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ミステリの祭典

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平均点:5.97点 書評数:728件

プロフィール| 書評

No.648 6点 ママ、死体を発見す
クレイグ・ライス
(2015/07/24 09:58登録)
本日24日に原書房ヴィンテージミステリとして、クレイグ・ライス「ジョージ・サンダース殺人事件」が刊行される
原書房ヴィンテージはここ暫くはマイナー作家の刊行が続いていたが、クェンティン、ライスとメジャー作家に戻った感じだ、ただし両者とも本来は別名義作品だけれど

クレイグ・ライスには出版契約事情なのかいくつかの別名義が存在し、例えばマイケル・ヴェニング名義のメルヴィル・フェアものなどは、ライスの別の面が垣間見えるシリーズとしてちょっと話題になった
しかしライスの別名義の話題性では何と言ってもジプシー・ローズ・リーとジョージ・サンダース名義の2つである
この両名義には共通点が有る、それは2人とも実在の人物であり、そのゴーストライティングが新垣、じゃねえよライスだと言われているのだ
”言われている”と微妙な言い回しなのは、100%完全な情報ではないからだが、まぁ業界ではライス代作説が通説となっているのである
ライスがちゃらんぽらんな性格だったのは有名だが、実は森英俊氏の解説を読んで初めて知ったのだが、紛失したりとかライスのいい加減な契約書の管理が原因で、作者没後になかなか本国アメリカでも復刊されなかったのはそういう権利関係の事情が有ったらしい、ライスは当時の人気作家で決してマイナー作家だったのが理由じゃないのだ
今回原書房から出たのは、実在した俳優ジョージ・サンダースが書いたという建前のライスの代作品(そういう事になっている)で、おそらく売らんがための話題性作りで、当時のアメリカの出版事情が偲ばれる

もう1つの、いやサンダース名義以上の話題性だったであろうのが実在した伝説のストリッパー、ジプシー・ローズ・リーの代作である、その第1作目が汎書房で昔に出た「Gストリング殺人事件」で、シリーズ第2作目が以前に論創社から出た「ママ、死体を発見す」だ
これも森氏の解説を読んで初めて知ったのだが、ライス代作説には反対意見も有るみたいで、その辺の事情が詳しく書かれている
ただ私がこの作を読んで受ける印象では、これ書いたの絶対ライスでしょ!、こんなの書けるのライスしかいねえよ
題名にもあるけど序盤なんかママに振り回されてローズ・リーの存在感が霞むくらい、ドタバタ劇と謎解きとの絶妙なバランス、やはりいつものライス節だよなぁ
また真犯人は私は見破ったのだが、それというのも私がライスのいつもの犯人隠蔽パターンを知っていたからだ

翻訳権利上の問題も有るのかも知れないが、中古市場でも入手が難しい「Gストリング」の新訳復刊を各社御検討願いたい


No.647 7点 これよりさき怪物領域
マーガレット・ミラー
(2015/07/08 09:57登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第8弾はマーガレット・ミラー
いや本当はさ、ロスマクに続いて第2弾にするべき作家なんだけど、と言うか、実際に第2弾として「まるで天使のような」を1度は書評したんですよ
ところがさぁ、今夏に創元文庫からそれも新訳で復刊予定だそうなので、書評済の「まるで天使のような」は一旦削除してその時点で再登録することにしたんだよねえ、で結局ミラーが後回しになっちゃったってわけ(苦笑)
昨年から今年とミラーの刊行が相次ぐが、出版社も生誕100周年を意識しているのかねえ
さてそんなわけでミラーの書評1冊目がかなり後期の作からという、私らしい(苦笑)へそ曲がりな順番になってしまったのである

ロス・マクドナルド夫人がマーガレット・ミラーで、たしかにロスマクの神経症的な作風はミラーを思わせるものがある
「これよりさき怪物領域」は、まぁ後期になっての作者の集大成的な位置付けなのだろう、「まるで天使のような」がミラーの中では異色作だっただけに、「怪物領域」は原点に立ち返りました的な感じだ
う~ん、これぞミラー、ミラーはこうでなくちゃみたいな(微笑)
強いて言えば全編の半分以上を、行方不明者の死亡認定裁判シーンで占めるという構成が特異だが、でも「まるで天使」のような毛色の違う作とは言えないだろう
初中期のガラス細工のような雰囲気も出ているし、代表作の1つと言ってもいいかもしれない
ただ何て言うのかなぁ、きっと題名から受ける先入観なんだろうな、もっとガラス細工が砕け散るようなラストが来るのかと予想してたら、案外と地味に着地してたのには逆の意味でちょっと意外な感じがした
その分、例えば「狙った獣」や「見知らぬ者の墓」みたいな、ちょっとあざとく仕掛けが目立ってしまうような感じもないのは好感が持てた
私が思うに、この「怪物領域」のミソは真相での主従の逆転である
ネタバレしないように言うのが難しいのだが、要するに真相が2つ有って、2種類有る真相の内メインの方はきちんと解明され、しかも丁寧にその事件時の経緯を説明している
ところがもう1つのサブの真相はすごくあっさりと語られ、いや語られてさえいないと言うか一言で済ませている
メインの謎の真相がそれほど驚嘆するような性質の真相じゃないだけに、読者側としてはそこで油断してしまうのだ、その時に話のついでにサブの真相も仄めかされる
ところが読者にはこっちのサブの方が衝撃でメインとサブが入れ替わる、その時点で表向きは重要な主役のメインの謎の真相などどうでもよくなって、いやどうでもいいわけじゃないけど脇役に格下げとなる
逆に一気に主役に格上げされるサブの方の真相こそ、まさに怪物領域
サブ方の真相をくどくど説明してしまっては、怪物領域の未知なる怪しさが半減してしまうので、仄めかすだけで正解なんだろうな

余談だが、意味深な題名の由来は作中にも登場する”古い地図”である
メルカトル図法みたいないわゆる図法じゃなくて、中世の世界観ってのは平面の大地になっていて、その端の方は滝になって流れ落ちたり、あるいは魑魅魍魎の世界みたいな、そんな文明世界の外側に在るのが怪物領域である


No.646 6点 猫とねずみ
クリスチアナ・ブランド
(2015/06/29 09:56登録)
既に書店に在るかも知れないが、明日30日に創元文庫からクリスチアナ・ブランド「薔薇の輪」が刊行される、作者後期の作で探偵役は御馴染みのコックリル警部ではなくて「猫とねずみ」にも登場したチャッキー警部である

