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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2217件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.117 5点 盗まれた指- S=A・ステーマン 2017/01/29 13:59
(ネタバレなし)
 勤務先の社長の息子を袖にして馘首された23歳の娘クレールは、ブリュッセルの古城トランブル城に引っ越してきた。両親と死別したクレールを迎え入れた城主は、彼女の伯父で寡夫のアンリ・ド・シャンクレイ。14世紀以前からの歴史を刻む城には再婚した城主が不幸に見舞われる伝説があるらしく、アンリはそれを気にしていた。クレールは有能な美貌の家政婦ガブリエル・レイモンと親しくなるが、そんなガブリエルの周囲で怪しい人物がうろつき、やがてガブリエルはクレールに、アンリについて意外な事実を語る。そんななか、クレールはドラマチックな出会いをした青年ジャン・アルマンタンと恋に落ちるが、その彼女が眼にしたのは、城の中の死体! しかも殺人事件が確定した被害者の左手からは小指が切断されていた!

 あー…パズラーとしても小説としても二流。カーの中期作を思わせる昭和の少女漫画風のロマンスや、随所のいかにも思わせぶりなミステリ的なフックはケレン味に富んでいるものの、最後まで読むと後者の興味なんかは『マネキン人形殺害事件』同様の、ポカーンとした印象に転じていく。せめてヴィクトリア・ホルト並みの筆力があってもう2~3割ほど紙幅を増やせたなら、少なくともゴシックロマン的なワクワク感はもっと醸し出せたんじゃないかしら。
 ああそうですか、で終わる指切断の謎解きや、冒頭からの思わせぶりな駅長の伏線のくだりなんか、別の意味ですごいね。殺人事件の<意外な真相>も察しがつく。

 とはいえステーマンというのはこういう作家だというのも、すでにある程度分かっているから、そんなに怒る気にもならない。探偵役のマレイズ(他の訳書ではマレーズ表記もあり)警部は、クロフツのフレンチ警部をさらにカリカチュアした感じの善良な人だしね。まあ数年に一冊くらいずつはこれからも未訳作を発掘してほしい作家であります。

No.116 6点 800年後に会いにいく- 河合莞爾 2017/01/29 07:41
(ネタバレなし)
 2027年のクリスマスシーズン。三流大学の四年生で就職の当てもない貧乏学生・飛田旅人(とびたたびと)は、一枚のチラシを手に奇妙な会社「エターナル・ライフ」を訪ねた。同社は企業用のITセキュリティを行うベンチャー会社で、旅人は奇矯な社長・エンゼル空野と、旅人と同年代の美人天才プログラマー・菜野マリアのもとでアルバイトとして働くことになる。新作ソフト開発を補助する雑用を指示された旅人は、同じ職場で顔を合わせるマリアに次第に惹かれていくが、ある日彼は、そのマリアに恋人がいるのを知る。そんな中、クリスマスイヴに会社でデータ視認のため留守番をしていた旅人は、800年後の世界の少女メイからの、救済を求める動画データを受け取った…。

 21世紀の近未来SF枠内で書かれたジャック・フィニィ調の<時を超える恋愛譚>の中に、作中の現実を脅かす反原発派の過激テロリズムの緊張劇がからみ、それで旅人のメイとマリアへの想いも含めて物語はどこへ行くのか…で、これは……などなどと思いながら読んでいると、後半~終盤はうーむ、あらら……と唸らされた。

 原稿用紙で700枚弱(そう奥付に記載)とやや長めの作品だが、名前の設定された主要登場人物はわずかひとけた。平明でリズミカルな文体も心地よく、ほとんど一気に読み終えられた。21世紀の側のキャラクターシフトがちょっとだけ図式的な印象はあったが、そんな不満を補ってとても気持ち良い後味で本を閉じられる。広義のSFミステリの、そしてユールタイド・ラブストーリーの秀作。 

No.115 6点 駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険- レジナルド・ライト・カウフマン 2017/01/28 09:45
(ネタバレなし)
 時は1893年の米国。ニューヨークの探偵事務所に勤務する「私」こと、二十代前半の聡明で可愛い女流探偵フランシス・ベアード。フランシスは相応の経験を積む若手探偵だが、先日のとある失敗から解雇される危機に瀕していた。そんな中、名誉挽回のチャンスとして、事務所所長のジョン・ワトキンス・シニアは最後のチャンスを与える。それは引退した企業家ジェイムズ・J・デニーンが、彼の息子ジェイムズ・デニーン・ジュニアの婚礼の場で、家宝のダイヤモンドを披露するので、その護衛に当たれというものだった。自分に色目を使う同僚のアンブローズ・ケンプを相棒としてデニーン家に赴くフランシスだが、その夜、ダイヤモンドはややこしい経緯の中で盗難に遭い、さらに思わぬ殺人事件までが発生する。事件の関係者のひとりに一目ぼれしてしまったフランシスは、私情も込めて本件の調査を続けるが…。

