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クリスティ再読さん
平均点: 6.42点 書評数: 1284件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.24 9点 そして誰もいなくなった- アガサ・クリスティー 2015/08/16 20:51
みんな大好き大古典をやっつけることにする。まあ、これ「オリエント急行」のペア作品なことは言うまでもない(共通項がすごく多いよ。互いに見知らぬ人々が閉鎖空間に集められるとか、裁判のメタファーとか)のだが、退屈なオリエント急行と違って、生々しい迫力が今でも失せていない。

考えてみれば、これ以外の真相はすべてアンフェアなものしかないんじゃないだろうか。論理的に考えれば真相とかなり高い確率で犯人も指摘できるのでは...と思うが、ほとんどの読者は迫力に呑まれてしまって、犯人推理しようなんて考えるよりも、一刻も早く真相が知りたくてエピローグを読んじゃうと思う。

この迫力の由来を考えてみると、誰もいなくなる不可能興味以上に、サバイバルと謎解きを結び合わせたアイデアにあるのだろう。そういう意味では冒険小説的な興味に近いかもしれない。で、こういうサバイバルと謎解きの結びつき、という面では、実は「そして誰もいなくなった」は「汝は人狼なりや?」に今では転生してしまっているのではと評者は思うのだ。「議論を仕切りたがるキャラの○●は?」とか、経験的な人狼セオリーベースの推論も可能なんだろうね。

というわけで、これは今でも十分生命力のある古典だ。すばらしい。第1章の描写は結構ギリギリで読みようによってはアンフェアかも...

No.23 5点 メソポタミヤの殺人- アガサ・クリスティー 2015/08/02 01:03
中期のクリスティって、強い個性で周囲の人間を操り倒すカリスマ風なキャラを巡る話が多いと思うんだが、これも実はその一つ。
準密室あたりの純ミステリ的興味で語られやすい作品だけど、評者が一番気になったのはそこらへんで、まあこの作品のあとによりエグくこのテーマを扱った(しかも中近東モノもカブる)「死との約束」があったりするので、やはりこれは何となくクリスティも不完全燃焼な作品だったのではなかろうか。

一番興味深いのは最後のエピローグで、手記筆者(看護婦だからクリスティ本人が自分を重ねているよね)が、被害者の印象を自分の叔母に重ねて語る部分があるけども、その叔母のイメージが実はミス・マープルも連想させるところがある...結構トラウマだったんだろうね。

とはいえ、被害者のキャラを理解させるのに読んでいた本を手がかりにするのは悪いアイデア。評者でもさすがに「メセトラに還れ」くらいしか知らないよ(読んでない...)。

Howの部分では実質1ネタでシンプルな構成。ネタがわかれば真相はもうこれしかないような、どっちか言えば短編っぽい内容を被害者キャラ分析で伸ばしたような作品である。犯人に関して説得力がないのは、これはおそらく被害者の恐怖症の描写が中途半端になったせいではなかろうか(ネタバレを恐れたのか?)。恐怖症の内容をうまく設定すれば今風サイコスリラー調の話になったかもね。
いろいろ考えてはいるんだが全体的に「不発」な作品だと思う。中期のいろいろな試行錯誤の作品というあたりの評価でよいのでは?

No.22 4点 ポアロのクリスマス- アガサ・クリスティー 2015/08/02 00:28
いろいろと至らないところの多い失敗作だと思う。
1. さすがにメイントリックは発表当時でも法医学的にギリギリくらいじゃないだろうか(時間がたっても...)。ましてや今の読者だと「何でそんなのわかんないの?」になると思う。
2. 犯人指名(というか他の容疑者の排除)が「心理学的探偵法」。けどこれ思い込みとか偏見の部類じゃないの?と言われたらそれまでだと思う。「心理的」とか付いてるとありがたがるのはもう止めにしたいね。
3. あとこれは評者が気がついたことだが、そもそものどを切り裂かれて悲鳴が上がるものだろうか??
4. クリスマスストーリーとしては、悔い改める息子たちが揃いも揃って小市民的なセコい奴らで、悔い改めてもカタルシスがない....だから「古きよきイングランドのクリスマス」のお国自慢小説みたいなものにしかなってない。