チャッキー警部が登場するのはその「猫とねずみ」と「薔薇の輪」のたった2作しかないが、この2作は大きく違う点がある
まずは書かれた年代で、「猫とねずみ」は作者が最も脂が乗っていた1950年の作で、1つ前が「ジェゼベルの死」、後続には「疑惑の霧」「はなれわざ」が書かれている
対して「薔薇の輪は」後期の1977年で27年ものタイムラグが有り、これ以降の翻訳作は「暗闇の薔薇」と昨年刊行されたゴシック風の「領主館の花嫁たち」くらいしかない
もう1つの差異は、「猫とねずみ」が普通にブランド名義だったのに対して、「薔薇の輪」はメアリー・アン・アッシュ名義で書かれている点で、しかもこのアッシュ名義には他にもう1作、「薔薇の輪」よりも先に書かれたノンシリーズ長編もあるからややこしい
D・カーとC・ディクスン名義のようにまぁ別名義というのは出版社との契約上の問題という大人の事情が絡む事もも多いのだが、別名義じゃない「猫とねずみ」に関しては単にこういうのが書きたかったという事なんだろうか

「猫とねずみ」の内容については当サイトでkanamoriさんが的確に御書評されているのであまり私が書くことも無いのだが、それにしてもブランドがこんなゴシックロマンスを書くのかと意外に思われる読者も居ると思うが、後期に「領主館の花嫁たち」を書いたりしているなど元々ブランドにはこうした嗜好が有ったのかも知れない
ところで「領主館の花嫁たち」は、当サイトに登録されていたと思うのですが、現在は消えているようです?

さて私が不思議に思ったのは、舞台に選んだのがウェールズという土地で、内容以外にコックリル警部を使い難かったのは、警察官だけに所轄上の縄張りという問題も有ったのだろうか
チャッキー警部は英国西部であるウェールズの地元の所轄だが、コックリルの本拠地ケント州はイングランドでも最東部の州だからねえ
それにしてもこのチャッキー警部、コックリルとはまた別の飄々とした味わいがあって、「緑は危険」や「ジェゼベル」に登場したら全く合わないが「猫とねずみ」にはたしかに合っている
うわっどんどん話が逸れちゃう、で私が不思議に思った理由は、作者の経歴がウェールズという土地に関係していると思えないからなのだ
現マレーシアで生まれインドで幼少期を過ごしたブランドだが、英国に移住してもウェールズとは縁が無さそうなのだ、日本で例えると、帰国子女が東京に居を構えたが、関西文化とかに興趣を感じてそこを舞台に小説を書いてみよう的な感じか
スコットランドとかじゃなくてウェールズというのは、土地柄がゴシック向きだったのだろうかね?、まぁスコットランドだとゴシックを通り越して魔法風になっちゃうからねえ(笑)


No.645 6点 クランシー・ロス無頼控
リチャード・デミング
(2015/06/16 09:57登録)
* 私的読書テーマ”今年の生誕100周年作家を漁る”、第7弾はリチャード・デミングだぜ

通俗ハードボイルドは長編よりも短編の方が似合うジャンルかもしれない、数多くの短編群がパルプマガジンに掲載され、一部の恵まれた作家・作品は別にして、今では短編集に纏められず埋もれたままになっているものも多い
そのハードボイルドの聖地とも言えるパルプマガジンの代表が戦前から有る『ブラックマスク』誌で、初心者やもぐりのミステリーファン以外でブラックマスク誌の名を知らないなんてのは、本格派しか読まずハードボイルドには全く興味無いって読者くらいだろうよ
しかし『ブラックマスク』誌は戦後40年代には下火になり残念ながら1951年に休刊してしまったんだな(後に復活するが)
ところがこのブラックマスク誌を引き継ぐかのように50年代に登場したハードボイルド専門誌が有ったんだ、その名は『マンハント』誌
当時御馴染みのEQMMやヒチコック・マガジンやマイケル・シェ―ン・ミステリマガジンなどと覇を競ってたってところか
戦前の『ブラックマスク』誌は元々が純文学の出版社が赤字解消のために大衆向け雑誌を別に発行した経緯が有るんだな
だからなのか、ブラックマスク誌が通俗な中にも何となく気品の片鱗が感じられるのに対して、戦後に登場した『マンハント』誌は割り切って徹底した大衆文化路線で、下衆、いや通俗の極みみたいな雑誌だったようだぜ
例えば創刊号だと思うが、W・アイリッシュの「ヨシワラ殺人事件」が掲載されているんだな、アイリッシュ短編群の中でもとりわけ通俗調のこの短編、初出自を考えると納得だぜ

さて前置きが長くなっちまったが、仁賀のガイド本でも言及しているが、『マンハント』誌に掲載されたシリーズもので特に人気が有ったのが次の2つ
1つはE・マクベインの別名義カート・キャノンの『酔いどれ探偵街を行く』と、もう1つがリチャード・デミングの『クランシー・ロス無頼控』だ
デミングには長編も有るみてえだが多作が災いしてか結局はパルプ作家止まりだったようで、今では『クランシー・ロス』だけで知られている印象だ
内容は当サイトでkanamoriさんが的確に書評されてるので、俺っちごときが付け加える事は殆ど無いぜ
山下諭一の翻訳文もなかなか見事、本文も良いが特に題名の付け方が最高だぜ
実は案外と原題名は素っ気無いんだけど、これを「おれのお礼は倍返し」とか「おれの命は買えないぜ」とか、通俗ハードボイルドはこうでなきゃ
それにしても”倍返し”って(笑)


No.644 6点 緑の死
スーザン・ブラン
(2015/06/10 09:58登録)
* 私的読書テーマ”今年の生誕100周年作家を漁る”、第6弾はスーザン・ブランだ

ポケミスで1作だけ刊行されたこの知られざる作家、読んだのは最近だが実は名前だけはかなり以前から知っていた
というのはミステリー初心者だった頃から何かのリストを眺めるのが好きだったので、後にCWAとMWAの各賞の受賞リストを眺めていたわけ
MWA賞には初期から、と言うか本賞よりこっちの方が歴史的に先か、新人賞というのが有る
初期の受賞作には第2回があのヘレン・ユースティス「水平線の男」で、その後もF・ブラウン「シカゴ・ブルース」、A・グリーン「くたばれ健康法」、アイラ・レヴィン「死の接吻」などが受賞している
私個人的には、通俗ハードボイルドの1人、ウィリアム・キャンベル・ゴールトも受賞しているのかと驚いた、論創社さん手を出しませんか?
名前の通り新人の賞なのだけれど、本賞だけじゃなく結構日本での翻訳刊行も満遍なく成されており、未訳作品はごく一部だ
ただ翻訳事情でちょっと違うのは、MWA賞の初期受賞作はポケミスでの刊行が多いのに対して、新人賞の方は割りと様々な出版から翻訳されてる点だ
やはり翻訳独占権とかが絡むので、新人賞の方がニッチが狙い易いのだろうか
その中でかなり古くからポケミスで刊行されていた新人賞受賞作の1つがスーザン・ブラン「緑の死」なのである
新人賞受賞作家の中にはこれをきっかけに羽ばたくタイプと、新人賞一発屋タイプがあるが、スーザン・ブランも他に有名な作は無く新人賞受賞だけで忘れられているタイプかと思う、後続の作品は有るみたいだが未訳だ

