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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.786 5点 芙路魅- 積木鏡介 2020/03/31 05:06
(ネタバレなし)
 医学博士でX大学の名誉教授でもある弓削通蔵。その邸宅に入り込んだはずの殺人者を包囲する、警視庁の若手刑事・曽我重人。そして所轄の古参刑事・東雲三四郎。だがその屋内では、当主である弓削と殺人者との相克が……。やがて邸内に踏み込んだ曽我と東雲が認めたのは、惨殺された弓削の死体。だが厳重に警官隊に包囲されていたはずの邸内の中には、どこにも殺人者の姿はなかった!

 あー。ホラー要素をぶっこんだ、新本格パズラーで、最後はさらにまた(以下略)。一応はおもしろかったけれど、大味すぎるでしょう。「そういうこと」があったとしても(まずないけど)、そこまでのモノが(中略)とするには、デティルの書き込みが不足すぎる。6点つけてもいいけど、先にメルカトルさんと深夜さんという方がそれぞれその評点なのに、自分まで同じ点をあげなくてもいいかなあ、という感じです。

 とはいえ長めに書いて細部を足して、リアリティを増しちゃう(それが可能かどうかは別として)と、ますます物語全体のうそっぽさが際立っちゃうような気もする。
 イヤミとかではなく、電撃文庫とかHJ文庫あたりのラノベレーベルで出て、その枠のなかでもし読んでいたら、得点評価ばっかになって株が上がっていたかもしれない。現状の感想はそんなところで。

No.785 8点 五人対賭博場- ジャック・フィニイ 2020/03/30 21:23
(ネタバレなし)
「ぼく」こと19歳のアル・マーサーは、ネバダ州在住の大学二年生。アルは19~22歳の学友ガイ・クルイクシャンク、ブリック・ボジラー、ジェローム(ジェリー)・ワイナーの3人とグループ「フラターニティ(兄弟愛)」を結成。金はないが夢想する時間だけは豊富な学生生活を送っていた。ある日、犯罪実話マニアのジェリーが、仲間の4人で行う机上の現金強奪計画を立案。冗談半分で試みに行った現金輸送車の襲撃は失敗に終わるが、これで本気になった一同はネバダの大賭博場「ハロルド・クラブ」からの強盗プランを組み立て始めた。着々と進行する犯罪計画は要所でツメを要求するが、そこで妙案を出したのは、成り行きからこの作戦に参加したアルの恋人のティナ・グレイレッグだった。ティナを正式に仲間に迎えた男子たちは、ついにカジノ襲撃計画を実行に移すが。

 1954年のアメリカ作品。古参ミステリファン(評者などよりさらに二つくらい前の世代)には、まだ翻訳されてないうちに、日本語版EQMMの初期号で都筑道夫が絶賛しながら紹介~そんな経緯を踏まえたのちに邦訳刊行されたということでも印象に残っているはずの、フィニイの処女長編である。
 分類するならクライムストーリーで、青春ミステリか。

『レベル3』『ゲイルズバーグ』の二大短編集をもって至高と為す、糞面白くもない評者のフィニイ観(ほかにも『マリオン』とか『夜の冒険者』とか何冊か読んでるけど)からすれば、初期のストレートなミステリなんてどうなんだろ……という気持ちが心のどっかにあったのかもしれない。だから本作もポケミス版を購入以来、例によってウン十年、家の中に眠っていたのだが、このたび、お約束の思いつきで読んでみる。

 ……そうしたら、いや、これは予想以上にイケるではないの。
「主人公アルのことは好きだけど、今までさんざビンボ暮らししてきたので、結婚するなら、もっと年上の稼ぎのある人よ(大意)」とほざく美少女ヒロインでウェイトレスのティナ。そんなティナに「強盗上等、いいじゃないの、やっちゃいなさいよ(大意)」と背中を押されたアルがどんどん犯罪計画に邁進していく勢いのある物語の流れ。それがある事由から転調する中盤のサスペンス……と短い紙幅のなかでの密度感は高い(まあ正直、前半はちょっとだけ冗長だが)。

 とはいえ本作の本当のキモは、終盤のとある章(第×章)だな。
 正に21世紀のネット用語でいう「エモった」とは、こーゆーのを指すのであろう。
 フツーに素面で読んでいたけれど、万が一深酒で酔いながらページをめくっていたとしても、確実に正気に戻されるようなストーリーの流れであった。
 フィニイ、現実世界の作家としての顔は実のところこれまであまり意識しなかったけれど、この作品を書くまでどういう半生を送っていたのだろう、とすんごく気になった。あとで調べてみよう。
 1950年代という時代背景のなかでこそ成立した物語なのは間違いないけれど、ある種の普遍性を伴って、山場から余韻のあるクロージングまで息つかせずに読ませる秀作。
 個人的に「海外青春ミステリ」のオールタイムベスト10候補の一本に推したいわ。

No.784 6点 古墳殺人事件- 島田一男 2020/03/30 00:18
(ネタバレなし)
 噂通りに、かつ、予期した以上に正統派のパズラーで軽く驚いた。
 さらに戦後になって司法制度に変革があったなどの時代的な描写や、『カブト虫殺人事件』やら京極作品やらを想起させる過剰なまでのペダントリーによる装飾などふんだんな外連味でなかなか楽しめる。
(ただし物語が1~2日であっという間に終わってしまうことには、悪い意味で驚かされた。探偵役の津田が終盤近くで、とあるそれっぽいことを言うものの、この急ぎ足の作劇自体にあまり意味があったとは思えない。)

 全体の事件の形成には、作中人物の(中略)な心理がからんできて、その辺の作りはなかなか21世紀の現代に至る新本格パズラーっぽい。
「宝石」周辺の新旧作家によって名作・秀作がごろごろ登場していた時代だから、その中に埋もれてしまった? 作品という印象もあるけれど、これがもし2010年代後半以降に書かれていたのなら、けっこう高い評価を受けそうな気もする。

 とはいえ最後の真相。謎解きミステリという物語のなかでならアリではあろうが、まあ現実のリアリティを考えるなら、ここまであの登場人物のような立場の人も(中略)な行動はとらないだろうな、という思いも……。個人的にはその辺は、まあギリギリよしとしますけれど。

No.783 5点 トフ氏と黒衣の女-トフ氏の事件簿〈1〉- ジョン・クリーシー 2020/03/29 16:09
(ネタバレなし)
「トフ氏」の二つ名をもつ青年貴族リチャード・ローリンソン卿。彼は義侠の男として貧民街イーストエンドを中心に暗黒街の悪と戦い、弱者や、犯罪から足を洗おうと改心を志す者に支援の手を差し伸べていた。ある夜、トフ氏は、親しいガールフレンドのアンシア・マンローが別の若者から求婚されたと聞かされて軽い胸の痛みを覚えるが、アンシアの平穏な人生のために笑ってその縁談を応援しようかとも考える。そんな折、トフ氏はひとりの黒衣の美女を目撃。それは彼が以前に銃撃戦の末に命を奪ったギャング、ブラム・カーデューの妹で、本人が凄腕の暗殺者でもあるアーマ・カーデューだった。トフ氏はアーマの逮捕にも協力して彼女を法廷に立たせたが、悪運強い彼女は法の裁きを逃れて海外に逃亡。トフ氏への復讐の機会を狙っていたはずだった。さらにトフ氏は、アーマが親しげに接している老人のことも気になり……。

