皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
Tetchyさん |
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平均点: 6.73点 | 書評数: 1631件 |
No.491 | 3点 | バスク、真夏の死- トレヴェニアン | 2009/03/31 22:33 |
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なんと今度はサイコホラーである。
しかし私には合わなかった。なんだかこういう耽美な物語が性に合わないのもある。 やはりトレヴェニアンは冒険小説が一番! |
No.490 | 9点 | シブミ- トレヴェニアン | 2009/03/30 22:29 |
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ローマ空港で虐殺されたアラブ過激派を狙うユダヤ人報復グループの生き残り、ハンナから助けを求められたニコライ・ヘルは日本の思想「渋み」を体得したフリーランサーの殺し屋だったというちょっと「?」な設定だが、これを非常に説得力ある筆致で書くこのトレヴェニアンという作家の博識ぶりに舌を巻く。
特に外人にはなかなか理解されない「侘び」「寂び」を斯くも明確に叙述し、しかも日本の囲碁に宇宙を感じるなどといった件を読めば、この作家は外人の振りをした日本人ではないかと勘ぐってしまう。 特に「渋み」の叙述には深いものがあり、その一種、東洋哲学に通ずる理解の深さには逆にこちらが学ばされる思いがした。 ただこのニコライの人と成りを読者に理解させるために彼の過去のパート、特に彼に「渋み」の思想を教えた貴志川将軍との師弟関係の交遊のあたりに冗長さを感じるきらいはある。 しかしこのような作品を外国人が書いたというだけで驚嘆だし、またそれをエンタテインメントに昇華した技量もすごい。もっと注目してほしい作品だ。 |
No.489 | 9点 | アイガー・サンクション- トレヴェニアン | 2009/03/29 19:40 |
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優れた登山家にして大学教授、美術鑑定家という肩書きを持つジョナサン・ヘムロック教授はなんとフリーの殺し屋でもあるという、マンガの主人公のような設定ですが、トレヴェニアンの精緻な描写がそれに現実味を持たせて、読者の目を離させない。
彼が殺しを依頼されるCII、過去のエピソード、アイガー北壁登攀に臨む準備などが非常に詳細かつ緻密に書かれて、ジョナサンのプロフェッショナルさを際立たせる。 登山チームの中に裏切り者がいるという状況はなかなかに新鮮。なぜならば極寒の地の登山は、チームワークこそ大事で、1人の命の損失はそのまま自らの死をも招き寄せるからだ。そんな中で裏切り者を見つけ出し、暗殺を履行しなければならないというジョナサンの精神力のタフさに畏れ入る。それを印象付けさせているのはトレヴェニアンの重厚な筆力に他ならない。 クリント・イーストウッド主演で映画化もされたぐらいに有名な作品だが、私が手に入れた15年くらい前の当時でさえ入手困難だった。 これほどに面白いのに非常に勿体無いと思う。。 |
No.488 | 7点 | ルー・サンクション- トレヴェニアン | 2009/03/27 23:15 |
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『アイガー・サンクション』の続編。
『アイガー・サンクション』ではスパイ物でありつつ、本格的な山岳小説でもあったが、本作は純粋なスパイ小説に徹している。 図らずもスパイ稼業に復帰せざるを得なくなったジョナサン。しかし読者の予想を裏切って百戦錬磨の活躍を見せるわけではなく、ブランクによる違和感と若さの喪失を悔やむジョナサンと読者は対面する事になる。 しかし、相変わらずトレヴェニアンの描く登場人物は個性的で際立っている。アイルランド娘マギーを筆頭に、完璧な美を誇る売春婦アメージング・グレース(素晴らしい名前だ!)、同じく永遠の若さを理想とする悪役マクシミリアン・ストレンジ、そして一癖も二癖もある美術品泥棒マックテイントなどなど、全て印象的である。 今考えてみると、本作は残酷なシーンと哀しみが表裏一体となっている。 残酷さと哀しみ。 どちらも負の感情だ。 だからこの作品の読後感に爽快感はない。大きな喪失感が残る。元大学教授とトレヴェニアンの略歴にはある。心理学なのか文学の教授だったのかわからないが、一連の作品に通底するペシミズムは彼のこの経歴から来るものなのかもしれない。つまり小説創作を通じて実験を行っている、それはあまりに穿ち過ぎか。 |
