皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.65 | 4点 | もの言えぬ証人- アガサ・クリスティー | 2015/12/27 11:27 |
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企画物の「カーテン」を別にすると、ヘイスティングス大尉の最後の登場作品になる。ポアロという探偵は大概「なぜ事件に介入するか」がちゃんと描かれているケースが多いんだが、心理的な理由はともかく、これは法的な介入根拠が全然ない事件のために、関係者に話を聞きにいく口実にいろいろと苦労している...でこういう場面が客観的に見ると「疑惑をネタに一稼ぎしたい小悪党」っぽいんだよね。だからヘイスティングスの今更の登場も、こういう印象を弱めるための苦肉の策じゃあなかろうか。
まあ「上から目線の名探偵様」なんて厨二もいいとこな設定だから、介入根拠に神経質なのは評者はいいことだと思う。それで言えば後年「マギンティ夫人は死んだ」みたいなハードボイルド風味とかあるわけで、いいじゃないか、少々いかがわしい感じでもね...と思わなくもないんだけど。 で二人連れでぐるぐる関係者の周りを回る小説なので、小説的に全然ヤマがかからないのが困ったものだ。まったりとテンション低く二人の漫才を楽しむくらいの気持ちで読んだらいいのかもしれないが...ミステリとしても手がかりらしい手がかりもなくて「別にこの人が犯人でもいいけどさ」という感じの真相。タイトルから期待される犬のボブくんは大した証人でもなく「犯人逮捕に大殊勲」みたいなお楽しみがあるわけでもない。また中盤で過去作品の犯人バラしてるから本作の読書優先順位は遅めで、「ポアロ物なんて大概読んじゃったよ~」なんて人だけが読めばいいくらいの作品。 あと後光の正体...だけど、どう考えてもムリだと思う。光るのは酸化されやすい猛毒の白リンだけ(マッチは光らない)だし、呼気に出るのは微量だしね。最近では人魂の正体=リンでさえ怪しいみたいですね。 |
No.64 | 5点 | リスタデール卿の謎- アガサ・クリスティー | 2015/12/24 21:20 |
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短編集まで全部やるか...とは思ってなかったのだが、誰も書いてないし書こうか。本短編集はポアロもマープルも、およそ名探偵っぽい人は誰も出ない。ちょいと捻ったロマンチックな冒険譚、といったものが12編詰め合わせになっている。ミステリ、というよりも「とにかく一ひねり」とった感じで書かれているので、まあ大体読んでりゃ「こうだろうな」と感じればまあその通りになる、というものである。だから印象はどれも軽くさくっとした感じのものだ。
とはいえ、表題作は後の「終りなき夜に生まれつく」とか「親指のうずき」で描かれたような「夢の家」のモチーフが出ていたりとか、どうやら自叙伝によると、クリスティ本人の若い頃の状況に取材しているっぽいとか、そういう読み方はできて興味深い。 作品的にはやはり「エドワード・ロビンソンは男なのだ」(創元版が「男でござる」でこっちのがずっと趣がある。平手の造酒なんだよww)がヌケヌケとしたアホっぽいロマンスで妙にイイ。「虹をつかむ男」とかそういうノリだよね。 本短編集は気取らないすっぴんのクリスティって感じかな。脱力して読むのが吉。 |
No.63 | 8点 | 謀殺のチェス・ゲーム- 山田正紀 | 2015/12/23 21:49 |
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70年代後半に「山田正紀の輝かざる栄光の時代」というものは確かにあったように評者は感じているのだ。「神狩り」や本作、「火神を盗め」といった名作はミステリ&SF&冒険小説といいとこ取りのクロスオーバーだったために「早すぎた名作」扱いに留まり、社会的な評価には結びつきづらかったが...評者なんぞ「なんで日本映画界はこれを映画化できないのか?」と歯がゆく思い続けていたよ。
