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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2279件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1039 7点 密閉山脈- 森村誠一 2020/12/10 04:14
(ネタバレなし)
 信じていた恋人に捨てられた傷心の美人OL、湯浅貴久子。彼女は南アルプスの冬山で美しい凍死を望むが、登山中のクライマーの青年コンビ、影山隼人と真柄慎二に救われた。下山した若者たちは美しい貴久子を巡って三角関係になるが、彼女はその片方を選んだ。だが三人で向かう計画のK岳への登山行の中で、男性の片方が悪天候の雪山で死亡。地元の山岳パトロール、熊耳敬助警部補は当初その悲劇を通例の遭難死として扱うが、やがてとある事実に気づいた。

 下山困難な荒天の雪山での殺人? その雪山を広域な密室現場として捉える着想は、なかなか魅力的。
 あと、物語中盤の死者を山間で荼毘にふす描写の克明さは強烈な臨場感と迫力で、改めて、70~80年代の「野性時代」のグラビアとかで登山への並々ならぬ思い入れを語っていた作者のポートレートを思い出した。こういう山での特殊なリアリティは、実体験やそれに近い密な取材作業に負うからこそ書けるんだろうしねえ。

 登場人物も描写のポイントを絞った上に、名前のある作中キャラがわずか十人ちょっと。当然、フーダニットの興味なんか放り出してハウダニットとホワイダニットの謎を主眼に置いた作品である。
 ただしメイントリックは当初から予想がつく。というか、作中の人物が事件性に疑問をもった時点で、この発想に考えが至らないのはちょっと不自然じゃないか? と思ったくらい。
(ちなみに誠に恐縮ながら、本サイトのりゅうぐうのつかいさんのレビューは、かなりネタバレになりかかっていますので、本書を未読の方はその旨、ご注意ください。)

 とはいえ<ミステリ要素も組み込んだ小説>としては、これまで読んだ森村作品でも随一といえるくらい面白かった。特に後半のとある状況の急転ぶりには、清張の秀作レベルの勢いを感じたくらいであった。

 ただそれでも最後まで読むと、ああ、やっぱり森村作品だな~という感慨が湧く。
 きっとこの人は1960年代の国産ミステリの系譜をしっかり受け継ぎながら、一方でそれをスナオにトレースするのが本当に気恥ずかしかったんだろうね。だから物語の多くにああいう味付けをしてしまう。森村作品を読むとその大半で<そういう思い>にとらわれちゃうよ。

 そういった森村作品の食感にはもうとっくに慣れたつもりでいたんだけれど、まだまだ甘かった(汗)。まあ、この作品は、かなりの初期作品だし、もっとマジメに森村作品を大系的に読んでいけば、もうちょっとは違うものが見えてくるかもしれない。

No.1038 7点 耳をすます壁- マーガレット・ミラー 2020/12/09 05:15
(ネタバレなし)
 1959年のアメリカ作品。ミラーの(たしか)15番目の長編。
『眼の壁』と並ぶ<ミラー壁二部作>の片方……というのは、いま思いついた真っ赤なウソで、そんな一括りの呼称はミステリファンの間で聞いたことはない(笑・汗)。

 しかし評者は、その『壁』のどっちかを既読、どっちかを未読だったハズだが、判然としない(汗)。その曖昧さが気になって、とりあえず手近のこっちを読み出したら「ああ、こっちがすでに読んでた方だ」と序盤で気がついた(まあ初読が30年近く前のことだし、忘れていても仕方がない・笑)。
 それでもどんな話だっけ? 本サイトでは評判いいけど?(レビュアーは2人だけながら、平均点ではミラー作品のなかでベストワン!)……と思って興味が続き、そのまま最後までいっきに再読し直す。

 それで本作はミラー作品のなかでも会話が多め、リーダビリティはたぶん最高級で、いっきに読了。いや、まさかマーガレット・ミラーの長編を(再読とはいえ)3時間で読み通せる(ちゃんと人物一覧表を作りながら)とは思わなかった!

 でもって本作の評価は、もろもろの長所ポイントをふくめて先行のHORNETさんのレビューがほぼあますところなく語ってくださってるので、あまり付け加えることはないです(笑)。
 あえて付け足すなら、探偵&狂言回し役の私立探偵エルマー・ドッドの<デキる中年男>のキャラがすごくいい。

 しかしこの作品、できるなら、登場人物一覧表は見ないで読むことをお勧めします。
 今回は書庫から出してきた創元文庫の初版で再読したけれど、この人物一覧、カンのいい人には結構ヤバイかも……。
(もちろんここではあまり詳しいことは言えないが、創元の編集部は、フェアさを遵守した上でまだまだ工夫の余地はあったはずだと)。
 
 あとね、これはたぶん原書段階からの作者のポカミスだとは思うけれど、創元文庫165ページ目の描写。ここは終盤の展開と、完全に不整合だよね。これは昔、初読のとき、SRの会の年下の友人と話題にしたので覚えていた(というか正確には、今回、記憶を再確認した)。
 当時からミラークラスの作家でも、こーゆーことがあるんだと思ったものです(まあこの話題はこの辺で)。

 ラストの一行は(中略)とするのが吉だろうが、ちょっと裏読みしてみたい気もする。その余地はあるフィニッシングストローク。

 いずれにしろジェットコースター的な感覚では、たしかにミラー作品のなかでも上位の方。それは間違いない。

 さてそのうち、安心して『眼の壁』を読むことにしよう。

No.1037 7点 死と陽気な女- エリス・ピーターズ 2020/12/08 19:56
(ネタバレなし)
 ロンドンから離れた町コマフォード。州警察の部長刑事ジョージ・フェレスの息子で14歳の少年ドミニック(ドム)は、5つ年上の美しい娘キティ(キャスリン)・ノリスに恋心を抱いた。それから2年後、地元である有力者が殺害される。そして事件を担当するジョージが殺人容疑者として逮捕したのは、さる事情から被害者と縁故があったあのキティだった。ドミニックは愛しい女性の無罪を証明しようと、自ら事件を調査するが。

 1961年の英国作品。フェレス一家シリーズの第二弾。1963年MWA最優秀長編賞受賞作品。

 評者はピーターズはこれが2冊目。本シリーズは初読で、カドフェルものもまだ一冊も読んでいない。
 大昔にMWA賞受賞の肩書きで興味を覚えて買った(ままだった)ポケミスが見つかったので、ようやくこのたび読んでみる。
(20世紀の終盤から本シリーズの未訳作品も何冊か発掘翻訳されていたのは、数年前に初めて知った。)

 大設定からドミニックが物語の全編で主役をつとめ、父親のジョージは脇に回るのかと思っていたが、あにはからんや。ジョージの出番も結構、多い。英国伝統の中年紳士捜査官ものと、ちょっとだけウールリッチの少年主人公ものとかを思わせるコージー・ミステリ、その要素でストーリーの成分を折半しあった感じ。

 会話も適度に多い一方、饒舌な地の文も全体的に滑らかで小説としてはおおむね読みやすい。
 愛妻家の父親ジョージがメインヒロインのキティにふと純情な劣情を覚え、息子ドミニックに嫉妬するあたりとかキャラ描写も良い。

 犯人は割と早めに見当がついてしまうが、最後までエンターテインメントとして見せ場を用意してあるのは評価。クライマックスの最後での犯人の心情吐露はなかなか印象的。いや、動機そのものは(中略)。

 それなりに楽しく読めたが、これがMWA最優秀長編賞? という感慨は覚える一冊。中身そのものは佳作の上クラスでしょう。

 ただしポケミスの最後1ページの切れ味は、個人的にすごいツボであった。切なさ・さわやかさ・逞しさ、いろんな情感をいっきに感じさせられ、作者はもしかしたらこのラストを綴るためにこの一作を書いたのではないか? とすら、一瞬、思ってしまったほど。
(実際のところは、これはあくまで、最後のまとめとして採択しただけのクロージングなんだろうけれど。)
 10~20代の頃に読んでいたら、また違った重みがあったろうな。そんな幕切れ。

