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パメルさん
平均点: 6.14点 書評数: 572件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.492 6点 刑事のまなざし- 薬丸岳 2023/04/25 07:35
身近で起きた殺人事件を一般市民を中心にして、事件前後の物語が綴られる七編からなる連作短編集。
「オムライス」看護師の前田恵子は、息子の裕馬と内縁の夫である英明と暮らしていた。次第に暴力を振るうようになった英明は、ある日室内で死亡していた。母子の愛の強さと脆さを描いている。真相は衝撃的。
「黒い履歴」小出伸一は、育ての親を殺し少年院に入っていた過去があった。ある日、彼の住むアパートの大家が殺害された。真相はやるせない。
「ハートレス」松下雅之は、他のホームレス仲間と生活していた。ある日、暴走族上がりのホームレスであるショウが殺される。犯罪の被害者家族は、加害者家族を許せるのかという難しいテーマ。夏目の過去が徐々に明らかになっていく。
「傷跡」田中久美子は、不登校でリストカットしてしまう仲村有香のカウンセリングをしていた。ある日、マンションで沢村という男が殺害される。人間の弱さを描いている。ある人物の行動には胸を打たれた。
「プライド」警視庁捜査一課の刑事である長峰亘は、首を絞められ殺害された桜井綾乃の事件に迫る。真相は分かりやすく驚きは少ない。
「休日」吉沢篤郎は、息子の隆太が連続窃盗事件に関わっているのではと、夏目に捜査を頼む。ありきたりの展開と結末。
「刑事のまなざし」塚本聖治は、家庭環境の悪さから万引きなど犯罪を繰り返し少年院に入る。夏目から面接を受けていたが、逆に夏目の娘である絵美をハンマーで殴ってしまう。登場人物たちの様々な感情が入り乱れ、読み応えがある。

それぞれの話で中心となる人物は、社会的な問題に直面している。その部分が事件とも大きく結びついているので、重苦しい展開になっていく。この連作短編の主人公を務める夏目は、通り魔に襲われた娘が植物状態になったことが切っ掛けで、法務技官から警察官に鞍替えしたという風変わりな経歴を持つ刑事だ。刑事らしくない柔らかな物腰と元法務技官ならではの視点、そしてほかの刑事とは違う鋭い推理で事件の真相を追っていく。夏目は犯罪を弾劾する警官という立場だけではなく、犯罪の背景を理解し更生への道を示すことの出来る人間として描かれるのだ。家庭内暴力、児童虐待、ホームレス、思春期の自傷行為。これら社会の澱みに相対する時の夏目のまなざしは、常に真摯で温かい。

No.491 4点 慈雨- 柚月裕子 2023/04/19 07:27
定年退職後まもなく、妻と四国八十八カ所の寺をめぐる遍路に出た元警察官。かつて捜査に関わった、幼女殺害事件の被害者の供養のためという。DNA鑑定を決め手に逮捕された犯人には懲役二十年の判決が下った。しかしなぜか以来、男の心は休まるどころか悔恨の念が増すばかり。
遍路一日目。男は投宿先で別の幼女殺害事件のニュースを目にし、たまらず元部下に電話する。遺体が発見されたのは群馬県の山中。その現場や展開は四十二年の警察官人生を否定しかねない。終わったはずの事件と酷似していた。
二つの事件を重ねつつ、部下と捜査に関わる電話をしながらの夫婦二人旅は続くが、遍路の描写はやや淡白だ。夏場にかけての遍路は歩き通すには相当な体力と集中力が必要なはず。あっけなく過ぎる難所の記述に拍子抜けの感がある。
とはいえ、妻にいぶかしがられつつ独白を繰り返す道中、男は内省を深めてゆく。台詞に強度が増し、舞台としての四国遍路が小説と絡み合ってくる。被害者と家族、保身に走る組織、凶刃に倒れた同僚など、人間模様の回想を尽くした終盤、胸のすくような展開が待っている。
想像した通りの展開、結末とミステリ小説としての驚きはなく読みどころは少ない。家族や同僚との絆の小説としてはまずまず。

