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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.266 6点 緑衣の鬼- 江戸川乱歩 2020/02/23 16:26
初出「講談倶楽部」昭和11年(1936)1月号~12月号(12回連載) 創元文庫(乱歩16)の電子版で読みました。連載当時の挿絵(前半は嶺田 弘、後半は伊東 顕)を全て収録してるのが非常に良いです。
フィルポッツ『赤毛のレドメイン』(1922)の翻案、といってもかなり手を入れてるので半分オリジナルと言っても良いでしょう。冒頭は映像的効果抜群。犯人像が奇矯過ぎて、ファンタジー味が強くなっている。望遠鏡で蛮行を覗くシーンが素晴らしい。全体的な雰囲気は映画とか漫画とかに似た娯楽重視の軽本格探偵作品、といった感じ。「真犯人」中のp3610の説明が丁寧に感じたのですが、まだアレはあまり知られてなかったのかな。
以下トリビア。
現在価値は、都市部物価指数基準1935/2015(1804倍)で換算。(文庫は400倍換算だが、国家公務員初任給が1935年75円、2015年181200円で2416倍)
p837/3943 資産は百万を下るまい: 18億円。
p1419 電話の便利もない: 寒村には普及していなかった。
p1596 二十円: 三万六千円。伝言の駄賃。
p2269 ポオの『盗まれた手紙』: 意外な引用… (いやいや意外ではないですね)

No.265 5点 赤毛のレドメイン家- イーデン・フィルポッツ 2020/02/23 05:14
1922年出版。雑誌Popular Magazine 1922-4-7〜6-7(5回連載)が初出か。
Popular Magazineは小説中心のパルプ雑誌。この頃は隔週刊行。当時20セント(=337円)208ページ。40年前には新潮文庫(橋本福夫訳)、今回は創元文庫の新訳(2019)で読みました。
時々「やがて彼には衝撃が襲う」みたいな先回り文章がたくさん出てきて、これ、当時の流行だったんでしょうかね。物語の興味を削ぐこと夥しい。
40年前に読んだときの記憶は、なんか陰鬱でつまらなかった印象しか残ってなかったのですが、導入(特に第1章)は非常に面白い。でも、途中から「志村、後ろ!」のヤキモキ感。(もう古いですか?) 弟子アガサさんのヘイスティングスを思わせるようなノロマな展開。さて結末は…
この小説、ブレンドン刑事の一人称で行くべき作品。そーなれば恋愛描写はもっと盛り上がる。ネタは良いのですが構成が下手。恋敵に感じるジリジリしたやりとりとか、名探偵に対するライヴァル心とかをもっと効果的に描けるはず。でもそんな胚芽を乱歩さんは気に入ったのでしょうね。翻案『緑衣の鬼』も読んでみたい。
以下トリビア。
現在価値は英国消費者物価指数基準1922/2020(57.20倍)、£1=8116円で換算。
p9 貯金は五千ポンド(five thousand pounds saved): 4千万円。
p37 二万ポンド: 1億6千万円。遺産。
p40 外傷の手当てに使う苔の巨大な集積所(a big moss depôt for the preparation of surgical dressings): 苔の種類はsphagnum(peat moss)。第一次大戦では、大量の戦傷者が出たため包帯が不足した。戦争初期に、園芸家Isaac Bayley Balfourと軍の外科医Charles Walker Cathcartは、英国に豊富な二種の苔S. papillosumとS. palustreが特に傷を癒すことを見つけ、多くの命が救われた。歴史的には普仏戦争(1870)辺りまで、苔で傷を覆う療法があったようだ。
p82 ヴェルディの初期のオペラを歌っている(His song was from an early opera of Verdi): 何の歌か気になる。初期の名作といえば「ナブッコ」(1842)、有名な「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」なんてぴったりか。
p108 探偵さん(the sleuth): これはカタカナ表記が良かったのでは?
p135 コーンウォール出身には多いメソジスト派… 楽しいことは許されんと考える連中: Methodistは禁酒禁煙や几帳面な生活様式を重視する。コーンウォールに多いのか…
p161 最新流行の安全剃刀(the newfangled safety razors): 交換刃の安全剃刀は1904年の特許。第一次大戦でガスマスクをつけるため毎日ヒゲを剃る必要が生じ流行したようだ。
p175 パイプの掃除には羽根を使って(For the master's pipe... He uses feathers to cleanse it): パイプの管部分に通して使うようだ。
p226 嗅ぎ煙草… 鼻が肥大: 嗅ぎ煙草の習慣は鼻を肥大化させ、テカテカにするらしい。
p240 ガボリオ: ここは探偵小説への言及ではない。この作品には、小説みたいな事件だ!という感嘆や探偵小説のもじりは見られない。
p244 アクロスティック: わかりやすいミニ講座。英国では1924年以後、クロスワードにその地位を奪われることになります… (ここを読んだ感じでは鍵の作り方がクロスワードに引き継がれている感じ)
p333 飼い葉桶のなかの犬(a dog in the manger): ギリシャの古い寓話に遡る話らしい。イソップ童話で広まった。英wikiに項目あり。

No.264 5点 死の猟犬- アガサ・クリスティー 2020/02/22 06:07
1933年10月にOdhams Pressが雑誌The Passing Show(セイヤーズのモンタギュー・エッグものが連載されています)の販促企画として製作した本のひとつ。(雑誌添付のクーポンが無いと入手出来ない本だった) そういう本なら最初の掲載誌がわからない5作は単行本初出なのかも。Collins Crime Clubで出版されたのは1936年。早川クリスティー文庫で読了。
なるべく発表順に読む試み。カッコ付き数字は文庫収録順。初出データはwikiを基本にFictionMags Indexで補正。英語タイトルは初出優先。
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⑵赤信号 The Red Signal (Grand Magazine 1924-6 挿絵Graham Simmons): 評価5点
冒頭からの流れは良いのだが、でも最後はしゃべりすぎ、全然詰めが甘い感じ。なおその法律は後で是正されました…
p53 また潜在意識か。この頃はなんでもかんでもそれで片付けられちまう
p54 以心伝心(テレパシー)
p63 こうした場合のしきたりで、あらたまった紹介はなかった(No further introductions were made, as was evidently the custom)♠️へえ、そうなんだ。
p63 シロマコ(Shiromako)♠️日本の霊(Japanese control)の名前
p63 ウェルシュ・ラビット(Welsh rabbit)♠️Welsh rarebitで英Wikiに美味しそうな写真あり。
p80 下男(His man)
p81 回転拳銃(リヴォルヴァー)… あまり見なれない型(a somewhat unfamiliar pattern)♠️英国陸軍のリボルバーなら第一次大戦中からずっとWebleyだが、米国製の上質なSmith & Wessonだったので、この登場人物には馴染みが無かった… という意味か?(考えすぎです) そのような描写は一切無く、この解説は私の妄想にすぎません、念の為。
(2022-4-26記載)
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⑻青い壺の謎 The Mystery of the Blue Jar (Grand Magazine 1924-7 挿絵Graham Simmons): 評価5点
ゴルフもの。アガサさんはアーチーとゴルフを楽しんでいたようだ。美人と怪奇現象という取り合わせ。初期アガサさんならではの軽さ。
p259 あと一、二分というところで◆この頃の英国では列車は時間通りなんでしょうね。
(2022-4-26記載)
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⑺検察側の証人 Traitor’s Hands (Flynn's 1925-1-31) 単行本タイトルThe Witness for the Prosecution: 評価5点
Flynn’s [Weekly]は有名な探偵小説系パルプ誌Detective Fiction Weeklyの前身。10¢(=160円)192ページ。当時はH. C. ベイリーとかオースチン・フリーマンとかの英国作家を結構掲載しています。この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。その後、この雑誌にクィン氏ものを多く掲載することになります。
久しぶりに再読したが、思い出の中の印象より、かなりキレが悪い。翻訳のせいかなあ(昔読んだのは創元文庫 厚木 淳 訳)。戯曲版(1953)を読みたくなりました。短篇版の結末はとてもロマンチックなものだ、と急に気づき、それが戯曲版での変更に繋がっているのかも。たくさんのソリシタやバリスタの助言を得て戯曲版を書く前は、法廷関係の知識は全く無かった、と自伝で告白しています。
p212 彼女はいきなりむちゃくちゃに人が好きになる性質(たち)のお年寄り(an old lady who took sudden violent fancies to people)
p222 鉄梃(かなてこ)(crowbar)♣️今なら「バール」の方がわかりやすいか。
p227 掃除婦(charwoman)♣️メイドはいないが掃除婦はいる。貧乏な若夫婦なのだが…
p234 警察裁判所の予審(The police court proceedings)
p236 二百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p240 一ポンド紙幣♣️当時の£1紙幣は£1 3rd Series Treasury Issue(1917-1933)、茶と緑の配色、ジョージ五世の肖像と竜と戦う馬上の聖ジョージ、裏はウェストミンスター宮、サイズ151x84mm。
p243 チャールズ卿♣️唐突に名前が出てくるが、この事件の被告側バリスタ(法廷弁護士)。法廷での弁論はバリスタが専門に行い、ソリシタ(事務弁護士)は法廷外の仕事をする、というのが英国弁護士の分業制。現代ではソリシタでも弁論が出来るようになっているようだが、よく調べていません…
(2022-4-27記載)
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⑶第四の男 The Fourth Man (Pearson’s Magazine 1925-12): 評価6点
Wikiでは初出Grand Magazine 1925-12だが、同号にはThe Benevolent Butler(単行本タイトルThe Listerdale Mystery)が収録されてるのでFictionMags Indexにより修正。グレアム・グリーンのThe Third Manを連想してしまうタイトルですが、あっちは第二次大戦後の話です。
子供の頃に読んでずっと心に残っていたことに、今回再読して気付きました。子供の残酷な感じとか、嫌いだけど意志の強い相手に何故か従ってしまう感じとかが上手に表現されている、と思います。
p97 色は浅黒く(a slight dark man)♠️「外国人らしい」という印象を語り手は受けている。でも私は肌の色ではなく髪の色では?と思うのだが…
(2022-5-15記載)
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(12)S・O・S 原題S.O.S. (Grand Magazine 1926-2): 評価4点
バランスの悪さを感じさせる作品。もしかすると記事は実在のもので、当時の読者は、ああアレね、と思ったのかも。
(2022-5-15記載)
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⑹ラジオ Wireless (米初出Mystery Magazine 1926-3-1, 英初出Sunday Chronicle Annual 1926-12): 評価5点
英国初出のSunday Chronicleは週刊新聞(1885-1955) 掲載誌はクリスマス特集号だと思われる。
英国でラジオの公式実験放送は1920年6月15日(火曜日)が最初らしい(正式にラジオ放送が始まったのは1922年11月)。ラジオは当時の最新流行。外国の放送が聴ける、というのもウリだったのだろう。
老婦人を描くと生き生きしてしまうのがアガサさん。ちょうど母の死(1926年4月)の頃の作品だが、書いたのはその前なのでは?と感じた。
(2022-5-18記載)
(2022-9-11追記: 初出が米雑誌Mystery Magazine 1926-3-1らしいと判明したので、順番を変更した。やはり母の死の前の作品だった)
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(11)最後の降霊会 The Woman Who Stole a Ghost (Ghost Stories 1926-11) 単行本タイトルThe Last Seance: 評価4点
Ghost Storiesは米国のホラー系パルプ誌、当時25¢(=400円)96ページ。 (1927年1月号は無料で入手出来ます。知ってる名前はレイ・カミングスくらいですが、広告がとても楽しい)
工夫のない話だが、米国ホラー誌には、こんな話がよくあるよね… その線を狙った? 同時期のクィン氏もの『闇の声』にも交霊会が出てくるが、扱い方は全然違う。
(2022-5-18記載)
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⑴死の猟犬 The Hound of Death (初出不明): 評価5点
七つの宮はヨハネ黙示録に繰り返される「七」(封印、ラッパ、鉢)を思いだしました。(ただし第五は「青」などという連想p36を見ると黙示録にある象徴の順番とは対応していない) 変な話だねえ、という感じだが、理に落ちすぎてないのが良い。語り口はちょっとぎこちない。少なくとも作者1930年代の作品とは思えない。未発表、というより初期の売れなかった作品か。
(2020-2-22記載)
自伝に出てくるMay Sinclair作「水晶玉の傷」(The Flaw in the Crystal)に影響されたデビュー前の習作で、後年短篇集に収録したという超自然小説「幻影」(Vision)はこれかも。(Visionという題の作品はアガサさんの短篇集には見当たらず、雑誌発表タイトルにもないようだ) 自伝での評価は「今再読してみてもやはり気に入っている。」
(2020-2-23追記)
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⑷ジプシー The Gipsy (初出不明): 評価6点
いろんな要素を詰め込んでて話は散らかってるが、その散らかり具合が程良くて好き。自伝によるとデビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってたらしいから、これもその頃の作品なのかも。
p143 ジプシー女が/荒野に住んで…: 歌の一節のようだ。調べつかず。
p147 ファーガスン: 妙な注がついてるが、多分架空ネタ。
(2020-2-23記載)
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⑸ランプ The Lamp (初出不明): 評価5点
ムードは悪くない。死という概念を弄べる未成年にしか書けないような話。大人ならトーンが変わると思う。なので、デビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってた頃の作品だと思います。
(2020-2-23記載)
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⑼アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件 The Strange Case of Sir Arthur Carmichael (初出不明): 評価4点
超自然もの。これはつまらない。明明白白なものを勿体ぶってぼかしても仕方がない。
(2020-2-23記載)
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⑽翼の呼ぶ声 The Call of Wings (初出不明): 評価5点
自伝に出てくる、小説を書き始めたばかりの娘時代の最初期の作品かも。自伝での評価は「悪くなし」(not bad)。
夢の内容が面白い。冗長な部分が見受けられるけれど、最初期の作品と考えれば悪くない。
p347 一シリング: 辻楽師へのチップ。成立年代不明だが1910年基準(118.57倍)で841円。
(2020-2-23記載)

