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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.346 7点 その死者の名は- エリザベス・フェラーズ 2021/05/03 12:20
Give a Corpse a Bad Name(1940) 原題は「死者の名を汚せ」みたいな感じか。他の意味にも掛けているのだろうから、なかなか上手なタイトル。「死んじまったらロクな名前で呼ばれない」を上手く短い日本語にまとめると洒落た題になりそうだが、私にはそんな才能は無かった。
さてフェラーズさんはまともな小説を数冊書いたのち、生涯の伴侶と知り合い、初の探偵小説である本作を書いた。作者の幸せ感があらわれている、楽しげな小説に仕上がっていると思う。小ネタを上手く散りばめ、巧みに構成された作品。自虐ネタ(金のためにエロ小説を書く女)もある。ミステリとしては上出来。でも三作目『自殺の殺人』を先に読んで良かった。順番が逆だったら、続けて読んだかどうか。本作は見事に三作目とネガポジ関係。母親の存在感が重い。三作目は父親がテーマで、こっちの方が作者の切実感があった。本作の母親観はちょっと他人事のような印象。
私は探偵トビーがベネディクト・カンバーバッチに思えて、ずっとそのイメージで読んだ。じゃあジョージは?というとなかなか思いつかなかったがハーポ・マルクスで良いんじゃないか?と後半はそのイメージ。天使的なところが合ってるだけだが… ノッポとチビなら当時はMutt & Jeffかなあ。(アニメSlick Sleuth 1926/1930が簡単に見られます。探偵ものっぽいのは見かけだけですが…)
当時の英国っぽいところが沢山あって面白かった。人物造形もなかなかのもの。会話ははぐらかしと言い淀みが多いが、普通はこんなものだろう。これに慣れると普通の探偵小説の会話はスムーズ過ぎると思ってしまうかも。
以下、トリビアを簡単に。原文は入手してません。(2021-8-14追記)原文入手しました。以下、追記箇所は「追記★」で表示。
作中年代は、1月5日火曜日(p13)とあり1937年が該当。貨幣換算は、英国消費者物価指数基準1937/2020(68.57倍)で£1=9060円。
拳銃は「古い軍用拳銃(追記★My old service revolver)」が登場。多分Webley Revolverだろうと思う。1887以降、英国はずっと(一時期を除き)この大型拳銃を制式としていた。文章の感じではWWI以前のもののような気がする。
p7 ベントレー♠️一流高級車。Bentley 3 1/2 litreだろうか。基本的なお値段は£1500程のようだ。
p7 バドミントン♠️よく調べていないが1930年代に流行があったらしい。
p12 昔、文無しだったころ… 半クラウンの賭け… 一週間で27シリング半まきあげて、二週間食べられた♠️英国人は賭けが好きだねえ。十五年前として換算すると英国CPI基準1922/2020(57.88倍)で£1=8328円。半クラウン(=2s.6d.)=1041円。(ジョージ五世のなら.500 Silver, 14.1g, 直径32mm) 27s.6d.=£1.375=11451円。一日818円。まあなんとかなるか。
p13 車高の低いスポーツカー♠️残念ながらメーカーや車種は明かされずじまい。
p17 六ペンス硬貨と半ペニー硬貨♠️ジョージ五世の硬貨だろう。Sixpenceは.500 Silver, 2.88g, 直径19mm、HalfpennyはBronze, 5.7g, 直径26mm。
p26 検死審問… 木曜の午後… 身元がわからなかったら… 延期♠️水曜に発見されてすぐ開催。やはり当時でも48時間以内ルールがあったのか。(追記★「身元〜」の原文は“if you haven’t got your identification by then?”)
p27 ダートムア
p35 歳は32、3というところ♠️トビーの年齢。地の文だが、巡査の印象を書いている?
p35 夜十時… 荘園で食事してきた… メニューが、カリフラワーのグラタンにいちじくのカスタードがけ… オレンジジュース (追記★原文はCauliflower au gratin, figs, custard, and a double orange juice apiece)
p39 テーブルスキットルズ(Table Skittles)♠️パブのゲーム。知りませんでした…
p40 農夫が、若いころに流行ったダンスミュージックを歌いだした (追記★原文はOne of the farmers began to sing a song that had been dance-music when he was young)
p41 瞬間芸… 英国人であんなことする奴ぁ、いねえ… トルコ人… デンマーク人… ノルウェー人か♠️この瞬間芸がどんなものだか、翻訳からはイメージが掴めなかった。(追記★瞬間芸の原文は“The little man made a few inconspicuous movements, a sudden loud clatter with his heels, flung up a hand and struck the side of his head, stood erect and smiled chubbily.”)
p42 ラジオ… アテネのタイモン
p44 BBCのアナウンサー
p53 宿の昼食… トースト… 紅茶… 目玉焼き
p67 ベッドはそっちがわからおりると決めているんだ♠️何かの迷信か? 昔は右側から、が良いとされていたらしい。Penguine Guide to the Superstitions of Britain & Ireland 2003から。(追記★原文はthat’s the side I get out、上手い翻訳)
p68 ベーコンエッグ… 朝食
p71 巡査部長のオースティン・セブン♠️大衆車。当時の広告だと£120ほど。
p71 ピアノ… ショパン… ワルツ… エチュード
p71 化粧品会社の広告風に言えば、花咲けるナチュラルビューティー(追記★原文はThere was, in the terms of the cosmetic advertisements, a blooming naturalness about her)
p77 酒の携帯瓶(フラスク)… ガラスの壜で、底には銀のカップがはまっている♠️ London sterling silver/glass hip flaskで検索すると出てくるようなやつだろう。
p91 一シリング銀貨♠️453円。ジョージ五世のなら500 Silver, 5.65g, 直径23mm。ちょっとした情報の女中へのお礼
p94 簡単な夕食… 前日のローストチキンの残りと、デヴォンシャークリームを添えたアップルパイと、デヴォンシャークリームをてんこもりしたアーモンドのトライフルと、ビスケットとチーズ♠️Devonshire CreamはClotted Creamというのが正式名称か。濃厚な濃縮生クリーム(甘さは加えない)のようだ。美味しそう!(追記★原文はcold chicken, apple pie and Devonshire cream, trifle with almonds and more Devonshire cream on top, and biscuits and cheese.)
p101 スコットランドヤードの刑事… 福祉委員やアメリカ人の観光客や何かに変装して(追記★原文はScotland Yard detectives disguising themselves as social workers or American tourists or something)
p105 オート三輪車… 12年ものの空冷式エンジン♠️という事は1925年の車。Three Wheeler御三家のうちMorganは1910から、BSAは1929から、Coventry-Victorは1926からなので、Morgan 1925なのだろう。無理矢理三人が乗れそうなのはStandard Modelか(かなり無理っぽいが)。当時で£85ほど。日本の軽自動車みたいに税金も安くて普及したようだ。(追記★原文は three-wheeler…The twelve-year-old, air-cooled engine)
p106 陽気な讃美歌を
p106 聞いたことのあるご立派な主義… 動物実験反対、菜食主義、より高潔な人生の知識の伝道 (追記★原文はanti-vivisection, vegetarianism, propagation of the knowledge of the Higher Life、このthe Higher Lifeはthe Keswick movement(Keswickianism)のことか?英Wiki参照)
p108 ぼくの小説は五百部売れた
p109 性的な愛を糖蜜で煮込んで作った本
p114 パンクハースト夫人やペシック・ローレンス夫人♠️ Emmeline Pankhurst(1858-1928)、Emmeline Pethick-Lawrence(1867-1954)
p118 我が家には驚くほど牧師がいて
p132 シェリー「アドネイス」
p133 フランス風に言えば、メランジェ♠️mélangé=ごた混ぜ。混血の意味ではない。フランス語ならmétisseだろうが、あまり使われないという。moitié italien, moitié japonais などと国をはっきりいうのが好まれるようだ。
p141 一九二一年もののサンビーム♠️Sunbeam 1921なら24hpか。英国車でレース優勝の実績あり。
p141 エドガー・ウォーレス
p143 ジャズを弾く♠️当時のピアノ・ジャズならバレルハウス風のやつ?(Albert Ammons大好きです!)
p144 二十一歳になるまで結婚を許さない♠️当時の英国では保護者の承諾のない結婚は21未満では無効(Age of Marriage Act 1929; The Family Law Reform Act 1987で18歳に引き下げ)
p152 僕のブリッジはいつも、ビッドの前にダミーのカードは六枚しかおもてに返さない♠️ダミーが決まるのはビッドの後だが… 何か勘違いしてるのかな。(追記★原文はI always turn up six cards in dummy before I start bidding、よくわからない… 「ブリッジ」とは言ってないのでin dummyが違う意味か)
p152 攻撃は最大の防御… この言葉についてボールドウィン首相がなんて言ったか♠️1936-5-2のNYTimesの記事によると、首相はアルバートホールの演説で、空襲の危機に対して、Danger of attack could be cut by preparednessと宣言した。(追記★原文は“on the old line that attack’s the best method of defence. You know what Lord Baldwin said about that”)
p155 お茶の時間… レタス… バターを塗った全粒粉のパン
p170 夜のドライブ… 電柱が襲いかかってくるようですてき
p188 映画は七本も選び放題だった
p191 当時のここに書かれているやり方って、どういうものなのか。Prentif式が当時の流行か。
p248 十五年前… 長編一本で50ポンド♠️アガサさんが第二作目の『秘密組織』の新聞連載(1921)で得たのが£50。

No.345 6点 世界推理短編傑作集2【新版】- アンソロジー(国内編集者) 2021/05/01 11:19
『世界短編傑作集2』(初版1961)の一部改訂版『世界推理短編傑作集2』(2018)は、こちらに、という事なので引っ越しました。古い方も持っていますが、書庫の奥にあるらしく出てきません… この企画、古い本を持ってる人には優しくない対応(一部だけが新訳?だし、全く新味のない巻もあるし、今ごろ乱歩編集を謳うならもっと何か工夫しても良いのでは?まー音楽業界ならもっと酷いリニューアル盤がたくさんあるから、書籍はまだ良心的か)
改訂版解説の戸川さんの書誌でも、情報が不十分な感じなのでFictionMags Index(FMI)により訂正しました。とは言え全面的にFMIに依存してるのでこっちが正確だという保証はありません。(以上2021-5-1追記)
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(1)The Absent-Minded Coterie by Robert Barr (初出Saturday Evening Post 1905-5-13) 宇野利泰 訳: 評価7点
実に素晴らしい流れ。フランス人が最先端の探偵というのが時代を感じさせます。リアルな1904年の大統領選挙はセオドア ローズヴェルト対アルトン パーカー。銀価格は1864年の1オンス2.939ドルから長期の下落傾向に入り、1902年の0.487ドルまでほぼ一直線に下落していた。当時のシリング銀貨や半クラウン銀貨はエドワード7世の肖像。消費者物価基準1905/2019は120.58倍なので1ポンドは現在価値17500円、1シリングは875円。
(2021-5-1追記: 創元『ヴァルモンの功績』を読んでて気づいたのだが、ここで話題になってる大統領選挙は1900年のもの。確かにウィリアム・ジェニングス・ブライアンが候補者だったので、小説内の記述は正しい。なので作中年代は選挙の結果が出た日の1900年11月6日で確定)
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⑵Die Seltsame Faährte by Balduin Groller (単行本 1909) 垂野 創一郎 訳
多分、初出は雑誌。創元文庫の単行本『探偵ダゴベルト』と一緒にまとめて読もうと思ってるので、今回はパス。
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(3)The Queer Feet by G.K. Chesterton (『童心』の書評参照)
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(4)L’Écharpe de soie rouge by Maurice Leblanc (初出Je sais tout 1911-8-15) 井上 勇 訳: 評価5点
大体ネタが想像できてしまう話。肝心なところで乱暴な口調になっちゃうのがラテン的か。フラン・ポンドレートは金基準1911で0.039、英国消費者物価基準1911/2019で116.81倍なので100フランは現在価値66132円。結構気前の良い手数料ですね。(2019-6-8追記: 仏国消費者物価指数1911/2019で計算できるサイトを見つけたので再計算。2304.71倍で、当時の1フラン=3.51ユーロとのこと。こちらで計算すると100フランは現在価値43131円。)
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(5)The Case of Oscar Brodski by Austin Freeman (初出Pearson’s Magazine 1910-12) 大久保 康雄 訳: 評価7点
犯罪に至る描写がとてもスリリング、冷静とドキドキの波が心地よい。家の購入価格250ポンド(set of houses had cost two hundred and fifty pounds apiece)は消費者物価基準1911/2019で116.81倍、現在価値424万円。家賃週10シリング6ペンスは現在価値8900円。随分と安い感じ。(2019-5-3付記: 実はアパートの家賃かも?と思ったら1882年コナンドイルが年間40ポンドでポーツマスに一軒家を借りています。これを週に直すと約15シリング5ペンス。消費者物価指数基準1882/1911で1.02倍。一軒家でもおかしくないようですね) ところで戸川さんは「McClure’s Magazine 1911年12月初出」と書いてますが、FMIだとPearson’s1910-12が初出です。(米初出はMcClure’s1911-12) さらにFMIを調べると作者の倒叙初出版はA Case of Premeditation (McClure’s 1910-08)のようです。Singing Boneの序文では「(倒叙が作品として成立するという)信念で試しに書いたのがブロズキ」と作者は言ってるのですが… (as an experiment to test the justice of my belief, I wrote “The Case of Oscar Brodski.”)
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(6)Sir Gilbert Murell’s Picture by Victor L. White church (初出Royal Magazine 1905-12) 中村 能三 訳: 評価5点
戸川さんは「1912ピアスンズ初出、同年単行本」と解説してますが、FMIでは上記が初出(雑誌の版元はピアスン、ただし目次データ欠) 文中に「1905年6月以前の話」とあるのでFMIが正しそう。ノウゾーさんの訳が生固くて何故今回新訳にしなかったかが疑問。物語自体は鉄道ネタが楽しい鉄道好きのための作品。(論創社の単行本が欲しくなりました) 菜食主義者でへんてこ体操好きという探偵のキャラ付けはいかにも20世紀初頭の英国らしい感じ。プラズモン ビスケット(Plasmon biscuit)は当時結構流行してたらしい…
(ここまで2019-5-1)
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(7)The Tragedy of Brookbend Cottage by Ernest Bramah (初出News of the World 1913-9-7) 井上 勇 訳: 評価6点
初出誌は英国のタブロイド誌(1843-2011)で1912に200万部、1920年初頭には300万部に達する人気。毎週日曜発行。(wiki) FMIでは初出に(+1)と書いており2回連載なのかも。
なぜ姉がそんな男と結婚を続けてるのか?という謎の方が面白そうなのに、そっち方面は全く触れないのがある意味興味深い。(当時はそんなの当たり前ということか) ●●会社の無用心さが話の都合とは言え、そこまでルーズかなぁ。探偵と助手たちとの関係性にちょっと興味を引かれました。(単行本買おうかな。すっかり創元の罠にはまってますね…) 500ポンドは消費者物価指数基準1913/2019で114.43倍、現在価値830万円です。電報1通4ペンスは277円(たぶん語数による)トマト1ポンド(454g)も同じ値段。
(2019-5-3記載)
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⑻The Doomdorf Mystery (初出Saturday Evening Post 1914-7-18) 宇野 利泰 訳
アンクル アブナーの第一作はThe Broken Stirrup-Leather (The Saturday Evening Post 1911-6-3)のようです。おじさんの活躍も後日まとめて読みたいので今回はパス。
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⑼The Mystery of the Sleeping Car Express by F.W. Crofts (初出The Premier Magazine 1921-??-??) 橋本 福夫 訳: 評価6点
事件は1909年11月上旬の木曜日に発生。鉄道会社の技師らしさが出てる作品。(仕事の合間にアイディアをこねた感じ) レポートっぽい文体は、実は職業人ハメットと共通するものを感じます。トリックは映像になれば面白そうですが文章ではキツいですね。寝台一等車には喫煙室(コンパートメント)が2つ、婦人専用室が1つある、などの鉄道ネタが沢山盛り込まれて興味深いです。銃は「近代的な形の小型の自動拳銃」が登場。FN 1900が有力候補。ただし1920年ごろなら「近代的な形」はモダンデザインのFN 1910がふさわしい。年代設定には会いませんが作者の脳内イメージは後者かも。
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鉄道が登場する話が多い第2集。20世紀初頭は鉄道の時代だったのですね。
(以上2019-6-8記載)