 評点は、そんなエンディングを踏まえた上で、さらに0.5点オマケしてこの点数で。 

No.1036 6点 死者と栄光への挽歌- 結城昌治 2020/12/07 15:26
(ネタバレなし)
 1980年前後のある年。4月の下旬。若い妻タキ江と別れて、現在は82歳の祖母トヨと二人で暮らす36歳の売れない画家、菊池睦男。彼はその日、34年前に南方の島ポロホロ島で戦死したはずの父が、実は戦後ずっと別名で都内で生きていて、つい先日、交通事故で死んだ、との知らせを受ける。事故死者が父親と確定されれば複数の保険が降りて、睦男のもとには1億円が支払われると聞き、突然の事態に驚く睦男。死者の本名らしい名前は睦夫の父のものと微妙に違っていたが、それは大戦前後の混乱のなかでの記録の誤りと片づけられそうだった。しかし得心の行かない睦男は、自分から死者の周辺を調べ始める。

「オール読物」1979年8~10月号に連載後、大幅に手を加えてから刊行された長編作品。
 元版ハードカバーの初版が長らく書庫に眠っていたので、少し前に引っ張り出してきて昨夜、読んだ。
 
 恥ずかしながら、作者の名高い<戦争もの>路線は、たしかこれが初読。
 さらに元版の刊行から40年も経って読むのでは、作者が受け手に期待する時代や世相的な距離感も見えにくくなってしまっているのではないかとも危ぶむ。が、そのあたりは<歳月を経ても風化させてはいけない性格の主題>として、なるべく素直に付き合わせていただくつもりで読んだ。

 kanamoriさんの要点を押さえたレビューの通り、複数の大きな謎「本当に父なのか」「当人ならなぜ身元を隠し、なぜ実家に戻らなかったのか」「その背景となる戦時中に何があったのか」が柱となる作品。これにさらに中盤以降、リアルタイムで物語に動きがある。

 一段組で活字はやや大きめ、ページ数も300ページ足らずといささか短めの長編。全体的な印象としてはその紙幅に見合った食い足りなさと、逆に一方で凝縮された密度感の双方を感じだ。特に後者に関しては、最後の数十ページのコンデンスされた謎解きの迫力がすごい。
 
 ただし一方で、21世紀の今、戦後生まれの自分がこんなことを言うのは誠に不遜なのだが、戦争(中略)の真実が(中略)だった感触はある。いやもちろん、真摯に考えるべき作中の状況で、人間の(中略)といったテーマだが。
 さらに主人公の睦男は、戦時中は母の体内にいた~嬰児で、ほぼ戦後の第一世代。十分に戦禍の影の出生ながら、実人生としては完全に戦後世界のなかで生きてきた人間である。この物語の核となる戦争の秘話に肉薄し、理性と感情を揺さぶられながら、どこか主題に対してバイスタンダーなキャラクターに描かれているようなのは、1980年の時点ですでに作者が<その辺の世代と戦争との距離感>を冷静に捉えているからだろうか。

 あとよく組み立てられたパズラー要素の反面、物語の大小の枠組みなどからして、昭和のミステリ、小説なら、こういうパターンのときにはこうなるだろうなあ、という先読みが成立してしまう作劇の弱さもいくつか感じた。その辺はこの作品のウィークポイントかもしれない。ここではあまり詳しくは言えないけれど。

 主人公の周辺の人間関係の推移を語って、妙な余韻を感じさせて終わるクロージングは良かった。若いうちに読んでいたら、もっと心に染みていたかもしれない終わり方。

No.1035 7点 黄金- ディック・フランシス 2020/12/06 06:45
(ネタバレなし)
「私」こと33歳のアマチュア騎手イアン・ベンブロックは、3年前に仲違いした実父マルカムの呼び出しを受け、護衛を頼まれる。68歳になるマルカムは「ミダス(王)」の異名をとる英国財界の超大物だが、イアンの母ジョイスをふくめてこれまで5人の妻をめとり、のべ9人の子供をなしていた。だが少し前にその5人目の妻で若い美女のモイラが自宅で何者かに殺され、さらにマルカムもまたいつのまにか殺されかけていた。イアン自身も危険に見舞われるが、かたや十数人に及ぶマルカムの親族や別れた妻たちは、大半がその莫大な財産の生前分与を希望。親族たちは、仲違いしたはずなのに結局は最も頼れる息子としてマルカムの信任を得たイアンに嫉妬の念を抱く一方、父からの利益が得られるように仲介を願う。だが事件はさらに危険な事態へと加速していった。

 1987年の英国作品。競馬シリーズの長編第26弾。
 このところ翻訳ものは少しアメリカ作品が続いたので、そろそろ今度はイギリスものを……と思って、これを読み出す。
 本サイトの先行のお二人の評価がよさげなのは、なんとなく頭にはあった。だいぶ前に古書で購入した、HM文庫版で読了。

 本文500ページ近くの束(つか)で、しっかり確認したわけじゃないけれどフランシスの作品中でもトップクラスに厚いんじゃないかと思ったが、一日ほぼ250ページずつ二日間でいっきに読んでしまった。

 とはいえこの<富豪マルカムの歴代の妻とその子供たち、さらにはその子供の配偶者たち>がのべ22人。そのうち4人は殺人事件の被害者モイラをふくめて物語開幕時点で実質的にリタイアしているが、それでも残りのキャラの認知がちと大変である。おかげで今回はたぶん生まれて初めて、(恒例の)人物一覧リストと同時に、家系図まで自作した。

 さすがにそこまで手間をかけた分だけあって、丁寧に書き分けられた一族の面々の把握はスムーズに進み、イアン視点でとっかえひっかえ物語の表に登場してくる各キャラの人間模様がすんごく楽しめる。
 一方で物語の緩急もかなり巧妙に組み立てられ、中盤の山場を契機に過去のとあるエピソードが振り返られていく流れなんかも小気味よい。
(といいつつ、(中略)に関しては、いくら言い訳しようと警察が見つけられなかったんかい? とも思ったが。)

 しかし、とにもかくにも各キャラがしっかりと細かく描かれているので、終盤には誰が真犯人であっても、作者の筆力で「ほら、あの印象的な××……が犯人だったんですよ~」と、納得させられてしまいそうな気配もあったりして?
 そういう意味では、あまり意外性は期待できないな……と思っていたら、いやそれでも、動機の真相もふくめて結構、オドロかされた。

 まあ、犯人の内面的な造形については、ちょっと作者の筆が走りすぎたきらいもあるが、その辺は英国ミステリ界の作劇の伝統めいたものを感じないでもない。実際、半世紀くらい前の某作品の某シーンに似た<人間の(中略)>を、ちょっと思い出したりもした。

 しかしイアンの(中略)って、結局は(中略)だったんだね? 私やてっきり(中略)。
 評点はかなり8点に近いこの点数、ということで。

No.1034 5点 死は囁く- フランセス&リチャード・ロックリッジ 2020/12/04 15:00
(ネタバレなし)
 1950年代はじめのニューヨーク。アマチュア探偵として多くの事件を解決してきたジェラルド(ジェリー)とパメラのノース夫妻。版元「ノース出版社」の社長であるジェリーは現在、作家との交渉のためサンフランシスコに出張中。子供のいないパメラは3匹の愛猫、通いの女中マーサとともに留守番をしていた。そんな時、ノース家に、一般人でも音声を記録可能な録音媒体のレコード(円盤)が送られてくる。中身が気になったパメラは夜間に夫の無人のオフィスに赴き、そこの設備で録音を再生。すると中から聞こえてきたのは、女性が殺される現場? と思える状況の記録だった。驚くパメラだが、彼女はそのまま何者かに誘拐されてしまう。一方その頃、NY市警の警視でノース夫妻とも付き合いの長いビル・ウェイガンドは、ある男の殺人事件を追いかけていた。

 1953年のアメリカ作品。ノース夫妻もののミステリ第17長編。
 もともと夫婦探偵もの、あるいは男女のパートナー探偵ものは大好き。
 さらにこの叢書「現代推理小説全集」の解説をまとめた植草甚一の著作「雨降りだからミステリでも勉強しよう」などを読んで、本シリーズのことは少年時代から知っていた。特に、当初はホームコメディ風の普通小説のキャラクターだったのが路線変更して名探偵キャラになったというノース夫妻シリーズの経緯がすごく興味深い。
 ゆえに評者なんか、そのうち読みたい読みたいとはなんとなく思っていたが、気がついたらウン十年。いつのまにかこのトシになってしまった(笑)。
(まあ翻訳されている3長編のどれも、微妙~相当に敷居が高い入手難易度なんだけれど。)