No.490 6点 すみれ屋敷の罪人- 降田天 2023/04/14 07:37
戦前は名家の一族が住んでいたが、今では廃屋と化している旧紫峰邸の敷地から、二体の白骨死体が発見された。その翌月、かつて紫峰家の使用人だった八十一歳の栗田信子のもとを、県警の刑事という青年・西ノ森が訪れる。彼に問われるまま、信子は六十五年前の思い出を語り始める。昭和十一年、彼女は親戚の紹介で紫峰家の女中となった。西洋風の屋敷には、当主の紫峰太一郎、葵・桜・茜という三人の美しい娘たち、そして執事や女中頭や書生などの使用人がいた。貧しい農家で育った信子にとっては別世界のような豪邸での優雅な暮らしだが、葵の婚約披露パーティーの日に、唐沢七十という新しい女中がやってきた頃から、紫峰家を不吉な暗雲が覆う。
西ノ森は当時を知る元使用人たちを訪ねて廻るが、彼らの証言は遥かな時の流れの中で美化されたり、あるいは故意に事実を伏せた部分もある。早い時点で勤めを辞めた信子の知らないことは、別の人物に訊かなければわからないし、その人物も事態のすべてを知っているわけではないので、西ノ森は彼らから訊いた情報を多角的に検討しなければ事実に行き着けない。
最初は浮世離れした桃源郷めいて紹介される紫峰家だが、使用人や関係者が戦死するなど、彼らを取り巻く環境は悪化し、三姉妹のあいだにも亀裂が生じてゆく。そして戦後、ある人物が紫峰家の関係者のうち三人が行方不明になっていると証言したというが、それと二体の白骨死体の関係は。
複雑に入り組んだ謎が解けてみると、そこに立ち現れるのは戦時中だからこそ成立するトリックであり、現代ではあり得ない関係者の心境である。ゴシック・ロマンス的な道具立てに精妙な謎解きを融合させた作品である。

No.489 8点 後悔と真実の色- 貫井徳郎 2023/04/09 07:19
若い女性を襲い、殺して指を切り取るという連続殺人事件が発生。犯人は「指蒐集家」と名乗り、警察の大向こうを張って犯行を重ねていく。この事件の捜査に当たった刑事の中に警視庁の名探偵の異名を持つ西條がいた。西條は独自の視点から「指蒐集家」の正体に迫っていく。
序盤は、事件の発生の報から実際に刑事たちが捜査に着手するまでの段取りが現実に即して丁寧に描かれており、警察小説に改めて真正面から挑もうとする作者の意気込みが感じられる。周囲との軋轢も気にせず、使える手をすべて使って捜査情報を得ようとする西條、西條に反感を覚え周辺で功を焦る同僚たちなど、所属や立場が異なる刑事たちも個性的に描かれている。
警察小説の面白さと本格ミステリとしての面白さが両立しており、作者らしいユニークなアプローチがされている。刑事同士の内紛や足の引っ張り合いのあたりは警察小説的な面白さがあるが、それ以上に面白いのが西條の人物造形。名探偵然としているのだが、その扱いが物語が進むにつれて面白いことになっていく。家庭内別居中で若い愛人がいるなど清廉潔白ではないまでも、中盤以降の西條の転落は想像を超える。ただ、その状況下でも己の矜持を保つ西條の姿は、堕ちたヒーローとして強烈な印象を残す。
劇場型犯罪と捜査小説の演出に隠されているが、真犯人の行動原理や動機には本格ミステリらしい意外性がある。警察小説の常識や自身の作風を含め、様々な予断を裏切る作品となっている。本格ミステリファンが読むべき、警察小説ものと言えるかもしれない。

No.488 5点 神の悪手- 芦沢央 2023/04/04 07:10
将棋の名人がAIに敗れて久しい。しかし、天才棋士・藤井聡太が出現し、胸のすくような快進撃により将棋界が何度目かのブームを迎えている。そんな将棋をテーマにした五編からなる短編集。
「弱い者」東日本大震災の復興支援行事における指導対局を描く。覚束ない手つきながら急所を突く指し手に、北上八段は少年の才能を感じ取る。だが最終盤になり、少年は簡単な読み筋を逃し、混沌した局面になっていく。これはいくらなんでも無理がある。
「神の悪手」プロ棋士の養成機関である奨励会が舞台。先輩から教わった棋譜と全く同じように進む奇跡的な展開に直面したことから、ある選択を迫られる。将棋の心理に外れる行為との背反に悩まされる主人公の心情をえぐった犯罪小説である。これがベスト。
変則ルールの詰将棋と投稿した少年の数奇な生い立ちを結び付けた「ミイラ」。タイトル戦を舞台に、対局者の内面を穿つ「盤上の糸」。駒師の矜持と悩みと同時に、ベテラン棋士のそれも浮き彫りにする「恩返し」。
収録された五編の切り口は様々ながら、いずれの物語にも作者ならではの伏線が張り巡らされている。ミステリ要素が将棋の持つ計り知れなさと響き合い、独特の味わい深さがある。将棋という一つの世界を描きながら、叙述ミステリ、暗号解読などバラエティに富んでいる。