No.344 7点 自殺の殺人- エリザベス・フェラーズ 2021/04/20 02:29
原題Death in Botanist’s Bay (1941 Hodder and Stoughton, London)だが、米国版はMurder of a Suicide、こっちの方が内容とマッチしている。
フェラーズさんは初めて。古本屋で一見変なタイトルに惹かれ、1941年出版なのでギリギリ戦前の話かも、と思って買った。
微妙にすれ違う会話で、最初はちょっと違和感。なんだかスムーズじゃない。常に言い争ってるホームドラマみたい。文章が下手なのかも、と思ったが慣れたら逆に現実の会話ってちょっとした食い違いがあるのが普通かも、と思いはじめた。まあでも、地の文のカメラアイが時々ヘンテコ(会話をやめて外に出て立ち去る人の瞳が虚ろだった(p208)、なんて誰の視点? 室内で話している「二人の頭上で突然天が裂け、鉄砲雨が落ちてきた(p217)」とか)なので、会話の感じとあいまって、文章力にはやや疑問あり。(翻訳のせいではないと思う)
物語は上手く構成されてて、シロウト探偵が活躍出来る隙間を作っている。かなり慎重にバランスをとって作品を紡いだのでは?と思う。ただこのネタなら、主人公にもっと共感出来るようにメインカメラをじっくり据えて語れば、もっと良かったかなあ。主人公の内面を掘り下げた方が面白かったと思うが、そうなると本格味が薄れちゃうか… そこら辺が埋もれた作品になっちゃった理由だろうか。
シロウト探偵のコンビが不思議な感じで、ミステリ的にとても便利な設定もあり、面白かった。シリーズの他の作品も、ぜひ読んでみたい。
序盤、数か所「夏」とあるだけで、季節感がわかりにくいが、登場人物がためらいなく海で泳ぐので真夏なのだろう。後半には蒸し暑い感じが出て来る。灯りが漏れる心配を全くしていないので1939年夏が下限。(英国では1939年9月1日から灯火管制(blackout)) 全体からのただのイメージだが1938年あたりの想定か。(全く根拠無し)
以下トリビア。
p15 身の丈二メートル半(six foot seven)♣️明らかに誤訳。6フィート7インチ=200.66cm。
p21 <酒か、女か、歌か>(Wine, woman and song)♣️英語ではこの文句の初出と思われるのが"Who loves not woman, wine, and song / Remains a fool his whole life long"で、ドイツ語の句(伝マルティン・ルター)の翻訳として1837年に遡る。ドイツ1602出版の民謡集に起源があるようだ。なお、シュトラウス2世のワルツ”Wein, Weib und Gesang”Op.333は1869年の作品。(以上英Wiki)
p24 小型のセダン(a small saloon car)♣️メーカー不明。あとの方で「黒いキャデラック(the black Cadillac)」が出てくるが、メーカーが明記されてるのはその1台だけ。
p24 ジプシーのように浅黒く(sallow as a gypsy’s)♣️浅黒警察がひさしぶりに登場。sallowは不健康な、くすんだ顔色のようだ。
p28 背の高い、浅黒い顔の男(the tall, dark man)♣️「背の高い、黒髪の男」の決まり文句。
p44 そのズボン。なぜ上品なドレスを着ることもできないのだ——夕べにふさわしい服を?(‘Why can’t you dress yourself decently? Why d’you have to go round all day in those trousers?’)♣️翻訳だと、家庭の中でもドレス・コードが厳しいのが当たり前の時代、と読みとったが、原文は「お前はいつもズボンばかり。ちゃんとした身繕いをしたらどうだ?」という感じに思う。
p45 チョップ(あばら肉)… マッシュポテト… トマトのソテー… 最後にライスプディング♣️夕飯。
p53 戦争、それとも革命?♣️戦争が近づいている感じ。1930年代後半なのだろう。
p67 教会… ホテル… 賄い付き下宿… 遊歩道… 映画館… 商店もろもろ♣️小さな観光地の構成。
p70 デイリー・テレグラフ♣️年寄りが読む保守新聞のイメージ。
p73 ステーキと揚げたポテト… お茶とビール♣️警部が好きな食事。
p73 マクラスキー(M’Clusky)♣️名前が出てこない時に警部が使う仮名。何か元ネタある?
p73 拳銃(revolver)♣️メーカーや口径の描写は全く無し。だがせめて「回転式拳銃」と原文に忠実に訳して欲しい。
p84 肝臓とベーコン(liver and bacon)♣️朝食。
p88 浅黒い肌(a swarthy skin)♣️ここは正しい。
p92 <さまよえるオランダ人>をぶっ通しで全曲♣️当時のレコード盤は78回転、片面五分程度が限界。これでオランダ人全曲(約3時間)をかけるのは大変な手間だ…
p94 マンチェスター
p98 抜歯健康法(the importance of everyone having their teeth out)♣️歯を抜くと健康に良い、と主張した歯医者がいたらしい。米ニュージャージーのHenry Cotton(1876-1933)など。(詳しく調べていません)
p98 小鳥の写真(photographing birds)♣️鳥の写真を撮ること、だろう。
p110 二重協奏曲でも聴くとするか。新しい録音で、とても美しい曲なんだよ。昨日、買ったばかりだ(I think I’ll put on the Double Concerto. It’s a new recording, a very beautiful one; I only bought it yesterday) 演奏は誰?… 何とかというふたりだよ♣️Double Concertoで有名なのはBachかBrahms。私ならBach一択だが、一般的にはBrahms作曲、ヴァイオリンとチェロのThe Double Concerto in A minor, Op.102だろう。1939年にOrmandy指揮、HeifetzとFeuermannの録音があるが、残念、12月21日だった。
p112 一流ホテルではなかった… 楽団もなければ、客室には水も用意されていない(is not one of the fashionable hotels .... it has no band; there is not even water laid on in the bedrooms.)♣️給水設備がない、という意味か。
p112 電話ボックス(telephone-box)♣️1936年から(主としてロンドン外に)設置されたK6だろう。電話ボックスは1935年に全国19000か所だったが、1940年までに35000か所に設置された。従来型より小型で低コスト省スペースだった。
p114 褐色の肌(olive-skinned)♣️web検索すると褐色より薄い感じだが… イタ飯屋のシーンだし「オリーヴ色」じゃ駄目?
p115 定番のスカロッピーニとスパゲッティ(the inevitable escalope de veau and spaghetti)♣️「メニューでマシな感じなのは仔牛のエスカロップとスパゲッティだけだった」というニュアンスか。
p120 年に七百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1938/2020で67.75倍、£1=9282円。
p124 やっほー(Hullo)♣️原文がこれなら「ハロー」で良い。
p124 ミネストローネ(minestrone)
p131 スーザの行進曲と最新のダンス音楽(the latest dance music and one of Sousa’s marches)
p146 感傷的な歌(sentimental song)
p151 月の砂漠よ —— 長老たちよ(シャイクー) —— 香辛料に悪徳よ... (and the sand – sheikhs and all that – spices and vices. . .)
p155 コーヒー… いつも通り、グレープフルーツジュースとトースト♣️朝食。
p157 明日、検死審問♣️死体発見から間をおかず開催される。
p164 パーセルのトランペット即興前奏曲(Purcell’s Trumpet Voluntary)♣️「パーセルのトランペット・ヴォランタリー」として知られているが、実はHenry Purcell作ではない。結婚式の曲として人気があり、ダイアナ妃&チャールズ皇太子の結婚式(1981)にも使われている。原曲The Prince of Denmark's Marchは鍵盤用で作曲者はJeremiah Clarke、1700年ごろの作品。第二次世界大戦中はBBCヨーロッパ向け放送(特にデンマーク向け)のシグネチャー・チューンとして使われていたという。ヴォランタリーはオルガン用なのだが(トランペットはオルガン音栓の一つ)有名な曲はトランペットが活躍する協奏曲にアレンジされたもの。作品の頃のを探すとHarry Mortimer & Grand Massed Brass Bands (英Regal Zonophone MR.2631, 1937年)という78回転があった。残念ながらYouTubeで聴けるのはMortimerでは1949年Columbia盤が最古か。「即興前奏曲」という訳語は見聞きしたことがない。昔は主メロディに基づきオルガン演奏者が即興で声部を補ったようだが… 日本の音楽用語としては、そのまま「ヴォランタリー」で通用している。
p165 「牧神の午後への前奏曲(プレリュード・ア・アプレ・ミディ・ダン・フォーン)」(L’après-midi d’un Faune)♣️Debussyのオーケストラ曲“Prélude à l'après-midi d'un faune”(1894)、作者自身が二台のピアノに編曲している(1895)。
p167 唄っていた。<我を小羊の血で清めたまえ>(singing: “Wash me in the blood of the Lamb”)♣️黙示録7:14による一節らしい。このタイトルの聖歌は色々あるようだ。(あまり調べてません。)
p172 <フィガロの結婚>序曲
p230 交換手が出る。<ちょっとまって——この章を読んじゃいたいから>♣️電話交換手って、結構、自由な職場だったのね。
p264 アガサ・クリスティの最新作(the latest Agatha Christie)♣️意外な登場。候補作は以下。括弧内は英国出版年月日。Murder in the Mews and Other Stories(1937-3-15)、DumbWitness(1937-7-5)、Death on the Nile(1937-11-1)、Appointment with Death(1938-5-2)、Hercule Poirot's Christmas(1938-12-19)、Murder Is Easy(1939-6-5) 考古学ものの『死との約束』は、この場面にはぴったりだ。ならばやっぱり1938年夏が有力?(2021-4-21追記: 私はMurder in Mesopotamia(1936-7-6)と間違えていたようだ。こっちが“考古学もの”だろう。とすると「舞台は1936年夏」説も有力か。)

No.343 6点 四つの兇器- ジョン・ディクスン・カー 2021/04/16 04:50
バンコラン第五作。創元の新訳で読了、安定した良訳です。
シリーズ前作が1932年出版で、本作は間に数作を挟んで1937年。この間にフェル博士やHM卿も登場している。
作中年代は「五月十四日金曜日(p86)」該当は1937年。引退したバンコランの枯れぶりが何故そんな設定にした?と思うくらい。昔のギラギラやアクがすっかり抜けてしまった感じ。まーそこで私の妄想が爆発。
以下は全く根拠のない珍説です!
実はJDCは当初からバンコラン・シリーズを「最後の事件」(多分ネタは「バンコランで書く予定だった」と伝えられる『三つの棺』1935)で締める予定だった。でも他の作家のあの作品(1933)が先にそのネタをやっちゃったので、ガッカリして構想を放棄。残念だなあ、この構想が実現してれば、結構、衝撃的だったと思う。
珍説はここまで。
作品としてはジェフ・マールも登場しないし、引退試合としては、なんかパッとしない。冒頭の謎が小ぶりなんだよね。上述の妄想のバンコラン最後の事件が読みたいなあ!(『三つの棺』を読むのが億劫で放置してるのだが、この観点なら興味深く読めるかも。題して「UR-三つの棺を再構成する!」)
さて、愚言はほっとこう。トリビアは軽め。
p14 赤ん坊と一緒に塔へ幽閉♣️これはLife of Samuel Johnson(1856) by Thomas Babington Macaulayからのネタ。ボズウェルは蠅のように付き纏い、愚問を連発してジョンソン博士をウンザリさせてたのでは?という見解。その例として挙げられている愚問の例が"What would you do, sir, if you were locked up in a tower with a baby?"、でもスコットランド贔屓のJDCとしては、いやいや、この一見愚問に見えるのにも大きな意味があるんだよ、と弁護している。
p21 ワインレッドの新型タクシー♣️Renault Type KZ 11 Taxi G.7 de 1933のことだろう。フランスではWWIの前からRenault Type AGがタクシーとして活躍していたが、1933年から新型が使われはじめている。
p133 愚痴るな、言い訳するな(Never complain, never explain)♣️ディズレーリの言葉らしい。
p134 ハーロック・ショームズ(Herlock Sholmes)♣️本作はフランスが舞台なので総合月刊誌Je sais tout誌1906年12月15日号初出のこの名前。コナン・ドイルの抗議で捻り出した著作権対策。(編集長ラフィットの発案か。詳しくは近日中に書く予定の『怪盗紳士ルパン』及び『ルパン対ホームズ』参照。最初、臆面もなくSherlock Holmesを使ってたJe sais tout誌が、どの時点でSholmesに変えたのか、雑誌のファクシミリ版を丹念に探索して初出を見つけました!)
※なお、ずっと前に読んでた本作の評を今頃書く気になったのは、Tetchyさまの文章のおかげです。ありがとうございました。

No.342 7点 曲がり角の死体- E・C・R・ロラック 2021/04/13 03:28
作中年代は「一月二十一日金曜日(p28)」と明記。直近では1938年が該当。マクドナルド警部が「まだ45歳」とあり、誕生日が来ていないだろうからぴったりだ。p154のブツも当時話題になっていたようだから1938年1月の事件で良いだろう。
英国物価指数基準1938/2020で67.75倍、£1=9282円。作中、ガソリン6ガロン=9s.6d.とあり1リットル換算だと161.6円。
冒頭の車のシーンは上手い。女性作家とは思えない感じ。車種も豊富に明記されていて、非常にイメージがわきやすい。(モーリス、ダイムラーV8、オースティン、ヒルマン、ヴォクスホール、ロールスロイスなど)
当時の英国社会の雰囲気の描写が上手く、かつさらりと描かれて、そしてミステリとしてもちゃんと出来ている。都会と田舎、伝統と新潮流のせめぎ合いが裏テーマ。最初のつかみからの展開も良く、結構、起伏に富んでいて面白い。人物の描き方は軽めだが、イメージをよく捉えていると思う。最近知ったが、ボルヘスもロラックを評価していて、南米ミステリ叢書「第七圏」でも#22 Black Beadle 1939、#36 Checkmate to Murder 1944(死のチェックメイト)が選ばれている。
マクドナルド警部ものには音楽が付き物、と思っていたが、今回は残念、登場しない。
原文入手出来なかったのでトリビアはなし。(あっ、ホイストは男性向け知的ゲーム、というイメージらしい。まあ掘れば色々トリビアが出てくるディテール豊富な作品。もっとロラックさんを読みたいなあ。特に戦前。出版社の皆さま、どうぞよろしく。)

No.341 4点 黒衣婦人の香り- ガストン・ルルー 2021/01/31 19:22
1908年出版。初出: 仏週刊誌L’Illustration 1908-9-26〜1909-1-2(14回連載) 訳者の日影さんは「ル・マタン」連載、としてるが… ハヤカワ文庫(1979)完訳版で読了。HPB版(1957)は訳者あとがきによると「完訳」を謳っているが、所々抜いている、という。
いやー、これJDC/CD好きは絶対読むべし!ギミック全部載せ。しかしながら、非常につまんないから重度のJDC/CDファン以外にはお薦めしませんけどね。
でもJDC/CDの原点だと思う。少年ジョン・ディクスンは『黄色い部屋』と『黒衣婦人』を読んで雷に打たれたのだろう。そして僕ならもっと上手くやれる!と叫んで… 結局、似たようなのを沢山書いちゃう、という悲劇。まあでも、ガストンのおかげで宝石のような傑作が色々と生み出されたのだから、良しとすべきだと思う。若者をそのジャンルに引き込む力は、パンクにおけるSex Pistolsみたいなモンだ。(2022-6-4追記: ここはThe Crushの誤り!ああ恥ずかしい…)
本作は『黄色い部屋』の欠点を拡大増幅した感じ。キャラが全然立っていない。文章が大袈裟(時代、というなかれ。先輩ガボリオの方がずっとクール。) 構成が下手(やりたい趣旨はわかる。結構ドラマチックなネタ。でもこんな料理では勿体ない)。トリックが無茶。(この手のトリックでOK出しちゃうセンスって、なんだろう?まともな読者をミステリから確実に遠ざけちゃうんだが…)
ネタバレにならないように要素を上げると、誰にでも化けられる変装の名人、またしても完全密室の謎、数枚の見取図、全員にアリバイがあるのに凶事が起こる、語り手が「この証言は後に真実だったと証明された」と書いてみたり、あり得ない状況を補足するために「こういう事実があった」と注釈するセンス。途中で作者が「俺は中学生か」と自分に突っ込む。まさにまさにJDC/CDの世界、そして解決はバカミスの極み。締めもJDC/CDな感じ。
ラストは次作『ルルタビユとロシア皇帝(Rouletabille chez le Tsar)』(初出は同じ週刊誌1913-8-3〜1913-10-19)に続くような書きっぷりだが、次作の舞台は1905年だという。作品連載の間も空いているので、『黒衣婦人』は元々評判は良くなかったんだろう、と思う。
注意点として『黄色い部屋』のネタバレが、冒頭から随所に限りなくあるので、先に『黄色い部屋』を必ず読んでから、本作を読むこと。
『オペラ座の怪人』(1910)は小説として大丈夫なのか、非常に心配、とともに興味が出てきた。今、じゃなければ絶対読まないと思うので、読んでみようか…
トリビアは後で埋めます。とりあえず項目だけ。
本作に登場する拳銃について。ロンドン製の刻印のあるブルドッグ銃。
p11 一八九五年四月六日
p13 ドルドーニュ号
p36 ユー
p49 『盗まれた手紙』
p51 新聞記者ガストン・ルルーの記事
p93 ガラヴァン
p96 古人類学
p124 電話詐欺
p133 『湖の佳人』『ランメルモールの許嫁』
p152 シェンキエヴィチ
(以下2022-6-4追記)
トリビアをちょっぴり肉付け。
まず「ユー」(p36あたり)の描写がいやに充実してると思ったら、ルルーが中学校生活を送ったのがユーだった。(suit sa scolarité au collège d'Eu、仏Wikiより)
唐突に引用される新聞記事(p51)はルルーが実際に書いて当時掲載された記事なんだろうと思う。のびのびしてて良いスケッチ。
電話詐欺(p124)は、時代を考えると最先端の技術だったろうと思う。小説中のタイムラインでは1870年台くらいになっちゃうと思うので、フランスの電話普及率を考えたら成立するかなあ…
なおInternet Archiveに掲載誌L’Illustrationをそのまま翻刻した版(多分これが初版)がアップされているので、Simontの流麗なイラストや連載時の切れ目が知りたい人は参照すると良い。
José Simont Guillèn(1875-1968)はスペイン出身、当時一流の雑誌イラストレーター、José Simontとしてパリで活躍。Le Monde Illustré, L'Illustration, Fémina, The Illustrated London News or the Berliner Illustrierte Zeitungなど。1921年に米国に渡りCollier’sと契約した。

