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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1519件

プロフィール| 書評

No.319 6点 ダブル・ダブル
エラリイ・クイーン
(2010/08/11 21:32登録)
このライツヴィル・シリーズ第4作は、前3冊のような重厚なテーマ性が感じられません。以前のような力作を期待しているとちょっと拍子抜けしてしまいますが、エラリーに事件調査を依頼するリーマの妖精的な人物像が前半を彩っていて、なかなか楽しい作品になっています。
クイーンの童謡殺人としては『靴に棲む老婆』に次ぐ2作目であることが解説にも書かれていますが、今回は童謡殺人であることがわかるのは半分を過ぎてからです。その点『僧正殺人事件』等とは違っていますが、童謡が使われる理由がわかれば犯人も判明するのが、クイーンらしいところです。しかし、犯人の目星をつけ難くしているのが動機の問題での偶然だけだというのは冴えません。それでも、この雰囲気は何となく好きなので、ちょっとおまけしてこの点数。
ハメットの亜流(スピレイン系のようです)に対して、リアリズムに関する皮肉たっぷりな批判が飛び出してくるのには笑わせられました。


No.318 8点 高い窓
レイモンド・チャンドラー
(2010/08/08 23:28登録)
ストーリーを覚えられないチャンドラーの中でも、本作は特に記憶から見事に消え去っていました。本当に初めて読むのと同じ。普通だと凡作だからということになるのでしょうが、これが実におもしろいのが、チャンドラーの不思議なところです。
稀少価値のある金貨の盗難についてのからくりは、意外にていねいに考えられています。マーロウの捜査も行き当たりばったりではありません。安易なところというと、第2の殺人直後、都合のいい偶然が1箇所あるくらいのものです。なお、第3の殺人での立ち聞きの偶然性などは安易だとは思いません。はぶいてしまっても構成上問題は起こりませんから。印象的な場面をつなぎ合わせるスタイルの作者にしては、謎解きミステリとしての構成もよくできた作品だと思います。
しかし、本作最大のサプライズは、Tetchyさんも指摘されているマールの人物造形でした。後半彼女の存在感がどんどんふくらんできます。


No.317 6点 鏡の奥の他人
愛川晶
(2010/08/05 21:01登録)
様々な要素を詰め込み複雑に仕上げられた作品でした。
基本的な謎の構成は、カットバックで挿入されていくnightmareの短い章が、事件を追っていくsearchの章とどうつながってくるかというところで、それは鮮やかに決まっていると思います。タイトルの意味がわかる部分では、なるほどそれでこのご都合主義的な使い古されたパターンにしていたのか、と感心しました。
ただし、最後の意外性はいくらなんでも無理やりでしょう。個人的にはその設定ははぶいてしまって、もっと普通に調査を進めていくストーリー展開にした方がすっきりしていたのではないか、と思います。
その他にも調査開始きっかけの偶然、不自然な証言や偶然の類似によるミスリード、実際の調査過程の不明瞭性など不満な点はありますが、読んでいる間は楽しめました。


No.316 6点 予告殺人
アガサ・クリスティー
(2010/08/01 20:58登録)
4~5点ならともかくminiさんの非常に低い評価に驚いてAmazonをチェックしてみたら、意外に評価が真っ二つに分かれている作品なんですね。個人的には乱歩ほどではないにしても、むしろ擁護派。
「殺人お知らせ申し上げます」という広告が地方新聞に載るという始まりがなかなか楽しいですし、なぜそんな殺人計画にしたのか、また殺人動機は何かという中心問題に対する答もすっきりできています。
ただし第2の殺人発生時点までで、ミステリをちょっと読みなれた人なら動機は不明でも、この展開なら犯人はこの人物だと完全に確信できてしまうところが弱点と言えるでしょう(「小説構造上」から推測可能という意味では読者はミス・マープルよりはるかに有利です)。また、2重のレッド・へリングもこの構成ではほとんど不発です。
最初の殺人だけの中編にまとめていれば、本当に代表的傑作にもなり得たという気がするのですが。


No.315 6点 メグレの初捜査
ジョルジュ・シムノン
(2010/07/30 21:15登録)
シリーズ開始から20年近く経ってやっと語られる、メグレが警察に入ってまだ4年目という若い頃の話です。
メグレについての批評で言われる「運命の修繕人」という言葉は、本作の中で出てきます。警察に入る前、医者の勉強をしていたメグレが目指していたのは、結局「運命の修繕人」だったのだという説明がされているのです。また、ジュール・アメデ・フランソワ・メグレという彼のフル・ネームが明かされるのも本作です。というより、本作を書いてる途中で2つのミドル・ネームも入れることにしたんだろ、と思えます。
1910年代の事件。警視になってからのメグレものに登場する新米刑事たちの視点から書かれたような感じもする本作。上司に辞表を叩きつけてやろうと思いつめる若いメグレに同情を感じたりもして、いつもとは違う雰囲気が楽しめました。


