皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1312件 |
No.972 | 6点 | 影の巡礼者- ジョン・ル・カレ | 2022/04/14 13:30 |
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ベルリンの壁が崩れたら、スパイもスパイ小説も一気に日陰の身に落ちぶれた...まあ、実際そうだし、そうするとル・カレのような作家も「今後どうするか?」が難しい問題になるわけでもある。本作は壁崩壊後の状況をスマイリー引退後のスパイ養成所での特別講義(それに「ロシア・ハウス」に登場するネッドの引退も)にひっかけて、新人養成所での「今後のスパイの心得」講義の形式で小ネタを披露する短編集(大体11話収録)。ネタは小規模なものが多いから、雰囲気はル・カレ版「アシェンデン」。
なので、ヘヴィなネタの場合には、ツッコミが不十分かな...なんて思う話もある反面、小ネタの話は切れ味がよくて楽しめたりもする。ル・カレってオーソドックスな小説作法は上手だから、「息子の秘密活動の成果は?」と退役軍人の父がスマイリーに尋ねる話とか、なかなかイイ人情話に仕上がってたりもする。 まあ、短編での切れ味を云々するつもりなら、やはりル・カレお得意の「スパイ官僚」直球ネタよりも、アシュンデン的な「斜めから見たアイロニカルな話」の方が、出来がいいに決まってる。「実は馬鹿馬鹿しい話」というのが短編だと生きるのである。アラブの王族の妻の買い物を監視する話とか、教授とラッツィの漫才コンビの話とか、変人の暗号係への誘惑の話(これはやや長い)とそういうのが、いい。 逆に明らかに力が入っている、ネッドと兄弟のように訓練を受けたベンの職場放棄の話やら、クメール・ルージュの地獄を切り抜けたハンセンの話とか、もう少しツッコめるのでは...なんて思う。 たとえば、ベンの父は第二次大戦の暗号解読で業績を上げて、で、このベンの職場放棄にはネッドに対する同性愛感情が下地にある。フィルビー事件にも同性愛関係が使われていたわけだけども、暗号解読となるとやはりどうしてもアラン・チューリングの一件を連想する。チューリングが自殺に追い込まれたのは、ケンブリッジ・ファイヴの二重スパイ事件で風当たりが強くなって..とかいう事情があるようだ。アンブラー・グリーン・フィルビー・フレミングの世代の、左翼思想と同性愛を巡る問題というのは、世代論とからめてなかなかややこしい問題もありそうだ。でもル・カレの本作はまあ、そういうことは突っ込めない。あまり上の世代への理解がないんじゃないのかなあ(ティンカー・テイラーでも同性愛の件はツッコめてないし)。 ちなみに、スマイリーの初期設定もこの世代(1900年代生まれ)だったのだが、三部作あたりでこれが10年ほど繰り下げられたようでもある。まあそうじゃないと、本作の講義時点でのスマイリーの年齢が80歳を超えてしまう。「スクールボーイ閣下」がベトナム戦争終結を背景にしているから、この時70歳なら定年とか言わなくても、スパイ機関のトップだと激務過ぎるからねえ。 で、クメール・ルージュの地獄を生き延びたハンセンの話は、「地獄の黙示録」とか「ディア・ハンター」みたいなハリウッドのシリアス文芸系に通ずるものが大きいように感じる。アジアの論理に飲み込まれる西洋人、と秘境小説の一種みたいに捉えているようにも感じるのだ。これって悪い意味でのオリエンタリズムみたいに評者は思うのだが、いかがだろうか?(ちなみにベトナムをソ連が支持したことから、英米はクメール・ルージュを支持しているんだよ....いやいや、スマイリーの手だって、汚れてるさ) スパイ小説と言っても、たとえばアンブラーだったら冷戦に依存する部分がほとんどないから、ソ連が崩壊しても作品にも困るようなこともなかったのだろうけども、ル・カレのスパイ小説はやはり冷戦に依存する部分が極めて大きいように思う。スマイリーも「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」でもあろう。(そのつもりだったんだろうけども、「スパイたちの遺産」で再登場してミソつけちゃったようだね) |
No.971 | 7点 | 犬神博士- 夢野久作 | 2022/04/12 22:19 |
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夢野久作というと「ドグラ・マグラ」が代名詞すぎて、他の作品が埋もれる傾向はあるんだけども、本作は数少ない長編の一つで、しかも面白い。未完なのが惜しまれるけども、これはこれで据わりが悪いわけでもない。
大道芸人夫婦に連れられたおカッパ頭の少女...と思いきや、実はトンデモない異能の悪ガキの主人公(7歳)。少女のフリをして親の三味線・鼓に合わせてエロ踊りをすればおヒネリも雨霰と飛び、ついには風俗紊乱で警察に捕まる、けども癇癪屋の知事の前でも大胆不敵な、その胆力を逆に知事に見込まれる。イカサマ賭博にハマった親の窮地をそれを上回るイカサマの才で救うが、火事を起こして遁走...さらには因縁の知事と玄洋社の炭鉱を巡る抗争に割って入る大活躍。息をもつかせぬ異能の活躍ぶりを、夢Q一流の饒舌体で綴る。 時代背景は日清戦争前夜の筑豊。時代もそうだし、土地柄も荒っぽい。でもこの「荒さ」が日本人だって野性を備えていたんだよね、と思わせるようなある懐かしさを備えている。角川文庫の解説だと「女装の少年神」なんて民俗学的な話にもっていきたがってるけども、ずっと猥雑でカオスな、沸騰するようなエネルギーの時代を、飄々と駆け抜ける無軌道っぷりに魅かれる。