No.263 5点 マン島の黄金- アガサ・クリスティー 2020/02/21 05:57
While the Light Lasts and Other Stories(1997 英HarperCollins) 9篇収録。 (10)〜(12)の三篇(※付き)は、早川クリスティー文庫での付加作品。
アガサさんの短篇小説で生前のコレクションに含まれなかった作品の集成。
初出順に読んでゆきます。カッコ付き数字は本書収録順。英語タイトルは初出優先です。初出データはwiki情報をFictionMags Indexで補正しました。
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⑵名演技 A Trap for the Unwary (Novel Magazine 1923-5 挿絵Emile Verpilleux) 単行本タイトルThe Actress(こちらが作者のつけた題) 中村 妙子 訳: 評価5点
ポアロもの以外で刊行された(多分)初の短篇。(初期作品を集めたと思われる怪奇小説集『死の猟犬』に初出不明の5篇があるので一応保留) まだまだ作家修行中、流れがちょっと悪い。でも同時期のポアロものよりずっと良い感じ。編集者の後書きは無駄口が過ぎる。(初出誌を書いてはいるが最初期の短篇であることには触れていない) なおNovel MagazineはPearsonのパルプ誌、当時10ペンス(=389円)100ページほどか。
(2020-2-21記載)
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⑷クリスマスの冒険(ポアロ) The Grey Cells of M. Poirot, Series II XII. The Adventure of the Christmas Pudding (Sketch 1923-12-12) 単行本タイトルChristmas Adventure 深町 眞理子 訳: 評価6点
中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)の元となる作品。時系列は『ゴルフ場』の後、Grey Cellシリーズ24篇の最後の作品。(発表は『呪われた相続人』Magpie1923年クリスマス号が最後か) 今までのシリーズとは文章の調子が変わっている。込み入った筋だが楽しげな雰囲気が良い。
p119 浅黒い肌の、ジプシー風の美少女(her dark, gipsy beauty): やはり「黒髪」だと思います… 眞理子さまも浅黒党?ジプシーなので全体的に浅黒い?
p122 ポアロのヘイスティングズ評: ひどいよ、ポアロ! でも愛情に満ちている。
p127 殺人を仕組んだら?(Let’s get up a murder): これはもしかしてMurder Gameなのか?しかし思いつきのアイディアな感じ。当時Murder Party Gameは一般的な余興ではなかったようだ。(1930年以前の例を依然として捜索中)
p129 執事のグレーヴス(Graves, the butler): バークリーの法則(1925)。1923年発表のセイヤーズとクリスティの作品に現れている、ということは、執事Gravesはその頃に上演された劇の登場人物なのだろうか?
p131 プディングのなかにまぜこんである六ペンス貨その他、さまざまなおまじないの品(sixpences and other matters found in the trifle): クリスマス・プディングの一般的な伝統は、家族の全員がかき混ぜに参加、コインを入れて(最初Farthing銀貨、第一次大戦後は値上がりして3ペンス銀貨、やがて6ペンス銀貨)当たった人には幸運が。他に入れるものとしてBachelor's Button(独身男に当たればもう一年独身)、Spinster's Thimble(独身女性に当たればもう一年独身)、A Ring(独身に当たれば1年内に結婚と富が)などがあるようです。6ペンス銀貨は当時ジョージ五世の肖像、1920年以降は.500 Silver、直径19mm、重さ2.88g、220円。(ところで何故「ガラス」が入っていることに驚き、怒ったのか。上述の通り、何かが入ってるのは当然のことなのに… それに沢山のプディングが用意されていたのはどうして?)
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)は中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)を元にしているはずなので、その時に観ます。
(2020-3-14記載)
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⑼ 光が消えぬかぎり While the Light Lasts (Novel Magazine 1924-4 挿絵Howard K. Elcock) 中村 妙子 訳: 評価5点
プロットがGiant’s Breadに似ているらしい。
アフリカ(ローデシア)の話。実際にローデシアに行ったときの経験が生かされているのかも。ふと、もしアーチーが… と夢想した感じの作品。でも人生を薄っぺらく捉えている気がする。子供っぽい想像力。
p329 フォード(Ford car)
p331 ロールスロイス(Rolls-Royce cars)
(2022-4-23記載; 2022-4-26修正)
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⑺壁の中 Within a Wall (Royal Magazine 1925-10) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に拙い作文なのだが、何か言葉にならない想いを伝えようとしているような不思議な作品。絵画についての文章などハラハラさせるような恥ずかしいものだし、登場人物の感情の流れなども全く納得がいかない。でも、どんなつもりでこれを書いて発表するつもりになったんだろう?という作者の深層心理が興味深い。愛さえあれば幸せになれる、という初期作品特有のロマンチックな感じがカケラも無い。作者の初期最大の問題作、といって良いだろう。まだ夫アーチーに裏切られておらず、母の死も迎えていない、人生が順風満帆だった頃のアガサさん。実はただの気まぐれな空想から出ただけの単純な作品なのかも。
p256 茶色の習作(a study in brown)
p276 謎々◆ 原文をあげておきます。Within a wall as white as milk, within a curtain soft as silk, bathed in a sea of crystal clear, a golden apple doth appear
(2022-5-5記載)
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⑴夢の家 The House of Dream (Sovereign Magazine 1926-1 挿絵Stanley Lloyd) 中村 妙子 訳: 評価4点
Sovereign MagazineはHutchinsonのパルプ誌、当時1シリング120ページ。
編集者の後書きで、アガサさんが作家になる前に書いた習作に手を入れたものだとわかる。まあそんな作品。(7)も同様なのだろうか。若い頃の不安な想い、という感じは出ているが…
多分、ここらへんの時期は、アガサさんがリテラリイ・エージェントのEdmund Corkと契約した頃なので、作家的可能性を広げよう、という助言があって、こういう様々な作品を試しているのではないか。
(2022-5-14記載)
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(11)※白木蓮の花 Magnolia Blossom (Royal Magazine 1926-3 挿絵Albert Bailey) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に理念的で技巧的な小品だが、自分自身の失踪事件のあと、アガサさんは己の若さ全開の本作に苦笑いしたことだろう。そんな皮肉な作品。そういう意味での面白さを感じた。
(2022-5-14記載)
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⑸孤独な神さま The Lonely God (Royal Magazine 1926-7 挿絵H. Coller) 中村 妙子 訳: 評価4点
作者のつけた題はThe Little Lonely Godだという。自伝ではresult of reading The City of Beautiful Nonsense [Ernest Temple Thurston作1909年]: regrettably sentimental という自己評価。これもデビュー前の習作が元のようだ。
ロマンチックで非現実的なオハナシ。芸術は救いになる、というのがテーマ?とは違うか。
(2022-5-14記載; 2022-5-18追記)
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⑶崖っぷち The Edge (Pearson's Magazine 1927-2) 中村 妙子 訳: 評価8点
カバーストーリーではないが、表紙にAgatha Christie Story Insideと目立つように表示。当然1926年12月の作者失踪事件を当て込んだものだが、内容もその事件を連想させる問題作。激しい感情の荒波が読者をも動揺させる。生前、アガサさんは短篇集への収録を許さなかったようだ。
作中で愛犬が車にはねられるエピソードがあり、作者の愛犬が1926年8月ごろに目の前で交通事故にあったことを想起させる。
(2022-9-17記載)
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(12)※愛犬の死 Next To A Dog (Grand Magazine 1929-9) 中村 妙子 訳
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⑹マン島の黄金 Manx Gold (Daily Dispatch 1930-5-23, 24, 26, 27, 28 5回分載) 中村 妙子 訳
マン島の観光客誘致のために企画された、宝探しの手がかりとなる作品。島に隠された宝は£100(=93万円)入りの嗅ぎタバコ入れ四つ。全話掲載のパンフレットJune in Douglasは旅館や旅行スポットに25万冊ほど配布されたが、たった一冊しか現存しないらしい。
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⑻バグダッド大櫃の謎(ポアロ) The Mystery of the Baghdad Chest (Strand Magazine 1932-1 挿絵Jack M. Faulks) 中村 妙子 訳
中篇「スペイン櫃の謎」(1960)の元となる作品。
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⑽※クィン氏のティー・セット(クィン) The Harlequin Tea Set (George Hardinge編Winter’s Crimes 3, 1971) 小倉 多加志 訳
クィン最後の作品。

No.262 5点 人魚とビスケット- J・M・スコット 2020/02/20 03:44
1955年出版。現実の新聞に載ってた個人広告、それって本当なのかな?とネットで調べてみたのですが、よくわかりません。原文も知りたかったのですが、簡単には手に入らないようです。九マイルの人風に、あれこれ想像する話のほうが楽しそう。この小説自体は実際に起こったことに近いとは思えない展開でした。あーでもない、こーでもない、とちゃんと推理した人、いませんか?(新聞広告自体がフィクションなのかな?)

…という感じ(若干変更)で2015-2-7にアマゾン書評に書いたのですが、今、Web検索したら2018年にJohn Higginsさんが詳しいことを書いてくれています。個人広告の最初の文、Sea-Wyf. Home at last. Please get in touch. Biscuit.で検索してみてください。現実のDaily Telegraphに1951-3-7から3-21までに載った原文が全て掲載されています。当時はけっこう話題になったらしく、Daily Mirrorが全やりとりを1951-5-26に転載し、フランスやオーストラリアでも取り上げられたようです。ただし、当時J. M. ScottはDaily Telegraphのスタッフだったというので、もしかするとウケ狙いのでっち上げだったのかも。この小説は同社を辞めた後に発表してるところが怪しい…
(私がこの作品を知ったのはミステリ・マガジンの山口雅也さんの絶版本紹介の連載でした。創元文庫が出たときにはとびついたものです… 前評判が高すぎてガッカリしたところもあるので、落ち着いて読んだら結構面白い作品なのかも。2015年の書評もぼんやりとした15年前?の記憶で書いてます。)

No.261 10点 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー 2020/02/18 22:22
1930年4月出版。初出誌はGrand MagazineやStory-Teller、1924〜1929に断続的に掲載。同時期の短篇が1作だけ『愛の探偵たち』に収録されています。もう少し後で読むつもりでしたが、古本屋で見つけて思わず入手、待ちきれずに読み始めちゃいました。やはり素晴らしい!好きすぎるので殿堂入り10点です。40年前は創元の一ノ瀬さんの訳。今回読んでいる早川クリスティー文庫の嵯峨静枝さんの訳は上品で非常に良い感じです。
発表順に少しずつ読んで行きます。読み終わるのが勿体無いような気持ち。
タイトルは初出優先で記載。カッコ付き数字は単行本収録順。おまけで「愛の探偵たち」もリストアップしておきました。フィナーレを飾る「クィン氏のティー・セット」(『マン島の黄金』収録)も加えるべきでしょうかね。
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⑴クィン氏登場 The Passing of Mr Quinn (初出Grand Magazine 1924-3 挿絵Toby Hoyn) 単行本タイトルThe Coming of Mr Quin: 評価7点
不穏な冒頭から謎の人物の登場、炉辺での昔語りは佳境に入り、そしてサタスウェイト氏に突然ピンスポットがあたるところまで絶妙な流れ。掲載時期から『茶色の服』の後に書いたものと思われます。初出誌では名前がQuinnとなっています。お正月の話だったのですね。(執筆も正月かも) 初出タイトルはUn ange passe(天使のお通り)を連想させ、単行本タイトルはキリスト降臨を思わせます。(考え過ぎです)
p15 若い頃は、みんなで手をつないで輪になって《懐かしき日々》(ほたるの光)を歌ったもの(In my young days we all joined hands in a circle and sang “Auld Lang Syne”)♠️語っている女性は六十代くらいか。
p18 元日に黒髪の男性が最初に訪ねてくると、その家に幸運が(To bring luck to the house it must be a dark man who first steps over the door step on New Year’s Day)♠️wikiのFirst-footに記載あり。背が高く、黒髪の男(a tall, dark-haired male)が良いらしい。ある地方では、女性や金髪の男(a female or fair-haired male)は不運だという。
(2020-2-18記載)
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⑵窓ガラスに映る影 The Shadow on the Glass (初出Grand Magazine 1924-10): 評価4点
登場人物があまり印象に残らない。人物紹介がごたついている。これ、アガサさんには死の場面の強烈なイメージが先に思い浮かんで、そこを上手に描けなかったのでは?
(2022-4-27記載)
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⑷空のしるし The Sign in the Sky (米初出The Police Magazine 1925-6; 英初出Grand Magazine 1925-7 as ‘A Sign in the Sky’) 単行本タイトルThe Sign in the Sky: 評価4点
発端は非常にワクワクさせられるが、残念な話になっちゃうのが惜しい。前作「検察側の証人」(1925-1)の残響が作者にあって法廷シーンから始まっているのかも。本作の初出が米国雑誌というところも「検察側の証人」と共通している)
列車が時刻に非常に正確だというイメージがある、というところに注目。やはり当時は定時運行が当たり前だったのだ。(メチャクチャ遅れるのが普通ならクロフツのアリバイ・トリックなんて成立しないだろう)
p127 銃(the gun)♣️猟銃(散弾銃)のようだ。
p127 九月十三日、金曜日♣️直近は1913年だが、アガサさんは1924年をイメージしていたかも。(普通は曜日は1日ずつズレるのだが、1924年は閏年なので二日ズレている。正月だけに注目してると間違えることが多い)
p129 ジャズ♣️当時ならニューオリンズ・スタイル(Louis ArmstrongのHot Fiveなど)のイメージ
p129 古めかしい表現♣️「これはこれは(God bless my soul)」のこと。
p130 三度♣️単行本で書き換えた可能性あり。雑誌掲載順なら「二度」が正しい。
p142 ヨハネ祭の前日(Midsummer’s Eve)♣️英国のMidsummer’s dayは6月24日、これは四旬日のひとつでもある。何か意味ありげな会話だが、趣旨が良くわからない。前回、といえば連載順だと(2)のはず、これは6月の事件である可能性は十分にある。短篇集収録順だと(3)になるが、その作中現在は3月〜5月なので該当しない。
p144 バンフ(Banff)♣️アガサさんが当時行きたいと思っていた観光地なのだろう、と妄想した。
(2022-5-4記載)
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⑶〈鈴と道化服〉亭奇聞 A Man of Magic (初出Grand Magazine 1925-11) 単行本タイトルAt the Bells and Motley: 評価4点
冒頭の好きな人に偶然会えた時のトキメキが非常に良い。ときめいているのはいい歳をした金持ちのおっさんなんだが… 本作もミステリ的には凡作。
p92 へんぴなところ(God-forsaken hole)
p92 料理の名人(a cordon bleu)
p97 冬の事件の3か月後なので、作中現在は3月〜5月に絞られる。
p114 百年後が2025年、という事は作中現在は1925年
p115 クロスワード・パズル(Crossword Puzzles)♠️1924年のトピック。サタスウェイト氏はこのパズルに馴染みがない。Crossword Puzzleは米国1913年の発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初。セイヤーズのクロスワード小説は1925年7月号掲載。
p115 天窓強盗(Cat Burglar)♠️1924年にスコットランド・ヤードが逮捕したRobert Augustus Delaney(?-1948)がCat Burglarのあだ名で有名になった嚆矢だという。フォーマルウェアで外出し、するりと窓から侵入して盗むスタイル。
(2022-5-4記載)
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◆愛の探偵たち(『愛の探偵たち』に収録) At the Crossroads (米初出Flynn’s Weekly 1926-10-30; 英初出Story-Teller 1926-12 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. I. At the Cross Roads) 単行本タイトルThe Love Detectives
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⑸クルピエの真情 The Soul of the Croupier (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-13; 英初出Story-Teller 1927-1 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. II. The Soul of the Croupier): 評価4点
モンテ・カルロの話。私はアノーの友人リカード氏を大人しくしたのがサタスウェイト氏なのでは?と勝手に思っているのだが、その薄い根拠が毎年モンテ・カルロに滞在している、というここら辺の記述。まあ人生の傍観者なら満遍なく社交の舞台に顔を出しているだろうから当然なんだが…
本作は話自体は単純なもの。米国風味と欧州風味の掛け合わせが見どころ。(2022-5-17追記: 寓話なので、イチャモン的な文句だが、全員が顔を合わせた時点で、こういう話の流れに絶対ならないよね…)
p161 社交カレンダーあり。
p162 為替相場♣️サタスウェイト氏は戦前と比較しているのか?1911年は1ポンド=25.25フラン、1926年は1ポンド=149.21フラン(5.9倍)。ドル・ベースなら1911年は5.20フラン、1926年は30.72フラン(5.9倍)。フランの価値がかなり低下しているようだが… (2022-5-17追記: 私は貧乏人なので、値段が安くなったのに文句を言ってるのが理解出来なかった。よく考えてみると、フランが非常に安くなったので、有象無象が押しかけてくるようになり、本物の金持ちはモンテ・カルロを避けるようになった、ということなのだろう)
p162 例のスイスの観光地(these Swiss places)
p163 かぎ鼻で顔色の悪いヘブライ系(Hebraic extraction, sallow men with hooked noses)♣️今はこういう表現はダメなんだろうね。
p176 浅黒く、魅力的な顔(his dark attractive face)
p181 “掻き集め”パーティ(“Hedges and Highways” party)♣️ルカ伝14:23から。(KJV) And the lord said unto the servant, Go out into the highways and hedges, and compel them to come in, that my house may be filled. (文語訳) 主人、僕に言ふ「道や籬の邊にゆき、人々を強ひて連れきたり、我が家に充たしめよ。
p190 五万フラン札(A fifty thousand franc bank note)♣️当時の最高額紙幣は5000フラン札なので10枚分という意味か?(多分この場面は違う) 5000フラン札はこの頃ならBillet de 5 000 francs Flameng(1918-1938)サイズ256x128mm。仏国消費者物価指数基準1926/2022(451.45倍)で1フラン=0.69€=93円。
(2022-5-15記載)
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(11)世界の果て World's End (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-20; 英初出Story-Teller 1927-2 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. III. World’s End) 単行本タイトルThe World's End: 評価7点
コルシカ島の話。世界のどん詰まりという舞台、公爵夫人のキャラ、若い娘の態度、全てが上出来。二人が変に活躍しないのも逆に良い。淀みない話の流れが非常に素晴らしい。
p417 アヤッチオ(Ajaccio)♠️コルシカ島の実在の地名。
p424 エドウィン・ランドシア♠️Sir Edwin Henry Landseer(1802-1873)、動物の絵で有名。最も知られている作品はトラファルガー広場のライオン像。
p425 一枚五ギニー♠️絵の値段。
p431 コチ・キャヴェエリ(Coti Chiaveeri)♠️架空地名かと思ったら、実在だった。コルシカ島南西、Coti-Chiavariが正しい綴りのようだ。話のイメージにぴったりの風景。アガサさんは行ったことがあったのだろうか。
p440 あの女は食い物のために生きている(That woman lives for food)♠️女優に対する、このセリフも実に良い。
p441 ジム・ザ・ペンマン(Jim the Penman)♠️Theatre Royal Haymarket, Londonで1886年4月に初演、大当たりとなり、映画化(1915, 1922)もされた戯曲。Charles Lawrence Young(1839-1887)作、とされるが、実際はドイツのFelix Philippi(1851-1921)作Der Advokat(1885?)の翻案のようだ。
p443 二シリング銀貨ほどの大きさ(the size of a two-shilling piece)♠️当時のフローリン銀貨(=2s.)はジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものなら.500 Silver, 11.3g, 直径28.3mm。こういう大きさは訳注で処理してほしいなあ… (英国人なら身体に染み込んでると思うので) ついでに言っておくと五百円玉が26.5mm。
(2022-5-17記載)
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⑺闇の声 The Voice in the Dark (米初出Flynn’s Weekly 1926-12-4; 英初出Story-Teller 1927-3 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. IV. The Voice in the Dark): 評価4点
いつものようにレディの描写が上手。読書中はアガサ・マジックに幻惑されたが、ちょっと考えると、とても成立しなさそうなところがある変テコなオハナシ。雰囲気は良いので残念。
p255 事故◆数年前にこの鉄道路線で起こった事故。カンヌからの帰りなのでフランスか。
p256 コルシカ◆「世界の果て」を指す。
p258 ユーレリア号の難破(the wreck of the “Uralia”)◆ニュージーランド沖合いで沈没。40年前(p265)だと言う。サタスウェイト氏が若い頃、と言っている感じからすると、彼は少なくとも五十代後半。
p259 鈴と道化服◆再登場。アボッツ・ミードから15マイルほどのところ(p277)。
(2022-5-18記載)
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⑻ヘレンの顔 The Magic of Mr. Quin, No. V. The Face of Helen (初出Story-Teller 1927-4): 評価6点
何気なくサスペンスを高めていくところが上手。1926年のある短篇とちょっとした共通点あり。
p290 近頃では、だれもが刈りあげている(It’s more noticeable now that everyone is shingled)♣️Aileen PringleのPringle Shingle(1925)が有名のようだ。
p293 “芸術家気取り”の連中(be of the ‘Arty’ class)
(2022-9-17記載)
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(12)道化師の小径 The Magic of Mr. Quin, No. VI. Harlequin’s Lane (初出Story-Teller 1927-5): 評価7点
ラストまで不可思議な話。傍観者がうろたえるところが良い。執筆時期はアガサさんが一番混乱していた時期なのかも。
p460 『幸福な王子』の一節… 「この町でいちばん美しいものを二つ持っていらっしゃい、と神様はおっしゃいました」(Bring me the two most beautiful things in the city, said God)♠️原文に『幸福な王子』は無し。The Happy Princeの原文だとthe two most precious things、神様に答えて天使が運んできたゴミ同然の物とは…
p464 オランダ人形(Dutch Doll)♠️英Wiki “Peg wooden doll”参照。ああ、こういうイメージなんだね。
p476 ワルキューレの第一幕… ジークムントとジークリンデ♠️ここら辺は、このオペラを知っていた方が面白いと思う。
p480 古いアイルランド民謡… シーラ、黒い髪のシーラ (後略) (Shiela, dark Shiela, what is it that you’re seeing? / What is it that you’re seeing, that you’re seeing in the fire?’ / ‘I see a lad that loves me – and I see a lad that leaves me, / And a third lad, a Shadow Lad – and he’s the lad that grieves me.)♠️どうやらアガサさん自作の詩をアレンジしたものらしい。
p482 ワルキューレの恋の主題歌(the love motif from the Walküre)♠️某Tubeでは“Wagner Leitmotives - 39 - Love”で聴けます。
(2022-9-17記載)
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⑼死んだ道化役者 The Dead Harlequin (初出Grand Magazine 1929-3)
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⑹海から来た男 The Man From the Sea (初出Britannia and Eve 1929-10 挿絵Steven Spurrier)
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⑽翼の折れた鳥 The Bird with the Broken Wing (初出不明)

