home

ミステリの祭典

login
E-BANKERさんの登録情報
平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1552 7点 ギルフォードの犯罪
F・W・クロフツ
(2019/11/19 21:28登録)
フレンチ警部登場作品としては十三作目に当たる本作。
因みにギルフォードとはロンドンの約43km南西、サリー州にある都市のこと。
1935年の発表。

~ロンドン有数の宝石商ノーンズ商会の役員たちは、会議のためギルフォードに参集した。ところが前夜のうちに経理部長が殺され、さらに続けて会社の金庫から五十万ポンド相当の宝石が紛失していることが発見された。出馬したフレンチ主席警部にも金庫の鍵がなぜ犯人の手に渡ったのか説明のつかない状況であった。経理部長の死と紛失した宝石・・・このふたつの謎の関連はどこに潜んでいるのか? フレンチの執拗な捜査が始まる~

いつものクロフツ、いつものフレンチ警部。まさにその言葉がぴったりの作品だった。
特に今回はいつにもまして、フレンチの捜査は丁寧かつ執拗。靴底の2つや3つが磨り減ったに違いない(?)ような熱の入れよう。
「主席警部」に昇進して手がける始めての大事件ということが、フレンチの心理に大きな影響を与えているようだった。
まぁ、何十年前だろうが、警察だろうが、イギリスだろうが、組織の中で働く男なら相応の出世欲はあるし、一旦得た地位を失いたくないという心情が働くということだろう。(よく分かる話だ・・・)

さて、今回の謎は紹介文のとおり、①経理部長の殺人事件と②大量の宝石の紛失事件、の2つ。
もちろんこの2つは有機的に関連していて、フレンチは双方の事件に苦しむことになる。
②については、途中である装置(!)に気付くことで、謎の解明が一気に進むことに。この装置については、21世紀の現在からすると、ちょっとピンとこないのはやむを得ないところ。実現性には正直疑問符は付くけど、まずは作者らしい常識的な解法とも言える。
①については終盤までフレンチも手こずるのだが、最終的にはアリバイ崩しの定番とも言えるトリックで解決に導かれる。
これも作者らしく現実的なトリックなのだが、いくら病人とはいえ、至近距離であの人物に近づかれてる訳だからなぁー、相当リスキーだよなぁーというのが弱いところ。

でも総合的に評価すれば“よくできてる”作品だと思う。何より、クロフツそしてフレンチ警部らしい捜査行を読むのが楽しい。
最後はイギリス~フランス~ベルギー、そしてオランダまでも真犯人を追っての追走劇。
ある意味、満喫させていただきました。クロフツ好きにとっての満足度は高いと思う。


No.1551 6点 スリジエセンター1991
海堂尊
(2019/11/19 21:26登録)
「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」に続くシリーズ三作目。
因みに“スリジエ”とはフランス語で「桜」の意。物語のラスト印象的なシーンで登場する。
2012年の発表。

~世界的天才外科医・天城雪彦。手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと言い放ち、顰蹙も買うが、その手技は敵対する医師をも魅了する。東城大学医学部で部下の医師・世良とともにハートセンターの設立を目指す天城の前に立ちはだかる様々な壁。医療の「革命」をめぐるメディカル・エンターテイメントの最高峰~

かなり面白い。ただし、本シリーズの愛好者にとってはだが・・・
これは「ブラックペアン1988」の書評で書いたフレーズなのだが、今回も全く同じ感想になる。

前二作を読了してしばらく期間が空いてしまったのが失敗だったが、本作も東城大学医学部にまつわるサーガに連なる作品。
中盤までは、主な語り手である世良医師をとおして、天城医師の天才的な手技と破天荒な行動が綴られていく。
このまま行けばスリジえセンターの設立も確実という二人の前に立ちはだかったのが、高階権太・現東城大学理事長という構図。
しかし、物語は中盤以降、思わぬ展開を迎える。嵐のような日々が過ぎ去り、ラストには衝撃の展開が待ち受ける。
ただし、この「衝撃」は湖のさざなみのように静かにやって来るのだ・・・

やはり作者のエンターテイメントを綴る力は只者ではない。
東城大学医学部という閉じられた「箱」をめぐる、さまざまな人間と巻き起こるさまざまな事件。
時間と空間を思いのまま操る作者の筆力と構想力。
読者はまるで生き証人のように、これらの物語を記憶していくことになる。

本作単体で評価するとまぁそれほど高くはならないけど、シリーズとおしての評価であれば決して低くはできない。
つまりは、読者もシリーズを読み継がなければならないということ。
じゃないと、本シリーズの魅力は半減するだろうね。
(大学病院ってやっぱり伏魔殿なのかな・・・)


No.1550 7点 返事はいらない
宮部みゆき
(2019/11/05 22:26登録)
~日々の生活と幻想が交錯する東京。街と人の姿を鮮やかに描き、爽やかでハートウオーミングな読後感を残す・・・~
というわけで1991年に発表された作者の第二短編集。

①「返事はいらない」=キャッシュカード認証システムの不備を利用した犯罪の片棒を担ぐことになった女性。捨てられた不倫相手への腹いせのつもりが・・・。ラストの刑事とのやり取りもなかなか良い。(因みに現在ではこのような犯罪は成立しません)
②「ドルネシアにようこそ」=ドレスコードのある六本木のクラブ・ドルネシア。同じ六本木の速記事務所で働く地味な男にとって、そこは無縁であり憧れの場所でもあった・・・。巻末解説によると、宮部氏自身が昔速記事務所で働いてたんだねぇー
③「言わずにおいて」=26歳であんなふうに職場で言われるなんて・・・。今だったら絶対セクハラで訴えられるよ! それはともかく、人生にはこんな偶然も起きるんじゃないかと思う。
④「聞こえてますか」=引っ越した中古住宅に残された古い黒電話。その中から偶然見つけたものは・・・。前の家主は過去に特高を務めていたと聞き・・・。少年が主人公となるのが作者らしいし、生き生きしてる。
⑤「裏切らないで」=代表作「火車」のプロトタイプのような作品。一昔前の話ではあるけど、こういう女性心理は何か心が苦しくなってしまう。
⑥「私はついてない」=最後は軽~いタッチの一編。偽物が偽物を呼び、結果息子は知りたくもない両親の秘密を知ることに・・・。

