皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1326件 |
No.24 | 6点 | ひそむ罠- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/19 10:51 |
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シムノン風味のボア&ナル。
そう思うのは「裏切り」の感情に悩まされ、本人から見ればある意味「不当に」出世したという爆弾にも似た思いを抱えながら、危うい成功生活を送る男が主人公なあたり。いや本作の主人公って実に善人なんだよね。そして腐れ縁の果てに殺されることになる男も、だらしはないが悪人とも言いにくい。そんな悪のない「不運」としか言いようのない世界。 まあ後期ボア&ナルって、冷徹に殺人を企む殺人者の登場率が下がってきて、わけのわからない状況で、嫌々殺人に手を染めるとか、そういうリアルさが主眼になってくる。けど、プロットの仕掛けはしっかりあって、うっちゃりを食らわすのもお約束。評者は後期の方が好感を持てるなあ。今回はリアルなフランス戦後政治が背景にあって、ミステリとしては弱くても、大河ドラマのような読み心地。 ドイツ占領中の暗い夜で、学校教師の主人公プラディエは襲撃を受けた男プレオーを偶然助けた。プレオーは対独協力者と噂され、この襲撃もレジスタンスによるものらしい。危うさを感じながらもプラディエはプレオーに友情めいたものを感じる。プラディエは家庭教師として有力者のマダム・ド・シャルリュスのシャトーに通い養子のクリストフの勉強を見るのだが、このシャトーが実はレジスタンスの隠れ家であることを知る。さらに、プレオーはマダムの前の夫でもあり、マダムに恋するプラディエは、プレオー暗殺の命を受けた....優柔不断なインテリのプラディエには荷の重い仕事でもあり、結局プレオーを殺さずに済むが、運命の悪戯でプラディエは、プレオー暗殺者としてレジスタンスの英雄に祭り上げられた! 戦後には政界の有力者として日々を過ごすプラディエは、クリストフが士官として従軍するアルジェリア戦争と、それに伴う政界の動揺に心も揺れるのだが.... というあたりの設定の話。第二次大戦でドイツに占領されたフランスには、ヴィシー政府などの対独協力者を追求する元レジスタンス、という構図で戦後処理があったわけだ。これ結構フランス人にとってトラウマ的でセンシティヴな出来事でもある。対仏協力をした女性が髪を丸坊主にされてリンチされたとか、そういう話もあるもんなあ。さらにこの小説に背景にはアルジェリア戦争があり、ドゴールの下で戦った元レジスタンスがフランス軍の中枢を占めている事情もあって、政局が不安定になり短命政府が続く政情。その中での左派政治家としてのプラディエの苦闘が描かれている。この状況は結局はドゴールが収集することとなり、アルジェリア独立を受け入れて第五共和政が始まるのだけど、「親分のドゴールに裏切られた!」と恨む軍人たちが暗殺を策謀する(「ジャッカルの日」)といったあたりが頭に入っていると、この話の連続性が理解できてリアルに受け取られるだろう。 |
No.23 | 9点 | 思い乱れて- ボアロー&ナルスジャック | 2024/11/11 15:45 |
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なぜか初読。いや~本作今まで読んでなかったのは情けない。素晴らしい。
ミステリと言うよりも、小説としての完成度が半端なくて、ボア&ナルの理想の集大成かもしれないや。 密会現場を押さえられたことで、逆上し夫を殺した間男。その死体を事故に見せかけて始末するが....というごくごくありふれた基本線。これを巧妙な味付けで読ませきる。殺された夫はシャンソンの巨匠。妻は夫の歌を歌って名を馳せた歌手、間男は若いピアノ伴奏者。事故として片づけられてほっとした二人のもとに、一枚のレコードが届く。そのレコードには、裏切った妻に捧げる夫の新作シャンソンと、夫の妻へのメッセージが吹き込まれていた。別に夫は旧知のレコード製作者にこのシャンソンを送り、レコード化を依頼していた... そんなシャンソン、夫を裏切り殺した妻としては、知らぬ顔で唄えるわけもない。夫の愛人らしい歌手が歌い大ヒット。それによって二人は追い詰められていく... この設定が秀逸。夫は死んだはず。しかし、二人の関係はお見通しで、他にどんな手を打っているのかわからない。