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ことはさん
平均点: 6.20点 書評数: 288件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.108 8点 ジェゼベルの死- クリスチアナ・ブランド 2021/08/09 12:50
まずは欠点から書いてみよう。(これはブランド作品全般に当てはまるのだが)読みづらい。
読みづらさの原因は、第一に、三人称他視点にあると思う。日本の小説では三人称他視点はあまりなく、あっても章ごとに視点を変えるなどして、読者は常に誰かの視点に寄り添っているのが普通だ。ところがブランドは「Aはxxと思った。Bはxxと思った」とつづけて書く。
(セイヤーズの「死体をどうぞ」の解説で法月綸太郎が「サタイア」について書いていて、「喜劇性の濃い風刺文学、イギリス小説の”伝統”を形成する」とあり、風刺文学との視点ならば、三人称他視点も違和感がないのかもしれない。こうなると、これはもう国民性/文化の差異で、しょうがないのかもしれない)
あと、登場人物の心理がわからない。色々な仮説が繰り出されるが、その仮説をふまえた心理的背景まで説明されないので、表面的に流れ去ってしまうところがある。また、状況説明の段取りも不十分、もしくは下手だと思う。本作でもアリバイの状況提示は断片的に会話で行われるだけだ。
それなのに”本作は面白い”というところがすごい。(まあ、面白がれるのは、謎解きミステリを好きな人だけだと思うが)
途中に繰り出される仮設がひとつひとつ魅力的だし、演出も冴えた部分がおおい。中盤、箱を開けるときの演出はゾクゾクした。
そして、最後に繰り出される真相……。これはいい。
多くの仮設が提出される作品ではよくあることだが、最終的な解決が最も魅力的ではないことが、よくある。しかし本作では、最終的な解決が圧倒的にいい。途中に繰り出される仮設もいいのに、それを上回っていい。いやいや、これはもう、ブランドの最高傑作であると思う。

No.107 6点 鷺と雪- 北村薫 2021/05/16 14:28
さらにミステリ度は下がっている気がする。謎は解決はあるが、検討がないために、そう感じるのだと思う。そのため直木賞受賞作だが、評価はあがらないなぁ。
不在の父:「馬さん」の人物造形がよい。やはり北村薫はキャラクターの作り方がいいなぁ。
獅子と地下鉄:謎自体がたわいもない。この話に直接関係なくブッポウソウが登場する。参考文献によると実際にあったこととのこと。前に出したのはこのための布石だったのだな。
鷺と雪:当時の時事の話が一段と多い。それは、やはりラストの効果のための布石なのだと思う。このラストは確かにいい。ミステリとしてはどこかで見たような手口。悪意の見せ方は、北村薫らしい。

No.106 7点 玻璃の天- 北村薫 2021/05/16 14:27
個々の話と、全体を通しての話が同等の分量で描かれている。個々の話はミステリだが、全体を通しての話はミステリではない。でも、面白いのは、全体を通しての話なので、ミステリを期待すると肩すかしかもしれない。シリーズ3作では本書がベストと感じた。
幻の橋:犯人が「すぐにばれない」と考える理由が思い当たらない計画なので、ミステリ的には杜撰かな。まあ、落とし所(意図を込めた絵の選択)が見せたいところなのだとは思うが。ここは好み。ベッキーさんの背景話、英子の出会いなどの別の部分が見どころ。
想夫恋:ラストのベッキーさんの諭しがよい。
玻璃の天:犯人の行動は「こんな複雑なてつづきが必要とは思えない」が、シリーズのテーマにそった動機が読みどころ。個人的にはこれがシリーズのベスト作。

