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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2190件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.370 6点 犯人殺し- ジョナサン・グッドマン 2018/07/01 17:49
(ネタバレなし)
 1948年。ロンドンの骨董商の妻で30代前半の女性ディーリア・ウィリスが自宅で殺害された。殺人の嫌疑は彼女の夫ジェイムズに掛けられたが、彼は裁判の末に無罪釈放。しかし真犯人は不明なまま、釈放からそう経たぬうちにジェイムズは病死してしまう。それから30年後の現在、ある日突然、ジョージ・パレルモなる初老の男が、実はディーリア殺害の真犯人は自分だったと告白した。30年前にジェイムズの弁護士を務めて、今は引退した法曹家ヘンリー・カルー。その義理の息子である犯罪研究家「わたし」は、かつてディーリア殺害事件を調査した縁もあってパレルモの告白に関心を抱くが、そんな矢先、何者かによって当のパレルモが毒殺されてしまう。

 1978年のイギリス作品。作者グッドマンは現在でも本書しか邦訳がないが、作中の「わたし」同様の犯罪研究家であり同時にミステリ作家としての著作も(当時の時点で)何冊かあったようである。
 本書も「わたし」の一人称視点から過去と現在の二重殺人(パレルモ殺しの方は、その状況がかつてのディーリア殺しに相似する部分が多いことから「カーボン・コピー殺人事件」「複写殺人」などとも称される)の謎に迫っていくドキュメントノベルタッチのフーダニットで、地味っぽい内容ながら登場人物の配置はきちんと整理され、会話が多めの本文ということもあってリーダビリティは高い。
 個人的には終盤で明らかになる真犯人の正体と、そこに至るまでの隠し方はなかなか意外で、ほどよいサプライズが味わえた。伏線や手がかりの張り方も、何気ないところが読み手の気持ちにどっか引っかかる感じでこれも良い。ラストの締め方も妙な余韻がある。

 ちなみにこの本、大昔にミステリファンのサークル内の仲間から「変な作品だった」とだけ感想を聞かされ、その一言が心の片隅にどこか引っかかっていた一冊。今回はウン十年ぶりに思い立って読んでみたが、良くも悪くも思ったよりフツーのミステリであった。小説としてのまとまりを含めてなかなか悪くなかったけれど。それだけ昨今の東西には、変化球っぽいミステリが増えたということだろうか。

No.369 5点 撲殺島への懐古- 松尾詩朗 2018/06/30 16:29
(ネタバレなし)
 空手家の芦原、キックボクサーの沢村、レスラーの橋本、柔道家のルスカたち格闘家の大学生四人は、瀬戸内海のとある孤島に卒業旅行に赴く。島では定年退職後の老人・宇田川とその老妻がペンションを経営。彼ら6人だけが島にいるはずだった。だがその日の朝、密室の中で変死体が見つかり、やがて事態は怪異な連続殺人事件へと発展していく。

『彼は残業だったので』に続くカメラマン・門倉とアマチュア名探偵・立花真一もののシリーズ第二弾。本文中では(一応のイクスキューズのもとに)門倉と立花の名は伏せられているが、前作を読んだ読者にはすぐピンとくるようになっている。まるで小林信彦の「神野推理シリーズ」に客演した際の、オヨヨ大統領みたいだ(しかし本書の場合はこの趣向、あまり意味があるとは思えなかったのだが……)。

 今回は体育会系男子ばかりをメインにした青春ミステリ&クローズドサークル設定での不可能犯罪もの。やや特異な設計の室内での最初の密室殺人、さらに屈強なはずの格闘家の被害者がなぜか抵抗もできず? にボコボコにされた第二の殺人など、提示される謎はなかなか魅力的。
 ただし前作同様、この作者の<とにもかくにもミステリファンを饗応しよう>という意気込みばかりが先走り、中味の方がそれについていかない感じがなんともアレである。
 戦前の某国産短編ミステリを想起させる密室殺人のメイントリックはそれなりに豪快で微笑ましいが、第二の殺人の不可思議な状況の真相は「はあ……」という感じで、さらに第6章の、素直に付き合えばちょっとソソられる仕掛けの実態は……これはもうチョンボであろう(汗)。
 とはいえ個人的には前作よりは、書き手が自分の流儀に居直った感じがうかがえて、それなりに面白かった。小説の筋立て的にはそんなに描き込まんでもいいであろうはずの取っ組み合いシーンになると、妙に作者の筆が乗ってくる感触も天然でよい(笑)。出来がいいか悪いかと言われると後者だが、変な魅力はある一冊。さて残るこの作者の最後の長編も、楽しみである(笑)。

No.368 6点 六人の赤ずきんは今夜食べられる- 氷桃甘雪 2018/06/30 00:30
(ネタバレなし)
 とある世界。「私」こと一人の若き猟師は、かつて成り行きから無辜の人々を殺戮する凶行に加担。やがて己の非道を恥じて一人の少女を守ろうとしたが、結局はその小さな命を救えなかった悔恨の過去があった。贖罪のためにあてもない旅を続けてきた猟師は今、ある村を訪れ、そこでは「赤ずきん」と呼ばれる歴代の特殊技能の少女たちが高価な魔法の秘薬を生成し、村の繁栄を担っていることを知った。だが今度の赤い月の夜、現在は6人いる赤ずきんに狼の魔物「ジェヴォーダンの獣」が迫り、全員を食い殺すという。村人は頼りにならないと見た猟師は、村の廃墟である「お后様の塔」に6人の赤ずきん(バラずきん・リンゴずきん・チューリップずきん・ザクロずきん・紅茶ずきん・ツバキずきん)とともに籠城し、彼女たちを守ろうとする。だがその6人の赤ずきんのなかの誰かが、魔獣を手引きする魔女の化身である事実が判明して……。

 ダークメルヘン&スリラー(ホラー)的な設定のなかで語られる「誰が魔女なのか」を最大の主題にした謎解きフーダニット。同時に6人の赤ずきんの秘薬にはそれぞれ物質を無臭にする、透明化させる、硬化させる……などなどの一定の魔法的な効果があり、その効用を活かして魔獣からの逃亡と敵との対決を図る、そんなスリリングなデスゲーム性も物語の大きな興味となっている。
 異世界集団の仲間のなかで誰が悪のキーパーソンかのフーダニットといえば『六花の勇者』という著名な先例があるが、そこはやはり本書の書き手も意識したらしく、ひとつふたつさらに別の謎解きの趣向を設けているのはさすが(ネタバレになるのでここでは詳しく書かないが)。