さて「緑は危険」とかの例外も有るが、ミステリー小説で題名に”緑”や”グリーン”の文字が有る場合、その半分位の作に登場するのはエメラルドである、つまり緑とはエメラルドの代名詞なのだ
この「緑の死」もまさに緑の宝石が物語の推進役である
この宝石の強奪事件から始まった話は、夫婦関係の破綻から逃避感傷旅行でメキシコにやってきた婦人と、自身は強奪犯ではないがその宝石が強奪事件に関連が有る事を知っている旅行ガイドの男、強奪事件を追う地元メキシコの警察官
この三者三様の思惑が絡んでストーリーは展開する
各登場人物達の書き込みが重くも軽くも無く適度なバランスを保ち、いかにも女流作家の書いた良い意味で軽いタッチのサスペンス小説に仕上がっていて、これ1作で顧みられていないのも惜しい作家だと思う


No.643 8点 アデスタを吹く冷たい風
トマス・フラナガン
(2015/06/05 09:54登録)
昨日4日に早川文庫からジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』とトマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』が刊行された
いずれも旧ポケミスからの文庫化で、要望が多かったであろうに、これまで早川が文庫化を見送っていた短編集である、今まで文庫版しか読まない主義の読者にも読まれるような日が来るとはねえ

トマス・フラナガンは短編だけの作家と言ってもよく、元々がEOMMの年次コンテストで受賞デビューし主な活躍の舞台も同誌である
そのデビュー作が「玉を懐いて罪あり」で、作者は書いている時には密室ものとして書いたわけではなく結果的に密室状態になっている事にも気付かなかったという逸話が有る、真偽は不明だが
私はこの短編だけは他のアンソロジーで既読だったがその時の題名は「北イタリア物語」で、歴史的時代背景を考えるとこっちの題名の方が良いと思うのはkanamoriさんに同感

メインのテナント少佐もの4編は本格派謎解きパズラーだが、戒厳令下の軍事独裁政権の架空国家を舞台にしている
その為、探偵役が能天気に捜査推理していれば良いわけじゃなく、様々な制約の中で思い悩みながら、切れ味鋭い推理と状況へ対処が異様な迫力を持って描写され、単なるパズルではない深味と魅力が有る
テナント少佐ものが4編しかないのは本当に惜しい
一方ノンシリーズ短編には歴史ミステリでも架空国家が舞台でもない現代的なクライムノベルも有り、本来は書こうと思えば何でも書ける作家だったのかも知れない

ところでヤッフェ『ママ』とフラナガン『アデスタ』の両短編集には共通点が有るのだが皆様御存知だろうか?、それは日本オリジナル編集だという点である(ただし『ママ』の方は後でアメリカ本国でも短編集化された)
フラナガンの短編群が纏まった形で読める日本の読者は幸せだと思うよホント


No.642 7点 ママは何でも知っている
ジェームズ・ヤッフェ
(2015/06/03 09:54登録)
明日4日に早川文庫からトマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』とジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』が刊行予定
いずれも元々ポケミスだったものの単純な文庫化である、しかしながらこの両作が文庫化されるというのはポケミスで既読だった方々には驚きだろう、多くの要望が有りながら早川はわざと文庫化を渋っているのかみたいに言われていた2冊だし、ポケミスも読む読者によっては”え~文庫化しちゃうの~”的な、文庫しか読まない読者に対する優越感を持てる2冊でもあったわけだ
まぁ、絶対に文庫じゃなきゃ読まないという頑なな姿勢もどうかとは思うが、ハードカバーよりは遥かに文庫版寄りにも拘らず、ポケミスが文庫オンリー派に嫌われる理由の1つがその縦長の寸法にある事を早川も理解すべきだ

ところでフラナガン『アデスタ』とヤッフェ『ママ』の両短編集には共通点が有るのだが皆様御存知だろうか?、それは日本オリジナル編集だという点である
『ママ』の方は後に本国アメリカでも短編集に纏められたらしいのだが、世界に先駆けてこれを編纂した日本の目利きは誇るべきだろう

『ママは何でも知っている』はどうしても”安楽椅子探偵もの”の1つという観点でばかり語られがちだが、”人情味に立脚した推理”という面も見逃せない
作者ヤッフェは『9マイル』のハリイ・ケメルマンと同じユダヤ人作家である
しかしケメルマンにはあまり人情味が感じられずユダヤ人種独特のロジックの刺々しさばかりが目立つのに対して、ヤッフェにはこれもユダヤ人独特のウェットな感性が感じられ魅力になっている
例えばレストランでの毒殺事件を扱った「ママは賭ける」などは集中でも傑作の1編だが、これなど人間心理への洞察が山葵のようにピリリと効いている

この”ママ・シリーズ”、20年の後には長編で復活し、短編には無かった深い人物描写や宗教テーマ、そして人種や文化や社会階層などの社会派的要素が加わってくる
本格派しか読まない読者には、社会派要素をまるで不要なものとして忌み嫌う読者が時々居るのだが私は賛成出来ない
社会派的要素は内容を豊潤にするもので、決して余計な要素ではない
だから私は後の長編シリーズがそういう理由で駄目だとは思わない、ヤッフェは進化していると思う
ただ後の長編シリーズでちょっと残念なのは、解かれた真相が平凡で面白味の無いところで、こうした謎解きの切れ味では明らかにこの短編集の方が上だ


No.641 8点 ロウフィールド館の惨劇
ルース・レンデル
(2015/05/26 09:56登録)
昨日25日発売の隔月間化された早川ミステリマガジン7月号の特集は、”最強! 海外ミステリ・ドラマ・ガイド”
そう銘打っているのだからきっと”最強”なのでしょう(苦笑)
しかし私はミステリ・ドラマというものに全く興味が無く、したがって視聴後のおさらい読書などもしないのである(笑)
という訳で7月号の便乗は無しだが、予想通り次号9月号の特集の1つが”ルース・レンデル追悼企画”らしい
昨年末に亡くなったP・D・ジェイムズが早川のほぼ独占状態だったのに対して、レンデルは早川、創元、そして角川と3社が分散的に刊行しており、早川としてはジェイムズほどの思い入れは無いかもしれない
実際にレンデルの短編集は角川文庫から何冊か出ているが、角川文庫未収録で早川ミスマガに掲載された短編は意外にも数えるほどしかなく、原著でも雑誌に埋もれたままにならずきちんと短編集に収録される場合が多かったといいうことだろう、つまりは海外でもレンデルは大物作家であるという事だね

