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平均点:6.00点 | 書評数:1859件 |
No.1599 | 6点 | カーテン ポアロ最後の事件 アガサ・クリスティー |
(2020/08/24 19:53登録) ようやく辿り着いた1,600冊目の書評。(最近読破のペースが落ちてるからなぁー) 選んだのは、ミステリーの巨匠(女性に対して「巨匠」はおかしいか?)A.クリスティが生み出した名探偵エルキュール・ポワロ最後の探偵譚。 ということで1975年の発表。(本当に最晩年だね) ~ヘイスティングズは親友ポワロの招待で懐かしきスタイルズ荘を再度訪れた。老いて病床にある名探偵ポワロは、過去に起きた何のつながりもなさそうな五件の殺人事件を示す。その陰に真犯人Xが存在するというのだ。しかもそのXはここスタイルズ荘にいるというのだ・・・。全盛期に執筆され長らく封印されてきた衝撃の問題作~ 最後の作品でもやはりクリスティはクリスティだし、ポワロはポワロだった。 そんな感想がまずは浮かぶ作品。紹介文にあるとおり、1975年発表とはいえ、実際に執筆されたのは1940年代初頭ということで、作者が最も脂が乗っていた時期に当たる。 じゃぁ、クリスティらしいのも当たり前の話かもしれない。 プロットは作者らしく実に緻密で細部まで抜かりない。 「館」ものらしく陰のある多くの人物が登場。相変わらず旨いよね、人物の書き分けが。 登場人物たちの1つ1つの行動、1つ1つの会話や言葉が、後々伏線だったと気付かされる刹那。 これこそがクリスティのミステリーの醍醐味だろう。 本作は”愛すべき?”相棒であるヘイスティングズが大きな鍵を握る。読者からすると歯がゆいくらい愚鈍で真っ正直な人物の彼(個人的にどうしても石岡和巳と被るんだよね)、彼の特徴が憎いくらい作品に生かされている。 (娘=ジュディスに翻弄される姿も痛々しいし・・・) そして何より舞台となるスタイルズ荘の存在。「締め」の舞台としてココを選ぶという作者のセンスに脱帽。 不穏で重々しい空気間を醸し出すことに成功している。 更には真犯人X。これはいわゆる「〇り殺人」ということになるのかな?(或いは「プ〇〇ビリ〇ィの犯罪」?) うーん。これも実に作者らしいのかもしれない。百戦錬磨の作者がやると、こんな大胆かつ緻密なプロットになるんだね。 いろいろとツッコミたいこともあるけど(ポワロの変装気付かないかねぇ・・・とか)、それは「言わぬが花」かな。 でも、全体的なレベル感からいえば、作者の作品群では中位の評価に落ち着く。 |
No.1598 | 6点 | 黒い家 貴志祐介 |
(2020/08/10 18:23登録) もともとはホラー作品からデビューした作者。 なかでも代表作と言っていい作品が、第4回の日本ホラー小説大賞を受賞した本作だろう。 1997年の発表。 ~若槻慎二は生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。程なく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに・・・。恐怖の連続、桁外れのサスペンス。読者を未だはてない戦慄の境地へと導く衝撃のノンストップ長編~ とにかくこえーよ! “菰田幸子”!! 二度に渡って長包丁を振り回され追いかけられることになった主人公の若槻。 保険会社の社員もまさに命懸け。しかもラストには更なる恐怖が!っていうオマケ付き。 いやいや、作者も人が悪いねぇ・・・ どちらかというと、「ホラー」というよりは「サイコ・サスペンス」という色合いが強いと感じた。 ”菰田幸子”なんて典型的な「サイコパス」だろうし、心理学でいう「人としても感情を持ち合わせていない」人間として描かれている。 一番ゾーッとしたのは、殺人のために手段を選ばないこと。とにかく、狙った獲物に対しては目的(=殺人)を達するまで何時間でも我慢できるという忍耐力。まさに人間として生まれ持ってるはずの「良心」というものの欠片も持っていないということだろう。 ということで、どうしても話の筋よりも、”菰田幸子”のキャラの方に目が行ってしまう本作。 でも、さすがに貴志祐介。デビュー当初から緻密に計算されたプロットは健在。 「保険金略取」という身近なテーマとホラーを見事に融合させている。 でも、確かに「保険金」って「人間の死」と密接に関係しているんだよな。そう考えると、人間の体或いは存在そのものを「金」に変えるシステムと言えないこともない。 実際いるんだろうな、”菰田幸子”みたいな奴。おお怖っ!! |
No.1597 | 5点 | 雷鳴の夜 ロバート・ファン・ヒューリック |
