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[ 本格 ]
九人の偽聖者の密室
修道尼アーシュラ(別和名表記ウルスラ)シリーズ/別題『密室の魔術師 ナイン・タイムズ・ナインの呪い』(アントニイ・バウチャー 名義)、『密室の魔術師』
H・H・ホームズ 出版月: 2022年09月 平均: 6.00点 書評数: 4件

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国書刊行会
2022年09月

扶桑社
2022年09月

No.4 5点 ボナンザ 2023/05/28 19:05
新企画のトップに持ってくるにふさわしいマニアックさとマイナーになるのもむべなる内容。山口氏の文章に原書房への恨みが見えて笑える。

No.3 6点 弾十六 2022/11/17 02:48
1940年出版。私は扶桑社ミステリー(文庫)で読みました。価格差で旧訳を選んだのですが、この時期に出すなんて山口先生への悪意を感じてしまいます。翻訳は生固い感じでちょっと残念です。多分翻訳者がご存命なら手を加えたいなあ、と思われたのでは?
本作の感想は… うーん。密室ものナンバー9、という謳い文句や最近流行りの新興宗教問題に鋭く切り込む!のようなものを期待すると(私がそうでした)ガッカリ物件でしょうね。
でもトリビアを拾うため二度目に読んで見ると、なかなか上手く構成された佳作だと感じました。
密室第九位というのは、元々はE・D・ホックのMWAアンソロジーの余興ですので、まああまり信用しないでくださいね…
カトリック対新興宗教でイメージする重みも本作にはありません。ブラウン神父の米国版ではないのです(調べるとバウチャーはカトリックらしい。チェスタトンはカトリック転向者で、しかもブラウン神父は転向前の開始。英国がカトリックを忌避していた長い歴史もあり英国のカトリック状況はかなり複雑だが、本作の感じだとカリフォルニアでは伝統あるただの一会派)。
カリフォルニアの陽光がさす、あっけらかんとした感じとか、大戦に巻き込まれる前の米国の感じとか、貧乏描写やちょっとすねた主人公のキャラクターなど名を上げる前のバウチャーの鬱屈がよく出ている作品になっています。
実はウルスラ尼第二作『死体置場行ロケット』(1942)は直接の続編で、マーシャル警部補夫妻、マットとコンチャも再登場します。山口企画で予定されてるみたいなので是非。(私は先に『別冊宝石』で読んじゃいました。バウチャーの肩の力が抜けていて、実に楽しい読書でした。トリビア整理後、アップする予定)
以下、トリビア。
作中現在は、冒頭に「1940年3月29日金曜日のロサンゼルス」と記されている。これで確定。
米国消費者物価指数基準1940/2022(21.29倍)で$1=2972円。
p10 一九四◯年のイースター◆ 1940年3月24日
p14 検視(inquest)◆ この語だと、死因を医者が調べる「検死」と紛らわしいので、インクエストの訳語としては「審問」「検死審問」が良いと思う。
p15 保釈… 評決に達しえなかった陪審に解散を◆ 12人の陪審員の意見が一致しなければ、あらためて陪審員が選ばれ、裁判は最初からやり直しとなる。
p26 赤(Red)◆ 論創社の新訳では「共産主義者」
p27 来月でやっと十八歳… 親の同意がなければ結婚できない◆ 本書の後ろの方に記載があるが当時の自由に結婚できる年齢は21歳以上だったようだ。
p32 チャイルド・ローランド(Childe Roland)◆ スコットランド伝承のバラッド。アーサー王の息子ローランドは、妹バード・ヘレンが妖精国にさらわれたため、マーリンの助けによりエルフ王と戦って妹を連れ戻す。ハムレットの引用やブラウニングの詩でも有名。
p33 鬼(ogre)
p35 正式の呼称(formal usage)◆ 「ミス+苗字」は正式にはその苗字の一家の中で未婚の最長年者をさす。
p38 侮辱◆ incommunicado(幽閉されて)という単語を使ったので、侮辱と取られたのだろう。翻訳は「外部との交際は禁じられている」で、怒らすには弱い感じ。
p39 へカベ(Hecuba)◆ ギリシャ神話。息子の死を嘆く女王。
p41 鉄のシリンダー(a steel cylinder)◆ 思わずリボルバーをイメージしてしまった。ここは「鉄の筒」(銃の先っぽ)ということだろう。
p42 小さな自動拳銃(the small automatic)
p57 三ドル五十セント… 豪華版で学究的な図書
p58 狼なんか怖くない(Who’s Afraid of the Big Bad Wolf)◆ ディズニー映画の名曲。
p67 南カリフォルニア大学(Southern California)◆ バウチャーの母校でもある。