そういう意味でいうと同姓の山田風太郎との共通点が結構あるわけだ。両者ともミステリ作品も多いにも関わらず、ミステリからはみ出しがちなミステリ周辺作家、という感覚で捉えられがちで、しかも日本人好みのウェットな情感を排除した、ドライなゲーム感覚(昔はこれがマンガ的と言われてマイナス要素化してたんだが...)が最大の売りになるタイプの作家...というわけで、うん、まだ現役作家のわけだし、再ブレークの期待もしたいな。 で、本作は要するに「動的戦闘方程式」だとか「現象論的方法」とか「逐次決定プロセス」とかこの手のジャーゴンに萌えれるかどうかで評価が違うだろう。参考文献を見ると一般向け解説書だけを読んで書いたみたいだ...山田正紀の貪欲なまでの消化力は敬服に値する。たださすがにもう発表から40年たってることもあって、デテールのガジェットが古びているものがある。少しアップデートしてもいいのかもね。 付記:祝北海道新幹線開業。やっと現実が追いついたけど、ストを打つ労働組合は今いづこ。 |
No.62 | 4点 | 雲をつかむ死- アガサ・クリスティー | 2015/12/20 21:21 |
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クリスティって新しいモノ好きだなぁ...けど本作で描かれた飛行機の旅と今のそれとではかなり違うので、イメージするのが大変だ。向かい合わせの席があると思ってなくて、最初位置関係が??になってたよ。で本作の場合トリックに必要なものがイメージと違いすぎる(あと飛行機からゴミを捨てられる!)ので、今となっては賞味期限切れな作品..ということになるだろう(空さんの指摘も確かにそうだ...座席後部に共用の荷物置き場がある、なんてね)。
で思うのだが、本作は「青列車」と共通点がかなり多く、「青列車」のリベンジ!だったのかも。ヒロイン造形からしてそうじゃん。「青列車」と比べれば本作の方がミステリ度は高いが、小説的にはこっちのが退屈。ポアロがヒロインに気を使いすぎな気がするよ。けどヒロイン、ジェーン・グレイとは凄い名前だ。案の定、ジャップ警部がツッコんだな。 まあ良いキャラというと被害者の腹心のメイドと彼女が語る被害者像。なかなかハードボイルドな人生を歩んだ被害者で、役どころを言えばシモーヌ・シニョレというところ。 |
No.61 | 7点 | 死が最後にやってくる- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 21:22 |
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う~ん、困った。本作、家物で派手な連続殺人が起きるけど、読みどころは全然ミステリじゃないよ。しかも、古代エジプトが舞台って言いながら、登場人物の心理はほとんど現代人的だから、早い話がコスプレである(ちなみに本作と偶然にも同年に古代エジプトを舞台とした波乱万丈の歴史小説、ミカ・ワルタリの「エジプト人」(ミイラ医師シヌヘ)が出てるから、そういう面でもちょいと不利だ...)。だから本作、ハーレクインとか読むくらいのつもりで読めば、ミステリとしてはともかく、ロマンス小説としては結構手堅くまとまっていて飽きずに面白く読める(7点はミステリの点じゃないからね)。
要するに「夫と死別したヒロインは実家に戻るが、父の再婚をきっかけに大農園を経営する一家は崩壊していく。農園管理人をしている幼馴染はヒロインと共に事件の解決を目指すが、それを通じてヒロインと幼馴染は....」ね、こういうこと! 実に王道。心理描写も細かく、いろいろキャラは立っているだけでなく、事件を通じていろいろ変貌していくのがなかなか読み応えあり。子供がすべての愚かな母親に見えて実はしたたかな兄嫁(ホロー荘のあの人に似てるな)とか、卑屈なおべっか使いの侍女だが本音は..とか、濃いキャラが満載の中で、ヒロインの祖母が暗黒面に堕ちたミス・マープルといった強面な雰囲気で実にイイ。連続殺人で家族内に死者続出のためミイラ作りが足元を見て値上げを要求したときに、「数が多いんだから割引すべきだよ」とジョークを飛ばす傑物! このバアサンのためだけにも読む価値アリ。だけどミステリだけは期待しないでね。 |