そんなサスペンス。そして夫は本当の天才シャンソニエで、妻も、そして作曲者として売り出そうと狙っていた間男もその才能に圧倒されているため、余計にこの罠が恐ろしい。 だから、芸道小説としての面白さも強く出ている。夫の天才っぷり(ゲンスブールかいな)が説得力があるために、ミステリとしてしっかり成立しているわけだ。 後半に警察で妻が例のシャンソンを唄うシーンもあって、これがなかなかの名場面。いやぜひ映画化希望!と言いたいくらい。 それだけじゃなくて、実はこの小説、愛の不条理、とでもいった男女のすれ違いをしっかり描いた恋愛小説としての妙味も素晴らしいんだよね。 物が人間の愛を受けるように、男たちがおとなしく愛されていればいいとあたしは思った。人間はそれらの物をながめ、さわり、そして行ってしまう。あたしは男たちが言葉のない大きな風景みたいだったらいいと思った。 こんな女の愛と、一途に思い詰める間男の愛。それらが必然的な別れとなる中に、ミステリの真相が仕組まれている。実にボア&ナルらしい達成感のある名作だと思うよ。 |
No.22 | 7点 | 砕けちった泡- ボアロー&ナルスジャック | 2024/10/09 19:04 |
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金持ち女と結婚した整体師の主人公は、妻とのトラブルから不利な状況での告白書を書かれされて別居した。しかし、主人公にアメリカ人実父からの巨額の遺産が舞い込んだ。これが妻に知れたら遺産の大部分を妻に奪われかねない。しかし妻は交通事故を起こして重体。主人公が病院に行くと妻を名乗る女は別人だった....
こんな話。妻のはずの女が別人、というのはボア&ナルお得意の頻出パターン。でも、本作は後期らしさが目立つ「再出発作」みたいなニュアンスがあるのだろうか。何となくだが「悪魔のような女」とか「牝狼」を連想していた...でも心理主義的というよりも、奇妙な状況に追い込まれた主人公があれこれ真相を推理しながら自分の利益のためにジタバタを繰り返す小説。だから前期の重苦しさよりもアイロニカルな状況に囚われた主人公の奮闘ぶりに同情しながら読んでいく。重度の半身不随に陥った妻の介護&リハビリに奮闘する主人公の職業が整体師(作中ではキネジテラプートと呼ばれている)なのが、なかなか効いている。 でも状況に追い詰められて....だけどとんだ逆噴射をお楽しみ。そういえばフランスって夫婦共有財産制がデフォルトらしいね。夫婦別産制ベースの日本とは離婚時の財産分割の考え方が違うみたいだ。 |
No.21 | 6点 | 牝狼- ボアロー&ナルスジャック | 2024/09/14 19:38 |
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最初は創元「現代推理小説全集 14」(1957)にマリオ・ソルダアティの中編「窓」と一緒に収録され、のちに創元「世界名作推理小説体系 21」(1961)に「死刑台のエレベーター」「藁の女」と収録されたボア&ナルの長編第4作。結局文庫にならなくて埋もれた作品ということになり、やや入手難だが読めた。今回は「現代推理小説全集」の側にするので、「窓」の方は別途にしよう。
初期のボア&ナルらしい作品と言えばそう。ドイツ占領下のリヨンに、捕虜収容所から逃れたベルナールとジェルヴェイが到着する。ベルナールの「戦争養母」のエレイヌを頼って逃げてきたのだ。しかし、ベルナールはリヨン駅で事故死してしまう。ジェルヴェイは瀕死のベルナールに勧められて、ベルナールに身元を偽ってエレイヌに匿ってもらうことにした。 こんな設定で始まるのだが、貧しいピアノ教師のエレイヌと、霊媒まがいで戦時下でも密かに稼ぐ妹アニェスが、偽ベルナールを巡って鞘当てして緊張する毎日。出生証明書を問い合わせたことで、ベルナールの姉ジュリアがベルナールを訪れてくる....身元詐称がバレるピンチだが、なぜかジュリアはそれを暴こうとはしない。なぜ? こんな密室展開がジェルヴェイ視点で描かれていく。この四人の微妙な駆け引きがすべて。真相はそう不思議なものではないが、ドイツ占領下の理不尽な死などが、緊張感を高めるし、実はジェルヴェイは優秀なピアニストの前歴があって(イヴ・ナットの弟子だそうだ)、入れ替わったベルナールはタダの材木商というのもあって、エレイヌの下手なピアノにイライラする(でも顔に出せない)あたりが面白い。意外にボア&ナルって「芸道小説」の味わいがあるんだよね(苦笑) |