(2020/08/10 18:22登録) 古代中国に実在した(らしい)名判事”ディー判事”を探偵役とするシリーズ。 ウィキペディアを参照すると、本作はシリーズ七作目(?)だと思われる。 1961年の発表。 ~旅の帰途、嵐に遭ったディー判事一行はやむなく山中の寺院に宿を求める。そこは相次いで三人の若い女が変死するという事件が勃発した場所だった。到着早々判事は窓越しに異様な光景を目撃する。昔の兜を被った大男と裸で抱き合う片腕の娘・・・しかし、そこは無人の物置のはずで、しかも窓すらない部屋だった。怪奇現象?幽霊? ディー判事の悩みをよそに夜が更けるにつれ次々と怪事件が襲ってきた!~ ロバート・ファン・ヒューリック・・・実は今回初めて作品を手に取った。 1910年、”ファン”というミドルネームからしてやはりオランダ生まれ。外交官として各国に駐在し、1964年からは在日オランダ大使として日本にも赴任。へぇーエライ人だったんだねぇー 中国が舞台となっているのは、中国人女性と結婚したから・・・何だろうな。 長く続いたシリーズだから、一度くらい聞いたことがありそうなんだけど、今回が初見だった。 前置きはこのくらいにして本筋についてなんだけど・・・ うーん。なんか分かりにくいというのが一番の感想。 とにかく展開が早すぎて、理解が追い付かなかったのかもしれない。紹介文のとおり、不思議な事件・出来事が次々と起こり、ディー判事が1つ1つ解決していく展開。 ただ、その解法が納得できるのかというと、これまた微妙。 紹介文にある「昔の兜を被った男と抱き合う片腕の娘」のくだり。このトリックは相当腰砕け。夜で暗かったとはいえ、〇〇と間違う? ただ、フーダニットに関しては一応のサプライズが用意されているのでご安心を。こいつ(真犯人)は相当に悪い奴。ディー判事により手ひどい最期を迎えるのだが、ざまーみろっていう感じだ。 全体的な評価としてはこんなもんかな。あまり高い評価は無理。シリーズ他作品も読むかどうかは・・・? |
No.1596 | 6点 | 刑事の怒り 薬丸岳 |
(2020/08/10 18:20登録) 警視庁刑事・夏目信人を主人公とするシリーズ最新作。 「刑事のまなざし」「その鏡は嘘をつく」「刑事の約束」に続くシリーズ四作目となる。 単行本は2018年の発表。 ①「黄昏」=東池袋署での最後の事件は、老いた母親と二人暮らしの娘が数年前に死んだ母親をそのまま放置していたという事件。「真犯人は誰だ?」なんていう謎もなく、事件は実に地味な展開。なのだが、錦糸署に転勤となってからも、夏目はこの事件に拘りを持つことになる。ただ・・・ラストも結構地味なのだが。 ②「生贄」=女性への強姦事件。それは許すことのできない犯罪。ということで、錦糸署での夏目のパートナーは心に傷を抱えた女性刑事本上。二人の捜査の結果浮かび上がる真相は、女性から男性へ向けた鋭い槍のような訴えだった。でも、自分の身を挺してでもというのは・・・痛ましい。 ③「異邦人」=外国人出稼ぎ労働者の犯罪がテーマとなる本作。テーマとしてはちと古いような気はする(ヴェトナム人が日本という国が”夢の国”なんて思ってるって、いつの話だ?)。出稼ぎ労働者に対しても夏目の態度は真摯そのもの。で、最終的には心が温かくなる話。 ④「刑事の怒り」=唯一書下ろしとなる作品。で、これはシリーズ一作目「刑事のまなざし」から続く、夏目の娘-ある事件の被害に遭い寝たきりとなっている-にもつながる話。事件の被害者は娘と同様、ベットで寝たきりとなっている二人の男性。自分で動くこともできない、言葉を発することもできない人間は死を望んでいるのか? 捜査を行うなかで、夏目は苦悩することとなる。そして判明する重い事実。もちろん「怒り」とは真犯人に対する夏目の「怒り」。 以上4編。 今回より装いも新たに、東池袋署から錦糸署へ異動となった夏目。転勤おめでとうございます!っていう感じでは全くなくて、早速次から次へと事件は発生する。 (この展開って、何となく東野圭吾の加賀恭一郎シリーズとかぶるような気がする) これまでもエゴや保身、妬みなど、人間の負の感情に端を発する犯罪にまっすぐに真摯に接してきた夏目。当然、今回も変わらぬ姿勢で事件と取り組むこととなる。 ただ、今回はメインとなる④を含め、事件としては地味で派手さは全くない。それこそ、東京のそこらへんに転がっていそうな事件。それでもそこには人間の醜い感情が露になっている。 決して目をそらしてはいけないのだ。そんなことを感じさせてくれる本作と、刑事・夏目。シリーズファンなら是非どうぞ。 (ただ、正直インパクトは弱いかな) |
No.1595 | 5点 | 容疑者 ロバート・クレイス |
(2020/07/27 21:17登録) 図書館で翻訳ミステリーを探しているときに、何となく手に取ってしまった本作。 もちろん作者の初読みなのだが、こういうときに思わぬ(?)出会いがあるのかも・・・と期待してみる。 2013年の発表。 ~ロス市警の刑事スコットは相棒とパトロール中、銃撃事件に遭遇する。銃弾はふたりを襲い、相棒は死亡。スコットも重傷を負った。事件から九か月半、犯人はいまだに捕まっていない。警備中隊へ配属となったスコットはそこで新たな相棒・・・スコットと同様に大切な相棒を失ったシェパード、マギーに出会った。アメリカ探偵作家クラブの生涯功労賞を受賞した著者の大作~ アメリカ版『相棒』である。しかも、人間と犬の。 それぞれ掛け替えのない『相棒』を失ったものどうしが、まるで引き寄せられるように新たな『相棒』となる物語。 当然、そこには強い絆が芽生えていくのだ。 物語は主人公スコット刑事が遭遇することとなった銃撃事件の真相をめぐって二転三転することとなる。 真犯人は・・・まぁ「よくある手」といえばそうだし、終盤のピンチシーンもこういう種類の作品にはつきものという感じはする。そういう意味で新鮮さには正直乏しい。 だからといって別につまらないかというと、そんなこともない。(なんて、煮え切らない感想だ!) よく言えば、安心して楽しむことのできる、一定水準の小説というところか。 評点はうーん・・・そこそこっていう水準かな。シェパード犬マギーの充実さに免じてこのくらいかな。 (マギー視点での挿入部分もあるのが割とよかった。宮部みゆきみたいにまるまる犬視点でないことも良い) 巻末解説で北上次郎氏が、犬の出てくる翻訳小説ベスト10を挙げているのだけど・・・1冊も読んだことない! (さすがに北上氏だけあって、「バスガヴィルの犬」なんて選択はされてなかった・・・) ちなみに、番外として国内小説で挙げているのが、西村寿行の「老人と狩りをしない猟犬物語」と乃南アサの「凍える牙」なのだが、前者は未読なので近いうちに読んでみよう。 |
