皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.1305 | 8点 | ずっとお城で暮らしてる- シャーリイ・ジャクスン | 2024/10/16 16:16 |
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「記憶」を使って、自分の周囲を再解釈して自分のためだけに再配置する行為。
「呪術」ってそういうものだと思うんだ。私たちの生活のこまごまとしたあたりに「呪術」は存在するわけで、そのような「呪術」とそれに囚われて自ら「祟り神」と化した姉妹の寓話。 うんだから、村人たちからの「悪意」が決定的に向けられた瞬間から、この屋敷は村にとっての「消すことのできない罪の象徴」と化し、それを姉妹は守り続ける....永遠に、生きながら伝説と化して。 これはホラー小説というよりも、ホラーの舞台裏を描き切った作品。やや特異な「真実」を突いてしまった寓話だと思うよ。 |
No.1304 | 8点 | 凍った太陽- 高城高 | 2024/10/15 09:19 |
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ハードボイルドの(日本での)チャンピオンは、専ら二十代の若者らしい。しかし彼等のハードボイルドは他のアメリカ文化の輸入と同様、単なる模倣であり、やりたいことをやる享楽主義、欲しいものはとる利己主義の代名詞に過ぎない。ヘミングウェイの持つストイシズムは一かけらさえ見いだせないだろう。(「われらの時代に」)
いや~ガチ。評者くらいの世代だと「名のみ..」となりがちな作家だったけども、ビックリするくらいのハードボイルド純度。ハメット、さらにそれよりもヘミングウェイに直結するクールさだから、チャンドラーの浪花節が好きな人には合わないだろうが、マンシェットが好きな人には向いてると思う。 描写がすべて、という「切り捨てた」スタイルだが、その中に浮かび上がる人物造型がいい。「賭けたら必ず当てる女」志賀由利、とくに一種のプロビバリティの殺人を巡る「賭ける」に初登場し、全4作に登場する「悪女」。ヤられる。ハードボイルドだから当然「外からの目」だけで客観描写されるだけだが、だからこそ内面を露ほども窺わせずに、読者はその運命が気になって仕方がない。最後に登場する「異郷にて 遠い日々」で由利の死が、事件に係り合った医師の目で語られるのだが、それこそテレーズ・デスケールー風の「悪の聖女伝説」めいたものさえ感じさせるほど。惚れた。 いや日本ハードボイルドの最高峰と言っても過言じゃないだろう。まあブンガクに寄った「廃坑」「火焔」とかもあるから、トッツキは悪いだろうが必読級。 (個人的には文庫2/3ページを費やしてマティーニを作る描写を丁寧にやってる「黒いエース」とか、ホントに心地いい...) |
No.1303 | 7点 | ハリー・ポッターと賢者の石- J・K・ローリング | 2024/10/10 09:15 |
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本サイトだと皆さん手を出しにくさを感じていたのかな。
このシリーズ、ミステリ的な手法が頻繁に使われていることは、きっと皆さまもお気づきのことだろうと思う。特に「秘密の部屋」とか「炎のゴブレット」あたり評者もコロリと騙されてたよ。ファンタジーグッズを絡めたSFミステリ的トリックと呼ぶべきだろう。あと、最終盤での杖の忠誠を巡るロジックなど、ミステリ的興味と呼ぶべきものをかなり満足させるシリーズであることは疑う余地はない。 それ以外に、評者がこのシリーズを扱いたい理由と言うのももう一つあるのだが、これはシリーズ終盤の話なので、ここでは措いておく。というわけで、まずは「賢者の石」。 あらすじは省略。シリーズ開始作であり、ホグワーツに着いて組分け完了までで本の約半分を費やす。だから「事件」はシリーズ中最軽量。それでも「一人二役」?なミスディレクションをさりげなく入れてあるあたり、侮りがたい。シリーズ開始作だから、予備知識なしで読みだしたらいかにも悪役風に描かれる例の人を悪役だと普通思うだろ。子供向けと思ってたらなおさらだ。小ネタ中心に描いていくのが、あとで関連性を示される(ドラゴン飼育話とか典型)のも、ミステリ的な趣向だ。 いや評者、一番最初に読んだときでさえ「クリスティ的な伝統ってあるんだな」と思ったくらい。本サイトで扱っても反則にはならない。 |
No.1302 | 7点 | 砕けちった泡- ボアロー&ナルスジャック | 2024/10/09 19:04 |
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金持ち女と結婚した整体師の主人公は、妻とのトラブルから不利な状況での告白書を書かれされて別居した。しかし、主人公にアメリカ人実父からの巨額の遺産が舞い込んだ。これが妻に知れたら遺産の大部分を妻に奪われかねない。しかし妻は交通事故を起こして重体。主人公が病院に行くと妻を名乗る女は別人だった....