というわけで、実はこれクリスティ本人も心残りが多かったのではなかろうか。ほぼこの作品の人間関係をそのままに採用して、「ねじれた家」が書かれているように思う。そう思うと結構共通点も多い...
で「ねじれた家」は上記の反省が結構入っていて、ほぼ狂人に近いシメオン老人に代えて強い個性で子供たちを抑圧するけども、それでも邪悪ではなく魅力もあるアリスタイド老だし、ひねくれる子供たちも類型的な本作よりずっと陰翳が深い。「ねじれた家」は「その後」の家族の再構築に向けてを強く意識しているあたり、クリスティの作家的(というよりも人間的な)進歩が見えるように思う。

一部でバカミス的な扱いを受けていたりとか、意外な犯人の話だけが話題になりがちな作品だけど、そういう読み方って評者はかなり?である。単なる失敗作で、より改善された作品があるんだから、そっちをちゃんと取り上げるべきだと思う。

No.21 7点 忘られぬ死- アガサ・クリスティー 2015/07/22 22:57
埋もれた佳作だと思うよ。
話の枠組みを短編「黄色いアイリス」から借りているけど、ミステリとしての力点は全然別だよね。だから、短編の長編化...というのとはちょっと違う気がする。不可能状況を新たに持ち込んで、その解明も鮮やかで、犯人の小細工から来ているものではないあたりに好印象。「三幕の悲劇」と同路線の「毒殺についてのヴァリエーション」という感じである。こういうのにクリスティは佳作が多いけど、今ひとつ地味に倒れるんだよね...あと話の流れ自体が叙述トリックすれすれのミスディレクションじゃないかなぁ。そういう面をみんな指摘しないのなんでだろ。

で若干の?だが、これってベタに書くと、死者の霊が帰ってくると信じられる万霊節の夜に、亡き妻の死の真相を探るための再現の会食があって、しまいには幽霊も...という話だから、本当はホラーっぽいネタなんだよね。この手のオカルト趣味はクリスティは苦手なんだろう(カーじゃないし)。

第1篇でのある人間関係が晩年の某作の関係と同じだから「あれ?」と思って見てたらやっぱりそれが本線だったね....うん、これはっきりと評者好み。

No.20 8点 三幕の殺人- アガサ・クリスティー 2015/07/12 19:38
この作品は創元は西脇順三郎訳でずっと評者は親しんできたけど、今回はハヤカワの旧訳:田村隆一訳で読むことにした。大詩人対決である。「三幕の悲劇」(創元:米版)と「三幕の殺人」(ハヤカワ:英版)で若干動機が違う...というお楽しみ付きである。
田村訳は実は初翻訳だったようで、はっきり下手である。西脇訳はミステリ翻訳の少ない人だが、英語で書いた詩をイギリスでいきなり出版して褒められた..という凄い経歴もあるわけで、田村訳と比較してホント上手。テニスンの引用の訳とかちょっと貫禄が違う。

で、ミステリとしての内容だが、例の双子的作品と比較すると、勢いで書いたようなあっちよりも、評者はきめ細かいこっちの方がずっと好きだ。何がイイって、煎じ詰めるとこっちが「全部毒殺」なことである。毒殺ってわざわざ物理的に殺しにいくよりもずっとリスクが低いわけだし、こういうネタは毒殺ならではのものじゃないかな。「三幕」の場合は特に1幕の謎が毒殺という手段と密接に結びついているのがいい。2幕は弱点と取られるかもしれない部分を、洒落で逃げれているあたり豪腕かもしれないが上手なもんだ。で、3幕は本当に毒殺ならでのはの設定で感服する(それでも手紙はないほうがいいな)。どっちか言うとハヤカワの方が動機にムリがないけど、こっちはいくつか伏線を潰しているから、やはり動機のマズさには目をつぶって創元の方がオススメである。

