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パメルさん
平均点: 6.12点 書評数: 707件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.587 5点 天帝妖狐- 乙一 2024/06/29 19:21
2編からなる中編集。
「A MASKED BALL」煙草を吸うために学校の敷地の隅にある人気のないトイレを使っていたら、「ラクガキスルベカラズ」という落書きが書かれてあった。それに対して主人公を含めた見知らぬ者同士の交流が始まり、返事をしていくことに。その中で、常にカタカナ文字を書く人物が理不尽な粛清予告のようなものを書き始めてエスカレートしていく。サイコ・サスペンスとしての完成度は高いが、作者らしいインパクトがあるかといえば、それほどでもない。
「天帝妖狐」夜木と杏子の悲しい物語。一人コックリさんの世界で、「人ならざるもの」に体を乗っ取られてしまい自分の人生を破滅させてしまう夜木の悲しみと、そんな夜木が出会った何ものにも代えがたい優しさが心にしみる。仕事を与え一緒に暮らし、それでも別れなくてはいけない杏子。二人の出会いから別れまでを夜木の独白の手紙と杏子の回想を交互に描く手法が効果的。夜木の人生のことを考えると救いがなく辛く切ない。恐ろしい境遇を追体験できる。

No.586 6点 アイルランドの薔薇- 石持浅海 2024/06/25 19:33
日本人科学者・黒川が同僚と出掛けた週末のバカンスで、嵐に巻き込まれ辿り着いた南アイルランド郊外のホテル「レイクサイド・ハウス」には奇妙な緊張感が漂っていた。
気立ての良い女主人、働き者のボーイ、三人組の釣り客、オーストラリアから来たビジネスマン、二人連れの女子大生、アイルランド人会計士。この中に正体不明の殺し屋が紛れ込んでいた。翌朝、ある人物の死体が発見されるや活動家たちは困惑する。そして捻りの効いたクローズド・サークルの状況で、知力と誇りをかけた論理ゲームの幕が開く。
アイルランド紛争という重たいテーマを扱いながら、その舞台設定を見事に本格推理の中に落とし込まれている。アイルランド紛争の歴史的背景や、その政治的・社会的・宗教的・民族的課題については作中で詳しく説明してくれる場面があるので知識が無くても大丈夫。「殺し屋」というカードを巧みに使いまわすことで、物語に厚みを加えているし解決につなげる論理の切れ味も鮮やかで心地よい。
真犯人の正体に意外性はないが、捻りの効いた状況設定とプロット、そして誰が嘘をついているのかを読者に考えさせるように仕向けるギミックが効果的。背景に滲ませた政治問題も緊迫感につながっており好印象。

No.585 7点 球形の荒野- 松本清張 2024/06/21 19:16
芦村節子は唐招提寺を訪れ、芳名帳に亡き叔父の野上顕一郎の筆跡に酷似した「田中孝一」という署名を発見する。野上は十七年前にスイスで病死しているはずだが。久美子の恋人・添田彰一は、この話を聞き野上は生きているのではと、疑念を抱き調査を始める。
戦争の「亡霊」の帰還を親子の情愛に絡めて描いたロマンチックサスペンスで、時代的意義は大きい。舞台となった奈良・京都・観音寺などの風景描写にも生彩がある。
終戦後の国際外交という視点から戦争のもたらした一つの悲劇を紡ぎ出し、凄絶な孤独を背負った男を経済成長期の日本の現実の中へ出現させるという野心的な試みは注目に値する。
旧軍人による右翼組織の策動や殺人事件を絡ませてスリリングな展開、戦争によって引き裂かれた父と娘の運命、そして再会。静かに繰り広げられる終幕は感動的である。殺人の謎もあるが、どちらかと言えば数奇な運命を担う一人の男の娘に対する愛情というテーマの方が強く印象に残る。読み終えてタイトルの意味を知った時は切ない気持ちになった。

