皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
パメルさん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 678件 |
No.558 | 7点 | 背の眼- 道尾秀介 | 2024/02/27 19:12 |
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福島県の白峠村にある民宿に作家の道尾は泊まりに来た。道尾はその村で、幽霊のものとしか思えない不気味な声を耳にする。道尾は、大学の友人で霊現象探究所を経営している真備の元を訪れる。そこで道尾は、背中に眼が移り込んだ四枚の心霊写真を目にすることになる。奇妙なのは、その四人全員がその写真が撮影されて数日後以内に自殺しているということだ。しかもその写真は、道尾が聞いた幽霊の声と関わっているようなのだ。
本書は神隠しや心霊写真、田舎の陰惨な連続殺人といった要素があり、ホラーにも横溝正史風な探偵小説のようにもとれる。しかしそのバランスを巧くとり、絶妙に仕上げている。 ミステリとしての解明のロジックの中にホラーとしての要素が、ふんだんに盛り込まれており、幻想ミステリの結構としての理想というべき作品と言えるだろう。作者はあくまでもホラーミステリとして書いたと思われるが、ホラーとしての要素の使い方に特殊ルールを前提とした謎解きを行うSFミステリの影が見える。本筋の話以外にも、ところどころ小さなエピソードを盛り込み、そこに張った伏線を回収していくので厚みを感じる。更に、合理的な結末に収まらないラストも実に巧い。デビュー作とは思えない出来栄えに満足した。 |
No.557 | 5点 | 大相撲殺人事件- 小森健太朗 | 2024/02/22 19:33 |
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大学の留学を希望して来日したマーク・ハイダウェーは、間違えて相撲部屋・千代楽部屋の門を叩いてしまう。通訳として彼の話を聞いていた親方の一人娘・聡子は、この勘違いに気付いて愕然とする。だが逸材を手放したくない親方は、力士として取り組みを続けながら大学受験に取り組んではどうかと提案、マークは力士・幕ノ虎として人気者になっていく。その千代楽部屋を中心に次々と殺人事件が発生し、マークが鋭い洞察力で真相を看破する。
「土俵爆殺事件」取り組んだ瞬間に力士が爆発する怪事件が起きる。トリックは、あっさり暴かれる。どちらかと言えば、マークの紹介がメイン。 「頭のない前頭」千代楽部屋の浴室で前頭の千代弁天が、首切り死体となって発見される。しかも現場は密室だった。トリックもユーモアも今ひとつ。 「対戦力士連続殺人事件」マークの取り組みの相手が次々と殺されていく。バカミス炸裂。御前山の存在感が発揮、動機が興味深い。 「女人禁制の密室」女性が上がれないはずの土俵上で行事が殺される。性差密室ともいうべき、心理的タブーが人間の行動に及ぼす影響を考慮した怪論理に唖然。 「最強力士アゾート」力士を狙った連続バラバラ殺人事件が発生。しかも身体の一部が持ち去られる。占星術殺人事件などでお馴染みのアゾートをこんなトリックに使うとは。 「黒相撲館の殺人」山中の洋館に閉じ込められた千代楽部屋の一行が、黒力士の亡霊に襲われる。まさかの歴史改変ミステリ。無茶苦茶な終わり方。 相撲とミステリの取り合わせは面白いのだが、探偵役のマークを含め登場人物のキャラクターが立っておらず、それぞれの関係性の描かれ方も物足りない点が残念。 |
No.556 | 6点 | 悪魔が来りて笛を吹く- 横溝正史 | 2024/02/17 19:31 |
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宝石商で十名が毒殺されて宝石が奪われた天銀堂事件。事件の容疑者は椿元子爵。彼は謎の失踪をし、娘・美彌子宛てに屈辱に耐えられないという遺書を残し、自殺死体が発見される。しかし、死んだはずの椿元子爵の目撃情報を受けた美彌子は、金田一耕助に調査を依頼する。