こんな話。妻のはずの女が別人、というのはボア&ナルお得意の頻出パターン。でも、本作は後期らしさが目立つ「再出発作」みたいなニュアンスがあるのだろうか。何となくだが「悪魔のような女」とか「牝狼」を連想していた...でも心理主義的というよりも、奇妙な状況に追い込まれた主人公があれこれ真相を推理しながら自分の利益のためにジタバタを繰り返す小説。だから前期の重苦しさよりもアイロニカルな状況に囚われた主人公の奮闘ぶりに同情しながら読んでいく。重度の半身不随に陥った妻の介護&リハビリに奮闘する主人公の職業が整体師(作中ではキネジテラプートと呼ばれている)なのが、なかなか効いている。 でも状況に追い詰められて....だけどとんだ逆噴射をお楽しみ。そういえばフランスって夫婦共有財産制がデフォルトらしいね。夫婦別産制ベースの日本とは離婚時の財産分割の考え方が違うみたいだ。 |
No.1301 | 6点 | 茶室殺人伝説- 今野敏 | 2024/10/08 11:49 |
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武家茶道・相山流の家元のお茶席で起きた事故死。お点前のさ中、被害者は自らの胸に出刃包丁を刺して死んだ...死んだ男は茶席の亭主である次期家元と口論しているのを主人公紅美子は耳にした。死んだ男が紅美子の先生で水屋を任された女性幹部とも口論していたのを思い出す。この怪死はまさに利休と流祖との因縁とも関連する「秘伝」にも関りが?家元の次男の秋次郎と紅美子は組んでこの事件の解決に乗り出す....
茶道ミステリNo.4はこんな話。作者は高校大学と茶道部に所属していたそうで、お点前の描写のリアリティと精度が素晴らしい。このところ読んだ「茶道ミステリ」ではベスト。利休の賜死の真相を含む「秘伝」は、作者が茶道と同じように武道に凝ったことからのアイデアだろうね。扇子は帯刀の代わり、ということになっているから、空想としてはまあありか。だから殺人プロセス自体のバカミスっぽさに眼はつむるけど、終盤が無理筋の因縁話でリアリティがなくなってくるのが難。 でもお点前描写の良さと、家元のキャラクターに「こんな先生だったらいいよね」な理想があって、素直に共感できる。これを加点して6点。けど、この作家、妙な社会批判をしたがるクセがあるんだな.... |
No.1300 | 6点 | 震える山- ポール・ソマーズ | 2024/10/07 21:41 |
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いやガーヴよりガーヴらしい!
新聞記者の主人公は、偽電話でおびき出された女性の街ネタ話から、その父が不可解な状況で拉致された事件に係り合う。父は軍事の秘密研究に携わる物理学者。果たして誘拐を告げる手紙が軍需省に届いた...身代金は3万ポンド。家族にも出せない金額だが、これを主人公の新聞社が負担して特ダネを狙うこととなった。この身代金の受け渡しに主人公と物理学者の娘が赴くことになった... うん、繰り返すけどホントにガーヴ。いろいろ見てみたけど、要するにソマーズ名義ではこの新聞記者のヒュー・カーティスがシリーズキャラクターになっているようで、それが差別化? ガーヴだと本当に毎回別主人公だからね。で、ガーヴに親しんでいると、本作の「追っかけ」は「地下洞」みたいだし、真相は「**事件」みたいだ。軽く主人公とライバル社の女性記者とのスクリューボール風恋愛も織り交ぜて、達者に語られる。ガーヴの長いジャーナリスト歴からか、「書きやすさ」を感じながら書いてたのではなかろうか。 意外な真相というわけでもないが、いつもの安定ガーヴ印。 |
No.1299 | 6点 | 運命の宝石- コーネル・ウールリッチ | 2024/10/04 21:05 |
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晩年のウールリッチって、「ウールリッチ節」は健在でも場面場面にムラがあり過ぎ。詠嘆調の美文、でも惰性で書いているだけとか、詠嘆がやり過ぎて作者が飲み込まれてる?と思うこととか、いろいろバランスが崩れて???と読者を嘆かせたわけだが、完成した最終作の本作は、いうほど悪くない。