 1940年の英国作品。1933年に短編作品でデビューし、その後50数作が書かれたというトフ氏シリーズの長編第五冊目。日本では長らく名前のみ知られていたトフ氏(未訳時の紹介では「トフさん」と呼ばれたこともあった)だが、2004年に初めて本邦紹介となった。
 ちなみにこれが叢書「論創海外ミステリ」の第一冊目。このセレクトがなんかとても楽しい。
 お話はかなりストレートな勧善懲悪もので、快男児のヒーローと暗黒街の犯罪者の拮抗というダイレクトな大筋は1940年にしてもいささか旧弊ではないの? とも思ったが、舐めてかかると後半にちょっとしたツイストがあり、その辺は根が職人作家なのであろうクリーシーの手際のうまさ。

 とはいえ読んでいるうちは、トフ氏がしょせんは別世界の人間だと思いながらも悪人相手の冒険のトキメキに惹かれて事件に首を突っ込んでくるお嬢様アンシアの行く末(結局トフ氏と別れるのか? それとも?)とか、ブルース・ウェインに対するセリーナ・カーライル的にトフ氏に愛憎を抱く悪女アーマたちの去就など、ヒロインたちの扱いの方が気になる(笑)。
 ギャングに誘拐されて顔面を何度も殴られたり、今でいうリョナ的な仕打ちを受けるサブヒロインで若手女流作家フィリス(フィル)・ベイリーの描写なんか、刊行当時は相応に刺激的だったんだろうな。ロンドンの男子や男連中がハラハラワクワクしながら読んで、母親や奥方に叱られていた図が目に浮かぶ。

 ちなみにトフ氏、まったくの素の男気から悪人退治の快男児をしているの? 復讐とか宿命的な使命を負っているとか行動原理の核がほかにあるならともかく、ダイレクトにヒーローやりたいからやってるって、1930年代半ばではもうすでにその時点で大時代すぎない? とも思ったが、本書229~230ページあたりでトフ氏はアンシアに、秘めた信条の一端を覗かせる。それを読むと、ああ、この主人公は善人で正義漢でヒーローではあるが、それでもやはりこんな風にいびつな人間なんだなと、妙な安心を覚える。作中のリアルでも<そこまで行ける人間>って、やっぱりどこか普通の人とは違うんだよなってね。

 クリーシー=マリックの本軸はあくまでギデオンシリーズだとは思うけれど、まあこれはこれで悪くはない。
 クリーシーが創造したシリーズキャラクターは、かなり多いはずだけど、もうひとりの看板ヒーローであるロジャー・ウエスト主任警部(警視?)ものの長編作品もいつか翻訳してほしいものですな。(短編はHMMで読んだことがあるけれど。)

No.782 8点 水平線の男- ヘレン・ユースティス 2020/03/28 14:54
(ネタバレなし)
 コネティカット州ウェストライマンの町。その年の11月13日。女子大の英文学の助教授で、自作の詩の著作もある29歳のケヴィン・ボイルが、火掻き棒の一撃で惨殺される。ボイルはアイリッシュ系の美男で、女生徒や同僚、さらには近隣のショーガールとも浮き名を流す女好きだった。その関係者の中に犯人がいるのか? 一方で事件の直後、現場の周辺で錯乱していた地味な新入生モリイ・モリスンが自分が犯人だと自白。だが学長のルシアン・ベーンブリッジは平静を欠いたモリイの告白に疑義を抱き、旧知の精神病医ジュリアン・フォーストマンのもとにモリイの身柄を預ける。ベーンブリッジは学内に箝口令を敷くが、その隙間を潜って赤新聞「メッセンジャー」の青年記者ジャック・ドネリイは、社会学科の冴えない女子大生ケート・イネスに接触。事件の情報を得ようとするが……

 1947年のアメリカ作品。家の中に何十年も前から、創元推理文庫版と別冊宝石版(『地平線の男』)があったが、どっちかの翻訳に問題があるらしい? という風聞を聞いていたので、どちらで読むか迷って手が出せずにいた。
 しかしいい加減めんどくさくなってきたので(汗・笑)、とりあえず手元のそばにある創元版で読む。

 大ネタそのものは評者の少年時代から、例の石川喬司の『極楽の鬼』(ミステリマガジンに連載された翻訳ミステリ時評の集成)での無神経な記述(「この『水平線の男』は、あの有名な作品『(具体名)』の先駆である」という主旨の)でバラされていた。
 『極楽の鬼』そのものは名著だと思うし、後続連載「地獄の仏」(元版の早川版にはそちらは一部収録。講談社版『極楽の鬼』には「極楽の鬼」とあわせて完全所収)とともに日本の翻訳ミステリ評論史における重要な文献だとは思うが、この手の無自覚な悪意があるので注意! である(当時の早川の編集部も無能だったとも思うが)。
 もしかしたら他にもいろんな経緯で、この作品の大ネタって、未読の人にもけっこう有名なんじゃないかな。もちろん知らなければ知らないで、それに越したことはないとは思うものの。

 というわけで評者的には、ネタバレ上等、犯人まるわかりが覚悟、を前提に読み出したのだが……おや、これは意外にフーダニットとしての興味をそこなわずに読める(嬉)。
 冒頭のプロローグ的な第一章で、本名の不明な犯人にボイルが惨殺される場面から開幕し、続く物語は、ではその犯人は? の興味に移行する。
 とはいえ読者の視線的にはまず、真犯人だとの名乗りをあげた娘モリスンの自白の検証に付き合わされるわけで、その一方で彼女が犯人ではないならば誰か? という読み手の関心に応えた別の登場人物の捜査も進行する。この辺の叙述がずばりマーガレット・ミラー的なニューロティック・スリラー調に緊張感と妖しさ、時に妙なユーモアをまじえて語られ、実に面白い。
(逆説になるが、実はネタバレで大ネタを知っている読者の方が、あ、もしかしたらこの部分は……とか、この記述は……などと頭が働き、楽しめる面もある。いや、ネタバレの災禍をくらった者の、負け惜しみじゃないです(笑)。)

 はたして最終的な真相は、かなり紙幅を使い切った終盤のぎりぎりまで隠されており(ただし中盤……ムニャムニャ)、そこに至るまでのサスペンスは絶妙。
 評者がこの数十年間に抱えてきたもろもろの私的な思いを経て、最後に向き合った事件の実態と真実には当然ながらけっこうな感慨が湧いたが、それこそ余計なことを言うとまずいのでここでは基本ダマっておく。
 ただまあさすがに一度読んだ部分を一部読み返して、うーんとうなったりはしたけれど。

 手放しでホメることはないけれど、(評者&あるいはネタバレをくらった、まだ本作を未読の読者にとって)ネタバレをこうむりながら、それでもその悪条件を跳ね返して楽しませてくれた一冊という点は限りなく評価大。
 中盤のゾクゾクする人間関係の怖さ(特に森の中の場面)も強烈な印象度で、ワンアイデアに頼らなかった意味でも名作認定していいのではないかと。
 感覚でいえば近年、論創が発掘してくれるクラシックのなかで、10冊に一冊くらいの割合で出会える? アタリ作品という手応えである。

 最後に、解説の厚木淳、本作を10年に一冊の傑作とか大褒めで、まあそれにはおおむね異論がないんだけど、この作品ってたしか1947年度のMWA最優秀長編賞(時期的には、実質は最優秀処女長編賞)受賞作品だよね?
 巻頭の前説でも巻末の解説でも、まったくそのことに触れてないのは、どういうわけだったのでしょう?

