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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1530件

プロフィール| 書評

No.330 6点 サン・フィアクル殺人事件
ジョルジュ・シムノン
(2010/09/12 10:32登録)
サン・フィアクルはメグレが生まれた村。地方警察に届けられた犯罪予告状が警視庁に回ってきたのを目にとめたメグレが、故郷での事件を捜査に出かけます。冒頭はその村で冬の早朝、彼が目覚めるところから始まり、いきさつは後から説明されます。この田舎の雰囲気がいいのです。
殺人方法は松本清張の短編にも似たアイディアがあったなあと思わせるトリックです。これは早い段階で明かされますが、怪しい登場人物が何人かいて、真犯人が誰か迷わされます。最初の犯罪予告状については途中から無視されてしまっていますが、後から考えてみるとまあ筋道はとおっているかな。
そんなわけでかなり謎解き度が高い作品ですが、意外なことにメグレは最後まで傍観者という感じで、ほとんど事件を解決してしまうのは他のある登場人物なのです。様々な仮説を立てながらクライマックスに向かう夕食の場面は、かなり緊迫感がありました。


No.329 9点 緑は危険
クリスチアナ・ブランド
(2010/09/10 21:34登録)
初めて読んだブランドであるだけに思い入れのある作品です。
今回再読してみると、改行のない文章がかなり続くこともあり、郵便配達人が手術室で死ぬまでの50ページぐらいはクリスティーに比べると退屈な感じがします。しかし、その最初の部分にも実は伏線が散りばめられています。
事件が起こってからは、殺害方法不明の謎から奇妙なところのある第2の殺人へと、パズラーとしての興味がじわじわ広がっていきます。戦時下の陸軍病院であることを生かしたストーリー展開も巧妙です。
殺害方法が明らかになった後終盤に入ってからは、もう端正さなど蹴散らすようなミスディレクション大盤振る舞いに目を回されっぱなし。犯人指摘で容疑者たちを翻弄したコックリル警部が真相説明後に逆に容疑者たちから食らうカウンター・パンチも強烈。本作には途方もない「はなれわざ」こそありませんが、論理性に裏打ちされた連続技の切れ味は抜群です。


No.328 5点 吸血蛾
横溝正史
(2010/09/07 21:05登録)
開幕早々狼の牙のような歯を見せる怪人物が登場するという、いかにも通俗的な臭いがする作品です。第2の被害者の切断された脚のパフォーマンスなどばかばかしい限りですが、途中江藤老人側の視点から書かれた部分であっさり明かされてしまうその演出理由は、案外まともです。
連続殺人の動機は薄弱ですし、無理な(あるいは説明不足な)点も散見されますが、上述の部分を含め真相はほぼ筋道が通っていて、意外性もあります。通俗的刺激性が論理的な謎解きをうまく覆い隠しているのが効果的と言えるでしょう。
ただし有名作に比べると登場人物たちの描き方がいいかげんですし、金田一耕助の推理が貧弱で真相説明をほとんど犯人の告白に頼ってしまっているなど、不満もかなりある作品です。
珍しくタイトルが内容にそぐわない点も気になりました。


No.327 4点 カシノ殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2010/09/04 11:46登録)
小説としてのふくらみを持たせる前段階だと言われる『ウィンター殺人事件』を別にすれば、ヴァン・ダインの長編中、特に短い作品です。
今回薀蓄が披露される(控え目ですが)のは毒物学と当時最新の科学成果だったらしいあるものです。しかし、ヴァンスの得意な教養はやはり基本的に文科系。理科系ならせいぜい『僧正殺人事件』の哲学的宇宙物理学ぐらいではないでしょうか。専門家から毒物学の講義を受けたりしています。
未知の毒薬を使ってはならないという自らの20則中の条項を逆手に取ったような発想そのものは悪くないのですが、使い方はどうも冴えません。摂取したはずの毒物が胃の中から見つからないという謎、さらに「水」への疑惑など、半分を過ぎてやっと問題になり、さらに上記最新科学成果が出てくるのはその後です。それからすぐ解決部分に突入してしまうので、あまりにあっけない感じがするのです。動機がかなりいいかげんに扱われているのも不満でした。