No.487 7点 あと十五秒で死ぬ- 榊林銘 2023/03/29 07:34
「死ぬ直前の十五秒」をテーマにした四編からなる短編集。
「十五秒」背後から銃撃された薬剤師が一時停止能力を獲得し、死ぬ前の十五秒で復讐を企む。殺された者と殺した者の知恵比べ。「私」は時間の一時停止能力を駆使して残りの十五秒を小刻みに時間を使いながら、犯人の正体を確認し自分の死後にできる反撃方法を案出しようと試みる。いかに自分のやりたいことを詰め込めるかという緊張感あふれる描写が面白い。
「このあと衝撃の結末は」テレビドラマが予想外の展開を迎える、たった十五秒を見逃した「俺」がドラマを見ていた姉のクイズに答える形で真相を追求する。姉から重要なシーンをピックアップした解説を聞いて「ドラマで何が起きたのか」を推測していく。ドラマと現実が渾然となる仕掛けには驚かされた。
「不眠症」十五秒後に大きな交通事故に巻き込まれる夢を何度も繰り返し見る茉莉が、その真相に迫っていく。同じ夢を何度も繰り返し見るというループする怖さを描き切っている。意外性と滋味が鮮やかに融合されている。
「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」首が取れても十五秒以内に首を繋げば問題ないという、特殊な島で起こる殺人事件。胴体を失った被害者が同級生と首をすげ替えながら犯人を推理するという、シュールな光景に笑いが止まらない。ふざけた設定ではあるが、この作品が一番、トリックや謎解きなどの部分はかなり本格的。

No.486 5点 花の下にて春死なむ- 北森鴻 2023/03/25 07:33
三軒茶屋の路地裏にあるビアバー「香菜里屋」。マスターの工藤は、うまい料理を振る舞い、居心地の良い空間を提供する。しかし、このバーはそれだけではない。常連客は謎好きが多く、身近で起こった不思議な話を持ち込むのだ。工藤は常連たちの話を聞くだけで、その謎の背後にある状況を読み解いていく六編からなる連作短編集。
「花の下に春死なむ」フリーライターの飯島七緒は、自由律句の結社「紫雲律」のメンバーで、同じくメンバーで亡くなった片岡草魚の故郷を訪ねその過去を紐解いていく。
「家族写真」赤坂見附駅にある本棚の時代小説の本の中に、軒並み同じモノクロの家族写真が挟み込まれている。その不思議な状況に常連たちが議論する。
「終の棲家」妻木信彦は、最近注目を集めるようになった写真家であり、銀座で個展も開かれることになった。しかし、彼の個展を告知するポスターが、街中からなくなっているという問題が起きた。
「殺人者の赤い手」笹口ひずるは「香菜里屋」で出会った飯島七緒が「赤い手の魔人」の都市伝説を調べていることを知る。小学生の間に広まる都市伝説が二つの事件を真相に導く。
「七皿は多すぎる」回転寿司屋である男が、鮪ばかり七皿も食べたという。なぜ鮪ばかり食べているのか推理合戦が始まる。
「魚の交わり」七緒宛てに手紙が届いた。手紙の主は鎌倉の人だが、とある理由から草魚は鎌倉にはいなかったのではないか、と推察された。果たして草魚は鎌倉にいたのか。いたとすれば何故鎌倉にいたことを隠していたのか。草魚の秘められた過去が明らかになっていく。
本書はいわゆる安楽椅子探偵ものだが、工藤の押しつけがましさのない、救いのある解決は優しくてよい。どの話も割と、生きていくうえで避けようがなかっただろう、あれこれが滲み出ている。そうせざるを得なかったというような状況を背景に据えた謎は、人間の機微が詰まっている。