No.60 | 6点 | 書斎の死体- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 20:47 |
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失礼、少しバレると思う。
本作は実は二人の被害者の対比(ガールスカウトvsショーダンサー)みたいなことが、本当は一番のサープライズじゃないのかなぁ。そこらへん映像で見てみたい気もする。ある意味悪趣味なジョーク、といった雰囲気があるのが本作のイイところのように思うから、そこが出るんだったら本作映画向きだよね。実際、シンプルで馬鹿げたトリックなんだけど、妙に盲点を突いているわけだから、本作みたいな正面からの本格ミステリじゃなくて、たとえば松本清張とかだったら社会のブラックホールみたいなものと絡めてうまく料理したかも...と思わせるところがある。ブラック・ジョーク的なトリックだからこそ、最後の死体移動が馬鹿馬鹿しくもうまく雰囲気に合っている。 で実際の機能はアリバイ作りだけど、実はこっちがどうもドン臭いことになっている。犯人がもう少し工夫すれば、ずっといいアリバイになったように思うが...クリスティは WhoやWhy は実に上手だと思うけど、How はどっちか言えば下手な方じゃないだろうか。フーダニットが基本だから、アリバイは強調しすぎてもしなくても、小説的にどっちでもやりづらいわけで、本作もその例に漏れない...そこらへんちょいと残念。 付記:よく考えると、最晩年のマープル物が本作のトリックの改善版だ、という見方ができると思う。本作のリアリティのなさを工夫して解消しているよ。 |
No.59 | 8点 | 鏡は横にひび割れて- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 20:13 |
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本作はたった一つのキーワードが分れば、真相なんて自動的に出てくるような、あえて言えばパズル的な作品でもある。勿論それがキーワードであることを目立たないようにいろいろ細工してあるのがクリスティの腕なんだが....実は評者、本作を高校生くらいのときに初読して、そのキーワードを推測できてしまった、という懐かしい思い出がある。
中高生のミステリファンなんてのは、作家を自分とはかけ離れた教養と能力の持ち主だなんて崇拝しかねないものだが、本作によってある意味そこらへんを見切れたような気がするんだ...そういう自分の記念的な意義があるため、今回再読を楽しみにしていたんだ。だから評価甘いと思うよ。 うん、再読したが..シンプルな作品だなぁ。でも、事件がセント・メアリー・ミードの変化(新興住宅地化とか...)の中にうまく埋め込まれ、マープル自身が感じる老いと世話係との葛藤など、楽しめる(若干ミステリ外の)要素が豊富にあって単純に読み物として楽しい。直前の「ポケットにライ麦を」とか「パディントン」とか「ネメシス」につながるマープルの苛烈さが本作は薄く、「書斎の死体」とか「予告殺人」あたりの雰囲気に近い。そういえば本作以降、全部旅行先の事件だから、最後のセント・メアリー・ミード物なんだ....自分のそれと、物語舞台のクロニクルと重ね合わせてちょっと感慨。 |
No.58 | 4点 | パディントン発4時50分- アガサ・クリスティー | 2015/12/07 23:04 |
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クリスティって変なコを描かせたら共感が筆を冴えさせるのか、すごくイキイキ描く作家なんだが、本作のルーシーみたいな有能でアタマも切れて行動力もさすが...なデキる女を描かせると、どうも書いてて恥ずかしくなってしまうのだろうか、あまり美味しい目にあうことがないんだよね。「ポケットにライ麦を」のミス・ダブとか「終りなき夜に生れつく」のグレタとか、「予告殺人」のレティシアとか、大概ロクな目にあってない印象がある。