しいて似た作品を探すと、コクトーの「山師トマ」が近いかな。 夢野の父の杉山茂丸が玄洋社の中心人物の一人だったわけだから、当然夢野自身も内情に詳しいわけだ。玄洋社がもともと自由民権運動にルーツがあり、さらに西郷隆盛贔屓な九州の土地柄もあって、反権力・反体制的なカラーも強いのが作中にも反映している。作中での日清戦争をめぐる知事との談判でも、国策と庶民の利害、それに権威と反抗の一筋縄ではいかない関係をうかがわせる。一口に「大アジア主義」と言っても、さまざまな位相があって単なるイデオロギーで片付かない、縺れ合った内実があるのだ。在野で孫文や金玉均を支援をするロマンティシズムと、日本軍の謀略の手先を務めるマキャベリズムの両面が玄洋社の「大アジア主義」にはある。そういうややこしさをややこしいままに、「無垢な少年」が悪戯半分に局面を切り裂いて見せた、そんな断面が興味深い。 |
No.970 | 6点 | メグレとかわいい伯爵夫人- ジョルジュ・シムノン | 2022/04/11 17:39 |
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なんとなくタイトルに萌えて(苦笑)。
いや、普段と雰囲気が違うハイソな舞台背景で、結構面白い。シムノンというと、たとえ陽光さんざめくコートダジュールでも、裏通りのシケたバーとか、小ぢんまりの個人経営の宿屋とか、ビンボ臭いストリップ小屋とか、そういう界隈が普通なんだもん。ヨーロッパ指折りの金持ちが集うホテルが舞台の事件で、メグレもいきなり空路ニース、そしてジュネーヴ・ローザンヌと飛び回って、ハイソな世界を垣間見る。だから原題は「メグレ、旅をする」 まあだからアウェイの事件といえば、メグレは今までいくつも経験しているわけだけども、一味違う。大金持ちたちもメグレを見下すとかはなくて、紳士的に対応するわけだが、やはりメグレでも「飲まれてる」のが面白い。でもメグレだから、その「世界の雰囲気」に身を任せ、浸ることで、次第に主導権を握りなおすのを丁寧に描いているのが、なかなかお楽しみなあたり。第7章の現場のホテルをアテもなくメグレが彷徨うのが、いかにもメグレらしくて魅かれる。場違いな姿を、ホテル従業員たちからヘンな目で見られても、軸の据わったメグレはもう平気。ホテルバーでいつも飲むようなカルヴァドスを頼んじゃう。お洒落なイメージがあるカルヴァドスだけども、何も言わずにナポレオンが出てくる世界じゃ、田舎臭い庶民の酒なんだな。 そういう話。問題の「かわいい伯爵夫人」は、貴族・大金持ちたちの間で結婚したリ離婚したリの、もう若いとはいえない女性なんだけども、 ルイーズはきれいで面白く、それどころか、人を夢中にならせるようなかわいい動物だ。 と元夫が評するようなキャラ。いやシムノンだって功成り名遂げて、世界を股にかけて遊び倒した豪傑なんだけどもね。 |
No.969 | 6点 | 吸血鬼カーミラ- シェリダン・レ・ファニュ | 2022/04/10 21:05 |
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「ドラキュラ」「フランケンシュタイン」は書評済なんだけど、まだ本作やってなかった。「ドラキュラ」と並ぶ吸血鬼モノの真祖である。
でも「カーミラ」は中編。創元文庫のこの本は、レ・ファニュ傑作選のカラーも強くて、「白い手の怪」「墓堀りクルックの死」「シャルケン画伯」「大地主トビーの遺言」「仇魔」「判事ハーボットル氏」の6編を収録。 ホラーとミステリの違い、というと、ミステリは最後には謎をすべて解明することで結末になるわけだが、ホラーの場合には謎が謎のままで残ってもいい。というか、全部解明したりせずに、多少は謎のままで残っていた方が、よりホラー「らしい」。それでも20世紀のホラーでは「謎を解き明かす」ことに力点があることも多い。ゴーストハンターが名探偵の変形になるわけでもある。なら解明重視は「ホラーのミステリとの交雑現象」と見てもいいのかもしれない。 でもレ・ファニュは19世紀的なホラーだから、「解明」のウェイトが薄いんだよね。だから「なぜ」が語られないケースが結構、多い。そこらへん、ミステリ読者のニーズをやや外している印象がある。 それでも超越的なモンスターなら、「なぜ」はあまり重要じゃないか。「悪魔」を思わせるキャラが登場する作品も多いから、民話みたいなカラーも出てしまうこともある。「大地主トビーの遺言」は親の意固地な遺言で対立しあう兄弟の話で、その親が憑依したブルドッグが...という展開になるんだが、訳者は平井呈一で洒脱かつ下世話な東京弁で訳されるので、あたかもシュール系落語を読んでいるかのような読み心地。いや「らくだ」とか不気味ネタ落語ってあるし、怪談噺も落語のうちだからねえ。 なので、今一つピンとこない作品も多いのだが、さすがに「カーミラ」は面白い。生きて動く死体、という側面はあるのだけども、具体的なカーミラの描写ではエキセントリックで悪魔的な女性、という印象。物理的な怖さとかおぞましさではなくて、メンタルな部分での怖さが強い。レズビアン色が強いしねえ。やはりカーミラに誘惑された女性の体験譚として語った語り口の勝利、というものだと思う。 (どうでもいい話。本当はジョセフが名前で、シェリダン・レ・ファニュが姓らしい。「白い手の怪」みたいな手の幽霊、だと評者オススメはつげ義春の「窓の手」) |
No.968 | 4点 | 現代夜討曽我- 高木彬光 | 2022/04/09 10:06 |