No.485 5点 富豪刑事- 筒井康隆 2023/03/20 07:49
キャデラックを乗り回し、1本8500円もする葉巻を愛用する大富豪の息子で刑事の神戸大助が、大金を惜しげもなく使って事件を解決していく四編からなる連作短編集。
「富豪刑事の囮」五億円強奪事件の時効まであと三か月。容疑者を四人まで絞れたものの、そこから先に捜査が進展せずに途方に暮れる捜査部。そこで神戸大助が刑事という身分を隠して容疑者たちに接触。大金を使わざるを得なくなる工作をして、強奪した五億円を使おうとしたところを逮捕しようとする。富豪刑事ならではの考えつかぬ様々なダイナミックな金の使い方で、張り合うよう心理戦にもっていくのがうまい。
「密室の富豪刑事」ある会社の社長室で社長が殺される密室殺人事件が発生。容疑者は被害者のライバル会社社長だが、殺害方法も証拠もつかめず捜査は難航。神戸大助は、新たに容疑者の会社ライバルになり得る会社と密室殺人が起きた社長室と似た作りの部屋を造って罠を張り、容疑者がまた同じ犯行を実行するように仕向けようとする。本格推理小説をコミカルにオマージュしているようなドタバタ劇。
「富豪刑事のスティング」子供の誘拐事件が発生。被害者の父親は犯人に言われて警察に知らせずに要求された五百万円を渡したが、子供は返されずに「もう五百万円用意しろ」と電話があり、被害者の父親はたまりかねて今度は警察に連絡する。神戸大助は自分が用意した金を被害者の父親に不自然な形にならぬように渡そうとする。「話を面白くするために、小説中における時間の連続性を、トランプのカードをシャッフルするように滅茶苦茶にしてしまえばどうであろうか」と出てきて、実際にそのようなプロットで書かれるという試みがなされている。
「ホテルの大富豪」二つの暴力団組員のほぼ全員が集まって談合するらしいという情報が入り、警戒に当たることに。神戸大助は父の持ち物である高級ホテルに暴力団全員が宿泊するように誘導し、監視しようとする。前三編では詳しい説明がなかった捜査班の面々の人となりの説明があるというのが妙な具合で面白い。結末も一味違って最後まで型にはまらない。
作中人物にメタ発言させたり、地の分で読者に語り掛けたり、パロディ要素がふんだんに盛り込まれていたり、全体的にユニークで型破り。ミステリとしてのプロットやトリックは驚くことはないが、次はいったいどんな金の使い方で捜査するのだろうと興味を抱かせる他では味わえないミステリとなっている。貨幣価値の変化や少々古びた風俗描写を割り引いても、時代を超える普遍的な面白さが現代でもなお通用するユーモア警察小説。

No.484 6点 ふたたび赤い悪夢- 法月綸太郎 2023/03/15 08:10
「頼子のために」の続編。何度も「頼子のために」の事件が言及されていたりと関連性がかなり強いので、まずは「頼子のために」を読んでからがよいと思います。
西村頼子殺害事件の後遺症に悩む法月綸太郎の元に「月蝕荘」での事件で知り合った女性より電話が入る。彼女はアイドルタレント・畠中有里奈(本名 中山美和子)として活動していたが、ラジオ東京近くの公園で死体が見つかったことを知ると、「私が殺したかのかもしれない」と話すのだった。
本作は、名探偵・法月綸太郎の再生の物語ともいえる。自分の母親が起こしたと思われる過去の事件に傷つき、心を閉ざしていく中山美和子の再生の過程に西村頼子事件で、法月綸太郎は精神的ダメージを引きずっている。それ故か本書は、それほどトリッキーなものにはなっていない。ある程度情報が出そろった時点で、それらを材料に真実らしい推理を組み立てるが、その直後にその推理を打ち砕く新情報がもたらされ、事件は混迷の度合いを深めていくといういパターンを何度も繰り返す。
無理筋のトリックは、このシチュエーションだからこそ成立するかもというようなものだが、本書のポイントはパズラーの部分ではなく名探偵・法月綸太郎の再生の過程が主題なので、あまり気にしない方がよいかも知れない。

