海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

パメルさん
平均点: 6.15点 書評数: 569件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.529 7点 女が死んでいる- 貫井徳郎 2023/10/24 07:21
ライトなミステリからサスペンス、社会派ミステリまで様々な味わいが楽しめる、どんでん返しが鮮やかな8編からなる短編集。
「女が死んでいる」お酒を飲んで酔った翌日、目が覚めたら部屋に見知らぬ女性が死んでいた。女が死んでいた理由には唖然とさせられた。
「殺意のかたち」公園のベンチで発見された男の遺体。その男が生前、お金を送っていた相手はすでに死んでいた。どういう関係だったのか。シンプルな中に意外性がある。途中で気付いたが、それまでは上手くミスリードさせられた。
「二十露出」ホームレスの臭いに悩まされる飲食店の店主二人が、ホームレスを殺そうとする。オチはあっと言わされた。
「憎悪」愛人契約を結んだ男の正体を探ろうとする女の話。主人公のラストに、ただただ哀れ。背筋が寒くなった。
「殺人は難しい」大好きな夫の浮気相手を憎み、今の生活を守ろうとして殺すことを決意する。NHKドラマ企画でコラボした作品。ネタは見抜くことが出来る人が多いのでは。
「病んだ水」浄水場を作ろうとしている会社の社長令嬢が誘拐された。犯人の指名で秘書が身代金を運ぶことになったが、その金額はたったの30万円だった。動機に繋がるある問題は、他人事ではないと思わされた。
「母という名の狂気」幼い娘に手をあげてしまう母親、それを疑い確信していく父親。最後に祖母の見た光景は、衝撃的なものだった。虐待者の狂気にゾッとし、やりきれない気持ちになる。読後感は相当悪い。
「レッツゴー」恋に奔放で、一喜一憂する姉を冷めた目で見ていた妹が、初めての恋に四苦八苦する。ほろ苦い青春の一ページという感じの心温まる物語。ミステリとしては薄味な恋愛小説。

No.528 5点 遠まわりする雛- 米澤穂信 2023/10/19 19:08
古典部の面々が登場するシリーズ4作目。日常のちょっとした謎を解き明かす7編からなる短編集。
「やるべきことなら手短に」学内の幽霊騒ぎの真相は。普通に事件を解かせると思わせておいて、捻るというところは巧い。
「大罪を犯す」普段怒らない千反田が、数学の授業中に怒ったという。理由はかなり理路整然としていて、説得力がある。
「正体みたり」合宿で訪れた民宿で見た幽霊の正体は。幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったものであるが、こういうアプローチとは思わなかった。旧家の一人娘としての苦悩が仄かに垣間見える。
「心あたりのある者は」成り行きで推理ゲームをすることになったホータロー。そのゲーム対象になったのは、校内放送だったが。ケルマンの名作「九マイルは遠すぎる」を意識している割には物足りない。
「あきましておめでとう」初詣で神社に行ったホータローと千反田は、一体どうしたことか蔵に閉じ込められてしまう。清く正しいジョブナイル冒険小説の味わい。
「手作りチョコレート事件」バレンタインデー当日、伊原の手作りチョコレートが忽然と消えてしまう。キャラの内面に踏み込みつつ、それが意外性に繋がっている。
「遠まわりする雛」生きひな祭りという祭りで、千反田が豪奢な格好で街中を歩くのに傘持ちという助手を頼まれたホータロー。コース上にある橋の工事は、祭りの日は工事を外すように手回ししたはずなのに。連作の締めとして、ある意味これ以上ないものに。新たな関係が予感する終わり方。

