皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
パメルさん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 621件 |
No.581 | 7点 | 案山子の村の殺人- 楠谷佑 | 2024/06/04 19:26 |
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コンビミステリ作家・楠谷佑として活動する宇月理久と篠周真舟は、土着信仰のある村の小説を構想していた。従兄弟同士で合作する彼らは大学の友人に誘われ、秩父の奥の宵待村へ取材旅行に出かける。訪れた宵待村は、至る所に案山子が設えられた、まさに案山子の村。その村で毒矢で射られる案山子に、忽然と姿を消す案山子。緊張が高まっていく中、ついに起きてしまう殺人事件。
特殊設定ミステリが流行している現代において、この作品は昔ながらの本格ミステリの趣があり、どこか懐かしさを感じさせてくれる。因習が残る地域ということもあり、横溝作品を連想させるが怪奇色は控えめ。あくまで作中の描写や、登場人物の言動など、些細な手掛かりを起点とした推理で楽しませてくれる。意外なロジックを存分に味わえる構成になっており、読者への挑戦状も二度挟まれている。 素人探偵として謎に直面し戸惑い、他者の秘密を知り、その事実と向き合い傷ついていくところが魅力的。それでも解かざるを得なかった者の悲哀と孤独を温める従兄弟同士のコンビ作家というバディ関係も絶妙で、爽やかな印象を残す。今後もこのコンビは続きそうなので楽しみである。 |
No.580 | 5点 | ビター・ブラッド- 雫井脩介 | 2024/05/30 19:27 |
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警視庁S署E分署に勤務する新米刑事の佐原夏輝が、初めて担当した殺人事件でコンビを組みことになった相手は、彼が幼い頃に家庭を捨てて出て行った父親の刑事・島尾明村だった。S署には情報屋との接触を一元管理していた刑事がいたのだが、何者かに殺される。やがて警察内部の者が犯行に関わっている疑いが浮上する。
本書で描かれるのは、聞き込みや情報屋から得たネタの裏付けといった足を使う地道な捜査の実態。聞き込みの際の効果的な身分証の提示法や、似顔絵を見せた時の相手の反応の真偽を目の動きで判断する方法を、明村が夏輝に伝授するといった場面が興味深く読めた。科学捜査がいかに進歩しようと、長年の経験に裏打ちされた刑事の勘や洞察力、人間観察の目は捜査の上で大きな力になることがよくわかる。 キャラクターは、明村以外の刑事も個性派揃い。刑事以外も情報屋の相星や平石という女性など癖があっていい。謎解きには、さほど力点が置かれておらず、スリリングな面も多くないためミステリとしては地味な印象がある。事件の捜査に絡めて、父子の葛藤や心の絆が極めて細かく、ユーモラスに描かれていて、どちらかと言えば家族小説に重きを置いた作品と言えるのではないか。 |
No.579 | 6点 | 同姓同名- 下村敦史 | 2024/05/26 06:45 |
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冒頭で六歳の少女・津田愛美が公園の公衆トイレでめった刺しの遺体となって発見されるという痛ましい事件が紹介されるが、物語はありがちなサイコホラーものようには運ばない。