本作だとルーシーはマープルの協力者として活躍するんだけど、その活躍&小説の盛り上りMAXなのが、序盤の終りの死体発見で、それからはタダの家政婦に成り下がり、話も低調なまま終わってしまう。序盤こそ「鉄道ミステリ?」って感じだが、すぐにクリスティ流の家モノ(しかもパロディっぽい)になるわけで、話の構成が途中で諸般の事情で...とかあるんじゃないかとカングりたくなるくらいに、おかしな方向に流れていってしまい、それからまったく立ち直れない。クリスティ、ルーシーがどうしても好きになれなかったのかなぁ。 あ、ミステリとしてはトリックも特になく、犯人特定はロジックもへったくれもない。それでもルーシー、評者は結構萌えなのでプラス1点。 |
No.57 | 10点 | 吸血鬼- H・H・エーヴェルス | 2015/12/02 00:00 |
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いわゆる三大奇書とタメを張れる海外作品って...と考えてみたとき、うん、本作なんていいと思うんだ。
まあ本作「吸血鬼」なんてタイトルだが、血まみれにはなるが一切超常現象は起きずあまり怖くないからホラー小説とは言えないし、幻想小説かというとあまりに明晰で偏執的にリアルだからサドがそうでないように幻想ではないし...で主人公は第一次大戦中(アメリカ未参戦)の状態でアメリカに渡って、エージェントみたいな立場で親ドイツ世論を喚起する講演でアメリカを回るドイツ人で、アメリカが参戦するとスパイとして逮捕されて監獄収容所行きになる。また軍馬への意図的な伝染病散布とも関わりがあって、しかもアメリカを背後から突くためにメキシコの軍閥?山賊?革命家なパンチョ・ヴィラに会いに行って工作するなんてエピソードもあるから、一応スパイ小説でいいと思うんだ。まあジャンルが何でもおよそ収まりが悪い作品で始末に負えない。 で特に力を入れて紹介したい点、というのがいくつかあって、一つは本作の結末が、「虚無への供物」の「読者=犯人」の先取りかもしれない...という点である(戦前に新青年で紹介されているようだ)。本作で主人公の周囲で吸血事件が起きる。実は主人公が夢遊病の中で起こしていた事件なんだが、ヒロイン以外の被害者の女性たちは主人公を吸血鬼みたいに捉えて爪弾きすることになるけども、ヒロインだけはそういう主人公を理解し、守り続ける...なぜかといえば、主人公は血によって生きる吸血鬼かもしれないが、この戦乱の時代の中で、あらゆる人間がすでに「血への渇き」によってどこかしら吸血鬼めいたものに変貌しつつあるのであって、主人公はその先駆けにすぎないんだ、と考えるからなんだ。「今日は火曜日よね...この火曜日をわたしはどんなに楽しみにしていたでしょう!しかしいいこと?これからは、どんな日もみな火曜日なのよ!」火曜日=マルスの、剣の日で戦いの日で血の日がいつまでもいつまでも続く、不吉な予言で本作は終わるが、この作者エーヴェルスは本作のあとナチに転んでいるから、これはホントウの予言である。 本作は文章が実にいい。「それからしんとなった。寒気がして、歯ががちがち鳴った。食いしばろうとしたが、駄目だった。震えにリズムを聞きとろうとした、が、リズムなんかなかった。」...これ、見事なハードボイルド文なんだよね。ヘミングウェイ(内容的に「日はまた昇る」と共通点が多い..)とかハメットとかを思わせるクールさに加え「全世界が発狂したあの年に、彼は、これが二度目と称して、出発したのだった」冒頭)と書く逸脱的で不吉な荒々しさ...これらが幻想的なのではなくて究極にリアルだ、というあたりが本作の禍々しさの徴である。 完訳の創土社版(前川道介訳)は暗黒文学での有名な入手困難本だけど、大きい図書館とかあるかもしれない。抄訳で少しづつ表現を短縮して訳した感じの世界大ロマン全集(東京創元社)版は古本で手に入りやすい。評者は中学生の頃本作の禍々しい毒に中ってずっと気になっていた...ごめんね、本作はどうしても紹介したかったんだ。 |
No.56 | 1点 | 成吉思汗の秘密- 高木彬光 | 2015/11/23 23:11 |
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「時の娘」と読み比べるなんて無粋なことをしたんだけど、「時の娘」の堅実さと比較すると、本作なんてまったく比較の対象にならないや...
