皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.1185 | 6点 | 灰色のためらい- エド・マクベイン | 2023/11/11 17:13 |
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「87シリーズで最初に読んではいけない本」として有名な本(苦笑)
異色作だとか呼ばれることも多いけど、これって「外伝」みたいな本、と捉えるのがいいと思う。お馴染みの刑事たちもキャレラ・ウィリス・ホース・マイヤーなど登場しないわけでもないが、チョイ役程度に、あくまで外側から知らない人が眺めた程度で描かれるだけ。でもキャレラとティデイのデートの熱々っぷりにアテられる。 で、話は街に出てきた大男ロジャーが、何かの犯罪を犯したらしく、それを自白しに警察に出頭しようとして...でグズグズする話。それをシンネリとやっていく。でも、何をしたのかはずっと不明のままで、街で引っかけた女性との関係にあるような....だけど、翌日また黒人の女の子をロジャーはひっかけてしまう。ロジャーの犯罪は?この女の子の身が案じられるが?ロジャーはちゃんと出頭するのか? そうしてみると、ちゃんとサスペンス系のミステリになっているじゃないの。このロジャーくん、大男のくせにマザコン気味の田舎者。だからちょっとしたサイコスリラー要素も感じたりもしたなあ。長いシリーズ、たまにはこんなのが紛れ込んでいる、というのもオツなものだと思うよ。 (あと言うと、原題は「ためらう男」くらいの意味だけど、わざわざ「灰色」をつけるあたりが、とっても日本的なセンスだと思う) |
No.1184 | 7点 | トッド調書- コリア・ヤング | 2023/11/10 18:23 |
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実は本作、ロバート・ブロックの作品なんだよね。「サイコ」の解説では「ゴーストライター」扱いになっていたり、日本語Wikipediaではペンネーム扱いになっていたり、いろいろ??となっていたこともあって調べたが、英語版Wikipediaがブロックの自伝をソースとして
この本の署名はブロックの筆名ではない、コリア・ヤングは映画制作者で、同題の映画のプランのため、(ジャーナリストの)ジョアン・ディジョンとジョン・グレゴリー・デューンのストーリーを元にした小説の権利をブロックと共に確保しようとした。映画は作られなかった。ブロックはペーパーバックのための契約をしたが、ヤングが自分の名前でハードカバーで出版したことに衝撃を受けた。 としているのが、多分真相なんだろう。実際に書いたのはブロックだが、ヤングはちゃんとした経歴のある実在の映画人である。ボツった映画の企画と権利闘争の中で、ブロックが貧乏クジを引かされたということのようだ。本書のあとがき(署名は「S」)ではブロックのブの字もないが... 内容は心臓移植をめぐる医学サスペンス。大富豪のトッド氏は心臓病にかかっていて、心臓移植しか手段がなかった。しかも血液型がAB型Rhマイナス...稀なドナー候補がロサンゼルスで見つかり、トッドたちはロスへ飛んだ。ドナーは元オリンピック選手で下半身不随になっていた青年。車椅子の暴走事故で命を落としたのだ。トッドは心臓移植を受けるが、外科医チームの一人が、この青年の死に疑念を抱く。果たして心臓のために殺人が行われたのか? この話を「調書」というくらいだから、さまざまな関係者による「証言」で構築していく。この多面性がなかなか、いい。医師の倫理と「金で買える命」、そして真相を知ったトッドの決断...小ぶりながら、ドラマがなかなか良くできている。トッドの「妻」格の愛人がなかなかイイ味を出している。 貧乏クジを引かされたブロックだが、今ではブロックが書いたことは知られているようなので、めでたし、ということなんだろうか。 |
No.1183 | 6点 | 不死鳥を殪せ- アダム・ホール | 2023/11/09 21:18 |
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そういえば本作って、ハヤカワ・ミステリ文庫が創刊した時の最初のラインナップに入っていた作品だった。「そして誰もいなくなった」「長いお別れ」「幻の女」「ゴールドフィンガー」を含む創刊ラインナップの中では、今の知名度が一番低い作品になってしまう。1976年だから、当然冷戦真っ最中。まだスパイ小説のリアリティがしっかりあった時代である。
本作はMWAも獲っていて(1966)、その前年のMWA受賞作が「寒い国から帰ってきたスパイ」。でやはりベルリンを舞台にして「敵の裏をかく」をメインにした頭脳戦の小説なんだが、筆致は即物的で至ってクール。一人称で内面描写は多いのだが、自分自身を「モノ」として冷静に観察するような冷徹さが目立つ。でもね、この作戦にファンタジックな味もあって、ハードボイルド化した「リアルな007」といった雰囲気がある。 話の内容は、イギリス情報部所属なんだけど、ナチ戦犯ハンターをしている主人公クィーラーが、ナチス再興を狙うネオナチ勢力「フェニックス」と単身闘う話。ネオナチ秘密組織ということもあって、実態がよくわからないから、クィーラーは自分を囮にして敵の攻撃を待ち構える、という極端な戦法を取る。だからほぼわざと捕まって、自白剤による拷問を受けるあたりの、自己分析がなかなか面白い(「アタマ・スパイ」という有名な評言がある)。 でも謎の美女とクィーラーが深い仲になるとか、ネオナチ組織の「ご神体」とか、アホみたいに大きな「計画」の話とか、堅苦しい組織小説のル・カレとは完全に別口。強いていえばレン・デイトンが近いが、組織批判とかそういう要素は希薄。敵もわかりやすい純エンタテイメント。 いいところは多いけど、だまし騙されの小説でもあって、一体何がなんだか逆転に次ぐ逆転からわからなくなってきて、ファンタジーっぽくなるところもある。これが不思議な持ち味。思うんだけど、スパイが得た情報って、それがレアで価値が高ければ高いほど、ホントの情報なのか、敵がわざと流したニセ情報なのか、あるいはスパイが自分の利益のためにでっちあげたものなのか、スパイが疑心暗鬼から膨らませた妄想の産物なのか、実はわからなくなる、という逆説も感じるんだ。特に本作、一人称の小説でもあるから、007みたいなファンタジーの傾向も感じたりする。 立ち位置が不思議な作品といえる。名作として定着するのはまあ、無理だなあ... |