No.105 6点 街の灯- 北村薫 2021/05/16 14:25
ミステリ部分と、当時の風俗を描く部分、キャラクター紹介部分が、同等の分量というところ。
ミステリ部分も小ぶりで、ミステリを期待すると肩すかしかもしれない。ただ、やはり北村薫はよみやすくて、するする読めてしまう。
また、桐原家の人々は、シリーズを通して登場するので、そのためキャラクター紹介部分の分量も多いのだろう。
虚栄の市:乱歩を引き合いに出したミステリ部分は、付け足し程度。第1話のため、舞台設定もふくめた主人公たちの紹介の話。
銀座八丁:暗号部分は、これもサブストーリー感がある。当時の風俗、桐原家の紹介、ベッキーさんの紹介が主。「鷺と雪」まで読むと、服部時計店の紹介もポイントだったのだなとわかる。
街の灯:ミステリ的には、これが一番しっかりしている。ある人物の気持ちが(北村薫らしく)どす黒いのが面白い。解決のしかたばどうなのかと思ったが、「鷺と雪」まで読むと、これはそういうテーマで作られているのだとわかる。また、ブッポウソウの紹介もポイントだったのだな。

No.104 6点 むかし僕が死んだ家- 東野圭吾 2021/05/16 14:24
プロットはいい。事実がみえてくる展開も軽快で(少し軽快すぎるかも)一気読みだ。
ただ、読んでいて、話が分散して感じられた。「その家の過去を推理する話」「女性の過去を探す話」「語り手の抱えている問題」のそれぞれが、うまく関連していない。展開としても「女性の過去を探す話」が、「その家の過去を推理する話」にかわり、最後に急に「女性の過去を探す話」に戻るという感じで、どこかアンバランス。ラストの落とし所も、少し無理が感じられる。
また、(上記展開のためもあると思うが)人物描写がよくない(悪くないけと、迫真性が足りない)ので、登場人物に共感できなかった。(共感が小説に必須とは思わないが)この話は登場人物に共感させてこそ、最後がいきるプロットだと思う。
ある程度面白いのだけど、「もう少しで、そうとう面白くなったのに」と悔やまれる作と感じた。

No.103 7点 白馬山荘殺人事件- 東野圭吾 2021/04/03 23:59
東野圭吾作品で一番愛着のある作品。
初期作品だからだろうけど、東野圭吾では珍しく作者の思いを感じる作品。
出版された当時に読んで、期待して何作か読んだけど、以降の作品は(少し冷めた)”職人”になってしまって、継続してよむことはしなくなってしまった。
冒頭の人物の属性に関することに触れている書評がいくつかありますが、出版が綾辻以前であることを考えると、こなれていないことより、先進性を評価すべきだと思いますね。綾辻以前の出版当時に読んで、面白い趣向だなとワクワクしました。

No.102 7点 秘密- 東野圭吾 2021/04/03 23:46
これは東野圭吾作品では、人物描写が濃厚。ラストは個人的にはぴんとこなかったけど、いいなぁと思うシーンがいくつもある。
でもミステリではないよなぁ。

No.101 8点 ある閉ざされた雪の山荘で- 東野圭吾 2021/04/03 23:40
(10作くらいしか読んでないですが)東野圭吾の中で一番好き。
やはり、語りの仕掛けが好き。これは好みだなぁ。この仕掛であの部分やあの部分がアンフェアにならないという、この反転がいいよねぇ。

No.100 6点 悪意- 東野圭吾 2021/04/03 23:34
このサイトで評価が高い東野作品の中で、未読なので読んでみた。プロット展開は二転三転して最後まで面白く読めたし、文章もするする読みやすい。
東野圭吾の特徴がよくでていると思う。
でも、悪い点でも、東野圭吾の特徴がよくでているかなと思う。(10作くらいしか読んでないですが)
たとえば、「文章表現として”いいなぁ”と思う点はない」「(好みかもしれないが)キャラクター描写はいまひとつ(イメージがわかない)」「登場人物の心理が迫ってこない(迫真性がない、よくわからない)」など。
東野圭吾は私の感覚では技術力のある”職人”なのだが、作品に対する思い入れがほとんど感じられない。カーなどは失敗作でも「これがやりたかったんだな」と思わせる部分があるのだが、東野圭吾はそういうものが感じられないため、熱心に応援しようという気にならないんだよな。でも(”職人”だけあって)駄作もないんだけど。

