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[ クライム/倒叙 ]
絶望
ウラジーミル・ナボコフ 出版月: 2013年10月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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光文社
2013年10月

No.1 7点 弾十六 2022/09/02 07:12
1934年パリのロシア語雑誌での連載が初出、1936年ベルリンで単行本(ロシア語)出版。作者による英訳(ロンドン1937)は印刷されたが戦火で焼かれ、ほとんど残っていない。サルトルが仏訳を読み、レビューしたくらいだから少しは注目された作品だったのだろう。1965年米国で作者による再度の英訳が出版された。このときは結末に追加があるが、訳者あとがきによると全体の修正はあまり多くないようだ。私が読んだのは光文社文庫版(2013)で1936年ロシア語版からの翻訳。軽さを出したつもりの文末の「さ」「ね」は目障り。もっと減らして欲しいと感じたが、その点以外は安心できる文章。なお1965年英語版の翻訳は白水社(1969 大津 栄一郎 訳)から出版されている。
ブンガク音痴の私は、この小説を探偵小説として読んでみた。
事前情報は遮断しておくのが、この小説でも吉。最初は手探りするような感じだが、すぐにぼんやりと、コイツ、何か企んでるな?と気づく。作者は結構ミステリを読んでいたのでは?と思わせるような、ちょっとミステリ好きを感じさせる記述がある。自意識過剰で文学かぶれの饒舌な語り手、つねに読者を意識してポーズをとっている語り手の心理とやらかす行為と乱れる回想や妄想などが上手に配置され、特に時間の扱い方が素晴らしい。アントニー・バークリーの作品、としても通用するのでは?とすら思った。少々枯れたバークリーで、ミステリ的な奇想、派手なトリックには欠けているので、大傑作ではなく中傑作、という感じ。ミステリ・ベストテンには入らないが、ベスト30にはぜひ入れたい作品。
探偵小説というジャンル小説は、謎の解決やトリックを重視するあまり、どうしても登場人物の心理と解決篇との間に断絶が見えることが多く、全体の統一感が終幕で「無理無理無理!」という音を立てて木っ端みじんとなっちゃうのがほとんどなのだが、この小説の心理空間はエンド・マークに至るまで首尾一貫している。そのため余韻の残る見事な喜劇(笑えないけど)になっているのだ。
ミステリ的読者には、大きな不満が一つだけ。探偵小説なら、アレを絶対に気にするはず。ヒントは使徒行傳8:9(文語訳)4〜6文字目(ネタバレ回避の策です)。
 
でもよく考えると、ミステリ的読者なら「えっ!なにこれ?アホくさ」という感想になるのかなあ。私は大ネタについて非常に納得しちゃったが、そうじゃない人のほうが多いかも知れない。

