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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.226 7点 ブルーローズは眠らない- 市川憂人 2017/10/09 12:47
(ネタバレなし)
 前作以上に怒涛のごとき合わせ技で攻めまくる一冊で、作者のミステリ愛がひしひしと伝わってくる快作。
 中盤の『エリアンダー・Mの犯罪』を想起させる文書の謎は「まあそれ以外ないよね」という解法だが、しかし読者がひとつかふたつネタを見破ったところで総体としては揺るぎもしない正統派&技巧派パズラーの迫力。これはたっぷり堪能した。
 殺人の意外な構図や、「なぜ事件に巻き込まれたと思しき関係者を殺人現場で犯人はギリギリ縛り上げたか」の謎解きにもニヤリ。 
 ただし後半である大ネタがわかってからは、それについての描写で<神(作者)の恣意が入り過ぎた作法>に摩擦感を覚えないでもないが、ここはグレイゾーンか。そんなのは、この作品に限った問題ではないし。
 いずれにしろ次作も楽しみな作家とシリーズではあります。

No.225 5点 NO推理、NO探偵?- 柾木政宗 2017/10/09 12:33
(ネタバレなし)
 第1・2話に関しては、そのイタさが実にざわざわ来る感じだった。なんというか、田舎からアメリカンドリームを夢見て都に出て来た女子の漫才師コンビが、いざステージに立ったら、かねてから仕込んできたネタですべりまくるような…。
 ただ第3話(旅情ミステリ編)の着想(実は…)や、第4話(エロミステリ編)のくだらなさは結構ツボにはまります。最後も書き手の熱量がいまいち面白さやミステリとしてのときめきに繋がらない感じはあるけれど、こういう姿勢は嫌いじゃない。
 
 それにしてもこの作品は、みなさんの評がそれぞれとても面白いですね(笑)。レビューも芸だということを改めて実感します。 

No.224 7点 ドローン探偵と世界の終わりの館- 早坂吝 2017/10/08 10:00
(ネタバレなし)
 物語が殺人の舞台となる場に移ってからは、消化試合で惨劇が続いていく感じ。その意味でやや退屈を覚えた。
 とはいえ最後に明かされる本作の大仕掛けは、かなり強烈。二段構えの意外性とあいまって、綾辻の館シリーズのあの最高傑作をも想起させる××的なショッキングさがある。なるほど横溝の『黒猫亭事件』よろしく、巻頭から作者がトリックを示唆した上で読者に挑戦してくるわけだ。
 まあ真相を見抜けなかった悔しさゆえの憎まれ口を叩くなら「それって、単に◯◯的な知識の問題じゃありませんか?」と言いたくなるような気分もあるが。
 
 あとキャラクタードラマとしての最後のクロージングは凄く好きである。恩を受けた人と自分との本当の立ち位置というか距離感を見出した主人公の健全さが、とても良い。『誰も僕を裁けない』も前向きなラストだが、あっちはちょっと綺麗にまとめすぎたなという感もあったが、こちらでは当該の人物の心根が改めて(以下略)。
 そういう点では作者のこれまでの作品のなかで一番スキだわ。  

No.223 6点 あなたは嘘を見抜けない - 菅原和也 2017/10/08 09:39
(ネタバレなし)
 若手料理人の「僕」こと高辻裕樹。その高辻は、職場のレストランのバイト娘・花村郁美の紹介を経て、その友人の唐橋美紀と恋人関係になる。美紀には廃墟を探索する趣味があり、複数の同好の士とともに離島の「廃島」に赴くが、そこでもうひとりの人物とともに、不審が残る状況のなかで命を落とした。高辻は事件の真相を探ろうとする。そして明かされる「廃島」での怪死の真相とは?

 この数年、コンスタントに秀作を放っている菅原和也の新作。ある点に関してはこちらが油断していたこともあって見事に騙されたが、気づく人は気づくだろう。 
 廃墟内での<密室>といえる状況での殺人事件は、不可能犯罪的な興味として、普通に面白い。視覚的にちょっと××な? トリックも印象的である。
 なおあんまり内容については書かない方がいい作品だが、最後まで読んでこれがタイガ文庫で出たことが腑に落ちた。タイトルが含む意味の味わいもしみじみ来る。

No.222 5点 ホテル・カリフォルニアの殺人- 村上暢 2017/10/07 10:03
(ネタバレなし)
 気になった新作なんで読んでみたら…むむ…これは。
 なんつーか、とにもかくにも噂になっている飯屋が近所に開店したので行ってみたら、たしかに味付けや調理の仕方に魅力はあるんだけど、一方でよく洗ってもいない、野菜の皮も剥いてない、そんな食材ばっかで作った料理を出された感じ。

 主人公の青年ミュージシャン、トミーが素人探偵役を務めるのだが、殺人現場でどうみても説得力の無い捜査権や発言権をもらったり(事件の現場にいた刑事からすれば、その刑事が数年前に会った小悪党ジミー、さらにトミー自身は、そのジミーとたまたまヒッチハイクでいっしょになっただけの一見のチンピラでしかないはず)、素性のわからぬ人物の身元を追ったら、最初の情報が出たところで関係者へのそれ以上の追及をストップしたり、さらには被害者の部屋の遺留品を警察で管理せず、主人公とその同僚の仲間に片付けさせたり。
 一番あきれたのは作中の後半、何者かによって命は無事、負傷だけした状況の登場人物が出てくるのだが、そこで警察も探偵も「被害者が気が付いたら(または落ち着いたら)誰に襲われたのか訊ねよう」の主旨の一言を言いもしないこと。