No.1594 | 6点 | ポイズンドーター・ホーリーマザー 湊かなえ |
(2020/07/27 21:16登録) 作者らしい「イヤミス」だらけの短編集。 ラスト2編のみ繋がりのある連作形式で最終編のみ今回書下ろし。 2016年発表。 ①「マイディアレスト」=「姉と妹」が永遠のライバルとはよく聞くが、親に可愛がられない「姉」と可愛がられる「妹」、未婚の「姉」と結婚し子供が生まれる「妹」。最後は・・・最悪の事態に! ②「ベストフレンド」=『自分こそセンスと能力がある!』という勘違い。イタイ! これもよく聞く話だ。特に作家になろうなんていう人なら尚更なぁ。でもやっぱり最終的には男の「妬み」の方が深いということか? ③「罪深き女」=これは嫌らしいなぁ・・・。作者の「嫌らしさ」が滲み出ている。こういう『無償の愛』みたいな感情って結局は自分への愛情の裏返しというか反射心というか、まさに「罪深い」!ってことだろう。 ④「優しい人」=当然普通にいう「優しい」ではない。こんなこと、よくあるんだろうなっていう男と女。女は自分の価値を高めるために男を選ぶし、自分に見合わないと思えば軽んじる・・・まぁ人生そんなもんだ。(なんだそりゃ?) ⑤「ポイズンドーター」=作中ではどちらかというと“ポイズンマザー”のストーリーがメイン。いわゆる「毒親」だ。それがどういうタイミングで「毒娘」になるのか? まぁ親が子を支配するという構図は昨今珍しくもないのだが・・・ ⑥「ホーリーマザー」=⑤からの流れで別の人物の視点で事件が語られることになる。いやぁー親って何なんでしょうね、子って何なんでしょうねぇ・・・と思わずにいられない。 以上6編。 久々に作者の「毒」が満載された作品を読んだ。 設定自体はよくある、そこら辺に転がっていそうな話なのだ。でもそれが作者の手にかかると、金曜日22時からの地上波ドラマみたいなまとまりのある作品に仕上がってしまう。 この当たりはさすがに売れっ子作家だね。 でも、子を持つ親にとってはやはり気になってしまう。「親」だって昔は「子供」だったんだから、子供の気持ちも分かるはずなのになぁ・・・。目線が上がると見えない世界なのかな、子供の世界は。 一読の価値は十分あるでしょう。 |
No.1593 | 5点 | スマホを落としただけなのに 志駕晃 |
(2020/07/27 21:14登録) たまにはこういうはやり物(?)でも読んでみようかということで・・・本作。 第15回このミステリーがすごい大賞の最終選考作品。映画もすでに続編が!(何で?) 2017年の発表。 ~麻美の彼氏の富田がタクシーの中でスマホを落としたことが、すべての始まりだった。拾い主の男はスマホを返却するが、男の正体は狡猾なハッカー。麻美を気に入った男は、麻美の人間関係を監視し始める。セキュリティを丸裸にされた富田のスマホが、身近なSNSを介して麻美を陥れる凶器へと変わっていく。一方、神奈川の山中では身元不明の女性の死体がつぎつぎと発見され・・・~ これだったら、このミス大賞応募時のタイトル=「パスワード」の方がよかったな。 とにかく「パスワード」である。 今どきスマホのロックを「1111」とか誕生日で設定している奴なんているっていう設定がビックリ。 本作でも、スマホのセキュリティロックを外されたばっかりに、フェイスブックを乗っ取られるは、ヌード写真を盗まれるは、とにかくエライ事態に陥ることになる。 考えてみたら、なんて脆弱なセキュリティなんだろう。 確かに日常の我々の生活の中で、あらゆる個人情報が今やスマホの内部に握られていることになる。 それがどうだ! ちょっとした失敗でスマホを落としただけで、考えられる限りの不幸の連鎖・・・ いやぁー怖い、怖い。 考え直さなければならないな。いろいろと。 いやいや、前置きが長くなりすぎた。 「面白い」or「面白くない」でいえば、「面白い」に旗を揚げる。 もちろん瑕疵は満載。プロットも上滑り感タップリ。 でもまぁ、こういうのもアリかなと思う。 |
No.1592 | 6点 | 七番目の仮説 ポール・アルテ |
(2020/07/12 18:49登録) P.アルテと言えば「ツイスト博士」シリーズということで、「第四の扉」から数えて七番目の長編。 (というわけで「七番目の仮説」なのか?) 2008年の発表。 ~ペストだ! その一言に下宿屋の老夫妻は戦慄した。病に苦しむ下宿人の生年を囲んでいるのは、中世風の異様な衣装に身を包んだ三人の医師。担架で患者を搬出すべく一行が狭い廊下に入ったとたん、肝心の患者が煙のように消え失せた! 数刻後巡回中の巡査がまたしても異様な姿の人物に遭遇する。言われるままに路地に置かれたごみ缶の蓋を取ると、そこにはなんと・・・~ うーん。一言でいうなら「プロット倒れ」なのかな? いわゆる「つかみ」は素晴らしい。紹介文のとおり、異様な姿をした三人の医師の登場に端を発し、下宿屋での人間消失と巡回中の警官の前での死体の出現。 これからどんな目くるめく展開が待ち受けるのか、いやが上でも期待は高まった。 ただ、ここからの展開がどうにも・・・紆余曲折というべきか、モヤモヤしているというべきか。 