やがて容疑者が逮捕されるが、それは十六歳の少年だった。当然ながら少年の名前は伏せられるが、犯行の残虐性や遺族の悲しみを考えれば実名報道がふさわしいということで、少年法改正の声が強まっていく。世間が揺れ動く一方で、やがてとある雑誌が少年Aの実名公表の挙に出る。その実名とは「大山正紀」だった。将来を嘱望されるサッカー高校生の大山正紀やネットゲーマーの大山正紀、コンビニでバイトに励む大山正紀もそうした風説の渦中に巻き込まれていく。 彼らは殺人犯と名前が一緒だったというだけのことで、進学や就職への道が閉ざされてしまう。ネットの時代となりSNSの網を張り巡らされた今、世の利用者はあぶれ者の断罪に、いともたやすく走る。マスコミのように事実のウラを取ったりはしない。その情報が際立ったものであればあるほど、発信者の言うがままに乗せられてしまう者も少なくない。そうした現代情報社会が抱える闇の恐怖をスリリングに暴いている。 後半になると、社会派のタッチを温存したまま、謎解きものの様子を強めていく。少女殺しが起きてから七年がたち、服役を済ませた犯人・大山正紀は釈放される。大山正紀と同姓同名の一人が、ネットで世の同姓同名たちに呼びかけ、「大山正紀同姓同名被害者の会」を立ち上げる。そこから始まる、大山正紀たちによる大山正紀狩りは二転三転していく。よくぞこんなことを考えつくものだと感心してしまった。同一名の描き分けは難しいと思うが、ひとつひとつの人生を丁寧に描いているため、それぞれの人物像も自然と頭に入ってきて混乱することはなかった。 |
No.578 | 7点 | 光媒の花- 道尾秀介 | 2024/05/22 19:30 |
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第33回山本周五郎賞受賞作の6編からなる連作短編集。
「隠れ鬼」印章店を営む主人公は、認知症を患った母親と二人で暮らしている。ある日、母親が画用紙に絵を描いている。笹の花の絵に思えた。まさか母親が描いているのは、あの光景なのか。このオチには驚かされた。 「虫送り」主人公の少年は、妹と川辺で虫を取る習慣があった。二人が川辺にいると、いつも川向うで懐中電灯の光を見かけた。今日も光が見えたのだが、すぐに消えてしまった。しばらくすると、おじさんが声をかけてきた。意表を突く展開が素晴らしい。 「冬の蝶」かつて昆虫学者になろうと夢見ていた男は、少年時代のことを回想していた。ある日、川辺でサチというクラスメイトと話すことになり、毎日サチに会いに行くため川辺に向かった。ふとした偶然が重なりサチの家に行くことになったのだが。偶然、覗き見してしまった好きな女性の生々しくも悲しい物語。 「春の蝶」隣の部屋に警察がやってきていた。その時は、「何か物音を聞きませんでしたか」と警察に聞かれただけだったが、後で聞くと大金を盗まれたとのことだった。隣に住んでいる女の子を見かけ、声をかけたが反応がなかった。どうやら心理的な理由で耳が聞こえなくなってしまったらしい。心温まるラストに感動。 「風蝶花」トラックの運転手をしている主人公は、入院することになった姉を見舞うべく病院へ向かった。そこで母親の姿を見かけ、咄嗟に姿を隠してしまう。父親の癌の症状に回復の見込みがないと知るや、性格まで一変したかのような母親の態度が許せなかったのだ。姉の策略でハッピーエンド。微笑ましい話。 「遠い光」小学四年生のクラス担任である主人公は、再婚によって名字が変わるクラスメイトを気にかけていた。その女の子がテレビで紹介された猫に石を投げて殺そうとしたらしいので現場に向かってくれと教頭から連絡が入る。ラストの大団円の意味が分からない。 連作短編集だが、作品同士の繋がりはそれほどない。ただ、前の物語の脇役だった人物が、次の物語では主人公になっているという構成になっている。 主人公たちは、それぞれ狭い世界の中で、大小あれど失望している。その一瞬一瞬の心情の変化の描写力が緻密で素晴らしい。それぞれの「狭い世界」。しかしそれが主人公にとっては世界の全て。外の世界の価値判断からすれば異常な物事を、狭い世界を濃密に描くことで「正しい」という価値観に転化させているような印象。主人公たちは、それぞれ悩み、苦しみながら生きている。そんな哀しい物語ではあるが、心に傷を抱えながらも生きる希望の光を与えるような描き方が抜群に上手い。 |
No.577 | 6点 | 安楽探偵- 小林泰三 | 2024/05/18 06:19 |