No.1182 | 5点 | 雲なす証言- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/11/08 21:38 |
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これって一種のドタバタ喜劇だから、ジャンルはほんとはコージーくらいが適切なんだと思うんだよ。すでにピーター卿周辺のキャラは固まってきているわけで、評者もセイヤーズ読むのは7冊目ともなれば、先代公妃あたりのキャラまで十分馴染んでも来るというものだ。これってやはり狭い人間関係で事件が起きるコージーらしさなんだろう。
だから、今回のネタというのは、名にし負うイギリスの貴族制度の中で、「公爵が殺人罪で公判を受けるのなら?」というあたりに力点がある。 裁判は次のように始められた。議会守衛官が静粛を宣言した後、大法官府次官が王座の足元にひざまづいて、国璽の押された辞令を王室執事長に渡し、王室執事長は自分にはどうしようもないということで、それをまた厳粛に時間に返した。(中略)議会守衛官が力一杯「国王陛下万歳」と応じるにおよび、ガーター紋章官と黒杖官が再びひざまづき、王室執事長に役職の杖を手渡した。 とまあ、議会と王権の対立の歴史から、公爵ともなると刑事裁判でも繁文縟礼と言っていいくらいにややこしいのだ。死刑なら斬首か絹の紐による絞首か、とかマジに検討するような、イギリス特有のややこしさをセイヤーズは皮肉な目で描いているあたりが狙い目なんだろう。 こんなご時世だからこそ、その公爵の妹は、面白半分にコミュニストと付き合って状況を紛糾させる。それをピーター卿は「ソヴィエト・クラブの人は、いろいろ疑われるのが愉しくてやっているんだろう?」と評しているわけだから、まあこれどう見ても社会風刺コメディなんだよね。 だから、評判の悪い真相だって、実のところ「真実の愛」だったのかもしれない。そんな真実の愛が報われるはずもなくて....で捻り過ぎてもう一つインパクトがなくなったのかも。でもまあ、公爵の妹メアリが、のちにピーター卿の相棒のパーカー警部と結ばれることになる、と思うと妙な感慨もあるというものだ。 (こういうことを書くには何だ、という気もするけど、実はこの作品、軽薄才子のピーター卿が、事件を八方丸く収めるために、ああいう「真相」をでっちあげたんだ、という解釈はどうだろうか? なんというか、わざとらしいメロドラマだしなあ...こう見ると、ラストシーンのピーター卿のご乱行が腑に落ちる) |
No.1181 | 5点 | 海から来た男- マイケル・イネス | 2023/10/30 14:16 |
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イネスの単発の冒険スリラー。「39階段」っぽい巻き込まれ型スパイ。「海から来た男」を主人公が周囲の人たちを巻き込みながら、スコットランドの田舎の海岸からロンドンまで護送するプロセス。怪しげな「海から来た男」の狙いは?
というか「イギリス伝統」感って、この手の小説だと、オフビートなキャラ設定に妙味があるようにも思うんだ。で、主人公(22歳カレッジを卒業してすぐ)からして、人妻と海岸でアヴァンチュール中に、「海から来た男」を拾ってしまい、腐れ縁みたいにロンドンまで付き合うことになる! そりゃ「イギリス紳士のアマチュアリズム」ってそういうものなんだけどさ。本人も分析するけど、要するに「人妻との情事」の後ろめたさから、非合法のキケンな香りを漂わせる「海から来た男」の言いなりになる、という心理的な動機を否定しきれなかったりする。客観的には利用されて「気の毒」なんだけど、本人は自発的に「バカやってる」と思える、というのがなんともはや。 「海から来た男」はどうやらイギリス人の核物理学者だけど、東側に協力するために失踪し、そこから逃亡して...という独自の狙いがあるようだ。だから「アブない」キャラには違いない。そして、主人公に協力するのが幼馴染の救急隊員とか、オーストラリアから来たイトコのカントリーガール。そして寝取られ亭主の従男爵や、飛行機狂の大貴族。 なのでイネス流「39階段」という印象の作品。わりと面白く読めるんだけど....いや、訳文がヒドくって、ちょっと困る。「ところのもの」とかやりそうなくらいの直訳調の複文が読んでいてわけがわからない。時間切れで下訳をそのまま出したんじゃないか?と勘繰られても仕方のないレベル。翻訳書としてどうよ、でマイナス1点しておく。 そりゃさあ、イネスの捻ったユーモアのある文章って難しいのは分かるんだけどさあ... (どうやら「海から来た男」は「英国には私みたいなのはいません。日本ならば...」とか自分の右手について言っているから、要するに放射能被爆してケロイドになっているんだろう...そういう時代) |
No.1180 | 7点 | メグレとマジェスティック・ホテルの地階- ジョルジュ・シムノン | 2023/10/25 07:59 |
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珍しくハヤカワがメグレの未単行本化作を新訳で出してくれた。ありがたい!