p68 ローズ・ボウル… コロシアムの全部のゲームを見ましたし、バークレーの試合のために北部へも出かけた(Rose Bowl... I was at every game in the Coliseum and I even went up North for the Berkeley game)◆ 1939年のシーズン、ローズ・ボウルで勝利したUSCはアメフトの全米ナンバーワンになっている。コロシアムはUSCの本拠地Los Angeles Memorial Coliseumのこと。カリフォルニア大学バークレー校との1939年8月の対抗戦ではUSCが完封勝利している。
p68 ドロップ・キックとセイフティの区別を知らない(I don’t know a safety from a drop-kick)◆ ドロップ・キックが現在のアメフトでもルール上有効だなんて知らなかった… 1920年代や1930年代には時々とられていた戦術らしい。ルール改正でボールの両端が尖がってからは難易度が増し、絶滅したようだ。
p75 若さが失われている(the absence of youth)◆ この印象は当時のカリフォルニアの新興宗教の様子を踏まえているように思う。試訳「若者がいない」
p77 オルガン奏者は、即席に『木々』(Trees)と『夜明けに』(At Dawning)を◆ これだけだと手がかりが少ないが、有名曲を探すと、TreesはJoyce Kilmerの有名な詩にOscar Rasbach が曲をつけたものか(1922)。At DawningはLayton&Johnstonコンビの1927年の曲だろう。
p78 コミックのエイブ・マーティン(Abe Martin)◆ Wikiに項目あり。一コマ漫画か。
p78 『生命の妙なる神秘よ』(Sweet Mystery of Life)◆ オペレッタNaughty Marietta(1910)の一曲、Ah! Sweet Mystery Of Life、作詞Rida Johnson Young 作曲Victor Herbert。1935年に映画化もされている。
p80 『いにしえのキリスト教』(Old Christianity)◆ 架空。
p81 『ジョン・ブラウンの亡骸』(John Brown’s Body)◆ このメロディは皆さんお馴染み。ヨドバシカメラの曲。
p86 『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲(the intermezzo from Cavalleria Rusticana)◆ マスカーニのオペラ(1890)より。
p86 十セントの銀貨(a dime)◆ 当時の10セント硬貨はMercury dime(1916-1945)、90% silver、17.91mm、2.5g、表示はONE DIME
p88 聖ゲルマヌス(Saint Germain)◆ この教団ではキリスト、仏陀、孔子などと同列に讃えられているが、そんなに重要な聖人なんだろうか。なんかピンとこない。
p90 イースター後の第一日曜日(ロー・サンデー) Low Sunday
p100 憲法修正第十三条(the thirteenth amendment)◆ 奴隷制度廃止条項、1865年成立。
p115 押しボタン錠(the push button lock)◆ 内側のボタンを押してドアを閉じると外では鍵がかかり入室出来なくなる。いつ頃からの発明か調べがつかなかったが、こういうメカニズムはホテルから普及したのでは?と思った。なおホテルの各部屋の鍵については1862年フランス(パリ、グランド・ホテル)の回想記に記載があるようだ。(鍵が普及する前は外出時に客が貴重品を持って出る必要があった)
p116 消音装置(サイレンサー)(silencer)◆ 現在はサプレッサーsuppressorという言い方が主流。
p162 パラフィン試験(paraffin test)◆ 用語が当たり前のように出てくるので、この試験については既に良く知られていたのだろう。1933年に米国に紹介され1935年には結構広まっていたらしい。
p180 彼ら[新興宗教家]はロサンゼルスでダース単位で増加している(they grow by the dozen in Los Angeles)
p186 バンヤン(Bunyan)◆ John Bunyan(1628-1688)は『天路歴程』で有名。Paul Bunyanは米国やカナダの民話上のキャラクター。とても巨大な強い男。
p207 古い句(classic phrase)…『警察は裏をかかれる』(The police are baffled)◆ なんとなく新聞の常套句のような気がする。試訳「警察は困惑している」