レンデルと言うと早川や創元ではなく角川のイメージが強いのは、冊数も多いだけでなく「わが目の悪魔」と「ロウフィールド館の惨劇」の2トップの独占翻訳権を持ってるからだ
実は私は「ロウフィールド館」には偏見を持っていて読んだのは最近である、だってさ”館もの”が大嫌いという私の嗜好からしてみれば、もう題名自体が”館もの”そのままだしさぁ(苦笑)、やはり一番は「わが目の悪魔」の方だろとずっと思っていたのである
しかし読んでみて印象は変わった、「ロウフィールド館」は決して”館もの”ではない、いやそもそも元の題名自体に”館”の文字は無いのである
原題を直訳すれば”石の審判”、まぁ多分だが、石のように冷酷非情な女が下した判断といったところだろうか
角川め、こんな館ものと紛らわしい邦訳題名を付けるな!
ところがさ、昨今の日本の読者は館ものが大好きな人が多いからねえ、きっと古典本格風の舞台なのかと思って手を出した人も居るのではないかな(笑)
でもこれ完全に現代サスペンス小説だよね、もちろん良い意味でさ
しかもホワイダニットでもないから、冒頭の1文なんてネタバレでも何でもないし(笑)
所謂ゴシック風の怪しげな雰囲気などは無い、単に田舎の館で惨劇が起こるだけで、内容は極めて現代的である
サスペンス小説には大きく分けて心理描画が濃厚なタイプと、心理よりも事の顛末を語るタイプの2種類が有ると思うが、ウールリッチやM・ミラーなどが活躍した40~60年代は心理タイプが主流だったと思う
しかし例えば70年代のメアリ・H・クラークなどは行動を描写する方向に変化しており、レンデルは60年代デビューとは言え絶頂期は70年代と思われるので、やはり70年代型の1人として経過報告タイプだと思う
「ロウフィールド館」も心理描写が深くこってりしている訳ではなく、要するに惨劇に至る経緯顛末を語るサスペンス小説だと思う、HIBK(もしも私が知っていたら)派風の煽り文句が頻出するのもそのせいか
いや~、HIBK派ってさ、時代遅れみたいに言われるけど案外と現代感覚が有るんですよ、むしろウールリッチやミラーなどの心理描写タイプの方に古臭さを感じる時がある
あっ話が逸れちゃった、でこの「ロウフィールド館」、やはり凄いサスペンス小説でスよ、一家の娘や友人でもある雑貨店の女主人などの脇役陣の扱い方も上手いしね、先に述べた2トップの一角「わが目の悪魔」ですら平凡なサスペンス小説と感じさせてしまう位だ


No.640 6点 あでやかな標的
ベン・ベンスン
(2015/05/20 09:55登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第5弾ベン・ベンスンの2冊目

例の森事典にもあったがベン・ベンスンの得意技の1つとして、タイムリミット的サスペンスが挙げられていた
代表作と言われる「脱獄九時間目」や「燃える導火線」などと並んでタイムリミットものの1冊が「あでやかな標的」だ
この作は町を牛耳るギャングに依頼された殺し屋の仕事の現場を目撃した証人を出廷期限までに守るという内容で、一応期限はあるにはあるのだが、1分1秒を争うような期限ではなくて何日間というレベルである
どちらかといえばタイムリミット的な緊迫感を狙ったというよりは、題名にもある美人のまさにあでやかな証人とパリス警部とのやりとりに重点が置かれている
しかしだからつまらないかというとそうではない
代表作と言われる「脱獄九時間目」では特殊な状況下という設定が上手く機能しているとは思えず不満を感じたのだが、この「あでやかな標的」は状況設定に無理がなく、地味と言えば地味だがむしろそれが心地良い
そもそも森事典でも言及されていたがベンスンという作家自体が地味な作風なので、こういう方向性の方が合っているように思えた


No.639 5点 動く標的
ロス・マクドナルド
(2015/05/20 09:53登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第1弾ロス・マクドナルドの3冊目

初期のロスマクは筆名を安定させるのに苦労した
ロスマクの本名はケネス・ミラーである、妻は言うまでもなくマーガレット・ミラーだがこちらは本名である
そう結婚して姓が変わった奥さんが本名で書いて旦那の方が筆名なのである
ただし再販以降は全てロスマク名義で出版されているが当初の4作はケネス・ミラー名義だった、既に作家として知名度の有った妻と混同されない為に5作目からジョン・マクドナルド名義になるのだが、ここでイチャモンを付けられる
イチャモン付けた作家はジョン・D・マクドナルド、要するに名前が紛らわしいと言うわけだ、せっかく妻とは筆名が紛らわしくないようにした矢先だったのに
不思議なのはジョン・Dの長編第1作が1950年、ロスマクが名義変更したのが1949年の第5作だからロスマクの方に優先権が有りそうなものだが、ジョン・Dは短編の名手でもあり既にパルプマガジンなどで短編を書いていた
その後2度の名義変更をするが面倒だから経緯は省略、最初の名義変更した第5作が「動く標的」で、この作でリュウ・アーチャーが初登場するのである
そもそもアーチャーという名前の由来がハメット「マルタの鷹」に登場するサム・スペードの相棒から採っており、色々な点で初期のロスマクには先達の影響が色濃い

今の読者の多くはロスマクというとまず定評ある後期作から読む、いや後期作だけ読むという風潮があるが、私はこの「動く標的」を1番初めに読んだ珍しい読者なのである、多分アーチャーものの1作目というのが理由だったのだろう
その後は順番通りには読まず風潮に則って(苦笑)後期作やちょっと遡って中期作と単発的に読んだ
そうなるとだ、「動く標的」のファーストインプレッションは鮮明に覚えていなければならないのだがこれが殆ど忘れているのである(再苦笑)
やはりねえ原因は先達の影響が強過ぎだからでしょう、初期はチャンドラーの亜流という世間一般的な評価も仕方ないところだろう
もっとも通俗ハードボイルドも読む私としてはこういうのも決して嫌いじゃないんだけどね(再々苦笑)


No.638 6点 彼らは廃馬を撃つ
ホレス・マッコイ
(2015/05/12 09:55登録)
”白水社”は神保町にも程近い神田小川町に在る出版社で、ちょっと知ってる人だと、あぁあのフランス語関係に強い出版社ねという感じだろう
たしかにフランス哲学書などでは定評があるらしいが一般文学も手掛けており、しかも文学分野では国籍的には必ずしもフランス文学一辺倒ではない
”白水Uブックス”は白水社の看板文学シリーズで、新書版という版型だが他社での文庫版文学全集といった位置付けだろう
この”白水Uブックス”、フランスだけでなく各国文学がバランス良く含まれていて、と言うかバランスが良過ぎて英語圏への対抗意識か英米文学に偏っていないのが白水社らしい(笑)
ラインナップにサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」など決して特別マニアックなセレクトではないが、ちょっと他社とは一味違うセレクト感もある

