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[ 本格 ]
死のチェックメイト
マクドナルド警部
E・C・R・ロラック 出版月: 2007年01月 平均: 6.25点 書評数: 4件

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長崎出版
2007年01月

No.4 7点 八二一 2024/01/06 20:32
灯火管制の敷かれているロンドンのアトリエリ、特別警察官がたったいま隣で起きた殺人事件の犯人を捕まえたと飛び込んでくる、ドラマティックな冒頭の章から、物語に引き込まれる。
ミスディレクションの巧みさ、サプライズ・エンディングの演出のうまさが光る。

No.3 6点 弾十六 2022/09/19 15:15
1944年出版。翻訳は良好です。下に若干の解釈違いを書いているが、読みやすく立派な出来だと思います。長崎出版のセレクションは良いなあ。どこかで復刊しないんだろうか。
本作は、うーん… 時代を反映したとっても良い話なんだけど、結末で損している感じ。なんかロラックさんには共通した感想になる。ラスト・シーンまでは、登場人物がよく描けてるし、捜査の感じも非常に良いんですよ。発端が単純すぎる事件で、そのまま終わるわけないよね、と思ったら… あらがっかり。あっち側のケアを全くしてないなあ。たかをくくっていた、ということなのか。
以下トリビア。
作中現在はやや問題あり。ロンドン空襲は1940年9月からで、継続的な空襲は1941年5月に終わっているので、それ以降の感じ。まだV1ロケットの脅威は語られていないので1944年6月以前。
私が参照した原文(The British Library 2020)には、事件はMonday, January 20th(該当は1941年)に起きた、と明記している。この他にも所々に翻訳には無い文章が若干あった。スペイン語版(1947年出版)を参照すると事件の日付がちゃんとあった。なので翻訳はリプリントを底本としたのだろう(ざっと読んで、翻訳に欠けている文章は無くても問題ない内容のように感じた。作者自身が後日刈り込んだのかも)。
この翻訳の内容に限定して調べると、p64で「事件発生=冒頭の場面」は木曜日、p74、p110、p143、p153から「1942年1月」だろうとほぼ絞り込める。作者の当初案を尊重して、作品冒頭は1942年1月20日なのだろう(現実には「火曜日」なのだが)。
英国消費者物価指数基準1942/2022(52.37倍)で£1=8552円、1シリング(s.)=428円、1ペンス(d.)=36円。
銃は「重装した旧式コルト(p62, an old-fashioned Colt with a heavy charge)」で、「1930年購入(p126)」が登場。with a heavy chargeは普通なら炸薬が強め、という意味だが、ここは「弾がいっぱい残っていたよ」という意味か。作者はrevolverとpistolを区別していて、登場している拳銃はpistol呼びで一貫しているのでpistol=automaticのつもりなのだろう。詳しい人ならpistolはhand gun(拳銃)の総称で、revolverとautomaticを対比させるのだが(アガサさんなら、ちゃんとrevolverとautomaticの区別をつけている)。ロラックさんは拳銃の用語がややあやふやな印象。1930年に販売していたコルト・オートマチックはいろいろあるがheavy chargeの印象で45口径のM1911(いわゆるガバ)なのかなあ(.38 Super弾仕様のもあるらしい)。
p5 弟◆「姉」は三十過ぎ、戦時下なので健康な若い男性は戦争に行っているのでは? 軍隊に行っていない理由が特に記されていない(当時の英国では18歳から41歳までの男性は徴兵制となっていたが良心による拒否の申し立ては可能だった)ので年齢がやや高い「兄」の方がありそうと思った。(全文検索したがbrotherやsisterには年齢の上下を示す形容無し) それともぐうたらな芸術家は兵役拒否が当然、というイメージなのか。対外関係のリードを常に「弟」がとっているところにも、年長者を感じさせる。ただし全部を読んだ印象だと、このきょうだいの関係性は「姉弟」っぽい、とも受けとれるので、判断は難しい。欧米人は上下をはっきりさせなくても気にならないのだろう。
p5 バスつきキッチン(k & b)
p7 灯火管制(Black-out regulations)
p8 見場のいいニシン(lovely ’errings)
p10 五ポンドの罰金(being fined five pounds)… 空襲監視員(air-raid wardens)◆灯火管制違反の罰金。結構高いのね。
p11 電話したけりゃ郵便局へ行けよ(If you want to ’phone go to the post office)◆この建物には電話は無い。
p13 特別警察官の制服(uniform of a special constable)◆第二次大戦勃発による警察官不足を補うために用いられた。前大戦の退役者で従軍には歳を取り過ぎていた者を中心に全英で13万人が従事、大抵はパートタイマーで無給。1943年には警察官の大部分のルーティン・ワークをも担うようになっていた。WebサイトGloucestershire Police Archiveの記事The Special Constabulary in Gloucestershire During World War Twoより。Wiki “Special Constabulary”によると通常の警察官とは違う制服が支給されたようだ。
p14 カナダ人(Canadian)◆なぜわかったのか。訛りや用語からか。訛りの詳細はWiki “Canadian English”で。
p40 舞台裏の効果音(noises off)
p54 鍵(latch-key)◆この語を正確に訳すのが実は重要だと最近気づいた。ラッチキーは、室内からbolt(かんぬき)で扉を閉めても、外側から鍵で開閉できる仕組み。現代のようにドアの内部にボルトが埋め込まれておらず、ボルトが外付けの構造というイメージ。つまり「ボルトが内側からかかっていた」と書いてあってもラッチキーなら外から開閉出来るので密室を構成しない。bolt, latch key, catch(窓の場合、ナイフなどを外から滑らせると開けられる)を一発で正確に理解させられる翻訳語が欲しいなあ。(ひどいのになると、全部「掛け金」だ) 試訳: ラッチキー(の鍵)
p58 居住者案内板には(in the directory)◆「住所録では」の誤りだと思う。お馴染みKelly’s directory
p58 防空壕(shelter)
p62 使われた銃弾と比べて弾丸を検査する(the bullet’s been examined under the comparison microscope)◆「顕微鏡による比較」が言及されているので、翻訳でも示して欲しいところ。
p64 木曜◆事件当日の曜日
p69 玄関ドアの閂をかける(bolt the front door)◆このboltはラッチキーで開閉するやつだろう。原文ではlatch-keyと書いてあるので読者にはわかる。この翻訳だと最初の方では単に「鍵」なので「閂」との関係がいまいちわからないのでは?(p70以降は「閂の鍵」(the latch-key)としている)
p73 女のほうが見場がいいこともある(a sight better, some of ’em)◆「女は男と同じく注意深い」のあとに続く言葉。変なこと言ってるなあ、と思ったら、原文では外見のことではなく、能力が「中には男よりずっと優れてるのがいるよ」という事だった。
p73 おばちゃん(ma)