No.326 7点 ミス・ブランディッシの蘭
ハドリー・チェイス
(2010/09/02 20:57登録)
富豪の娘誘拐事件を最初ギャングの側から書き進め、半分近いあたりで私立探偵の視点中心に切り替わるところ、クロフツ型倒叙もののハードボイルド版とも言えそうな構成です。またこのタフな私立探偵、マーロウなどと違いホームズ並に警察と仲がいいのです。そういった意味では、舞台はアメリカですが、イギリス作家らしい小説なのかもしれません。
多彩な悪役の中でも、殺し屋スリムの人物像がなかなか印象的です。ただ、彼の最期はもう少し派手にしてもらいたかった気もします。
原書初版は発表当時には過激すぎて発禁になり、翻訳はおとなしく書き換えられた版を元にしているそうです。その初版の最後がどうなるかは解説にも書いてあって、読み終えてみると初版の結末も納得できます。改稿版ラストのあいまいな感じも味があるとは思いますが。


No.325 6点 13の秘密
ジョルジュ・シムノン
(2010/08/29 22:49登録)
同じ頃書かれた、それぞれ13のショート・ショートを収めた3冊「秘密」「謎」「罪人」のうちの1つです。本作は基本的にパズラー的要素が強い安楽椅子探偵のタイプになっています。
今回読み返してみて、一人称の語り手については名前も職業も出てこないことに気づきました。シムノン自身と考えてもいいのでしょうが、名無しのオプならぬ名無しのワトソン役です。
1編が10ページもないぐらいで、解決もものたらないのが多いのですが、最も気に入ったのはかなりな大技の『三枚のレンブラント』。また最後の『金の煙草入れ』は例外作で、シムノンらしい心理的な味わいがあります。
創元推理文庫に一緒に収められているメグレものの長編『第1号水門』は、最初に起こるのが傷害事件で、全体的には非常に地味な話です。この負傷した河川運輸業者デュクローが完全に事件の中心人物で、彼の人物造形が印象に残る作品です。メグレではなくデュクローの視点から書かれてもよかったように思えるほどです。
なお、メグレのファースト・ネームがジュールであることはいくつかの作品に書かれていますが、本作ではなぜだかジョゼフとされています。


No.324 8点 亜愛一郎の転倒
泡坂妻夫
(2010/08/27 20:59登録)
亜愛一郎シリーズ第2弾中、最も印象に残ったのはやはり『病人に刃物』ですね。まさに逆転の発想には驚かされました。
長編『喜劇悲奇劇』につながる趣向も楽しめる童謡殺人を扱った『意外な遺骸』は、童謡利用理由のとんでもなさがこの作者らしいところ。
『藁の猫』の芸術家気質に対する亜の推測の最後部分はちょっと飛躍しすぎていて、そこまで言えるのかなという気もします。『~狼狽』の『DL2号機事件』にも似た思い込みエスカレートぶり。
クイーンの『神の灯』を意識したに違いない『嵯峨家の消失』については、みなさんの評判はいいですが、個人的には消失方法自体はなんだかねえという強引さだと思いました。


No.323 5点 夢遊病者の姪
E・S・ガードナー
(2010/08/25 21:41登録)
夢遊病中の人による殺人は、法的にどうなるのか?
冒頭のつかみはそういうことですが、その夢遊病者はさまざまなトラブルに巻き込まれていて、メイスンがそれらすべての問題にどう決着をつけていくかというのが見所です。最初から悪役はやはり完全に悪役(真犯人と言う意味ではありません)であるのは、時代劇の悪代官と同じいかにものワン・パターン。
最も意外なのは、やはりしまい込まれていたナイフがどのようにして凶器として使用されるに至ったかという点ですね。犯人が疑いを受けないようにと画策したトリックも、現実には危険な感じがしますが、読者をだますという意味では悪くありません。
ただし、メイスンが途中で凶器と同じナイフをたくさん購入するのですが、これが結局利用されないままなのは、作者が何か勘違いしたのでしょうか…


