とアリバイというと、あれこれトリックが思い浮かぶが、このトリックもかなり強引に思える(アレを回収するのは結構たいへんな筈)。
⑦「はい、チーズ!」=これが増補版で新たに加わった作品。タイトルどおり、写真が鍵となるのだが、作者としては珍しく見せ方がマズいためか、よく整理されてない印象が残った。

以上7編。
さすがに達者な方(方たち)だなという読後感。
⑤以外、目を見張るほどのトリックやサプライズは出てこないが、とにかく「山本山」の名コンビの会話をメインに展開されるため、リーダビリティは抜群。
読者としては流れに身を任していれば十分に楽しむことができる。
重たいサスペンス作品を読んだ後にでもいかがでしょうか。
(やはり⑤の出来が図抜けている。あとは①②がよい)


No.885 8点 コフィン・ダンサー
ジェフリー・ディーヴァー
(2013/06/09 21:52登録)
1998年発表のリンカーン・ライムシリーズの第二弾。
前作「ボーン・コレクター」事件から約一年半後、今回のライムの相手は史上最大級の殺し屋「コフィン・ダンサー」。

~FBIの重要証人が殺された。四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムは、「棺の前で踊る男(コフィン・ダンサー)」と呼ばれる殺し屋の逮捕に協力を要請される。巧みな陽動作戦で警察を翻弄するこの男に、ライムは部下を殺された苦い経験があるのだ。「今度こそ・・・」。ダンサーとライムとの知力を尽くした闘いが始まる。ライムは罠を張って待ち構えるが、ダンサーは思いもよらぬところから現れる。その素顔とは?~

これはさすがに世評どおりの面白さ。
正直なとこ、シリーズ初作の「ボーン・コレクター」は「それほどでもない」という感想だっただけに、二作目となる本作の充実ぶりには目を見晴らされた。
ポイントをまとめるなら、①読者を唸らせるプロットの出来、②登場人物の造形の見事さ、の二つかな。

まず①の『読者を唸らせるプロット』だが・・・
何よりも、「コフィン・ダンサー」の正体に仕掛けられた大いなる「欺瞞」には驚かされた。
「正体」については、冒頭からかなり明確に示されていて、そこに仕掛けはないはずと思いつつ読み進めていたのだが、「そうは問屋が卸さなかった」。
さすがはディーヴァー。これにはマイッた!
ライムVSダンサーという構図を明示していたところにも、作者の企みはあったわけだな。
(ただし、ラストの「もうひと捻り」にはあまり感心しなかったが・・・)

そして、②の『登場人物の造形』
「ボーン・コレクター」ではこなれてない印象が残ったライムやアメリアのキャラが本作ではかなり改善。
前作ではベッドから離れられなかったライムも、本作では車椅子を操るところまで回復、アメリアとの関係も進展してよかった(?)
しかし、何より本作では殺し屋「コフィン・ダンサー」と、殺し屋に付け狙われる女性・パーシーの造形が際立っている。
ダンサーはまさに史上最強・最悪の殺し屋だな。
(個人的には「新宿鮫」シリーズの『毒猿』を思い出してしまった)
そして、パーシーはデンヴァー空港への命を懸けた着陸シーン・・・。こりゃ実に映像向きの場面だろう。

ということで、書き出すと止まらなくなりそうな一大スペクタクル作品。
例によってまずまず長いのだが、ページを捲る手が止まらなくなる危険性大なので、ある程度一気読みすることをお勧めします。
(シャーロック・ホームズが現代の科学捜査の技術を得たら・・・こんな感じになるのだろうか?)


No.884 4点 樒/榁
殊能将之
(2013/06/09 21:50登録)
「鏡の中は日曜日」で登場した謎(?)の名探偵・水城優臣が再び登場する本作。
「樒」と「榁」の二つの短編からなる不思議な感覚の作品・・・。
なお、講談社文庫版では、「鏡の中は日曜日」に併録されているので便利!

