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小原庄助さん
平均点: 6.64点 書評数: 261件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.101 5点 わずか一しずくの血- 連城三紀彦 2018/04/11 10:33
幽霊譚を思わせる発端だが、その後各地から複数の女性の身体の一部が見つかり、事件は一気に猟奇的な連続バラバラ殺人事件の様相を呈する。
物語の鍵となる男は読者の前にやおら姿を現し、警察の捜査など恐れる様子も一切見せず活動を続けるが、全く尻尾をつかませない。男女の濃密な関係を描くのにたけた作者としても、いつにも増してエロティックな描写が多いが、そこにこの作品の生命があり、謎の中心がある。
雑誌掲載後20年間、未完のままだった本作。当時の沖縄の基地問題を背景とした、スケールの大きな本格的トリックが味わえる。

No.100 8点 NOVA+バベル- アンソロジー(国内編集者) 2018/04/02 09:34
表題作の作者、長谷敏司をはじめ、宮部みゆき、月村了衛、藤井太洋、宮内悠介、野崎まど、西島伝法、円城塔という豪華メンバーが顔をそろえる。
表題作「バベル」は、宇宙に届く軌道エレベーターが建設された近未来、中東を舞台に、科学技術のいびつな発展と社会的不平等の深刻化という重い主題を、読者の感性に訴えかける物語に結実させている。
収録作はバラエティーに富み、宮部みゆきの「戦闘員」は防犯カメラをモチーフとして、人間とシステムの戦いという、現実と地続きの恐怖を描いているかと思えば、西島伝法「奏で手のヌフレツン」では独特の造語によって異様な世界を描き出し、奇妙なリアリティーを醸し出す。また野崎まど「第五の地平」は恒星間宇宙の征服に挑むチンギスハンの物語という型破りな作品で、無理矢理の設定を合理化する胡散臭い「科学的説明」をでっち上げる力量には目を見張る。名状しがたい面白さでは、円城塔の「Φ」も負けていない。宇宙の終末という科学的にして哲学的な題材を、独自の言語実験的記述で描き、しかもユーモラス。
他の収録作品も力作で、本書を読んだ夜、興奮して眠れなかった。

No.99 7点 ヒトごろし- 京極夏彦 2018/04/02 09:33
明治維新から今年で150年。幕末志士の中でもとりわけ人気の高い新選組の土方歳三が主人公。幼い日の体験から人斬りの衝動に取りつかれた土方が、「人を切っても罰せられない仕組み」を作り、次々に人を殺していく、という衝撃的な内容だ。
幕末史は尊皇派と佐幕派による”殺し合い”にもかかわらず、子母沢寛や司馬遼太郎以来、小説やドラマで美化されてきたと感じていた作者。新選組が敵よりも味方をより多く殺してきたことに着目。「まともな神経の人は平気でいられない」との考えから、土方を”人外し”として描いている。
作中の土方は、殺人を悪と認識した上で、新選組という制度を利用してターゲットを追い詰めていく。これに対し、薩摩藩や長州藩、旧幕府軍は明確なビジョンやイデオロギーがないまま、「国のために」近代兵器を備えて戊辰戦争に突入し、結果的に多くの兵が死んでゆく。作者は「どちらも間違っているんだけど、土方の方がまだ筋が通っている」と戦の愚かさを強調する。
毎回、ボリュームが多いことで知られる京極作品だが、とりわけ今回は1083ページの大長編。持ちにくい、読みにくい、重い、高いの四重苦である。