No.99 7点 原罪- P・D・ジェイムズ 2021/03/14 15:11
ミスキン警部を追いかけようと(登場人物一覧にミスキン警部がない「策謀と欲望」はとばして)原罪に手をだしてみた。
読んてみると「死の味」に対する言及も複数箇所あり、本作でミスキン警部が最初に出るシーンは「死の味」の直後の感じが濃厚にあり、シリーズ的には、完全に「死の味」の次作となっているように思える。
「死の味」以前の作品は「罪なき血」以外は読んでいるが、今まで読んだジェイムズ作品では、「死の味」よりさらに読みやすく、間違いなく一番面白かった。
今回、出版社が舞台ということで(家族関係が主になっていなく)、事件関係者視点の部分もいろいろな動機が蠢くミステリとして読める。これまでのジェイムズ作品では、一番文学味を感じなかった。今回6割ほどが事件関係者視点なのに、一番ミステリだと思った。
キャラクター描写も冴えていて、アリバイを証言する子供(人物表にない)などは、頭がよい、かつ、子供であることを両立させていて、実に魅力的。
ラストもなかなか意外。途中のあのエピソードがフィーチャーされるとは。ミステリ的カタルシスは無い意外性であるところは、やはりジェイムズだなぁと思うけど。
ラストシーンは、ダルグリッシュよりもミスキンに寄った描写になっていて、ここも個人的には好感触。作者はミスキンの方に心情的に寄り添っていそうで、次回以降もミスキンの活躍が期待できそうだ。
いやいや、これは、今後のダルグリッシュ&ミスキンものも楽しみだ。

No.98 5点 死の味- P・D・ジェイムズ 2021/03/14 15:09
他の方の記述にもでてくるが、確かにこれはジャンル分けするならば「警察小説」だ。
事件が起き、捜査が行われ、犯人がつかまる。しかし、ミステリ的興趣、謎に対する興味、謎を追う冒険感、謎が解けたときのカタルシスなどは無い。事件は警察の操作で解決される。
ミステリ観点からは否定的にみえるコメントになってしまったが、今まで読んだ(「死の味」以前の作品は、「罪なき血」以外読んでいる)ジェイムズ作品では、断然読みやすかった。
これは、間違いなく捜査側をチームとし、複数視点を導入したためだと思う。特にダルグリッシュは、捜査陣の視点からどうみえるかが書かれたことで、キャラクターイメージがくっきりしたと思う。検死医などについてもシリーズ・キャラにしようという目論見が濃いので、作者もかなり意図的に、捜査側をチームとして描こうとしていると想像する。
ただし、「警察小説」といっても半分だけで、残りは家庭内ドラマだ。
視点は三人称多視点だが、警察サイドでない視点が半分を占める。この部分、つまらなくはないのだが、やはりあまり好みではなかった。「警察小説」側だけで書いてもらえば、私の評価は上がるのだが、それだとジェイムズの個性が薄れてしまうしなぁ。
とはいえ、ミスキン警部は印象的なので(後続作の人物表をみると、シリーズ・キャラとして定着するようなので)継続して読む気にはなった。

No.97 8点 オランダ靴の秘密- エラリイ・クイーン 2021/01/23 17:07
創元推理の新訳で再読。
あぁ、これが良い謎解きミステリの読み心地だなぁと思う。推理の「これしかない」感が、クイーン作品でも最上位だ。再読してあらためて感じたのは、終盤のよさだ。エラリーが手がかりを掴んでから後の展開は、演出もよく一気に読める。ここはいいなぁ。
それに法月の解説がよい。ひとつひとつ説得力がある。特に「なるほど」と思ったのが、兼業作家/専任作家に目をつけて、作風が変わる("推理中心の小説"はオランダまでの3作目まで)というところ。ローマ、フランスを再読したのも、これに触発されて、3作を間をあまり開けずに読んでみたかったからというのが実際のところだ。
これをふまえて全体の構成をみてみると、3作とも、事件発覚から捜査が始まり、初日の操作が完了するのは、半ば過ぎ。オランダでは200ページくらいで、ローマ、フランスと似たようなボリューム感だ。その後、捜査の手が広がり、この部分が150ページくらいで、残りが解決編になる。こうしてみると、ローマ、フランス、オランダまでの3作は、同様の枠組みの中に、違う趣向を盛り込んだのだと思える。そしてこれ以降の国名/レーン4部作は、確かに同様の枠組みのものはなく、ここまでが兼業作家クイーンだったのだなぁと思わされた。
気になった点もいくつかあげてみよう。
まずは、事件の捜査が単調かな。フランスでは少しずつ事件の全貌(当日になにがあったのか?)がわかっていくのだが、オランダでは事件の全貌はシンプルで、捜査の後半は事件の背景(家族関係、仕事関係の人間関係と、動機の可能性)になっている。私の好みでは、ここがやや単調だった。
また、推理についても質はよいが、ボリュームが少ない気がする。クイーンの最高傑作に押す人もいるが、私の好みでは、この点で国名シリーズの最高作にはならないなぁ。
それでも、「謎解きミステリ」の典型としてあげるなら、確かに「オランダ靴の謎」は最適の1冊であることは再確認できた。