例の藤原編集室では最近この白水社との連係プレーが有って、先日にはホレス・マッコイ「彼らは廃馬を撃つ」が刊行された
ホレス・マッコイは例の森事典にも載っており、ミステリー作家としても認識されている、と言うのもマッコイは生活費の為に『ブラックマスク』などのパルプマガジンに投稿していて、よくハードボイルド的な扱い方をされる場合もある
しかし「彼らは廃馬を撃つ」を読む限りではどう見てもハードボイルドではない、当サイトのジャンルとしては便宜上クライムに投票したが、まぁ海外版青春ミステリとか青春群像劇というのが一番近い線か
実際マッコイ自身も純文学意識があったのだろうか、出版社にハードボイルドという売り方をしないように要望していたという
「彼らは廃馬を撃つ」はまさに伝説の作品で、大戦間の若者の虚無的な生態を鮮やかに活写した作だ
ミステリーと言うより、解説にもあるようにJ・M・ケインやサローヤンやスタインベックなどと名前を並べた方が合うんじゃないかと思わせる、そう考えると今回白水社から出たのは似合っているのかも
実はこれ復刊で、以前は角川文庫で出て、その後同じ角川からハードカバーで復刊されている
文庫化とは逆に最初文庫で出たものの単行本化という過程は極めて珍しい、そのせいかハードカバー版は中古市場でも入手容易だが角川文庫版はかなり入手困難で、私も探したが見付けられなかった
ハードカバー版ではこの作を激愛し翻訳した常盤新平の熱い解説に圧倒されるが、内容的には正直私は表面的で深味に欠ける印象を持った
特に何か深い意味が有るのかと勘繰った題名などは、案外と単純で皮相的な意味なので肩透かしだった
しかし深い意味を求めるのが間違いで、これはその当時の社会風俗と若者達の生態をフィーリングで感じ散る話なのだろう


No.637 8点 毒薬の小壜
シャーロット・アームストロング
(2015/05/07 09:56登録)
先日に英国王室ではウィリアム王子とキャサリン妃との間に第2子の長女が誕生しファーストネームがシャーロットに決まった
シャーロットという名前はハノーヴァー朝時代のジョージ3世の后で同名の娘も居て、現王室ウィンザー朝は名称が変わっただけでヴィクトリア女王由来のハノーヴァー朝の後継みたいなものだから縁の有る名前ではあるわけだ
でもジョージ3世や4世時代以降にシャーロットという名前は付けられておらず今回が久々の名前なのは、ジョージ3世在位にはアメリカに独立され晩年は精神を患い、摂政のジョージ4世は戦には強いが評判は悪く、大陸ではナポレオンが席巻し亡命したフランスのルイ王朝を匿うなど激動の時代だったので、縁起の悪い名前という潜在意識が王家にあったのだろうか
先に誕生した第1子の長男の名前がジョージ、第2子がシャーロット、縁起を担ぐなら世界的な激動の前兆でなければいいのだが

さてNHK朝ドラ女優は別にして(笑)、ミステリーの世界でシャーロットと言えば私は即座に3人の作家名を思い浮かべる、その内の2名はそのジャンルでは大物作家で、2人目のシャーロットについてはコージー派の既読作家ではあるが、既読で未書評な作が現在無いので今回は保留とさせていただこう
3人目のシャーロットは今現在は当サイトでも作家登録されていないマイナー作家なので、来年以降の生誕100周年の折にでも紹介させていただこう
やはり即座に思い浮かべる1人目のシャーロットと言えば、マーガレット・ミラーやヘレン・マクロイと並ぶアメリカ3大女流サスペンス作家の1人、シャーロット・アームストロングである
「毒薬の小壜」はアームストロングの最高傑作の1つで、これも代表作の1つ「疑われざるもの」や「ノックは無用」などと比べるとらしさが炸裂しており、古今東西の女流サスペンス小説中でも五指に入る傑作である
オーソドックスなサスペンス小説を求める向きには「疑われざるもの」の方が合うとは思うが、「毒薬の小壜」はアームストロングにしか書けない作だと思う
ただ両作共に早川文庫版が絶版で特に「疑われざるもの」は中古市場でも入手がやや難しい、早川は復刊すべきなのだが


No.636 3点 荒野の絞首人
ルース・レンデル
(2015/05/04 09:55登録)
このサイトに集う方々ならお聞及びになっている方も居られると思うが、一昨日2日にルース・レンデルが亡くなった
昨年末には同期のライヴァルであったP・D・ジェイムズが亡くなっており、私は今年初めに早川ミスマガの特集に合わせて追悼書評をしたばかりだった
ジェイムズはかなりな高齢だったので仕方ないかなと思ったが、レンデルはジェイムズより10歳も若く、英国の女流2大巨頭の相次ぐ逝去のニュースに英国現代ミステリーの1つの終焉を感じる、慎んで御冥福をお祈り致します

いずれミスマガで追悼特集組むかもしれないが、現在は隔月刊化しちゃったし、ジェイムズと違ってレンデルの翻訳の中心は一部の早川ポケミスや創元文庫で刊行された作を除けば角川文庫が中心だったので小特集程度になるかも知れない

さて私の追悼書評の第1弾は評価の低い作からで申し訳無いけど「荒野の絞首人」である、ミスマガが特集やった場合の便乗書評に採点の低い作を充てては申し訳ないからねえ
「荒野の絞首人」は当サイトでのTetchyさんの低い採点も成る程という感じで、これはたしかに駄作でしょうね
真相がミエミエで他の作に比べてレンデルにしては話の展開やセンスに精彩を欠いている
例の森事典では、”ウェクスフォードものと非シリーズものとに分かれる傾向のあるレンデル・ファンのどちらにもアピールしよう”、と好意的に評価しているが、いやそれはないな
本格派としてもサスペンス小説として見ても、どちらも中途半端な気がする
訳文についても小泉喜美子訳らしい文意がスッと頭に入ってこない悪訳で、小泉訳については大抵が直訳調でこの作に限ったことではなく、私は従来の小泉訳の評価は過大評価だとずっと思っていた
ただミステリーの舞台設定に関して館ものが嫌いでアウトドア派な私としては、まさにアウトドアな舞台設定という点を考慮しておまけの+2点です(苦笑)


No.635 7点 孤独な場所で
ドロシイ・B・ヒューズ
(2015/04/29 09:53登録)
明日30日に論創社からパトリック・クェンティン「死の疾走」とドロシー・ヒューズ「青い玉の秘密」の2冊が同時刊行される、全国的は連休明けまでには書店に並ぶだろう
クェンティンのはダルースシリーズ最後の未訳作だったもので、パズルシリーズのコンプリートを狙う読者はこちらだけに注目だろうが、刊行前から私の注目だったのはヒューズの方である
何故ならドロシイ・B・ヒューズは日本では不遇の大物作家だからだ

