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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2031件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.15 6点 邪悪の家- アガサ・クリスティー 2024/04/18 18:26
(ネタバレなし)
 1932年の英国作品(1931年に雑誌連載で初出)。ポアロ(ポワロ)ものの第6長編。

 先日、閉店した少し離れた方の近所のブックオフの店仕舞いセールスで、新潮文庫の『エンド・ハウス殺人事件』を50円で買ってきた。ポケミス『邪悪の家』は間違いなく持ってたと思うが、読んでいたようなそうでなかったような……。いずれにしろ、実質的に白紙の気分で最後まで読み終えた。

 翻訳は当時のベテランで1950年代から仕事をしている中村妙子女史だが、1988年に初版の新潮文庫版はこの時点での新訳のようで、とても読みやすい。
 ストーリーの進行は、定石の作劇にさらに補助線を引いたような安定感で心地よく読める。真犯人のバレバレぶりは異論はないが、隠された動機の方はなかなか面白い。
 ちなみに今回読んだ新潮文庫版では、本文のあとに読んでください、として、ある登場人物について叙述の不自然さを訳者の中村女史自身がしている。それに関しては、確かにそういえばそうだ。

 トータルでは出来はよくはない方の作品ということになるのだろうが、それでも読んでいるうちは楽しかった。nukkamさんのおっしゃる、深読みしすぎて~の件は、よくわかる(笑)。

 最後に、これまでの何人の方のレビューで<この作品は、別の巨匠作家のあの作品を想起させる>という主旨で、具体的な作家名と作品名まで引き合いに出して語っておられるので、事実上、そっちの作品のネタバレか、限りなくそれに近いものになっている。被害を受けたので(大泣)、これから過去のレビューをご覧になる方に、そのつもりでお読みくださいと、ここでその旨、警告させていただきます。

No.14 7点 ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー 2023/06/07 17:45
(ネタバレなし)
 今回は、出先のブックオフの100円棚で見つけたポケミス版で読了。数十年ぶりの再読で、前回は創元文庫版だったような気がする。
 犯人もトリックも大筋も忘れていたが、読んでるうちに一部の情報を思い出した。

 本当に初期作、ポアロの第二長編ということもあってところどころ粗削りだが、その分、妙なパワーを感じて面白い。
 はっとなったのは、のちのクリスティーの十八番となる、ミステリ的な趣向を早くもここで使っていたことで、その点では実は『スタイルズ』とはまた別の意味で、非常に重要な作品だといえよう。

 ヘイスティングとシンデレラのラブコメ模様は楽しく、読後、試みにTwitterでこの二人の名前を同時に打ち込んでみると、ファンが結構、キャーキャー言ってるのがわかって微笑ましい。
 そーか『カーテン』で、この二人が(中略)ということはわかるんだっけ。さすがに両作品の情報を、整理して記憶してはいなかった。
 たしかに四十男と17歳の女子の恋愛というのはアレだね。赤川次郎みたいだ。
 
 タイトルが地味な分、こーゆーものは面白いのだろう(面白かったはずだろう)と期待して読んで(再読して)、いろいろと楽しませてくれた作品。大きな記号的なトリックやギミックはないが、結構中身は濃い作品であった。

 話の作りには、ドイル以前の時代の英国伝奇推理小説の主流を感じる。といってもこの作品が書かれたころには、まだホームズは現役だったんだよな。いろいろと興趣深い。

No.13 6点 カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー 2022/06/02 14:48
(ネタバレなし)
 肺炎を生じた老嬢ジェーン・マープルは、心優しい甥レイモンド・ウェストのはからいで、西インド諸島(カリブ海)にある「ゴールデン・パーム・ホテル」で静養していた。ケンドル若夫婦が経営するそのホテルでミス・マープルは十人以上の宿泊客となじみになるが、その中のひとりで元軍人の老人バルグレイヴ少佐が、自分は殺人者を知っていると語る。少佐はその殺人者の写真を見せようとしたが、途中で何かの理由で表情を変えて中座した。やがてミス・マープルは、ホテルに急死者が出たとの知らせを聞く。