p211 一シリングかそこらで(with a shilling)◆ 何故唐突にシリング?と思ったらcut someone off with a shilling「勘当する、わずかの財産を与えて廃嫡する」という慣用句の一部でした。
p222 埋葬は検死のあとでなければ行えなかった(burial could not take place until after the inquest)◆ インクエストの規則。英国の古い規定(1926年以前)だと検死官と陪審員がview the body(死体を実見)しなければインクエストが無効となった。
p249 ぽん(so)
p255 ホームズ ◆ バウチャーのシャーロック愛がここに。
p255 あなたがそばにいらしたら(Bist du bei mir)◆ BWV508バッハ作曲と言われていたが、2009年にGottfried Heinrich StölzelのオペラDiomedes(1718)の中のアリアだと確定した。バウチャーはずいぶん高く評価している。
p255 ライオンのたてがみ(The Lion’s Mane)
p257 三つの棺(Three Coffins)
p259 XXXがわざわざYYYしてから、その上にかがみこんだとしたら、焼傷を負っただろう(Dropped after XXX had obligingly YYY and then stooped over so that he received powder burns?)◆ 試訳「XXXがご丁寧にYYYしてから落とし、焼傷を受けるために身体をかがめたとでも?」
p267 自動式のかんぬきやラッチに細工(Tampering with a falling bar or latch)◆ 密室講義を元に密室に関係深い鍵や錠の翻訳用語を整理できるかなあ。
p295 夕食はチップも合わせて、それぞれ70セント(dinner will be seventy cents for both of us including the tip)◆ 2080円。かなり安い。
p296 フィリピン人のハウス・ボーイ(Filipino houseboy)
p304 マルタが不平を言いました◆ 私もマリアはズルイと思っていた。このマルタが由来なら修道院の名前は「ベタニアのマルタ修道院」が良いかなあ。
p307 ロバート・ヘリック(Robert Herrick)◆ 詩人1591-1674、作品HOW MARIGOLDS CAME YELLOWからの連想か。
p311 キリスト教式の葬儀ができるよう、検死を(called an inquest so that we can lay away his body in Christian burial)◆ 死因確定のために死体が必要となるかもしれないので、埋葬はインクエスト開催後になってしまうのが通例。
p324 ヤ・トド・アカボ(Ya todo acabó)◆ 曲のタイトルかも。調べつかず
p325 明るく甘く澄んで---グレイシー・アレンの声のようだ(light and sweet and clear—like Gracie Allen’s)◆ 実際の声は某Tubeでお聴きください
p355 教会は、死因を疑いました(The Church gave XXX the benefit of the doubt)◆ 続く文章は「自殺者の埋葬を禁じることは、ごく稀です」英国インクエストで正面から自殺と断定したら英国国教会で正式な埋葬が出来なくなる(古式だと身体に杭を刺して四辻に埋める… うへえ… もちろん文明下ではキリスト教の儀式なしで夜9時から12時の間にchurchyard外での埋葬)から「一時的な精神錯乱による自殺」という評決になるんだな、と思っていた。ここの表現を見るとカトリックでも同じらしい。この翻訳ではそこら辺のニュアンスを捉え損ねている。試訳「教会は疑問の余地を都合よく解釈しました」
p373 ロバート・インガーソル◆ ロバート・グリーン・インガーソル(Robert Green Ingersoll 1833-1899)は米国の弁護士、演説家。
p376 マーク・アントニー(Mark Antony)◆ マルクス・アントニウス
p386 重い四五口径(heavy .45)
p390 戦場のチェスタートンの死体(Chesterton’s corpse on a battlefield) ◆ 探偵小説ファン目線の表現。言葉通りに取るとチェスタトンが戦場で冷たくなっている場面が浮かぶ。
p397 反共のコフリン司祭(a priest of the Coughlin)◆ Charles Edward Coughlin(1891-1979) 米国のカトリック司祭。1934年以降反ルーズベルト。ラジオを利用し反共主義と反ユダヤ主義を唱えた。