以上6編。
うん。いいです。何ていうか、さすがに一流作家だなという印象。
確かにタッチは軽い。ミステリー的なプロットは希薄だし、サプライズが用意されているわけでもない。
でも、こんな作品をサラリ(ではないかもしれないが)と書く、書けることが力量ってことだろう。

今回、紹介文のとおり、「東京」に住む市井の人々が主人公となる。
⑤に登場する刑事が東京を指していう言葉、『果たして東京なんて街は実在しているのだろうか。そんなものは、この種の雑誌やテレビで創りあげた幻にすぎないのではなかろうか・・・』が、何だか本作の作品世界に通じるようで印象に残った。
登場人物は市井の人々=生活感の伴った人々のはずなのに、どこかジオラマの世界の住人のような感覚・・・とでも言ったらいいのか。

やっぱりこうやって書いてると、本作は宮部作品なんだなぁーと思う。(当たり前だが)
長編はいつも冗長に感じるんだけど、短編は粒ぞろい。個人的にはいつもそう感じる。
(個人的ベストは①か⑤かな。次点が②)


No.1549 6点 屍人荘の殺人
今村昌弘
(2019/11/05 22:24登録)
第27回の鮎川哲也賞受賞作であり、その年の「このミステリーがすごい」など三冠を達成した超話題作。
そんな超話題作を文庫化に当たり、ようやく読了。華々しいまでの作品に相応しい出来栄えなのか?
2017年の発表。

~神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映画研究会の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女・剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされる。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった。奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作~

“数々の絶賛と多少の不満と疑問”・・・本作に対する世間の評価をひとことで表すならこういう感じか。
確かにデビュー作としてはかなりの高レベル。特に解決パートで示されたロジックには唸らされた。
まず第一の殺人では、『私たち(人間)には密室が突破できるが殺せない。〇〇〇は殺人ができるが密室を突破できない』・・・この欺瞞を一刀両断に解決に導くトリック(というべきか)が見事に嵌っている。
そして第二の殺人では、やはり〇〇〇ー〇ーを使った欺瞞とトリック。そこまでやるか?という動機の問題はあるものの、これも大げさに言うなら「青天の霹靂」のような衝撃を受けた。(ただ、いくら睡眠薬を使ったとはいえ、かける時間が膨大すぎ!)
それもこれも、やはり〇〇〇という特殊設定が大きく寄与している。
巻末解説によると、作者はまず〇〇〇ありきの設定からプロットを膨らませたということだから、まさにアイデア勝ちということ。

では褒める一方かというと、どうもそこまでにはならない。
一番気になったのはやはり動機、というか必然性。〇〇〇の襲撃は全くの想像外だったわけで、そんな特殊設定のなかでわざわざ連続殺人を綱渡りで行うなんて・・・通常の人間心理では考えられないことだ。
もちろんパズラー型の本格ミステリーなんだから、そんなリアリティを要求されても・・・ということは分かる。
もはや本格ミステリーの鉱脈は「特殊設定条件下」にしか有り得ないということなのかな。

本作を読んでると、有栖川有栖のデビュー作「月光ゲーム」をどうしても思い浮かべてしまう。
両作とも学生のサークル内での人間関係のもつれが事件の背景にあるし、学生たちが突如思わぬ事態に巻き込まれる点も同様(一方は火山の噴火で一方は〇〇〇の襲撃)、これは作者が意識していたことなのだろうか。
文庫版解説をかの有栖川氏が行っていることも偶然ではないのだろう。
いずれにしても、数多のミステリーファンを唸らせる作品というだけでもスゴイことだ。
さすがに鮎川哲也賞はハズレなし。ますますそういう評価が高まりそうだね。
(確かにAmazonのレビューでは辛口の評価が多いな・・・)


No.1548 5点 もう年はとれない
ダニエル・フリードマン
(2019/11/05 22:20登録)
齢87歳の元刑事バック・シャッツを主役としたシリーズ第一作。
活躍する所は中米の犯罪都市メンフィス。孫のテキーラを味方に付け“昔とった杵柄”を再び・・・となるのか?
2012年の発表。

~思い返せば戦友の臨終になど立ち会わなければよかったのだ。どうせ葬式でたっぷり会えるのだから。捕虜収容所でユダヤ人の私に親切とはいえなかったナチスの将校が生きているかもしれない・・・そう告白されたところであちこちにガタがきている87歳の元殺人課刑事に何ができるというのだ。だがその将校が金の延べ棒を山ほど持っていたことが知られて周囲が騒がしくなり、ついに私も宿敵と黄金を追うことに・・・。武器は357マグナムと痛烈な皮肉。最高にカッコいいヒーローを生み出した鮮烈デビュー作~

もう上の紹介文どおりです。以上!
・・・という感じなのだが、さすがにそれでは失礼ということで、簡単に感想を記します。
まず最初にラスト(=真相)の場面なのだが、うーん。サプライズといえばサプライズだが、10人中8人くらいはこの解決を予想してたんじゃないかな?
終盤まで来ても、連続殺人事件の方は、真犯人が定まらないまま。気になる伏線もなし。こんな状況なので、主要登場人物を見渡して、もうコイツしかいないよなぁという考えにたどり着いてしまう。
そこはまぁ安易といえば安易かもしれない。

でも本作の良さはそんなところにないのだろう。
とにかくバック・シャッツである。
とても87歳とは思えない行動力。ライフルで狙撃されても死なないなんて、もはや不死身としか考えられない。
GoogleやGPSは分からなくても、そこはメンフィスにこの人ありと恐れられた元鬼刑事。経験のなせる業ということ。

いまや超高齢化社会である。
社会の中心層は70歳以上なのだから、当然こういうヒーローが生まれても全然おかしくない。むしろ遅すぎたくらいだ。
こんなこと書いてると、年寄り好きかと勘違いされそうだけど、別にそういうわけじゃない。
「老害」を地でいく人もいるし、バック・シャッツだって老害と言われてもおかしくない振る舞いは多い。
でも何となくカッコいいと思えてしまうのは、人間としての「軸」「芯」を持っているからなんだろう。
評価は・・・こんなもんかな。続編も読むと思います。