肝心の人間消失のトリックもなぁーこんなことを切羽詰まった局面で一瞬で実行すること自体かなり無理があるし、生身の人間とこれを見間違うとは、そこまで人間の目は節穴ではない! (「死体の出現」も相当ご都合主義だが・・・。これを誤認させられる警官も可哀想) 話を元に戻して、このプロットなのだが、やっぱりフーダニットをあまりにも犠牲にしすぎてる気がする。 前半段階で真犯人候補がほぼふたりのどっちかになるんだから・・・そこで本格ミステリーの醍醐味は削られていることになる。 動機もなぁー。最後まで引っ張るほどのものではなかったと思う。 うん。やっぱり「プロット倒れ」というのが本作に対して最もフィットする表現。 苦心の跡は伺えるだけに惜しい(のかもしれない)。 (作中のツイスト博士のセリフ『われわれが目にしているのはまったくピースが合わないジグゾーパズルみたいなものだ。』これが言い得て妙。) |
No.1591 | 6点 | ブルーローズは眠らない 市川憂人 |
(2020/07/12 18:46登録) 処女作「ジェリーフィッシュは凍らない」に続く、”マリア&漣”シリーズの第二弾。 前作は「十角館の殺人」への対抗心を煽るかのような「帯」が鮮烈だったが、今回の「帯」は「バラえ覆われた密室」「縛られた生存者と切断された首」・・・なかなかそそるねぇ 2017年の発表。 ~両親の虐待に耐え兼ね逃亡した少年は、遺伝子研究を行うテニエル博士の一家に保護される。彼は博士の助手として暮らし始めるが、屋敷に潜む「実験体72号」の不気味な影に怯えていた。一方、ジェリーフィッシュ事件後閑職に回されたマリアと漣は不可能と言われた青いバラを同時期に作出したというテニエル博士とクリーブランド牧師を捜査することになる。ところが両者と面談した後、施錠されたバラの蔓が壁と窓を覆った密室状態の温室の中で切断された首が見つかり・・・~ 「甦った」新本格という感覚である。 前作はあの「十角館の殺人」へのオマージュ全開だったが、今回は何だろう? 令和に移った現代にも拘らず、テーマは「密室」、そして「首切り」である。 これも作者の本格愛の賜物なのかもしれない。 で、本題なのだが、正直なところ、「密室」も「首切り」もメインテーマではなく、作者が用意した(或いは書きたかった)大いなる「欺瞞」のための些細な道具立てに過ぎない。 この「欺瞞」を成立させるために、細部に繊細なまでに拘り、神経質なほど伏線が張られている。 これが本作の「良さ」であると同時に、「弱み」になっているように思う。 確かに最後、うまい具合にパズルのピースは埋まったんだけど、どうもピッタリ嵌まってなくてグラグラしている、とでも表現すればよいのだろうか。 他の方も書かれてるけど、動機は首肯するもののこんな遠大なやり方でやる意味がどうにも弱いし、二人目の犠牲者を殺害する意味は甚だ脆弱だし・・・ あとは最初から「人の入れ〇〇り」が明白なことがなぁ。 などと辛口の書評をすればいくらでも瑕疵が浮かんできてしまうが、決して嫌いではないのだ。 「新本格」ドストライク世代の私。昔はこんなミステリーをワクワクしながら読んだもんです。そんなノスタルジーに浸らせてくれるシリーズ。是非とも続けていただきたい。 |
No.1590 | 5点 | 花を捨てる女 夏樹静子 |
(2020/07/12 18:44登録) 2016年に急逝した夏樹静子のノンシリーズ作品集。 テーマはやはり“女”ということかな? 1997年の発表。 ①「花を捨てる女」=夫の不倫に気付いた妻がついに・・・。なのだが、その後妻が取った行動が「花を捨てる」行為。そこには妻の深い考えが・・・ ②「アイデンティティ」=家出した妻が戻ってきたのだが、親友の女性が別人だと主張し始める・・・。そこにはやっぱり女性心理が潜んでいた。 ③「尽くす女」=夫に尽くすことが生きがいだとという女。なんていい妻だ!って思ってたら、実はそれが怖い結果に・・・。まぁいくらなんでもこの計画は甘いよね。 ④「家族写真」=これまた不倫に絡む犯罪。そして男と女の心のアヤ・・・。でも、頸動脈を切られるなんて、いくら何でもコワイよ! ⑤「三通の遺言」=これが本作中NO.1。これはいわゆるW不倫絡みの犯罪なのだが、女そして妻を怒らせるとコワイぞーって思わせる。「三通の遺言」っていうのがなかなか効果的。 ⑥「線と点」=もちろん清張の「点と線」を意識している。でもレベルは全然違う。まっちょっと意識して書いてみましたというくらいの小品。 以上6編。 不倫、不倫、そしてまた不倫、である。 昨今、例のアン〇〇シ〇の渡〇の不倫が世間を騒がしているけど、やはり犯罪に不倫、そして男と女の愛憎劇はつきものということ。 さすがに作者は百戦錬磨だし手馴れている。 短編だし、あまり込み入ったプロットを用意しているわけではないけど、どれも「そこそこ」のオチが用意されている。 ということなので、この手の愛憎劇がお好きな方は一読をお勧めします。 私のように、日頃から妻に怯えて過ごしている方には・・・あまりお勧めしません。 |
No.1589 | 7点 | チャイルド44 トム・ロブ・スミス |