No.340 6点 黄色い部屋の謎- ガストン・ルルー 2021/01/28 03:28
1908年出版。初出は仏週刊L’Illustration 1907-9-7〜11-30(12回) 集英社文庫(1998)で読了。45年くらい前に読んだのは新潮文庫の堀口訳。ぼんやりとした記憶の中では、好印象だった。
さてKindleのお試しでハヤカワ文庫(新訳2015)と創元文庫(新訳2020)と集英社文庫の冒頭を比較してみた。おっさんさまの書評のとおり、ハヤカワ新訳は、かなり無駄な言葉を補った問題訳。ふやかした文体が嫌いな私は評価しない。今後の読者の参考のために、以下、一例だけ挙げておこう。
原文: … même chez l’auteur du Double Assassinat, rue Morgue, même dans les inventions des sous-Edgar Poe et des truculents Conan Doyle…
♠️ハヤカワ: …それはあのエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』の中にも見られないものだ。ましてや、ポーに追随した、ほかのつまらない作家の作品や、謎のつくりとしては大雑把すぎるコナン・ドイルの作品には決して見られるはずがないものである。
♣️創元: …「モルグ街の殺人」を書いたポオやその亜流たちの作品、それにコナン・ドイルが描く並外れた物語においてさえも…
❤︎集英: …『モルグ街の殺人』の著者の作品にも、エドガー・ポーやコナン・ドイルの亜流たちがひねり出したミステリーにも…
◆逐語訳(拙訳): …「モルグ街の殺人」の著者においても、エドガー・ポーの亜流たちや荒削りなコナン・ドイルの諸作においても… (※ドイルを形容してるtruculentが肯定的なのか否定的なのか、自信がないです…) (2021-1-29修正: 原文desなので「亜流」も「ドイルの創作」も複数。明確にしました。)
内容に戻ると、小説が下手だなあ、というのが第一印象。ずっと先輩のガボリオよりかなり落ちる。(ルルーが上述のようにポオやドイルには作中でたびたび言及してるのに、ガボリオを無視してるのは何故?) 構成が下手くそで人情がわかっていない感じ。全体としては謎めいた雰囲気に光るものがあり、文章は冗長だが結構楽しめた。
今回、再読してバカミスの嚆矢という印象を受けた。無理をムリムリ通してる感がありまくり。不思議を成立させるための工夫が、逆算感に溢れている。犯人や被害者の側から、物語を再構成してみたら、不自然極まりない筈だ。
でも、その人工的な感じが、逆に当時は新しかったのでは? ホームズや亜流は小説の伝統に沿ったものだが、この小説で史上初めて「(作者が企んだ)作り物のトリック」というのをクローズアップしてるように思う。(←根拠不足です。)
ところでJDCやアガサさんへの影響(『スタイルズ荘』を書いたのはこの小説がきっかけ、と自伝にある)が有名だが、実はかなりの影響関係にあるのでは?と思った大物作品がある。ブラウン神父シリーズだ。1910年7月から連載開始なので十分あり得る。まあ漠然とした印象だけなのだが…
さて、本作はいささか中途半端に終わっている。ずっと前から『黒衣夫人の香り』を積読していて、今回、やっと読めるかなあ、と思っていたのだが、正直、気が重い。続けて読むには文章がねえ… さらに『オペラ座の怪人』も勢いで買っちゃったし… まあぼつぼつ読むことにしよう。
トリビアを漁っていたら、色々意外なものが拾えた。徐々に披露します。
(以上2021-1-28記載)
まずGoogle Playで無料で初出L’Illustration誌合冊版が入手出来る。(もしかして、これが初版なのか?) 連載時のイラスト(Simont作、なかなか写実的な13枚、雑誌名が“Illustration”なのに1回連載当たり挿絵1枚しかないの?)もついてるので必見です!
これを見ると掲載の切れ目も分かる。第3章p35「ちっともばかばかしいとは思わないね」までが連載第1回目。続いて、第6章p56“閉じこめられていると知った。”(第2回目)、第7章p78「ご苦労なこって…」(第3回目)、第9章p99「いまにきっとわかるから」(第4回目)、第11章p122“まだ深い悲しみの色が浮かんでいた。”(第5回目)、第13章p157[電報のくだり](第6回目)、第14章p180「やつが来るとわかっているからさ」(第6回目)、第16章p202“消えていた!”(第7回目)、第19章p235「おなじくらい懸命にね」(第8回目)、第22章p257“階段の踊り場に達した。」(第9回目)、第26章p290“にわかにざわめいた。”(第10回目)、第27章p313“裁判長は休廷を宣した。”(第11回目)で、残りが最終回。
資料としては、仏Wikiには冒頭あたりの自筆原稿のリンクがあったが、流石に外人の流れる文字は読めず。
日本語Wikiには、連載時と初版ではルルタビユ(Rouletabille、伸ばさないのが好み)ではなく、ボワタビユ(Boitabille)だったが抗議があって変更…というような記述があったので、確認した。
確かに当初(連載第1回目と2回目)の名前(渾名)はボワタビユ。連載第3回目の冒頭付近に注釈があり、「前回掲載後、記者M. Garmondから抗議があり、ボワタビユとは彼が15年間使ってよく知られている筆名だというので、トラブルや混乱を避けるため作者が名前を変更した。」なので、連載途中で改名、というのが正解。
ボワタビユの由来は、初出ではこうなっている。
Il semblait avoir pris sa tête, ronde comme un boulet, dans une boite à billes, et c’est de là, pensai-je, que ses camarades de la presse du Palais, déterminés joueurs de billard, lui avaient donné ce surnom… 拙訳「砲弾みたいに丸い頭は、ボールを収める箱(boite à billes)から取り出したみたいに見える。それで、きっとビリヤードをやる記者仲間がそういう渾名をつけたんだろう。」ガボリオの「チロクレール」(タバレ親父の渾名)など、フランス人って渾名が好きだねえ。(戦前のフランス映画の俳優名で、渾名で表示してるのが結構多かった印象あり。)
(以上2021-1-30追記)
いろいろ発見があったのだが、詳しく書くのはめんどくさいので、概略だけ。
<その1>
実はシュルレアリストが
司祭館の風情も庭の美しさも、むかしと少しも変わらない(Le presbytère n’a rien perdu de son charme, ni le jardin de son éclat.)p55
を引用していて、そういえば暗闇で悪党が何かを書いてるシーンなんてなんとなく自動筆記っぽいなあ、とこの作品、ムードがシュールなところがある。
「これからはビフテキを食うしかない」(Maintenant, il va falloir manger du saignant)p108、なんて突然言うシーンも良い。(焼き加減の「セニャン」がキモの単語)
<その2>
実はルルタビユって新聞記者=探偵、という設定のかなり早い例。有名作品では嚆矢といって良いのでは?と思う。
<その3>
スタンジェルソン教授の研究ってのがなんか凄い
「エックス線撮影法について試みられた先駆的な研究で、のちのキュリー夫妻によるラジウムの発見につながるもの… 新しい理論、「物質の解離」… その理論は、「質量不変の法則」に基づく従来の科学を根底からゆるがすと予想…」(p11)
のだが、物語との関わりが… 私は「透明人間」(1897)で赤ニシンにするつもりだったのでは?と疑ってる。上手く繋げられなかったのか、別の雑誌が似たネタを発表してたらしいから止めたのか…(Monsieur… Rien ! Aventures extraordinaires d'un homme invisible 1907)
<その4>
これは小ネタだが
「ネーヴ裁判… メナルドちゃん殺人事件」p9
は、同じ実在事件のことを指している。1886年にシェール県(Cher)でMarquis de Nayveが妻の連れ子?Hippolyto Menaldoを殺害したとして、妻が1894年に夫を告発した事件のようだ。
(以上2022-1-23追記、未完)

No.339 7点 マーチン・ヒューイットの事件簿- アーサー・モリスン 2021/01/17 22:36
華のない探偵マーチン・ヒューイット。どの作品も変事にヒューイットが呼ばれ、調査する探偵の謎めいた行動に書き手と読者が置いてけぼりにされ、驚くべき(そうでもないか)犯人逮捕の後に自慢話をははあ、と聞く面白みのない構成。手掛かりもちゃんと提示されてないから、こちらが推理する楽しみが全く欠けている。ヴィクトリア朝の風習などに興味が無ければ、読む気にならない作品群だと思う。
ところでヒューイットものの最初の2篇(The Lenton CroftとSammy Crockett)は作者名を記さず掲載。同時期にユーモラスな動物スケッチZig-Zags at the Zooをアーサー・モリスン名義(J. A. Shepherdのイラストが素晴らしい!)で同誌に連載中だったから?
私はストランド誌がワザと名前を伏せたのでは?と疑っている。シャーロックの『最後の事件』が1893年12月掲載で、シドニー・パジェットの挿絵が再登場するのが1894年3月掲載のヒューイットもの第1作『レントン館盗難事件』、単純な読者なら、あっパジェット画の探偵ものだ!作者名が伏せられてるがコナン・ドイル作の新シリーズか?と飛びついちゃう誤解を狙った悪質な手口なんじゃないか。(パジェットがシャーロック登場以降、ストランド誌でシャーロックもの以外のイラストを描いたのは僅か2作品のみ。)
(以下*まで2021-12-21追記)
手がかりの一部を読者に隠しておくやり方は、当時の常套手段。手品と同じく、種明かししない方が楽しめるのでは、という書き手の親切心だったとも考えられる。そうなると、手品同様、意外な結果が重要となるが、そこら辺、ヒューイットものは小粒で不満が残ることが多い。
私は再読して、ヒューイットものの醍醐味は、こまかなディテールだと思う。何気ない文章だが、繊細な表現で、作者モリスンの心優しさ(貧しい出身だが高貴な人たちとの付き合いも多い。南方熊楠との交際もあり、熊楠は偉ぶらない人柄に感心している)とか世情を観察し判断する能力の確かさとか豊富な知識(ジャーナリスト生活で培ったものだろう)とかが窺える。
さらに作品の展開も、無理のない現実的な範囲でなかなかに工夫されてて、非常に楽しめる。「読む気にならない作品群」と評価した奴(以前の私です…)は、どこに眼ェつけてんでしょうね?バカ目ってヤツかい?
なので全体評価点を大幅に引き上げました。(従来は5点)個々の作品の詳細は平山版のほうで。
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以下、初出はFictionMags Index調べ。ストランド誌のシリーズ・タイトルはMartin Hewitt, Investigator、ウインザー誌にはシリーズ・タイトル無し。❶は英国版第一短篇集、❷は第二短篇集収録を示す。#はヒューイットものの連番。本短篇集は第2作目から第12作目まで(第11作The Case of the Missing Handを除き)初期シリーズ全てを収録している。
気が向いたらトリビアを追記します…
本書冒頭の「探偵マーチン・ヒューイット」は『レントン館盗難事件』の前書きとして雑誌連載時及び短篇集に収録されたもの。
(1) The Loss of Sammy Crockett (初出: The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget)#2 ❶「サミー・クロケットの失踪」
何故かリプリント(主として英国で)のタイトルがThe Loss of Sammy Throckettとなっているものがある。(『クイーンの定員1』など) 初出誌も英版&米版の短篇集もCrockettなのだが…
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(2) The Case of Mr. Foggatt (初出: The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget)#3 ❶「フォガット氏の事件」
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(3) The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget)#4 ❶「ディクソン魚雷事件」
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(4) The Quinton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget)#5 ❶「クイントン宝石事件」
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(5) The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget)#6 ❶「スタンウェイ・カメオの謎」
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(6) The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget)#7 ❶「亀の事件」
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(7) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵D. Murray Smith)#8 ❷「アイヴィ・コテージの謎」
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(8) The Nicobar Bullion Case (初出: The Windsor Magazine 1895-2 挿絵D. Murray Smith)#9 ❷「〈ニコウバー〉号の金塊事件」
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(9) The Holford Will Case (初出: The Windsor Magazine 1895-3 挿絵D. Murray Smith)#10 ❷「ホールファド遺言状事件」
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(10) The Case of Laker, Absconded (初出: The Windsor Magazine 1895-5 挿絵D. Murray Smith)#12 ❷「レイカー失踪事件」

No.338 7点 ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー 2021/01/17 19:50
月刊誌Grand Magazine 1922-12〜1923-3 (4回 挿絵ありと思われるが画家不明、連載タイトルThe Girl with the Anxious Eyes) 単行本: 米版Dodd, Mead(1923-3) 英版Bodley Head(1923-5) 原題はいずれもThe Murder on the Links。ダストカバーは米版が特徴的なナイフ、英版は帽子とコートでなんか持ってる髭の男。
早川クリスティー文庫の田村隆一訳で読了。
昔から本作は大好き。敵役の名刑事ジローとか、冒頭に登場する謎の娘とか、ワクワクして読んだ。今、再読してみると、ちと安易で甘めのストーリーだけど結構、工夫が見られる展開が豊富な作品。無邪気なところが非常に良い。
船酔いのくだり(ここでは、またやってるよ、という感じ)とかプリマス急行への言及があり、発表は各短篇(最初にヘイスティングスがポアロの船酔いにビックリしているのは『首相誘拐事件』(Sketch1923-4-25)、『プリマス急行』は同1923-4-4の掲載)が後になっているが、実際の執筆順は、短篇が早いのだろう。アガサさんはクリスティ大尉と世界旅行に行く旅費を稼ぐため、この頃、結構な数の作品(この作品を含め)を書いている。
本作に言及されてる事件の元ネタについて、何処かに書かれていたような気もするが、今はちょっと見当たらない。(2021-1-18追記: Marguerite Steinheil事件(1908年5月)と判明。ネタバレ物件なので読了前に見ないこと。「スタンネル殺人事件」で検索。詳細は英Wikiで。アガサさんは自伝で「関係者の名前はもう忘れちゃったがフランスでずっと前に起きた有名な事件」と書いている。)
トリビアは例によって徐々に埋めます。
(以上2021-1-17記載)
献辞はTo My Husband. A fellow enthusiast for detective stories and to whom I am indebted for much helpful advice and criticism。アーチーも探偵小説好きだったんだね。
p9 「ちくしょう!」と侯爵夫人はおっしゃいました(‘Hell!’ said the Duchess)♦︎お馴染みEric Partridgeの辞書にDating from c1895, it was frequently used in WW1, although seldom in the ranksとある。詳細不明だが、結構、起源は古いようだ。
(以上2021-1-17記載)
p16 ミステリ映画はかかしたことがない(go to all the mysteries on the movies)♦︎英Wikiの“1920s mystery films”に当時のリストあり。もちろん全て無声映画。1910sや1930sのリストもあり。どれも面白そうだ。
p21 mediocrityさんの評にある通り、田村隆一訳は省略版の原文によるもの。gutenberg版では「最近面白かった事件はYardly diamondの事件くらいだ」と手紙の封を切る前にポアロが言っている。<西洋の星>盗難事件(Sketch 1923-4-11)のこと。英Wikiによると米版初版298頁、英版初版326頁とある。クリスティー文庫で完全版から訳し直して欲しいなあ。(2021-1-19追記: 書店で最新のクリスティー文庫、田村義進訳2011をチェックしたが、田村隆一訳と同じ原文のようだ。ポアロとヘイスティングスの会話の調子は義進訳が良い。重ねて言うが早川さん、完全版でよろしく。)
p21 アバリストワイス事件(Aberystwyth Case)♦︎ポアロの語られざる事件のようだ。
p31 ハイヤーで行く(hire a car)♦︎ルノーのType AGかな?
p32 スコットランド人が言う“瀬死者の心の昂ぶり”(what the Scotch people call ‘fey,’)♦︎死や不幸や災厄の予感、というような意味らしい。
p61 千ポンド♦︎英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で£1=8555円。
p79 旅行用の八日巻き時計(an eight-day travelling clock)♦︎1920年代のをWebで見たが結構コンパクト。週一で巻くのでプラス1日分動くのがミソ。
p85 [短刀は]流線型の飛行機のワイヤーでつくられた(made from a streamline aeroplane wire)♦︎Bruntons社のWebページから: Streamline Wires and Tie Rods are used for internal or external bracing on aircraft (wings, tail surfaces, undercarriages, floats etc.)... wherever a load in tension must be carried. 「航空機に使われる流線型ワイヤー」の事のようだ。確かに短刀になりそうなデザイン。英Wikiのカヴァー絵参照。
(2021-1-18追記、未完)

