皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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人並由真さん |
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平均点: 6.33点 | 書評数: 2106件 |
No.11 | 6点 | 黄金の灰- F・W・クロフツ | 2021/11/26 16:24 |
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(ネタバレなし)
第二次世界大戦前夜の英国。30代になったばかりの愛らしい未亡人ベニー・スタントンは夫ジョンが無一文で死亡して就労しなければならず、さらに双子の弟ロランド・ブランドの浮き草めいた生き方にも、頭を悩ましていた。そんなベニーは、荘園「フォート・マナー」を相続した男性ジェフリー・ブラーと出会い、屋敷と周辺の家政管理人を任される。ブラーはこれまでアメリカのシカゴの不動産会社で働いていたが、従兄弟の淳男爵サー・ハワード・ブラーの死去によって荘園を受け継いだ。荘園には有象無象の絵画がたくさんあり、ベニーはブラーに友人アガサの夫で、画家兼美術研究家であるチャールズ・バークを紹介した。だがブラーは英国になじめないとアメリカに帰ることになり、荘園は誰かへの譲渡が済むまで引き続きベニーが管理することになった。そんなある夜、荘園が火事になり大半の絵画とともに屋敷は丸焼け。そしてそれと前後して、パリでバークが行方不明になる。名刑事フレンチは、バークの失踪事件に介入するが。 1940年の英国作品。フレンチ警部シリーズの長編第20弾。 なお本書の邦訳では「警視」と訳されているが、これは誤訳で実際はまだ首席警部の階級らしい。 身持ちの悪い弟(銀行員だったが失職して、貧乏な劇団活動をしている)に苦労しながら、自分は生活の安定を求め、一方で小説家志望として処女作の執筆に励む未亡人ベニーが、なかなか魅力的なヒロイン。前半は彼女を実質的な主人公に話が進み、フレンチの登場以降は叙述の主軸がそっちに移行する。 バークの失踪に関してはどのような事態か終盤までわからず、たとえば殺人事件があるのかないのかも判然としない。というか悪事の実態も少しずつ情報が提示されるが、なかなか全貌が見えてこない。ちょっとのちのヒラリイ・ウォーやデクスターの諸作みたいな雰囲気もある。 ただし、前半でたぶん多くの読み手(評者もふくめて)がメインとなる犯罪の主体に関して、たぶんこういうことがあったのだろう、と仮説を立てることは容易なはず。となると、そんなに早々と予想がつく事件の中身がそのまま終わる訳もないだろうと期待も高まるが……。 うん、まあ、最後まで読むと、ああ、そこに着地、という手ごたえであった。もちろん具体的にはナイショだが、個人的にはなーんだ、と、ああ、なるほどの相半ばであった。ミステリとしてはトータルでは水準作~佳作だろう。 読む人によって評価が割れそうな雰囲気もある。 予期していたとおりのクロフツらしさ満点で、そういう意味では期待していた面白さで退屈はしなかったが、さすがに真相が割れてからは、ムダな登場人物もちょっと多かったな、という印象も感じた。それでも全体としては悪くはない。 (中略)の、子供向け科学読み物風な機械トリックも楽しい。 あと悪事はよろしくないが、犯人の状況に、ちょっと~相応に同情。 中盤、出所した前科者を後見し、最終的に当人が更生するか悪の道に戻るかは本人次第だが、それでもその前提として真面目に生きようとする彼を応援するのは我々市民・国民全員の義務だ、と語るフレンチはいい人。 そんな彼が捜査につまって奥さんのエミリー(本書では「エム」の愛称で登場)についつい当たってしまい、エミリーがそれを笑って受け流す描写にもニッコリ。ホント、いい奥さんだ。 |