 1964年の英国作品。ミス・マープルものの第九長編。
 大昔の少年時代にたしか一度読んでいると思うが、ストーリーも犯人もトリックも完全に失念しており、ほぼ初心で読了。何十年前に購入したポケミス(1973年の再版)で今回も読んだ。

 ポケミスで本文が200ページちょっとという薄目の作品だが<その人物は何を見て(あるいはなんで)表情を変えたのか>という謎のフックに始まり、クリスティーらしい持ち技はそれなりに豊富。
(それだけに犯人は伏線から察しがついたハズなのに、最後まで気が付かずに終わってしまった。不覚。)

 ただ犯人の設定からすると、この人物かなりリスキーなことを平然としていたような気がする。もちろんあんまり詳しくは書けないが。
 あとあの人物が(中略)という形で(中略)を秘匿していたというのは、いささか作者のチョンボだよね。まあ当人のキャラクター設定で、そういうこともやりそうな人物として造形してあるのは、ベテラン大家の上手さではあるけれど。

 枯れてきた感じもする時期の作品だが、同時に書き手の円熟ぶりも実感させて、プラスマイナスで佳作。これで『復讐の女神』(こっちは完全に未読)も読める。
 未刊行の「Woman's Realm(「女性の領域」の意味か)」の内容も気になるねえ。どこかに梗概くらい残ってないのだろうか。不勉強にして聞いたことがない。

No.12 6点 なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?- アガサ・クリスティー 2022/01/19 07:10
(ネタバレなし)
 第一次大戦後の英国。ウェールズ地方の小さな海辺の町マーチボルト。身体上の理由から海軍を退役させられた20代後半の青年ロバート(ボビイ)・ジョーンズは今後の進路も決めかねて、無為な日々を送っていた。そんなある日、友人の中年の医師トーマスと崖の上でゴルフを楽しんでいたボビイは、崖下に重傷の男性を見つける。トーマス医師が人を呼びに行く一方、その場で危篤の男性を見守るボビイは、その相手から謎の末期の言葉「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」を聞いた。この件に関心を抱いたのは、近所の伯爵令嬢でボビイの幼馴染フランシス(フランキー)・ダーヴェントである。若い二人は死者の検死審問で覚えたさる疑念から、さらに事件に深く介入していくが。

 1934年の英国作品。
 作品の素性(クリスティーの著作における順列など)はすでに本サイトでもみなさんが語ってくれているとおり。
 評者は小学校の高学年、図書館で本作のジュブナイルリライト版(たぶん偕成社の「すりかえられた顔」)を読んだきり。冒頭のダイイングメッセージの謎とラストシーンの雰囲気以外、まったく中身を忘れていたので、懐旧の念も込めて読んだ。
(で、やっぱり中身は、ほぼ完全に忘れていたね。)

 事件からみの重要人物が(中略)など、あまりに無警戒ではないか? その辺はイクスキューズが欲しいよな、という不満が早くも前半で芽生える。さらに犬棒式に主人公コンビが動けばヒットする作劇もイージー。
 途中までは、なんだこれは、赤川次郎の手抜き作品の先駆か? という気分であった(……)。

 とはいえ見せ場の多い筋立てはさすがに退屈さとはまったく無縁だし、黒幕(の中略)の正体も早々とわかるが、それでも後半、それなりに事件を作りこんであるのは認める。
 まあ主人公たちのピンチの際、デウスエクスマキナとしてあまりにも唐突に再登場する某サブキャラの運用は、あっけにとられつつ、その力技めいたダイナミズムの程に、ケタケタ笑ったが。

 あと『秘密機関』といい、これといい、この時期のクリスティーって実はかなり潜在的に<密室殺人>に執着している気配があるよね。結局は「そんなハイレベルなものは作れない」と、いつも早めに悟っちゃうのか、すぐにネタを明かしちゃうけれども。