No.584 6点 死命- 薬丸岳 2024/06/17 06:07
榊信一は、デイトレードで巨万の富を築いた成功者。澄乃という恋人がいるが、性的欲求が高まると、全ての女性を殺したくなるという衝動を内に秘めている。末期癌で余命宣告されたことを契機に、欲望に忠実に生きることを決意し、次々と殺人を犯していく。一方、警視庁捜査一課の蒼井凌は、組織捜査に馴染まない一匹狼だが、独特の勘の持ち主である。胃癌の再発で奇しくも同じく余命宣告された日から、連続女性殺害事件の捜査に執念を燃やす。追う者、追われる者、共に長く生きられないタイムリミットの設定に惹き込まれる。
物語は、この二人に澄乃を加えた三人の視点から交互に描かれる。物語の進展につれて、榊の殺人衝動のもとになった少年時代の事件が浮かび上がる。異常心理による快楽殺人を扱ったクライム小説であり、連続殺人のホワイダニットをめぐる本格推理小説であり、執念の捜査を描いた警察小説であり、禁断の恋の行方を追う恋愛小説の四つを同時進行で味わうことが出来る。
しかし最大の読みどころは、病魔に死命を制された二人の男が残された生命をかけて文字通りの死闘を展開する息詰まるサスペンスである。とはいえ、結末は想定の範囲内であり、既定路線なところには不満が残った。

No.583 7点 汚れた手をそこで拭かない- 芦沢央 2024/06/12 19:17
誰もが抱える心の闇と、その驚きの顛末を描いた5編からなるイヤミス短編集。
「ただ、運が悪かっただけ」余命いくばくもない妻が、残り少ない日々を夫と静かに過ごす。ある日、夫は長年抱えてきた秘密を打ち明ける。自分の行為を悔やみ続けている夫と、妻もまた苛む葛藤から出ざるを得なくなる構成が美しい。
「埋め合わせ」小学校教師の主人公は、不注意から学校のプールの水を流出させてしまう。主人公はどうにか隠蔽工作を図るが。ラスト三ページで怒涛の如く真相が分かる展開は鳥肌もの。犯行のロジックとそれを瓦解させるロジックの切れ味が素晴らしい。
「忘却」アパートの隣人が熱中症で死亡する。主人公は、誤配された隣人宛の電気料金滞納のハガキを渡し忘れていたことを思い出す。少しずつ記憶が保てなくたっていく妻の言動と相まって、忘却の悲しみ、残酷さが伝わってくる。
「お蔵入り」主演俳優の違法行為で、新作映画の公開が危ぶまれる事態に陥る。映画がお蔵入りになるのを避けようと行動をとるが。証言者の悪意がどこにあるのか、気づかないのはおかしいのではないだろうか。
「ミモザ」人気料理研究家となった主人公は、サイン会の席で不倫関係にあった男と再会する。意外な人物の恐ろしさを知り戦慄させられた。
いずれの作品でも判断と選択によって事態を暗転させていく様が端正な筆致で綴られている。読み手が身につまされるのは、人間心理とその行為がもたらす負の結果が絶妙に戯画化されているからであるが、随所で光る巧みなレトリックがなんとも心地よく、ブラックコメディ調の作品すら一抹の叙情性を帯びていくのは作者ならではだろう。