椿家では死んだ子爵を降霊術によって呼び出そうという催し物が企てられ、そこに金田一耕助も同席するように依頼される。そして降霊術の最中に事件は起きる。それは恐るべき連続殺人事件の幕開けであった。実際にあった帝銀堂事件を探偵小説的に事件を再構築したらどうなるかと言わんばかりのプロット。 天銀堂事件、椿家での事件、椿家内部の人間関係など構造がかなり入り組んでいる。全編において響き渡るフルートの音色、楽曲名「悪魔が来りて笛を吹く」。この曲が実に重要な意味合いを持ち、結末に衝撃的なものを用意するに至っている。 読み物として面白いことは間違いないのだが、使われているミステリ的要素は、密室トリックを含めて特筆すべきところはなく不満な点がいくつか。全編を覆う異様なムードに浸るのが、この作品を楽しむのに一番いいのではないだろうか。 |
No.555 | 6点 | 此の世の果ての殺人- 荒木あかね | 2024/02/12 06:23 |
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翌年の3月7日に小惑星テロスが阿蘇に衝突し、日本はもとより世界が破滅的被害を受けることが明かされる。運命のその日まであと二カ月余り。それが公表されて以来、不安と恐怖から日本は騒乱状態に陥り、自死する人や衝突地点から少しでも遠ざかろうと日本を脱出する人が後を絶たず、九州にはほとんど人が残っておらず街はゴーストタウン化している。
そんな中、自動車教習所のイサガワ先生とハルは、教習所の車のトランクに押し込まれた女性の惨殺死体を発見する。イサガワは元刑事で、成り行きでハルは捜査の助手を務めることになる。ハルとイサガワは警察に赴き、そこで博多や糸島でも同様の他殺死体が発見されていることを知らされる。なぜこんな時に、わざわざ殺すのか。どうせあと少しで人類が、皆死んでしまうのにという驚きがまず湧き起こる。 テンポのいいシーンを様々な人物が彩る。主役二人のバディぶりや、狂気の正義感イサガワ、拷問された弁護士、飛び込みの検視依頼を引き受けた胆力ある女性医師、警察庁の若きキャリア官僚、逃亡中の兄弟、ハルのひきこもりの弟、福岡残留村なる運命共同体を運営する女性政治家。 もちろん連続殺人の謎も興味深いが、彼女たちの出会いのドラマなど読みどころは多い。極限状況でむき出しになる苛烈な正義感、利他的な献身や犠牲などから生まれる連帯や友情。切なくも心に染み入る温かさがある。 |
No.554 | 6点 | 放課後はミステリーとともに- 東川篤哉 | 2024/02/07 19:22 |
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鯉ヶ窪学園高等部に通う高校生の霧ケ峰涼は、探偵部の副部長。学園内で起こる事件を追いかける8編からなる短編集。
「霧ケ峰涼の屈辱」Eの形をした建物内で、泥棒を目撃した霧ケ峰涼は追いかけるも見失う。衆人環境の中、消えた泥棒はどこへ。本格的密室事件を扱いながら、そのオチには唖然。 「霧ケ峰涼の逆襲」有名芸能人が、密会しているというマンションを張っている芸能カメラマン。その芸能人が消え失せてしまう。トリック自体も鮮やかだし、そのネタを最終的にどう提示するかという仕方も巧い。 「霧ケ峰涼と見えない毒」霧ケ峰涼は、友人の高林奈緒子に頼まれて彼女の居候先へ。そこの主の頭に瓦が落ちてきたのを、誰かが殺そうとしたに違いないと考え推理を頼んだのだ。しかし、その日に主は毒殺されてしまう。トリックがチープすぎて残念。 「霧ケ峰涼とエックスの悲劇」星空の観測会中、UFOらしきものを発見し、地学教師とともに追う。忽然と姿を消したエックス山で、首を絞められた跡のある女性が倒れていた。馬鹿馬鹿しいトリックでユーモアたっぷり。 「霧ケ峰涼の放課後」体育倉庫でタバコを吸っていた不良。霧ケ峰涼たちは見ないふりをしようと思ったが、そこへ生活指導の先生が。