 でもって一番、手近&手頃そうなこの作品から読んでみたが、うーん……。
 主人公の片方ジェリーは出張で物語の後半までほぼ不在、さらにパメラは何者かに捕まってしまい、前半の実質的な主役はウェイガンド警視が担当する。たぶんこれはシリーズのなかでも、変化球的な一本っぽいね。

 しかし紙幅が薄め(本文170ページちょっと)でまあまあテンポよく読めるのはいいとして、パメラのピンチからの脱出の経緯も、最後の数人に絞られた容疑者からの真犯人の確定も、どっちもひとことで言ってかなり雑。特に後者なんかこのヒトが犯人でなくっても別にいいよね? という感じ。前者にしたって、パメラはさっさと(中略)。

 悪い意味でアメリカの赤川次郎作品。大きく期待はしていなかったものの、もうちょっとは楽しめるものを予期していたので、こんなものか……という感触であった。

 やんちゃな猫たち「猫族」の愛らしい描写と、夫妻の愛猫ぶりには好感。次にこのシリーズを手にするときは、そっちの興味で読み始めるであろう。

No.1033 6点 林の中の家- 仁木悦子 2020/12/03 05:48
(ネタバレなし)
 アマチュア探偵の兄妹、仁木雄太郎と悦子は、ヨーロッパに長期旅行中の水原夫妻の屋敷に、住み込み留守番のアルバイトをしていた。ある夜、同家にかかってきた電話。それは林の中にある、放送作家、近越常夫の邸宅で人が殺されたという知らせだった。早速、同家に向かう兄妹は、そこで女性の死体を発見するが……。

 マイ・ミステリ・ライフにおいて<大昔に読んだかな、まだ未読だったかな? 自分でもわからない>シリーズの一冊(笑)。
 評者の場合、こういうものは大抵、読んでいない。
 ……うん、やっぱり、完全に未読であった(汗)。

 そっちの現物が見つかれば、挿し絵が豊富で人物一覧もついている(おまけに関連の書誌記事や評論も読める)「別冊幻影城」版で楽しもうと思ったが、しばらく家の中を探しても出てこないので、大昔に古書で買った1959年の元版で一読。
 ハイセンスな真鍋博の装丁(箱)はステキだが、本文には人物一覧も挿し絵もないのでちょっと不満。とはいえ、読んでいくうちに、元版での読書ならではのある種の風情は味わえたので、これはこれでよしとしよう。

 しかし登場人物が結構多め(名前がある人物だけで30人強、名前なしの者を加算すればさらに十人以上増える)なくせに、キャラの書き分けが全体的に平板。特に物語の前半は微妙に面倒くさい人物の配置もあいまって、読みにくさはかなりのものだった。キャラの印象が根付く前に次から次に登場人物を作中に放り込んでくる感じで、仁木悦子ってこんなに小説がヘタだったか? といささかゲンナリする。
 あと、くだんの前半はちっとも「林の中の家」のストーリーではなく「(中略)の家」の話じゃないかって。

 それでも後半、全33章のうち、ちょうど真ん中の第16章あたりから話に弾みがついて面白くなってくる。
 終盤の展開も部分的に読めてしまう箇所はいくつかあるが、全体の仕掛けの手数の多さ、そして何より(中略)な事件の構造が形成された経緯には、相応にシビれた。
『猫は知っていた』はあまり評価していないんだけど、こっちは最終的にはそれよりは好み。

 それでもってtider-tigerさんのおっしゃるように偶然が多い……というか、作品世界の広がりがせせこましいのは弱点だと思う。けれど、一方でこの作品の妙味はその辺の人間関係の狭さで成立した部分もあるような気もするので、ちょっとフクザツ(まあこの辺りは、あまり細かく言えないね)。

 こなれの悪いところ、力がこもったところ、それらこもごも合わせていかにも作者の初期作品といった印象。とにかく前半はちょっとキツイけれど、トータルでは、まあまあキライではない。

No.1032 6点 殺人グランプリ- ジョン・ラング 2020/12/02 17:40
(ネタバレなし)
 1960年代半ばの欧州。軍備増強を図るイスラエルは、ノルウェー陸軍が放出する武器の大量輸入を計画。だがその作戦を支えるイスラエル情報員たちを世界の各地で暗殺するのは、アラブ側の秘密工作員たちだった。表向きは外科医のアルジェリア人、ジョルジュ・リソー率いるアラブ暗殺団に対し、イスラエルを支援するパリ在住のアメリカ大使館は裏の世界の暗殺者モーガンを招聘するが、たまたま商用で訪仏したアメリカ人の青年弁護士ロジャー・カーは外見が似ていたため、そのモーガンと誤認されてしまう。アラブ側、アメリカ&イスラエル、さらにはパリ警察までが動くなか、暗殺者ジョルジュの企む謎の計画にさらにまきこまれていくカーは。

 1967年のアメリカ作品。クライトンが(複数のほかの名義も含めて)一番最初に書いた作品、あるいは著作。
 日本ではポケミス1185番として1972年10月に刊行。Amazonの登録データはなぜか70年代の前半が不順なので、これも現状で登録されてないみたいだ。

 殺し屋とそっくり(?)さんのアマチュア主人公で巻き込まれ型サスペンスという、王道の設定と展開。これでもアンブラーやガーヴあたりの英国勢が書いたらもうちょっと格調が漂うような気もするのだが、良くも悪くもエンターテインメント一徹の冒険スリラー。
 悪役ジョルジュのいかにも外科医らしい生々しい拷問描写の数々には、なるほどクライトンらしい香りは感じる。

 しかしポケミスの人物一覧が一部、盛大なネタバレ。
 まあこのポジションのキャラなら(中略)がみえみえとはいえ、やはりそのへんはムダに書かなくていいよ、という感じ。これから本作を読む気のある人は、なんとなく登場人物一覧がヤバイということは、覚えておいてください。
(あと、あんまり詳しく書けないけれど、この邦題もあまりよろしくないね。)

 胃もたれしない感じでまとめたクロージングはまあよしだけれど、一方でリアリティから言えば、ちょっとこのスムーズさはありえあないだろう、という苦笑。
 同じ時代の欧米作家のあれやこれやらなら、もっと(中略)なラストで、引き締めた気もする。
 まあのちの職人作家の大家が若き日に、昔から達者な筆で書いたB級作品。それでもどこを見せ場にしてどう盛り上げるかのメリハリぶりや、背景となる国際情勢の点描など<ちょっといい>感じは確かにある。これはこれでよいという感触。

No.1031 7点 ラグナロク洞「あかずの扉」研究会影郎沼へ- 霧舎巧 2020/12/02 16:58
(ネタバレなし)
竹取島と月島で起きた不可解な殺人事件から二カ月。「ぼく」こと二本松翔(カケル)をふくむ北澤大学のミステリーファンサークル<「開かずの扉」研究会>は、またしても怪異な事件に遭遇した。舞台は、中央アルプスの一角にある影郎沼。隠れ里の伝承が残るその地には、天然の洞窟に手を加えた特殊な設計のホテルが建造されていたが、翔とサークルの先輩メンバーで「名探偵」こと鳴海雄一郎は、嵐の夜にそこに土地の者たちとともに閉じ込められる。やがて不可解な密室殺人が発生するが、それはこの事件に秘められたおびただしい謎のほんの一端でしかなかった。

 シリーズ第三弾。メインキャラを絞って開幕し、あとから残りのレギュラーが応援に現れるというちょっと変則パターンの構成。
 作者自身が例によって今回も、三題噺での新本格パズラーだと豪語。三つのネタとは「嵐の山荘もの」「ダイイング・メッセージもの」「ミッシング・リンクもの」の取り揃えである。

 圧巻は、前半で早々と鳴海が講釈を垂れる「ダイイング・メッセージ講義」だが、このテーマに関して独特の見識(というか、評者自身などもあまり意識しなかったことで「言われてみれば……」な視点)などを聞かせてもらって面白かった。まあ確かに、ダイイング・メッセージってそもそも(中略)。

