皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
斎藤警部さん |
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平均点: 6.69点 | 書評数: 1357件 |
No.1017 | 7点 | 龍神の雨- 道尾秀介 | 2020/12/29 16:39 |
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ターニングポイントとなる”お墓参り”のシーンがやけに沁みます。
“ものの五分ほどで、椿の蕾はばらばらになった。魚の鱗のような、緑色の萼(がく)が作業台の上に散らばり、水っぽい、少しピンクに色づいた幼い花びらが、その真ん中で無惨に千切れていた。” ヒリヒリ来る攻めのカットバック(二家族それぞれの兄弟/妹愛と、義親との軋轢と..)は早期に点で交接。双ストーリーは一旦分離、ややあって再会、接面がじわりじわりとサスペンスフルに拡大。。。。まさかの方向からの参戦者と思い切りぶつかり合ってクタクタに萎れた最後、ダークグレイの雲間から淡い光が差している。。最後のラジオニュース連打。。(聞いている彼等には、その意味がまるで分からない)。。。大きな考えオチなのか、救い切らずに終えるのか。 スッキリ見せない匙加減が凄く良い。 “長いこと自分の周りにまとわりついていた重たいものが、手品のように消えるのを感じた。それが何だったのかはよくわからない。しかし、わからなくてもいいと思った。もう消えてしまったのだから。” 本作のミスディレクションは、道尾さんらしい読者側へのものと、かなりの意外性と衝撃孕む小説内部のものと、両方向に向けて強烈です。 “想像は人を喰らう。” 目次にも視覚的/意味的ギミックと魅力があります。 ご注目ください。 最後に、これを言うとネタバレっぽくなるわけですが。。。。。 翔子はどうなったんだ。。。。 |
No.1016 | 7点 | お前が犯人だ- エドガー・アラン・ポー | 2020/12/27 11:00 |
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容疑者一人、物語上は二人、いや本当は三人、だが実質的に二人(ただし後年の読者が最初からミステリと決め付けて読むならば)。 パニックホラーと見紛うクライマックスが熱い! 真犯人特定の決め手がいくら何でも緩すぎるんじゃないかと、訝しくも思うが。。 深夜、暗闇の中で読みたい佳品です。 |
No.1015 | 8点 | 黄金虫- エドガー・アラン・ポー | 2020/12/27 10:43 |
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暗号解きも古いながら良いが、某人物が何故そこに(英語の)暗号があると気付いたかの機微が素晴らしい(ちょっとした叙述トリック?含む)。 理論と実践に跨る冒険の進行も爽やかで、これ言うとネタバレかも知れないが、陰に始まり陽に終わる物語の逆転感も興味深い。 だが陽なばかりにせず、ちょっと怖い考察で締めるのも流石。 |
No.1014 | 6点 | 特急「あずさ」(アリバイ・トレイン)殺人事件- 西村京太郎 | 2020/12/25 10:49 |
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タイトルに、こう見えてなかなかヒネリ有り。アリバイと言っても、目の前の事件より一つ奥の事件に絡む特殊過ぎる謎。。ううーむ、堂々のアリバイ剛腕変化球!しかもその奥の方の謎がふてぶてしくドオンと膨らみみやがるんだね。無駄なく味わいも失わず、推理小説として最適化された素晴らしい文章と展開。ただ、そのトレードオフで悪癖の思い込みズバズバ的中がちょっと目を覆う暴走レベルだったりするが。。旅情まで見事に素っ飛んでますが。。極限まで体を絞ったご都合ミステリもまた良し!ラストクォーターの冒険アクションでアンチクライマクスほぼ回避!不当なほど爽やかなラストシーンも、、されど優しい。馬鹿だなあ、俺。新井優子ってのが新木優子に思えて仕方ない。ちょっと過激な社会派要素は強烈なスパイス。仮に本作をガチ社会派と想定したらいくらなんでもリアリティがグラグラ過ぎる(だが小説より奇なるリアル世界では逆にありそう)。 何気に奇想が光る一冊。 忘れ難き読み捨て本、になりそうな予感。 |
