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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2282件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1642 7点 サブウェイ・パニック- ジョン・ゴーディ 2022/10/30 06:44
(ネタバレなし)
 1970年代のニューヨーク。元・傭兵のライダーは、元地下鉄運転士で41歳のウォリー・ロングマンとともに、前代未聞の犯罪計画を立案。それは、さらに二人の男を仲間に加え、地下鉄レキシントン・アベニュー線の列車車輛をハイジャックするものだった。乗客を人質に、NY市から100万ドルの身代金を要求。かくして同レキシントン・アベニュー線のベルハム123号車、その先頭車輛が機関銃を持った4人の男に占拠され、運転士と乗客の計17人が人質になるが。

 1973年のアメリカ作品。
 三回映画化されており、それらの中で最初の映画版では、捜査陣側の登場人物が相応に整理されていることなども知っているが、実は評者はそれらの映画版は一本も観ていない(笑)。
 特にその第一作目の映画版は、監督があの名作SF映画『地球爆破作戦』のジョセフ・サージェントだから、観ればかなりの確率で面白いのだろうとは思うが?

 閉鎖空間にこもる犯人側と地上の捜査陣・行政側との駆け引き、密閉された場での人質と犯人の緊張感、さらには地下鉄の路線という定まったコースの上を疾走する車輛のなかで、犯人はどのように強奪計画を完遂し、逃走するつもりなのか? あるいは……!? という作劇上の要素がそれぞれ強烈な訴求力となり、一気読みはまず必至。

 物語の流れを追う三人称のカメラアイが縦横無尽にこまめに切り替わるが、名前がちょっとでも出る登場人物の総数は70人前後。このタイプの作品としてはそんなに多くはなく、うまい具合にキャラクター配置がされているといえる。
(元版の邦訳書、ハヤカワ・ノヴェルズのハードカバー版で読んだが、この内容の割に本文のページ数は約260ページと結構、少な目だ。)

 ちなみに17人の人質のキャラクターの全部が全部、しっかりドラマに活かされる訳ではないし、さらに言うと(中略)という観点で一部の登場人物のポジションが先読みできちゃう面もあるが、それはそれでそこからまたさらなるヒネリがあって面白い。
 派手めなクライマックスを経ての渋めのクロージングも味があって良かった。

 作品の全体の雰囲気としては、かの『シャドー81』または初期カッスラーや初期ラドラムなどの、いわゆる70年代半ば~80年代あたりに隆盛した「ニュー(ネオ)・エンターテインメント」の先駆的な一本で、その辺の興味をコンデンスにした感じ。
 そのニュー・エンターテインメントの前の娯楽フィクション(小説、映画を問わず)の時流であった「パニックもの」の、広義の一本ともいえるか。

 先日たまたま、ネットの某所で本書の作者ジョン・ゴーディの名前を目にして、そーいや大昔に『ザ・スネーク』(NYの市街を猛毒を持った蛇が逃げ回り、市民が恐怖におびえるパニックサスペンスもの)は楽しんだけど、いちばんメジャーなこの作品は読んでなかったな、と思い、このたび読了。

 期待どおりというか予想通りにフツーに面白かった。
 良い意味で登場人物たちを駒にしてストーリーを進めるお話の作りがとても達者だな、と思いきや、随所に、そして終盤に、妙に小説的に作家の物言いたげなキャラクター描写も出てきて、その辺の作品の厚みには普遍性を感じる。
 評価は、かなり8点に近いこの点数ということで。

No.1641 6点 仕掛島- 東川篤哉 2022/10/29 06:37
(ネタバレなし)
 1995年3月の瀬戸内海。夜釣りに出ていた三人の中学生は、世にも奇妙な事件に遭遇した。それから23年。関西出版界の大物、西大寺吾郎が病死し、その莫大な資産は、異形の孤島・斜島に集まった遺族たちに分配される。だがその島で、怪異な殺人事件が発生。遺言書の執行役である若き女性弁護士・矢野沙耶香と、行方知れずだった遺族の一人を島に連れてきた私立探偵・小早川隆生は、台風で閉ざされた奇妙な建築構造の館の周囲で、複数の事件の謎に向かい合うが。

 作者のかつての人気作『館島』の世界観(縁者の登場人物、類似の事件の舞台)を引き継ぐ新作。
(今回の主人公探偵コンビの男性の方が『館島』の探偵カップルの息子で、母親が開業していた私立探偵事務所を継承しているという設定である。)

 東川作品はまだ片手の指程度の冊数しか読んでない評者だが、本当にたまたま、ほぼ一年半前に気が向いて『館島』は読んでいたので、良かった。
 まあそっちを読んでなくても、全く問題ない新作だが。

 とはいえミステリとしては、コテコテの新本格パズラーにしてバカミス、しかしパワフルな娯楽作であった前作と比べちゃうので、どーしても分が悪い。
 作者の著作の中での最長の長編ということも新作のセールスポイントらしいが、どちらかというとお話や事件の密度に比して、冗長な印象。

 で、肝心の「仕掛け」に関しては、確かに現実の世の中に、それなりにありふれたものの延長のギミックではあるものの、作者と読み手の駆け引きの中で頭に浮かんでくる類のものとは思えず、真相がわかったあとのサプライズにインパクトも響くものもあまりない。はあ、そういう仕掛けですか、オチですか、という程度の感じであった。
 むしろ個人的には、お話や事件の細部を固めた脇の中小のネタの方が、まだ良かった。

 『館島』のダイナミズムの再来を期待すると裏切られちゃうので、どっちも読んでない人は、もしかしたら、こっちから先に手に取った方がいいかも? 
 佳作にはなってると思うけれどね。

No.1640 5点 闇からの狙撃者- 鷹見緋沙子 2022/10/28 06:48
(ネタバレなし)
 埼玉県の農家・大河原家で起きた、土地の売却金2億円を奪った強盗事件。だが二人組の犯人の間でトラブルが発生し、一方が相棒に傷を負わせた上、2億円の現金を持って逃げた。それから5年の時が経ち、中堅企業「P繊維」では、会社の内外で複数の男女のひそかな欲望と思惑が渦巻いていた。
(表題作)

 文庫オリジナルの一冊で、徳間のミステリ専門誌「ルパン」に掲載された表題作(かなり短めの長編)と、短編『覆面レクイエム』の二本を収録。
 その双方に警視庁捜査一課の刑事で、興梠(こおろぎ)警視が登場する(とはいえ、ほとんど脇役で、特に表題作の方は最後の数行に名前が出るくらいだが)。一応は、同一の世界観での、広義の連作シリーズ。ほかにも鷹見作品のなかには、このシリーズに該当するものが、まだあるのかもしれない。

 覆面作家・鷹見緋沙子の正体が複数の作家チーム(大谷羊太郎・草野唯雄・天藤真たち、中島河太郎が企画プロデュース)の合同ペンネームであり、作品によってその作家が参加したりしなかったりの連携で、数冊分の著作をものにしたことは、すでに多くのミステリファンの知るところ。
 中でも天藤真が主力で関わった作品は、その天藤名義で創元文庫に現在は入れられているので、逆に言えば本書の二編は、残りの作家たちの実働によって著されたことになる?