No.487 | 7点 | プードル・スプリングス物語- レイモンド・チャンドラー&ロバート・B・パーカー | 2009/03/26 22:32 |
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第4章まで書かれた本作をロバート・B・パーカーが書き継いで完成させた本書。
かなり賛否両論に分かれている(というよりも否の声の方が多いようだが)作品だが、個人的には愉しめた。 何よりもまず驚くのがいきなりあのマーロウの結婚生活から物語が始まるという設定だろう。 結婚相手は『長いお別れ』で知り合ったリンダ・ローリング。しかしチャンドラーが書いた4章で既にこの結婚が破綻しそうな予感を孕んでいる。 探偵稼業という時間が不定期な仕事と結婚生活の両立が上手く行かない事は自明の理であり、パーカーもそれを受け継いで物語を紡いでいる。 この2人の関係にパーカーのスペンサーシリーズの影が見えると云われているが幸いにして私はスペンサーシリーズを読んだ事ないので、かえってパーカーよくぞ書いたと思ったくらいだ。 マーロウの信奉者には卑しき街を行く騎士が結婚生活をしちゃあかんだろうと、夢を覚まさせるような感想が多いが、しかしこれはチャンドラーが残した設定なのだ。 私はいつもにも増して男の女の関係性という側面が盛り込まれ、そこで苦悩するマーロウが人間くさく感じられてよかった。 最後の「永遠に」と呟く2人のセリフは私の中で永遠に残るだろう。 |
No.486 | 5点 | フェニックスの弔鐘- 阿部陽一 | 2009/03/25 22:29 |
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江戸川乱歩賞受賞作。
しかしそれを先入観として読むとかなり面食らう作品。 なんせ内容はかなりハードなエスピオナージュで、見開き2ページは字で埋め尽くされ、各国の政治家の思惑と、アメリカを襲うテロの脅威が事細かに記されている。 果たして今読んで面白く感じるかどうかは解らないが、当時は情報量の多さと読み慣れない政治用語が多くて、読後ぐったりしたのを覚えている。 |
No.485 | 8点 | エラリー・クイーンの冒険- エラリイ・クイーン | 2009/03/24 20:15 |
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エラリー・クイーンが活躍する短編集。しかし短編ながらもその謎とロジックは全くレベルを下げていない。いやむしろ短編だからこそ一切の無駄を排しており、さらにロジックに磨きが掛かったような印象を受ける。
また短編の中にはそれまでの長編の雛形ともいうべき作品が見られる。 例えば冒頭の「アフリカ旅商人の冒険」では複数の推理合戦というトライアル&エラーの趣向が盛り込んであり、これは国名シリーズでは『ギリシア棺の謎』と同じ趣向である。「一ペニイ黒切手の冒険」では稀覯本の紛失と高額な古切手を巡る切手収集家の事件という設定は『ドルリイ・レーン最後の事件』と『チャイナ・オレンジの謎』を思い浮かべるし、「ひげのある女の冒険」の1つの屋敷の中で展開する遺産相続の軋轢でぎくしゃくする金持ちの子供らの息詰まるような関係、そして突然訪れる火事などは、名作『Yの悲劇』を思わせる。 「見えない恋人の冒険」で出てくる墓掘りシーンは『ギリシア棺の謎』を思い出した。また『フランス白粉の謎』でクイーンが試みた、最後の一行で犯人の名が明かされるという趣向は本作では「チークのたばこ入れの冒険」と「七匹の黒猫の冒険」と2作で使われている。しかし『フランス白粉~』ではこの趣向に無理を感じたが、この2作では短編であるゆえにスピード感があり、引き締まって演出効果が良く出ている。 特に「三人のびっこの男の冒険」、「見えない恋人の冒険」、「チークのたばこ入れの冒険」、「ガラスの丸天井付き時計の冒険」、「七匹の黒猫の冒険」の諸作でみられる不可解な謎、各所に散りばめられた証拠・証言の提示ならびにそれらから解明されるロジックの美しさは実に素晴らしく、これらが収められている後半では出来が尻上がりに良くなっている感じがした。 『シャーロック・ホームズの冒険』はオールタイムベストに必ず選出されるのに、なぜ本作は上がらないのか、実に不思議だ。もっと評価されていい短編集だと声高に云いたい。 |
No.484 | 10点 | 長いお別れ- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/23 23:03 |