(2020/06/24 20:58登録) 以前から気になっていた作品いやシリーズではある。 今回ようやく重い腰を上げて本作を手に取ることに・・・(だって長そうだもんな) これがデビュー作とは! 2008年発表。 ~スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミトフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功する。だが、この機に乗じた狡猾な副官の計略にはまり、妻ともども片田舎の民警へと追放される。そこで発見された惨殺体の状況は、かつて彼が事故と遺族を説得した少年の遺体に酷似していた・・・。ソ連に実在した大量殺人犯に着想を得て、世界を震撼させた超新星のデビュー作~ かなり昔(確かベルリンの壁が壊された年だったか)。初めて海外旅行へ行ったとき、トランジットでモスクワの空港へ着いた。ガイドブックには空港付属の宿泊施設で泊まれるって書いてあったのだが、着いた途端バスに一時間以上乗せられ、着いた先は郊外のコテージ風の建物。「これって、もしかして! 監〇!」 こんな感じで、冷戦下のソ連って我々の住む世界とは「異質なもの」という認識だったと思う。(もちろん監〇は単なる勘違いだが) いやいや、そんなことはどうでもいい。でも、本作の舞台、「スターリン体制下のソ連」というのは、人が人を信じられない、嘘で塗り固められた世界として描かれている。まさに「異世界」。主人公であるレオは、かつての栄華から一転、追われる立場に追い込まれ、愛されていると思っていた妻からも冷たい仕打ちを受ける。 そんな絶望のなか、それでも大量殺人犯を諦めることなく追う姿が読者の心に刺さることになる。 で、ここで不満点を言うのも何なのだが、どうしてもこの真犯人の正体がなぁー 例えば映像化前提ならこういう衝撃的なプロットもありかもしれないが、やはりミステリー的な観点からすると、あまりにも唐突だし、これなら途中展開されるフーダニットの興趣は何だったんだっていう気にさせられた。 これが最大の不満点かな。 後はデビュー作とは思えないほどの筆力や目くるめく展開、家族の悲劇、そして何よりレオの不屈の精神に頁をめくる手が止まらなくなった。それだけ面白かったということだろう。まさに評判どおりと言える。 これなら続編もぜひ早めに手に取ってみたい。 |
No.1588 | 6点 | 不穏な眠り 若竹七海 |
(2020/06/24 20:57登録) ”いつも不運な私立探偵”葉村晶シリーズの最新刊。 今回も円熟味の増した不運ぶりが堪能できる・・・のかな? 2019年の発表。 ①「水沫隠れの日々」=「親友だった女性の娘を連れてきて欲しい・・・」それが今回の依頼。そして訪れた場所は刑務所だった・・・。またまた晶が巻き込まれる過去の殺人事件と高価な薬物(?)の隠蔽。不運の結果、彼女が捕まえたのは何と「カ〇」だった! ここでやっとタイトルの意味が分かる仕掛け。 ②「新春のラビリンス」=大晦日の夜、廃ビルの警備の仕事に就くことになった晶。なにもこんな日に仕事することないのに・・・って思ってるとやっぱり妙な事件に巻き込まれる。 ③「逃げ出した時刻表」=<Murder Bear Bookshop>のフェアで展示された珍しい「ABC時刻表」にまつわるひと騒動。古書の世界ってよく分からんけど、好事家にとっては絶対手に入れたいものなのか。事件はかなりややこしい。 ④「不穏な眠り」=これもかなり込み入った事件。ひとりの謎の女性をめぐって晶が多摩の山奥で右往左往することに・・・。最終的に判明するのは、なかなか寂しい事実。 以上4編。 大好きな本シリーズ。今や大人気(?)となったためか、発表ペースがかなり早くなってきた。 それが原因かどうか、今回どうもレベルが低下したような印象が残った。 晶がいつの間にかややこしい事件の渦中に立たされ、不運&不幸なトラブルに巻き込まれながらも真相にたどり着く。これはいつもどおりのプロットで今回もほぼ同様。 なんだけど、どうもね・・・ これがマンネリだとは思わないんだけど、ここ数作の評価が高かっただけに、それとの格差が気になってしまった。 いつもの調子で、というのはシリーズファンにはうれしいんだけど、そろそろ違うテイストも加えていかないと飽きるかも。今回はそういう感想。 まぁ面白いか面白くないかと言われると、「面白い」の方ではあるんだけどね。 本シリーズへの期待の高さの裏返しということで。 (個人的ベストは②。④もいいんだけど、どうもややこしい気がする) |
No.1587 | 5点 | 卑弥呼の殺人 篠田秀幸 |
(2020/06/24 20:55登録) 名探偵・弥生原公彦シリーズの長編九作目。 今回はタイトルどおりの歴史ミステリー+いつものド本格ミステリーのハイブリッド(?)作品。 2005年の発表。 ~『邪馬台国はやはり北九州にあったのだ! その事実は他ならぬ「古事記」「日本書紀」も正面から認めている』・・・古代史ミステリーを版元から依頼された作家・築島龍一の前に、ファンタジー界の超人気女性作家・奈々村うさぎと卑弥呼の末裔と称する妖艶な女性が現れた。彼女たちと北九州に取材に出かけた築島の周りで、不可解な密室殺人がつぎつぎと起こるのだが・・・。名探偵弥生原公彦が、古代史と連続密室殺人の謎に挑む~ 久々に読んだ本シリーズ。いやぁー相変わらず、よく言えば本格愛に溢れる、悪く言えばクドイ作品だった。 本作は「法隆寺の殺人」に続く歴史ミステリー&本格ミステリーの融合作品。 作中でも書かれているとおり、高木彬光「邪馬台国の秘密」および松本清張「古代史疑」による両者の論争がベースとなっている。加えて、それ以降の学会での研究、論争で「畿内説」が有力になっているという学説に対し、果敢に挑むという構図。 その真偽については、当然判定できる立場にはないんだけど、それなりの説得力は感じることはできるレベル。