 終盤、第34章でのあのキャラクターの物言いは印象的であった。こういうタイプの登場人物の造形にこだわるクリスティーの偏向が伺える。もしかしたら、今後のスパイスリラー路線でのレギュラーか、毎回の悪役たちの向こうにいる影の人物として運用したかったのか、などとも考えてしまった。モリアーティかのちのニコライ・イリイチの小粒版みたいなキャラが欲しかったりして。

 みなさんがおっしゃるようにダイイングメッセージの扱いはアレだし、悪役側の動きも振り返るともうちょっとシンプルにできなかったのかな? とも思うが、まあまあ佳作ではあるでしょう。主人公コンビがもうちょっと、魅力的ならなお良かったけれど。

 しかし本作のみならず他の活劇ものまで含めて、頭を殴られて気絶~場面転換、の多用ぶりはクリスティー、いささか安易だ(笑)。

No.11 6点 ねじれた家- アガサ・クリスティー 2021/12/10 06:15
(ネタバレなし)
 マザー・グースを巧みに取り入れというから、王道の見立て連続殺人かと思いきや、ただの(中略)ですか、そうですか。『そして誰もいなくなった』の類似作と錯覚させたかった早川の商魂、見え見えだ。

 真犯人の文芸設定については以前から、どっかで聞き及んでいたつもりだったので、ネタバレ承知の上の消化試合のつもりで読み出した。そうしたら前情報(?)が中途半端だったらしく、終盤で結構なサプライズを味合わされた。
 
 トータル的に、読み物としては結構、面白かった。クリスティーが自作のフェイバリット・ワンにするまでの感興は見出せないが、独特なクセのある作品だということには異論はない。

 読み手の踏み込み方、咀嚼の仕方でかなり評価が変わる作品だと思う。正直、本サイトの先行の方々のレビューにも色々と思う、感じるところはあるが、まあそれは。
 
 得点的な部分だけ拾うとかなり高い評点をつけたくなる長編だが、一方でその波に乗って高評を授けたくなる間際で、でもそれじゃ、とか、とはいえそういう方向の作劇をするならば……とか、色んな不満や不整合を覚えてしまう作品。
 エピローグの余韻も含めて、個性的な味があるのは認める。

No.10 5点 秘密機関- アガサ・クリスティー 2021/11/29 15:47
(ネタバレなし)
 HM文庫版で読了。
 トミー&タペンスの長編は、若い頃に『親指のうずき』『運命の裏木戸』『NかMか』の順で読んでおり、これが初読作品の最後になった(連作短編集は途中まで読んで中断し、そのままである)。

 保守派志向の内容に関しては、50年代のマイク・ハマーに今の視点で文句を言うようなものだろうし、あえてノーコメント。
 セミプロかアマチュアかの主人公コンビのスパイスリラーとしては、まさに本質は当時のクリスティーが書いたラノベである。というか全体的に赤川次郎みたいだ。良くも悪くも。
 政府の要人側がトミー&タペンスを使う理由も、要は固定観念のないフレッシュな発想と行動力に期待したいということで、そんな国家機密に関わる案件を出会いがしらのアマチュアに任せるゆるい流れも、赤川次郎でラノベ。
 いやたぶん、21世紀の今のラノベの大半の方が、この辺の細部のイクスキューズに気を使うような……。

 ただまあ、そういう大昔の冒険スリラーと思って割り切って読むならば、そこそこ面白かった。
 中盤の、某案件に際して金力にものを言わせてぶっとんだ作戦を提案するアメリカの富豪青年ジュリアスのくだりは、ほとんど『怪船マジック・クリスチャン号』のノリだ(笑)。

 途中で不可能犯罪の密室っぽい? のが出てきて、おお!? と一瞬思ったが、結局は、あまり掘り下げられなかった。残念。
 あと、黒幕の正体についてはこの頃からクリスティーの手癖が感じられて、早々に見え見え。それでもちょっとミスディレクションめいたものを用意してあるのは、評価の対象か。

「ジャップ警部」の名前が登場で、ポアロ世界とリンク……には拍手喝采だったが、さすがに本サイトではすでに弾十六さんが指摘していた(苦笑)。
 しばらく読み返していないけれど、たぶんパシフィカの「名探偵読本・ポアロ&マープル」のクリスティー世界の人物相関図にも、この情報は触れられているんだろうね?
(ちなみにWikipediaの本作の独立記事項目にも、このジャップ警部の話題は書かれている。みんなこういう趣向がスキなようで。)