 とはいえ設定も大筋もなかなか面白いんだけど、ヒロイン6人の書き込みがかなりバラバラで、主人公が特化して縁を感じる「バラずきん」やキャラクターの奇矯さがめだつ「ツバキずきん」(←個人的にこの子はかなり魅力的・笑)や「チューリップずきん」などはともかく、「紅茶ずきん」あたりの地味キャラの存在感の希薄なこと。作者の「推し」の深浅の差がモロに出てしまった感じで、この辺はもう少し何とかならなかったのかという思いが強い。
 ちなみに肝心の謎解き部分は伏線や手がかりを意識的に設けてあるのはとても良いのだが、そのロジックを支える異世界の法則性や現実に通じる常識的な情報の提示のこなれが悪い。マジメにしっかりとパズラーをやりたい気概はわかるんだけど、ここも、もうちょっと推敲して欲しかったという印象。

 それでもこの世界観での謎解きサスペンスの手応えは相当のもので、後半~終盤、事態の全容が徐々に見えてくる際の異様な迫力も味わい深い。手放しで「傑作」「優秀作」と誉めるには一つ二つ足りないが、変格設定のパズラーとしては十分に及第点だと思う。
 構成力と筆力もかなり期待できる感触があるので、次回はまったく違う物語設定での広義の謎解きミステリなどに挑戦してもらいたい。

No.367 6点 名探偵誕生- 似鳥鶏 2018/06/29 18:13
(ネタバレなし)
「僕」こと小学校四年生・星川瑞人は、級友達とともに高速道路の向こうにある「幽霊団地」の周辺に出没する怪人「シンカイ」を調べに行く。だがシンカイは、どこにも出口のないはずの袋小路の中で消失してしまった。やがて、瑞人を「みーくん」と呼ぶ隣人の美少女高校生「お姉ちゃん」こと波多野千歳によって解き明かされる事件の謎と意外な真実。そしてこれは、年上の憧れの名探偵・千歳に思いを寄せる瑞人の長い恋路の幕開けでもあった。

 全5編の連作謎解きミステリで、同時に千歳にひそかな思慕を抱き続ける主人公・瑞人の成長(終盤の二編では大学二年生になる)ドラマを描く青春小説。
 昨年の新刊の連作ミステリ『彼女の色に届くまで』で、雑誌掲載時に一度、一応のきちんとした解決をつけた各編の真相を、書籍にまとめた際にさらにまたひっくり返すという技巧的な大技を見せた作者だが、今回もまた同様のギミック「謎と真相の二重構造」が随所に効いている(ただし今回は『彼女』と違って、書き下ろしでの刊行)。
 数年をかけた主人公とメインヒロインの青春恋愛(片思い)ドラマの推移と、1~3話の足固め編を経て4・5話でクライマックスを迎える連作謎解きミステリという双方の要素も、この物語のなかではとても親和性がよい。評者はこれまで似鳥作品は、乗り入れしやすいノンシリーズものしか読んでないのだが、そのなかではベストのひとつだと思う。
 ちなみにおなじみの饒舌な本文中の註釈がなぜか第一話にはまったく登場しないので、今回はナシなのかな、と思ったら第二話からやっぱり野放図に始まった(笑)。このマイペースぶりもとてもいい。あとがきも、独自の考えのミステリ愛、そして21世紀の作家としての挑戦的なスピリットを感じさせて、マル。  

No.366 7点 華麗なる大泥棒- デイヴィッド・グーディス 2018/06/28 17:43
(ネタバレなし)
 第二次大戦前夜のアメリカ。天涯孤独の17歳の若者ナタニエル(ナット)・ハービンは、心優しき中年の泥棒ジェラルドに救われる。ジェラルドから息子のように扱われ、泥棒の技術を仕込まれたハービンだが、やがてジェラルドは裏稼業のなかで死亡した。ハービンは、ジェラルドの遺児で14歳年下の少女グラッデンを父代り兄代りとして養育。やがて大戦を経て、34歳になった現在のハービンは、20歳の愛らしい娘に育ったグラッデン、さらに二人の仲間、盗品の流通に長けたジョー・ベイロック、錠前破りの名人ドーマーとともに流血を避けた慎重な泥棒稼業を続けていた。だがある仕事を契機に、彼らの運命は大きな変化を見せることに……。

 原書は1953年に刊行。1973年に本書と同題のJ・P・ベルモンドのクライムコメディ映画が日本で公開される際、その原作として邦訳された。とはいえ本書の訳者後書きでも触れられているが、小説の内容は「華麗なる」という修辞とはまったく無縁な、非コメディ系のシリアスノワール。
 ハービンたちが最高価格11万ドルの大粒エメラルドを奪い、その横取りを企む謎の影、ハービンの心を揺さぶるファム・ファタールの美女デラの出現、仲間達の間に走る亀裂、そして何より、養父ジェラルドへの恩義からグラッデンを見守り続ける主人公ハービンの思いと、そんな彼に対して自分を妹や娘ではなくワイフとして恋人として見て欲しいグラッデンの苛立ちなどが、わずか200ページちょっとの物語を高い密度で盛り上げていく。ストーリーはシンプルだが、会話と客観描写を多用した叙述は強烈なテンポを保ち、物語の加速感は並ではない。余韻のあるクロージングまでひと息に読み終えられる50年代クライムノワールの佳作~秀作。

No.365 6点 閻魔堂沙羅の推理奇譚 負け犬たちの密室- 木元哉多 2018/06/27 21:15
(ネタバレなし)
 前巻とほぼ同じ総ページ数ながら収録エピソードの絶対数はひとつ減って3本になっちゃったけど、内容にあった紙幅的にはこれくらいの方がいいかもね。作品の中味と物語の容量はちゃんとバランスをはかるべしという主旨のことは、かのE・クイーンも言っております。
 二冊目ということでさらに各編にもよりバラエティ感が出てきて、まんま「地獄少女」みたいな懲悪路線にも踏み出したけれど、これは今後シリーズを長続きさせる意味でいいと思う。
 一定以上の水準の謎解き&フーダニット(推察がつく部分もそれなりにあるが)と、毎回沙羅以外の登場人物の面子が変る連作キャラクタードラマとして個人的にはかなり気に入っています。
 しかしこの二巻巻末の惹句「人間賛歌×本格ミステリ!」というのは一巻ならともかく、前述の通り、本書の方では作品に幅がでてきたという意味において、ちょっとズレてきちゃいましたな(笑)。