No.260 5点 ポアロ登場- アガサ・クリスティー 2020/02/16 01:20
英版1924年、米版1925年出版、三篇追加。(下の(12)〜(14)※付きのもの) 早川クリスティー文庫は14篇収録の米版によるもの。
もともとはSketch誌に1923年に発表したポアロシリーズ12篇×2回とSketch誌の増刊号的なMagpie1923年クリスマス号に収録の1篇で、この年にアガサさんはポアロもの25篇を発表しています。クリスティー文庫では残りの11篇中9篇を『教会で死んだ男』に、1篇ずつを『愛の探偵たち』(「ジョニー・ウェイバリーの冒険」Grey Cellシリーズ2第3話)と『マン島の黄金』(「クリスマスの冒険」Grey Cellシリーズ2第12話、中篇「クリスマス・プディングの冒険」1960の元)に収録。ポアロとヘイスティングズの会話は、同文庫の『スタイルズ荘』や『ゴルフ場』みたいにバカ丁寧であるべき、と思うので、会話の調子を訳し直して発表順に整理したポアロ・シリーズを刊行して欲しいですね。
アイディアが閃いたから書いてみました、という感じなので、続けて読むと単調に感じるでしょう。一作ずつ、合間に読むくらいがちょうど良い。まだまだ工夫不足なアガサさんなのは否めません。
順番はSketch掲載順に再構成しています。カッコつき数字は単行本収録順。英語タイトルは初出時のものを優先しました。

⑺グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot II. The Curious Disappearance of the Opalsen Pearls (初出Sketch 1923-3-14) 単行本タイトルThe Jewel Robbery at the Grand Metropolitan: 評価5点
単純な話。でも現場の見取り図があってアガサさんの張り切りぶりが伝わります。
p1819 超過利得税(E.P.D.): Excess Profit Duty 英国では戦費を賄うため1915年から企業の“超過利益”の50%に課税した。1921年廃止。
p1899 両袖のドレッシング・テーブル(the knee-hole dressingtable): 上に鏡を置いて座って化粧など出来そうな机。日本語では「化粧台、ドレッサー」か。
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TVドラマのスーシェ版(1994, 5期8話)では色々ふくらましてるけど問題なし。Lucky LenはJDCのラジオ・ドラマ「白虎の通路」(『ヴァンパイアの塔』収録)の“頰ひげウィリー”と同じ企画なのかも。どっちもブライトンが舞台だし… 桟橋はブライトンのではなくEastbourne Pier(2014の火災で大半を焼失) 、昔の競馬場の風景が良い。
(2020-2-16記載)

⑼ミスタ・ダヴンハイムの失踪 The Grey Cells of M. Poirot IV. The Disappearance of Mr. Davenheim (初出Sketch 1923-3-28): 評価5点
上手にまとめた話。蒸発の三つのカテゴリーは後年の自分の失踪を予言してるような…
p2505 賭けよう…五ポンド(Bet you a fiver): 英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で43180円。ポアロは「イギリス人の大好きな遊び(the passion of you English)」と評しています。
p2513 背の高い浅黒い顔の男(a tall, dark man): 「黒髪の」
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TVドラマのスーシェ版(1991, 2期5話)では奇術、自動車レース、鸚鵡を追加。昔のレース映像や古いレースカーが沢山登場します。スーシェがみせる手品の手際はなかなかのもの。
(2020-2-16記載)

⑴<西洋の星>盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot VI. The Adventure of the Western Star (初出Sketch 1923-4-11): 評価4点
ヘイスティングズの空回り。怪しい中国人が出てくるのが如何にもな感じ。以前の話を引き合いに出すのは作者が疲れてきた証拠、と思ってます…
p37 映画スター: 時代はまだサイレントの頃。当時のハリウッドの有名女優ならLillian Gish, Mary Pickford, Gloria Swanson, Marion Daviesなど。
p45 ヴァレリー・サンクレア: シリーズ第三話「クラブのキング」事件に登場。
p68 五万ポンドという巨額の保険: 4億3千万円。保険の金額で物事の価値をあらわすようになったのはいつ頃からだろう…
p68 クロンショウ卿: シリーズ第一話「戦勝舞踏会」事件に登場。
p176 こう見えても私にだって探偵のセンスはかなりある: 自信を持ってこのセリフが言えるヘイスティングズが素晴らしすぎる。
p200 メアリ・キャヴァンディッシュ: 『スタイルズ荘』に登場。
p208 貴族名鑑(Peerage): Burke’s Peerageは1826年創刊の英国貴族の人名禄。1839から1940までほぼ毎年改訂された。
p463 女というやつは手紙を破り捨てたりはしない(never does a woman destroy a letter): これは真理だと思います…
(2020-2-17記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期9話)は上手な脚色で付加部分も納得の出来栄え。演者もみんなそれっぽくて良い。傑作です。
(2020-2-23追記)

⑵マースドン荘の悲劇 The Grey Cells of M. Poirot VII. The Tragedy at Marsdon Manor (初出Sketch 1923-4-18): 評価4点
まとまりの悪い話。ポアロの考え方が散漫な感じ。言葉の連想テストは1928年にはもう既にヴァン・ダインが陳腐と言っています。当時、アガサさんは銃に全く詳しくなかったのでしょう。扱いが雑すぎです。
p519 クリスチャン・サイエンス(a Christian Scientist): 今まで調べたことはなかったのですが、起源は結構古いのですね。米国ボストンのMary Baker Eddy(1821-1910)により1879年創設。
p558 カラス撃ちの小型ライフル(his little rook rifle)… 二発撃っていますね(Two shots fired): root rifleという銃は単発が多いらしいが、ここでは2発撃てるライフルのようだ。通常のライフルより軽量で小さく、全長1メートルくらいが普通か。
(2020-2-19記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期6話)は、流石に銃の扱い方を変更。原作通り軽そうな単銃身のrook rifleが登場してました。脚本で追加された教会でのガスマスク訓練風景が興味深い。敵国の毒ガス爆撃に備えた訓練だと思うが、各地で行っていたのだろうか。
(2020-2-24記載)

⑻首相誘拐事件 The Grey Cells of M. Poirot VIII. The Kidnapped Prime Minister (初出Sketch 1923-4-25): 評価4点
何だか切実感のない、盛り上がらない話。状況も変テコ、解決も唐突です。
p2099 除隊になり、徴兵事務の仕事を与えられていた:『スタイルズ荘』以降のヘイスティングズの状況。
p2106 イギリス首相: 当時の現実の首相はDavid Lloyd George(在任1916-12-6〜1922-10-19)
p2114 日雇いのお手伝いさん(charlady): charwomanが普通か。
p2325 船酔い(mal de mer): お馴染みの描写だが、作者が初めて書いてる感じ。本作は『ゴルフ場』(初出1922年12月号から連載)より先に書いたのかも。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期8話)はロケが素晴らしい映像。銃も沢山出て来ます。(SMLE Mk III小銃とパラベラムP08拳銃) 画面ではポアロの電話番号はTrafalgar 8317でした。
(2020-2-29記載)

⑸百万ドル債券盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot IX. The Million Dollar Bond Robbery (初出Sketch 1923-5-2): 評価5点
中途半端な謎。捻りも少ない。
p1277 最近はなんて債券の盗難が多いんだ!(What a number of bond robberies there have been lately!): 実際にそうだったのか。
p1277 自由公債百万ドル分(the million dollars’ worth of Liberty Bonds): 米国消費者物価指数基準1923/2020(15.09倍)で16億円。Liberty bondは第一次大戦の連合国支援のために米国で販売された戦債のこと。
p1316 チェシャー・チーズ: 17世紀からの歴史あるパブYe Olde Cheshire Cheeseのことか。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 3期3話)はポワロの船旅を追加。なかなか上手な脚本。冒頭に多勢の英国人が傘を使うシーン。降ってればやはり使うのね。RMS Queen Mary号の記録映像は1936年5月27日処女航海の時のもののようです。
(2020-3-7記載)