しかし、不良が所持していたタバコとライターは探すも見つからなかった。トリックを暴くとさらなる真相が見えてくる構図は見事で完成度が高い。 「霧ケ峰涼の屋上密室」教育実習に来ていた先生が、上から降ってきた女子生徒の下敷きに。しかし、女子生徒の落下時、その建物は密室だと判明する。偶然が過ぎると言われればそれまでだが、偶然を必然に変えるトリックで驚かされる。 「霧ケ峰涼の絶叫」大言壮語の走り幅跳び選手である足立が、グラウンドの砂場で倒れていた。砂場には犯人のものらしき足跡はない。不可能犯罪の謎がコント的なオチで笑える。 「霧ケ峰涼の二度目の屈辱」またもEの形をした建物内で、障害未遂事件が起こる。学ランを着た犯人を追うも、またしても衆人環境の中、消え失せてしまう。思い込みを上手くトリックに使っている。 驚愕するようなトリックや真相はないものの、作者らしいコミカルな雰囲気、魅力的なキャラクターが上手く生かされていて小気味よい。 |
No.553 | 7点 | #真相をお話しします- 結城真一郎 | 2024/02/03 19:28 |
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不気味な雰囲気と違和感で何かがおかしい、というところから事態が進んでいき驚愕の真実が明らかになる、現代ならではの事象を織り込んだ5編からなる短編集。
「惨者面談」家庭教師・片桐が、新たな顧客宅を訪問した時、最初は普通の主婦とその息子に見えたのだが。その後、会話が嚙み合わなくなり違和感を覚える。いくつもの不自然さを読み解いた果てに現れる真相に驚かされた。 「ヤリモク」マッチングアプリがもたらす危険な出会いを描く。何だか上手くいきすぎている気が。ミステリとして今ひとつ。 「パンドラ」娘の真夏から、連続幼女誘拐事件の犯人の顔に似ていると言われる。ある日、自分が精子提供した女性が生んだ我が子から衝撃のメールが。不妊治療の結果から、ある真実が明かされる。知らない方が幸せなこともあるという、タイトル通り開けてはいけないパンドラの箱そのもの。 「三角奸計」東京に住む「僕」桐山と関西在住の茂木と宇治原は、久しぶりにリモート飲み会を開くが。二時間後には、友人の殺意を聞かされ意外な結末に至る。ある人物が行った作戦が見事で、背筋がゾッとする。まんまと騙された。 「#拡散希望」現代文明から遠ざかった離島で、4人の小学生がYou Tubeに目覚めるが。現代らしい事物を題材にしつつ、土台にあるのはあくまでも人と人との関係。やがて浮上する隠されていた関係。動画共有サービスが普及する前には存在しなかった動機で、現実的に十分ありそうな残酷なクライマックスに衝撃。社会批判を織り込んだ意欲作。 いずれも限定的な人間関係がモチーフとなっており、語り手が自分の置かれた状況に違和感を覚え、真実を知ろうとする。その真相を開示していく過程が読ませる。 |
No.552 | 7点 | 戻り川心中- 連城三紀彦 | 2024/01/30 07:01 |
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再読です。流麗な文章、詩的叙情性の中に潜む悪魔的な企みがある5編からなる短編集。
「藤の香」色街に集う男と女。ある者は家庭の事情で売り飛ばされ、ある者は夫の薬代の稼ぎのために。そんな色街で殺人事件が起きる。時代設定が上手く生かされた文学的な香りが濃厚な作品。 「桔梗の宿」梢風館へ行った客が他殺死体で発見された。その死体からは、200円という当時としてはかなりの額の金額が失われていた。何ともやるせない動機が胸に迫ってくる。 「桐の柩」次雄は親分を殺した。兄貴分の貫田が次雄に殺させたのだ。病で半年も、もたなかったはずなのに何故か。逆転の発想の動機が見事だが少し強引か。 「白蓮の寺」鍵野史朗は、幼い時の炎の記憶の中で、母が人を殺すところを見ている。母は誰を殺したのか。鮮やかな反転と意外な動機。 「戻り川心中」大正を代表する天才歌人・苑田岳葉。彼が残した「桂川情死」と「菖蒲心中」は彼の心中事件を題材に自分自身が詠んだ歌で、この二冊で岳葉は名を残したといっても良い。そして彼が起こした心中事件は「戻り川心中」と呼ばれる心中の追随者さえ出た。驚愕の真相、美しくも哀しいラスト。日本推理作家協会賞に輝くのも当然。 |