「EQ」に載ったきりの作品は面白いものが多いから、ぜひ続けて出して頂きたいな~応援のため、勇んで新本ゲット。 で、本作は「メグレ再出馬」から八年後の戦時中(1942)に出版された「メグレの帰還」という本に、「メグレと死んだセシール」「メグレと判事の家の死体」と合本で出た作品。「EQ」じゃ一気掲載だったから、評者何となく「奇妙な女中」なんかと同じくらいの中編かと思っていたが、堂々の長編。 で「メグレ再出馬」で「開放的なメグレ」に描き方が変わった面を継承していて、雰囲気的には第三期とあまり変わらなくなっている。で、意外にこの第二期から第三期の初めあたりって、結構メグレ物でも「意外な真相」とかパズラー風味を感じる部分もある(関係者一同を集めて謎解きするよ~)から、メグレ苦手な本格マニアにも正面から紹介したら、意外に支持されるかもしれないな。「男の首」が代表作というメグレ観は間違っている。 でこの作品の特徴は、高級ホテルを舞台として、労働者階級の裏方スタッフと、偶然客として宿泊した、アメリカの大金持ちの玉の輿に乗った元仲間との因縁話が描かれる。 <クラーク氏は、きみとは住む世界がちがう。きみには理解できまい。クラーク氏のことは私に任せて」おくんだ> メグレは骨の髄まで庶民だったので、今、自分のまわりを取り巻いているものに反発を覚えた。 と、無実の罪で逮捕されたカフェの係の男のために、アメリカ人の金持ちを挑発してパンチを喰らい、金持ちと直接交渉する糸口にする....いや、銭形の親分みたいなタイプのカッコよさ。メグレは庶民で英語が分からないから、インテリの予審判事から受けていた「階級差別」を見返すわけだ。 庶民の味方、メグレ これは大衆小説の王道、というものだ。大傑作というものではないが、佳作ではある。 |
No.1179 | 6点 | サイコ- ロバート・ブロック | 2023/10/23 19:01 |
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超有名作だけど、原作読んでいる人は意外に少ないかも。
ヒッチの映画はミステリ映画を語る上じゃ必見作なのは言うまでもない。で、原作は、というと基本的に映画と同じ内容。しかも映画が伝説なのは、話の内容以上に、ヒッチコックの「映画術」が凄まじいため....内容的には「中編」くらいの密度の話だから、映画にした時に一番過不足なく映画にできている。なら原作読まなくていいと言えばそうなんだよね。 それでも、私立探偵アーボガストは階段から落ちて死なないし、ベイツが母親を抱きかかえて階段を降りたりしない。これが不満、となってしまうと、原作者ブロックの立場がないな(苦笑) うん、というわけで、本サイト的にはこのくらいの評価にしておこう。一応、タイトルとかミスディレクションの役目もあって、小説として悪くないんだけどもね。 でもさ、純ミステリ的な見地だと、ロスマクの例の作品、絶対本作の影響受けてると思うよ。違う? (あとブロックの話なんだけど、この人ラヴクラフトの最後の弟子みたいなものなんだよね。「アーカム計画」とかそのうちやりたい) |
No.1178 | 8点 | 天国の魚(パラダイス・フィッシュ)- 高山和雅 | 2023/10/11 15:16 |
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先に「奇相天覚」を小手調べしたけど、本命は本作。ガチガチのハードSFの骨格があるにもかかわらず、世界の片隅で肩を寄せ合う家族の情愛の話だったりする。だから結構泣けるし、無常観にも落ち込む「エモいハードSF」。
2030年、南の島を大津波が襲う。この島の療養施設に全身不随の「とうさん」を抱える5人の家族は、避難船に乗らずにあえてこの島に留まる決意をする。この島にあるシェルターに避難するが...ふと気がつくと一家は1970年の東京にいた。あたかもそのままずっと東京で暮らしていたかのような生活だが、「とうさん」は出張先で急死したことになる。しだいに1970年の東京の生活になじむ一家だが、1982年に「かあさん」が働く学校の生徒が実は幼い日の「とうさん」であることに「かあさん」は気づく。そして「かあさん」は事故の巻き添えを食って死ぬが、その際に救い出した赤子を一家は引き取ることになる....この子は亡くなった「かあさん」と同じキョーコの名を与えられ成長し、「とうさん」の生まれ変わりのカオルと恋をするようになる。 しかし、突然、この一家に「あなたの存在理由を教えます」とロボットが夢の中で語りかけてくる。宇宙船がブラックホールを回避する方法を決断するように、一家は招集されたのだった! いやこの転調の超烈さ!「すこし不思議」なSFからいきなりハードSFに放り込まれるこのギャップ。実はこの一家の不思議なタイムワープには「社会から生まれる(ほんとうの)人間の意志」を求める計画があった...対立する「家族」は「合意」をまとめることができるか?それとも「家族」は幻想に過ぎないのか? この家族は実のところ一種の疑似家族で、血縁がはっきりしない面がある。