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[ サスペンス ]
ポーをめぐる殺人
ウィリアム・ヒョーツバーグ 出版月: 1998年12月 平均: 4.50点 書評数: 2件

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扶桑社
1998年12月

No.2 6点 人並由真 2020/10/23 04:38
(ネタバレなし)
 1923年。ホームズ譚の大反響で世界的な人気作家となった当年63歳のコナン・ドイルは49歳の愛妻ジーンと3人の幼い子供を伴い、ニューヨークの港に降りる。訪米の目的は、ドイルが傾倒する心霊学を主体とする半年計画の講演旅行であり、同時に友人である当時40代末の大人気奇術師ハリー・フーディーニとの再会だった。かたやフーディーニは内心ではドイルの標榜する心霊術にぎりぎりまで疑念を捨てないが、一方で尊敬すべき年上の友人との友情を守りたいとも思っていた。だがそのころNYではエドガー・アラン・ポーの諸作に見立てたとしか思えない、正体不明の殺人鬼による殺戮事件が続発。そんななか、ドイルは1849年に他界したポーの晩年の姿の幽霊に出会う……。

 1994年のアメリカ作品。
 評者は若い頃に、作者ヒョーツバーグのミステリ・デビュー作でMWA処女長編賞の『堕ちる天使』(1978年)に遭遇。その衝撃的かつある種の情感に満ちた内容にいたく感銘した。数年前の「SRの会」のアンケート「マイ・オールタイムベスト10作品」の翻訳部門の一角にこれを入れたほどである(とはいえ初読以来、読み返してはいない。この作品に関しては再読して当時の初読時の衝撃の記憶が薄れるのがもったいないような、そんな種類の畏れがある)。

 そしてそれほどまでに(少なくとも評者にとって)印象的な一冊を書きながら、作者ヒョーツバーグについてはその後の1980~90年代には、新作を書いたという海の向こうの噂がまったく聞こえて来なかった(もしミステリマガジンやEQとかの海外情報記事で何か触れられていたのなら、自分は見逃しているか、その記事を読んだことを忘れている)。

 そんな訳で日本のミステリファン末席の当方はおよそ20年近く「ヒョーツバーグは結局は一発屋だったのかな?」ぐらいに思っていたのだが、そうしたら20世紀末の1998年に、この作品『ポーをめぐる殺人』がいきなり邦訳された。
 当然、その時はかなりびっくりしたが、一方で当時の評者は新刊ミステリ全般に関する興味(国内外とも)がかなり減退していた時期(汗)。その状態は2010年代の前半まで続いていたし、さらにこの作品『ポーを~』も相当にクセの強いらしいと予見されたので(まあそれはあの『堕ちる天使』の作者だから当たり前すぎるほどにアタリマエなのだが~笑~)なんとなく敷居が高くなり、つい数日前まで家の中で、積ん読本になっていた。

 それで例によって一念発起、弾みをつけて一昨日から読み始め、少し前に読了したというわけである。

 作品のスタイルは、現実の史実におけるドイルとフーディーニの親交とある種の軋轢を主軸に、そこに『モルグ街の殺人』や『黒猫』ほかのポーの諸作をモチーフにした連続殺人事件がからむストーリー。
 さらに「あの」デイモン・ラニアン(若き日の)ほか当時のアメリカ国内の各分野のオールスターが参集し、しかも別格的なキーパーソンとしてスーパーナチュラルな亡霊の形でポー自身が登場する(ポーの意識は過去の生前のもので、彼の方からは未来人のドイルに対面する構図になる)。
 最後まで読むと、作劇の構造としてこのポーの亡霊を登場させる必要があったかはいささか疑問だが、小説にある種の膨らみを持たせたのは事実で、これもまた「あの」ヒョーツバーグならやってもいいか、という趣向であった。