No.551 | 6点 | 弥勒の掌- 我孫子武丸 | 2024/01/26 07:17 |
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高校で数学を教えている辻恭一は、教え子を妊娠させてしまうという不祥事を起こして以来、妻とは家庭内別居状態だった。ある日、妻がいなくなり嫌気がして出て行ったのだと思い、居場所を探すわけでもなく、捜索願を出すこともなかった。やがて警察から妻の失踪に辻が関与しているのではと疑われるように。一方刑事の蛯原は、汚職の疑いで人事に目をつけられていた。そんな中、妻がラブホテルで殺されたと一報が入る。蛯原は、妻を殺した人間を見つけ出そうとするが。
辻と蛯原の視点が交互の描かれ、それぞれ自分の妻の行方、自分の妻を殺した犯人の行方を捜していく。するとどちらの線からも、怪しい噂が山ほどあるといわれる宗教団体・救いの御手に行き着く。 宗教団体の内部や手口が丁寧に描かれており、辻が宗教団体の体験入信する箇所は読み応えがある。またリアリズムを感じさせる警察の描き方の丁寧さがあいまって物語を支えている。 奇跡を起こさせるという教祖・弥勒様の正体とは何なのか。二人の妻に関わる事件の真相は。小説的な技巧、ミステリ的な技巧を凝らし計算されたカタルシスへ向かう。最終章で明かされる全体の構図は、驚いたが少し無理があるように感じた。作者はこの大仕掛けを成立させるために、古典的な叙述トリックと現代的な機械トリックを大胆に組み合わせている。 |
No.550 | 6点 | 時空旅行者の砂時計- 方丈貴恵 | 2024/01/22 19:18 |
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主人公のライター・加茂は、間質性肺炎に冒され命が危うくなった愛妻を救うため、マイスター・ホラと名乗る正体不明の存在の声と砂時計に導かれ、2018年から1960年にタイムトラベルする。そこでは、妻の先祖である竜泉家で忌まわしい連続殺人が起こり、その後に土砂崩れで一族のほとんどが死亡することになっている。
橋の崩壊によって陸の孤島となった古い屋敷、いわくありげな一族の人々、次々に起きる不可能犯罪、見立て殺人、土砂崩れまでのタイムリミット。本格好きにはたまらない要素が満載。 マイスター・ホラによって説明されるタイムトラベルに付随したルール設定が、あまりにご都合主義と感じられたが、中盤に入ると謎の声の正体や、なぜタイムトラベルする必要があったのかも論理的に説明され、真相と緊密に結びついていることが分かり感嘆させられた。終盤には読者への挑戦状が挿入される。いろいろな要素を詰め込みすぎた感はあるが、異様な犯罪動機もSFミステリならではで満足させられた。 |
No.549 | 6点 | 光と影の誘惑- 貫井徳郎 | 2024/01/18 06:58 |
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重厚な語り口でトリッキーな仕掛けを炸裂させる、誘拐、密室、倒叙、出生の秘密とバラエティに富んだ4編からなる中編集。
「長く孤独な誘拐」森脇耕一の息子が誘拐された。しかし、誘拐犯は身代金を要求せず、森脇に他の子供を誘拐するように要求する。子供を誘拐しておいて、第三者に誘拐させるといった操り構造は、山田風太郎作品を想起させる。森脇の奮闘に胸を打つ。 「二十四羽の目撃者」サンフランシスコ動物園で起きたペンギンの前での殺人事件。第一発見者の証言によると、密室だとしか言いようがない。話自体は面白いが、軽めのタッチで作者らしい作品とは言いかねる。真相も残念。 「光と影の誘惑」競馬場で小林と知り合った銀行員の西村は、小林から現金強奪の話を持ち掛けられ、些細なきっかけからその手引きをする。このトリックは巧妙で、すっかり騙されてしまった。切れ味鋭い傑作。 「我が母の教えたまいし歌」父親の葬儀のために実家に帰省した皓一は、父親が勤めていた会社の同僚から、自分に初音という姉がいた事実を知らされる。連城三紀彦のある短編を想起させる。真相は途中で気付いてしまったが、結末へのプロセスはよく出来ている。 |