No.781 4点 2(S+T)の物語- 佐野洋 2020/03/27 16:06
(ネタバレなし)
 女子大生・白浜津矢子は、バイト先の同僚の青年・渋岡清志の罠にはまって体を奪われそうになり、慌てて逃げ帰る。その帰途、雨の夜に乗り込んだタクシーだが、ドライバーである30代の若者・高場潜は、なりゆきから意外な特技を披露した。津矢子のイニシャルがTS、自分はSTだとか妙な暗合を指摘した高場は自分たちを「逆立ちコンビ」と称して、恋人関係になる。そしてそんな二人の周囲でいくつかの事件が……。

 92~93年の「IN★POCKET」(懐かしい)に連載された全12編の連作シリーズで、講談社文庫から文庫オリジナルの刊行。初版は94年1月15日刊行。

 赤川次郎のキャラクターものみたいな軽いのを、とかなんとか編集に言われて書いたようなシリーズで、正直ミステリとしても読み物としても大したことはないが、イヤミではなく暇つぶしにはなった。
 途中の一編で「ハガキで予言」の有名なトリックを借用してるが、作中で探偵役の高場に「ミステリでよく使われるトリック」と身も蓋もないことを言わせてアイデンティティ保護をする作者のマジメさには笑った。
 最後のまとめかたも悪い意味で、あー、この作者らしいな、という感じであったが、佐野洋はこれでいいのかも。あまり得点要素はないけれど、一応は手慣れた感じで読ませる……かな? 

No.780 6点 空高く- マイケル・ギルバート 2020/03/26 02:51
(ネタバレなし)
 第二次大戦の終結から歳月が経った、英国の片田舎ブリンバレー。聖歌隊の指揮者である未亡人リズ・アートサイドは、30代前半の息子で、戦時中は特殊部隊にいたティムと二人暮らしだった。ティムはある日、近所の中年マックモリス少佐から匿名の脅迫状を受け取ったとの相談を受ける。ティムの戦友には地元の巡査部長ガディがいるので、マックモリスは特別なはからいを期待しているようだ。ティムは近日中に相談する約束を交わすが、それから間もなくティムがまだガディのもとに向かわない内に、マックモリスの借りている屋敷が爆薬らしきものによって当人もろとも吹き飛んだ。マックモリスの死にある種の責任を感じるティム、そして30年前に夫ビルを爆発で失ったリズは、この爆殺事件を調べ始めるが。

 1955年の英国作品。本当に久々にこの作者の作品を読んだ(HM文庫の新訳版)が、予想以上に登場人物が明快に描きわけられている上、会話も多くてリーダビリティは高い。
 題名は文字通り、2キログラムの爆薬で家がふっとんだという意味合いだが、実際に邸宅そのものが空中にほぼ原型を留めたまま吹き飛ばされるビジュアルなどは登場しない。ある種の諧謔というかブラックユーモア的なタイトリングだとも思える。

 ティムと年の離れたヒロイン、18歳のスー・ポーリングとのなかなか距離のせばまらない(というか焦れったい)恋愛模様や村で起きる中小の事件も交えてストーリーはテンポよく進み、本作の売りといえる? 爆薬によって家を吹き飛ばす爆殺についてのノウハウめいたものまでそれなりに興味深く語られる。
 とはいえその辺の趣向が最終的にミステリの幹の部分にあまり関わってこないので、相応に楽しく読めた反面、水っぽい作品という印象もある。フーダニットの興味から言ってもちょっとなあ、という結末。
 昭和の日本国産のB級ミステリでそこそこ楽しめた作品を、英国の50年代ミステリに置換するとこんなもんになるかな、という感触でもある。
 田舎が舞台の作品なんだけど、全体的にどこか都会派的な洒落た雰囲気が感じられるのは良かった。まあ佳作かな。

No.779 7点 疑われざる者- シャーロット・アームストロング 2020/03/24 02:39
(ネタバレなし)
 当年60歳代でニューヨークの社交界の名士でもある、元舞台監督の名優ルーサー・グランディスン(グランディ)。その秘書である25歳のジェーン・モイニハンは、すこし前に自殺した従姉妹でもある女性ロザリーン・ライトの後任として今の仕事に就いた。だがジェーンはある日、グランディがロザリーンを自殺に見せかけて殺したのだとの確信を得る。しかし証拠はなく社会的に有名なグランディを即告発することはできないと考えたジェーンは、甥ながら年上の青年フランシス(フラン)・モイニハンに、グランディの尻尾を掴むための協力を要請した。が、ジェーンがフランとの連携を固める間にも、グランディは自分の同居人で彼が後見する二人の若い娘、美貌のアルシア・コノヴァ・キーンと、莫大な遺産の相続人マチルダ(ティル)・フレイジャに、次の魔手を伸ばそうとしていた。フランは、旅先で海難事故に遭ったマチルダに接触。グランディの悪事を暴くため(またマチルダの財産を守るため)、夫婦の関係を偽装してくれと願い出るが……。

 1946年のアメリカ作品。1945年の「サタデー・イブニング・ポスト」誌に連載された長編で、終戦ほやほやの時節の作品である(マクロイの『逃げる幻』とかと同じ頃か)。

 男子フラン、女子のジェーンとマチルダの三人の主人公がトリオを結成して「疑われざる」殺人者グランディに挑む……というシフトが早々に固まるかと思いきや、自分の義理の父のようなグランディを盲信するマチルダは初対面のフランを信用せず、なかなか協力関係が成立しない。もちろんこれはこれでリアリティがある。
 しかし本作のストーリーテリングとして唸ったのは、予めフランの方もマチルダが自分を信用しないでグランディ当人に「あの人と夫婦なんてウソよ」と告げ口する事態まで先読みし、フラン自身からグランディに接近して「実はマチルダは僕との結婚直後、突発的な記憶喪失になってしまっているんです」と予防策を張っておく展開。リアリティとかアクチュアリティとかから言えば、かなりトンデモな作劇だが、お話としてはこの主人公の奇策に妙な説得力があり、読者側としても「ここはひとつ、この展開につきあっていこう」と思わされてしまう(笑)。さすがはアームストロング、うまいものだ。

 後半の展開はいささかパターンに流れるが、それでも終盤のサスペンスは先のminiさんのレビュー通り、頁をめくる手がまどろっこしい。ここでは詳しく書かないが、ある登場人物のキャラクター設定もサスペンスを煽る上ですごく活かされている。

 ヒッチコックが映画化していたらかなり面白いものができただろうなあ、いや、あまり付け加えるものがなくて映像化の意味もなかったかもなあ。その意味じゃ『裏窓』の原作が、コンセプトのみ借款したウールリッチの短編だったのは改めて理解できるなあ、とも思ったりした。