 1906年に原書が刊行されたクラシックだが、相応の知性と行動力を具えながら同時にいわゆる恋愛脳でもある主人公が妙に現代的な快作。事件のなりゆきや捜査の進展に自分の恋愛上の都合をからませ、<もしもあの人物が犯人ならば、なんだかんだで私の恋はうまくいくのに>という理想を推理の一つのたたき台に持ってくるあたりなど、かの『トレント最後の事件』(1913年)以前の作品としてかなり破格の一冊だったのではないか。
 関係者のタイムテーブルを整理して事件の真相を探るくだりや、複数の容疑者に疑惑の目を向けて検証していく流れは正当なパズラーだが、終盤で大きな手掛かりをやや後出しにしたのだけはちょっと残念。それでもnukkamさんのおっしゃる通り、刊行された時代を考えればよく出来ている一冊だと思える。
(とまれこの最後の意外性の部分、最近翻訳された後年の海外ミステリでもほぼまったく同様なアイデアなのを読んだね。たぶん偶然の一致だろうけど。)

 なお翻訳の平山雄一は、作品のモダンな感覚を鑑みて恣意的にラノベ風の軽快な読みやすい文体で翻訳したというが、これは本書の場合良い演出だったと思う。物語そのものの動きの多さと相乗して、全体的に活力にある一冊に仕上がっており、その分リーダビリティも高い。続編は作品の傾向が変わるみたいだけど、キャラクターに魅力はあるから、そっちもできれば読んでみたい気がする。

 ちなみに本書は、作者のカウフマンが実在の女性探偵の談話を聞き、その主人公にドキュメントフィクション上の仮名(それがフランシス・ベアード)を与えて小説化した一冊、という体裁をとっている。平山氏は、作者が探偵の事件簿を聞き書きするというこのスタイルを横溝正史やルブランになぞらえており、それでももちろんいいんだけど、むしろ今回はヴァン・ダインの先駆だよね。向こうもファイロ・ヴァンスはあくまで小説内の仮名で、実在人物の本名は別にある、という設定だったし。

No.114 6点 その雪と血を- ジョー・ネスボ 2017/01/23 18:05
(ネタバレなし)
 1977年12月のノルウェーのオスロ。「おれ」ことオーラヴ・ヨハンセンは、地元の麻薬売人の大物ダニエル・ホフマンと契約した「始末屋」(殺し屋)として4年目の冬を迎えていた。オーラヴは女に惚れっぽいという自覚があり、最近も、耳と口の不自由な娘マリアが、ジャンキーの彼氏の借金のカタに売春を強要されかける現場を認め、衝動的にその危機を救っていた。そんな近況のオーラヴのもとに、ホフマンから、彼の妻コリナを始末しろという指示がある。オーラヴが下準備としてコリナを見張ると美貌の彼女には若い年下の不倫相手がおり、しかもその男はコリナを虐待、折檻しながら相手を抱く趣味のようだった。コリナに情を抱いたオーラヴは自分の考えで、ホフマンから依頼された今回の件に決着をつけようとするが…。

 2016年のポケミス新刊で、原書は2015年の刊行。ネスボ作品は初めてだが、今年度の「このミス」やwebで話題になっていたので読んでみた。それでたまたま実際の翻訳を手に取るまでその事実は知らなかったのだが、なんと本文全体が一段組のポケミス! これまで数百冊ポケミスを読んできたが、イントロ部分や解説は別に本文そのものが一段組というポケミスの事例は皆無のハズでこれは驚いた!(それでも、もしすでに先行例があったらスミマセン。)
 現状の仕様で全186ページと短めだし、もし普通に二段組みのレイアウトだったら、スピレインの『明日よ、さらば』の薄さを超えたのかな…そんなどうでもいいことを考えながら読み進める(笑)。
 
 本作は解説によると、現代作家のネスボが<70年代の架空の寡作作家の旧作を発掘した>というスタイルで書いた当時の時制と世相を背景にしたノワールもの。要はボワロー&ナルスジャックの<贋作ルパン>みたいな偽発掘の趣向である。

 前述のように文字の総量は決して多くないが、主人公オーラヴの内面描写も交えた一人称を基軸に綴られるノワールドラマ(一部、三人称の叙述も混淆する)は独特の情感に富み、最後まで時にスリリングに時に渋く切なく一気に読ませる。ストーリーそのものも一部、先に読める箇所はあるが、無駄のない展開を起伏豊かに披露して、その意味でも出来はいい。
(まあ良い作品とは思うけれど、昔なら確実に、ポケミスではなく、ソフトカバーのハヤカワノベルズの方に回ったろうなという感じの一冊だが。)

 重ねて、ネスボ作品は初読の筆者だが、確かに小説はうまい、と実感。特に最後の二章の、ちょっとだけ技巧的なクロージングは心に滲みる。寒いこの冬の間に読んでおきたい秀作。
 とまれ評点は7点にしようか迷ったけど、良くも悪くも70年代の過去時制というより、もっと古い禁酒法時代のノワールみたいな気分もあるので、そのふんわかな気分を斟酌して6点。そういうクラシックな雰囲気がまた、ある種の魅力でもあるんだけどね。