昔の原型作があるためか、それともペーパーバックオリジナルで(皆嘆くけど)逆に「ブラックマスク」時代を思い出すとかあって、いいくらいに肩の力が抜けた?なんて思うほどに、復調が感じられる。まあ傑作と言うほどでもないけど。 大粒のダイヤモンドが、ルイ15世時代のインド駐留の仏軍兵士~恐怖政治下でギロチンに怯えるパリの貴族~南北戦争直後のニューオリンズで没落した南部土地貴族~真珠湾直前の東京に潜むアメリカ人スパイの間を流転する話。このダイヤはご期待通り「呪いのダイヤ」で持主がすべて悲惨な運命に逢うというトンデモ呪物。ホープダイヤとかそういう話だね。だからミステリか、と言われたら厳密には違う。エキゾチックな連作奇談というタイプのもの。 いい点は舞台設定が興味深い時代であること。ジャコバン党恐怖政治のさなか逮捕された貴族たちが、地下牢でそれでも体面を維持し、娯楽として自分たちが矜持をもってギロチンにかかるさまを予行演習する話とか、悲惨な中に運命を笑い飛ばそうとする人間性を感じたりする。南北戦争直後の南部といえば、「風と共に去りぬ」とか「国民の創生」で描かれたような、北部から流入したヤンキーと解放された黒人が横暴の限りを尽くしたために、敗戦の南部人が対抗組織としてKKKを作るとかね、今時の「政治的に正しい」じゃ話題にできない。そんな時代のラブロマンス+決闘の行方。この2つの話が読ませる。 最後に東京が舞台の話は、日本人だと分からんくもないけども...う~ん、というところでまあこれ仕方ない。晩年のウールリッチとしては欠点が目立たない作品にはなりそう。 で、とりあえずウールリッチ/アイリッシュの長編はコンプ。短編は引き続き読むつもりだけど、長編のベスト5。「暗闇へのワルツ」「死者との結婚」「暁の死線」「幻の女」「聖アンセルム923号室」。わりと穏当? 長編としてのまとまりが、やはり「暗闇~」「死者との~」は断トツにいいからね。 |
No.1298 | 3点 | 京都利休伝説殺人事件- 柏木圭一郎 | 2024/09/30 21:06 |
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茶道ミステリ、とはいえねえ。うんまあ広義の「旅情ミステリ」というか、2時間ドラマというか...山村美紗の功罪というのもあるとは思うよ。日本伝統文化を背景に旧家に渦巻く殺意、とかね、そういうフォーマットに乗っかってお手軽に「ミステリ」できちゃう。
暁の茶事での主客の対話から始まり、道端で毒が回って死ぬ男。被害者は建仁寺で開催される「茶道検定」のグランプリ有力候補だった...被害者が手帖に残した言葉から、別な出場者に容疑がかかるのだが? こんな話。被害者が死んだ毒はカエンタケ、しかし現場に残されたペットボトルには砒素が入っていた、という謎はあるが、大したものではない。いくつかのダイイングメッセージがメインかな。ダイイングメッセージって、クイーンがあんだけコダわったんだけど、ツマらないんだよね。だから「ミステリ」はカタチだけで、レギュラーらしいキャラの掛け合いをファンは楽しむのかな。 タイトルに「利休」って入っているけど、利休七則が参照される程度のこと。「伝説」って何の話だ?真冬に夜明けを待ちながら行われる「暁の茶事」は、評者の先生でも2回体験したことがあるだけ、と伺った。かなりのレアな茶事である。デテール描写にはツッコミどころも目立つ。ちなみに裏千家が主催する「茶道文化検定」が実在しており、紛らわしい。「茶道文化検定」は茶道の知識をいろいろテストしてくれるもので、本作で描かれたような「お点前ショー」ではない。つっか、お点前ってそもそも競技みたいに競うものではないよ。 (あと「結構なお点前でした」なんてホントは言わないものだからね....マンガかドラマの影響と言われるみたい。評者の先生キビシいから濃茶で「結構な服加減です」って答えても「ニワトリかいな!」と叱られる...) |
No.1297 | 6点 | 炎のなかの絵- ジョン・コリア | 2024/09/28 21:13 |
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異色作家短編集という企画自体、とっても常盤新平カラーの強いものだったわけだが、「ミステリ嫌い」を公言する常盤らしさがよく出た作家というと、コリアとサーバー、なんだろう。