 50年代のクラシックサスペンスという時代色は(良い面でも悪い面でも)あるんだけど、手慣れた職人作家の実力を感じる佳作~秀作。評点は0.5点くらいオマケ。
 
■最後にひとつだけ文句。今回はポケミスで読んだけど、11頁では死んだと言われているバディという完全なモブキャラが、終盤の225ページでは「生きていてハワイにいっている」ことになっている!? 特に作中で、最初の方でも後の方でもウソをつく理由もないし。作者か訳者、どっちかの凡ミスか? どなたか原書を持っていたら、調べてください。

No.778 6点 ドリームダスト・モンスターズ- 櫛木理宇 2020/03/22 20:20
(ネタバレなし)
 抜群のスタイルと長身が印象的な、美少女高校生の石川晶水(あきみ)。父子家庭で一人娘の彼女は、怪異な悪夢に悩まされていた。そんな晶水に、お調子者の学友の男子・山江壱(いち)が接近。なぜか晶水の秘めた苦境を察した壱は、自分の祖母に一度会うように声を掛けた。こうして晶水は、壱の祖母で人の夢の世界に入ることのできる「夢見」の老婆・千代と対面するが。

 オカルト的な世界観を背景に、人間の悪意や狂気、人の心同士のすれ違いから生じる相克などの謎を解いていく青春ホラーミステリの連作。
 基本は陽気でやさしくしかし時に厳しい男子主人公の壱と、第一話開幕の時点で心に大きな傷を負っていたツンデレ美少女・晶水とのラブコメ、またはラブストーリーが物語の軸。
 現状でシリーズは3冊目まで出ていて、ふたりの関係はいまもゆるく進展中のようだが(詳しくは知らない)、とりあえずこの一冊目には全四編の連作中短編が収録されている。

 櫛木作品はそんなに読んでないけれど、作者が黒い時は黒いことぐらいは心得ている。しかしまあ、ジャケットイラストの雰囲気から、今回はそんなにイヤーンなものにはならないだろう? と推察。
 案の定、端々にきわどい毒は滲む世界だが、少なくとも現状は、そのラブラブ関係を応援したくなるような主人公コンビの雰囲気が瓦解する気配はない(まあこの先はわからないけれど)。頼りがいのある祖母ちゃん・千代のキャラもいいね。

 なお「夢見」能力そのものは各編に登場するものの、ミステリ的な事件へのオカルト成分の関与の濃淡は、さまざま。この辺の振り幅のバラエティ感は『カーナッキ』風でちょっといいかも。
 主人公コンビの恋の道行きも気になるし、続巻はおいおい読んでいきましょう。 

No.777 6点 完全犯罪の女- 青柳友子 2020/03/22 05:59
(ネタバレなし)
 大企業「西条計器」の社長で57歳の西条宏介は、概算40億の資産の主。現在は10年前に結婚した29歳の後妻ルミ子と暮らしていたが、そんな彼のもとに死別した前妻との間の長男・英一とその妻の馨子、そして長女の聖子が金策の相談に来る。聖子も馨子もそしてルミ子も、宏介と親族の女性はみな揃って29歳だったが、その三人の中のひとり「私」の宏介を狙う殺人計画がひそかに進行していた……。

 どこかのミステリガイドブックで褒めていたので、ブックオフの100円均一コーナーから、まだ消費税が108円だった一年くらい前に文庫版を発掘して購入。気が向いて、先ほど読了した。
 青柳作品は初読だが、新章文子をちょっと薄口にやや敷居を低くしたような感じの文章で、これはこれで昭和作品っぽい味がある。
 分類すればサスペンス&クライムストーリーの鋳型に流し込んだ技巧派パズラーで、3人の女の誰が「私」か、そして事件の実相は……というフーダニットでハウダニット(ホワットダニット)。

 ちなみに元版は1985年のようだが、(中略)的、(中略)的には、当時ですらけっこうギリギリだったのでがないか? というピーキーな大技を用意してあり、もちろん21世紀の新作でこれを書いたら絶対に許されないだろ、という作り。その辺は前もって了解しておいた方がいい。

 ただ、そう踏まえて読むのなら、アルレーが好きらしいという作者の狙いどころは悪くない。あくまで昭和ミステリと心得た上で、こういう妙な茶目っ気のあるものも楽しみたいと思う。
 うん、まあ、嫌いではないです。

No.776 7点 セメントの女- マーヴィン・H・アルバート 2020/03/22 05:33
(ネタバレなし)
 「おれ」ことトニー・ロームは、以前はマイアミ警察の警部補で現在は私立探偵。ロームは友人の戦傷軍人ジャック・マクームとともに、マイアミ沖で沈没船探しの趣味を楽しむ最中、足首にセメントの重しをつけられた金髪の美女の死体を海底で見つける。襲ってきた5メートルのホホジロザメ2匹をかわしながら、ロームは美女の死体を船上に引き揚げるが、その躰の一部は無残にくいちぎられていた。ロームは身元不明の美女が海底に沈められる前に刺殺されていたことを友人の警部補アート・サンチーニから聞かされ、さらに同人から授かった情報をもとにくだんの金髪の美女かもしれないダンサー、サンドラ・ローマックスの勤務先であるナイトクラブ「フレンジー・クラブ」に赴く。だがそんなロームの行動と前後して、この死体の美女の件に関わるなと、彼のもとに匿名の電話がかかってきた。

 1961年のアメリカ作品。00年代に刊行された「ポケミス名画座」路線の一冊で、1968年に封切られたフランク・シナトラ主演の映画『セメントの女』の原作。ちなみに評者は、くだんの映画は面白そうだと思いながらまだ未見。
 なんかこの数日、本サイト内でのISBNデータの新登録、追加登録が不順なようだが、本書の場合はポケミス1750番。刊行は2004年4月15日。

 作者マーヴィン・H・アルバートは、大昔に読んだ、凄腕のスパイ工作員(暗殺者)との攻防編『標的』が大好きで、同作ラストで体感した鮮烈なトキメキは今でもよく覚えている。
 今回、本書の巻末で作者の経歴をざっと改めておさらいすると、映画のシナリオを山ほど書き、この私立探偵トニー・ロームものの三部作(原書では当初アンソニー・ローム名義で刊行)をふくめてさまざまなジャンルのエンターテイメントを80冊前後も上梓した職人作家。
 そんなわけでこれも相応に面白いだろうと期待を込めたが、いや、良い感じにお約束を守り、一方で気の利いた小技も続出のハイテンポな秀作であった。
 なにしろいきなり第一章目から『ジョーズ』の先駆的な見せ場を設け、主人公の突拍子もないピンチを描く一方、海底の美女の死体を放っておけないロームの愚直な好キャラを明確に見せている。そんな一方でロームのキャラクターは、基本はギャンブル好きの遊び人。競馬で儲けて懐が温かい時は、いかにも面倒くさそうな案件の依頼主を言葉巧みに追い返すなどといった、非・優等生的な造形もいい(ただし女性関係のベッドシーンなどの類は、本作を読む限りまったく無し。まだエド・ハンターやエド・ヌーンあたりの方が不良である)。
 全域のストーリーは停滞するヒマなど皆無で快く進み、悪役? と思いきや……の登場人物の配置なども全編にわたって捌けた感触で、実に小気味良い。
 終盤の二転三転するミステリ面での謎解きも(伏線や事前の手がかりがやや不足という面はあるが)サービス精神潤沢でなかなか侮れない。これは褒める意味で、B級ハードボイルドの職人的な定食料理をたっぷりと味わえたという感想。
 前述のとおりシリーズは全部で三冊書かれて、当然未訳がまだ二作あるのだから、機会があれば発掘翻訳してほしいと例によって思う。まあ奇跡でも起きるのを待ちましょう。