No.96 7点 悪の起源- エラリイ・クイーン 2020/12/14 00:09
ン十年ぶりの再読。
プロットは、このころのクイーン好み。構想は面白いが、事件のつなぎの調査が、どうも退屈で夢中になれない。最後の落とし所も、意外ではあるが、もう一度全体を振り返って考えてみると、どうもいろいろ腑に落ちないところがでてきて、傑作というわけにはいかない。
それでも、クイーン好みの構想は好きなので(ここが面白がれないと、そうとうこの話はつまらなく感じると思うが)、点数は甘めです。
また、クイーン作品では、かなりキャラクターが印象的な作品。個々の人物に際立った個性がある。
「災厄」などは、キャラクターは掘り下げてあるが現実にいそうなキャラクターだが(「災厄」それがよいのだが)、本作は現実にはいないようなキャラクターばかり。
(ここから、プロットの構造のネタばれ)
そこで、ふと気づいたのが、この作品「十日間の不思議」と似ていないか?
似ているところと、ちょうど相反するところがいろいろあり、表裏をなすようにみえる。
似ているところは「キャラクターの個性的なこと」「人間関係(二人の男と一人の女)」「不可解な事件が起こっていく構成」「解決編の構成」。ちょうど相反するところは「解決時の探偵の立ち位置」「犯人の扱い」「リンクの元が宗教的/科学的」「人間関係のパワーバランス」。
北村薫が、どこかで”「十日間」「九尾」「悪の起源」で探偵エラリイの挫折から復活を描いた”といったような記述をしていたと思うのだが、忘れてしまった。「十日間」との類似をふまえて改めて読み直したいのだが、どうにかわからないかなぁ。

No.95 5点 ビール職人の醸造と推理- エリー・アレグザンダー 2020/10/18 01:21
ミステリとしては、2、3点。もうね、ミステリはただの風味付け(笑)。
これは、ビール醸造所のお仕事小説です。(と思っていたら、2作目の解説に「お仕事小説」とあった。そうだよね)
ビール醸造所のお仕事小説としては、(2作目も読むつもりになったくらいには)面白かったので、間をとってこの点で。
あ、ミステリ・ファン(ミステリを期待する人)は読む必要なしです。
アメリカのコージー派って、この手ののりなのかも! 仕事を変えれば色々できるしね。それはそれで面白そうだけど、ミステリではないよなぁ。

No.94 5点 七人のおば- パット・マガー 2020/10/18 01:13
ドメスティック・サスペンスとでもいえばいいのか。登場人物たちの人間関係でじっくりよませます。
メインの趣向の「殺人者の正体」については、なるほどと思いましたが、どうも琴線にひびかない。
良く出来てるんだけど、なぜだろう? なにかが好みと違うのでしょう。

No.93 5点 ウェンズ氏の切り札- S=A・ステーマン 2020/10/18 01:04
うーん、これはだめだ。
併録の「ゼロ」のメインの仕掛けは、(いまでこそよくあるが)時代を考えると、実に先進的だ。仕掛けのアイディアはよい。
でも、小説としてどうなの? と思ってしまう。
(とくに「ウェンズ氏の切り札」に顕著だが)セリフとアクションだけで、描写が無い。人物描写、心理描写、風景描写が無い。また物語をすすめるエピソードも面白みがない。小説として面白くない。他のステーマン作品も、そんなイメージだったな(昔過ぎて朧な記憶ですが)
ミステリとしてのアイディアはいいけど、それだけの作品。幻の……となるわけです。
ま、アイデイアはよいので、加点してこの点数かな。