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依頼人の奇妙さを堪能できる6編からなる短編集。
「アイドルストーカー」アイドルの富士唯香が、マネージャーに狂気のストーカーについて相談する。マネージャーは、それぐらいでは警察は動いてくれないと難色を示す。その後、自宅に閉じこもる生活を続けることになったが。探偵は、あるシーンから真相を看破する。これは想像つきやすいと思ったが全然違った。思い込みの力に恐怖を感じる。 「消去法」中村瞳子は、自分には超能力があると語り始める。「消えろ」と口に出して言うと、その人物の存在が最初から無かったことになってしまうのだと。こんな大掛かりのことをやるなんて。オチは読みやすいブラックコメディ。 「ダイエット」戸山弾美は、何者かに太る薬を盛られていると訴える。一カ月、ほとんど何も食べていないのに、太り続けるのだと。このような叙述トリックは初めて。想像を超えていた。 「食材」持ち込んだ食材を調理してくれるというレストランで、娘が忽然と姿を消した。食事のシーンがグロテスクなホラーで、ひねくれた物話。誰もが想像しそうなオチでないところがいい。 「命の軽さ」伊達杏太郎は、NPOに給料の三カ月分を寄付したのだが、NPOがどんな金の使い方をしたのか調査し、詐欺に遭ったかもしれないと訴える。調査目的が要領を得ず、不気味さを助長している。 「モリアーティ」これまでの5つの事件の伏線の回収が楽しめる。探偵と助手、依頼人と読者の関係性に捻りを加え、連作集としている。 本書の探偵は、推理する者というよりカウンセラーに近い立ち位置であることが特徴。依頼人の妄想を否定せず、その論理に沿って謎を解決しようとするところが、普通の謎解きと違って面白い。 |
No.576 | 4点 | ポイズン 毒 POISON- 赤川次郎 | 2024/05/14 19:28 |
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毒というアイテムを触媒にして、人間の潜在的な悪意を描いた4編からなる連作短編集。
わずか一滴飲んだだけで心臓麻痺で死に至り、いかなる科学捜査でも検出は不可能。しかも効果が出るのは、飲んでから24時間後。そんな完全犯罪を約束する究極の毒薬が、大学の研究室から消えた。 「男が恋人を殺すとき」雑誌記者の秋本俊二は、大学の研究室に勤める恋人の笹田直子から究極の毒薬のことを教えられ、秋本はある目的のために毒薬を盗み出す。ある意味、ミステリではありふれた動機で今ひとつ。 「刑事が容疑者を殺すとき」刑事の中野は、自分がかつて取り調べた原田からの報復を恐れ毒を使って原田を殺害しようとする。子供を思う親の愛情が胸に迫るが、少々暴走気味では。絶望感漂うラストに呆然。 「スターがファンを殺すとき」人気アイドルの牧本弥生は、所属事務所が弥生に見切りをつけ、次のスターを売り出そうとしているとファンから教えられる。弥生は、毒を使って後輩を殺そうとする。世間知らずで我儘な娘の破滅の物語。最後の一行が印象的。 「ボーイが客を殺すとき」ホテルマンとして働く笹谷は、無政府主義のテロリストでもあった。総理大臣の息子の結婚式で、毒を用いて政府要人を暗殺しようとする。無理矢理収拾をつけたようなところもあり、ご都合主義な感は否めない。 |
No.575 | 6点 | 6時間後に君は死ぬ- 高野和明 | 2024/05/10 06:32 |
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未来予知能力という題材を通じて、運命と向かい合う様々な人間の姿を描く5編からなる連作短編集。