No.1547 5点 二壜の調味料
ロード・ダンセイニ
(2019/10/23 21:57登録)
E.クイーンと江戸川乱歩が絶賛した(!)表題作をはじめ、探偵リンリーが活躍するシリーズ短編9編を含む全26編を収録。忘れがたい印象を残す傑作ミステリ短編集・・・とのことです。
1952年の発表。

①「二壜の調味料」=紹介文のとおり絶賛かというと?なのだが、忘れがたい味わいは確かにある。この結末って、〇〇を食べたということ?
②「スラッガー巡査の射殺」=最後の最後で肩透かし・・・ドリフのコントみたい
③「スコットランド・ヤードの敵」=3人の警官を宣言のうえ殺していく殺人鬼。小男スメザーズは勇躍犯人の潜伏するアジトに向かうのだが・・・。最後はなぜああなった?
④「第二戦線」=時代が少し進んで第二次大戦中。兵役に服することとなったふたりがドイツからのスパイ探しに奔走。
⑤「二人の暗殺者」=大勢の候補から二人の暗殺者を特定する・・・のだが。
⑥「クリーク・ブルートの変装」=変装の名人のスパイが見つからないとリンリーに助け舟を求める警察。リンリーが指摘したスパイの隠れ方は・・・これって「森は森に」「スパイはスパイに」ということ?
⑦「賭博場のカモ」=うーん。こんなことで民間人に助けを求めるスコットランドヤードって・・・
⑧「手がかり」=犯人が残した解きかけのクロスワードパズルから犯人像をズバズバ指摘。まるでホームズ。それであっさりと真犯人を捕獲! 簡単!
⑨「一度でたくさん」=駅にやって来るまで待つ! それがリンリーの出した答え。本当に待つことに・・・
ここまでがリンリー探偵の事件簿。最初に書いたとおり、何とも言えない味わいはある。ただし、いわゆるミステリー的な捻りや逆説を期待すると肩透かしを食うので注意してください。以下はノンシリーズで、印象に残ったものを抜粋。
・「ラウンドポンドの海賊」=で、オチは?と期待するのは罪でしょうか?
・「新しい名人」=今で言うAIを先取りしてる? 最後は結構皮肉が効いてる。
・「新しい殺人法」=新しいか? 
・「死番虫」=死番虫とは家の中の木材などを食い荒らす虫のこと。死を予言し恐喝しようとした男がこの虫を見て・・・
・「ネザビー・ガーデンズの殺人」=このオチって・・・それを言ったらおしまいでしょう!

全26編。なかなかのボリュームで堪能(?)させていただきました。
巻末解説では本作をユーモア・ミステリーと評してますが、まぁ確かに。田園風景の似合うほのぼのしたミステリーっていう感じです。
かのE.クイーンが激賞したとのことですが、どのあたりをもって激賞したのかはよく分かりません。
でも、奇妙かほのぼのか、はたまた甘口かは別にして「味わい」深いことは確か・・・かな。


No.1546 5点 Fの悲劇
岸田るり子
(2019/10/23 21:56登録)
京都を舞台にしたノンシリーズ長編。
久々に作者の作品を手に取ったが・・・
2010年の発表。

~絵を描くことが好きな少女さくらは、ある日、月光に照らされて池に浮かぶ美しい女性の姿を描く。その胸にはナイフが突き刺さっていた。大人になった彼女は、祖母に聞かされた話に愕然とする。絵を描いた二十年前、女優だった叔母のゆう子が、京都の広沢の池で刺殺されたというのだ。あの絵は空想ではなく、実際に起きた事件だったのか? さくらは叔母の死の謎を探ろうとするが・・・~

物語は過去(1988年)と現在(2008年)を交互に描くことで進んでいく。
主人公さくらは、二十年前の密室殺人事件の謎を探ろうとし、読者は二十年前の事件の顛末を同時に追うことになる。
こういうプロットでは、概ね過去から現在のどこかに齟齬や歪みがあって、それが現在まで謎として残っている・・・というパターンだ。
では、本作の場合、どこに齟齬や歪みがあるのだろうか?

そういう目線で読み進めたわけだが、うーん・・・期待したような鮮やかなものではなかった。
①ゆう子の子供の正体や②密室殺人、③後追い自殺の真相のどれもが腰砕けという印象。
①は最初から自明だろう。途中で目眩しのような引っ掛けはあるものの、「あーやっぱり」という感想になる。
②は他の方も書かれてますが、「そんなこと!」っていうトリック。っていうか、トリックというほどでもない。
③は・・・「気をつけろよ!」って言いたくなるような真相。

という感じで、パズラー的本格ミステリーを期待すると失望を味わうことになる。
かといってサスペンスやファンタジック感が強いわけでもない。
要は中途半端ということかな。或いは狙いすぎ。
いかにも作者らしい雰囲気は醸し出しているだけに、勿体無いという思いは残った。
ところで、「F」はなんの「F」なんだろ?
female?
(全く関係ないけど、京都はミステリーの似合う街だね・・・)


No.1545 5点 がん消滅の罠 完全寛解の謎
岩木一麻
(2019/10/23 21:54登録)
第15回「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作。
作者は実際に国立がん研究センターでの勤務歴もある模様。(医師ではない?)
2017年の発表。

~呼吸器内科の夏目医師は生命保険会社勤務の友人からある指摘を受ける。夏目が余命半年の宣告をした肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付を受け取ったあとも生存、病巣も消え去っているという。同様の保険金支払いが続けて起きており、今回で四例目。不審に感じた夏目は同僚の羽島と調査を始める。連続する奇妙ながん消失の謎。がん治療の世界で何が起こっているのだろうか・・・~

私自身、最近がんに罹った親族がいたりして、テーマとしては興味深いものだった。
親族が入院したのもがん治療専門の国営の医療機関だったわけだが、がん治療というのはまさに日進月歩。私のような門外漢は、がんと言えば切除手術というイメージだったけど、放射線治療にしろ抗がん剤治療にしろ、一昔前とは治療法もまったく違っていることを知らされることとなった。
がんって治る病気なんだね・・・
それでも、がん=死というイメージはいまだ根強いし、人類に立ちはだかる最強の敵に違いない。