まあそもそも義経、というあたりで無謀。源平争乱の頃なんて史書もあまり信用できないから、現在の史学だとそもそも義経の経歴レベルで判ることさえそんなにないのを正直に認めたりするわけだよ。本作だと義経の経歴を南北朝~室町成立の義経記みたいな史書ならぬ「物語」から得るわけだから、やってることは史実の究明というよりも、文芸評論の部類にしかならないんだよね。オーケイ、だからこれは「小説」だ。 またいろいろと「証拠」を持ち出してくるんだけど、それらがほぼ出所不明な噂話レベルで「こんなの何で信じろっていうの?」と思うレベルのものだけど、名探偵氏はまともな資料検討もせずにイキナリ鵜呑みにする...紙幅の都合もあるだろうけど「物事を信じやすい人」にしか見えないや。これは小説の問題として大きな傷である。気になったので14章に出る「五十畑忠蔵」(写本を入手した新興財閥の主らしい)をネットで検索してみたが、まったくヒットなし。そもそも読者に対する説得力を配慮して書いているとも思えないね。 それでも小説としてのオチは天城山心中(実話)で、リアルタイムの出来事をフィクションの証明に使う、という仕掛けは判らなくもないんだが、輪廻転生を小説の結末にするとなると、本作の「フィクションとしての結末」にしかならないわけで、「立論自体のフィクション性」を強めているようにしか見えない...で、天城山心中の最大の問題は、これがテイが嫌悪し指弾する「トニイパンディ(歴史の捏造)」に他ならない、ということだ。いったい作者は「時の娘」をまともに読んだのだろうか?? ロマンチックな解釈は時として「歴史」を捏造しかねないものだという、「物語の倫理」についてのテイの告発をどう捉えるのだろうか?(少なくともご遺族はただただご迷惑だと思うよ...追記:どうやら天城山心中自体、一方的なストーカー殺人説もそこそこ有力らしい。ロマンよりも現実の方がずっと複雑怪奇、だねぇ) 悪口ばかりになるので、そろそろ止めるけど、今更ながら高木彬光のキャラ造形の下手さが目立って、誰も彼も筆者の主張を代弁するお人形。ジョセフィン・テイのキャラ造形のキュートさを何で学べないんだろう... |
No.55 | 9点 | 時の娘- ジョセフィン・テイ | 2015/11/23 22:38 |
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本作は歴史推理の古典で有名であり、歴史好きでは人後に落ちない日本でもフォロワー多数、な作品なんだけどね...
実は本作、とっても慎ましいんである。本作は、あくまで証明可能なことを、大言壮語せずに綿密に証明してみせた作品であり、日本のフォロワーたちがやったようなトンデモ説の強弁とは精神において対極にある作品なんだよ。 「真実というのは、誰かがそれについて説明したもののなかにはまったく含まれていないんです。真実はその時代の些細な物事すべてのなかに含まれているんです。新聞の広告。家屋の売買。指輪の値段。」 細部にこそ神は宿る...すばらしい。これぞミステリというものである。論証も小説なのでいちいち出典を挙げるわけではないが、なるべく同時代資料に根拠を求め、資料批判の目は確かに持ち、読者にしても「調べれば確認できるだろう..」というくらいの信憑性を持たせることに成功している。まあ今どき、ネットの検索でもそこそこ歴史上の有名人物の生涯くらいは調べれるわけで、評者が見た範囲でも大筋本作の推理は成立しそうに感じる。 あとWikipedia に本作のナイスな評価があったので特に紹介したい。「歴史に対する不正義が人々の感情に訴えかける物語によって助長されていることに対する著者テイの嫌悪や不信」が本作のテーマだと言っている。「物語の倫理」を巡る作者の想いは、ロマン大好きなフォロワーたちには残念ながらまったく届いていないようだ... 本作はテイの創作論のような読み方もできるように思う。小説(ロマン)は、その物語性(ロマン)によって徒に感動を押し付けるのではなくて、デテールの精密によって現実でも空想でもない別な現実を体験させるものなのかもしれないね。だからこれはちょっとメタな視点による物語批判なのかも...評者はそう読みたいな。 それゆえ登場キャラは全員に血肉が通っており愛すべき人々たちである...これはホントウにすばらしいことである。必読。 |
No.54 | 6点 | バートラム・ホテルにて- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 23:15 |
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空さんの言うとおり、本作はマープル登場作だけど、名探偵ミス・マープルじゃないからね。「蒼ざめた馬」に近いタイプの小説だな。