No.98 6点 九月が永遠に続けば- 沼田まほかる 2018/03/26 09:35
主人公の佐知子はシングルマザー。ある晩、高校生の息子がごみを捨てに行くと言い残して失踪する。その後、不可解な出来事が相次ぎ、佐知子は血眼になって息子の行方を追う。
子どもを心配する中年女性の物語は、筋を追うに従って不穏な様相を見せ始める。元夫の再婚相手の奇態。息子の担任の歪んだ過去。絶望を塗り込めたような息子の絵。先が見えない不安や、知ってはいけない過去が暴かれる恐怖が、ジワリとにじみ出てくる。
「エロ怖」とあるものの、実はそれほどエロくない。それよりも、ごく普通の日常を送っている人々がみな、名状しがたい闇を抱えていることの不気味さが、人間の本質をひっそりと言い当てていて読者をひきつける。怖いけれど、ページをめくる手が止まらない。目を背けたくなる描写や錯綜した人間関係をさらりと読ませる文章力がこの作者の良いところだろう。

No.97 7点 励み場- 青山文平 2018/03/26 09:35
北の国にある山花陣屋で元締め手代をしていた笹森信郎に求められ、妻になった智恵。武士になることを目指し、勘定所の普請役になった夫に従い、江戸暮らしを始めた。だが、あることにより、彼女の心は大きく揺れる。一方、つまらぬ仕事で、成沢郡の上本条村に赴いた信郎は、名主の久松加平と対面。やがて理想的に見えた村の秘密を知ることになる。
本書は智恵と信郎のパートを、交互に描きながら進行していく。ふたつのパートは、別々の物語なのだが、どちらも終盤で驚くべき真実が明らかになり、ミステリの面白さを堪能することができるだろう。
でも作者の狙いは、その先にある。悲しい決断をしようとしていた智恵は、血のつながらない姉から意外な事実を聞かされ、自分の真の心に気付いた。信郎は村の秘密と自身の出目を重ね合わせ、新たな道を選ぶ。そんな夫婦の変化を通じて作者は、人が生きていく上で、本当に必要とする場所とは何かを、鮮やかに表現してのけたのである。

No.96 7点 構造素子- 樋口恭介 2018/03/20 10:34
昨年のハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。
冒頭から「宇宙の階層構造モデル」である。「L-P/V」といった文字列がいくつも登場する。でも、「理屈っぽくて難しそう」と敬遠するのは、もったいない。
本書は物語を巡る物語であり、父と子の情愛の物語なのだ。数ページ進めば、あとは一気に読みやすくなる。緻密で論理的な構成と美しい言葉がうまく溶け合い、豊かな叙情性を生み出している。
売れないSF作家ダニエル・ロバティンが亡くなり息子エドガーは母から、「エドガー曰く、世界は」と題された未完成の遺稿を手渡される。作中のダニエルは作家ではなく人工意識の研究者であり、子供を持たなかった代わりに、人工意識「エドガー001」を作り上げていた。それは、まるで無限に増殖する並行世界のように、新たな物語世界を次々と生み出していく。その様子自体が、作家が小説を書く際の試行錯誤の過程についての、分析的な描写にもなっている。
遺稿を読みながら、息子は父との思い出を、そこに重ねていく。父は、H・G・ウェルズやジュール・ベルヌを尊敬し、SF的想像力には現実を変える力があると信じていた。だからエドガー001が生み出す物語には、SFやユートピアを巡る人類の願望と挑戦の歴史も重ねられている。世界を、そして人生を、やり直せたらと父は願っていたのだろうか。
夢半ばで挫折した父に対するエドガーの思いは、理想的な世界を達成していないすべての人類の、切なさと響き合っている。