①「樒」=『天狗を目撃したという宮司がいる荒廃した寺社で、御神体の石斧が盗まれた。問題の“天狗の斧”が発見されたのは完全な密室の中。おびただしい数の武具を飾る旅館の部屋の扉を破ると頭を割られた死体と脅迫状が・・・。悲運の天皇・崇徳院をめぐる旅の果てに事件と出会ったかの名探偵の推理は?』

紹介文を読むとガチガチの本格ミステリーとように思える。
確かに堅牢な密室は登場するし、天狗らしき人物まで目撃されるという不可思議な謎は提供されるのだが・・・
プロットは脱力系のもの。(特に「天狗」の正体。まさかね・・・)

②「榁」=①から16年後、再び同じ場所で密室が出現する。しかも、今回の探偵役は石動戯作・・・って、この展開は「鏡の中は日曜日」と同じじゃないか!
(水城優臣→石動戯作という探偵役のスイッチ)
でも、まぁそれほど複雑なプロットが用意されている訳ではない。密室も子供騙し。

以上の2作品。
ノベルズ版出版時は、「密室本」シリーズの一冊として発表された本作。
作品の質がどうこうというより、「形式」を合わせるために出された節(フシ)がある。
まぁ「鏡の中は日曜日」の余興として読むのが正しい楽しみ方だろうな。それ以外ない。
(改めて、作者の早すぎる死にはお悔やみを申し上げたい・・・)


No.883 4点 塔の断章
乾くるみ
(2013/06/09 21:49登録)
2003年発表のノンシリーズ長編。
最近「新装版」として講談社文庫より出されたものを今回読了。

~「お腹の子の父親はあなたよ!」・・・別荘の尖塔から転落死した美貌の社長令嬢・香織(かおり)。悲劇が起きたのは、ある小説のゲーム化を企画するメンバー八人が別荘に集まった夜だった。父親は誰か、彼女の本当の死の理由は? 激しい恋が迷い込んだ先の暗黒を描いた「乾マジック」が冴え渡る。謎解き恋愛ミステリー~

これは何なのだろうか?
もちろん作者の「狙い」は分かる。(最初は全然分からなかったが・・・)
時間軸を歪めたり、並行させたり、とにかく読者をけむに巻き、「謎」を提供しようという意図は理解できた。
でもこれは分かりにくいなぁ。

正直、いきなり始まって、いきなり終わったという感覚が強い。
そして、そんなに楽しめなかった、というのがトータルでの感想。
短いのはいいのだが、「恋愛ミステリー」と呼ぶにしては、登場人物の描き込みが甘くて、それぞれのキャラが腹に落ちる前にラストを迎えてしまったのが致命的。

などなど・・・ツッコミどころが多すぎる本作。
もう少しジックリ構えた方がよかったのかも・・・
評点低いのは仕方ないかな。
(「イニシエーション・ラブ」の出来には遠く及ばないのでは?)


No.882 7点 殺しのパレード
ローレンス・ブロック
(2013/06/04 21:38登録)
2007年に発表された「殺し屋ケラー」シリーズの連作短編集。
本作でもブロックらしい軽妙かつ洒脱な筆致が楽しめる。

①「ケラーの指名打者」=今回のターゲットは大リーガーとのことで、ケラーは所属チームの試合を見るために、全米の各都市を行き来することになる。何の関係もない観客とケラーとの「噛み合っているようで噛み合っていない」会話が非常に面白い。
②「鼻差のケラー」=タイトルどおり、本編の舞台は競馬場。メジャーリーグに続き、今回は競馬場で何の関係もない競馬ファンの男と馬券談義を交わすことになる・・・。ケラーの馬券の買い方にはなぜか共感してしまう・・・(だから外れるのか?)
③「ケラーの適応能力」=本編はケラー・シリーズのターニングポイントとなる一編かもしれない。他作品に比べて分量も多いのだが、何より殺し屋としてのケラーの心境に大きな変化が訪れているらしい・・・
④「先を見越したケラー」=殺しを請け負ったケラーなのだが、何とケラーがデトロイトに降り立ったときには、すでに標的は殺されていた! という本シリーズのプロットを覆すような冒頭が衝撃的。そして、本編でもケラーは悩むことになる。
⑤「ケラー・ザ・ドッグキラー」=今回の標的は、タイトルどおり何と「犬」! 捻りすぎだろ!
⑥「ケラーのダブルドリブル」=別に標的がバスケットボールの選手というわけではない・・・(バスケットのシーンは登場するが)。
⑦「ケラーの平生の起き伏し」=殺し屋としてあってはならぬこと=『標的と仲良くなり、心を許してしまうこと』に陥ってしまったケラー。殺すべきか殺さざるべきか迷うのだが・・・ラストは本シリーズらしい。
⑧「ケラーの遺産」=自分が死んだとき、遺産(=ケラーの場合、収集している切手のことだが)をどうして欲しいか・・・
⑨「ケラーとうさぎ」=これは「おまけ」なのかな?