 なお解説を読むと、同じ世界観の姉妹編的な作品もあるみたいなので、そっちも翻訳してもらいたい。

No.113 6点 ブラッド・ブレイン 闇探偵の降臨- 小島正樹 2017/01/16 19:56
(ネタバレなし)
 隅田川周辺の団地に一人住まいの初老の未亡人・新見久子のもとに繰り返し、別居中の娘・奈南から、不穏な内容の短い電話が掛かってくる。だが奈南当人には該当の電話の覚えがなく、やがて奈南の声色の「悪魔の声」は団地の室内でも響くようになった。怪異は奈南が自宅に戻って母との同居を再開するのと前後して鎮静化したが…。そんな頃、警視庁捜査一課の若手刑事・百成完は、ある場所に赴き、一人の男と出会う。彼の名は月澤凌士。警察上層部がひそかに協力を仰ぐ「闇の探偵」だった。

 小島正樹の新シリーズ。短いプロローグで語られた通り魔風の暴行事件、序盤で母娘をおびやかす「悪魔の声」の怪異、百成刑事が遭遇した警官殺し…と三つのエピソードがそれぞれ長短の紙幅で叙述されていき、やがて思わぬ接点を……(ムニャムニャ……)。

 新たな探偵ヒーロー・月澤の素性は一応ここでは伏せておくが、ありがちな感じの文芸設定に、作者が<独自のひと筆>を加えた印象。アーチ―・グッドウィン型のワトスン役となる百成との関係の深化もふくめて、続巻を何冊か要求するような今後の展開を予期させるものだ。

 ミステリ的な興味では、この作者らしい中規模のトリックの合わせ技が全開。特にアリバイトリックの大きなもののひとつは、良くも悪くも昭和ミステリ風の王道めいた歯応えを感じた。乱歩の類別トリック集成の一例に、しれっと混ざっていそうな感じだ。(個人的にはもうひとつの、一種の不可能トリックの方に惹かれるが。)

 長編ミステリとしては好テンポな叙述でリーダビリティも高く、集中して数時間で読了した。ただし後半で真相めいた謎解きが順次行われても残りの紙幅がまだあるために、それがフェイクであることも察せられてしまう。この辺は、名探偵ジャパンさんの『空想探偵と密室メイカー』の書評などにも通じる、一種の構造上の欠陥だ。
 とはいえ謎解きミステリとしての真相の露見と同時に、作者は物語のベクトルを、本書の枠組みならではの主題へと転換する。その舵取りはなかなか鮮烈で「ああ今後のシリーズは、そういう方向に行くのか……!?」とも思わせる。そこまでを評価の対象とするのなら、これはそんなに悪くない仕上がりではあろう。
 
 ほかにあえての弱点といえば、犯人側の一部の工作がえら面倒くさく、どう考えても目的の割に手間がかかりすぎだろ、と思わせる部分か。まあ私的には、ややこしいまでのエネルギーの使い方が愉快でもあったが。
 全体としては佳作~秀作。

No.112 7点 臨床真実士(ヴェリテイエ)ユイカの論理 文渡家の一族 - 古野まほろ 2017/01/16 17:08
(ネタバレなし)
 対面した相手の言葉の真偽を<客観性(それが客観的な事実足りうるかどうか)>と<相手の主観性(当人が本気でそう信じているかどうか)>の両面から即時に判定できる、井の頭大学法学生・本多唯花(ユイカ)。その特殊な判定力は常人にない強力な武器であると同時に、彼女自身の心身を困憊させる病理でもあった。その能力ゆえ警察の上層部からも「臨床真実士(ヴェリテイエ)」として高い評価を得る唯花は「僕」こと学友の鈴木晴彦とともに、晴彦の友人・文渡英佐(ふみわたりえいすけ)の実家である愛媛県の「天空の村」に向かう。そこは日本有数の大富豪・文渡家の広大な私有地だが、15年前の飛行機事故で一族の大半を失った惨事を機に、当主の未亡人・文渡紗江子の意志で外界から完全に途絶され、ヘリコプター以外での出入りは不可能な場だった。醜聞を恐れて警察の介入を望まないという文渡家から、唯花に請われた依頼。それは英佐の弟・慶佐(けいすけ)を殺した内部の者の虚言を、彼女の能力で暴いてほしいというものだった…。

 昨年2016年の古野まほろ新刊の一冊で、新シリーズの開幕。特殊能力を持つ探偵ヒロインのキャラクターは、天祢涼の音宮美夜(『キョウカンカク』ほか)みたいだし、特殊設定のなか(現実とSFの境界線上…的な)で基本的に虚言が成立しないという世界像は久住四季の『鷲見ヶ原うぐいすの論証』を想起させる。そういう意味ではやや新鮮味は薄いが、事件の舞台がビジュアル感も鮮烈なクローズドサークル、さらに『犬神家の一族』を思わせる財閥一族内の殺人事件という趣向との喰い合わせはとても良く、ケレン味豊かな全編をワクワクしながら楽しんだ。まあ頭の良いまほろ先生の繰り出すロジック(ユイカが向き合う事象の真偽の検証)のいくつかには、ついていくのがやっとなものもあったけど(汗)。

 とまれ暴かれる真実はミステリ的にとてもあっぱれな大技、そして旧来の謎解きミステリの戒律においては反則的な仕掛け技が使われてる。まあ後者の反則技は間違いなく自覚的にやってるんだと思うけど。さらに前者は、う~ん…この数年の間にある国産作品で同じコンセプトのものが先に出ちゃったね。たぶんまほろ先生、そっちは読んでないんだろうな(それでもこっちの方が、ある部分では上手く作中にそのネタを消化したとは思うけど)。