No.20 | 6点 | 仮面の男- ボアロー&ナルスジャック | 2024/08/02 16:21 |
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そろそろ中期になるあたりのボア&ナル。
食い詰めたヴァイオリニストの主人公は、遺産相続を求めるための替え玉話を依頼されてそれを受ける。南仏の別荘で美貌の妻、その兄、怪しげな話を持ち掛けた使用人と暮らすことになるのだが... という話だけど、人物紹介が「○○を名乗る男(女)」と書かれているくらいに、この替え玉話はいかにも怪しげ。まあだからヴァイオリニストの手記で綴られる、この替え玉話のプロセスに「何の裏が?」で話を引っ張っていく導入あたりでは、結構ワクワクしながら読み進める。 で、皆さまがご指摘の要約バレの要素があるわけだけど、いやさあ、バレないようにすると、この導入の話からズレていく話だから、何とも評しにくいことにもなる作品なんだ。で、記述がその妻の日記になるあたりから、裏の狙いがバレてきて、転機となる事件があって、それからはこのヴァイオリニストの身を案じつつも秘密に苦悩する妻の話になる。話が当初の見かけからヘンな方向に転がっていく話だったりするんだ。 おいな~打ち明けろよ!って評者思っちゃった。だからあまり話にノレなかったなあ。 あといいのは、マトモな音楽小説だったりするあたり。ヴァイオリニストは不遇だけど、埋もれた天才っぽいあたりが、具体的なレパートリーで描写されてリアルに感じられた。「女魔術師」同様の芸道小説の味わいが小説全体の隠し味になっているようにも思う。 |
No.19 | 6点 | わが兄弟、ユダ- ボアロー&ナルスジャック | 2024/06/17 10:18 |
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後期ボア&ナルって、前期の心理主義が薄れて、奇抜なシチュエーションでのアイロニカルな右往左往を描いて、中にピリっとした仕掛けが仕込まれている...そんなナイスな作風に変わって評者は大歓迎なんだ。
本作の舞台はミトラ教(古代オリエント発祥の神秘主義宗教で、初期キリスト教のライバル宗教)を名乗る新興宗教団体。指導者のピキュジアン教授はまるっきりの浮世離れした神秘主義者であり、教団実務は主人公の銀行員アンデューズが仕切っていた。このアンデューズを含む7人が遭遇する交通事故が事件のきっかけとなる。この事故で生じたある錯誤を教団の利害の為に押し通すために、アンデューズは4人の信徒を殺す計画を立てた.... 彼(ユダ)はペテロに、ヨハネにくってかかりました。"それじゃ、金庫をあずかってみてくださいよ。わたしはもうたくさんです。わたしが一方でせっせと集めてきたものを、あなたたちが他方で浪費しているのですからね" しまいに彼は疲れはてて、放り出してしまいました。 と後半に元司祭で異端視される信徒から、アンデューズはこんな寓話を聞かされて、まさに自分の立場がユダのものであることを示唆される... うん、こんな話。このアンデューズ、昔のボア&ナルなら「冷静なor激情に駆られた殺人者」だったんだろう。このアンデューズはターゲットを誘い出して殺害を試みるんだけども、なんか優柔不断なんだよね。これが本作の味わい。ちゃんと殺せたかも実はよくわからない。こんな終始グダグダな殺人者を巡るブラックなコメディのように読んでいたなあ。 オウムで言えば「子ども集団の中で唯一の大人」と評された早川紀代秀氏に近い立場ということになる。まあユダというキャラ自体、グノーシス福音書の一つで「ユダの福音書」が書かれたりとか、昔からいろいろな空想を誘う人物でもある。小栗虫太郎の「源内焼六術和尚」でも本作と似たような解釈を披露していたりもする。まあだから、こういう発想を軸に「子供たちを守りたい、暴走した母性」といった雰囲気でユダ=アンデューズを描くというのは、よくわかる。 けどね、空さんのご講評でも「動機がすぐ見当がつく」とご指摘のように、ホワイダニットは形式的なもので、それをひっくりかえすほどの仕掛けがないのが残念。一種の寓話だと納得するしかないかな。 でもとっぴな舞台・キャラや展開は興味深いので、楽しく読める。 (そういやこのユダ観って、三田誠広の「ユダの謎 キリストの謎」と近いと思う。史実というより小説家的空想力の産物だけどもね) |
No.18 | 7点 | 野獣世代- ボアロー&ナルスジャック | 2024/04/06 18:56 |