以上9編。
「訳者あとがき」に詳しくあるが、本作はニヒルで無感情であるはずのケラーの「心の揺れ」がテーマとなっている。
その原因は、『9.11』にあるのだが、殺し屋という自身の仕事に対しての「揺れ」を感じながらも、「プロ」として、そして何より「切手蒐集」のため(?)、仕事を遂行しようとするケラーの姿が非常に興味深い。
実に人間臭く行動する「姿」と、情け容赦なく殺害する「姿」に何の脈略もないように見えるのは作者の「故意」なのだろうが、その辺りのケラーの心理については、次作でも引き続き描かれることになる。

さすがに面白かった、というのが素直な感想。
(③~⑦が読みどころ。①②も面白いのだが・・・)


No.881 6点 嘘でもいいから殺人事件
島田荘司
(2013/06/04 21:37登録)
1984年発表のいわゆるユーモア(死語?)・ミステリー。
隈能美堂巧(くまのみどたくみ)、通称タックとターボのコンビが不可思議な事件に巻き込まれる。

~テレビ業界にこの人あり「やらせの三太郎」の異名を持つ軽石三太郎ディレクターと取材班が大胆なやらせ番組を企画して、東京湾に浮かぶ無人島に乗り込んだ。折からの台風接近で大きな密室となった島でスタッフのカメラマンが何者かに殺され、死体も消失してしまったのでサア大変(!)。根暗のパラノイア刑事が犯人探しに加わって、事件は意外な方向に・・・。恐怖と笑いの長編ミステリー~

島田荘司ってこんな作品も書いてたのね!
普通の方はそう思うんじゃないか。(個人的には再読なのだが・・・)
なにしろ主人公がヤラセ番組のスタッフ御一行という設定からして「軽~いノリ」が窺える。
登場する刑事・医師もまったく事件解決には貢献しないし、とにかくほとんどの人物は事件を引っ掻き回すだけの存在として登場する。

事件は首切り死体や人間(死体)消失など、いつもの「島荘節」全開。
特に、人間消失の方はありえない状況からの消失だし、それが「首切り」と有機的につながっている点がなかなか唸らせる。
事件現場に残された物証が探偵役となるターボが推理し、事件を解明するきっかけとなるなど、ミステリーファンにとっても十分に楽しめる内容だろう。

ただ、粗もかなり目立つ。
一番気になるのは、真犯人がアレとアレをアレに隠していたという場面・・・こりゃ無理だろ!
あと「動機」や事件の背景などは相当デフォルメされているが、その辺は確信犯ということなのだろう。

まぁ初期の「元気のよかった島荘」を味わうには適当な作品かもしれない。
粗には目をつぶって・・・
(猿島に建つお屋敷での密室殺人というと、折原の「猿島館の殺人」と完全に被ってるよなあ。こっちの方が先だけど)


No.880 8点 ルーズヴェルト・ゲーム
池井戸潤
(2013/06/04 21:34登録)
直木賞受賞作「下町ロケット」に続いて発表された長編がコレ。
もともとは熊本日日新聞など地方新聞数誌に連載されていたものを加筆修正し出版した作品。

~中堅電子部品メーカー・青島製作所の野球部はかつては名門と呼ばれたが、ここのところすっかり成績低迷中。会社の経営が傾き、リストラを敢行、監督の交代、廃部の危機・・・。野球部の存続をめぐって、社長の細川や幹部たちが苦悩するなか、青島製作所の開発力と技術力に目をつけたライバル企業・ミツワ電器が合併を提案してくる。青島製作所は、そして野球部はこの難局をどう乗り切るのか。負けられない勝負に挑む男たちの感動の物語~

うーん。なんでだろう?
いつもの『池井戸節』、「空飛ぶタイヤ」や「下町ロケット」と同じプロットのストーリーが展開されてるんだけど・・・
どうしてこうも感動させられるのか?