(ただし、作者の場合、パクリではなく自説なのかという疑念は残るが・・・) で、問題なのが「本格ミステリー」の方。なんと三連続で起こる密室殺人事件、しかも超堅牢なやつという徹底ぶり。 最後のやつは、バラバラにされ、首が宇佐神宮の社に祀られるという大胆不敵な設定。 でも、これは・・・ちょっとヒドくないか? 一つ目と二つ目は相当なご都合主義だし、三つ目のトリックは他の方もご指摘のとおり、敬愛する高〇〇光氏の著名作のパクリ・・・。 正直なところ、歴史ミステリーだけにして分量を2/3程度にまとめた方がいいくらい。 最後の仕掛けもなぁ・・・「作中作」が効果を上げているとは言い難い。 「遊び心」というよりはピントはずれな感じだ。 ということで、シリーズも終盤を迎え、だいぶ経年劣化が進んでしまった印象。 築島の小市民ぶりもちょっと鼻につくし、ネタ切れという評価が妥当かな。 |
No.1586 | 6点 | W県警の悲劇 葉真中顕 |
(2020/06/02 22:51登録) 「ロスト・ケア」「凍てつく太陽」など、硬派で重厚、社会派よりの作風という印象だった作者。 そんな作者が発表した連作短編集。舞台は架空の県警「W」。登場人物は当然、警官や刑事たち・・・ 警察小説? いやいや結構企みに満ちた作品のようだ・・・ 2019年発表。 ①「洞の奥」=品行方正、警官の鑑と言われた男・熊倉警部。彼が死体で見つかるという事件が発生。戸惑う刑事の娘と暗躍するW県警の円卓会議。そして、かなりブラックなサプライズ、どんでん返しが炸裂することに・・・ ②「交換日記」=これは・・・かなりの叙述トリック!(ネタバレだが)。でも無理矢理感はかなり強い。読者を騙してやろう感がものすごい。でも、まぁ面白いといえば面白い。 ③「ガサ入れの朝」=これは・・・宮部みゆきのあの作品をどうしても思い出してしまう・・・。ただなぁー、コレ一発勝負というのは如何なものか? ④「私の戦い」=改題前のタイトルは「痴漢に報いを」というわけで、電車内の痴漢事件がテーマとなる。連行されても一向に口を割らない容疑者の背景には大きな欺瞞が隠されていた。これにも裏のサプライズ(どんでん返し?)が隠されている。 ⑤「破戒」=島崎藤村の名作、ではなくて聖職者が起こしてしまった尊父の殺人事件。容疑者である子=牧師の人となりを知る女性警官は真相に気付く・・・。とは言え、それほどのサプライズではない。 ⑥「消えた少女」=単行本化に当たり書き下ろされた最終話。全編にその姿が見え隠れしていたW県警の希望の星・初の女性警視正・松永菜穂子。奈落の底に落とされるかのような手ひどいラストを迎える・・・。でも伏線は見え見えだったな。 以上6編。 こんな作品も書けるんだね。作者は。というような感想。 タイトルだけ見てると横山秀夫の警察小説みたいだけど、実態は叙述トリックを中心としたどんでん返しに只管拘った連作集。 正直なところ、仕掛けのための仕掛けという感じが強くて、やや“あざとさ”も見え隠れするわけなのだが、先にも書いた通り、面白いか面白くないかというと、「面白い」の方に軍配を上げようか・・・ 作者の懐の深さや多彩な才能を知る意味ではいいかもしれない。評点はこんなもん。 |
No.1585 | 5点 | 赤いべべ着せよ… 今邑彩 |
(2020/06/02 22:49登録) 旧タイトル「通りゃんせ殺人事件」として発表された長編作品。 作者お得意のホラー風味ミステリー。 1995年発表。 ~「こーとろ、ことろ、どの子をことろ・・・」。子とり鬼のわらべ歌と鬼女伝説が伝わる街・夜坂(やさか)。夫を亡くし、娘と二十年ぶりに帰郷した千鶴は、幼馴染みの娘が殺されたと聞かされる。その状況は、二十二年前に起きた事件とそっくりだった。その後、幼児が殺される事件が相次ぐ。鬼の正体はいったい誰なのか?~ 本作は旧題の双葉ノベルズ→角川ホラー文庫→中公文庫という流れで刊行された模様。 でも正直なところ、「ホラー」というほどの怖さやゾクッとくる感覚は殆どない。 事件の構図や真相も、作者の他作品に比べるとやや安易なレベルに思えた。 ストーリーの展開自体はいいのだ。 主人公の帰郷を機に、幼馴染みの子供たちがつぎつぎに殺されていく。動機は二十年前に起こった同じく幼女の殺人事件。時を同じくして二十年前の被害者の関係者も帰ってきており・・・、という流れ。 読者としては、いかにも怪しい関係者はダミーに違いないし、主人公の仲間うちに真犯人がいるのでは? という目線で読み進むことになる。 中盤から終盤当初まではうまい具合に謎が謎を呼ぶ展開だし、手堅い旨さなのだけど、そこからの終盤がイマイチ。 作品の枚数を調整するかのように、安直なラストに持ち込んでしまった。 (「エピローグ」はせめてもの味付け、かな?) 個人的に作者の作品は評価のバーが上がってしまっていることも原因かな。 普通の作家なら及第点の作品だろう。 本格なら本格として、ホラーならホラーとして、もう少し徹底した方がよかったのかもしれない。 そんな作品。 |
No.1584 | 7点 | 笑う警官 マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー |