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後期ボア&ナルというと、それまでの心理主義サスペンスの中にトリッキーな罠が仕掛けてある、というスタイルから脱却して、よりプロット重視の動きの多いスタイルに切り替わる。本作なんてその典型で、主人公は15歳の悪童。でも自分をイジメる若い女性数学教師への仕返しみたいな、悪戯の延長線での誘拐・監禁事件を起こした顛末がこの小説。
当初2日監禁して許してやる予定だった。もちろん一人じゃ誘拐・監禁なんてやってのけれない。相棒がいる。でもその相棒が交通事故で瀕死の重傷...一人になった主人公は、そのままズルズルと監禁を続けることになってしまう。そうなると誘拐した教師への「子供」な甘えも覗かせるようになって、依存関係めいた心理の泥沼にハマっていく....だからそういうあたりは、なるほどボア&ナルっぽい。そして当初取る気もなかった身代金も、捜査攪乱のために要求するハメになる。 この身代金を巡るトリックはなかなか面白い仕掛け。そして意外な展開と結末。なかなか面白く読める。中期のグダグダした作品よりも評者は好感。 子供ってケダモノみたいな部分ってあるものだが、ヘンに甘えた心理の側にリアリティがあって「野獣世代」って皮肉かいな?という気持ちにもなる(苦笑) |
No.17 | 7点 | 殺人はバカンスに- ボアロー&ナルスジャック | 2024/01/27 16:54 |
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さてボア&ナルでも後期作品。ボア&ナルといえば心理小説の中にサスペンスを盛り込んで、という作風で一時代を築いたわけだ。「息詰まるような」とか言えば褒めたことになるサスペンスだが、ケナせば重苦しい。けどもね「青列車は13回停る」とか、短編は重苦しいわけではない。そういう重苦しさに作者たちも飽きたのか、前々作の「嫉妬」だと、プロットを優先して軽快に叙述していこうという姿勢が見えてきていた。(悪い、間の「砕けちった泡」は未読)
で本作はというと3組の「追っかけ」を通じてそのアヤを軽快に綴ったサスペンスで、ハッキリ言って、面白い。ほぼ一気読み。 極左テロリストと対立する政治新聞の主筆ジェルサンの別荘が、テロリストによって爆破された!しかしその際に、実行犯が重傷を負い逮捕された。テログループは重傷者と交換するために、ジェルサン自身を人質にすることを思いついた。一方ジェルサンは妻の浮気を疑いロンドンに赴くと見せて、探偵に妻フローレンスの監視を命じていた。果たして妻は家出を試み、ニースの恋人ルネの元へ急いでいた...ニースのホテルで妻は恋人と落ち合うのを、ジェルサンが発見するその時、テログループはジェルサンを捕捉した。テロリストははずみでジェルサンを殺してしまい、妻フローレンスと愛人の車のトランクにたまたま死体を隠してしまう。妻と愛人はその足でパリにとんぼ返りをしようとしていた... こんな話。バカンスの話で「民族大移動」とまで言われる高速道路の大渋滞を背景に、往復の追っかけの妙を楽しむ作品。でもこの追っかけに、手品で言えば「カップ&ボール」な仕掛けも隠されているのがオタノシミ。まあだけど、高速道路というか大渋滞がもう一人の登場人物みたいなトリックスターの役割を果たすのが興味深い。軽快なスピード感で綴られるプロットに快感がある。 (どうやら車に詳しい人だと、キャラと車の相性で楽しむことができるらしい。ジェルサンはボルボ、妻とルネはシトロエンDS、テロリストはプジョー504) |
No.16 | 7点 | 嫉妬- ボアロー&ナルスジャック | 2023/12/05 10:43 |
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ボア&ナル後期って日本ではあまり話題にならなかったこともあって、評者読んでなかったが....うん、本作「嫉妬」とかね、フランス純文学お得意のガチ心理小説か?と思っていると、実は違うんだ。