No.337 7点 アクロイド殺し- アガサ・クリスティー 2021/01/17 15:58
初出は夕刊紙The Evening News [London] 1925-7-16〜9-16 (54回、連載タイトルWho Killed Ackroyd?) 単行本: 英版William Collins(1926-6) 米版Dodd, Mead(1926) いずれもタイトルはThe Murder of Roger Ackroyd。ダストカバーは英版が若い女性が電話の乗った書類机の一番上の引き出しをあさっている場面、米版は短剣を握った手。
早川クリスティー文庫の新訳(2003)で読了。新しい訳にしては、あまり多くはないがちょっと気になる日本語がちらほら。まあ私のトシのせいかもね。
コリン・ウィルソン『世界不思議百科』によると売れた部数は3000部程度(2021-1-20追記: Charles Osborne “Life and Crimes of Agatha Christie”によると5000部)。
でも新聞連載してたのだから結構、有名だったのでは?(この新聞の推定部数(1914)は60万部。アガサさんにとって『茶色の服』に続く二回目の同新聞での連載だった。) 失踪事件直後発表の『ビッグ4』は9000部売れたらしい。
巷で言われてる、発表時、大騒ぎになった… というのは当時の批評文が見つからないので実態がよく分からない。この文庫の解説は笠井潔さんだが、引用されているヴァンダインのもセイヤーズのも後年1930年代の発表じゃないかなあ。ただしノックスやヴァンダインの探偵小説のルールはどちらも発表が1928年で、この小説がフェアプレイ概念に大きな影響を与えたことが伺える。
私が最初読んだ時はネタバレしてたかなあ。もう思い出せないが、この小説には良い印象をずっと持っていた。今回45年振りくらいに再読したら、ああ、結構、工夫してんのね… とちょっと感心。あのネタ一発の作品ではなかった。いつものように大甘な恋人たちが沢山登場。まだ夫の不倫に気づいてない頃に書いたのかなあ、と感じてしまった。
さて意外にも長篇ではポアロ・シリーズ第3作目。ポアロ&ヘイスティングス・シリーズは短篇では1923年に25作品(と1924年に『ビッグ4』の12エピソード)を発表していて、このコンビは、もーお腹いっぱいだった、と後に『自伝』に書いている。それで前作『ゴルフ場』(1923)でヘイスティングスをアルゼンチンに旅立たせてしまった。でも私は今回再読して、本作は、最初ヘイスティングスを語り手として構想したのでは?と妄想してしまった。少なくとも、ちょっと頭の片隅をよぎったのでは?と思う。アガサさんの探偵にたいする幕引き(『カーテン』)を考えると、あり得ないとは言えないんじゃないかなあ。
もう一つのお楽しみはミス・マープルの祖型キャロラインの描写。なるほどね、というキャラだが、ちょっと表層的なイメージ。これもアガサさんが実人生から深みを学んでキャラが完成したんだなあ、と少々感慨深い。
というわけで、世間知らずの若奥様アガサさんの最後を飾る記念すべき作品。
ミステリとしては、最重要容疑者が最初から一切疑われない!という大きな欠点はあるが、起伏に富んだ上出来な構成。登場人物をサラッとスケッチして、如何にも、とキャラを際立たせる技は、天性のものだ。
あとこの機会にエドマンド・ウイルソンのWho Cares Who Killed Roger Ackoyd?(1945-1-20)を読んだ。タイトルに上げられてるが本書とは全く関係なし。探偵小説なんてクズで、読んでるやつは中毒患者だ!と宣言している不愉快な内容。なんでウイルソンはそんなに苛立ってるのか?と思ったら、紙不足の時代にくだらない本が印刷されてるのは許せない… ということらしく、ちょっと同情。でもみんな気晴らしを求めてたんだよね。
トリビアは後で徐々に埋めます。
(以上2021-1-17記載)
p9 九月… 十七日金曜日(Friday the 17th)♣️直近は1926年。連載時には違っていたか?前述の通り1925年9月16日水曜日に新聞連載が終了している。とすると日付が誤りで1924年9月19日金曜日未明の事件なのだろうか。(インクエストが月曜日に開かれているので、曜日に誤りは無さそう。)
p18 古くさいミュージカル・コメディ(an old-fashioned musical comedy)♣️翻訳では「最近は風刺劇(revues)がはやっている(ので廃れた)」としている。musical comedyはギルバート&サリヴァンみたいな喜歌劇で、revueはAndré CharlotやC. B. Cochranが1920年代から1930年代に公演していた歌あり踊りありのヴァラエティ・ショーのことだろう。
p29 推理小説の愛読者(been reading detective stories)♣️黄金時代の特徴。探偵小説への自己言及。
p30 『七番目の死の謎』(The Mystery of the Seventh Death)♣️架空のタイトル。それっぽい感じ。
p35 最新の真空掃除機(new vacuum cleaners)♣️スティック型の方が古く、1924年以降ポータブル・タンク型が家庭用として販売され始めた。ここで言ってるのはポータブル・タンク式のことなのだろうか。
p39 鳶色の髪(auburn hair)♣️『スタイルズ荘』、短篇『安アパート』などに出てくる表現。
p48 浅黒い美しい顔(a handsome, sunburnt face)♣️浅黒警察としては、日に焼けた、として欲しいなあ…
p54 シルヴァー・テーブル(silver table)とか呼ばれる家具♣️Web検索したがsilver tableは固有名詞ではないようだ。
p55 まぎれもない本物のイギリス娘(A simple straightforward English girl)♣️正真正銘の金髪、青い目。北欧系のアングロ=サクソン、と言う意味?
p60 《デイリー・メール》♣️Harmworth兄弟が1896年に創刊した日刊紙。本作が連載されていた夕刊紙The Evening Newsも同兄弟が1894年に買収し支配下に置いていたので、一種の楽屋落ちなのだろう。
(以上2021-1-17記載、未完)

No.336 6点 消えた目撃者- E・S・ガードナー 2021/01/16 04:37
角川文庫、1976年11月刊行。ペリー・メイスンものの中篇三作の集成。
元は1961年ヒッチコック・マガジンに掲載されたもの。雑誌掲載時に訳者名が邦枝輝夫となっていたが、この文庫では黒田昌一。訳文は同じなので、同一人物である。
他にも翻訳がある「叫ぶ燕」、「緋の接吻」については『怪盗と接吻と女たち』に書評を書いたが、問題は表題作の『消えた目撃者』(本書では原題がThe Case of the Wanted Witness、初出誌「クルー」1949年3月としている。)
この原題も、雑誌名Clueも該当するものが見当たらない。内容もそれっぽく仕上げているが、他二作と比べて文体が全然違う。翻訳もこなれすぎてる感じ。
訳者さんのでっち上げか、ラジオ・シリーズのノヴェライズなのかも。(それにしちゃあ雑誌名に該当がないのが変だが…)
ペリー・メイスン ものの珍作として、興味のある方以外は読む必要はないでしょう。
評価点は他二作も加味したものです。
(以下、2021-1-18追記)
翻訳者の邦枝輝夫は有名な「田中潤司」のことだという。邦枝名義でヒッチコック・マガジンに翻訳多し。レスター・リースものもパルプ雑誌から数篇翻訳している(単行本未収録)。読まなくちゃ!

No.335 7点 またまた二人で泥棒を -ラッフルズとバニー(2)- E・W・ホーナング 2021/01/13 19:18
単行本1901年出版。初出は一作を除き米国月刊誌スクリブナーズ誌。連載タイトルはMore Adventures of the Amateur Cracksman、イラストはF. C. Yohn。なお掲載各号は無料でWeb公開あり(合本なので広告抜きが残念)。英国での雑誌連載は無かったようだ。
短篇集The Black Mask (Grant Richards 1901)にはNarrator’s Noteと題する短い前書きあり。米国版Raffles: Further Adventures of the Amateur Cracksman(Scribner’s 1901)に基づくGutenbergの原文にはこのNoteが無いので、米国版には元々付いていない可能性あり。この翻訳に前書きは欠けているが、米国版が底本なのか。
『二人で泥棒を』の書評を読んでいただいた方にはご承知の通りのオモシロ翻訳は相変わらずだが、日本語が変なところ、辻褄が合わないところは大抵やらかしているのだから、編集の欠落が主たる要因。論創さんは是非まともな翻訳で出し直して欲しい。(私は本書をおっさん様の素晴らしい書評で知り、とても読みたくなって、全三冊を買った。話のムードだけは概ねわかる明るい翻訳文だが、細かく検討するとちょっと変テコ、では済まされないところが続々と… まあお陰でクリケットの知識を得ることが出来たし、英語の勉強にもなったし、物語自体も面白かったし、で私としては十分楽しんでお釣りが来る読書体験だったのだが、これじゃあ一般読者とホーナングが可哀想。)
私がラッフルズ・シリーズを好きなのは、振り回されるバニーのいじらしい姿、ということに尽きる。Volunteered Slaveryってこういうことか?(多分、違う)
以下、雑誌イラストと注釈が豊富なWebサイトRaffles ReduxからのネタはReduxと表示。短篇集収録順と初出順は一致。
例によって少しずつトリビア&翻訳へのイチャモンを追記してゆきます。
(1)No Sinecure (初出: Scribner’s Magazine 1901-01)「手間のかかる病人」: 評価6点
バレバレな話だけど、この翻訳ではバニーがより一層盆暗だと思われちゃう。実際は、そこまで酷くないのでトリビアで汚名を濯いでおこう。
なおReduxによるとMr Maturinはオスカー・ワイルドの親族で、ワイルドがバニー同様、自分の経験の手記をDaily Chronicleに発表(1897ごろ?)していることから、ラッフルズのモデルとしてワイルドとホーナングの共通の友人(文人でクリケット上手で同性愛擁護者のGeorge Cecil Ives)が該当するという説や、ラッフルズとバニーの関係性をワイルドとダグラスになぞらえる説があるようだ。でも『二人で泥棒を』にあまりそんな感じは無いと思う。まー私はワイルドのことはほとんど知らないのだが…
ドイルの妹コニーがホーナングの妻。ホーナングの長男アーサー・オスカーの名はドイルとワイルドに由来。ドイルとワイルドの関係はリピンコット誌の『四つの署名』と『ドリアン・グレイの肖像』でお馴染み。だんだんワイルドを読みたくなってきた…
1897年5月のこと、と冒頭に日付あり。英国消費者物価指数基準1897/2020(130.83倍)£1=18389円。
p8 どんな人の顔より青ざめていて、ものを言う以外には開きっぱなしの唇の間から常に歯が見えていた(had the whitest face that I have ever seen, and his teeth gleamed out through the dusk as though the withered lips no longer met about them)♠️このwhite faceは「白い頭(髪)」の意味か?『二人で泥棒を』p199のトリビア参照。ここで表現してるのは「暗闇の中で歯の辺りだけが(ブラインドの隙間からの光で)輝いて見えた」という情景だろう。顔のほかの部分はあまり見えていなかった、という状況のはず。試訳「見たこともないほど真っ白な頭で、暗闇の中で歯だけが照らされ、カサカサの唇がその周りに存在していないように見えた。」ここでキメておかないと次のマッチ・シーンが全然生きてこない。
p9 大学には行っていないのだな(you weren’t at either University)♠️ReduxによるとeitherはOxfordかCambridgeか、という意味だという。他の大学は全く眼中に無し。
p9 金を稼ぎました(I came in for money)♠️ 『二人で泥棒を』p3と同じ誤り。come in forは「相続する」
p11 自分のウイケットを倒すという失策(than throw my own wicket away)♠️この場合wicketは「打席」というような意味。試訳「自分の打席を無駄にする(=アウトになる)くらいなら」ここを「失策」と訳したらしっくりこないよね?(ぼんやり通じるけど)
p12 これは隠しようがなかった(there was no trick about that)♠️試訳「細工を施しているわけではなかった」
p12 ぼくとの強力な結びつきを持ち得た悪漢(the dear rascal who had cost me every tie I valued but the tie between us two)♠️試訳「ぼくから貴重な全ての人間関係(ぼくと彼との関係以外)を奪った親愛なる悪党」少し難しい英文だと変調子。
p13 われわれみたいな高貴な人種にとっては欧州随一の楽園(the European paradise for such as our noble selves)♠️Reduxによると当時のヨーロッパでナポリは同性愛が咎められることのない地として有名だった、という。
p13 アウトにならない限り、とにかくウイケットを倒さずにはいられない(It’s the kind of wicket you don’t get out on, unless you get yourself out)♠️試訳「自分でミスしない限り、アウトにならずに打席が続く」訳文は意味不明。ウイケットを倒す=アウトなのだが…
p15 水に対するヒステリー患者(a hypochondriac of the first water)♠️試訳「最重度の心気症」成句を調べない訳者。医学用語も間違ってる。
p15 ウイケットを守らせたら相当なものだろう(will go far if he keeps on the wicket)♠️試訳「ウイケットを守り通せば(打席を続けられたら)、かなり儲かる(得点出来る)だろう」ウイケットを守るのは打者、なので翻訳はぼんやり合ってるが… なお料金は原文では一晩1ギニー(=19308円)。
p18 ケルナー・レストラン(Kellner’s)♠️Reduxによるとワイルドが贔屓にしていたKettner’s(現存している)。
p21 馬上の銅像を金ぴかに塗る(equestrian statue with the gilt stirrups and fixings)♠️Reduxによると1895に設置されたOnslow Ford作のField-Marshal Lord Strathnairnの銅像。原文では「鎧と装具が」金ピカ。Webに現在の写真があったが全体が青銅色に見える。
p24 五十五ポンドはしますな… 五十ギニー(=52.5ポンド)では安い(Forty-five pounds ... and it would be cheap at fifty guineas)♠️見間違い? 試訳「45ポンド(でお売りしました)… 50ギニーでも安いくらいでしたが」45ポンドは83万円。こうじゃないとチグハグ。(後段で、安く売ってもらった、と言っている)
(2021-1-13記載)
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(2)A Jubilee Present (初出: Scribner’s Magazine 1901-02)「女王陛下への贈り物」: 評価6点
大きなオモシロ訳は無さそう。手口がいかにもラッフルズ流で、面白い。
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(3)The Fate of Faustina (初出: Scribner’s Magazine 1901-03)「ファウスティーナの運命」: 評価6点
Reduxによるとホーナングは妻と共に1897年11月、妹を尋ねてイタリアに行き、1899まで滞在している。さらに1900年以降、イタリアに再び行っている。その体験がうかがわれる話。
歌はナポリ方言のようだ。Reduxでも英訳していないので、私もパス。実は有名な歌なのかも。
p62 楽園を追われたイブかい?(My poor Eve!)♠️何故、これをバニーのセリフだと考えたんだろう。
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(4)The Last Laugh (初出: Scribner’s Magazine 1901-04)「最後の笑い」: 評価5点
活劇。残念ながら筋立てが安易すぎる。
p103 毒薬(iced poison)♠️Reduxによると「アイスクリーム」のこと。当時ガラス瓶に入れて売られていて、洗浄不十分で食中毒が発生し、ロンドンでは1899年に禁止となった。
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(5)To Catch a Thief (初出: Scribner’s Magazine 1901-05)「泥棒が泥棒を捕まえる」: 評価7点
これはなかなかの作品。Reduxによると発表時の結末は違っていた。(ホーナングは雑誌発表後に、ちょこっと直しを入れることがあるが、ここまでの変更は他にないという) 残念ながら、クライマックス・シーンの翻訳(p141)はああ勘違い。Reduxで原文を読んでもよく分からん、という人は、英Wiki “To Catch a Thief (short story)”のPlot概略を読むと良い。(私もそれで間違いだと理解しました)
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(6)An Old Flame (初出: Scribner’s Magazine 1901-06)「焼けぼっくいに——」: 評価6点
なんだか変テコな話だが、翻訳のせいだけではないようだ。Reduxによるとこの女には著名人のモデルがある。
p145 その広場には名前などないのだが(The square shall be nameless)♠️冒頭から珍妙な作文。その広場の名前は言わないでおこう…という意味。shallとかwouldとか難しいよね。続く文章は「ピカデリーから真西にしばらく行くと左側に見え、御者に2シリング払うとお礼を言われる距離」という感じ。
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(7)The Wrong House (初出: Scribner’s Magazine 1901-09)「間違えた家」: 評価6点
ちょっとコントっぽい話。人が集まった時のいたたまれない感じが好き。
p180 手がしびれてしまった!(My hand’s held!)♠️愕然とするような間違い。ネタバレになるので試訳しないが、単純なセリフ。訳者には情景が全く見えていない。
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(8)The Knees of the Gods (短篇集The Black Mask, Richards 1901)「神々の膝に」: 評価6点
on the knees of the godsで「人力が及ばない」の意味。英国にとって不名誉な戦いとなったボーア戦争(第二次)を擁護したのがドイル(1900年)。戦争はその後ゲリラ戦となり1902年に終結した。本篇発表当時は継続中。
愛国心と当時の英国軍の感じをよく表している作品だと思う。バニーの兵隊ぶりも、いかにもな感じで良い。
p205 君がウイケット守備をやってくれるなら、その間にぼく自身の手でボウルアウトに持っていくことが出来る(I’m mad-keen on bowling him out with my own unaided hand—though I may ask you to take the wicket)♠️試訳「ぼくは自分の腕で助けを借りずに彼を仕留めたいと切望している。君に(捕球を)頼んでアウトを取ることになるかも知れないが」