「6時間後に君は死ぬ」原田美緒は、25歳の誕生日を迎える前夜に、江戸川圭史と名乗る青年から突然、「6時間後に君は死ぬ」と警告される。予言者とはいえ、非日常的な出来事が起きた瞬間が見えるだけで、何もかもが見通せるわけではない。この設定が、スリルの盛り上げに一役買っている。興味を惹かれる不思議な状況の中での謎解きが読ませる。 「時の魔法使い」苦しい生活をしているプロットライターが地元の神社を訪れると、幼い頃の自分と遭遇する。過去の自分を見ながら、今の自分を見つめる、心温まるストーリー。 「恋をしてはいけない日」どんな相手でもすぐに飽きてしまい、次々と恋人を変える美亜。そんな時、圭史に「今度の水曜日だけは人を好きになってはいけない」と言われる。警告は何を意味していたのか。その別れが印象深い。 「ドールハウスのダンサー」ダンサーを夢見て、ダンスの練習に明け暮れオーディションを受ける美帆。彼女は、時折デジャ・ビュのような不思議な感覚を覚えるのだが。夢と厳しい現実の間にいる主人公の描写が魅力的な不思議な物語。 「3時間後に君は死ぬ」圭史はあるパーティー会場で、彼自身を含む大勢の人間の死を予知してしまう。何とかして惨事を防ごうとするが、事態は悪い方向へ転がっていく。きめ細やかなサスペンスの演出が読みどころ。 全体を通して、辛い現実を描きつつ示される未来への明るさが、テーマとして感じられる。 |
No.574 | 8点 | 地雷グリコ- 青崎有吾 | 2024/05/06 06:34 |
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主人公は女子高生の射守矢真兎。亜麻色のロングヘアに短めのスカートにぶかぶかのカーディガン。いつも飄々としていて、一見やる気のなさそうな彼女の特徴は、勝負ごとに滅法強いこと。いざゲームが始まると誰もが驚くような洞察力と閃きを見せる。
そのゲームは、グリコ、神経衰弱、じゃんけん、だるまさんが転んだ、ポーカーといった誰もが馴染みのある子供の遊びにアレンジを加えており、全体が統一されている中での駆け引きが楽しめる。読み合い、ルールの穴を探り、心理戦を仕掛け合い、完璧に見えた相手の戦略を真兎が毎回、土壇場でひっくり返してみせるのが痛快。 物語の始まりは、文化祭でどの団体が一番人気の屋上を使うか決める勝ち抜き戦。次第にスケールが大きくなり、最終的には大金が動くゲームと発展していくのだが、ギャンブル小説でありながら、同時に最後まで青春学園小説の基本線は逸脱することない。克明に描かれる機微も、あくまで高校生の等身大の悩みや迷いに寄り添っているのが特徴的で女性同士の友情物語でもある。エンターテインメントとしての語り口の巧さがあり、どこまでも爽やかで軽妙でありながら熱い勝負が成立しているのが素晴らしい。 いつも真兎を応援する友人の鉱田ちゃんや、対戦相手の理論派の椚先輩や豪快な佐分利生徒会長、図抜けた頭脳を持つ雨季田などキャラクター造型も魅力的。「カイジ」や「賭けグルイ」といったギャンブル漫画が好きな人には特におすすめしたい思考ゲームミステリの傑作。 |
No.573 | 6点 | 同期- 今野敏 | 2024/04/30 19:31 |
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捜査一課の宇田川亮太は、家宅捜索の現場近くで同期の蘇我和彦を目撃した。蘇我の所属は公安部で、刑事事件とは無縁のはずだ。不可解な出来事から三日後、蘇我が懲戒免職になったとの情報が入った。
日本の警察組織は、刑事、組織暴力対策、公安といった部門間の対抗意識が強く、協調が難しい体制になっているらしい。その弱点に着目し警察組織の実態をリアルに描いている。 誰もが己の正義を貫こうとしている。部門が違うために正義のありようが変わってしまうだけなのだ。立場の違いを乗り越えて、力を合わせることは出来ないのか。宇田川の働きが、硬直した組織に思いがけない動きをもたらす。上層部と真っ向から対立し、最終的にやり込めるところは胸がすく思い。その根本が同期を救うためというのがいい。 真相や真犯人、同期の謎をめぐるミステリやサスペンス要素が炸裂している。一つの事件を通して成長を遂げる主人公の成長物語としても読めるし、さりげない形で友情を描いた物語でもある。 理屈ではなく情でもなく、しがらみでもなく、ただ同じ時に同じ場所に立ったという運命だけで繋がる関係。「仲間」、「戦友」といった存在、それが同期だろう。誰もが心の中に同期として意識する相手を持っているのではないか。それを意識して読めば、さらに味わい深い読書となるでしょう。 |
