空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1530件 |
No.310 | 6点 | カルディノーの息子 ジョルジュ・シムノン |
(2010/07/16 21:11登録) ハヤカワ・ミステリのシリーズから出ている作品。最初に起こる事件は、主人公の妻の家出、それも明らかに昔の男と一緒にというものです。日曜日のミサから帰ってきてみると、消えていた妻。さてカルディノーの息子(ジュニアと訳した方がよさそうです)と呼ばれる主人公はどうするのか。 要するに失踪人探しの話ということになるわけで、その意味ではそれなりにミステリ的です。さらに最後には殺人まで起こります。 全体的には、後の『リコ兄弟』と共通する筋立てですが、それほどずっしりした深みは感じられません。それでも、「妻を寝取られた男」がその事件をきっかけにして自分や周囲の人々を再認識していくところはやはり読ませてくれます。解説で都筑道夫がシムノンを「主観的な作品」と評しているのもなるほどと思えます。 |
No.309 | 4点 | 誘拐殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン |
(2010/07/12 20:57登録) 一般的な評価では、ヴァン・ダインの中でも『グレイシー・アレン殺人事件』と最低作の座を争う作品です。しかし、久々に読み返してみると、前半は意外に楽しめました。 怪しげなところがずいぶんある誘拐事件に始まり、中盤の身代金の受け渡しから第2の誘拐事件と、緊迫感は感じられませんが、気楽に読んでいける話になっています。ヴァンスの薀蓄披露もほとんどありません。ヴァン・ダインは重厚じゃないと駄目という人には、当然不満でしょうが。 プロの犯罪者が登場して、後半の機関銃掃射、最後の銃撃戦など、ハードボイルドからの影響で新機軸を狙ったのでしょうが、真相の意外性ではハメットより平凡です。 決して誉められた出来ではありませんが、駄作というほどでもないと思いますので、この点数。 |
No.308 | 7点 | おしどり探偵 アガサ・クリスティー |
(2010/07/10 21:38登録) トミーとタペンスのベレズフォード夫妻が活躍する軽いタッチの連作短編集。1タイトル1ストーリーと決まっていなくて、全体の連続性が強いという構成や、スパイ冒険ものの要素がかなりあるところは、本作の2年前に発表されたポアロもの『ビッグ4』との共通点も感じられます。しかし、こういうタイプならポアロよりこの夫妻の方が似合っていて、出来ばえもこちらの方が上です。 また、二人がミステリ中の名探偵をまねながら事件を解決していくというパロディ作でもあります。ホームズやブラウン神父、隅の老人、フレンチ警部あたりは有名ですが、現代日本ではほとんど知られていない探偵もかなり出てきます。その点、パロディとしては機能していないところもありますが、ミステリ(あるいはサスペンス)としては楽しめます。最後の『16号だった男』で取り上げられるのは、作者自身のポアロ(それも『ビッグ4』を引き合いに出しながら)。 |
No.307 | 7点 | 砂の城 鮎川哲也 |
(2010/07/06 21:01登録) 鳥取砂丘での死体発見から被害者の身元特定、動機になった絵の発見、容疑者の絞込と、アリバイ崩しに入るまでも、いかにもクロフツ由来の地道な捜査が描かれます。冒頭の山陰の雰囲気も、知的な興味を邪魔しない程度になかなかよく出ています。 二つの事件のそれぞれ異なるアリバイについては、崩していくプロセスがやはりうまいと思います。 問題の絵の署名は、私が読んだ角川文庫版ではBlamancとなっていて、これは『死者を笞打て』で妙な作家名を連発していた作者らしい遊びかとも思っていたのですが、現在出版されている光文社文庫版では、Vlaminckという実在の画家名に変更されていました。以前のは単なる凡ミスだったのでしょうか? |
No.306 | 7点 | ハイヒールの死 クリスチアナ・ブランド |
(2010/07/04 08:49登録) クリスチアナ・ブランドの第1作は、後の傑作に比べると、メイン・アイディアの衝撃力はありません。真相が他の解釈より突出して鮮やかだというところがあまり感じられないのです。それでも、考えてみれば当然でありながら意外な盲点になっている動機には感心しましたし、半分を過ぎるあたりからの登場人物誰もが怪しく思えてくるミスディレクションの撒き散らし構成も楽しめました。 結末近くなって事件を一気に紛糾させるスタイルは、第1作から確立されたものだったんだなと納得。 ただ、前半のチャールズワース警部の迷走ぶりは、ちょっとうんざりな気もしました。いくら惚れっぽいといってもねえ。巻半ばになって、副総監からやっと、犯人は被害者がどの皿を取るかを知っていなければならないはずだと指摘されるというのは、間抜けな感じです。 |