No.582 5点 怖ガラセ屋サン- 澤村伊智 2024/06/08 19:24
依頼主から頼まれる復讐、懲戒、悪ふざけ。あの手この手で怖がらせ、願いを叶えてくれる怖ガラセ屋サンに恐怖させられる人たちの7編からなる短編集。
「人間が一番怖い人も」浦部の自宅に会社の後輩・司馬戸が遊びにくる。怪談好きで、婚約者とも怪談クラブで知り合ったらしい。しかし婚約者の発した言葉が恐怖の色に染め上げていく。信頼が計画的に作られたものだったらと疑えば疑うほど怖くなる底知れない恐怖を感じさせる。
「救済と恐怖と」高額なパワーストーンやサロンの代金を払うため、樹理亜は娘の藍凛に体を売るように求める。救いの果てにある地獄が描かれており、ゾッとさせられる。
「子供の世界で」仲良しグループ内の一人をいじめ続け、結果的に死に追いやった小学生三人の罪と罰が描かれる。彼らに待ち受ける恐怖は、まだこれからと思わされる怖さがある。
「怪談ライブにて」怪談ライブで4人の怪談師が各々の怪談を話し始める。怪談話が終了後、客に怪談話を募る。怪談を話すと思ったら、思わぬことが暴露されことに。最後のオチがしっかり決まる。自業自得。
「恐怖とは」不倫現場をとらえるため張り込むゴシック週刊誌カメラマンの菊池と、情報屋の恵子が車内でたたかわせる恐怖論。油断ならない切ない結末。
「見知らぬ人の」四人部屋の病室の自分の向かいの徳永さんのところに毎日、見舞いにくる女性がいる。毎日、欠かさず来て訳のわからない話をして帰る。恐れおののく人々を描きながら、恐怖とは何かという根源的な問いを改めて突き付けてくる。
「怖ガラセ屋サン」謎めいた怖ガラセ屋サンのルーツに迫るルポルタージュ的な一編。断片的な資料から浮かび上がる、その不気味な存在感。恐怖を論じることで読者を恐怖させる。そんなアクロバットに挑み見事に成功している。

No.581 7点 案山子の村の殺人- 楠谷佑 2024/06/04 19:26
コンビミステリ作家・楠谷佑として活動する宇月理久と篠周真舟は、土着信仰のある村の小説を構想していた。従兄弟同士で合作する彼らは大学の友人に誘われ、秩父の奥の宵待村へ取材旅行に出かける。訪れた宵待村は、至る所に案山子が設えられた、まさに案山子の村。その村で毒矢で射られる案山子に、忽然と姿を消す案山子。緊張が高まっていく中、ついに起きてしまう殺人事件。
特殊設定ミステリが流行している現代において、この作品は昔ながらの本格ミステリの趣があり、どこか懐かしさを感じさせてくれる。因習が残る地域ということもあり、横溝作品を連想させるが怪奇色は控えめ。あくまで作中の描写や、登場人物の言動など、些細な手掛かりを起点とした推理で楽しませてくれる。意外なロジックを存分に味わえる構成になっており、読者への挑戦状も二度挟まれている。
素人探偵として謎に直面し戸惑い、他者の秘密を知り、その事実と向き合い傷ついていくところが魅力的。それでも解かざるを得なかった者の悲哀と孤独を温める従兄弟同士のコンビ作家というバディ関係も絶妙で、爽やかな印象を残す。今後もこのコンビは続きそうなので楽しみである。

No.580 5点 ビター・ブラッド- 雫井脩介 2024/05/30 19:27
警視庁S署E分署に勤務する新米刑事の佐原夏輝が、初めて担当した殺人事件でコンビを組みことになった相手は、彼が幼い頃に家庭を捨てて出て行った父親の刑事・島尾明村だった。S署には情報屋との接触を一元管理していた刑事がいたのだが、何者かに殺される。やがて警察内部の者が犯行に関わっている疑いが浮上する。
本書で描かれるのは、聞き込みや情報屋から得たネタの裏付けといった足を使う地道な捜査の実態。聞き込みの際の効果的な身分証の提示法や、似顔絵を見せた時の相手の反応の真偽を目の動きで判断する方法を、明村が夏輝に伝授するといった場面が興味深く読めた。科学捜査がいかに進歩しようと、長年の経験に裏打ちされた刑事の勘や洞察力、人間観察の目は捜査の上で大きな力になることがよくわかる。
キャラクターは、明村以外の刑事も個性派揃い。刑事以外も情報屋の相星や平石という女性など癖があっていい。謎解きには、さほど力点が置かれておらず、スリリングな面も多くないためミステリとしては地味な印象がある。事件の捜査に絡めて、父子の葛藤や心の絆が極めて細かく、ユーモラスに描かれていて、どちらかと言えば家族小説に重きを置いた作品と言えるのではないか。