No.364 6点 翼がなくても- 中山七里 2018/06/27 21:00
(ネタバレなし)
 西端化成に勤める20歳のOL、市ノ瀬沙良は、同社実業団陸上部の精鋭アスリート選手として次期オリンピックまでを視野に入れていた。だがそんな彼女はある朝、居眠り運転事故の被害者となり、左脚切断に至る重傷を負う。しかも加害者は沙良の隣人かつ初恋の相手で、現在は引きこもりのニートの青年・相良泰輔だった。自暴自棄になりかけながらも、障害者スポーツの陸上選手として果敢に再起を図る沙良。だが事故ののち、泰輔が自宅で変死。犬飼と相棒の麻生は現場の状況から殺人事件と見て、正体不明の犯人を追うが。

 謎解きミステリとしてはソツもないが曲もない作りで、真相は大半の読者の想像の範疇であろう。
 ちなみに本作は犬飼と御子柴の初の共演(半ば対決)編。中山ファンにとっては垂涎の趣向だが、あえてそっちの興味はサブに回し、再起にかける沙良の熱い青春ドラマ、さらには彼女を支える人たちの群像劇の方をメインの軸にしたあたりはうまい。
 いかにも現実のなかでありそうな試練をたっぷり盛り込みながら、その上で克己する思いの強さを謳った、すごく清廉で良い感じに厚みのある人間ドラマであった。そっちの意味で、読み応えは十分。

 しかし御子柴先生、ツンデレのツンの部分の偽悪家にして、ちゃんと最後には沙良を応援するおいしい役どころは持って行く(探偵役はどっちかというと犬飼の領分)。この人は、まさに中山ワールド版ブラックジャックですな~(笑)。

No.363 9点 母なる夜- カート・ヴォネガット 2018/06/26 17:15
(ネタバレなし)
 1961年。「わたし」こと40代後半のアメリカ人、ハワード・キャンベル・ジュニアは、イスラエルの刑務所の獄中で、第二次世界大戦時にドイツに暮らし、ゲッペルスの下でナチスのラジオプロパガンダ役として送った過去、そして戦後にアメリカに来てからの日々のことを回顧する。そんなハワードには第二次大戦中、地上で彼をふくめてわずか3人だけしか知らないもうひとつの顔があった。それはアメリカ陸軍省少佐フランク・ワータネンの要請を受けて米国のスパイとなり、ナチスの中枢にいなければ入手不可能な情報を連合国側に送る役割だった。世界の平和と人類の未来を望みながら、600万人ものユダヤ人殺戮の共犯者の道を歩んだハワード。だが彼の全身全霊を尽くした戦時中の苦闘は、戦後のアメリカ社会から感謝を得ることはなかった。
 
 1961年に原書が刊行されたアメリカ作品。1973年の初邦訳時、ミステリファンの老舗サークル「SRの会」同年度の海外作品部門のベスト投票で堂々の一位に輝いた一冊でもある。それゆえいつかいつか読みたいと思いながら、ミステリ作家(またはSF作家)というよりは、現代(20世紀後半)文学の旗手のひとりとして知られた作者カート・ヴォネガット(カート・ヴォネガット・ジュニア)の代表作と名高い長編だけになんとなく敷居が高かった。ちなみにヴォネガットの作品はHMMに載った作品、または何らかのアンソロジーに収録された短編くらいのみ読んで、未だにこの作品以外の長編は読んでいない(なお、個人的ななりゆきから原作をまだ未読なままに映画『スローターハウス5』だけは先に観ていて、これは単品の映像作品としてすごくスキである)。
 
 しかし今回は最初の翻訳者・池澤夏樹が旧訳にさらに手を入れた1984年の白水Uブックス版で読んだのだが、えらく平易な文章でとんでもなく敷居が低かった。翻訳はところどころ難しい原文のニュアンスを懸命に拾い上げたそうで、読者の一人として厚く感謝するしかない。
 本書は起伏に富んだストーリーの優れたスパイ小説であると同時に、魂に染みる強烈な人間ドラマである。さらに寓意と皮肉に満ち、そして国会や種族、集団や個人の愚かさを笑い、切なさに苦笑し、辛さと苦さに潰されかけながらも、何のかんの言っても人間を最後まで見捨てない、そんな一冊でもある。
 自分と、そして多くの人類にとっての真理と理想を追い求めながら、それに懸命になればなるほど大きな欺瞞と虚飾のなかで人類最大の凶行に加担せざるを得なかった主人公。
 だがそんなハワードと、彼を諜報員にしたフランク・ワータネン(旧悪を問われ続ける主人公と対照されるように、彼は大佐に昇格している)は戦後再会し、以下のような会話をかわす。

「わたしのポケットにメモをつっこんで、ここへ来るように伝えたのは誰ですか」
「聞くのは勝手だが」とワータネンは言った。「私が教えっこないのはわかっているだろう」
「そこでまたわたしを信用していないというわけですか」
「きみみたいにりっぱなスパイだった男を信用できると思うかね?」とワータネンは言った。「ええ?」

 小説の大筋も細部も真実と欺瞞が交錯し、少し後には状況も人間関係も反転するような内容だが、それでも主人公ハワードの立ち位置はぶれない。ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』の後半で、アレック・リーマスが車中で叫ぶような人間という種への諦観や想念が語られるわけでもないが、それでもこの主人公は最後まで人間を読者を、そして自分自身を裏切らないだろう、そんな軸を最後まで感じさせ続けるヴォネガットの筆致の強靱さ。
 若い頃にもっと早く読んでおけば良かったかな? いや、オッサンになった今だからこそ身に染みた魅力がある。少なくとも自分は人生のなかで、この一冊を見逃さないで良かったと思うのだ。

No.362 7点 さよならファントム- 黒田研二 2018/06/23 21:25
(ネタバレなし)
 8点をつけられた蟷螂の斧さんのレビューに興味を惹かれて、読んでみました。
 序盤から始まる主人公の最大級の逆境は、最終的に(中略)とはもちろん予想がつくものの、じゃあどういう道筋を立てるんだろう……と思いきや、なるほど、こう来たか! という感じであった。一級のサプライズの開陳と同時に、キーパーソンがなぜそうしたかのホワイダニットにもいっきにカタをつける手際がお見事。
 フーダニットの方もなかなか面白い仕掛けがしてあり、あとからポイントとなるシーンを読み返すとニヤリとすることしきり。
 まあ205ページ前後の奇妙な状況の謎解きばかりはやや無理がある、という思いもするけれど、これだけおもちゃ箱をひっくり返したようなギミック満載の作品の中には、これひとつくらいトっぽいのがあってもいいでしょう(笑)。
 終盤の主人公が(中略)を経て新たな道に踏み出すあたりは、手塚漫画か藤子・F作品の名編のような感慨であった。