No.572 | 6点 | 地図男- 真藤順丈 | 2024/04/26 19:24 |
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映画製作会社のフリー助監督である「俺」は、いつも地図帖を持ち歩いているホームレス風の男と知り合う。俺は、そいつを地図男と呼ぶことにした。
地図男は、関東周辺ならばあらゆる場所を正確に把握している。番地や地名の由来まで即答できるのだ。そして、その地図の余白には至る所に物語がリズミカルな内容で書き込まれている。それを読むだけでも十分楽しめるのだが、一体誰に向かって語っているのかが気になってくる。 主人公である俺と地図男のやり取りと地図男が書いた物語が交互に描かれる形で進んでいくが、特に地図男の書いた物語には引き込まれた。武蔵野とあきる野が多摩川を挟んでいる地図のページで登場するのは、やみくもな破壊衝動に取りつかれた少年「ムサシ」と、一刻も静止していられない少女「アキル」の悲しい恋の物語だ。この物語に至って、語り口に神秘的な荘厳さが漂い始める。同時に語る声が複数に分裂してしまう。そのもつれ目から、「地図男」の始原が浮かび上がってくるのである。 次々と繰り返す物語で楽しませながら、複雑な物語構造の深部へと周到に誘うストーリーテラーぶりに圧倒された。かなり短い小説であっという間に読めてしまうが、ギュッと凝縮された密度の濃い作品で読み応えがあった。 |
No.571 | 2点 | 警視庁特捜班ドットジェイピー- 我孫子武丸 | 2024/04/22 06:32 |
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不祥事が続く警視庁は、イメージアップのため様々な分野のエキスパートでもある5名を選び警視庁特捜班ドットジェイピーを設立した。(秘密戦隊ゴレンジャーから始まる特撮テレビドラマシリーズのいわゆる戦隊モノのパクリ)
本作の最大の特徴は、メンバー全員が高い能力を持ちながら、いわゆる残念な人たちであること。人を食ったような奇人変人たちを淡々とした文体で描き、彼らが巻き起こすドタバタ劇を活写する。 物語自体は、メンバーの一人に恨みを持つ犯人が、ひき起こす攪乱、誘拐といった事件を作者なりのユーモアを交えながら進んでいく。ミステリ的要素の面白さもなければ、笑わせに来ているのだと思うが笑えない下品なギャグなど残念なところが多い。そして登場人物ひとりひとりの個性も掘り下げるに至っていないので、キャラクター小説としても今ひとつ。 はっきり言ってしまうと、今まで読んできたどの小説よりもつまらなかった。読書の時間を返して欲しいと思ったレベル。 |
No.570 | 7点 | 鼻- 曽根圭介 | 2024/04/18 19:32 |
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日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「鼻」を含め3編全てに、差別や不平等などの描写がある短編集。
「暴落」人間の価値が株価として設定されている世界で、就職や結婚、交友関係、家族関係などで自分の株価が上下する。一流銀行に勤める主人公は、あることをきっかけに株価が下がり、上げようと画策するが。銀行員が「イン・タム」になるまでの身の上が語られるが、この名前の秘密が突拍子もなく想像を超えていた。 「受難」「俺」は気付くと、見知らぬ場所に手錠で繋がれていた。そこへ若い女が現れるが、助けることはせず謎の手紙を残し帰っててしまう。限界状況に現れた救世主となり得る人間が、話の通じない相手であるという恐怖。ただただ不条理な絶望感が味わえる。 「鼻」人間たちは鼻を持つ「テング」と、鼻のない「ブタ」に外見で二分され、テングはブタから迫害され、殺され続けていた。テング側に立ち救う側の医者と連続幼女誘拐事件を捜査する警察官の視点が入れ替わり描かれるが、ところどころ違和感が。二人が交わった時に明らかになる真実に驚かされた。異様な世界が見えるような気持ち悪さが味わえる。 |