 それとHM文庫版250ページでの「すごいなあ! まるでポケット・ミステリを読んでいるみたいだ」には爆笑しました。
 弾十六さんのメモチェックにはないけれど、コレは日本語版のお遊びですよね? (田村隆一の訳文の初出は、もちろんそのポケミスだったワケだし。)
 なんか『オバケのQ太郎』の原作コミックで、伸一兄さんが漫画雑誌を買ってきて「少年サンデーが出たぞ」というメタギャグを思い出した(この部分は、初めて新書版コミックスになったオバQの虫コミックス版では「COMが出たぞ」に改訂されている。言うまでもなく「COM」は『火の鳥』などが掲載された漫画雑誌で、虫コミックスと同様、旧・虫プロの出版部の刊行物)。小学館のコロコロでの再録やてんとう虫コミック版、FFランドや藤子全集版ではどうなってたか。全部チェックしてるハズだが、失念している。
 ……いや、長々とスンマセン(汗・笑)。

No.9 6点 ゼロ時間へ- アガサ・クリスティー 2021/06/06 05:02
(ネタバレなし)
 数十年ぶりの再読(大昔に古本で買ったポケミスの初版を引っ張り出して読む)。少年時代に一度読んだきりで、バトル警視がポアロのことを思い出すシーン以外は完全に忘れていた。なにしろトリックもプロットも犯人も、そしてタイトルの意味すら失念(汗・笑)。

 というわけで、ほとんど初読みたいな気分で楽しめたが、う~ん。個人的には良いところとアレな部分が相半ば。

 「ゼロ時間」という趣向が悪い意味でメタ視点によりかかっているでしょというクリスティ再読さんの指摘にはまったく同感だし、ALFAさんのネタバレ部分のレビュー内の第三の意見にも共感。
 特に後者は、ある意味じゃ実にバカバカしいステキな殺人トリック(被害者には悪いが)なので、もっとうまく効果的に使ってほしかった思いが強い。
 あと、自殺失敗者アングス・マクハーターの運用は、あまりにも役割のための役割でしょう。いきなり本筋からまったく外れた部分で語るものだから、どういう風にメインプロットにハメ込むのかとワクワクしていたら、本当に作者の都合だけでまとめられたので驚いた。それゆえにラストもこの上なくシラける。なんかクリスティー、読者と自分自身に向けて、駒キャラだったマグハーターの処遇について、言い訳したんじゃない?

 まあ一方で「ゼロ時間」の実体となる犯人の着想そのものは、(類似のものがいくつかあるのは承知で)悪くはないなあ。ちなみに邦題は、旧訳の「殺人準備完了」の方がいいかもね?
 冒頭のバトル警視の名探偵ぶりの演出、書き分けられた登場人物たち、かなり縦横に張られた伏線など、ホメるところも多くはある。
 しかし全体としては、クリスティーがアイテアを数だけは放り込み、部分的に丁寧な一方、総じて雑にまとめた一編という感じ。
 大体、<あの二人>の秘めた関係、露見されるまで秘匿されていた、他のキャラの話題にも出ないというのが、あまりにリアリティを感じないのだが。

 個人的には、この数年間に読んだ(再読した)クリスティーの長編のなかでは最大級に、得点要素と減点要素がせめぎ合った一冊かもしれない。

No.8 6点 シタフォードの秘密- アガサ・クリスティー 2020/12/24 05:13
(ネタバレなし)
 1930年代初頭のイギリス。ダートムアのシタフォード山荘では、借主のウィレット夫人とその娘ヴァイオレットが、近所の人々とともに降霊会を催していた。その最中に、一同のよく知る人物が殺される? とお告げがある。そして実際に殺人が発生。エクセター地方の敏腕刑事ナラコット警部はこの殺人事件の捜査に当たり、やがて一人の容疑者が逮捕されるが。