でマープルが特別出演する理由は一番書きやすい「古きよき時代を懐かしむ」視点人物だからにすぎないわけだ。だから最後のほうで出てくる殺人はタダのオマケ。で、大掛かりな犯罪があるんだけど、「蒼ざめた馬」みたいな即物的リアリティは残念ながら、ない。だから失敗作...と言ってもいいんだが、それでもね。 というのは、こういう演劇的と言っても過言ではない「偽装」がクリスティのいままでの名作のトリックの根幹にあるわけで、そのような偽装が実はタメにするシミュラクルなんだ、ということを本作は明らかにしている、という点なんだよね。バートラム・ホテルは過ぎ去った大英帝国の繁栄の模造品に過ぎないが、それがタダのシミュラクルであるがゆえに、ホントウのノスタルジアとアメニティを提供してしまうわけである。真相暴露は幻滅(マボロシを滅する...)だが、幻滅ゆえに、それが滅び去ったことを確認するがゆえに、マボロシはまたさらに美しく輝き人を惹きつける...これがクリスティでなければ、きっと「奇妙な味」な短編で小粋に書いたネタなんだろうけど、クリスティなので真正面からの直球勝負(もういい加減な歳なのになんて覇気だ)。 最後に殺人の真相なんだけど、これも実は「幻滅」って話なんだと思う(あまりトリックに説得力がないが...)。マープルの断罪がネメシスシリーズ的な厳しさで印象的。 ちょっと思ったんだが、この幕切れってネメシスがもし三部作だったら、この殺人の真犯人が、トリの作品「女性の領分」への再出演する伏線だったのかも?? |
No.53 | 8点 | 復讐の女神- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 22:43 |
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クリスティとしては最後から三番目の作品になるだけど、最晩年の作品では「終りなき夜に生まれつく」の次に好きだ。「カリブ海の秘密」で見せた「老人だけどハードボイルド」がいい具合に仕上がっていて、とっても80過ぎの老人が書いた作品に見えない覇気がある。
本作のイイところは犯人像。荒廃した屋敷の描写とか、結構サイコな真相とか、舞台装置と合わせて浪漫的な雰囲気が強くある(「ゼロの焦点」とか連想してたが、要するに廃墟趣味ってやつだよね)。よく考えるとマープル、すごく冒険していたりするなぁ....能動的なあたりがまさにハードボイルド。実はクリスティ特有のひやりとした即物性が評者は好きなんだが、それがこういうオリジナルなハードボイルド性とうまく合致して、とても雰囲気がイイ。 本作の最後でマープルは報酬を全部現金払い並みの当座預金に入れて「外に出ていく」。なんて見事な退場(物語世界からのexodus)だろう! さらにのネメシス物語を読みたいと評者は惜しむけども、この晴れやかなオープンエンドでマープルの物語が閉じられるのは奇蹟のようだ... あと、これはクリスティが言っていないことだが注記(まあほとんどネタバレ)。ラフィール氏のファーストネームが本作でジェースンだと明かされるわけだが、イアソンがネメシス=エウメニデスに依頼するのならば、犯人はクライティムネストラではない別なあの人だよ....(あの人が昔やった肉親の情愛を利用したトリックと、本作のトリックは通じるものがあるな) |
No.52 | 6点 | カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 22:16 |
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評者意外に本作の批評は難航したんだ...後期クリスティは好物なんだけども本作の意義ってもう一つ説明しずらいんだよね。
どうもこういうことなんじゃないかと思う:後期のクリスティって「これがどういう話なのか」の手のうちを明かさずに進行して、登場人物たちは正直に問題をなかなか打ち明けてくれない。そこらへん「お話のご都合主義」に沿っていなくて、誰がキーパーソンなのか全然わからないように進行するわけだ。 だから登場人物たちは皆暗い内面を抱えたまま、断片的にしか事情を明かしてくれないまま、マープルは登場人物が喋った内容よりも、ちょっとした「感触(Tact)」みたいなことをベースにいろいろと想像していくことになる....不透明な人々が不透明なままに交錯するドラマみたいなことになるわけだ。で、本作だと特に、SEXの問題がその背景にいろいろと絡んでいるわけで、クリスティって言われるほどに「ヴィクトリア朝的」でもないわけである.... というわけで、本作はパズラー的に読むと全然面白くないと思うけど、そういう不透明な登場人物たちや、それを断罪するマープルの非情さとか考え合わせると、ハードボイルドと呼べるような感覚があるように思える。まあ、本作よりも続編の「復讐の女神」の方がずっとこの感覚は苛烈になるので、併せて読まないとダメな気もするね。 |
No.51 | 1点 | ビッグ4- アガサ・クリスティー | 2015/11/17 22:33 |
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読み終わってみると、殺人7件、誘拐2件、仕掛けられた罠に飛び込むこと3回..と目まぐるしく事件が起きてたんだが、読んでいくうちにどんどんシラけていくのがツラい。ホントウに事件がおきりゃあいいってものではないよ。感覚が麻痺してしまって、惰性でページを繰ってた...