⑶安アパート事件 The Grey Cells of M. Poirot X. The Adventure of the Cheap Flat (初出Sketch 1923-5-9): 評価5点
こーゆー日常の謎だと筆のノリが違います。冒頭の流れは実に良いんですが… 途中で失速し、ぎこちない話になって幕。
p759 年に80ポンド: 69万円。月額57573円。「ただみたいに安い家賃」本当の家賃は350ポンド(=302万円、月額25万円)。
p759 権利金(premium): 貸しアパートのプレミアム。英国にも礼金みたいなのがあったのか。どのような仕組みなのかよくわかりません。
p759 備え付けの家具は買い取り(buy the furniture)… 50ポンド: 43万円。家具備え付け、というのもピンと来ない外国の風習。家具も貸す場合は家賃が高くなるようだ。
p767 幽霊屋敷の話など、聞いたことがありません(Never heard of a haunted flat): 由緒あるお屋敷や城ならともかく幽霊付き「フラット」なんてあるもんか… という意味では?
p822 例によって、きみは赤毛がお気に入り(Always you have had a penchant for auburn hair!): ヘイスティングズの好みを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。
p829 浅黒い肌なのか、色白か?(Dark or fair?): 「黒髪か金髪か?」
p852 週に十ギニー(at ten guineas a week): 9万円、月額39万円。p759の本当の家賃と比べてもかなり高い家賃なので、ヘイスティングズが反対したのだろう。
p859 レヴォルヴァー: ヘイスティングズの銃は初登場のような気がする。
p867 石炭を引き上げる荷台(the coal-lift): 石炭用のエレベーターですね。p907では正しく「石炭用のリフト」と訳してるのに… 人力でロープを引っ張って動かすようだ。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期7話)は米国ナイトクラブも出てくる楽しい話。石炭用エレベーターは残念ながらゴミ収集用の裏口に変わってました。家賃は何故か週6ギニー(物価1935/2020で月額28万円)に値下げ。画面の物件的にその程度の感じなのか。
冒頭の米国白黒映画はキャグニー主演のG Men(1935)、ヘイスティングズの銃はWebley "WG" Army Model、悪党の銃はSmith & Wesson Safety Hammerless、FBIの銃はColtっぽい。劇中歌Sugar(That Sugar Baby o' Mine)はMaceo Pinkard, Edna Alexander, Sidney D. Mitchell作の1926年の曲、そしてIf I Had YouはTed Shapiro, Irving King(Jimmy Campbell & Reg Connelly)作の1928年の曲。
(2020-3-7記載)

⑷狩人荘の怪事件 The Grey Cells of M. Poirot XI. The Mystery of Hunter’s Lodge (初出Sketch 1923-5-16): 評価5点
ポアロによる遠隔捜査という状況設定が面白い。ドラマ版が見てみたくなるトリック。
p1024 インフルエンザ(influenza): 1918年〜1919年の「スペイン風邪」が初のインフルエンザ・パンデミック。
p1155 フル・ロードの状態(fully loaded): 弾丸が全て装填されている状態。そんな保管方法は銃器室を持っているようなガンマニアならあり得ない状況だと思う。(当時は安全機構が不十分だったので、落としたら暴発する可能性もある)
p1172 同型のレヴォルヴァーから発射された(fired from a revolver identical with the one): 線条痕による銃の特定は1925年以降の鑑識技術。
p1235 そんな人物(sech person): ディケンズからの引用。Martin Chuzzlewit(1844)第49章、Mrs. PrigとMrs. Gampの会話。Mrs. Prigはsich a personと言い、Mrs. Gampはsech a personと言っています。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期11話)は狩の風景を追加。列車のシーンも良い感じ。銃の取り扱いは大幅に変更してマトモになり、M1911が登場。トリックは頑張って忠実にやってましたが、やっぱり変テコな仕上がり。
(2020-3-8記載)

(14)※チョコレートの箱 The Grey Cells of M. Poirot XII. The Clue of the Chocolate Box (初出Sketch 1923-5-23): 評価6点
なんだか楽しい。いわゆるノウブリもの。ポアロの雑誌連載12回シリーズの最後を締めくくるのにふさわしい。評判が良かったようで4カ月後にさらに12篇が連載されることになります。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期6話)はジャップとベルギーに帰るポアロ、過去の事件を語る、というストーリー。1910年ごろの馬車が走ってる時代の風景が良い。残念ながら、ほろ苦い話の脈絡が上手くいっていない感じです。ベルギーの話だから名物のチョコレートというアガサさんの発想だったのかも…
(2020-3-9記載)

⑹エジプト墳墓の謎 The Grey Cells of M. Poirot, Series II I. The Adventure of the Egyptian Tomb (初出Sketch 1923-9-23): 評価4点
第2シリーズの幕開けは、作者が後年大好きになる中東の発掘現場が舞台。Lord Carnarvonの死(1923-4-5)による「ツタンカーメンの呪い」騒ぎが発想のタネ。この作品発表までの関係者の死はGeorge Jay Gould(米国の富豪。風邪で1923-5-16死亡)とAli Fahmy Bey(エジプトのprince。1923-7-10に妻に撃ち殺された)の二人で、概ね物語と照応している。Aubrey Herbert(カーナヴォンの異母兄弟。歯科治療中の血液中毒で死亡)は雑誌発売後の1923年9月26日。
なおSketch誌編集長Bruce Ingram(ポアロ好きでこのシリーズの依頼主)はHoward Carterの友人で、1925年に発掘品の文鎮を贈られたが、直後に家が火事になり、再建後の家も洪水被害にあう、という因縁が…
本作自体は、他愛もない内容。ラクダのくだりはアガサさんの娘時代に母とエジプトに行った時の思い出か。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1993, 5期1話)ではラクダのくだりはカット。ミス・レモンとヘイスティングズがやってたのはPlanchette。1853年の発明らしい。銃はCompact top-break revolver(メーカー不詳)とWebley .38 Mk IVとのこと。探偵ドラマとしては原作同様、安直な作り。
(2020-3-10記載)

(12)※ヴェールをかけた女 The Grey Cells of M. Poirot, Series II II. The Case of the Veiled Lady (初出Sketch 1923-10-23) 単行本タイトルThe Veiled Lady: 評価6点
完全に作者が遊んでいますが、悪い気はしません。ドラマ映えしそうな話。
p3139 チャー(Tchah!): ポアロがよく使う感嘆詞、と書いてるが、ここだけの設定のような気がする。(2020-3-7追記: 1923年掲載のポアロものではここにしか出てきません)
p3187 薄汚い下衆野郎め!(The dirty swine!)… これは失礼しました(I beg your pardon): 汚い言葉を女性の前で使って謝るヘイスティングズ。
p3194 二万ポンド… 一千ポンド: 1億7千万円と860万円。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期2話)もかなり羽目を外して遊んでる感じ。ヴェールで顔がよく見えない、というのだが、画面で見ると結構識別出来る… あんな風に顔を覆ってると逆に目立つと思う。
(2020-3-11記載)

(10)イタリア貴族殺害事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II V. The Adventure of the Italian Nobleman (初出Sketch 1923-10-24): 評価5点
コンパクトにまとまった話。アパートの最新設備って食堂用リフトのことだったのね。地下に調理場があって電話で発注出来る仕組み。便利ですね…
p2769 執事のグレイヴズ(Graves, valet-butler): バークリーの法則の実例がここにも。
p2903 ゴータ年鑑(Almanach de Gotha): 独語Gothaischer Hofkalender、ヨーロッパの貴人の人名録。初版は1763年、チューリンゲン地方ゴータのC. W. Ettingerによる。1785年以降はJustus Perthes出版が毎年発行(1944年まで)。1945年にソ連軍が文書庫を破壊した。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期5話)はヘイスティングズのスポーツ・カーAlfa Romeo 2900AとVauxhall Light Sixとのカーチェイスが見もの。他にイタリア式ウェディングが追加。ミス・レモンの活躍回。
(2020-3-14記載)

(11)謎の遺言書 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VI. The Case of the Missing Will (初出Sketch 1923-10-31): 評価5点
宝探しゲームは楽しいですね。
p2960 いわゆる“新しい女性”(New Woman): ヘイスティングズは賛成じゃない。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期4話)はかなり改変が多くて、殺人まで発生。そんなに重くしなくても良いのに… 大学の非公式の女学生卒業式のシーンが貴重。セイヤーズさんの卒業もあんな感じだったのだろうか。
(2020-3-20記載)

(13)※消えた廃坑 The Grey Cells of M. Poirot, Series II IX. The Lost Mine (初出Sketch 1923-11-21): 評価4点
けっこう付き合いの良いポアロ。
p3337 四百四十四ポンド四シリング四ペンス: 384万円。ポアロの銀行残高。
p3358 きみの大好きな金褐色の髪の美女(auburn hair that so excites you always): ヘイスティングズを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。auburn hair beautyで検索すると、みんな赤毛ちゃんですね… p822『安アパート』では「赤毛」と訳してる。
(2020-3-7記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期3話)は上手く原作を再構成して納得のゆく物語に仕上げています。1935年8月の事件という設定。ボードゲームのモノポリーが全編にわたって出てきますが1935年2月からパーカー兄弟が販売してるので時代考証は間違いありません。ジャップ警部ご自慢の最新式警察司令室は、流石にフィクションだと思います。
(2020-3-20記載)

No.259 5点 教会で死んだ男- アガサ・クリスティー 2020/02/15 18:38
早川オリジナル編集。1923年にSketch誌に連載された25篇のポアロシリーズのうち『ポアロ登場』に未収録の9篇と、1928年のポアロもの2篇、怪奇もの1篇、ミス・マープルもの1篇(1954)を収録。クリスティ文庫で読んでいますが、ポアロとヘイスティングズの会話は、同文庫の『スタイルズ荘』や『ゴルフ場』みたいにバカ丁寧であるべき、と思うので、会話の調子を訳し直して欲しいですね。
初出順に読んでゆく試み。カッコつき数字は単行本収録順です。英語タイトルは初出時を優先しました。

⑴戦勝記念舞踏会事件 The Grey Cells of M. Poirot I. The Affair at the Victory Ball(初出Sketch 1923-3-7): 評価5点
アガサさんの短篇として発行された初めてのもの。最初に8作完成させ、後に4作を追加したという。(初出誌には12週連続掲載) 後年、何度も使われるコメディア・デラルテのモチーフが初登場。映像的なイメージが良い。
p9 ロンドン市内のアパートでポアロと同居: ホームズとワトスンのような関係。
p10 戦勝記念舞踏会: Victory Ballは1918年11月にRoyal Albert Hallで開催されたのが始まりか。(実は同会場で1914年6月14日に米英戦争終結100周年を祝う仮装舞踏会が大成功しており、これをヒントにしたらしい) 戦傷者へのチャリティー目的で同様の企画があちこちで開かれたようだ。この話は春のことだが時期を問わず開催されていたのだろうか。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期10話)ではラジオが活躍。コメディア・デラルテの服装が再現されてて良い。犯人がわかる決定打がちょっと違ってたけど、あまりアレを目立たせたくなかった、ということかな? Royal Albert HallのVictory Ballは11/11夜開催のようだが、このドラマでは11/10夜から開催のような描写。
(2020-2-15記載)

⑶クラブのキング The Grey Cells of M. Poirot III. The Adventure of the King of Clubs(初出Sketch 1923-3-21) 単行本タイトルThe King of Clubs: 評価5点
コントラクト・ブリッジのネタが少々。知らなくても問題なしですが、ルールが解るとなお話が理解出来ます。
p97 母と組んで、『切り札なしの1組』と宣言したとき(I was playing with my mother and had gone one no trump): 母とペアを組んでる、ということは母の席はテーブルの反対側。ダミーの手が開かれており、ビッドは終わっている状況なので「宣言」は判断を誤らせる翻訳の間違い。(ここを読んで明らかにこの証言は嘘だと判断してしまいました) 試訳「私の『切り札なしの1組』でゲームが進んでいたとき」
p98 目鼻だちや肌の色が似ている(in actual features and colouring they were not unalike): 髪と目の色のことでしょうね。dark同様、何故、肌の色だと誤解するのか?(黒人が社会進出をはじめた頃は、確かに容貌のcolorはまず第一に肌の色だった。それが強い印象として結びついているのかも)
p104 スペードの3組(made a mistake in going one no trump. She should have gone three spades): スペードを切り札にすれば、3+6=9トリック勝てる手のはずだが… ということ。(この箇所は「宣言」でも問題なし。ここに引っ張られてp97の訳語となったのか)
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TVドラマのスーシェ版(1990, 1期9話)でもブリッジを小道具にしています。手札は全部裏返しになっており、ビッド中だったという設定。隣の家、というので間近に思ってたらかなり距離があり、日本のイメージで読んでいたと気づきました。
(2020-2-16記載)

⑻プリマス行き急行列車 The Grey Cells of M. Poirot V. The Mystery of the Plymouth Express(初出Sketch 1923-4-4) 単行本タイトルThe Plymouth Express: 評価5点
長篇『青列車』(1928)の素らしい。アガサさんは列車好きです。この事件は『ゴルフ場』(初出1922年12月号から連載)に引用されてるので、書いたのは結構早かったのでは?ジャップとの関係などの描き方もそんな感じ。
あまり好きな感じの犯人像ではないのですが、上手な構成の話。工夫して一生懸命書いています。
p238 十万ドル(a hundred thousand dollars): 米国消費者物価指数基準1923/2020(15.09倍)で1億6千万円。
p240 通廊つき(a corridor one): 各コンパートメントがそれぞれ独立していて行き来するには一旦地面に降りる客車と、各コンパートメントが通路で繋がっていて列車進行中でも行き来出来る客車の二種類があった。通廊つきは後者。
p245 鋼青色とかいう色に近いもの(the shade of blue they call electric): electric blueは落雷、電気火花、イオン化アルゴンガスのイメージで1890年代に流行。sRGB(44, 117, 255) (以上wikiより) steel blueは空色でくすんだ感じだが、electric blueは明るい空色。企業ロゴで言えばLAWSONの看板の水色。(Webでelectric blue dressを検索するとANAのロゴみたいな濃い青色が主流… ファッション用語なら濃い青の方なのかも)
p253 三ペンスつかって、リッツ・ホテルに電話(expend threepence in ringing up the Ritz): 英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で110円。公衆電話料金でしょうか。当時の電話は交換手を必ず通す仕組み。当時の3ペンス貨はジョージ5世の肖像で1920年以降は純銀から.500 Silverに変更、重さ1.4g 直径16mmは変わらず。
p256 半クラウン: 上述の換算で1080円。新聞売り子への法外なチップ。当時の半クラウン硬貨はジョージ五世の肖像で1920年以降は純銀から.500 Silverに変更、重さ14.1g 直径32mm。重くてデカいので印象抜群ですね。(2020-3-11追記)
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TVドラマのスーシェ版(1991, 3期4話)では服の色は空色。列車が出てくる映像は大好きです。鉄道ミステリ傑作選の映像版があったら良いですね。
(2020-2-16記載)

⑷マーケット・ベイジングの怪事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II IV. The Market Basing Mystery(初出Sketch 1923-10-17): 評価5点
密室の謎… は残念ながら単純に解明されちゃいます。後のポアロものの中篇「厩舎街の殺人」Murder in the Mews(1936)と設定が似てるらしい。
p119 植物好き(an ardent botanist): ジャップの趣味として紹介されてるが、ここだけか。
p121 ウサギの顔は可憐だが(That rabbit has a pleasant face,/ His private life is a disgrace./ I really could not tell to you/ The awful things that rabbits do): ヘイスティングスが口ずさんだ唄。作者不明の詩らしい。原文quoteなのでオリジナルではない。調べつかず。
p133 水兵はハンカチを袖にいれる(A sailor carries his handkerchief in his sleeve): Webにワトスン(グラナダTV版)が袖からハンカチを見事に取り出す画像がありました。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-2-29記載)

⑵潜水艦の設計図 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VII. The Submarine Plans(初出Sketch 1923-11-7): 評価5点
軍事機密の設計図もの。状況が面白いが中途半端な感じ。後に「謎の盗難事件」(The Incredible Theft 1937)として改作。
p45 官庁の公文書送達係(special messenger): 訳文のような意味があるのか調べつかず。郵便局の電報配達少年の「特別版」(至急便など)のような気がするが…
p46 デイビッド・マカダム現首相(David MacAdam):「首相誘拐事件」(Grey Cellシリーズ1第8話)に登場。
p46 大型のロールスロイス(A big Rolls-Royce car): Silver Ghostかな。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-3-5記載)