No.322 5点 ハロウィーン・パーティ
アガサ・クリスティー
(2010/08/22 19:54登録)
現在の少女殺人事件から過去に起こった殺人を追跡調査していくというパターンです。まあ過去の殺人と言っても、まだ3年も経っていない程度ですので、『五匹の子豚』や『スリーピング・マーダー』みたいなことはありません。いくつかの未解決事件のうちどれが現在の殺人の元になっているのかというところが興味の中心。一方現在の事件も、1件だけにとどまりません。
半分も読まないうち、犯人の見当だけはポアロが最後に解説する手がかりからついてしまったのですが、事件の全貌はなかなか見えてきません。最初に殺される少女が殺人事件を見たことがあるといった言葉の本当の意味は意外でしたし、その過去の殺人も後から全体構成を振り返ってみるとひねってあることがわかります。
しかし、結末は何か今ひとつすっきりしないのです。ポアロの推理根拠に薄弱なところがあるからでしょうか。


No.321 8点 霧の旗
松本清張
(2010/08/20 21:33登録)
中公文庫版カバーの作品紹介では「現代の裁判制度の矛盾と限界を鋭く衝き」となっていますし、作品中でも雑誌社での会話でそのことに触れられています。しかし、実際には社会制度批判になっているとは言いがたい作品です。東京に住む多忙な大塚弁護士が北九州の事件を断ったのは普通のことですし(新幹線もない時代です)、それを裁判には金がかかるという制度の問題点に結びつけることはできません。
それよりもやはり、本作の焦点は桐子の異常な逆恨みでしょう。大塚弁護士から断られた瞬間に、彼女は目的であるはずの兄を救う気持ちをきっぱり捨てたとしか思えません。映画では倍賞千恵子や山口百恵が演じたこのヒロインの復讐は、『ケープ・フィアー』(スコセッシ監督の映画版を見ただけですが)における弁護士家族を追い詰めるデ・ニーロの不気味さより不条理です。
ずいぶん昔、最初読んだ時にはミステリ的でないと思った結末は、清張作品の中でも特に後味の悪いものです。


No.320 7点 倫敦から来た男
ジョルジュ・シムノン
(2010/08/16 20:40登録)
50年以上前に雑誌掲載されて以来絶版のままだったのが、昨年たしか3度目の映画化にあわせて、やっと新訳が出たシムノンの「本格小説」初期を代表する作品です。
港で起こった殺人事件を目撃した男、というとメグレもの『港の酒場で』との共通点も感じますが、本作はその目撃者の立場から描かれます。この目撃者マロワンが夜勤の港湾線路切替手であるという設定が、うまくできています。殺人と言っても、殺意があったかどうか明確ではありませんが。争いの動機となった鞄からマロワンが見つけたものは大金…それをどうするか決断のつかないままに、大金を持っているという意識だけ奇妙にふくらんでくるあたり、シムノンらしいタッチです。
警察が見張りを続ける港町で、目撃者と殺人者どちらもお互い疑心暗鬼、その状況が破局に向かっていくさまが描かれます。
20年ぶりぐらいに再読してみて、最後の事件が起こった後のエピローグとも言える最終章がこんなに長かったっけ、という感じでした。


No.319 6点 ダブル・ダブル
エラリイ・クイーン
(2010/08/11 21:32登録)
このライツヴィル・シリーズ第4作は、前3冊のような重厚なテーマ性が感じられません。以前のような力作を期待しているとちょっと拍子抜けしてしまいますが、エラリーに事件調査を依頼するリーマの妖精的な人物像が前半を彩っていて、なかなか楽しい作品になっています。
クイーンの童謡殺人としては『靴に棲む老婆』に次ぐ2作目であることが解説にも書かれていますが、今回は童謡殺人であることがわかるのは半分を過ぎてからです。その点『僧正殺人事件』等とは違っていますが、童謡が使われる理由がわかれば犯人も判明するのが、クイーンらしいところです。しかし、犯人の目星をつけ難くしているのが動機の問題での偶然だけだというのは冴えません。それでも、この雰囲気は何となく好きなので、ちょっとおまけしてこの点数。
ハメットの亜流(スピレイン系のようです)に対して、リアリズムに関する皮肉たっぷりな批判が飛び出してくるのには笑わせられました。