No.579 6点 同姓同名- 下村敦史 2024/05/26 06:45
冒頭で六歳の少女・津田愛美が公園の公衆トイレでめった刺しの遺体となって発見されるという痛ましい事件が紹介されるが、物語はありがちなサイコホラーものようには運ばない。
やがて容疑者が逮捕されるが、それは十六歳の少年だった。当然ながら少年の名前は伏せられるが、犯行の残虐性や遺族の悲しみを考えれば実名報道がふさわしいということで、少年法改正の声が強まっていく。世間が揺れ動く一方で、やがてとある雑誌が少年Aの実名公表の挙に出る。その実名とは「大山正紀」だった。将来を嘱望されるサッカー高校生の大山正紀やネットゲーマーの大山正紀、コンビニでバイトに励む大山正紀もそうした風説の渦中に巻き込まれていく。
彼らは殺人犯と名前が一緒だったというだけのことで、進学や就職への道が閉ざされてしまう。ネットの時代となりSNSの網を張り巡らされた今、世の利用者はあぶれ者の断罪に、いともたやすく走る。マスコミのように事実のウラを取ったりはしない。その情報が際立ったものであればあるほど、発信者の言うがままに乗せられてしまう者も少なくない。そうした現代情報社会が抱える闇の恐怖をスリリングに暴いている。
後半になると、社会派のタッチを温存したまま、謎解きものの様子を強めていく。少女殺しが起きてから七年がたち、服役を済ませた犯人・大山正紀は釈放される。大山正紀と同姓同名の一人が、ネットで世の同姓同名たちに呼びかけ、「大山正紀同姓同名被害者の会」を立ち上げる。そこから始まる、大山正紀たちによる大山正紀狩りは二転三転していく。よくぞこんなことを考えつくものだと感心してしまった。同一名の描き分けは難しいと思うが、ひとつひとつの人生を丁寧に描いているため、それぞれの人物像も自然と頭に入ってきて混乱することはなかった。

No.578 7点 光媒の花- 道尾秀介 2024/05/22 19:30
第33回山本周五郎賞受賞作の6編からなる連作短編集。
「隠れ鬼」印章店を営む主人公は、認知症を患った母親と二人で暮らしている。ある日、母親が画用紙に絵を描いている。笹の花の絵に思えた。まさか母親が描いているのは、あの光景なのか。このオチには驚かされた。
「虫送り」主人公の少年は、妹と川辺で虫を取る習慣があった。二人が川辺にいると、いつも川向うで懐中電灯の光を見かけた。今日も光が見えたのだが、すぐに消えてしまった。しばらくすると、おじさんが声をかけてきた。意表を突く展開が素晴らしい。
「冬の蝶」かつて昆虫学者になろうと夢見ていた男は、少年時代のことを回想していた。ある日、川辺でサチというクラスメイトと話すことになり、毎日サチに会いに行くため川辺に向かった。ふとした偶然が重なりサチの家に行くことになったのだが。偶然、覗き見してしまった好きな女性の生々しくも悲しい物語。
「春の蝶」隣の部屋に警察がやってきていた。その時は、「何か物音を聞きませんでしたか」と警察に聞かれただけだったが、後で聞くと大金を盗まれたとのことだった。隣に住んでいる女の子を見かけ、声をかけたが反応がなかった。どうやら心理的な理由で耳が聞こえなくなってしまったらしい。心温まるラストに感動。
「風蝶花」トラックの運転手をしている主人公は、入院することになった姉を見舞うべく病院へ向かった。そこで母親の姿を見かけ、咄嗟に姿を隠してしまう。父親の癌の症状に回復の見込みがないと知るや、性格まで一変したかのような母親の態度が許せなかったのだ。姉の策略でハッピーエンド。微笑ましい話。
「遠い光」小学四年生のクラス担任である主人公は、再婚によって名字が変わるクラスメイトを気にかけていた。その女の子がテレビで紹介された猫に石を投げて殺そうとしたらしいので現場に向かってくれと教頭から連絡が入る。ラストの大団円の意味が分からない。
連作短編集だが、作品同士の繋がりはそれほどない。ただ、前の物語の脇役だった人物が、次の物語では主人公になっているという構成になっている。
主人公たちは、それぞれ狭い世界の中で、大小あれど失望している。その一瞬一瞬の心情の変化の描写力が緻密で素晴らしい。それぞれの「狭い世界」。しかしそれが主人公にとっては世界の全て。外の世界の価値判断からすれば異常な物事を、狭い世界を濃密に描くことで「正しい」という価値観に転化させているような印象。主人公たちは、それぞれ悩み、苦しみながら生きている。そんな哀しい物語ではあるが、心に傷を抱えながらも生きる希望の光を与えるような描き方が抜群に上手い。