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『かわいい女』から4年後、チャンドラーは畢生の傑作を物にする。それはミステリのみならずその後の文学界でも多大なる影響を今なお与え、チャンドラーの名声を不朽の物にしたほどの傑作だ。それがこの『長いお別れ』だ。
テリー・レノックスという世を儚んだような酔っ払いとの邂逅から物語は始まる。自分から人と関わる事をしないマーロウがなぜか放っておけない男だった。 この物語はこのテリーとマーロウの奇妙な友情物語と云っていい。 相変わらずストーリーは寄り道をしながら進むが、各場面に散りばめられたワイズクラックや独り言にはチャンドラーの人生観が他の作品にも増して散りばめられているような気がする。 「ギムレットにはまだ早すぎるね」 「さよならを言うことはわずかのあいだ死ぬ事だ」 「私は未だに警察と上手く付き合う方法を知らない」 心に残るフレーズの応酬に読書中は美酒を飲むが如く、いい酩酊感を齎してくれた。 本作は彼ら2人の友情物語に加え、マーロウの恋愛にも言及されている。本作でマーロウは初めて女性に惑わされる。今までどんな美女がベッドに誘っても断固として受け入れなかったマーロウが、思い惑うのだ。 恐らくマーロウも齢を取り、孤独を感じるようになったのだろう。そして本作では後に妻となるリンダ・ローリングも登場する。 本書を読むと更に増してハードボイルドというのが雰囲気の文学だというのが解る。論理よりも情感に訴える人々の生き様が頭よりも心に響いてくる。 酒に関するマーロウの独白もあり、人生における様々なことがここでは述べられている。読む年齢でまた本書から受取る感慨も様々だろう。 ミステリと期待して読むよりも、文学として読むことを期待する。そうすれば必ず何かが、貴方のマーロウが心に刻まれるはずだ。 |
No.483 | 7点 | 不夜城- 馳星周 | 2009/03/22 19:50 |
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書評家坂東齢人改め馳星周氏のデビュー作にしてその年の『このミステリーがすごい!』で1位を獲得した話題作である。
しかしその鳴り物入りの本書だが、発表後13年経った今読んでみると、なぜこれが1位?と首を傾げざるを得ない。 刊行当時、読書の共感をおよそ得ることのない劉健一という人物が下す最後の決断はかなり衝撃的だったのだろうけど、私は純粋に彼のピカレスク小説として読んでいたため、さほどの驚きは感じなかった。 それよりも劉健一とその連れ夏美にいろいろ設定を詰め込み過ぎたような気がする。 1つ1つの彼らの過去はかなり重いが、その割には虚無感とか絶望感とかが伝わってこない。ハングリーさばかりが際立って、それがどうも彼らの過去と結び付かない。 突出したエピソードを彼らと取り巻く登場人物にあてがった方が各々のキャラクターに厚みが出て、良かったように思う。 しかし確かに何かは心に残った。次も読もうと思う。 |
No.482 | 7点 | 湖中の女- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/20 22:59 |
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本書は他の作品に比べると実に物語がスピーディに動く。原案となった同題の短編が基になっていることも展開に早さがある一因だろう。
しかし本作はミステリの定型のまま、物語が進んだという印象が拭えない。失踪した妻の捜索を依頼され、いなくなったと云われた湖に行ってみるとそこから死体が浮かび上がる。 しかしその死体は別の女性の死体だった。そしてマーロウはこのことで別の事件に巻き込まれるといった具合。 特に印象に残るキャラがいないせいか、佳作という感が否めない。 |
No.481 | 8点 | 高い窓- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/19 15:16 |
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『さらば愛しき女よ』の後に出たということで期待してしまうせいか、あまり評されない作品だ。