けどさ、コリアだと狭義のミステリに入る作品もあるんだよね。創元の世界傑作短編集にも収録の「クリスマスに帰る」とかそうだし、サンゴヘビを夫が妻にプレゼントする「記念日の贈物」も、衝動的に殴って愛人を殺した娘のために父が後始末する「雨の土曜日」など、意外にミステリ色がある。まあとはいえ、皮肉な味わいがこの人の持ち味。サクッとイヂワルな話、というといいのか。 だからユーモアが前に出る作品が妙にうれしい。ミストラルを教えるため漁師から優遇される猫の話「マドモアゼル・キキ」、ハリウッドをノミの視点でパロった「ガヴィン・オーリアリ」とか評者は好きだな。でこの作家「悪魔」が大好き。だから妙にはぐらかされた教訓譚みたいにみえることがある。ドン・ジョバンニみたいな「炎の中の絵」や生死が不明な「旧友」が、物語のお約束の「悪魔」とか「機械仕掛けの神」とかを「わざとわかってやってる」独自の芸風。 ある意味、超然としたあたりが持ち味かな。「ニューヨーカー」という雑誌カラーを体現しているというべきか。 (個人的には真っ白な猛毒キノコで有名なドクツルタケが登場する「死の天使」がヘンにお気に入り。直後に気づいて胃洗浄し一命を取り留めた人によると、半端ない旨味が出て美味しいそうだ、死ぬけど) |
No.1296 | 5点 | 消えた玩具屋- エドマンド・クリスピン | 2024/09/27 20:35 |
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イギリス教養派といえば、大学モノというのが大特徴。セイヤーズなら「学寮祭の夜」イネスなら「学長の死」P.D.ジェイムズなら「女には向かない職業」と数多くの大学モノがあるわけだ。でこれもオクスフォードが舞台。まあクリスピンといえば探偵役が英文学の教授、でもそのホームグラウンドでドタバタ(苦笑)
詩人の友人が遭遇した奇怪な殺人事件?から、消えた玩具屋の謎を...なんだけども、書法が全然パズラーじゃないんだよ。都合よく出くわした人々から自然と謎が割れてくるようなプロセス。読みどころは3回にわたる大規模な追っかけ。まあだから、本作あたりが典型的な「英国スリラー」というものなんだと評者は思うんだ。こういうの、パズラーの評価基準で見るのは見当違いだと思っている。 こんな追っかけの中でも、悠長に詩を引用したりとかさ、そういうのんびりしたあたりがイイといえばイイんだけども、まだ魅力全開とはいえない。「お楽しみの埋葬」と比べたら、ドタバタもミステリも練れていないと感じる。 そういえば本作でよく名が上がるポープの「髪盗み」って、「黒死館殺人事件」で大きな小道具になっている詩だから、妖異耽美...ってオモイコミしちゃうんだが、ホメロスのパロディみたいな風刺詩で全然そんなものじゃない(苦笑)評者は黒死館の読みすぎなんだが、虫太郎のパロディセンスって軽視されがちなのって仕方ない... |
No.1295 | 7点 | 花の棺- 山村美紗 | 2024/09/24 10:06 |
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ネタ優先で「京都茶道家元殺人事件」をやってしまったけど「そういうの、よくない」と思う気持ちもあるんだよね。なので代表作かつミス・キャサリン初登場作でもある本作やろう。
カッパブックスで読んだのもあるけど、京都の観光名所をいろいろ織り交ぜてエンタメとして「売れる」ことをしっかり考えて書いている。華道界の確執やら華道の基本ポイントやら「読者の興味」をうまく引いていて、そういうプロ根性、嫌いじゃないよ。茶室密室とキャンピングカー消失という2つの不可能興味と、一種の「見立て殺人」なあたりが本書のギミック。とにかく「読者を楽しませよう」という気合入ったサービス精神を感じるのがいいあたり。 探偵役は米国副大統領の娘で日本の伝統文化大好き娘のキャサリン。日本文化の案内役を兼任してナイスキャストだと思う。 欠点を言えば「トリックのためのトリック」みたいなところもあって、とくにキャンピングカーの話は舞台背景から見るとちょっと浮いてる。一番気に入っているのは密室を含めて「見立て殺人」みたいになっている犯人の不可解な行動パターンの真相。まあ犯人動きすぎでバレやすくなってるじゃん?とツッコむのはなしだ。エンタメだもん。それよりもそういう作為を手段としてドラマを盛り上げてくれた方が評者は好感。 意外なくらいに良作。作者のヤル気がじかに伝わる。 (とはいえ、茶室で水屋がないと使いづらいと思う...まあこれ、密室で解釈のマギレがないように考えたんだろうけどもね) |