No.318 8点 高い窓
レイモンド・チャンドラー
(2010/08/08 23:28登録)
ストーリーを覚えられないチャンドラーの中でも、本作は特に記憶から見事に消え去っていました。本当に初めて読むのと同じ。普通だと凡作だからということになるのでしょうが、これが実におもしろいのが、チャンドラーの不思議なところです。
稀少価値のある金貨の盗難についてのからくりは、意外にていねいに考えられています。マーロウの捜査も行き当たりばったりではありません。安易なところというと、第2の殺人直後、都合のいい偶然が1箇所あるくらいのものです。なお、第3の殺人での立ち聞きの偶然性などは安易だとは思いません。はぶいてしまっても構成上問題は起こりませんから。印象的な場面をつなぎ合わせるスタイルの作者にしては、謎解きミステリとしての構成もよくできた作品だと思います。
しかし、本作最大のサプライズは、Tetchyさんも指摘されているマールの人物造形でした。後半彼女の存在感がどんどんふくらんできます。


No.317 6点 鏡の奥の他人
愛川晶
(2010/08/05 21:01登録)
様々な要素を詰め込み複雑に仕上げられた作品でした。
基本的な謎の構成は、カットバックで挿入されていくnightmareの短い章が、事件を追っていくsearchの章とどうつながってくるかというところで、それは鮮やかに決まっていると思います。タイトルの意味がわかる部分では、なるほどそれでこのご都合主義的な使い古されたパターンにしていたのか、と感心しました。
ただし、最後の意外性はいくらなんでも無理やりでしょう。個人的にはその設定ははぶいてしまって、もっと普通に調査を進めていくストーリー展開にした方がすっきりしていたのではないか、と思います。
その他にも調査開始きっかけの偶然、不自然な証言や偶然の類似によるミスリード、実際の調査過程の不明瞭性など不満な点はありますが、読んでいる間は楽しめました。


No.316 6点 予告殺人
アガサ・クリスティー
(2010/08/01 20:58登録)
4~5点ならともかくminiさんの非常に低い評価に驚いてAmazonをチェックしてみたら、意外に評価が真っ二つに分かれている作品なんですね。個人的には乱歩ほどではないにしても、むしろ擁護派。
「殺人お知らせ申し上げます」という広告が地方新聞に載るという始まりがなかなか楽しいですし、なぜそんな殺人計画にしたのか、また殺人動機は何かという中心問題に対する答もすっきりできています。
ただし第2の殺人発生時点までで、ミステリをちょっと読みなれた人なら動機は不明でも、この展開なら犯人はこの人物だと完全に確信できてしまうところが弱点と言えるでしょう(「小説構造上」から推測可能という意味では読者はミス・マープルよりはるかに有利です)。また、2重のレッド・へリングもこの構成ではほとんど不発です。
最初の殺人だけの中編にまとめていれば、本当に代表的傑作にもなり得たという気がするのですが。


No.315 6点 メグレの初捜査
ジョルジュ・シムノン
(2010/07/30 21:15登録)
シリーズ開始から20年近く経ってやっと語られる、メグレが警察に入ってまだ4年目という若い頃の話です。
メグレについての批評で言われる「運命の修繕人」という言葉は、本作の中で出てきます。警察に入る前、医者の勉強をしていたメグレが目指していたのは、結局「運命の修繕人」だったのだという説明がされているのです。また、ジュール・アメデ・フランソワ・メグレという彼のフル・ネームが明かされるのも本作です。というより、本作を書いてる途中で2つのミドル・ネームも入れることにしたんだろ、と思えます。
1910年代の事件。警視になってからのメグレものに登場する新米刑事たちの視点から書かれたような感じもする本作。上司に辞表を叩きつけてやろうと思いつめる若いメグレに同情を感じたりもして、いつもとは違う雰囲気が楽しめました。