古金貨の捜索という、人捜しではなく物探しというところが他の作品と違う特異点だが、それが特化されないのは結果的に行きつく所がある家族の過去であるからかもしれない。 それでもしかしきらめく文章が横溢している。例えばこんな文章。 「家が視界から消えるにつれて、私は奇妙な感じにとらわれた。自分が詩を書き、とてもよく書けたのにそれをなくして、二度とそれを思い出せないような感じだった」 こんな経験は誰でもあるのではないだろうか?こういう言葉にしたいがどういう風に言い表したらいいのだろうかともどかしい思いをチャンドラーは実に的確に表現する。 詩的なのに、直情的。正に文の名手だ。 そして本作では依頼人の秘書のマールと運転手のキャラクターが鮮烈な印象を残す。 特にマールの存在については現在にも繋がる問題として、読後しばらく考えさせられてしまった。 |
No.480 | 9点 | さらば愛しき女よ- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/18 00:27 |
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私がこの作品と出逢ったことの最大の不幸は先に『長いお別れ』を読んでしまったことにある。もしあの頃の私がフィリップ・マーロウの人生の歩みに少しでも配慮しておけば、そんな愚行は起こさなかったに違いない。あれ以来、私は新しい作者の作品に着手する時は愚直なまでに刊行順を踏襲するようになった。
そんなわけでチャンドラー作品の中で「永遠の№2」が私の中で付せられるようになってしまったのだが、全編を覆うペシミズムはなんとも云いようがないほど胸に染みていく。上質のブランデーが1滴も無駄に出来ないように、本書もまた一言一句無駄に出来ない上質の文章だ。 とにかく大鹿マロイの愚かなまでの純真に本書は尽きる。昔の愛を信じ、かつての恋人を人を殺してまで探し求める彼は手負いの鹿ならぬ熊のようだ。そして往々にしてこういう物語は悲劇で閉じられるのがセオリーで、本書も例外ではない。 本書でもマーロウは損な役回りだ。だけど彼は自分の信条のために生きているから仕方がない。自分に関わった人間に納得の行く折り合いをつけたい、それだけのために自ら危険を冒す。 本書の原形となった短編は「トライ・ザ・ガール(女を試せ)」だが、チャンドラーはそれ以後も大男をマーロウの道連れにした短編を書いているから、よっぽどこの設定が気に入ったのだろう。そしてそのどれもが面白く、そして哀しい。 そしてマーロウのトリビュートアンソロジーである『フィリップ・マーロウの事件』でも他の作家が大鹿マロイを思わせる大男とマーロウを組ませた作品を著しているから、アメリカの作家の間でもかなり評価が高く、また好まれている作品となっている。 本作の感想はいつになく饒舌になってしまった。そうさせる魅力が本書には確かに、ある。 |
No.479 | 8点 | 大いなる眠り- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/16 22:40 |
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冒頭の一節からチャンドラーの本作に賭ける意気込みがびしびしと伝わってくる名文が織り込まれている。
金満家の娘に訪れたスキャンダル処理を頼まれたマーロウが自分の納得行くまで調査を行う物語。つまりこの時点ですでにマーロウは騎士なのだ。 ストーリーは難解(というよりも捻くり回されている?)で映画作品『三つ数えろ』でマーロウ役を演じたボガードが原作を読んだ後、「ところで殺したのは誰なんだ?」とぼやいたのは有名な話だ。 本作はアメリカの富裕層の没落を犯罪を絡めて描き、一見裕福に見える家庭の悲劇を卑しき街を行くマーロウという騎士が自身の潔白さをかろうじて保ちながら浮き彫りにするという物語。このフィリップ・マーロウ第1作にその後ロス・マクドナルドが追究するテーマが既に内包されている。 |
No.478 | 7点 | 日曜の夜は出たくない- 倉知淳 | 2009/03/15 19:16 |
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倉知淳のシリーズ探偵猫丸先輩のデビュー作で、同時に倉知氏自身のデビュー作でもある。
本作も若竹七海や西澤保彦の某作品と同じ、各短編に散りばめられたミッシングリンクが最後に明かされる趣向の短編集になっている。 ただ最後で判明する隠されたメッセージなどはあまりに凝りすぎて読者が見つけ出せるレベルの物ではない。驚愕とか感心とかを通り越して呆れてしまった。 さて本作で探偵役を務める猫丸という人物。その後シリーズ化されているが、確かに面白いキャラクターだ。 一番面白かったのはやはり4編目での猫丸だ。他の作品とは違うきびきびとした振る舞いにニヤニヤしてしまった。 各編の趣向は島田荘司風ミステリあり、ハートウォーミングストーリーあり、ロジックのみを追究したミステリあり、サスペンスありと様々だ。 個人的には表題作がベストだった。 |