No.483 7点 爆発物処理班の遭遇したスピン- 佐藤究 2023/03/09 07:39
SFからホラー風味な作品など多様な小説が楽しめる8編からなる短編集。
「爆発物処理班の遭遇したスピン」小学校に仕掛けられた爆弾は処理に失敗し、手酷い事態が引き起こされる。すると犯人から、歓楽街のホテルに設置された酸素カプセルに新たな起爆装置を設置したという連絡が来る。アクション映画でお馴染みの爆弾処理シーンのスリルを量子力学的にアップデート、二択の項目のセッティングと、何より解決の仕方が新しく、SFともミステリとも毛色の違う世界観で読ませる。
「ジェリーウォーカー」架空のクリーチャーの造形を専門とするオーストリア人CGクリエイター、ピート・スタニックは、二〇代後半まで凡庸な背景専門画家だったが、わずか数年で成功者となったのは何故か。専門的な術語を駆使して、クリーチャー造形の世界を魅力たっぷりに描き出している。アクションシーンも含め、脳裏にくっきりとイメージを叩きこんでくる文章が素晴らしい。
「シヴィル・ライツ」歌舞伎町に事務所を構える弱小ヤクザの試練を描いている。「指を詰める」ことにスポットを当て、クライマックスの展開は納得感のある驚きで、伏線の張り方も周到。
「猿人マグラ」本人の「私」が幼少期に耳にした「猿人マグラ」の噂話を思いだすことから始まる都市伝説ホラー。夢野久作や乱歩賞の大恩人にオマージュを捧げた奇譚。作者の生まれ故郷、福岡の風景描写に郷愁を誘われる。作者のプライベートな部分が出ている感触。
「スマイルヘッズ」表向きは銀座の画廊を経営しつつ、裏ではシリアルキラー・ドルフィンの絵のコレクター。ある時、彼の特別なアート作品「ドルフィンヘッド」を譲りたいという申し出が舞い込む。一人称ということも作用して、どこか魔術的な吸引力がある。最終的に導かれていく地点が衝撃的。
「ボイルド・オクトパス」退職刑事を取材するライターの受難劇。LAPDの元刑事が若い頃に遭遇した未解決事件についての物語でもあり、ミステリ度は高い。
「九三式」小野平太は、古書店で見つけた「江戸川乱歩全集」がどうしても欲しいと思い、高額の怪しい日雇い仕事に手を出す。通常では融合しないはずのアイデアやモチーフが結び付いていく点に独創性を感じる。文学色濃厚な作品。
「くぎ」横浜少年鑑別所を出た安樹が、塗装工見習いとして働き始める。ある日、ペンキ塗りの仕事で訪れた家で一本のくぎを目撃したことから思わぬ事件に巻き込まれる。主人公の意欲の変容というダイナミズムが盛り込まれている。更生を図る少年の成長小説としても読める。
専門性の高い世界を題材にした濃厚な導入部が、予期せぬタイミングで暗転するプロットを持つ作品が多い。物語世界に立体感を与える背景描写、作品ごとに選択される巧みな文体、なによりも冷徹に描かれる人間心理。そのすべてが格調高く、心地よい疲労感が伴う。

No.482 6点 グレイヴディッガー- 高野和明 2023/03/03 07:39
わけもわからぬまま、謎の追跡者から逃げまくる主人公の八神。短時間のうちに矢と見えない炎で殺人を重ねる暗黒史上の処刑人。そして内部と対立を抱えながら彼等を追う捜査陣という二枚腰、三枚腰で翻弄する。
一年三カ月前に殺されたはずの男の死体は、なぜか損傷が少なく、しかも司法解剖を待つ一夜の間に法医学教室から消えてしまう。その奇妙な事件こそが、東京を恐怖のどん底に突き落とした「墓堀人」事件の発端だった。八神は骨髄ドナーとして移植手術に臨む前日、立ち寄った知人のマンションで風呂場で殺害されている主を発見する。茫然とする八神の前に現れた三人の男は、八神の身柄を拘束しようとする。
小悪党の感と体力に任せて夜の東京を逃げ回る八神。その同じ夜、都会のあちこちで青白い炎に焼かれたり、猟奇殺人が相次いでいた。「墓堀人」を意味するグレイヴディッガーが狙うのは誰か。それらの謎に加え小悪党八神の逃避行も楽しい。刑事部と公安部の軋轢の下で、連続殺人鬼と重要参考人・八神を追いう刑事たち。刻一刻と移植のタイムリミットが迫る中、命を懸けたゲームはクライマックスを迎える。これでもかと詰め込んだサービス精神の権化のような作品。いかなるピンチにも屈しない八神の生命力には感嘆の念が込み上げてくる。
八神の逃走シーンは緊迫感があってよいのだが、あまりにも常識では考えられない身体能力を発揮し、危機を突破していく様はリアリティが無さ過ぎて残念。本来なら手に汗握ると言いたいところだが、途中から「そんなこと出来るわけない」という冷めた目で読んでいる自分がいた。謎の余韻を残す幕切れには、やや説明不足の感もあるが、エンタメ小説として割り切って読めば十分楽しめるでしょう。