 突っ込み所満載で、とても21世紀の新作ミステリとは思えない。これが昭和三十年代にアマチュア作家の作者が生涯で一作だけ書いた長編作品と言うなら、笑って納得もするんだけど。
 要は作者も天然ながら、担当の編集者の方もよっぽど想像力が欠けていたんじゃないかと。じゃなければこの辺のリアリティの補強は、もうちょっとされていたはずでしょ。
(解説の川出正樹さん、ホメるばっかじゃなく、少しはフォロー入れろよ。)
 
 しかしながらふんだんに盛り込まれた大小のトリックとアイデア、随所のロジックはたしかに魅力はあるんだよね。得点的評価だけするなら7点くらいはあげたいくらい、無邪気なほどにネタを用意していて、その辺の豪華さは見過ごせない。いろんな意味で、もし出るなら、次作が気になる新人作家ではある。

No.221 6点 囁く死体- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/10/06 16:42
(ネタバレなし)
 「私」こと28歳の若手ミステリ作家スティーヴ・ブレイクは、中堅出版社トーン・ベイリーの社長トーンに声をかけられ、今度創刊する新ミステリ誌の編集長に就任した。彼は迫る発刊の日に備えて、トーンが紹介した副編集長格の四十男、バイロン・クロフォードとともに掲載候補の原稿を精読したり、誌面の方向性を研鑽する。そんなスティーヴはある雨の夜、自宅に殺人課のマーチン警部の訪問を受けた…。
 
 私的に久々のマッギヴァーン。本作は彼の処女長編で、後年のような悪徳警官ものやノワール感はほとんどない。ただし主要人物にして、他者との軋轢や女癖の悪さなど種々の問題を起こすクロフォードに対して、単なる愚物とも嫌な奴ともキャラクターを単純化せず、主人公スティーヴの視点で<100%悪い人間やイヤミなヤツではなく、クロフォード自身が自分の弱さを知っているからこそ、つい軽挙をとってしまう>とそういう人間らしさを語るあたりなど、のちのちのマッギヴァーン風の文芸味が窺える。

 作品の中身としては、先述のようにノワールともハードボイルドまたは社会派ともいえない、巻き込まれ型サスペンス風の導入部で開幕する都会派パズラー。
 物語の構成は時系列を素直に並べないちょっとひねった作りだが、最後までフーダニットの要素は押さえられており、主人公スティーヴも素人探偵役として、クライマックスに関係者一同を集めて推理を披露する。
 ただし大きな手掛かりが解決寸前になって読者の前に用意され、しかもすぐにそこから真犯人の察しがつくので、純粋な推理~謎解きミステリとしてはちょっと弱い。

 とまれ既存のミステリ作家がミステリ誌の編集長業を請け負い、その業務を苦労しながらも楽しんでいくという本作の大設定はとても興味深く、現実世界のクイーンもチャータリスもハリディもマクベインも(一部名義貸しはあったり、編集の実働を別の者に任せたりはしてるのだろうが)こういう風にそれぞれの任に当たったのだろうかと想像を巡らすとなかなか楽しい。サブキャラとして登場する、原稿を売り込みに来る作家連中の叙述も味わい深く、そっちの興味でもたっぷり楽しめた一冊。

No.220 5点 ラスキン・テラスの亡霊- ハリー・カーマイケル 2017/10/06 16:16
(ネタバレなし)
 論創のHPやAmazonの告知でも、刊行前のしばらくの間、作者名が「マーマイケル」と書かれていた不遇の一冊。多くの人が関わって作られる一冊が送り手側にも軽んじられているようで、あんまり楽しくない。

 冒頭、服毒による変死を遂げた人気作家ペインの妻エスター。これは自殺か何者かによる殺人か? 
 うーん……。とにかく地味。
 当然ながらこの設定だから、死んだエスターに自殺の可能性や動機があったのかの検証が為され、それゆえ『ヒルダよ眠れ』(1950年作品~本書の3年前の原書刊行)的な一種の被害者小説の側面も見せていくんだけれど、そちらへの踏み込みも中途半端。最後の真相への経緯まで含めて、もっととんがった人物造形にすればいいのに、と思う(これでも、たぶんネタバレにはなってないハズだ)。
 あと第二の事件の方は、この決着でいいのかね。いやミステリ的に、というよりは、ストーリー的に××××じゃないかと。
 まあラストのまとめ方は悪くなかった。
 評点は4点にかなり近いこの点数。  

No.219 7点 パーフェクト殺人- H・R・F・キーティング 2017/10/03 17:27
(ネタバレなし)
 有名な出落ちタイトルのミステリ(理由はminiさんのレビュー参照)、この趣向を知っただけでケッサクと思えて、読みもしないうちに半ばお腹いっぱい。古書で購入後、そのまましばらくツンドクにしてあった。それでこのたびそろそろ読んでみようと手に取る。ちなみにゴーテ警部もキーティングも長編はこれが初めて(例によってキーティングも、本そのものはそれなりに買ってはあるのだが~汗~)。
 