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さて、墨野隴人4作目。なんだけども、前作「大東京四谷怪談」が1976年作品で本作が1987年。間が11年も空いているのは、言うまでもなく作者が脳梗塞で倒れてリハビリに苦闘したことがあるためである。
なんだけども....いや、出来はよくない。曽我兄弟の仇討を連想させるような「見立て」があるんだけども、いわゆる「見立て殺人」というほどでもないし、狙いが散漫で、謎にも真相にも魅力が薄い。何か義務的に書いているような印象さえ感じる... 1969年の世相がいろいろ描写されていて、結構評者は懐かしい。アポロの月着陸、大学紛争、大阪万博...墨野が「国際化の時代」とか宣う。いやそうなんだけどもね。 (ネタバレごめん) 実は作者病気で長期中断した件が、作者のシリーズの狙いに悪影響を及ぼしてもいる。このシリーズ全体が比較的短期間に起きた事件でないと、最終的な辻褄が合わないので、わざわざ出版から18年も前の「1969年の事件」を強調することになったのだろう。シリーズ伏線で「張り残した」要素があるから、オチである次作「仮面よ、さらば」のために、わざわざ1作品挟む必要がある、との判断ではないか。作者の気力・体力以上に、「シリーズ構成で必要」だからで無理して書いた作品のように感じる.... 執念、といえばそうかもしれないが、急いで書いたような「薄さ」の方が目立つ。悲しいし、残念。 |
No.967 | 8点 | 五人対賭博場- ジャック・フィニイ | 2022/04/06 22:54 |
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大好きな作品。青春、だなあ。
評者でもね、学生時代って「悪いこと」をしたことがないわけじゃない。やはりヨノナカに対してスネる妙な意地みたいなものも出てくるから、ちょっとばかりはヨノナカにも噛みついてみたくなるものだ。今考えたらオトナになりきれなくて、ジタバタしているようなものなんだが、そういう青臭いテイスト満開の「ケイパー小説」である。 とくに、思い付きで始めた現金輸送車襲撃計画がすぐに通報されて叱られ...以上に「ガキどもに何ができる!」と嘲われたのにムカついて、リノのカジノの襲撃計画にのめり込む主人公グループに、感情移入しないでいられましょうや(苦笑) 遊びといえば遊びな部分が最後までついて回るから、良い意味で「地に足のついてない」ファンタジックな色合いが出ることで「救われる」。いやそういうホロ苦なアイロニーと、主人公アルの恋がなかなかの読みどころ。 ティナが体重を片足にかけて、フォークに手をのばす。薄いすきとおるストッキングの下でふくらはぎが、かたく、強く、緊張し、その繊細な足首がくっきりと見える。やがて、彼女があとずさりすると、ふくらはぎはまた柔らかくなり、腱は再びストッキングの下で分からなくなる。 カメラアイ描写でそれを見ている男の恋心を語る描写の魔力! 文章は全然気取ったところがないのにもかかわらず、ポエジーが漂うのが、いい。これは天性。 青春ミステリ、って本作のためにあるようなジャンルだと思う。 |
No.966 | 5点 | 奇人怪人物語- 黒沼健 | 2022/04/04 09:27 |
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「野獣死すべし」「幻の女」「十二人の評決」「検屍裁判」...こうしてみると、大名作を多数翻訳した翻訳家なんだけども、すべて改訳がなされて黒沼訳のプレゼンスは今はない。出版社が改訳を出すときには、前の翻訳者の許可が必要、というのが慣例だそうだから、前の翻訳者が亡くなってから改訳が出るのが普通なんだけども、黒沼健に限っては1985年の没年の前から改訳が普通に出ていた。翻訳にも悪い評判はあまり聞かないんだけどもね。翻訳者廃業、というような気持ちがあったのかしらん? 推理作家協会でも理事まで務めたが、一風変わった立ち位置だったようにも感じるのだ。
で、評者あたりの世代だと、黒沼健といえばオカルト系実話やら怪獣モノ、円谷でも大名作の「空の大怪獣ラドン」の原作だしね。高木彬光「吸血の祭典」のやりついでで、ちょっと道草したい。実際、怪奇実話というものも、牧逸馬の昔から、広い意味で「探偵小説」の一分野だったと捉えることができる。これが70年代になると「ムー」に代表されるオカルト業界として独立してミステリとは縁が切れることになるのだけども、もともとはSFも含めた「猟奇(奇を猟る)」なジャンルだったわけだ。 本書で扱われるのは心霊手術・交霊術・エメラルドタブレット・宝探し・空飛ぶ円盤....雑多な内容を雑多なままに羅列し、それぞれに特に「オチ」みたいなものがない独特のスタイルが何か懐かしい。たとえば「00作戦」のように第二次大戦下のスパイスリラー風なものも含まれるし、超常現象とその科学的な推測と並べたもの、あるいは単に「奇譚」としかいいようのない皮肉な話... 評者が一番面白かったのは、「悪魔を瓶詰めにした男」。19世紀前半の悪魔学の研究者で「真正なる悪魔学百科事典」という本を出したベルピギエという奇人の話。悪魔を捕えて瓶詰にした、とベルビギエはするんだけども、ノミやシラミの大群に変身してやってきた....わけだから、悪魔といってもタダのノミやシラミだったりする。「彼自身は最後まで悪魔の征服者たる誇りを捨てなかった」けども「征服者、実は被征服者という皮肉な結果になった」。 一口にビリーバーというけども、「信じて信じない」、プロレスを愉しむような微妙なスタンスの取り方がやはりオリジネーターの一人である黒沼健にもうかがわれるのが、妙に面白いあたりである。 ラヴクラフトだって「全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる」って言ってるじゃないの。実話と創作の境界の曖昧模糊としたあわいで戯れるのも一興。 |