No.527 5点 リミット- 野沢尚 2023/10/14 19:14
幼児誘拐事件を担当することになった警視庁捜査一課・特殊捜査係の有働公子。だが、この事件はただの誘拐事件で終わることはなかった。公子の息子・貴之までも誘拐され、身代金の運搬に公子が指名される。息子の誘拐は、周りの捜査員に言うことが出来ない。なぜならば、犯人側の人間が捜査陣の側にいると思われるからだ。一人の女刑事が、果たして犯人グループを摘発し、息子を助け出すことは出来るのか。
捜査陣の中に犯人グループの共犯がいる故に周りに助けを求めることが出来ないという、警視庁VS一介の女刑事という構図を成立するための設定は巧い。誘拐犯グループを追いかける追跡者であり、身内である警察から追われる逃亡者でもあるこの物語は、前半から中盤は誘拐ものの警察小説のような状況から、やがて公子の裏切りに端を発する逃亡サスペンス、警察における組織の縄張り争い、後半に入ると一気呵成に行われる解決。逃亡もののタイムリミットサスペンスとして読ませるが、個人的には最初の1/3の誘拐もの警察小説の部分を突き詰めて欲しかった。
意外な黒幕は、ミスディレクションが効いていて、ギリギリまで分からない。だが、黒幕を暴くところは少々おざなりで残念である。黒幕と公子の対決は、もう少し書き込んで欲しかった。

No.526 6点 犯人に告ぐ- 雫井脩介 2023/10/09 06:26
六年前に誘拐事件を解決できず、その責任を負わされ左遷されていた警視・巻島史彦が難航する連続殺人事件の捜査に呼び戻される。
巻島はバッドマンと名乗る殺人鬼に対抗するため、テレビ番組に出演し犯人に語り掛けると見せかけて、あぶり出そうという劇場型捜査を試みる。始めのうちは、視聴率を稼ぎ持ち上げられるが、やがて批判されマスコミから叩かれる。捜査班内にも他局に情報をリークする者が出て四面楚歌となる。
バッドマンをあぶり出すための作戦や、その一つ一つに費やされるディテールはもちろんのこと、忘れてはならないのはキャラクターの魅力である。クールで超然とした巻島を筆頭に、権威主義の俗物に見えるが、それだけではなさそうな上司、県警本部にいる裏切り者、コミカルな役どころの若い刑事、公正を装いつつ巻島に絡んでいくニュースキャスターや、視聴率を稼ごうとする他局番組のえげつなさもよく描けている。そういう意味では本書は、純粋に犯罪捜査を追う警察小説ではなく、マスコミやテレビ局のいやらしさが盛り込まれた業界小説でもある。
ようやく手掛かりを掴み、バッドマン逮捕を目前にした大詰めに、巻島はある人物に呼び出される。六年前の事件についてだ。ラストでこの二つの事件を交錯させたのは、興を殺ぐ結果になった感じがして残念。奥行きを持たせたかったのだろうが、個人的には好みではない。

No.525 7点 安達ヶ原の鬼密室- 歌野晶午 2023/10/05 06:47
「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」いきなり可愛らしいイラスト付きの子供向けと思われる物語が始まる。(全てひらがなとカタカナで)二人の子供は井戸に大事なオモチャを落としてしまう。
「The Ripper with Edouard -メキシコ湾岸の切り裂き魔」メキシコに留学中のナオミが、歓迎パーティで酒を飲み記憶を飛ばした最中、死体の発見者になる。この事件に深入りしていくが。
「安達ケ原の鬼密室」8月15日の敗戦を先に控えた8月のある日、疎開先から少年が脱走し、何日か歩いた末に疲れ果て倒れたところを屋敷で保護され看護を受ける。そして次々と起こる惨劇に巻き込まれる。途中で現代に移り、そこでも事件が起きる。
表題作の後に他の二つの解決編が収録されているという変わった構成。
以上の四つの事件が絡んでくるが、トリックは共通していて、ある力を利用しているところにある。その力のトリックに既視感はあるが、あるものを使い時限装置に仕立て上げ、工夫している点は評価していいのではないか。また、屋敷の構造を鮮やかに説明するトリックや、叙述トリックも見事にはまったりもしている。メイントリックの●●の痕跡は絶対に残るはずなので、多少腑に落ちなく気になったところだが、屋敷を作った理由自体は納得できるものだった。