No.577 6点 安楽探偵- 小林泰三 2024/05/18 06:19
依頼人の奇妙さを堪能できる6編からなる短編集。
「アイドルストーカー」アイドルの富士唯香が、マネージャーに狂気のストーカーについて相談する。マネージャーは、それぐらいでは警察は動いてくれないと難色を示す。その後、自宅に閉じこもる生活を続けることになったが。探偵は、あるシーンから真相を看破する。これは想像つきやすいと思ったが全然違った。思い込みの力に恐怖を感じる。
「消去法」中村瞳子は、自分には超能力があると語り始める。「消えろ」と口に出して言うと、その人物の存在が最初から無かったことになってしまうのだと。こんな大掛かりのことをやるなんて。オチは読みやすいブラックコメディ。
「ダイエット」戸山弾美は、何者かに太る薬を盛られていると訴える。一カ月、ほとんど何も食べていないのに、太り続けるのだと。このような叙述トリックは初めて。想像を超えていた。
「食材」持ち込んだ食材を調理してくれるというレストランで、娘が忽然と姿を消した。食事のシーンがグロテスクなホラーで、ひねくれた物話。誰もが想像しそうなオチでないところがいい。
「命の軽さ」伊達杏太郎は、NPOに給料の三カ月分を寄付したのだが、NPOがどんな金の使い方をしたのか調査し、詐欺に遭ったかもしれないと訴える。調査目的が要領を得ず、不気味さを助長している。
「モリアーティ」これまでの5つの事件の伏線の回収が楽しめる。探偵と助手、依頼人と読者の関係性に捻りを加え、連作集としている。
本書の探偵は、推理する者というよりカウンセラーに近い立ち位置であることが特徴。依頼人の妄想を否定せず、その論理に沿って謎を解決しようとするところが、普通の謎解きと違って面白い。

No.576 4点 ポイズン 毒 POISON- 赤川次郎 2024/05/14 19:28
毒というアイテムを触媒にして、人間の潜在的な悪意を描いた4編からなる連作短編集。
わずか一滴飲んだだけで心臓麻痺で死に至り、いかなる科学捜査でも検出は不可能。しかも効果が出るのは、飲んでから24時間後。そんな完全犯罪を約束する究極の毒薬が、大学の研究室から消えた。
「男が恋人を殺すとき」雑誌記者の秋本俊二は、大学の研究室に勤める恋人の笹田直子から究極の毒薬のことを教えられ、秋本はある目的のために毒薬を盗み出す。ある意味、ミステリではありふれた動機で今ひとつ。
「刑事が容疑者を殺すとき」刑事の中野は、自分がかつて取り調べた原田からの報復を恐れ毒を使って原田を殺害しようとする。子供を思う親の愛情が胸に迫るが、少々暴走気味では。絶望感漂うラストに呆然。
「スターがファンを殺すとき」人気アイドルの牧本弥生は、所属事務所が弥生に見切りをつけ、次のスターを売り出そうとしているとファンから教えられる。弥生は、毒を使って後輩を殺そうとする。世間知らずで我儘な娘の破滅の物語。最後の一行が印象的。
「ボーイが客を殺すとき」ホテルマンとして働く笹谷は、無政府主義のテロリストでもあった。総理大臣の息子の結婚式で、毒を用いて政府要人を暗殺しようとする。無理矢理収拾をつけたようなところもあり、ご都合主義な感は否めない。