結論から言うと期待以上に面白かった。大筋の骨格はパズラーティストの警察捜査小説という感じ。特に、警官として家庭人として権力者に睨まれて辞職に追い込まれるような暴走めいた行為はできないが、その一方で世の中の正義に対してはできるかぎり誠実であろうとするゴーテ警部のキャラクターには、デティルが書き込まれた小説ならではのリアリティとそれゆえの魅力がある。
 さらにそれと対照される形で描かれる、事件関係者で建築業界の大物ヴァルデーや、また上にはへつらい下には厳しいゴーテの上司サマント警視補などの主要&サブキャラクターたちも味わい深い。
 なかでは、ユネスコから派遣された犯罪学者でインド警察の見学にきたスウェーデン人スヴェンソンが出色。当初はゴーテ警部のお荷物的な人物の役割かと思いきや、意外に直情的な正義漢で、青臭いながらもなかなか男気のあるところを見せるのもいい。物語の後半、このスヴェンソンが本筋から離れたところで窮地に陥る際、本気で肩入れて心配してしまった。
(一方で家庭を顧みない夫として妻子から警部が批難されるのは、捜査官ものの王道のお約束を守った感じだが。) 

 なお肝心の犯人捜しのミステリとしては変化球の小技を重ねて奇妙な新鮮味を出している手応えだが(××××と思いきや…とか)、ギリギリまで真犯人の正体を引っ張るサスペンスは悪くない。その犯人特定の伏線は短編ネタ…にさえなっていない感じもするが、一応張られており、見ようによってはかなり大胆な手掛かりかもしれない。尻切れトンボのように見えなくもないラストも、個人的には余韻を感じて気に入っている。
 
 ちなみにゴールデンダガー受賞(さらにエドガー賞の候補)に関しては、インドを舞台にしたエキゾチシズムで大幅に評価の底上げしたことは間違いないが、それでもたしかに、貧富の差が大きく、司法体制が盤石ではない(当時の)同国のお国柄と臨場感はよく描けている。
 先に書いたスウェーデン人スヴェンソンが勝手な思い込みでインドの文化に古来からの神秘性を見出そうとし、その一方でインドの貧民に対して中途半端に小市民的なヒューマニストになるところも心に残る。
 彼は眼前の物乞いの子供にお金をあげたいと思うが、そんなことをすれば数十人・数百人の子供に同じことをしなければならない、とゴーテに止められる(『タイガーマスク』の「全アジアプロレス王座決定戦編」の一場面を思い出す描写だ)。だがそういった、幼い善意と切ない世知をぶつけあう叙述の積み重ねが、スヴェンソンとゴーテの間にある種の友情と信頼感を育んでいくあたりもとても良い。

 たぶん本作は、発表当時の60年代には、大昔の『四つの書名』『月長石』からなんとなく受け継がれていた<英国ミステリ界のインド文化に対する伝奇的なイメージ>を切り崩して新鮮に見えたんだろうね。
 WEBを通じて21世紀のインドの文化レベルが世界中に広範に知られるようになった現代では、また違う読み方をされるんだろうけれど。

No.218 6点 引き潮 - ロバート・ルイス・スティーヴンソン&ロイド・オズボーン 2017/10/02 18:30
(ネタバレなし)
 19世紀の南太平洋タヒチ。その一角では、かつてオクスフォードに在学しながらも社会に出てからは性格的に仕事に身が入らず、愛妻とも別れた青年ロバート・へリックが、流浪の末のその日暮らしを続けていた。そんなヘリックと、貧しい白人同士の連帯感から共同生活を送るのは、深酒が原因で自分の管理する船を失った壮年の元船長「ブラウン」ことジョン・ディビィス、そしてロンドンの下町出身の元店員で小悪党のヒュイッシュだった。やがてある日、近隣の海運会社が管理する商船に天然痘が発生。乗員がいなくなった会社は急遽ディビスを雇用し、さらにその仲間2人をも雇い入れた。不遇な人生を逆転するチャンス到来と見たディビスは、この機を利用した洋上でのシージャックを構想。ヘリックたちを引き込み、積み荷もろとも船を手に入れて金持ちになる算段を始めるが…。

 スティーブンソン(本作の邦訳書ではスティーブンスン標記)が継子のロイド・オズボーンとともに1894年に著した長編海洋冒険小説。解説によると実際の執筆はロイドがほとんど行ったようである。
 設定だけ見るとよくもわるくも古色の漂う王道海洋ロマン(&ピカレスク)という印象もあるのだが、これでもかの『月長石』よりおよそ四半世紀のちの刊行で、比較的近代に近い作品である。

 主人公トリオは大雑把に言って、ヘリック=(まあ)善人、ディビィス=悪人でも善人でもない、ヒュイッシュ=人間臭い面もあるが、基本的に悪人、というキャラクターシフトで配置されている。
(具体的にはビンボーだからといって悪い事していいのか、と葛藤するヘリックに対し、ビンボーだから多少のダーティ行為は仕方がない、と考えるディビィス、さらにビンボー人が悪い事して金を稼いで何が悪い、とうそぶくヒュイッシュだ。)
 だがやがて、そんな彼らの関係性が、洋上のクライシスの連続のなかで、逐次、微妙にバランスを変えていくところが本作の読み所でもある。

 作品の狙いとしては、おもてむき読み手に向けて人間として曲げてはならない道徳意識をつねに啓蒙しながらも、実はところどころで<ちょっとくらい生きるためには道を踏み外してもしかたないよね>と甘く囁く背徳的な部分も感じられ、ああ、これは当時の読者にひそかにウケたであろう、という趣がある。そういった辺りに21世紀の現代にも通じる普遍的な感覚を見出せて、その辺はなかなか楽しい。

 物語的にはラストがややあっけなく(ただしクライマックスの奇妙な緊迫感はなかなか)、全体的にはもっともっと長くても良かった気もするが、その辺の楽しさは、ほかのスティーブンソン(&ロイド)作品で満喫すればいいのであろう。
 ちなみにドイルもチェスタートンもボルヘスも本書を愛読(または評価)してたそうだ。