No.10 | 7点 | 海の秘密- F・W・クロフツ | 2021/09/17 15:46 |
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(ネタバレなし)
その年の秋。ウェールズの洋上で釣りをしていた工場長のモーガンとその息子エヴァンは、大きめの木箱を引っ掛ける。海岸まで係留したその箱の中には、腐乱しかけた顔を潰された他殺死体が入っていた。スコットランドヤードのジョセフ・フレンチ警部が捜査陣に参列し、やがて綿密な調査の末に木箱は、ダートムア周辺のアシュバートンにある「ヴィダ事務用品製造会社」から出庫したものとわかる。検死の結果、死体は発見された時点での死後5~6週間のものと推定。フレンチはアシュバートン警察に協力を求めると、ちょうどそのひと月半ほど前にダートムアの底なし沼で、ヴィダ社員の二人の男性が行方不明になっていることが判明した。フレンチはダートムアの底なし沼事件とウェールズの殺人事件の関連を調べるが。 1928年の英国作品。フレンチ警部シリーズの長編第四弾。 先に本サイトで空さんからも教えていただいていたが、本編の序盤でフレンチが 「数年前に私の友人のバーンリー警部が担当した事件を、思い出しますね。彼はもう退職しましたが。それは、こういう事件でした。一個の樽がフランスからロンドンへ送られたが、その中には若い結婚したフランス婦人の死体が詰めてあった」 と語る。 1920年の処女長編で、クロフツの著作としては一応はノンシリーズ長編であった『樽』が、この時点で公然とフレンチシリーズの世界観の一角に迎えられたワケで、この趣向に拍手。 【ただし本作の方で『樽』のネタバレを相応にしているので、そこは注意のこと。】 フレンチ不在の『ポンスン事件』の主役探偵タナー(タンナー)警部も本作にも登場するが、こちらはすでにどっかでフレンチ世界とリンクしていたっけ? まあクロフツの頭の中では同一の世界線のスコットランドヤードに、手持ちの探偵キャラたちが並存して群雄割拠していたんだろうけれど。 (さらに本作では、少し前のこととして『スターヴェル』の事件もフレンチの脳裏に浮かぶ。) 物語の方は、なかなかショッキングな序盤から、箱の経路を追いかける地味で細密な捜査に突入。この辺はのちのヒラリイ・ウォーあたりの系譜に連なってゆくパズラー風警察小説の趣で実に面白い。 とはいえ皆さんおっしゃっているけれど、あんまり「海の」秘密じゃないね。 いやまあ、フレンチが実直に海流の動きを調査するあたりなどはソレっぽいけれど、それ以上にダートムアの底なし沼での行方不明事件に犯罪性があったかの検証にかなりの紙幅が費やされている。これじゃ「沼の秘密」だ。 ひとりひとり容疑者を検分し、そのあとでようやく事件の真実が?……という流れは、いかにもクロフツらしくて良かった。終盤の展開もああ、そうくるか、なるほどね、という感じ。 最後のフレンチと犯人との描写など、クロフツが商業作家として良い意味で書き慣れてきた感じがする一方、初期作品らしい若々しい感じもあって心地よい一編。8点あげてもいいけれど、面白さのポイントが少し散らばった感触もあるので、この点数で。もちろん十分以上に秀作です。 |
No.9 | 5点 | クロフツ短編集1- F・W・クロフツ | 2021/08/16 01:34 |
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(ネタバレなし)
最初にページを開いてから数年。その間にしばらくほったらかしにして、長いこと間が空く。 さらに移動中の車中用とか、出先での待ち時間用に持っていっても、続けて何本か読むとすぐアキが来る。 一本一本はソコソコ楽しいものも多いのに、並べると同工異曲ぶりが先に来てしまい、印象が悪くなる感じだ。 本サイトのレビューの方々の否定的意見にも、それと反対の総括的な肯定的意見にも、それぞれ賛同。 買ってどっかに埋もれている『2』も出てくればもったいないから読むだろうが、多少の覚悟は必要である。 |
