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[ ハードボイルド ]
ブリリアント・アイ
私立探偵エイモス・ウォーカー
ローレン・D・エスルマン 出版月: 1989年11月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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早川書房
1989年11月

No.1 5点 人並由真 2021/02/12 07:20
(ネタバレなし)
 1980年代半ばのデトロイト。「私」こと私立探偵エイモス・ウォーカーは、かつて因縁のあった弁護士アーサー・ルーニーから依頼を受ける。依頼内容は、ルーニーが顧問を務める新聞社「デトロイト・ニュース」のコラムニストで作家のバリー・スタックポールが行方をくらましたため、さる事情から彼を捜索してほしいというものだった。実はバリーはウォーカー当人の戦友であり、ウォーカー自身も友人の身を案じながらその行方を追う。ウォーカーはバリーの住居に残されたメモから、訳ありっぽい3人の名前を認め、一つ一つ調査を進めるが。

 1984年のアメリカ作品。日本ではのべ4冊の長編作品が翻訳された私立探偵エイモス・ウォーカーもののシリーズ第6作で、邦訳としては2冊目。先行して初めて日本に紹介されたウォーカーもので、シリーズ第5作『シュガー・タウン』の姉妹編的な内容になっている。
 
 評者は大昔に『シュガー・タウン』は確か読んでいるハズだが、内容はまったくもって忘却の彼方。しかしその『シュガー・タウン』の主要ゲストキャラが、作家のバリーをはじめとして何人か本作に続投するので(だから姉妹編と書いた)、本当なら前作から読んだ方がいいだろう。
(評者もそっちを再読してから、こっちを読んだ方がヨカッタかもね。)

 それで一読しての感想。
 いわゆるネオ・ハードボイルド世代の作家群のなかで、ジョナサン・ヴェイリンと並んで、最もチャンドラーとマーロウのDNAを受け継いでいるのが、このエスルマン……と、今までは思っていたが、う~ん、残念ながら、本書を読んで個人的には、こちらさんはライバル(?)のヴェイリンに、ココで一馬身、引き離されてしまった感じ。
 
 主題(?)が、主人公の私立探偵とやさぐれた友人との友情の絆、というのはもろチャンドラーぽくていいし、主人公の捜査の道筋にも違和感はないのだが、一方で肝心のエイモス・ウォーカー、今回はいまひとつ、精彩も魅力も感じられない。
 ストーリーは完全に失念しながらも、前作『シュガー・タウン』を読んだ際の<たしかに良い意味で、マーロウの亜硫>的な感触は覚えていたので、今回もそういう意味では期待していたのだが。
 なんというかヴェイリンのハリイ・ストウナーが30代後半のヴィビッドなマーロウ、その80年代版なら、今回のウォーカーは40代後半の枯れてきたソレ、しかして年相応の渋さの方はそれほど感じさせもせず……という印象。

 それに加えてウォーカーの真面目でまっすぐなキャラクター、たとえばポケミス218ページめの関係者とのやりとり(後の方がウォーカー)、こういうのをどう受け止めるべきか。

「きみはまだ青い」彼はいった。「きみの目に映っている世界には白と黒、善と悪があるだけで、そのあいだのものはなにもない」
「そのあいだにはなにもないんですよ、(中略)。それでもあるという者は、すでに何割か黒に染まってるんです。灰色の部分はおとぎ話にすぎない。人がその存在を信じはじめたとき、そのとき、世の中が狂ってしまった」

 こういった種類の物言いを、剛球でカッコイイととるべきか、愚直で青臭いと思うべきか。
(まあこっちはいずれにしろ、そんなセリフに心を揺さぶられて、こういうダイアローグが印象に残ったりするんだけれど。)

 あとこれは、正に読み手のこちらのせいだろうが、前述のとおり、本作では主要人物が何人か前作から続投、特にそのうち2人とウォーカーとの関係性の変遷がたぶんキモになっている。だが前作を忘れて、事実上単品で読んでしまっているので、どうも作者の狙いが見えにくい。そういう意味で、デリケートな長編作品ではある。

 さらにもうひとつ、肝心なこと、この作品のミステリ要素の話題。
 なるべくネタバレにならないように書くけれど、ポケミスの帯には「~私立探偵ウォーカーが発見した恐るべき事実とは?」とある。
 実際、その煽り文句に見合った、いささかショッキングなサプライスが終盤に用意されている……のだが、そんな事件の深層が、そこにいくまでの大筋だったウォーカーの捜査ドラマと、あまり密着感がない。
 悪く言えばとってつけたようなショックかつサプライズで、ちょっとよろしくない。
 
 そんなこんなでトータルとしては、読む前はそれなりに期待を込めたものの、残念ながら……の一冊。
 まあウォーカーものはあと2冊別途に翻訳されているし、そっちはそれぞれ単品でシリーズの流れを気にしないで、読んでもいいハズである(?)。
 それならば、いつかまたそのうち、手にとってみよう。

 最後にもうひとつ、作中で心に残った談話。ウォーカーが調査の最中で出会ったユダヤ人の老婦人グレーテ・カインドナーゲルが、戦時中にナチスの犠牲になった実弟を回顧しながら語る一言。
「いまでは〝ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)〟と呼ばれてるのね。三十年のあいだ名前がなかったのに、いまになってつけられた。そのほうが都合がいいんでしょうけど、でも、それはまちがってる。あんなものに名前をつけてはいけない。芸を教えこむペットと一緒にしちゃいけないのよ。形のない恐怖なんだから。振り返ってよく見てみれば、その正体がわかるわ。でも、世界にはそれだけの余裕がない。大虐殺と呼ぶにはあまりにも大きすぎるものだわ」


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