 長編、短編ともに、男女間の愛欲や欲望をからませあったサスペンス編だが、それぞれラストまでにはそれなりのサプライズまたはどんでん返しが用意されている。
 ともにサクサク読める、昭和っぽいB級~Cの上級のサスペンス読み物ミステリというところ。評点はこんなものだが、そういったB~C級リーグの枠内では、それなりに楽しめたかも。
(なお、評者的にはもうひとつ、本書の二編に共通するミステリのタイプカテゴリー名を言いたい気もあるのだが、それを言うともしかしたらネタバレになってしまうオソレもあるので、やはりナイショにしておく・笑。)

 紙幅が短い分、無駄な? 昭和風俗描写などもほぼ皆無。両編とも、とにかく絡み合う登場人物の図式だけで物語が構成され、その辺はある意味で潔い。
 21世紀のいま、その辺の筆慣れした作家なら双方それぞれのプロットで、倍の長さに平気でしちゃうかもねえ。

 しかし表題作のタイトルは、なんとなく浮いてるというか、内容と微妙に反り合ってないような……(いやたしかに、該当のシーンはあるのだが)。まあこの表紙(徳間文庫版)で、このタイトルという妙なマッチングぶりも味ではあるけれど。

No.1639 8点 その少年は語れない- ベン・H・ウィンタース 2022/10/27 16:50
(ネタバレなし)
 2008年。ワーナーブラザーズとかの現場で働く映画美術大工職人リチャード(リッチ)・キーナーの息子で14歳のウェスリー(ウェス)が頭を打ち、危険な状態となった。彼は地元の「バレービレッジ病院」に緊急搬送されるが……。そして11年後の2019年。とある宿泊施設で、リッチがとある女性を殺害したとの容疑で逮捕された。11年前にキーナー家の悲劇に関わり合った弁護士ジェイ・アルバート・シェンクは再び同家と接触し、リッチの妻エリザベス(ベス)の依頼でリッチの弁護を引き受ける。だが十年以上に及ぶ事態の裏側には、想像を絶する何かが潜んでいた。

 2021年のアメリカ作品。
 大好きな「地上最後の刑事」三部作の作者ウィンタースの新作ということで、いそいそと手に取った。
 物語はごく短い2019年時勢のプロローグを経て、2008年のウェス少年への大病院の医療措置、その過失をめぐる民事訴訟の流れに突入。この過去のドラマと並行する形で2019年現在の殺人事件の裁判沙汰が語られていく。

 で、双方のストーリーのそれぞれ小出しにされる情報を頭のなかで(例によって人物メモも取りながら)整理しつつ、読んでいくと……途中で、はぁ~!? とあまりにも思わぬ方向に(!)。
 これは(中略・某大作家の名前)だったのか!!? と仰天したが……。これ以上は書かない方が、絶対にいいだろう。

 それで最後はなんとも言いようのないバランス感のなかで作品がまとまり、最終的にそうやって形成された物語全体の印象が、かなり読み手を打ちのめす。

「地上最後の刑事」三部作のファンがもし、あの寂寞たる末世感の詩情めいためいたものを本作に期待するなら、そういったものは得られない。
 が、別の独特の感興と情感、そして本作固有の読後感は授けられるだろう、とは考える。正に、本作は、そうそうあるタイプの作品ではないだろうし。

 なお筆力のある作家の著した小説としても、とても読みでのある内容。
 いきなり前半から、民事訴訟の仕事を受注しようと、唖然とするほどの労力を費やす主人公のひとり、弁護士ジェイの描写に圧倒される。
(はずかしながら、アメリカでの民事訴訟の場合、弁護側の証人喚問などにかかる費用は弁護士が持ち出しで先に金を払い、あとから依頼人に成功報酬で請求。時には時給を払って専門家を呼ぶなどとか、初めて知った。まあ州や時代によって違うのかも知れんが。)

 とりあえず「地上最後の」三部作ファンの人は、作者の力量を信じて読まれるがヨシ。あ、もちろん一見の人が読んでも、まったく問題はない一冊。

 それにしても今年の新作は、国内外ともに秀作・話題作が多いのう。いや、良い事だが(笑)。

No.1638 7点 父親たちにまつわる疑問- マイクル・Z・リューイン 2022/10/27 03:28
(ネタバレなし)
「わたし」ことインディアナポリスの私立探偵アルバート・サムスンは、ある日、奇妙な青年の依頼を受ける。実在する人気バスケットボール選手と同名の「レブロン・ジェイムズ」を名乗る若者は、自分が異星人と地球人のハーフだと称し、自宅から奪われたDVDソフトと、父親の思い出にからむある品物の捜索と回収を願い出た。サムスンは、依頼人がイカれてると思いつつ、相手が対話の礼儀をわきまえており、そして事件そのものの説明に不順がないことを認めて調査に乗り出すが。
(第一話「それが僕ですから」)

 2018年にアメリカで書籍刊行された、私立探偵アルバート・サムスンものの連作中編集で、全4本を収録。雑誌の初出は2011~2014年。

 第二話まで読めば大体わかると思うが、同一人物のエキセントリックな青年が毎回、別の名前を名乗って、のべ4つの事件や案件について相談・依頼にくる。本書に収録された4本の中編は、そういう趣向の連作シリーズ。
 40年以上続くサムスンシリーズの中でも異彩を放つ、シリーズインシリーズの連作中編もの、という趣向になる。
 
 それぞれの事件の中身はかなりシンプルなものもあれば、それなりの意外性を語るものもあるが、大枠としてはスタンダードな私立探偵ものの連作中短編。ある種のトラディッショナルを感じさせるものだろう。
 個人的には、やや長めの第四話(表題作)のなかで、調査のため出先の田舎町でサムスンが古い回転木馬の遊興施設に出会い、思いもよらず内なる情感を刺激されるところなんか、ちょっとイイなあ、と思ったりする。

