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バーナビー・ラッジ
チャールズ・ディケンズ 出版月: 1975年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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集英社
1975年01月

集英社
1990年06月

No.1 7点 人並由真 2018/10/06 16:31
(ネタバレなし)
 1775年の英国のコーンヒル地方。教会書記で鐘楼役でもあるソロモン・デイジーは地元の酒場兼宿屋のメイポール亭で、22年前の1753年3月19日、近所の貴族の館ウォレン屋敷で起きた事件を語る。その話の内容は、当時の屋敷の主人ルーベン・ヘアデイルが何者かに絞殺され、事件に巻き込まれた用人バーナビー・ラッジも数ヶ月後に変死体として池の中から見つかった惨劇の記憶であった。そして22年後の現在、奇しくも事件と同日に生まれたラッジの長男で父と同じ名を受け継いだバーナビー青年は、白痴だが動物と母親メアリーを愛する純朴で屈強な若者に育っていた。一方、ウォレン屋敷を継承したルーベンの弟ジェフリーは、亡き兄の美しい娘エマを慈しみ後見するが、そのエマは土地の貴族ジョン・チェスターの嫡子エドワードと恋に落ちる。だが旧敵ともいえる間柄のジェフリーとジョンは、若き二人の交際を決して許さなかった。バーナビー青年やメアリーの元ボーイフレンドの鍵職人ゲイブリエル・ヴァーデンたちが、エマとエドワードの恋模様を含めた土地の事態の成り行きに関わる中、英国ではカトリック教徒を主体とした旧体制に反発する民衆の過激活動の機運が渦巻き始めていた。

 1841年に作者ディッケンズ(当時29歳)が、自分が編集刊行する雑文雑誌「ハンフリー親方の時計」に連載開始した大長編。ディッケンズの処女長編『骨董屋』に続く第二長編で、初出時には「バーナビー・ラッジ~1780年の騒乱の物語」という副題がついていた。
 近代ミステリ史においては、初の小説作品集『グロテスクとアラベスクの物語』を1839年に刊行したばかりの米国のエドガー・アラン・ポーが掲載誌を読み、連載早々この作品に仕掛けられた(当時としては)衝撃的な××××××トリックを見破ったという逸話で有名な物語でもある。もちろん全編が犯罪の捜査と推理に関わる内容ではないので純然たるミステリとは言いがたい面もあるが、一般に世界最初の長編ミステリと謳われるガボリオの『ルルージュ事件』(1866年)よりも四半世紀早い。そういう歴史的な意味も持つ。
 これらのミステリ史的な経緯を大昔に中島河太郎の著作『推理小説の読み方』で知った評者は、やはりウン十年前に本作を所収してある集英社の「世界文学全集 第15巻 ディッケンズ編」(1975年)を購入(この版が初訳で完訳のはずである)。そのうち読もう読もうと思いながらも、何せ大筋としては骨太な群像劇で英国18世紀を舞台にした大長編ロマン、翻訳としても概算で400字詰めの原稿用紙1800枚に及ぶ(!)ボリュームなので敷居が高かった(汗)。それでこのたびようやっと一念発起して、5日間かけて一気に読んでみた。いやまあ……人物名のメモを取りながらページをめくったが、例によってのことながら、やっぱりこの手の古典作品の重厚感は、別格的に面白い。
 名前の出てくる登場人物は30~40人ほどでこの長尺の物語の割に決して多くはないが、その分、相応の劇中人物は本当にキャラクターが立っている(本来は主人公として構想されていたらしい中年の鍵職人ヴァーデンや、数奇な運命を辿るならず者のヒュー、そしてエマとヴァーデンの娘ドリーの二大ヒロイン、メイポール亭のウィレット親子……ああ、きりがない!)。本来はまっとうな社会改革の理念を掲げていたはず(?)の民衆が狂乱の暴徒と化していくあたりの迫真の描写は、本書の巻末で訳者・解説の小池滋が語るとおりことさらディッケンズのイデオロギーとは無縁なのだろうが、人間の愚かさと浅ましさ、それに対照される気高さと陽気さをロマン小説という形質のエンターテインメントで語ろうとした作者の意図とたぶん直結している。この騒乱の中でたくましい体格ゆえに革命側の旗持ち役を託され、いつしか(虚飾の)英雄的なポジションへと祭り上げられていく青年バーナビーの立ち位置も良い。
 
 ちなみに謎解きミステリ的には、まともな部分だけ掬い上げれば確かに全体の紙幅の20分の1もない。ぶっちゃけていえば、この趣向が無くても18世紀後半の騒乱劇の大筋には大きな影響はないかもしれない(ディッケンズがポーに大ネタを早々と見透かされたことが悔しく、本来はもっと謎解き小説っぽくする腹案を変えた……という可能性もあるのだろうか。ちなみに本作は、ディッケンズが構想だけで、5年もの歳月を要したそうである)。
 ただしそれでも感心したのは、くだんの前述の大トリックを追いかける本文中の叙述を、見事なまでにフェアな筆致で書いてあるところで(集英社の全集版の164ページ、ラッジ母子がある場所に向かう場面など)、なるほどディッケンズ、近代ミステリ史を探求する上で、これは見過ごせない存在であったと改めて実感した。まあこの辺は、翻訳の小池滋の演出もうまいのだろうが。

 のちにさらに本格的なミステリとして書かれた『エドウィン・ドルード』はちゃんとそのつもりで読んでも面白かった。そう考えると改めて、同作『エドウィン~』が未完に終ったことは残念であり、そして文学史上の永遠のロマンになったとも思いを馳せる。


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チャールズ・ディケンズ
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