No.524 7点 婚活中毒- 秋吉理香子 2023/09/30 19:10
婚活に伴う切実さをリアルに描きつつ、ブラックな味わいたっぷりの4編からなる短編集。
「理想の男」結婚相談所に登録した沙織。相談所から理想の条件に合う男性を紹介されるが、彼が今まで付き合ってきた女性が全て亡くなっていたことが分かる。彼の本性が明らかになると思いきや、まさかのオチに思わず唸った。
「婚活マニュアル」圭介は、気軽に婚活出来そうな街コンに目を付ける。そして初心者向きというBBQ街コンに参加する。ある女性と付き合うことになるが、女性たちの策略に踊らされる結果に。計算高い女の怖さが実感できる。
「リケジョの婚活」テレビのお見合い番組「ミッション縁結び」に出ていた、次回参加者男性に一目惚れした恵美は、その男性目当てに参加を決意する。シミュレーションし分析、修正を繰り返すデータ主義にゾッとさせられる。
「代理婚活」益男の息子・孝一は、恋愛に興味がなさそうで、それを心配して息子に代わり妻と代理婚活に参加するが、あろうことか益男は、相手の母親に心を奪われてしまう。本質を見抜くしっかりした息子に拍手。ホッとするオチ。益男にはいい薬になったのでは。
本音と建て前、理想と現実、計算と打算が暴かれる。いずれも皮肉な結末だが、考えさせられる部分もあり、イヤミス好きな人には特にお勧めしたい。

No.523 6点 クレイジー・クレーマー- 黒田研二 2023/09/26 06:29
転職して大型スーパーに勤めている袖山剛史は、異例の昇進でエレクトロ課のフロアマネージャーになったはいいが、万引き犯(通称マンビ―)と執拗なまでに絡んでくるクレーマー(岬圭祐)に悩まされていた。マンビ―は大胆にも自分の仕業であることを証明するメモを残し家電を盗んでいくし、クレーマーには狂気すら伺えた。そんな袖山の唯一の安らぎが恋人の存在だった。だが狂気に駆られたクレーマーは、その恋人に魔の手を伸ばす。
店側対愚客のコンゲーム的なバトルと思って読んできて、惹句通りのサイコサスペンスかと思いきや、意外な真相が待ち受けており、そこに本格魂を感じて嬉しくなる。伏線の張り方やミスリードも巧く、実に気持ちよく騙された。ワントリック一発勝負のある作品との類似性を指摘する向きもあるかもしれないが、衝撃度はある作品の方が軍配は上がるが、アプローチの仕方は本書の方が巧いのではないか。またクレーマーの人物造形も秀逸である。

No.522 7点 水の迷宮- 石持浅海 2023/09/21 19:38
三年前、水族館を良くしようと尽力していた片山が死亡してから、職員は力を合わせて水族館の発展に努力してきた。その片山の命日に水族館で事件は起こる。館長あてのもとに携帯電話が送られて、その携帯電話に次々と送られてくるメール。メールの内容は、水槽に何らかの危害を加えることを告げ、さらに金銭の要求もしてきた。死んだ片山の繋がりをにおわせる犯行に、職員の中に犯人がいるのではという疑心暗鬼に陥る。その状況下で、職員の一人が死体で発見される。
次々と水槽にいたずらを仕掛け、さらに観客に危害を加えることまで暗示する犯人の要求により、警察は物理的に介入できるが、そうすると問題が生じるという設定で自然とクローズド・サークルが成立している。
犯人の巧妙な仕掛けや、細かい手掛かりの配置、犯人確定の消去法の緻密さなどミステリとして優れている。キャラクターもそれぞれ水族館を支えようとするスタッフの思いがよく描かれ、そうした人たちの想いが事件と深くかかわっているため、推理の面白さが増している。また、この水族館という舞台で事件を起こさねばならなかったという必然性を十分に備えているし、ラストは深い余韻を残す。結末に賛否両論のようだが、個人的には大満足。
ミステリ小説でありながら、水族館の経営にも多くの工夫やアイデア、大胆な発想が不可欠ということが伝わってくる。イルカショーをはじめ、施設やイベントの運営についても知ることができ、この作品を読んで水族館に行けば、きっと新しい世界を垣間見ることが出来るだろう。