(2020/06/02 22:47登録) 読了してビックリした! もう書評してたんだ! この作品って・・・ 6年半前かぁー でも、読んでいる最中も全く気付かなかったなぁー、すでに読んでたことを気付かなかったのって、もしかして訳のせいか? 最初に読んだのが、新しい柳沢由実子訳バージョン。そして今回読んだのが旧の高見浩バージョンなのだ。 いやいや、もう呆けてきたのか・・・ということで前の書評は削除して再掲 (実は本作のちょっと前にも、宮部みゆきの「人質カノン」を既読&書評済なのに途中まで全く気付かずに読んでた) 改めて自分の書評を読んでみて、さすがに思った。 「ほぼ同じ感想だ!」(当たり前だろ!) ということで、前の書評をほぼほぼ踏襲しながら、更新することに。 やっぱり、警察小説の金字塔だな。 ストックホルム市内で発生した二階建てバス内での銃乱射事件。大勢の被害者のうちに、マルティン・ベックの部下の若手刑事ステンストホルムがいた。 彼は一体なぜ縁もゆかりもないバスに乗っていたのか・・・ これが最大の謎として刑事たちの前に立ち塞がることになる。 複数の刑事目線で書かれているため、当然に脇筋や捨て筋も相応にあるのだが、それが邪魔だとか余計だとかにならないのはさすが。(それが捜査だもんな) 捜査を進めるうち、徐々に真相が見えてくる展開。本格ミステリーの如く、視界がパッと開けるという感覚ではなく、ジリジリという感覚。これこそが警察小説の醍醐味に違いない。 やっぱ面白いわ。 今現在の警察小説の隆盛は、本作抜きには語れないのだと思う。 再読してよかった・・・と思うとしよう。 |
No.1583 | 8点 | 過去からの弔鐘 ローレンス・ブロック |
(2020/05/16 11:35登録) アル中(当時)私立探偵マット・スカダーシリーズの一作目。 発表順を無視しランダムに読み進めている本シリーズなのだが、ついに(今さら?)最初の物語を手に取ることに。 原題“The Sins of the Fathers”。1976年発表。 ~大都会NYで、人々は今日も孤独に生きている。元警官のアル中探偵スカダーへの依頼は、ヴィレッジのアパートで殺された娘の過去を探ってくれというものだった。犯人は逮捕された後、独房で自殺していた。スカダーは二人の過去を調べ始めたが、意外な真相が明らかになっていく。大都会の片隅で生きる人々の哀歓を鮮烈に描き出して人気急上昇の現代ハードボイルドの傑作~ マット・スカダーシリーズ全17作。すべての作品がそれぞれの物語を持っている。 もちろん主役はスカダー。彼が年齢を重ねるのに合わせ、この物語の世界も、まるで川の流れのようにゆっくりと流れていく。 事件はいつも大都会NYで起こる。この街には、さまざまな階層の人々が暮らしている。大金持ちも、中産階級も、貧しい人々も、白人も黒人もヒスパニックも。そして、アル中もそうでない人も・・・ スカダーはいつも見ている。街を、人を、犯罪を・・・ そんな印象は、やはりこの第一作目でも同じだった。いや、いつも以上かもしれない。 事件は実に地味な様相を呈していた。殺害方法こそ刃物による惨殺と派手なのだが、犯人は現場に残っており自明。そんな中、スカダーは被害者の継父から、娘が殺された理由について調査の依頼を受けることとなる。 最初は全く気乗りのしない調査だったスカダーは、関係者たちに話を聞くなかで、徐々に意外な真相、意外な過去を詳らかにすることになる・・・のだ。 本作で一番印象的だったのは、ラストの意外な(そうでもないか?)真相が判明したところではなく、二人の過去を調べるなか、何とも言えない寂寥感に包まれたスカダーが、路上で絡まれた若者に対し、暴力的とも思える乱闘シーンを繰り広げる場面。自身の心の中に広がった闇を振り払うように拳を繰り出した後は、やはり酒場で・・・ シリーズは最初から実に豊潤で香気に満ちた作品だった。これだけの物語を見せてくれたら、作家として高評価する以外ないだろう (確かにこの原題はネタバレ感が強いなぁ) |
No.1582 | 5点 | 教場0 長岡弘樹 |
(2020/05/16 11:33登録) 個人的な予想に反して人気を博している(多分)「教場」シリーズ。 今年の正月には、まさかの風間公親=木村拓哉で地上波ドラマ化! そして今回はエピソード0(ゼロ)ともいえる連作短編集。2017年の発表。 ①「仮面の軌跡」=変わった名前だなぁーって気付いた人は「鋭い!」。タクシーに指示するくだりで何となくピンときたんだけど、まさかビンゴとは。でもこんな場所で殺すかねぇ・・・。 ②「三枚の画廊の絵」=妻と別れ、親権を失った息子に対する思い。それがついに・・・というのは分かるが、まさかバラバラ殺人にまで発展するとは! これも①と同様かなり短絡的では? ③「ブロンズの墓穴」=アリバイトリックの色彩が強い作品。アリバイといえば一番よくあるのは場所の錯誤を使ったトリックだろうけど、新人刑事はそこになかなか行き着かない。ラストはまずまず。 ④「第四の終章」=首吊り自殺の演技を練習していた男が、そのまま縊死してしまう。そばにはガールフレンドと隣人。当然どちらかに疑いの目は向くが・・・。これもかなりリスクを伴うトリック、っていうか上手くいくかなぁ・・・ ⑤「指輪のレクイエム」=いわゆる“操り殺人”ならぬ“操り自殺”がテーマとなる。物証もない完全犯罪を成し遂げたと思った刹那・・・。殺された妻の思いを夫は知ることに。そして、終幕。 ⑥「毒のある骸」=これもやや安易な犯罪のように思える。被害者が死ぬ間際に動いた謎は最初から察しがついた。ところでこの「毒」については“解剖あるある”なんだろうか? 以上6編。 これまでは警察学校を舞台として、風間と教習生たちの関りを通じてのストーリーだったが、本作は「エピソード0(ゼロ)」。つまり、それ以前、新人刑事がベテラン刑事の風間にOJTされる・・・ こんな厳しく得体のしれない人物からのOJTなんて・・・嫌だなぁ! それはともかく、6編の殆どが「倒叙」形式の作品。で、風間は最初から真相を察しており、新人刑事の教育と称して、実に分かりにくいヒントをさりげなく出すというパターン。 うーん。そんなに悪くないとは思うんだけど、それほど響く作品もなかった印象。 それと、最終編の終盤に唐突に訪れたある事件。これが、風間の警察官人生に大きな影響を与えることになるんだな・・・。まさにエピソード・ゼロだ。 |