本作でも、登場人物ひとりひとりは、悩み、喜び、悲しみ、そして話し合い、ひとつひとつ問題を解決していく。
でも必ずぶち当たる「壁」、そして最後に訪れる「歓喜」。
全てが予定調和、いつもの勧善懲悪なのに・・・それでも登場人物の姿に自身を重ね合わせ一喜一憂している自分がいるのだ。

思いもかけず指名された社長というポストに悩む「細川」、細川に社長職をさらわれた「笹井」、総務部長兼野球部長としてリストラと廃部の板挟みに苦悩する「三上」、そして野球部の面々・・・
みんなが己の矜持をかけ、与えられた立場で全力を尽くしているのだ。
その姿が心に染み入るのだろう。
まさに作者のいう「全てのサラリーマンへの応援歌」ということなのだろうし、青臭いのかもしれないが「オレも頑張ろう」という気にさせられた。

もちろん現実はこんなにうまくはいかないことばかりなのだけど、たまにはこういう男たちの「汗臭い」物語に浸ってみるのもよいのではないでしょうか。
エピローグはちょっと蛇足のように感じたけど・・・

ただまぁ、ミステリー的要素はほぼないということで、評点はこのくらいで抑えることに。
(因みにタイトルは、野球好きの元米大統領F.ルーズヴェルトが語った「野球は8対7の試合が一番面白い」との逸話に基づく・・・)


No.879 4点 珈琲店タレーランの事件簿
岡崎琢磨
(2013/05/29 20:41登録)
京都の小路の一角にひっそりと店を構える珈琲店「タレーラン」。恋人と喧嘩した主人公は、偶然入ったこの店で運命の出会いを果たす! 長年追い求めた理想の珈琲と魅惑的なバリスタ・切間美星だ。
ということで、「ビブリア古書堂」に続くシリーズになりそうな予感も漂う、シリーズ第一弾。

①「事件は二度目の来店で」=主人公・青山が、タレーランに通うことになった顛末が描かれるのが冒頭の本編。一応「謎」らしきものは登場するが、ほんの申し訳程度という感じ。
②「ビタースウィート・ブラック」=青山の従兄弟の美少女が登場。帰国子女の従兄弟に最近できた彼氏に浮気疑惑が発生。ブラックコーヒーが飲めないはずの彼氏がなぜブラックを飲んでいたのか、なんて・・・どうでもいい。
③「乳白色にハートを秘める」=ひょんなことから青山が知り合ったハーフの小学生。なぜか青山に会うたびに牛乳をねだる彼にはある秘密があった・・・。その「秘密」って、これがまた相当小さい! まぁいい話ではあるが。
④「盤上チョイス」=別れたはずの元カノが再び迫って来る・・・。しかも、追いつくはずのない距離から・・・なぜ? というのが本編の謎。京都の地理・地名に詳しくないとピンとこないように思えるが・・・
⑤「past present f・・・」=謎の美女にしてバリスタの切間美星の謎に迫るのが本編。京都の中心街で偶然出会った二人は一緒に居酒屋へ、そして青山へ誕生日プレゼントを渡すのだが、それは彼女が知るはずのない「欲しかったものだった」って、どうでもいい!
⑥「Animals in the closed room」=幻の珈琲豆“猿コーヒー”を味わうため青山の自宅を訪れたバリスタ。彼女へ渡したぬいぐるみのクマはなぜかズタズタにされていた。いったい犯人は? ということなのだが・・・。ここで問題の人物「胡内」の正体が明らかになる。
⑦「また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」=「胡内」にまつわる騒動に巻き込まれた青山はバリスタとの別れを決断するのだが、ここで何と「青山」にも大きな欺瞞が仕掛けられていたことが明かされる・・・。これは気付かなかった!

以上7編。
正直キツイ感じがした。
「ビブリア古書堂」とほぼ同ベクトルの作品だと思うが、ミステリーとしての出来栄えは遠く及ばないように見える。
それにも増して、何より登場人物たちの言動のひとつひとつが、読んでてキツイのだ。
バリスタ切間のキャラは受けそうだけどなぁ・・・。
(30超えた男が読む作品とは思えなかった。)


No.878 8点 ブラッド・ブラザー
ジャック・カーリイ
(2013/05/29 20:40登録)
2008年発表。カーソン・ライダー刑事シリーズの4作目。
「百番目の男」「デス・コレクターズ」「毒蛇の園」ときて、シリーズは更なる盛り上がりを見せているが・・・

~きわめて知的で魅力的な青年・ジェレミー。僕の兄にして連続殺人犯。ジェレミーが施設を脱走してニューヨークに潜伏、殺人を犯したという。連続する惨殺事件。ジェレミーがひそかに進行させる犯罪計画の真の目的とは何か? 強烈なサスペンスに巧妙な騙しと細密な伏線を仕込んだ才人カーリィーの最高傑作。ラストまで真相は分からない!?~