No.8 | 6点 | フレンチ警視最初の事件- F・W・クロフツ | 2020/11/01 04:41 |
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(ネタバレなし)
第二次世界大戦終結後のロンドン。人望ある外科医バーソロミュー・バートの診療所で、受付兼秘書として働く30歳の独身女性ダルシー・ヒース。ダルシーは幼なじみだった33歳の青年フランク・ロスコウが6年間の兵役を終えて復員するのを迎えた。フランクとの幸福な未来を願うダルシーは彼のために、バート医師の助手の仕事を紹介する。だが長い軍隊生活でやさぐれていたフランクには賭博の借金があり、彼は表向きは真面目に勤務しながら裏では不正に小金を着服し続けた。しかもダルシーも強引にその悪事にひきこまれていく。やがてフランクは、ステインズ地方の館「ジャスミン・ロッジ」の主人である元外交官で、69歳の富豪ローランド・チャタトンの秘書に転職。そのままローランドの26歳の娘ジュリエットと恋仲になり、ダルシーを袖にする素振りを見せる。そんな矢先のある日、ジャスミン・ロッジでは銃声が鳴り響いて……。 1949年の英国作品。フレンチものの長編、第27弾。 大人向けの長編としては、シリーズの最後から3本目の事件。 周知の通り21世紀になって新訳(復刊)が出た本書だが、評者は今回は20世紀、何十年か前に某古書店で100円で買った旧訳の初版で読了(そーいやたしか、新訳の方も一応は買っているハズなんだけど、そっちはすぐに見つからない~汗~)。 しかしこの旧版、一時期は、一万円前後のプレミアがついていた稀覯本だったなあ……(遠い目)。 旧版の翻訳は、専業? 翻訳家の松原正が担当。この人はこれ以外にも創元社の翻訳ミステリを何冊か手がけているが(ほかのクロフツの諸作とか、ドイルの『クルンバー』とか、アイリッシュの『夜は千の目をもつ』とか)、実にこなれた訳文で旧訳ながらとても読みやすかった。 ダルシーとフランク、本作のゲスト主人公といえる小市民の若い恋人コンビが(彼らが100%のワルでないとはわかって? いながら)、ズルズルと悪の道にはまっていく話の流れは、地味な物語ながら実にぐいぐいと読ませる。 国産ミステリで一番近いティストを例えるなら、好調な時期の清張みたいな感じか。本作の執筆当時、すでに完全に大家になったクロフツの円熟ぶりをとくと実感させられた。おかげでこの邦訳題名にも関わらずフレンチの登場はかなり遅めだが、ちっとも退屈しない。 ただし謎解きミステリとしては存外に裾野が広がらず、良くも悪くもこじんまりとまとまってしまったのが何とも。 フーダニットの流れについてはここでは書けないが、もうひとつのキモとなる(中略)ダニットの解法がサプライズを狙った割にちょっと雑すぎるのでは? (最後の方で「そういう」驚きを語るのなら(中略)についての鑑識は、それまでどのようにされていたのであろう?) そういった意味では、パズラーとしてはあまり期待値が高いと裏切られる感じがする一作ではある。 とはいえ、いつもながらのフレンチの紳士的な捜査官ぶり、ほかのスコットランドヤードの面々との連携の臨場感、ゲストキャラとの動的なからみ、そして最後の(やはり以前のクロフツ作品のラストを想起させる)余韻のあるクロージング……などなど、今回もこちらがクロフツのミステリに求める要素(特に小説的な味わいが大きいけれど)はしっかり受け取らせてもらった手応えがある。だから、これはこれでいいや。 あーまだまだ読んでないクロフツの長編が何冊もあることは、幸福である。 不幸なのは、それが家のなかのどこにしまいこんだのか、年単位で探しても見つからないこと(汗)。 まあ書庫やあちこちに探しに行っては、別の作家の未読の作品を抱えて居間に戻ってくる、そんな日々の繰り返しなのだが(汗・笑)。 |