 サムスンを支える、そして本連作のもうひとりの重要キャラとして、彼の娘で今は若手警官となった愛娘サム(本名マリアンヌ)がそれなりに活躍。巻末の解説によるとサムは長編『A型の女』でデビューというが、評者は言われてみて、そういえばそんな娘(作中ヒロイン)がいたっけな、と思い出した。さすがに数十年前、当時の新刊のポケミスで読んだきりだったので、細かいことはまったく忘れてしまっている(汗)。
 連作4編の半ば~終盤に、主人公サムスンのこれまで語られなかったプライベートな一面が明かされ、その叙述を経て彼の家族たちの関係性に変化があり、ちょっとだけこちらも心に染みる。
 サムスンの本気で真剣なファンを名乗るまでには至らないものの(そういう人はきっと、シリーズのこれまでの主要作を読み返したりしているのだろうな?)、日本に初登場のときからそれなりの親しみを込めて付き合ってきた評者などにも、なかなか嬉しい新作短編集ではあった。

 さて2020年代にはサムスンものの新作は、いつか書かれる日が来るだろうか? それこそ末席のファンのひとりとしては、いつの日にかまた再会の時を願いたい。

 本書の評点は0.5点くらいオマケ。

No.1637 7点 呪い- ボアロー&ナルスジャック 2022/10/26 10:00
(ネタバレなし)
 フランスのヴァンデ地方。愛妻エリアーヌを説得して地方の町に転居し、獣医を営む「私」こと30歳のフランソワ・ローシェルはそれなりに仕事が波に乗り、安定した生活を送っていた。そんなある日、外科医フィリップ・ヴィアルなる中年が来訪。彼の知人で未亡人ミリアン・エレールの飼う牝豹の治療を願いたいという。ローシェルはミリアンの自宅を訪問するが、そこは潮の満ち干によって一日のうち、ある時間だけ島への通路が開通する、特殊な島のような半島のような場所にあった。やがてローシェルは40歳前後の貴婦人めいたミリアンに惹かれていくが。

 1961年のフランス作品。
 評判のいい作品なのでそれなりに期待を込めていたが、なるほど面白かった。
 何といっても最大の賞味ポイントは、この物語の舞台装置である、干潮満潮によって孤島にも半島になるロケーションの妙味だろう。
 海水のイメージで水が満ち引きする、可動式の模型ジオラマとか誰か作ってほしい。

 愛妻エリアーヌ側の日常と不倫相手ミリアンの世界を器用に? 二分していたはずが、次第にその境界線がブレ始めていく、ザワザワした描写の積み重ねが緊張感を誘う。
 ことさらミステリにしなくっても、薄闇色のダークな男女関係のドラマとして、この部分だけで面白い。しかし後半ではちゃんとミステリの枠内に物語が流れ込み、そしてその上できちんと成果を出している。

 ラストの意外性の大枠は読めないこともないが、それをこういうひねった形で出してくるのはなかなか。
 作者コンビの諸作の中でも、かなり結晶感と完成度の高い一編ではあろう。一筋縄ではいかなかった反転の構図が決まっている。
 シンプルなアイデアとストーリーを、作者たちの達者な話術で読ませた側面もあるが、秀作といっていいとは思う。

No.1636 8点 豪球復活- 河合莞爾 2022/10/25 16:35
(ネタバレなし)
 驚異の天才投手と評価されながら、左腕を故障していつのまにか失踪した、プロ球団「東京ティーレックス」の矢神大(27歳)。同チームのブルペンキャッチャーの沢本拓(27歳)は出先のハワイで偶然に、記憶を失っていた矢神を発見し、日本に連れ帰る。過去の自分を失い性格も別人のように変貌していた矢神は、なぜか左腕の故障も完治し、以前にも勝る豪速球を投げられるようになっていた。そんな矢神の球界復帰を親身に支援する沢本。だが矢神たちの前にはいくつもの難事が立ちふさがり、そんななか、矢神は記憶を失う前の自分が残していたと思しい、あるノートを見つけた。そこに書いてある、過去の殺人の事実らしき記述。そしてそんな矢神と沢本の前に、ひとりの男が接近してくる。

 厚い! 一晩で読めるかと思ったが? 正に豪速球のような加速感に突き動かされ、数時間でいっきに読了。
 良い意味での昭和の作りこまれた大衆小説的なストーリーテリングの勢いを感じさせる長編で、その辺はシドニイ・シェルドンのA級作品あたりを思わせる(さらに、コレはホメ言葉として使うが『おそ松くん』(少年サンデー版)の後期中編路線とか、アニメ版『アタック№1』のクライマックスとかを随所で連想した)。
 通俗的な悪役も、胸を打つ感涙シーンも盛りだくさんの激熱の野球小説だが、同時にミステリとしてもいくつかの長所において、とてもよく練られた作品である。最高に面白かった!

 実のところ、あ、作者はここで泣かせに来てるな、と思う所も少なくないのだが(汗)、しかしそんなことを考えながらも、結局は、作中の登場人物たちの心の機微や熱誠に屈して目頭を熱くしてしまう。少なくとも評者にとってはそんな作品でもあった。
 そして重ねて言うが、そんな傍らでミステリ要素(特に広義のホワイダニット)の部分で、唸らされたポイントも相応にある。
(ちなみに過去の殺人事件の被害者とか事件までの経緯があまりにも類型的すぎるのは、個人的にはノーカンである。そういうところで減点する種類の作品ではないと思うし、終盤の沢本の視点で、ある種の相対化もなされているので。)

 現実のプロ野球なんてこれまでの人生で通算1時間も観たことのない評者(野球ものの漫画やアニメ、実写ドラマの、それぞれ出来のいいものなら大好き)だが、最後まで実に面白く読めた。
(読後にTwitterで感想を探ると『方舟』よりも良かった、と言ってる人もいるみたいで、それはそれで大きく頷ける。まあ作品の形質はだいぶ違うとは思うが、満足感はともに大きい内容というのは同感。)

 各誌の今年の国内ベストの上位3に入ることはないだろうけど、10位内には絶対に入ってほしいなあ。『燃える水』も『ジャンヌ』も良かったけれど、この数年の河合作品の安定・好調ぶりは嬉しい。9点に近いこの点数で。

No.1635 5点 宿命と雷雨- 多岐川恭 2022/10/24 08:53
(ネタバレなし)
 交通事故での負傷を原因に大学を中退し、その後は実家の薬局を手伝っていた26歳の青年・坂出伊佐夫は、中堅企業「堀野建設」の中途採用に応募した。彼の入社は叶い、社長で55歳の堀野万治の秘書となる。だがその堀野は、20代半ばの美人予言者・及川泉から、今年の8月中旬に何らかの形で絶命すると予告されて精神の平衡を失いかけていた。坂出は堀野から、預言者・泉の霊感が本物かどうかの調査を命じられ、彼女の故郷である山口県に向かうが。