 なお主人公コンビのうち、ドイルの方はかなり真っ当に<みんながよく聞き及んでいる、大作家の晩年の姿>という趣で描写(ホームズの作者という称賛に飽き飽きしてるとか、そのくせ現実の犯罪への捜査介入には関心があるとか、歴史作家としての側面を評価されると喜ぶとか)。
 一方でフーディーニも基本は評伝などで語られる通り、マザコンレベルに亡き母を敬愛し、根は冷静で情に厚い紳士ながら、自分の芸には強いプライドを持ち、心霊術にはあくまで懐疑的……というキャラクター像ではある(まあ評者がまともに呼んだフーディーニの評伝といえば『栄光なき天才たち』くらいだが~とはいえこの作品はかなり好きだ~)。
 しかしフーディーニの方はドイルと違い、物語の上での扱いがかなり濃いめで、詳しくは書かないが、結構散々な? 事態に遭遇する。
 まあこの辺はかの『堕ちる天使』のヒョーツバーグのピーキーな作家性が、妙な形で発露した感じだ。

 それで総体としての評価になるが、まずミステリとしてはあれこれの面で「う~ん」。犯人は人物一覧を作っているうちに分かってしまうし、何より問題なのは、ポー作品の見立て殺人劇に(以下略)。うまく練り込んでいけば、もっともっと生きた趣向になったと思うのだけれど。

 一方で小説としては山田風太郎の明治ものやニューマンの『ドラキュラ紀元』風のオールスターものの趣で楽しかった。
 が、オリジナルキャラ? の警察官で、前半はいかにもクセのありそうなキャラ描写をみっちり書き込まれながら、いざ後半になるといかにも使いどころがなくなってしまったのでもう要らねェという感じであっさり物語の舞台から姿を消すNY本署の殺人課巡査部長ジェイムズ(ジミー)・パトリック・ヒーガンの扱いなんか実にヒドイ。
 このへんはなんか、一通り物語を書き終えてもあえて全体の推敲もキャラ描写を整合させる意欲もなく、放り出してしまった印象だ。

 読んでいて、ところどころ細部の面白さと楽しさはそれなりに与えてくれた一冊だけれど、全体的には出来のいい作品とは言えない。
 もちろん『堕ちる天使』の手応えには遠く及ばない。
 妙な魅力を感じる一面はあるので、0.5点くらいおまけしてこの評点。

No.1 3点 mini 2009/06/26 10:27
昨日発売の早川ミステリマガジン8月号は、ポー生誕200周年特集
便乗企画としてポーにまつわるエトセトラを
ヒョーツバーグの「ポーをめぐる殺人」ってこんな話

アメリカが大国としての地位を固めた1920年代初頭のニューヨークで連続殺人事件が発生する
最初は女性が残忍な殺され方をされ、もう一人は煙突の中へ押し込められ、さらに類人猿まで目撃される
続いては行方不明の男性が壁に塗り込められて発見され猫まで登場し、三つ目の事件では女性の水死体が
そう、ポーの各作品通りのパターンで事件が続発
この謎を解くのは稀代の天才奇術師フーディニと、もう一人は晩年に霊現象に傾倒しアメリカで講演旅行中だったコナン・ドイル

こう粗筋聞いたらいかにも面白そうだが、本格の面白さと言うよりエログロ含めたスリラーに近いかも
ドイルが後年に霊現象に傾倒していたのは事実でフーディニと面識があったのも本当らしいが、作中でホームズを書き続ける事にウンザリしていた描写が微笑ましい
でも完全な脇役ながら実は一番精彩があるのは、当時のスポーツ記者デイモン・ラニアンだ
ラニアンの短編は私も大好きで、このサイトにも書評書こうかと思ったくらいだが、こんな小柄な人物だったのか
ラニアンのスポーツ観戦記事が彩りを添える為、ヘビー級王者デンプシーやベーブ・ルースまで名前だけだが登場する
英国人だから野球に詳しくないドイルに、ラニアンが解説する場面も微笑ましい
ただ謎解きとしてはラニアンとか実在の人物が真犯人のわけ無いのだから、容疑者は事実上極めて限られるので犯人当ては容易
それに上手く書けば魅力的であろう当時のニューヨークの街の喧騒があまり描出されていないのも残念


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ウィリアム・ヒョーツバーグ
1998年12月
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