まあ最初のうちは、ホームズのオマージュみたいな感じで進んでいくから、「若い頃のクリスティのファン気質」みたいなものが見えて若干ほほえましくもあったんだが、ポアロが吹き矢でナンバー3を狙ったりとか、ガス弾を投げたりとかした日には、「アンタ誰だ?」という疑問が浮かんでくることになる。 というわけで、本作はSDキャラ満載の公式薄い本、くらいで読めば腹は立たないだろうね。評者の趣味だとポアロがデレすぎ。ツン属性がもう少し欲しいところ。 |
No.50 | 5点 | 青列車の秘密- アガサ・クリスティー | 2015/11/15 09:44 |
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時系列で見ると、初の三人称ポアロ物である。それまでの三人称小説が「秘密機関」と「チムニーズ館」だけだから、「国際謀略」からみ...なんて評されたりするが、実のところ大時代的な「怪盗」がいるだけのことで、スパイスリラー色はまったくない。
後期好きの評者に言わせるとポアロの相方は作者の投影であるオリヴァ夫人(登場作は三人称)の方がずっと馴染みがいいわけで、ヘイスティングスは単にホームズオマージュの因習的な語り手に過ぎなくて、クリスティの人物描写能力を制限していただけの気がする...評者的には大歓迎、というところ。 なので、三人称のメリットをフル活用し、二次的なキャラ(中心人物視点でのみ登場する脇キャラ)の陰翳もちゃんと描写できており、小説としての立体感がそれまでの作品よりずっと向上している。レノックスとか特にクリスティらしいクセモノ女子感があってよろしいし、ミス・ヴァイナーとかミス・マープルの原型?となるくらい。ヘイスティングスの桎梏から解放されて筆がイキイキしているよ。 だが反面ミステリとしてはつまらない。ほぼ消去法で身元は推測できるし、アリバイトリックは陳腐な上に、アリバイが重要なことを小説上ちゃんと描写できていないから、解決が何か斜め下で盛り下がる。事件再現とイギリスに戻ったヒロイン描写の方を比較すると、事件再現の方が面白く描けてなきゃまずい(ワクワクしないんだ..テンション低い気がする)のに、ヒロインの心境の方が面白い。ミステリとしての失敗度が本当に小説の足を引っ張っている残念感の強い作品。 |
No.49 | 5点 | 邪悪の家- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 23:44 |
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評者的には「みさき荘の怪事件」(邦題としてはコレが一番好き)...幼少のミギリに児童向けリライトで読んで、「え、この人が犯人に決まってるじゃないの..」でイキナリ真犯人が分かってしまい、がっかりしてそれ以来ずっと敬遠していた作品である。なので今回は、クリスティがいけないのか、それもとリライターがダメだったのか、虚心坦懐に判定してみようと思う。
本作、分かりやすいメインの謎以外にはあまり大した謎がないんだよね。毒入りチョコの件は肩透かしだし...作者は触れてないけど、カードの機会を考えると犯人は別途に明白だと思うよ。動機は犯人の見当がつけば、クリスティの常套手段だから、それほど難しくないように感じたけどなぁ。まあ本作はキャラ描写をちゃんとすればするほど、バレやすくなる作品なので、あまり突っ込んでなくて、クリスティの中でもすっきり薄味のライトな感覚である。そこらへんゴテゴテして混乱した印象を与える「エッジウェア卿の死」とは大きく違う。 なのでそもそもミステリとしてはたいしたことはない、という結論は変わらないが、そう印象の悪い小説でもなかったじゃないか、という感じ。どっちか言えば児童向けの方は少女小説くらいのノリ(ニックのキャラは華やかだしね...あと子供向きのお説教にも使えるか?)で採用されたんじゃないのかなぁ。まあ、子供向けミステリならば、犯人当てではどうでもいい「ABC」とか「オリエント急行」あたりにしておくのが無難な気もするね。 なので結論:悪いのは評者。イヤミなマセガキだったわけ。これぞサープライズエンディング? |
No.48 | 4点 | エッジウェア卿の死- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 22:16 |
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「これが本格だからね!」って意気込みで大げさで大時代的な文章で、いかにも「本格」らしく展開し...なんだけど、その割りに雑味が多く、大味な作品。