No.521 5点 ファミリーランド- 澤村伊智 2023/09/16 06:59
「コンピューターお義母さん」語り手の恵美は夫と息子の三人暮らし。義母は関西の老人ホームにいるが、自分のデバイスに様々なアプリやプログラムをダウンロードして息子家族の家と家電に同期させている。だから遠く離れていながら、娘の行動を把握しているのだ。日々の生活を細かくチェックされて恵美のストレスはたまっていく。テクノロジーは人間の価値観や習慣をどう変えるのか。二十一世紀になっても嫁姑の複雑な関係は変わらないし、強力な武器が手に入れば過激化するということなのだろう。本書には6つの短編が収録されているが、いずれも普遍的な家族問題が題材になっている。赤ん坊が誕生し「翼の折れた金魚」、大人になって伴侶を見つけ「マリッジ・サバイバー」、子供を育て「サヨナキが飛んだ日」、親を介護して「今夜宇宙船の見える丘に」、死を迎える「愛を語るより左記の通り執り行う」。一冊で人間の一生をカバーとしているところが秀逸。
中でも「翼の折れた金魚」には戦慄した。特殊な薬剤の投与によって金髪碧眼と高い知能を持つ計画出産児が当たり前になった時代。黒髪黒眼の無計画出産児は、デキオあるいはデキコと呼ばれ差別されている。小学校教師の森村が担任を務めるクラスにもデキオとデキコがいた。
妻と計画出産を進めている森村は、無計画出産児に対する偏見を隠している。ただ、子供に罪はないと分かっているので、音楽の才能を見出されたデキコを手助けしようとするが。物語の冒頭に登場する新種の金魚の見方がちょっとしたきっかけで激変したように、どんな属性の人間がマジョリティになるかは、時代や環境によって変わる。多数派は鈍感なまま生きられるが、その立場は絶対的なものではない。差別は誰にとっても他人事ではないと実感する一編。

No.520 6点 失はれる物語- 乙一 2023/09/12 06:38
各編の主人公は、身体的に弱い立場だったり、精神的に脆い人たちが多い。そのため、物語としては暗く悲しいものになり、淡々とした文章がその効果に拍車を掛けている。光を与えられながら、光から目をそらしたり、存在を認められているのに、存在を否定したりする。そんなささやかに密やかに生きている人たちの静かで切ない喪失をテーマにした6編からなる短編集。
「Calling You」誰からも電話もメールも来なかったらという不安から携帯電話を持てないでいる女子高生が主人公。ある日、想像で作り上げた携帯電話が鳴った。悲しいが胸温まる物語。
「失はれる物語」交通事故で、右腕の一部の触覚しか残らなかった主人公。妻は彼の皮膚感覚が残っている部分に文字を書いて会話する。指を1回動かせばYES、2回動かせばNOで答える。奥さんを思う気持ちに切なさとやるせなさが残る。
「傷」暴力的な指向のために、特殊学校に移されることになった主人公。そこでアサトに出会う。彼は、アサトの特殊な能力に気付く。そこまで自己犠牲をしなくてもと言いたくなる。
「手を握る泥棒の物語」自らデザインした時計を世に出したい主人公は、資金が足りなかった。彼は伯母の宝石や現金が入ったバッグのことを思い出す。ユーモアたっぷりながら、ドキドキするサスペンス。
「しあわせは子猫のかたち」実家から離れるように遠くの大学を受験し、一人暮らしをすることになった主人公。世界の全てを拒否するように、ひっそりと暮らしていこうと決意した彼の生活に思わぬ齟齬が生じ始める。視認できない存在との奇妙な同居生活に癒される。
「マリアの指」どこにいても別格として扱われていたマリアが電車に轢かれてバラバラになった。マリアの死の謎を解くというミステリでありながら、ミステリ色は薄い。主人公の指を持ち続けるところや、研究室の男が指を探し続けるあたり、そしてそれらをつなぐ悲しい理由が見事。