 アイリッシュやカーター・ディクスンの諸作を思わせる、<霊感で予言された死の運命>を主題にしたミステリ。

 物語の途中で当該の人物、堀野社長か、あるいは読者の裏をかいて別の人物が死亡し、そこからオカルトがらみの論理でしか説明できない不可能犯罪ものとかに転調するのだろうと、途中までは期待していた。
 しかしいつまで経っても……(以下略)。なんじゃこりゃ、とあきれ、若干の欠伸を嚙み殺しながら読み進めていくと、ようやく終盤の方で確かに一応はミステリの枠内に収まる。
 
 妙にひねったクセのある作品で、創元の旧クライム・クラブの諸編あたりの雰囲気でもある。
 良くも悪くも定石を外した分、謎解きミステリとしてはお話の組み立てからしてダメダメになってしまったところもあるが、ちょっとぶっとんだ犯罪の動機はなかなか印象に残る(どっかで読んだような気がしないでもないが)。

 登場人物は全部で40人程度。総数はそんなに多くもないんだけれど、名前のあるキャラの6~7割くらいの人物造形がしっかりなされ、みっちり叙述されているから、妙なほどに濃いめの群像劇に付合ったような軽い疲労感を覚えた。
 まあ面白かった、という言葉通りの作品なので、この評点で。

No.1634 6点 魔物が書いた理屈っぽいラヴレター- 林泰広 2022/10/23 16:28
(ネタバレなし)
「君」こと女性名探偵と、その助手である「僕」は異国で殺人鬼と戦う。死闘の結果、敵の毒で危険な状態となった名探偵に特殊な治療を施すべく、「僕」は日本に連れ帰ろうとする。しかし政情の不安定から帰国は困難。「僕」たちは知り合った篤志の者の協力で、 16世紀からの伝説が残る古城に一時的に身を隠した。だがそこは、数百年の時を経て不死の魔物が棲む場であった。
 
 祝! 復活、『見えない精霊』林泰広の新たな著作三冊目。
 評者はカムバック後の二冊目の作品で長編『オレだけ~』は購入したまま、まだ読んでないので(汗)、これが『精霊』以来の久々の林長編作品となる(まあ『精霊』にしても、評者はリアルタイムで読んだ訳ではなかったが)。

 劇中に実際に魔物が登場。ダークファンタジーものの要素と、この作品世界独自の魔法の法則性を推理のロジックの基盤とし、その双方を読者に突きつける、一種の特殊設定パズラー。

 視認される現象の錯覚性(これはネタバレではなく、中盤で前提となる)なども組み合わせた推理の展開と、その流れに絡み合う事態そのものの意外性の組み合わせの妙は、林泰広、またひとつミステリ作家としての奥行きを広げた、という感がある(二冊目の長編を読んでないで、この物言いはちょっとアレかも・汗)。
 平明な文章、閉鎖空間でのストーリーの進行などもあって、リーダビリティはかなり高いが、一方で実質的な探偵役「僕」の思考は、数世紀前の歴史上の魔物がらみの事態にまで及ぶので、そこら辺がほんのちょっとだけややこしいかも。(まあ新本格パズラーの変化球ものとしては、フツーともいえるか?)
 
 弱点は作者の世界と推理の作りこみは感じるものの、そのため説明が理に落ちすぎて謎解きミステリとしてのカタルシスが希薄になってしまったこと。そういう読み方をしてはいけないのだと思いつつも、これだけ本作固有の魔法のロジックを積み重ねられると、受け手側は最後の方は黙って説明を聞くばかりという感じであった(汗・涙)。
 あと、やや特殊な舞台装置なので、城内(城郭の跡)の見取り図を掲載して欲しかった気も……。

 (中略)なオチを含めて、最後までいっきに読ませて、うなずきながら本を閉じられる感覚はあるが、一方で作者に振り回されたまま終わった印象めいた部分もなくはない。たぶん評価は、そこをどうとるか。

No.1633 6点 悪夢の五日間- フレドリック・ブラウン 2022/10/22 16:28
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの町フェニックス。そこで「ぼく」ことロイド・ジョンソンは、妻エレンの従兄妹であるジョー・シットウェルとともに、株式仲買会社を経営していた。この数ヶ月、町の周囲では謎の犯人による、人妻を狙う営利誘拐事件が続発。最初の被害者の女性は夫が警察の介入を願ったために殺され、かたや二人目の夫婦は犯人の指示通りにしたため、金は奪われたものの、妻は無事に生還した。そんななか、今度はエレンが姿を消し、2万5千ドルを要求するメッセージがある。謎の犯罪者は先の誘拐事件の結果を教訓に、警察に知らせるなと言ってきた。

 1962年のアメリカ作品。
 主人公のロイドはたぶん30代前半。中背なのはともかく、太ってるという描写があり、この手の事件の災禍にあうサスペンスものの主人公にはあまり見られない? その辺の小市民的なキャラ設定がちょっと面白い。
 蟷螂の斧さんのレビューにもあるが、2万5千ドル(ドル固定時代なら日本円で900万円)という身代金を数日内に工面するため、主人公があちこち奔走する図が生々しい。
 そんななか、以前の誘拐事件の関係者とも関わりあい、細かいことはあまり書かない方がいいだろうが、そこからのキャラクター描写なども小説としてなかなか面白い。
 現在の事件、さらには過去の誘拐について、ロイドとごく一部の今回の件を知った者の間で、犯罪の中の意外な仮説を探っていくくだりもあり、意外にミステリ味は芳醇な作品? ともいえるかも。
 でもって、終盤の決着は……もちろん、これもあんまり書かない方がいい。個人的には面白かったが、読者によっては、もしかしたら(以下略)。

 中盤の、愛妻エレンの命を案じての笑えないドタバタ劇からして、どっか赤川次郎の出来のいいときみたいな感じもする一編。まあこれはトータルの評価の良しあしではなく、あくまで作品全体の雰囲気みたいな感触だけど。
 ブラウンのノンシリーズ編としては、中の上か上の下ランクの一冊というところ。評点は、7点にしようか迷う、この数字という感じで。