No.305 | 5点 | メグレ式捜査法 ジョルジュ・シムノン |
(2010/06/30 22:39登録) 原題直訳だと『わが友メグレ』。メグレ警視は自分の友だちだと酒場で吹聴した男がその夜殺されたという事件です。舞台となる南仏のポルクロール島は、現在観光名所になっているそうです。その島へ、メグレはちょうどメグレ式捜査法を研修に来ていたスコットランド・ヤードのパイク刑事と一緒に出かけていくことになります。 メグレものにしては登場人物がかなり多く、ちょっとごたついた印象があります。最後に事件が解決されてみると、結局不要ではなかったかと思われる人物が何人もいるのです。容疑者をちりばめるフーダニットでないだけに、少々不満なところです。 今回再読して、第8章で教会の鐘の音が輪のように広がっていく描写は、後にシムノンが書いた純文学の傑作『ビセートルの環』の冒頭につながるものであることに気づきました。 |
No.304 | 5点 | 考える葉 松本清張 |
(2010/06/27 13:54登録) 最初に読んだのは中学生の頃だったと思いますが、当時は前半がつまらないという感想をいだいたのでした。しかし今回読み返してみると、むしろメインの事件と言える外国使節団長暗殺までの謎が膨らんでいく前半の方が楽しめました。それまでにもすでに2件の殺人が起こっていたことは、全く覚えていませんでした。 松本清張の作品では、全体的な犯罪計画はかなり適当なことがありますが、本作では特に目立ちます。主役の男を暗殺犯人に仕立て上げるといっても、接触した人物は完全に正体を明かしているのですから、計画に無理がありすぎです。そんな策略などしない方がよっぽどましでしょう。 まあその部分の非現実性に目をつぶれば、事件の裏の設定やストーリー展開はおもしろくできています。 |
No.303 | 5点 | 夜歩く ジョン・ディクスン・カー |
(2010/06/24 21:21登録) ケレン味たっぷりな展開は、みなさん認めるとおり最初からいかにもカーです。というより、本作や次作『絞首台の謎』のこけおどし的猟奇性は、後の作品ではむしろ薄まり、正統的な怪奇性に変わってきます。 全体的な構造はおもしろかったのですが、偶然の使い方が説得力に欠けるのが難点です。メインの密室トリックにしても偶然うまくいったというところがあるのです。運が少し悪ければ致命的目撃者があったはずで、殺人計画と偶然との組み合わせ方としては『白い僧院の殺人』等の巧みさにはほど遠いと思います。また、ある出来事が起こるために必要な偶発的条件を考えれば、密室殺人が起こる前から犯人の見当はついてしまうとも言えます。 ところで、最終章「勝利のとき」とは、誰の勝利なのでしょうか。バンコラン? それとも真犯人? |
No.302 | 6点 | 消えた消防車 マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー |
(2010/06/20 09:43登録) マルティン・ベック・シリーズの第5作。しかし、久々に読み返してみると、彼が特に主役というわけでもないなと思いました。スウェーデンのエド・マクベインといった趣もありますが、マクベインに比べるとていねいで厳格、地味な印象です。 タイトルにもかかわらず、メインである放火事件に関して、消防車は決して「消えた」わけではありません。ただ火災現場に到着しなかっただけです。この消防車の件から少しずつ事件がほぐれていくあたりはなかなかおもしろく読ませてくれます。短い第1章での自殺事件との絡みも、意外性はありませんが自然でした。一方、本当に不可解な消え方をしたルン刑事の玩具の消防車の行方も、最後にはわかります。 ただ、これ以上ストックホルム警察では手の打ちようがなくなった後のラストの決着は唐突ですね。 |
No.301 | 8点 | 犬神家の一族 横溝正史 |
(2010/06/17 21:08登録) 岡山もののような因習的土俗性もありませんし、東京もののような耽美的刺激性もありません。もちろん横溝正史らしい残酷なおどろおどろしさも確かに感じられますが、他の方も指摘している悲劇性、人間関係のドラマ性が印象に残る作品です。『獄門島』でも戦地からの復員が最後のキーポイントになっていましたが、本作ではそのテーマがさらに掘り下げられていると言えるでしょう。 犯人の仕掛ける大技トリックのみを期待する人は凡作と思うかもしれませんし、偶然の多用を嫌う人もいるかもしれません。しかし、連続殺人に至る人間関係や状況設定の構成は見事ですし、『獄門島』や『悪魔の手毬唄』と違って見立て殺人の意外な理由も鮮やかに決まっています。 |
No.300 | 8点 | 汽車を見送る男 ジョルジュ・シムノン |