No.569 | 6点 | 追憶のかけら- 貫井徳郎 | 2024/04/14 19:23 |
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主人公である大学講師の松嶋は、上司である教授の娘と結婚していたが、自分の浮気が原因で喧嘩をし、妻は実家に戻っている時に事故で亡くなってしまう。そのため義父・麻生教授との関係も良くない。
そんな失意の日々を送る松嶋のところに、戦後間もなく自殺した作家・佐脇依彦の未発表手記が持ち込まれる。その手記は、自分がどうして死を選択することになったのか、ということが綴られているのだが、その内容がミステリとしか形容しようがないものだった。 謎めいた内容もさることながら、旧字旧仮名で書かれているのが、得体の知れない不安を覚えさせる。その不安感は、手記の謎を探る松嶋が何者かに追い詰められたり、数々の不可解な出来事で一層、増幅されていく。複数視点で物語を二転三転する展開は、作者の真骨頂と言える。最後に明らかになる黒幕の悪意、残酷さ、理不尽さには恐ろしいものがあった。それども読後感は爽やか。それは、松嶋の人の良さと、妻子に対する深い愛情がなせる業でしょう。ミステリであるとともに、家族や夫婦の愛の物語でもある。 |
No.568 | 7点 | 春から夏、やがて冬- 歌野晶午 | 2024/04/10 19:27 |
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第146回直木賞候補作。スーパーで保安員をしている平田誠は、万引き犯の末永ますみ捕まえるも、警察に突き出すことはしなかった。そのことに恩義を感じたますみは、彼に近寄っていき交流が始まる。平田には、ますみと同い年の娘・春夏がいたのだが、轢き逃げ事故で亡くしていた。平田は、ますみを失った娘・春夏の姿を重ね、彼女を見捨てず手を差し伸べる。
平田は、辛い過去を背負い自らを責め、生きることすら諦めている。自責の念に苛まれる平田を救うために、ますみはある行動を起こす。この行動が哀切に満ちた結末を導くことになる。ますみの行動に賛否両論あると思うが、不器用ながら一生懸命考えたのだろうと伝わってくる。お互い相手を思って実行した結果が、あの結末と考えると胸が痛くなる。解き明かしてはいけない真実、ささやかな絆で結ばれた二人が、それぞれに向けた思いは償いのためか、救済のためか。誰が救われ、誰が心の安寧を得たのか。それでもアンハッピーとは言い切れない揺らぎが静かな余韻を残す。 謎を解き、真相を暴くミステリとは明らかに異なる、人の心がいかに深い階層を持っているかを突き付けられる優しくも残酷な物語。 |
No.567 | 6点 | リバース- 湊かなえ | 2024/04/06 19:26 |
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コーヒー好きの深瀬は、行きつけのコーヒーショップで出会った美穂子と付き合い始めるが、ある日、美穂子のもとに怪文書が届く。それをきっかけに深瀬は、大学時代に起きた親友・広沢の交通死亡事故について美穂子に告白する。
深瀬は、広沢の過去について彼の両親や中高時代の同級生らに会いながら調べていき、謎めいたところのある広沢の人間性が浮かび上がってくるところにミステリ的な面白さがある。また深瀬の成長物語という側面もあり読み応えがあった。いわゆる最後の一撃的な小説なのだが、ラストのオチに関しては巧いのだが物足りなさを感じてしまった。やはりイヤミスの女王らしいブラックな味わいが待っていると思っていたので、その点は肩透かしであった。それまでの過程がかなり惹きつけられたので少し残念。ミステリとは関係ないところでは、美味しそうなコーヒーが登場する。コーヒーの淹れ方、立ち上る香りや豊かな味わい、コーヒーと一緒に出される蜂蜜トーストの描写がコーヒー好きの自分としてはたまらなかった。コーヒーを飲みながら読んだことは言うまでもない。 |