No.334 7点 二人で泥棒を -ラッフルズとバニー- E・W・ホーナング 2020/12/23 04:55
単行本1899年出版。収録8篇と少なめだが単行本丸ごとの全訳版。ラッフルズものの短篇集全三冊を完訳する、という企画は素晴らしいのですが、翻訳は繊細さが不足していて残念。まあこれは論創社の編集の問題だろう。創元で上質な翻訳をあらためてお願い…と思ったけど、創元なら選集になっちゃうよね。それも嫌だなあ。
この翻訳でも肝心のバニーのドキドキ感は損なわれていない。まあでも、もっと手練れなら、もっとバニーの心の動きがスッと染み込んでくるんじゃないか、と思う。そこが惜しい。
本書のキモは盗みのテクニックではなく、勝手な男に魅了されてしまった平凡な主人公の無様な振る舞い、だと思う。そーゆー人間関係ってあるよね。腐れ縁というか。
ところでパブリックスクールでのあだ名Bunnyって、どういうイメージなんだろう。「うさちゃん」なんだからねえ。可愛い顔の足の速い男の子、という感じなのか。あだ名の由来って意外なのが良くあるから判らないが。(Raffles Reduxによるとクリケット用語。ルールをよく知らないので、読んでもニュアンスがわからない。11番目の打者らしい。) (2021-1-3追記: へたっぴいな打者で打順が最後、ということらしい。他に強打者なのに特定の投手に極端に弱い場合に使われる。例: バースは尾花のBunnyだ)
初出は二作を除き英国月刊誌カッセルズ誌(FictionMags Index調べ)。連載タイトルはIn the Chains of Crime、イラストはJohn H. Bacon。なおRafflesシリーズの注釈とイラストが満載のWebサイト“Raffles Redux”(以下Redux)を発見した。色々な画家のイラストがあり一見の価値あり。各話ごと1ページに原文(英Gutenberg)とイラストと注釈をまとめていて非常に便利。
トリビア(及び翻訳へのイチャモン)はじょじょに埋めます。
(1)The Ides of March (初出: Cassell’s Magazine 1898-06)「三月十五日」: 評価6点
タイトルはシーザー暗殺の日を意味する表現(シェークスピアに用例あり)。英語辞書では「(古代ローマ暦で)3月・5月・7月・10月の15日, および他の月の13日」とのこと。古代ローマ暦はなかなか面白い。Wiki「ローマ暦」参照。
二人ともよく分かっていることを、曖昧な会話で進めるスリル。第一話として素晴らしい。翻訳のせいで惜しくも減点。crackは「金庫破り」が原意。ジャンポール・ベルモンドの『パリの大泥棒』(1967)のワンシーンをちょっと連想した。
Reduxによると1891年3月15年の事件。
p1 非合法のバカラ賭博のテーブル(baccarat-counters)♠️「非合法の」は不要。counterはチップのことでは?(複数形だし…)
p1「どうしたんだ?忘れものかい?(Forgotten something?)」♠️ラッフルズの初セリフ。何で余計な「どうしたんだ?」を付加するかなあ。こういうセンスがこの翻訳のところどころに顔を出す。
p2 彼をそのまま自室に押し戻した(pushing past him without ceremony)♠️彼の脇を勝手に進んだ、という意味では? 翻訳ではwithout ceremony(挨拶なく、遠慮なしに)が抜けている。(2020-12-24訂正: push past〜は「〜を前に押す」で、本書の訳が正解。試訳: 彼を押すように遠慮なく進み…)
p2 学校では君のために尽くしてきたし(I fagged for you at school)♠️fagはパブリックスクールで下級生が上級生の雑用をすること。試訳: パブリックスクールでは君の雑用をこなしたし… 英wiki “Fagging”参照。
p2 サリヴァン(Sullivan)♠️Sullivan Powellのタバコか。このブランドの詳細は調べつかず。(ReduxによるとAlbany付近のBurlington ArcadeにあったタバコメーカーSullivan, Powell & Co.のことだという)
p3 二百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1891/2020(127.89倍)で£1=16898円。200ポンドは338万円。
p3 大分お金を持ってやってきたと聞いていたがね(I heard you had come in for money?)♠️試訳: 君は遺産を相続したと聞いたが?
p4 もはやぼくには、家族なんていないんだ(I have no people)♠️すぐ後ろを読むと、両親とも亡くなっており一人っ子だとわかるはずだが… 試訳: 家族はいない。
p4 家を捨ててでてきちゃったのさ(I came in for everything there was)♠️come in forを再び誤訳。試訳: 財産は全て相続済みだ。本書の翻訳はこんな調子。キリがないのであとはなるべくトリビアに絞って書く。
p5 ラッフルズも僕も金持ちの行く名門私立校のアッピンガム・スクールにかつて在学していた♠️この一文はGutenbergの原文に無い。訳者の(親切な)付加か?
p6 ラッフルズは戸口の前にドンと立ち塞がったのだ♠️こういう大袈裟な形容は、たいてい訳者の付加と思って良い。原文はシンプルにRaffles stood between me and the door.
p8 ピストル(pistol)♠️原文では後の方でrevolverと判明する。小さめのブルドック・リボルバーを推す。(Reduxのイラストでは割合大きなリボルバーに見えるが)
p11 君は学校ではちょっとした悪ガキだった(you were a plucky little devil at school)♠️pluckyは「勇敢な」、devilは軽い意味で「(=fellow)やつ」と解釈したい。
p12 ワッツの絵画「愛と死」やロセッティの「聖少女」の複製(reproductions of such works as "Love and Death" and "The Blessed Damozel")♠️前者は1885-1887ごろの、後者は1875-1878の作。
p15 えーっ!今夜か?ラッフルズ?♠️原文はTo-night, Raffles? なお、本書での綴りは全てハイフン入りでto-night。
p15 ボンド・ストリートにある友人からせびり取るのさ(From a friend of mine here in Bond Street)♠️「せびり取る」は全く不要。会話の妙が台無しだ。
p16 なにしろ恐ろしいことをやるんだからね(It's a beastly ordeal)♠️ここで犯罪の実行を仄めかすのはズレてる。曖昧な言葉に留めておきたい。試訳: とっても厳しい試練だ。
p16 シェークスピアの名文句の引用のある、日めくりカレンダー(a Shakespearian calendar)♠️ああ、そーゆーのが当時もあったんだ。日めくりではないと思う。(バニーに渡しながら「今日は何日だったっけ」と尋ねている) ヴィクトリア時代のシェークスピア引用付きの月カレンダーはWebに画像があった。なお続くバニーとラッフルズの掛け合いは
バ: March 15th. 'The Ides of March, the Ides of March, remember.' (沙翁Julius Caesar, Act IV, Scene III “Remember March, the Ides of March remember”の引用)
ラ: Eh, Bunny, my boy? You won't forget them, will you?
p18 明日の朝でいいじゃないか(Surely the morning will be time enough!)♠️バニーが深夜の行動の意味をよくわかっていない感を出したい。試訳: きっと朝でも間に合うよ。
p18 何しろ夜に出歩く、悪事の好きな男(He's the devil of a night-bird)♠️devilは「やつ」p11と同様のズレた訳。
p30 金庫にしまっておいた(were in the Chubb’s safe)♠️Reduxによると当時イングランド銀行などにも採用されていた一流メーカー。始祖はCharles Chubb(1779-1845)。
p30 指紋(finger-marks)♠️ここでは「沢山の指の跡」が正解だろう。なお訳注に「ロンドン警視庁が指紋のファイルを製作したのは20世紀にはいってから」とあるが正確には1901年スタート。
p31 キーツの詩に登場するオウム(Keats's owl)♠️The Eve of St. Agnes(1819)にThe owl, for all his feathers, was a-coldとある。フクロウだよねえ。
p32 弾の入ったカートリッジを抜き取り(pick out the cartridges)♠️「弾丸を抜き取り」で良いよね。まあ間違い表現とは言い切れないが、知らない人はオートマチック拳銃のマガジン(弾倉)を連想するかも。
p34 血の味がした(I’d tasted blood)♠️まあぼんやり意味はわかるが「〈猟犬・野獣などが〉血の味を覚える、〈人が〉(刺激の強いことを)初めて経験する; 味をしめる」という意味の慣用表現。試訳: 血の味を知ってしまった。
p34 ウィリアム・S・ギルバートの詩を引用するのはひどく嫌だが、泥棒を讃えた彼の詩は、深い部分で正しい(I'm sick of quoting Gilbert's lines to myself, but they're profoundly true)♠️試訳: ギルバートの歌詞を僕に寄せて引用するのはとても嫌だが… Reduxによると“The Policeman’s Lot” from “The Pirates of Penzance”(1879)のことらしい。
p35 ぼくは両腕を動かしてカッカとする頭を抱えようとした(I turned on my heel, planted my elbows on the chimney-piece, and my burning head between my hands)♠️試訳: ぼくは背を向け、暖炉に肘をついて火照った頭を抱えた。
(2020-12-24追記)
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(2)A Costume Piece (初出: Cassell’s Magazine 1898-07)「衣装のおかげ」: 評価6点
『クイーンの定員1』(浅倉久志 訳 1984)で読んだ時は、ずいぶん荒っぽい、と思ったけど、シリーズのこの位置に来るならピッタリだ。
原タイトルは「当時の衣装を着けて演じる史劇」のこと。翻訳は立派な先行訳があるのに変テコなところがところどころ。後述するが翻訳抜けもかなりある。編集は何してたんだろ?gutenberg版を忠実に翻訳している浅倉版をお薦めする。
Reduxによると1891年4月の事件。
p37 リューベン・ローゼンタール(Reuben Rosenthall)♠️書きっぷりからモデルがいるかも?と思ったらRedux情報でBarney Barnato(1851-1897, 本名Barnett Isaacs)と書いてあった。英Wikiに項目あり。名前からわかるようにユダヤ系だ。ここでの描写も「巨大な鉤鼻… すごい赤毛」と典型的。
p41 ロンドンの貧民街の人たち(Tom of Bow and Dick of Whitechapel)♠️調べて18世紀ロンドンの追い剥ぎ(highwayman)Tom King(1712-1737)& Dick Turpin(1705-1739)のことか、と思ったが、Tom KingとBow Streetはあんまり関係なさそう。
p48 アトラスの乗り合い馬車(an Atlas omnibus)♠️Reduxによると実在した馬車会社。
p49 ラッフルズが最初にしたのはガス灯をつけないことで、明かりが灯ると…(The first thing I saw, as Raffles lit the gas, was…)♠️まあなんか勘違いしたんだろう。浅倉訳「ラッフルズがガス灯をつけたとき、最初に目に入ったのは…」
p52 あまり品のよからぬ、声の大きな女たちだ(Ladies with an i, and the very voices for raising Cain)♠️浅倉訳「カインでも呼び起こしそうな声の持ち主」
p54 ガーデニア(Gardenia)♠️架空の名称か。調べつかず。続く「カジノ・バー」は参照した原文になし。
p54 最悪、君は悪魔として十分通用するよ。訳の分からない呪文を唱えられればね(You’ll pass for Whitechapel if the worst comes to the worst and you don’t forget to talk the lingo)♠️浅倉訳「万一、最悪の場合になったら、ホワイトチャペルの住人になりすますんだぞ。隠語を使うのを忘れるな」
p54 気分を一新してかかろうぜ、わがスターよ!(please our stars, there will be no need)♠️浅倉訳「おれたちの星々よ、どうかそんな必要が起きませんように」please Godで「神もし許したまわば,順調にいけば;場合によったら」が辞書にあった。ここら辺、数行の訳し抜けあり。
p57 明かりを消せ!(Out o’ the light)♠️浅倉訳「おい、そこはじゃまだ」get out of the lightで「じゃまをしないようにする」と辞書に載っていた。舞台用語?
p57 散々苦い目に合わされているんだ♠️このあと「ぼくはその隙に」の間に数行の訳し抜けあり。さらにp58以降ラストまでにもかなり多くの抜けがある。
p59 窓の外に向けて立て続けにピストルを撃ち続けた♠️例えばこの文、相当する原文が無い。訳者が勝手に端折ったか、gutenbergより短い原文(もしかして雑誌初出版?)があるのか。
p59 オックスフォード大学時代に(at Oxford)… ボートレースで使ったからね♠️Reduxによると後年の作(The Field of Philippi 1905)でラッフルズはケンブリッジ大学出身だと明かされたという。「ボートレース」のくだりはgutenbergになし。
(2020-12-26追記)
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(3)Gentlemen and Players (初出: Cassell’s Magazine 1898-08)「ジェントルメン対プレイヤーズ」: 評価5点
数日かけてクリケットについてお勉強。古い映像もちょっと見てみた。世界では二番目にファン人口が多いスポーツだと知ってビックリ。大まかなルールがわかったので本作もさらに楽しめる、かな?
翻訳者はどうやらクリケット知らずのようだ。折角のクリケットもので普及にも資する歴史的作品なのに、非常に残念。(フットボールねたが多く登場する作品を蹴球知らずが訳して間違いだらけだったらファンは怒るよねえ。) 評価点は翻訳の不備で星一つ減点。
Reduxによると1891年7〜8月の事件。八月十日月曜日(p70)とあり1891年で間違いない。
p61 彼は投手として優れていただけでなく、名野手として活躍した。しかも、常に試合を有利に導く戦略家であった(Himself a dangerous bat, a brilliant field, and perhaps the very finest slow bowler of his decade, he took incredibly little interest in the game at large)♠️試訳「自身は危険な打者、素晴らしい野手、そして当代最高のスロー・ボウラーなのだが、ゲーム自体には驚くほど全く興味がなかった。」slow bowlerはfast bowlerじゃ無い方、という理解で良いのかな? 野球でいう速球派と技巧派の違い?
p61 ローズ・クリケット・クラブに行く(went up to Lord’s)♠️St. John’s WoodにあるMarylebone Cricket Club(1787年創設、以下MCC)の本拠地Lord’s Cricket Groundのこと。1814年設立、The Home of Cricketと称されているクリケットの聖地。
p62 打たれることを覚悟して投げたら空振りしてウイケットが倒れてくれた(taking a man’s wicket when you want his spoons)♠️投手(bowler)はwicket(マトの三本杭)を狙いボールを投げ、当たると打者(batsman)はアウト。打者はボールを撃ち返して後ろのウイケットを守り、かつ得点を狙う、というのが基本プレイ。なおボールがウイケットに当たれば良く、倒す必要はない。spoonはボールを掬い上げるように打つこと(ゴロじゃなく飛球なら捕球でアウトに出来るので投手にとって良い)。この文なら、飛球狙いで投げて思惑通りアウトを取った、という感じだろうか。
p62 ピース(Mr. Peace)♠️Charles Frederick Peace(1832-1879)のこと。英国の著名強盗殺人犯。一本弦のfiddleの演奏で有名だったが、動物を可愛がる(taming animals)はガセらしい(Redux情報)。
p63 実際、彼がクリケット場に現れるときには、彼ほど自分のチームを勝たせたいと熱中するプレイヤーはほかに見当たらなかった(Nevertheless, when he did play there was no keener performer on the field, nor one more anxious to do well for his side)♠️試訳「しかしながら、実際にプレーすると、球場で彼以上にゲームに熱中し、チーム・プレーに徹している選手はいないのだった」前の文章を逆接で受け、口ではそう言うが… ということ。
p63 彼はひと試合終わる前に…♠️以下、色々誤りあり。ここに書かれてるのは、ラッフルズはシーズン最初の試合の前の打撃練習(net)の時、bail(ウイケットにボールが当たると落ちる判定用マーカー)の代わりにソブリン金貨をウイケット杭(stump)の上に起き、ウイケットに当てることが出来たチームメイトにその金貨を賞金として与えた、というエピソード。味方の投手強化のために身銭すら切る、というラッフルズの姿を描いている。ソブリン金貨は1ポンド(=16898円)。
p63 次の日には57ポンド稼ぐ(made fifty-seven runs next day)♠️runはcricketの「得点」本番の試合では57点獲得した(大活躍だった)、ということ。打った後、球が野手から返ってくる間にサイドからサイドまで(約20メートル)走って1点獲得。返球までの間に何度でも往復して走れる。面白いのは打者二人がそれぞれバットを持ちサイドの両端に立っていて、片方が打ったら反対サイドに向かってペアが同時に走ること。なのでペアの走る、止まるの呼吸合わせも重要。なお野球のエンタイトルツーベースっぽいboundary(ゴロでグラウンドを越える)は4点、ホームラン(飛球でグラウンドを越える)は6点。
p63 ジェントルメンとプレイヤーズ♠️ReduxによるとThe “Gentlemen vs Players” gameは最初1806年に、1819年からは毎年行われたMCCの企画試合。アマチュア選抜(the Gentlemen)対プロチーム(the Players)という試合。アマチュアは上流階級、プロは下層階級がメンバーらしい。英国のアマチュア重視って貴族制度と切り離せないんだよね。
p65 ジンガリ・クラブの金と黒と赤のストライプの入ったブレザーコート(the Zingari blazer)♠️I Zingariは英国アマチュア・クリケット・クラブ(1845年創設)。Webで派手なブレザーの写真あり。
p67 われわれの対戦相手はフリー・フォレスターズです。まあドーセット州のジェントルメンに当たりますかな(We play the Free Foresters, the Dorsetshire Gentlemen)♠️ Reduxによると両方とも実在のクラブ。
p69 四十一回のランで三回倒した(three for forty-one)♠️いろいろ投手のスコアを調べてみて「3ウイケット(=アウト)41失点」が正解だろうか?投手は(外れ球を除き)6球で別の投手に交代するので一試合に必ず複数の投手が投球する。ひと試合のアウト数は10回だが投手成績にはカウントされない走塁アウト(run out)などもある。Reduxによると初出誌ではthree for thirty-eight。これでは良すぎ、と思った作者が補正したのか。
p70 ドーセット州のミルチェスター・アベー(Milchester Abbey, Dorset)♠️架空。
p76 メルローズ侯ドウェイジャー夫人(The Dowager Marchioness of Melrose)♠️ dowagerは(貴族の)未亡人、marchionessは侯爵夫人。
p76 アマーステス夫人の隣にいて大声で喋っていた(sat on Lord Amersteth’s right, flourishing her ear-trumpet)♠️試訳「アマーステス候の右に座り、補聴器が目立っていた」当時の補聴器はWebで(ear-trumpet 1900)。
p81 ジェントルメンとプレイヤーズが、ウイケットを倒すのにしのぎを削るようなものだ(Gentlemen and Players at single wicket)♠️英wiki “Single wicket cricket”参照。クリケット個人打撃戦、で良いか。最高得点の打者が勝つルール。
p83 次のイニングには走者に出ることもできた(made a run or two in my very next innings)♠️runは得点。inningはここでは打席(my付なので)。試訳「すぐ次の打席では一、二回得点できた」
p89 ゴムの快適なタイヤをつけた馬車(a hansom with noiseless tires)♠️John Boyd Dunlopがpneumatic tireを始めたのは1888年から。当時、最新式タイヤの馬車なのだろう。都会のイメージ。
p90 本話でも最終部分に多くの訳し漏れあり。
(2020-12-27追記)
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(6)Nine Points of the Law (初出: Cassell’s Magazine 1898-09)「合法と非合法の境目」: 評価6点
バニーのドキドキがたまらない。
原タイトルはPossession is nine points of the law(占有は九分の強み)という諺から。
p141 切手と違って五シリングかかる(My answer cost me five bob)♠️電報代5シリングは4225円。Reduxによると手紙なら1〜2ペンス程度(141〜282円)だという。
p142 セキュリティーという暗号は{XX(ネタバレ防止)}のことでね(Security’s that fellow {XX})♠️試訳「“セキュリティー”の正体は{XX}という奴だ」この電報で初めて正体がわかった!という場面。
p142 六週間も法すれすれの弁護をやってのけた(got six weeks for sailing too close to the wind)♠️際どい弁護過ぎて六週間(の罰を)食らった、という意味なのかも?
p143 爵位はつかないんですな(Not up at Lord’s)♠️Lord’sはp61にも登場した有名クリケット競技場。試訳「ローズでその名前は見てませんが」
p143 そういえば、投げて私をアウトにしたんでしたな(So you have bowled me out in my turn?)♠️「これは一本取られましたね」という意味だろう。bowl me outは「(投手の)投球で(打者の)私をアウトにする」(2021-1-3追記: これは単なるアウトではなく、球を打ち返せず、ウイケットに当てられてアウト、という表現。打者としては完敗。野球だと空振り三振のイメージ)
p151 私には休憩が必要だったが、あなたは休まずに投げ続けましたね(I go up to Lord’s whenever I want an hour’s real rest, and I’ve seen you bowl again and again)♠️ああ勘違い。試訳「一時間本当に休憩したくなったら、いつもローズに行っていました。あなたの投球を何度も何度も見たのです」
p151 リージェント・ストリートのカフェ・ロワイヤル(the Café Royal)♠️1865年開業の有名レストラン。
p153 メトロポール・ホテル(Métropole)♠️1885年開業。Northumberland AvenueとWhitehall Palaceの角にある。現在はCorinthia Hotel London。
p154 嘘をついて殴り殺されたアナニアス(Ananias)♠️『使徒行伝』第5章に出てくる嘘つき。文語訳5:5「アナニヤこの言をきき、倒れて息絶ゆ」ペテロの叱責で死んだのだが…
p162 二三十年(two hundred and thirty years)♠️二百三十年の誤植。
p162 収集家のジョンソン(Old Johnson)♠️すぐ後に「オーストラリア一の収集家といわれるジョンソン爺い(old Johnson)」と補い訳をしているのだが、米国ペンシルヴァニアの有名な絵画コレクターJohn G. Johnson(1841-1917)のことだろう。John G.はここに出てくる絵の(弟子が描いた)模写を保有しており、本物を見たら眼を剥くぞ、ということだろう。自慢してる男がオーストラリア出身の金持ちだからこういう余計な補い訳になったのか。
p164 サボイ・オペラのくだりに数箇所の訳し漏れあり。物語後半になると訳者の集中力が低下するのだろうか。
(2020-12-27追記)
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(7)The Return Match (初出: Cassell’s Magazine 1898-10)「リターン・マッチ」: 評価6点
これもバニーのドキドキが見どころ。
p168 十一月の夕べ♠️いつのことかはわからない。Reduxにも記載なし。
p169 腕をぼくの腕の下に差し入れ(his arm slid through mine)♠️ヴィクトリア朝の紳士は腕を組むのが普通。
p174 短い赤毛のてっぺんは禿げている(an unbroken disk of short red hair)♠️短く切った赤毛のヘアスタイル(囚人の?)が円盤のように見えた、ということだろう。unbrokenなので禿げてはいない。Reduxに載っているイラスト参照。
p177 同時に殺(や)られる(‘blow the gaff’)♠️Reduxによるとto divulge a secret(秘密をバラす)という隠語。
p181 「何かお役に立てることがありますか?」(“Ye have the advantage o’ me, sirs,”)
/ 「そう願いたいものです」とわが友、マッケンジーは言った(“I hope you’re fit again,” said my companion)♠️試訳「どちらさまで?」/「お元気になられたようですね」わが友は言った。
どうしてmy companionが警部のことだと思うのだろう?
p187 乗馬用の長いコートを着ていった…♠️この文章以下、翻訳では「ぼく」の思考のようになっているが、原文では現実の場面。ぼくが窓から見ていると、彼が乗馬用コートを着てアパートを出てゆくところで、警官に鍵を渡していた、というシーン。全く酷い翻訳だが、不思議と話全体として意味はなんとなく通じる。物語自体が薄味だからだろう。
(2021-1-2追記)
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(8)The Gift of the Emperor (初出: Cassell’s Magazine 1898-11)「皇帝への贈り物」: 評価7点
いやーこれは… なんと言ったら良いのか。
Reduxによると1895年6月〜7月の事件。
p192 人食い列島(the Cannibal Islands)♠️ReduxによるとFijiのこと。
p193 島の首都フリンダー(flinders)♠️意味不明の翻訳。
p193 ぼくはロンドンのアパートはそのままにして、川を眺められるという楽しみから(I had let my flat in town (...) on the plea of a disinterested passion for the river)♠️試訳「都会のフラットを賃貸し、純粋に川を楽しみたいという口実で(田舎に引っ込んだ)」貧乏を悟られたくないための言い訳。
p194 殺人は止めにしたし、何も隠すものはなかった(The murder was out; there was no sense in further concealment)♠️突然の「殺人」。ちゃんとした編集がついていれば確実に避けられる誤訳。試訳: 秘密がバレた。これ以上隠す意味はなかった。
p195 それからしばらくの間…♠️以下、翻訳では数ヶ月が経過したことになっているが、原文ではラッフルズがバニーの住んでいる田舎に来て、ボートに乗り、夜11時に駅で会話したのは同じ日の出来事。この前会ったのが数ヶ月前(It was months since we had met)という文を誤解して、創作翻訳している。
p199 髪が黒く、目のきれいな若い女性(a slip of a girl with a pale skin, dark hair, and rather remarkable eyes)♠️「白い肌の」が抜けている。実は後で「褐色の肌を持つ顔(brown face)」(p207)と形容している。このbrown faceは茶色の髪色(と目?)の表現なのだろうか。なおa slip of a girlは「ほんの小娘」すでにバニーの反感が読み取れる。
p208 クリケットに例えれば… 出塁すらできていなかった(never had his innings)♠️試訳「まだ打席にすら立てていなかった」
p208 (Aは)すいすいとウイケットを倒してみせ… (Bを)圧倒していた(bowling him out as he was “getting set”)♠️試訳「(Bが)打席に立って構えるなり、(Aは)投球でアウトにしてしまった」bowl... outは投手が打者に投げた球がウイケットに命中して打者がアウトになること。打者にとっては最も気分の悪い音(投手にとって最も気持ちの良い音)が球場に響く。
p210 しかし、彼のユーモアはよく理解できた(I noted, however, the good-humor of his tone, and did my best to catch it)♠️試訳「だが、上機嫌な声だなと感じたので、調子を合わせることにした」いじらしいバニーの心情を汲み取って欲しいところ。
p210 何かをするつもりだ(making his century this afternoon)♠️make... centuryはクリケットの1打席で打者が百点以上獲得すること。凄い活躍をする、という意味。
p210 別の魚をフライにする(had other fish to fry)♠️他にもっと大事な仕事がある、という慣用句。
p214 原文ではここの会話は終始X嬢について。翻訳はいつものように勘違い。「その声を聞くたびに(With that voice?)」は「あんな声の女と?」だろうし、最後の「君は幸せに生きてるんじゃないの?(Do you think you would live happily?)」は「幸せになれると思うのか?」だろう。
p219 去年の11月に(last November)♠️前作の事件は去年のことだと言っている。Reduxは本作を1895年6月〜7月としているのだから前作は1894年11月の事件となる。ただし本作が1895年だという根拠はわからない。
p223 大きなコルトの短銃(the huge Colt that had been with us many a night, but had never been fired in my hearing)♠️that以下は訳し抜け。「沢山の夜、ぼくらと一緒だったが、一度も発射音を聞いたことはない」当時のコルトならSAA(いわゆるピースメーカー)か。M1892だと新しすぎる。
p227 本篇もラストに訳し抜け多し。大事なところで勘違いもあり(男女の誤り!など)。ネタバレになるので細かく書けないが、一例を挙げると最後の部分は翻訳では10行、原文は12行。個々の文章も端折っている。作品の途中でも抜けはところどころあるが、概ね逐語訳。なのに最後に来ると大胆な超訳。不思議だなあ。
(2021-1-3追記)
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(4)Le Premier Pas (短篇集The Amateur Cracksman, Methuen 1899)「ラッフルズ、最初の事件」: 評価5点
ラッフルズのドキドキが語られる。いつもの荒っぽい話。当時の警察の捜査技術でも逮捕されちゃうんじゃない? 読んだ印象では次作同様、単行本にまとめるときに書き下ろした感じ。
Reduxは1881年クリスマス期間の話としている。
p93 古いオリエント汽船の名札(an Orient label)♠️Orient Lineは当時オーストラリア行きで有名な客船。
p95 ユダヤ人(Jews)♠️Reduxによるとmoneylenders(高利貸し)の意味で使っているようだ。
p95 試合中、アウトコースのボールを打とうとして手にボールを当ててしまった(I was cut over on the hand)♠️そういう意味なのかなあ。素直に「手の表面を切った」では?外科医(surgeon)が治してるし、後段でこの怪我はthird finger that was split and in splintsだと書いている。
p96 汽車はないのですか?(Can’t I go by train?)♠️Reduxによるとイエイ(Yea)まで汽車が開通したのは1883年。
p97 でも太った馬はお嫌でしょうね(and then I should know you’d have no temptation to use that hand)♠️「(穏やかな馬なので)その(傷ついた)手を使う必要はないと思います」という感じ。
p100「ラッフルズさんじゃありませんか」…「ラッフルズだよ!」ぼくは思わずにっこりしながら、固い握手を交わしたのさ♠️原文は‘Mr. Raffles?’ said he. / ‘Mr. Raffles,’ said I, laughing as I shook his hand.となってる。本作のキモなんだけど、訳者には全然わかっていない。試訳「ラッフルズさんですか?」…「ラッフルズさん」ぼくは笑って握手した。
続く会話も調子を変えて欲しい。ラッフルズは丁寧に喋っているのだろうし、相手はもてなす風に話してる感じで。この翻訳では最初からバレバレ。
p101 そういうあんたも強そうだな(They would in you)♠️ラッフルズとしては強盗を撃退した、という支店長のエピソードが頭にあるので、このセリフ。「あなたには敵いませんよ」くらいか。
p108 彼は決して不摂生な人間ではなかった(he was at all intemperate)♠️ここら辺、ラッフルズが人を酔い潰そうと苦労してる場面。相変わらずズレまくった訳文が続く。ローゼンタールとの違いを逆に捉えている。
p108 だからベッドに入ってとにかくテンションを鎮めた♠️この文は相当する原文無し。訳者の勝手な創作。しかも結構訳し抜けあり。原文では、見通しが立たない中で会話に苦労した…ということをクリケット用語なども使いながら語って。いる。
p109 鍵は二つあって… もう一つは業務日報の日曜日のページにはさんでおく習慣(he had a dodge worth two of that. What it was doesn’t much matter, but no outsider would have found those keys in a month of Sundays)♠️楽しい珍訳。試訳「彼にはうまい隠し場所があって、まあそれほどでも無いんだが、でも部外者が今までずっと鍵を見つけたことは無かった。」辞書に載ってる成句を良く調べていない。業務日報、何処から出てきた?
p113 締まり扉の具合を確かめ…♠️ここも原文に無い。これではアレっ?てなる。そして結構な訳し抜け。相変わらず後半に集中力が欠けている。
(2021-1-13追記)
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(5)Wilful Murder (短篇集The Amateur Cracksman, Methuen 1899)「意図的な殺人」: 評価6点
荒っぽい話だが、泥棒には信頼できる故買屋が必要だ。レスター・リースはどう切り抜けていたんだろう。
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ところで、今頃見つけたのだが、Wikiに紹介されている雑誌連載開始時のタイトル画のキャプションがBeing the confessions of a late Prisonner of the Crown, and sometimes accomplice of the more notorious A. J. Raffles, Cricketer and Criminal, whose fate is unknownとなっている。じゃあ最初からそーゆー構想だったのね。
(2021-1-14追記)
単行本には献辞あり。TO A. C. D. / THIS FORM OF FLATTERY
サー・アーサーに捧ぐ(これが我が賞賛方法)、という感じか。