しかし家族としての一体感はしっかりとあるが、それでも「とうさん」になったカオルは自己のアイデンティティの揺らぎから、家族の絆を信じ切れない部分、「反出生」めいた懐疑に捉われがちだったりする。 この世に生れた人は一人残らず自分を生んだ本当の親から受け取った一通の手紙を持っている。それは幸福の手紙だ(略)「この手紙と同じものをあなたの子供に渡したとき、あなたは幸福になれます」 この幸福の約束を信じるか、それとも? 疑似家族にもこの「幸福の手紙」は届いているのか? ハードSFの部分が完全にネタバレになるので、説明しない方がいいんだけども、しっかりこんな重たくエモい問いがハードSFの構造にパーツとして組み込まれている。一回読んだだけだと構造を把握しきれないくらいに精緻に構築された、とんでもないくらいの力作SF。いやはや「SFとしての徹底度」で小説に勝っているマンガも、今や例外じゃないんだろうなあ。 |
No.1177 | 6点 | 魔性の眼- ボアロー&ナルスジャック | 2023/10/09 20:11 |
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ボア&ナルの中編2つ抱き合わせ本だが、刊行順でも5番目にあたる本。のちの「島・譫妄」も抱き合わせだから、フランスはそんな出版習慣があるのかな。短編集という感覚ではない。実際「ミニ長編」というくらいの読み心地。
ボア&ナルだから、というか、主人公の視点で不思議な事件を見て、その真相をドラマの中で知っていくことになる話。 「魔性の眼」は長年の下半身麻痺から回復した青年が主人公。突然の回復が巻き起こす一家の動揺と、続いて起きた叔父の事故死。青年は自分の眼が「邪眼」であり、これによって事件が起きている、という妄念を抱く...そして青年の麻痺のきっかけとなった家族の事件とは? こんな話。睨まれると災いを呼ぶ「邪眼」は、ヨーロッパの民俗であるわけだが、やっぱさあ「厨二病」臭い部分はあるんだな(苦笑)で、ボア&ナルのいい部分でもあるし、ある意味がっかりする部分でもある、「本人は謎に翻弄されるのだが、周囲から見ればから騒ぎ」なところが、どうも目立ってしまった作品のようにも思う。謎がはっきり描かれないから、その分、右往左往する青年の「青春の惑い」の側面が強くなってミステリのパンチが弱まったようにも感じるな。 「眠れる森にて」の方がずっとまとまりがいい。フランス革命でイギリスに逃れた伯爵家の後継者が、王政復古で元の領地に戻り、自分の城館を購入した成り上がり者の男爵から城館を買い戻そうとする。しかし、若伯爵はこの男爵令嬢に一目ぼれした....しかし若伯爵はこの男爵一家が死と再生を繰り返している、としか思われない怪奇現象を目撃する。男爵一家は吸血鬼では? 面白そうでしょう?実際、ゴシックな雰囲気がいい小説。王政復古の時代劇を背景にしたのが成功して、ロマンの味が強く出ている。で、この若伯爵はこの謎に飲み込まれて自殺するが、その大甥の現代青年カップルが、この謎をサクサク解明する。強引な部分もあるが、切れ味がいいので好感。偶然でも「自分は見たんだ!」というのが、一人称のいいところ。時代がかっているからこそ、独白の勢いに飲まれて、なんとなく納得してしまう。 というわけで、表題作より「眠れる森にて」の方がずっと面白い。 |
No.1176 | 6点 | 殺しあい- ドナルド・E・ウェストレイク | 2023/10/06 21:38 |
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ウェストレイクの初期って「ハメットの再来」とか持ち上げすぎたのが負担だったのか、あっさりとユーモア犯罪小説・悪党パーカー・刑事くずれと早々に路線分化してしまう。本作とか改めて読んで「そりゃ、60年代にはもうハードボイルドって難しいんだよね...」という気分になることからも、そもそも「ハメット路線」は続くわけなかったんだろう。
本作ってクライマックスを除くと「赤い収穫」みたいにガンガン人が死ぬ小説じゃないんだよね。どっちかいえば雰囲気は「ガラスの鍵」に近い。「ずんぐり」と評される主人公は、オプを意識しているんだろうけど、雇われてポイズンヴィルに赴いたオプと違い、本作の主人公、私立探偵ティムは街に根付いた生活をするジモティーな生活者であり、自分の生活(ともちろん生命)を守るために策謀した結果、街を破壊するレベルの大惨事を煽ることになるわけだ。ポイズンヴィルの毒にアテられて「狂った」オプはそれでも(アンチ)ヒーローなんだが、本作のティムはヒーローというよりも、単に「自分の身を守ろうと」して、暴動の火をつけるハメに陥ってしまう。大惨事には主人公だって立ちすくむさ。爽快感、とはいかないよ。 本作の事件のきっかけとなったのは「市政浄化連盟」という「正義」の団体。いやはや、評者もこのところ「社会正義」を振り回す連中に多大な迷惑を被っていたりもすることから、他人事じゃない(苦笑)それこそマフィア未満なイタリア系移民たちを扇動して...とかとしてみたいよ(泣) |
No.1175 | 6点 | 来訪者- ロアルド・ダール | 2023/10/06 21:18 |