No.314 6点 死の流域
水上勉
(2010/07/28 21:40登録)
気になる作家の一人として昨年から少しずつ再読している水上勉の中でも、内容を全くと言っていいほど覚えていなかったものですが、意外に楽しめました。
いや、楽しいと言うのは違うかもしれません。北九州の廃鉱寸前の炭鉱町を舞台に、60人近い死者(行方不明者)を出した炭鉱事故と殺人を結びつけたストーリーですが、やはり社会派の巨匠らしく炭鉱問題の煤けたような暗い印象が強烈です。殺人の方はカナリア殺人事件。もちろんヴァン・ダインとは何の関係もなく、身元不明の被害者がカナリアの入った鳥かごを持っていたという事件です。
事故と殺人の結びつきは、有名な『海の牙』の公害と殺人よりもうまく行っていると思います。ただ、手がかりを提供した小鳥屋の扱いは、意味もないミスディレクションになっているだけで不満でしたが。


No.313 7点 ビッグ・ボウの殺人
イズレイル・ザングウィル
(2010/07/24 13:38登録)
密室トリックの一つのパターンを確立したことであまりにも有名な作品。同じ手は後にチェスタトンも使っていますし、高木彬光の長編にも応用例があります。1930年頃でさえすでによく知られていたトリックですので、原理だけを見れば、がっかりする人も当然いるでしょう。
しかし、ただ原型というだけでなく、融通のきく殺人計画はよく考えられていると思います(不自然で危ういトリックの方が読者に悟られにくいから優れているという説には賛成できません)。また、密室トリックを自然に行える犯人の人物設定が、犯人の意外性にもなっていますし、1891年という早い時期なのに叙述トリック的な文章があるなど、さすがに古典として賞賛される作品です。解決の仕方は推理展開を重んじる人には不満でしょうが、皮肉な結末もあることですし、特に年代を考えればこれでいいと思います。


No.312 6点 予期せぬ夜
エリザベス・デイリー
(2010/07/21 21:59登録)
1940年に書かれたエリザベス・デイリーの第1作。しかし生年が1878年ですから、何と60歳を越える新人作家というわけです。
霧の中車を走らせている冒頭からバークリー家での語らい、ホテルの雰囲気など舞台はいかにもイギリスだなあ…と錯覚しそうなぐらい、イギリス・ミステリ風の味わいがあります。
遺産相続青年が「病死」した事件を調べていくうちに殺人事件が起こっていくプロットは、なかなかおもしろくできています。その解決については、根本的なアイディアにはなるほどそうだったかと思わせられたのですが、枝葉の部分で推理の詰めが甘い感じがしました。ゴルフボールの事件、その後の毒殺未遂も、すっきり納得とはいかなかったのです。
名探偵役のヘンリー・ガーマジは、解説にも書かれているように上品ではありますが、もうひとつ個性的なところが欲しい気もします。


No.311 8点 追いつめる
生島治郎
(2010/07/18 19:40登録)
最初の1ページから、まだ何も事件は起こっていないにもかかわらず、もうハードボイルド、それも正統派以外の何物でもないという感じが伝わってくる文章です。当然のように主役志田の一人称形式ですが、ハメットともチャンドラーとも微妙に違う雰囲気があり、そこが個性というものでしょう。
全国港湾協会を牛耳る広域暴力団の捜査を始めた刑事が個人プレーの行きすぎで結局退職を余儀なくされ、それでも県警本部長の了解の下、しつこくに迫っていく話は、彼の執念と哀しみが伝わってきます。
最後の「意外性」はいかにもハードボイルドらしいのですが、途中であからさまな手がかりもあり、読者は志田より先に単なる直感ではなく気づいてしまうでしょうね。船に潜入した志田が見つかってどうなるかの経緯は、暴力団にしては処置が甘すぎる点がちょっと気になりました。


No.310 6点 カルディノーの息子
ジョルジュ・シムノン
(2010/07/16 21:11登録)
ハヤカワ・ミステリのシリーズから出ている作品。最初に起こる事件は、主人公の妻の家出、それも明らかに昔の男と一緒にというものです。日曜日のミサから帰ってきてみると、消えていた妻。さてカルディノーの息子(ジュニアと訳した方がよさそうです)と呼ばれる主人公はどうするのか。
要するに失踪人探しの話ということになるわけで、その意味ではそれなりにミステリ的です。さらに最後には殺人まで起こります。
全体的には、後の『リコ兄弟』と共通する筋立てですが、それほどずっしりした深みは感じられません。それでも、「妻を寝取られた男」がその事件をきっかけにして自分や周囲の人々を再認識していくところはやはり読ませてくれます。解説で都筑道夫がシムノンを「主観的な作品」と評しているのもなるほどと思えます。


