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[ クライム/倒叙 ] 終わりなき負債 |
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セシル・スコット・フォレスター | 出版月: 2003年12月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
小学館 2003年12月 |
No.1 | 5点 | 弾十六 | 2022/10/01 13:29 |
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1926年出版(ボドリー・ヘッド社)。アガサさんがボドリー・ヘッド社を捨てて、コリンズ社から『アクロイド殺し』で華々しく再登場した年。執筆当時、作者は25~26歳。アフリカの女王は1935年、ホーンブロワー・シリーズは1937年から。まだまだ深みの出ていない時期の作品です。
本書は、最初のほうはドキドキ感があって楽しかったのですが、だんだんと気が重くなる展開で、読み進めるのがつらかったです。 探偵小説ではありません。ミステリ風を保っているのは冒頭の数章のみ。 「ああ、やっちまった、やれやれ」という感じで主人公たちを意地悪く見守る、というたぐいの小説? 英国人は苦笑しながら読むような感じなのかなあ。小市民の趣味の悪さをからかってるようなところもある。皮肉っぽい文言もところどころに見られる。 良いところは1920年代英国の暮らしぶりが感じられるところ。中等学校とパブリックスクールの違いは、実感があって生々しかった。 筋立てや登場人物の心理はリアル感十分だが、対立構造が弱いので、全体的にぼやけた印象(特に私は父子関係を楽しみにしてたので、あの扱いは残念だった)。ラストはもっと書き込んでも良さそう。全体の私の感想は、作者がXXを思う心は痛いほどわかったよ、ということ(多分フォレスターさんは素直じゃなかったのだろう)。戦間期の英国やフォレスターに興味がある人にはおすすめしますが、普通の探偵小説好きにはどうでしょうね。心が暗くなりたい時にはピッタリです。 もしかして、この小説、続きがあるのかな? あの登場人物の行く末が気になりました(アガサさんの探偵小説によく出てくるタイプだと思います)。 さて、本書解説にある通り、この小説は1932年に映画化されています。某国提供の怪しいサイトに全篇無料公開されていたので、鑑賞しました。(英語版なので、もちろん私は30%くらいしかセリフを理解していません) “Payment Deferred 1932 - Charles Laughton, Ray Milland, Maureen O'Sullivan”で動画を検索すると出てくるハズ。 主演チャールズ・ロートン、娘がモーリン・オサリヴァン、甥がレイ・ミランド。原作をうまく処理していて楽しめましたが、映画単体でみると、ところどころ筋にやや飛躍があるので、なんかちょっとねえ、という感じになると思います。サスペンスはさらに薄まっていました。(私が観たのは、どうやら2011年に現代の映画コードに適用させるため、5箇所カットがあるようです) まあでも立派なキャストで映画化もされた、という事は作者の出世作だった、ということでしょうね。ただし映画ではフォレスターの名前は全く出ず「Jeffrey Dellの舞台に基づく」という原作クレジットでした(1931年にブロードウェイでチャールズ・ロートン主演の舞台化があり、それがヒットして映画になった、という経緯)。という事は映画化権は舞台化権と一緒に売っ払っちゃったんだろうか。 以下、トリビア。 まず作中現在の推定から。 p160で冒頭から20か月(twenty months)が経過しているように書かれており、これは話の流れからすると外国為替の話の頃(p64)の二週間ほど後で、p144のイースターの数か月前(程度は不明)。でも展開から考えるとこの「20か月」はちょっと長すぎる気もする。読んでいる時には外国為替の話は冒頭から長くても5、6か月後のように感じていた。 外国為替の話はマルク相場が「百万台(millions)まで下落(p64)」とあり、該当は1923年7月か8月(6月46万、7月135万、8月1345万、9月24億。millionsには「100万以上10億未満」の意味もある)、フラン相場は7月だと平均77.81で、8月の平均90フランの方が本書の記述に近い。1923年8月の20か月前は1921年12月。冒頭では「暖炉の暖かさ」が表現されているので、季節感も合致する。 英国消費者物価指数基準1921/2022(54.41倍)で£1=8782円、1s.=439円、1d.=37円。 p19 法定紙幣(Treasury notes)◆ 誤解を招く翻訳語だが、別の翻訳でも採用されているのを見たことがあり、結構普及しているのかも。私は「財務省紙幣」といきたい。金本位制だったのでイングランド銀行券は基本兌換紙幣。Treasury noteは第一次大戦時に金の海外流出を防ぐため、緊急に政府が財務省の権限で発行した1ポンド紙幣と10シリング紙幣のこと。これ以前の英国では5ポンド以下の紙幣は通用しておらず、庶民は皆コインで日常生活を送っていた。 p19 イングランド銀行券… 五ポンド紙幣(bank-notes--five pound notes)◆ 白黒印刷で表だけ印刷された紙幣。普通の紙幣のイメージとは異なっているのが当時のイングランド銀行券(White noteともいう)。