No.575 6点 6時間後に君は死ぬ- 高野和明 2024/05/10 06:32
未来予知能力という題材を通じて、運命と向かい合う様々な人間の姿を描く5編からなる連作短編集。
「6時間後に君は死ぬ」原田美緒は、25歳の誕生日を迎える前夜に、江戸川圭史と名乗る青年から突然、「6時間後に君は死ぬ」と警告される。予言者とはいえ、非日常的な出来事が起きた瞬間が見えるだけで、何もかもが見通せるわけではない。この設定が、スリルの盛り上げに一役買っている。興味を惹かれる不思議な状況の中での謎解きが読ませる。
「時の魔法使い」苦しい生活をしているプロットライターが地元の神社を訪れると、幼い頃の自分と遭遇する。過去の自分を見ながら、今の自分を見つめる、心温まるストーリー。
「恋をしてはいけない日」どんな相手でもすぐに飽きてしまい、次々と恋人を変える美亜。そんな時、圭史に「今度の水曜日だけは人を好きになってはいけない」と言われる。警告は何を意味していたのか。その別れが印象深い。
「ドールハウスのダンサー」ダンサーを夢見て、ダンスの練習に明け暮れオーディションを受ける美帆。彼女は、時折デジャ・ビュのような不思議な感覚を覚えるのだが。夢と厳しい現実の間にいる主人公の描写が魅力的な不思議な物語。
「3時間後に君は死ぬ」圭史はあるパーティー会場で、彼自身を含む大勢の人間の死を予知してしまう。何とかして惨事を防ごうとするが、事態は悪い方向へ転がっていく。きめ細やかなサスペンスの演出が読みどころ。
全体を通して、辛い現実を描きつつ示される未来への明るさが、テーマとして感じられる。

No.574 8点 地雷グリコ- 青崎有吾 2024/05/06 06:34
主人公は女子高生の射守矢真兎。亜麻色のロングヘアに短めのスカートにぶかぶかのカーディガン。いつも飄々としていて、一見やる気のなさそうな彼女の特徴は、勝負ごとに滅法強いこと。いざゲームが始まると誰もが驚くような洞察力と閃きを見せる。
そのゲームは、グリコ、神経衰弱、じゃんけん、だるまさんが転んだ、ポーカーといった誰もが馴染みのある子供の遊びにアレンジを加えており、全体が統一されている中での駆け引きが楽しめる。読み合い、ルールの穴を探り、心理戦を仕掛け合い、完璧に見えた相手の戦略を真兎が毎回、土壇場でひっくり返してみせるのが痛快。
物語の始まりは、文化祭でどの団体が一番人気の屋上を使うか決める勝ち抜き戦。次第にスケールが大きくなり、最終的には大金が動くゲームと発展していくのだが、ギャンブル小説でありながら、同時に最後まで青春学園小説の基本線は逸脱することない。克明に描かれる機微も、あくまで高校生の等身大の悩みや迷いに寄り添っているのが特徴的で女性同士の友情物語でもある。エンターテインメントとしての語り口の巧さがあり、どこまでも爽やかで軽妙でありながら熱い勝負が成立しているのが素晴らしい。
いつも真兎を応援する友人の鉱田ちゃんや、対戦相手の理論派の椚先輩や豪快な佐分利生徒会長、図抜けた頭脳を持つ雨季田などキャラクター造型も魅力的。「カイジ」や「賭けグルイ」といったギャンブル漫画が好きな人には特におすすめしたい思考ゲームミステリの傑作。