No.1294 | 6点 | メグレと老外交官の死- ジョルジュ・シムノン | 2024/09/23 15:45 |
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う~ん、評者は結構この作品好きだなあ。
シムノンにはありがちだが「ミステリとしてはどうよ?」な面があるんだけども、舞台設定の妙もあってそれが「人生こんなこともあるんだよね」といった方向に印象が流れる結果になっているようにも思う。ミステリとしては?でも小説としてはギリギリ成立するあたりに、評者は面白味を感じてしまう。 でもさ、この面白味というのも、両親の老いを見て悲しみ、介護とか頭に入れつつも、自分の老いも感じてしまうようなあたりに醸されるようなものだから、若い人にはピンとこない話だと思う。原題だって「メグレと老人たち」だよ。そんなもんさ。 でこの舞台設定の妙、というのが、メグレ物にしては珍しい上流階級が舞台。中の上~上の下あたりに成りあがった下層出身者が疎外感を抱く話はシムノンの定番だけど、この事件の被害者は外交官を引退した老伯爵、そしてその人生を賭けた思い人は公爵夫人。政略結婚で結ばれた夫の公爵が事故死し、ようやく結ばれることも可能になった?その夜に老伯爵は4発の銃弾に見舞われて死んでいるのが見つかる...この老伯爵と公爵夫人の恋がホントにプラトニックなもので、公爵に義理を立てて間接的にしか関係を持たない(でも毎日お手紙!)というもので「十八世紀から抜け出してきたか?」とメグレがボヤくようなもの。でも生まれつきの貴族の話だから....でメグレも納得。それには出身の村でのサン・フィアクル伯爵夫人のイメージとか、メグレ自身が抱えるコンプレックスにも理由があることに気がついて、メグレも苦笑い。 上流相手だと勝手が掴めないのはたとえば「かわいい伯爵夫人」もそうだけど、ムリしないのが「メグレ流」でもあり、メグレというキャラに品位が感じられるあたり。 (まあだからメグレ物を系統的に読むつもりがあるならば、少年時代のメグレに言及がある「サン・フィアクルの殺人」は早めに読むべきだと思うよ) |
No.1293 | 5点 | 卒業−雪月花殺人ゲーム- 東野圭吾 | 2024/09/22 18:30 |
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さて評者「茶道ミステリ」第二弾。
評者のお茶の先生って花月が大好きなんだよね。2月に一回くらいはしている気がする..「花月百ぺんおぼろ月(百回やっても悩む...)」と言われるくらいにややこしいものだ。回数目、座る位置、当たった役で「すること」のバリエーションがあり過ぎるし、その上に他の方の迷惑にならないように手際よく、さらには動きが揃うと褒められるポイントとかある。茶道でもスポーツっぽいところがある「鍛錬」。 その花月の上位互換のややこしい雪月花式だから「学生が、よくやるよ~~」というのが正直な感想(苦笑)。で、花月は5人でやるものだから、本作のトリックのキモの部分が現象しない。というか、6人でやるからトリックが実現したんじゃないのかな。加賀がもし間に合っていたら、殺人が起きなかったかもよ。 いや別な「結託」を想定して評者別な人が犯人じゃないかと推理してた(苦笑)あと「密室」の話は、話を密室に持っていきたい、という作者の作為が見えすぎて、苦笑するところもあったな。密室のトリックはつまらない。これは「SFは腐る」と言われたのと同じ陳腐化だと思う。 考えてみれば本作の学生さんたちって評者と同じ卒業年度になりそうだ。とはいえ、地方都市で高校からの持ち上がりで大学でも仲良しグループ、しかもサークルは別、という人間関係が評者はあまりピンとこない...というか、大学生というよりも高校生っぽいイメージ。ヘンに明るいナンパ系サークル的な「リア充」っぽさが、そんな印象なのかな。青春ミステリだけども、小峰元の高校生が老成しすぎなのと比較しちゃいけないが、幼いイメージもあるよ...そうか、そういうあたりが「茶道」と少しミスマッチ感なのかなぁ。 評者的には「昭和の学生生活、懐かし~~」とはならなかった。すまぬ。 |