No.519 7点 白鳥とコウモリ- 東野圭吾 2023/09/06 07:22
「すべて、私がやりました。すべての事件の犯人は私です」と男が自供した殺人事件。それは港区・竹芝桟橋の近くに止められていた車の中から、白石健介の遺体が発見されたことに端を発する。 
被害者の足取りを追うのは、警視庁捜査一課の五代刑事と所轄の中町刑事のコンビ。彼らは丹念な捜査の末に、倉木達郎の存在に到達する。そして三十年以上も前に発生した金融業者殺人事件と倉木の接点を見つけ出し、ついには自白を引き出すことになる。
そのプロセスは端正な警察ミステリそのものであり、ここまでも十分な読み応えがある。ところがページの残量を見れば、これがまだ物語の序盤に過ぎないことが容易に知れ、それが一層の期待感を抱かせる。実際、本作の主題はむしろここからだ。警察の取り調べにより、事件の経緯や動機が、次第に明らかになる中、その余波に直面する二人の人物がいた。加害者・倉木達郎の息子、和真。そして被害者・白石健介の娘、美令である。
加害者の家族と被害者の家族。立場としては、対極にあるように見える二人だが、事件のあらましを知るにつけ、共に苦悩の日々を余儀なくされる。そこに介在するのは現代社会特有の不寛容さで、二人は世間の好奇の目に晒され、ネットの悪意に塗れることとなる。
加害者であろうが被害者であろうが、等しく好奇の俎上に載せられるネット社会。果たして人は、家族の罪をいかにして背負うべきなのか。本当の罪とは何か、本当の罰とは何かを深く考えさせられた。

No.518 7点 - 今邑彩 2023/08/31 06:50
日常に潜んだ誰もが迷い込んでしまうような不思議な世界を描く、ホラーテイストの8編からなる短編集。(単行本で読んだので8編。文庫本だと10編なんですね。)
「カラスなぜ鳴く」柳瀬正一は、仕事ばかりであまり家族を顧みなかった。ある日、妻と息子の間に自分には理解できない奇妙な何かがあることに気付く。殺人事件の真相は分かりやすいが、語り口が巧妙で読ませる。
「たつまさんがころした」春美は昔から神のお告げのようなものを聞くことがあった。その日も婚約者の辰馬が殺人事件の犯人のような気がして、姉の夏美に相談しようと思っていた。最悪の結末を示唆しつつも、最後まで分からせない。ある意味「操り」というべき作品。
「シクラメンの家」出窓にシクラメンを飾っている家がある。その家には赤と白のシクラメンがあり、日によって色が変わるのは、何かの暗号と思うようになる。短い中にサスペンス性がたっぷり凝縮されている。
「鬼」七歳の私たちは、みっちゃんとかくれんぼをしていた。いつも通り、みっちゃんが鬼で私たちは隠れたけれど、みっちゃんは探しに来なかった。ホラー映画のようなプロットにもかかわらず、結末はほのぼのしている。
「黒髪」私と夫以外の誰もいないこの部屋に、黒くて長い髪の毛が落ちていた。私は明るめの茶色なので自分のものではない。ファンタジー性が強い切ない物語。
「悪夢」臨床心理士になった私に旧友の内藤が相談にきた。妊娠中の奥さんは、子供を産んでも自分が殺してしまうと言っているらしい。夢判断という題材で、ホラーというよりサスペンスに近い。真相は途中で気付く人も多いのではないか。
「メイ先生のバラ」バーにやってきた男が手にしていたのは、黄色いバラの大きな花束だった。39本あるその薔薇の意味を男が語り出す。予想よりも穏便な結末。
「セイレーン」彼女と旅行の途中に喧嘩して車内から追い出されてしまった僕は、通りすがりの集団の仲間に入れてもらい、旅館に辿り着いた。テーマとしては暗いが、優しい世界なのではと錯覚してしまうほど、不思議な読後感。
誰にでもあるであろう人間の裏の顔を描くのが、とてもうまい作者。途中で真相に、ある程度予想出来てしまう作品もあったが、それでもこの世界観は好みである。