No.7 | 7点 | ポンスン事件- F・W・クロフツ | 2020/09/06 20:53 |
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(ネタバレなし)
その年の7月。ロンドンから少し離れた田舎町ハーフォード。屋敷ルース荘の主人で引退した鉄工所の社主ウィリアム・ポンスン卿が、ある夜、姿が見えなくなった。気がついた執事バークスと使用人イネスが捜索を開始。やがてウィリアムの別居している息子オースチンにも知らせが行くが、当の老主人は近所の川で死体となって発見された。当初は事故死と思われたが、ウィリアムの友人の医者ソームズは他殺の可能性を指摘。スコットランドヤードのタナー警部が捜査に乗り出すが、主だった関係者たちにはそれぞれアリバイがあった。 1921年の英国作品。 少年時代に購入して数年前から読みたいと思っていたが、家の中の本が見つからない。そうしたら昨日ひさびさに出かけた古書市で、家の中にあるはずのものとほぼ全く同じ装丁の創元文庫(1974年の第10版)を発見。ちょっと迷った末に、売価300円+消費税で買ってきた。 それで帰宅してからすぐに読み始め、二日間で読了。 例によってパズラーというより地道な警察捜査小説だが、容疑者の揺れ動くアリバイ、ほぼ同格に数を増していく被疑者たち、とミステリ的な趣向でも普通に面白い。海外にまで懸命に容疑者を追跡するタナーの奮戦ぶりも盛り上がる。 しかし創元文庫のトビラにはずいぶんとトリッキィな作品のごとく書いてあるので、それでかねてより興味を煽られていたが……ああ、こういう意味合いで、ね。いや、今となっては素朴な感じもあるけれど、謎解きミステリとしての狙いどころは21世紀の現代でも、時代を超えて微笑ましいと思う。告白による真相解明の部分がちょっと長過ぎる気はするけれど、こういうのはまだまだ好きですよ。 ちなみに最後まで忘れていたけれど、どっかの雑誌か評論本かなんかの記事で、この作品の大ネタ((中略)は(中略)は(中略))を教えられていたんだったよな。 最後になるまでそのことは完全に失念していた。ジジイになってから初めて旧作ミステリを読んだおかげゆえの僥倖ってのも、タマにはある(笑)。 評価は、これを当時ドヤ顔で書いたのであろう? クロフツの茶目っ気を微笑ましく思って、0.5点オマケ。 |
No.6 | 7点 | マギル卿最後の旅- F・W・クロフツ | 2020/04/07 15:21 |
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(ネタバレなし)
1929年の10月上旬。ロンドンに在住の72歳の大富豪ジョン・ピーター・マギル卿が、行方をくらます。マギル卿は複数の紡績工場などを経営して財を為した実業家で、現在も事業を息子のマルコム元陸軍少佐に譲りつつ、創意に恵まれた発明家として新製品の開発にいそしんでいた。当初マギル卿は、ベルファストにある工場を運営する息子のところに赴いたかと思われたが、途中で足取りが消える一方、さまざまな証人の証言が集まってくる。ベルファストの地元警察に勤務の若手警察官アダム・マクラングは、スコットランドヤードに赴き、ジョゼフ・フレンチ警部の協力を仰ぐが。 1930年の英国作品。クロフツ10本目の長編で、フレンチ警部の6番目の長編作品。 隠遁した大物実業家の失踪事件がやがて殺人事件に発展し、被害者の死によって何らかの恩恵を受けそうな容疑者が数名に絞り込まれる。 そんな事件の大枠のなかで、フレンチをはじめとする捜査陣がとにかくこまめに、入ってきた情報や証言をひとつひとつ検証していく筋立て。 あの容疑者が真犯人だった場合、アリバイがひっかかるが、それは本当に現実的に絶対の堅牢なものか? という部分で、読者も一応は推理に参加する余地はあるが、まあ実際には当時の英国の地理状況や移動手段の実態など、21世紀の一般的な日本人にとっては常識の外である。