No.361 4点 今夜、君に殺されたとしても- 瀬川コウ 2018/06/23 15:37
(ネタバレなし)
 現場に凶器と直接関係ない、紐と鏡を残していく連続殺人事件が発生。「僕」こと両親と死別した高校生、橘終(たちばな おわり)には、双子の妹である女子高校生・乙黒アザミがいたが、彼女こそはこの連続殺人事件の容疑者であった。妹を愛し、そして彼女の心の闇を知る終は、さらに事件のなかに踏み入っていくが。

 人気青春ミステリ「謎好き乙女シリーズ」の作者によるノンシリーズ編。評者は「謎好き」はシリーズ2冊まで読み、そのミステリ的なセンス、そして男子主人公とヒロインの距離感に結構新鮮な魅力と手応えを感じていた(←なんかエラそうですな。気にしないでください)。
 それでそっちのシリーズはすでに完結しているので先にその残り分を読めばいいのだが、あの作者の完全新規の新作というのはどんなだろと思い、いち早く本書の方を手に取った。まあそんな次第である(笑)。

 で、感想は、うーん……とても瀬川作品らしいんだけど、その個性を今回はこういう形で出しちゃったのかなあ、という印象。
 ミステリとしては二人の主人公(兄妹)の関係性の謎とその軌跡を追う一方で、一種の入れ子構造的に複数の事件と謎めいたものが設けられており、個人的にはその二つ目の真相と事態の成り行きはなかなか面白かった。
 ただし、ヒロイン・アザミの切なくて哀しいキャラクターを語るために、終盤で評者的にはとても許せない描写が出てきたので大幅に減点。アザミのぎりぎりの内面を描くにしても<こんな作劇>は少し安易に感じる。もっとやりようはあるよね。ここであんまり詳しくは申せませんが。

 ちなみに物語の後半から登場し、事件の狂言回しというか観測者的な役回りを務める美少女高校生探偵の神楽果礎(かぐらかそ)。「腹黒」を自認するその厨二的なセリフ廻しにコミックチックな魅力があり、次回はこの子をもっとメインポジションに据えた作品を読みたいですな。まあ本作は講談社タイガ文庫のレーベルだから、今後のそういう路線も考えているんだろうけど。
(あー、そんときは本書は、神楽果礎シリーズの第一弾になっちゃうんだな。)

No.360 6点 アイランド- ピーター・ベンチリー 2018/06/23 01:34
(ネタバレなし)
 35歳の売れっ子フリーライター、ブレア・メイナードは、人気コピーライターである妻デヴォンと離婚。12歳の息子ジャスティンの養育を彼女に託していたが、そのデヴォンの頼みで息子を一週間ほど預かることになった。メイナードは雑誌「トゥーデー」の記事のネタとして、この3年間にバハマ沖でヨットやクルーザーなどの船舶が600以上も消息不明になっている怪事に注目。頻出する海難事故の背後に何かあるのでは? と考えて、息子を連れて現地に取材に赴く。だがそこで彼を待っていたのは、悪夢のような現実だった。

 79年のアメリカ作品で『ジョーズ』『ザ・ディープ』に続く作者の長編第三作。巨大鮫パニック、宝探し……を主題にした前二作と同じ系譜の海洋スリラーで、やはり同様に映画化もされてるが、ここではあえて本作のストーリーの大ネタが何かはヒミツにしておく。
(まあ当時は、フツーに書籍や映画の宣伝などでネタバレされていたし、本書の訳者あとがきでも大っぴらに記述されているのだが。さすがに今では翻訳本の刊行から40年近く経って、知らない人も多くなっていることだろうし。)

 後半の展開は、テンション、スリル、そしてある種の不快感と恐怖などが入りまじった猥雑さでなかなか息苦しい思い。単純にスリラー+αのエンターテインメントとしては、前二作より面白かったかもしれない。主人公メイナードの周辺で、読者の心をざわつかせる、かなりきわどい展開が用意されているのにも驚かされた。
 一方で正直なところ、日本のA級&B級バイオレンスノベルっぽい感触もないではないのだけれど、大ネタを支える文芸にあれこれそれっぽい蘊蓄が導入されていたり、クセのあるサブキャラの視点を介して妙にアカデミックな見識が語られるなど、物語に独特の厚みを与えるのには成功している。
 終盤、物語の決着が見えないまま、紙幅がどんどん減じていく。そんな加速感を経たクロージングもエンターテインメントとして悪くない。
 今回の事件の向こうに現代人は何を覗くのか。そういうちょっと厨二的な味付けを匂わせているのも、良い感じの物語のスパイスになってるし。

 ……とはいえ、やはりベンチリーの海洋もの初期三作の中でのマイベストは、結局は『ジョーズ』なんだけどね。いや鮫がコワいとかその戦いがスリリングだからとかいうより、原作小説にあってスピルバーグの映画には無い(らしい)ある人間関係とそれに関連した某シーンが大好きなので。
(これで評者が何を言いたいか分かる人は、ハハーン……! とニヤニヤしてください・笑。)

 最後に評者は、ベンチリーのこの初期三部作の映画版は『ザ・ディープ』のみ観ている。というのもこの頃のジャクリーン・ビゼット(『ザ・ディープ』の主演)が最強に可愛かったから(笑)。
 本作『アイランド』でも「雑誌「トゥーデー」のカバーガールをジャッキー・ビゼットに頼むかどうか」という劇中でのやりとりがあってニヤリとなった。たぶん意識的な楽屋落ちだろう。

No.359 5点 偽装- 相村英輔 2018/06/22 10:51
(ネタバレなし)
 都内在住の実業家・浦崎長恭の妻・和子が自宅で変死体で見つかる。現場や死体の状況から被害者は強盗殺人の犠牲になったのかと推されるが、やがて検死の結果、彼女は自殺とわかる。誰かが自殺を他殺に偽装した? として捜査陣の嫌疑が浦崎に向かい、さらに過去に浦崎の会社の3人の従業員が、彼に莫大な保険金を遺して死んでいる事実が判明した。そんななか、浦崎の友人で事件に関わった電器店の主人・小谷修が殺害される。これも浦崎の犯行かと思われるが、彼には検死官の死亡推定時刻に大阪にいたという絶対のアリバイがあった。