No.548 | 5点 | 栞と噓の季節- 米澤穂信 | 2024/01/14 06:54 |
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高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門を主人公にした図書委員シリーズ第二作。
返却本に挟まっていた押し花をラミネート加工した栞。その花は猛毒のトリカブトだった。堀川と松倉は、持ち主を探し始める。校舎裏でトリカブトが植えられていた痕跡を発見し、その場に瀬野という女生徒がいた。翌日、栞は自分のものだと告げた瀬野は、二人から栞を奪い燃やしてしまう。 人は常に他者の視線にさらされている。他者と一体化することで、自分の「個」としての特性を覆い隠し、その場の色に染まった自分に安心する。人の目が気になりだす思春期以降に顕著な行動様式だ。本作は、その成長過程にいる若者たちを鮮やかに描き出している。 堀川と松倉と瀬野の三人は、それぞれの理由で事件の真相と謎を追っていくが、瀬野は大小の嘘をとり混ぜたりするため、事の究明は一筋縄ではいかない。堀川と松倉の二人もまた、自分が拠って立つ規範や信条から、嘘を交え事実の隠蔽を図らなければならない。 嘘をつくというのは本質的には悪とみなされる行為だ。しかし、なぜ嘘をつかなければならなかったのかということを探ると、そこには嘘をついた当人しか理解し得ぬ心の動きがある。嘘を通して生まれる新たな人間関係が素敵な青春ミステリ。 |
No.547 | 6点 | 狐火の家- 貴志祐介 | 2024/01/10 06:53 |
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セキュリティの専門家・榎本径と、弁護士・青砥純子の掛け合いが楽しい、密室の謎に挑む4編からなる短編集。
「狐火の家」地方の一軒家で起きた事件は、現場の状況から殺人事件と断じられたものの、密室状態であったことがネックとなり、第一発見者である父親が容疑者に。いわゆる多重解決ものだが、解決のつけ方以外にも、犯人の思考や密室にも見るべきものがあり完成度が高い。二転三転するプロットの密度が濃く、長編として読みたかった作品。 「黒い牙」蜘蛛愛好家が蜘蛛に噛まれて亡くなってしまう。扱いには慣れていたはずなのになぜか。とあるものに仕掛けられたものには唖然とするしかない。 「盤端の迷宮」殺された棋士・竹脇の部屋は密室状態だった。なぜ密室にしたのか。そこから導き出される犯行動機こそが眼目というべきだろう。謎を解くヒントは将棋であり、将棋に対する作者の思いが込められている。 「犬のみぞ知る」以前扱った事件で知り合った、松本さやかが所属する劇団の代表が殺された。被害者はよく吠える犬を飼っており、その犬が意図せずして密室を構成する要素になるのだが。脱力もので馬鹿馬鹿しさが光る。 |
No.546 | 10点 | 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件- 白井智之 | 2024/01/06 19:33 |
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一九七八年十一月十八日、中南米のガイアナ共和国にある密林を切り拓いた小集落ジョーデンタウン。そこはジム・ジョーデンを教父とする教団「人民教会」の信者たちが、世俗に背を向け奇跡を信じて暮らす楽園だった。しかし、ジョーデンの号令のもと、二百六十七人の子供たちを皮切りに、計九百人以上の人間が服毒自殺に走り、ジョーデン自身も拳銃で自らの命を絶ってしまう。いったい彼らは、なぜこのような終局を迎えることになってしまったのか。この集団自殺事件は、ジム・ジョーンズを教祖とする実在した教団「人民寺院」がたどった惨劇をほぼそのまま下敷きにしている。