No.477 | 8点 | フィリップ・マーロウの事件- アンソロジー(出版社編) | 2009/03/15 01:09 |
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フィリップ・マーロウを主役に当代気鋭のミステリ作家が物語を描いたトリビュート短編集。正に粒揃いの名品ばかりだ。
チャンドラーの作品を別格として、私の個人的なベスト5はコリンズの「完全犯罪」、カミンスキーの「苦いレモン」、ヴェイリンの「マリブのタッグチーム」、ヒーリイの「職務遂行中に」、ロクティの「悲しげな目のブロンド」か。 いやいや、みんなフィリップ・マーロウが好きなのだね。そしてチャンドラーの文体が。待っていましたと云わんばかりに精魂注いでそれぞれがマーロウ・ストーリーを存分に描いている。そしてその誰もがマーロウを卑しい街を行く騎士としてきちんと描いているのが嬉しいじゃないか! そしてそれぞれの作者がチャンドラーのように物語を書きたかったという思いを隠すでもなく前面に押し出しているかのような書きっぷりだった。 |
No.476 | 7点 | トラブル・イズ・マイ・ビジネス- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/13 22:57 |
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早川書房で編まれた全編新訳によるチャンドラー短編集も本書が最後。
最後の巻は非常にヴァラエティに富んだ巻となっている。 通常のハードボイルド系ミステリに加え、エッセイ、そして奇妙な味の短編2編に最後は映画用のプロット1編が収録されている。 そして創元推理文庫版未収録作品は「イギリスの夏」と「バックファイア」の2編。 各編について詳らかに述べると長くなるので割愛するが、本書は上記の性格ゆえに逆にチャンドラーの色んな側面が見れて面白い。 そして有名な評論「むだのない殺しの美学」は本格ミステリに対する著者の考えが遠慮なく盛り込まれつつ、自身の創作哲学が余すところなく開陳されており、必読の1編。 しかし連続して読むとまさかチャンドラーの欠点が浮かび上がるとは思わなかった。文章は超一流だが、プロットのヴァリエーションに乏しい。 数年後、また本書を紐解く時、この気持ちは変わるだろうか? |
No.475 | 9点 | 狼花 新宿鮫IX- 大沢在昌 | 2009/03/12 22:39 |
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第5作の『炎蛹』以降、シリーズの通低音ともいうべき存在感で物語の影の部分で暗躍していたロベルト・村上こと仙田勝が今回鮫島の標的となり、とうとうこの時が来たかと一言一句噛み締めるように読んだ。
そして今回の泥棒市場の撲滅に関わってくるのが鮫島のライバルで同期のキャリア香田。しかし今回香田は今までと違い、公安の立場ではなく組対部の理事官として鮫島と対峙する。 仙田、そして香田。このシリーズを通して常に鮫島に立ちはだかった2人のライバルが本書ではクローズアップされる事で、警察が歩んできた歴史の闇と光、功罪を浮かび上がらせる。しばしば何が正義なのかを読者にも問いかける。 練達の筆捌きで同時進行する複数のストーリーを一点に見事収斂させる。毎度の事だが、本当に見事と云うしかない。 そして本シリーズの大転換ともなりうる結末。 まだまだ新宿鮫は終わらない。 |
No.474 | 7点 | レイディ・イン・ザ・レイク- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/11 14:07 |
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さすがにチャンドラーといえどもこれだけ似たような話を読まされると、疲れてきた。
曰く、事の発端→トラブル発生→死体と遭遇→関係者の間を渡り歩く→真相解明→乱闘シーンで死者が出る、とほとんどこのパターン。 細部の演出は異なるが、話の流れは全てこの流れで進められるため、読後の今振り返ってもどれがどんな話だったのか、ちょっと混在してしまう。 ここにいたって思うにチャンドラーはストーリーテラーとしてはあまりヴァリエーションを持っていなかったようだ。ストーリーの流れは常に定型を守り、そこに女や無頼漢、タフガイを絡め、物語に味付けを施すといった感じだ。そしてそれらキャラクターが途轍もない光彩を放つ時、傑作が生まれるのだろう。『さらば愛しき女よ』然り、『長いお別れ』然り、『大いなる眠り』然り。 