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男女の闘争譚がダールの一大テーマだ、ということを「あなたに似た人」「キス・キス」で評者は書いたわけだが、それに続くこの短編集では、この男女の闘争が艶笑譚に変貌してくる....まあいいけどさあ。
なので、意外なオチはしっかりとキメてくれるけど、ミステリ、というほどのものではないな。「来訪者」「雌犬」はオズワルド叔父シリーズで、ホラ男爵のような性の冒険家であるオズワルド叔父の自叙伝から、という体裁で語られる話。 いや本当に落語みたいな洒脱な語り口にやられる。落語家が「マクラ」としていろいろ導入を苦心惨憺するわけだが、こんな感じでオズワルド叔父のエピソードをいろいろ語っていく。うん、短編小説としてはけして「模範となる」ような書き方じゃないわけだけど、これで通用するのがダールの魔術、というものだろうな。いや本当に話が意外な方向に転がっていって、先が読めない。初見殺しとかそういう言い方をしたいくらい。 一応悲劇な「やり残したこと」は、オトコのダメさ加減がヒドいもの...だから艶笑、といっても深刻な男女闘争なんだけども、この深刻さは離れてみれば「バカなもの」でしかないのが、ダールのシニカルな部分のようにも感じる。 |
No.1174 | 7点 | 一角獣・多角獣(異色作家短篇集)- シオドア・スタージョン | 2023/10/04 18:07 |
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異色作家は評者も好物だから、シリーズやってきたいとは思ってる。
でスタージョン。クイーンの「盤面の敵」のライターとして本サイトでは「有名」かも(苦笑)。「人間以上」はSFの大名作で有名だけど、いや意外にこの人、長編少ないんだな。即物的吸血鬼小説の「きみの血を」はポケミスで紹介されたから、以前評者も評している。 で「奇妙な味」を大々的に紹介した「異色作家短編集」の一つでスタージョンも取り上げられている。どうやらこの本は日本の独自編集のようだ。メルヘンあり、SFあり、ホラーあり、恋愛あり、奇談あり、とジャンルで見たら統一感がない...と見たら全然違う。「テーマ」が一貫しているんだね。器用だけど不器用な、とでも言いたくなるくらいに、扱いに困るところがある。「孤独な魂に送られてくるメッセージ」と法月倫太郎氏が評したのが有名だけど、「自他の境界」がクズグズと崩れていくような、奇妙な崩壊感覚を評者はどの作品でも強く感じる。 なので読んでいて「怖い」短編集だった。「人間以上」も実は「ホモ・ゲシュタルト(集合人)」として、ピーキーな能力しかない超能力者たち(他の能力は人並み以下)が集って全体として「人間」を超える話だったわけで、「自分が自分である」自我の壁が崩壊していくことに、恐怖とともに解放を感じるという「危うい」部分がこのスタージョンらしさ、というものなのだと思う。そういう意味だとね、エヴァンゲリオンの人類補完計画ってスタージョンのパクリなんだろうな。 まあだから、どの短編もこの変奏といえばそうで、これを「泣ける話」にもっていけば「孤独な円盤」だし、SFで理屈をつければ「シジジイ」の話になってくる。ミステリ風の「死ね、名演奏家、死ね」だって、ジャズバンドという「ホモ・ゲシュタルト」の話なのである。 (けど「一角獣・多角獣」って名タイトルだと思う...) |
No.1173 | 5点 | 判事への手紙- ジョルジュ・シムノン | 2023/10/03 00:53 |
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シメノン選集もあと少し。奮発して古書で購入。
この「判事」、エルネスト・コメリヨー予審判事だから、メグレシリーズでお馴染みのあの人かしら。でも小説はコメリヨー判事が予審を担当した殺人犯、アラボワーヌ医師が書く宛先であり、アラボワーヌの目で断片的に僅かに描かれる程度。 このアラボワーヌ医師は、周囲も納得しないようなよくわからない理由で誰かを殺し...だけど、一人称手紙文だから、具体的な事件が小説終盤になるまでわからない。田舎町で開業した医師で、死没した前妻との間に二人の女の子・母が健在で、アルマンドという妻がいる。この医師の人生を丹念に描いていく。 シムノンだと「強い女性に支配される男」というのは本当に頻出パターン。本作のアルマンドも「アラボワーヌ医師の人生のプロデューサー」みたいな強い女性。医師はふとしたきっかけで拾った女性、マルティーヌとの情事に溺れ...殺人事件が予告されて「犯行以前」みたいな格好で手紙が進行していくのだけども、何がどうなるのか、終盤に至るまでまったく予断を許さない。 で、犯罪心理小説か、というとシムノンなので心理の不透明感が強くて、「愛の不条理」とか純文学的な本格心理小説という側面の方が強いな。グレアム・グリーンの「情事の終り」あたりと近い小説。ややサディズムのような描写もある。温厚な田舎医師なんだけどもねえ。 シムノンとしては長めの小説になると思うよ。ガチガチの心理主義だからヘヴィ。「ミステリの形式」は借りただけで、狙いは「ミステリの動機」からは大幅に逸脱している。やや晦渋になりすぎたと本作を反省し、リライトして「可愛い悪魔」になったんじゃないかな。あっちのが小説としてうまく処理されている。 (思うが、この殺人の動機って一番近いのは「彼らは廃馬を撃つ」な気がする) |