で・・・いやいやそんなことは本筋に関係ないんだった・・・
ということで本作の書評なのだが、思ったより厳しい評価のようですね・・・
医療ミステリーは好きなジャンルということもあるけど、プロットとしてはよく練られてるのではと思った。
それもそのはず。巻末解説によると、本作は一度別タイトルで応募されたものを(その時は落選)、大幅に改稿して再度応募されたものとのこと。その分ミステリーとしてのお約束は十分に踏まえて書かれてると思う。
治るはずのないがんが消滅(完全寛解)するという謎も魅力的だし、それを可能にするトリックや動機についても一筋縄ではない、複雑な仕掛けが用意されている。保険会社という存在を加えているのも旨い。
問題は「書き方」「表現の仕方」なのかな。やや平板というか、盛り上げ方に欠けるというか、そこは確かに頷ける。
終章。いきなり派手な展開が用意されているけど、唐突すぎたような・・・

まぁでもデビュー作としては及第点だと思う。
まだまだ医療ミステリーにも未踏の分野はあるのだろうし、次作に期待したい。


No.1544 6点 読者よ欺かるるなかれ
カーター・ディクスン
(2019/10/08 21:23登録)
HM卿を探偵役とするシリーズの第九作目に当たる本作。
発表はフェル博士もの「緑のカプセルの謎」と同じ年である1939年。作家として脂の乗った時期・・・なのかな
原題は“The Reader is warned”(意味深なタイトル)

~女性作家マイナが催した読心術師ペニイクを囲んでの夕食会。招待客の心をつぎつぎと当てたペニイクは、さらにマイナの夫の死を予言する。果たして予言の時刻、衆人環視のなかで夫は原因不明の死を遂げた。ペニイクは念力で殺したというが、逮捕しようにも証拠がない。遅れて到着したヘンリ・メルヴェール卿にペニイクは新たな殺人予告をするが・・・。不可能と怪奇趣味を極めた作者のトリックに読者よ欺かるるなかれ!~

実に本格ファンの心をくすぐる紹介文だろう。
なにせ「念力(作中ではテレフォース)による殺人事件」だから・・・ まさに究極の殺人方法ではないか。
事件は実に不可思議としかいいようのない状況で発生する。
第一の殺人は紹介文のとおり第三者の目が光る中での殺人。しかも遺体には何の痕跡もない・・・
そして、第二の殺人はすやすや眠っていたはずの被害者がほんの少し目を離したスキに惨殺される。またしても遺体には痕跡なし・・・

「実に面白い」序盤から中盤の展開。不穏な検死法廷を挟んで、ストーリーは急展開を告げ、怒涛の終盤になだれこむ。
で、解法なのだが・・・これは人によってはビミョーって感じるだろうなぁ
この殺害方法は他の方も書かれてるけど、何の痕跡も残さないわけはないと思うし、第一にしろ第二にしろ、今回はあまりにも「偶然の連続」が多すぎ。(死後に〇〇が〇くなんてねぇ・・・)
これでは島田荘司もビックリだ。
まぁそもそも「念力で殺されたとしか思えない状況」を作り出すわけだから、多少の無理は最初から承知のうえなんだろうけど。
この辺り、“欺かるるなかれ”と煽っているわりには、読者としては「欺かれないよ!」って突っ込みたくなる。

プロットはいかにもカーという感じだから、ちょっと勿体無いような気はした。もう少しオカルト趣味を煽っても良かったし、フーダニットに拘っても良かったのではないか。
でも面白いか面白くないかと聞かれれば、「面白かった」と即答する。そんな不思議な作品。
(作中にたびたび挟まれる新聞記事。最後にHMの深謀遠慮が明らかにされる・・・)


No.1543 4点 バック・ステージ
芦沢央
(2019/10/08 21:22登録)
~パワハラ上司の不正の証拠を掴みたい先輩社員康子とその片棒を担ぐハメになってしまった新入社員の松尾。ふたりは紆余曲折の末、自社がプロモーションする開演直前の舞台に辿り着く。劇場周辺では息子の嘘に悩むシングルマザーや役者に届いた脅迫状など四つの事件が起きていた・・・~
2017年の発表。

①「序幕」=序幕、つまり始まりです。紹介文のとおり、松尾が康子に巻き込まれるさまが描かれる。
②「息子の親友」=これは分かるなぁー。親の気持ちとしては、自分の子供はみんなに愛される存在であって欲しい。ましてや無視される存在になんてなって欲しくない。兄と弟の関係もなんか・・・分かる。
③「始まるまで、あと五分」=年頃の女性は変わるものといったって、いくらなんでも分かると思うけどねぇ・・・。そりゃ女性からすればショックかもしれないけど、その場で訂正しろよ!って思ってしまう。
④「舞台裏の覚悟」=これが役者魂というやつ? こんなことで悩んでるような役者は大成しないと思うけどね。
⑤「千賀稚子にはかなわない」=老婦人役といえばこの人・千賀稚子!(もちろん作中だけの話)。認知症の気配が見え始めた大女優にマネージャーである女性は焦りを覚えて・・・
⑥「終幕」=終幕、つまり終わりです。なんか収まりが悪いというか、無理やり結末をつけたというか。要するにチープです。

以上6話から構成(文庫版はラストに「カーテン・コール」が追加)。

お手軽な作品。
このように紹介すると何だか一本の舞台作品のように見えるけど、実態は寄せ集めたものを何とかつないでみましたという感じ。
間に挟まった②から⑤はまずまず面白いけど、物語をつなげるはずの本筋が全くつまらない。
よって、結局締まりのない読後感になってしまう。

文量的には手頃だから、ちょっとした空き時間の読書には向いてるかも。
作者の場合、作品ごとの濃淡というか、熱量の多さに差があるような気がする。
本作はもちろん「軽い」方です。


No.1542 5点 七人の中にいる
今邑彩
(2019/10/08 21:18登録)
未読作品が少なくなってきた作者の作品。
本作も「確か読んだはず・・・」と勘違いをしていて今回が初読。
1994年の発表。