一人称小説で、妻の浮気を疑う小説家志望の俳優が、パリ郊外の浮気現場で、その妻の浮気相手を銃撃して殺した。主人公の目撃証言もあったようだが、被害者の同性愛が明らかになったことで、主人公は嫌疑から外れてしまった。誤殺でも目撃証言があれば困った立場に主人公は追い込まれるのだが、主人公が匿名で懸賞に応募した小説が受賞して大ベストセラーになってしまった!名乗り出るにも名乗り出れないジレンマに主人公は落ち込み、不審に思う妻との関係も悪化する。その妻とドライブに出かけた主人公は事故にあう... 軽妙に話が皮肉で思わぬ方向に展開していく。なんというか、心理的というよりも、ずっと客観的な筆致で描写がされていくから「ほんとにボア&ナル?」と思うところもある(苦笑)いやでもボア&ナルらしい心理描写と展開の妙もあって、「軽い」感じで楽しく読める。 プロットの綾に翻弄される。ちょっとした新境地だと思う。 だったら後期の読んでない作品にも改めて興味が湧いてくる。 (空さんご指摘のように、訳はあまり良くないな) |
No.15 | 6点 | 魔性の眼- ボアロー&ナルスジャック | 2023/10/09 20:11 |
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ボア&ナルの中編2つ抱き合わせ本だが、刊行順でも5番目にあたる本。のちの「島・譫妄」も抱き合わせだから、フランスはそんな出版習慣があるのかな。短編集という感覚ではない。実際「ミニ長編」というくらいの読み心地。
ボア&ナルだから、というか、主人公の視点で不思議な事件を見て、その真相をドラマの中で知っていくことになる話。 「魔性の眼」は長年の下半身麻痺から回復した青年が主人公。突然の回復が巻き起こす一家の動揺と、続いて起きた叔父の事故死。青年は自分の眼が「邪眼」であり、これによって事件が起きている、という妄念を抱く...そして青年の麻痺のきっかけとなった家族の事件とは? こんな話。睨まれると災いを呼ぶ「邪眼」は、ヨーロッパの民俗であるわけだが、やっぱさあ「厨二病」臭い部分はあるんだな(苦笑)で、ボア&ナルのいい部分でもあるし、ある意味がっかりする部分でもある、「本人は謎に翻弄されるのだが、周囲から見ればから騒ぎ」なところが、どうも目立ってしまった作品のようにも思う。謎がはっきり描かれないから、その分、右往左往する青年の「青春の惑い」の側面が強くなってミステリのパンチが弱まったようにも感じるな。 「眠れる森にて」の方がずっとまとまりがいい。フランス革命でイギリスに逃れた伯爵家の後継者が、王政復古で元の領地に戻り、自分の城館を購入した成り上がり者の男爵から城館を買い戻そうとする。しかし、若伯爵はこの男爵令嬢に一目ぼれした....しかし若伯爵はこの男爵一家が死と再生を繰り返している、としか思われない怪奇現象を目撃する。男爵一家は吸血鬼では? 面白そうでしょう?実際、ゴシックな雰囲気がいい小説。王政復古の時代劇を背景にしたのが成功して、ロマンの味が強く出ている。で、この若伯爵はこの謎に飲み込まれて自殺するが、その大甥の現代青年カップルが、この謎をサクサク解明する。強引な部分もあるが、切れ味がいいので好感。偶然でも「自分は見たんだ!」というのが、一人称のいいところ。時代がかっているからこそ、独白の勢いに飲まれて、なんとなく納得してしまう。 というわけで、表題作より「眠れる森にて」の方がずっと面白い。 |
No.14 | 7点 | ルパン、100億フランの炎- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/30 11:44 |
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さてボア&ナル贋作ルパン4作目は入手困難なこの本。出版事情などは人並さんのご講評に譲ります。
シリーズでも出来のいい作品だと思う。「ウネルヴィル城館」と双璧かな。「ウネルヴィル城館」が「続々813」みたいな真面目な続編調だったのと比較すると、4作目というのもあって「ボア&ナル流のルパン」として完成している。「水晶の栓」がそうなんだけども、今回もなかなか敵が手強い。そして連続殺人自体に、ボア&ナルらしいミスディレクションが混ざっていて、さらにそれが敵との駆け引きのネタになって、ルパンが連続してしてやられたりする。スーパーヒーローとはいかないあたりがどっちか言えば評者は好き。 こんな逆転・再逆転の面白さと、ルパンも最後まで見抜くのが難しかった敵の狙いなど、上出来作なのは間違いないや。もちろんルパンだからヒロインを巡って一肌脱いだり、巨額のお宝を目にしながらそれを「盗む」のを拒んだりと、ルパンの義侠心がボア&ナルが憧れた「ルパンのヒーロー性」なんだよね、としっかりと腑に落ちる。 だから本作だと本家では避けているような、リアルな第一次大戦戦後描写などあったりして、ボア&ナルの狙いが「リアルなルパン像」といったあたりに向いているとも思うんだよ。そこらへんの面白さを評者は感じたな。 (でもシリーズ最終作の5作目は、完訳がなくてポプラ社「ルパン危機一髪」。乗りかかった船だもの...) |