No.1632 7点 窓辺の愛書家- エリー・グリフィス 2022/10/21 18:08
(ネタバレなし)
 英国のサセックス地方。老人たちが集うコテージ「シービュー・コート」で90歳の老婦人ペギー・スミスが急死した。高齢ながら頭脳も体も健勝で、大のミステリファンでもあった。そんな彼女は複数の作家とも親交があったが、なぜか「殺人コンサルタント」なる物騒な異名を授かっていた。36歳で独身の女性部長刑事ハービンダー・カーは相棒の中年刑事ニールとともに、ペギーの死に事件性を認めて捜査に乗り出す。さらにペギーの介護士だった27歳のウクライナ美人ナタルカ・コリスニクも32歳のボーイフレンド、ベネディクト(ベニー)・コール、そして年長(80歳)の友人である紳士エドウィン・フッィッツジェラルドとともに、アマチュア探偵チームとして事件を調べるが。

 2020年の英国作品。
 両親がインド生まれの英国二世である女性刑事ハービンダーを主人公とするシリーズの第二弾。

 前作『見知らぬ人』は、日本のミステリファンの間でも評価が割れて、本サイトではやや評価は低め? かくいう評者なども高評の方を先に目にして期待して読んで、なんだこんなものか、ではあった(……)。
 そういう意味では今回はその逆パターンで、あのエリー・グリフィスの次の作品か、ま、読んでおくか、ぐらいだったのだ。
 で、結局、その低い期待値がかえって功を奏したせいか、かなり面白かった(笑)。

 キャラクターにしてもハービンダーの個性や素性が着実に深掘りされる一方で、もうひとつの主人公チームといえるアマチュア探偵団がしっかりと活躍。
 訳ありで英国にやってきた美人ナタルカに対し、まるで高校生みたいな純情な思いを寄せる童貞青年ベネディクトも、元BBC局員で20世紀から同性愛者だった老紳士エドウィンも非常に好キャラで、彼らといっしょに事件や物語の流れに関わっていくのがとても楽しかった。
(素直に恋愛模様を応援したくなった作中の男女としては、このベネディクトとナタルカが、今年の海外ミステリ中でも上位にくると思う。)シリーズ次作以降でもまた、現代のトミイとタペンス的な彼らの再登場と活躍を期待したいところ。

 ミステリとしては例によって、やや長すぎるんじゃない? というところも無きにしも非ず。
 だが、出版界にからむ多様な登場人物の出し入れが自在で場面場面の細かい動きも多いので、意外に退屈はしない。
 <意外な真犯人>に関しては、個人的には前作と違った意味でやや強引さを感じたが、ここが伏線でした、ここに手掛かりがあった、と真相発覚後にアピールしてくるし、まあ良しとしよう。
 いずれにしろ、それなりに楽しめそうなシリーズに今作で大きくシフトした。
 評点は0,5点くらいオマケ。

No.1631 5点 古書狩り- 横田順彌 2022/10/19 21:07
(ネタバレなし)
 幅広い作風のSF作家にして、さらに旧作国産SF(的作品)紹介の名著『日本SFこてん古典』(評者はつまみ食いでしか読んでないが)の執筆刊行や、明治からの野球史の研究などでも知られ、それらの活動にあわせて古書の世界にも造詣の深かった作者による、古書の収集をテーマにした連作短編集。1990~93年の「月刊小説」に掲載された全10本の短編が収められている。

 たぶん家人(今は他界した)が買ったハードカバーの元版、その最初の2~3本だけを以前に読んで、あとは長年放り出していたが、ちょっと前から本の所在に気づいて、日々の行動の隙間を埋める時間(獣医の待合室での待ち時間とか、旧型のセカンドPCの立ち上げ時間とか)に少しずつ読み始め(最初から読み直し)、二週間ほどで読了した。

 共通テーマの連作ものの短編集で、設定も登場人物も完全にバラバラ。日常の謎ミステリ風のものから、素朴なSF短編、ホラー編、古書がらみのちょっといい話風のものまで、相応にバラエティ感のある作品が並んでいる。
 SFやホラー系は、よくない意味で60~70年代でも読めたような、悪く言えばありきたりの作品が多いが、語り口の軽妙さと古書界のトリヴィアへの興味で、まあ形にはなっている。ただし今の新人作家が、短編小説新人賞に応募してこんなのを書いたら、確実に一次審査で落ちるようなもの。
 結局、表題作の日常の謎ミステリ風の「古書狩り」(なぜその老人は、いやいやそうに、何年も同じ本を買い続けるのか?)の真相がいちばん、なるほどね、という説得力があって面白かった。昭和中盤までの出版文化にも目が向く、佳作の小編。

 作者にしても余戯(こんな言葉あるかな?)的に書いた連作ではあろうし、悪い意味ではなく、時間潰しとしては手ごろな一冊ではあった。

No.1630 6点 競争の番人- 新川帆立 2022/10/18 16:01
(ネタバレなし)
 父親と同じ警察官を目指しながら、やんごとなき事情からその道を断念。現在は公正取引委員会の一員として働く29歳の女性・白熊楓。彼女はプライベートでは、フィアンセである大学時代の空手部の先輩で刑事の徹也との微妙な関係に気をもんでいた。そんな彼女の扱った案件の中で、内部情報を提供してくれた男性が自殺する悲劇が発生。傷心の白熊だが、彼女の前に新たな案件が発生し、一方で職場は27歳のヤングエリート係長・小勝負勉を仲間に迎えるが。

 昨年の処女長編で話題作、早くもテレビドラマ化もされた『元彼の遺言状』。その作者、新川帆立による新シリーズの第一弾。こちらも早くもドラマ化され、さらに数ヶ月を経て続編も刊行されている。

 精力的に著作を上梓する活躍ぶりと、帰国子女で東大出の弁護士(今は作家専業)、まだアラサー、でももともと少女時代から小説家を志望していたという作者。その勇名は、黙っていてもなんとなくウワサで聞こえてきていたが、評者が実作を読むのはこれが初めて。
 社会のあちこちに潜む不正を取り締まる立場にはあるが、基本はあくまで一般的な役所の範疇にあり、同じ公務員でも警察や厚生省・麻薬取締官のような捜査権限を持たない組織・公正取引委員会の奮戦と苦闘をリアルに描く職場もののミステリ。
 法規と組織のシステム上、どうしても巨悪に対して強い立場に出られない一面もあり、それだけに悪事の立証に関しては独自の密な調査と戦略を要されるようで、そこも大きな楽しみどころ。
 一方で主人公である白熊の婚約者や家族との、そして新任のバディともなるもうひとりの(準)主人公格・小勝負との距離感も、ストーリーのポイントとなる。

 ミステリ要素は、全体に浅く、時に要所を抑えて広めに散りばめられた感じだが、いかにも才女が書いた器用な作品という印象で登場人物の配置が絶妙。文字通り、当人の立場や善性悪性を二転三転させる複数のキャラクターはなかなか印象的な造形だ。
(一方で、一部の登場人物をこの上なく割り切って物語の駒として使う作劇に、良くも悪くもドライな作風を感じたりもしたが、これ自体はまあ……。)
 なお当然のごとく、現実の社会のなかでの職業全般についてのモラリティのありようにも目が向けられ、作者は規範と理想を謳いながらも、一方で柔軟な考え方も見せている。この辺もまあ、なんというか良くも悪くも敵を作らないように計算されている印象だ。