No.965 | 7点 | 吸血の祭典- 高木彬光 | 2022/04/03 16:34 |
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「刺青」とか「人形」とか「白昼の死角」とか置き去りに、ゲテモノ系ばっかり評者はやっている....けどね、70年代に高木彬光を読んでいた読者のリアルな作家の「空気」みたいなものも、やはり伝えるべきものではないか、と思うのである。
で、大体70作くらいある怪奇実話系短編が、15冊ほどの短編集にそれぞれ重複しながら収録されているわけだが、その中で一番収録が多くてしかも出版が新しくて入手しやすい便利な本なので、これをやることにした。 (だからすでに書評がある「猟奇の都」と一部内容がカブります。) ミステリ色の強い「ロンドン塔の判官」もあれば、西洋講談といった趣の「ダンチヒ公の奥方」「マタ・ハリ嬢の復活」もある一方、「ムー」的なオカルトの「空飛ぶ円盤」もあれば、それこそ中岡俊哉みたいな「スマトラの妖術師」といったショートショートくらいの怪異譚もある...と、結構多彩な「世界の怪異」をコレクションした短編集である。 いや「ムー」だって学年誌でのオカルト記事が好評だったことで70年代末に創刊したしたわけで、こういう「ムー」的要素と高木彬光、というのもけして無縁ではないわけである。ホントかウソかわからないなりに、オカルトを「消費」する下地のようなものが、この時代に商業的に成立し、その流れを作り出した人々の中に、高木彬光も含まれることになるわけだ。 で、評者はこの中の一編「王国を手にして死んだ乞食」が記憶の片隅にずっと引っかかっていて、それを確認できたのが個人的には大変うれしい。「最後には、ソロモン王以来、それ以上の富は世界にないというぐらいの金を掌に握りながら、乞食になって餓え死にする」という奇怪な予言を受けた男、ジョン・サッターの話。サンフランシスコという街自体が、そもそも不法占拠によって成立したことを裁判所さえも認めたからにはサッターに「法的権利」はあるのだが、その「権利」を誰も認めないことで餓死する今様ミダス王の話。 |
No.964 | 6点 | 霧の港のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2022/04/03 10:18 |
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瀬名氏は本作がお気に入りのようだけども、そこまでいいか?という感想。シムノンらしい北の港町の事件で、「海の男たち」と町の旦那衆との相克めいた関係が背後にある。もちろん、メグレは「海の男たち」贔屓。
でも海の男たちもメグレに対して結束して全部だんまり。記憶喪失でパリで発見された元船長をメグレがその地元に送り届けたら、その晩に毒殺された...というのが本書の「事件」だけど、メグレがメインで解明するのはやはりその船長の記憶喪失を巡る暗闘の話で、筋立てがごちゃごちゃした印象。 でもね、メグレが問題の船に乗り込んで事情を聴いている嵐の夜に、油断したメグレを縛り上げてウィンチで岸壁に置き去り(でも船は座礁)....なんて「メグレ、お疲れ」なシーンがあったり、リュカが一晩中背伸びをして村長の家の中を覗き込んで監視するお疲れ場面、あるいは「砂丘のノートルダム」と呼ばれる廃墟の礼拝堂やら、船長の女中で本作のヒロイン格のジュリーとその兄の船員グラン=ルイとのメグレの場面(第九章)やら、なかなかいいシーンがある作品でもある。 |
No.963 | 7点 | ハバナの男- グレアム・グリーン | 2022/04/02 13:31 |
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「国際諜報活動」というものは、それ自身「秘密」であるがゆえに、それが実際何の役に立つのか、は検証しようのないものなのである。だから実際のスパイとそれをコントロールする官僚たちというものの実像は、とんでもなく醜悪きわまりないものなのだ..というアカラサマでロマンはゼロな実態を、告発する「スパイ小説」を、アンブラ―とグリーンはそれこそ1930年代から書き続けてきたわけである。だからこの「スパイのバカらしさ」を風刺劇として捉え直すアイデアは本当にそのままストレートな視点だ、といえばその通り。変化球でもなんでもないのである。
とはいえ、グリーンなので、喜劇であるのと同時に、思わぬシリアスな「刃」が覗く瞬間が仕込んであるのが、一番の面白味だろう。 もしあたしたちが国家に対してではなく愛に忠誠をつくしていたら、世界はこんなにひどい混乱に陥っているでしょうか? 道化芝居の道化が、思わぬ牙を剥く、そんな瞬間が確かに、ある。主人公の娘に恋する現地の警察幹部セグーラは「人間の皮で作ったシガレットケース」を愛用するが、この眉を顰めさせる悪趣味にも「愛」ゆえな理由がある。 現代の御伽噺だからこそ、最後に「愛は勝つ」。そうでなければ、世界に意味はない。 (というか、こういうタイプの作品って、アンブラーだと「真昼の翳」とか「インターコムの陰謀」が頂点になるんだろう。ル・カレは「鏡の国の戦争」でこれをやってみるけども、スマイリーをイイ子にしてしまって徹底しきれない。スパイの本質に馬鹿馬鹿しさをみる視点は、逆にフレミングの方に見え隠れするように評者は感じる) |