 詩人探偵・楼取亜門シリーズの第二作で、現在までの最終作。
 例によって? Twitterで悪評を呼んでるから読んでみたが、個人的には、前作同様、ウワサほどひどいものではなかった。
 まあたしかに中盤、アリバイ捜査の道筋のうち、結局は警察側から見て徒労に終る部分をここまで徹底的に細かく書かんでもいいんでないのとか、メインの殺人事件となる小谷殺しに先立つ4つの死亡事件の精査がおざなりだとか、その手の不満は感じた。特に前者についてはくだんのTwitterなんかでも「駄目な時刻表ミステリ」の代表作であるかのようにも揶揄され、そういう文句が出るのもわからなくない。
 ただまあ、長々と綴られたそっち方向の叙述も、実は終盤の逆転推理のためのミスディレクションを力押しにしているのだと見るならば、その狙いは理解できる。少なくともこの迂路に見える部分には、一応の意味があるように思える。最後に「実はそっちじゃないんだよね~」と言わんばかりに明かされる事件の真実とそれを支えるメイントリックも、なんか昭和のB級パズラー風で微笑ましい。
 前作は都筑道夫の推挙を受けて刊行されたそうだが、どっちかというと今回の方が都筑ティストとの接点を見出しうるような。
 この作者独自のミステリ愛があり、探偵キャラクターや世界観を築くことに当人なりに傾注していることもあとがきに感じられる(前作と本作の時代設定の間に20年以上あるのに、劇中人物がまったく加齢していないことへの、いわゆる「言わんでもいいがな」的なイクスキューズとか)。

 作者はこの2冊を書いたあと時代小説の方に行っちゃったみたいだけど、もうちょっと亜門シリーズを読みたかったな。まああんまり書き慣れてくると、このヘタウマっぽい味は薄れるかもしれないんだけど。

No.358 6点 死の長い鎖- サラ・ウルフ 2018/06/20 20:37
(ネタバレなし)
 高校教師の青年ディヴィッド・ブレットは、父の生まれ故郷の町フェアフィールドに帰参して5年目。住民達の憧れだった美人の女性教師エリザベスを妻に迎えたが、まだまだ彼をこの町の中では新参者だと見る者も少なくなかった。そんなある日の朝、ブレット家の乗用車が突如爆破し、エリザベスはお腹の子供ともども命を奪われた。呆然とするデヴィッドのもとにさらに届いたのは、彼の教え子であるチアリーダーの美少女ジェニー・ウィルソンが、その彼氏のレイン・カーペンターともども射殺されたという惨劇の知らせであった。両事件の関連を追う警察署長のフィリップ・デッカー警部補は、エリザベスとジェニー、双方に関係する人物としてデヴィッドに嫌疑の目を向けるが、やがて露わになるのは、この町の周辺で十数年にわたってひそかに進行していた十数人もの人間の命を狙う何者かの殺意であった。

 みんな大好き(?)佐藤圭の名著=ミステリガイドブック『100冊の徹夜本』を読み返していたらなんとなく意識した、評者が今まで未読だった一冊。本サイトでもまだレビューが無いので、どんなかなと思って一読してみた。原書は1987年に書かれた作者のデビュー作。
 ちなみに『100冊』での本書紹介ページの惹句は「ミステリー史上、<いちばん殺人件数の多い殺人鬼>は誰だろうか。」である。まあその主題に沿った作品がズバリこの長編なのかといえば異論がある向きもあろうが(評者も「あっちの作品じゃないですかね~」と言えるのが一つ二つはある・笑)、開幕70ページちょっとで、それまで一見秘匿されていた多数の殺人計画が露わになっていくダイナミズムは確かにすごい。そういう意味で加速感も強烈な内容で、ページをめくり始めてから半日で、ほぼ一気に読み終えてしまった。

 ただし中盤である程度、事件の底が割れてからはちょっと(……ムニャムニャ)。作者も本当はもうちょっと奥深い仕掛けを仕込みたかったんだろうけど、迷った末に直球を投げてしまい、それでもそれなりの球威があった、という仕上がりである。読んでるうちに、こういう話の流れならこうなるんじゃないかな……。このキャラクター描写は思わせぶりなミスディレクションじゃないかな……。実にあれこれ想像力を刺激させられた一冊であった(笑)。
 全体としてはM・H・クラークの初期編とかあたりに近く、技巧的にはそっちよりちょっと弱いけれど、別の部分でのケレン味をまぶしてある感じ。サスペンススリラーとしてはまとまった印象で悪くは無い(ちょっと大設定とか趣向とかクリスティーの『殺人は容易だ』を思わせるところもあるが)。

 ところでこの作者、日本ではこの一冊で紹介が終っちゃったのかな……と思っていたら、講談社文庫にて、S・K・ウルフ名義で二冊のエスピオナージュの翻訳書が出ている。機会があったら、いつかそっちも読んでみよう。

No.357 5点 本格ミステリ漫画ゼミ- 事典・ガイド 2018/06/20 12:17
 800タイトル以上について語っているという謳い文句は伊達じゃなく、とんでもない情報量の一冊である。ミステリは好き、コミックも好きな評者だが、かといってミステリコミックや探偵漫画を特に意識的、体系的に読んでいる訳でもないので、初めて知る事柄も本当に多い本だった。その意味でまず敬服。

 とはいえ紙幅200ページ足らずの本文の中で、そんな800作品も網羅している情報の凝縮ぶりは正に諸刃の剣。特に前半など、単に<こういう作品があった~その作者のデータ>という、あまりにも悪い意味で総花的になってしまった記述のつるべ打ちには、かなりゲンナリした。
 もう少しくわしく評者の不満の念を説明するなら、まず前提として、本書は大別して「国内ミステリのコミカライズ」「翻訳ミステリのコミカライズ」「オリジナルのミステリ漫画1」「同2」と4つのカテゴリで構成。それら各項目の中で、さらに細かく章立てされている。
 ……これだったらそれぞれのカテゴリの中で(絶版か入手可能かを問わず)重要な&特徴のある作品を20作~30作ぐらいずつ選出して一作品につき数ページの構成で<作品の概要><書誌情報><探偵のキャラ><(ベースの小説があるものは)原作との比較><事件の梗概と謎の魅力><楽しみどころ>などの項目を設けたメイン記事として一本一本仔細に語った方がいい。
 そして現状の<ただ情報を載っけました程度の記述で紹介された、大半の作品群>は、巻末に表組みの形でデータを詳しめに記載し、簡単な扱いで済ませちゃった方が良かったんでないの? と思う。だってそういうやや作り込んだ書誌ページで、<こんな作品がありました>と読者が学べば、あとはこの21世紀のネット文化のさなか、興味を持ったファンがそれぞれ自ずとwebとかで該当の本の情報を追っかけていくこともできるよね。それで今回の本書が為したような(ごく最低限の)情報の提示とその享受はクリアされる。
 だからこの本、もっともっと面白く作れたような気がするんだよな。