黙ってフレンチの地味な捜査につきあう構えなのが得策だが、例によってこれがすこぶる面白い。もはやパズラーではなく、原石的な警察小説の先駆だと思うが、それはそれで読み応えのある捜査ミステリになっている。 犯人の設定が(中略)というのは、謎解き作品としては評価の上でちょっと……という面もあるが、捜査小説としてはその文芸を十二分に活用しており、物語後半でフレンチたち捜査陣が犯行時の実働を、仮想通りに実際に可能だったかシミュレーションしてみるあたりの細かいリアリティの見せ方も面白い。フレンチが終盤に(中略)までするのには、おお! と喝采をあげた。 ちなみに今回は乾信一郎訳のポケミス版で読んだが、古い訳文ながら概してつきあいやすくその辺はありがたかった。 なおポケミス版の158ページ(第12章)で、フレンチが「例のベルギー人」「灰色の脳細胞(の探偵)」とポワロについて言及するシーンがあり、うれしくなった(笑)。フレンチは小説の中の探偵うんぬんという言い方はしていないので、もしかしたらクロフツの脳内設定ではフレンチはポワロと同じ世界にいるのかもしれない?(クリスティーの了解いかんは知らないが)。いうまでもないがポワロのデビューは1920~21年。『アクロイド』も1926年の刊行で、本作『マギル卿』の4年前に英米のミステリ界を騒がしている。 長い地道な捜査の果てにようやく金星をつかんだと確信したフレンチが、この仕事の手柄を評価されて今後昇進する可能性についてあれこれ夢想するくだりもほほえましい。現職の上級警官がさいきん心臓が弱いからそろそろ引退してもとか、勝手な皮算用を始めるのにも爆笑した。フレンチはさぞ当時の英国のサラリーマンに人気があったろうなあと思わせる。 ちなみにアダム・マクラング刑事と、その上司であるアルスター警察署のレイニー署長は後年の『船から消えた男』にも再登場。そっちでもフレンチを支援する。 やっぱりいいなあクロフツ&フレンチ。こーゆー良さは、若い時にはわかりにくいものだった(しみじみ)。 |
No.5 | 5点 | シグニット号の死- F・W・クロフツ | 2019/08/31 14:21 |
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(ネタバレなし)
その年の五月初旬、上流階級の子息の青年マーカム・クルーは、極楽とんぼの父親の急死と家財を管理する弁護士の使い込みのために無一文になり、父の戦友だったヘブルワイト元大佐の紹介で、大富豪の証券業者アンドルー・ハリスンの秘書となる。ハリスンは成り上がり者で貴族階級に憧れ、上流階級との社交の指南役としてクルーを雇った。だがクルーは、ハリスン家や彼の会社の周囲に渦巻く人間関係の軋轢を目にする。そんな矢先、ハリスンが失踪。ハリスンの会社は株が大暴落する大騒ぎになるが、少ししてハリスンは大事なく帰還。政府関係の秘密の業務で不在だったと弁明した。そんななか、ハリスンの持ち船でテムズ川に浮かぶ屋形船シグニット号で数日簡に及ぶ懇親パーティが開かれるが、その夜、船内の密室でハリスンの変死死体が発見される。 1938年の英国作品。創元文庫版のトビラを一読すると、密室ものプラス複数の容疑者のアリバイ崩しの検証と、パズラーとして面白そうである。 しかし実際のところ、密室の方ははあ、そんなものですか? 的に腰砕けに終るし(同じ英国の大作家の某作品を連想する人も多いだろう)、アリバイ崩しの方も、地味でどちらかといえば悪い意味でのリアルな、足を使った地取り&聞き込み捜査が、延々と語られるだけ。 これはパズラーというより、フレンチほかの警察側の奮闘を語った警察小説だよ(今回の彼の相棒は『船から消えた男』などと同じく、若手のカーター刑事)。しかも前述のように丁寧で細かすぎる叙述が今回はアダになって、あまり面白くない。 