MWA賞には色々な部門が有るが、その中の1つにグラン・ドマスター賞というのが有る、名称が長いので以後は巨匠賞と呼ぶことにする
MWA賞創設の初期の頃からある賞で、第1回のクリスティから始まり、スタウト、ガードナー、クイーン、カー、シムノン、2人の両マクドナルド、スパイ小説のアンブラーとグリーンとル・カレ、エリン、ミラー、マクロイ、レナード、ウェストレイク、L・ブロック、スピレイン、フランシス、レンデル、P・D・ジェイムズ、M・H・クラーク、ホック、パーカーど錚々たる名前が並ぶ
戦後アメリカに移住したシムノンはともかく、ジョン・クリーシーやマイケル・ギルバートといった英国作家も含まれているが、ギルバートなどは弁護士としての実務的貢献も加味されたのだろうか
また活躍時期から考えるとスピレインの受賞年が1995年と遅いのは、デビューした年齢が若かったのと過去の実績を踏まえてだろうか
ちょっとおやっ!っという名前ではヒッチコックの名が有るが、これは映画監督としてというよりも、『ヒッチコック・ミステリマガジン』という雑誌が有って編纂事業でのミステリー小説との関わりが評価されてだと思う、例えサスペンス映画分野ではあってもやはり映画監督としての存在だけでは受賞理由にはならないだろうし
さてこの巨匠賞の中にはヴィンセント・スタリット、ドロシー・S・デイヴィス、最近論創社から刊行されたベイナード・ケンドリック、さらに上で述べたクリーシーといった、MWA会長職の経験者が散見される
つまり巨匠賞には単に作家としての巨匠という意味だけではなく、MWAの協会組織運営に貢献したのが受賞理由ではないか?という側面も否定出来ないのである
要するに名称は巨匠賞だが実質は”名誉会長表彰”的な意味合いも半分位は有りそうだ
くどくなったが私が何を言わんとしているかもうお分かりでしょうか?
言いたかったのはですね、MWA会長職経験者以外で巨匠賞を受賞した場合は、単純に巨匠だからが理由で選ばれたのだろうと推測出来るということで、その中の1人がドロシイ・B・ヒューズなのである
ただヒューズの場合は評論活動も加味されたのは間違いないと思えるが、それ言うとクイーンやシモンズもそうだろうし評論家としての存在だけで受賞したとは思えない
評論賞という部門は別に有るし、巨匠賞の受賞者リストをざっと見ても評論活動だけで受賞したと思える人は居ない

ヒューズは未紹介だったわけじゃなく初期の代表作「デリケイト・エイプ」がポケミスで早くから刊行されていはいた、私は未読だが「デリケイト・エイプ」がスパイ小説だったっ為に長らくスパイ小説専門作家だと誤解されてきた経緯が有り、おそらくはスパイ小説系とサスペンス小説を書き分けているのだろうけど、作者の本領であろうサスペンス作家としての紹介され方が無視されてきたのは残念だ
実はこの「孤独な場所で」も、ヒューズという作家を紹介しようという意図では無く、ポケミスの名物企画”ポケミス名画座”の1冊という映画絡みで訳されたようだ、それは解説も映画関連の話題が中心であることからも分かる
しかしながら、これが刊行されたことにより結果的にヒューズのサスペンス作家としての実力を見ることが出来たのは幸運ではある
序盤の描写力など、ヒューズがサスペンス作家として一流なのは明らかで、今回論創社から長編第1作である「青い玉の秘密」が刊行されたのは喜ばしいことだ、ジャンル的にはおそらくスパイスリラー系統かサスペンス小説のどちらかじゃないだろうか?
ただ邦訳題名については不満、これだとナンシー・ドルーっぽくてねえ(笑)、直訳すれば『青い大理石』なんだけど、”大理石”では内容と合わないのだったら素直に『青いマーブル』でも良かったような気が


No.634 6点 サキ傑作集
サキ
(2015/04/16 09:57登録)
昨日、風濤社という出版社からサキの第1短編集「レジナルド」が刊行された、先日にも白水Uブックスから同じくサキ「クローヴィス物語」が刊行された、さらには近々に理論社からも予定があるらしい
「クローヴィス物語」の方は藤原編集室の取り扱いで、挿絵がエドワード・ゴーリーって似合い過ぎ(笑)
白水Uブックスと藤原編集室とのタッグでは来月にもあの伝説のホレス・マッコイ「彼らは廃馬を撃つ」が予定されている
ここへきてのサキ連発は何か理由が有るのか?生誕何年ってわけでもないし、ただ来年が没後100周年にはあたるけど

サキの日本での短編集はいくつもあるけど、それらには共通した特徴が有って、大抵が日本オリジナル編集で、要するに傑作選的性質のものだ
ところが今回連発された短編集は抜粋したものではなく、本邦初の原著の短編集の完訳らしいのである

従来からの短編集の中でサキの入門書としてはどれが適当か?
分量的には全集が得意な”ちくま文庫”版になるが、やはり量的に全集は入門者にはちょっときつい
やはり入手容易で手頃なのはハルキ文庫版、新潮文庫版、岩波文庫版あたりだろう
ただハルキ文庫版は収録作選択に癖があって2冊目以降向きだ
となると一番無難なのは翻訳にも定評が有って古くからの定番入門書である新潮文庫版だろう
しかしミステリー読者の立場から言わせてもらえば、新潮文庫版は代表作の1つでサキの中ではミステリー風味が強い「スレドニ・ヴァシュタール」が収録されていないという致命的な欠陥が有る
ミステリー書評者としての私が選ぶ入門書のベストチョイスは、重要作を一応網羅しコンパクトに纏めた岩波文庫版である
岩波文庫ってさこういう手頃な入門短編集編むの上手いんだよね、これで入門して上で述べた「クローヴィス物語」に行くのがベターでしょう

岩波文庫版は「狼少年」「二十日鼠」「トバモリー」「スレドニ・ヴァシュタール」「開いた窓」「話し上手」といった代表作がまぁまぁ過不足なく収められており、サキという作家を知る事が出来るだろう
中でもサキらしいオチ重視な作ではないので、オチだけを求める読者には合わないだろうが、私のベストは「トバモリー」である
サキの代表作には案外と上で述べたレジナルドやクローヴィスといったシリーズキャラが登場しないノンシリーズが多いのだが、「トバモリー」はクローヴィスものの1つでシニカルな傑作だ
そもそもサキという名前を知らないなんてのはミステリー読者として失格である、ライヴァルであるO・ヘンリーと共に代表的な短編の1つ2つくらいは読んでおきたいとところだ、一編一編の分量も短いしね