No.95 5点 白磁海岸- 高樹のぶ子 2018/03/20 10:34
「マルセル」でミステリに初挑戦した作者が、またミステリを書いた。
16年前に大学生の息子圭介を亡くした堀雅代は金沢に移住し、圭介の親友だった柿沼利夫と妻の涼子に近づき、不可解な死の真相を求めていく。雅代はまず利夫の愛人に近づき、ある計画を立てる。
一方、大学講師の薄井宏之は、大学のロッカーにしまわれた朝鮮白磁を発見し、陶芸界の騒動に巻き込まれ、やがて自ら白磁の謎を追求していく。
「マルセル」は実際に起きたロートレック「マルセル」の盗難事件を下敷きにして、とても初めてのミステリとは思えないほど興趣に富んでいたが、本書も悪くない。朝鮮白磁を題材にして日本と朝鮮の歴史的交流をたどり、現代の北朝鮮情勢を踏まえながら事件の背景の奥行きをさらに深くしているからだ。
そのあたりの社会派ミステリ的な視点がいいのだが、最終的に読者の胸に響くのは、作者ならではの”青麦の季節”における恋愛感情のみずみずしさと痛々しさであり、生きることの切なさである。

No.94 6点 覆面作家- 大沢在昌 2018/03/15 09:18
限りなく作者を彷彿とさせる作家の「私」を主人公にした短編集で、8編が収録されている。
なかでもいいのは覆面作家の話と青春時代の親友との挿話が微妙に交錯していく表題作と、自分に自信が無くて一歩踏み出せなかった淡き恋愛を回想する「イパネマの娘」だろう。ともに謎があり、それが次第に解かれていくのだが、筆致は軽妙なのに郷愁がにじみ、行間からは詩情がこぼれて、最後には何とも言えない感慨を覚える。
2編以外にも殺し屋の都市伝説を調べる「確認」はオチが不気味だし、一技術者の死を探る「不適切な排除」は意外な真相に胸躍るし、ありえない賭けの顛末「カモ」と遺失物をめぐる推理「大金」はともに予想外の真相を明らかにしてニヤリとする。
さりげない諧謔を交えた洒脱な作風が魅力的な短編集であり、まさに円熟の境地。

No.93 6点 治部の礎- 吉川永青 2018/03/15 09:18
戦国小説ファンには御馴染みの、石田三成が主人公。ただし、作者の創出した三成像は極めて斬新なものである。
羽柴秀吉に仕える石田三成は、本能寺の変以後、天下人への道を歩む主君のために尽くしながら、自分の目標を明確にしていく。それは、秩序による天下の平安である。正論を貫く三成は、たくさんの敵を作りながら、己の理想を目指す。
秀吉の中国大返しから、関ケ原の戦いまで、本書はよく知られた戦国の歴史がつづられている。しかし三成の目標と、それに基づく人物像によって、各エピソードが新たな意味を持って、立ち上がってくる。ここが大きな読みどころだ。
そしてラスト、勝者になった徳川家康へ向けて三成は、国家と為政者のあるべき姿を語る。ここまでの物語を読んできた人は、現代の日本にも通じる三成のメッセージを、重く受け止めることになるだろう。

No.92 7点 絶望図書館- アンソロジー(国内編集者) 2018/03/09 09:30
絶望をキーワードに、国内外の短編12作が集められている。
絶望で終わる作品、絶望から立ち直る作品、胸をえぐる作品、切ない作品、とぼけた作品などさまざま。
筒井康隆の「最悪の接触」は、地球人と異星人の超絶なディスコミュニケーションの話なのだが、人間同士の話としても読めるところが怖い。川端康成の「心中」は2ぺージのごく短い作品ながら、異様に理不尽な死を読者に突き付けて終わる。シャーリイ・ジャクスンの「すてきな他人」は、出張から帰ってきた夫が別人という奇妙な設定なのだが、それに気づいた妻の反応がさらに奇妙という二重、三重にゆがんだ物語。
絶望している人も、絶望を知らない人も、みんな楽しめる、絶望アンソロジー。さらに、表紙カバーが素晴らしい!よくこんな写真を見つけたなと思う。