というわけで評者は何で双子作品が代表作扱いされて、こっちがアンフェアとかいわれるのかわかんないや。こっちの方がずっと洗練されて洒落ている。まあ、理由はというとみんなわかりやすいベタが好き、ということに尽きるんだがね。

サタスウェイト氏再登場について。ラストでポアロがサタスウェイト氏が「演劇効果に目を奪われすぎだ...」というような批評をするけど、実は評者はポアロとサタスウェイト氏って同種のキャラのように感じる。特に晩年ポアロの方がどんどんサタスウェイト氏っぽくなっていくし、クリスティの大きな弱点として「メタ推理が通用しすぎる」ことがあるわけだが、これって要するにまさにその「演劇効果重視」の結果だよ。自己宣伝についての言い訳をしているのはそこらのアヤかもよ。まあ今回はこれで「引っ込みを選ぶことに」します。名セリフだと思うけど英版にしかないのが残念。

No.19 8点 高木家の惨劇- 角田喜久雄 2015/07/05 22:04
実は再読したときに非常に気に入って、思わず角田喜久雄のミステリから時代小説までいろいろ読み漁った経歴がある作品。
どこが、というと実は犯人像なんだよね。ミステリの犯人というと、いろいろと策謀し、仕掛け、手数を弄し...というものなんだけど、この犯人はほとんど何もしないんだ。周囲が全部いろいろとやっていることをうまく利用して最小限のアクションで、絶大なる効果を収めているわけだ。...かっこいい、でしょ。今風に言えば決定力抜群、ということか。

それから時計が動き出して、関係者全員がソレを知り、「時が動き出した..」と待ち構えるその時間というのが、実に演劇的だなと感心したわけである。本当に芝居に仕組みたいくらいの詩的な瞬間だと思う。

とはいえ、ミステリだと角田作品の他のものは、高木家の佳さには遠く及ばない。時代小説がやはり、高木家同様に、いくつもの勢力が相互に角逐や協力をしあいながらプロットが錯綜していく...というのがお得意パターンのようで、要するに時代小説でのやり口をミステリに応用した、というのがこの作品のキモの部分のようだ。だから高木家を読んだら「奇蹟のボレロ」を読むよりも、「髑髏銭」とか「妖棋伝」とか「風雲将棋谷」とか読んだほうが楽しめると思うよ。

No.18 6点 ABC殺人事件- アガサ・クリスティー 2015/07/05 19:45
これはやはり「三幕の悲劇」と対比しないわけにはいかない作品なんだろう。ミステリとしてはやはり圧倒的に「三幕」の完成度が高いために、評者的にはこっちのがスピンオフみたいな印象を受けてしまう...

しかし、一般知名度は全然逆だよね。「ABC」は代表作扱いされるにも関わらず「三幕」は...というのは、そりゃ「三幕」が名うての地味作品だから、というのは、ある。とはいえ「ABC」はキャッチーを狙って書いて(初出が雑誌掲載だから、連載だったのか?)ウケた作品だというのが真相だろう。実際読んでいて、時代劇を思わせるベタさだよねこれ。名探偵大活躍な「探偵小説を読みたい」読者に提供された「お望みどおりの商品」という感じのモノだ。ヘイスティングスの今更な再登場も、ホームズ=ワトソン軸を狙った意図的なベタなのかもよ?