 ところで巻末の池上冬樹氏のこってりした解説は例によって楽しい。主人公ロームは前述のとおり無類の賭博好きで、愛用のクルーザー「ストレイト・バース号」もギャンブルに勝って入手しているのだが、とうぜんのごとくこの設定がトラヴィス・マッギーの先駆と指摘。さらに海岸近くに暮らす探偵という設定がかのジム・ロックフォードに影響を与えたのでは? という米国ミステリファンの見識まで紹介してくれる。誠にゴキゲンな文章ではあるのだが、しかしながらマイアミの私立探偵という大設定にも関わらず、大先輩マイケル・シェーンの話題に触れないのはサビシイ。そこらへんは減点でしょう。

 あと、これは早川の編集部から書かなくてもいいでしょうと言われたのかもしれないが、本作はポケミスでの刊行以前に一度、1970年代半ばの「小説推理」にたしか『私立探偵トニー・ローム』(作者名アントニー・ローム)の題名で、一挙翻訳掲載されている。その事実が巻末の解説には記述されていない。
 掲載号の現物が家の中からすぐ出てこないが「えー「小説推理」でも、こんな「別冊宝石」みたいな未訳長編ミステリの一挙掲載なんていう嬉しいことするの!?」と喜んだのであった(結局、この手の企画は、長編作品レベルでは、これ1回だけで終わったハズだが)。
 巻末の解説は、この辺の書誌情報まで抑えておいてくれていたら、文句なしだったんですけどね。

No.775 6点 小笛事件- 山本禾太郎 2020/03/20 03:45
(ネタバレなし)
 大正15年(1926年)6月28日の京都。はやらない下宿屋の屋内で、47歳の女主人・平松小笛を筆頭に4人の女性の死体が発見される。ほかの3人のひとりは、小笛の17歳の養女・千歳。そして残る2人は、小笛の近所の知人である大月夫妻、その娘である5歳の喜美代と3歳の田鶴子という幼い姉妹であった。屋内で縊死状態で見つかった小笛は自殺か他殺か不明だが、ほかの3人は完全に他殺。小笛の無理心中か? それとも4人とも誰かに殺されたのか? 双方の可能性が取りざたされるなか、捜査線上には、かつての下宿人で小笛と肉体関係のあった京都大学卒の27歳の青年・広川条太郎の存在が容疑者として浮かび上がってくる。

 昭和7年(1932年)7月から12月にかけて「神戸新聞」「京都日日新聞」に『頸の索溝』の題名で連載されたドキュメント形式のミステリ小説。甲賀三郎の『支倉事件』(1927年)と並ぶ戦前・国内のこの系列の作品の代表編であり、特に本作は現実の事件に材をとりながら、事件発生の日時も関係者の名前などもほぼ~あるいはかなりの部分を現実そのままに記述(叙述)。まさに押しも押されもしない小説形式の犯罪・裁判ドキュメントである。

 そういう方向で名高い一作ということはかねてより知っていたし、その上で一編の長編ミステリとして何はともあれ評価が高いので、いつか読もうと思いながらこのたび読了。
 しかしキーパーソンとなった広川の結審の行方など、とりあえず何も知らないまま読んだので、最終的に彼は有罪認定されるのか無罪になるのか、また後者の場合、やはり犯人は小笛なのか、あるいは他に真犯人が……? などの興味は終盤まで堅持。その上で、喚問される証人たちの証言、さらには警察の捜査や鑑識で明らかになる事実でドラマチックに進展する審理の流れはおおむねテンション豊かに読むことができた。

 ……が、そんな現実の裁判の推移(最終的に2年近くに及ぶ)が、いくつかの段階的なプロセスを踏みながらかなり劇的に語られる一方、文章がとにかくマジメでシリアスなのでひたすら疲れる。そのくせ、なるべく情報を精緻に盛り込もうという作者の意気込みの方はほぼ全編にわたって感じられるものだから、そうそう読み流すわけにもいかず、大部(400字詰め原稿用紙で550枚だそうな)の小説の量感に、えらく体力を奪われた。例によって作中に登場する人物たちの名前をひとりひとりメモしながら読んだが、この作業をしていなければ、正直、疲労を感じて何回か寝落ちしていたかもしれない。

 いや、審理の進展に何度も何度も翻弄される広川の境遇の切実さや、弁護側と検察側の攻防の白熱ぶりなど、ドキュメント小説の作り方はきちんとしてるんだけど、作者がそれだけを真っ当に綴れば良いかというとうーん、うーん、であった。
 たまたま少し前に読んだ『ベラミ裁判』(1927年)も本作や『支倉事件』とほぼ同時代の作品で、同じように裁判部分の比重が並々ならぬ作品だが、いろんな意味でずっとエンタテインメント小説としての結構度は高い。
(まあ向こうは、直接ベースとなる実話をもとにしていない完全フィクションという大きなアドバンテージが厳然とあるのだが。)
 
 オールタイムの国産ミステリに雑食的に興味がある人なら、生涯に一度くらいは読んでおいてもいいかとは思う。評者の場合、時間を置いてまたいつかもう一度読んでみようかという思いをいだかないでもないが、特に必要もなければたぶん10年くらいは間を置くだろうな(汗)。

No.774 5点 逢えるかも知れない- ジェームス三木 2020/03/19 05:29
(ネタバレなし)
 丹沢山中で、麻袋につめられた全裸の青年が、生きたまま発見される。彼は頭部に大怪我を負い、記憶を失っていた。発見された現場にちなんで「丹沢一郎」の仮の名をもらった彼は、事件を捜査する47歳の温情派の平刑事・江田、そして江田の娘で高校を出たばかりの信用金庫職員・ミズエの世話になるが、そんな彼の命を何者かが狙う。ミズエの発案で、失った記憶を探るきっかけにと全国の名所絵葉書を見まくった一郎は、なにかひっかかりを覚えた情景のある九州にむかう。だが途中で路銀を使い果たした一郎は、たまたまであった篤志家の青年実業家・若林英之介の世話になるが……。

 1980年代半ばに、脚本家である著者のメインシナリオで放映された連続テレビドラマの小説版。原作とかノベライズとかいうより、メディアミックスの連動企画として当時刊行された小説だろう。
 テレビは本放送時、母が好きで観ていてなんとなく付き合っていたが、その母が途中のある展開に立腹。視聴を中断したので自分もそのまま観なくなった(今にして思えば、あれこれ感じるところもある当時の視聴状況だが)。

 そんな自分だが、先日ブックオフでこの小説(集英社文庫版)にたまたま再会。ちょっと懐かしくなって購入し、あっと言う間に読み終えた。ミステリなのかと問われるのなら、一応裏表紙には「長編サスペンス・ロマン」とあるし、内容もまあ、和製『黒いカーテン』ではある。ほかにも思いつく記憶喪失ネタの類似作はあれこれと、いくつか。