 ちなみに作中に登場する数式の暗合にはかなり豪快な誤植が発生しており、Amazonのレビューなどで星ひとつの評点食らってますが、わはははは…個人的にはそんなチェック漏れの失態も、天才作家ながらどっか天然のまほろ先生らしくって愉快だった。だって『その孤島の名は、虚』みたいな唖然茫然とするものを書く一方、しょーもない「必殺シリーズ」パロディ『監殺 警務部警務課SG班』なんか出しちゃうヒトですし。うん、まほろ作品はこれでいいわ。シリーズ次作にも期待。

No.111 6点 図書館の殺人- 青崎有吾 2017/01/13 15:01
(ネタバレなし)
 犯人に関しては早々に察しがつき、実際にその通りだった。
 当方は長編ミステリを楽しむ場合は傍らに白紙を置いて登場人物の一覧表を作り、そこにキャラクターのデータを随時メモ的に書き込んでいく読み方をしている。これはロジカルに手掛かりや伏線を拾うためというより、話を潤滑に読み進めるための備忘だが、本書内の<ある登場人物>に関してはそんな作業をするなかで、どうも叙述のバランス具合が気になる。そこで「この人じゃないかな…」と勘付いてしまった(過去には、P・D・ジェイムズの某作品などで、似た経験があり)。まあ本当はパズラー読者としてもっと緻密に読み込み、考えていかなければならないのだけれど。

 全体的には面白かったし、細かい複数のギミックも存分に盛り込まれていると思うが、一方で蟷螂の斧さんなどのおっしゃるいくつかの苦言もよく理解できる。くだんの犯人像も横溝の某作品などに通じる、ちょっとそれはなかなかありえないでしょうね、という印象がある。ただしこの作品の面白さにはその意外性(犯人そのものというより、事件の真相)も大きな意味があるので、一概に否定はできない。また例の最後の劇中では曖昧なダイイングメッセージの本当の意味付けのくだりも、そういう迂路を経て言葉にし合う意味があるのか? という疑問が残る。

 あとまったく個人的な話だが、裏染のキャラ付けとしてのアニメ好きは自分のようなおっさんアニメファンからすればいわゆる<嬉し恥かし>の演出で、非常に摩擦感を抱いた。こういう形で天才型探偵の敷居の低さを形成されるのは、勘弁してほしい。ヒロインのぱんつを見るのが伏線になる辺りは、まあいいけれど。

No.110 6点 黒い鶴- 鏑木蓮 2017/01/11 17:27
(ネタバレなし)
 作者のデビュー10周年を記念して編纂された、シリーズもの&ノンシリーズものを混淆した内容の中短編集。

 目次を転写すると
【怨憎会苦(おんぞうえく)】――恨んでいる者に会うこと
『黒い鶴』『ライカの証言』
【愛別離苦(あいべつりく)】――愛する者と別離すること
『大切なひと』『雲へ歩む』『魚の時間』
【求不得苦(ぐふとくく)】――求める物が得られないこと
『京都ねこカフェ推理日記』『あめっこ』
【五蘊盛苦(ごうんじょうく)】――人間の肉体と精神が思うがままにならないこと
『誓い』『水の泡~死を受け入れるまで~』『花はこころ』
…と大きく四つの主題に大別されて、総計10本の中短編が収録されている。
 
 それでそれぞれの中味は「純文学ミステリー」とわざわざ謳うほどのことは無い気もする、良い意味で普通のミステリ短編集。清張や佐野洋、海渡英祐あたりの昭和の短編ミステリの系譜を継いでいる。
 とはいえプリミティブながらトリッキィな味わいの作品がまとまって読める手ごたえは確実にあり、全体の印象は好ましい。個人的なベストは何とも言えない切なさの『雲へ歩む』、清張オマージュでどっか往年の翻訳ミステリ調の『魚の時間』、ああ<あのトリック>のうまい再生だね! と感心した『あめっこ』辺り。

 ちなみに解説の人(名越康文)は本書で初めて鏑木作品を読んだそうで、それはまあいいが(実のところあまり良くないけど)、作者の長編作品について総評めいた物言いをするのはいかがなものか。それとも本書を読んだあと、十数冊の著作をイッキ読みしたのかしら。だったら謝るけど。

No.109 6点 石黒くんに春は来ない- 武田綾乃 2017/01/11 17:07
(ネタバレなし)
 とある共学高校の2年B組に在籍する「私」こと、北村恵美。彼女は同じクラス内に存在する、読者モデルで<友人思い>を標榜する美少女・久住京香を頂点とするスクールカーストの現状に息苦しさを感じていた。そんな中、級友の男子・石黒和也が京香に恋心を告白した直後、スキー合宿で行方不明になり、やがて意識不明の状態で発見される。地味な印象の和也はまったく京香の眼中にはなく、その失恋の傷みが今度の惨事に繋がったとみられるが、一方で恵美は読書が好きな者同士としてその和也に秘めた思いを抱いていた。京香たちは病院で昏睡状態の和也の覚醒を待つ名目でLINE上に「石黒くんを待つ会」を創設し、その実、自分の取り巻きたちと無神経な冗談や弱者への攻撃に酔いしれる。だがそんなある日「石黒くんを待つ会」に思いがけない参加者の名前が…!