No.217 5点 木足の猿- 戸南浩平 2017/10/01 23:42
(ネタバレなし)
 大政奉還の余熱がまだ冷めやらぬ明治九年の九月。東京の一角で英国人が殺害され、その首を斬られる事件が生じた。やがて事態は同様の手口で連続する英国人の殺人事件へと発展していく。同じ頃、左足が義足の居合の達人・奥井隆之は、刎頸の友・水口修二郎の仇を追っていた。仇は元・同じ藩の藩士・矢島鉄之進で、すでに奥井の追跡行は17年目の長きに及んでいた。そんななかで奥井はなりゆきから、巷を騒がす英国人連続殺人事件の謎を追うことになるが。
 
 光文社主催の<日本ミステリー文学大賞新人賞>その第二十回受賞作。
 webで評判がいいので一読してみた。
 うん、文明開化の新しい時代を迎えながら、いまだ士農工商の身分制度や武士の矜持、さらには元・間者(忍者)としての出生から逃れられない不器用な人間たちの姿が、主人公の奥井をふくめて丁寧に描かれている。特に奥井が出会う、名も知れぬ(あるいはそれに近い)サブキャラクターの叙述など、それぞれがなかなか印象に残る。ふだんは時代小説をあまり読まない自分だが、たぶんそっちの分野のなかでも、これは現在形の新作として、それなり以上に読み応えのある内容だろう?

 ただしミステリとしては仕掛けが当初から見え見えで、正直、底が浅い。英国人連続殺人の実態も21世紀の作品としてはお寒い真相で、現在形のミステリとしてはかなりキツイ。
 とりわけ個人的に不満なのは、どうも作者の心構えに勘違いがあるようなこと。
 せっかく<日本ミステリー文学大賞新人賞>に応募しながらミステリとしてはあまり手の込んだものを作る裁量がなかったためか、<昔からある様式>の<ある種のスタイルの作品>をまとめましたという感じのところだ。なんつーか「こういうお話はこういう結末になるのはお約束だから、ミステリ読者全般の方々もこれで納得してください」と言いたげな作劇とクロージングで、それってズバリ試合放棄でしょう、という実感である。
 
 切なくセンチメンタルな時代小説としてはそれなり以上に楽しめたんだけどね。ミステリとしては、いろんな意味であまり良い点はあげられません。

No.216 6点 ソニア・ウェイワードの帰還- マイケル・イネス 2017/09/30 15:44
(ネタバレなし)
 ロマンス小説の分野で大人気を誇る女流作家、ソニア・ウェイワード(本名ソニア・ペティケード)。そのソニアが、夫で元軍医のフォリオット・ペティケードとヨットでふたりだけでの遊興中、急死してしまう。贅沢な生活を支える収入の全てをソニアに頼っていたペティケードはとっさの判断で、妻の死亡事実を隠蔽しようと決断。妻の死体を海に捨てた。自宅に帰ったペティケードは、妻は海外旅行中と周囲に称し、途中まで執筆中の原稿は自らの手で書き継ぐが…。

 イネスが1960年に執筆したノンシリーズもの。軽妙なクライム? ストーリーで、主人公は、人気作家の妻が死んだという事実を秘匿するため、実にケチな隠蔽工作を続けていくだけ(後半、少し暴走するが)。
 しかし彼のそんな作戦の流れが、思わぬクライシスに妨げられることの連続という趣向で綴られていき、ちっとも退屈しない。全編を彩るイギリス流のドライユーモアも、どっか小林信彦を思わせる面白さで、読み易い邦訳を心掛けた翻訳者の苦労もうかがえる。
 ラストに至る大筋の流れは予想もつかないでもないが(これに関しては、原題の方がある意味ネタバレっぽい)、その手前の人を喰ったドンデン返しも悪くない。筆者がイネスの長編をまともに読むのは実はこれが初めてだが、楽しい一冊であった。

No.215 5点 T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか- 詠坂雄二 2017/09/29 13:01
(ネタバレなし)
 まだ詠坂作品はそんなに読んでないため、読後にwebでファンの研究サイトを見て、諸作の世界観が自由自在にリンクしている現実を思い知らされた。まあ本文中でもそれらしい叙述はあちこちにあったが、ここまでとは…という軽い驚き。
 したがって自分は本作のキーパーソン? といえる名探偵・月島凪のこの作品内での立ち位置も、おそらくまったく十全に満喫してないであろう。(ほぼ)一見さんには敷居の高い作品だね、これは。

 事件の方も、新本格ミステリのクローズド・サークルもの、さらには「そして誰もいなくなった」の定型性を揶揄したような趣向は良いとして、<編集もされていない単なる記録録画テープの退屈さ>をまんま置換して読者を退屈させるような、たぶん意図的に起伏を欠いた文章も疲れた。いや狙いはわかるつもりですが。

 最後の章ひとつまえの意外性、さらには最終章の解決(とここで明かされる本作の存在意味)も、それぞれのネタを素直に出さない&盛り上げない作者の屈折ぶりには好感を抱くが、一方でそのひねくれ具合が面白さに繋がっているかというと、う~ん。まあ、おまえの気づいていないこういうギミックもまだあるんだよ、と言われそうな一冊でもあるんだけれど。