~クリスマスイヴをひかえ、ペンション「春風」に集まった七人の客。そんな折、オーナーの晶子のもとに二十一年前に起きた医者一家虐殺事件の復讐予告が届く。刻々と迫る殺人者の足音を前に、常連客の知られざる一面が明らかになっていき・・・。復讐を心に秘めているのは誰か。葬ったはずの悪夢から、晶子は家族を守ることができるのか~

ひとことで言うと「分かりやすい」「察しやすい」プロット。
作者自身、あとがきで「(本作は)本格ミステリーではなくサスペンス」と書いているので、そういう意味では「謎解き」興味よりは、徐々に復讐鬼が迫ってくるサスペンス妙味の方を優先したのかもしれない。

それにしてもなぁー、緻密でレベルの高い作品が多い作家という個人的な印象からするとチープかなと思う。
他の方も触れてますが、恐らく10人中9人は「きっとこうだろう」と想像する真相。
確かに候補は「七人」いるんだけど、あまりにも「捨て筋」感が強すぎるのだ。
そういう意味では、途中の「ああでもない、こうでもない」という佐竹の捜査行もなんだか冗長なだけ・・・という感じになってしまう。

サスペンス要素もどうかなぁー?
ホラーにも佳作が多い作者としては、あまり迫ってこないというか、ゾクゾクしないというか、いずれにしても中途半端だ。
連載もので手探りで書いたというわけでもなさそうだけど・・・
ということでちょっと辛い評価になってしまう。

やっぱり「七人」というのは引っ掛けだったんだよね?
そこは作者らしいというか、そこがプロットの出発点だったんだろう。
普遍的で、ミステリー作家としては手を出しやすいテーマだと思う。が、如何せん食い足りない。


No.1541 7点 真夏の方程式
東野圭吾
(2019/09/23 22:27登録)
ガリレオシリーズの長編としては「容疑者Xの献身」「聖女の救済」に続く三作目。
(しまった! 「聖女の救済」の前に本作を読んでしまった・・・まぁいいか)
2011年の発表。

~夏休みを玻璃ケ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・柄崎恭平。一方、仕事でこの地を訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もうひとりの宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ケ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か? 湯川が気付いてしまった真相とは?~

うーん。やはり満足感は高い。
ミステリーというか、小説としての完成度は他のミステリー作家とは一枚も二枚も違うという感じだ。
ガリレオシリーズは、当初、湯川を推理マシーンのように描き、物理トリックによるハウダニットをメインとして始まったはず。
なのだが、「容疑者X」での悲しく、そして苦しい謎解きを経て、“人間”湯川として真の探偵役に昇華させてきた。
本作でも、その“人間”としての湯川が「気付いてしまった」真相に対し、どのように結末を付けるのかが焦点となる。

東野作品というと、加賀恭一郎シリーズにしろ、他の作品群にしろ、真相は読者に対しわざと察しやすくしている傾向が強い。
(そういう意味では本シリーズと加賀シリーズのテイストが被ってきた感はある)
そして、その「察しやすい」真相とは、できればそうであって欲しくない、悲しい真相なのだ。
読者はその「悲しい真相」を薄々察しながらも、徐々に白日のもとに晒されていく真相を思い知ることになる・・・
考えてみれば酷な作家である。
ただし、作者は最後に救いの手を差し伸べることを忘れない。それは読者にとっても「救い」になっているのだ。
これは当然計算なんだろうけど、日本人のメンタリティを十二分に把握したうえでのストーリーテリングに違いない。

本作の場合、プロットそのものはさんざん使い古されたものである。
それでも、湯川や草薙、内海といった魅力的なシリーズキャラクターを存分に使うことで、最後まで飽きることなく読み進められた(読み進まされた?)。 やっぱり、只者ではないね、作者は。
(Co中毒のトリックは、鑑識ならさすがに気付くだろ!とは思うけど・・・)


No.1540 6点 人生相談。
真梨幸子
(2019/09/23 22:25登録)
作者と言えば“イヤミス”というイメージ。
本作は連作形式のイヤミス?と思ってたけど、どうも全然違っていたようで・・・
2014年の発表。

①「居候している女性が出て行ってくれません」=物語の序章なのだが、早くも不穏な空気が・・・
②「職場のお客が苦手で仕方がありません」=ところは変わって、小田急沿線の急行も止まらない駅前のキャバクラ。で、最後はなぜかネギが原因で死人が!
③「隣の人がうるさくて、ノイローゼになりそうです」=都会では結構ありそうな相談。なのだが、やはりまともではない人々が登場。
④「セクハラに時効はありますか」=すげぇタイムリーなお話。でもこの男(若い方の)・・・すげえバカ。
⑤「大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか」=物語の実は重大な鍵が潜んでいる一編。読んでると「あれー?時系列が?」
⑥「西城秀樹が好きでたまりません」=これこそ「時系列は??」で?がいくつも浮かんでくる。要は時系列が捻れてる。
⑦「口座からお金を勝手に引き出されました」=夫婦間とはいえ、いくら自分が稼いだお金をへそくられたものはいえ、最終的には夫が負けるはめに・・・
⑧「占いは当たりますか?」=当たります。このお話の中では。
⑨「助けてください」=ついにクライマックス。やっと物語の仕掛け・カラクリが判明するのかと思いきや・・・頭の中は混迷!