 1931年の英国作品。クリスティーの第11番目の長編。
 メイントリックは少年時代から、どっかの推理クイズ本で図入りで教えられていた。それで興味が薄れたこともあって読むのが今まで後回しになったが、まあそれでも直接、犯人を知っているわけでもないし……と思って、なんとなく読んでみたくなり、このたび手にとってみる。
(なお、その少年時に購入したはずの本が見つからず、しかたなくweb経由で創元文庫版『シタフォードの謎』の安い古書を買い直した。)

 しかしながらメイントリックを前もって知っていてもそれに関連する描写がなかなか登場せず、おかげでかなりギリギリまで犯人がわからない。これはある意味でウレシイ誤算ではあったが、一方で真犯人が明かされると事前の叙述の一部が、どうもアンフェアに思える(前述のように、今回は創元の鮎川信夫訳で読んだが)。あまり詳しくは書けないが、こちらも一応は疑念を浮かべたので、なんか裏切られた気分。
 
 プロ探偵のナラコット警部、さらに登場するアマチュア探偵……と複数の探偵役の競演は楽しく、最終的に誰が推理のトリをとるのかという興味はなかなか面白かった。中盤から登場するメインヒロインのエミリーは、その劇中ポジションをふくめてクリスティの某・先行作の<彼女>を思い出した。なんとなくこちら(『シタフォード』のエミリー)の方が先行のプロトタイプで、もうひとつのくだんの作品のヒロインの方が完成形だと思っていたが、実際には逆である。ちょっと意外。

 謎解きミステリとしての興味や結構の部分だけ絞り込めば、もっともっとコンデンスに作り直せる感触はある。
 しかし一方で、全編にクリスティーらしいギミックが満ちており、そういう意味では結構、満腹感のある作品。
 
 ちなみにナラコット警部って、この作品だけの単発キャラかと思っていたら、数年前に発掘された<クリスティー執筆のオリジナルラジオミステリドラマ>の中でも再登場していたと聞く。
 登場作品は少ないとはいえ、めでたくクリスティーのレギュラー探偵のひとりに公然と昇格したわけで。
 ……で現在の「ミステリマガジン」はこの数年、何回もクリスティー特集をやりながら、いつになったらそんなおいしいネタのラジオドラマを訳載するのだ? 編集部にやる気がないのがよくわかる。

No.7 6点 予告殺人- アガサ・クリスティー 2020/10/05 02:10
(ネタバレなし)
 1950年の英国作品。ミス・マープルものの長編第4作。

 評者は少年時代に本作を読んで以来、ウン十年ぶりの再読。読み直すまでトリックもストーリーも犯人も、まったく忘れていた。特に印象深い場面もなかった。
 しかし最近また、乱歩の古い記述とかたまに目にすると、改めて本作への高い評価が気になってくる。一体どこがそんなに凄かったんだっけ? という感じで一念発起して、古本で買ったHM文庫版のページをめくり始めた(ちなみに初読はポケミスの方である)。
 それでまた、いつものように登場人物メモをとりながら読み進め、ほぼダレないで最後まで楽しんだ。

 読了後に本サイトのレビューを拝見すると途中で犯人がわかったという方も多いみたいだけれど、残念ながら評者は当てられなかった(汗・涙)。けっこう大技を使ってはいるのだが、そのギミックが(中略)というやや破格な感じだけに、まさかもう(中略)と油断したこともある。
 二つ目の殺人の謎のホワイダニットの真相は、ある種の無常観と残酷さで結構好みかもしれない。
 一方で、やはり本サイトの少なくない方が指摘しているように<予告殺人>があまり(中略)なのは残念。殺人者ののちのちの行動の流れからしたら、かなりアンバランスではある。

 改めて、乱歩はどの辺を具体的に良いと思ったのであろう(当該の文章は、読後まだ見返してはいない)。犯行の事前予告という趣向は乱歩当人もあれやこれやの自作でやっているけれど、その辺にシンパシーを感じたか? いやまあ、そこまで単純な理由ではないと思うが。ああ、そういえば(以下略)。