No.214 6点 都筑道夫の小説指南―エンタテインメントを書く- 評論・エッセイ 2017/09/29 12:45
 1970年代末頃から数年(以上)にわたり、都筑道夫が西武デパート池袋店のコミュニティ・カレッジで設けた定期的な講演「エンタテインメント作法入門」の内容を活字にしたもの。本文は録音の記録から起こされ、文章化は講談社ゼミナール選書(本書を収録した叢書)の編集者・藤田克彦が都筑の監修のもとに行っている。
 
 本書の一応の体裁としては、これから小説家を志す人向けのもの。
 そのうえで都筑の講演は基本的な執筆作法や売文上の決まり事(ワープロやPC以前の、原稿用紙が主流の時代のものだが)、また自分はこうしてきた、などの知識や技術を伝えているが、肝心な創作上のポイントのなかには言葉にしにくいものもあり、それは当人も自覚している。

 そんな枠組みのなかで主体に語られるのはショートショートそしてホラー執筆の都筑なりのノウハウで、先に本サイトで当方がレビューしたばかりの都筑のショートショート集『夢幻地獄四十八景』の一編「夜の声」とそれをリメイクした奇妙な味の短編『風見鶏』を比較対照するための実作として掲載している。このあたりは基本的には同じプロットでありながら、物語の興味の比重を変えていく送り手の意向が窺えて興味深かった。

 同時にショートショートやホラーの本質についても言及され、特に後者の場合、「怖さ」の幅を説明するために実例として語られる、現実のなかで出会った不条理な逸話なども面白い(夏場、一見まともそうな年輩の運転手のタクシーに乗った際のエピソードなど、実際の車中でその当人と二人きりになっていた都筑自身の語り口のうまさもあって、本当に肝が冷える)。

 しかし本書を通読して思ったのは、ほんものの趣味人作家としての都筑の知識量の凄さと、その素養に基づく言葉へのこだわり。
 その辺は言外に、昨今の<なんちゃって作家>や<スーダラ読者>を(都筑流のユーモアをところどころまぶした皮肉で)批判しているようにも読め、思わず襟を正すこともしきり。

 たとえば『九マイルは遠すぎる』へのリスペクトで書いた短編を若い読者に「ケメルマンの真似だ」と言われて驚くエピソードは読んでるこっちもいっしょになって呆れて笑えるが、『捕物帳もどき』のメイキングとして開陳される、諸編へのネタの仕込み具合の豊富さなど、もうついていけない。もちろんそれは受け手の自分にそういう素養が薄いからだが、都筑にとっての「有名な作品」が読者(自分)にとってそうでない場合の隔差というのがここまであるのだと改めて思い知らされた。
 ここまで引きだしの多い作家は、狙った意図が読者にいまひとつ伝わらず、送り手としてさぞ歯がゆい思いをすることも往々にあったんだろうなあ、とも思う。
 
 まとめとしては、作家志望というより、都筑作品の読者にこそ読んでもらいたい一冊。創作の経緯を窺いたい受け手の興味に応え、その意味では都筑ファンの末席として非常に楽しかった。

No.213 6点 吸血鬼の島 (江戸川乱歩からの挑戦状―SF・ホラー編)- 江戸川乱歩 2017/09/29 11:08
(ネタバレなし)
 乱歩による戦後の「少年探偵団」シリーズにおいて、最初のそして最大のフランチャイズだった光文社の月刊誌「少年」。その「少年」誌にシリーズ本編と並行して昭和29年~38年に掲載された、乱歩名義による「少年探偵団」もの、またそれ以外の<クイズ読み物>形式の作品群17編を集成したもの。
 この乱歩のクイズ読み物の集成は、数巻の刊行が予定されており、その初弾にあたる本書は<SF・ホラー編>として、スーパーナチュラル要素や怪奇趣味の強い作品を主軸に、変わったものでは西部劇風、捕り物帳風の連作ものまで収録してある。
 なお本書編纂のベースになった古書は、大型古書店「まんだらけ」の膨大な蔵書(売り物として整理中のもの)によるようで、当時の雑誌版の挿し絵まで復刻という実に嬉しい作り。
 ちなみにこのクイズ形式の作品群の実際の執筆は乱歩本人ではないらしく、名義を貸与された複数作家のようだが、現状ではその正体はしれない。

 収録作品にも長短の差があり、長めの作品はほんとんど普通の短編ジュブナイルとして読める。その辺りの長めの諸作は巻頭に集められているが、そのなかでは標題作のケレン味が最高。
 孤島に財宝を捜しにいった二十面相がその島の伝説の吸血鬼の女王を目覚めさせてしまい、賊の部下が全員、血を吸われて彼女の眷属にされてしまう。二十面相はかつてない危機を迎え、やむなくふだんは宿敵の明智と小林少年に打倒吸血鬼のための応援を願うというもの。
 まさに正編「少年探偵団」シリーズでも、こういうものを読みたかった! という感涙のシチュエーションだが、一方でこの状況を成立させるには、二十面相以上の強敵を出す流れとなり、それではシリーズの約束事を損壊してしまう。また最後まで度外れたスーパーナチュラル要素が導入されなかった正編シリーズならまともな吸血鬼が出現するのはどうかとも思えるのだが、こういう外伝作品(乱歩公認~たぶん~による、他作家の二次創作)なら、そういうものもぎりぎりアリだろうと納得できる。少なくとも筆者的には大歓迎。