No.13 | 6点 | 青列車は13回停る- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/21 15:42 |
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さてボア&ナルの短編集。パリとコートダジュールを結んで走る特急豪華寝台列車「トランブルー」。その停車駅が13駅あることにちなんで書かれた連作短編集...とはいうものの、具体的に車内で事件が起きるのは最初の「パリ」だけ。あと「青列車に乗らなきゃ」とか多少の関りがつけられることもあるが「ご当地」のミステリが13本。
...しかしね、パリから南仏最初のマルセイユまで停まるのはディジョンとリヨンだけ。あとは南仏の紺碧海岸沿いを走るだけなので、どっちかいえば浮ついたリゾート気分がキートーン。作風もいつものボア&ナル心理主義ではなくて、ヒネリのあるコントといった感覚のものが多い。ギャングやら手の込んだ詐欺やら、騙し合いやら、を小粒でピリりと辛い話としてまとめている。中にはちょっとした不可能興味がある「奇術」「十一号船室」とかね。 個々の作品の水準はわりと高いんだが、突出したものがあるというよりも、平均点の高さとバラエティで楽しむような短編集。ボア&ナルの器用さもさることながら、「いかにもフランス好み」といったフランスの短編エンタメ小説のエスプリがいろいろと味わえる作品集と見るのがいいと思う。 |
No.12 | 5点 | 海の門- ボアロー&ナルスジャック | 2023/03/26 16:26 |
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義弟メリベルと不動産会社を経営するセーブルは、狩の後に恐喝者の訪問を受けた。ショックを受けたメリベルが猟銃で自殺するのをセーブルは止められなかった。しかし、セーブルはこの義弟と入れ替わって逃亡するという夢を抱いた...妹に言い含めてセーブルは会社が建てた無人のリゾートマンションに潜伏する。その元になぜか侵入してきた謎の女の正体は?
という話。ボア&ナル中期らしい悪夢的なサスペンス。貴族的な義弟に対するコンプレックスがあったのかな....とか思うのだが、このセーブルの入れ替わりの説得力があまりない。それを言っちゃおしまいんだがね。孤独な潜伏者としてのサバイバルのリアリティが眼目。でも無人のはずのマンションに誰かが隠れている?訪れてきたはずの妹が消失したのはなぜ?とかね。やや無理筋な謎設定もあるのだが、無理に無理を重ねた感がある。 まあそれでも最後に主人公が「対決」に赴くあたりに、ややノワール風の味わいがあるのが面白いか。フランス人だからそんな雰囲気が出るのも当然かな。 でなんだが、ポケミスの登場人物一覧での人物紹介で、ややバレに近い記載があるのが評者は興醒め。編集者はもう少し気をつけようよ。 |
No.11 | 6点 | ちゃっかり女- ボアロー&ナルスジャック | 2023/03/23 10:07 |
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1970年代前半に日影丈吉がHMMの上に訳載していたボア&ナルの短編の翻訳をまとめた短編集。ネタ元の短編集が1971年に出ていて、その翻訳書の体裁は取っているが、訳者あとがきによると、日影が訳したもので収録していないものもあれば、HMMには載っていない新訳もあるようだ。短編集の完訳ではなくて書誌としてはややこしい。
ポケミスで250ページほどで、24作収録(原著は33作)。ショートショートに近いポケミス5ページ程度のものもあるが、ポケミスで10ページほどの作品が多い。前半のシリーズ風のものは、精神科医を主人公にした連作5作、メグレの孫弟子のような刑事を主人公にした連作が7作。精神科医主人公の連作は「迷探偵」度が高いわりにつまらない。刑事主人公のものはロジック逆転を含んだ本格テイストが強い。一応密室殺人で手口からきれいにロジックが決まる「疥癬かき羊」が優秀。 後半は本当に雑多。モーリス・ルヴェル風で残酷味と皮肉が効いたスケッチみたいなものもある。翻訳表題作の「ちゃっかり女」はボア&ナルお得意の男女の機微をひねったトリック。後半の方が「奇妙な味」に近づいてきて、九死に一生を得たことを聖母に感謝して巡礼を思い立つギャングの話「願掛け」やら、プレイボーイに騙された女たちが結託して制裁を下す「女豹」、密室の中で黒猫が灰色猫・白猫に変身する謎解き「かわり猫」など、最後の方がヘンな話が多くて面白い。 ボア&ナルの多彩さを楽しむ短編集、ということになるのかな。気楽に書いていて、大したことない作品も多いから、全体的にはこんな採点。日影丈吉の訳にクセが強いから、やや読みづらいか。 |