No.481 6点 密室に向かって撃て!- 東川篤哉 2023/02/25 07:26
突発的に発生した改造拳銃流出事件。その持ち逃げされた拳銃が次々と事件を引き起こす。まずホームレスが犠牲となり、そして名門・十乗寺家の屋敷では、娘・さくらの花婿候補の一人が犠牲となる。名探偵・鵜飼は、弟子の流平と共に密室殺人の謎に挑む。
密室といっても建物に鍵がかかっているのではなく、建物自体が海へ突き出た岬に建っており、入口には人々がおり、そこから出ることが出来なかったという衆人環視の密室である。
どこか頼りない名探偵と弟子のやり取りはギャグに溢れていて、そこかしこで笑ってしまう。ふざけた雰囲気の中であっても丁寧に伏線を張り、それもギャグの中に仕込んだりしているから油断ならない。その伏線を元に論理的に犯人の動機、手口を絞り込み真相を明らかにする謎解きの巧さはなかなかのもの。
最終的に明かされるメイントリックは、銃声の数と銃弾の数が合わないという「一発の足りない銃弾」をどう補うかという点だったが、真相自体の発想は面白い。ただこのトリックは、科学捜査を行えば即バレするのではという疑問が残る。前作に比べるとミステリ部分に物足りなさを感じたが、軽妙な語り口にぐいぐい引き込まれたし、ユーモアの腕も上がっていて総じて楽しめた。

No.480 6点 緋色の囁き- 綾辻行人 2023/02/20 07:40
伯母である宗像千代が校長を務める全寮制の高校「聖真女学園」に転校してきた和泉冴子。冴子は、一様にふるまうクラスメイトたちを異様に感じる。この寮で同室となった少女が、「私は魔女なの」という謎の言葉を残して、火刑に処されたかのような焼死体となって発見される。冴子は、彼女の死の真相を突き止めようとするが、殺人は続き周りからは犯人扱いをされてしまう。
冴子には意識が空白になる時間があり、本人がやっていないという確証が持てない。彼女は生理期間中に幻聴に苛まれ、たびたび記憶にない行動をとってしまう自分を恐れている。この不安感と恐怖が強く印象に残る。古い建物と体罰ありの厳しい学校生活、偏った価値観のクラスメイトたち。抑圧された学校生活が、どんよりとした暗い雰囲気で漂い、ホラー映画を観ているような恐怖感覚であふれている。
押さえつけるような教育指導、集団心理、誰もが持つ狂気。思春期の少女特有の不安定な危うさのきめ細やかな心理描写が秀逸。魔女や連続殺人など、一貫して倒錯的な雰囲気を醸し、サスペンスホラーとしてはもちろんだが、特に終盤の畳みかける意外な展開と、真犯人の意外性も充分で本格ミステリとしても楽しめる。

No.479 7点 密室は御手の中- 犬飼ねこそぎ 2023/02/15 07:55
山奥深くにある宗教団体「こころの宇宙」の総本山、心在院と強大な岩石の内部にある瞑想室、掌室堂が物語の主要な場となる。密室殺人に重きを置いた不可能犯罪もので、宗教施設という狭い中で発生した、ある意味クローズド・サークルが舞台となっている。建物の構造はそれほど複雑ではないが、見取り図がついていて嬉しい。
掌室堂では、百年前に修行者が消失したという言い伝えがあった。団体の取材に訪れた探偵・安威和音だが、その矢先に掌室堂の中で信者の女性が、バラバラ死体となって発見される。代表の密は、和音に協力して事件を解決することを持ち掛けるが、その条件は和音が密の助手になることだった。二人は協力関係を築くものの、さらに殺人事件が連続する。
利用するトリックは、インパクトに溢れたものであり真相解明の場面で、正統的な不可能犯罪ものを読んだという充実感を得られる。トリックだけでなく、謎の解明に至るまで繰り返される論理の応酬で真相が二転三転していくところが素晴らしく、宗教団体の内部の論理が絡むことで独自性を生み出している。「神」の存在を意識させる論理が、宗教施設という舞台と親和性が高いし、神に赦しを乞う姿勢が犯人だけでなく探偵にも及んだ末に名探偵としての在り方にまで物語が言及されるところに感心させられる。デビュー作としての完成度は申し分ない。

No.478 5点 看守眼- 横山秀夫 2023/02/10 07:40
「小説新潮」に掲載された短編を一冊にしたもの。タイトルから刑務所を舞台にした連作を想像させるが、実はノンシリーズのバラエティ豊かな六編からなる短編集。
「看守眼」図らずも警察署内にある留置場一筋で勤め上げてきた男が、執念を燃やす事件の真相とは。人生色々、警察官の悲哀が際立つ。鬱屈した心理が描かれている。
「自伝」ある企業の創業者の自伝を書くことになったライターが陥った罠とは。人の欲が痛々しく迫ってくる。皮肉な結末が待っており切ない。
「口癖」裁判所の調停員として勤めていた女性の目の前に現れた女性は。因果応報が巡り巡って帰ってくる。苦さを伴った余韻を残す。
「午前五時の侵入者」県警ホームページをクラッキングした男の正体は。警察内部の管理部門の内幕を描いている。中間管理職の悲哀。
「静かな家」地方新聞の整理記者が自らの犯したミスを隠蔽しようとした結果、殺人事件に巻き込まれる。元新聞記者ならではの真骨頂。「クライマーズ・ハイ」を想起させる。
「秘書課の男」知事に仕える秘書課長が、新入りに立場を脅かされるのではと疑心暗鬼になる。己の行いを回想するくだりから、一転真相がわかるところが巧い。結末は清々しい。