No.566 | 8点 | 十戒- 夕木春央 | 2024/04/02 19:41 |
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主人公の里英は、リゾート施設を開業することになった伯父が所有していた枝内島を、父や不動産屋などの関係者たちと総勢9名で視察に訪れる。しかし、島内の視察を終えた翌朝、一人の死体が発見される。そして十の戒律が書かれた紙が置かれていた。この島にいる間、殺人犯が誰かを知ろうとしてはならない。守れなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる。こうして十戒に従う三日間が始まる。
まず、殺人犯を見つけてはならないという、ミステリを真っ向から否定するような設定がいい。その他、犯人とある物を使ってコミュニケーションを図ったり、クローズド・サークルにも関わらず電波は良好で、家族とも連絡を取れる状態というのは、今まで読んだことがない新しさがある。この人工的な閉鎖環境(心理的クローズド・サークル)で連続する殺人は実にスリリング。お互いに「絶対に犯人を探すなよ」と思っているし、犯人に対しては「絶対にミスを犯すなよ」と思っている。集団心理として牽制し合う設定が絶妙。そして、殺人が起きる度に、犯人が残した痕跡を消しながら犯人の手掛かりがないことを願うという、全員が共犯者であり連帯責任者というところが、他のミステリでは味わえない面白さがある。 完璧と思えるロジックで謎は解き明かされるが、真相が喝破されたと思われたその先にどんでん返しが待っていた。やはり一筋縄ではいかない。「方舟」に比べると衝撃度は落ちるが、またも絶望感を味わえ満足。 聖書に関するタイトルが続いたが、次のタイトルは何だろうと今から興味津々である。 |
No.565 | 6点 | 落ちる- 多岐川恭 | 2024/03/28 19:36 |
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直木賞受賞作「落ちる」を含めた7編からなる短編集。(単行本で読んだのだが、文庫本では10編らしい)
「落ちる」自己破壊衝動に駆られる男の物語。ラストで主人公の心境が一変する。ほろ苦い結末に驚き。 「猫」隣の家で人が殺されるのを窓から目撃してしまった女性が巻き込まれる災難。トリックに無理があるように思うが、サイコ的な犯人像が秀逸。 「ヒーローの死」九州の田舎のホテルで死んだ神童と呼ばれた男の謎。密室トリックは、古典的な機械トリックで好みではないが、自己愛に溺れた被害者の行動原理が印象に残った。 「ある脅迫」銀行員の又吉が宿直の夜、銀行強盗が入る。しかし、それは上司が計画した強盗訓練だったというのだが。観察力や洞察力に目を見張るものがある。立場が逆転していく感じが痛快。 「笑う男」収賄事件の発覚を防ぐため殺人まで犯した男が、偶然乗り合わせた男の推理に翻弄される。男の心理状態を克明に、思いがけない破綻を描いたクライムノベルの傑作。 「私は死んでいる」気が付くと、私は目をかけていた甥夫婦に自宅に閉じ込められ、死んだことにされていた。一発逆転にかける老人の闘いをユーモラスに描いたサスペンス。とぼけた犯人も、とぼけた被害者もいい味を出している。 「かわいい女」夫が自殺した。夫に束縛された妻の本性を友人が暴いていく。悪女のキャラクターに光るものがある。ラストの一文にはしびれた。皮肉な幕切れ。 |
No.564 | 6点 | 夏と花火と私の死体- 乙一 | 2024/03/24 19:41 |
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乙一らしさが凝縮された類稀なる才能の片鱗を感じさせる2編からなる短編集。