まあそこらがクリスティという一筋縄でいかない大衆作家のフトコロ深さでもあるわけで、一概にベタさを否定するわけにもいかないだろう。「ABCパターン」という言葉があるだけでも大勝利というものだ。

そういやCの殺人の舞台であるチャールストンとかトーキーってあたり、クリスティ本人の出身地だ... あまり感傷みたいなものはないようだね。

No.17 1点 ブラウン神父の童心- G・K・チェスタトン 2015/06/28 21:42
これは「厄介な古典」である。
何度読んだかわからないくらいに読んでいるのだが、この作品が時評的と言っていいくらいに社会批評の成分が多いことに今回気がついている。たとえば「見えない人」で家事ロボットが登場するあたり、チャペックのロボット(R.U.R)を先取りするのと同時に、労働問題という主題を共有する。だからこそ「心理的に見えない人」は「見えない階級」でありとある職業人だ、ということになるのである...「正統とは何か」の簡潔な要約にして自然神学のパロディ「青い十字架」、スーツという服装を巡る階級闘争(主人の流行が召使にお下がりのかたちで波及し、主人は召使と差別化するために新しい流行を作り出す..)「奇妙な足音」、真正面からのイギリス帝国主義批判「折れた剣」などなど、20世紀初頭のイギリスの社会・世相・思想をあらゆるジャンルを横断して、この短編集はチェスタトン一流の逆説によって「斬って」いるわけだ。

しかし、このような内容は現在では読んでいてもほとんど理解されないだろう。それは読者の時代とチェスタトンのそれとが、もはや大きく隔たり、世相も違えば社会問題にも共通性がなくなり、さらに「教養」すらも末代のワレワレは共有できなくなってきているのだ。「形而上学がどうの」は、そのような問題がもはや共有できない(日本とイギリスの違いもあるし)ための韜晦以外の何者でもない。
だからこそこの作品の「誇り」とは「奇妙な庭」の終幕で見せる一つのデスマスクだ。「自殺者の顔には、カルタゴ必滅をさけんだ勇将カトーの誇りがにじみ出ていた」。このチェスタトンの誇りに対し、評者は愛と敬意と評者なりの逆説を込めて、最低点をつける。これは末代無智なワレワレに対する罰点である。

No.16 10点 木曜の男- G・K・チェスタトン 2015/06/21 17:22
神様と会ってしまった人々の話。
こういうのどうやってこういうサイトで採点しろと言うのだろう?

チェスタトンはブラウン神父も含め、著作を開始する支点としてミステリの形式を借りているだけで、黒死館とかドグラマグラと同様に、ミステリでない彼方へジャンプしてしまっている....

しかし改めて読むと実は結構これ中二病な解釈ができる(まあセカイ系だよね)。アニメ化希望。要するに「serial experiments lain」こそが「木曜の男」の真っ当な後継者である。ここらへんがこの作品の真の生命力であり、古くなる要素がいろいろあるブラウン神父よりも長生きするかもしれない....そういうあたりを含めてこれは普遍的(カソリックってそういう意味だ)。
月並みでない小説を求める読者ならば必読。

あと個人的にはチェスタトンの描写の「絵心」が素晴らしい。男性作家には珍しいことだが服装描写も具体的。本当に視覚的な人間だと思う....

No.15 3点 ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー 2015/06/15 23:06
「文学的だ!」というので一部で評価が高いようだけど、その「ブンガクテキ」という奴が評者のソレと互換性がないみたいでどうにも困る.....

実は平行して「ブラウン神父の童心」を久々に再読していてて、ホロー荘のシチュエーションは「飛ぶ星」に似ているんだけども、ブルジョア家庭の遊びごとの描写を通じて社会批評をやってるあっちと比較したら、タダのメロドラマだよねこれ。ケナすつもりはないが、クリスティだとインテリとは呼べないバックグラウンドだから、「ブンガク」とかリキを入れるとどうしてもこんな因習的なものにしかならないよ。クリスティが書いた本当に優れた文学っていうと、こういう気取りを離れた晩年の「終りなき夜に生れつく」だと思う。

でまあミステリとして面白ければいいんだけど、実は評者はこの真相を一種のバカミスだと思うんだ。喜劇を生真面目につまらなくやっている印象といえばいいかな。なおかつ、手がかりらしい手がかりもなくて、何か心理洞察だけ(言いかえれば作者が入れて置いたものをそのまま取り出すだけ)で、真相解明しちゃうわけで、ポアロがいる必要性もゼロだわな。これだったら最初から犯人サイドでの倒叙で書いたほうが絶対面白いと思う...「熱海殺人事件」みたいなニュアンスになるかもよ。

ちょっと気がついた疑問点だが、拳銃の小細工が判明したら、衝動的な殺人じゃなくて計画犯罪だということが周囲にバレるわけだけど、それでもかばってもらえるのかな? 犯人の計画が二兎を追いすぎて矛盾しているように思うんだがどうだろう??