No.1292 | 4点 | 京都茶道家元殺人事件- 山村美紗 | 2024/09/17 16:35 |
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最近評者、茶道を習いだしている。もう一年半くらいだから、そろそろ面白さを楽しめ始めているあたりかな。だから「茶道ミステリ」って興味がある。もちろん評者最高の茶道ミステリは、塚本邦雄の「十二神将変」だけど、実は習いたくなったのも「十二神将変」の影響が大きかったりする(苦笑)
日本伝統文化をネタにしたミステリを量産したことで有名なのは山村美紗だ。本人も師範の免状を持っているそうで、茶事のデテール描写におかしい個所は特にない。けど事件の背景に京都の茶道の家元の継承問題がある、という話に過ぎない。プロローグ的に清水の焼物市での毒殺があったあと、茶事の濃茶席での毒殺事件、そして琵琶湖畔に立つ別荘での密室殺人(とそのアリバイ)。トリックはあるが、既視感が強い。茶道の歴史とか精神性とかとくに小説では扱われず、俗っぽい人間関係の中での殺人である。軽い文体で読みやすいがただただプロットを追っていくだけ。 まあそろそろ流派の現実、というものも評者も見えてきているところでもあるさ。それでもいろいろな面白さというのは感じるよ。 で、茶道ミステリとしては濃茶回し飲みがある中での毒殺が趣向としては面白い。評者の妄想ネタとしては、茶碗の正面をわざと外して主人が渡し、それが分からない客は毒をスルーして、正面に神経質な被害者がわざと正面を正して毒を口にする、ってどうだろうか(苦笑)専門性が強いから、パズラーだと難しいかな。 |
No.1291 | 6点 | やとわれた男- ドナルド・E・ウェストレイク | 2024/09/16 23:29 |
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「ハメットの再来」とデビュー当時評された処女長編。
主人公はシンジケートのボス、ガレノーゼの「右腕」、組織No.2として汚れ仕事も引き受けるクレイ。復員後の大学生時代に酔って車を盗んで事故って女を殺した現場を、ガレノーゼに救ってもらった恩義から、ガレノーゼの下で働くようになり出世している過去があった...このクレイが巻き込まれた「トラブル」を解決すべく、ガレノーゼの意向からクレイに探偵役のお鉢が回ってきた。 こんな話。名前からしてガレノーゼはイタリア系でマフィアのわけで、クレイはそうではない。「ゴッドファーザー」のコンシリオーリ、トム・ヘイゲンを想わすプロフィールである。ロバート・デュバル演ずるヘイゲンのように、クレイは自らを「機械」と律して、組織のために感情を消して行動する男である。 うん、話はわかる。けどさ、これって「ハードボイルド」ではないと思うんだ。「煮え切った」魂ではあるが、これほどの割り切り過ぎの人物を一人称で主人公に据えると、「不透明な現実を客観描写のみで、読者の読み込みを誘う」というハードボイルド「らしさ」が消えてしまうんだよね...つるつると動く機械を見ているようなものである。 まあもちろん、主人公が同棲中の恋人エラとの関係に悩むあたりは、いつでも自由に「感情を消すことができる」と自己弁護するわけだけども、それはムシがいい。このクレイのプライベートと事件とのオーバーラップぶりが小説の狙いみたいなものになるのは、なかなかの才筆だとは思うよ。で、ギャング組織の中での犯人捜し、というかなりの変化球設定を処女長編でやってのけるのは、さすがこの作家ののちの大成っぷりをうかがわせるものがある。 よくできてはいるけど、個人的には失敗作だと思うよ。たぶん本人もこれは思っていて、無印「刑事くずれ」が本作のリライトだと思う。 (あとラストシーンにちょいとした仕掛けがある...逆に言うと「うますぎる」のが逆に「難」じゃないのかな) |
No.1290 | 4点 | 窓- マリオ・ソルダアティ | 2024/09/15 11:03 |
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「牝狼」のやりついで。