「夏と花火と私の死体」ある夏の日、ふとしたきっかけで友達を殺してしまった妹に、兄が救いの手を差し伸べる。二人は必死に死体を隠そうとするが。まずこれを書かれたのが16歳の時だというからビックリ。死体目線で語られ、サスペンスを盛り上げる絶妙な描写力、無駄のない構成力。淡々とした中に、陰鬱な世界を生み出し恐怖を感じさせる表現力に圧倒された。そしてラストの恐るべき真相は衝撃。 「優子」鳥越家の使用人として働く清音は、主人である政義の妻の優子の姿を一度も見たことがなかった。実際に存在しているのか気になっていた。優子は生きているのか、いないのか。幻を見ているのは、清音なのか政義なのか。どこかのどかな語り口なのに、不気味な雰囲気。淡々とした展開からのクライマックスの炎上のイメージ喚起力がすごい。 |
No.563 | 6点 | 心臓と左手 座間味くんの推理- 石持浅海 | 2024/03/20 19:38 |
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「月の扉」で探偵役を務めた座間味くんが、警察関係者から聞いた話から、その裏に隠された真相を暴く7編からなる短編集。
「貧者の軍隊」世直しのために、社会的地位の高い悪人を殺すテロ組織である「貧者の軍隊」。そのアジトで密室の状態で死体が発見された。密室トリックは大したことないが、その裏に隠された真相を解き明かす過程が見事。 「心臓と左手」新興宗教の教祖が、遺言で自分の心臓を食べた者が後継者となると幹部に宛てる。教祖の心臓を巡って幹部が殺し合いを演じる。予想外の展開、それを演出するミスディレクションが光る。 「罠の名前」過激派組織「PW」のリーダーが、穏健派の弁護士を拉致した。警察が踏み込むも、リーダーは窓から逃げようとして落下、弁護士も仕掛けられた罠を警察が作動させてしまったために死亡してしまう。人を喰った真相が印象的。 「水際で防ぐ」在来種を保護しようと活動する団体で殺人事件が起きた。死体の傍らには外来種のカブトムシがいた。社会問題を取り込みながら、捻りの効いた展開が楽しめる。 「地下のビール工場」輸入会社社長が、自宅の地下室で殺されていた。警察はその社長を自家製ビール醸造キットを不正に輸出しているのではと疑っていたのだが。法の裏をかくのは犯罪者とされているが、それを逆手に取った論理の構築が見事。これぞどんでん返し。 「沖縄心中」沖縄の米兵と、米軍で通訳のアルバイトをしていた先生が心中しているのが発見された。米兵は前日、はずみで人を殺してしまっており、自殺であると判断されたが。不確定要素が多い推測で少し無理がある。 「再開」「月の扉」の後日談。ある意味、苦い結末。 |
No.562 | 7点 | 暗闇の囁き- 綾辻行人 | 2024/03/15 18:26 |
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森の奥の洋館に住む不思議で謎めいた美しい兄弟。その兄弟のまわりで、美しくも悲しい残酷な物語が展開される。
思い出せそうで出せない遠い記憶が事件の重要な鍵となっている。子供の頃に誰もが経験したであろう空想の遊び。そんな遊びが純真な子供の将来を狂わせてしまう悲劇。忘れた頃に、過去に蒔いた不幸の種が花開いてしまう皮肉。 前作「緋色の囁き」よりは、謎解き要素がありサスペンス色も強まっている。手掛かりや伏線もしっかりしていて、フーダニットやホワイダニットを読者が推理することが可能となっており、個人的には前作よりも好み。 とはいえ、「囁き」シリーズは謎解きよりも心理的恐怖を煽る独特な描写と、丁寧に構築された世界観の中で儚くも美しく描き出される登場人物たちの心理の移り変わりを味わうのが醍醐味でしょう。記憶へのこだわりや、無自覚であるが故の狂気、脆さが恐怖を増大させる特徴的な心理描写に、謎解き小説の魅力が絶妙なバランスで混ざり合っており読み応えがあった。 |