No.962 | 6点 | 日曜日- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/29 08:25 |
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シムノン版「殺意」。
いや結構似ている。コートダジュールの宿屋の経営をがっちり握る妻ベルトが、「お見通し夫人」とでもいうべき「一本筋の通った悪妻」で、その夫でキッチン担当の主人公エミールはだらしない浮気者。エミールがふと思いついた妻殺し計画から、抑圧されて主体性をなくしているエミールにとっての、皮肉な「人間性回復」みたいなものが窺われるのが、面白いあたり。 もちろん、人殺しは悪いことだからね(苦笑) エミールの愛人というか、セックスフレンドみたいなメイドのアダが、悪女か、というとそんなこともない。知能も若干遅れ気味のようだし、聾唖?が第一印象、 彼女は別の世界、森と獣の世界に属しており、並みの人間の心得ぬ事も知っているのではないかと疑われた。彼女が未来を予言したリ、魔法をかけたりできるとわかっても彼は驚きはしなかった と「森と獣の世界」、人間の生活からの脱出を示しているかのような幻想に、エミールはとらわれる。まあもちろん、これただの空想に過ぎないとエミールもわかっている。そこらへんにシムノンならではの「リアル」がある。 「シムノンのミステリ」の一番のオリジナリティというのは、殺人という「プロセス」がただのプロセスではなくて、さまざまな願望や空想に満ちた「謎解き」以外の「割り切れない」部分から立ち上がるのを直視していることなんだろう。 |
No.961 | 5点 | 大東京四谷怪談- 高木彬光 | 2022/03/28 09:07 |
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カーの「火刑法廷」が、初めて翻訳されたとき、この作品の評価について、故江戸川乱歩先生と私とでは完全に評価が分かれた。先生はカーの作品としてはB級の作品といわれたし、私は最高傑作の一つとして頑張ったのである。(著者のあとがき)
という狙いで高木彬光が書いた「本格」でも「変格」でもない「破格探偵小説」。大南北の東海道四谷怪談になぞらえた連続殺人が起きて、犯人も「お岩さん」な作品....こういうと、凄く面白そうな作品。 確かに高木彬光ってハッタリは上手なんだけども、どうもハッタリが実質を越えているときの方が多いようにも感じるのだ。ハッタリ=ミステリとしての仕掛、と評者は捉える方だから、ミステリ作家としてこれは決して悪いことではないのだが、それでも実質と落差が激しすぎると、「何だかな...」となってしまう。墨野隴人の推理に魅力が欠けるんだよなあ。 いや「火刑法廷」の面白さって、ゴーダン・クロスの推理が詭弁に詭弁を重ねたようなインチキ臭いもので、それゆえ乱歩が「B級」と呼んだのかもしれないのだが、このインチキに理由とカーのメタな狙いがあるからこそ、「インチキ」が生きてくる...評者はそう見ている。 本作は墨野隴人が「名探偵」だからこそ、失敗しているんだろう。オカルトには墨野はかかわりがないからね。 (とはいえ「もう一つの真相」はシリーズ伏線の一つだよね) |
No.960 | 8点 | 死者との結婚- ウィリアム・アイリッシュ | 2022/03/27 12:01 |
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マッチの火がそんなにはっきり見えるのに、彼女はびっくりした。予期もしていなかった。小さな光ではあったが、一瞬ひどくあざやかだった。光った黄蝶が、翼をいっぱいにひろげたまま、黒いビロードの背景幕にピンでとめられたかと思うと、またすぐ逃がしてもらったように見えた。
いやこんな文章、書いてみたいです....マジで。サスペンスって「心理」主体な小説になる、のが通り相場だけども、本作だと映画真っ青な視覚的描写に凄みがある。映画にするんなら監督要らないよ、と言いたくなるくらいに、場面場面の視覚イメージが鮮烈で、しかもそれが直接に心理描写にもなっている。 ただ、話の規模は小規模。短編でも良かったかな、というくらいの話。それをシンネリコッテリやって、ヒロインを追い詰めていく。読むのがツラくてツラくて....ヒロインに感情移入しすぎ。完璧に評者もウールリッチの術中にハマってる。 ふう、意外なくらいに読むのに時間がかかった(苦笑)。評者的リーダビリティは強烈に低い(笑)。 ....そういえば、本作「真相不明ミステリ」の一つだったんだ...予定調和はガン無視の「心エグられる」劇薬。 |
No.959 | 5点 | ノストラダムス大予言の秘密- 高木彬光 | 2022/03/24 17:20 |
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高木彬光には、「その他」ジャンルがいろいろ、ある。その一つが易占関連書のわけだが、評者とか本当にノストラダムスはリアルタイムだったから、なかなか思い出深いこともあって、本作を取り上げる。まあ、高島嘉右衛門の評伝の「大予言者の秘密」も書評はなくてもリストアップはされているしね。小説とは言い難いが、「成吉思汗」「邪馬台国」「古代天皇」な「~の秘密」シリーズだと思って、とりあげよう。