 かわって後半の謎解きのハシラとなったのがミッシング・リンクという主題の方だが、これは新本格でよくありがちな、しかしそれでもツボを抑えた舞台装置と融合して実に好み。論理というより思いつきの羅列という気がしないでもないが、これだけ楽しければ首肯してしまいたい。
 犯人に関しては、物語の流れやこの本の仕様(評者はノベルス版で読了)からある程度、読めるところもあるが、いつものように手数の多い仕掛けで事件の全貌をあらかじめ見通すことはまずムリ。
 伏線はちょっとチョンボ手前、というのも一つだけあるけれど、作者がこれをやりたかった気分はよっくわかるので、まあいいか。

 重厚感と犯人の意外性からいえば前作『カレイドスコープ』の方が上なんだけれど、手技の多さをスムーズに捌いた作品づくりの練度ではこっちの方が上かも。ちょっと京極堂シリーズの『魍魎』と『狂骨』の関係に似てなくもない。
 シリーズが短期で終わったのは仕方がないよな。そうそう量産のきく路線ではないと実感する。

No.1030 8点 縞模様の霊柩車- ロス・マクドナルド 2020/11/29 05:36
(ネタバレなし)
 私立探偵リュウ・アーチャーは、初老の退役軍人マーク・ブラックウェル大佐の年下の妻イゾベル、そしてマーク当人を、続けざまに自分のオフィスに迎える。夫妻の用向きはともに同じ案件で、マークの実娘でイゾベルの継子である24歳の娘ハリエットが悪質な彼氏に引っかかった疑いがあるので、その相手の若者の身元確認を願うものだった。ハリエットはじきに25歳になると伯母エイダの遺した莫大な財産を相続できるので、恋人の貧乏画家パーク・デイミスは、それを目あてに彼女と結婚したがっているらしい? アーチャーはブラックウェル家の近所にある、若者たちが暮らす同家の別荘に赴くが。

 1962年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第10弾。

 アーチャーシリーズの転換点といわれる『運命』以降の作品が、全部で12編。評者はその大半を中学~高校生時代にポケミス(『ブルー・ハンマー』は当然ハードカバー)で飛ばし読みしてしまい、初読全般がかなりいい加減だった自覚があり、いつかしっかりと各作品を読み直したいと思っている(まあそういう若気の至りで付き合ってしまった作家は、ロスマクだけじゃないんだけれど・汗)。

 それで、そんな中期以降のアーチャーもののなかで、たぶんまだまったく未読だったはずなのが、本作と『ギャルトン事件』『ドルの向こう側』の3冊のみ(6~7年前に、4冊目の未読だった『ブラック・マネー』は楽しんでいるので)。

 そして本書はなかなか評判がよい作品で、本サイトでも平均点が最高。
 これはしっかり腰を据えて読まなければならないかなと思いつつ、ウン十年前に購読したままだったポケミス、その巻頭のページを開く。
 するとあまりにも掴みのよい序盤の流れで、もうそのまま止められなくなる。確実に、小笠原豊樹の流麗な翻訳が功を奏しているね。

 しかしそのポケミスには、登場人物の名前一覧がわずか13人しか記載されていないが、自分で実際に人名リストを作ると端役をふくめて約70人もの名前が並んだ(!)。
 ポケミスの人名一覧からは、かなり重要な人物が最低でも10人前後は欠損しており、このへんはHM文庫版ではどうなってるのか、機会があったら検証してみたい。
(ポケミスを改訂した流れのHM文庫は、それなりに手を加えられていることもあれば、ほとんどそうでないこともあるので。)

 それで肝要の作品の内容だが、ネタバレにならないように語るなら、アーチャーが駆け落ちみたいに? いなくなった若い男女の行方を追うなかで、隠蔽されていた殺人事件が露見。
 お話そのものは前述のとおりに登場キャラクターの頭数こそべらぼうだが、人物メモを作りながら読み進めるなら、かなりスムーズにスラスラ読める。
 特に前半~中盤の流れは実にハイテンポで、中期以降のロスマクってこんなに読みやすかったっけ? と軽く驚いたほどだ(笑)。

 とある重要な登場人物の(中略)が(中略)してゆく半ばの意外性も読み手へのよい刺激になる。くわえて、次第に物語のなかで比重を変えていく複数の事件のバランス取りが絶妙。
 ああ、確かにこれは評判がよい作品だな、という感じである。

 いびつな人間たちがそれぞれに自己主張したり、あるいは歪みを警戒しながらも流されてしまった事態、その累積の結果で起きた悲劇で事件、という文芸は、正にド真ん中のこの時期のロスマクの作風。

 そして物語全体のキーパーソンといえる人間は少なく見ても5~6人間いるんだけれど、最後の最後に本当の事件の底が割れると、そのキーパーソンはわずか(中略)に絞られる。
 ある種の反転の醍醐味を実感させる物語の構造がすごく鮮やかで、自分もこれはアーチャーシリーズのベストクラスに置きたい。
 終盤の切れのいい(中略)が、いまだ余韻となって胸中に残っている。うん。文句なしに傑作でしょう。

 ちなみにこの作品、ポケミス70ページめの昔の学生時代に続く? 夢のくだりとか、同113ページ最後の「へー」となる心の動きとか、同157ページの(中略)についての情報とか、アーチャー自身の内面や素顔の細かい書き込みの豊かさも印象的。同162ページのジョーク? なんかは当時のアメリカ人にはわかるのであろうか。



【以下、もしかしたらネタバレ~なるべく曖昧に書くつもりだが】
 ただ一カ所、ラストまで読んであとから疑問に思ったのが、ポケミス版289ページの最後の一行の件(関連した叙述はほかにもあるが)。これは結局、何だったのだろう? 
 あえて好意的に解釈するなら(中略)が(中略)したんだろうけれど、そのあとに納得のいく説明などはなく、どうにも舌っ足らずだよね?

No.1029 6点 殺戮にいたる病- 我孫子武丸 2020/11/27 05:38
(ネタバレなし)
 旧版の(初版が96年の)講談社文庫版、その状態が良い古書(帯付き)を購入して読了。
 あろうことか(?)これが初読で(汗)、しかも幸いネタは最後まで知らないで読めた。これは本当にラッキーであった。
(というか、最近になって「ああ、そろそろこの作品はネタバレされないうちにさっさと読んでしまおう」と思いたち、web経由で安く古書を購入したのだが。)

 でもって、その旧・文庫版の帯にも「衝撃のラストシーンが語り継がれる傑作ミステリー」とかある。だから、やはりこれは(中略)なのだろうと予見。
 最初の3分の1くらいまではスナオに読んでいたが、途中で、ならばこれしかないだろう、と大ネタを予想。結果、完全に正解でした。

 そもそもこの作品での残虐&変態描写、グロ趣味の<用法>は、70年代後半に翻訳紹介された某・海外ミステリでの猥雑な小説のまとめかたと、まんま同様だよね?

 まあもう30年近くも前の作品なのだから、(中略)がアタリマエに氾濫した国産ミステリの現状のなかでは、さほど価値がなくなってしまった大技……というのが、現時点での妥当な評価じゃないでしょうか。
 最後のページを閉じて気がつけば、評者自身も、この仕掛けのバリエーションみたいなものをすでにいくつか読んでしまっているような思いも生じる。

 ただし、あえて正直に、あからさまな伏線を随所に張っておいたフェアプレイぶりには好感は抱いた。
 とはいえそれだけ正々堂々と勝負した分、くだんのキモとなる仕掛けが、途中で見え見えになったんだけれど(汗)。

No.1028 6点 七人の中にいる- 今邑彩 2020/11/26 05:23
(ネタバレなし)
 1972年のクリスマスイヴの夜。田園調布の医者・葛西家で凄惨な凶行が生じた。それから21年。当時の事件に関わった女性で39歳の村上晶子(しょうこ)は、6年前に病死した夫と始めた軽井沢のペンション「春風」を守り抜き、いまやシェフの中条郁夫と再婚しようとしていた。大学生の娘あずさや、ペンションの常連客たちから祝福をうけながら、クリスマスイヴの結婚パーティのための準備を進める晶子だが、そこに過去の惨劇にからむ忌まわしい影が。

 うーん、サクサクとテンポよく読めたが、一方でここまで登場人物の頭数が増えていくとは思わなかった。題名からせいぜい10人ちょっとかと予期したら、総勢40人以上だよ。