No.91 4点 トップリーグ- 相場英雄 2018/03/09 09:29
経済界のタブーに切り込む小説で注目を集めてきた作者。
本作では、戦後最大の疑獄事件「ロッキード事件」をモデルに、首相官邸への権力集中や情報統制など、きわどい内容に踏み込み、現代の永田町の闇に挑んでいる。
主人公は、経済部から政治部に異動したばかりの在京紙記者・松岡。代理で出席した会見で官房長官に気に入られ、瞬く間に政府・与党幹部に食い込み、その本音を聞き出せる「トップリーグ」入りを果たしたかに見えたが・・・。
松岡に目をかける阪官房長官と芦原首相の描写は、どこか菅官房長官と安倍首相を想起させる。作者は昨年の10月の総選挙で自民党が圧勝したことに触れ、「政権が長期化すれば、どこかでひずみが出てくる」と予測。作者自身も通信社の記者だった経験を踏まえ、「時には有権者のために、わざと政治家を怒らせるような質問をして、本性を引き出すのも記者の仕事」とメディアの奮起を促している。
エンターテインメント小説としては、まずまずでしょう。

No.90 8点 華胥の幽夢- 小野不由美 2018/03/04 09:45
本シリーズの世界観では、霊獣麒麟が王を選ぶ。王が道を誤ると麒麟が病んで死に、そのことによって王が玉座を追われて国が滅ぶのだが、「華胥」はまさにその麒麟が死の危機に瀕しているという話なのだ。
だが、王は暴利をむさぼっているわけでもなければ、統治に倦んで放埒に明け暮れているわけでもない。むしろ彼は、かつて愚策を続ける前王を糾弾して民の支持を受けてきた存在で、実際に王に選定されてからも国土の立て直しに全力で取り組んできた。なのに、なぜ。
そして物語は、やがてある一文にたどり着く。「責難は成事にあらず」
人を非難することは何かを成す事ではない。彼は前王とは違う道を進めば間違いないと信じてきた。だが、疑いを持たないということは、その意味について深く考えないということでもある。
自分はまさにこれではなかったか。相手にも相手なりの意図や理想や欲求や正義があることを想像してみることもなく、ただ自分の思考に相手を当てはめてきただけではなかったか。
この一文によって、人生観すら変わった。そうして本が持つ力を身をもって体感したことで、さまざまな人間の内面に向き合ってみたいと思わせてくれた。

No.89 6点 武者始め- 宮本昌孝 2018/03/04 09:45
北条早雲から真田幸村まで、7人の戦国武将の武者始め(初陣)がつづられている。ただし初陣の形は、実にさまざま。バラエティー豊かな内容が楽しめるのだ。
愚鈍を装い周囲を観察し、ついには父親を領地から追放した、若き日の武田太郎(信玄)を描いた「さかしら太郎」や、徳川家康が薬好きだったという史実を巧みに織り込んだ、「薬研次郎三郎」など、どれも読み応えあり。その中でもベストといえるのが、織田信長を主人公にした「母恋い吉法師」だろう。信長の赤子のころの有名なエピソードを膨らませながら、彼の武者始めに至る過程に潜んでいた、もうひとつの武者始めを活写しているのである。
切れ味の鋭い短編を、存分に堪能できる一冊。

No.88 7点 プロローグ- 円城塔 2018/02/25 16:06
「名前はまだない」というどこかで聞いたことのある一文ではじまる。猫の「吾輩」は、名前が無くても猫として存在するが、こちらは何が何だか分からない。
「書かれつつあるもの」は「書かれる」ことによってしか存在しない。「実在的な主張を行う文章」として存在しはじめた「私」は、自分を存在させるパソコンのシステムや日本語の構造などから、次第に書くという行為とその意味を問うていく。
などと書くと批判的で難解な実験小説だと思うかもしれない。確かにそうなのだが、ここにあるのは抱腹絶倒の難解さであり、著者の独自性という本来、他人には分かるはずのないものを「伝わる」ように表現し尽くした誠実さが生んだ逸脱だ。
小説が動き出す前のかくも多くの準備や手続き。その中で、作中人物のすれ違いや、バグによる世界の変容といったドラマが巻き起こり、読者を「思考の遊園地」にいざなう。
伝説的な私小説は、作者の生活と創作の秘密の一端をのぞかせるものだったが、ここにあるのは人がものを考え、表現することの本質に迫るエンターテインメントである。