 標題作と同様の紙幅の短編作品(ジュブナイル基準なら中編といえるかも)がいくつか巻頭から収録されたのち、本書の後半は短めの探偵クイズ読み物になり、なかにはドイルの某作品のまんまイタダキもあるが、まあ当時としてはこれも許されたのだろうと微笑ましい。
 なお各編には編纂に当たった森・野村両氏の子細な解説も付加され、これもまた楽しいが、唯一、気になるのは後半収録の短編「悪魔の命令」のなかで明智夫人の名が「君代」と記述されてることに、なんの説明や考察もないこと。まさかこの異同に気づかなかった訳ではあるまい。

 新刊で買うとやや高価だが、貴重なものが読めるという意味では大歓迎のこの新シリーズ。巻末のリストを見ると、まだまだ未収録作品はたっぷりあるようなので、早めの続刊をお願いしたい。
 できれば武田武彦とかによる乱歩&少年探偵団ものの長編作品の代作・リライトなどもいっしょに復刊してくれると嬉しいんだけれど。

No.212 6点 サムスン島の謎- アンドリュウ・ガーヴ 2017/09/26 18:12
(ネタバレなし)
「わたし」こと歴史学の大学講師で、アマチュア考古学者でもあるジョン・レイヴァリイ(29歳)。彼は発掘調査に向かった英国南西部のシシリー諸島、その一角のサムスン島で、同年代の美貌の人妻オリヴィア・ケンドリックと出会う。なりゆきから偶然、閉ざされた地所にふたりだけ取り残されたジョンとオリヴィアは、清廉な関係のまま、そこでともに一晩を過ごした。だがオリヴィアの夫で父親ほども年の違う古参の新聞記者ロニイ(ロナルド)が二人の仲を一方的に疑い、ジョンに手を上げた末に崖下の海へ落ちてしまう。助けようと海に跳びこむジョンだが、ロニイは見つからず、死体も上がらない。やがてジョンの脳裏には、ある疑念が生じてくる…。

 カギカッコの台詞によるダイアローグの比重が多く、ガーヴの諸作のなかでもこれはその意味で上位に来る印象。当然ながらただでさえスピーディな展開のガーヴ作品のなかでもかなりリーダビリティは高く、あっという間に読み終えてしまう。
 死体が見つからないロニイの謎、その裏に潜むかもしれない何者かの意志、そもそもジョンとオリヴィアの出会いは…などなど物語の興味を牽引するフック要素は非常に豊富で、後半にはいかにもイギリスの正統派冒険小説らしい自然のなかでのクライシス描写も登場し、物語に厚みを与えている。

 なお本書(ポケミス版)の訳者の福島正実はもちろん日本SF分野での偉人だが、ミステリには全般的に興味が薄く、でもその(ミステリジャンルの)なかでは例外的にガーヴが好きだったと語っており(どこで読んだか忘れたが)、実際に翻訳を担当したガーヴ作品も少なくない。
 それで本書はその福島が(この時点までの)ガーヴのベスト5に入る一本というだけあって、ページ数的にはそこそこ(本文200ページちょっと)ながら、密度感は高い。最後のミステリとして「え、そっち!?」という意外性も印象的で、まあ福島のように、褒める人が褒めるのは理解できる本書の出来である。

 とはいえ一方で、これだけの内容(物語要素)を語るのなら、昨今の作品ならポケミス換算で最低でも300ページは使うんじゃないかなあ…という感慨も正直、あったりした。その意味では贅沢ながら、もっともっと長めに読みたかった気もする。
 それゆえに良く出来た作品だとは思うものの、評点はちょっと辛めでこの点数。

 まあガーヴの作品に重厚感を期待するのはお門違い…という気もしないでもないが、いやいや『カックー線事件』なんか紙幅的にも質的にも相応のボリューム感はあったし、できない訳ではないんだよね。実際、器用な職人作家という印象が強い一方、けっこうバラエティ感も豊富な書き手だしさ。

 ちなみに訳者あとがきでは、本書刊行当時の未訳作品「The Narrow Search」もポケミス近刊予定とあったが結局それは叶わず、近年の2014年になって論創から『運河の追跡』の邦題でようやく発刊された。本書とそちらの間、変わらずリアルタイムのミステリファンだった年輩の方のなかには、感無量の人もいるのかもしれない。

No.211 7点 曇りガラスの街- ジョナサン・ヴェイリン 2017/09/24 20:43
(ネタバレなし)
 恋人と別離し、傷心の私立探偵ハリイ・ストウナー。そんな彼に、高名な物理学者ダリル・ラヴィングウェル教授から依頼がある。教授は国家機密の原子力プロジェクトに携わっていたが、重要な書類を娘のサラに持ちだされた可能性があるので調べてほしいと訴えてきた。24歳の娘サラはマルクス主義の環境保護論者で、原子力政策に関わる父とは、なさぬ仲だった。事態を公にしたくない教授の意向を受け、ストウナーはまず自分で現場の検証に当たるが、事件は複雑かつ意外な方向へと発展していく。

 未読の80年代私立探偵小説をたまには読もうと思って、手にした一冊。
 ヴェイリンのストウナーものは初期の4作目までが順々に翻訳され、筆者は第1作『シンシナティ・ブルース』をかなり楽しんだ記憶のみがある(内容の方は事件の概要以外、ほとんど忘れているが)。第2作『獲物は狩人を追う』は読んだかどうかの記憶すら曖昧で、もしかしたらまだ手付かずかもしれない。ちなみに本作はシリーズ第3弾にあたる。
 