犯罪の実態が(中略)と判明する趣向と、あまりにも意外な犯人があえて言うなら本作の魅力だが、後者に関しては読者の隙を突いたとか犯罪を実行不可能と目されていた容疑者が実はやっぱり……系の意外性ではなく、単に真犯人がフレンチの視界に入らないというか、意識にのぼらないように描かれ、それゆえ読者も遮光されていただけのような……。いや、真相が発覚してみれば、真犯人の殺意に至る心理そのものは非常にリアルで説得力のあるものなんだけどね。 面白い文芸や趣向をいくつか用意して盛り込みながらも、それらがたわわな実を結ぶことはなかったという感じの、不発気味の一遍。 フレンチが株に手を出して、500ポンド損したとかいう人間臭い描写は良かった。 あと創元文庫版の巻末の紀田順一郎のクロフツ論は、とても読み応えがあり。個人的には、このヒトの書いたミステリ関係の文章の中で最高クラスのひとつに思える。 |
No.4 | 6点 | 関税品はありませんか?- F・W・クロフツ | 2018/04/17 17:25 |
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(ネタバレ無し)
クロフツの遺作。村崎敏郎の旧訳(ポケミス版)が大昔から買ってあったので、今回はたまたま目に付いたそっちで読了した。 (実はHM文庫版も古書で入手してあったような気もするが、そちらは今回見つからなかったな~。) 前半、地味な? 密輸犯罪が口封じの殺人劇に発展していき、密輸犯視点で一度は事態に決着がついたと思いきや、さらに(中略)という筋運びはなかなか鮮烈であった。倒叙ものと一種のフーダニットの合わせ技かと思ったのちに、そこで変化球のサプライズを繰り出してくるクロフツの手際は見事。 後半の展開は謎解き作品というより、良くも悪くもみっしり細部と手順を書き込んだ警察捜査小説という感じだが、それはそれでよい。この作者らしい魅力は普通に味わえた。 ちなみにフレンチの部下の若手警部ロロは、先に『チョールフォント荘』『見えない敵』にも出ていたらしいんだけれど、そっちは私的にまだ未読。前もってその両編を読んでいたらさらに楽しめたろうね。シリーズを順々に追わずにつまみ食い読書しているこっちが悪いのだが。 しかし、クロフツのノンシリーズ編っぽいものが意外にフレンチものの世界観とリンクしていることは前もって心得ていたが、このサイトに来て空さんの『海の秘密』のレビューで『樽』とフレンチシリーズが実は同じ作品世界だということも初めて知って仰天した。この作者は以前の自作や登場人物を本当に大事にしていたんだね。 クリスティーも似たようなことやってるけど、こういう趣向って書き手も読み手も楽しいよな。どなたか有志の方、ファンジンでクロフツ作品登場人物事典とか作って下さいませんかね。WEBのデータベースでもいいから。 |
No.3 | 7点 | スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ | 2017/09/12 15:31 |
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(ネタバレなし)
りゅうぐうのつかいさんのレビューがとても的確で、あまり付け加えることはないのだが、私的にとりわけ印象的だったのは、事件の関係者たちが情報を語り、そのなかである者(たち)は事情から真実を隠そうとする、そのパーツを埋めていくフレンチの手際。これが丁寧な筆致で語られていて、まったく退屈しなかったこと。 後半のある場面での(フレンチが痛手を受ける意味での)逆転劇も地味にショッキングで、これは捜査陣(名探偵)の介入まで予期した犯人側の見事な工作だよね。この辺も面白い。たしかに手掛かりの少なさや真相発覚前の情報の撒き方などを考えると、パズラーというより、フレンチと彼を支える上司・仲間たちの警察小説であるのだが。 