これは素直に面白い。
特に、事件にジェレミーの関与が明らかになる中盤以降は、まるでギア・チェンジをしたみたいに、物語に加速感がついてくる。
そして、深まる謎、カーソンが恋に落ちたNYの女性刑事が囚われ窮地に陥る、etc
そして、謎の中心がジェレミーの過去にあると判明し、浮かび上がるひとりの人物・・・
まさに、最初から最後まで気の抜けない展開が続いているのだ。

好みの問題もあるし、全作を読んだわけではないのでエラそうに言えないが、個人的にはJ.ディーヴァーやM.コナリーよりも「面白さ」は上に思える。
(何より、「長さ」がちょうどいい。文庫版で上下分冊というのは個人的に萎えてしまう・・・)

本作は、いつものアラバマ州モビールではなく、舞台を大都会NYに移している点も魅力のひとつ。
周りに味方がいない状況で、殺人鬼ジェレミーが実の兄だと告白できず悩むカーソンはともかく、NY市警のシェリーとアリス、そしてよきパートナー・ハリー刑事など、登場人物の造形も相変わらずウマイし、読者は事件の渦そして謎にすぐに巻き込まれていける。
敢えて苦言を呈するなら、真犯人ということになるのだろうが、「後出し」といえば「後出し」ではある。
まぁでもねぇ・・・無理やりドンデン返しのために、「まさかあいつが!」という人物を最後にもってくるよりは、こういうプロットの方がしっくりくる(ように思えた)。

まとめるなら、「お勧め」ということになるし、次作の発表が待ち遠しい作家&シリーズ。
評点としては、他作品との兼ね合いでこうなった。
(シリーズ未読の方なら、発表順に読むほうがベター。)


No.877 6点 今はもうない
森博嗣
(2013/05/29 20:39登録)
S&Mシリーズ第10作目の長編。
さすがにシリーズもここまで続くと「こう来るか・・・」という変化球が用意されている、のだが・・・

~避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合わせた部屋でひとりずつ死体となって発見された。二つの部屋は、映写室と鑑賞室で、いずれも密室状態。遺体が発見されたときスクリーンには、まだ映画が上映されていた・・・。折しも嵐が襲い、電話さえ通じなくなる事態に。S&Mシリーズ・ナンバーワンに挙げる声も多い清冽なミステリー~

これは「プロットの妙」ということに尽きる。
話は、事件が終結した後、萌絵が犀川にその顛末を聞かせる、というスタイルで始まるのだが、実際の語り手は事件に巻き込まれたある男性の視点で、「手記」という形式で読者には示される。
まぁ、普通考えるよなぁ、ミステリーファンなら・・・
「手記」には何かの仕掛けが施されていることを!
その「仕掛け」は作品終盤に開陳されるのだが、なかなかの衝撃。
(ただし、この衝撃は本シリーズをある程度最初から読んでいることが条件にはなるのだが)
なる程ね。何となく「違和感」は感じてましたが、これは叙述トリックで多用される「手」だけど、使い方がうまいとこんなに綺麗に嵌まるといういい見本だろう。

そして、本作もうひとつの肝が「W密室」。
ただ、これについてはかなり微妙、というか正直納得できない。
仮設を立てては崩すという過程が繰り返されるところまでは好ましいのだが、その結果判明した解答がコレか?っていう感想になる。
あと、せめて現場の見取り図は欲しいなぁ。
(説明を読んでも、今ひとつ状況が腹に落ちてこなかった)
結局、密室は「添え物」程度のガジェットだったのだろう、本作では。
読者としては、どうしても本シリーズには「密室トリック」を期待してしまうだけに、やっぱり「ネタ切れ」かという感じにはなった。

ということで、紹介文にある「シリーズ・ナンバーワン」という評価には決してならない。
この程度の評価が妥当なところ。


No.876 7点 十二枚のだまし絵
ジェフリー・アーチャー
(2013/05/18 22:38登録)
1994年発表。
ストーリー・テリングの天才または魔術師とも言える作者の作品集。