 ミドルサイズのギミックの(中略)的な設け方はパワフルなものの、反面、もろもろの趣向が先走った感もあって、その辺で相殺。
 トータルな評価としては、秀作にかすりかけた佳作というところ。マープルものでは中位の出来でしょう。個人的には、少し前に初めて読んだ『牧師館の殺人』の方が、小説的な面白さもろもろ合わせて好きかもしれない。
(しかし結局、最後まで、前に読んだ際の記憶はなにひとつ甦らなかったよ。それもまた我ながらスゴイが~汗・笑~。)

 最後に、HM文庫版の127ページ。ミス・マープルがハメットの作品を読んでいた、という叙述にはぶっとびました(笑)。実際に何を読んだかは書かれていないけれど、いったいどの作品だったのか? 
 本作は1950年の作品だから、作中の事件が仮に1940年代の後半に起きたとして、すでにハメットの長編は全部その十数年前に書かれているし、40年代後半からEQの編集で短編集も続々と刊行されている。あれこれ想像してみるのも楽しいね。
(そーいや、以前に小鷹信光の記述で知ったけれど、あの「ブラックマスク」にもクリスティーの作品は何か短編が一本だけ掲載(たぶん再録?)されているんだよな。)
 かたや、はたして生前の晩年のハメットは、この『予告殺人』を読む機会はあったのだろうか? 本作が刊行されてから10年くらいは生きてたハズだし。
 今回再読してみて、この作品で一番評者の心に響いたのは、実はここ、ハメットのくだりだったかもしれない(笑)。

 評点は客観的に見れば7点は十分にとっているんだけど、くだんの乱歩の高評に異を唱えてちょっときびしめに(その乱歩の物言いを改めて読めば、なるほど! と思うかもしれないが。まあその場合は、また点数を変更しよう)。

No.6 7点 牧師館の殺人- アガサ・クリスティー 2020/06/15 05:44
(ネタバレなし)
 久々にクリスティーを読みたくなって蔵書の中から未読の作品を漁っていたら、ポケミス版のこれがでてきた。ミス・マープルものの初長編。
 いやいくらなんでもコレは昔に読んでるはずだ……たぶん読んでる……おそらくは……もしかしたら……と、確信度が次第に十のうちひとつかふたつくらいに下がっていく。
 まあ万が一、昔に一度読んでいても、これくらいしっかり忘れてるんならいいだろと思ってページをめくったら……あら、完全に、初読であった(笑)。そーか読もう読もうと思って、そのままだったのだな(大笑)。
 さすがにのちのマープルものは、何冊も読んでるが。

 という訳で半日かけてしっかり楽しんだけれど、セント・メアリー・ミードをがっぷりと舞台にした箱庭的な感覚の作品で、予想以上に面白かった。
 
 しかし主人公クレメントの若奥さんグリセルダ最高だな。自分が選択の自由があるという権威を示すために、三人ものの他の求婚者をふってあなた(ずっと年長の夫クレメント)を選んだとかの呆れた悪態ぶり、水着で絵のモデルになるくらいなんですの、わたしなんかもっと……とか、若い男にとってあなたみたいな年上の夫がいる私みたいな若い美人の奥さんは最高の贈り物なのだ、とかの小悪魔的なエロい物言いの数々。それで最後には(中略)とくるか。あー、ズベ公萌えの評者(汗・笑)にとっては破格ものの、クリスティー史上のベストヒロインかもしれない(笑)。

 あと翻訳のせいもあるのかもしれないが、前半の叙述がところどころイカれてて素晴らしい作品であった。人食い人種ネタジョークの悪趣味ぶり(不発に終わること自体も笑える)もさながら、容疑者の拳銃の所在について証言するミス・マープルの物言いまで妙にエロい。

 ミステリとしては、ポケミス版の解説で乱歩はあんまり評価してなくて『予告殺人』の方がいいとはっきり言っちゃってるんだけど、個人的にはおお、そうきたか、という感じで結構スキである(自分は後半のとある叙述から、別の人間が犯人では? と推察していた)。
 最後で急にこの物語に出てくる某ガジェットへの細かい不満などはあるものの、ミスリードの仕方としてはかなり上策だったではないかと感じた(その一方で、フェアプレイにしようという恣意的に丁寧な描写が饒舌すぎて、あとから思うとかなりアレなところもあるんだけれど)。