No.517 6点 激走 福岡国際マラソン 42.195キロの謎- 鳥飼否宇 2023/08/26 06:36
北京オリンピック代表の選考をも兼ねた福岡国際マラソン。このレースに挑むのは、オリンピックを目指す選手だけではなく、再起を図る者や自身の存在を世の中にアピールしようと目論む者まで有力選手、一般参加者など、それぞれの思惑を胸に秘め、スタートのピストルが鳴り響く。そして中盤で思わぬアクシデントが。
作者の作風は、奇想の炸裂したバカミスを得意としているイメージを持っている人が多いと思うが、その点では裏切られると思う。ただ、普通のミステリで終わるわけでもなく、実はそれが煙幕となっており、最初に想像するパターンであらかじめ感づかせておいて、それを上回るという離れ業をやっており油断ならない。
ゴールを目指し、42.195キロを走る間に選手の回想や、それぞれの思惑が交錯して、いろいろなドラマが展開する。レース中の心理が克明に描かれ、伏線などの細部はよく考えられている。全てを読み終わった時、如何に自分が見ていたものが間違っていたかを思い知らされることになる。その反転具合はなかなかのもので清々しいい読後感。
本書は作者の真っ当な路線の代表作になりうる作品。スポーツミステリ自体、現時点ではあまりにも少ない。特にマラソンミステリとなるとかなり限定されてくる。今後、マラソンミステリを含め多くのスポーツミステリが出てくることを期待したい。

No.516 5点 N- 道尾秀介 2023/08/21 06:47
六つの章を自由な順序で読むことが出来る作りになっている。各章の間では、登場人物や時系列が緩やかに繋がっている。AからBの順に読めば特に意外でもない出来事も、BからAの順に読めば驚きをもたらす。さらにCを読むとAとBに登場した人物の過去が明かされるといいう形で、読む順序によって何に驚くか、どこに衝撃を受けるかが変化する。装丁も一編ずつ逆さになっているという凝りようだ。
複数の短編が、人物や事件でリンクしているだけなら珍しくはない。本書の特色は「どんな順序に読まれるか」を考慮した上で、それぞれの章で何を語り、何を語らないかを入念に選んでいるところにある。
「名のない毒液と花」魔法の鼻を持つ犬とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「笑わない少女の死」定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
「落ちない魔球と鳥」鳥が喋った「死んでくれない?」という言葉の謎を解く高校生。
「消えない硝子の星」ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護士。
「飛べない雄蜂の嘘」殺した恋人の遺体を消し去ってくれた正体不明の侵入者。
「眠らない刑事と犬」殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。
読み味が720通りあるというのが、この作品のひとつの売りとなっている。とはいえ、おすすめしたい読み方はある。ミステリとしての驚きを存分に味わいたければ、「笑わない少女の死」を最後に読むのは避けたほうがいいだろう。この章は作中の時系列では一番最後に相当するが、ミステリらしい驚きを味わいたければ最後には向かない。異なる順序に読めば、また異なる感興が生じる作りだが、720通り読んでみようと思う奇特な人はいないだろう。個人的には2通り読めば十分かなと感じた。