 とはいえ犯罪や事件性は十分の物語だが、なんらかの謎を提示して読者の興味をわずかなりとも刺激するような作りではなく、一郎の本名もすでにプロローグから半ば明かされ、犯罪者の立場も隠された? 動機もいきなり語られる実にゆるい内容。ハイテンポで話が転がっていくのは良いが、謳い文句ほどサスペンスもない。もともとそんなに期待値の高い作品でもなかったが、うーん、こんなものかな、という感じではある(苦笑)。
 そもそも事件の一端は主人公の無思慮な行動が遠因の一端となっている気もするが、まあ、その辺はギリギり怒らないで許せるかなあ……というところ。

 主要キャラの人間的な偏差値が総じて高く、このへんの作劇も見方によっては御都合主義ではあるんだけど、一方でメロドラマというかオトナ向けのラノベとしてはそういうまとめかたが品の良い面もあるので、一概に悪いとはいえない。
 結局、ひとことで言えば他愛ない、ということなんだろうけど、通常のミステリとはリーグの違うハナマル作品としては、これでいいかもね。
 ということで評点は0.5点ほどオマケして。

No.773 6点 男の塩- 田中光二 2020/03/19 04:39
(ネタバレなし)
 カーアクション作品をふくめて、広義の冒険小説の中短編6本を集成した作品集。
 角川文庫版で読んだが、章立ては最初の三編
『男の塩』
『真夜中へ三百キロ』
『傷ついた海』
がセクションⅠ

 後半の三編
『蒼ざめた珊瑚礁』
『マイ・ホット・ロード』
『暴走軍団を阻止せよ』
がセクションⅡ
 ……というくくりになっている。

 今回ちょっとびっくりしたのは、セクションⅠの三本が同じ世界観の連作編だったことで、しかも大昔に読んだ田中作品の長編冒険小説『失われたものの伝説』と作品世界を共有。<一見ルーザーだが、本当はまだ燃え尽きていない各分野のスペシャリスト>を立ち直させる物好きな資産家<人間サルベージ屋・日高律>のシリーズだったこと!
 評者は、くだんの『失われた~』はもう細部も大筋もほとんど覚えていないが、その日高のアシスタント格の美女で主人公と恋人関係になるヒロイン、島有愛(うい)がイイ女で大好きであった。その有愛も日高とともにこちらの三本の連作に登場する。なんか昔の彼女に思いがけず再会した気分。
 当然ながら各編の紙幅はそれぞれ短いため、冒険・活劇譚としてのスケールにそれぞれさほどの広がりはないが、『ブラック・ジャック』のカルテ的に各編の主人公を立ち直させる日高の連作ドラマというノルマを消化しながら、一定の満腹感を与える作りはさすが。たださすがに三本続けて読むと、同工異曲の作劇でゲスト主人公のモチーフだけ変えているようなところもあるが、まあ、そのへんはギリギリ。

 単発編の『~珊瑚礁』はアマチュアダイバーのグループが、なぜかいきなり沖縄の海で異常繁殖しはじめたオニヒトデの大規模な駆除に向かう話だが、そこからのストーリーの広がり、最後に明かされる真相とあわせて、本書中ではこれが一番楽しめた。
 とはいえ作者の地を最もバーバリックにさらけ出したという感覚では、その次の『マイ・ホット・ロード』の方が胸に響く。田中作品の長編『白熱』に求めたのは間違いなくこっちの感覚であり、そのコンデンス作品として腹応えは大きい。
 最後の『暴走軍団』は、突如破滅に向かうレミングのごとく、街中で暴虐込みの暴走を始めた四輪車の集団を内閣直轄の超法規組織が鎮圧する劇画ノベル風の荒っぽい作品だが、妙に原石的な魅力を感じないでもない。昔だったら(若い頃の評者だったら)こういうのは、あっというまに読み終わったあと、長編にしてほしかったとかほざいたんだろうが、今はなんとなくこれはこれで良いような思いもある。

 基本的に(たぶん大方の読者と同様に)活劇・冒険小説は長編でこそと思ってはいるのだが、個人的に田中光二くらいまで信頼するというか作風に通じてくる、気心が知れてくると、たまには中短編メニューでも良いという気にもなってくる。まあその辺は他の人とは共有できない、かなりごく私的な感覚だろうけど。
 そういう意味で、これはこれで味のある一冊であった。

No.772 7点 ベラミ裁判- フランセス・N・ハート 2020/03/18 21:14
(ネタバレなし)
 1926年6月19日の夜。ニューヨークに近いローズモントの町で、碧眼金髪の超美人の若妻マドリン(ミミ)・ベラミが心臓を短剣で刺されて殺害された。 ミミは元彼氏で32歳の銀行の重役パトリック(パット)・アイヴズと密通が噂されていた。捜査が進むうちに、事件当夜にパットの妻スウザン(スウ)が、ミミの夫スティヴンと会っていたという目撃情報が寄せられる。そこから、夫のパットに捨てられるのではとおそれを抱いたスウ、あるいは浮気する妻ミミへの嫉妬が憎悪に変わった夫スティヴン、そのどちらかがミミを殺し、さらに一方が他方の犯行を支援したのでは? との疑惑がもたれる。スウとスティヴンの双方は、ミミ殺害の嫌疑で法廷に立つが……。

 女流作家フランセス・N・ハートによって書かれた、1927年のアメリカ作品。物語はのべ8日間の二人の被告の殺人容疑を問う法廷、そのワンステージにほぼ固定されて進行。
 ちなみにお話の狂言回しとなるのは、最後まで名前が出ないフィラデルフィアの「プラネット新聞」の特派員となる赤毛の女流作家で、おそらく作者の分身的なキャラクターであろう。この女流作家の記者が法廷で初めて出会った他紙の青年記者と審議が進むにつれて親しくなっていくという、ラブコメっぽい糠味噌サービスも用意されている。

 とはいえ本筋となる、二人の被告を巡っての検察側と弁護側の論戦の積み重ねは確かに圧巻。
 実は弁護側の主力となるベテラン弁護士ダドリ・ランパートは、スウの亡き父カーティス・ソーンの旧友で、ランバートはスウのもうひとりの父親というくらいの親しい存在なのだが、これを受けて立つ辣腕の検事ダニエル・ファアからの陪審員への物言い(「わたしはひとりの人間として、自分の娘のようなアイヴズ夫人の無実を信じ、その潔白を晴らそうとするランバート氏の思いに最大級の敬意と共感を感じる。だがしかし陪審員のみなさん、そんな情の前に、法律に照らした真実の目が曇ることがあっては許されないのです!(大意)」)も、この手の法廷作品の王道ながら、ゾクゾクさせられる。
 くわえて、少しずつ明らかにされていく証拠と証言、さらにそれらそれぞれの解釈によってゆりうごくシーソーゲームの緊張感も十分に堪能。

 なお本作の読後、井上良夫の名著『探偵小説のプロフィル』内の関連記事(同書内では「ベラミ事件」と仮表記)を読むと、同氏はこの裁判部分がいささか冗長だった旨を述懐しているんだけど、個人的にはそんなこともなかった。
 まあ邦訳は編集がかなり丁寧で、わかりやすい目次を一瞥しただけでも読み進むペース配分に有益。そういう面で、助かったこともあるだろうけれど。