 ひと晩、フツーに楽しめたが、やはり良くも悪くも、今風の優等生的なエンターテインメントという触感も強い一冊。
 シリーズの今後も読めば相応に楽しめそうな期待値はあるが、一方でほかにもっと面白そうな作品や話題作が、同時期または自分の周辺にあれば、そっちを優先しちゃうような感じと言うか。 

No.1629 6点 風のない日々- 野口冨士男 2022/10/17 15:47
(ネタバレなし)
 昭和の初め。東京の大塚に在住する銀行員で、31歳の鈴村秀夫。彼は実の両親に遺棄され、一方で育ての親とその家族・縁者から相応の愛情を受けて育った身だった。職場では外回りの得意先係を担当し、薄給ながら堅実で平穏な日々を送る秀夫。秀夫は数年前に恋人・須川チヨノという娘と内縁の夫婦になったが、チヨノ側の事情で好き合いながらも別れる。そんな秀夫は今、親しい義兄の仕事関係の相手の長女で8歳年下の守田光子を、本妻に迎えた。そして……。

 毎日芸術賞、読売文学賞、川端康成文学賞、日本芸術院賞、菊池寛賞など複数の文学賞を受賞、晩年には日本文藝家協会理事長も担当した文学者・野口冨士男(のぐち ふじお、1911~1993年)による、広義の犯罪ミステリ長編小説。
 昨年(2021年)、本長編が中公文庫に収録。それも短編『少女』との併録の上、「野口冨士男犯罪小説集~風のない日々/少女」という書名での刊行だったので「犯罪小説」? という肩書に興味を惹かれて読んでみる。
 ちなみに評者が読んだのは、図書館の蔵書(閉架中の書庫)から借り出した元版のハードカバー。一段組の本文が200ページ弱という短めの作品ながら、れっきとした一本の長編。もとは雑誌「文學界」の1980年の号に、八カ月にわたって連載された作品の書籍化だったようである。

 冒頭は、サワリとして本当に少しだけ見せられる、秀夫と光子の毎日の生活の描写から開幕。
 以降は、明治時代の末に芸者のラブ・チャイルドとして誕生したのち実母に遺棄され、人の好い養母とその娘である姉妹からの慈愛を受け、さらにはその義理の姉たちの夫(二人の義兄)からも後見を得て、ソツのない一人前の社会人となる、主人公・秀夫の半生が語られる。
 出自のやや特異さをさっぴけば、基本的にはどこにでもいそうな平凡な人間の軌跡の素描の積み重ねで、そんな彼の人生に異星として介入する二人の女性との逸話の累積で、ほぼ全編が語られる。
 
 読み手が気になりそうなことはとにかく作者の方で先に気をまわして語ってくれる、そんな粘着質ともいえる小説の作り方だが、一方で文章はドライでその分、リズミカルに読みやすい。
 一番近い作風で言えばやはりシムノンのノンシリーズ編あたりだろうが、主人公を軸に登場人物たちにフォーカスを合わせながら、特にドラマチックでもない事象までも日常描写として積み重ねていくその感覚は、どこかそのシムノンの諸作に似て非なるものも感じさせた。この辺はなかなか言葉にしにくい。

 ラストの衝撃的なような、あるいはそういう事態になったのがなんとなく腑に落ちるようなクロージングは、なるほどとにもかくにも鮮烈で印象的なもの。
 ちなみに読後にインターネットなどでの感想を拾うと、ラストの数行に深い意味を求めている人も、さほどの感興も覚えていない人もいるようで、その辺の読み手の受け取り方の差異は自分の感覚も踏まえて面白い。
 もしかしたら作者は、某欧米作家の某連作短編集のなかの変化球的な一編、あのラストに似たものを狙ったのかもしれないが(よし、この書き方なら、双方のネタバレにはならないだろう)。
 
 実は本作は実話をもとに書かれた作品だったそうだが、1980年前後の時勢から半世紀以上前の東京の風俗を仔細に覗く面白さもあり、その辺も味わい深い。ダンス芸者なんて風俗商売、初めて知った。

 心のなかのどこかにしまっておけば、いつか何らかの機会にまた違った趣も自然に浮き上がってきそうな作品。
 評点はとりあえず、このくらいで。悪い数字としてではない。

No.1628 8点 方舟- 夕木春央 2022/10/16 15:35
(ネタバレなし)
 予想をはるかに超えたリーダビリティで、あっという間に読了。
 シチュエーションの求心力もあって、作者のこれまでの長編のなかでは最も早く読み終えた。

 なんも言わない方がいい作品だと思うが、あえてそれでもネタバレにならないように書かせてもらうなら、この閉鎖空間・危機的状況のなかでこの大設定を成立させる細かい文芸そのものも、よく考えてあつらえたものだと、まっこと感服した。
 
 あと、某登場人物の(中略)には、唖然として呆然。

 みなさんおっしゃる帯のネタバレ? に関しては回避。読了してから、ああ……と思う。
(これも120%ネタバレにはならないと思うが、インパクトの方向性では、某・海外ミステリの長編を想起した。)
 ちなみにかの当該人物の心情吐露には、とても共感。(中略)を考えず、首肯したい。

 存分に練られた優秀作で、先にちょっと書いた部分で、こんな(中略)と思わないでもないが、そこはまあとんがったエンターテインメント&フィクションということで了解。

 あちこちの今年の新作ベストで上位に入るのは確実であろうが、最上位ベスト3くらいの範疇になるか、4~10位あたりのどこら辺に落ち着くか、その辺の世間の評価が、今からなかなか気になる。

No.1627 8点 スクイズ・プレー- ポール・ベンジャミン 2022/10/15 17:16
(ネタバレなし)
「わたし」こと33歳のマックス・クラインは、ニューヨークの私立探偵。そんなクラインのもとに、コロンビア大学時代の学友で弁護士のブライアン(チップ)・コンディニを介して仕事の依頼がある。依頼人はかつてメジャーリーガーの大人気選手だったが、5年前に交通事故で左脚を失った、やはり33歳のジョージ・チャップマンだ。チャップマンは今は別の分野で活躍し、政界入りも考えている最中だが、そんな彼のもとに怪しげな匿名の脅迫状が舞い込んだ。クラインは調査に乗り出すが、やがて彼の前に、事件から手を引くようにと脅しにきた荒事師が登場。そして予期せぬ死体が転がり始める。