「牝狼」自体、訳者は岡田真吉である。ミステリの翻訳もしていたが、キネ旬のコアメンバーで映画評論家として活躍した人である。というわけで、短い「牝狼」の穴埋めとして起用された「窓」も訳者は映画評論家の飯島正。作者は50年代にソフィア・ローレンが主演した「河の女」と「OKネロ」が紹介されたイタリアの映画監督である。戦前の「新青年」から翻訳ミステリ業界は洋画との結びつきが強いというのはいうまでもないのだが、こういう人脈からの紹介作品ということになる。 戦争が終わり20年ぶりにロンドンを再訪した「私」は女友達の未亡人トウィンクルと再会する。二人して訪れた画廊で発見した絵に二人は衝撃を受ける。かつて二人の前から蒸発した画家のもの、さらにはこの二人の前からまさに蒸発した忘れ得ない光景が描かれた絵だったのである。この絵の売主のもとを二人は訪れるが、女売主とその同居人女性は言を左右にして、画家の情報を明かそうとはしない...過去に一体なにがあったのだろうか? こんな話。ポケミス風の判型で90ページほどだから、短め長編にも少し不足気味のボリューム。手法的にはミステリだけど、内容的には私とトウィンクルと画家の微妙な男女関係と、過去の人間関係を「老い」の視点から見つめ直すといったことが主眼。まあミステリ、とは呼び難い。問題の失踪画家のイタリアンな気ままダメ男っぷりにハマる男優をキャストすれば、小洒落た小品文芸映画にはなりそうなものでもある。「かくも長き不在」とかと似たテイストになるかな。 |
No.1289 | 6点 | 牝狼- ボアロー&ナルスジャック | 2024/09/14 19:38 |
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最初は創元「現代推理小説全集 14」(1957)にマリオ・ソルダアティの中編「窓」と一緒に収録され、のちに創元「世界名作推理小説体系 21」(1961)に「死刑台のエレベーター」「藁の女」と収録されたボア&ナルの長編第4作。結局文庫にならなくて埋もれた作品ということになり、やや入手難だが読めた。今回は「現代推理小説全集」の側にするので、「窓」の方は別途にしよう。
初期のボア&ナルらしい作品と言えばそう。ドイツ占領下のリヨンに、捕虜収容所から逃れたベルナールとジェルヴェイが到着する。ベルナールの「戦争養母」のエレイヌを頼って逃げてきたのだ。しかし、ベルナールはリヨン駅で事故死してしまう。ジェルヴェイは瀕死のベルナールに勧められて、ベルナールに身元を偽ってエレイヌに匿ってもらうことにした。 こんな設定で始まるのだが、貧しいピアノ教師のエレイヌと、霊媒まがいで戦時下でも密かに稼ぐ妹アニェスが、偽ベルナールを巡って鞘当てして緊張する毎日。出生証明書を問い合わせたことで、ベルナールの姉ジュリアがベルナールを訪れてくる....身元詐称がバレるピンチだが、なぜかジュリアはそれを暴こうとはしない。なぜ? こんな密室展開がジェルヴェイ視点で描かれていく。この四人の微妙な駆け引きがすべて。真相はそう不思議なものではないが、ドイツ占領下の理不尽な死などが、緊張感を高めるし、実はジェルヴェイは優秀なピアニストの前歴があって(イヴ・ナットの弟子だそうだ)、入れ替わったベルナールはタダの材木商というのもあって、エレイヌの下手なピアノにイライラする(でも顔に出せない)あたりが面白い。意外にボア&ナルって「芸道小説」の味わいがあるんだよね(苦笑) |
No.1288 | 5点 | ナポレオン・ソロ⑧ ソロ対吸血鬼- デイヴィッド・マクダニエル | 2024/09/13 17:13 |
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さて気楽なものを。ブダペスト駐在のアンクル機関員が、ルーマニアの寒村で変死しているのが発見された。その喉には針で突いたほどの傷があり、一滴の血も残っていなかった....さらに足跡からは、機関員は走って逃げて到達したことが明白なのにもかかわらず、殺害者の痕跡が一切なかった。吸血鬼の犠牲になったとしか考えられない死体の調査のために、ナポレオン・ソロとクリヤキンは派遣された。当代のドラキュラ伯爵を名のるゾルタンと知り合い、地元警察とも協力関係を築くが、同行した通信員ヒルダが吸血鬼らしき男に襲われた!狼の脅威、空飛ぶ吸血鬼、そしてソロたちは怪しいドラキュラ伯爵の城へ..