⑼料理人の失踪 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VIII. The Adventure of the Clapham Cook(初出Sketch 1923-11-14): 評価4点
作りものすぎて筋が通っていない。夫人のキャラだけが目立っている。The man on the Clapham omnibus(普通の男の典型例)という言葉があるようにクラパムには普通感が漂うようだ。(メイドとコックがいる家庭は今では普通とは思えないですね)
p270 くだらない失業手当(wicked dole): National Insurance Act 1911で失業手当が初導入された。最高額は週7シリング(=3023円、月額13098円)だった。
p270 マーガリン: 19世紀末の発明。
p285 相談料1ギニー: 9068円。普通っぽい謝礼金額。
(2020-3-7記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 1期1話)は実に納得のゆく話になっています。原作もそういう意図だったのかも。(ポイントは、当座の間だけ誤魔化せば良いと犯人が考えてたのが明白かどうか) 銀行のシーンで客(ポアロ)がティッカー・テープを読んでるシーンがチラッと映るのだが、株式市場の最新情報を提供するサービスなのかな?
(2020-3-20記載)

⑺コーンウォールの毒殺事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II X. The Cornish Mystery(初出Sketch 1923-11-28): 評価6点
アガサ的ミステリ世界がコンパクトにまとまってる印象。典型例として使えそう。
p197 管理人のおばさん(our landlady): この連作の“ハドスン夫人”なんだけど、いつも客の到来を告げるだけの役目でキャラづけ無し。ポアロたちの部屋は二階にあるので一階の管理人が来客を迎え、店子に到着を知らせる仕組みのようだ。名前(Mrs. Murchison)が出てくるのは1923年発表の25篇中では一回だけ。(『西洋の星』)
p204 年に五十ポンド: 43万円。若い娘の収入。
p211 安っぽいイギリス製のベッド(the cheap English bed): ポアロが感じる田舎の宿の恐怖。
p212 肌の浅黒い長身の青年(a tall, dark young man):「黒髪の」
p212 コーンウォール地方特有のタイプ(the old Cornish type): dark hair and eyes and rosy cheeksと表現。詳細はCornish people(wiki)参照。ローマ侵攻前のブリトン人(ケルト系)の末裔らしい。
(2020-3-11記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期4話)はかなり原作に忠実。サンドウィッチが美味しそう。『易経』をミス・レモンとヘイスティングズが試してるシーンあり。(有名な英訳は1882年James Legge訳のようだが、ドラマで使ってる本は違うようだ)
(2020-3-22記載)

⑸二重の手がかり The Grey Cells of M. Poirot, Series II XI. The Double Clue(初出Sketch 1923-12-5): 評価5点
この知識、英国人には一般的ではなかったのかな?(似たようなネタがアガサ作品のどこかで使われてた記憶あり) Vera Rossakoff伯爵夫人はこの作品が初登場。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期7話)は未見。見終わったら追記します。
(2020-3-13記載)

⑹呪われた相続人 The Le Mesurier Inheritance (初出The Magpie1923年Christmas号) 単行本タイトルThe Lemesurier Inheritance: 評価4点
Magpieは1923-1924の夏と冬に4号だけ発行されたSketch誌の特別増刊号、2シリング96ページ。
語りのテクニックが稚拙だが、陰影のあるラストがアガサさんらしい感じ。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-3-22記載)

(10)二重の罪 Double Sin (初出 週刊紙Sunday Dispatch 1928-9-23)

(11)スズメ蜂の巣 Wasps' Nest (初出Daily Mail 1928-11-20)

(12)洋裁店の人形 The Dressmaker's Doll (初出[Canada]Star Weekly 1958-10-25、トロント・スター紙の週刊版)
怪奇もの。

(13)教会で死んだ男 Sanctuary (初出This Week 1954-9-12〜9-19, 2回連載, 挿絵Robert Fawcett、連載タイトルMurder at the Vicarage)
ミス・マープルもの。

No.258 6点 顔のない男 ピーター卿の事件簿2- ドロシー・L・セイヤーズ 2020/02/08 23:52
日本での編集版(2001年4月)、ピーター卿短篇集の第2弾。最近『大忙しの蜜月旅行』を出すんだから、ついでに第3弾も是非。解説は真田啓介さん、いつものように素晴らしい。
先に第1弾を読むつもりでしたが、本棚のどこかに潜り込んでるらしく行方不明。
例によって少しずつ読んでゆきます。暫定評価点は6点で。
トリビア中の[BP]はBill PeschelのサイトAnnotating Wimseyからのネタ。

⑴ The Unsolved Puzzle of the Man with No Face (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価7点
素晴らしい語り口。流れるように物語は進み、キレの良い結末で幕。BBC1943年のラジオドラマ、残ってるかなあ。是非聴いてみたいです。レギュラー・キャラでは新聞記者のサルカム・ハーディが姿を見せます。
p10 公定休日(バンク・ホリデイ): Bank Holidayは英国議会でBank Holidays Act 1871により定められた公定休日。1928年時点のイングランドでは当初制定のEaster Monday(3月~4月)、Whit Monday(5月~6月)、8月第1月曜日、Boxing Day(12/26)の四日のみ。作中時間は泳げる季節の「暑い週末(p54)」なので「8月第1月曜日」ですね。1927年なら8月1日が該当。
p10 三等車の客も一等車になだれ込んで(overflow of thirdclass passengers into the firsts): もともとの客が貸し切る予定で余分のお金を払った(paid full fare for a seclusion)のに、そのコンパートメントにもとの客を含め8人の乗客を詰め込んでるが、良いのだろうか。後で返金されるのかな?
p25 ネグレッティ&ザンブラ商会(Messrs Negretti & Zambra): [BP] 1850年創業の科学機器販売会社。このくだりは商会の温度計で観測した記録的な猛暑(rocketing thermometrical statistics)のニュースだろうと言う。(宮脇さんは商会の株価が温度計のように急上昇したニュースとして訳している) ニュース素材として考えると[BP]の解釈が合っている感じ。Webに1901年1月15日この会社の政府公認温度計がカナダのYukon準州Dawsonで-68℉(-55.5℃)を記録した時の写真がありました。
p27 好評な広告、クライトン(Crichton’s for Admirable Advertising): 広告会社のキャッチ・フレーズ。もちろん架空。セヤーズさんが当時(1922-1931)働いてた広告業界の人々が描写されてます。
p33 猿も木から落ちる(Bally old Homer nodding): ことわざeven Homer nods(ホメロスの居眠り)より。
p49 戦争のどさくさで出世(pushed into authority during the war): 日本で言う「三等重役」ですな。
p53 あまたの波の笑い声(the innumerable laughter of the sea): ギリシャ語が出てくるのに潔く訳注なし。Aeschylus PV89-90より。アイスキュロス作『縛られたプロメーテウス』(Prometheus vinctus, c470BC 偽作らしい)からの引用のようだ。
p55 ツグミのごとく…(I sing but as the throstle sings,/Amid the branches dwelling): こちらも訳注なし。[BP] ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796) 第二巻 第11章より。
p58『真実とは何ぞ?』とからかい半分にピラトは言った(“What is Truth?” said jesting Pilate): 引用だと気づきませんでしたが、[BP]Francis Baconのエッセイ“Of Truth”(出版1601)からの引用とのこと。元々はヨハネ福音書18:38 Pilate saith unto him, What is truth?(KJV) 文語訳: ピラト言ふ『眞理とは何ぞ』
(2020-2-8記載)

⑵The Fascinating Problem of Uncle Meleager’s Will (初出Pearson’s Magazine 1925-7): 評価6点
妹メアリも登場して賑やかな感じの楽しい作品。クイズ部分はあっさり読み飛ばしました。
忠実な執事バンターですらハマっているクロスワードパズルは1913年米国で発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初らしい。Daily Express紙は同年1924年、Daily Telegraph紙は1925年からだという。
さて、翻訳の難しい本作ですが、原文ではp79-97の答えはもちろん別ページに完成図を収録。それぞれの答えについてるコメントは訳者の親切で、原文にはありません。p98以降の会話にも答え関連の単語は一切出てきません。(「賛美歌」,「CANTICLE」,「旧約のソロモンの雅歌」,「31番目」は訳者の付加) なので、クイズ部分を飛ばして物語を読みおわっても、後から解く楽しみが残っている、という次第。作中時間は『雲なす証言』後の6月、ということは1924年か1925年。英国の新聞紙へのクロスワード初登場以降である1925年6月が有力か。
p60 かすれた軽いテナーの声(In the husky light tenor): ウィムジイの声質。
p60 ママン、ディット・モア(Maman, dites-moi): 作者不詳のフランス伝統歌。J. B. Weckerlinの編曲で知られているようだ。
p61 石鹸がない(‘No soap’): 原文はバンターの発言(か内心の声)。「もしかして石鹸が無かったかも」と自分の手落ちを疑ったのか。
p62 アルフレッド(Alfred): 鍵は「六文字で最後がredで終わる無関心な料理人」(indifferent cook in six letters ending with red) 「下手な料理人」の意味かも。ピーター卿シリーズにこの名のコックは出てこないようだが… 調べつかず。
p62 名探偵(Sherlock): 素直に「シャーロック」と訳せば良いと思います。
p62 ソヴィエト・クラブ(Soviet Club): 『雲なす証言』でお馴染み。「友人ゴイルズ」云々のシーンも出てきます。
p67 25万ポンド(£250,000): 英国消費者物価指数基準1925/2020(61.20倍)、£1=8683円で換算すると約22億円。遺産。
p71 ラジオ(his wireless)… サヴォイ楽団の演奏(the Savoy bands): Savoy Hotelの楽団、という意味か。Debroy SomersのSavoy Orphans(1923-1927)などが有名。
p71 デイリー・イェル紙の… 懸賞で十ポンド(£10 prize in the Daily Yell): 86831円。新聞は架空。懸賞金もクロスワード流行の一因だった。
p77 おお、素晴ら楽しき日よ!カルー!カレー!(O frabjous day! Callooh! Callay!): frabjousはルイス・キャロルの造語。fair, fabulous, joyousを混ぜたものらしい。最新の高山宏訳(2019)では「なんたるふらぶる日か、軽う!華麗!」、宮脇訳の方がずっと良いですね。叫び声は「キャルー、キャレー」(角川文庫 岡田忠軒訳だったかな)が狂気じみてて好き。
p98 俗称(Vulgate): ウルガタ聖書(ラテン語訳)で「ソロモンの雅歌」(KJV: Song of Solomon)はCanticum Canticorumと訳される。この英語直訳がCanticle of Canticles。
p98 少しうしろを見よ(look a little further back than that): やや古いのを見よ、の意味か。(ウルガタ聖書は5世紀初めに成立し、15世紀に公認された)
p99 おお、わが鳩よ…:
改訳聖書(p99)English Revised Version(旧約は1885年出版) O my dove, that art in the clefts of the rock, in the covert of the steep place
宮脇訳: おお、わが鳩よ、汝は岩間におり、断崖の隠れどころにおる
欽定訳聖書(p100)King James Version(1611年出版) KJV (略) in the clefts of the rock, in the secret places of the stairs
宮脇訳: (略) 岩の裂け目のあいだに、階段の秘密の場所に
前半は同じに訳して良い気がします。なお、文語訳は「磐間にをり 斷崖の匿處にをるわが鴿よ」
p101 九か月ほど前(about nine months previously): 隠した時期。となるとクロスワードの英国での流行と時期が若干ズレるが、クイズは隠した後で作成した、とも考えられる。(以前はアクロスティックに凝ってたというので、当初はそっちでクイズを構成していたのかも)
p102 南アフリカの四足動物で、Qで始まる六文字(a South African quadruped in six letters, beginning with Q): 締めのクイズには作者からの答えなし。[BP]に回答案がありました。(多分正解)
(2020-2-15記載)

⑶Beyond the Reach of the Law (初出Pearson’s Magazine 1926-2 挿絵John Campbell) 単行本タイトルThe Unprincipled Affair of the Practical Joker: 評価5点
Practical Jokerと言えば『いたずらの天才』The Compleat Practical Joker(1953) by Harry Allen Smithをすぐに連想してしまいます。子供の時、読んで非常に感銘を受けた名著。(変ですか?) どうやら絶版らしい… (乱歩物件でもありますよね。)
本作は、企みが単純で、ピーター卿に余計な属性を付け加えてる。スーパーマンの主人公は読者の興味を確実に減退させます。前段の女性の説明を聞いてどういうシチュエーションかよくわからないのは私だけ?
レギュラーキャラはバンター、マーチバンクス大佐、フレディ・アーバスノット、インビィ・ビッグズ。フレディに「私」は似合いませんが…
p104 ピーター・ウィムジイ卿(従者1名)(Lord Peter Wimsey and valet): 宿帳の記名。従者の名前は不要なのか…
p107 ソブラニー(Sobrany): 王室御用達のタバコ(1879年創始)
p106 アッテンベリーのダイヤモンドの事件(Attenbury diamond case): エメラルドとも書かれているピーター卿の語られざる初事件。
p107 ピーター卿の容貌(the sleek, straw-coloured hair, brushed flat back from a rather sloping forehead, the ugly, lean, arched nose, and the faintly foolish smile): 詳しい描写はここが初めてかも。
p108 顎の下にひげ(grew a Newgate fringe): [BP] 顎の下部、又は顎と首の間のヒゲ。絞首刑のロープがあたる部分なのでこの名がある。
p108 アルジーなんて間抜け名前をつけられた者みたいに(always to look as if one’s name was Algy): Algernonの愛称。Bulldog Drummondシリーズに戦友のAlgy Longworthというレギュラーキャラ(1922年の映画などにも登場)がいるが…
p109 新軍の軍人で、正規軍に移った(New Army, but transferred himself into the Regulars): New Armyはキッチナーの主導(例のポスターが有名)による1914年からの志願兵。あまりに多くの新兵が集まったので装備も訓練も行き届かず、待遇も正規兵とは違うものだったようだ。
p111 わたしは捨てられたのです: 気持ちがこもってる感じなのはセヤーズさんの実体験から?
p114 ここら辺のやりとりはContract bridgeのビッド。ピーター卿とビッグズ、フレディと大佐がペア。このビッドはワン・ノートランプ(切り札無しで7トリック勝つ)で成立、ダミーはビッグズ、最初のプレイヤーはフレディ。最初のトリックはピーター卿がハートのエースで勝ち、次のトリックが始まる前にメルヴィルが登場。(ブリッジはアガサさんの『ひらいたトランプ』を読んでから、ちゃんとしたことが知りたくなって勉強したなあ…)
p114 ぼくとメルヴィルの組(Melville and me): ピーター卿は対面して座りたかったようだ。
p117 二十シリングのリミット(a twenty-shilling limit): レイズの幅£1=8730円(1926年基準)、結構な額だと思うが、ギャンブラーには不満。
p120 メルヴィルの部屋(Melville in his own room): 舞台はクラブだが、メンバーには自室が用意されるものなのか。
(2020-2-15記載)

