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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1602件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.462 3点 五匹の赤い鰊- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/27 00:00
その名が示すようにこれは推理小説でいうレッド・ヘリング物、つまり疑わしき潔白者が何人もいる小説で純粋本格推理小説である。
しかし、レッド・ヘリング物は誰も彼もが怪しいという趣向であり、とどのつまり、意外な犯人というものが真相にならない。
従って、途中で「もう誰が犯人でもいいや」というある種の諦観を抱くようになるのだ。
それは本作も例外ではなく、キャンベルという嫌われ者の画家が殺されるという1つの事件だけで、460ページ弱を引っ張るのはあまりにもきつい。

さらに今回は時刻表解析があったりと、好きな人は堪らないかもしれないが、興味がない、いや寧ろ苦手な私にとってみれば、退屈以外の何物でもなく、はっきりいってこの段階で興味を失したのはまず疑いない。
セイヤーズの小説は最後は素晴らしいカタルシスを提供してくれるので今回も期待したのだが、どうも読者を置き去りにしてしまった感が強い。

No.461 7点 パラサイト・イヴ- 瀬名秀明 2009/02/25 22:46
日本ホラー大賞初の受賞作。この作品が基準となり、同賞が難関となったと云っても間違いではないだろう。

聞き馴れない専門設備・器具の名称や専門用語の応酬に怯むものの、そのパートでは迫り来る得体の知れない何かに対する危機感めいた物がきちんと挿入されている。
さらに話は腎臓移植を受けた麻里子のエピソードやその経過、そして生前の聖美と利明との馴れ初めなどが絶妙にブレンドされ、読み物として退屈を呼び込んでこない。
実にバランスの良いストーリー運びである。

しかしエンタテインメントとしての勢いを減じているのがその圧倒的な量を誇る専門知識と専門用語だ。情報量が多すぎ、読者の理解力をことごとく試すような物語の流れになっているのが惜しい。
しかしそれを第1作目で求めるのは酷というものだろう。

No.460 8点 毒を食らわば- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/24 23:06
本書がピーター卿シリーズのもう1人の主人公ともいうべき、ハリエット・ヴェインの初登場作。

しかし今回の毒殺のトリックは現在に於いても画期的ではなかろうか?正に発想の大転換である。
通常ならば“如何に被害者に毒を飲ませたか?”という命題は実はもっと正確に云えば“如何に被害者のみに毒を飲ませたか?”とかなり限定されることになる。そういった先入観を与える事を見越してのこの真相。

いやあ、この発想のすごさには改めて畏れ入る。

No.459 7点 ベローナ・クラブの不愉快な事件- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/23 22:42
今回のセイヤーズは小粒で、事件も(終わってみれば?)呆気ないほど、単純。
ただ、ピーター卿がこの上なく女性に優しいのを今まで以上に実感し、読後感は非常に快い。

登場人物としては何をさしおいてもアン・ドーランドが一番だろう。物語の終盤でようやくピーター卿と邂逅するこの女性は、最初と最後の印象がガラリと変わり、なんともまあ、爽やかな幕切れを演出する。

また原題の「Unpleasantness」に込められた意味も非常に多種多様で、広告のコピーライターをしていたセイヤーズならではの題名だ。
翻訳の都合で「不愉快な事件」と名付けざるを得なかったのが非常に残念である。

No.458 10点 不自然な死- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/22 19:29
セイヤーズは凄い!本統に現代のミステリに通じるセンス・オヴ・ワンダーがある。今回も例によって発端の事件は地味。いや料理屋で隣り合わせた医師が非難にあった事件にもなっていないある老嬢の死から始まる。

気に入ったのは3点。
まずピーター卿が単純な自然死の真相を暴こうとする動機。「この世には犯罪で殺されるよりも普通に亡くなる人の方が多い。だが普通に死んだ者達の中にも殺された人がいるかもしれない。それはただ単純に発覚しなかっただけで完璧な犯罪だったんじゃなかろうか。6人殺した毒殺魔が7人目を殺した時に捕まるのも、6人目までの手際が良くて発覚しなかっただけなんだ」という趣旨の台詞を述べる。おもわず頷いた。
次に動機が斬新。P.D.ジェイムズが多分にこの影響を受けたように思える。
そして明かされる真相。この手の趣向は某有名作家が多用していたが、セイヤーズのそれは正にメガトン級。あまりの衝撃にどこか矛盾が無かったかと読み返したが、十分配慮がなされていた。

発端からこんな凄惨な事件が繰り広げられようとは全く予想だにしなかった。いやあ、全くセイヤーズは素晴らしい!