最初の頃に見られた卑しき街をしたたかに生きる者どもの姿がここにいたって定型に落ち着いてきているのが、非常に辛いところ。 今回の作品群には今までの短編に見られた叙情が薄まっているようだ。技巧で書いているような気がした。調べてみると本作までの短編が第1長編『大いなる眠り』以前に書かれた物らしい。このころおそらく短編に限界を感じたのかもしれない。次々と浮かぶプロットは複雑さを増すが枚数の限られた短編ではある程度妥協点を見出さなければならない。だからこそ長編へと創作姿勢が移行していったのではないだろうか。 そんな中、本集最後に収められていた「真珠は困りもの」が異彩を放ってて面白かった。 恐らく親の遺産で悠々自適に暮らしているウォルター・ゲイジが婚約者の依頼で探偵を務める話。 このウォルターが坊ちゃんで、自意識過剰、自信家なところが他のチャンドラーの主人公と大いに違い、逆に他の短編に比べて特色が出た。特にウォルターがいきなり盗難の犯人と目したヘンリーに真珠が模造である事を話すところなど素人丸出しで、チャンドラーが他の探偵とウォルターをきちんと書き分けていることがよく解る。 最後の清々しい幕切れといい、本作でのベスト。 しかし連続して読んだがために飽きが来たというのもあるだろう。 「ベイシティ・ブルース」は完成度が高いし、「赤い風」もイバーラというサブキャラクターが印象に残る。 素通りするには勿体無いと一言付け加えておこう。 |
No.473 | 8点 | トライ・ザ・ガール- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/10 23:09 |
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創元推理文庫版の短編集に未収録の作品は本書では「シラノの拳銃」と「翡翠」。
本作では「シラノの拳銃」、「犬が好きだった男」、「トライ・ザ・ガール」そして「金魚」の4編が秀逸。 1つに絞るならばやはり「トライ・ザ・ガール」か。 「シラノの拳銃」は何と云っても最後のシーンが忘れがたい。ナイトクラブの女ジーンが笑みを浮かべながら眠りに就くシーンにしみじみと心打たれた。 「犬が好きだった男」は死屍が累々と残されていき、激しい銃撃戦が二度も出てくるハードな内容だ。しかもカーマディが麻薬を打たれて病院に監禁されてしまうシーンは確か長編でもあったように記憶しているがどの作品だったのか思い出せない。ロスマクのアーチャー物でも同様のシーンがあったように思うのだが。 「トライ・ザ・ガール」はこれこそ正に名作『さらば愛しき女よ』の原形。 そしてこの話の裏テーマというのは8年ぶりに出所した男が直面した、馴染みの店と好きだった街の雰囲気、そしてかつて愛した女、それら全てが変ってしまったことに対する戸惑いと哀しみなのだ。彼は居心地の悪さと居場所の無さを感じていたに違いない。そしてそうした彼の唯一の拠り所がかつて愛した女ビューラだったのだ。あまりに切ない物語。 「金魚」は我らがヒーロー、マーロウ登場の物語。レアンダー真珠を巡る丁々発止のやり取り。ハメットの『マルタの鷹』を換骨奪胎したかのような物語。とにかく悪役の女性キャロルがいい!ストーリーの運びは定型なんだが、彼女の存在が物語に色彩を与えている。最後のサイプの妻がマーロウに仕掛けるフェイクなど、最後まで楽しめる作品。最後のシーンでビリー・ジョエルの”Honesty”の歌詞が浮かんだ。 “誠実、なんて寂しい言葉だろう” この頃のチャンドラーは実に筆が冴えている。どれもこれが逸品だ。 |
No.472 | 7点 | キラー・イン・ザ・レイン- レイモンド・チャンドラー | 2009/03/09 22:51 |
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チャンドラーの短編集は創元推理文庫から出ている物と早川書房から出ている物。また単発では集英社から出ている物。更に早川書房ではHM文庫とポケミスから出ている物と2種類あるが、全ての短編その他を網羅したHM文庫版を登録する事にした。
創元推理文庫版に収録されていないのは「スマートアレック・キル」と「スペインの血」だ。 特に後者は主人公のスペイン人デラグエラの造形がいい。チャンドラーがもし警察物を続けて書いたとしたら、このデラグエラを主人公に添えただろう。それもまた読んでみたかった。叶わぬことではあるが。 長くなるので全ての短編についての詳細は避けるが、再読してなお面白かったのは表題作、「フィンガーマン」、「ネヴァダ・ガス」だ。 それぞれ長編の原形と思しき導入部やキャラクターが出て、懐かしい思いがした。 ただやっぱりこのカタカナの題名はいただけない。なにしろ叙情がなさ過ぎる。 |