No.573 6点 同期- 今野敏 2024/04/30 19:31
捜査一課の宇田川亮太は、家宅捜索の現場近くで同期の蘇我和彦を目撃した。蘇我の所属は公安部で、刑事事件とは無縁のはずだ。不可解な出来事から三日後、蘇我が懲戒免職になったとの情報が入った。
日本の警察組織は、刑事、組織暴力対策、公安といった部門間の対抗意識が強く、協調が難しい体制になっているらしい。その弱点に着目し警察組織の実態をリアルに描いている。
誰もが己の正義を貫こうとしている。部門が違うために正義のありようが変わってしまうだけなのだ。立場の違いを乗り越えて、力を合わせることは出来ないのか。宇田川の働きが、硬直した組織に思いがけない動きをもたらす。上層部と真っ向から対立し、最終的にやり込めるところは胸がすく思い。その根本が同期を救うためというのがいい。
真相や真犯人、同期の謎をめぐるミステリやサスペンス要素が炸裂している。一つの事件を通して成長を遂げる主人公の成長物語としても読めるし、さりげない形で友情を描いた物語でもある。
理屈ではなく情でもなく、しがらみでもなく、ただ同じ時に同じ場所に立ったという運命だけで繋がる関係。「仲間」、「戦友」といった存在、それが同期だろう。誰もが心の中に同期として意識する相手を持っているのではないか。それを意識して読めば、さらに味わい深い読書となるでしょう。

No.572 6点 地図男- 真藤順丈 2024/04/26 19:24
映画製作会社のフリー助監督である「俺」は、いつも地図帖を持ち歩いているホームレス風の男と知り合う。俺は、そいつを地図男と呼ぶことにした。
地図男は、関東周辺ならばあらゆる場所を正確に把握している。番地や地名の由来まで即答できるのだ。そして、その地図の余白には至る所に物語がリズミカルな内容で書き込まれている。それを読むだけでも十分楽しめるのだが、一体誰に向かって語っているのかが気になってくる。
主人公である俺と地図男のやり取りと地図男が書いた物語が交互に描かれる形で進んでいくが、特に地図男の書いた物語には引き込まれた。武蔵野とあきる野が多摩川を挟んでいる地図のページで登場するのは、やみくもな破壊衝動に取りつかれた少年「ムサシ」と、一刻も静止していられない少女「アキル」の悲しい恋の物語だ。この物語に至って、語り口に神秘的な荘厳さが漂い始める。同時に語る声が複数に分裂してしまう。そのもつれ目から、「地図男」の始原が浮かび上がってくるのである。
次々と繰り返す物語で楽しませながら、複雑な物語構造の深部へと周到に誘うストーリーテラーぶりに圧倒された。かなり短い小説であっという間に読めてしまうが、ギュッと凝縮された密度の濃い作品で読み応えがあった。

No.571 2点 警視庁特捜班ドットジェイピー- 我孫子武丸 2024/04/22 06:32
不祥事が続く警視庁は、イメージアップのため様々な分野のエキスパートでもある5名を選び警視庁特捜班ドットジェイピーを設立した。(秘密戦隊ゴレンジャーから始まる特撮テレビドラマシリーズのいわゆる戦隊モノのパクリ)
本作の最大の特徴は、メンバー全員が高い能力を持ちながら、いわゆる残念な人たちであること。人を食ったような奇人変人たちを淡々とした文体で描き、彼らが巻き起こすドタバタ劇を活写する。
物語自体は、メンバーの一人に恨みを持つ犯人が、ひき起こす攪乱、誘拐といった事件を作者なりのユーモアを交えながら進んでいく。ミステリ的要素の面白さもなければ、笑わせに来ているのだと思うが笑えない下品なギャグなど残念なところが多い。そして登場人物ひとりひとりの個性も掘り下げるに至っていないので、キャラクター小説としても今ひとつ。
はっきり言ってしまうと、今まで読んできたどの小説よりもつまらなかった。読書の時間を返して欲しいと思ったレベル。