本作は五島勉の「ノストラダムスの大予言」の批判書のほぼトップバッターとして出たものである。でも、高木彬光というと、オカルトへの親近感が強すぎる作家...というのは、読んでいる方はそれなりにお気づきのこととも思う。易占関連書もマジメなものだから、「予言なんて全部大ウソ!」という立場ではない。ビリーバーの立場から、五島勉の「ノストラダムスの大予言」をツッコんで、矛盾撞着を指摘して五島の大予言の胡散臭さを指摘することになる....だから、上から目線なネタ消費の「と学会」じゃなくて、土台を共有するオカルト業界での内ゲバ、といえばニュアンスが伝わるかな。 だから、評者がわざわざ「五島のココがおかしくて、高木の反論もヘンテコ!」とか指摘したとしても、全然面白くないのだ。なので、そんなことはしない。高木の論調も五島のハッタリを批判しつつ、ノストラダムスの詩行が何とでも解釈可能で五島の訳が恣意的すぎるのを指摘して...そんなこと。穏当なものが多いし、「一九九九年」説を高木は全面否定の結論。高木のこの本を批判する理由は、まったく、ない。 思うんだが、ミステリ、の持つイカガワしい「駄菓子的要素」というものも、70年代には結構残っていたんだと思う。乱歩正史のエログロもそうだし、子供が読むと叱られるようなカラー、といえばいいのかな。そりゃミステリは人殺しを主題にする小説なんだから、そもそもけして品のいいものではない。本格だから、パズラーだから、清潔で論理的なもので、そういう「駄菓子要素」とは無縁、というわけでもないのである。 で、高木彬光も、たとえば刺青趣味とか典型だが、そういう「駄菓子要素」もふんだんに備えた作家だったわけである。結構アクドい猟奇実話系の著作もあるしね。で言えば、この五島勉だっていくつかスリラーを書いている立派なスリラー作家で、「カバラの呪い」なら本サイトの書評もあるくらい。また、ノストラダムス紹介の草分けがミステリ翻訳も多数な黒沼健、ということもあって、ノストラダムス現象というもの自体が、探偵文壇とも根っこではかなり強いつながりがあるものだ、というのも指摘しておきたいと思うのだ。 まあだから、ノストラダムス現象を「と学会」的に「トンデモ」として消費する、のでなくて、70年代までのアクドく駄菓子な「ミステリ」の問題として見直す....ならば、評者らしいのではないかと思うのだ。 (個人的な思い出。祥伝社ノンブックスの「ノストラダムスの大予言」のカバー絵が怖くて、そっちに怯えてた...小学生なんだもん。書評を見ると高木の批判に「救われた!」とする人が結構、いるんだね) |
No.958 | 7点 | 怪異雛人形- 角田喜久雄 | 2022/03/23 09:08 |
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この短編集は、角田喜久雄の「捕物帳」アンソロである...というのを「意外!」と感じるのを、編者の縄田一男氏は想定しているのだろう。角田喜久雄は「時代伝奇」の作家であり、それは画然として「捕物帳」とは区別されるべきだ、という縄田の前提があるわけだ。この「ジャンル感覚」を角田の実作を通じて、相互のジャンルの侵犯と、海外ミステリとの三角関係のなかで捉えてみよう、というなかなかに凝った狙いがこのアンソロに込められている。
実際「捕物帳」というのは「右門捕物帖」が作りあげたフォーマットである。角田自身、そういう「捕物帳の決まった型」に対する不満から、より奔放に幻想と合理性を両立させた伝奇ロマンに向かったという述懐があるようだ。そこであえて「捕物帳」というジャンルを取り上げたことで、やはり「捕物帳」というジャンルに対する角田の「ミステリ作家」の視点が窺われることになる。この兼ね合いが、面白い。 表題作の「怪異雛人形」は、「連続殺人の被害者が全員、首の抜けた雛人形を抱えて死んでいた」というイカニモな猟奇事件なのだけども、実はちゃんとミステリな真相がある。つまり「ミステリとしての捕物帳」。同様に「逆立小僧」は室内すべての品物が裏返しになっている殺人現場の謎。要するに「チャイナ橙」。これにも合理的な理由を見つけ出している。 「鬼面三人組」は派手な集団抗争モノなので、こっちは角田お得意の時代伝奇の要素を捕物帳に落とし込んだ形式になる。しかも、「悪魔凧」だと、この時代伝奇要素がハードボイルドといった方向に突き進んでいっていて、これがなかなか、いい。土着型ハードボイルドというか、「木枯し紋次郎」テイストといえばいいのだろうか。 怪談風の因縁で自殺が続く「自殺屋敷」。エーヴェルスの「蜘蛛」とか「自殺室」とか「目羅博士」とかああいう趣向で、密室殺人を提示してみせる。横溝が「開放的な日本家屋は密室に向かない」で困った話があるわけで、捕物帳では「どうやって、密室」よりも「なぜ、密室」の方がずっと自然でかつ盲点な着眼点になる、という狙いが実は大変面白い。まあ、HOW の方は反則みたいなものだが、「密室」というテーマのこんな独自の捉え方がある、というのが一番のポイント。 いや実に、ミステリ読者こそ、この角田捕物帳を読むべきである。 |
No.957 | 6点 | まぼろし姫- 高木彬光 | 2022/03/21 18:30 |
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角田喜久雄の時代伝奇を先日扱ったわけだが、春陽文庫のカタログを見ると、高木彬光の時代小説が大量に載っているのを見つけた...そういや、そうだね。高木彬光というとかなりの多作家でもあって、Wikipedia でカウントしても200冊を超える著書があり、そのうちミステリはジュブネイルを含めて約6割の120冊あまり。残りは約50冊の時代小説、20冊ほどの占い関連書、そしてSFやら架空戦記やら怪奇実話や邪馬台国や闘病記..