 ラストの意外性についてはもちろんここでは書けないが、裁判ミステリからパズラーへの転調はなかなか効果的にいった印象はある。ただし(中略)という流れなので、かなり抜本的な部分で不満を覚える人もいるかもしれないが。
(トリックとかギミックとかではなく、ミステリ小説としての全体の構造において、クリスティーの某作品に影響を与えた可能性をここでは簡単に指摘しておきたい。ネタバレになってないはずだけど。)

 いずれにしろ、期待以上におもしろかった。原書の辻褄があわないところを気にしながらも、あえてそのまま翻訳し、巻末の訳者あとがきでそれらについて言及する延原謙の仕事も(それが当たり前のこととはいえ)誠実で丁寧。

 前述の『探偵小説のプロフィル』によると、作者ハートの未訳作のなかには本作品に匹敵するくらい母国で評判の良かったものもあるらしい。ぜひとも発掘翻訳してほしいものですな。

No.771 6点 崩壊の夜- 笹沢左保 2020/03/16 13:28
(ネタバレなし)
 中堅広告会社「関東広告」で調査部に勤める31歳の倍償郁夫は、閑職に飽きて社内の有力な面々を引き抜き、大手のお得意先・大同電機との縁を奪いながら、新興会社の旗揚げを企む。倍償は24歳の同僚・中曾根冴子と不倫関係にあり、彼女から起業のための金策を求めるが、さらに共働きの妻・紅子の預金を借りる必要があった。倍償は、自分の21歳の美人の妹・弘代を大同電機の宣伝課長・鶴田錬次郎に抱かせるなどの根回しと前後して、夫の独立に反対な紅子の、予想外に高額の預金をものにすることを考えるが、その紅子が、ある日、何者かに殺害された。

 1962年4~9月にかけて「週刊アサヒ芸能」に連載された、笹沢の比較的初期の作品。
 あらすじ内に名前を出していない登場人物をふくめて人間関係が明快に配置された長編で、主人公・倍償の独立にかける野心のほどが、紅子殺しのフーダニット、さらには彼女自身をとりまくある謎とあわせて物語の興味となる。
 三時間で読めてしまう小品ながら、良い意味で二時間ドラマ的なまとまりを持った作品。ストーリーの顛末も大筋の流れは読める一方、そこに持って行くまでの筋運びはちょっとした意外性もあり、その意味でも楽しめた。

 読後に少しだけwebで感想を探ると、本業がまともなサラリーマンの読者らしい方など、主人公に共感と憧れ、そして物語全体にある種の恐怖を覚えた人もいるようで、さもありなんであった。
 ちなみに後半のストーリーでは、主要人物が物語に沿った作者の駒的な動きになる面もあるが、ドラマとしての使い方、その上での書き手の言いたいことがくっきりしているので、特に不満はない。

 当時の広告業界ものとしても、デティルの叙述について相応のリサーチはしているようであるし(新聞の広告面への契約の仕方など)、笹沢作品のベストクラスではないにせよ、それなりに面白いといえる佳作~秀作。
(ただしミステリ要素とサラリーマン小説の部分の総和としての評価で。)

No.770 6点 暁のデッドライン- 中田耕治 2020/03/15 04:20
(ネタバレなし)
「おれ」こと、現在は週刊誌編集部の資料係を務める川崎隆は、女優の恋人・和泉燎子と交際中。燎子は夫と数年前に別れた三十代の美女で、高校三年生の娘のまゆみがいたが、そのまゆみを誘拐したので三百万の身代金を用意しろと電話が入る。犯人は当然のごとく警察への連絡を禁じたが、身代金が安すぎること、また燎子に聞いた情報から状況に不審を覚えた川崎は、まゆみが本当に誘拐されたのか確認しようと独自の調査を開始。まゆみの友人の女子高校生で資産家の娘・片桐藍子に接触する。その藍子からの情報をもとにさらに関係者を訪ねて回る川崎だが、彼の前には惨殺された死体が転がっていた。

 スピレインやマッギヴァーン、ロス・マク、さらには『死の接吻』や『虎よ、虎よ!』まで多数の海外ミステリ、SFほかの翻訳を担当し、一方で海外史研究家や舞台演出家の顔も持つ著者・中田耕治のオリジナル国産ミステリ。

 例によって長年自宅の一角に眠っていた蔵書を思い立って読んでみるまでは、表紙折り返し・袖口のあらすじ紹介とこの題名から、タイムサスペンスの誘拐もの&ノンシリーズの単発編だろうと思っていたが、実際にはジャーナリストの川崎隆を主人公にした長編シリーズものの第二弾であった(シリーズ第一弾は1961年に刊行の『危険な女』らしい)。内容もサスペンス編というよりは、一人称のハードボイルド作品という方がふさわしい。
 物語も予想外の方向に転がっていき、その辺はさすがに詳しくはいえないが、作品の仕上がりは、よく考えられた部分と雑な叙述が一冊のなかに同居。一流半の国産ハードボイルドミステリにあと一歩という印象なのだが、思っていたよりずっと、骨っぽさは感じた。
 ただし女性連中はそれなりにキャラクターが描き込まれている反面、主人公の川崎以外の男キャラ連中はまるで精細がない。この辺は書きたくなかったものには熱量を傾けなかった作者の正直さがモロに出た、そんな雰囲気である。

 事件の黒幕も大筋の流れでわかってしまうのはまあ仕方がないが、手がかりというか伏線に関して妙な気の配り方をしているのは感じられ、その辺はちょっと面白い。ただし刊行当時の日常文化ならもっとわかりやすかったかも知れないギミックが、21世紀の今となってはいまひとつ理解しにくくなってしまっているきらいはある。

 あと終盤でメインヒロインの燎子(高校生の娘がいるのだから、いくら女優で若く見える美人といっても三十代後半のはず)と別の23歳の女優が、かつで同期のニューフェイスだったという記述があるが、これはどう見てもヘンでしょう。その昔、二十代半ばの遅咲きニューフェイスと新人の子役の少女が同期だったとでもいうのか? 
 ほかにも細部で、あ~雑だなと思える箇所がいくつか目に付いた一方、うん、なかなか……と思わせる部分も散在し、その辺のカオスぶりは確かに本書の味ではある。文章もところどころ、ポケミスや創元でおなじみの中田節が目について、くすぐったい気分で快い。

 リアルの皮をかぶったファンタジー的な和製ハードボイルドだし(物語は川崎視点で、事件開幕から収束まで一日半もかかっていない)、国産ハードボイルドの傑作を十本なり二十本なり選んだとして、その中に入るような一冊でも決してないけれど、これはこれでまあ悪くはないね。

No.769 5点 愛の囚人- ユベール・モンテイエ 2020/03/13 05:44
(ネタバレなし)
 1963年9月のイスタンブール。ヒルトンホテルに滞在していた「わたし」こと弁護士ジャン・カルパンは、電報でパリに急遽呼び戻される。パリでは15年来の旧友で名家の息子、そして現在は国務次官のオレスト・レアンデルが新妻クレール・アルヌーを毒殺した嫌疑で逮捕されていた。カルパンとオレストの交際は密接な時期もあればほぼ疎遠な期間もあったが、彼の最初の妻デュボン・ド・ヴリクールが事故で死亡、そして先の妻だった美女クロードもまた62年6月に一人旅の最中に交通事故で死んだことはもちろん聞き及んでいた。自身の潔白を訴えるオレストだが、やがてカルパンの前に、意外な隠されていた事実が。