 あと、かのキーパーソンの正体はのちの別シリーズでこの変奏をやっている感じで、そっちでの真相発覚がスキな分、ここに先駆というか原型? があったという意味で興味深かった。
 総合評価としての完成度(というより作品の格の結晶度)はいまひとつかもしれないけれど、クリスティー色は全開かその上で、好みの作品の一つになりそうではある。

No.5 7点 スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー 2019/01/01 20:15
(ネタバレなし)
 1920年作品。言うまでも無くポアロのデビュー作。
 大晦日~元旦の年越しなので、何か自分の読書歴的にもミステリ史的にもマイルストーンといえる一冊を……と思い、何十年も前に古本で購入したままだった1957年刊行のポケミス版を手に取った(その後、ブックオフでHM文庫版も買ってあるハズだが)。今のファンにはとても信じられないだろうが、これがソコソコ入手しにくい時期もあったんです(創元文庫版が70年代半ばに再版される前ね)。
 ちなみに初読である。これまで読まなかったのは、本作の最大の大ネタである犯人の○○○○○~というのをどっかで事前に教えられていて、興が薄かったため。

 おかげでやっぱり犯人は途中でバレてしまったが、毒薬に詳しいクリスティーらしい熱気ある叙述、意外に(でもないか……)しっかり書き込まれた法廷ミステリ的な興味、そしてのちの作者自身の代表作のひとつの原型的なトリック……と盛りだくさんである。 
 あと手紙の現物を掲載してそこに意味をもたせるギミックは、見方によってはホイートリー&リンクスの「捜査ファイル・ミステリー」シリーズの先駆だよね。
 ちなみにポケミスの解説では、都筑道夫がこの作品のトリック(前述の○○○○○~のことだろう)は今(昭和32年当時)ではメジャーになってしまったが、本作こそが先駆である、と声高に弁護している。厳密に本作以前の前例がないのかは未詳だが(『アクロイド』だってアレやアレがあるし)、もし事実なら確かに見事な創意だろう。演出がやや甘いところも感じるが、個人的には当時の時勢に戻って得点的に評価したい。
 クリスティ再読さんの、クリスティー作品をある程度読んでからの方が楽しめるというのには頗る共感。nukkamさんの高評も理解できる。

 勢い? というかノリで(中略)しちゃうヘイスティングスも、その彼から時々狂ったようになるんですと言われているポアロも愛おしい(笑)。あと本作でポアロが話題にしている、彼が動員したという十人の素人探偵。どういうキャラクターだったのだろうか。のちの事件簿に何人か登場していたような協力者たちが該当するのか。

No.4 6点 ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー 2017/08/27 11:52
(ネタバレなし)
 登場人物の書き込みが妙に執拗で、クリスティーの中ではなかなか骨太な作品…と思ったけれど、nukkamさんのレビューを読んでとても納得しました。作者にしても意識的に文芸性を狙った一冊だったんですな。
 ただし訳者・中村能三の巻末解説(あとがき)の中の余計な一言もあって、犯人は途中で普通に気づいちゃいました。そういう趣向も加味してるのなら、この人物だろうと思ってまんま正解。これから読む人は解説は見ない方がいいです。
 あと凶器関係のトリックに関して、その思考ロジックはおかしいでしょ、というツッコミも多少。
 さらに言うならこの時代、まだ硝煙反応の鑑識技術は無かったんだろうか。あれば一発だよね。webで調べたけど、二十世紀の何年ごろ確立した技術かはわからない。
 ご存知の方がいれば掲示板などでご教示願えますと幸いです。

No.3 5点 茶色の服の男- アガサ・クリスティー 2017/08/03 09:39
(ネタバレなし)
内容の割に長い……とは思うものの、作家として小説技巧を研鑽していった時期のクリスティーが、こういうものも書きたいと思って綴った のであろう、若き日の愛すべき一冊。