①「試行錯誤」=ごく短い作品が並ぶ本作にあって、唯一まとまった分量があるのがコレ。図らずも獄中に入った男が「試行錯誤」した結果・・・なんで? という結末。
②「割勘で安上がり」=これは相当秀作というか、このツイスト感は素晴らしい。主人公の女性が読者に対してウィンクでもしている様が目に浮かぶようだ。
③「ダギー・モーティマーの右腕」=ケンブリッジが誇る伝説の漕ぎ手(ボートかな?)、ダギー・モーティマー。彼を顕彰して作られた右腕の像に纏わる一編。
④「バグダットで足止め」=これはサスペンス感のある作品。イラクからアメリカへ政治亡命した男が、飛行機の故障でバグダットにトランジットしなくてはならなくなった・・・さて!? これもオチが効いてる。
⑤「海峡トンネル・ミステリー」=これは作者らしい皮肉の効いた小粋な作品。
⑥「シューシャイン・ボーイ」=イギリス領のある小島の総統に就任した男。彼の元へ本国の貴族が訪れることになったことから発生するドタバタ劇を描く一編。オチが効いてるような素直に読めるような・・・
⑦「後悔はさせない」=生命保険に絡む騙し合いがテーマ。あまり印象に残らず。
⑧「高速道路の殺人鬼」=これも④同様、サスペンス感の高い作品。ハイウェイを走る女性を追い掛ける変質者&殺人鬼。逃げても逃げても追い掛けてくる・・・男。
⑨「非売品」=これはちょっといい話かな。才能のある人って、こういうチャンスをつかむってことかな。
⑩「TIMEO DANOS」=舞台はギリシャ。ギリシャの人って、こんなふうにいい加減なんだろうなぁ・・・
⑪「眼には眼を」=これは正直なとこ、オチがよく理解できなかったのだが・・・。結局どういうこと? イングリッシュ・ジョークか?
⑫「焼き加減はお好みで・・・」=これは何と、結末が4種類も用意されてるという趣向の作品。ステーキの焼き加減になぞらえ、レア・バーンド(黒焦げ)・オーヴァーダン(焼きすぎ)・ミディアムに分かれる。それぞれに見合ったオチが用意されているわけだが・・・

以上12編。
本作の原題は、ずばり「Twelve Red Herrings」。
つまりは、12作品全てがレッドヘリングを主題として書かれている。

相変わらず練られたプロットとリーダビリティは「さすが」という感じで、素直にお勧めできる作品。
まぁ、面白くないというか、よく分からない作品も混じってはいるが・・・
(面白いのは②④⑧辺りかな。あとはやっぱり⑫)


No.875 6点 殺しへの招待
天藤真
(2013/05/18 22:36登録)
1973年発表の長編。
氏の作品らしく、凝ったプロットが楽しい作品。

~「わたしはあなたがよくご存知のある男の妻です。ひと月以内にその男の死亡通知が届くでしょう。彼は実は殺されるのです。そして殺すのはわたしです・・・」。そんな殺人予告状が夫と四人の知人宛に送られてきた。受け取った五人の男は、自分が手紙の中の条件に合致しているのに衝撃を受け、疑心暗鬼になりながらも何とか対処の方法を得ようと知恵を絞る。果たして標的とされているのは自分なのだろうか? だが、事態は二転三転。ユーモラスなタッチで描く、捻りの効いたプロット!~

面白いプロットだと思う。
「手紙」がプロットの鍵となるミステリーは数多いが、本作のような“使い方”は今まで余りお目にかかってない(はず)。
五人の男が「真犯人」にいいように操られ、互いに疑心暗鬼に陥りながらも、犯人探しのために協力する。
「手紙」の内容は徐々にエスカレートしていき、ついに殺人事件が発生してしまう。
だが、殺されたのは五人の中のひとりではなく、ある人物だった・・・
ここまでが第一部。謎の導入部としてはほぼ満点で、読者は惹き込まれること請け合い。

警察&知人の捜査過程を描くのが第二部。で、これがちょっと惜しい。
前半でコンガラがっていた事件の糸が、徐々に解きほぐされていくわけなのだが、読んでてどこか腑に落ちないというか、ピンと来ない展開だった。
第二部のラストで、真犯人や事件の構図なども明らかにされるけれど、「これでは・・・」と思っていた矢先に冷や水を浴びせるのが「第三部」。
予定調和っぽいかもしれないけど、やっぱりこの手の「捻り」がないと、こういうプロットの作品は締りが悪いというか、納得できない。
そういう意味では、うまくまとめたという感じ。

とにかく、“真の真犯人(?)”が「手紙」を使った「動機」というのが本作の肝で、それが全てと言っていいかもしれない。
そのために作者が仕掛けた遠大なプロットに読者が付き合わされたというのをどう捉えるかで評価は変わってくるのだろう。
個人的にはその辺がちょっと微妙・・・
(夫→妻の関係に時代を感じるなぁ・・・。今は妻の方が強いのが普通じゃない?)