 なお作者ヴェイリンは当然のごとく、R・チャンドラーへのトリビュートアンソロジー『フィリップ・マーロウの事件簿(フィリップ・マーロウの事件)』にも参加した真っ当なチャンドリアンで、主人公ストウナーも地方検事局勤務の経歴がある三十代? のハンサム、さらに作中でもマーロウに倣ってチェスを手慰みに楽しむなど、本家を明確に意識している。

 80年代のいわゆるネオ・ハードボイルド期には、多様なキャラクター属性の私立探偵たちが、あたかも黄金時代のホームズのライバルたちのごとく賑わったが、このストウナーはそんななかで、その性格も行動もわかりやすいスタイルもふくめて、最もマーロウの遺伝子を色濃く受け継いだ私立探偵ヒーローの一人のようだった。

 とはいえ正統派ハードボイルドの精神は随所に匂わせつつも、同時に(80年代当時の)現代ミステリとしての魅力も充満。ストウナーが捜査を進めるにつれて意外な顔を見せていく事件の真実、さらにはストウナーや関係者たちの生命にも関わる派手なクライシスも十全に盛り込まれている(もちろんここで詳しくは言えないが、物語後半はそういう方向にストーリーが広がるのか! と驚きつつも、謎解きミステリとしてのツボを外さない絶妙なバランス感を強く認めた)。
 登場人物では、特にキーパーソンとなるラヴィングウェル父娘はもちろん、事件の深化のなかでFBIから応援に参じ、ストウナーの相棒格となる青年捜査官ラーマンなども実にいい味を出している。

 迂路を経た事件の真相やそこに至る伏線は端正に綴られ、その意味ではこなれた20世紀終盤の(当時の)現代ミステリらしいが、それでも最後の最後の小説的スピリットは、やはりああ、いかにもチャンドラーへの、正統派私立探偵小説へのオマージュいっぱい…といった感覚に帰結する。最後の二行は、まちがいなくあの名作長編へのリスペクトだろう。
 
 なお先述の通り、シリーズは第四作までで邦訳が途絶えてしまったが、Twitterなどで原書を読んだ人の感想を拝見すると、そのあとの作品がさらに傑作らしい。多くの作家・作品にいえることだが、中身のあるシリーズが途中で翻訳紹介が中絶するのって、本当に惜しいねえ。 

No.210 5点 夢幻地獄四十八景- 都筑道夫 2017/09/24 11:28
(ネタバレなし)
 作者のお得意芸? のひとつであるショートショート短編集。
 元版は1970年代の頭に講談社から単行本で出ているようだが、今回は80年の同社の文庫版で読了。書誌データは旧版を優先すべきだが、Amazonに該当のものが見つからないので文庫版のものを記入。

 内容は「い=意味深長」から始まって、「京=京人形」に終わる、いろは48文字の順列になぞらえた題名の掌編(基本的に文庫版で4ページずつ。鮮やかな真鍋博のイラストが各編についている)が四十八作並んでいる。
 作品の傾向はミステリ、オカルトホラー、幻想ファンタジー、SF、時代もの、落語的な掌編……までなんでもアリで、こうなってくると真鍋イラストもあって、星新一の諸作とあまり区別がつかない。
 都筑ものちの『悪魔はあくまで悪魔である』のあたりの頃になると意識的にショートショートの<サゲ>を回避した作風が板についてくる感じなのだが、ここらでは独自の作風をなんとか狙いつつも、結局は星新一風になっている手応え。
 まあ、ショートショートの定型としてはそれなりに面白い話もいくつもあるのだが。

 なお本書(文庫版)には表題作のほかに、第二部として同趣向のいろは順の連作ショートショート『狂訓かるた』というものを収録。これが単行本の際からあったものか文庫版で追加されたものかは不明で、そういう書誌情報はきちんと記載してほしい(「別冊新評・都筑道夫の世界」あたりを引っ張り出せば、判明するかもしれないが。)
 ただしこの『狂訓』の方は最後まで行かずに「を」で終焉。おそらく掲載誌の休刊か何かの事情があって、連作がストップしたものと思われる。
 
 最後に本書の標題タイトルはあまりに物々しくて大仰だが(元版刊行当時のミステリマガジンのレビューでもそう突っ込まれていた覚えがある)、作者の意図か担当編集者の狙いか、その辺はちょっと気になる。

No.209 6点 アシモフのミステリ世界- アイザック・アシモフ 2017/09/23 21:35
(ネタバレなし)
 1973年4月刊行のハヤカワ・ポケットSF版で読了。全13編のうち、作者が試みに創造したという感じのウェンデル・アース博士ものは全4作。ただし同じ世界観の番外編的な短編(博士のもとに事件の相談に来る警察官ダヴェンポート警視が別の科学者に協力を願う)がもうひとつあり、アース博士の事件簿の総数があまりに少ない食い足りなさを、いくらかなりとも癒してくれる。

 アース博士ものの内容は、いかにもアシモフらしい科学分野を主軸とする広範な知識に支えられたパズラー路線。月での殺人から、宇宙に遺された暗合の解読まで、限られた作品数ながらバラエティに富むシリーズだ。いくつかの作品では天文学のビギナーならわかるのかな……という程度の敷居の低い科学的素養が解決に使われ、事件の解明まで読み進むとなんとなくその分野の教養を啓蒙された気分になる(とはいっても天文科学も日進月歩らしく、なかには執筆当時の常識が覆された例もあることを、作者自身が告白している)。
 まあ一方で、一般読者が絶対にそんなこと知ってるわけないだろう…とブツブツ言いたくなるような、晩期エラリー・クイーンの短編みたいなものもないではないのだが(笑)。