No.1172 | 7点 | 誰の死体?- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/10/01 11:47 |
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セイヤーズのデビュー作。もちろんピーター卿も初のお目見え。
「毒」以降で結構変化がある、という話を聞いてはいたけど、最初からピーター卿のキャラはしっかり確立されていて、小説としての読み応えがあるのにびっくりするほど。第一作からスゴいな。 キャラ小説とかコージーとか言っちゃえばそうかもしれない。パズラーとしては小粒、といえばそうかもしれない。 いや、別に。僕にとっては趣味だからね。何もかもいやになっていた時に、ものすごくわくわくできるんで始めたんだ。一番困るのは―あるところまでは―楽しめることさ。(中略)ところが生身の人間を本気で追いつめて縛り首にさせる段になると(略)どんな言い訳があっても僕なんぞが割りこむんだって気にさせる。 英国ミステリのアマチュアリズムってあるんだけど、それを「設定」ではなくて本音を混ぜ込んだ「強がり」としてピーター卿に語らせて、さらにピーター卿が真相を洞察した時点で戦争神経症を発症して一時リタイア。これ「正義」の心理的なコスト、といったことを思い浮かばせて大変興味深い。正義って実は精神的にツラいものなんだ。この「それでも」の部分で、評者なんかは「パズラー(の精神)が生成してくるまさに現場」に立ち会っているかのようにさえ感じた。 前半のウッドハウス風のピーター卿の「軽薄さ」も実のところ、内心の脆弱さを隠すための韜晦にすぎないんだよね。だからこそ、クライマックスに当たる真犯人との対決シーンが、こんな動揺を切り抜けたピーター卿の「内心の冒険」として趣き深く感じるんだろうな。 あとトリック自体はリアルなものだが、絶対に日本のマニアにはウケないもの。セイヤーズってホントそういうタイプだね。松本清張と同じで、トリックメーカーなんだけどトリッキーじゃないから、マニア受けしないんだよ。 |
No.1171 | 8点 | 日本探偵小説全集(5)浜尾四郎集- 浜尾四郎 | 2023/09/22 14:00 |
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「殺人鬼」というと中学生の頃に桃源社の単行本を図書館で借りて読んだんだなあ....やたらと懐かしい。70年代の「異端文学」ブームの中で、評者みたいなガキでも乱歩・正史から始まっていろいろ耽読していたわけで、親は心配した?のかもしれんがねえ(苦笑)
でまあまずは「殺人鬼」。改めて読み直すと、やはり戦前の「グリーン家ショック」と呼ぶべきものが、いかに凄かったかというのを彷彿とする。ブルジョア家庭内で起きる連続殺人が暴き出す家系の旧悪と因縁。悪鬼のような真犯人は家族の一員か?それを解き明かす立役者としての名探偵....こんな構図が、戦前の日本での好みにハマって、今に至るまで「ニッポンのミステリ」を呪縛し続けていると思うと、やはりちょっとした感慨めいたものも感じてしまう。洋館やら音楽趣味やら「モダン」を前面に打ち出して、「浴槽の花嫁」みたいな海外実話と海外ミステリのブッキッシュな興味もしっかりと。評者だと(それなりの)中二病が合わさって、しっかりミステリにハマったものなんだよね(苦笑) もちろん内容的にはしっかり・手堅く書かれたパズラーのわけで、逆に言えば「グリーン家」がパズラーとしてはわりといい加減なところを勘案すれば、ここまで「一生懸命論理的なパズラーを実現しようとしている」あたり、結構感動するものがあるんだ。「黒死館」はもちろんグリーン家の「魔改造」だったわけだけど、本作の粘着質なまでの論理性も、充分魔改造のうちだと思う。 評者パズラーの評価基準で、「探偵がどの情報で真犯人を指摘できるようになったのか?」というのは大事なことだと思っているんだ。小説の最初から「名探偵は真犯人をお見通し」といった態度を取られると、実は評者はシラケる。本作あたり「意外なくらいに名探偵じゃない」藤枝真太郎は試行錯誤しながら時には事件の意外な展開に翻弄され、迷路に入りながら、それでも最後には正しく事件を再評価して真犯人を指摘することになる。この紆余曲折のプロセスを丁寧に描いているのを評者は評価したい。 創元のこの全集に収録した他の短編でも窺われるのだけど、作者は法律家で法律を逆用したような犯罪計画をいろいろ紹介していて、法と正義に対する実務家らしい穏当な範囲での懐疑を持っている。だからこそ「神のごとき名探偵」というものに、最初から懐疑的だったんだろう。