 当初は「正体のわかっているキーパーソン」? どう切り返すのだろう? と一瞬だけゾクゾクしたものの、じきに(中略)。
 作者がテクニックで読み手をひっかけようとしている箇所も早くからバレバレで、評者程度のいい加減な読者でも、仕込んであるネタの見当がついてしまう。それと後半~終盤の流れで、もろもろの事態が明らかになっていくと……(中略)。

 仕掛けも犯人も早めに見え見え。作中のリアリティとしても……と、とうてい出来がイイとも言えない作品。……なんだけど、なぜかそれなり以上に楽しくは読めた。
 たぶん全体的にこなれた語り口と、とにもかくにも筋立てに大小のイベントをもりこみ続けた作者のサービス精神のたまものであろう。
 2~3時間ぐらい電車か飛行機で遠出する際には、退屈をふきとばす一冊になるとは思う。読者への娯楽要素としてフリカケた、ヒューマニズムの粉末もよろしい。エンターテインメント本として、佳作。

No.1027 7点 誕生パーティの17人- ヤーン・エクストレム 2020/11/25 05:40
(ネタバレなし)
 スウェーデンのヴォートフルト。そこのとあるお屋敷で、大地主で資産家の未亡人エバ・レタンデルの90歳の誕生日が開かれる。エバの亡き兄エリックの娘である三姉妹(つまりエバの姪たち)の家族が一堂に集結し、その総勢は20人近くにも及ぶ。が、彼らの一部では、秘めた思惑や愛憎の念が渦巻いていた。その夜、屋敷内で二人の人物が変死。状況から片方が片方を殺害し、施錠した室内で自害したと見られた。しかし捜査にあたったベルティル・ドゥレル警部は、さることから不審を抱いた。

 1975年のスウェーデン作品。作者の長編第8作目にして、レギュラー探偵であるドゥレル警部ものの第7弾。
 
 思い起こせば評者が初めて、作者エクストレムの名前を知ったのは、1970年代初頭のミステリマガジン誌上(たしかさすがにこれはバックナンバーで購読した)。
 そこで「スウェーデンにも興味深いトリック派、不可能犯罪ミステリの大物がいる」とかなんとかの触れ込みで紹介されたのが、このドゥレル警部シリーズの第6作「うなぎわな(仮題・現在もまだ未訳)」だった。河川に仕掛けられた鰻捕獲用の水門のなかが、密室不可能殺人の事件現場になっている。そんな設定が当時のミステリマガジンの未訳作品紹介記事のなかで2ページにわたって面々と興趣ゆたかに語られ、これはなんか面白そうだ、と思ったものだった。
(なお当時のHMMでは作者の和名、カタカナ表記は微妙に違っていたかもしれない。)

 そしてそのミステリマガジンの紹介記事から十数年後、ようやく初めて本邦に翻訳された「ドゥレル警部」シリーズが、この作品『誕生パーティの17人』である。だがら最初に本書の邦訳刊行を知ったとき、正直「なんだ最初の翻訳紹介作品は、あの「うなぎわな」じゃないのか……」とも思ったのであった。

 とはいえこの作品(『17人』)にしても「スウェーデンのカー」だの「密室」の謎だの、一応は面白そうに文庫の帯や表紙周りに書いてある。だからまずはこれを楽しんで、続くシリーズで待望の「うなぎわな」を待てばよかったのだが、実際、結局のところ、評者もついに今回までずっとこの作品を読まないでいたし(汗)、日本でもほぼ評判にならなかった(と思う)。邦訳もこれ一冊で終わったし。
(だから本サイトでちゃんと一人だけ、10年以上も前にこの作品を読んでいるnukkamさんは流石だ!)

 自分がなんとなく積ん読にしていた理由、また世の中にあまり読まれなかった理由は、たぶん<スウェーデンのパズラー>という、結局は海のものとも山のものともよくわからないもの(笑)に、つい二の足を踏んだこと、さらに、題名のままの多すぎる登場人物に恐れをなしたこと(この文庫の巻頭にはマガーの『七人のおば』みたいな家系図の形で、密度感たっぷりな人物の相関図が用意されている)、くわえてパラパラ本文をめくると、なんかP・D・ジェイムズかレンデルなどの英国文芸派みたいに文章が<じっくり系>なこと……。あと400ページを超える本文もやや長め。
 まあ、そういったもろもろ要素の累乗のためなんかじゃないか、と思う。
 
 とはいえ個人的にもせっかく入手した本(かなり前にどっかの古本屋で、古書を250円で買っておいた)をこのままずっと読まないでいるのもなんかクヤシイ。そこで今回もまた一念発起して、巻頭の家系図をコンビニでコピーし、その複写の白身の部分に、各キャラクターの情報をメモリつつ読み進めていく。

 ちなみに翻訳はおなじみ、仁木悦子のご主人だった後藤安彦。超A級の名訳者(私見)で、英語からの重訳ながら、最後には編集部や関係者の協力のもとで原作者とも連絡をとって情報のすり合わせや確認をしたようだから、手堅い。そういう意味でも日本語への翻訳には一定の信頼がおける。

 それで作品の現物を一読しての感想だが……いや、結構、面白い。
 スウェーデンのカーを謳うほどには密室の謎も不可能犯罪もウリにしてこない作りで、創元の宣伝はちょっとあさっての方向を向いていた感じもあるが(そんなこともまた、日本での反響が鈍かった一因かもしれない)、登場人物メモを作りながら読むかぎり、多すぎる劇中キャラは必要十分程度にはかき分けられており、かなり良いテンポでページをめくっていくことができる。
 まあそれでも物語の舞台を出入りする登場人物の絶対数が多すぎるのは事実だが、それはそれとして、小説として各シーンを読ませる。群像ドラマとミステリ要素との兼ね合いのバランスなども、まあオッケーであろう。

 特にぶっとんだのは(ここでは詳述はできないが)、後半最後の3分の1あたりからの探偵役ドゥレル警部の運用。ちょっとこれは英米の作者なら考えられないだろう、……いや、あえて名探偵キャラを<こういうポジション>に据えるにせよ、もうもっと当人の内面描写などでその行動や事情をイクスキューズするだろう! というものであった(繰り返すが、くわしくは書けないよ・笑)。
 このへんが1970年代当時のスウェーデンのお国柄、往年の北欧パズラー気質というものか?

 興を高めつつそのまま最後まで読んでいくと、さらに終盤の筋運びは二転三転。残りページが少なくなっていくなかで、正に「え!?」というサプライズに出くわし、そしてそれから……(以下略)。
 いや、かなり面白い一冊だった。終盤で明らかにされる、妙にテクニカルな密室殺人トリックも印象深い。でもやっぱり、この作品の真価は最後の(中略)。うーん、たぶんちょっとした70~80年代の我が国の翻訳ミステリファンなら、いろいろ思うことはあるんじゃないかと。

 なお本作のあとに続くドゥレル警部ものの第8作目が、正にこの作品の後日談だそうで(巻末の解説より)「ああたぶん、そういうことね」とちょっと興味が湧いてしまう。今からでも本シリーズ第6弾(うなぎわな)と、くだんのその第8弾だけでも発掘してくれないものか。

 昨今の我が国での北欧ミステリブームには、現状、ほとんど興味のない評者(ファンの方スマン・汗)なんだけど、そういった気運のなかでこの作者とシリーズがいまいちど顧みられれば、とてもウレシイのだが。

No.1026 6点 サーカス殺人事件- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク 2020/11/24 15:08
(ネタバレなし)
 経営不振の大手サーカス団「ガーニィ・サーカス」。70歳過ぎの団長ネッド・ガーニィは、興業エージェント、ジョン・ハウスマンの提案を受けて、別の組織との合理化合併を考えた。だがサーカスの花形で、ネッドに養育された綱渡り師の青年リック・バナーは、組織が改組されると自分のスター性が希薄化すると不満だった。リックは女実業家のダイアナ・ゲイツと連携してサーカスの掌握を狙い、同時にネッドの娘の美女アリシアとの関係も深める。そしてリックは、とある特殊な技術で、ネッドを心臓麻痺に見せかけて殺害した。計画はうまく行ったかに見えたが、たまたま甥たちを連れてサーカスに来ていたコロンボが……。

 文庫オリジナルで、小鷹信光が英語のシナリオをもとに執筆した和製ノベライズ。
 もともとは、旧作「コロンボ」シリーズでもファンの評価が高いといわれる二本「祝砲の挽歌」「策謀の結末」を書いた脚本家ハワード・パークが1975年ごろに執筆したシナリオだが、なぜか映像化されずにオクラ入りになっていた話だそうである。
(その辺の事情について、ごく勝手な仮説を考えるなら、どこかの実在のサーカスから撮影協力を受ける話で、番組制作陣が構想を進めていたが、何かの理由でそれが中座。そのまま幻の作品になったとか?)

