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ミステリの祭典

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犠牲者は誰だ
リュウ・アーチャーシリーズ

作家 ロス・マクドナルド
出版日1956年01月
平均点7.33点
書評数3人

No.3 7点 人並由真
(2020/08/03 17:53登録)
(ネタバレなし)
 麻薬犯罪取締の法律委員会に雇われた私立探偵リュウ・アーチャーは、サクラメントにある同組織のもとに向かう途上、銃撃されて重傷を負った男を道脇の溝の中に見つけた。男を助けてとりあえず最寄りの自動車ホテルに駆け込み、同ホテルの主人ドン・ケリガンとその妻ケートに協力を求めるアーチャー。だが病院にかつぎこまれた男はそのまま死亡した。アーチャーは、死んだ男がトラック運転手のトニイ・アクィスタで、彼が先の自動車ホテルの女性マネージャー、アン・メイヤーと縁があったことを知る。アンの父親のメイヤーは、運送業者の社長で、トニイの雇い主でもあった。だがそのアンは一週間ほど前から行方をくらましており、そしてホテルの主人ケリガンも不審な動きを見せる。アーチャーはアンの父親メイヤーに接触し、トニイ殺人事件の調査とアンの捜索を仕事の形で請け負うが。

 1954年のアメリカ作品で、アーチャー・シリーズの第六作。
 評者は2010年代の半ばに『ブラック・マネー』を読んで以来、本当に久々に紐解く本シリーズである。後年に成熟していくロス・マクらしい作風の香りを感じさせながら、物語の大筋はいかにも1950年代の王道私立探偵ハードボイルド調。円熟期のチャンドラーからの影響を実に良い感じで継承しながら、だんだんと一皮剥けていく過渡期の一編という感覚で、そのグラディーションぶりが本当に快い。

 事件に関わる主要キャラはもちろん、お喋り好きの中年女サリイ・デヴォーアとか、孤高の老人マッガヴァンなどの脇役もしごく存在感豊かに描かれている。その部分だけのデティルの鮮やかさで言うなら、本気で『さらば愛しき女よ』にも『長いお別れ』にも匹敵するくらい。特に物語の表面になかなか出てこないキーパーソンのメインヒロイン、アン・メイヤーの扱いは格別で、後半でのその初登場シーンには深い感慨を覚えた。

 アーチャー本人の書き込みの程合いも、先のレビューでクリスティ再読さんが語る通り。とりあえずそれに付け加えることはない。
 なお、かつて日本語版「マンハント」誌上で、当時のミステリ作家、翻訳家たちがおなじみのハードボイルド名探偵たちのそれぞれの述懐(的なパスティーシュ短編)の形で、各人のプロフィールを語る連載企画があり、当然、アーチャーもその連載の中に登場。たしかその執筆担当者が本作の翻訳者・中田耕治であり、アーチャーの心情吐露のネタの大部分を、今にして思えばこの作品『犠牲者は誰だ』から採取していたようだったと気がつく。つまりこの作品は、そういう一編なのであった。
 
 ミステリ的にはややこしい事件のほぐれ具合がかなり自然で、その点では本シリーズ中でも、かなり上位の方ではないかと思う。余韻のあるクロージングも最高で、これはアーチャーものとして、高めの評価でいい、とも一度は思った。
 が、し・か・し、アーチャーと本作中のとあるキーパーソンとの関係性。これをあえて最後まできちんと書かずに、事実上の未決着にしたのが、う~ん……。
 いやまあ、シリーズ名探偵もののお約束パターンのひとつだとも、そこは言わず(書かず)が花だとも、いえるかもしれない……のだけれど、正直、実にもったいない、「そこ」のドラマが(どんな形であれ)見たい、読みたい、というのが、どうしようもない本音。
 ロスマクが存命中に「なんでこの作品は(中略)だったのか?」と聞いてみたかった(どっかで語っているのか?)。
 その点にこだわって、あえて1点減点。
 いや、優秀作なのは間違いないです。

No.2 8点 クリスティ再読
(2018/09/23 09:58登録)
アーチャー物としては一番入手性が悪い部類の作品なんだけど、結構な異色作である。アーチャーの過去に関する記述が具体的なこともあって、ロスマク読むんなら読んでおかないとマズい、と思うような作品だよ。
本作はアーチャーが出張から帰る途中のハイウェイで、瀕死の男を見つけたところから始まる。空軍基地によって栄えたが、基地の廃止でさびれた町が近くにあり、事件はこの小さな町の人々の人間関係を巡るものだった...アーチャーにしては珍しいスモールタウン物、と読める作品なのだ(強いて言えば「青いジャングル」がそう?)。空軍基地が撤退して、町はシケている...モーテルとナイトクラブを経営する男と、瀕死の男を雇っていた運送業者、この2人の家族と周辺の愛憎関係をめぐる、ロスマクでも一番狭い人間関係の話、になるだろう。スモールタウンということもあって、この2家もハイソにはほど遠い庶民的というか成金的というか、そういうトーンの話である。
でしかも、ギャングが少し事件に絡むので、アーチャーが殴る・殴られるは頻繁だし、アーチャーが積極的に発砲するシーンも複数あって、「動く標的」以来のバイオレンスぶりである。お約束的でリアリティの薄い「動く標的」のバイオレンスと違い、雰囲気が暗くて「田舎町のリアル」がベースの作品なので、さらにハードな印象を強めている。
というわけで、「ハードボイルドらしさ」という点ではロスマクのベスト作品になるように評者は思う。比喩も後期的に落ち着いてきていて、初期の浮ついた感じではないしね。でしかも

あの照明から百ヤードばかりの地点で、私は膝をつけ肘を地面につけた。この姿勢が、あの緑なすオキナワの凄惨な戦闘の、無煙火薬と火焔放射器と黒焦げになつてころがつている肉体の匂いを思い出させた。

....からバッテリイを盗んだ咎で私をつかまえた。彼は私を壁の前に立たせて、それがどういうことなのか、どういうところに堕ちて行くかを話した。彼は、私をそういう道に追いやらなかつた。私はその後、何年も彼を憎んだが、二度と盗みを働かなかつた。しかし、ものを盗む人間の気もちは、私はおぼえている。窓のない部屋で生活するような感じがするのだ。

と、後期の透明な「質問者」アーチャーとはかけ離れた、正直に自分を語るアーチャーの姿を味わうことができる。その面でもレアな作品である。腰を据えて読むべし。評者は中期じゃ「運命」>本作>「ギャルトン事件」だと思う...

No.1 7点
(2010/05/22 12:25登録)
リュウが仕事のため自動車旅行中、瀕死の男を路上で発見するという場面から始まる本書、ロス・マク作品中でも主人公をリュウにする必要がなかったのではないかとも思える巻き込まれ型発端のミステリです。
格闘や銃撃などアクションも豊富で、事件の展開も速く、様々な出来事を完全に整理消化できていないような状況で、まだ半分ほどしか進んでいない。この後どうなるのだろうと思わせられました。
そのようなわけで、事件全体はかなり複雑にできているのですが、最終的にはやはりこの作者らしく、巧みにつじつまを合わせてくれます。そのつじつま合わせの事件解明がタイトル"Find a Victim" に表れされるテーマと見事に重なってくるところ、感動的な結末になっています。

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