No.87 7点 呉漢- 宮城谷昌光 2018/02/25 16:05
光武帝に仕えた呉漢の生涯を描いた作品。後漢王朝を開いた光武帝については、これを主人公にした「草原の風」がある。併せて読めば、激動の時代を、より深く知ることが出来るだろう。
貧しい農民の呉漢は、己の殻に閉じこもって生きていた。しかし彼は、他人の言葉を心にとどめ、自分なりに理解する力を持っている。幾人かとの出会いを経て、存在を認められ、役人になった呉漢。訳あって流浪の身になっても、人々の良き縁を結んでいく。そして新王朝が倒れ、群雄割拠になった時代の中で、劉秀(光武帝)に仕えると、武将として大陸を駆けるのだった。
タイトルからも分かるように、本書の読みどころは、主人公の呉漢である。身分もなければ学もない。でも彼は、他人の言葉を真摯に受け入れる。好意を寄せる人だけでなく、自分を憎む人でもだ。心を澄ますことが出来れば、世界は教えに満ちているのである。そんな呉漢が、時代に流されながら、成長していく。呉漢の師や、彼を慕う郵解、角斗、魏祥、など周囲の人々との関係も爽やか。
相次ぐ戦に興奮する後半もいいが、真っすぐに伸び行く呉漢を見つめた前半の読み味は、格別であった。

No.86 6点 ナニワ・モンスター- 海堂尊 2018/02/25 16:05
物語の発端は、浪花府で発生した新型インフルエンザ発症をめぐる大混乱。経済封鎖の状態となった裏には霞が関の陰謀が潜んでいたというもの。
本作は、インフルエンザ騒ぎや検察の失態など、日本で実際に起きた出来事を下敷きにしつつ、単に医療の問題にとどまらず、社会の病巣の一面を痛烈な皮肉とともに物語っている。例えば、霞が関の不祥事隠蔽工作部隊の作戦会議、という場面があった。各省庁で大きな不祥事が起きると、世俗的な関心を呼ぶ小さな不祥事をわざと表沙汰にしていく作戦。そうすることで世間の目をそらし、うやむやにしているというのだ。
ある開業医の視点で描かれるかと思えば、検察特捜部をめぐる「検察の正義」を問う章があるなど、いったい話がどこへ着地するのか見当もつかない。だが後半の展開を読むと、もはや医学ミステリというよりも日本という国の在り方を問うスケールまで発展している。いまや国家の未来が最大のサスペンスなのだろう。

No.85 7点 13・67- 陳浩基 2018/02/13 09:59
イギリス統治から中国への返還、揺れ動く香港の半世紀を背景にした、ユニークなミステリ。
香港警察の名捜査官クワンとその愛弟子ローが関わった事件を連作形式で描く。6編の物語を通じて6つの時代が語られ、最初に描かれるのは2013年。以降、1編ずつ過去へとさかのぼって、最後は1967年の物語で幕を閉じる。
異色の安楽椅子探偵ものとして始まる本書だが、続いて語られる事件はマフィア抗争もあれば誘拐サスペンスもあり、展開は豊富だ。
一貫しているのはロジカルかつ驚きに満ちた謎解きで、特に最後の1編の結末は実に鮮やか。ミステリという枠組みを駆使して、香港の現代史を浮かび上がらせる作品だ。