No.633 3点 脱獄九時間目
ベン・ベンスン
(2015/04/14 09:45登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第5弾はベン・ベンスンだ、今年の生誕100周年作家はハードボイルドと警察小説に特色が有る
「脱獄九時間目」は過去に書評済だが生誕100周年テーマに合わせて一旦削除して再登録

50年代はアメリカン警察小説の時代である、ローレンス・トリートから始まってマッギヴァーン、ヒラリー・ウォー、トマス・ウォルシュなどを輩出し後のマクベインで頂点に達した
ベン・ベンスンも同期の代表的作家の一人
森事典で森英俊のこの作家の解説は魅力たっぷりで、”人物描写にたけ、サスペンスの演出でも非凡なところを見せた”などと紹介されれば期待してしまうではないか
しかし代表作と言われるこの作品だけに、期待に反するガッカリ感が余計強調されてしまった
これはつまらないだろう、いわゆる駄作というタイプでは無いが、つまらんことに変わりは無い
だってさ脱獄計画が頓挫した後の状況はさ、圧倒的に囚人側の方が不利なわけで、囚人側の武器は銃以外は人質だけなんだぜ
そりゃさ、怪我してるので人質の命というタイムサスペンスはあるけど、ここまで状況に有利不利の差があるとそれも効いていない
やはり主人公自身が危機に陥らないとサスペンスの醸成は難しいよな
あと社会派的なスパイスもこの作品では中途半端な効果しか挙げていない
kanamoriさんのおっしゃる通りで、これが代表作だったら他の作も読むのを躊躇するよな
でもまぁ、もう1~2作は読んでみようか(苦笑)


No.632 8点 アルジャーノンに花束を
ダニエル・キイス
(2015/04/10 09:56登録)
けいかほうこく
きょうのよるあるじゃーのんにはなたばやるよ

せんせいがいう、んだぶんに、はくとう、てんていうのがある、んだ。ってそれい、れないとよみに、くいんだって
こんやあるじゃ、-のんほうそ、うするんだ。って

せんせいにいわれた、くとうてん、は、どこでもいれりゃいいん、じゃないんだって
ちゃんと、くぎりの、ばしょ、に、いれるんだって

先生がいうには、感じ、というのを、つかうと、読みいいん、だって。

感じじゃなくて漢字ってかくんだって、読むとおなじなのに、ややこしいなぁ。

今夜、てーびーえすけいで、あるじゃーのん、の、放送があるんだって。
ねずみのあるじゃーのんは、先生のけんきゅうしつでは友達なんだ、あいつ頭がいいんだ

先生が言うには、カタカナというのも使うほうがいいみたい。
今夜、ティービーエスでアルジャーノンに花束を、の放送が始まるよ。
しゅやくは山ピー

カタカナの中にはアルファベットというのを使う方がいいばあいもあるんだって。
今夜TBSけいれつのきんようドラマで「アルジャーノンに花束を」が始まるよ
主役はジャニーズ系元NEWSの山Pこと山下智久くん、きゃくほんのやくは野島さん。

脚本って役の名前じゃないんだって、「家なき子」や「101回目のプロポーズ」の野島伸司さん。

今回はTBSだけど、前にフジテレビ系でもドラマ化された事があったみたい。
原作はダニエル・キイスって人、来月には早川書房という出版社から「24人のビリー・ミリガン」の新版も出るんだって。

「アルジャーノン」はジャンルで言ったら一応SFなんだけど、宇宙人も出てこないし、ミステリーとしても読めるみたいだよ。
SFだと思ってこれまで敬遠してた人も、読んだら感動するよ。

これて、いかにもドラマ化したくなるような、はなしだよね。

先生に頭がつかれたら、休んでいいっていわれた、ぶんしょうかくのしんどい

ドラマのしゅつえんしゃやスタッフも、さつえいおわったら、はなたばもらえるのかな

どらまにでた、ねずみのあるじゃーのんにも、はなたばあげて、ください…


No.631 7点 非情の街
トマス・B・デューイ
(2015/04/07 09:57登録)
* 私的読書テーマ”生誕100周年作家を漁る”、第4弾はトマス・B・デューイだ、今年の生誕100周年作家はハードボイルドと警察小説に特色が有る

1970年代になって様相が一変するまでの戦後40~60年代までのハードボイルド派の状況は割と単純に説明出来る、要するに正統派と通俗タイプとの拮抗状態である
そして正統ハードボイルドと言えば戦前のハメットを引き継いだチャンドラーとロスマクの2大巨頭がまず名前が出るのは当然である
しかしだ、その後の3人目、4人目は?、って訊かれると意外と考えちゃうでしょ、ハードボイルド派をあまり読まない読者だと名前が出てこないと思うよ
トンプスン?いやあれは完全に犯罪小説ジャンルだし、マッギヴァーン?う~ん純粋なハードボイルドとは呼べないしなぁ、あくまでも純粋なハードボイルド作家の中でという意味でね
私だったら、まぁ一般的には3人目にジョン・エヴァンズだと思うが、ジョン・エヴァンズは案外と通俗っぽさを感じる読者も居ると思う
その次、4人目に絶対推したいのがトマス・B・デューイなのである、何故ならデューイこそばりばりの正統派、シリアスなハードボイルドだからだ、そして不当に過小評価されているとも言える
デューイの活動時期はロスマクと大体近く、ロスマクのライヴァルの1人だったと言っても過言ではない、まぁ人気度ではロスマクには当然ながら及ばぬが
2人とも今年が生誕100周年、奇遇だが正統ハードボイルド派を代表する2人が同じ年生まれだったわけだ

デューイの特色は例の森事典にも書かれているように、子供や貧困層など社会的弱者に対する温かい眼差しである、♪あ~ったかいんだから~♪
良い意味での社会派的な要素と他のハードボイルド作家にはない優しさ、これがデューイの長所であろう、通俗的要素など微塵も無く徹底してシリアス派である
一方で弱点だがこれも森事典で指摘されているが、人物描写は魅力的なのに風景・情景描写が弱い、いや弱いと言うよりそもそも風景描写の分量自体が少ない
こういう面は御大チャンドラーやロスマクだと魅力の大きな部分を占める要素だけに惜しい、デューイは人物に比べ街や湖の風景といったものに興味が薄い性格だったのかなぁ
森事典でも”シカゴの街並みをしごくあっさりと描いたこともあって、第一級の技量を持ちながら、人気の面では一流作家になれなかった”みたいに書かれている

ところでこの「非常の街」は本拠地シカゴから離れた小さな町で主役マックが活躍する作なので、本来のシカゴを舞台にした作を論創社さんとか目を付ける気はありませんか


No.630 6点 アイガー・サンクション
トレヴェニアン
(2015/04/03 09:52登録)
既に刊行済かもしれないが予定では今日3日にホーム社からトレヴェニアン「パールストリートのクレイジー女たち」が刊行される、実はこれ作者の最後の長編なのである