No.457 4点 雲なす証言- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/22 01:06
セイヤーズの長編の特徴は発端の事件自体はシンプルなのだが、その事件の周辺に関わる些事や各関係者の行動についてそれぞれどういう意味があったのかを解明する事で実はこんな事件だったのだという予想以上に混迷した姿を見せる所にあると思う。
で、今回は中盤、ゴイルズあたりが登場する所は俄然乗ってきたのだが、最後には仮説の一つが淀みなく証明されたに過ぎなかったという結末がシンプルに収束したのが残念である。特に最後の最後で新しい、しかも登場人物表に載っていない重要人物が出てくるあたりは興醒めである。

No.456 8点 誰の死体?- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/20 22:34
初めの方は読んでも読んでも全然頭に入らず、どうにもこうにもつまらないという感じだったが、後半辺りから何かしら事件の実態が見え始めたせいか、グイグイと惹き寄せられた。
事件は至ってシンプルで、一見何の変哲もない設定のように思えたが、真相が徐々に明かされるにつれ、これが実に練り上げられた設定であることに気付かされる。
死体の処理方法にこんな方法があるのかとそのロジックに感嘆した。

しかし本書の白眉はピーター卿が犯人と直接対峙するシーン。
こんな緊張感のある犯人との対決シーンもなかなかない。
しかもここで犯人を直接告発せずに去る所が騎士道精神溢れて、カッコいいのだ。

No.455 7点 ピーター卿の事件簿- ドロシー・L・セイヤーズ 2009/02/19 22:59
セイヤーズの初読作品として本作を手にしたが、これが間違いだった。
こういう短編集はやはりシリーズをある程度読んでいないと十二分に楽しめない。
これで2点はマイナスだ。

しかし、島田氏が本格の定義として提唱している「冒頭の怪奇的・幻想的な謎、そして後半の論理的解明」を正に実践しているのに驚いた。
こんな本格が過去、西洋にあったのかと再認識させられた次第。
ドッペルゲンガーに悪霊憑き、そして首のない馬車とゴシック風味満載である。
真相自体はずば抜けた物はないが、こういう正道作品があったことが素直に嬉しい。

No.454 8点 原罪- P・D・ジェイムズ 2009/02/03 21:57
マンディ・プライスという従来の作者の作品にはいなかった現代的な娘を要所要所に活用する事で、何か軽快なテンポのいいストーリー展開が生まれ、非常に愉しく読み進めることが出来た。
とは云え、改行の少ない文字のぎっしり詰まった文章は相変わらずだし、最後の最後に来て救済のない結末を持ってくる所などは、ああ、やはりP.D.ジェイムズか、と嘆息してしまった。しかし、ある種吹っ切れた感があるのは確か。
やはり今回のように出版業界のような勝手知ったる世界を舞台に扱う方が俄然物語に勢いがついてくる。

No.453 7点 策謀と欲望- P・D・ジェイムズ 2009/02/02 21:22
連続殺人鬼の登場をメインの殺人事件の単なる小道具として扱う辺り、やはり大作家の構成力は只ならぬものがあるなと感心したが、終わってみれば犯人は予想外だったけど、動機としては単純なもの。
いや寧ろ深くまで語られなかったため、抽象的であり浅薄だ。
今回は連続殺人鬼、原子力発電所という2つのモチーフが物語にあまり溶け込んでいなかったように思う。2つの短編を組み合わせて作られた、そんな乖離を感じた。

今回、読んでいて気付いたのはアダム・ダルグリッシュという存在を作者は暗鬱な日常性から解放する導き手に想定しているのではないかということ。悲劇が繙かれた後、関係者それぞれに変化が扉を叩く、その役目を彼が負っている、そんな気がした。

No.452 1点 グルジェフの残影- 小森健太朗 2009/02/01 19:11
『神の子の密室』がイエス・キリストの復活の真相を探るミステリであったように、ロシアの神秘思想家ゲオルギイ・グルジェフの正体と彼と親交の深かった哲学者ピョートル・ウスペンスキーの関係を探る歴史ミステリだ。
しかし本作では作者もあとがきで自戒しているように、かなり自身の趣味に走りすぎて、果たしてこれはミステリなのか?と首を傾げざるを得ない。
物語もようやく終盤になって殺人事件が起きるが、これが本当に取って付けたかのような事件で、物語に溶け込んでいない。