実話並みのリアルで皮肉な真相やら「プロビバリティの犯罪」やら、そういう「法と悪意」を巡る短編は興味深いけど、小説としては「殺された天一坊」と「途上の犯人」以外は、あまり完成度が高くない。小説家としては「小説が上手ではない」人だか、その分篤実に書いているのが「殺人鬼」は成功している。でも短編は切れ味が鈍い。それでも「殺された天一坊」は政治家大岡越前の「法と正義」を巡って、ミステリをはみ出す興趣があって世評通り短編のベスト。 「途上の犯人」は作者と目される弁護士兼作家が、汽車で出会った男の「プロビバリティの殺人」に関する告白を聞いて、それを助長したのは自分ではないかと自責する話。だから「グリーン家ショック」の如実な「殺人鬼」であっても、単純に「先駆的なパズラー」として片づけられないような陰影感が出てると見るのは、やや評者がひいき目に見過ぎている、のかな。 8点はちょっとヒイキな点だと思う(苦笑) |
No.1170 | 4点 | ルパン危機一髪- 南洋一郎 | 2023/09/19 14:43 |
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この本困るんだよね。ボア&ナルの贋作ルパンシリーズ最終作「アルセーヌ・ルパンの誓い」なんだけど、日本では大人向け完訳が出ておらず、南洋一郎のリライトによるポプラ社児童向けしか出ていない(しかも入手は古書のみ)。
本サイト的に厄介なのは、本のカバーの著者は「南洋一郎」の名前だけ。一応6ページ目にボア&ナルの原著作権の表示はある。奥付では「訳者 南洋一郎」だけの表記。そのくせ、最終ページの「怪盗ルパン全集」の総目録では「26~30はボアロー・ナルスジャックの原作です」と断り書きあり。「はじめに」では「モーリス=ルブランのメモをもとにして、ボアローとナルスジャックがまとめた第五作目になります」と「公式設定」をそのまま記載。 まあ「えいや!」で南洋一郎で扱おう。そう思うのは、意外にルパン自身の恋愛に淡白なボア&ナル・ルパンなんだけども、本作では「たぶん」子を想う母でもあるヒロインへのルパンの恋愛感情がしっかりと描かれていたんだろう....だって、南洋一郎先生、児童向けでは平気で恋愛描写をカットする方だからね。いや実際、この真相ってルパン自身のガチ恋愛色なしに成立しづらいもののように思うんだ。「南洋一郎作品」の方に振りたくなるのはそういうあたり。 爆弾質問を控えた野党政治家がエレベーター内で殺害された!ルノルマン刑事部長はそんな政界がらみの事件に出馬。元部下の私立探偵に殺された政治家が依頼していたのが判明するが、その私立探偵も殺さているのが発見される。さらに政治家の秘書も何か秘密を掴んでおり、ルノルマンの助けを求めるが間に合わず、その秘書も密室で殺された...秘書が隠していた豪華な煙草入れの謎は?政治家夫人の愛人の若き母にルパンは恋を? 本作のルパンは「813」で活躍したルノルマン刑事部長。一瞬レニーヌ公爵になるけど、ほとんど「俺はホントはルパンなんだけど...」状態でルノルマンをずっとしている。警察官の部下(「813」で殉職したグレル刑事がお供)と、ルパン自身の配下と両方使っていて、あと紆余曲折のミスディレクションで推理が右往左往するから、感覚は「警察小説」。密室の謎は残念ながら大した内容ではない。 そんな感じ。南洋一郎も何か覇気がなくて、やっつけ仕事っぽい。本作が遺作になったそうだ。ボア&ナル的にもどうも締らないシリーズ最終作みたいにも感じる。この贋作ルパン、やはり「ウネルヴィル城館の秘密」が入手性もいいしベストかな。個人的には「百億フランの炎」も捨てがたいが。(「贋作アルセーヌ・ルパン」で検索するといいですよ) |
No.1169 | 5点 | 陸橋殺人事件- ロナルド・A・ノックス | 2023/09/16 12:06 |
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「推理小説ファンが最後に行きつく作品」と作品紹介で書かれるような作品....というのは、ちょっとばかり「ウラ」がある。確かにミステリって「遊戯性」が大事であり、評者もそういう「遊戯性」を否定するなんて野暮なことだと思ってる。しかしこの遊戯性を突き詰めちゃうと、実のところパロディになってしまうから、意外にパロディでありミステリとしてもナイス、という作品が結構あるんだね。いやだから、本作はお気楽なイギリス紳士階級の「お楽しみ」としての、シャレのめしたパロディ・ミステリとして、1925年なんてまだ「ミステリの確立期」に出ちゃった問題作だったりするのだ。