さて出版業界にはグループというものが存在するのは皆様も御存じでしょう、ミステリー関係では特に講談社・光文社の”音羽グループ”は有名だ、光文社は講談社の分家みたいな創業で、そう言えば国内ミステリーで同一作品が両社から刊行されているのもある
音羽グループと並んで有名なのが”一ツ橋グループ”で、両グループ名称も本社の所在地の地名に由来するようだ
”一ツ橋グループ”の中心は小学館と集英社である、集英社は元々は小学館のエンタメ部門の分家みたいな創業だったが、今では小学館もエンタメ分野に参入しており本来の分業的な意味は薄れてしまった
少年サンデーと少年ジャンプが同族グループなんですねえ、音羽グループ講談社の少年マガジンと比べてサンデーとジャンプが似てる要素って有りますかね?私はコミック読まないので誰か分かる人教えて下さい

ちょっと話が逸れちゃった、で小学館の分家である集英社からさらに派生したのがホーム社で、私は初めて聞いた社名であるが当然ながら”一ツ橋グループ”に属する
トレヴェニアンの最終長編に他のミステリー常連出版社が食い付かなかったのは内容的にミステリー小説じゃ無いからという理由なのだろうか?

今回刊行されたのが作者最後の長編ならば、初期の出世作が「アイガー・サンクション」で、サンクションというのは諜報世界での隠語で報復抹殺を意味し、主人公は請負契約の殺し屋諜報員である
ただしこれはスパイ小説ではない、当サイトジャンル区分では冒険小説とスパイ小説とは区別しないが、区別するとしたら諜報的要素というのは主人公が単に仕事を引き受ける背景の政治的事情に過ぎず、内容的にはほぼ冒険小説である
意地悪な見方をすれば諜報要素なるものは、主人公が何故アイガー北壁登攀をする羽目になったかの屁理屈に過ぎない感さえある
ところがですねえ、最大の冒険要素である登山場面は終盤の1割程度、前半の1/3が主人公ヘムロック教授が暗殺請負契約を決断するまで、中盤1/3が登山本番への準備段階、後半1/3になってやっとアルプスの地に舞台が移る
いや~、前置きが長いですねえ、て言うか、そもそも「シブミ」でも感じたのだがトレヴェニアンという作家は前触れや準備段階を描く作家なんじゃないかと(笑)、案外とプロットはシンプルで本番場面になったらえっ分量これだけ?みたいな(再笑)
「シブミ」で思い出したがこの「アイガー」でもポップ・カルチャーに対する批判が展開されてます、この作者どこまでポップ・カルチャーが嫌いなんだ、家でもクラシック音楽しか聴かないのだろうか

ところでちょっとアイガーについて
よく日本の北アルプス槍ヶ岳が本家マッターホルンに例えられるが、本家アルプス3大北壁の後2つグランドジョラスとアイガーは日本だとどこに相当するのか?
グランドジョラスはその鋸の歯のような山容と日本百名山中での登頂の困難さから言って同じ北アルプスの劒岳が妥当か
ではアイガーは?、アイガーは他の2座に比較して全体の山塊の姿形自体はあまり凄そうに見えないのに北壁だけが突出して切り立っているという特徴はそうだな、南アルプスの最高峰である北岳バットレスあたりでしょうかね


No.629 7点 指はよく見る
ベイナード・ケンドリック
(2015/03/31 09:59登録)
明日4月1日に論創社からティモシー・フラー「ハーバード同窓会殺人事件」とベイナード・ケンドリック「暗闇の鬼ごっこ」が刊行予定

日本の推理作家協会に相当するアメリカの探偵作家クラブ、通称MWAは英国のCWAと共に世界のミステリー小説業界を牽引する機関である
その会長職を年代別に第10代まで並べてみよう

ベイナード・ケンドリック
エラリイ・クイーン
ヒュウ・ペンティコースト
ローレンス・G・ブロックマン
J・D・カー
ヘレン・マクロイ
アントニイ・バウチャー
ジョージ・ハーマン・コックス
ヘレン・ライリー
スチュアート・パーマー

第11代以降も重要な名前(一部順不同)を挙げただけでも、シムノン、女流サスペンスの代表格ドロシー・S・デイヴィスとM・ミラー、スタウト、チャンドラー、ロックリッジ夫妻、ホームズ研究家V・スタリット、J・D・マクドナルド、評論家のH・ヘイクラフト、ロスマク、ジョン・クリーシイ、H・ブリーン、短篇作家のエリンとR・ブロック、警察小説のウォーとL・トリートとT・ウォルシュ、マスル、エバハート、R・L・フィッシュ、デ・ラ・トーレ、マッギヴァーン、E・D・ホックと続く
まさにアメリカのミステリー作家見本市状態である、ただし戦後にアメリカに移住したシムノンや英国作家クリーシーあたりは国際色も考慮したのだろうか
それと一部に日本で知名度の低い作家が含まれているが、あくまでも日本での紹介に恵まれていないだけで、例えば第8代ジョージ・ハーマン・コックスはブラック・マスク誌の常連で当時の人気作家の1人である
私が歴代会長の名簿リストを眺めて、これは本国でもややマイナーかなと感じる作家は本職が児童ミステリだとかの2~3名位だ
任期は1年位だったようで、どうも持ち回り制名誉職みたいな感も有り必ずしも全員が超大物ではないが、さりとて作家仲間から定評が無ければ選ばれるはずも無く、大体が本国アメリカでは重要な作家ばかりである
そして栄えある初代会長が御大クイーンを差し置いてベイナード・ケンドリックなのである、MWA創設にも関わったのも就任の理由かも知れない

視力にハンデキャップのある探偵役と言えば古典ホームズのライヴァル時代に登場したアーネスト・ブラマのマックス・カラドスだが、カラドスは指で触っただけで文字を読み取るなどあまりに超人過ぎて不自然だとの非難が当時から有った
ケンドリックの盲人探偵ダンカン・マクレーン大尉は現実に目の不自由な人が受け取り可能な情報から真相を見抜くのである
もちろん安楽椅子探偵では視力のハンデという特徴が全く活かされないから現場にも赴く、多分だが大尉が危難に陥るサスペンスも考慮してか補助として盲導犬と警察犬の2頭の犬を登場させるなど用意周到だ
この探偵役マクレーン大尉の人物造形が素晴らしい、寡黙で冷静沈着な態度は一読してファンになる読者も居るんじゃないだろうか
また「指はよく見る」はシリーズの中では異色作らしいのだが、従来型の本格派の形式に則らない倒叙がかった物語進行も、様式美を求める読者には合わないが、様式嫌いの私には面白かった
一般的形式を外しているので、実は仕掛けの根幹を成すある情報に私はちょっと疑いが有ったらたまたま当たっていたんだけどね(微笑)

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