No.570 7点 - 曽根圭介 2024/04/18 19:32
日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「鼻」を含め3編全てに、差別や不平等などの描写がある短編集。
「暴落」人間の価値が株価として設定されている世界で、就職や結婚、交友関係、家族関係などで自分の株価が上下する。一流銀行に勤める主人公は、あることをきっかけに株価が下がり、上げようと画策するが。銀行員が「イン・タム」になるまでの身の上が語られるが、この名前の秘密が突拍子もなく想像を超えていた。
「受難」「俺」は気付くと、見知らぬ場所に手錠で繋がれていた。そこへ若い女が現れるが、助けることはせず謎の手紙を残し帰っててしまう。限界状況に現れた救世主となり得る人間が、話の通じない相手であるという恐怖。ただただ不条理な絶望感が味わえる。
「鼻」人間たちは鼻を持つ「テング」と、鼻のない「ブタ」に外見で二分され、テングはブタから迫害され、殺され続けていた。テング側に立ち救う側の医者と連続幼女誘拐事件を捜査する警察官の視点が入れ替わり描かれるが、ところどころ違和感が。二人が交わった時に明らかになる真実に驚かされた。異様な世界が見えるような気持ち悪さが味わえる。

No.569 6点 追憶のかけら- 貫井徳郎 2024/04/14 19:23
主人公である大学講師の松嶋は、上司である教授の娘と結婚していたが、自分の浮気が原因で喧嘩をし、妻は実家に戻っている時に事故で亡くなってしまう。そのため義父・麻生教授との関係も良くない。
そんな失意の日々を送る松嶋のところに、戦後間もなく自殺した作家・佐脇依彦の未発表手記が持ち込まれる。その手記は、自分がどうして死を選択することになったのか、ということが綴られているのだが、その内容がミステリとしか形容しようがないものだった。
謎めいた内容もさることながら、旧字旧仮名で書かれているのが、得体の知れない不安を覚えさせる。その不安感は、手記の謎を探る松嶋が何者かに追い詰められたり、数々の不可解な出来事で一層、増幅されていく。複数視点で物語を二転三転する展開は、作者の真骨頂と言える。最後に明らかになる黒幕の悪意、残酷さ、理不尽さには恐ろしいものがあった。それども読後感は爽やか。それは、松嶋の人の良さと、妻子に対する深い愛情がなせる業でしょう。ミステリであるとともに、家族や夫婦の愛の物語でもある。

No.568 7点 春から夏、やがて冬- 歌野晶午 2024/04/10 19:27
第146回直木賞候補作。スーパーで保安員をしている平田誠は、万引き犯の末永ますみ捕まえるも、警察に突き出すことはしなかった。そのことに恩義を感じたますみは、彼に近寄っていき交流が始まる。平田には、ますみと同い年の娘・春夏がいたのだが、轢き逃げ事故で亡くしていた。平田は、ますみを失った娘・春夏の姿を重ね、彼女を見捨てず手を差し伸べる。
平田は、辛い過去を背負い自らを責め、生きることすら諦めている。自責の念に苛まれる平田を救うために、ますみはある行動を起こす。この行動が哀切に満ちた結末を導くことになる。ますみの行動に賛否両論あると思うが、不器用ながら一生懸命考えたのだろうと伝わってくる。お互い相手を思って実行した結果が、あの結末と考えると胸が痛くなる。解き明かしてはいけない真実、ささやかな絆で結ばれた二人が、それぞれに向けた思いは償いのためか、救済のためか。誰が救われ、誰が心の安寧を得たのか。それでもアンハッピーとは言い切れない揺らぎが静かな余韻を残す。
謎を解き、真相を暴くミステリとは明らかに異なる、人の心がいかに深い階層を持っているかを突き付けられる優しくも残酷な物語。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 707件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(32)
岡嶋二人(21)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(18)
西澤保彦(17)
松本清張(16)
貫井徳郎(16)
歌野晶午(16)
横山秀夫(15)