No.333 7点 ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利- ロバート・バー 2020/12/21 04:56
創元版『ヴァルモンの功績』(2020-11)は実に凝った翻訳、でもルビのおかげで読みにくくない。国書刊行会平山先生の訳も普段の自費出版のと違い読みやすい(編集者の腕の見せ所だね)けど、創元版はさらに良い。しかも全短篇に初出イラストがついている!(小さくてやや見づらいところだけが欠点) これはもう一家に一冊モノですよ!解説も実に行き届いています。
とりあえず初出データ(本書もFictionMags Indexを活用!)のみ示しておきます。今後はトリビア&平山版との比較も予定。
カッコ付き数字は本書の並び順。ここでは初出順に並び替えています。
(9)Detective Stories Gone Wrong: The Adventures of Sherlaw Kombs (初出: The Idler 1892-5 as by Luke Sharp 挿絵George Hutchinson)「シャーロー・コームズの冒険」: 評価7点
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(1)The Mystery of the Five Hundred Diamonds (初出: The Saturday Evening Post 1904-6-4〜6-11 (分載2回) 挿絵Clarence F. Underwood)「<ダイヤの頸飾り>事件」:評価5点
これ犯罪を構成してるのかなあ。誰も損してない気がする…
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(3)The Clew of the Silver Spoons (初出: The Saturday Evening Post 1904-8-27 挿絵Clarence F. Underwood)「手掛かりは銀の匙」
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(10)The Adventure of the Second Swag (初出: The Idler 1904-12 as by Luke Sharp 挿絵Bertram Gilbert)「第二の分け前」
こちらは(9)と違い、シャーロック・ホームズが登場。初出のこの号をFictionMag Indexで眺めてたら、チェスタトン画の挿絵で『奇商クラブ』が6回連載されてる!(1904年6月号から12月号まで) ぜひ見てみたいなあ。(Webに三枚発見。https://www.sciencephoto.com/media/559877/view)
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(4)The Triumphs of Eugene Valmont: Lord Chizelrigg’s Missing Fortune (初出: The Saturday Evening Post 1905-4-29 挿絵Emlen McConnell)「チゼルリッグ卿の遺産」:評価7点
若い貴族の性格描写が翻訳で生きている。
p144 枕許に装填した拳銃を♠️4挺忍ばせ28発打ち尽くす…とあるから7連発の拳銃。話の感じでは少なくとも10年前(1895年)以前の話。当時7連発リボルバーは結構ありS&W Model 1(22口径, 全長178mm, 製造25万挺(1857-1882) 価格$2)とかColt Open Top Pocket Model(22口径, 全長152mm?, 製造11万挺(1871-1877) 価格$8)とかベルギー製Nagant M1895(約32口径, 全長235mm, 製造1895-1945)とか(19世紀後半ベルギー製ルフォーショーにも7連発拳銃があるが詳細不明)。枕の下に四挺も入れていたのなら小型拳銃なのだろう。安くてポピュラーなS&W Model 1を推す。なお当時の$1は米国消費者物価指数基準1871/2020(21.34倍)で2299円。
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(5)The Triumphs of Eugene Valmont: The Absent-Minded Coterie (初出: The Saturday Evening Post 1905-5-13 挿絵Emlen McConnell)「放心家組合」:評価7点
やはりよく出来た話。導入部を楽しめるかどうか。全体のムードと企みが合致して傑作になった。
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(6)The Triumphs of Eugene Valmont: The Ghost with the Clubfoot (初出: The Saturday Evening Post 1905-5-27 挿絵Emlen McConnell)「内反足の幽霊」
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(7)The Triumphs of Eugene Valmont: The Liberation of Wyoming Ed (初出: The Saturday Evening Post 1905-6-10 挿絵Emlen McConnell)「ワイオミング・エドの釈放」
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(2)The Triumphs of Eugene Valmont: The Fate of the Picric Bomb (初出: The Saturday Evening Post 1905-7-1 挿絵Emlen McConnell)「爆弾の運命」
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(8)The Triumphs of Eugene Valmont: Lady Alicia’s Emeralds (初出: The Saturday Evening Post 1905-7-8 挿絵Emlen McConnell)「レディ・アリシアのエメラルド」