ここで物語はいったん時間を遡り、日本を舞台に改めて進み始める。主人公である探偵の大塒崇は、調査先に行ったきり帰ってこない助手・有森りり子を探しにジョーデンタウンを訪れる。ジョーデンタウンは、奇跡の楽園と言われ、病気や怪我も存在しない、しかも失われた四肢さえも蘇るというカルト教団。ジョーデンタウンには助手以外にも外部の人間が訪れていた。その調査団のメンバーが不可解な死を遂げ、その後も次々と起こる。しかし、ここでは病気や怪我もなく、つまり死んだりしないので彼らに事情聴取をしても、事件のことを伝えても誰も信じない。そのような奇跡が存在する土壌で起きた密室殺人という特殊ミステリ。 なんといっても白眉は解決編。全体の1/3以上が解決編という構成。いわゆる多重解決もので、作者の得意としているところ。ひとつの事件に対して仮説を立てて、謎を解決したかと思いきや、その推理を上回る新たな解決が現れることが延々に続く。この圧巻の解決編が読ませる。この多重解決は、今までにない着地のさせ方、新しい趣向がなされている。複数の推理が語られてこそ、この犯人を真に断罪できるという構図が見事。緻密な推理を組み立てるためには、多くの手掛かりが必要であり、多くの手掛かりを生むためには、それと気づかせない工夫が必要だということに労力をかけていることがよくわかる。 最後の最後までサプライズが詰め込まれ、どんでん返しに次ぐどんでん返しで振り回される快感が味わえる。終盤に明かされるタイトルの真意も実に衝撃的で、真犯人の動機には戦慄させられた。作者にしてはグロテスクな描写が抑えられているので、万人にお薦めできる本格ミステリの傑作。 |
No.545 | 6点 | ブレイクニュース- 薬丸岳 | 2023/12/28 06:50 |
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SNSが武器にも凶器にもなる現代社会の危うさを7つの事件取材から描いた連作短編集。
「ブレイクニュース」週刊誌記者の真柄新次郎は、人気ユーチューバー・野依美鈴の取材をすることになった。彼女のユーチューブ「ブレイクニュース」は視聴回数1000万回を超える。ギリギリともいえる手法で児童虐待の問題に切り込んでいく美鈴に反発を覚える。 「巣立ち」51歳の息子が19年も引きこもり状態になっていることに悩む老夫婦。自分たちを取材してもらって、ブレイクニュースを視聴している息子に見てもらいたいという依頼だった。ラストに差し込むかすかな光が、希望を感じさせる。 「嫌疑不十分」杉浦周平は、女性を暴行したという容疑で逮捕される。嫌疑不十分で不起訴になったものの、仕事はクビになり両親からは絶縁を言い渡され、苦境に陥っていた。冤罪を晴らしたいとブレイクニュースに依頼する。ラストの捻りの鮮やかさに唸らされた。 「最後の一滴」生活苦からやむなくパパ活という選択肢を取った北川詩織。「あなたは闘ったことがある?」と美鈴に問いかかられた詩織が下した決断は。女性であることが不利にならない社会であってほしいという作者の願いが伝わってくる。 「憎悪の種」は、在日外国人への差別意識を「正義の指」では、SNSの誹謗中傷にスポットを当てている。そして最終話「ハッシュタグ」で美鈴をめぐる謎とブレイクニュースを続けてきた目的が明らかになる。 児童虐待、8050問題、冤罪事件、ヘイトスピーチ、パワハラ、医療過誤など、まさに現代日本が抱える問題が浮き彫りになり、それがネットと絡み、ネットの闇もリアルに描かれている。 |
No.544 | 5点 | 石ノ目- 乙一 | 2023/12/24 06:51 |
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表題作はホラー、それ以外は奇譚の4編からなる短編集。