No.2 7点 人並由真 2022/10/31 18:17
(ネタバレなし)
 1940年3月のロサンゼルス。失業中で作家志望の27歳の青年マシュー(マット)・ダンカンは、8年ぶりに学友グレゴリー(グレッグ)・ランドールに再会。さらにそのグレッグの彼女である17歳の少女メアリー(「コンチャ」)・ウルフの家族とも知り合う。ウルフ家は裕福なLAの名士で、そしてコンチャの父A・ウルフ・ハリガンは、宗教学上の一種の義侠心から、インチキな宗教家たちの不正を暴くことに血道を開けていた。そんなA・ウルフの現在の主な標的は、水晶玉を使う占い師スワーミと、別口の宗教団体「光の子ら」を率いる教祖アハズウェル。スワーミとアハズウェルはそれぞれともにA・ウルフを憎み、特に後者は天界の天使たちと歴史上の偉人の力を借りた「ナイン・タイムズ・ナイン」の呪殺法まで施していた。そんななか、ついにウルフ家で殺人が発生。しかもそれは密室としか思えない状況下での不可能犯罪だった。

 1940年のアメリカ作品。
 めでたく再発進した叢書「奇想天外の本棚」版で読了。
 実は1~2年ほど前に自宅の書庫で旧訳を掲載した「別冊宝石」を発見。じゃあ読もうかと思っていたら、新訳刊行のウワサが聞こえてきたので、そっちの実際の刊行を待って、このたびようやく読んだ。さすがにスラスラと読みやすい。

 ホームズ(バウチャー)の長編は『シャーロキアン殺人事件』しか読んでない(家の中にあるはずの『ゴルゴタの七』が見つからない)のだが、あれやこれやとネタがいっぱいで楽しく、しかし思い付きを盛り込み過ぎてゴチャゴチャとしがちな猥雑な作風は、それなり以上に印象に残っている。
 今回も基本的には正にそんな雰囲気だが、いろいろとワケありそうな人物が賑わう物語のなかにまぎれこんでいく主人公マットの道行きが意外に軽快で、思っていたよりずっと読みやすい。
 J・D・カーの「密室講義」(『三つの棺』)がサンプルテキストになるという趣向はかねてより有名な作品だが、どのように登場するのかというと、なかなか意外なタイプのミステリファンが劇中に持ち出してきて、その辺りの、人を喰った一種のコメディ感覚もなかなか楽しい。

 霊的な遠隔操作によるオカルト犯罪? も視野に入れながら、お話にはグルーミーな印象はまったくない。どちらかというと薄味のアイリス&ピーターもの(クェンティンン)というか、ヘレン&ジェイクもの(ライス)みたいなラブコメ、ライトコメディの趣もある。いとゆかし。

 でまあ、謎解きのフーダニットパズラーとしてはソンナに大傑作であろうはずもなく、そこそこの、良い意味でのB級パズラーであろうと思っていたので、その辺は正に予想通り。
 21世紀に発掘(再発掘)される80年も前のクラシックパズラーなんて、こーゆーものでいいんだよ、とこちらの期待値のラインをクリアしてくれた。
 トリックに現実性がない? いやまあ、活字で構築されたフィクション世界ならギリギリ、アリでしょうという類のもので、そういう種類のトッポさもとても好ましい(笑)。

 なおシリーズ探偵役となるシスター・アーシュラの登場作品については、大昔にミステリマガジンに邦訳掲載された短編をひとつ読んだ記憶があるんだけど、さすがにもう何も覚えちゃいない。
 それで今回の長編で、彼女の出自と前身、なんでアマチュア探偵としての資質があるのかなどが語られ、へー、そうだったの、と軽く驚く。
 もともとは(中略)を志望しながら、結局は修道院に入ったヒロイン探偵。この設定は、ちょっと萌える(笑)。
 
 シリーズ第二作『死体置場行ロケット』もいずれ新訳が出るみたいなので、楽しみにしていよう。
 秀作に一歩二歩足りない、でも十分以上に佳作。

No.1 6点 nukkam 2016/06/18 23:12
(ネタバレなしです) アントニー・バウチャー(1911-1968)はH・H・ホームズというペンネームで修道尼ウルスラシリーズの本格派推理小説を長編2作といくつかの短編を発表しており、1940年発表の本書はその長編第1作です。英語原題は「Nine Times Nine」で、邪教徒集団による「ナイン・タイムズ・ナイン」という死の呪いをかけられた者が密室内で死んでしまうという魅力的な謎を扱っています(呪いの場面がなかなかなの迫力です)。途中でジョン・ディクスン・カ-の名作「三つの棺」(1935年)の密室講義が引き合いに出され、この講義の密室分類と照らし合わせながら密室の謎をああでもないこうでもないと議論する場面は不可能犯罪ファンには受けること間違いなし。使われている密室トリックがまた「三つの棺」のトリックの影響濃厚なのも面白いです。「三つの棺」を読んでなくてもそこそこ楽しめますが、先に読んでおく方をお勧めします。


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