No.10 | 8点 | 女魔術師- ボアロー&ナルスジャック | 2023/03/05 14:17 |
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評判のいい作品だから期待してたけど、大満足。ボア&ナルが自分たちの手の内を明かした、メタな小説でもあるあたりが面白い。
評者一時必要に迫られて、マジック関連書をいろいろ読んだことがあるんだけど、マジック書の中で強調されているのは「タネ以上に、演出と演技が大切」ということなんだよね。ミステリにこれを当てはめるのならば、トリック以上に、そのトリックを生かすためのシチュエーションやキャラ設定に力を注がなければいけない、ということにもなる。日本では乱歩以来の「トリック至上主義」がマニアの間で幅を効かせて、不毛な「オリジナリティ詮議」がされることが多いわけでね...ボア&ナルの「トリック」って実はたいしたものじゃないから、今一つパズラーマニアにウケが悪いけども、トリックをプロットに融合させること、という視点では素晴らしいものが多い。そうするとカー以上にマジメに「手品趣味」をミステリに応用したのが、ボア&ナルだ、ということにならないだろうか? 主人公の母オデットが、ロマンチックなミステリ劇の中にうまくマジックを融合させるプランで成功させるとか、主人公ピエールが最終的に到達したキャラ設定とスライハンドの妙技の悪夢的な(ディス)コンビネーションの世界であるとか、本書はそういうあたりにボア&ナルの「理想」を反映したマニュフェストだ、と読んでいたよ。 もちろん芸道小説としての迫力は素晴らしい。こっちに目を奪われて、ボア&ナルらしい双子を巡る幻想がやや説明不足になりがちなんだが、やはり本書の価値というのはこういった「ミステリ論」的な部分にあるように思われる。 |
No.9 | 8点 | 私のすべては一人の男- ボアロー&ナルスジャック | 2022/11/20 14:28 |
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人体移植というSF風の設定を利用した大技炸裂!で、実はボア&ナルって「やんちゃ」なミステリ作家だ、というのを実感する。ファンタジーだと思って小説内での奇想の辻褄があってれば、それでいいんだよ。まあだって、ボア&ナルって一貫して、固定した視点人物の主観の中で完結する話じゃないの。ファンタジーと言えばファンタジー、それがボア&ナル。らしさ満喫。
まあそういうことを言わなくても、本作のサスペンスの「作り方」って「そして誰もいなくなった」なんだよね。死刑囚の遺体が7分割されて、それが事故で身体の一部を失った7人の男女に移植される。しかし一旦は回復した7人の男女が次々と...という話だから、「そして誰もいなくなった」風の次から次への連打。サスペンスのお手本みたいに展開していく。死刑囚の左脚を移植されたのは清楚な人妻、右腕を移植されたのは司祭(祝福を行う手が死刑囚のもの、という皮肉)、左腕は左利きの画家で移植で画風が変わってしまい苦悩する....などなど、ちょっとした人間ドラマも仕込んであれば、死刑囚の恋人がこの件に関心をもって関わるという波乱もあり。 最後には大技に目を奪われるけども、そういう見地以外でも上出来な佳作。ボア&ナルでも上位の出来。 |
No.8 | 5点 | 死はいった、おそらく......- ボアロー&ナルスジャック | 2022/11/03 13:40 |
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ボア&ナル本サイトに全部あるか?と思ってたら本作まだのようだ。