以上9編。
いやぁーこれは怪作。
“イヤミス”なんかではなく、雰囲気的には心の捻れた登場人物たちが繰り広げる、そう折原一テイストの作品。
時間軸もわざと捻らせているし、登場人物も複数のお話にランダムに出てくるなど、なかなか複雑な仕掛けが成されている。
(かといって叙述トリックというわけでもないんだけど・・・)

ラストには一応全体像を示してはくれるんだけど、それを読んでもまだ消化不良という感覚が残る。
それは作者の狙いなのか?
まぁそういう意味では「イヤ」な感じはある。
こういう仕掛け自体は好きなので、欲を言えばもう少し盛り上げ方の工夫があればという感じ。
まずまず面白い読書にはなった・・・かな。


No.1539 7点 バーニング・ワイヤー
ジェフリー・ディーヴァー
(2019/09/23 22:24登録)
“リンカーン・ライム”シリーズ九作目となる本作。
今回の相手は「電気」。電気が大いなる凶器となる世界・・・怖くて寝ていられない!
2010年の発表。

~突然の閃光と炎。それが路線バスを襲った。送電システムの異常により変電所が爆発したのだ。電力網を操作する何者かによって引き起こされた攻撃だった。FBIは科学捜査の天才リンカーン・ライムに捜査協力を依頼する。果たして犯人の目的は何か? 人質はNYそのもの・・・史上最大の犯罪計画にライムと仲間たちが挑む!~

今回、ライムのセリフで非常に印象深かったものがふたつ。
ひとつめは、他の方も触れられてますが、捜査が重大な転換点を迎えるなかで、アメリアに向けて放った言葉。
『・・・考えうる可能性をすべて排除したあと、一つだけ排除できなかったものがあるとすれば、一見どれほど突飛な仮説と思えても、それが正解なんだよ。』
-まさに、シャーロック・ホームズが「緋色の研究」で放ったセリフと同じ。シリーズファンにとっては今さらではあるけど、かの名探偵に対する愛情が伺える一幕。
そしてふたつめは、事件も解決した後、ライム自身が大きな決断をしたとき、アメリアに残した言葉。
『・・・時代は変わる。人間も変わらなくてはならない。どんなリスクがあろうとも。何をあきらめなくてはならないにしても・・・』
かりそめの平和のなか、不穏な空気が充満している昨今の世界情勢。この言葉をひとりひとりが胸に刻んで生きていかなくてはならないのではないか?と再認識させられる一幕。

今回は前々作から続いてきた宿敵「ウオッチメイカー」との戦いにも終止符が打たれる。
事件の渦中で意識を失うという大ピンチに陥ったライムにとっても、大きな転換点となる事件になったのだろう。
もちろんアメリアにとっても、そしてチームの他のメンバーにとっても・・・

いやいや、ここまでシリーズを重ねてきてのこの出来栄えは恐れ入る。
もちろん純粋な謎解きのレベルで言えば、決して本作が優れているわけではない。
ただ、作品を重ねていくごとに芳醇な味わい-ちょうどライムがこよなく愛する上質なスコッチウィスキーのようなーが加えられている。
これを超えるシリーズを創作するのは並大抵ではない。そんな気にさせられた。
(今回はアメリアのピンチシーンがなかったのが不満点。次回は是非!)


No.1538 7点 ジェリーフィッシュは凍らない
市川憂人
(2019/09/07 12:05登録)
第26回鮎川哲也賞受賞作であり作者の処女長編。
『そして誰もいなくなった』への挑戦であると同時に『十角館の殺人』への挑戦・・・という綾辻行人による帯の惹句が鮮烈。
2016年発表。文庫化に当たって読了。

~特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行機<ジェリーフィッシュ>。その発明者の教授を中心とした技術開発メンバー六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航空性能の最終試験に臨んでいた。ところが航行試験中、閉塞状況の艇内でメンバーのひとりが死体となって発見される。さらに自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もないまま次々と犠牲者が・・・~

さすがに鮎川哲也賞はレベルが高い。
その中でもかなり上位の作品に入るのは間違いないのではないか(あくまで個人的な見解ですけど・・・)。
計算され尽くしたプロットや、余計な脇筋が殆どなく頁をめくる手が止まらないリーダビリティなどはデビュー作とは思えないほどの出来栄えだと感じた。

冒頭にも触れたように、典型的なCC設定なのが本作の大きな特徴。
手垢のついた設定にどのように新しい味付け、アレンジを加えていくのかが本作の一番の肝である。
いろいろな仕掛けはあるにせよ、<ジェリーフィッシュ>そのものに係る欺瞞+真犯人そのものに係る欺瞞。この二つこそが命綱(なのだろう)。
前者については二階堂黎人氏のあの大作が、後者についてはもちろん綾辻行人氏のあの作品が、どうしても頭に浮かんだ。
もちろん細かな部分には変化が付けられてるし、オリジナルなところもあるんだけど・・・
どうしても先行例の呪縛から完全には抜けられてはいない。
(全体的なプロットでいうなら、西村京太郎「殺しの双曲線」が最も似たテイストだろう)

他の方も、評価はするけどどこか腑に落ちない・・・という趣旨の書評が多いような気がする。
それって、全体的な齟齬やロジックの漏れを防ごうとして、細部に拘りすぎたのが原因なのかな・・・。アメリカの大空なんていう雄大な舞台設定なのに作品自体はやや奥行に欠けた感はある。(そもそもCC設定に雄大さなんて求めるな!とは思うけど)

いかんいかん。書いてるうちに何だか粗探しのような書評になってしまった。
久々に楽しめる読書になったのは間違いないし、今後もレベルの高い作品を期待したい作家なのは確かです。
(<ジェリーフィッシュ>っていうと、最初TDSのマーメイドラグーンにあるアトラクションを想像してしまった・・・)


No.1537 6点 まっ白な嘘
フレドリック・ブラウン
(2019/09/07 11:48登録)
~ショート・ストーリーを書かせては当代随一の名手の代表的短篇集。奇抜な着想、軽妙なプロット、ウィットとユーモアとサスペンス。論より証拠、まず読んでいただきましょう。どこからでも結構。ただし最後の作品「うしろを見るな」だけは最後にお読みください~
というわけで1953年の発表。