No.309 4点 誘拐殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2010/07/12 20:57登録)
一般的な評価では、ヴァン・ダインの中でも『グレイシー・アレン殺人事件』と最低作の座を争う作品です。しかし、久々に読み返してみると、前半は意外に楽しめました。
怪しげなところがずいぶんある誘拐事件に始まり、中盤の身代金の受け渡しから第2の誘拐事件と、緊迫感は感じられませんが、気楽に読んでいける話になっています。ヴァンスの薀蓄披露もほとんどありません。ヴァン・ダインは重厚じゃないと駄目という人には、当然不満でしょうが。
プロの犯罪者が登場して、後半の機関銃掃射、最後の銃撃戦など、ハードボイルドからの影響で新機軸を狙ったのでしょうが、真相の意外性ではハメットより平凡です。
決して誉められた出来ではありませんが、駄作というほどでもないと思いますので、この点数。


No.308 7点 おしどり探偵
アガサ・クリスティー
(2010/07/10 21:38登録)
トミーとタペンスのベレズフォード夫妻が活躍する軽いタッチの連作短編集。1タイトル1ストーリーと決まっていなくて、全体の連続性が強いという構成や、スパイ冒険ものの要素がかなりあるところは、本作の2年前に発表されたポアロもの『ビッグ4』との共通点も感じられます。しかし、こういうタイプならポアロよりこの夫妻の方が似合っていて、出来ばえもこちらの方が上です。
また、二人がミステリ中の名探偵をまねながら事件を解決していくというパロディ作でもあります。ホームズやブラウン神父、隅の老人、フレンチ警部あたりは有名ですが、現代日本ではほとんど知られていない探偵もかなり出てきます。その点、パロディとしては機能していないところもありますが、ミステリ(あるいはサスペンス)としては楽しめます。最後の『16号だった男』で取り上げられるのは、作者自身のポアロ(それも『ビッグ4』を引き合いに出しながら)。


No.307 7点 砂の城
鮎川哲也
(2010/07/06 21:01登録)
鳥取砂丘での死体発見から被害者の身元特定、動機になった絵の発見、容疑者の絞込と、アリバイ崩しに入るまでも、いかにもクロフツ由来の地道な捜査が描かれます。冒頭の山陰の雰囲気も、知的な興味を邪魔しない程度になかなかよく出ています。
二つの事件のそれぞれ異なるアリバイについては、崩していくプロセスがやはりうまいと思います。
問題の絵の署名は、私が読んだ角川文庫版ではBlamancとなっていて、これは『死者を笞打て』で妙な作家名を連発していた作者らしい遊びかとも思っていたのですが、現在出版されている光文社文庫版では、Vlaminckという実在の画家名に変更されていました。以前のは単なる凡ミスだったのでしょうか?


No.306 7点 ハイヒールの死
クリスチアナ・ブランド
(2010/07/04 08:49登録)
クリスチアナ・ブランドの第1作は、後の傑作に比べると、メイン・アイディアの衝撃力はありません。真相が他の解釈より突出して鮮やかだというところがあまり感じられないのです。それでも、考えてみれば当然でありながら意外な盲点になっている動機には感心しましたし、半分を過ぎるあたりからの登場人物誰もが怪しく思えてくるミスディレクションの撒き散らし構成も楽しめました。
結末近くなって事件を一気に紛糾させるスタイルは、第1作から確立されたものだったんだなと納得。
ただ、前半のチャールズワース警部の迷走ぶりは、ちょっとうんざりな気もしました。いくら惚れっぽいといってもねえ。巻半ばになって、副総監からやっと、犯人は被害者がどの皿を取るかを知っていなければならないはずだと指摘されるというのは、間抜けな感じです。


No.305 5点 メグレ式捜査法
ジョルジュ・シムノン
(2010/06/30 22:39登録)
原題直訳だと『わが友メグレ』。メグレ警視は自分の友だちだと酒場で吹聴した男がその夜殺されたという事件です。舞台となる南仏のポルクロール島は、現在観光名所になっているそうです。その島へ、メグレはちょうどメグレ式捜査法を研修に来ていたスコットランド・ヤードのパイク刑事と一緒に出かけていくことになります。
メグレものにしては登場人物がかなり多く、ちょっとごたついた印象があります。最後に事件が解決されてみると、結局不要ではなかったかと思われる人物が何人もいるのです。容疑者をちりばめるフーダニットでないだけに、少々不満なところです。
今回再読して、第8章で教会の鐘の音が輪のように広がっていく描写は、後にシムノンが書いた純文学の傑作『ビセートルの環』の冒頭につながるものであることに気づきました。