とにかく彼ら2人の哲学論議が終始物語を覆いつくしており、読者もそれなりの覚悟が強いられる。
さらに驚くのは本作は文藝春秋の「本格ミステリーマスターズ」叢書の1冊として刊行されたことである。これほどまでにエンタテインメント性を排した作品をこのシリーズで刊行した同社の担当者は商業性やシリーズの特性を全く無視して刊行したのではないかと勘ぐらざるを得ない。

No.451 9点 死の味- P・D・ジェイムズ 2009/01/30 22:44
重厚かつ濃厚とはまさにこの作品を指す。
実に読みでのある作品だ。
今回の特色はワンマンで捜査に当っていたダルグリッシュに仲間が登場することだろう。
というよりも今までなぜこういう設定が無かったのかが不思議だが・・・。
その中でも出色のキャラクターは27歳の若き女性警部ケイト・ミスキン。彼女自身に個人的なある事情を持っているというのが設定として映えているし、さらにそれが終盤になって痛烈に響くのがすごい。

ミステリとしても面白いが、事件の全容が解明された後に更なる人間ドラマが展開される。
よくもまあ、こんな物語を書けるものである。
ジェイムズの人間洞察の深さにはほとほと畏れ入る。
本作はダルグリッシュ警視シリーズでオイラの中では№1の作品だ。

No.450 9点 皮膚の下の頭蓋骨- P・D・ジェイムズ 2009/01/29 22:39
女探偵コーデリア・グレイ2作目は、1作目とは打って変わって、孤島に聳えるお城が舞台。つまりクローズト・サークル物。
そこで開かれる人気女優による古典劇、様々な思惑を秘めた招待客とゴシック風味溢れる本格ミステリ。

いやあ、堪能した。
もう当然のことながら、登場人物全てが女優に悪意を抱いているのがネチッこい^^
こういう趣向だと、誰が犯人でも驚きが薄れるのだが、ある重要な証拠をコーデリアが掴んだ瞬間、思わず声を挙げてしまった。
これほどまで悪意に満ちた作品なのだが、コーデリアが島から脱出した瞬間、自分も悪意から解放された気分になり、読後感は爽やかだ。

No.449 10点 罪なき血- P・D・ジェイムズ 2009/01/28 19:33
実の両親を探し当てたところ、父は少女暴行罪で獄中死、母はその少女を殺害したかどで服役中というショッキングな設定。
そして母の出所が間近である事を知った主人公の女性が、母との生活を決意したところ、なんと娘を殺された父親もまた復讐するためにその母親の出所を待ち構えていたという、もう不幸にしか転がらない設定の話。しかしこれが実に読ませる。

ジェイムズの精緻を極める文体はこういうシンプルな設定の方が存分に活かされると思う。
複雑な事件を更に緻密な背景描写、人物描写に舞台設定、人間相関に筆を割くと、読み手の苦労もかなりの物になる(まあ、これでないとジェイムズを読んだ気にもならないのだが)。
しかしこのノンシリーズである本書はそのシンプルかつ解っている結末を迎えるまでに、主人公の女性と復讐を企む父親の心の移り変わりや再会までの過程が緻密であればあるほど、ドラマを掻き立て、登場人物らの心情が心に染入ってくる。
むしろ人を殺す理由というのは単純な物ではないという事が非常に説得力を持って書かれている。

またこういう作品を是非とも書いて欲しいのだが、御年80を超える今となってはもう無理かなぁ。

No.448 7点 失踪症候群- 貫井徳郎 2009/01/27 23:04
貫井氏といえば、『必殺仕事人』に代表される“必殺”シリーズの大ファンであるが、本作はその趣味を存分に活かしたシリーズと云えるだろう。とにかく環敬吾率いる彼のチームのメンバーの召集シーンからニヤニヤしてしまった。

特に注目したいのは本作に登場する犯罪の片棒を担いだ人々というのが、実は私たちとなんら変わりのない、ごく普通の人々だということだ。彼らは現状に不満を抱きつつ、毎日を過ごし、その現状から脱出したいがために、一線を少しだけ越えてしまった人々なのだ。その一線というのが、誰しも抱く「このくらいなら大丈夫だろう」という軽い気持ちで始めた犯罪行為というのが非常に心苦しい。
こういう作品を読むと、我々の安定した暮らしというものがいかに危うい日常のバランスの上で成り立っているかが実感させられる。