だったら、時代小説も、一応高木彬光の「主力」のジャンルと言っていい。 でも高木彬光の時代小説って、今となるとかなりニッチだ。ググっても書評は少ない。なので、「面白い作品がどれか?」とかまったく情報がないのだが、春陽文庫でわりと最近まで出ていた本作を選んでみた。入手性もいいんじゃないかな。 町火消し「い組」の棟梁喜兵衛は、出くわした辻斬りと自身の娘の誘拐事件が発端となり、「まぼろし姫」という言葉を巡る暗闘に巻き込まれる。菊屋敷に住む将軍家斉の姫、菊姫の「千姫御殿」を思わせる奇怪な噂の真相は? 最後はその菊屋敷が炎上し、喜兵衛と婿で事件の探索に当たった三次が炎の中から救い出したのは... まあそんな話なんだけど、これが「時代伝奇ならでは」なネタについてのミスディレクションが効いた、ミステリ風味の強いスリラーだったりする。時代伝奇だからアクションは派手。話が二転三転して転がっていく先がなかなか見えなくて、意外な展開をするので面白い。あとこの人独特の刺青趣味も、火消しだから一番自然な世界。 というか、高木彬光という作家の最大の弱点って、キャラ造形が下手で属性をいろいろ盛っても、へんに空々しいあたりだと思っている。これが時代劇だと、町人は町人らしく、侍は侍らしく描けていればそう文句は出ない。うまく弱点を隠すことができるんだよね。だから単純にプロットに専念すればいいわけだ。 なるほど、向いてる。評者の他にも高木彬光の時代小説を読んでみたい方がいらしたら、おすすめします。 (追記:本作が高木彬光時代伝奇の頂点、とする書評があった。やはりイイ作品なんだな) |
No.956 | 6点 | 一、二、三-死- 高木彬光 | 2022/03/20 11:11 |
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サクサク人が殺される「ドライブ感」みたいなものって、不謹慎ながら連続殺人モノ、とくに「童謡殺人」とか「見立て」系の一番の魅力のように感じる。本作も終盤畳みかけるようなリズムで殺人~真相暴露と続くので、そういった「連続殺人モノ」の面白さを味わえる作品なのは確か。
まあ、動機がイってる件とか、犯人特定ロジックが蓋然性レベルとか、アラを探せばキリはない作品だけども、駄菓子のおいしさみたいなものがある。いいじゃないの。 で、例の動機だけども、社会派、といえばそうかもよ(これはコト志に反している?)イマドキで言えば「反出生主義」とかそういうバリエーションがあるかもしれないな。高木彬光って「トンデモ」発想がある時があるけども、本作はそれがプラスの方向に働いている作品だと思う。 けど本作の関係者、ガチで全員ロクでもない連中ばっかり。全員氏ね!って言いたくなる...のはひょっとしたらネタバレ、かしら(苦笑)。 |
No.955 | 8点 | 鬼火- 横溝正史 | 2022/03/19 16:42 |
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「本陣」やら「獄門島」やらと同じくらいに、実は評者は「蔵の中」や「かひやぐら物語」や「貝殻館綺譚」といった横溝耽美ミステリが大好きなんだけどなあ...いやなかなかそういう趣味が分かって頂きづらい世の中なのかしらん。
同じ耽美とはいえ、乱歩の耽美とは肌合いが結構、違う。乱歩のねちっこい語り口で示されるエロスに満ちた怪奇譚と比較すると、横溝の方がずっと「きれい」で「あはれ」な話だ。同じ美少年趣味でも、ゲイ風味の強い乱歩の視線よりも、横溝は女性が美少年に向ける視線に近いように感じたりもする。 するとああ、鏡の中には忽然として一個不可思議な人物が浮び出して来ました。それは男とも女ともつかぬ、世にも妖しく、また美しい面影でありましたが、争えないもので、こうして見ると私の顔は、おそろしい程亡くなった姉の小雪に似ています。しかも尚それよりも数等の美しさなのです。 「蔵の中」で主人公が女装する場面だけども、ナルシスティックなあたりが強く出るのが、乱歩との違いだろう。こんなセピア色にくすんだ「蔵の中」の世界が、評者は大好きだ...(あと、白馬の王子様な「蝋人」もいいな~) いやこの妖異耽美の世界が、まさに戦前「探偵小説」の懐の広い味わいなんだよ。(「六本木美人」、分かる人いるかしら?) 「鬼火」の湖畔アトリエ描写とか、意外に「犬神家」を連想するところが多いのは、そりゃ舞台を戦前に横溝が療養生活を送った諏訪に求めているから、なんだけども、佐清マスクとか入れ替わりとか、題材流用もしていたりする。そういえばいがみ合ういとこ同士、だってそうか(苦笑)金田一だけ読んでいると、横溝正史って作家はわからない、とも思う。 まあこの柏書房「横溝正史ミステリ短編コレクション」は、金田一・由利三津木モノを除外した短編だけで編んだアンソロ、というのもあるけども、事実上角川文庫の「鬼火・蔵の中」と「塙侯爵一家」の2冊の合本に「鬼火」の手稿版を収録した事実上の戦前短編傑作選(「真珠郎」は欲しいが...)になる。とはいえ、中編「塙侯爵」はピカレスク?となるけども腰砕け。「孔雀夫人」はミステリっぽいけども、大した作品ではない。 「横溝ミステリ」の幅の広さを、皆さんにも知ってもらいたい。 |