No.92 8点 恐怖の誕生パーティー- ウィリアム・カッツ 2020/10/18 00:52
昔々に、なにかで好評を読んで、買っておいたものを、ふと読んだので、予備知識ゼロでした。
予備知識が無く、読めてよかった。傑作。
序盤の不穏な情報から、少しずつサスペンスが高まり、終盤クライマックスへ。エピローグも漫然とすることなく、サスペンスの傑作。
ま、ネットの感想で「B級……」と言われてしまう雰囲気もわかるので、それが「幻の女」級の名作にはなれなかった原因かな。
終盤、ある人物がある物を修正するのだが、そこを読んだときは「それはちょっとなぁ」と思ったが、理由が明かされたときは「なるほど!」と感心した。似たような趣向は既読だが、心理的理由との絡め方はオリジナル。これはいい。
これこそ予備知識が入ってしまうと、興味が半減してしまいそうなので、今から読む人は、是非ネットの情報を取得すること無く読んで欲しい。

No.91 8点 フランス白粉の秘密- エラリイ・クイーン 2020/10/17 21:22
創元の新訳で再読。初読時の印象は相当良くて、国名シリーズでは一番好きだった。
ローマ帽子と比較すると、全体の構成はかなり似ていることがわかる。事件発覚から捜査が始まり、初日の操作が完了するのは、300ページになったところ。前半は操作の段取りをみせることですすみ、それがかなりの量を占めることは同様の構成だ。
ローマ帽子から改善されているのは、捜査の段階で数々の手がかりが提示されて、興味を引くこと。例えば、途中まで塗られた口紅、他人の口紅が残っていたこと、タバコの吸殻、置かれていた不自然な本、ブックエンドのフェルトなどなど、たくさん。
これらのたくさんのパーツからどのような絵が描けるか、色々考えさせられて、ここが楽しい。これが楽しめないと初期クイーンは楽しめないかな。
そして、1日の捜査の最後に、エラリーから推理の一部が披露されて、ここで手がかりのいくつかは、きれいにかちかちと嵌っていく。整理の快感というべき楽しさ。これが謎解きミステリの楽しみだなぁと、あらためて思う。
面白いと思ったのは、置かれていた不自然な本の理由があかされるところ。黙っていた理由が、彼女のためで、構成から考えると、恋人同士の設定は、この告白を後ろにもっていくためだけに思える。
今回の再読では、最後の推理の決め手が弱いなぁと感じたので、若干記憶より評価が下がったが、やっぱりこれは好きだな。
謎解き以外には、キャラ立てや、捜査以外のプロットの起伏もないから、「謎解きミステリ好き」以外は楽しめなさそうだけど、「謎解きミステリ」ファンとしては、こういうのが「謎解きミステリ」だよねと思って、好感。
(それにしても、被害者の娘の扱いについては、ドラマ要素の無視がすごすぎて、愕然とする)

No.90 6点 ローマ帽子の秘密- エラリイ・クイーン 2020/06/06 22:42
創元の新訳で再読。初読時よりは楽しめた。
新本格を経た視点で謎解きミステリとしてみると、推理としては1点しかないので、ページの割には小粒だ。(後半の帽子の隠し場所の推理は、推理とはいえないようなものだし)
代わりにページを費やしているのは、捜査の段取りだ。劇場で殺人が発覚し、劇場内に観客を残して捜査が開始される。搜査当夜が終了するのは百ページ台の後半あたり。この捜査の段取りを楽しめないと、本作は楽しめないと思う。
この読み心地は、やはりヴァン・ダインの影響だろう。執筆時期を考えると、参考にしたのは、ベンスン、カナリヤの2作だけではないだろうか。
ヴァン・ダインからの改定点としては、(「プロの警官をそこまで馬鹿に書くのはどうか?」と思ったのか)視点人物を優秀な警官にしていること。そして解決として「読者にも可能な推理」を組み込んだこと。これにより「挑戦状」というスタイルを説得力をもって実現したこと。
評価姿勢としては、「推理が小粒である」ことより「初めて推理を組み込んだ」ことを肯定的に捉えるのが適切と思う。(けど、点数はこんなものかな)
また、「九尾の猫」とつづけて読んだからか、クイーンは最初から街(劇場)を描こうとしていたんだなぁと思った。こういうのも、私はクイーンに好感触をもつところだなと思う。