なので中期の作品。初期ほどには心理的な混乱がないので、読みやすいスリラー。 保険会社の社員ローブは、ニースの自殺防止協会の視察で、自殺予告の電話対応を見ていた...深夜に電話をかけてきた女への懸命の説得も甲斐なく電話を切った女。その通報を受けた警察はホテルで自殺を図った女の命を救う。ローブは自殺を図った女ズィナを見舞い、ズィナの身の振り方の相談に乗って、友人の香水工場に仕事を紹介した。ローブはズィナに恋をするのだが、ズィナは度重なる事故に追い詰められて自殺を図ったらしい。しかし、新しい環境でもズィナを巡ってさまざまな「事故」が起きていく....この「事故」の真相は? という話。「自殺念慮の強い女性」に恋をしてしまう男、というのもまあ厄介なもので、そんな男のややこしい心理を主体にしたサスペンス、ということにはなる。ボア&ナルの通例で登場人物はごく少ない。だから、真相は...といえば何となく見当がついてしまうのが「ミステリ」としては不満だし、それを押し切れるほどの「強烈なサスペンス」というまでのものは立ち上らない。 結論としては標準的なボア&ナルのサスペンス。手の内が分かっているから、ごく普通に楽しめるけど?というくらい。 ただし、タイトルのセンスが素晴らしい。マネしたいくらい。 |
No.7 | 5点 | 島- ボアロー&ナルスジャック | 2019/03/10 23:32 |
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ボア&ナルって傑作・名作は多いのだけど、今ひとつ「巨匠」感が薄いのは、何でかなあ?なんて思うのだが、本作でもそうなのだが、初期に確立したスタイルの自己模倣が多いせいかも。中編2つを収録した本書、「譫妄」は「悪魔のような女」+「犠牲者たち」みたいだし、記憶と現実の齟齬に苦しむ「島」は「影の顔」の焼き直しみたいなものだし..と過去作品の既視感が強いんだよね。ううん、困った。まあ手慣れた筆なので、そう退屈というわけではないんだけど、驚きや意外性はまったくない。仕掛けも斬新というほどでもないし....強いて言えば「譫妄」の、主人公の追い詰められっぷりが、本人はともかく実はどうでもイイ話だったりして、虚しいあたり、かなあ?
積極的に褒める材料には乏しい。仕方ないか。 |
No.6 | 5点 | 技師は数字を愛しすぎた- ボアロー&ナルスジャック | 2018/12/24 23:54 |
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ボア&ナルにしては、登場人物のツッコミが今ひとつなパズラー風の作品。ここは人間消失の「不可能性」に翻弄されたマルイユ警部が、どんどんと妄想の深みにハマって、正気を失いつつもたまたま真相に頭をブツけてしまって、茫然自失する...というのをボア&ナルだから期待するんだけど、そういう風でもない。ここらが惜しいあたりかな。どうも上層部に信用してもらえなくて..というあたりが淡白になってしまうあたりを、もう少し「らしく」扱えたらいいのにね、と評者は思う。
不可能興味の人間消失とは言っても、第一感で「こんな真相だったらヤだな」と思うようなのが真相。解明されてもあまり大して嬉しくないのが正直な気分である....要するにね、「不可能」を連打しても、その「改め」が甘いから「どうせ抜け道あるだろ」と期待値が上がらないんだよね。まだからいいのはタイトルだけ。「技師は数字を愛しすぎた」ってカッコいいけど、深読みする必要は全然ない。残念。 |
No.5 | 6点 | 影の顔- ボアロー&ナルスジャック | 2018/10/08 16:35 |
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「悪魔のような女」もそうだけど、ボア&ナルは異常な状況に置かれた人間の疑惑や妄想を膨らまして、短めだが長編を構築するという力技で成り立っているわけで、実際オチなんてどうでもいいんだね。で、本作は中途失明者が、かつて知っていた生活と失明後の視覚以外の感覚を総動員して得られる「失明者の生活の感覚」との齟齬に苦しむ話である。カッコよくいえば「盲者のコギト」かな。この生活空間の再建の中に紛れ込んだ疑惑とその成り行きを楽しむのだから、本当にプロセスだけが大事。プロットを取り出しても仕方がないや。
なので桃のエピソードとか、いいな。けど小切手に署名だけして渡すのはいくら何でも警戒心がなさすぎるね...本作はあまりオチははっきりしたものではないので、オチを期待して読むと絶対肩透かし。miniさん同様、そういう読み方をする作品ではないと思う。 世界は何のつながりもないばらばらの外観だけででき上がっており、まるで足下から崩れおちるくさった手すりのように、一度にどっと崩れてしまうかのようだ... ここらに「哲学」を感じながら読むと楽しめる。 |