 とある機械技術を用いて遠隔殺人を行い、アリバイを作る主人公リックの犯行トリックは、半世紀近く前の70年代半ばならそれなりに目新しいものだったろうが、さすがに今となっては素人作家でも書かないだろうもの。
 コロンボがネッドの死因に不審を抱く流れなども良くも悪くも王道だが、最後にリックへの嫌疑を高めていく決め手はちょっと面白かったかも。まあそれもシリーズの平均点レベルといえばそれまでだが。

 コロンボの相棒として「悪の温室」「魔術師の幻想」に登場するウィルソン刑事(本書での名前表記はケイシー・ウィルスン)が顔を見せる。見当違いな推理を語って、別の人物を容疑者と誤認。それで得意がるなどちょっと愉快な存在感を示した。

 あと、団長ネッドが可愛がっていた土地の野良犬をコロンボが面倒を見て、途中からその世話を独身のウィルスンに押し付ける。
 あ? この犬が「黒のエチュード」で初登場のコロンボの愛犬、またはその原型か? と一瞬思ったが、調べたら「黒の~」はすでに72年にオンエアされていたので、これは別のイヌだろう。実際、この物語の最後でも(中略)。
 
 特化した長所はないが、まだ出会っていなかった「コロンボ」の正編(のようなもの)を、まるまる一本楽しめた。そんなお得な気分は味わえる。「コロンボ」シリーズとして佳作。

No.1025 6点 人狼の四季- スティーヴン・キング 2020/11/23 13:33
(ネタバレなし)
 米国のニューイングランドは、小さな田舎町ターカーズ・ミルズ。その年の1月、鉄道信号手のアーニー・ウェストラムが、異形の怪物=狼男に惨殺された。以降、毎月の満月の夜、被害者が続出。街は謎の怪物の実態も見定められぬまま、恐怖の影に包まれる。やがて季節は移り、車椅子にすわった10歳の少年マーティ・コスロウは、月下の庭でただひとり、狼男と対峙するが。

 1983年のアメリカ作品(邦訳は85年の改定版の原書がベース)。
 日本での初訳は文庫版『人狼の四季』と同じ版元の学研から、『マーティ』の邦題でハードカバーで刊行(1996年3月10日・初版)。評者は今回、この『マーティ』の方で読了した。
 文庫版は手元にないので仕様の比較はできないが『マーティ』には、先行レビューのTetchyさんがおっしゃったバーニ・ライトスンのイラストが、カラーと白黒でふんだんに掲載。巻末には本作のメイキング事情、映画版との比較、狼男もののフィクションの大系への言及など、驚異的な質量の、そして作品やジャンルへの愛情に富んだ評論家・風間賢二の重厚な解説記事が添えられている。特に少年マーティと狼男、二人の主人公の相似点に着目した見識は絶妙で、これはぜひとも本編を読まれたあとに参照されたい。

 それで、ヒトのレビューばかりホメて終わるのもナンなので(笑)、評者自身の拙いレビュー&感想そのほかを綴ると、もともとこの作品と当方の接点は映画版『死霊の牙』を日本でのビデオリリース時にレンタルで観たのが最初(たしか90年代の初頭)。キング自身が自作を脚色した3本目の作品で、キングにとってそういう経緯での初の長編映画であった。
 そんな映画版はキングが自作のプロットをさらに練り込み、主人公マーティを掘り下げて造形したようである。そんな流れもあって、当方の今回の感想もいきおい映画版『死霊の牙』との比較になってしまうのだが、映画で、この手のモンスターものとしてはかなり印象的であった狼男のキャラクターについての文芸が、この原作小説ではまた違うアプローチになっているのが興味深かった。

 ネタバレになるのでここでは詳述できないが『死霊の牙』での狼男の立ち位置は、彼が凄惨な凶行を繰り返す憎むべき怪物なのは事実だが、さらに原作とは違う<そのアレンジ>により(中略)という立体的なキャラクター造形がなされ、そこが当時の自分にはとても印象深かった。今でもあの文芸ひとつゆえに(この映画版の長所はそれだけではないが)映画『死霊の牙』は、原作『マーティ(人狼の四季)』とはまた一味違った秀作になったと今でも信じている。
 もちろん多岐にわたるキング作品の映像化などとてもすべてカバーしているわけはないが、少なくとも自分が観たキング映画のなかではもしかしたらこの『死霊の牙』が、筆頭クラスにスキかもしれない。
 
 それで改めて原作小説の方の感想に話を戻すと、これはこれで原石的なモンスターモダンホラー(ジュブナイル・ホラーアクション)として十分に楽しめる。
 物語前半、オムニバス風の挿話の積み重ねは一本一本をキングが良い意味でのローコスト的な文字量で、効果的に書いている感じで悪くない。まあ(中略)ケ月分でひとくぎりついたから分量的にもちょうどよく、これ以上同じパターンが続いていたら飽きたかもしれないけれど。前述の映画版との比較の話にもなるが、狼男の誕生の事情を暗喩する短めの描写も悪くない。
 最後のクライマックスは(やはりどうしても映画との比較が頭に浮かんで)やや物足りないが、先述の風間評論のとおり、この作品が抱える<ひとつの主題>を語りきった強みはあるので、これはこれでよし。

 そんなわけでこれからこの作品に触れる人は、できれば小説と映画とセットで楽しんでください。自分は先に映画を観てしまったけれど、可能ならば、発表順に小説から入った方がたぶんいいかもしれない。
 
 評点は一応、原作版のみのものとして。
 映画とセットならもう1~2点プラス。

No.1024 7点 消えた街燈- ビヴァリイ・ニコルズ 2020/11/23 05:23
(ネタバレなし)
 1952年の大晦日。64歳になる音楽評論家で准男爵のエドワード・カーステアズが、何者かに刺殺される。ロンドン警視庁のベテラン刑事、ジョージ・ウォラー警視が捜査を担当するが、一方で休業中の大物オペラ歌手、ソニア・ルービンスタインも天才的な老名探偵ホレイショ・グリーンに事件の調査を依頼。現在は引退状態だったグリーンだが、事件に関心を抱いて活動を始めた。やがて事件の鍵となるらしい未公表の交響曲の存在が明らかになり、かたや被害者エドワードの秘めた顔と彼の周囲の人間関係が暴かれていくが……。

 1954年の英国作品。60歳の名探偵ホレイショ・グリーンのデビュー編。
 たしか一年くらい前、評者がミステリ界の某ビッグネームファンとメールでやりとりをして、その際に「論創社の海外ミステリシリーズで今後、未訳作品を発掘してほしい作家」を話題にしあったところ(笑)、先方が推してきたのが、このビヴァリイ・ニコルズであった。
 本作『消えた街頭』などポケミスで翻訳された二冊は、ちょうどその少し前に、そんなに高い値段ではなく古書で入手していたので「へえ……(そんなに期待できそうな作家なのか)」と、改めてこの作者を意識した。
 そんな流れで、すぐ楽しんでしまうのがちょっともったいなくなってページを開くタイミングをうかがっていたが、昨日~今日になって、まずはこのシリーズ第一作を読んだ。

 作者ニコルズの<若い頃から非常に幅広い分野の著作をものにしながら、ミステリ作家としては55歳で遅咲きデビュー>という経歴はちょっと異色だと思うが、そもそも英国のパズラー系で50年代の半ばにデビューという作家が、あまり想起できない。たとえばゴーテ警部もののキーティングなんか、59年にノンシリーズもので長編デビューみたいだが。
(まあうっかりものの評者のことだから、結構な大物を忘れてたりするんだろうけど・汗)。
 