 実力派のアニメスタジオ・京都アニメーションの製作で話題を読んだ青春音楽アニメの秀作『響け! ユーフォニアム』の原作者・武田綾乃が著した初めてのミステリ。筆者はアニメ『ユーフォニアム』は一期も二期も楽しんで観ていたが、そっちの原作は正編も派生作品も未読のため、武田作品を読むのは今回が初めてとなった。
 
 それで内容については実に読ませる一冊で、強圧的なスクールカースト制に染まったクラス内に多様なキャラクターを配置し、じわじわとその状況が推移していく過程をじっくりと描き出す。もっともいわゆる犯罪性は希薄なため、ミステリというよりはサプライズやツイストもある現代のフツーの青春小説の範疇だろ、という部分もないでもないが。
 とまれ、少なくとも最後の真相露見と同時に言いようもない切なさ、そして人間の怖さともろさが読む側の眼前に迫ってくるあたりは<青春ミステリ>という形質でこの物語を語った意味が十分にあると思えた。
(ただしツイッターでも、おおむね絶賛の中で、本当にごく一部の人が疑問を投じていたが、この物語には一カ所、前提の部分で大きな疑問を感じさせる。ネタバレになるのでこの場では詳しく書けないが、むしろ「なんでそうなる」のソコの部分を強く押していったら、この作品はあと1~2点さらに評点が高くなったのにな、という気もするものだった…。)
 
 ちなみに読んだあとで知ったけど、作者はまだ女子大生だそうで、その意味でもこの筆力に感服。ミステリを引き続き執筆してくれることを願う。 

No.108 7点 生ける死者に眠りを- フィリップ・マクドナルド 2017/01/07 10:39
(ネタバレなし~ただしクリスティーの主要作品を先に読むことは推奨)
 1930年代の初頭。40歳の美女ヴェリティ・デストリアの孤絶した屋敷に、ジョージ・ウォルシンカム・クレシー少将とノーマン・ベラミー大佐が集う。彼ら3人は1918年の戦時中に起きたある大規模な悲劇に際してひそかに多大な責任があった。そんな3人のもとにその件で無為に失われた兵士700人の命について、自分たちの死をもって償えという主旨の殺人予告状が届く。それは当時の悲劇に関わる復讐者ルドルフ・パスティオンのものと思われたが、3人は誰もその素顔を知らない。過去の醜聞の露見を恐れ、警察の介入を躊躇する3人。屋敷にはヴェリティの姪アンとその恋人ヒューゴが来訪中だったが、クレシーは屋敷内に人間が増えれば復讐者も行動しにくいはずだと、さらに客を呼ぶことを提案。こうしてクレシーの甥プレスディル大尉とその連れ3人が屋敷にやってくるが…。

 1933年の作品。ゲスリン大佐ものでないせいかwebでの反響などもいまひとつのようだが、期待以上に面白かった。雷雨の中のクローズドサークルものだが、物語の場面転換の緩慢さと、会話を主体に流れるように進んでいく叙述は、どことなくクリスティーの戯曲を思わせる。やがて殺人が生じるのと前後して電話線が切られ、屋敷から出入りするための乗用車が使い物にならなくされるあたりの展開は定石だが、同時にそれでは屋敷にいる人間たちのなかに謎の復讐者パスティオンは正体を秘めている存在するのか、それとも…と緊張が高まり、サスペンス豊かなフーダニットとしても面白い。

 特におおっ! と思ったのは第10章で、屋敷にいる人間全員+パスティオンそのそれぞれの内面が順々に叙述されるくだり。解説で法月綸太郎も語る通り、クリスティーの『そして誰もいなくなった』(1939年)のかのギミックの先駆で、この辺は 若島正の叙述トリックについての評論「明るい館の秘密-クリスティ「そして誰もいなくなった」を読む」(ベスト・ミステリ論18―ミステリよりおもしろい:宝島社新書)などに触れておくと、なお興味深い。
 若島はくだんの評論のなかで『そして』はかのクリスティー自身の著作(1926年作品)への当人による更なる踏み込みではないかと仮説を語るが、そこに至るまでのミッシングリンクとして33年の本書『生ける死者に眠りを』を挙げることも可能となった。整理するなら、クリスティーの気負い込んだ(?)新たな発想は、意図的なものか偶然か判然としないが、先にフィリップ・マクドナルドが同じ道筋で思いついていた可能性もある。正に陽の下に新しいもの無し、の感も強い。
(まあ、ミステリファンとしてそう言いきっていいのか? という思いもあるが)。

 真犯人の露見については大きな意外性は無いが、その辺は盛り上げに盛り上げた末に話が萎んでいく弱さを作者自身がしっかり承知だったようで、具体的な戦争犯罪の実態を最後の最後までの興味としたり、登場人物の複雑な内面の暗示を小説的な味付けにしたりで、好感を抱かせる。