(2010/06/14 21:44登録) シムノンの数多い犯罪者の側から描かれた小説の中でも、この犯罪者はチェスが得意で、警察を出し抜こうといろいろ策を廻らしたりするという意味では、ミステリ的な味わいのある作品です。メグレもの『オランダの犯罪』でも舞台となった港町デルフザイルで話は始まりますが、すぐにアムステルダムを経由して舞台はパリに移ります。 新潮社の翻訳では、主人公の犯罪者が敵役として意識する警視はルーカスとなっていますが、これはメグレものでおなじみリュカ(Lucas)のことでしょう。この英語風な人名読みから考えても、またフランス語の原題ではなく英語題名が記載されていることからしても、翻訳はどうやら英語版を元にしていると思われます。 その翻訳は、主人公が時々書き記すメモで自分のことを「余」と訳す(将軍様じゃあるまいし)など、あまりに古くさい言い回しです。しかしその点を差し引いても、犯罪心理小説の傑作だと思います。 |
No.299 | 7点 | 忘られぬ死 アガサ・クリスティー |
(2010/06/12 11:30登録) ノン・シリーズ作品ですが、ポアロが登場する某短編を長編に仕立て直したものです。 元の短編では第2の事件から話を始めていましたが、本作の前半では、過去の事件から第2の事件発生までが、関係者たちそれぞれの回想を主軸に語られていきます。登場人物それぞれの内面に立ち入りながらスムーズに過去の事件の顛末を示してくれる手際は、鮮やかなものです。この部分を読み返してみれば、真相すれすれの書き方がされていることがわかります。このような展開なら、確かにポアロは出てこない方がいいかもしれません。 犯行方法のアイディアは元の短編どおりですが、犯人設定の変更や巧みな偶然の導入は、長編化のお手本と言える出来です。ただ、犯行計画の必然性がちょっと弱くなってしまったのが欠点でしょうか。 なお、『ひらいたトランプ』『ナイルに死す』ではポアロと一緒に活躍したレイス大佐も半ばになって登場します。 |
No.298 | 7点 | 赤い館の秘密 A・A・ミルン |
(2010/06/06 12:39登録) 犯人の意外性や殺人計画の緻密さでは、本作の前年に発表されたクリスティーやクロフツの第1作に比べると大したことはありません。しかし推理小説の価値はそれだけで決まってしまうわけではないでしょう。 冒頭1ページ目から、ほのぼのしたイギリスの田舎の雰囲気が漂ってきます。ギリンガムの探偵ぶりも、プロフェッショナルなポアロなどの捜査に比べるとむしろ探偵ごっこという感じで、プーさんの作者だと言われれば、確かになるほどねと納得できる作風が楽しい作品です。二人での池の捜索場面など、メルヘン的な感じさえ受けます。 ギリンガムと金田一耕介との共通点については意識しながら今回読み返してみたのですが、どうも感じられませんでしたね。 |
No.297 | 6点 | 黒部ルート殺人旅行 斎藤栄 |
(2010/06/03 21:46登録) 最初のバスの中での人間消失の方法はありきたりですが、中心問題はその後。2つの殺人それぞれに時計と鉄道を利用したアリバイで、どちらも着眼点は優れていると思うのです。 ただし疑問点もあります。時計の方は、証人におかしいと気づかれる危険性がかなりある状況です。また、鉄道の方はあまりに作為が感じられ過ぎます。まあ作中で主役の検事も、だから怪しいとにらむわけですが、犯人にしてみれば、そんな不自然なアリバイなどない方がましではないかと思えます。 「環境破壊への怒りを、私はこの作品にぶつけてみた」という「作者の言葉」中の趣旨がさっぱり感じられない話なのは、同時期の森村誠一作品とは根本的に小説作法が異なるところです。 いい素材なのでもっと何とかならなかったかなという気がして評価に迷う作品ですが、とりあえずこの点数で。 |
No.296 | 7点 | メグレ、ニューヨークへ行く ジョルジュ・シムノン |
(2010/05/31 23:22登録) タイトルどおりの発端から始まる作品。シムノン自身アメリカに移住してすぐ、1946年に書かれた作品ですから、ニューヨークに対するメグレの感想は、シムノン自身の意見とも重なるのでしょう。英語があまりできないというだけでなく、習慣の違いなどにいらいらさせられる様子が鮮やかに伝わってきます。 事件は、ニューヨークに住む父親が心配なので、メグレに一緒についてきてくれと依頼した青年が、アメリカに入国するなり姿を消してしまう、というあいまいなものです。さらに轢き逃げによる老人殺しが起こり、どうやら事件の裏はジュークボックスの製造販売で大成功した父親の過去にありそうだ、ということになりますが、真相自体はシムノンにしてもまあまあといったところです。しかしその結末まで持って行く過程、登場人物たちの造形描写がさすがにうまく、かなり楽しめました。 |
No.295 | 6点 | 処刑6日前 ジョナサン・ラティマー |