詳細はBank of EnglandのWebページ“Withdrawn banknotes” p20 オーストラリアのお金(Australian money)◆英Wiki “Australian pound”を斜め読みしたが、オーストラリアが金本位制を離脱した1929年の前は英ポンドと同値だったようだ。 p24 ネッド・ケリー(Ned Kelly)◆1855-1880、一眼見たら忘れられない鉄仮面と鎧に身を包んだ強盗、ブッシュレンジャー。アウトローぶりで、オーストラリア人のヒーローとなった。 p24『拳銃を持った強盗』(Robbery under Arms)◆ Rolf Boldrewood作のブッシュレンジャー小説(1888年ロンドンで出版)。オーストラリアの植民地時代三大小説の一つと言われている。他はMarcus Clarke作“For the Term of his Natural Life”(1876)とヒューム作『二輪馬車の秘密』(1886) p27 反対尋問(cross-examination)◆「反対尋問」というのは、弁護側と検察側があって、反対の立場で尋問する、という意味。なのでここは「(さらに)厳しい追及、詳しい[細かい]詰問」 p51 もちろん一ポンド紙幣は安全… 五ポンド紙幣だって同じくらい安全なはず(Of course the one-pound notes were as safe as anything, but the fivers ought to be just as safe too)◆五ポンド以上の紙幣は、番号を記録される恐れがある。 p57 家賃法(The Rent Act) p58『犯罪と犯罪者---巡回裁判における歴史的に重要な日々』(Crimes and Criminals: Historic Days at the Assizes)◆架空の本のようだ p58 図書館員の意見◆面白い見解 p61 自由土地保有権(freehold)◆検死官はfreeholderによって選ばれる、という規定の意味が、今回調べていて朧げに理解できた。フリーホールダーとは英国王から土地所有を許されたもの、というのが古い意味なのだろう。土地は本来、国家のものなのだ。(一般人は、貴族からleasehold(不動産賃借権)を得て、商売などを行う、という社会) p64 マルクは、2年前にオーストリア・クローネがそうだったように、百万台まで下落(The mark had fallen away to millions, as the Austrian crown had done two years before)◆ ここら辺の記述は、1923年のポンド=マルク相場。6月£1=46万マルク、7月135万、8月1345万、9月24億、10月67億、11月1兆に到達。凄まじいインフレだったんですね。 p64 フランでさえ続落… いまや100フランを超え、いぜんとしてゆっくりと下がりつづけている(Even the franc was dropping steadily…. now it was over a hundred, and it was being hammered slowly lower and lower)◆フラン相場が£1=100フランを月平均で超えたのは1925年6月(日毎の為替相場データは見つけられなかった)。それ以降は月平均で100を下回ることはなく、フラン安がどんどん進行している。第一次大戦後、ずっとフラン安が続いており、フレンチ警部が気軽にフランス出張に行くのもポンドが強かったためなのだろう。(1927年以降は123フランで落ち着いた) p81山高帽(a bowler hat)… 縁なし帽子(caps)◆ 帽子で階級差を示している。 p82『法医学ハンドブック』(Handbook to Medical Jurisprudence) p89 フランス政府が夜のうちにこっそりと他人に信用を供与して(how the French Government had quietly appropriated other people's credits the night before)◆ なんか変。誤解がありそうだが、私には正解がよくわからない。 p97 逆算すると利率は4.8%くらいか。 p98 十七年前 p99 中等学校(secondary school) p117 法律によって最大35ポンドの家賃しか認められていないこの家(was not allowed by law to be rented at a greater sum than thirty-five pounds)◆ Rents and Mortgage Interest Restriction Act 1915によるもの。英Wiki “History of rent control in England and Wales”参照。 p139 ジャンパードレス(jumpers)◆英国のjumperは日本のセーターのことらしい。 p151 ポンド札のような声(pound-notey)◆ 気取った、という意味のようだ。辞書にはpoundnoteishの形で出ていた。 p156 髪をボブにしている(being bobbed) p161 調律師(piano tuner)◆ これホント? p219 百フラン紙幣(hundred franc notes)◆ 当時のはBillet de 100 francs Luc Olivier Merson(1908-1939)、サイズ182x112mm p235 AM(A. M.)◆ 翻訳ではわかりにくいのですが「À Monsieur」ですね。「To Mr. (〜様へ)」という宛名書き。 |