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[ 本格 ]
まだ殺されたことのない君たち
イゴール・B・マスロフスキー&オリヴィエ・セシャン 出版月: 1962年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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東都書房
1962年01月

No.1 6点 人並由真 2018/07/24 04:57
(ネタバレなし)
「私」こと著作の発行部数が3000万部の売れっ子作家レスター・キャラダイン(48歳)はある朝、自分が幽霊だと気づいた。彼の肉体は毒殺された可能性があるが、真犯人は不明。幽霊のキャラダインは、捜査を進めるロック・ハウアリー警部にこっそりと随伴し、あまりにも多すぎる容疑者たちのもとに順々に出かけていくが……。
 
 1951年のベルギー作品。オサリヴァンの『憑かれた死』やカリンフォードの『死後』に先んじる(もしかしたら世界初の?)幽霊探偵もの。
 作者の一方、イゴール・B・マスロフスキーはフランスではそれなりに有名なミステリ作家で、本書は友人のオリヴィエ・セシャンとの合作。翻訳はあの木々高太郎が担当している(とはいえ実際の翻訳は、共訳者で、当時のSFファンダムで活躍していた人物の槇悠人が大部分を手がけたらしい)。

 木々の訳者あとがきによると、彼が1956年にベルギーに旅行した際に時間を工面して会ったミステリ作家が二人いた。その一方がもちろんシムノンで、もう一人が、このマスロフスキーだったそうである。その折にマスロフスキーとミステリ談義を交した木々が「日本に何か君の代表作を紹介したいと」申し出た際、相手が自薦したのが、フランスのミステリ叢書「マスク叢書」の「冒険小説大賞」を受賞した本作だった。

 翻訳書は二段組みながら本文が約180ページとやや少なめで、さらにフランスミステリらしいハイテンポな筆致で一気に読める。
 キャラクター描写も全体的にウィットに富み、主人公のキャラダインからして成功した作家ながらところどころ小物臭い(紳士を気どりながら、いつのまにか飄々と他人の妻を寝取ったりする)人物で、その辺が笑いを誘う。
 さらに中堅~大家の小説家をすがめで見る一発屋の文筆家のひがみっぷりや、現実で気にくわない相手を小説内で恥をかかせたり粗雑に殺したりして安っぽい万能感にひたる作家たちの俗物ぶりなど、それぞれドライなユーモア感覚で描かれる。
 特に主人公が、先輩の大物スパイ小説作家から送られた献本の感想を聞かれるものの、実際には受け取った本を読みもせずすぐに近所の御用聞きにくれてやったため懸命にごまかすあたりは、ゲラゲラ笑った。この辺は日本の小林信彦か筒井康隆あたりを思わせる雰囲気だ。
 あとこの「幽霊探偵」という趣向ならではのストーリーのひねりが後半にあり(もちろんここでは詳しくは書かないが)、その辺もなかなか面白い。該当の作劇は、後発の幽霊探偵ものでもあんまり見られないような気もするし。

 とはいえ本作の基軸は、当時としては斬新的な設定のなかにフーダニットの興味を持ち込んだマトモ? なパズラーで、最後に明かされる事件の真相もそれなりに意外。ミステリとして素直に読んで、十分に楽しめる。
 現状の古書相場では一定して高価なようだが、安く入手できるか借りられるなら歴史的な意味も込めて一度は読んでおいた方がよい佳作~秀作であろう。
 ちなみに翻訳書には本文の挿し絵や扉などに、おなじみ真鍋博の洒落たイラストや線画が添えられており、この辺も魅力。


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イゴール・B・マスロフスキー&オリヴィエ・セシャン
1962年01月
まだ殺されたことのない君たち
平均:6.00 / 書評数:1