①「笑う肉屋」=新婚旅行の旅先で訪れた小さな田舎町。そこで起こった「足跡のない殺人」(!) いきなり本格ミステリーっぽいプロットだなと思いきや、これって二階堂黎人の某長編に出てくるトリック?
②「四人の盲人」=いきなり逆説っぽい逸話が紹介されて事件に突入。そして結論は意外な意味で「逆説」。
③「世界がおしまいになった夜」=SF系作家の短編なんかでよくお目にかかるプロット。「あんな嘘ついたばっかりに・・・」ていうオチ。
④「メリー・ゴー・ラウンド」=今ひとつテーマが理解できず。
⑤「叫べ、沈黙よ」=タイトルからして逆説っぽい。これはラストのひと捻りが主題。
⑥「アリスティッドの鼻」=名探偵(誰がモチーフかよく分からなかったが)を皮肉るようなストーリー。そもそもヒゲの中に・・・って、無理だよね。
⑦「後ろで声が」=疑心暗鬼の男。それは・・・かなり厄介な存在。そんな男が最後に・・・
⑧「闇の女」=これは短編らしい好編。ラストにひっくり返される。
⑨「キャサリン、おまえの咽喉をもう一度」=いろいろあって、最後にはタイトルどおりの結果になる・・・のか?
⑩「町を求む」=ショート・ショート。ラストの台詞が効いてる。
⑪「史上で最も偉大な詩」=船で遭難し無人島に九年間置き去りにされた男。彼が出来ることは食糧を確保することと詩を書く事だった・・・
⑫「むきにくい林檎」=このラストの光景は見るの嫌だな・・・。よっぽど恨みが深かったんだね。
⑬「自分の声」=これはイマイチなにが言いたいのか分からなかった。オチはある?
⑭「まっ白な嘘」=表題作らしくまとまった作品。よくある手と言えばそうなんだけど、まずまず良い。
⑮「カイン」=死刑執行に怯える弟殺しの男。なのだが、ストーリーは思わぬ方向に・・・
⑯「ライリーの死」=今ひとつよく分からず。ライリーと取り違えたということ?
⑰「うしろを見るな」=必ず最後に読めとの指定がある最終譚。何か仕掛けがあるのかと思いきや・・・うーん。こんなもんかな。

以上17編。
評判どおり、非常にバラエティに富んだ短篇集。
ツイスト感のある作品も多いし、まずまずの満足感。さすがに短編の名手と言われるだけはある。
(ベストは難しいな。①⑧⑭辺りが好みかな。)


No.1536 5点 安楽死
西村寿行
(2019/09/07 11:46登録)
処女長編とされる「瀬戸内殺人海流」に続いて発表された第二長編。
1973年の発表。

~警視庁に奇妙な通報があった。石廊崎で起きた女性ダイバーの溺死は事故ではなく殺人である、と。妻の裏切り以来、刑事としての情熱を失っていた鳴海は、特命を受け大病院の看護師であった被害者の調査を開始する。医療過誤や製薬会社との癒着、患者の自殺関与。病院内部の黒い疑惑を追うが、取り憑かれたように奔走する鳴海刑事に強大な圧力が降りかかる。人間の尊厳を問い、病院組織の暗部に切り込む社会派ミステリの傑作~

大量の作品を遺した西村寿行。初期の「社会派ミステリー」の一冊。
“ノン・エロス”である。
“ノン・エロス”の寿行なんて、何の価値があるのか? 私なんかはついついそう思ってしまう・・・
(どうしても「ハードロマン」っていうイメージが強いからね・・・)

それはともかく、本作のテーマはタイトルどおり「安楽死」だと思ってたけど、それだけでもない。
むしろ「安楽死」は疑似餌的な使われ方で、本筋は医療事故、医師のモラルに切り込んでいるという感覚。
そういうテーマというと「白い巨塔」が直感的に思い浮かぶけど、60年代後半に発表された「白い-」から考えても、この時期割と普遍的な題材だったんだろう。

ただ、どうも本作、全体的にスッキリしない、というかモヤモヤしてる。
「動機」が全体通しての大きな謎として焦点が当てられるんだけど、最終的に判明した動機が実に矮小なのだ。
法廷で散々に打ちのめされた鳴海刑事が、停職中にも関わらず、命を賭して冬の海中深く潜って暴き出した結論が「それかよ!」・・・
いやいや、これでは財前教授も浮かばれまい。(関係ないけど)

まーでも、作者にもこういう時代があったんだねぇ。
実に硬質で一直線な作風。追い詰められた境遇の男が己の矜持をかけて・・・っていうのはその後の作品群にも受け継がれたんだな。
ただ、個人的にいえば、「魔の牙」や「滅びの笛」などのパニック小説の方が好み。
もちろんそれ以上にハードロマンの方が好きなんですけど・・・


No.1535 6点 妖盗S79号
泡坂妻夫
(2019/08/24 10:35登録)
1979年から1987年にかけて「オール讀物」誌に断続的に発表された作品をまとめた連作短篇集。
読み方は“Sななじゅうきゅうごう”ではなく、“Sしちじゅうくごう”なのでお間違えなく。(間違えたら東郷警部に怒られるよ!)
単行本の発表は1987年。

①「ルビーは火」=まずは冒頭の一編。東郷警部と二宮刑事の迷(?)コンビも最初から登場。房総半島の海辺で宝石(ルビー)が忽然と消え失せる事件が発生。現場には美女と美男が・・・
②「生きていた化石」=化石専門家とアナウンサーのやり取りが秀逸(本筋には全然関係ありませんが・・・)。展示場の厳重な警備を掻い潜り、またしても貴重な貝が忽然と消え失せる。
③「サファイアの空」=ここまでが第一期といった趣向。こういうトリックだと何だかルパン三世か最近のアニメのやつ(コナンのライバル・・・って名前が思い出せない!)を思わせる。
④「庚申丸異聞」=ここから雰囲気がやや変わる。一風変わった劇団が演ずる舞台。当然劇場は密室。舞台もフィナーレを迎えるなか、東郷警部がS79号の出現を指摘するが・・・
⑤「黄色いヤグルマソウ」=この辺から東郷警部の妄想がエスカレート。自分で勝手にS79号の登場を煽っていく。そして、いつものように最後は鮮やかに盗まれる・・・
⑥「メビウス美術館」=一番鮮やかなのがコレかな。途中で美術館が「メビウス」になっていることに二宮刑事は気付くのだが、S79号の手口は更にその先を行っていた。
⑦「癸酉組一二九五三七番」=タイトルは宝くじの当選番号。これもなかなか鮮やか。S79号が侵入したにもかかわらず盗まれたものはルーペ1つ。でもそこには深い理由が・・・
⑧「黒鷺の茶碗」=二宮刑事の父親の葬儀の日。旧家で数々の骨董品を収めた蔵のある二宮刑事の実家が本編の舞台。ここら辺から、S79号の正体はだんだん自明に・・・
⑨「南畝の幽霊」=浮気を重ねる大物政治家の息子。多くの美術品を所有する男の元へS79号の影が・・・。ラストは「女って怖い!」的オチなのだが、いくら修復できるといってもここまでのものができるのか?
⑩「檜毛寺の観音像」=これは・・・やすやすと盗まれたなぁー。
⑪「S79号の逮捕」=舞台はついにフランスはパリ。ここでもS79号が暗躍と思いきや、なんと逮捕!って思いきや・・・
⑫「東郷警視の花道」=読み終わって気付いたよ。「警部」じゃなくって「警視」になっていたことを。最後の場面は巻末解説でも触れられてるとおり、「亜愛一郎の逃亡」のラストとかぶるね。