あと本書前半での不遇なゴシックロマンのヒロイン風のルースが後半ほとんど物語の表に登場しなくなり、フレンチの捜査主体になるのに若干の違和感も覚えたが、これは自分がクロフツの作品をバラバラな順番で読んでるからだろうな。 たとえば後年の『船から消えた男』あたりとかは、クロフツ自身も違ったこと(フレンチとは別に、その作品オンリーのメインキャラクターをちゃんと最後まで動かす)をやってみたくなったのかと思う。 ちなみに本作はポケミス版(井上良夫のたぶん抄訳版)も番町書房のイフノベルズ版(たぶん本邦初の完訳)も持ってるのだが、例によってブックオフで(税込み105円当時に)買った創元文庫版でついこないだ初めて読んだ(苦笑)。 そしてその創元文庫版の巻末の座談会は圧巻の読み応えだけど、瀬戸川猛資さんが言っていたという「クロフツは好きなので老後の楽しみにとっておく」というお言葉に感無量。少しでも多く生前に楽しんでくださったことを心から願う。 |
No.2 | 7点 | フレンチ警部最大の事件- F・W・クロフツ | 2017/07/24 15:03 |
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(ネタバレなし)
フーダニットとも純粋なアリバイ崩しでもないのだが、警察捜査小説の中に多様な興味を盛り込んだ実に読み応えある一冊だった。 終盤、ようやく犯人像が絞り込まれてくると暗号まで登場し、立体的な興味で読者を飽きさせない作りは初期作ならではの気迫を感じさせる。 ところでこの時点でのフレンチには戦死した息子がいたんですな。この設定はのちの作品でもいきてるんだろうか。 |
No.1 | 6点 | 船から消えた男- F・W・クロフツ | 2016/05/28 15:55 |
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(ネタバレなし)
時は1926年。北アイルランドの田舎で、ある青年科学者のコンビが、ガソリンの発火性を無くして安全化させ、同時にガソリンの容積そのものを搬送用に圧縮できる画期的な技術を見出した。科学者コンビは旧知の若いカップルに協力を求め、その女性の親類の金持ちに、研究を実用化させるための最終研究のパトロン役を願う。計画は順調に運び、一同はある会社にこの技術のパテントを売ろうとした。だが相手の会社の交渉役の青年が、帰途の洋上から姿を消す変事が発生。やがてこの事態は、殺人事件にまで発展し…。 クロフツの1936年の作品。国産の昭和・社会派ミステリを読むような企業ものの流れで前半が進行し、事件が起きた途中から、相棒のカーター部長刑事を伴ったフレンチのアイルランドへの出張編になる。 なおアイルランドの事件現場は、クロフツの先行作『マギル卿最後の旅』の舞台でもあり、同事件(1920年に起きた設定)の捜査官だったアルスター警察署のレイニイ署長、アダム・マクラング部長刑事も再登場し、顔なじみ同士のフレンチと協力する。これはシリーズをきちんと読んでいるクロフツファンには嬉しい趣向だろう(自分はクロフツ作品に関しては目についたものを手にするつまみ食い的な読者なので、その例には残念ながら該当しないが)。なお文中では、やはりクロフツファンにはおなじみのタナー警部も、名前のみながら登場する。 内容はいつも通りのクロフツ作品で、地味ながら良い感じのテンポと、程よい起伏に富んだ展開が楽しめる一冊。登場人物の絶対数が多い分、相対的にフレンチの出番は少ないが、実質上の主人公といえる本作のヒロイン、パミラ・グレイとその恋人ジャック(ジョン・ウルフ)・ベンローズたちの巻き込まれ型サスペンスものの趣もあり、そんな彼らの力になろうとするフレンチの活躍は、いかにもおなじみの名探偵らしくて頼もしい。 伏線や手掛かりが後出しぎみ、さらにそれが短編向きのギミックなのはナンだが、トリックは大小のものを巧妙に組み合わせており、手ごたえはまずまず。物語の後半、法廷ものの興味も楽しめ、なかなか満足度の高い一冊だった。 |