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[ 警察小説 ] ベアトリスの死 サチュルナン・ダックス警視 |
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マーテン・カンバランド | 出版月: 1958年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
東京創元社 1958年01月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2021/02/23 06:31 |
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(ネタバレなし)
その年の11月のある朝。パリの一角で、30歳前後の裁縫職人の女性ベアトリス・レイモンの惨殺死体が発見される。パリ警視庁のサチュルナン・ダックス警視とその部下たちが捜査を開始し、被害者ベアトリスは、2年前にたまたま知り合った孤独な老人ロベール・カルヴェと男女の関係は抜きに、ルームシェアをしていたことが判明する。カルヴェは娘のように思っていた被害者の悲劇をサチュルナンたちの前で悼むが、なぜかその後ですぐ姿を消した。さらにサチュルナンのもとに中年の私立探偵ジュール・デシャンから連絡があり、ある人物の依頼でベアトリス殺害事件を調べていた若い相棒クロード・トムスンから連絡が途絶えた、と訴える。 1956年の英国作品。パリ警視庁のサチュルナン・ダックス警視シリーズの長編22作目。 英国作家ながら作者マーテン・カンバランドは、フランスを舞台にパリ警視庁の警視サチュルナンを主人公にした多数の連作シリーズで、欧米での支持を獲得。一時期はかなり人気があったようだが、日本への翻訳長編は本作をふくめてわずか2冊(もう一冊は、旧クライムクラブから刊行の『パリを見て死ね』)。 21世紀の現在では、ほぼ完全に本邦のミステリファンから忘れられた作家だが、実はあの伝説的なミステリエッセイ集で、近年もまた復刊された名著「深夜の散歩」にも登場。福永武彦がクリスティーやブランド、ガーヴ、マリックやチャンドラーなどの錚々たる巨匠・人気作家たちの新作(当時の翻訳された新刊)に続けて、同格の作家として、このカンバランドの邦訳2冊を語っている。 もちろん当時のリアルタイムで福永の目についたのであろう作家、というアドバンテージはあるのだが、それ相応の作家の格を実感させる事実ではある。 (逆に言えば「深夜の散歩」中で、もっともマイナーな作家・作品だろう。先年の復刊で初めて「深夜の散歩」を手にした若い世代のミステリファンの大半は、……カンバランド……誰だこの作家? 状態だったのではないか。) ちなみに評者も今回初めて、以前から読もう読もうと思っていた本作でようやくこの作者の著作に触れた。 パリ警視庁の要職刑事が主役探偵という大設定ゆえ、くだんの福永武彦も、また本書の巻末の解説を著した植草甚一もそろってメグレとの比較を話題の大きなひとつにしているが、似てる部分は皆無ではないにせよ、雰囲気はだいぶ違う。メグレの渋い、そして読みながら精神的な信頼と共感を預けたくなるようなキャラとはやや趣が異なり、美食家で大食家の巨漢、さらに以前はピアニスト志望だったが大戦を機に断念してパリ警視庁に入庁した経緯を語るサチュルナンはもう少し陽性にカリカチュアライズされた、作られたフィクションキャラクターの印象がある。人物像はこれ一冊ではなんともいえない面もあるが、少なくとも嫌悪感を抱く描写などは特にない。 むしろ本作での探偵側のキャラクター描写としては、サチュルナンの副官で副主人公的な若手刑事フェリックス・ノルマン警部補の方が、いい味を出していた。フェリックスは捜査の流れで被害者ベアトリスの妹アルレットに接触、公務をわきまえながらも次第に互いに好感を抱きあっていき、このサイドストーリーも本作の持ち味のひとつとなっている。詳述は避けるが、人間臭いそして(中略)なフェリックスの描写が印象に残る。 捜査ミステリとしては、ベアトリス殺害事件がはらむフーダニット要素は最後まで貫徹。しかし少しずつ事件の重心は推移し、終盤ではなかなか意外な悪事の真相が露見する。本作はこの作りがミソ。 (もちろんここではあまり詳しく書けないので、興味と機会があったら一読願いたい。) 個人的には、ああやっぱり、フランスを舞台にしても、戦後に書かれた新世代の英国パスラー(またはパズラー要素の強い警察小説)の系譜だ、という感じであった。 ただし被害者ベアトリス本人の周辺をもう少し捜査すべきでは? とか(たとえば彼女の仕事関係の人々への事情調査の描写などなかったような?)、最後の(中略)ダニットの投げっぱなしぶりはソレでいいの? とか、妙に整合されていない、悪く言えば雑な感じも見受けられた。なかなか面白かった反面、弱点もある、という作品か。 翻訳は、ヘミングウェイ作品を多数手掛けている高村勝治が担当。ミステリの翻訳はそんなに多くない人だと思うけれど、全体的に品格がありながらテンポがよく読みやすくかった。 |