No.515 6点 生首に聞いてみろ- 法月綸太郎 2023/08/17 06:32
法月綸太郎は、高校時代の後輩であるカメラマンの写真展の会場で、彫刻家・川島伊作の一人娘・江知佳と出会う。川島伊作は娘の江知佳に、かつてその母をモデルにして使った「母子像」を完成するが急逝してしまう。しかしその葬儀の間に、母子像の首が何者かに切断され持ち去られてしまう。母子像モデルの江知佳への殺人予告ではないかと恐れた伊作の弟・敦志は、法月に調査を依頼する。
タイトルの印象からして、おどろおどろしい展開が予想されたが、そうではない。謎の真相に近づいていくと、また新たな謎が現れていく感じで、緻密に張り巡らされた伏線が複雑なプロットを支え、二重三重の企みが幻惑する。複雑な人間関係が徐々に見え始めるが、物語自体は淡々と進み起伏に乏しいし、殺人事件が起こるのもかなりページが進んでからであり、どちらかといえば地味であるためインパクトの面ではかなり劣る。
ただ、トリックの重要な要素となる型取り石膏像をめぐる蘊蓄などのペダントリーは好奇心をくすぐるし、石膏像の首がなぜ切断されたかの理由や事件の全貌を明らかにするパズラーの部分はよく出来ているのではないか。
首の切断をめぐってあらゆる仮説もおざなりではなく、最終的に否定されるそれらの仮説も、真相と同様の緻密さと説得力を持っていて見事だった。

No.514 8点 死の命題- 門前典之 2023/08/11 06:39
焔水湖のほとりに建てられた別荘・美島館に招かれた6人の男女。数年前に遭難して行方不明となった美島総一郎教授の遺志を受け継ぎ、夫人の手で落成されたその館で、一人また一人と殺されて誰もいなくなった。
吹雪によって山荘に閉じ込められた6人。まるでクリスティーの「そして誰もいなくなった」のように次々と殺されていく大虐殺。本書の素晴らしいところは、用意された凄まじいバカトリックもさることながら、大技を支える細かいところにも大技が組み込まれているところにある、特に密室と奇怪で禍々しい巨大なカブトムシの亡霊の謎とその解決は、恐ろしいまでの意外さを内包しており、強烈な印象を残すとともに笑いが込み上げてくる。
どうしてもバカトリックに目がいきがちだが、異形のロジックも健在であり、このロジックが大胆不敵なトリックを支えているのは明らか。さらに読者への挑戦状、被害者をつなぐ豪快なミッシングリンクに、最後の最後で明らかになる悪魔的真相と本格ミステリ好きにはたまらない奇想趣向が詰まっている。あまりにも奇天烈なので人を選ぶ作品であるが、インパクト抜群なエンターテインメント大作であることは間違いないだろう。

No.513 6点 告解- 薬丸岳 2023/08/07 06:45
「今すぐ会いに来てくれなければ別れる」という恋人からのメールを見て、大学生の翔太は深夜、車を飛ばす。先程まで酒を飲んでいたが、もう終電がなかった。だが、運転中の何かに乗り上げた衝撃を覚える。恐怖で走り去るが翌日、自分が老女の命を奪ったことを知る。翔太は警察に逮捕され、懲役4年10カ月の判決を受ける。一方、被害者の夫である法輪二三久は、ある意図をもって出所後の翔太に近づいていく。
服役しても罪は償えない。ならばどのように生きていけばいいのかと苦悩する。その贖罪を問い掛けるうえで重要なのが、翔太に接近を図る法輪の存在だろう。法輪が望むものとは何なのかが終盤、前面にせりだしてきて、驚きとともに感動を呼ぶ大きなうねりを作り上げる。
エピローグでさらに静かに盛り上げて、優しく力強い台詞を出して、温かな余韻を味あわせる。罪と罰をめぐる物語の構図が複雑かつ重層化されて、キャラクターの輪郭が一段と際立ち、テーマが鋭く強く打ち出される。犯した罪は一生消えない。しかし、その罪を抱えて前向きに生きていくことは出来るはず。翔太のある言動を身勝手ととるか、リアルととるかで評価が分かれるかもしれない。最後に、何よりもタイトルがもつ深い意味が分かり、作者の意図が明確になる。