No.1013 | 6点 | 裏切りの街角- 生島治郎 | 2020/12/23 00:12 |
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裏切りの街角/墓場からの船出/腐った金/明日がない/彼等、地の塩とならず/腹中の敵 (旺文社文庫)
ミステリでもハードボイルドでもない冒険短篇が目立ち(ん~~、ほんとはちょっと違う)、行きずりの雑誌で読んで愉しそうなB級臭の強いブツが並ぶが、最後の「腹中の敵」はA級ハードボイルド近代史ミステリ。「彼等、・・」は気持ち良くミステリ性を抛り投げた熱い冒険小説だが、妙に爽やかで前向きなエンドが気になる。。 |
No.1012 | 6点 | 暗い国境- エリック・アンブラー | 2020/12/21 16:11 |
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第二次大戦前、デスパレートな架空の東欧小国を舞台とした、ユーモア政治サスペンス、面白スパイスリラー、そこへ来て革命家や権力者の魅力的なシリアス演説が言葉力も高らかに絡み、独特のメタパロディ味が滲み出して来ます。公言された一人二役に覆い被さる、語り手チェンジの妙。恋愛要素を引き摺りそうで引き摺らないのも好感触(このあたりもパロディの一環か?)。何かが元に戻ってのエンディング(エピローグ前)が妙にセンチメンタルですね。エピローグも締まっています。あの原子科学者がもう少し熱く語ってくれたら良かったかな。 |
No.1011 | 6点 | マスカレード・ホテル- 東野圭吾 | 2020/12/17 22:03 |
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「だからあたしは髪を切ったの」
『⚫️⚫️⚫️⚫️連作』と『連続殺人捜査長篇』がお互いにバックパスを繰り出しながら併走する魅力的構造。青春サスペンス展開もあり。(とばかり思っていると。。流石は俺の東野、必ず何かヤラシイ事を仕掛けて来るねえ。)昭和には無かった小味なアリバイ偽装も良し。毎度おなじみ●●ネタも、背景の人間ドラマ(ってほどでもないか..)と親和性があるから、まず納得。○○さん、疑ってすまなかった。まあ、最後のドッカーンは小さかったけどね。エンディングも爽やか過ぎるだろ。。もちょっと苦味ってやつを道連れにしないのか。。って思わなくはないですけどね、おかげで準主に近い脇役1の存在感が盤石となり、物語がふくらみましたかね。 しかしこの読みやすさは尋常でないな。 “ホテルの中で仮面を被っているのは客たちだけではないーー” |
No.1010 | 8点 | コフィン・ダンサー- ジェフリー・ディーヴァー | 2020/12/15 11:52 |
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「親父がよく言ってたよ。難題にぶつかったときにね。辛くても問題と考えるな、一つの要素だと思えって。頭を使って片づけなくちゃいけない要素だと考えろって。」