 その辺の不満が強くて、評点はちょっと辛めの4点……にしようかとも思ったのだが、後半を読み進めていくにつれて、それぞれのオリジナル作品への記述にはなかなかの充実感があって、いくらか見直した。
 くわえて「結局はそこかい」と言われそうだが、とにかくこれだけのタイトルを読み、最低限でもその作品の情報を語れるという作者の読書量とサーチ能力は改めてスゴイ。知識だけじゃいい原稿は書けないが、いい原稿を書くには十全な知識(膨大な読書量)が必要という現実は、改めてこんな場で実感した。
 それから今回取り上げられた800作品の中に、昭和ギャグ探偵ものは入ってなかったのだけれど(『カゲマン』とかは載っている)、この辺はコラムとかで(その辺は本書の謳う「本格ミステリ漫画」の本筋ではない系譜として、目配せ的でもいいから)もっと語っておいてほしかったという感もあったり。
 まあ、今後また誰かが、<ミステリ漫画>というジャンルを語る本を書く際には前もって目を通しておくべき、そんな力作の一冊ではありますけれど。

No.356 5点 ポケットは犯罪のために 武蔵野クライムストーリー- 浅暮三文 2018/06/19 03:12
(ネタバレなし)
 置き引きを生業とする男「中央線の銀次」はその日の午後二時頃、うたた寝する中年男の頭上の網棚から彼の鞄をかっぱらう。その鞄の中に入っていたのは、書籍一冊分のミステリ小説を綴った原稿用紙の束だった。銀次はその内容を一読し、この原稿を効率よく金に替える算段を考えるが……。

 「メフィスト」誌に掲載された6本の単発ミステリ短編を、劇中作の小説として連続して並べ、それら各編の合間に、本書の刊行時に書き下ろされた新規キャラ・銀次のモノローグを入れてまとめた内容。まったく類似の前例がないわけではないが、ちょっと変った趣の連作ミステリである。ちなみにミステリ本編の第六話「五つのR」は、釣り好きの老人・村上の懐旧談を樫村青年と加藤刑事が聞く、この3人のやりとりで進行するのだが、コレは作者の別長編『殺しも鯖もMで始まる』の続編というか後日譚というか、とにかく同じシリーズでもあるらしい。

 6本の内容の大半は殺人とは無縁で犯罪性&事件性も希薄な、いわゆる日常の謎ティストのものが基本。サクサク読めるが、そのなかのいくつかは良い意味で小味なトリッキィさで悪くない(遺言の謎を扱った「フライヤーを追え」、町行く人が一様に薔薇の花を持ってる謎「薔薇一輪」、いつも白シャツの男がなぜかその日に限って赤シャツを着て帰ってきた「五つのR」あたりが個人的にはなかなか面白かった)。最後に明かされる仕掛けに関しては、作者が読み手を面白がらせたいほどには残念ながら乗れず、いまいち不発という感じだが、まあ一冊そこそこ、そんなに悪くはない。
 あえて不満といえば、表紙のねーちゃんみたいな、ぱんつ見せキャラが劇中にはっきりと登場しなかったことかな。そういうのもちょっぴり期待して読んだんだけど(笑)。
(ちなみに「五つのR」の中で、前述の村上爺さんが「最近の若い娘は、勝負パンツをどうのこうの」とかなんとか話題にするのだが、もしかしたらコレは、そのネタで描かれたジャケットカバーのイラストだったのだろうか)。

No.355 7点 狼殺し- クレイグ・トーマス 2018/06/18 12:17
(ネタバレなし)
 1944年、ナチス制圧下のパリ。同地では連合国陣営の支援を受けた多数のレジスタンスが活動していたが、そのなかの一つに功績を重ねる共産主義者の集団「ロル部隊」があった。そんな彼らがいずれ戦後のフランスの行政内で邪魔になると考えた連合国側のタカ派「ウルフ・グループ」は、ロル部隊をわざとゲシュタポに逮捕させる。さらに嫌疑の信憑性を高めるため、英国人のレジスタンス集団「トロイ・グループ」からもロル部隊の協力者を逮捕させることになり、そのスケープゴートに選ばれたのは同グループのリーダー「アキレス」こと青年リチャード・ガードナーだった。強制収容所に移送される途中、決死の逃亡を成功させたガードナーは苦難の果てにパリに戻るが、そこで彼を待っていたのはさらなる仲間たちの裏切りであった。やがて終戦を経た1963年、かつての苦難の記憶を封じ込め、フランスの一角で事務弁護士として妻子とともに平穏な生活を営んでいたガードナーは、ある日、あることを契機に、心の奥に燻っていた怨念を一気に開放。かつて自分を窮地に陥れた黒幕を探す復讐行を突き進む。だがガードナーの戦いの裏には、何者かの何らかの思惑が蠢いていた。