No.332 6点 不変の神の事件- ルーファス・キング 2020/12/12 07:46
1936年出版。ヴァルクール警部補シリーズ第9作。翻訳は堅実な感じ。初出は月刊誌Cosmopolitan 1936-4(一挙掲載)。単行本初版はダブルデイ・クライム・クラブ。サブタイトルがありLieutenant Valcour’s most exciting case。カバー絵は帽子にコート姿、右手にリボルバーを持った厳しい顔の男(シリーズの他の表紙にも登場してるのでヴァルクールなのだろう)。色々調べると本作は映画化されてる! タイトルLove Letters of a Star(1936年11月8日公開 Universal) DVDやBD化はされていないようだ。ぜひ見てみたい。制作時期を考えると当初から映画化するつもりだったのか? ベラ・ルゴシ主演の無声映画The Silent Command(1923)にStory by Rufus Kingとクレジットされていたり、若きDuke Ellingtonが出演してるミュージカル探偵物Murder at the Vanities(1934)にも原作戯曲の作家(共著)として参加してるから映画界との関わりも結構深かったのだろうか? Internet Movie Databaseによるとイエール大学時代のThe Bond of Love(1914)に女性役としての出演記録あり。(2020-12-14追記)
さて肝心の小説だ。まずは序盤に納得するか?で印象が分かれるかも。私はまーそーゆーこともあるかも、と素直に受け止め、お話しの盛り上がりが非常に面白かった。そこから小ネタを繰り出してスリリングなプロット。中盤以降は無理に無理を重ねたところがちょっと残念。
ミステリ味は薄い。要素が実に米国的。描写は簡潔だけど、いろいろなキャラのスケッチが上手。なんかリアリティがあるので、中盤以降が惜しい。わざわざ、ああしなくても… と思う。この設定なら人間模様をふくらませる余地が沢山あるのに、使い切っていない。
この作者の初期作品をもっと読んでみたいと思いました。
以下トリビア。
銃はコルト32口径(a Colt .32)が登場。海の男の持ち物らしいので、動作が確実なリボルバーだろうと妄想(作中には具体的描写なし)。時代的にColt Police Positiveあたり?
p9 五月四日♣️事件の日付。
p9 チャンドラーのクーペ、グレイで黒いラインが一本はいっていた(Chandler coupe, gray, with a black line)♣️ Chandler Motor Car(1913-1928)はmedium-price carmakersのようだ。1922年のラインナップは$1495〜$2375を揃えていた。(米国消費者物価指数基準1922/2020(15.50倍)で$1=1670円、250万円〜397万円) この車は「新型(A new model)」らしい。ちょっと古いが1928年最終モデル?1928年12月のHupp買収後でも1929年にChandlerブランドで車を販売しているようだ。
「黒いライン一本」はChandler Standard Six 1928 (8527)で見られるデザインか(これはセダンだがクーペはChandler 65 Series Rumble Seat Coupeで検索)。p66「後部の折りたたみ座席(the rumble)」とあるのでRumble Seatバージョン。(この項目2020-12-13修正)
(以上2020-12-12記載)
p20 ギルド劇団の公演(Guild shows)♣️Theatre Guildは1918年ニューヨークで設立。英Wikiやコトバンク「シアター・ギルド」に項目あり。
p23 リリアン・ラッセル(Lillian Russell)… メイ・ウェスト(Mae West)♣️前者(1866-1922)は歌手・女優で活躍当時最も有名な女優だったという。後者(1893-1980)は映画女優。映画デビューは1932年、ヒット作は1933年1月&10月の公開なので、この会話の感じだと作中年代は1933年10月以降。
p23 プルーンが減れば…種が増える(Less prunes… and more bosoms)♣️プルーンの耕作地面積はカリフォルニア州では1926年にピークに達している。bosoms(複数形)は「女性の乳房」らしいが、このセリフの意味がよくわからない。(2021-1-9追記: pruneに男、ヤツの意味があるらしい。「男少なめ、女多め」というような感じ?舞台や映画関係でこういう言い方があったのか)
p28 ガートルード・メリヴェイルの『情熱なき恋』(Gertrude Merrivale in “Love Without Passion”)♣️架空だろう。
p35 アンドーヴァーの寄宿学校(Andover)♣️Phillips Academy Andoverは1778年創設。プレップ校(名門大学入学を目的とする中等教育学校)の一つ。
p36 ダンス(ルンバ以外のすべて)dancing(in everything but the rumba)♣️ルンバは映画Rumba(1935年2月公開, George Raft, Carole Lombard主演)により米国で有名になったばかりなので習得してない、という意味か。作中年代は1935年5月と言って良いだろう。
p36 海軍で従僕として訓練を受けた二人のフィリピン人(two Filipinos trained for service in the navy)♣️for serviceは軍事訓練のことだろう。当時、フィリピンは米国自治領(1901年7月〜1935年11月)で、米国海軍学校アナポリス方式を採用したPhilippine Nautical Schoolがあり、フィリピン人は米国海軍にも志願出来たという。1919年には最初のフィリピン人がアナポリスに入学している。多分、米国を目指すフィリピンの若者にとって良い制度だったのだろう。
p42 カクテルとキャヴィア(cocktails and caviar)♣️現代の舞台人にふさわしいおもてなし。禁酒法(1920-1933)後のイメージなのか。
p42 モントーク(Montauk)♣️The Montauk Theatre(Passaic, NJ、1924年1月30日オープン)のことだろう。1900年代に流行った同名のヴォードヴィル劇場跡地に建設された。(2020-12-15追記: 以上の記載は誤り。正しくはニューヨーク州Montaukのこと。p22「ガーディナー湾」の近く)
p44 ヴァン・ブリテンの『もう一度言って』Van Britten’s “Tell Me Again”♣️架空の芝居。
p45 『いちじくの木』The Fig Tree♣️多分、架空の芝居。
p45 『トーチ・ソング』... ベラスコ(Belasco... in “Torch Song”)♣️架空の芝居と登場人物。
p47 恋文が——当時は『ファンレター』という言葉はありませんでした(mash notes—the term ‘fan letters’ had not come in by then)♣️mash letterの用例は1880年が初出らしい。fan letterの初出は1932年だという。
p48 週2000ドル(two thousand dollars a week)♣️米国消費者物価指数基準1935/2020(19.01倍)で$1=2048円。月給換算で1775万円。
p49 <ラムズ>♣️The Lambs Clubはニューヨークの俳優や作詞作曲家など舞台人のための有名社交クラブ(1874年設立。130 West 44th Street in Manhattan)。ロンドンのクラブ名(1868-1879)に因む。
(2020-12-13追記)
p69 ロバート・マンテル(Robert Mantel)♣️Robert B. Mantell(1854-1928)スコットランド生まれ、ダブリン育ちで、米国に渡りシェークスピア作品で有名になった俳優。サイレント映画にも出演。
p70 千ドル札(thousand-dollar bill)♣️=205万円。1928年以降はGrover Clevelandの肖像、156x67mm) 500ドル以上の米国高額紙幣は1945年発行終了。
p70 金はすべての悪の根である(money is the root of all evil)♣️「聖書の格言」と補い訳。新約聖書テモテへの前の書6:10(KJV)For the love of money is the root of all evil、(文語訳)それ金を愛するは諸般の惡しき事の根なり。擬似パウロ書簡の一つ。
p74 ユーカー(euchre)♣️切り札のあるトリック・テイキング・ゲーム。ピケ・デック(32枚)を使用。古くからあるトランプ・ゲーム。Wikiに項目あり。
p74 最新ルールのコントラクト・ブリッジ(the latest rules of contract)♣️1920年代に成立したコントラクト・ブリッジを1930年代に主導し流行させた立役者がEly Culbertson(1891-1955)。上級者とのブリッジ・マッチで常に勝利し、自身が1929年に創刊したThe Bridge World誌で色々なテクニックを紹介し疑問手やマナーを論じた。
p74 シェリー[から]… カクテルに移行♣️過去と今との対比。Sherryの本場もの(Vino de Jerez)はアンダルシア州カディス県の産。
p75 サイドカー(sidecars)♣️英WikiによるとSidecarは第一次大戦末期のパリかロンドンが発祥らしいコニャック・ベースのカクテル。
p76 クラブ・セダン(the club sedan)♣️1920年代半ばに登場した屋根の低い高級セダン。ここの車は後で「リバティ(Liberty, p93)」と判明する。Liberty Motor Carは1916年創業で1923年に他社に吸収された。実在したが現在は廃業した会社名を使っている(チャンドラーも同様)ということは意図的なのだろう。
p89 虹色のプース・カフェ(a pousse-café)♣️数色が層になったスタイルのカクテル。比重の異なった液体で作る。
p103 一ポンド20セントで素晴らしいロブスターが手に入る(excellent lobsters at twenty cents a pound)♣️1キロ換算で903円。今の日本での相場は1キロ約1万円。今の米国では1ポンド約25ドルなので1キロ約55ドル(=5924円)。物価は19倍なので非常に安いのだろう。
p107 タリスマン(‘Talisman’)♣️架空のタクシー会社名か。この運転手はギリシャ系だが、ニューヨークでは東欧出身ユダヤ系が多かったようだ。
p112 最近のミュージカルのヒット作『オール・ハイ』(the recent musical success “All High”)♣️架空。
p112 マクベスの“よし、つかんでやる!”(Macbeth’s “Come, let me clutch thee!”)♣️第2幕第1場から。
p113 時代劇『迷える恋人たち』“Lovers Astray”, a costume piece♣️多分、架空。
(2020-12-14追記)
p119 レベッカの色刷りの版画… しゃれた服に身を包み、水差しを抱えて井戸へ向かっている場面(a lavishly framed colored print of Rebecca, caught during one of her more dressy trips with a pitcher to the well)♣️「井戸のレベッカとエリエゼル(Eliezer and Rebekah at the Well)」のシーンだと思われる(創世記24)。文語訳では「リベカ」。p170にも登場(「レベッカのような風俗画」the Rebecca genre)。「風俗画」は訳者の補いだがズレている。キリスト教主題の絵画、というのが原意だろうか。
p151 ベルヴェデーレ美術館のアポロ(Apollo [Belvedere])♣️教皇ユリウス2世がヴァチカン宮殿内の「ベルヴェデーレの中庭」に置いた古代ローマ時代(AD130年ごろ)のアポロン像。Wiki “Apollo Belvedere”参照。
p154 デュマの『鉄仮面』(the Man in the Iron Mask)♣️ダグラス・フェアバンクス主演の映画The Iron Mask(1929)のイメージか。
p173 八年前のカルヴァースン調査隊… ポンペイ郊外の発掘場所で(in the excavations outside of Pompeii during the Calverson Expedition of eight years ago)♣️多分、架空。
p177 ピノクル… キング四枚で得点すると宣言(pinochle... melded four kings)♣️米国のトリック・テイキング・ゲーム。A-10-K-Q-J-9のみの24枚を2デック使用。普通は対面がペア、四人プレイの2チーム戦。ビッドはチームの予想獲得ポイントを上げてゆく。手札に役があるとビッド終了後トリック開始前に当該カードを晒して点がもらえる。晒したカードはトリック獲得にも使用するので手札に戻す。ここは手札に四枚のキングがあり80点獲得した場面。次頁「ダブル・ピノクル(a double pinochle)」も手札役の一つ(ダイヤJ&スペードQが二組)で300点獲得。英Wiki参照。手札の情報を与えないように、わざと得点獲得をしないという駆け引きもあるのかな?
p181 サウサンプトンあたりに住み、朝海に泳ぎでたら夜までもどってこないあの変人(that odd man who hung around Southampton and who would swim out to sea in the morning and not come swimming back in again until night)♣️英国南部のSouthampton市ではなく、ニューヨーク州Southampton Beachのことだろう。変人のほうは調べつかず。
p182 マダム・バラスカ(Madame Valaska)♣️多分架空。
(2020-12-15追記)
p183 シコルスキー(Sikorsky)♣️今はヘリコプターで有名だが1923年創業のころは大型・中型の飛行艇が主流だった。ここに登場するのはS-38(1928)か。
p187 ブリッジから鐘を打つ音が六つ♣️六点鐘。船ではAM及びPM3時、7時、11時。30分ごとに1点増やして叩き、八点鐘で終わり。(Wiki “船鐘”)
p194 ガボリオ… オッペンハイム(Gaboriau... Oppenheim)♣️古いイメージを出したいので、この二人が登場。
p195 昔観たメアリ・ラインハートの作品(Rinehart production {X} had seen long ago)♣️サイレント映画『螺旋階段』(1915)のワンシーンだろうか。
p210 交霊会(a spiritualistic séance)♣️1930年代前半でも流行っていたのか。
p234 釘を打った板に座っているみたいで。インドで魂を救うために使う…(sitting on one of those nail boards they use in India to save their souls with)♣️英Wiki “bed of nails”参照。
p242 平たいオートマチック(a flat automatic)♣️ヴァルクールの銃。38口径のColt M1908 Pocket Hammerlessを推す。
<ちょっと長い蛇足>
ルーファス・キングの関わったサイレント映画The Silent Command(1923)と楽しいミュージカル探偵映画Murder at the Vanities(1934)がWebに落ちてたので見た。いずれもミステリ的工夫がある作品。興味深いところが色々あり。前者は軍法会議のシーンとか船内のアクション・シーンとか、後者は女性を徹底的にモノとしてしか見てない感じのヴァラエティ・レヴューのシーンとか、ファン必見エリントンの若々しさとか(メエ・ウエストが映画関係者に助言して出演となったらしい)。どちらも楽しめました。どこかで本作の映画Love Letters of a Star(1936)を日本語版にしてくれないかなあ。(2021-1-9若干修正)
(2020-12-19追記、完)