No.84 8点 新カラマーゾフの兄弟- 亀山郁夫 2018/02/09 10:08
人類の文化遺産というべき「カラマーゾフの兄弟」を名乗って新作を書くという、神をも畏れぬような企てが実現した。
しかし清新なドストエフスキー作品の翻訳と、大胆な作品解釈で話題をさらってきたこの著者には、その資格が十分すぎるほどある。原作とほぼ同じボリュームの巨編は、「よくぞ」という驚きと、「ここまで」という感嘆に値する。
阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件に揺れた1995年の日本を舞台に、父親がかつて不審な死を遂げた黒木家の3兄弟が登場する。その名前も原作をもじってミツル(ミーチャ)、イサム(イワン)、リョウ(アリョーシャ)といった具合。ゾシマ長老も嶋省三として登場する。とはいえ、原作に精通した者しか近寄れない難解作ではないのでご安心を。むしろ本書は、亀山流に書き改められた、父親殺しの謎を解くミステリ小説の趣を持っているのだ。
物語は8月31日から9月11日までの12日間を描く。東京都中野区の野方駅周辺と、名古屋市内とを頻繁に往復しながらドラマが展開するが、その各章に著者自身とおぼしいロシア文学者「K」の手記が添えられている。この一見私小説風のパートが次第に本編と深くリンクしていくスリルが、小説としての感興をより高めている。いわば「K」の介入が道案内にも狂言回しにもなっていくわけである。
オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件の陰惨な結果が同時代の背景として重ね合わされる中、繰り返し問われるのは、一つには父親殺しに象徴される人の欲望の罪深さであり、他方では母なる自然と一体化したいという憧憬である。
避けることのできない宿題を我々に突きつける本書には、ドストエフスキーのみならず、大江健三郎氏や村上春樹氏を受け継ぐ意志も見て取れる。神を見失い、心の迷路に入り込んだ現代の人類文明と直面する壮大な文学の冒険である。

No.83 7点 カムパネルラ- 山田正紀 2018/02/09 10:08
戦前の価値観がずっと続いていたら・・・。そんな設定を、現代の閉塞感に直結させた作品。
ある青年が駅に向かう場面から始まる。宮沢賢治研究家だった母が亡くなり、遺書に従って、賢治の故郷である岩手・花巻の川に遺骨を撒きに行くのだ。駅に貼られた「美しい日本」を宣伝する「メディア管理庁」のポスターが登場する辺りから、かすかな違和感を覚えていく。ここは公共への奉仕が強調されるパラレルワールドなのだ。
賢治は生前「銀河鉄道の夜」を何度か改稿したが、この「銀河鉄道ワールド」は第3稿と第4稿の間で揺らいでいる。両者の最大の違いは、生命もささげる滅私奉公型の公共精神を重んずるか、私的な自由を大切にするかにある。さらに「風野又三郎」が探偵役で登場し、「雨ニモマケズ」の真意も「この世界」に影響を与えている。
物語は、幻想小説からミステリやホラー、さらには革命思想にまで向かう。思えば賢治が執筆した1920年~30年代は、未来派や新感覚派が注目され、プロレタリア文学や探偵小説が勃興した時代だった。本書は、戦前日本にも似た閉塞感に包まれた世界に、「あの時」切断されてしまった可能性のすべてを再導入するかのようだ。

No.82 6点 僕たちのアラル- 乾緑郎 2018/02/04 10:15
壮大な実験を巡る、異なる理想の対立を描いている。
火星移住計画の準備として、15万人規模の都市を、30年にわたり外部から完全に隔離し、自給自足で社会を運営するという実験が行われていた。そこで生まれた「第2世代」の男子高校生が、父親を誘拐され、大きな陰謀に巻き込まれる。
犯行声明を出したのは、過激な活動で知られる環境保護団体。対する当局も、重要な情報を隠蔽しているようで信用できない・・・。
キャラクターの立った転入生の少女に振り回され、軽快なテンポで二転三転する物語は、若者たちにはライトノベルとして、年長者には懐かしい青春SFとして楽しく読めるだろう。

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小原庄助さん
ひとこと
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで~で有名?な架空の人物「小原庄助」です。よろしくお願いいたします。
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平均点: 6.64点   採点数: 261件
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