 1965年のフランス作品。モンティエの長編第四作目で、紙幅は約130ページとかなり薄く二時間もかからずに読めてしまう。
 独特の恋愛観、結婚観、女性観を持つ主人公オレスト(といっても別段そんなにイカれたものでもないが)と、さる劇中ヒロインとの奇妙な? 関係性が主題の作品(まあギリギリ、ここまでは言っていいだろう)。
 限りなく普通小説に近い手応えであり、読んでる内はくだんのメインヒロインに対して「こういう女も現実にいるのかなあ、いないだろうなあ、しかしまあいるかもしれないし、いたらある意味面白いなあ」的な、けったいな感興を覚えた(笑)。

 妙なキャラクターの登場人物たちが織りなす人生喜劇? という言い方をするなら、前に読んだ同じ作者の『悪魔の舗道』と同じだが、今回は少なくとも、話に乗れた分だけ、そっちよりはマシ。最後、いかにもという手際でミステリのフィールドに転調するのもなんか微笑ましくってよい。まあ文芸味がそこそこ活きた、佳作というところで。

※追記:少し前に送られてきた「SRマンスリー」によると、作者は昨年5月12日に亡くなられたそうである。享年90~91歳。邦訳は7冊。今回のレビューは特に追悼を意図したものではないけれど、ご冥福をお祈りします。

No.768 5点 現金を捜せ!- フレドリック・ブラウン 2020/03/12 22:08
(ネタバレなし)
 アメリカのどこか。地方のそれなりの規模のカーニバルの呼び込み役のマック・アービーは、同じカーニバルに勤めるチャーリー・フラックに誘われて、銀行強盗を行った。計画は成功し、身元もばれていない。しかしふたりが4万2千ドルの獲物を山分け寸前、フラックが交通事故で死亡。同じ車に乗っていたアービーは足を骨折しながらも一命を取り留めた。だが退院したアービーが隠しておいた金を回収にカーニバルの周辺に来た時、銀行強盗の正体がこの二人だと推察していた「殺人犯人」がアービーを殺す。「殺人犯人」は金を奪おうとするが、その在処は分からないままだった。さらに一人二人と、金の匂いを嗅ぎつけた周囲の人間たちが……。

 1953年のアメリカ作品。ブラウンのノンシリーズ作品の一本で、薄口のノワール風クライムストーリーと、サスペンススリラーをない交ぜにしたような内容。
 ちなみに邦訳の創元文庫版のあらすじを読むと、アービーを殺し、さらに金のために人死にを生じさせていく「殺人犯人」(「男」とも叙述)の正体を謎の主題にした、一応のフーダニット作品のようにも思える。
 だが実際には地の文でそのキャラを「殺人犯人」と叙述しておきながら、一方で、早々と別の人物から当の殺人犯に向けて本名を呼ばせて、読者にその正体を割ってしまう(でもそのあともまた「殺人犯人」と延々と叙述)。なんなのだ、これは。評者は一度は、これは何かの××トリック的なミスディレクションかとさえ思ったりしてしまった。
 さすがブラウン、『やさしい死神』もそうだったが、ミステリを書く際には意外に天然っぽい。まあもしかすると、折り目正しい謎解きミステリなんか、自分にとっては二の次なんだよという、創作者としてのアピールかもしれんが。

 そういう訳で中盤まではちょっと、気の抜けたビールみたいなダレた感じも覚えてたりしたが、後半3分の1くらいになって何人かの主要キャラがそれぞれの欲望や動機にもとづいて積極的に動き出してくると、それなりに面白くなってくる。ラストは、良い意味で、ああ、こんな感じになるよね、という思いでいっぱい。最後まで読むとキャラクターたちの書き込みも、思っていた以上の膨らみを実感した。

 あとこの作品を読むと、ミステリに限らず物語のなかで描かれる、カーニバルの華やかさと裏表にある、刹那的な寂寞感といかがわしさというのは、いつだって文芸上の普遍的な主題なんだよなと改めて感慨。たぶん星の数ほどの作家がそれを詩情豊かに語ることに心血を注いできたと思うが、ブラウンはそれを相応にしっかりやった作家だったという印象がいまいちど強まる。そのうちエド・ハンターものの『三人のこびと』も読み返してみよう。

No.767 5点 ナッシュヴィルの殺し屋- ジェイムズ・パタースン 2020/03/11 23:55
(ネタバレなし)
 1974年。「わたし」こと、31歳の田舎学者で地方新聞「ナッシュヴィル・シチズン・リポーター」の記者でもあるオックス・ジョーンズは、先日の黒人の市長ジミー・リー・ホーンの射殺事件に際して、29歳の殺し屋トマス・ジョン・ベリーマン周辺の情報を追う。ベリーマンの相棒で今は精神病院に収監されるベン・トイを初めとして、関係者を訪ねて回るジョーンズだが……。

 1976年のアメリカ作品で、1977年度のMWA新人賞受賞作品。

 作者ジェイムズ・パタースンは共著を含めてすでに著作が百冊以上に及び、日本でも20冊以上の邦訳が出ている。評者も、作者のシリーズものの主人公で看板キャラらしい、心理学者兼政府のコンサルタント、アレックス・クロスの名前くらいは聞いたことがあるが、とにかくシリーズものもノンシリーズものも一冊も読んだことはなかった(と思う)。とはいえWikipediaを見ると世界的にも大人気らしく、相当、成功した作家らしいが。
 しかしながら本サイトにはまだ登録もないのが気になって、しばらく前にこの本を取り寄せたものの、例によってなんとなく放置。それから半年ほど経った昨日、ついに思い立って読んでみた。ちなみにもちろん本作は、新人賞受賞ということで明らかなように、そんな現在の大家の処女長編である。 

 物語の構造は、キーパーソンというかタイトルロールの人物「ナッシュヴィルの殺し屋」ことベリーマンが現在どのような状況なのか未詳なまま、主人公のジョーンズがあちこちを飛び回り、その一人称の叙述に混ざるように、ある程度自由なカメラワークの三人称の描写が挟み込まれる。
 大昔に観たボガートの晩年の映画『裸足の伯爵夫人』がこんな感じだったような……と思いながら読み進めていくが、お話そのものはそんなに起伏はないものの、小説的な語り口は悪くない、というか脇役の配置、ひとつひとつの場面の見せ方など全体的に器用なので、それなりに読ませる。どちらかというと、犯罪実話を素材にしたドキュメントノヴェルを読んでいるような感じもあるが、たぶんその辺は正に作者が狙った方向だったのではないかという印象。
 全体の紙幅がそんなに厚くないことも含めて、どういう形で物語がまとまっていくのかという興味でよくも悪くも淡々と読み進め、そうしたら最後まで淡々と終ってしまった感触であった。ラストの仕掛け(?)は……うーん。

 大半のエンターテインメントというのは、多かれ少なかれどっか読み手を刺激してハジける部分があると思うのだが、この作品はそういう要素がかなり希薄な感じ。かといってすごく地味で色味も薄いつまらない一冊かというと、決してそんなこともなく、それなりの腹ごたえもあった気もする。
 ちょっと狐につままれたような感触もあるが、まあ、たまにはこういう作品もあるでしょう、最後はそんな思いを抱かせた、そういったミステリ。

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