No.107 5点 緋い猫- 浦賀和宏 2017/01/06 04:50
(ネタバレなし)
 2010年代に甦った西村寿行作品。一気には読んだ。読み応えはあった。ある種の面白さもあった。その上でフィクションとはいえ、本来あんまり近寄りたくない要素もある内容だけど、まあたまにはこういうものもいいかな。
 過去の時代設定が効果を上げてはいる。

No.106 7点 おやすみ人面瘡- 白井智之 2017/01/05 19:29
(ネタバレなし)
 前作『東京結合人間』は、イカれたSF設定の枠内でのストーリーテリングそのものと、くだんの異常な設定に基づく最後の謎解きの強烈さ、その双方に呆然とした。
 それに比べると今回は途中まで(やはりぶっとんだ世界観ながら)真っ当なような(でもやっぱりタガの外れた)中学生たちを主人公に据えた等身大ジュブナイル風の部分も多い。
 まあ本作の場合は二つの別々の物語が後半の山場で交わるまでB・S・バリンジャー風の二部並行形式で語られるので、ジュブナイル調なのはその片っ方だけだが(もう一方のストーリーの主人公は、風俗店のスタッフを務める若者)。

 三作目でやや守りに入ったかな、しかしこの作者なら、この設定を活かした上でまたなんかあるんだろうな…と思っていたら、終盤は豪快なまでに正統派の、そしてクレイジーな謎解きミステリに転調または収束。冒頭からの数々の伏線もパワフルに回収される。特に顔を潰された死体~ダイイングメッセージ? の辺りはこの作者の面目約如だろう。
(ただ大ネタの中である一点、中学生側の叙述で無理筋めいた気もするが、そこは「いや、だから×××なのかな…」と思えば、腑に落ちないこともない。)
 一部の仕掛けは見破ることはできるだろうが、この手数の多さには、前回以上に参ったという感じの一冊。作者のこのテンションは、いつまで続くのだろう。

No.105 6点 こどもの城殺人事件- ヒキタクニオ 2017/01/01 18:59
(ネタバレなし)
 渋谷の名門・明邦学園の2年C組に在籍する優等生の美少女・敷島亜子。彼女は、校内随一の美少年で秀才の原田聡吾やその友人でやはり端正な顔立ちの後宮周平たち総勢5人の学友で、当たり屋まがいの犯罪を行い、それで得た金で違法な薬物を購入して楽しむ裏の顔があった。そんなある日、聡吾が殺されたという知らせが亜子のもとに入り、続いて一同が薬物を購入していたヤクザ2人の刺殺死体も発見される。薬物使用の事実を隠蔽しようと周平が策を練るなか、渋谷警察の中年女性刑事・盛秋子は、後輩刑事の小宮山とともに殺人事件の真実を探るが…。

 webで高評だったので読んでみた新刊。筆者が著者の作品に触れるのはこれが初めてである。物語は亜子、盛刑事、そして周平の3人を主人公格に語られ、さらに自在な視点で叙述が切り替わる。とはいえこなれた筆致でリーダビリティは申し分ない。

 スクールカーストや少年の非行、暴力団の薬物犯罪といったきわどい題材を語りながら、一方でフーダニットとホワットダニットの興味も大きく、ハイブリッドな感覚はなかなかのもの。特に少年犯罪者の逮捕、留置、取り調べなど一連の濃厚な臨場感が独特の触感を感じさせる。
 とはいえそんなヤバ目で猥雑な内容の中に大きな伏線(のような暗示)をしれっと仕込んであるあたり、ミステリとしてのセンスは良い。ジョー・ゴアズの『マンハンター』を思い出した。
 
 それで真相は意外といえば意外…ではあるが、帯で謳うほどの強烈さはない。むしろヤバめのノワールもの、変化球の青春ミステリの奇妙な情感、群像劇的な警察小説、そして犯人捜しの謎解き…と雑多な興味をごった煮にして、独特な味わいの長編にまとめた手際の方を評価したい。
(ただし真実が明らかになったのち、人物描写にちょっと違和感が残る部分はある。これをどう見るかで評価は変わるかもしれない。)

 女性刑事の盛秋子はいい感じのキャラクターで、そのうちまたこの作者の作品で再会してみたい。

No.104 7点 殺人鬼- 浜尾四郎 2016/12/15 15:07
(ネタバレなし)
 新刊の合間にもっと未読の旧作や名作を読もうと思って手にした一冊だが、巷で喧伝される<21世紀のいま読んでも面白い>の世評どおり、かなり楽しめた。
 先の見えない連続殺人劇の豪快さに、秘めた人間模様を語る作劇がうまい感じで融合し、ストーリーテリング的にも申し分ない。
 
 本書は『グリーン家殺人事件』を先に読んでいることを絶対の前提に楽しむべき一冊だが、先の空さんのご指摘どおり、作者が要求するそんな大枠自体が一種のミスリードになっている辺りにも感銘した。
 作者がこの時点で、ファイロ・ヴァンスやのちの金田一耕助などがよく問われる「名探偵の介入後も連続殺人が続く、防御率の低さ」という普遍的な課題に関して十全に意識し、自分なりの考えを提示したのもよく分かる。