以下トリビア。【 】内の英文字は1965英語版から拾ったもの。原文ロシア語は私には無理なので全く参照していません。
作中現在は冒頭が1930年。
現在価値は金基準1930/1970(1.52倍)、西独生計費指数1970/1992(2.27倍)、独消費者物価指数1992/2022(1.78倍)で合算して6.14倍、1マルク=3.14€ =430円。なお生計費指数は『マクミラン新編世界歴史統計1: ヨーロッパ歴史統計1750-1993』によるもの。
銃は「回転式拳銃(リヴォルヴァー)」という単語が出てくるが、これはフランス語風にハンドガン=ピストル、という意味のrevolverだろうと思う(ロシア語の用法は不詳なのでここは保留しておきましょう)。将校のブローニング、1920年に入手、というような記述もあるので自動拳銃のFM1910のような気がする。(情報不足なので特定は出来ません…)
p23 百マルク◆ 賭け金
p26 十コルナ◆プラハにて。当時のレートは1マルク=8コルナ。10コルナ=538円。
p31 アムンゼン◆ Roald Engelbregt Gravning Amundsen(1872-1928) 主人公が自分と顔が似ている、と言っている。とするとちょっと冷たい感じの顔なので一人称は「ぼく」っぽくないなあ。
p34 メイド
p37 マジパン
p39 木にふれる
p41 くだらない犯罪小説【some rotten detective novel】◆ 読み出したらやめられない感じがよく出ている。
p49 ゴーゴリ・モーゴリ
p54 土地… 頭金の百マルク… テニスコート二面半
p69 日本人なんて全員似たもの
p73 映画の手法◆ 当時はトーキー(1927年以降)が出始め。
p76 『その一発』◆プーシキン作の傑作短篇。短篇集『ベールキン物語』(1831)に収録。ロシア人って乱暴だねえ。
p81 お茶をドイツ人がよくやるように混ぜた◆ スプーンを使わず、円を描くように手を動かすやり方
p91 ドイツ語「クニカーボカース」
p92 二十マルク◆ 肖像画代(友人価格)。
p93 『死の島』◆ベックリン作 Die Toteninsel、5作あり(1880-1886)
p106 ドゥラキー◆「訳注 ロシアのトランプ・ゲーム」Wiki「ドゥラーク」参照。綴りはдурак(durak)のようだ。
p107 手になにかを持って歩くのがたまらなく嫌だ◆ これには非常に共感。
p108 ゲートルを巻く
p111 隠したものを見つける遊び◆「訳注 さむい、あたたかい、あつい…」英Wiki “Hunt the thimble”参照。
p130 パスカルの名言
p132 二十五通りの筆跡
p135 車の諸元は省略◆ 残念。
p136 ラグー料理
p145 毎月百マルクを◆ 割の良い仕事
p147 国産のピンカートン◆ 当時のロシアでは探偵小説の代名詞だったようだ。
p157 千マルク札◆ 画像はFile:1000 Reichsmark 1924-10-11.jpgで。1924年発行。サイズ190x95mm
p167 鼻持ちならないあの物理学者の大先生などが◆ 誰のこと?
p168 教会の歌い手が響かせる連続装飾音(ルラード)
p171 映画の初回の上映… 大評判の映画◆この場面は1930年末ごろか。もしかして『西部戦線異常なし』(米国公開1930-4-21)かも。(ナボコフは本書の映画化をこの監督に依頼したいと思っていたらしい)
p186 ブリヌイ
p190 三マルク◆ 貧乏人への喜捨
p192 郵便ポストの濃い青◆ ドイツの郵便ポスト。blue mail box germanyで見られるようなものか。ちょっと意外なメルヘンチックなデザイン。
p192 青く塗られた… 切手の自動販売機◆ Briefmarkenautomat 1930 で見られるようなものか
p193 題辞(エピグラフ)… 文学とは人々への愛である【Literature is Love】
p201 コナン・ドイル君!自分の主人公たちに飽き飽きして、みずからシリーズを終結させたときのいさぎよさ【Oh, Conan Doyle! How marvelously you could have crowned your creation when your two heroes began boring you!】
p202 最後の短篇…ピーメンその人、つまりドクター・ワトソン◆ 作者はあの作品に言及しているのか?
p202 ドイルやドストエフスキイ、ルブラン、ウォーレス◆ 有名なミステリ 作家たち。
p203 トランプのペイシェンス遊び
p207 虹色をしたガラスの球を◆ 子供たちが路上で遊んでい
p208 ガラス張りの電話ボックス◆ Deutsche Reichspost's payphone kiosk model FeH 32は1932年からの設置なので、それ以前のもの。未調査。
p213 首筋をはじいて◆「訳注 飲酒を意味するジェスチャー」Web記事“5 gestures only Russians understand”がGIF付きでわかりやすい。
p214 ぼくを名と父称で呼んだのはたぶんこれがはじめてだ◆「訳注 ロシアでは敬意を示す場合に呼ぶ」知りませんでした。
p214 百や二百でも貸してもらえば
p219 首相の演説◆1931年2月ごろのようだが
p221 二百マルク◆ 外国旅行代
p229 コカインを吸い、はては殺人まで
p240 シャーロックの冒険を思い出して◆ これは明白にT… B… の冒険の事ですね。
p245 イクス◆ 1965英語版ではPignan
p256 クロワッサンにバターを
p257 接吻… 日本人も… 相手の女性の口を吸うことはけっしてない
p261 慣れ親しんだ革命前の正字法
p263 ソヴィエトの若者たち… アメリカ人… フランス人… ドイツ人
p267 レモン水
p269 バンドで縛った教科書を持って◆ 子どもの情景
p272 カツレツ(シュニッツェル)
p277 十七マルク五十ペニヒ◆ひげ剃り用ブラシの値段
p280 フレゴリ某【Fregoli】◆「訳注 当時著名だったイタリアの喜劇俳優。早変わりと物真似を得意とした。」Leopoldo Fregoli(1867-1936)
p288 そのトランプが… 大判なうえに赤札と緑札に分かれていて、どんぐりの絵が描いてある◆ ドイツ風の絵柄のようだ
p294 ドストエフスキイの『罪と罰』
p307 ナプキンリング◆ napkin ringを今回調べて初めて知りました。
p309 オウム病
p315 ランドルー【Landru】◆「ランドリュー」が定訳。現代の青髭Henri Désiré Landru(1869-1922)
p324 「いとしい女(ひと)よ、私を哀れんでおくれ…」なんてロシアの流行歌を【singing of “Pazhaláy zhemen-áh, dara-gúy-ah.…” “Do take pity of me, dear.…”】◆ 未調査
p335 ドイツのとちがって、フランス製の煙草は
p342 ドストエフスキイばりの悲惨な話


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