p73 二シリング六ペンスの給金を受け取って(with two and sixpence owing to me)◆掃除婦の料金。週給か。
p74 一度目は去年の十月… 二度目はクリスマス直前◆作中現在はクリスマス以降。
p78 おそろしく寒かった(it was hellishly cold)◆事件当夜の気温
p79 買って半年以内では修理に出せません(you can’t get one repaired under six months)◆「修理に出しても半年以上はかかります」戦時中らしいエピソード。
p79 ハーフハンター(half-hunter)
p88 五十ポンド札(£50 notes)◆White note(1725-1943)、サイズ211x133mm
p88 小さな現代的フラット(Good small modern flats)
p94 コーナー・ハウス(Corner Houses)◆ PiccadillyのLyons Corner Houseのことだろう。1909年開業。1926年改装してリニューアル・オープン。
p100 拳銃のたぐい(a revolver or pistol)
p102 ティペラリを歌う声(a voice singing ‘Tipperary‘)
p105 バレルキー(a barrel key)◆「訳注 筒の中に空洞がある鍵」ラッチキーは回す力をボルトを動かす力に変換するために、中心軸をしっかりと固定する必要がある。そのため鍵は筒状で、筒が中心軸を覆うことで揺るぎない回転を可能にしている。
p109 陪審側が(on the part of a Coroner’s jury)◆ここは「検死審問の陪審の立場で」と正確に訳して欲しい。検死審問であっても誰かが犯人であるか確実、と判断すれば、犯人を名指ししての評決が出来るのだが、検死審問での証拠は弱くても採用されてしまうことがあり、この評決が出ると、犯人とされた者の刑事裁判手続きが始まってしまうので、警察側としては非常に迷惑。従って検死審問の段階では「更なる証拠が出揃うまで延期」か、お馴染みの「未知の単独犯または複数犯による故殺」という評決が一番良い。
p109 面子を潰さない(not embarrassing them)◆面子の問題ではなく、余計なことをするな、という事。
p110 四一年の八月に引越し… 3ヶ月前まで空き家(they packed up in August ’41, and the studio was vacant until three months ago)◆という事は、作中現在は少なくとも1942年1月以降(p74からクリスマス後)。
p126 弾丸を調べたが、線条痕から… と判明した(The bullet’s been examined and the breech markings prove that it was… )◆ breech markingsは普通、薬莢が発射時に銃尾に押し付けられ、拳銃固有の銃尾の傷などが空薬莢の底に転写されたものを意味する。作者は「比較顕微鏡で検査(p62)」と書いているので、ここは「線条痕」(rifling marks)と勘違いしている可能性は大。
p141 重厚な額縁に入った絵画◆訳注があるので原文だけ示しておく。
・ブリュッヒャーと対面するウェリントン(Wellington meeting Blucher)
・チェリー・ライプ(Cherry Ripe)
・バブル(Bubbles)
・栗毛のメアに蹄鉄を打つ(Shoeing the Bay Mare)
・ヴィクトリア女王戴冠式(the Coronation of Queen Victoria)
p143 去年の夏(last summer)◆話の流れから「1941年の夏」のこと。とすると現在1942年。
p143 銃声(gunfire)◆対空砲火だろうから「砲声」の方が適切かなあ。
p147 銃声(guns)◆上記と同じ。
p147 競馬場… ニューマーケット、アスコット、エプソム、ドンカスター、ガトウィック、ルイス、ニューベリ(Newmarket, Ascot, Epsom, Doncaster, Gatwick, Lewes, Newbury)
p148 二十五ペンス借りがあるだろって(tell ’im ’e owes me five bob)… あいつは賭けた(I bet him… and so ’e did)… わしは… 7シリング6ペンスもうけました(I won seven and six)… 25ペンス返してもらったら万々歳です(I reckon I shall ’ave done a treat)◆ 翻訳は全く言っている意味がわからない。原文はコックニーのセリフだがhを補えば良いだけなので意味を取るのは難しくない。まずbobはシリングのこと。I bet himのあたりは相手がノミ行為に同意した、ということ。seven and sixは7ペンスの6倍(42ペンス=3.5シリング)という意味?(翻訳通り7シリング6ペンスのほうがあり得るだろう) その後トンズラしたから迷惑料込みで全部で5シリングと言っているのかなあ。「試訳: 5シリングの貸し… 賭けたら彼は受けた… 勝ったので7ペンスが6倍になった(または、7シリング6ペンスの勝ちだった)… まあ5シリングいただければ、良しとしましょう」
p149 きょう日、ビールはべらぼうな値段(Beer’s a perishing price these days)◆1パイントあたりの値段を1939年9月と1942年4月で比較すると、Aleが4d.→9d., Ordinary Bitterが7d.→12d., Stoutが8d.→15d. (Webサイト “SHUT UP ABOUT BARCLAY PERKINS”の記事 “Draught beer prices 1939 - 1948”より)
p153 二月の展覧会に出すつもり(get it in for the February show)◆作中現在は2月より前
p157 一ポンド紙幣(pound notes)… 十シリング紙幣(ten shilling note)◆いずれもTreasury noteで金との互換性は無い。
p158 ラプサンスーチョン(Lap San Suchong)
p176 暖房、給湯設備つきで十二×二十フィート四方のフラットを年120ポンドで貸している(twelve foot by twenty for each tenant at a rental of £120 a year, heating and C.H.W. provided)
p176 手袋… おそらく2、3ギニー(gloves… probably costing a couple of guineas the pair)◆高級品
p180 マイケル・イネス… ドロシー・セイヤーズ(Michael Innes… Dorothy Sayers)◆デテクション・クラブの内輪ネタかな?と思ったが、当時イネスはメンバーではなかった(1949年加入)。セイヤーズは1930年からの創設メンバー、ロラックさんは1933年加入。なのでここは純粋に作風からの言及。
p201 五ポンド紙幣(five-pound notes)◆White note(1793-1945)、当時のサイズは195x120mm。なお1945年から新しい£5 White noteが発行されており、サイズはやや大きい211x133mmとなった(1957年発行終了)。
p207 ソーセージとフライドポテトとアップルプディング(Sausage and chips and apple pudding)◆パブの軽食。10シリング以内。
p222 ソブリン金貨の国内流通が廃止されてから30年たつ(it was nearly thirty years now since sovereigns had been in common circulation)◆第一次大戦時に金の国外流出を恐れて金貨の流通はほぼ無くなった。