⑷The Bibulous Business of a Matter of Taste (初出 短篇集”Lord Peter Views the Body” Gollancz 1928): 評価4点
なんでこんなの書いたんだろう。作者本人が執筆したファンアート(二次創作)。おまけに銃の名手という属性までつけて… 呆れます。
p129 お馴染みのウィムジイ面: narrow, beaky face, flat yellow hair, and insolent dropped eyelidsと表現。
p131 ボンネットばかりが目立つ巨大なルノーのスーパー・カー: Renault Reinastellaか。(1928年なので、モーターショー出品時の名称Renault Renahuitが正確か) 前のモデル40CVならそれほどボンネットのお化け感は無い。
(2020-3-10記載)

⑸The Queen’s Square (初出 短篇集“Hangman’s Holiday” Gollancz 1933)
⑹ In the Teeth of the Evidence (初出 短篇集“In the Teeth of the Evidence” Gollancz 1939)
⑺Striding Folly (初出Strand Magazine 1935-7)
⑻犯罪実話The Murder of Julia Wallace (初出Evening Standard 1934-11-6, 加筆して研究書“The Anatomy of Murder: Famous Crimes Critically Considered by Members of the Detection Club” Bodley Head 1936に収録)
⑼探偵小説論 “Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror” Gollancz 1928の序文

No.257 7点 三つの栓- ロナルド・A・ノックス 2020/02/08 10:33
1927年出版。ブリードン第1作。読みやすい翻訳。解説は真田啓介さんの力作。
冒頭近くにブリードンと妻との馴れ初めが書かれています。戦争中につかまったのね。謎は小粒ですがなかなか考えられており、出てくる登場人物の会話が良い。夫婦の茶々も微笑ましい。起伏ある展開で、程よいスリルもあり、解決も納得です。(三つの栓の図は第25章じゃなくて第4章で示すべきだと思います)
グロい要素は全く無く、穏やか過ぎて、全カトリック推奨図書みたいなのが欠点? お子様にも安心して読ませられますね!(でも子供にはこの面白さはわからないだろうなあ。某社ジュニア・ミステリってなんか方向性が違う… ハック・フィンがトム・ソーヤより受けなかった故事を思い返して欲しい)
以下トリビア。
作中時間は、p34で六月十三日がブリードン夫妻の到着の2日前と記載され、1日前が火曜日(p35)で事件発生日だという。日付と曜日から1927年6月14日火曜日が該当。(1921年も候補だが、ちょっと遠い気がする。)
現在価値は英国消費者物価指数基準1927/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算。
副題がA detective story without a moral(教訓なしの探偵小説)となっています。なぜわざわざmoralに言及してるんでしょう?
献辞はDEDICATED TO Susan and Francis Baker / ONLY HE MUSTN'T SIT UP TOO LATE OVER IT(でも彼はこの本で夜更かししちゃ絶対駄目) Francisだけに対する注意って、夫の方が重度のミステリ・ファンなのか。それとも子供なのか。
p9 安楽死保険(Euthanasia policy):「安楽死保険」は商品としてありえないネーミングだし、意味がずれて違和感あり。ギリシャ語εὐθανασία(eu+thanatos)の英語直訳はwell or good death。いつ死んでもいいように準備しておく保険なので「平穏長眠保険」、「安心往生保険」あたりでどう?(と思ったら「あとがき」p253、p275でも違和感が表明されてます。普通、そう思うよね。)
p10 答えは明らかに否である(Apparently not): apparent(明白、明瞭)を副詞形にして文頭に使うとニュアンスが変わって「一見、そー見える(けど違う)」の意味になる。前文を受けApparently he does not feel thatで試訳「外見上はそんな風でもないが、実際にはそう感じているはずだ。」(2020-2-8修正及び以下追記) “Apparently not” means that you originally thought something was right but it’s actually wrong. Web上でネイティブがこう記しているのを考慮すると、前文を受けるのではなく、Apparently notを成句と解釈して「そうも考えられるが、実際には違うだろう。」という意味が適切か。
p19 三十そこそこ(still in the early thirties): かろうじて三十前半、というニュアンスではないか。
p20 戦争: 1914年に22歳くらいか。(大学卒業ごろに戦争が勃発し、進路に悩む必要がなくなった、という風にも読めるので) とすると1927年には34〜35歳、p19の英語表現に合う。(事件発生1921年説は28〜29歳なので合わず)
p25 災厄の積み荷(Load of Mischief): あとがきp275に解説あり。understateを通り越した自虐は英国趣味のような気がする。
p26 ロールス(Rolls): ロールス・ロイス。ブリードン夫妻は結構良い暮らしをしているようだ。
p26 小麦で育てるものだから、手に負えなくなってきている(You've been feeding him corn, and he is becoming obstreperous): コーン・フレークなんか食べさせるから我儘になってるんじゃないか、という意味か? 英国にKelloggのCorn Flakesが上陸したのは1920年代だという。
p32 古風な感想帳(old-fashioned visitors' book): 客が感想を書き会う日誌。発祥はいつ頃からか。
p38 電灯が引かれていなかった… アセチレンガスを供給する装置… ランプをともす…(no electric light… was lighted by acetylene gas from a plant): 全英を網羅する高圧電力網(National Grid)が完成したのは1933年。アセチレンは人体に無害なので死ぬとしたら酸素不足による窒息死ですね。(2020-2-8訂正)
p44 五ポンド賭ける(having a fiver on it): 44578円。なんでも賭けちゃう英国人。あとがきp275にも解説あり(日本円への換算は無し)。
p47 土地から名前をつける習慣は妙に英国的(this habit of naming the man from the place is curiously English): 多くの民族(ウェールズ人やロシア人など)は祖先の苗字を名乗り続けるがイングランド人は移住すると土地の名を苗字とする、という。調べていません。
p48 ある物語で、年中、友人に池を浚いに来てくれと頼む人物が(who was the character in Happy Thoughts who was always asking his friend to come down and drag the pond): Happy Thoughtsは原文イタリック。調べつかず。
p58 タモシャンタン帽(tam-o'-shanter):「タモシャンター帽」の誤植か。スコットランドの民族帽(tammie)。19世紀にRobert Burnsが流行してから、その詩Tam o' Shanter(1790)にちなんで言われるようになった。
p59 几帳面な人間なら八日巻き時計は日曜に巻くものだ(A methodical person winds up his eight-day watch on Sunday): 1900年代初頭のスイスで発明。週に一度巻けば良い、ということで、1931年のロレックス自動巻きが現れるまで流行。フロントダイアルにfly wheelが見えているデザインが多いらしい。
p60 安物の大きな聖書… 配布する団体… 各部屋に一冊ずつ(a large, cheap Bible… a Society which provides those… one for each room): ホテルの各部屋用に聖書を無料配布したのは米国のGideon Societyが最初(1899)らしい。
p73 電報: 急ぎの用事は電話ではなく電報の時代。
p85 司祭は教区から教区へ転々としない(our priests don't swap about from one diocese to another): カトリックではそうだ、と登場人物(カトリック司教の秘書)がいう。だがブラウン神父も、そのモデルとなったJohn O'Connor神父も結構教区を変わってるようだが… ノックスが間違えるとは思えないのでdioceseの解釈が違うのか。詳しく調べていません。
p92 五十万ポンド: 44億円。莫大な遺産。
p105 カリポリ(Callipoli): この煙草ブランド名は架空と思われる。
p107 ディナー用のドレス(dress for dinner): イブニングドレスよりも肌を出す部分が少なく、丈も極端に長くなくスカートもさほど大げさではない。全体的にくつろいだ感じのものが多く見られる。(ファッション用語は全然わからないのでfashionseni.blog.ss-blog.jp/2013-03-25から引用) なるほどね。
p108 ピュージ(Pusey): 訳注 1800-1882 英国の神学者、宗教改革指導者。Edward Bouverie Puseyのことらしい。「最後の審判の日を絶景と呼んだ(calling the Day of Judgement a fine sight)」のかな? 調べつかず。
p110 探偵の口は堅いというのは、小説家の作り事(The strong silence of the detective… is a novelist's fiction): 探偵小説への言及。黄金時代の特徴。
p113 本物の銀にはライオンが刻印されている(every genuine piece of silver had a lion stamped on it): アンジェラが子供の頃に教わったトリビア。純銀を示すHallmarkのthe lion passantには17世紀からの伝統があるらしい。
p121 宿の女中(barmaid): ここでは宿のメイドを指す語として使っている。バーがある場合に使う語のように思われるが… (この宿にはバーがある感じではない)
p121『喜んで』(Raight-ho): right-ho, rightoの訛りか。英国のinformal(くだけた)用法でan expression of agreement or compliance、yes, certainlyの意味。
p159 いつも[カードを]二組持ち歩いています(I always travel with two [pack]): 2組のカードを使うソリティア(Spiderなど)があるから?
p180 千ポンド… すべてイングランド銀行の紙幣(a thousand pounds..., all in Bank of England notes): 892万円。当時(1925-1929)のBank of England noteは5, 10, 20, 50, 100, 200, 500, 1000ポンド札の8種類。デザインはいずれも白地に文字だけ、裏は無地の札(White Note)、サイズは5ポンド紙幣が195x120mm、10ポンド以上は同じ寸法で211x133mmとかなり大型。(1945年4月までWhite Noteの体系は変わらず、古い英国映画などに出てきます。) わざわざ「イングランド銀行の」と言ってるのは、当時(1914-1928)は1ポンド札以下の小額紙幣を財務省(Treasury)が発行しており、あったのは全て高額紙幣だよ、という意味か。
p186 映画: 牧師館の裏納屋で開かれる、この村の金曜夜のお楽しみ。牧師館にも電気は来てない設定なので映写時の電気をどうやって確保したのか。自動車のバッテリー?映写機って結構パワーを必要とするように思うのだが。
p195 車椅子(invalid's chair): Web検索するとwheel chairとは違うタイプがある。どうやって動かすのだろう?後ろから押す専用か?
p196 玉転がしのゲームが終わるまで戦は待てと命じたドレイク(Drake insisting on finishing his game of bowls): Sir Francis Drake(1543頃-1596)は1588年無敵艦隊との戦いで、開戦前にPlymouth Hoeでlawn bowlsを楽しんでいたところにスペイン艦隊接近の報せが届いたが、ゲームをすませて奴らをやっつけるのに充分な時間があるから、このゲームが終わるまで待てと言った、という伝説(目撃証言なし) 。(wiki)
p197 中国語のタイプライター(Chinese typewriter): 1917年に上海のHou-Kun Chow(周厚坤)が最初に発明。4000文字用だったという。(wiki)
p199 時代遅れのミュージカルの一節(an out-of-date musical repertoire)… 娘たちはみな泣き出した…(All the girls began to cry, Hi, hi, hi, Mister Mackay, Take us with you when you fly back to the Isle of Skye): 調べつかず。明らかにスコットランドねた、Harry Lauderあたりか。
p205 火が地に向かって走った(the fire ran along the ground): Exodus 9:23 (KJV) “And Moses stretched forth his rod toward heaven: and the LORD sent thunder and hail, and the fire ran along upon the ground; and the LORD rained hail upon the land of Egypt.” (文語訳: モーセ天にむかひて杖を舒たればヱホバ雷と雹を遣りたまふ又火いでて地に馳すヱホバ雹をエジプトの地に降せたまふ)
p210 八マイル[少々]を十二分で: 平均時速97キロ。
p211 そこがむかつく点なのさ—失礼、奥さん(That's the devilish part of it—I'm sorry, Mrs Bredon): 罵り語を使ったら、その場にいる女性に詫びるのがエチケット。
p212 郵便列車(mail train): 最優先というルールなのでしょう。
p212 女中に渡すチップの二シリング(a tip of two shillings for the barmaid): 891円。
p236 反転する立方体の錯覚(the optical illusion of the tumbling cubes): Rhombille tiling(Tumbling Blocks)は寄木細工模様として古代ギリシャのデロスや11世紀のイタリアの床タイルに見られる連続模様。私はこの部分を読んでて単独の線画立方体Necker cube(1832)の方を連想してました。