 ノンシリーズ編はミステリ味のある作品(非SFも含む)が主体だが、なかには純粋な宇宙サバイバルもの『真空漂流』などもある。このアシモフの初めて活字になった作品『真空漂流』の続編『記念日』の方がSFミステリ仕立てということで、姉妹編ともども本書に収録された。両編はそれぞれ違った味わいで楽しめるが『真空漂流』の方は、奇策を用いてクライシスを打破する経緯が良い意味でジュブナイルっぽくて、とても快い。藤子・F・不二雄の某宇宙サバイバルもののアイデアソースになったのでは? とも思わせる。

 全体的に作品を紡ぐことを楽しみ、自作を語ることを喜びとしたアシモフらしい一冊で、まずは満足。
 ちなみにキャラクターとしてのアース博士はよくも悪くも黄金時代パズラーの名探偵の類型内に留まったという感じだが、のちに彼を一種の原型に、あのヘンリーや黒後家蜘蛛の会(ブラックウィドワーズ・クラブ)の面々が誕生したのだろうと推察すると、それもまたゆかしい気分である。
 そういえば『黒後家蜘蛛の会』って、まだ日本語版をもう一冊分、作れるみたいですな。創元がこれまでの分の復刊と同時に、新刊で出してくれないものか。

No.208 6点 眠れるスフィンクス- ジョン・ディクスン・カー 2017/09/22 15:55
(ネタバレなし)
 名探偵(フェル博士)自身の手で封印した地下の墓所内で、人間の力ではおよそ持てない重さの棺桶が動かされた…という本作一番のケレン味&謎は、なかなか魅力的なような地味なような…。
 いずれにしろその謎そのものは筋立てのメインにはならず、半年前の変死事件をめぐる二者の主張の拮抗が主人公を悩ませる。恋人シーリアを信じたいが、疑念が拭えない主人公の青年ホールデンの葛藤がいかにもカーらしい恋愛模様で語られ、最後まで退屈しない。カーのミステリメロドラマとしては上位に来る出来ではないだろうか。

 肝心の真犯人はカーの作劇の手癖でおおむね見当がつくが、素直に読めばかなり意外な正体だろう。伏線というか手掛かりも随所に設けてあり、その辺の抜かりなさにも感嘆(残りページが少なくなるなか、犯人の名前を明らかにしないところもサスペンスフルで好感が持てる)。殺人トリックも、ありがちなものに細かい創意を加えて新鮮さを感じさせる。
 なお真犯人の意図以外に事件がややこしくなった経緯もいかにもカーらしいが、本作の場合はその流れが明瞭で、作劇のこなれ具合が好ましい。
 ちなみに最後に明かされる棺の移動の真相については、妙なリアリティがあってなかなか楽しいです。その現場のビジュアルイメージを想像するとちょっと微笑んでしまう。
 あと<恋愛は複雑なものだ>を実感させるラストは、カー名義の別の長編の印象的なクロージングと対になる感じで鮮烈ですな。

No.207 6点 ギデオンの一日- J・J・マリック 2017/09/20 14:52
(ネタバレなし)
 邦訳された作品はそれなりに集めておきながら、本編そのものはこれまで殆ど~全く読んでいなかった作家やシリーズ探偵は少なくない(汗)が、マリックのジョージ・ギデオン警視ものもその一つだった。

 そこで本書(1955年のイギリス作品)は、今回たまたま本棚からHM文庫版が出てきたので読み出したが、うん、これはけっこう楽しめた。

 冒頭、何事か激昂しているギデオン警視の前に、見栄えのよい美青年の部長刑事が登場。ああ、これはモース(コリン・デクスターの)にとってのルイス的なポジションの部下だろうなと思っていると、いきなりこちらの予見は裏切られる。読者への掴みとしてはなかなかよろしい。
 モジュラー式警察小説の先駆として有名な作品(シリーズ)だが、内容はその世評に違わない。本書の場合は題名の通り、ギデオンがある年のある月に迎えたその一日のなかで大小の事件が語られ、これが総計7~8件(絡み合うものもある)。
 さらに作中の現実ではもっともっと多くの犯罪がギデオンの周辺や視野の向こうで起きていることも描かれ(まあロンドン規模で考えればそうだろうけど)、スコットランドヤードも所轄の警察も楽じゃないという、せわしないまでの群像劇が語られる。続出する事件に振り回されながら、以前から目をつけていた麻薬犯罪のボスのところに、ついに尻尾を出した連続強盗犯の逃走現場に、自ら乗り込んでいくギデオンの活躍も主人公然としてよい。

 なお物語のメインとなる二つの事件は早めにそれらしい筆致で語られ出すので、ああ、クライマックスはその二件の決着を迎えて終わるなということは大方予想がつくものの、一方でそれとは別個に起きる大小の事件の頻発(それぞれどこまで発展するか、短期間で解決されるのか、当初はわからない)が、ストーリーの流れにいい感じでメリハリを与えている。

 また職務を離れた家庭人としての警官像(悪妻ではないのもの、どことなくしっくりこない妻ケイトとギデオンの関係など)も多少の類型感はあるものの、きちんと押さえられており、クロージングの余韻も小説として好ましい。
 土屋隆夫作品が国産本格の教科書と言われたことがあったが、こちらは(モジュラー型)警察小説の先駆的な教科書という印象。ギデオンの相棒格のルメートル主任警部以外に、今後のシリーズキャラクターになりそうな警官がいないのがちょっと気になったけど、シリーズ続編では部下の刑事たちも増えていくのだろうか。  

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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