クリスティー文庫版で終盤の493ページ、アンからのレイス(深町真理子訳ではレース)大佐への「あなたなら、これからもきっと素晴らしいお仕事をなさるはずです。洋々たる前途がひらけていると思います。いつかは世界有数の偉人のひとりになるでしょう」の一言がとてもジーンとくる。いやこれって、テレビドラマ版『おれは男だ!』の丹下竜子だな。
のちのクリスティー諸作のリアルタイムでの刊行時、レイス大佐に再会できて、「おお!」と思ったであろう当時のイギリス読者たちの喜んだ様が、少し羨ましい。

No.2 7点 ひらいたトランプ- アガサ・クリスティー 2017/08/03 09:21
(ネタバレなし)
当時絶版で品切れだったポケミス版を足繁く探し回った古書店で入手したのが大昔の青春時代。
それでこの作品を愉しむなら、いつかきちんとブリッジのルールやコツを修得してからと思って手をつけずにいたものの、いつしか長い時が経ち、オヤジになったかつての少年ミステリファンは、結局ブリッジも知らぬまま本書をどっかのブックオフで買ったクリスティー文庫版で初めて読むことになりました。ダメじゃん(笑)。ちなみに当時のポケミス版は家のどっかに眠ってるはず。読まなくてゴメンね。

あだしごとはさておき、いやこれは予想以上に面白かったですな。
もともとオールスターものが好きなので、新登場のオリヴァ夫人を加えたクリスティーレギュラー陣4人と、容疑者4人の対峙という絶妙な設定。冒頭のヘイスティングスのコメントも、事件に関われなかった彼のひめた悔しさを語るようでまたニヤリです。
内容的にはクリスティーの優しさと底意地の悪さを実感するような展開も最後まで秀逸。いくつかの面で作者としての異色作? ともいえる部分もありましょうが、クリスティーの器量の広さ深さを改めて思い知らされた一冊。

No.1 5点 蒼ざめた馬- アガサ・クリスティー 2017/05/13 16:39
(ネタバレなし)
 クリスティー1961年の作品。今回は仕舞いこんであったポケミス版の重版を引っ張り出してきて読んだ。
 それにしても、うーん、登場人物が多い……。まともに付き合って、被害者のゴーマン神父が握ってたメモの名前までふくめて片っ端からリスト化していったら、最終的に60~70もの人名が並んでしまった。たぶんこの作者のなかでも筆頭格の多さじゃないかしらん。(そのくせ、ポケミス版の登場人物一覧に、主人公マークのガールフレンドのハーミアの名が無いのは解せない。)

 でもってこの作品でのクリスティーの狙いとしては、戦後すぐアメリカに行ってしまった盟友のカーとかが海の向こうで歴史ミステリ枠のなかでSFやらスーパーナチュラルな要素をぶっ込んでるのを遠目に、当時のミステリの女王が<一見オカルトものに終わりそうな異色作>をもくろんでみたような感じかと。その意味では全能感の強い名探偵であるポアロもマープルも出さなかったのは正解である。
(とはいえほかの方も指摘されているように、オリヴァ夫人とキャルスロップ(カルスロップ)夫妻の共演という趣向が、ポアロものとマープルものの世界観をさりげなく繋げていてファンには楽しい。)
 
 真犯人に関してはクリスティーの作劇の手癖で早々と察しがついちゃうのがアレだし、事件や物語の細部でいまひとつ未詳な箇所も残る気もする。
 でもちょっとラブコメ風味のサスペンス編としては、中盤で真打のメインヒロインが登場~活躍してからはそれなりに面白い。ジンジャは良い感じでクリスティーらしいエッセンスの詰め込まれた、当時の現代っ子ヒロインだったんじゃないかなと。
 まあ事件の真相については、とにもかくにも20世紀半ばの法医学だから成立した種類の作品だろうとも思うけど。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2031件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(27)
カーター・ブラウン(20)
フレドリック・ブラウン(17)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
アガサ・クリスティー(15)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
アンドリュウ・ガーヴ(11)
ジョルジュ・シムノン(11)