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[ クライム/倒叙 ]
脱獄と誘拐と
トマス・ウォルシュ 出版月: 1965年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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東京創元新社
1965年01月

No.1 7点 人並由真 2017/03/13 17:31
(ネタバレなし)
 1960年前後。「おれ」ことエドワード(エディ)・ジェイムズ・マクナルディー青年は、恋人のケティー・ボルチンスキーを、弟の空軍少佐ロバート・フランシス・マクナルティーとその妻メグに紹介する。交流を深める一同だが、前科者のエディはその過去をケティーに秘匿しており、彼女の願う結婚にも二の足を踏んでいた。そんななか、エディは以前から嫌い合っている悪徳元警官ジャック・ヘネシーとの接触を経て、強引に投獄された。獄中でエディは、弟ロバートが東側陣営の領空内でスパイ容疑で捕まった事実を知る。弟の無実を信じるエディが考えた奇策。それは脱獄し、折しも訪米中のかの国の最高権力者「太っちょ」を誘拐し、その身柄と弟を交換するというものだった!
 
 原書は1962年の作品。筆者的には、以前から読もう読もうと思っていた、気になる旧作を消化した一冊である。
 もちろん主人公エディが自分に課した二重の最困難クエストが興味の主眼だが、脱獄の段取りの方は実際のところかなりスチャラカ。脱獄前に外部の協力者に連絡を取るくだりも<ある秘密ルートを使って>程度のいい加減な叙述で済まされる。
 それゆえ、あー…これは凡作もしくは駄作かなあ……と思いながら読み進めていくと、単身で某国(つまりソ連)領事館に侵入して潜伏し「太っちょ(つまりはウィーン会談前後のフルシチョフ)」を連れ出すあたりからじわじわとテンションが高まってくる。

 いやどう考えてもリアリティ希薄な無理ゲーを小説のウソで包みこんだ作法なのだが、それを承知の上でなおスリリングにサスペンスフルに読ませていくのは、作者の職人芸だ。要人を連れ出し、目的の達成までのタイムクライシスのなか、後半の物語も二転三転。伏線を張られていた悪役はちゃんと役割をこなすわ、ヒロインのケティーはたくましく愛らしく恋人のエディを支えるわ、最後はおお、そう来るか! ……で、これぞ古き良き20世紀中期のぶっとんだヒューマン・スリラー(いま勝手に作った造語)。どこかフランク・キャプラの映画諸作や、ウェストレイクのドートマンダーシリーズなどを思わせる面白さもある。

 しかし原書が出た頃の現実世界には例のケネディVSフルシチョフのキューバ危機があり(それを見込んで急いで執筆された作品かも)、さらに原書が出てから翻訳までのライムラグにはケネディ暗殺事件なども起きてるんだよなあ。リアルタイムでこの翻訳を読んだ当時の国内ミステリ読者の反応はどうだったんだろ。小林信彦の「地獄の読書録」でも引っ張り出してみようかな。


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トマス・ウォルシュ
1965年01月
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