あとがきだと「密室殺人だ!」なんてアオってくれるのだが、まあ真に受けちゃいけない。もちろん背後には例の組織が? お約束とはわかっているけども、それでもマジメにストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」をなぞってくれていて、ホラー色はそれなりにある。うん、もちろん物理的なタネは放送当時ではSFだけど、今はそれなりに実現されつつもあるようだ。軍事的なニーズはしっかりとあるものだからね。 で...まあお約束だけど、どんでん返しあり。「君たちに感謝する」がオチ。このお気楽さが「カーの...」とか言っちゃいけなくて、なんというか尊い。 (あというと、ソロとクリヤキンが結構「仲よく喧嘩してる」様子にバディ物らしい良さがあるな。でも演じた二人は仲が悪かった、というのが有名な話) |
No.1287 | 5点 | モスコー殺人事件- アンドリュウ・ガーヴ | 2024/09/12 13:00 |
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かなり稀覯に近い本だろうけど、読めた。時事通信社の時事新書からの刊行である。巻末では「ソ連紀行」「素顔のソ連」「亡霊とフルチショフ」「共産主義の見方」「新しい核の時代」といった本が宣伝されている。この小説もそういう流れで日ソ国交回復の時期の「ソ連」への関心を示すものといえよう。
で、皆さんもご指摘だが、訳者の判断で反ソ的・嫌ソ的な部分は省いて訳した、とあとがきで言っている。まあ「反共小説」とツッコまれるが嫌だったんだろうな....とは理解できる。第二次大戦が終わってようやく英ソの民間交流が再開して...という時期のモスクワを舞台として、イギリスからの民間使節団の団長がホテルで殺された事件に、英米のモスクワ在住特派員たちが巻き込まれる話。まだスターリンが権力握っている時期だよ。 こんな時期だから、殺された団長は牧師上がりでキリスト教と共産主義を融合したような思想の持主、一行には労働党の代議士、マルクス経済学者、平和活動家などなど、さらに社会主義リアリズムにカブれてスターリンの胸像を作りたがる女性アーチストとか、ウェールズ民族主義の闘士とか、イギリスの「親ソ派」のいろいろパターンが描かれている。要するにグレアム・グリーンとか初期のアンブラーとかキム・フィルビーとかドイチャーとかE.H.カーとか、イギリスの特定世代の「ソ連びいき」がこの小説の背景。まあだから「ソ連」について批判的な描写をしっかり完訳した方がずっと小説理解につながったようにも感じるよ。 でもちゃんとパズラー的な「ミステリ」の結構を備えていている。ある人物の「秘密共産党員」疑惑が出たりもするにせよ、この事件をソ連当局が問題を大きくしたがらず無実の庶民を身代わりにする一件はあるが、スパイ小説的な色合いは薄い。訳者がオミットしたのも、ソ連批判とはいえ、庶民的な生活視点のものだったんじゃないのかなあ。 まあ、ガーヴのジャーナリスティックなあたりが出た小説であることは間違いない。謎解きは大したことない。 (登場人物がかなり多いから、登場人物一覧がないとツラいよ...) |
No.1286 | 8点 | 薫大将と匂の宮- 岡田鯱彦 | 2024/09/11 16:03 |
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大昔「源氏物語殺人事件」で読んだことがあったなあ。今回は昭和ミステリ秘宝で。
「薫大将と匂の宮」といえば、源氏物語、宇治十帖を「未完」と解釈したうえで、紫式部を探偵役として宇治十帖の登場人物たちの間に起きた奇怪な「連続自殺事件」を描く(清少納言との探偵合戦も!)ことで有名な作品である。作者はちゃんとした国文学者だから、デテールもしっかり源氏物語の「偽作」になっていて、それこそ「源氏物語・現代語訳」レベルで違和感なく読んでいける。 が、私の心の中で不思議な考えが頭をもたげはじめていたのである。...実をいうと、私は今非常な岐路に立っているのである。それは、この血なまぐさい事件―これを描写する新しい芸術はあり得ないものだろうか、という問題である。 叙述は紫式部という「作者」と、薫・匂の宮・浮舟といった登場人物の「モデル」設定のキャラ、それに式部が仕えた中宮やライバル清少納言といった実在の歴史上の人物を虚実とりまぜて自在に入り乱れるわけで、結構メタな物語記述の面白味がある。薫などが式部が創作したキャラでありながらも、リアルな人物として登場するわけだからね。その宇治十帖直後の人間関係のただ中で「探偵小説」を実現してしまう、という強烈な力業。もうこれはこのコンセプトだけで「凄い!」としか言いようがないなぁ。 ちょっとカングると、岡田鯱彦といえば例の「抜打座談会事件」の中で、唯一の「本格派」として、木々高太郎や大坪砂男ら「文学派」の面々に吊し上げを喰った作家なんだよね。だから「源氏物語」という「文学中の文学」の只中で「本格ミステリ」をやってやろうじゃないの?というアイロニカルな挑戦めいた気持ちがあったのではないのか、なんて思うんだ。ヨミスギかな? とはいえ、昭和ミステリ秘宝収録の短編たちには、パズラー風な作品がない。ほとんど雨月や竹取物語などに取材したパロディ風作品。鼠小僧次郎吉を主人公にした「変身術」がまあ面白いか。でも、それ以上にやはり「夕顔」「空蝉」あたりのプレイボーイ源氏に取材した奇譚「コイの味」に「奇妙な味」な佳さが出ているし、「『六条御息所』の誕生」は源氏の成立過程についての仮説を紫式部と中宮との間の再現的フィクションとして描いて、ここらが短編のベストと思う。 (とはいえ、評者薫よりも匂の宮ヒイキだなぁ...偉大な源氏という父へのコンプレックスに囚われた子供たちの話だと思っているよ。8点は甘口かな。「コイの味」の一途な想いがかなり気に入ってる) |