出し抜きたくなる男、リンカーン・ライム。 作者自身が彼を出し抜きたい欲求にあわや負けそうになったかの趣きが垣間見える、ような気になってしまう、悪魔領域に挑む一篇。 “クーパーは先を読み進み、やがて見た目に分かるほど体を震わせた。 「覚悟はいいか?」” 命を狙われる三人の証人達のうち誰か一人でも(一人は冒頭で消されてしまうが..)生き残って大陪審に出廷させるまでの48時間タイムリミットサスペンス。冒頭から面白さがじわじわと動きまくり、自然と信頼を寄せてしまう。所々甘い?と思う展開もあるが、何しろ面白過ぎて気にする隙も無え、その丁々発止の仕掛け合い。殺し屋とホームレスの、地獄ほど切ない友情。。。。。。と呼ばせてくれ。。会話と、気持ちの揺らぎ。。 最終章の謎の反転連続には翻弄されたなあ。大反転の後にこそ、反転前には顕在化していなかった最大の謎が眼前に立ちはだかる、という構造は凄まじく魅力的。最後の最後の最後の。。終わりに近づくにつれまるで逆入れ子構造のようにしぶとく搾り出される新たな謎。最後に明かされた●●そのものは然程ビックリでももないが、ライムがそれにピンと来たアレにはグッと来る(●●●市場って。。。)。。 嗚呼。。。。ラストシーンだけちょっとお洒落過ぎの感もあるが。。。かと言ってここを生々しく描写するわけにもいかんだろうw 「きっと俺が恋しくなるぜ。俺がいなくなったら、あんたは退屈するだろう。」 |
No.1009 | 6点 | ささらさや- 加納朋子 | 2020/12/13 14:24 |
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「だけど赤ん坊には魔力があるからさ。」 軽犯罪と犯罪もどきと日常の謎とを解く連作短篇、全体通してのサスペンス展開もある。
前評判に照らして、何だかさっぱり泣けない話が続くなあ、と少しばかりがっかりしていたら、表題作一つ前の終盤あたりから急に何かが蠢き始めた、そして表題作の次の最終篇でやっと現れた意外性とミステリ稚気に溢れた或る”仕掛け”、これが本当に泣けたねえ。 あれもこれも全ては、亡くなった人を想う心から。 もう少し、例えば「さや」の夫を交通事故で死なせた若い女性とか、夫の友人の住職とか、郵便配達夫とか、更に言えばエリカさんの過去と現在だって、限られた文字数の中でもっと深堀りしてもいいのにとは思ったが、そこまで重くしないのが、というかそこまで文章を濃縮しないのが、いいのかも。 表紙絵と、各話冒頭のイラスト(目次にも掲載)、どちらも必ず「さや」の息子のあかちゃんがいる、これが実にいいですね。 実は、文庫の表紙絵にはサスペンス展開の鍵を握る或るモノが描かれている。。 各イラストのほうも、特に最後の二つには特別に強い意味が込められていて、読前にその意味を予想するだけでもう、じんわり来ます。 だからと言って、深い深い感動に呑み込まれる、というのとは違う。 けど、読後にはきれいな気持ちになれる、素敵な一冊です。 おばあちゃん達も、お元気で。。 |
No.1008 | 7点 | ノックス・マシン- 法月綸太郎 | 2020/12/11 06:57 |
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ノックス・マシン
羊頭狗肉にも程があるだろう、って(笑)。何をそんなに大袈裟な。。。。何しろ、このエンディングですぜ!? ノックス十戒のあの条項に着目したのは面白いし、そこから波動関数のソリトン波のと大風呂敷に発展する奇想飛ばしぶりは痛快だ。虚数的存在が特異点で使命を果たしに時を飛ぶとか。。いかんせん、萎みまくりの収束が。。 引き立て役倶楽部の陰謀 とりあえず大笑い。小ネタ仕込みのタペストリーで大ネタを構築。 バベルの牢獄 凄まじくエグいSF奇想。意識のステルス化ですって(こりゃ効いた!)。。。。電子書籍泣かせの一篇(って言ってられるのもあとどれだけか)。 論理蒸発―――ノックス・マシン2 「No Chinamanは複素数次元に拡張されたノックス場において、虚数iの身体を与えられている。しかしBAPアバターでは、どれだけ脳/意識データのシンクロ精度を上げても、実数の範囲にしか手が届かない。」そうなのか。。 真面目な顔してだんだんバカになっていく面白さw 何というか、戦隊ヒーローものの無茶苦茶な設定の暴走みたいな(キュウレンジャー思い出す)。だが最後はちょっと泣けた。 虫暮部さんのゲロッパには大いに賛同です。 |
No.1007 | 8点 | クリスマス・キャロル- チャールズ・ディケンズ | 2020/12/09 06:58 |