No.256 6点 火曜クラブ- アガサ・クリスティー 2020/02/04 23:16
1932年6月出版。深町 眞理子さんの創元新訳(2019)で読んでます。訳注は各篇の最後にまとめず同じページに収めて欲しいです。
40年前に読んでいますが、もちろん全然覚えていません。(昔の創元文庫の方だったと思います…)
本当は第2作『秘密組織』を読む予定でしたが、偶然、書店で見つけて思わず買っちゃいました。
冒頭を読んで、ああ、この設定、バークリーはパクったな、と感じました。バックグラウンドの違う数人が犯罪をネタに語り合う、という雰囲気がとても似ています。シェリンガムの犯罪研究会の方は週一回月曜日の会合。(アガサさんのこの設定の元ネタも探せばあるのかな?) 本書収録短篇の初出は最初の6篇がThe Royal Magazine 1927-12〜1928-5なので『毒チョコ』(1929年6月出版)がヒントにするにはちょうど良い時期。バークリーがこの連載を知らなかったとは思えません。
英国初出順に少しずつ読んでゆきます。全体の暫定点は6点で。なんだかとても懐かしい感じ。(なんせアガサさんは私の故郷なので…)
以下、カッコつき数字は単行本収録順。単行本(The Thirteen Problems, 米題The Tuesday Club Murders)では若干順番を変えています。タイトルは初出のもの(FictionMags Index調べ)を優先しました。
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献辞は「レナードとキャサリン・ウーリーに」
Leonard Woolley(1880-1960)は英国の考古学者で妻はKatharine Woolley。Leonardのassistantの一人がMax Mallowan。アガサさんは離婚直後の1928年にロンドンのディナー・パーティで熱心にバグダッドとウルについて語る若い海軍夫妻に偶然出会い、その影響で二日後のジャマイカ行きをキャンセルし、オリエント急行に乗って初めて中東旅行をすることにした。ウルで出会ったウーリー夫妻は『アクロイド殺人事件』の大ファンで、初対面にもかかわらず丁重にもてなしてくれた。マローワンに初めて会ったのは、2回目のウル旅行の時(1930年3月)で、彼とは1930年9月に結婚。(Agatha Christie Wikiより、クリスティ自伝により2020-2-5修正)
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⑴ The Tuesday Night Club (The Royal Magazine 1927-12): 評価6点
6ヵ月連続連載のThe Royal Magazineはピアスン発行のイラスト入り雑誌。(このシリーズのイラスト担当はGilbert Wilkinson)
ミス・マープル初登場。登場人物たちのさらっとしたスケッチが上手い。まずは小手調べ、といった内容。第1回目は元警視総監サー・ヘンリーの話。
p20 コンパニオン♠️訳注によると「良家の女性が就いて恥ずかしくない、数少ない職業だった」とのこと。なるほどね。アガサさんの小説には結構登場してた記憶があります。
p21 すこし前に、ある夫が妻を毒殺するという事件が(there had recently been a case of a wife being poisoned by her husband)♠️この事件発生(語ってる時点の「一年ほど前(p19, a year ago)」なので1920年代前半ごろか) 実在の事件を指してる?調べつかず。
p22 八千ポンドの遺産♠️英国消費者物価指数基準1927/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算すると8000ポンドは7132万円。
p26 バンティング療法♠️William Banting(1796-1878)有名な葬儀屋。初めて食事制限による痩身法を広めた人。炭水化物、特にでんぷんや砂糖の摂取を控える方法だった。
p30 毎日マットレスを裏返す… もちろん金曜日は別♠️スプリング式ベッドマットレスの発明前、羽毛マットレスは毎日ひっくり返してふっくらさせる必要があった。金曜日に(場合によっては日曜日にも)マットレスをひっくり返すのは不吉だという迷信があった。(The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Irelandより)
(2020-2-4記載)
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⑵ The Idol House of Astarte (The Royal Magazine 1928-1): 評価5点
クリスティ自伝を読むと、⑴〜⑹を書いた頃のアガサさんは離婚しようか悩んでた時期。そして⑺〜(12)を書いた頃は、中東に魅せられ新しい人生が始まる予感たっぷりの時期。多分それがクリスティ再読さまが指摘する作品の出来となって現れているのだろうと思います。そして私が⑴で感じた「懐かしさ」というのは悲しい時には心地良い話を書きたい、という作者の当然の心理のなすところでしょう。
本作は老牧師ペンダー博士の語り。(登場人物が次々と語るのは『カンタベリー物語』っぽい感じですね。) 運命を受け入れる話。
p37 “幽霊”… 元気盛んで、はた迷惑な(‘ghosts’… robust personality)◆くっくと笑いながら元警視総監が言う。ghostは犯罪関係の隠語か? 調べつかず。(Hammersmith Ghost murder case 1804というのがあるが関係ありかなぁ)
p38 ダートムア(Dartmoor)◆といえばシャーロック・ホームズのバスカヴィル家ですね。今回調べるまでずっと北のほう(スコットランドの近く)だと思っていました。
p60 クロックゴルフ(clock golf)◆1905年の用例(Miamiのホテルで行われた)が残っている。円形のグリーンの周りに時計の文字盤のように番号をセットし、ボールを番号のところに置き、中心のカップに向けてパットする。番号順に回って次々とパットするゲームらしい。
p63 南極探検(an expedition to the South Pole)◆Robert Falcon Scott(1868-1912)の南極探検は1回目が1901–1904、2回目は1910-1912。
(2020-2-5記載)
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⑶ Ingots of Gold (The Royal Magazine 1928-2): 評価5点
語り手はレイモンド。こちらも不吉なムードが支配する話、内容は他愛のないもの。
p86 かの有名なプリンスタウンの刑務所: PrincetownにあるのはHM Prison Dartmoor 1809年の創設。この作品の頃にはsome of Britain's most serious offendersを収容していた。(wiki)
(2020-2-6記載)
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⑷ The Bloodstained Pavement (The Royal Magazine 1928-3): 評価5点
画家ジョイスの語り。コーンウォールは「むかしなつかし」の地で、観光バス(p91, charabanc)で観光客が押し寄せるようなところらしい。(wiki: Culture of Cornwall参照) この話自体は暗いトーンで単純なもの。
(2020-2-7記載)
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⑸ Motive vs. Opportunity (The Royal Magazine 1928-4): 評価5点
事務弁護士ペザリックの「地味」な話。クローズアップ・マジック風味。でも昔読んだこのトリック何故か覚えていました。読者の気をそらす演出が不足してるので驚きも半減。
(2020-2-7記載)
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⑹The Thumb Mark of St. Peter (The Royal Magazine 1928-5): 評価5点
ミス・マープルの話。謎は単純。執筆の頃のアガサさんが「無分別な行動」で世間から噂のまとになっていたのはご承知の通り。(そのため海外旅行が好きになり、中東の美を発見することになる。) 「うわさ話ほど残酷なものはない… 闘うこともまたむずかしい…」
ミス・マープル第1シリーズはここまで。確かに皆さんご指摘の通り、大したことない話ばかりです。
p138 お手伝いのクララに食事宿泊特別手当を(put Clara on board wages)♣️通いのお手伝いに泊まって貰う時の食事等の日用品代として上乗せする賃金のようだ。色々調べてたら1909年の住み込みメイドの年収が20ポンドで、平均(いつのものか不明)の£20 13s 4dに近い、というデータがありました。英国消費者物価指数基準1909/2020(119.82倍)で、それぞれ337848円、349038円。月収29000円ほど… Samuel & Sarah AdamsのThe Complete Servant: Being a Practical Guide to the Peculiar Duties and Business of All Descriptions of Servants(1825)によると、16000ポンド(英国消費者物価指数基準1825/2020(94.07倍)で約2億円)の収入があった郷紳一家のハウスメイド(住み込み)の年収は15ギニー(21万円)で、board wageは女性が週10シリング(6631円)、男は12シリング(7957円、酒手分?)だった。執事は50ギニー(70万円)、フランス人コックは80ギニー(111万円)で使用人中一番の高級取り。(二番目は猟場管理人70ギニー、三番目が執事) 当時の使用人の情報満載のこの本Google Playで無料です。
p138 家宝のチャールズ王時代の把っ手蓋つきジョッキ(タンカード)を銀行に預け(the King Charles tankard to the bank)♣️原文に「家宝」無しだが値の張るもの、というニュアンスで付加したのでしょう。不在時の泥棒対策でこーゆーものを銀行が預かってくれるというのは便利ですね。(いや、もしかして「金庫」の意味か?)
(2020-2-8記載)
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⑺ Miss Marple, No. I. The Blue Geranium (The Story-teller 1930-12): 評価5点
The Story-tellerはピアスン発行のイラスト無しの小説誌。チェスタトンの作品を良く載せています。
1928年(1929年説のほうが妥当か)10月頃の第1回中東旅行で、アガサさんには様々な良い出会い(キャサリン・ウーリー、兄モンティを良く知る老軍人、ダンの著作『時についての実験』を貸してくれた英印混血の男などなど)があり、すっかり中東好きになって帰国。1930年3月には第2回目の中東旅行を行い、そこでマローワンに出会います。ミス・マープル第2シリーズは、この旅行の前に書き上げたもの。
バントリー大佐の話。作者の語り口が全然違う。会話としてのうねりがあります。犯罪研究っぽい第1シリーズに比べ、普通の人たちによる他愛無い噂話な感じ。(ディナーに集まった六人の話、と言う設定なので、第1シリーズとは違い一晩で六話が語られます。) 今回の謎自体は大したものではありません。クリスティ自伝を読んで、夫を支配する妻のキャラはわがままな女王タイプだったキャサリン・ウーリーの影響があるのかも、と思ってしまいました。
p167 ジェーン(Jane)♠️女優の名。ミス・マープルと被っています。大体ジェーンってパッとしない名前という印象があるんですが… ところでミス・マープルのファースト・ネームが初めて明かされたのは第1シリーズではなく1929年12月発表の本書⑽「クリスマスの悲劇」(p290)です。(本当は雑誌を確認する必要がありますが…) 本書では他に(12)「バンガローの事件」(p372)に出てくるだけで、それ以外は全て「ミス・マープル」(『牧師館』初出はChicago Tribune紙1930-8-18〜10-30では名前が呼ばれてたかなあ。未調査。2022-1-15に再調査したら本書(1)冒頭に“His Aunt Jane’s house”とありました。反省… なお『牧師館』でもちゃんとAunt JaneとかJane Marpleとか記載がありました)
p168 舞台顔より素顔のほうが一段と美しい(というようなことがありうるならば、だが)♠️最初読んで意味が取れませんでした… 原文more beautiful (if that were possible) off the stage than on 深町さまに対抗するなんておこがましいですが試訳「舞台より素顔がさらに美しい(「さらに」は困難なほどの美しさだが)」
(2020-2-9記載; 2022-1-15追記)
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⑽ Miss Marple, No. II. The Hat and the Alibi (The Story-teller 1930-1) 単行本タイトルA Christmas Tragedy: 評価6点
ミス・マープルの語り。クリスマスの話なので掲載が繰り上がったのかも。(本来は⑼が先に掲載される予定だったのでは?) 雑誌版では冒頭がカットされてたのでしょう。鮮やかな解決になるのは語り口が上手なため。
p274 ハイドロ◆1926年アガサ失踪事件で発見された場所が、Swan Hydropathic Hotel in Harrogate。うわさ話に対する反応も第1シリーズ⑹とは違う感じです。
p277 キッチンのシンク(a sink)◆ロマンティックでないものの代表。若者のそういう言い方があったのか。
p280 市電(a tram)◆電車のtramwayは1900年代に各地で開設されていた。(それ以前は馬車や蒸気のtramway、19世紀末に設置) 一番早く市電が走ったのはBlackpool(1885)。この話に出てくる二階建て車両も当時から結構あったようだ。
p285 二度あることは三度ある(Never two without three)◆フランス語のことわざJamais deux sans troisが起源らしい。フランスでは13世紀に遡るという。(当時は3回目は成功する、という意味だったようだ。)
p286 持病のリューマチ(my rheumatism)◆ミス・マープルはリューマチ持ちだったのか。
(2020-2-9記載、p274は2020-2-11追記)
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⑻ Miss Marple, No. III. The Resurrection of Amy Durrant (The Story-teller 1930-2) 単行本タイトルCompanion: 評価5点
語り手は村の医師。筋立ては単純ですが悲哀を感じます。コンパニオンの心理ってどうなのだろう。雇われてるのに友人みたいな関係。かなり卑屈になりそう… 「仕事」として割りきれるような作業もないのでは、と思う。
p202 タンゴ… 踊り♣️艶かしく絡み合うようなダンス。ヨーロッパでは1915年くらいからの流行。
p203 ホランド・ロイド社の客船(a Holland Lloyd boat)♣️Royal Holland Lloyd(Koninklijke Hollandsche Lloyd)はAmsterdam〜Buenos Aires間の客船を運行(1899-1935)、確かに途中Las Palmasに寄る航路です。
p203 化粧品のたぐいはいっさい用いてない(innocent of any kind of makeup)♣️四十代の育ちの良さそうな英国女性の描写だが「派手な化粧とは無縁」のニュアンスでは?
p204 べデカー旅行案内(Baedeker)♣️Karl Baedekerが1827に創業したドイツの出版社。四代目の社長Fritz Baedekerのもとで世界各地(73カ国)の案内書が発行され、英語版は21カ国(1872-1914)を用意していた。
p207 黒のメリヤスの水着(in the black stockinet costume)♣️どんな感じの水着なのか。WebにCotton or stockinette? Old and new swimming costumes at the Arlington Bathsという考察がありました。
p221 十万ポンド♣️英国消費者物価指数基準1930/2020(65.79倍)で9億円。遺産。
p226 老齢年金(the old age pension)♣️英国ではOld-Age Pensions Act 1908により創設。一人週5シリング(1908年だと4295円、月額18612円)が70歳以上に支給された。(夫が70歳以上の夫婦には週7シリング6ペンス=月額27918円)
(2020-2-15 記載)
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(11) Miss Marple, No. IV. The Herb of Death (The Story-teller 1930-3): 評価6点
語り手は大佐夫人。その人っぽい語り口を工夫するのは結構大変だと思うのだが、それっぽく上手に作っている。キャラが作者の中で生きてるためだろう。ミステリ的にも好きな作品。
p308 ミセスB… 前にも… 安っぽく聞こえる(Mrs B. …. I’ve told you before …. It’s not dignified)♠️ヘンリー卿のしつこい「ミセスB」呼びの意味がわからない。「前にも」と言ってるが、本短篇集には出てこない。
p308 カタログ♠️これ(9)p259に繋がるネタだが、短篇集の順番が連載時と逆なので効果が弱まっている。
p312 クイズの<二十の扉>(Twenty Questions)♠️米国ラジオ番組(1946-1954)やTV番組(1949-1955)で有名になったが、当時はparlour game。1829年にスコットランドの教師William Fordyce Mavorが “Game of Twenty” は冬の夜長に相応しいゲーム、として書いている。そこでの第一問はIs it animal, vegetable, or mineral; or in other words, to which of the three kingdoms of nature does it belong?というもの。また”Twenty Questions”というゲームを英国外務省のGeorge Canningが1823年に紹介した、と米国人の記録(1845)がある。そこでの第一問はDoes what you have thought of belong to the animal or vegetable kingdom? (Blog記事”How the 20 Questions Game Came to America”より)
p313 浅黒い肌で、顔だちもととのっているとは言えない(one of those dark ugly girls) ♠️darkは「黒髪」だろうし、uglyとはっきり言ってるのだから、ここまで婉曲に言わんでも、と思いました。「不細工な」でどうでしょうか。
p314 中年の猫(プッシー)みたいな(one of those middle-aged pussies)♠️上の表現と構造は同じ。
p316 目にものをいわせる(having the come hither in your eye)♠️セックス・アピールの古い言い方、だとミス・マープルがいう。直訳すると「外見に引きつけられる魅力がある」くらいか。翻訳はずいぶんズレている。江戸風に「見惚れるほど婀娜っぽい」でどう?
p318 年100ポンドか200ポンドそこそこ♠️英国物価指数基準1930/2022(69.65倍)で£1=10867円。
p320 旧式な大型ピストル(an ancient horse pistol)♠️horse pistolは騎士が使うピストル。英Wiki “Pistoleer”参照。ロンドン塔で作られたもの(1722-1860)が有名らしい。主として71口径。馬上で使うのでサイズは大型ではない。「古い騎士ピストル」でどう?
p324 肉(フレッシュ)♠️ベジタリアンが使う表現だという。
p328 限嗣不動産権(entail)♠️最近見始めたTVドラマ『ダウントン・アビー』でも大きく取り上げられている問題。土地の分割を防ぐための方法。
(2022-1-15 記載)
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(9) Miss Marple, No. V. The Four Suspects (英初出The Story-teller 1930-4) [初出は米雑誌Pictrial Review 1930-1 挿絵De Alton Valentine]: 評価5点
サー・ヘンリーの話。この手の話はなんか微妙な気がする。人間心理の綾が作者らしくて良いけど。
冒頭で、サー・ヘンリーだけ犯罪の話題を提供してない(The one person who did not speak)とあり、雑誌掲載順でも短篇集でも状況と相違しているが、当初の作者の構想では最後の話だったのかな?でも(12)は会合の締めとして外せないので、何か納得がいかない。
p239 天網恢々疎にして漏らさず(every crime brings its own punishment)◆George Herbert編の引用句集Jacula Prudentum (1651)に 756番Every sin brings its punishment with it.があった。ルーマニアの俚言としているものもある。
p242 黒手組(Schwartze Hand)◆有名なのは英Wiki “Black Hand (Serbia)”によるとセルビアの民族主義者により1901年に結成された秘密組織。この小説のは「ドイツの秘密結社」ということで名前だけ借りた架空のものだろう。
p263 11時のお茶(elevenses)◆庭師の楽しみ。elevensesは英国表現で「(通常複数)お茶の時間, 午前の休憩:通例,11時ごろ」
p267 favoursの訳註◆なるほどね。原文だとミス・マープルは結構あけすけに言ってる感じ。それでサー・ヘンリーがウフっとなったのだろう。(こーゆーネタは知的階層に限らず伝わりやすいものだと思う)
(2022-1-15 記載)
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(12) Miss Marple, No. VI. The Affair at the Bungalow (The Story-teller 1930-5): 評価6点
第二シリーズの最後を締めるのに相応しい作品。女優が語り手、その特性を生かした導入部が非常に効果的。でも知ってるので、進んだら真相がわかっちゃうよね…
(2022-1-16記載)
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(13) Death by Drowning (Nash’s Pall Mall Magazine 1931-11 挿絵J.A. May): 評価6点
掲載は第二シリーズの約一年後。マローワンとは1930年9月に再婚している。短篇としては再婚後の初作品のようだ。
オマケだけど全体の締めとして効果的。構成が素晴らしい。ミステリの長さってこれくらいがちょうど良いのでは?と最近思うようになった。長いといろいろボロが目立つ。
p376 朝食… 10時15分… キドニーとベーコンの皿(breakfast … ten-fifteen … a plate of kidneys and bacon)♠️ゲストとしては、その時間に朝食に降りてくるのが良いマナーのようだ。
p389 製図などに使う鉛筆(a kind of artist’s pencil)♠️StaedtlerやFaber-Castellみたいなものだろう。
p390 外科手術用の椅子(surgical chairs)♠️どんなのをイメージしてるのだろう?
p408 ハッピーになろうぜ(I wanner be happy)♠️Vincent Youmans曲、Irving Caeser詞の "I Want to Be Happy" (ミュージカルNo, No, Nanette、初演デトロイト1923の挿入歌)のことか。英国でもこのミュージカルは1925年に上演され、665公演の人気だった。
(2022-1-16記載)