No.2 6点 nukkam 2015/06/28 12:18
(ネタバレなしです) 1944年発表のマクドナルド警部シリーズ第24作の本格派推理小説で、戦時下の雰囲気が豊かです。第7章の終わりにある、「父が1940年以前に亡くなったのは幸せだった」というせりふは簡潔な表現ながら戦争の辛さをよく示していると思います。画家のアトリエ(殺人現場の隣と目されます)にいた5人と被害者の家を訪れた3人という、ある意味クローズド・サークル内の人物を対象に捜査をしている前半が密度が濃くて面白かったです。一方で捜査範囲が広がって昔の住人まで追跡している後半はややプロットが散漫にななったように感じました(追跡する理由はちゃんとあります)。トリックは印象的ですが、その結果導き出される真相はちょっと個人的には気に入らなかったです。でも序盤に殺人があってすぐに探偵による捜査と推理が始まるというオーソドックスな展開になっている分、「ジョン・ブラウンの死体」(1938年)よりはとっつきやすいと思いました。

No.1 6点 mini 2008/11/24 10:00
新刊が出るたび気になる長崎出版
ロラックはクリスティと並ぶコリンズ社クライム・クラブの女流看板作家の一人で、長編の総作品数もクリスティと同等以上なのに翻訳が少なすぎる
ロラックの特徴はセイヤーズやナイオ・マーシュなどの物語性重視型ではなく、クリスティ同様の謎解き重視型だ
情景描写や人物の描き分け等はむしろクリスティを上回ってさえいるのだが、如何せん書き方が地味なので損してる感じだ
「死のチェックメイト」は国書刊行会の「ジョン・ブラウンの死体」に比べると雰囲気の点ではちょっと落ちるが、より謎解き一本勝負なので、物語性とかが嫌いで謎解き部分にしか興味のない狭い本格読者には合うと思う


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E・C・R・ロラック
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