以上、全12編。
いやぁー、さすがにお腹いっぱいだけど、こんな作品、泡坂にしか書けないだろうね(もしくは書かない)。
確かに切岡の件はもうちょっと本筋と絡むと思ってたんだけど、そこは残念。
でも楽しめたのは間違いなし。


No.1534 6点 ファーガスン事件
ロス・マクドナルド
(2019/08/24 10:34登録)
ロス・マクというと反射的に“リュウ・アーチャー”って感じがして、私自身も最近リュウ・アーチャーものを続けざまに読んできた。
で、本作は珍しく“非アーチャー”の長編で、主人公は若手熱血弁護士(という形容詞がピッタリ)のガナースン。
1960年の発表。

~頻発する強盗事件の犯人一味として逮捕された若い看護婦エラ・パーカーは、脅されたのか一向に事情を話そうとしなかった。が、盗品売買の相手が殺されたと知った途端、彼女の態度は一変した。彼女の言葉を頼りに調査を始めた弁護士ガナースンを待ち受けていたもうひとつの事件・・・富豪ファーガスン大佐の夫人が誘拐されたというのだ。波乱含みの展開を見せるふたつの事件に絡む謎の男たち。複雑な人間関係を解き明かそうとファーガスン夫人の故郷を訪れたガナースンが掴んだ真相とは?~

いつもの私立探偵アーチャーシリーズとはどこか違う雰囲気を纏った作品だった。
もちろん、それが作者の狙いなんだろう。
初期はともかく「ウィチャリー家」以降のアーチャーというと、個人的には「ドライ」で「静謐」はたまた深い「余韻」という形容詞が思い浮かぶんだけど、本作は「ウェット」で「熱い」、「野性的」などという言葉が浮かんでくる作品。
それもそのはず。
ガナースンは身重の妻を持つ新進気鋭の弁護士。
愛する妻、そして産まれてくる我が子のためにも情熱的&一直線に突き進んでいく、のだ。

それはいい意味でもあるし、悪い意味でもある。
巻末解説では“詰め込みすぎ”というニュアンスで書かれているけど、私としてはどうも安っぽいハリウッド映画のような映像が思い浮かんでしまって、そこがアーチャーものとの格差に繋がっているような気がしてしまう。
プロットとしてはいつものロス・マクらしく、「家族の悲劇」に行き着くんだけど、そこに貧しい出自やスペイン系アメリカ人の恵まれない境遇なんかが絡んできて、そこがどうもやりきれないというか、“安っぽい”雰囲気を作り出しているのかもなぁー

でも決して悪い出来ではない。
あくまでアーチャーシリーズの傑作群との比較であって、フラットな目線で見れば十分楽しめる作品だと思う。
今回の影の主役“ホリー・メイ”もなかなか印象的。
ファーガスンの純愛も何となく理解できる年齢になった自分がいて、うれしいような寂しいような・・・(要は羨ましいだけだったりして)


No.1533 5点 丸太町ルヴォワール
円居挽
(2019/08/24 10:31登録)
この後、「烏丸」「今出川」「河原町」とつづく“ルヴォワール・シリーズ”の一作目であり、作者の長編デビュー作。
伝統ある京大推理研究会出身の作者だけに期待・・・できるか?
2009年の発表。

~祖父殺しの嫌疑をかけられた御曹司、城坂論語。彼は事件当日、屋敷に“ルージュ”と名乗る謎の女がいたと証言するが、その痕跡はすべて消え失せていた。そして開かれたのが古(いにしえ)より京都で行われてきた私的裁判である双龍会(そうりゅうえ)。艶やかな衣装と滑らかな答弁が、論語の真の目的と彼女の正体を徐々に浮かび上がらせていく~

さすが京大推理研。
綾辻行人、法月綸太郎に始まり、最近ではこの円居挽や早坂吝・・・数多の才能を輩出した名門(名サークル?)だけある。
昨今のミステリーではお馴染みの「特殊設定」が本作でも採用されていて、それが擬似裁判としての「双龍会」。
黄龍師と青龍師が互いに検察官、弁護士となり論戦を繰り広げる・・・という図式。

作者にしろ早坂にしろ、井上真偽にしろ、この手のミステリーを読んでると、「あーあ。昭和の古き良きミステリーはもう読めないんだな・・・」という気持ちになる。
これってノスタルジーなのかな? 新本格ですら、もはや遠い昔の話になった感がある。
確かにロジックは考え抜かれてるし、伏線の回収も鮮やか。何より主要登場人物すべてに役割が無駄なく付されていて、最終的にきれいに収まってるのが見事・・・なのだ。

こういうふうに書いてるとレベルの高い作品という評価になるんだろうけど、読後感とはどうしてもギャップを感じてしまう。
もちろん処女作だし、こなれていないところや荒削りなところは目立つんだけど、それ以前にどうも生理的に受け付けないというか・・・まぁー簡単に言えば、中年のオッサンにはキツイということです。

いやいや、あまり毛嫌いしないで、もう少し冷静な目線で読んでいこう。
ジェネレーションギャップって言っても、作者だってもう三十代半ばのオッサンなのだから・・・(多分)
(麻耶雄嵩の巻末解説は堅いな・・・)

1812中の書評を表示しています 261 - 280