No.304 5点 考える葉
松本清張
(2010/06/27 13:54登録)
最初に読んだのは中学生の頃だったと思いますが、当時は前半がつまらないという感想をいだいたのでした。しかし今回読み返してみると、むしろメインの事件と言える外国使節団長暗殺までの謎が膨らんでいく前半の方が楽しめました。それまでにもすでに2件の殺人が起こっていたことは、全く覚えていませんでした。
松本清張の作品では、全体的な犯罪計画はかなり適当なことがありますが、本作では特に目立ちます。主役の男を暗殺犯人に仕立て上げるといっても、接触した人物は完全に正体を明かしているのですから、計画に無理がありすぎです。そんな策略などしない方がよっぽどましでしょう。
まあその部分の非現実性に目をつぶれば、事件の裏の設定やストーリー展開はおもしろくできています。


No.303 5点 夜歩く
ジョン・ディクスン・カー
(2010/06/24 21:21登録)
ケレン味たっぷりな展開は、みなさん認めるとおり最初からいかにもカーです。というより、本作や次作『絞首台の謎』のこけおどし的猟奇性は、後の作品ではむしろ薄まり、正統的な怪奇性に変わってきます。
全体的な構造はおもしろかったのですが、偶然の使い方が説得力に欠けるのが難点です。メインの密室トリックにしても偶然うまくいったというところがあるのです。運が少し悪ければ致命的目撃者があったはずで、殺人計画と偶然との組み合わせ方としては『白い僧院の殺人』等の巧みさにはほど遠いと思います。また、ある出来事が起こるために必要な偶発的条件を考えれば、密室殺人が起こる前から犯人の見当はついてしまうとも言えます。
ところで、最終章「勝利のとき」とは、誰の勝利なのでしょうか。バンコラン? それとも真犯人?


No.302 6点 消えた消防車
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー
(2010/06/20 09:43登録)
マルティン・ベック・シリーズの第5作。しかし、久々に読み返してみると、彼が特に主役というわけでもないなと思いました。スウェーデンのエド・マクベインといった趣もありますが、マクベインに比べるとていねいで厳格、地味な印象です。
タイトルにもかかわらず、メインである放火事件に関して、消防車は決して「消えた」わけではありません。ただ火災現場に到着しなかっただけです。この消防車の件から少しずつ事件がほぐれていくあたりはなかなかおもしろく読ませてくれます。短い第1章での自殺事件との絡みも、意外性はありませんが自然でした。一方、本当に不可解な消え方をしたルン刑事の玩具の消防車の行方も、最後にはわかります。
ただ、これ以上ストックホルム警察では手の打ちようがなくなった後のラストの決着は唐突ですね。


No.301 8点 犬神家の一族
横溝正史
(2010/06/17 21:08登録)
岡山もののような因習的土俗性もありませんし、東京もののような耽美的刺激性もありません。もちろん横溝正史らしい残酷なおどろおどろしさも確かに感じられますが、他の方も指摘している悲劇性、人間関係のドラマ性が印象に残る作品です。『獄門島』でも戦地からの復員が最後のキーポイントになっていましたが、本作ではそのテーマがさらに掘り下げられていると言えるでしょう。
犯人の仕掛ける大技トリックのみを期待する人は凡作と思うかもしれませんし、偶然の多用を嫌う人もいるかもしれません。しかし、連続殺人に至る人間関係や状況設定の構成は見事ですし、『獄門島』や『悪魔の手毬唄』と違って見立て殺人の意外な理由も鮮やかに決まっています。


No.300 8点 汽車を見送る男
ジョルジュ・シムノン
(2010/06/14 21:44登録)
シムノンの数多い犯罪者の側から描かれた小説の中でも、この犯罪者はチェスが得意で、警察を出し抜こうといろいろ策を廻らしたりするという意味では、ミステリ的な味わいのある作品です。メグレもの『オランダの犯罪』でも舞台となった港町デルフザイルで話は始まりますが、すぐにアムステルダムを経由して舞台はパリに移ります。
新潮社の翻訳では、主人公の犯罪者が敵役として意識する警視はルーカスとなっていますが、これはメグレものでおなじみリュカ(Lucas)のことでしょう。この英語風な人名読みから考えても、またフランス語の原題ではなく英語題名が記載されていることからしても、翻訳はどうやら英語版を元にしていると思われます。
その翻訳は、主人公が時々書き記すメモで自分のことを「余」と訳す(将軍様じゃあるまいし)など、あまりに古くさい言い回しです。しかしその点を差し引いても、犯罪心理小説の傑作だと思います。

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