しかし最後の方で物語の軸足がぶれてくるのはちょっとマイナスか。題名が単なる取っ掛かりでしかなくなっている。

No.447 4点 シャム双子の秘密- エラリイ・クイーン 2009/01/25 19:18
カナダからの休暇旅行の帰りに山火事に出くわし、アロー・マウンテン山頂に聳え立つ館へ避難を余儀なくされるクイーン親子。
そこで殺人事件が起き、警察が来られない事で捜査を一任されるというクローズト・サークル物。
クイーンの国名シリーズでも異彩を放つ本書は、なんと定番の“読者への挑戦状”が挿入されていない。
それでも私は推理に挑戦したが、確かにこれは挑戦状を挟めないなぁ。

クイーン親子が館に辿り着く前半は、怪しげな館の住人たち、道中ですれ違った車の存在を誰も知らないこと、クイーン警視が見た蟹の化け物、などなどクイーンらしからぬ怪奇趣味が横溢してあり、新機軸かと思われたが、それらの謎はいとも簡単に明かされ、その後はオーソドックスなミステリに終始している。
もっと魔物の仕業としか思えない殺され方とか、曰くありげな館に纏わる因習など、カーなら絶対に盛り込むであろうオカルト趣味が持続すればよかったのだが、あまりに平凡すぎるし、エラリーは何度も推理を間違うし、最後の決定打は理論的にも押しが弱いしと、物語が進むに連れてスケールが尻すぼみしていった作品だ。

No.446 8点 宿命- 東野圭吾 2009/01/25 00:42
本作は三角関係という恋愛小説の色も持ちながら、青春小説の側面もあり、なおかつ明かされる三人の過去には科学が生んだ悲劇という通常相反する情理が渾然一体となって物語を形作っているのが特徴的だ。
この絶妙なバランスは非常に素晴らしい。特に科学の側面を全面的に押し出さず、あくまで人間ドラマの側面を押し出して物語を形成したのは正解だろう。

そして登場人物3人、特に主人公晃彦と勇作2人に纏わる濃い相関関係は、昨今のお昼のメロドラマのような作りすぎた内容なのだが、東野氏のあっさり味の文体がくどさを解消している。
これがこの作者の最大の長所ですな。

開巻前、なんとも思わなかった表紙絵(文庫版)が読後では印象がかなり違って見え、味わい深い。

No.445 6点 わが職業は死- P・D・ジェイムズ 2009/01/18 19:41
本作は非常にオーソドックスな作りになっている。ジェイムズのミステリ公式に則って、創作された、そんな感じだ。

事件が起き、ダルグリッシュが登場し、関係者一人一人に尋問。しかも登場人物それぞれが重苦しい何がしかの不幸を孕んでいる。ダルグリッシュが捜査を続けていると第2、第3の事件が発生、そしてカタストロフィへ…てな具合だ。

この定型を固執するがため、それぞれに個性が感じられなくなってきているのも確かで、本作においては特にその志向が強い。

ジェイムズには読後、良きにせよ悪きにせよ、いつも心に何かが残るのだが、本作に関してはその辺が全くない。
多分1ヵ月後にはどんな話だったか忘れてしまうだろう。

No.444 6点 黒い塔- P・D・ジェイムズ 2009/01/17 23:34
とにかく重厚かつ陰鬱な内容で、途中何度も投げ出そうかと思った作品。
レジナルド・ヒルの『骨と沈黙』が出るまで、ポケミスでは最厚記録を持っていたらしい。

今までのジェイムズの特徴である緻密な人物描写、風景描写は全く緩まるところがなく、更に登場人物が増えたわけだから、その分量も増え、今までの作品にありがちな、残り少ないページ数で解決シーンへ駆け足で行き着く、などということが全然なく、そこまで終始見開き2ページ、文字で埋め尽くされたページが延々と続く。
最初に手に取るジェイムズ作品としては最も相応しくない作品だろう。

その分、今までになく事件の真相は凝っているように感じた。更にダルグリッシュに魔の手が迫るのもいい。
しかし、これはキツイ!かなり読むのに覚悟がいる1冊。

No.443 6点 女の顔を覆え- P・D・ジェイムズ 2009/01/16 22:54
本作がジェイムズのデビュー作で、本の厚みは薄いものの、やはり第1作目から文章が見開き2ページに渡って毎ページぎっしり詰まって、あたかも真っ黒になっているかのよう。

本作でのテーマは被害者の人と成りが捜査で周辺の人からの聴取により一変していくところでしょう。
こういう話は好きですが、ただもう少し掘り下げてほしかったかな。
しかしデビュー作にしてジェイムズのミステリのスタイルが確立されているのは驚いた。
最初からレベル高いです、この人。

事件の始まりは日常の終わりを告げる始まりである。
デビュー作からこのテーマはジェイムズにとって不変のようだ。

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