「石ノ目」顔を見たら石になってしまうという石ノ目の伝承が息づいている村の中学教師が主人公の物語。夏休みに同僚の教師と山登りに行くも遭難。そこで見知らぬ人に助けられるが、石ノ目ではないかと疑う。落としどころは、そこしかないというところだがプロセスは面白い。意外な伏線もあった。 「はじめ」苦し紛れに創造した架空の女の子が実際に存在してしまうという物語。幽霊という存在ではない微妙な存在ではあるが、その存在感が面白い。 「BLUE」動く人形の視点で語られる。あるグリム童話から発想を得たのかと思われる物語。結末は泣かせる。 「平面いぬ」ふとしたきっかけで、腕に犬のタトゥーを彫ったら、それが動き出すといいう変な物語。しかも、主人公の家族が全員、癌で余命幾ばくもないという。笑ってはいけないんだろうが、笑ってしまう巧さがある。 |
No.543 | 6点 | 顔のない敵- 石持浅海 | 2023/12/20 06:50 |
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対人地雷を小道具にし、本格ミステリの要素として組み入れた地雷シリーズ6編と処女編1編からなる短編集。
「地雷突破」イベントで爆発しない、安全な使用に作り替えられた地雷原を歩いたスタッフが、なぜか爆死した。読者の裏をかき続ける展開に前向きな結末。 「利口な地雷」対人地雷にも様々な種類があり、本編で出てくるのは、地面に埋めれば時間とともに消える地雷。犯人を絞り込んでいくプロセスに作者らしさが感じられる。 「顔のない敵」地雷その物が生み出す悲劇をここまで切なく描いたミステリも珍しいのではないか。犯人を絞り込むロジックそのものは単純ながら、ロジックがさらに悲劇性を高めている。 「トラバサミ」地雷除去NGOのメンバーの一人が交通事故で死亡した。彼はトラバサミを持っていた。地雷代わりにどこかに仕込んだらしいが、本人が死んだ今、どこにあるか見当がつかない。ちょっとした会話から手掛かりを拾い出し、場所を特定する様は本編の真骨頂。 「銃声でなく、音楽を」NGOのスポンサーの元に赴いた二人。そこで偶然、銃殺事件に遭遇する。説得の論理に一見身勝手だが、それ故に説得力を持つ。 「未来へ踏み出す足」地雷除去装置を以て日本へ来た面々のメンバーが奇妙な格好で死んでいた。シリーズのフィナーレにふさわしい、実に前向きな作品。 「暗い箱の中で」本書のボーナストラック。エレベーターの中で起きる殺人。なぜ犯人はこの場所で人を殺さなければならなかったのか。真っ暗になったエレベーター内での殺人という設定が新鮮。動機は少々無理があるが、瑕疵というほどのものでもない。 |
No.542 | 7点 | 邪教の子- 澤村伊智 | 2023/12/16 06:56 |
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物語は、慧斗という女性の手記から始まる。少女時代、彼女が暮らすニュウータウンに引っ越してきた同い年の茜は、親が新興宗教に入信していて娘を学校に通わせない。その茜を助け出そうとする慧斗の懸命な行動が描かれる。慧斗の手記には違和感があり、真実が明かされる前から不穏な空気をまとっている。
二部構成のプロットで、中盤に捻りを加え、知らないうちに騙されてしまうミステリの魅力を、知らないうちにオカルト教団に絡めとられてしまう恐怖に重ねて描いているのが巧い。幸せそうなのに素直に受け入れられない恐怖がある。真実が明かされると手記の持つ意味がガラリと変わり物語がひっくり返る。 タイトルの「邪教の子」が意味することは。邪教の子とは誰のことを指すのか。どんでん返しが繰り返され、帯の惹句通り最後の最後まで気が抜けない作品。 |
No.541 | 5点 | ほうかご探偵隊- 倉知淳 | 2023/12/12 07:02 |
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ジョブナイルミステリ叢書、ミステリーランドの一冊として刊行された作品で、子供向けではあるが大人でも十分楽しめる。