No.477 8点 楽園とは探偵の不在なり- 斜線堂有紀 2023/02/05 07:38
探偵の青岸焦は、天使の祝福を信じ取り憑かれている大富豪の常木王凱に「天国が存在するか知りたくないか」という言葉に誘われ、天使が群生する孤島「常世島」の彼の邸宅を訪れる。五年前、ある事件で同僚たちを失った青岸は密かに天国の在処を探っていたが、探偵仕事を通じて知り合った常木がそれを察して自分の島に呼んだのだ。
島では常木と彼の仲間、代議士、天国研究家、記者、医者など「天国狂い」の癖のある人物が集まり会合の予定だったが、外界との行き来が閉ざされたこの場所で、連続殺人事件が起きてしまう。
この世界には、コウモリに似た翼をもつ灰色の天使が降臨していた。天使といっても見た目は不気味で、その正体も本当に神に遣われたのかどうか定かではない。二人以上を殺した者は、天使によって即座に地獄に堕とされるようになってしまった世界で、起きないはずの連続殺人が起こってしまうという大きな謎がある。この世界のルールを無視した連続殺人は可能なのか。果たして犯人は誰で、いかなる目的と方法で犯行を続けているのかという、フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットと謎が多く魅力的である。
人の推理や裁きに意味がない環境で、探偵にできることはあるのか。何とも人を喰った設定だが、細部まで工夫されていてリアリティもあり、正義を目指すという志に燃える青岸探偵事務所の悲劇も倫理的なドラマ性を高めている。
特殊な世界、孤島、館、怪しい人々、連続殺人。ガジェットだけでなく、並行して語られる青岸の過去の物語も、この物語をただのパズルで終わらせない深みのあるドラマに仕立て上げている。

No.476 6点 風が吹いたら桶屋がもうかる- 井上夢人 2023/02/01 08:23
三人で暮らしている男たちのもとに、次々と悩みの相談に訪れる可愛い女の子たち。その問題を、超能力発展途上のヨーノスケとパチプロで推理マニアのイッカク、牛丼屋でバイトをしている美人に弱いシュンペイで解決していく。毎回、全く的外れの推理が展開し、事態は予想もしない方向へと進むお決まりのオチがあるユーモアあふれる連作短編集。
ヨーノスケの持っている超能力で事件を鮮やかに解決に導くわけではなく、彼の能力は作中で「低能力」と評されているように、人の役には立てない超能力。その立ち位置や超能力に対する各々の捉え方が愉快。
パターンは毎回同じで、シュンペイの働く牛丼屋に可愛い女の子がやってきて、超能力者のヨーノスケに助けてもらいたいという。ヨーノスケが超能力で事件を解決しようとし、イッカックが読書経験を活かして推理し、とんでもない真相を言い出す。(意外と説得力あり)最終的には、全く関係のない方向で事件は解決され、可愛い女の子はボーイフレンドと去っていくという感じ。安定感のあるワンパターン(褒め言葉です)で決して飽きさせない。キャラクターもそれぞれ個性的で魅力的。たまには、このようなゆるいミステリもいいかなって思えた。