No.1581 | 5点 | 敗北への凱旋 連城三紀彦 |
(2020/05/16 11:30登録) 処女長編「暗色コメデイ」に続いて発表された作者の第二長編。 戦中戦後の日本そして中国を舞台として暗く重い雰囲気が漂う当たり、いかにも作者らしいのかも。 1983年の発表。 ~戦争によってその将来を絶たれたピアニスト・寺田武史。戦後、非業の死を遂げた彼の生涯を小説にするべく取材を始めた柚木桂作は、寺田の遺した謎の楽譜や、彼の遺児と思われる中国人ピアニスト・愛鈴の存在を知る。調査を進めるうち徐々に明らかにされる、戦時下の中国と日本を舞台とした“ある犯罪”・・・。複雑にもつれ合う愛憎劇に、楽譜による「暗号」を絡めて描く長編ミステリー~ 未読作品が残り少なくなってきた作者。 そういえば読んでなかったなと思い、手に取ったのが初期発表の本作。 前作「暗色コメデイ」は現実感の全くない幻想小説を思わせる前半と、推理小説的ロジックで鮮やかに謎を解決してみせる後半との対比で度肝を抜かされた。(ちょっと言い過ぎかもしれないが・・・) それに比べると・・・いかにも地味だ。 好意的に取れば「凝ってる」し、「玄人受け」しそうな作品ではある。 ラストにやって来るサプライズは他の方が触れられてるとおりなら二番煎じということなのだろうし、それでなくてもちょっと唐突すぎる感はある。でも、まぁ展開としては上手いし、これが二作目というところに、作者の非凡すぎる才能は十分に窺える。 そして「暗号」。難しすぎという意見には賛成。音楽に造詣が深いならまだしも、門外漢にとっては斜め読みしていくしかできなかった。こんな難解で、しかも複数人の手になる暗号・・・絶対解かれないだろ! ということで、どうも個人的には高評価できない作品となってしまった。 それもまぁ、他の作者に比べての期待値が高すぎる所以なのかも。 残り数編になってしまった作者の作品。噛みしめるように読んでいきたい。 |
No.1580 | 10点 | AX 伊坂幸太郎 |
(2020/05/06 15:02登録) 「グラスホッパー」「マリアビートル」に続く、『殺し屋』シリーズの最新刊。 今回はシリーズ初の連作短編形式で、主人公は「超」恐妻家の殺し屋「兜」。 2017年の発表。 ①「AX」=AXはずばり「斧」、具体的にいうとカマキリが意地で繰り出す「斧」のこと。で、これが実は・・・最後になって効いてくる。 ②「BEE」=BEEはずばり「ハチ」。これは・・・もう爆笑モノ。庭にできたスズメバチの巣を撃退するため、誰もが寝静まった未明、まるで宇宙服のような奇妙な防護服で一人ハチの撃退に向かう・・・。 ③「Crayon」=これは子供を持つ親には深く刺さるのではないか。そして、「兜」にやっとできた友人=松田さんの身に突如訪れるアクシデント。人生ってねぇ・・・ ④「EXIT」=例のお笑い第七世代のコンビ・・・ではない。物語が急展開する第四編。今度も「兜」と仲良くなる気弱な警備員・奈野村さんが事件に大きくかかわることになる。 ⑤「FINE」=④のラストで突然突き付けられる事実・・・。それから10年後の世界が語られるのが本編。主人公は「兜」の息子「克巳」。克巳は「兜」の跡を追うことに・・・。そしてサプライズと何とも温かいラストが訪れる。 以上5編。 これは個人的に伊坂史上最高傑作ではないかと思う。 「なぜ」と問われると明確には答えられないのだけど、日本中に閉塞感が漂い暗澹とした日々を過ごす昨今、夢中になって本作を読了できた。それだけで、理屈ではない、魅力のつまった作品ということ。 伊坂作品には、外見上は普通の人間と変わらないけど、実は普通でない主人公がよく登場する。 本シリーズの「殺し屋」然り、「死神」シリーズの「死神」然り、「陽気なギャング」シリーズのギャングたち然り・・・ 彼らは外見は普通の人間だから、一般人(?)たちと普通に触れ合い、会話する。でも、中身は普通じゃないから、我々の常識とはかけ離れた言葉を発したり、行動をしたりする。 この「ズレ」こそが作者の狙いなのだと思う。「ズレ」てるからこそ、そこに不変の「価値観」や「大切なもの」が存在するのだと再認識させてくれる。(当然笑いも・・・) デビュー作「オーデュポンの祈り」から20年。ここまでコンスタントに、多くの読者に読み継がれる作者は決して多くない。決して「熱い」わけではない。それどころか「飄々」として、別の世界の話のような雰囲気を纏っている。そんな作品が読者の心を打ち、極上のエンターテイメントを提供する。実にスゴイことだ。 本作の裏テーマは「父と子」、そして「恐妻」…。もうどうしても自分自身とシンクロさせてしまった。私も語り合いたい。いかに怒らせないように対処していくかを! 大ラスの終章。これはやはり二人の出会いの場面かな? だとしたら、何とも粋で素敵なラスト。父も昔は子供だったし、子供もいずれは父になる。当たり前だけど、この「当たり前」こそが何よりも大切なことだと気付かせる。うーん、これはミステリーの書評ではないな。評価はもう最高点。 |