だからこれ、ミステリとしての脆弱な内容を「ブンガク」のレッテルでごまかしただけの作品としか評者は思えないです。こういう「騙しのテクニック」は願いさげだなぁ。

No.14 6点 動く指- アガサ・クリスティー 2015/06/07 21:55
ステロタイプをまったく使わない大衆小説というものはありえないが、ミステリの場合には「ステロタイプを使いつつそれを裏切る瞬間があってこそ」だとは言えると思う。

この作品では結構いろいろのジェンダーがらみのステロタイプがネタとして使われている(「女の方がオトコよりずっと辛辣な悪口を言う」とか「セックスアピールのない女性」とかね)が大きなネタとして扱われていて、フェミっぽい分析だってやれそうな感じだね。まあ便利なステロタイプは、それが時流から外れたら最後「偏見」して非難させて終わりなんだが、さすがにクリスティはそれを結果としてズラした使い方をしていて、まあ何とか現在でもセーフかなぁ。

「馬みたい」とさえ評された不思議ちゃんミーガンのシンデレラストーリーとか、結構萌え視点で楽しんでもいい(不思議ちゃん讃な傾向がクリスティにはあるでしょ...そういえば「ABC」のミーガンも似たタイプ)とは思うが、実はこれ、こういう筋立てのゆえか、本当はゴシックロマンスの骨格を持っている(だから今作のマープルはタダに脇役だ)ことがバレるというリスクもある....別なレベルでのステロタイプに回収される想定外な結果だね。

男性ミステリマニアだとこういう読みは完全スルーになりがちだろうね。クリスティは女性なことをお忘れなく。

No.13 7点 アクロイド殺し- アガサ・クリスティー 2015/05/27 23:18
皆さん大好きな古典だね、やりにくいな。まあ古典というものは、それ自体の評価と、それが受容されてきた歴史的評価と両方を相手にしなきゃいけないから面倒なんだが...

やはりハヤカワの今の版の笠井解説が一番まともな批評になっているようには思うが、評者に言わせるとこれは、「ワトソン犯人」であるどころか「ワトソン犯人を全力で回避した作品」だと思う。結果としては同じようなことかもしれないが、いろいろとワトソン犯人ではない作為をクリスティは仕掛けているわけなので、それを中心に論じたいと思う。

そのポイントとして、「犯人以外の人物による偽証がある場合、どこまでパズラーはフェアか?」という問題があるように評者は感じている。犯人(まあ共犯者も含めてだが)が偽証するのは仕方がないが、それ以外の人間の別な利害によるウソを疑わなくてはならないのならば、その嘘つきさんの証言を他の証言とつき合わせて論理的に嘘を見破る別な手間が必要になるわけで、パズラーとしてのシンプルさを大いに傷つける結果になるように感じてる。だから、本作が本当に推理可能になるのは第19章が終わってから、であるし、またこれが「一関係者の手記」であることが明らかになる第23章で、読者の推理は締め切りだ。だから19章からバタバタと隠された事実が明らかになってくる展開は、最後にワトソン的な見せ掛けの一人称小説は嘘っぱちで実はタダの手記だ...と明らかにするあたりの構成から逆算されたものなのではと思う。

というか、横溝正史の某作のように「手記の筆者だからこそ、一番怪しくてしょうがない...」というような逆の結果を生みかねないのがこのトリックなのだから、本当は「手記の筆者が犯人」なんていうのはそもそも良いアイデアなんかじゃないんだよね。それゆえ、アクロイドの創意のすべては第23章の「ワトソン犯人の回避」にかかっている、と結論してもよいと考える。