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終盤に一陣の旋風に捲られ、目まぐるしい感動に晒される物語。 絶妙な螺旋軌道でミステリ好きの心をくすぐり、パラレルワールドめいたものが抜群の効力を突き立てる、道徳ファンタジー。 |
No.1006 | 9点 | 大いなる遺産- チャールズ・ディケンズ | 2020/12/07 21:47 |
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「この夢はな、おまえが考えるよりも、もっと多くの人間の頭にはいっていたものなんだよ。―――そしたら、おまえは秘密をあばいたりなんかするくらいなら、むしろ―――」
クリスマス・イヴの日の昼間、貧しい田舎の墓地にて脱走中の囚人に遭遇して脅され、そのトラウマをひきずったまま成長するピップ。早くに両親を亡くし、姉と、姉の夫で鍛冶屋のジョーと倹しく生活する彼は或る日、謎の人物が自分宛に莫大な遺産を遺す意志があるとの旨を初対面の弁護士ジャガーズから突然伝えられる(そこに至るまでもなかなかの市井絵巻)。そのとき既に始まっている、産業革命勃興期の英国を舞台とした、人間くさい個人冒険史の大河ドラマ、そこには、よしゃあいいのに愚かで不器用な恋愛事情もしつこく絡む。これは手記であり、書き手イコール主人公ピップで、彼の現在の状況については一切が隠されたままストーリーは進みます。 幾人かの登場人物に対する主人公の気持ちの反転の連続が熱すぎて、最後どうなるのか、多方向への予感が優しくも毅然と交錯し、はらはらどきどきが止まりません。自伝的内容を核に、よくぞここまで疾風怒濤の発展培養を成したものです。 忘れ難き、万感の第十八章。 慟哭鳴りやまぬ激白の第四十二章。 全てを翻しヤバ過ぎる告白の第四十九章。 浄化の白光に包まれる第五十六章。 そして。。。。。。。。 エンディングから心が漂流させられる第五十九章。 気持ちが激動する転換点は上記だけではありません。物語「第三段階」から一気に露わにされる、熱過ぎてサスペンスという言葉ではもう済まされない切実さの睥睨。どういうことだ!と時に衝き叫びたくなる伏線回収の奔流ぶりったら。。小説上の機能としてだけでなく、小説の中の人生の伏線にそこまで黒光りする落とし前を付けるか、って唖然となります。 最後の偶然、シンクロニシティは、実際には意外とあり得る事のようには思う一方、却って小説としてはどうかとも感じるが。。エンドは、オリジナル修正前(ネタバレになるので書きません)でもよかったとは思いますが。。だけど結果としてリドルストーリーになっているのがまた、よくよく趣き深い。 ストーリーの起伏と謎と、ユーモアとペーソスと、絶望と希望と、出遭いと別れと再会と。 大笑いの素人芝居、強力犯の攻撃で不具にされた者の哀しき末路、ドタバタの聖夜、死の危険迫る無謀な対決、弁護士事務所事務員ウェミックの素敵な二重生活(?)、何よりジョーの。。。。。。。。 陰陽明暗忘れ難きシーンの宝庫でありつつ、やはり最大の収穫はエネルギー溢れるそのストーリー全体、半端でないオーラを放った渾身の大作です。 “わたしたちはわたしたちの涙をけっして恥じる必要はないということは、神もごぞんじだ。 涙こそは、わたしたちの頑なな心をおおっていて、人の眼をくらます、土埃りの上に降りそそぐ雨だからだ。” 長篇ミステリの開祖として、短篇のポーと並び称されるディケンズですが、繊細な芸術品のあちらと較べ、こちらは豪胆さが魅力の大衆文芸(向こうが芥川賞ならこっちは直木賞)。 是非、大衆食堂で昼酒かっ喰らいながら読むのをお薦めします(まあゝゝ冗談)。 |
No.1005 | 5点 | 古い腕時計 きのう逢えたら・・・- 蘇部健一 | 2020/11/30 21:57 |