クラスで起きた、不用品連続消失事件。消えたものは、不細工な手作り招き猫、図工の授業で描かれた風景画、そして縦笛の真ん中の部分。加えて飼育小屋のニワトリまでもが消えてしまい、誰が何のためにこのようなことをやっているのかと謎は深まるばかり。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが好きな龍之介に誘われ、4人で探偵隊を結成する。そして消えた4つに共通点があるのではと推理を始める。 視点は子供だが、会話などに猫丸先輩シリーズを彷彿とさせる。プロットの運びや真相、伏線の張り方が「猫丸先輩の推測」に収録されている数編を思い起こさせるものがあるからだろうか。どこかほのぼのした、それでいて推理の過程をしっかり押さえていて、なかなか本格的。 視点を龍之介の友人に置くことで、子供の視点で物語は進む。本書はそのお約束がかなり効果的に使われており、実に巧い作品に仕上がっている。真相は、いささか拍子抜けする部分もありはしたが、子供に読ませたい作品であることは確かだし、それだけに止まらず、作者のファンならば読んで損はないでしょう。 |
No.540 | 7点 | 疑惑- 折原一 | 2023/12/08 19:16 |
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オレオレ詐欺、放火、悪徳リフォームなど、テレビでよく報道されているような身近な犯罪がテーマの5編とボーナストラック1編の短編集。
「偶然」一人暮らしの老婆の元に、出ていった息子から電話が入る。切れ味より予定調和な意外さがあって巧さを感じる。 「疑惑」ひきこもりの息子が放火犯ではないかと疑う母親。細かいどんでん返しの連続で、オチは読みやすいが締め方が巧い。 「危険な乗客」夜行列車で乗り合わせた隣の席の女。怪しげな雰囲気の中、折原マジックが炸裂する。 「交換殺人計画」義理の父親を殺す計画を立てた男は、愛人にその計画を打ち明けるが。交換殺人をどう捻るかが話のキモだが、ラストは呆気にとられた。 「津村泰造の優雅な生活」引退して悠々自適の生活を送る津村泰造だったが、そこにセールスマンが来たことから話はややこしくなる。オレオレ詐欺や悪徳リフォーム業者がモチーフになっており、仕掛けられたトリックは一筋縄ではいかない。後味の悪さが印象的。 「黙の家」画家の石田黙の画をふんだんに使っている。沈黙のスピンアウト。 |
No.539 | 6点 | 祈りの幕が下りる時- 東野圭吾 | 2023/12/04 06:52 |
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加賀恭一郎シリーズ第10作。
アパートで女性が殺されていた事件と河川敷でのホームレス焼死事件。それぞれ同時期に近い場所で殺された事件だった。今回の事件には、加賀の人生にとって重要な過去の出来事が大きく関わっている。彼が子供の頃に家を出ていった母親が残した謎のメモ。そのメモに書かれていたのと同じ内容が書かれたカレンダーが、殺人事件の現場となった部屋で発見されるのだ。 その内容が何を意味するのか。その謎を解き明かした時、事件が解決するとともに、加賀が母について一番知りたかったことも彼の前に現れる。加賀が日本橋署にこだわって異動してきたことも、どのような経緯で母と生き別れになったのかということも、シリーズを通しての謎が明かされスッキリする。 ただ本作は、ミステリとしては地味で派手な仕掛けはない。暗号らしきものが登場するが、暗号とは少し違った意味合いを持つので、謎解きに大きく関わってくるものの、そこに驚きがあるということはない。 縁もゆかりもないはずの人物が入居していたアパートの部屋で殺されていた女性から、少しずつ様々な人物をたどっていき、一本の線につないでいく地道な作業に執念が感じられ、大事なピースがはまった時には感動を呼ぶ。加賀恭一郎という男の謎と人間的魅力、物語全体を貫く切なさ。本作は、どんでん返しや大きなトリックを楽しむものではなく、人間関係のドラマで読ませる作品といえるだろう。 |