というか、犯人の隠し方がえらく下手。この人でこのトリック以外ないでしょ?というくらいに明々白々。でしかも、執事の件は...いったい何したかったんだろうね。あまりミスディレクションにもなってないし、そうした理由はよくわからない。本当によろしくないのは、ポアロが何をどう間違った推理をしているのか読者に全然分からない点。単に分からないのをゴマかしているように見えるよ。あと「晩餐会の13人」がキーワードかな?と思ったけども、関係ないみたいだね.... しかも手がかりは、1つはヘイスティングスが偏見から曖昧な証言を更にゆがめた記述になっていて、ちょっとこれを気付けは無理だよ~~となるようなものと、皆さん散々ご指摘の日本人には分からない動機。というわけであまりいい評価はムリですな。 しかしよい点は犯人像。仕掛けと性格がうまく合致していて、しかも最後のポアロ宛の手記がいかにも、らしい。そういう意味ではよく描けているんだよね...で1点加点。まあ、修行期の駄作、というくらいのものだと思う。 (エリスのりんご、というネタかと思ったが違うんだね...意外) |
No.47 | 7点 | 無実はさいなむ- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 21:57 |
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本作は「ねじれた家」の続編だと思う...「ねじれた家」では家族にとって都合のいい人を生贄の羊として差し出して、家族をムリに再回収しようとしていた話だったが、じゃあそれが一旦成功していたら?という疑問で描かれた作品のわけだ。
評者的には本作の一番イイところは、抑制的な渋い文体である(現行版も小笠原豊樹訳だ...名訳だと思う)。アリバイが判明したことによって、家族内での犯人探しになるわけだが、これは別に論理的な手がかりがどうこう、というものではないので、凍りついた家族のそれぞれの疑心暗鬼を丁寧に追っていけばいい。そうすれば最終的に性格的に納得のいく「意外な真相」は手にはいるが... 評者的には本作が、中期クリスティがずっと追求してきた親子関係の最終的な結論のように感じる。「わたしが憎んだのは、お母様がいつも正しいことばかりしていたからよ...いつも正しい人間なんて、こわくない?」という登場人物の言にあるように、母権による抑圧と反抗の物語を、クリスティはずっと紡いできたわけだが、その母権の「正しさ」が本作で最終的なテーマに浮上してきている。母性の権化は報いられず殺され、その他の母性に捉われた女性が何人も登場するが、皆最終的に母性の対象を喪失する.... というわけで、本作はミステリを期待して読むよりも、ディープでヘヴィな親子相克のドラマを読む覚悟で読んだ方がいい。それでも本作はある意味クリスティという作家の到達点の一つである。 (本作の評はそんなに多くないけどほぼ皆7点をつけてるのが印象的。それだけの読み応えのある力作です。) |
No.46 | 8点 | 五匹の子豚- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 21:03 |
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本作にはいろいろ美点があるが、最大のものは形式的・幾何学的な均整美だろうね...5人の容疑者それぞれを均等に扱って、前置きのあと(法曹関係者も5人で揃えてある..)それぞれのインタヴュー/手記/質問1つ、で全員集合という構成の美が素晴らしい。
でその中である夏の一日に絡み合う群像が再現されていくわけで、それぞれがそれぞれの視点で記述していくために、微妙にニュアンスが変わって聞こえていく..その多面的で立体的な再現感がいい。なので、評者なんぞは「5人のうち誰が犯人でも、もったいない...」とまで感じていたよ。 まあ真相が5段構え...ではないのが残念だが、それでも第1段目の真相までは結構楽に推測できるだろうと思う。二段腰の真相の方は...まあ、こういう解決もあるよね、くらいのつもりで読むつもりだ。ある意味、ポアロのしていることは解釈に次ぐ解釈でしかないわけで、こうなってくるとどんな到達点も「相対的に一番収まりのいい(暫定的な)解決」でしかないのでは...と思わせるところがある。ちょっとオープンエンドな「藪の中」的な迷路を示唆するが、本作はそれが狙いではない。そういう多面的な描写が作り出すリアリティの中によって、悲劇的な人物像を際立たせるのが狙いだろうね...ジャスミンの香りの件はすばらしいな。 本作芝居にしたら素晴らしいだろう(実際本人が芝居にしてる「殺人をもう一度」)。演出が目に浮かぶよう。完全にネタバレるので引用したいけどやめとくが、ポアロの絵の最終的な評言がクリスティらしいクールな恐怖感があって極めて印象的。評者だったらこのポアロの言でカーテン静かに閉まる、かな。 |