 なお登場人物の少なさも踏まえて犯人の意外性は微妙といえば微妙だが、それでも小説の技巧的には容疑者を読者の視点の圏外に置こうとする作者の工夫ぶりはしっかり感じられる。そして何よりこの真犯人の設定は本書の刊行が昭和6年(1931年)であり、この時期の国内の読書人たちをどのような国産ミステリが賑わしていたかまで目を向けるなら、いっそう感慨は深まるのではないか。
(他の作品のネタバレになるのであまり多くをここでは語れないが、ある程度の冊数の戦前の国産ミステリを、発表年まで意識しながら読んでいる人なら、なんとなく言いたいことはわかってもらえるのではないかと思う)。

 くわえて探偵役の藤枝の終盤の謎解き、ワトスン役の小川がしつこく思いつく疑問の数々に対して、ああ、そこはこうだったと思えるよ、と応じる辺りのボリューム感にも感服。ひとつひとつの説明のなかにはちょっと苦笑的なものも無くはないのだが、総じて細かい部分へのこだわりを見過ごさず、時に、ああ成程…と唸らせるような推理や仮説を連発するところなど、いかに当時の作者に高いミステリのセンスがあったかがよく分かる。

 ちなみに以下は全くの自分語りであるが、今回の本作は思い立って、大昔に古本で購入してあったポケミスの初版で読み始めたら表紙が外れてしまい、仕方なく途中から創元の浜尾四郎集の方で読み続けた。もっと前に読んでいれば本を痛めることもなかったかな、とか、本書のポケミス初版当時(1955年)の製本技術ではこの大冊(全部で約360ページ)は歳月の経過に耐えられなかったのかな、とか、創元版の方は当時の新聞の挿絵を全部じゃないにしろ、部分的でも再録してほしかったなとか、色んな思いにふけった。残りの藤枝ものも追い追い読んでみよう。

No.103 5点 埋葬された夏- キャシー・アンズワース 2016/12/13 04:31
(ネタバレなし)
 小さめの級数で約480ページの大冊。場面場面は適度な呼吸で転換するから読むのにシンドクはないが、本書の場合は少し疲れた。

 とはいえ<被害者捜しの趣向>(本書の扉より)をミステリ的な売りにするにしては、作劇上の必然や技巧的な工夫があるわけではなく、その部分の過去の事実をただ読者に見せないだけ。当たり前だけど、20年前の事件を追っている主人公の探偵ショーンは、その作中事実を物語冒頭からとっくに知ってるんだよね? 
 彼自身の内面描写からも、ほかの登場人物の三人称視点の叙述からも<誰が殺されてどのような事件が起きたのか>を作者の都合だけで単に伏せる、というのはミステリとしてどうだろう。

 ラストの実は…のくだりも作者が何をやりたかったのかは理解できるし、作中のある主要人物に思いを馳せるなら、この趣向自体はアリだとは思う。でもその一方で、この構想をちゃんと効果的に見せるのならその該当の人物をもっと良い歩幅の存在感で作中に配置しておけば良いのにな、と思う。いやロス・マクの『さむけ』ほど絶妙なバランスでやれとは言わないけれど。個人的には最後はああ、そうですか(&こういうことをするなら、もっと仕込めよ、もったいない!)であった。

 とまれ小説としては細部の描写におおむね緊張感があり、悪くはないんだよね。その意味では楽しめたけど、先述のこれってミステリとしてどうなの? の部分でそれなりの評価。なんか、ざわざわ残る作品ではある。

No.102 5点 消えたボランド氏- ノーマン・ベロウ 2016/12/08 20:04
(ネタバレなし)
 <墜落したはずの人間が空中で消失!?>という王道・直球の不可思議な謎の提示も魅力的だが、全体的に筋運びが垢抜けて軽快で、そこがとてもよろしい。

 探偵役のラジオ俳優J・モンタギュー・ベルモアは、自分の大根ぶりを自覚している(でも仕事はそこそこある)好々爺で、陽気で明るく、マジメな一線だけは決して譲らない人物(友人が初対面の相手にデブと侮蔑されると「失礼だが」と断りながらきちんと抗議する)。
 今年はじめて出会った探偵のなかではトップクラスにスキになったわ。
捜査陣のタイソン警部ほかサブキャラクターたちもなかなか存在感があるし。キャラクター的には全般的に溌剌として良かった。中盤のパーティ場面なんかも結構笑える。

 とはいえ、ワクワクする魅力的な謎を暴く真相に関して
「え、その説明で作中の登場人物は了解するの!?」
 とツッコミたくなるような点では『魔王の足跡』といっしょ。
 それでも個人的には全体では『魔王』より楽しめた(終盤はやや冗長感はあったが)。
 先にも書いたけど、謎解き成分が多めの都会派ハードボイルド(J・ラティマーとかの)のオーストラリア版みたいな、フットワークの軽い筋運びとミステリ的な興味がとても快かったので。

 まあ、前半読んでる間は、これは今年の翻訳ベスト5候補かな…!? とも思いかけたんだけど、最後までいくとさすがにソコまでは行かなかったね。でも翻訳していただいて、そして一読して良かったと思える一冊。