 1982年のアメリカ作品。
 日本でも大人気のアメリカ作家ポール・オースターがこの筆名で書いた、実作上の処女長編らしい。本国ではペーパーバックオリジナルで刊行された、直球・剛速球のハードボイルド私立探偵ミステリである。
 恥ずかしながら評者はオースター名義の作品は、これまで気になったものはいくつかあったものの、まったく未読。本作に関してはあくまで、正統派のハードボイルド私立探偵小説でミステリらしいという興味から読んだ。

 怪文書の調査に始まる事件の開幕、本音の見えきれない依頼人、社会階層の弱者の事件関係者、暗黒街の大物、ファム・ファタール、裏のありそうな文化人、遠慮のない荒事師、銃撃戦、窮地からの脱出、微妙な距離感の警察関係者……と、私立探偵小説のスタンダードなメニューをてんこ盛りにした内容はサービス満点。
 そしてそれらのファクターのいくつか(かなり多め)には、定石を踏まえながらも作者なりの「もう一歩の踏み込み」が感じられる仕上がりで、非常に出来が良い。
 さらにユダヤ系の主人公クライン自身も離婚した元妻で音楽教師のキャシーと、彼女に養育権を預けた9歳になる息子リッチーを間に挟んで今なおなんともいえない距離感で愛し合っており、その案件の成り行きも読み手の関心を誘い、そして(後略)。

 終盤に明らかになる意外な真相、犯人に関しても、当時の新作ミステリとして面白い文芸アイデアが導入されており、そして真実の判明と同時に、主要人物の肖像が何とも言い難い味わいで深化していく感触もとても良い。
(手がかり、伏線に関してはやや強引な部分もある気もするが、そこは<この趣向>の上でギリギリだった感もあり、少なくとも評者はそれでけなす気にはならなかった。)

 かなりの満足度でほぼ一気読みしたのち、Twitterなどで先に読んだ人たちの本作の感想を漁ると、大半の人がオースター名義の代表作と比較してあれこれ言っていて、門外漢の当方としては苦笑。
 なかには、一応は本作の面白さを認めながらも、作者がこのベンジャミン名義での路線を続けずに、オースター名義の諸作の方に行ってくれてよかったと言っているヒトなどもいて、ああ、そうでっか、それはそれは、という現在の感じ(笑)。
 その見識の真偽? のホドは、いずれ自分でいつか縁があったオースター名義の作品を読んでみて、確認してみようかとも思う。

 とにもかくにも単発で一作で終わってしまったらしい、クライン主人公の私立探偵小説だが、本作一冊で出しきった燃焼感は高いものの、その気になればまだシリーズも続けられそうだったはずで、その辺はシンプルにすごく残念。
 
 ちなみに本書の解説はおなじみの池上冬樹。本作の原書刊行時に英語でこの作品を読み、当時のミステリマガジンに海外の話題作レビューを書いていた縁で呼ばれたらしい。ほぼ40年経って池上を召喚した編集者の方も驚異的な知見で機動力だが、最近の新潮文庫の海外作品のセレクトは元ミステリマガジンの編集長だという先日のウワサを思い起こして納得する。よきかな、よきかな。

No.1626 6点 捜査線上の夕映え- 有栖川有栖 2022/10/12 11:39
(ネタバレなし)
 新本格の雄の一角である作者だが、評者は2015年の『鍵の掛かった男』以降の「作家アリス&火村シリーズ」をリアルタイムで読むばっかり。
 当然ながらシリーズの大枠も作品世界や登場人物たちの基礎知識も疎いので、こういうセミレギュラーの過去にからむ事件(らしい)だと、急に居心地が悪くなる。いや、たぶんこれはこっちが悪いのだが(汗)。

 とは言いつつ、ああ、謎解きパズラーというより小説的な魅力で読ませる作品だな、という実感も多めな一冊。
 でもって作者ご自身があとがきで、本作は一見さんでも楽しめます、といくらいっても、当該のセミレギュラーキャラにほとんど思い入れのない評者など、田舎の遠縁の家にいって、面識のさほどない親戚の活躍ぶりを聞かされた気分。
(一方で、小説の作りがスナオすぎるものだがら、んー、この人がゆくゆくは物語の中盤か後半からキーパーソンになるな、とすぐに察しがついてしまう。)
 こういうの(レギュラーキャラの深掘り作劇)に、昔からのファンでもない者が文句をつける筋合いはないが、かたや、さすがに自分のような読者が、十全に楽しめたとはいいがたい。

 結構大きな情報や手掛かりの提示も後半の遅めだし、謎解き作品としてはあまりいい点はあげられないでしょう。
 動機に関しては、ああ、そんなものですか、という感じであった。よくも悪くも。

No.1625 6点 九龍城の殺人- 月原渉 2022/10/10 17:40
(ネタバレなし)
 1980年代の香港。「わたし」こと18歳の娘・新垣風(あらがき ふう)は、母の訃報を知らせるため祖母がいるこの地に来た。風を迎えに来たのは又従姉妹でインド系の香港人シャクティ・サマンサだ。シャクティは同い年の風をフーと呼び、すぐに密な関係になるが、一方で肝心のフーの祖母・雪麗(シェリー)との対面はいささか複雑なものだった。シャクティもシェリーも香港の女系暗黒組織「風姫(フェンジェン)」の一員で、特にシェリーはその組織の長だったのである。やがてフーはシャクティの仲介で、弱者のために「聖女」として尽くすやはり18歳の美少女・紅花(ホンファ)と対面。ある相談事を受ける。そしてそんな彼女たちを待っていたのは、男子禁制の空間での奇妙な密室殺人? だった。

 シズカシリーズと同じ新潮文庫からの書き下ろしで、題名だけ最初に知った時はメイド探偵、海を渡る、の巻かと予想したが、まるで違った。主人公は一人称の語り手を務める、大陸系のハーフである日本人娘のフーで、メインキャラは彼女をふくむ若い娘の美少女トリオ。ほかにも味のあるサブキャラが何人か登場する。

 正直、事件の真相の一番の大ネタは見え見えで、だったらこれしかないだろ、と思ったらズバリ当たった。とはいえその前後にもサプライズや仕掛けはいくつも設けられ、自分が当てた部分だけを自己採点するなら100点満点で60点程度の得点か(あ、これは本書の採点ではなく、読み手の自分の方の採点である~どうでもよいが・汗&笑)。
 たしかにミステリ要素の中技小技、そして種々の小説的な旨味(うまみ)で稼いだ種類の一作という印象。