四人組の探偵はゴルフ場のカントリークラブに居住するゴルフ仲間。教区の世話そっちのけのゴルフ狂の牧師、脱線ばかりの大学教授、元情報部員(笑)な遊び人、正体不明の男、とこのトンチンカンな四人組が、ゴルフのプレー中に見つけた死体の死の真相を巡って議論し冒険し...という話。 だからはっきり言ってオキラクゴクラク。あまり真面目に取り合ってはいけない話、というのをまず強調しないといけないんだろう。だから4人の推理は迷走に迷走を極めて、最後は当然「教訓」を得ちゃう。でも時刻表が載っていたりして「時刻表ミステリ」。いやしっかり時刻表ベースの推理が披露されたりするからねえ。 まあだから本作、ミステリの系譜と同時に、イギリスのユーモア小説の系譜にしっかり連なっている作品だと思うのがいいようにも感じる。ウッドハウスとか「ボートの三人男」とかね。クライマックス?の章が「ゴードン、哲学談議で慰める」であり、これに「読者へ―この小説が長すぎて退屈したときは、本章は省いてもよろしい」と原注がついているようなものである。 お笑いには確実に自らを笑う「メタ」が含まれているんだよ。 |
No.1168 | 5点 | 毒のたわむれ- ジョン・ディクスン・カー | 2023/09/14 03:19 |
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バンコラン物番外編みたいな本作だから、語り手のジェフ・マールくんは「バンコランがいてくれたら...」なんてよくボヤく。しかし、舞台は花の巴里じゃなくて、アメリカ・ニューイングランドのどこか(っぽい)。今更ながらカーはイギリス人じゃなくてアメリカ人だということを想起させる。
旧家の狭い家族関係の中で毒殺(未遂を含み)が連続することで、家族が疑心暗鬼に駆られて...という設定から、評者はクリスティの「ねじれた家」とか「無実はさいなむ」といった作品をどうしても連想してしまう。前半そんな陰鬱な雰囲気が素敵なんだよね。「毒殺」というのは、どこに何が入っているかわからない、という面で、実はかなり「怖い」ものなんだ。この「毒の怖さ」と家族の誰かが殺人者の「怖さ」が、結構よく出ていると思う。 けどまあ、後半は話が動かなくなって退屈する...と思ったら超展開みたいな事件も起きて??となるし、納得度の低い心理学的動機とか、無理して作った探偵像とか、後半になってまとまりを欠いてしまうのが大きな問題。クリスティのように「事件で解体する家族のドラマ」がしっかり描かれるというものでもないしなあ。 「残念な作品」でいいと思う。 (そういえば、「魔女の隠れ家」で、ロンドン警視庁の「ロシター総監」への言及がチラっと出る。カー的にはブリッジ的な作品なんだけど、前後に少しづつ重なり合っているわけだね) |
No.1167 | 6点 | 魔女の隠れ家- ジョン・ディクスン・カー | 2023/09/11 15:49 |
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バンコランものはもちろん豪華絢爛系怪奇スリラーだし、「プレーグコート」もゴチャゴチャしすぎだし、とカーって胃もたれしやすい作家...
でも、フェル博士第一作の本作はというと、ラブロマンスと怪奇、それに執事のバッジくんやらフェル夫妻が醸し出すユーモア感がバランスが取れていて、同時期の他作品と比べ圧倒的にリーダビリティがいい。いや、カーもそろそろ肩の力が抜けた来たんだな(苦笑) で、事件も本筋は結構シンプル。トリックも王道。ちょっとした手違いがフーダニットに結びつくあたり、やはり本作がカーのターニングポイントになっているのは間違いのないところだろう。 難をいえば、事件が小ぶりで地味。被害者の描写が少ないから、被害者の性格が真相での「動き方」を説明をするに、やや説明不足になっているあたりかなあ。 本作で初めてカーもスタティックな「パズラー」というものをしっかりと意識するようになった、と見るのが穏当なあたりじゃないのかしら。本作を「第二のデビュー作」と捉えるべきだ。6点つけたけど、ご祝儀込み。 (いやフェル夫人、のちの作品でも言及はあるけど、本作はしっかりとキャラがある。意外にキャラ好きだから、本作だけで事実上退場しているのは何かもったいない) |
No.1166 | 7点 | 地下洞- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/09/02 11:52 |
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皆さん口を揃えるように仰る「ガーヴの怪作」。
う~ん、こう来るか(苦笑) 確かに「何で?」な伏線はあるんだよ。三題噺みたいな強引さも感じなくはないけども、偶然発見した鍾乳洞という「非日常」の舞台設定が、そういう「?」をうまく打ち消して、さらには中盤のガーヴらしい達者なメロドラマにノセられて、ついつい読んじゃう「悪質な」作品(苦笑)。「このぉ!」とかキョーガクの真相に対して言いたくなる。 ちょいと連想するのは、ブラックバーンだったりする。でも両方とも「イギリスのスリラー」という面じゃ、同じジャンルだ。「トンデモ・スリラー」、でもウェルメイドというのが、実に「イギリス印」なのかもしれないや。 いやいや、客観的にはよく書けていると思うけども、ネタが...という奴。でもこういうの「好き」という読者は、確実に存在するわけ。それこそ「まあ、読んでみなって」とか言って、ヒトに勧めて困惑する様を楽しんだりしたくなるような...というと評者もずいぶん、人が悪い。 |