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[ ハードボイルド ]
暗い窓
トマス・ウォルシュ 出版月: 1961年01月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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東京創元社
1961年01月

No.1 5点 人並由真 2018/08/01 01:19
(ネタバレなし)
 1950年代のニューヨーク。パーク・アベニュー周辺にある全23階の高層ホテル「ホテル・インピリアル」は一人の賓客を迎える。それは共産圏の某国から亡命し、その発言は西側社会にも相応の影響力を持つ要人、ポール・ブルーバ僧正だった。僧正はアメリカで反共主義の意義を説く講演を何回か行う予定で、その催事は多数の聴衆を集めて多額の金が動くことが見込まれた。だが老体の当人は故国での過酷な生活が祟ってしばらくは静養が必要で、講演などまず無理だった。僧正の亡命~講演プロジェクトに関わった悪徳新聞記者フランシス・ジャニセックはここで一計を案じ、すでにアメリカ国内で見つけていた僧正の遠縁にあたる浮浪者の老人ジョセフを彼の替え玉に仕立て、僧正の講演を予定通りに行おうとする。だが奸計のひずみのなかで事態はホテル内の殺人事件にまで波及。ホテルの夜間保安主任で元刑事の青年レイ・キャシディは、悪事の全容も見定まらぬ陰謀のなかに分け入っていく。

 1956年のアメリカ作品。日本では1960年代初頭から刊行された東京創元社の叢書「世界名作推理小説大系」の第22巻に初訳の形で訳出され、その後21世紀の現在まで一度も創元推理文庫にも収録されたことのない(つまりこの叢書でしか読めないという)ちょっと変わった翻訳状況の長編である(本叢書における同類の例は、あとはフレドリック・ブラウンの『B・ガール』のみのはず)。
 そんな書誌的事実からの関心もあって前から気になっていた作品だが、読んでみると……うーん、良いところと悪いところが相半ば。
 物語のあらすじを読んでもらうと主人公は悪人の新聞記者ジャニセックのように見えるかもしれないが、設定上では彼はあくまでメインの悪役(よく言ってもせいぜい副主人公格)にすぎない。本来の主人公はホテルの保安係(いわゆるホテル探偵)のキャシディの方なのである。この辺は、入念にキャラクター設計に盛り込まれたキャシディの文芸設定(刑事の公務中に悪人の銃弾を受けて一年以上も重傷の病床にいたこと、その間に以前の恋人に去られたこと、そのトラウマに今も捕われて警察を辞めたこと、しかしそんな彼の心身の再起を、同じホテルで働くヒロインのフローレンスや元同僚で友人の刑事ハネガンなどが応援してること……などなど)からも歴然としている。
 とはいえこの物語、僧正の亡命~ホテル内でのすり替えなど、妙に犯罪の設定をややこしくしてしまったことが祟って、実際にドラマを動かすのはもっぱら悪役のジャニセックとその仲間たちの方である。
 キャシディは部下の保安要員をひとり殺されたことから、このホテルで何かが起きていると不審を抱き、捜査を始める。これはいいのだが、ホテルの賓客たちを無闇に騒がせてはいけないという作中のリアリティも枷となって地味で受け身の行動しかできない……。
 たぶん作者ウォルシュは、心に傷を抱えたキャシディが突発的な事件の窮地のなかで克己するドラマを描きたくて密な主人公の設定を用意したんだろうが、悪役側の悪事が露見・破綻するか否かのスリルとサスペンスの方が書きやすかったようで、そっちの方面ばかり盛り上げていく。いや、それはそれでストーリーの加速感と求心力はあったのだが、送り手の所期の勝負所がズレてしまったのは明らかであった。
 当初から十全に用意しておいた主人公の文芸を練り上げていき<以前の刑事時代のように銃を持てないキャシディの苦悩><悪人の凶行に立ち向かうおののき><そしてそれらのストレスをのり越える再起の物語の高揚感>をきちんと描いていれば、80年代になってから北上次郎が大騒ぎしたかもしれないのに、ああもったいない。
 とはいえメインストリームの押しが弱いという大きな欠点を抱えた本作ながら、細部ではところどころ心にひっかかる部分がないでもない。特に終盤の、あるツイストは、ああ、いかにもアメリカ風の(中略)だなという印象ながら、職人作家的にツボを抑える底力は感じた。そういう意味ではたぶんこれからも記憶に残る一作になりそうなんだけどね。
 ちなみにウォルシュののちの作品『脱獄と誘拐と』(62年)では主人公が主体的かつ能動的にメチャクチャ動きまわるのだが、その辺は本書を書き上げたウォルシュが「やっぱいくら主人公に綿密な文芸を用意しても、それを活かす主人公主軸のストーリーを用意しなきゃダメだな~」などと反省したのかもしれん。評者は勝手にそんなことも考えたりもしている。


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トマス・ウォルシュ
1965年01月
脱獄と誘拐と
平均:7.00 / 書評数:1
1961年01月
暗い窓
平均:5.00 / 書評数:1
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