 それでとりあえず本作の内容だが、おや、こういう話、という印象。音楽界が舞台ということも読んで初めて知ったし、そもそも邦題から、第二次大戦の爆撃であちこちの街灯が壊れたロンドンの街(カーの『囁く影』みたいな)40年代後半の雰囲気を勝手にイメージしていた。ところが現物はそれなりに復興の進んだ、しかしまだ大戦の影がうっすら宿る時節のイギリスでの話であった。

 そんな実際の小説&ミステリの出来としては、さすがに書き慣れた作家だけあって、登場人物の書き分けもストーリーテリングも期待以上にうまい。ポケミスの裏表紙では(たぶん都筑道夫が)「文学的香気高い筆致、純文学作家ならではの見事な着想」と賞賛しているが、ブンガクとしてのレベル云々はよくわからない評者でも、端々に効かせた英国流ドライユーモアの感覚はなんとなく感じ取れる。
 特に中流階級と上流階級の格差意識を揶揄する要所の人物描写は辛辣で、それが(中略)。
 
 最後の犯人の意外性と、こんな大技を用意していたのか! と嬉しくなるようなメイントリックにも個人的には大いに沸いた。
(まあnukkamさんのおっしゃることもよく理解できますが、私的には、作中の当該者の思考としてはギリギリ、アリだとは思う。なによりこの外連味いっぱいの大技が、ミステリとして本当に楽しかった)。

 心やさしい、そして人間臭い、初老の紳士探偵ホレイショ・グリーンも名探偵キャラクターとして魅力的。
 そのうち『ムーンフラワー』を読むのが、改めて楽しみになった。
 しかし「世界ミステリ作家事典」の作者ニコルズの項目を探ると、残りの未訳のシリーズ3~5作のどれもこれも面白そうだね。これこそ発掘・再紹介すべき海外作家のダークホース筆頭かもしれない。

 評価はかなり8点に近いという意味で、この点数。

No.1023 7点 ねじれた奴- ミッキー・スピレイン 2020/11/21 10:49
(ネタバレなし)
「おれ」こと私立探偵マイク・ハマーは、ニューヨークから少し離れた地方の町サイドンに向かう。そこではハマーと旧知の仲で、今は真面目に働く前科者の男ビリー・パークが、身に覚えがない誘拐犯の嫌疑をかけられていた。ハマーは、面識のある凶暴な暴力刑事グレート・ディルウィックのもとからビリーの身柄を力づくで受け出し、そのままくだんの誘拐事件に介入した。依頼人は高名な科学者で資産家のルドルフ・ヨーク。ビリーはヨークのもとで運転手として堅実に勤務していた。ヨークの話では、彼の息子で14歳の天才児ラストンが何者かによってさらわれ、地元の警察はろくな捜査もしないでビリーを逮捕したという。ハマーはヨーク家の周辺を入念に調べ、わずかな情報から少年の行方の手がかりを見つけるが。

 1966年のアメリカ作品。マイク・ハマーシリーズの第9作。
 『ガールハンター』『蛇』の秘書ヴェルダとの復縁二部作で完全復活したハマー、そのシリーズ第二期の三冊目。
 例によって本(ポケミス)は何十年も前に購入していたが、どっかのいらん、無駄におせっかいな書評で大ネタをバラされてしまい、興が失せてしまった。それで今回はじめて、ようやっと読んだ。
 ちなみに本サイトの先行レビューの二つのうち、kanamoriさんの方は曖昧に書かれたようで、実際にはミステリとしてのネタバレ全開なので、誠に恐縮ながら、これからもしご覧になる方は、そのつもりでお読みください(空さんのレビューの方は、大丈夫だと思います。)。

 本作のキーパーソンとなるのが14歳の天才少年ラストンで、彼に対して過剰な保護願望を抱く前半からのハマーの姿がすごく鮮烈。ハマーって、悪党や共産主義者(の過激派)には無慈悲、プチブルにもけっこう時として意外に冷たい一方、『大いなる殺人』の頃から赤ん坊や子供にはやさしいキャラクターだったから。まあ旧世代の「アメリカ・マッチョ・良識派」(?)だよね。

 なお本書はポケミスの通巻1078。これとほぼ同時の1080でロスマクの『ドルの向こう側』(原書は1964年)が刊行されていて、どちらも私立探偵主人公と事件の渦中にある少年との距離感が大きな主題になっている
(このことは、本書の読了後に小林信彦の「地獄の読書録」をよみかえしたら、同様の指摘があって思わずにやりとした。)

 この辺の時代的な背景としては、50~60年代にアメリカミステリ界で一流派となった「非行少年もの」の隆盛(メジャーなエヴァン・ハンターから、懐かしのハル・エリスンなど、ほかいろいろ)があり、ハマーもアーチャーもそういった<ティーンエイジャーを題材とするミステリ>の波に乗ったのだと思う。
 なお、この時流がさらにあと数年進むと日本でも、仁木悦子の『冷えきった街』や結城昌治の『不良少年』とかが70年代の頭に書かれたりするのだけれど、まあそのへんはまた次の機会に語りましょう。
 そもそも評者は『ドルの向こう側』も『不良少年』もまだ読んでないし(笑・汗)。

 本作はポケミスで280ページ弱。客観的にはそんなに厚くないのだけれど、それでもハマーシリーズのなかでは一番長いような気がする。まだシリーズを全部読んでないから、うかつなことは言えないけれど、翻訳された分は全部、所有はしているので、たぶんそうじゃないか? と。
 しかし会話も多い上に、一人称のハマーの行動は思考の流れが明快でわかりやすい。さらになにより主人公のハマーが第二期のこの三冊目で完全復調しているので、ハイテンポなことこの上ない。二日間かかったけれど、実質的には4~5時間もかからず(二回にわけたが)ほぼいっきに読めた。
 登場キャラは、暴力刑事のディルウィックが出色。しつこく、かなりとんでもないレベルのダーティプレイでハマーにいやがらせ(それから……)してくる。初期の平井和正の描く白人の悪役みたいな感じで、油くさいいやらしさがなかなか強烈なキャラだった。
 それで最後の真相は、大ネタをあらかじめわかっていながら、それでもかなりショッキング。明かされる真相にはちょっとだけ無理筋も感じないではないけれど、かなり練り込んではある。
 たしかにここがキモの作品だけれど、もし万が一ネタバレで犯人をしってしまっている人がいても、たぶんかなり楽しめるとは思います。

 最後に大声で言いたいこと。
 
 なんでヴェルダがまったく、ただの一行も出ない?

 地方に出張のハマーが彼女を同道させないのはとりあえずいいとして、ヴェルダにひそかに惚れているパット・チャンバースまで登場しながら、二人とも噂さえしないってのはどういうわけか?!
 ちなみに次のハマーシリーズ『女体愛好クラブ』はまだ未読だけど、そっちではちゃんとヴェルダは出て来るみたいね。あわてて人物一覧だけ先に見てしまったぜ(まあ『皆殺しの時』でちゃんと活躍していることは知ってるんだけれど)。
 彼女についてアレコレ思うことはあるっけれど、それはいずれまた『女体~』を読んだら書きましょう。

No.1022 5点 トリックスターズ- 久住四季 2020/11/19 04:20
(ネタバレなし)
 魔術研究が「魔学」として、一般にも公認された世界。現在の地上には、世界の文明や力学に影響を与えうるレベルの魔術の才能の主「魔術師」が、わずか6人のみ確認されていた。魔学研究機関として世界でも有数の学舎「城翠大学」の新入生である「ぼく」こと天乃原周(あまのはらあまね)は、大学に客員教授として招かれた美青年魔術師・佐杏冴奈(さきょうしいな)と運命的に出会い、彼の思惑のまま、強引にそのゼミ生となる。だが周、そしてゼミ仲間の5人の新入生の美少女の前に鳴り響いたのは、恐怖の殺人予告アナウンスであった。

 メディアワークス文庫の改定版で読了。かなり細かい制約付きで魔術が存在する世界での謎解き、フーダニット、ホワットダニットという大枠はよろしい。ちょっと面白い趣向での「密室」の謎も用意されており、そういった意味での数々の外連味は評価したい。