 パシフィカでの元版の刊行当時、北上次郎が絶賛したことで有名な活劇スパイ小説。以前から読もう読もうと思っていた作品の一つだが、やっと読了。とりあえずの率直な感想は「ああ、こういう作品だったのね」である(笑)。
 まず思うのは、普通、こういう設定の作品なら、19年もの間、安穏な生活のなかで自分の秘めた憎悪の念をごまかしていたガードナーの内省をしっかり描き込み、その反動から中年(1963年時点で現在42歳)になって戦士として再び覚醒する彼の心の高揚をうたいあげれば良さそうなものだが、作者トーマスの筆致はその面では意外に淡泊。
 だから読者視線では「なんでこの主人公、以前の恨みを時間のなかに自然消滅させなかったんだろう……」とも思ってしまう。この辺はかなりきわどい。もうこの時点で本作を不自然だ、主人公の原動の説得力に欠けていてつまらないと思う人は、見限ってしまうだろう。
 またガードナーが今回の復讐のために立ちあがる契機も、たとえばこのタイミングで1944年当時に殺害された肉親や恋人の死の真実を知った~それで怒る、といったわかりやすいものでなく、あっさりといえばかなりあっさり。よく言えば抑制された筋運びだが、まあ、なんというか、意図的にわかりやすいドラマチックな活劇を避け、別のテンションで勝負しようとしている感がある。そう思って頭を切り替えると、本作の楽しみどころがなんとなくわかってくる。
 名前の出てくる登場人物もメモを取ると端役も含めて70~80人に及び、物語半ばからの視点を切り替えながら、ガードナーの背後にひそむ謀略が徐々に露わになる。その一方で表面のドラマとしてはガードナーの黒幕に迫っていく復讐行が流れるように進んでいく。この潤滑感はそれなりの快感である。
 実は謀略自体の実態は、驚愕ということもなく、ああ、そういうことなんでしょうね、という感じのものだが、確かに、ややこしくなった戦後の当時の国際政治の影を意識させ、その意味で感慨深い。
 終盤、SISの部長ケネス・オーブリー(この人はトーマスのレギュラーキャラクターらしい)とガードナーのやりとりとそれ以降の展開にはハッとなったが、結局ガードナーはあまりにも(中略)だったわけで、その辺のアイロニーこそこの作品の核だろう。
 優秀作、傑作と騒ぎ立てるまでのこともないが、スパイ小説のひとつの作法としてエスピオナージュファンなら一度は読んでおいた方がよい佳作~秀作。評点は0.2点くらいオマケしてこの点数。

■今回は1986年に刊行の河出文庫版で読んだが、訳者あとがきでちょっとネタバレをしている。その点、これから読む人は気をつけてください。

No.354 5点 虚談- 京極夏彦 2018/06/14 16:51
(ネタバレなし)
「談シリーズ」は今回が初読。
 本書は「嘘」を主題にした一冊だそうで、全9編の短編が、それぞれ「僕」という人物(同一キャラらしいのもいれば、そうでないのもいる)が、ある人物と対話し、その流れの中で本当に実在するかそれとも……? という人外の存在や事象に向かい合う連作になっている。
(もうひとつ、連作の趣向として、全9本のタイトルがどれも、カタカナまたは平がなの3文字で統一されている。)いずれにしろ「嘘」というキーワードの用法は、かなり自在闊達ではある。

 同じ主題で似たような設定のもとに話が続くと、どうしてもカブる部分は出てくるが、それをぎりぎりのところでうまく差別化している手際は、さすが京極先生。話術のうまい語り手から一定の安心感のもとに、古色豊かな(設定は現代の)怪談を聞かされる盤石なゾクゾク感がある。
 ただ印象が弱い話もあるので、評点はちょっと辛めでこのくらいに。

 マスターピースは人によって変るだろうが、個人的なベスト3は、日常の中に入ってくる狂気が、終盤でより深い妖しさの世界に分け入っていく「ベンチ」、幽霊のビジュアルキャラクターがなかなか強烈な「クラス」、話のロケーションと妖かしの異形感の取り混ぜが絶品な「キイロ」あたり。
 なお第6話の「シノビ」は最後のオチで、怖いというより笑ってしまったが、これは綾辻の「館シリーズ」に例えるなら『人形館』的な、書き手も自覚したチェンジアップだろう(たぶん)。
 
 ところで話変って『邪魅の雫』から早12年。そろそろ京極堂シリーズの新作長編は出ないものでしょうか(薔薇十字系ではなく、本家の)。
(いや、実を言うとその『邪魅の雫』は、この十数年のなかで、とにもかくにもどんな作品でも最後まで読むつもりの評者が途中で投げ出した数少ない一冊なんだけど~汗~。)
 それでも新作が出ればたぶん、いや必ず手に取ると思うので。

No.353 6点 ウィッチハント・カーテンコール 超歴史的殺人事件- 紙城境介 2018/06/12 15:00
(ネタバレなし)
 魔法の探求が進み、その条理の大半がすでに明文化されている異世界・神聖インペリア帝国。そこの人々は「人間とは基本的に善性であり、殺人などの凶行を為した者は<異端者>として万民の目前で厳粛(残酷)に処罰されなければならない」という一定のルールのもとに日々を送っていた。ある日、帝国騎士団の準聖騎士である15歳の少年ウェルナー・バンフィールドは、現在世界で唯一の魔法研究家として高名な同じ年の天才美少女ルドヴィカ・ルカントーニの身辺警護を任される。だが帝国の歴史上の偉人「百年女王・フェニーチェ王」を祝う千周年記念の祭事の渦中、謎の発火事件が発生。ルドヴィカは自分の助手で姉のような少女アイダ・アングレージを炎の中に失った。しかし状況は他殺の態を示しながら、一方でその現場には当のアイダ以外の誰も入らず、また事前に仕掛けられた発火装置の類もない完全な? 「密室」であった。

 ランドル・ギャレットの「ダーシー卿」シリーズ(評者はまだ中短編を1~2本しか読んでないが)を美少女異世界ラノベの枠にはめ込んだような長編ミステリ作品(バトルものでもあり、青春ドラマでもある)。
 
 まあマイペースな天才美少女ヒロイン(本作の物語の一年前にも、その叡智で不可思議な凶悪殺人事件を解決しているという設定)とそのおもり役の男子主人公というキャラシフトは、まんま『GOSICK-ゴシック-』路線だが、その辺をもう<あまたのラノベ作品に定着したワンジャンル>と踏まえて読むなら、これはこれでなかなか良く出来ている。特にお仕着せの騎士道や常識ではなく、ヒロインの窮地を打開すべく自分自身が本当に為すべきことを見出していくウェルナーの描写は王道ながら熱い。本作のもうひとりのメインヒロインで、哀しい過去ゆえにかつての親友ルドヴィカに深い愛憎の念を向けるエルシリア・エルカ―ジの内省もよく描き込まれている。キャラ描写の面では異世界青春ラノベとして十分に堪能した。

 それで肝心の密室トリックはこの世界観ならではのロジックを活かしたもので、設定との親和性、またその意味での説得力はある。インパクトを受ける人には十分衝撃的だろう。ただし個人的にはこの大ネタ自体には割と早めに察しがついたし、ほかの少なくない読者も先読みできる……だろうなあ。実際、広範な意味でのミステリ作品の中には、このアイデアは前例のあるものだし(もちろん、ネタバレになるのであんまり詳しくは書けないが)。
 というか真相の解明まで、登場人物の誰も「その可能性」を口にしないのは読者視点で不自然な感じなんだよなあ。作中の人物たちには「それ」は想定しにくい事象ということかもしれんが、それならそれで劇中人物の思考にストッパーがかかる状況について、なんらかのイクスキューズは用意して欲しかった。