No.954 | 7点 | メグレと死体刑事- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/19 08:40 |
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意外に評者は好みのタイプの作品だった。メグレがうんざりしつづける、重苦しい話なんだけどね。
仕事上の上司みたいな立場にある予審判事に直接頼まれた以上、イヤとは言えないのだが、「特別休暇」扱いで何の権限もなく、ボルドーの田舎町に派遣されたメグレ...判事の義弟の家に滞在し表面上は歓待を受けるのだが、「よそ者」にブルジョア家庭のトラブルをひっかきまわされるのはゴメン、というウラがありありと透けて見える。しかも判事の依頼は労働者階級の青年の不審死をめぐって囁かれる義弟の関与の噂をなんとかしろ、という筋ワルでこの街の階級対立を煽りかねないものだった....しかし、誰が依頼したか分からないが、司法警察を不祥事で辞めた元同僚で今は私立探偵、「死体刑事」カーヴルがこの事件の後始末に暗躍している。「丸くおさめる」のはカンタンでも、メグレの意地がそれを許さない。 この作品は第二期で「奇妙な女中」とか「ピクピュス」と合本で出たという話だから、中編?と思いきやちゃんと長編。合本にはどうやら戦時中の出版統制のような事情があるようだ。本作は「メグレの途中下車」で舞台になるフォントルネ・ル・コントのそばの田舎町。階級対立に巻き込まれ「よそ者」扱いに苦慮するメグレ、旧知の知人(学友)が絡む...と、「メグレの途中下車」の別バージョンみたいな話ではなかろうか。でも「途中下車」よりもこっちのが好き。 「難事件」といえば、このくらい「難事件」なものもないだろう。アウェイ、関係者の隠然たる敵意、正式の権限なし、強力なライバル....でもメグレはメグレ。事件解決後に「死体刑事」にちょいとイヤ味の一つもいいたくなる。 「あらゆる言辞のなかでおれにもっとも忌まわしく思える表現がある。その表現を聞くたびに、私は飛びあがってしまい、歯が浮いてしまう...それが何だかわかるか?」 「いや」 「《万事が丸くおさまる》ってやつさ!」 メグレはただの名探偵ではない。魂をもった男なのである。「空気」に同調しない個我をそなえた人物なのだ。 |
No.953 | 6点 | 妖棋伝- 角田喜久雄 | 2022/03/17 23:32 |
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横溝正史でも城昌幸でも時代小説の書き手として人気だったわけで、ミステリ作家と時代小説作家の兼業は昔から珍しいことでも何でもない。春陽文庫のカタログを見ると高木彬光の時代小説も大量に載っているくらいのもので、時代小説を一切書かなかった乱歩が例外、と言い切ってもいいとまで思う。
で、兼業作家でもどっちか言えば時代伝奇の作家としての方が主力だったのが角田喜久雄である。それでもこの人、デビューは探偵小説だし、戦後も継続してミステリを書いていたわけで、立派に両立していた作家の最たるものである。 本作は戦前の「伝奇三部作」と呼ばれる代表作の一つ。でもね、いや何というか、かなりドライな作品なのが面白い。時代劇と言うと「人情」とかそういう話になりがちなのだが、そうじゃない。ゲーム性がかなり強い。風太郎の直接の先輩。 宝探しに向けてその手がかりになる将棋の駒を奪い合う争奪戦だが、主なプレイヤーが4組。大岡忠相をバックにする陣馬一令、公家の側室を名乗る妖婦の仙珠院、札差の悪徳商人の下条元亀、鬼与力で評判の赤地源太郎....それに加えて上州からやってきた縄を使う郷士武尊守人と、江戸を騒がす怪人「縄いたち」が、この争奪戦に巻き込まれる。 だから登場人物も多いし、相互の騙し合いや駆け引きがかなり複雑で、勧善懲悪どころじゃなくてそれこそ「血の収穫」ばりのクールな集団抗争劇になっている。結末も予定調和なハッピーエンドでもないし、「宝物」も実は江戸の太平の世ではもう厄介者のような秘密でしかない。 そんなかなりモダンなテイストの話なのである。たとえばミステリ代表作の「高木家の惨劇」だって、それぞれのプレイヤーが騙し合い裏切りあう、ややこしい抗争が背景にあるのを考えたら、時代伝奇でも同じことをしているようなものだ。 関東大震災で東京に残る江戸の風情が消え去ったことで、「幻想の江戸」が成立する、というのが縄田一男の「捕物帳の系譜」のテーマだったのだが、この「幻想の江戸」は、リアルの過去とは無縁の自由な「ゲーム空間」だったと言ってもいいのだろう。その「いつでもなく/どこでもない江戸」をクールに、ニヒルに、自分自身だけが頼りの都市住民として闊歩するのが、実は戦前の時代小説のヒーローたちだった...そう見る方のが、実は正しいのだろう。 |