No.314 6点 死の流域
水上勉
(2010/07/28 21:40登録)
気になる作家の一人として昨年から少しずつ再読している水上勉の中でも、内容を全くと言っていいほど覚えていなかったものですが、意外に楽しめました。
いや、楽しいと言うのは違うかもしれません。北九州の廃鉱寸前の炭鉱町を舞台に、60人近い死者(行方不明者)を出した炭鉱事故と殺人を結びつけたストーリーですが、やはり社会派の巨匠らしく炭鉱問題の煤けたような暗い印象が強烈です。殺人の方はカナリア殺人事件。もちろんヴァン・ダインとは何の関係もなく、身元不明の被害者がカナリアの入った鳥かごを持っていたという事件です。
事故と殺人の結びつきは、有名な『海の牙』の公害と殺人よりもうまく行っていると思います。ただ、手がかりを提供した小鳥屋の扱いは、意味もないミスディレクションになっているだけで不満でしたが。


No.313 7点 ビッグ・ボウの殺人
イズレイル・ザングウィル
(2010/07/24 13:38登録)
密室トリックの一つのパターンを確立したことであまりにも有名な作品。同じ手は後にチェスタトンも使っていますし、高木彬光の長編にも応用例があります。1930年頃でさえすでによく知られていたトリックですので、原理だけを見れば、がっかりする人も当然いるでしょう。
しかし、ただ原型というだけでなく、融通のきく殺人計画はよく考えられていると思います(不自然で危ういトリックの方が読者に悟られにくいから優れているという説には賛成できません)。また、密室トリックを自然に行える犯人の人物設定が、犯人の意外性にもなっていますし、1891年という早い時期なのに叙述トリック的な文章があるなど、さすがに古典として賞賛される作品です。解決の仕方は推理展開を重んじる人には不満でしょうが、皮肉な結末もあることですし、特に年代を考えればこれでいいと思います。


No.312 6点 予期せぬ夜
エリザベス・デイリー
(2010/07/21 21:59登録)
1940年に書かれたエリザベス・デイリーの第1作。しかし生年が1878年ですから、何と60歳を越える新人作家というわけです。
霧の中車を走らせている冒頭からバークリー家での語らい、ホテルの雰囲気など舞台はいかにもイギリスだなあ…と錯覚しそうなぐらい、イギリス・ミステリ風の味わいがあります。
遺産相続青年が「病死」した事件を調べていくうちに殺人事件が起こっていくプロットは、なかなかおもしろくできています。その解決については、根本的なアイディアにはなるほどそうだったかと思わせられたのですが、枝葉の部分で推理の詰めが甘い感じがしました。ゴルフボールの事件、その後の毒殺未遂も、すっきり納得とはいかなかったのです。
名探偵役のヘンリー・ガーマジは、解説にも書かれているように上品ではありますが、もうひとつ個性的なところが欲しい気もします。


No.311 8点 追いつめる
生島治郎
(2010/07/18 19:40登録)
最初の1ページから、まだ何も事件は起こっていないにもかかわらず、もうハードボイルド、それも正統派以外の何物でもないという感じが伝わってくる文章です。当然のように主役志田の一人称形式ですが、ハメットともチャンドラーとも微妙に違う雰囲気があり、そこが個性というものでしょう。
全国港湾協会を牛耳る広域暴力団の捜査を始めた刑事が個人プレーの行きすぎで結局退職を余儀なくされ、それでも県警本部長の了解の下、しつこくに迫っていく話は、彼の執念と哀しみが伝わってきます。
最後の「意外性」はいかにもハードボイルドらしいのですが、途中であからさまな手がかりもあり、読者は志田より先に単なる直感ではなく気づいてしまうでしょうね。船に潜入した志田が見つかってどうなるかの経緯は、暴力団にしては処置が甘すぎる点がちょっと気になりました。

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