 しかし肝心の<この作品世界では魔術でここまでが可能で、ここからはアウト>という線引きがいまひとつ不明瞭で、最後の謎解きにあまりカタルシスを感じない(説明のための言葉を費やしている魔術ルールも、いくつかはあるのだが)。
 たぶんその辺りの伏線は張ってはあった? のだろうが、ネタを明かされると「ああ、それはアリなんだっけ?」という気の抜けた感じで……。

 それと(中略)の大仕掛けの方は、いくらジュブナイルに毛の生えたようなラノベミステリとはいえ、あまりに見え見えで。
 まさか21世紀にあのネタをダイレクトにやって商売するんじゃないだろうな? とおそるおそる読み進めたら……(中略)。というか、ところどころ正直に、不自然にならないように叙述しすぎて、早い内からあからさまだよね(汗・笑)。

 小規模な部分では光るものもあったんだけれど、本編のちょっと長めのボリューム(本文、約390ページ)に見合う甲斐は、あまりなかったなあ、という印象。
 まあシリーズの二冊めももう購入しているので、そっちもそのうちいつか読むでしょう。今度はもうちょっと、持ち直してくれているとよいなあ。

No.1021 7点 ちがった空- ギャビン・ライアル 2020/11/18 04:17
(ネタバレなし)
 ライアルの初期5冊、60年代の作品中、評者が唯一、未読だったのがコレ。
 たぶんその理由は、ライアルの名作=菊地光の翻訳という固定観念があり、松谷健二じゃどうなんだろう? という疑念を抱えていたからだと思う。
 いやほかの松谷訳のミステリで楽しんだものなんていくつもあるし、実際、今回、読んでみて、オレはずいぶんと長らくつまらない予断を持っていたものだと、大いに反省した(汗・そのくらい普通にこなれた、味のある訳文であった)。

 でもって物語の前半は、ややとっちらかった印象を受けたが、主要人物のひとりが(中略)してからは話が弾み、ストーリー最後の4分の1は、加速度的な勢いでページをめくらされた。
 嵐の中での飛行描写の克明さと迫力には、空のハモンド・イネスの称号を、作者に今さらながらに送りたい(そういや先輩のイネス作品って、航空ものをあまり読んだ覚えがないな)。

 それで、始終こまかく抜け目なく、今後の状況を勘案している主人公ジャック・クレイの駆け引きぶりとか、物語全体の主題や結末に至る流れとか、たぶん多くの読者が、この長編のさらに数十年前に別の欧米作家が書いた<かの作品>を想起するんじゃないか? と思う。
 しかし意図的なリスペクトにせよ、着地点が同じになったにせよ、くだんの先駆作品に近しい手応えを与えてくれた実感はホンモノで、その意味でたしかにA級作品と呼ぶにふさわしいと私見。

 そんな熱気と勢いに意味がある作品だと思うから、あまり細かいことを言ってもナンなんだけれど、気にかかることがちょっと。
 最後には主人公たちや作者の念頭から、何人か主要(準主要?)キャラの存在が抜け落ちちゃっているよね? 半ば「まあいいか」とも思いながら、やはり微妙にその辺が気にならないでもない。
 評点は私も、実質7,5点というところで。

No.1020 6点 北極星号の船長- アーサー・コナン・ドイル 2020/11/17 14:51
(ネタバレなし)
 2004年12月に刊行の、創元推理文庫版『北極星号の船長』で読了。
 幅広い<モンスター譚>を主軸にまとめた、ドイルのホラー短編集。本書収録の短編のいくつかには、初出誌か原書が出典らしい挿し絵が添えられている。それで、とある評者の行きつけのサイトで、巻頭の『大空の恐怖』の印象的な挿し絵=ビジュアルを紹介され、この作品と本の存在を意識した。そうしたら、この本は古書でしばらく前に購入して積ん読になっていたことに気づき(汗・笑)、さっそく少し前から読み始める。
 創元文庫版の収録作は以下の12編。各編の「……」以下は、評者の感想&寸評&作品メモのコメント。各エピソードのモンスターの実態(正体)、その詳細については、なるべくネタバレしないようにする。

1 大空の恐怖 (The Horror of the Heights)
……いきなり怪獣大盤振る舞いで、雲の上の成層圏周辺に異形の(中略)の棲息域があったという話。破損した手記ノートから事態の様相が紐解かれていくという王道の構成も良い。

2 北極星号の船長 (The Captain of the Polestar)
……正統的な海洋奇談で(中略)ストーリーだが、荒涼とした極寒の氷地の彼方に見える(中略)の姿がじわじわと読み手を攻めてくる。

3 樽工場の怪 (The Fiend of the Cooperage)
……密林の大河周辺の樽工場。そこからいなくなる人員。窓の向こうの何か。これこそ大物の登場で、クラシックならではのモンスター譚の味わい。終盤のビジュアル的なインパクトは、童心に帰って実に満足。

4 青の洞窟の恐怖 (The Terror of Blue John Gap)
……『バスカーヴィル』に通じるような、英国の辺境地方のモンスター編。主人公が足を踏み入れていく後半の舞台と設定と、そこで出くわす怪物の図は、挿し絵の効果もあってなかなか楽しい。怪物とストーリーのロケーションの設定は、石森(石ノ森)章太郎の某・初期人気シリーズの一本に影響を与えているかも?

5 革の漏斗 (The Leather Funnel)
……主人公が好事家のコレクターである貴族から見せられた中世のアイテムの正体は? モンスター要素の希薄なホラー。まあ(中略)も広義のモンスターかもしれないが。ちなみにこの話は昔、30分枠のアンソロジー形式のホラー洋画番組『オーソン・ウェルズ劇場』の一本で映像化されている。そこではあのクリストファ-・リーが、キーパーソンの変人貴族を演じている。

6 銀の斧 (The Silver Hatchet)
……5の流れを受けた、古のアイテムにからむ怪異ストーリー。真相の処理の仕方が、この本の中ではちょっと異質かもしれない。

7 ヴェールの向こう (Through the Veil)
……愛し合う若夫婦の体験した奇妙な、そして彼らの人生に影を落とす体験とは? モンスター要素はまったくない(中略)を主題にした話。民話風のぞわぞわ感は与えられるが、本書の中ではちょっと印象の薄い一編。


8 深き淵より(デ・プロフンデイス)(De Profundis)
……2とは別の切り口の海洋奇談。モンスターは小物? なんだけれど、日常世界と異界の接点が垣間見えてしまったという感覚の小説の作りは、結構悪くない。肝心の(中略)の挿し絵が載ってないのが残念。

9 いかにしてそれは起こったか (How It Happened )
……これが本書の中では一番の異色というか、異質な作品かなあ。ホラーというよりは、オチで勝負した古典的ショート・ショートという色合いが強い。その意味では、ちょっと印象に残った。

10 火あそび (Playing with Fire)
……降霊術(のようなもの、かな)で召喚されたその正体は? ああ、こういうものもモンスターの演出で描くのか、という割と当たり前のことを、心のスキをつかれたように読まされて、なかなか良かった。これも挿し絵(あのシドニー・パジェットだよ)の妙味もあって、閉じた扉の向こうの闇の中から迫る(中略)のイメージにゾクゾク。

11 ジョン・バリントン・カウルズ (John Barrington Cowles)
……語り役をつとめる主人公の視界で相次ぐ(中略)に関わる事態の真相は? ドイルのひとりモンスター劇場という気分で読んでいたので、こういう存在もモンスターとして扱ってるのか? という驚き。まるで『事件記者コルチャック』みたいな怪物のバラエティ感だ。まあ作者ドイルはこれをあくまで独立した一編の幻想ホラー奇談として書いたのであって、自分のモンスター作品の系譜を意識したのでもないのかもしれないが。

12 寄生体 (The Parasite)
……長めの紙幅の中で、サスペンス効果を意識した書き方をしているのはよくわかるのだが、これまでの各編でバラエティ感ゆたかなモンスター作品をたっぷり読まされているので、魔性のもののインパクトもあまり感じない。地味な怪物キャラクターで短編小説として興趣あるものをまとめてみたいと狙ったドイルの気分はわかるような気がするが、できたものはその設定の主題に比例して地味だった、という感想。

 以上、全12編。イマイチなものもいくつかあるが、何度も言っているように、バラエティ感いっぱいのモンスターもののホラー短編集としてはなかなか楽しかった。正に、半分子供で、半分オトナの読者のための一冊(笑)。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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