No.89 9点 九尾の猫- エラリイ・クイーン 2020/06/06 22:15
再読してよかった。傑作。
まずは暴動のシーンがよい。デ・パルマ監督のスローモーションのように描写され、実に印象的。(デ・パルマ監督の有名なシーンは、「アンタッチャブル」の大階段のシーンとか、「ミッション・インポシブル」の大水槽の爆破シーンとか)
暴動前のシーンでは、次のような文章がある。
「だれかれかまわず勝手に警察官の真似をさせるわけにはいかない。これでは無政府状態だよ」「人々が耳を傾けていたのは、内なる恐怖の声だ」
コロナで自粛警察などが騒がれている今、肌感覚としてリアルに感じる。原作は1949年。70年前の小説が、まるで現在の社会を映し出しているようだ。
初読時は戸惑いが大きかった。そのため高い評価ではなかったが、それは謎解きミステリを期待していたのに、別ものだったからだろう。再読では、作風を把握した上で読んだから、実に楽しめた。
これから読む人は、本作を読む前の心持ちとしては、アメリカの私立探偵小説を読むつもりがよいだろう。
エラリーが街を歩きヴェリーと会う部分は、スカダーもののような味わいで、街の雰囲気がよく感じられる。「都会を描く」とはアイリッシュに対してよく使われるが、この作品にも当てはまる。電話が四人に一人しかもっていない時代(!)なのに、都会の雰囲気とは変わらないものだなと思う。
謎解きミステリとしては、ミッシング・リンクの判明する部分などの見せ場はあるが、読者との知恵比べという姿勢はなく、犯人も予想の範囲内ではある。しかし読みどころは動機なのだと思う。ハードボイルドの傑作と同様の「悲劇」としてのドラマだ。
前半の社会的な広がりから、後半はプライベートな視点に切り替わり、悲劇として収斂する。面白かった。
不満点は、エラリイに協力する二人の存在だ。ミステリ的な必要性は理解できるが、作品から少し浮いているように感じられた。
他、思いついたことをいくつか。
作中にも引用されるクリスティの有名作と比べてみると、二人の巨匠の方向性の違いが出ているようで面白い。同じフレームを使って、違うものを見せている。クリスティは、読むものを違う方向に誘導する。クイーンは、読むものが気づかない繋がりを見つける。
北村薫だったと思うが、「十日間」「九尾」「ダブル」「悪の期限」を称して「クイーンのミッシング・リンク四部作」と書いていた記憶があり「なるほどなぁ」と思う。この切り口で色んな人が色々書いてくれたら面白そうなのに。
クリスマスのシーンで「ロックフェラーセンターでは……高さ百フィートのツリー……」とあり、70年前からあったんだぁ。
解説にひとつ文句。「二回分載の切れ目は7章の終わり……」と書き、「クイーンよ、おまえはおしまいだ」以降と書いているが、これは旧訳からの引用で、新訳(少なくとも私の版は)「わが同胞Qよ、おまえはおしまいだ」となっている。校正はどうなってるの?
(2024/9 追記)上記の解説に対する文句ですが、店頭で確認したところ「5刷」では修正されていました。

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ことはさん
ひとこと
ホームズ生まれの、クイーン育ち。
短編はホームズ、長編は初期クイーンが、私のスタンダードです。
好きな作家
クイーン、島田荘司、法月綸太郎
採点傾向
平均点: 6.20点   採点数: 288件
採点の多い作家(TOP10)
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