No.255 4点 弓弦城殺人事件- カーター・ディクスン 2020/02/04 01:09
1933年出版。ハヤカワ文庫で読了。
探偵役のジョン・ゴーントってJohn of Gaunt(1340-1399)と関係あり? JDC/CDの背の高い痩せ型の探偵役は長続きしませんね。建物の図面がないので何が起こってるんだかさっぱりわからない物語。p117で探偵自身が「この家の略図を書いてくれ」と言ってます。ということはオリジナル版には図面があったのか。全体的に中途半端な印象。謎に魅力が無いし、サスペンスも無い。頭のオカシイ城の主人の造型も作りものめいています。解決篇の途中で寝ちゃいました。
以下トリビア。原文は入手出来ませんでした。
作中時間は1931年9月10日(p9)と明記。
現在価値は英国消費者物価指数基準1931/2020で68.57倍、1ポンド=9667円で換算。
銃は「ブラウニングの.22口径… ぴかぴかする玩具… 山羊の足型の引き金のついた小さなピストル」と「.三二口径のスミス・ウェスン」と「.四五口径の標準型のウェブリイ・スコット社製軍用自動拳銃… 挿弾子をみると3発なくなっていた」が登場。.22口径でBrowningの名を冠するポケットピストルは見当たらず。ブローニング・デザインのポケットピストルなら最も成功したFN モデル1906 Vest Pocketの.25口径。(人気銃だったのでColt M1908をはじめ沢山の亜流あるが全て.25口径です。) 「山羊の足型の引き金」は不明。.32口径は詳細が書かれてないので特定不可。.45口径ウェブリイ・スコット社製で自動拳銃(automatic)なら私の大好きなWebley Self-Loading Pistol mk1(1910)、弾丸は.455 Webley Auto弾。「挿弾子」はmagazine clip(7発収納)のことかな?「元ごめのピストル」(p194)は原文breech-loadingだろうけど、普通ピストルには使わない言い方。文脈からリボルバーの事だと思います。(英国の当時の軍用リボルバーは.455 Webley Mk II弾のWebley & Scott社製Webley Mk. VIでトップブレイク式なので「元ごめ」のイメージにふさわしい。)
p7 図書室にあるいわくつきのドイツ製の時計… 弾の痕が残っている: 冒頭のネタ振りはp255で回収されます。(わかりにくい文章なので読み返してやっと気づきました。)
p10 冒険ってどんなことだ?… 小声で… ダイヤモンド6個… オルロフに用心して…: JDC/CDのイメージはいつもこんなの。
p12 スリッパ探し: 輪になる遊戯hunt-the-slipperとは違うようだ。後半(p225)で出てくるが、ここのはスリッパを家のどこかに隠して他の人が探すゲーム。
p15 映画でベン・ハーの役: Lew Wallaceの小説Ben-Hur: A Tale of the Christ(1880)をもとに、戦車レースを中心とした短篇映画Ben Hur(1907 サイレント15分)、長篇映画Ben-Hur: A Tale of the Christ(1925 サイレント143分)が製作されている。
p15 エルストリ: ElstreeはElstree Film Studiosで有名。さまざまな会社の撮影所がHertfordshireのBorehamwoodとElstreeあたりに点在している。Neptune Film Companyが1914年にBorehamwoodに撮影所を開設したのが最初。(英wiki)
p15 外人部隊の士官に扮装: French Foreign Legion(Légion étrangère)が出てくる当時の有名映画はBeau Geste(1926 サイレント、原作P. C. Wren 1924)、Morocco(1930 トーキー、原作Benno VignyのAmy Jolly, die Frau aus Marrakesch 1927)。
p16 サマセットあたり… 西部の人間だもんで、恐ろしく迷信深い: 後ろの方(p167)には「ナイフを十字に置く… 手鏡を落として割る」などの例が出てきます。WebサイトHISTORIC UKにBritish Superstitionsを簡潔にまとめたページあり。
p17 五百年もかかって幽霊ひとつ出せないなんて、この城もまったく能なし: 英国人は幽霊好き。
p38 スティルトン: Stilton cheeseにはPenicillium roquefortiを加えたBlueと普通のWhiteがあるが、ここはBlueの方か。
p40 あの頃は、食後は男ばかりで席を移して、女たちをさんざん心配させたもんだが…: 女性たちの方がDrawing Roomに引っ込む習慣だと思っていましたが…
p40 朝食に… 牛肉とビール… 立派な英国の習慣: 胃もたれしそう。Henry Fielding作の英国の愛国歌The Roast Beef of Old England(1731)を連想しました。
p65『モルグ街の殺人』: 本作にはポオが他にも『盗まれた手紙』(p225),『大鴉』(p239)
p82 電蓄: 12枚のレコードを次々と自動的にかける(p84)機能あり。レコード16枚表裏対応のCapehart Amperion Record Changer(1930)が動いてメカニズムが分かる某Tubeの映像あり。
p82 進め、キリストの兵士たちよ: 賛美歌Onward, Christian Soldiers、作詞Sabine Baring-Gould 1865、作曲Arthur Sullivan 1871。
p91 千ポンドの無記名債権: 967万円。
p91 口述録音器(ディクタフォン): 録音メディアは蝋管。再生しても自然な声には聞こえないようだ。(p103) 「くだらん噂」云々は有名作を批判してる?
p104 一万五千ポンド: 1億4500万円。知人への遺贈額。
p112 ちん: 夫人の犬。名前は呼ばれない。
p125 軍隊ではスエーデン体操と言っていた: Swedish Gymnastics (別名the Swedish Movement Cure)は1800年代初期に詩人でゲーテ、シラー、エッダを研究していたPehr Henrik Ling(1776-1839)により創始された。1880年代に英国陸軍のW. B. G. Cleather大佐が興味を持って導入を計画し、後任のGeorge Malcolm Fox大佐の尽力もあって1900年代に採用された。
p140 ロシヤ小説: Constance Garnett訳The Brothers Karamazov(1912)が英国でのロシア文学流行の嚆矢だという。
p141 グーズベリーののった安皿: ハメットがBlack Mask誌のショーを嵌めたgoose-berry lay(The Maltese Falcon 1929)を連想したのですが、テニスンを作曲家だと思ってるような若者の適当な戯言なので関係ないか。
p142 かくて消えにけり(シク・トランジト): Thomas à Kempis作De Imitatione Christi(1418-1427)に"O quam cito transit gloria mundi"とあるのが早い例らしい。(wiki)
p145 いわしの入った箱: Canned Sardine(イワシの缶詰)のことか?
p163『導け、やさしき光よ』: 賛美歌Lead, Kindly Light、作詞Saint John Henry Newman(1833)、作曲John Bacchus Dykes(1865) 他の作曲家も曲をつけているようだ。
p177 捕手はミットの一枚革の下に厚い牛肉(ビフテキ)を入れ… : 昔の野球のキャッチャーの工夫。豪速球で手が痛くなるのを防ぐには一番良い詰め物らしい。(何かで読んだ記憶があるが、誰のエピソードだったかな… ) ここら辺はJDCの子供時分の思い出か。
p180 イングルズビイの怪談: Richard Harris Barham作、Ingoldsby Legends(1837)、可笑しみある創作伝説集らしい。セイヤーズ にも結構言及あり。
p211 ユンクの『言葉の連想試験』… 嘘発見器: どちらも誤魔化せるし、くだらん、というJDCの結論。
p218 スログ・タブズ: 訳注 呪い言葉の一種。調べつかず。
p224 ウッドハウスの物語: 盗品を自室で発見して、また別の人の部屋に押し込むシチュエーション。どの作品のことか。

No.254 5点 釣りおとした大魚- A・A・フェア 2020/02/02 09:53
クール&ラム第24話。1963年4月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
無言電話と脅迫状に怯える秘書のため24時間のボディガードを引き受けます。あまり複雑でない筋ですが、登場人物の動機がよくわからない行動が多い感じです。翻訳は「約束を与えたです。」「よくやったです。」など「です」がつくセリフがちょいちょい変でした。セラーズがラム君を呼ぶとき「小瓶さん」なんですよ… (原文Pint size)
(2017年7月16日記載)

No.253 5点 ものはためし- A・A・フェア 2020/02/02 09:48
クール&ラム第23話。1962年4月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
顔が売れてきた、という事でラム君ご指名の危険な身代わりに高額な謝礼、どんどん深みにはまり罠に陥ります。セラーズ部長刑事にもひどい目にあわされますが、最後は検事補殺人事件を解決して幕。比較的単純な筋の小品です。銃は38口径のリボルバーが登場。
(2017年7月16日記載)

No.252 5点 悪銭は身につかない- A・A・フェア 2020/02/02 09:43
クール&ラム第22話。1961年11月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
エルシーの新聞スクラップから物語は始まります。自動車事故の被害者を探す依頼。秘書はショーウィンドウの飾り。毎度のことながら女性たちにすぐ好かれるラム君、単純そうな事件が複雑にうねりだし、警察に監視されつつ事件を解決します。でも食い違いの件はいただけないですね…
(2017年7月15日記載)

No.251 5点 無軌道な人形- E・S・ガードナー 2020/02/02 09:38
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第69話。1963年2月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
短縮版がSaturday Evening Postに掲載(1962-12-8)ポスト誌集中連載時代(10年間に14作)の14作目。この長篇がメイスンもの最後の雑誌掲載ですが、長篇の分載という形式が廃れたためだそうです。上品ぶった嘘つきのデラ。女性の裸の腹を鑑賞するメイスンとドレイクとデラ。トラッグはフェアプレーを宣言しますが、ちゃっかりメイスンを利用。今回のメイスンは究極の黙秘を依頼人に指示。法廷場面(陪審裁判)にスライドが初登場、バーガーは厳格な証拠採用を主張し、メイスンを告発しますが、最後は知ってたなら早く言ってくれと愚痴をこぼします。解決は微妙な感じ。
銃は22口径の小型レヴォルヴァと38口径スミス&ウェッスン製、銃身2インチ、シリアルC48809が登場。このシリアルだとKフレームfixed sight1948-1952年製、該当銃はMilitary&Police(M10)です。(シリーズ4回目の登場のシリアル)
(2017年5月17日記載)

No.250 5点 氷のような手- E・S・ガードナー 2020/02/02 09:29
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第68話。1962年10月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
競馬で盛り上がるメイスン事務所、ドレイクはドーナツを頬張ります。デラはポテトと国交断絶中。「例のキツネみたいな微笑の」トラッグは電話でもペリーと親しげ、相変わらず優秀です。法廷シーンは陪審裁判、バーガーが新しい判例を作る、と最初から張り切りますが、思い通りにいかず逆上、判事に正気を保てと言われ、メイスンにも慰められます。(メイスンがハミルトンと呼ぶのは多分シリーズ初) 策略にたけた悪徳弁護士ギルモアの法廷戦術が面白く、レギュラーキャラだったら良かったのに、と思いました。(実際には本書だけの登場) 解決は唐突です。60年代メイスンは言わずもがなの説明がちょっと多い感じ。(もしかしたらわかりやすさを重視し過ぎるTVシリーズ1957-1966に関係した影響かも) 銃は38口径のレボルバー、スミス・アンド・ウエッソン製ダブルアクション6連発が登場、詳細不明です。
(2017年5月17日記載)

No.249 5点 ブロンドの鉱脈- E・S・ガードナー 2020/02/02 09:20
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第67話。1962年6月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
Toronto Star Weekly連載(1962-4-7〜4-14) ボレロ・ビーチに住むデラの叔母。(残念ながらこれ以上の情報なし) デラはメイスンを海水浴に誘います。裏切り合戦が大好きと告白するメイスン。ドレイクは電子尾行器を使用。「行方不明の相続人と隠れた不動産」(Missing Heirs and Lost Estates)という名の会社。暗号はヘイ リューブ(Hey Rube)。デラを南米に売り飛ばす企み。メイスンものではお馴染みの、見張っている部屋に人が次々おしよせ、最後に死体が発見されるというルーティン。法廷シーンは予備審問ですが、担当がリバーサイド郡なのでバーガーは登場しません。最後の最後でメイスンは真実に到達します。解決は鮮やかですが、全体的に冗長な感じは否めません。
(2017年5月15日記載)

No.248 5点 ひとり者はさびしい- A・A・フェア 2020/02/01 18:28
クール&ラム第21話。1961年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
会社のスパイを探る依頼、ラム君は独身の有閑男に化けエルシーと豪華なディナーを楽しみます。電気仕掛けの探偵小物がいろいろ登場、自動車尾行用の発信機や壁越しに隣の様子を探る増幅マイクを使います。何故か会う女性にことごとく好かれるラム君、助けを借りて警察の追及を逃れ、真犯人を見つけ出します。銃は22口径オートマチックが登場。
(2017年7月15日記載)

No.247 5点 あつかいにくいモデル- E・S・ガードナー 2020/02/01 18:22
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第66話。1962年1月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
短縮版をToronto Star Weeklyに掲載(1961-10-7) 掲載時のタイトルはThe Case of the False Feteet。絵の天才beatnikの登場が時代です。メイスンによるコン・ゲーム(偽造小切手で宝石商荒らし)の解説。デラはTwistを踊り、メイスンはカナリヤの世話、ドレイクはついに安全運転宣言、トラッグは神出鬼没。北上する旅が出てきてカナダへ…というのは掲載誌の楽屋落ち? 予審ではメイスンが掟破りの戦術(前例: 気ままな女)でバーガーを出し抜きます。解決は鮮やかですがモヤっと感ありです。60年代メイスンは喋りすぎでスピード感が失われているように感じます。銃は「センチネル(Sentinel)と呼ばれているハイ・スタンダード(HighStandard)の9連発22口径レヴォルヴァー」銃身2-3/8インチ、シリアル1,111,884が登場。この銃身の長さだと1957年からの製品です。シリアルから詳細な年代がわかる資料は未入手。
(2017年5月14日記載)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
ダシール・ハメット(11)
F・W・クロフツ(11)