しかしね、別なアンフェアさがあることも指摘したいな。それは第一発見者が医師で犯人ならば、実は死亡推定時刻は盛りたい放題だ、ということである。どうもクリスティ本人この点に気付いているようで、「犯行は発見時から30分以前」という、一番重要な上限を設定しない(かなり不自然な)書き方しかしていないし、検屍審問の証言も回避している。まあここで「発見時から30分~60分前」とか盛っちゃうとさすがにアンフェア度が上がりすぎる...と懸念したんだろうね。医者設定はやめたほうがよかった気がする。

結論めいた言い方をすると、この作品は今更に「意外な犯人でびっくりしましたぁ」とか「こんなのアンフェアだ!」とか読むんじゃなくて、このように「時間」の話が重要なのだから、犯行推定時刻がどんどんと繰り上がっていくあたりに、スリルを感じるというような読み方を本当はすべきなんだろうね。そういうのが「今更に古典を読む」読み方かもしれないよ。

No.12 3点 運命の裏木戸- アガサ・クリスティー 2015/04/15 23:43
クリスティ本人は結構愛着があるようだけど、トミー&タペンスってこうしてみると(このサイトでも)不人気だなぁ。

まあ、スパイスリラー作家としてはどう見ても、クリスティは旧弊な作家でしかないんだけど、この作品はどうも最後まで焦点がちゃんと絞りきれずに何となく終わっちゃう...という「らしからぬ」駄作。過去に「何があったか(ワットダニット)」をベースに進む、最晩年らしいネタなんだが、どうもイメージが曖昧で真相もピリっとしない。

けどよく考えれば、スパイ小説って実は「真相がはっきりしないままで終わってもオッケー」なジャンルなんだよね。真相がはっきりしないことで、圧倒的な徒労感とか不条理感とかを読者が食らうんだったら、それはそれで傑作になるかもしれない(「ベルリンの葬送」とか「インターコムの陰謀」とか)。まあそんなことクリスティに要求するのがムリというものの、ね。

実は評者が面食らったのは、この作品なぜかヴァーグナーに関する言及が多いこと。あれクリスティ晩年にワグネリアンになったのかしら?(失礼、そういえば「フランクフルトへの乗客」が妙なヴァーグナー中毒をしているね。あと「クィン氏」でもイゾルデがどうこう言ってる箇所がある..まあ、トーゼンのキョーヨーの世代だ)

No.11 6点 茶色の服の男- アガサ・クリスティー 2015/04/06 22:29
これクリスティのラノベだね。ユーモア冒険小説といったところ。
だからイマドキの話、萌えを中心に語った方がいいんじゃなかろうか。

チョイ悪なオヤジは脚フェチで、ヒロインを口説いちゃうが、最後まで憎めない奴だし、スカーフェイスのイケメンと、諜報部所属の渋めの黒髪(かどうかは描写がない。少佐だとお誂え向きだが大佐)に思われて....ジェイムズくん風秘書とか女装っ子だって登場しちゃうぞ。

ヒロインは冒険に恋する無鉄砲。陽性で語り口も魅力的。けどこのヒロイン、実は設定年齢は20才過ぎだろうね...意外に高い。で本当にオドロキなことは、これを書いたときクリスティ自身34歳...若いというか、何と言うか。まあ肩の凝らないファンタジーくらいの感じで楽しく読めればそれでOK。それでも船を下りるまでが楽しすぎで上陸後はちょっと失速するように感じる。

あと一言。どうも某トリックの先駆け?なんていう説があるようだけど、評者に言わせると、アクロイドの笠井潔の解説のように、ワトソン=犯人と手記の筆者=犯人とは明確に区別した方がいいように思う。

No.10 10点 終りなき夜に生れつく- アガサ・クリスティー 2015/04/05 21:30
クリスティの最高傑作! 「オリエント」どころか「アクロイド」も「そして誰も」さえも凌駕する犯罪小説の本当の古典はこれだと思うよ。