 J・モンタギュー・ベルモア主役の作品はまだあるみたいなので、いつかそっちも邦訳してほしい。

No.101 5点 十二人の死にたい子どもたち- 冲方丁 2016/12/05 18:59
(ネタバレなし)
 物語の場がほぼ限定された、少年少女たちによる集団心中直前の推理劇。この趣向は400~600番台あたりのポケミスに散在してそうな懐かしい感じで、なかなか楽しかった。
 とはいえ中盤の推理部分は冗長すぎる。作中の少年少女たちが人生最後の状況で未明な謎を残しておきたくないという原動を作劇のコアに持ってきたのはうまいんだけど、イレギュラーナンバーの少年<ゼロ番>に関するロジックの立て方と手掛かりの掬い上げ方が細かすぎて疲れた。屋上やスニーカーのくだりまでは面白かったけどね。
 うまく行けば作中の複数の謎を立体的に呈示できたんだろうけど、各キャラクターの<死にたい動機>とあわせて、物語上の興味が相殺または分散されてしまった印象。
 ただまあラストはほぼ予想の範疇ながら、良い意味で期待どおりにまとめてくれたと思う。異才作家の破格のミステリとか期待しなければ、それなりに楽しめて相応に愛せる佳品ではないかと。

No.100 7点 ジェリーフィッシュは凍らない- 市川憂人 2016/11/30 20:12
(ネタバレなし)
 飛行船内での連続殺人という特殊な舞台装置、明快な2つの謎の提示(フーダニットとハウダニット)、それぞれが鮮烈。そしてそんな趣向が基幹の大トリックと、さらにその大技を支えるこもごもの伏線やロジック、中小トリックと融合した世評通りの快作。それと、なんでこの物語が過去時制なのかのイクスキューズがちゃんと成立し、さらにそこからホワットダニット的なもうひとつの真実が見えてくるのもいい。

 とはいえ作者は、当然<あの先行作(某・国内新本格作品)>は読んだ上で、本作を書いたんだろうなあ。いや、ちゃんと別ものになっているんだけれど、その上で言いたいことが、ムニャムニャ…。まあ乱歩の言う通り、既存のもののバリエーションは確実にひとつの新たな創意だけどね。

 ちなみに今回の鮎川賞は選考者のコメントをざっと読むと(しっかり読まないのは、こういう場で、今後世に出る可能性もある応募作のネタバレをついうっかり? しちゃう作家先生も少なくないから)本作と競い合った作品のなかにも面白そうなものがいくつかある感じ。歯応えのある作品は推敲を重ねて、明利英司の『夕暮れ密室』みたいに、いつか刊行してほしいものですね。

No.99 6点 猫には推理がよく似合う- 深木章子 2016/11/25 10:45
(ネタバレなし)
 2年前に妻を病気で失ったベテラン弁護士・田沼清吉(73歳)。弁護士一人事務員一人という立場で彼を補佐する「私」こと椿香織(35歳)には、他人の知らない自分だけの世界があった。それは田沼の亡き妻・百合子が遺した愛猫で、人語を話すネコのひょう太(本名スコッティ)と会話すること。ともにミステリーに関心がある香織とスコッティは虚実の謎について推理を交わすが…。

 大きなファンタジー要素をひとつだけ絡めた(本書の場合、猫がしゃべる)日常の謎系の連作もの? こういうミステリは最近よくあるね、と思って読み出したら…あらら…。こういう作品だったか! 帯で有栖川先生の言う「仕掛け花火の連続の炸裂」は伊達ではない。
 一番の大技の部分に関しては、数十年前の某国産ミステリの当時の話題作を思い出したが、この趣向については21世紀の今のミステリ界での方が、効果があるだろう。当該の前例を、作者がどのくらい意識したのかは、もちろん知らないけれど。

 本当はもう一点くらいあげたい気もするが、途中の推理合戦が、ポイントとなる2~3の大技に対して地味な気がしてアンバランスな印象があるため、この評点。いや、この作者らしく、全般的に丁寧な推理の過程ではあるのですが。

 いずれにせよ、何を書いてもネタバレになりそうなピーキーな作品ではある。
 興味のある人、あと作者のファンは、ネタバレを食らわないうちに早めに読んだ方がよろしいかと。

No.98 5点 傷だらけのカミーユ- ピエール・ルメートル 2016/11/23 13:27
(ネタバレなし)
 事件の黒幕については本書の巻頭でいきなりある疑念が生じ、前半3分の1くらいでそれがほぼ確信に変わる。そしたら思ったとおりの真相というか、犯人だった。

 たぶんルメートルの頭の中では、母国の原書で読ませるかぎり、この大技で読者のスキをつけると思ったんだろうね。ただ日本の翻訳ミステリの大半には●●●があるので、そこで勘のいい? 多くの読者は気がついちゃいますのう(事件のなかに仕掛けられたホワイダニット的な部分は、ちょっと面白かったけど)。
 
 私的には三部作のなかでは『イレーヌ』が筆頭のベストで、本書と『アレックス』はそれなりに楽しめる、であった。まあ『アレックス』の終盤の犯人との対峙図は、シムノンの大傑作『メグレ罠を張る』と比較して、向こうの方がずっと面白かったなーと思うばかりでもあったのだが。
 
 ところで三部作完結ということで、カミーユは今後どうなるのでしょうな。思いつくことはいろいろとあるけれど、本書のクロージングのネタバレになりそうなのでここでは書かない。何らかの形でまた姿を見せてほしいけれど。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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