 後半の主舞台となる九龍島の閉鎖空間「城」の中でのストーリーが、1980年代時点(英国からの香港返還の少し前)での現代のおとぎ話みたいに語られる趣もあり、そういう意味で一風変わった新本格パズラー。良くも悪くも百合要素でキャッキャウフフの作品でもある。
 某・男性キャラの終盤に明かされる素性と、それに関連したさりげない伏線が、なかなか効果的でもあった。

 これはこれで良かったが、次はまた、シズカシリーズの新作をお願いします。

No.1624 6点 狂った殺意- ロバート・M・コーツ 2022/10/09 15:34
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦直後のニューヨーク。28歳のアマチュア詩人リチャード・バウリイは、41歳の女店主ジェニイ・カーモディの書店で働く。そんなリチャードは流行らない骨董商を営む50歳前後の未亡人フロレンス・ハケットと、その妙齢の娘ルイザとエリナ、そんな女性三人の一家と親しくなった。ハケット家はフロレンスの稼ぎが不順で、脇役の役柄が多い美人女優ルイザの稼ぎに生活費を依存している。ルイザは家族の輪に不躾に入り込んできたリチャードに多少の警戒感を抱くが、それでもリチャード当人は積極的にハケット家に出入り。リチャードは、その夏、郊外で家族で避暑バカンスを過ごしたいというフロレンスのために、格安の別荘ウィステリア荘を世話した。そして、惨劇が起きる。

 1948年のアメリカ作品。
 作者は「ニューヨーカー」などに美術評などを寄せる文筆家として有名な人物らしいが、本作はその長編小説の第4作。

 本作は、かのハワード・ヘイクラフトのオールタイムミステリ名作表の戦後増補分(EQやバウチャーなどが選定に協力)に選ばれた作品のひとつである。
(他の追加作品は『フランチャイズ事件』(テイ)『墓場への闖入者』(フォークナー)『断崖』(エリン)など。)
 この事実に興味を惹かれて読んでみる。
 
 なお本作はポケミス686番。やがて来るスパイ小説大ブームの波を前に、007やら87分署やらカーター・ブラウンやらおなじみの昭和海外作品勢の熱気で、国内のミステリ界隈もそういった形で活気づく時期の一冊だが、今ではひっそりと忘れられている。
(21世紀のインターネットの記事などでは、小森収が本書について独特の見識を語っているが、それ以外にはあまりミステリファンの感想なども見当たらない?)
 その辺の現実も、さてどんな作品だろう? 読んでみるかと評者の背中を押す一因になった。

 内容は、前述の小森評で『異邦人』(カミュ)との比較がなされ、一方でリアルタイム時の小林信彦の書評「地獄の黙示録」などではハイブロウで退屈な犯罪を描くもの、と語っており、その辺から推して知るべし。
 主人公リチャードは決して女系一家を狙うサイコキラーなどではなく、今風に言えば発達障害めいたところのある、一応は普通の? 青年。ただしその精神には常にどこか危ういところがあり、大半の読者(もちろん評者もふくめて)はたぶん、絶えず読み手と彼との距離感を問われる、ザワザワした気分を味合わされることになる。
 途中まではうっすらとサイコスリラーの要素がある普通小説という感じ。このへんで、たぶんマーガレット・ミラーのようにどこかでミステリっぽく転調することもなく、シムノンの多くのノンシリーズもののように広義のミステリで広義のノベルに含まれる種類の作品に帰結するのだろうな、という観測ができる。

 小林信彦のいう「退屈」というのも分からなくもない。が、中盤、避暑地ウィステリア荘へハケット一家とともについていったリチャードが現地で、社交的なルイザのボーイフレンドのひとりと出会い、社交辞令的に「僕もニューヨーカーなのでそのうち遊びに来てください」と言われたら、空気も読まずに本当にいきなり向こうの就業中に押しかけ、先方を戸惑わせながらも応対してもらうシーンなど、なかなかリアルで怖い。
 SNSをふくむネットの普及などもふまえて、他人との距離感のとり方がややこしく面倒になっている21世紀の現在、こういう叙述を読むと改めてかなりの普遍性を感じる。

 なお原題はズバリ「ウィステリア荘」で、これはある意味で、リチャードの精神を崩壊させるひとつの力の場になった別荘を、本作のストーリーの象徴としたタイトリング。

 7点をつける気はないが、ある種の充実感を覚えてこの評点。
 まあ前述のようなミステリ文学史的な「名作」であることも踏まえて、読んでおいて良かったとは思う。

No.1623 8点 此の世の果ての殺人- 荒木あかね 2022/10/08 06:16
(ネタバレなし・途中まで)
 主要キャラクターの魅力、ストーリーの転がし方、印象的で胸に残るシーンの続出、小出しに明かされる謎の真相、そして何より(おっさんがこれを言うのはヒジョーに気恥ずかしいが・汗)あまりにも堂々たる、極限状況の中での人間賛歌! 
 一方で人間の心の闇や弱さにも目を向けながら、その陰鬱さをある種のカタルシスで砕くため、主人公の一方、イサガワ先生のキャラクター設定を存分に機能させている。
 そんなキャラクターの配置ぶり&作劇のバランス感覚もとても素晴らしい。イサガワ先生はブルース・ウェインの変種だね。

 帯が見えない読み方をしていたので、読了後に、作者がまだ23歳だということを初めて知ってぶっとんだ!!

 弱点はどうしても、割と早めに犯人の推察がついちゃうこと(だってね……)。

 しかしソコを差っ引いても、とても読みごたえのある良作。
 今年の収穫のひとつとしたい。


 



(以下、ミステリ要素とは関係ない部分でややネタバレ。)

 文生さんや選考者の方々もおっしゃる&言ってるとおり、正にこの10年の間に<終末・地球最後の危機の中での犯人捜し>ものをいくつも、東西の新作ミステリのなかで読んできた。しかしこんなのが5冊も10冊も続々と書かれるのなら、タマに一本ぐらいは、最後にいきなりなんの前振りもなく唐突に外宇宙から光の国の巨人が太陽系に飛来して、地球に激突する小惑星を一瞬でぶっとばして人類を救うオチで終わるデウス・エクス・マキナ作品を読みたいとホンキで思う(汗・笑)。
 ええじゃないか、ええじゃないか、どうせフィクションなんだし。
 エピローグ部分までに、ミステリとしてのタスクを必要十分に消化しておけば、誰も文句は言わんだろ。

 まあいつかこの手の作品の過剰供給のなかで、そーゆーモンも出てくるだろうとは思っているけれど(そうか?)。
 たぶん、最初にやった人はずっとエバれるぞ。

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