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風のない日々
野口冨士男 出版月: 1981年04月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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文藝春秋
1981年04月

文藝春秋
1981年04月

小学館
1988年10月

河出書房新社
1991年07月

中央公論新社
2021年10月

No.1 6点 人並由真 2022/10/17 15:47
(ネタバレなし)
 昭和の初め。東京の大塚に在住する銀行員で、31歳の鈴村秀夫。彼は実の両親に遺棄され、一方で育ての親とその家族・縁者から相応の愛情を受けて育った身だった。職場では外回りの得意先係を担当し、薄給ながら堅実で平穏な日々を送る秀夫。秀夫は数年前に恋人・須川チヨノという娘と内縁の夫婦になったが、チヨノ側の事情で好き合いながらも別れる。そんな秀夫は今、親しい義兄の仕事関係の相手の長女で8歳年下の守田光子を、本妻に迎えた。そして……。

 毎日芸術賞、読売文学賞、川端康成文学賞、日本芸術院賞、菊池寛賞など複数の文学賞を受賞、晩年には日本文藝家協会理事長も担当した文学者・野口冨士男(のぐち ふじお、1911~1993年)による、広義の犯罪ミステリ長編小説。
 昨年(2021年)、本長編が中公文庫に収録。それも短編『少女』との併録の上、「野口冨士男犯罪小説集~風のない日々/少女」という書名での刊行だったので「犯罪小説」? という肩書に興味を惹かれて読んでみる。
 ちなみに評者が読んだのは、図書館の蔵書(閉架中の書庫)から借り出した元版のハードカバー。一段組の本文が200ページ弱という短めの作品ながら、れっきとした一本の長編。もとは雑誌「文學界」の1980年の号に、八カ月にわたって連載された作品の書籍化だったようである。

 冒頭は、サワリとして本当に少しだけ見せられる、秀夫と光子の毎日の生活の描写から開幕。
 以降は、明治時代の末に芸者のラブ・チャイルドとして誕生したのち実母に遺棄され、人の好い養母とその娘である姉妹からの慈愛を受け、さらにはその義理の姉たちの夫(二人の義兄)からも後見を得て、ソツのない一人前の社会人となる、主人公・秀夫の半生が語られる。
 出自のやや特異さをさっぴけば、基本的にはどこにでもいそうな平凡な人間の軌跡の素描の積み重ねで、そんな彼の人生に異星として介入する二人の女性との逸話の累積で、ほぼ全編が語られる。
 
 読み手が気になりそうなことはとにかく作者の方で先に気をまわして語ってくれる、そんな粘着質ともいえる小説の作り方だが、一方で文章はドライでその分、リズミカルに読みやすい。
 一番近い作風で言えばやはりシムノンのノンシリーズ編あたりだろうが、主人公を軸に登場人物たちにフォーカスを合わせながら、特にドラマチックでもない事象までも日常描写として積み重ねていくその感覚は、どこかそのシムノンの諸作に似て非なるものも感じさせた。この辺はなかなか言葉にしにくい。

 ラストの衝撃的なような、あるいはそういう事態になったのがなんとなく腑に落ちるようなクロージングは、なるほどとにもかくにも鮮烈で印象的なもの。
 ちなみに読後にインターネットなどでの感想を拾うと、ラストの数行に深い意味を求めている人も、さほどの感興も覚えていない人もいるようで、その辺の読み手の受け取り方の差異は自分の感覚も踏まえて面白い。
 もしかしたら作者は、某欧米作家の某連作短編集のなかの変化球的な一編、あのラストに似たものを狙ったのかもしれないが(よし、この書き方なら、双方のネタバレにはならないだろう)。
 
 実は本作は実話をもとに書かれた作品だったそうだが、1980年前後の時勢から半世紀以上前の東京の風俗を仔細に覗く面白さもあり、その辺も味わい深い。ダンス芸者なんて風俗商売、初めて知った。

 心のなかのどこかにしまっておけば、いつか何らかの機会にまた違った趣も自然に浮き上がってきそうな作品。
 評点はとりあえず、このくらいで。悪い数字としてではない。


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野口冨士男
1981年04月
風のない日々
平均:6.00 / 書評数:1