これはクリスティ本人が本当に書きたかったんだろうな...と思わせるくらいに各シーンが印象的。まあ、ほぼ同プロットのスケッチのような短編があるのと、初期の短編で夢の家に関する印象的な短編があるわけで、たぶん「いつか必ず書きたい!」と念願にしていた内容ではないだろうか。

この作品の凄みは、「ロマンチックな恋愛」と「私利私欲の犯罪」とが同一人物の中で両立することができる...というのを描ききったことである。このテーマのために、よく指摘される例のトリックがあるわけだ。例の作品なんて、タダのダマしのテクニックに使っただけだから、この作品のようにプロットの必然として出てきたものではない。だからこそ、評者はこれをクリスティのベストワンに強く押す。

けど本当にどの登場人物も魅力がある(賛嘆!)。個人的には主人公と母との微妙な関係が心に痛い。そしてエリー。主人公はエリーを愛していたのは本当に間違いないことなのだ。しかし、というあたりがこの作品を最高の犯罪小説にしている。

付記:そういえばポアロ登場の中期の某人気作と、本作の真相はウリ二つなんだよね(例の作品の話ではない)。その中期の人気作のドラマ性に対するこだわりが、本作に結実したのかもしれない。併せて読むといいかも。

No.9 9点 ねじれた家- アガサ・クリスティー 2015/04/05 21:12
評者はこの作品傑作だと思う。が、何か評判悪いなぁ。なのでこの作品の「本当に凄いポイント」を教えて進ぜよう。

この作品の犯人が誰か、というのを、実は読者の代理人である主人公以外の多くの家族・関係者がうすうす気がついている...という点なんだね。エピローグで主人公の父の副総監さえ、そう感じていた旨を告白していたりする。ただし、ある意味都合の悪い犯人であるために、一番「都合のいい」人を生贄の羊として差し出してしまい、誰も責任を取らないのでは...というような展開になりかけるところで、自己犠牲的な行動による破局が訪れるという結果に終わるわけだ。

引き合いに出されがちな某作品は基本的に「意外な犯人でしたね~~びっくりしました」で済まされるタンテイ小説(部外者の名タンテイ様が「裁くのは俺だ」までやっちゃう...おいおい)に過ぎないのだが、「ねじれた家」の場合は、当事者ではない名探偵ゴトキが安易に解決することはできない、家族の悲劇と再生の物語というあたりの作品なんだよね。

殺人、という事件のために、あらゆる状態が凍りつくなかで、ヒロインは家長の重みを背負わざるを得なくなるし、主人公との恋愛の行方も定かにはならなくなってくる...というあたりのドラマの妙を楽しむといい。全体にすべての登場人物にクセが強いんだけど、読み終わると妙に悲しみを感じるようなあたりが小説としてナイス。

付記:これって実は「ポアロのクリスマス」の書き直しのように思う...威圧的な親のイメージとクリスティ本人が折り合いを付けれるようになったあたりが、この作品の一番よいところなのではなかろうか...

No.8 6点 予告殺人- アガサ・クリスティー 2015/03/29 15:29
マープル物としては平均点くらいの出来だと思う。
乱歩が気に入ったのはこれが一種の遠隔殺人みたいな趣向になるからではかろうか...「殺人広告」の真相が肩透かしなのが惜しい。あまり真相も意外には感じなかったので、まあ普通程度の評価。マープル物は初期と後期で雰囲気が全然違うんだよね....これは初期の集大成、といったところか。ロジック的なポイントとして「実はそれまで面識のない親戚が本当に親戚か?」を逆にひねったあたりがあるんだけど、全体的な流れの中では埋没している。それよりも第二の殺人で大体誰が犯人かめぼしがつくあたり、手数が多いわりに効果が上がっているとは思えない。