No.874 6点 十字屋敷のピエロ
東野圭吾
(2013/05/18 22:34登録)
1989年発表の長編。
東野圭吾が書いた「新本格ミステリー」とでも表現すればよいのだろうか? そんな作品。

~「ぼくはピエロの人形だ。人形だから動けないし、しゃべることもできない。殺人者は安心してぼくの前で凶行を繰り返す。もし、ぼくが読者のあなたにだけ、目撃したことを語れるならば・・・しかもドンデン返しがあって真犯人がいる・・・」。前代未聞の仕掛けでミステリー読者に挑戦する新感覚ミステリー~

軽いといえば軽いが、さすがは東野圭吾という片鱗は見える作品
・・・っていう感じか。
「ピエロ視点」という発想というか企みは斬新。最後まで素直にとっていいのかどうか迷わされてしまった。
叙述トリックというほどのレベルではないが、「ピエロの人形」だからこそというプロットを絡めてある点は評価できる。

そして、本作のプロットのもうひとつの鍵が「十字屋敷」。
要は「館」ものである。それも生粋の。
このメイントリックは個人的には大好物なのだが、同系統のトリックに何度も出会っているせいか、さすがにサプライズ感はない。
手練のミステリーファンなら、冒頭にある「十字屋敷」の図を見ただけで、「こういうトリックじゃないか?」と気付いてしまうだろう。
(「8の字」、「卍」、「十字」ときて、つぎは何か・・・? 「田」とかどう?)

こんなミステリーっぽいミステリーを大作家となった東野圭吾が書いていたということだけで、本作は価値がある。
ラストに事件の背景、構図が一気に明らかになり、さらにもう一段階、裏の構図を用意しているところなどは「策士」というべき手腕。
まぁ、それほど高評価はできないけど、それなりに楽しく読める作品には違いない。
(作者の「若さ」を感じる作品だな)


No.873 6点 キングの身代金
エド・マクベイン
(2013/05/10 23:34登録)
アメリカ警察小説の名シリーズといえば「八七分署シリーズ」。
その中でも一、二を争う名作といえば本作という方も多いのではないだろうか。シリーズ10作目にして初めて「誘拐」というテーマを扱った作品でもある。

~グレンジャー製靴株式会社の重役キングは、事業の不振を利用して会社の乗っ取りを画策していた。必死に金を都合し、長年の夢が実現しかけたその時、降って湧いたような幼児誘拐事件が起こった。しかも、誘拐されたのはキングの息子ではなく、犯人は誤って彼の運転手の息子を連れ去ったのだ。身代金の要求は五十万ドル。キングは逡巡した。長年の夢か、貴重な子供の命か・・・。誘拐事件に真っ向から取り組んだシリーズ代表作~

さすがに雰囲気のある作品だ。
本作が黒澤明監督の名作「天国と地獄」のモチーフとなったのは有名な話だが、本作のプロットの鍵となるが「誘拐対象の取り違え」だ。
文庫版あとがきを読むと、「誰を連れ去ろうとも誘拐は成り立つ・・・」という点に黒澤氏が大いに感化されたというエピソードが紹介されていて、当時はそれだけ斬新なプロットだったのが分かる。
ミステリー的な謎とトリックという観点からは特段見るべきものはないのだが、それでも「シリーズ代表作」として今でも語り継がれている理由は、「誘拐する側」「誘拐される側」の双方で繰り広げられる濃密な人間ドラマのせいに違いない。

特に、キングと妻との間のやり取りは強烈だ。
長年の苦労で手に入れた大金を手放すかどうか、ギリギリのところで悩む主人公、「払わない」という答えに激怒する妻・・・
そして、誘拐犯の側でも罪の意識との葛藤が始まっていく・・・
やっぱり、盛り上げ方の手練手管は見事という他ない。
誘拐犯・サイの最後の「プライド」にも心を動かされた。

ということで、やはり水準以上の作品だとは思うが、評点としてはこんなもんかな。
シリーズ初読なので、評判のいい作品は続けて読んでいきたい。

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