(2010/05/29 12:31登録) 1935年に発表された小説ですが、解説でも触れられているようにアイリッシュの『幻の女』(1942)との共通点がよく指摘される作品です。まあタイトルからしてもそうでしょう。しかし、密室にする理由という点では『ユダの窓』(1938)との類似点も指摘できそうです。そう、通常ハードボイルドに分類されるのに密室殺人という意外な取り合わせでも有名な作品ではあります。 しかしハードボイルドと言っても、ハメット~パーカー等のような気のきいた会話や人物描写のリアリティを期待しても無駄というものです。また派手なアクションの痛快さもありません。証人が目の前で撃ち殺されるシーンなども、文章の切れが悪く、迫力がいまひとつです。 通俗ハードボイルド的なタッチを取り入れてはいますが、途中で糸を使って密室解明の実験を試みたり、探偵役クレーンが最後まで手持ち札を伏せて謎めかしてみせたりと、完全にパズラーの常道です。 |
No.294 | 7点 | 成吉思汗の秘密 高木彬光 |
(2010/05/25 22:59登録) 本作執筆にあたって作者が参考にしたのは、まず近代の義経=成吉思汗説の書物だったそうです。ちょっと気になるのはその参考資料が明示されていない点で、著作権法的には微妙なところがあるかもしれません。 これが偶然といえるだろうか、という台詞が何度も繰り返されますが、成吉思汗の側から義経を連想させる固有名詞などを列挙していくことにより、説の蓋然性を高めていくという手法です。一方井村助教授を配しての反論もなかなか手厳しいものがあります。結局、初版最終章(15章)では現実の自殺事件を持ち出して輪廻転生論・宿命論的にまとめたわけで、合理性重視の考え方からは、不満もあります。 サブストーリーについては、初っ端から伏線がやたらに目立ちます。こっち系については高木彬光はどうも(神津恭介ではありませんが)不器用な気がします。 |
No.293 | 7点 | 犠牲者は誰だ ロス・マクドナルド |
(2010/05/22 12:25登録) リュウが仕事のため自動車旅行中、瀕死の男を路上で発見するという場面から始まる本書、ロス・マク作品中でも主人公をリュウにする必要がなかったのではないかとも思える巻き込まれ型発端のミステリです。 格闘や銃撃などアクションも豊富で、事件の展開も速く、様々な出来事を完全に整理消化できていないような状況で、まだ半分ほどしか進んでいない。この後どうなるのだろうと思わせられました。 そのようなわけで、事件全体はかなり複雑にできているのですが、最終的にはやはりこの作者らしく、巧みにつじつまを合わせてくれます。そのつじつま合わせの事件解明がタイトル"Find a Victim" に表れされるテーマと見事に重なってくるところ、感動的な結末になっています。 |
No.292 | 6点 | メグレと老婦人 ジョルジュ・シムノン |
(2010/05/19 21:38登録) 『メグレと老婦人の謎』評で臣さんも書かれてるようにまぎらわしいタイトルですが、先に出版された本作の邦題は原題直訳です。 最初読んだ時には、おもしろいと思わなかったのですが、それはたぶん初期作品のような雰囲気を求めていたせいだったのでしょう。久々に再読してみたらなかなか楽しめました。 シムノンにしては謎解きの度合いがそれなりに高い作品で、ちょっとした秘密と犯人の企みが隠されていて、伏線もしっかり張ってあります。終わりに近づくにしたがって登場人物たちの醜さが暴かれていき、嫌な話という感じがだんだん強まってくるところ、個人的には今回の再読では気に入りました。 訳者は日影丈吉。特に会話など、メグレが「会いたいッてのかね?」とか「それは、あなた次第でさ、部長」とか言っていたりして、いつものシムノン調を崩すような言葉遣いですが、独特な味はあります。 |
No.291 | 8点 | ゴメスの名はゴメス 結城昌治 |
(2010/05/17 22:18登録) 1962年に発表された、日本製スパイ小説の嚆矢であり、また代表作ともされる作品。 舞台が1960年頃のベトナムというところからして、なるほどと納得。まあこれは現在だから特にそう思うのかもしれません。当時は身近な問題だったわけですから。 結城昌治は様々なタイプの作品を書き分けていますが、作中にも名前が挙げられるアンブラー等につながるシリアス・スパイものとして、完成度の高いものとなっています。サイゴン(ホーチミン)に赴任した「わたし」の周りで起こる不可解な出来事、謎が最後になってすべて収まるべき所に収束していくところは、パズラーも書く作者らしい手際ですし、リアリティも十分です。 会話を中心とした文章は、ハードボイルドっぽいところが感じられました。これは後に書かれる『暗い落日』に始まる真木シリーズとつながってくる感じです。 |