 ただまあ、真相発覚後に世界観のビジョンがぐんと広がる辺りはこの作品のキモだろうし、さすがにその辺はしっかり描き込まれている。それに続くエピローグ的な部分でのキャラクタードラマ、さらに『六花の勇者』みたいにその一冊での大きな謎が解決したら、さらにクリフハンガー式に次の謎が生じるこのシリーズ構成などは悪くない。先述のようにメインキャラたちもそれなり以上によく書けているので、そろそろ続編を出してくれませんかね。

No.352 5点 首切り坂- 相原大輔 2018/06/11 17:27
(ネタバレなし)
 ジャケットカバー周りや巻末の解説で語られる通り、デビュー作品らしからぬこなれた文章はとても良かった。
 しかし若竹七海のいう「お茶目なトリック」とは、むしろ「このネタを元に、何か新本格ミステリを書いてやりたいという欲求を刺激するワンアイデア」ではないだろうか。 個人的には、nukkamさんのおっしゃる「典型的な『トリックのためのトリック』」にすらなっていないのでは……という感じである。
 誰かあと二十年くらいしてから、本書のそのくだんのネタと同じものをもっと不可思議な謎の提出や解決の意外性に組み込んだ、新作の謎解きミステリを書いてください。そのときはネタの盗用なんて言わない。上首尾にいったなら「これは「あの」『首○○坂』に対する輝かしきリベンジである、よくやってくれた!」と率先して賞賛しますw
 まあ全体的には、悪口ばかりじゃなく良い意味も含めて、これからもっともっと伸びるかもしれない(しれなかった)新鋭作家の習作という印象の一編だったなー。嫌いじゃないけれど。

No.351 7点 死刑執行人のセレナーデ- ウィリアム・アイリッシュ 2018/06/10 17:20
(ネタバレなし)
 ニューヨークの青年刑事(27~28歳)チャンピオン(チャンプ)・プレスコットは凶悪犯を逮捕する際に銃撃を受けて重傷を負い、二ヶ月入院。退院後の今は一ヶ月の静養生活を送るため、田舎のジョセフズ・ヴィンヤード島を訪れていた。そこでプレスコットは同年代の美しい女流画家で、同じくニューヨーク出身のスザン・マーローと出会う。スザンに心惹かれるプレスコットだが、そんな彼が宿泊予定の下宿に着くやいなや、すでに5年も寄宿している老人アラム・パンションが首つり状態の死体で見つかった! だがそれは縊死自殺を擬装した殺人であるとすぐに判明。やがて事態は連続殺人事件に発展し、プレスコットと島の住民たちは、謎の殺人鬼の恐怖に晒されていく。

 1951年の長編。私的に残り少なくなったアイリッシュ(ウールリッチ)の未読作品のひとつで、アタリの長編ももうそんなにないんだろうな……と思っていたが、これが予想以上に楽しめた(嬉)。
 まあ、殺人事件が3件以上に及んでもマトモな捜査本部が設置されないリアリティの無さは、いくら50年代作品で舞台が僻地だからって、それはどうなの? というツッコミ感は生じる。さらにはNY出自の青年刑事&ヒロイン>田舎の物わかりの悪い連中という、いかにも「都会派」ウールリッチらしい思わず笑っちゃう人間関係の図式もある。
 それでも、それぞれの変死の状況をひとつひとつ検証していくプレスコット(たち捜査陣)の奮闘がハイテンポに語られる一方、冤罪を掛けられて集団リンチに遭いかける頭の弱い若者を彼が身を盾にして助け出すという『ガラスの村』ライクな描写なども登場し、小説としては十分に面白い。
 いつものノワール・センチメンタルなウールリッチ節はやや抑え気味だが、それでもロミオとジュリエット的な立場の村の恋人たちの密会場面など、ちゃんと抑えるところは抑えた演出がされている。

 まあもともと評者はアイリッシュ(ウールリッチ)の<青年刑事主人公もの>って『夜は千の目を持つ』とか「高架殺人」とか「チャーリィは今夜もいない」とか総じてスキなのよね。作者の書きたい種類の人間味が、公僕の刑事というある種のストイックさを要求される職業のなかでこそ良くにじみ出る感じで。本作にしてもプレスコットとスザンとのラブコメ一歩手前の、古めの少女マンガ的な恋愛模様なんかすんごくいい。
 ちなみに自分がこれまで読んできたアイリッシュ(ウールリッチ)作品のヒロインとして、スザンは結構上位に来る感じ(永遠の一番は『喪服のランデヴー』のドロシーで、次席は同じ作品の山場の<あの婦人警官>だが)。後半のスザンがプレスコットの推理と捜査を支える<夫婦探偵モノの女房キャラ>的なポジションにつくあたりなんか、なんかいかにもこの時代のアメリカンミステリらしいヒロインの陽性さで萌える。

 しかしさらに作品後半、謎の連続殺人にからむミッシングリンクの謎が表面に出てきて、フーダニットの核となるのも「ほほぅ」という感じであった。いや手がかりの出し方の甘さなどパズラーとしては完璧とはいえないが、一体犯人がどういう動機で殺人を重ねているんだろうか? というホワイダニット。その真相の暗示はちゃんと作品前半から設けられており、こんな丁寧さも好ましい。肝心の犯人の意外性が希薄なのはナンだが、真相発覚後のキャラクタードラマの情感はその辺を十分に補う描写となっている。
 ラストの「あー、中学生の頃に読んでおきたかった」と思いたくなるような、実にくすぐったいクロージングもエエ(笑)。

 ちなみに本サイトの作品登録で本作は、当方のレビュー投稿前に「 クライム/倒叙 」に分類されてましたが、まったく違います。フーダニット、もしくはフーダニットの興味の強いサスペンスではないかと(手がかりや伏線から真相に至る経緯が少し弱く、スリリングな見せ場も多いので、どっちかと言えば後者か)。
 評点は冷静に見れば6点くらいかもしれないけれど、予期した以上にアイリッシュ(ウールリッチ)作品らしかったという喜びも込めてもう1点おまけ。

※追記(2018/06/11)どなたかが協力して「サスペンス」に投票くださったようで、カテゴリー分類が変更されていました。ありがとうございました。(^_^)

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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