でもこの作品の良いところ...というと、「今日はたのしい殺人日/五月のように爽やかよ/村の探偵、総出です/みんな出かける、殺人に!」というお気楽なミステリ・フィルクが素晴らしい! コレだけのために1点加点したくらいのお気に入り。

で最後にタイトルが微妙。原題も内容的にも「広告殺人」とか「殺人お知らせします」とか、そういう意味でしょ。

No.7 9点 ポケットにライ麦を- アガサ・クリスティー 2015/03/29 15:13
マープル物の最高傑作だと思う。

ポイントは階級社会の残滓が未だに残る、とさえ言われるイギリス(ましてや50年代だし)での、「殺人における階級制度」をトリックにしていることである。殺されるのは大ブルジョアが目的であり、雇い人であるメイドの殺害はいかにもついでのように見える.....「小鳥が鼻を突っつく」絵合わせのためにたまたま殺されただけのことなのだ。

しかしその絵合わせがマープルの義憤を買う。真相を暴かれた犯人は、自ら仕掛けたトリックによる因果応報を食らうわけだ。この真相の逆転とそれによる逆ネジを、おそらくクリスティ本人も気に入り、ために「復讐の女神」という最晩年のマープル物の企画に結びついたのであろう。マープル物の転換期の重要作(祖母からより自身に近づくという意味で)である。

No.6 9点 葬儀を終えて- アガサ・クリスティー 2015/03/29 14:58
さて傑作の森に足を踏み入れますか。
評者にとって「クリスティってスゴいなあ」と最初に感じたのは、「アクロイド」でも「そして誰も」でも「オリエント」でもなくて、この「葬儀を終えて」である。

要するにこれ「ミステリを読む読者」が内心「ことあれかし」と期待していることについての「ウラ」を狙った若干メタな作品という読み方ができるんだよね。疑惑は隠れた犯罪であって欲しいし、犯罪は出来心ではなくて綿密に考え抜かれた冷酷な計画殺人であって欲しいし、殺人は1件にとどまらず残忍な連続殺人であって欲しい...そういう読者の隠れた欲望を逆手にとったネタに高評価をしたいところだ。

だから、最後のヘレン殺害が未遂に終わったことさえも、実はちょっとしたレッドへリングになっている...と読めば、実にきめ細かい仕掛けではないだろうか....さらに評者の琴線に触れた最高のポイントを一つ。ギルクリストの毒殺が未遂に終わった理由である。「結婚式のケーキを枕の下に入れて寝ると、未来の夫の夢を見るという....あの年でこんなことをするのが恥ずかしくって、私たちには黙っていたんですね...」これぞクリスティ。

No.5 4点 第三の女- アガサ・クリスティー 2015/01/04 23:27
クリスティはポアロという主人公を好んでいなかった...という話があるが、まあこれこの作品にも登場するクリスティの分身オリヴァ夫人が、その菜食主義者のフィンランド人探偵に手を焼くあたりから何となく推測つくことではある。

パズラーに登場しがちな名探偵、とくに私立探偵ともなると、そのリアリティは時の経過とともにどんどん低下し、現代社会での居場所を求めることは難しくなる...だから、この小説では、ポアロは自分が雇われるように一生懸命売込みをしなければならない。そこらへんキビしいのだ。

でこの作品だと無軌道な少女と、その家族問題...というちょいとロスマク調のネタで始まるけども、考えてみりゃロスマクだってこの「第三の女」みたいな大ネタが結構あるわけで、リアリティがないと怒るのはちょいと軽率な気もする(まあ、大ネタがあるとわかってれば、真相は大体推測できるし)。

とはいえ、若干点がカラいのは、ヒロインが麻薬を盛られてるのが見え見えだけど、一人二役&二人一役の毛ほども気付いている様子がないのが不思議。あと、もう一人当然コレに気付くべき人がいるんだけど、気がつかないのが不思議。さらにクリスティに当時の文化に対する理解がまったくない点が気に入らない。ロックンロール!

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.42点   採点数: 1284件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(93)
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