No.331 5点 鐘楼の蝙蝠- E・C・R・ロラック 2020/12/06 19:51
1937年出版。マクドナルド首席警部シリーズ第12作目。
うーん。途中までは実に素晴らしいんだけど、第11章以降が弱いなあ。でもマクドナルド警部のキャラ描写は凄く良い。それだけに後半がねえ…
冒頭の人物の書き分けが不十分で頭がちょっと痛くなるけど、物語が進めばキャラは立ってくるので問題なし。推理味は薄め。だから後半にあーゆー展開必要ある? キャラ描写メインで勝負すれば良いのに… あとちょっとマクロイさんと共通する弱点を感じた。踏み込みギリギリの描写が時々あると思う。
以下トリビア。徐々に書き足していきます。
p12 殺人ゲーム(Everyone plays these murder games)♣️
p13 十ポンドかそこらで買える車♣️中古車
p15 推理小説(thrillers)♣️この単語は意外。detective storiesだと思った。
p25 大きな縁の、巨大な凸レンズのはまった眼鏡(huge convex lenses set in the widest rimmed specs)♣️
p26 安っぽい犯罪小説(penny dreadful)♣️
p29 十八日の水曜日♣️p17で来月一日はエイプリルフール、との発言があるので、これは3月18日。直近では1936年が該当。
(2020-12-6記載。続く)

No.330 6点 悪魔と警視庁- E・C・R・ロラック 2020/12/03 01:33
1938年出版。マクドナルド首席警部シリーズ第14作目。
ロラックさんは初めて。古本屋で偶然見つけ、発表年代で読む気になりました。
うーん。冒頭のワクワクが盛り上がらず、致命的な欠点はないが、これは!というところもない佳作、という感じ。でも好みの作風(セリフの一部、説明がくどくて、ちょっと気になったが)。英国好き、戦間期に興味ある人、クロフツ・ファンならお勧め、という感じかな。大抵の人には地味すぎて物足りないだろう。翻訳は手慣れた感じで良い。
冒頭はVictory Ball(11月11日)。クリスティのポアロものの短篇(『戦勝記念舞踏会事件』1923)とセイヤーズ『ベローナ・クラブの不愉快な事件』(1928)を思い出しました(後者は仮面舞踏会じゃないが)。
作中年代はちょっと問題あり。「今年の一月(p149)」にフランコの軍に入って負傷した人が帰国した…という説明で、フランコが挙兵した1936年7月以降の一月のはずだが「十一月十二日、木曜日(p215)」という記述もあり、これは直近なら1936年。さらに「十三日金曜日」のイメージが続き、捨てがたいところだが、p148の記述(1913年の21歳が現在は45歳)もあり、作中年代は1937年で良いだろう。
現在価値への換算は英国消費者物価指数基準1937/2020(68.57倍)で£1=9060円。
以下トリビア。原文は入手してません。
p9 ヴォクスホール♠️車種が明示されてるのは良い。大型車のようなので1934年から製造販売のVauxhall Big Sixか。1935年の広告ではスタンダード版で325ポンド(294万円)。
(以上2020-12-3記載)
p10 ロンドンの霧は色と味わいの点で、かつての“エンドウ豆のスープ“らしさをなくした♠️当時の印象はそんな感じだったのか。未調査。
p10 濃霧に対するロンドン当局の対応策♠️具体的な記載はないが何か対策されていたのか。皮肉っぽい感じなので「無策」という意味か。
p12 ベントレー♠️緑色の大型車、とのこと。探したら1938 Bentley 4 1/4 Litreで緑のが見つかった。4 1/4は1936-1939製造販売(1234台)、4 1/2とは違う。かなりの高級車のようだ。(ロールスロイスの弟分で良い?)
p12 開けた風防ガラス♠️霧が深くて視界確保のため開けた(寒い夜なのでフロントガラスの結露防止?)ようだが、ドアについてる横のガラスのことか?
p14 “飼い葉袋”をラジエーターにかぶせ♠️凍結防止だろう。歩道の表面が凍るくらい寒い夜である。
p16 勇気を出せ…♠️Courage, mon ami, le diable est mortはCharles Reade “The Cloister and the Hearth”(1861)からの引用。Wikiによるとコナン・ドイル、キプリング、オスカー・ワイルドも大好きだった小説のようだ。かなり一般教養っぽい引用句だと思う。
p17 ノーサム・バローズで発見された車♠️過去作のネタバレの可能性あり。未調査。
p18 ホメロスも居眠りする♠️偉大な詩人にも不出来な行(書くときぼんやりしてたような)がある、という諺。元はHORACE Ars Poetica 359 “indignor quandoque bonus dormitat Homerus”(I am indignant when worthy Homer nods)とのこと。
p18 スコットランド人でさえ馬小屋のドアを閉め忘れる♠️調べたが見つからず。スコットランド系の首席警部をからかっただけかも。
p19 榴散弾♠️Shrapnel Shell。第一次世界大戦で活躍した散弾の詰まった砲弾。塹壕用の大量殺傷兵器で3インチ(76mm)弾がポピュラー。
p20 今世紀初頭に織られたリヨンシルク♠️もう手に入らない極上品。三十年前に失われたもの。
p21 十九世紀初頭のバッソ・プロフォンド、ド・グラース♠️調べつかず。多分架空。
p22 『ファウスト』♠️グノー作オペラFaust(1859)。
p22 ストランド街のエクセルシア・ホテル♠️調べつかず。多分架空。
p22 アデルフィの新オペラハウス♠️1806年以降4回建て替わっている。最新のものは1930年12月3日オープン。アールデコスタイルで'Royal Adelphi Theatre'と命名された。
p22 メリルボーン・コンサートホール♠️1831開場のTheatre Royal, Marylebone(別名Marylebone Theatre, 他)かと思ったら、1932年にWest London Cinemaに変わっているので違うようだ。
p22 歌手は体を鍛えない♠️なるほど。知りませんでした。
p23 メルバがミミを演じ、パッテンがルチアを顫音(トリル)で歌っていたころ♠️Nellie Melba(1861-1931)はオペラ歌手(ソプラノ)。Mimìはロッシーニ作La Bohème(1896)のヒロイン。パッテンは調べつかず。
p32 わたしは今年43歳になる♠️ということはマクドナルド首席警部は1894年生まれ。
p32 <かわいいチャーリー>♠️49歳の若い頃に流行った歌。調べつかず。
p33 ベタニヤ♠️新約聖書に登場。イエスの母マリア、その姉マルタ、その弟ラザロが住んでいた土地の名前。
p50 シバの女王の気分です♠️列王記上10はソロモン王の噂を聴いて初めて宮殿を訪れたシバの女王が「想像の倍素晴らしい」と驚くエピソード。
p55 緑茶♠️結構造詣が深い感じの描写。英国における中華趣味(アーネスト・ブラマ『カイ・ルン』シリーズなど)の研究も面白そう。
p62 小フーガ ト短調♠️BWV578。バッハの超有名曲。最近では「ハゲの歌」として有名らしい。
p64 トッカータ ヘ長調♠️数あるバッハ作のオルガン曲の中でもとりわけ素晴らしいToccata und Fuge F-Dur BWV540のトッカータだろう。組になってるフーガと関係がないため、元は別々の曲なのだろう。同名のオルガン曲がフローベルガー、ブクステフーデ、ムファットなどにあるがいずれも有名作品ではない。
p66 五階… G号室♠️五階建に七つのフラットがある、ということか。
p69 リトル・オードリー♠️「訳注 当時流行ったジョーク中の人物」由来はWWIに遡るようだ。英Wiki “Little Audrey”参照。
p73 おなじみの灰色の脳細胞を駆使して♠️この言及はポアロ?
p88 緋色の衣装の…♠️何の歌か不明。
p109 永久に癒やすべからざる憎悪の念…♠️何かの詩らしいが不明。
(以上2020-12-19追記、続く)

No.329 5点 人形パズル- パトリック・クェンティン 2020/11/26 02:34
1944年出版。創元文庫で読了。Q.Patrick名義の中篇Murder with Flowers (初出The American Magazine 1941-12)をWheelerが長篇に引き伸ばしたもの(当時Webbはまだ軍務で南方にいたようだ)。
オリジナルの中篇は”The Puzzles of Peter Duluth”(Crippen & Landru 2016)に収録されているが、未入手。多分、11-17章が主要な付加ではないか、と思う。何か中途半端でダレるからねえ。
となると主たる部分は戦前に書かれたもの。当初の中篇では結婚一周年のお祝いが冒頭の場面というから、ダルースが妻に寄せる過剰な情熱も理解できる。ネタとしても中篇程度がふさわしい。
探偵小説としては薄味。戦時の米国の様子が興味深いくらいで、あまり盛り上がらない話。やはり中篇と比較してみた方が面白いだろう。(詳しく比較を書くとネタバレになりそうだが…)
トリビアは後で。オリジナル中篇を入手してから…
銃は出てくるが詳細不明。今まで読んだ作品でも詳しい描写が無かったから、QP/PQは銃に無関心なのだろう。「どれが引き金かすら知らない」という登場人物のセリフもあった。
(以上2020-11-26記載)
上述の短篇集を入手した。中篇は第3章p42-49が冒頭シーンで、軍隊ネタは一切なし。結婚一周年でホテルで踊るダルース夫妻、という設定。サウナ場面無し、P.I.も出てこない。酔っ払いの意味不明なセリフに翻弄されるピーター、という話で、正直つまらない作品。後半の舞台「クロッ◯◯」(ネタバレ防止でキーワードをわかりにくくしています)ネタは、ほぼ長篇同様(Atlantic 1940s color photo 「正しいキーワード」で検索すると当時の雰囲気が出てる素敵なカラー写真あり)。暗闇シーンは中篇にもある。やはりQP/PQにダンマリはつきものなのか。
(以上2020-12-20追記、続く)

No.328 4点 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン 2020/11/25 00:35
JDC/CDファン評価★★★☆☆
1941年出版。創元文庫の新訳(2014)で読了。
完全にこれはダメ。事前の知識は全く無く読んだのだが、冒頭から凄く良くて第5章までは素晴らしいシチュエーションの一言。でも良すぎて、着地が心配になった。大傑作なら幻の作品にならないよね… それで読むのを辞めて幻の未読傑作としてしまおうか、と思ったくらい。JDC/CDの台無しっぷりを今まで何度も経験してるからね。
まーでもJDC/CDの駄目加減っていうのも憎めないので読んじゃいましたよ。そして第20章でふざけんな!まーよくも… ああいう手しかないならともかく、作者の腕ならあんな風な小細工は不要でしょうが! 魔がさしたのか、戦争でどうでも良くなったのか? 次作『嗅ぎタバコ入れ』(1942)では随分と工夫されてるから、バウチャーの罵倒も結果オーライだろう。
もう一つの方は、いかにもJDC/CDらしい脱力系。ハハハと笑うしかない。
全体的に楽しめたけど、JDC/CDに馴染んでいなけりゃ怒るよねえ。
ところでもう一つ気になったのは、登場人物の心理描写。これすごい事件な訳ですよ、当事者にとっては。でもこころのうちを全く書けない。書くと犯人がわかっちゃうから。探偵小説って、こーゆー場合、とても不便だなあ、とつくづく感じた。(主要登場人物の心理サスペンスものとして書き直して欲しいなあ。)
さて物語の舞台は戦前(1938)、ドイツ軍のロンドン空襲は1940年9月からだから、結構大変な時期の執筆だったのだろう。H.M.も過去を懐かしんでるくらいだ(死に直面すると昔を想うよね)。少年時代のアレコレは作者の実体験というより理想像だろう。JDC/CDって自分をヤンチャ者に見せたい痛痛さがあると常々感じています…
トリビアは後で完成させます。原文未入手。
銃はウェブリー38口径リヴォルバーが登場。表紙の絵でもカッコ良く描かれているが「象牙の握り以外は磨き抜かれた黒い金属製」のはずなのに絵では木製グリップに見えるのがちょっと気になる(←あんただけ!)。象牙グリップは軍用ではないと思われるが、当時Webley Mk IV拳銃はEnfield No.2拳銃に軍制定拳銃の座を奪われていて、民間用に販路を拡大していたようだ。その後Enfieldはパクリだとしてウェブリー社が英国政府を訴えることに。この銃の弾丸は38/200弾として知られる(床井さんの『弾薬事典』では「.380ブリティッシュ・サービス弾」)がダムダム弾違反を避けるため、軍用としては1938年6月以降、弾頭が鉛からフルメタルに変更されている。
p7 レーヨン
p8 縫い取り♣️当時は名前を衣類などに縫い付けるのが一般的か。よくこういう描写があるよね。
p9 一ポンド♣️ 英国消費者物価指数基準1938/2020(67.75倍)£1=8952円。
p12 ブリストルのコルストン・ホールでベニャミーノ・ジーリが歌う♣️ジーリには1937年5月、1938年2月&6月、1939年5〜6月にロンドン録音が残っている(NAXOSで聴ける)。Webで探すとColston Hall, Beniamino Gigli recital 1952-4-20という記録があった。1938年7月15日コンサートの実在は調べつかず。
p20 八月二十三日水曜日
p24 凶運の影は…
p26 晩餐を二度続けて?
p27 精神分析医(サイカアトリスト)
p31『君が眼にて酒を汲めよ』♣️「訳注 イングランド民謡」
p32 離婚にはXの同意が必要だ
p34 晩餐時の正装の決まり
p38 アヒルの鳴き真似♣️出し物としてポピュラーだったのか?(p27でも同様の描写)
p39 ジェスチャーゲーム♣️回答者は一旦ホールに出て皆が打ち合わせるのを待つのだろう
p49 真新しい1シリング硬貨♣️=448円。当時のOne shilling銀貨はジョージ6世の肖像(1937-1947) .500 Silver、重さ5.6g、直径23mm。
<未完>

No.327 5点 書類百十三- エミール・ガボリオ 2020/11/22 15:51
『ファイルナンバー113: ルコックの恋』牟野素人さん訳、kindle販売の日本語完訳版。
原作は1867年出版。連載Le Petit Journal 1867-2-7〜5-14。連載時には献辞があり« A mon ami Maurice Delamain » いとこだという。
構成に時間をかけず、書き飛ばした感じ(前作の連載終了の翌日から連載開始… これじゃあねえ)。語り口を工夫すれば、もっと上手くサスペンスを盛り上げられたのでは? 第二部がかなり冗長。ルコックの活躍も中途半端。前作『オルシバル』の構成が良かっただけに、なおのこと残念な感じ。シャーロックが批判した「哀れなルコック」は本作のことだろう。(訳者あとがきでドイル『緋色の研究』が1867年出版と堂々と間違っており、ガボリオとドイルがほぼ同時に探偵小説を書いてることになっている…)
当時のフランス社会の階級意識がほんのり感じられる作品だが、探偵小説としての面白味はあんまり無い。人物造形、ネタともにパッとしない。
ルコック次作『巴里の奴隷たち』(1868)も牟野さんが完訳されておられるので、読むつもりだけど、自己模倣ぶりが目立ってきてるので期待せずにゆっくり読んでゆきます。
トリビアは後で。
p35 186*年2月28日火曜日
(おっさん様が疑問を呈しているラストシーンは、完訳版でもカタスカシ。カタルシスには程遠いナンジャコリャ?でしたのでご安心を。)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
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採点の多い作家(TOP10)
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カーター・ディクスン(18)
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