No.475 6点 リドル・ロマンス 迷宮浪漫- 西澤保彦 2023/01/28 08:04
「小説すばる」に不定期掲載されていた謎の人物、ハーレクインが探偵役ならぬ相談役を務める。彼のオフィスに持ち込まれた依頼に耳を傾け、クライアントが望む未来を与える。絡み合った謎が解かれ、明らかになるファンタジーミステリ連作集。
「トランス・ウーマン」結婚式当日、花婿を別の花嫁に奪われてしまった女性。なんとか彼を奪い返したいのだが。報酬を巡るやり取りが伏線となるラストは苦い。
「イリュージョン・レイディ」現実と夢想の区別がつかない女性。自分は夫を殺してしまったのか。神麻嗣子のシリーズのような味わいがある。
「マティエリアル・ガール」結婚を機にどんどん太ってしまった女性。夫は太った女が嫌い。このままでは夫に捨てられてしまう。
「イマジナリティ・ブライド」記憶喪失になってしまった女性。ある女性から自分と愛し合っていたと告げられるが、自分はレズビアンだったのか。この2作品は、ジェンダーへの拘りが感じられる。
「アモルファス・ドーター」いじめが原因で死んでしまった友達を生き返らせたい。死者を甦らせることは不可能だが、罰を受けるべき人間にそれ相当の罰を与えることは出来ると言われる。それまで信じていた世界が崩れ落ちる快感が味わえる。
「クロッシング・ミストレス」それなりに満足した人生を送ってきた老女。もしあの時、別の男性を選んでいたら自分の人生はどうなっていたのか知りたいという。以前放送していた「if」というタイトルのオムニバスドラマを思い出した。
「スーサイダル・シスター」妹と共同生活をしている女性。妹は普段は家事全般をこなし、落ち着いた女性なのだが突発的に自殺未遂を繰り返してしまう。真相はある意味笑える。
「アウト・オブ・ウーマン」同級生の息子が自分の世話にたびたびやってくる。彼は母の復讐に来たのではないか。ハーレクインの正体は割れないし、暗示もされていない。真相は作者らしい。
いずれの作品も、恋愛絡みの話になっている。ハーレクインは、クライアントの深層心理を探り、解決へと導いていく。結末は依頼通りにいくとは限らず、多分に皮肉を含んでいる。ブラックな味わいが楽しめるファンタジー。

No.474 7点 Blue- 葉真中顕 2023/01/24 08:05
平成という時代が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ一人の男がいた。男の名は「青」。プロローグで物語の外郭をなす情報が提示され、その男は何かしらの犯罪に手を染めたという予感が漂う。続く第一部で語られるのは、平成十五年十二月二十五日の深夜、青梅市で起きた教員一家惨殺事件だ。その家で死んでいた次女が被害者であるとされ幕を閉じたが、現場にはもう一人は存在していた痕跡があった。インタールードを挟んだ第二部で描かるのは、平成が終わる直前に起きた男女殺人事件。
二つの事件を発生直後からリアルタイムで描きながら、第一部では平成前半の、第二部では平成後半のカルチャーや社会問題をとことんピックアップしていく構成がユニーク。平成前半はバブル崩壊に象徴される昭和の負の遺産に振り回され、平成後半は前半十五年で種を播かれていた問題が一気に花開いたという事実を確信させられる。情報の濃密さそれ自体を楽しむ、いわゆる「情報小説」と理解したところで、認識の盲点を突くサプライズが第一部ラストで発動するから気が抜けない。
青をど真ん中に据えながらも、多視点群像形式を採用し、複数の個を束ねることによって時代や社会を表現しようとしている。エピローグの情景は「終わらせない平成」のメタファーとして読んだ。社会を新しくデザインしていくためにまず必要なことは、声にならない小さな声を聞き届けること。そう記し続けてきた作者の代表作といえる。

No.473 4点 マスカレード・ナイト- 東野圭吾 2023/01/20 07:50
練馬のワンルームマンションで、一人暮らしの若い女性の他殺死体が発見される。そんな中、練馬で起きた殺人事件の犯人が、ホテル・コルテシア東京カウントダウン・パーティー会場に現れるので逮捕してくださいという密告状が警視庁に届く。
以前、同ホテルにフロントクラークとして潜入経験のある新田浩介は、その経験を買われて再度潜入捜査官に任命される。また、フロントクラークからコンシェルジュとなった山岸尚美にも再度捜査への協力が求められた。
コンシェルジュとは、お客様の様々な要望を聞く係である。山岸は、ホテルマンに「無理です」は禁句という信念のもと、お客様の無理難題を解決していく。共感できる部分もあるし、考え方は立派だがいくらなんでも無理があるのではないか。

以下ネタバレしています。


相変わらずのリーダビリティの高さはさすがだが、取引に大々的に警察を巻き込もうとするのは、目的に比べてリスクが高すぎるし、犯人たちの行動も無理矢理感が否めない。日下部が実は、ホテル側の人間で山岸をテストしていたというのも最後に明かされるが、従業員のテストに一般の宿泊客を巻き込むのは不自然だし、あり得ないことではないだろうか。
新田と山岸が、恋愛関係に発展するのではと思っていたがそれはなかった。今後、山岸がロサンゼルスに勤務することが決まったところで物語は終わっているが、新田と山岸の進展はどうなるのか気になるところです。

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パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.14点   採点数: 572件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)