No.512 6点 葬式組曲- 天祢涼 2023/08/02 06:34
舞台は宗教的儀式に批判的な風潮が高まったことで、「葬式」をしないで火葬する「直葬」が主流となった現代日本。そんな日本において、S県だけは反発し、唯一葬式の風習を残した。そのS県の北条葬儀社に焦点を当てた連作集。
個人の心の内の深いところを解きほぐす「父の葬式」や、霊安室から死体消失という密室トリックを描いた「息子の葬式」など、章ごとにそれぞれの葬式が行われ、そこで起きた謎や騒動を葬儀社の従業員が解き明かしていく。その謎や推理は、葬式ならではのもので独特の説得力があるし、バリエーションに富んでいて魅力的。また、葬式の舞台裏を知ることが出来る。仕事内容と情熱を把握できるのはもちろん、大事な存在を失った者の心の傷みが葬式という行為を通じて痛切に伝わってくる。
日常の謎ミステリとしての読み応えもあるが、ラストの「葬儀屋の葬式」になると、連作ならではの仕掛けが炸裂し予想外の展開に驚かされた。巧妙なミスディレクション、回収されていく伏線と見えていた世界が変貌していく感覚が心地よい。

No.511 6点 ひげのある男たち- 結城昌治 2023/07/29 06:41
アパートの一室で若い女性が死んでいるのが発見された。殺人事件として捜査されるが、その捜査の過程で被害者の周囲にひげのある男が数名いて、それも一癖も二癖もある人間ばかりで事件解決の糸口がつかめない。さらに捜査にあたる郷原部長刑事もひげを生やしていた。
ひげで始まりひげで終わる、ひげだらけの殺人事件。殺人事件の顛末が、ウィットとユーモアに富んだ口調で語られる。本書はロジカルな系統のパズラーであるが、その出来映えはなかなか。消去法の美学というべきか、終幕とある人物がなす犯人限定の過程はよく出来ている。
捜査会議にぬけぬけと部外者が紛れ込んでしまうというコントめいたところが笑ってしまう。このシーンの意味が明かされる時、作者の用意周到さに唖然とされる。全体的に流れる飄々とした雰囲気と本格ミステリとしての骨格。楽しさの中にも、緻密に伏線を仕掛けて終盤の畳みかけるような論理展開で驚かせてくれる。わずかな手掛かりから真相に到達するまでの論理だけでも十分に読ませる

No.510 7点 君のクイズ- 小川哲 2023/07/24 06:25
生放送のテレビ番組「Q1グランプリ」の決勝戦に出場した本庄絆は、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答して正解し、優勝を果たす。対戦相手であった三島玲央は、この不可解な事態を訝しむ。三島は真相を解明するため、本庄について調べ決勝戦の一問一答を振り返り、0文字解答の真相を探る。イカサマなのか、それともテクニックなのか。
作中に描かれるトップレベルのプレイヤーにとっての早押しクイズは、問題が読み終えられてから動くようでは遅い。固有名詞や助詞の使われ方から、正解が確定する瞬間を見極めてボタンを押し回答する。極端に短い時間の中で思考を突き詰める頭脳競技なのだ。
ミステリとしての謎は、シンプルだが深い。クイズとは、覚えた知識の量を競うものではなく、クイズに正解する能力を競うもの。いかにそのポイントを早く発見できるかが重要である。三島は真摯に競技クイズと向き合っているし、彼の人生がクイズの答えに繋がっている。
わずかな手掛かりから真相にたどり着いた時、クイズの世界の奥深さ、三島の思考力に圧倒された。人間ドラマに息をのみ、知的興奮と刺激に満ちた痛快な作品。好きなことへの情熱を感じる作品で、クイズでなくても、何か夢中になっているものがある人は、共感できるのではないか。

キーワードから探す
パメルさん
ひとこと
7点以上をつけた作品は、ほとんど差はありません。再読すればガラリと順位が変わるかもしれません。
好きな作家
岡嶋二人 東野圭吾 
採点傾向
平均点: 6.15点   採点数: 569件
採点の多い作家(TOP10)
東野圭吾(30)
岡嶋二人(20)
有栖川有栖(19)
綾辻行人(18)
米澤穂信(16)
歌野晶午(15)
西澤保彦(15)
松本清張(14)
法月綸太郎(14)
横山秀夫(14)