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毎度甘々しいお涙頂戴フヮンタジー。浅くてスカスカかなりテキトー。謎の時計屋さんが毎回放つ印象的決め台詞×2もありますが。。エピローグ的なもの含みちょっと捻ったのであろう全体構成すら、見事なまでに中途半端。なのにちっとも詰まらなくなく、またおそろしく読みやすいのは隠しきれない長所。読み捨てに頗る良し。あと、エンドの感覚..切ないとか悲しいとか美しいとかホッとするとか..が統一されてなくて、最後どう転ぶかちょっとハラハラするのは良いかも。5点と言え5.0は上回って堂々合格点です。
片想いの結末/四番打者は逆転ホームランを打ったか?/最後の舞台/起死回生の大穴/おばあちゃんとの約束/明日に架ける橋/運命の予感/エピローグ/その後のふたつの物語 (徳間文庫) |
No.1004 | 6点 | だからミステリーは面白い 対論集- 評論・エッセイ | 2020/11/28 09:03 |
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井沢元彦と雨の会有名どころメンバー、高橋克彦、宮部みゆき、大沢在昌がそれぞれ一対一で繰り広げる愉しいおしゃべり。意地悪な井沢、粗削りな高橋、やさしい宮部、締まった大沢、みな見た目通りのキャラクターで創作プロセスや業界裏話を際どくならない範囲でゆるゆると語る、寝転がって気楽に読むのが正解の甘口本。最後の井沢対編集部だけはほんのり辛口。リラックスし過ぎの脳波でスイスイ読んじゃう、やっぱりミステリーは面白いんだな、と何故かしみじみ思うが、それも当たり前過ぎてすぐ忘れそうな本。だから、今のうち愛しんでおこう。 |
No.1003 | 7点 | 殺人配線図- 仁木悦子 | 2020/11/26 15:41 |
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従妹が、父親(発明家で裕福)が階段から転落死したのは自分のせいだと気に病んじゃって仕方ないんだ、この際デッチ上げでいいから、あれは従妹には全く責任の無い事故だったって調査でもフリでもして証明してやってくんないかなあ、あなたそういうの得意だから、、 と街でたまたま遭遇した旧友に頼まれちゃった、病みあがりで休養中の新聞記者。。
という、なかなか変わったサスペンス風導入から、和やかに愉しく話はシャカシャカ進んで、気付けば本格推理の隧道へとどっぷり突入。時代モノ、専門知識頼みの暗号がまた旨し。昭和の配線図って、いいよねえ。。 人間関係含む複数の仄かなミスディレクションが、過不足ない隠し味としてコンブ酢のように効いている。(あっさり味に仕立てたクリスティ技のような..) 意外な重要ポイントになっていた人物が印象的! 子供の配置も良い。 結末の反転 .. 目くらましが効いてそっちは思いも寄りませんでした .. は結構ドロドロしてるくせに、爽やかなエピローグもいい。 まったく館モノらしくない、富める者と貧しき者とが交錯する、古い洋館の話。 |
No.1002 | 8点 | 二千万ドルと鰯一匹- カトリーヌ・アルレー | 2020/11/24 15:22 |
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「でも、そうした連中って、わたし、一番嫌いなんです。ですから、白状しますけれど、そんな男の一人なら犠牲にしてもどうということもないと考えましたわ。」
若い未亡人は莫大な遺産を独り占めしたい。 邪魔な義息は交通事故で療養中。 未亡人は義息の抹殺を”その筋で評判の”看護婦に依頼する。 看護婦は老人相手の”実績”こそ豊富(貯め込んだ財産も相当なもの)だが、若者相手の”仕事”は初めて。 これを最後に(裏も表も)稼業から足を洗い、小説家の恋人と後半生をリッチにのんびり暮したいと夢見る看護婦。。。 これ以上、灼熱の粗筋は晒せません。 短い話だが山場が長い! これぞ犯罪サスペンス。 これぞ悪女というか悪人モノ、いや、やっぱり悪女モノと呼ぼう(女と男は違う)。 時に意外なほど人間くさくとも、決して弱くはない主人公(って誰?)。 拍手を促す最高のラストシーン。 涙さえ誘う最高の大人の友情物語(とは思えない方も多かろう)。 イカすぜアルレー! "二千万とは男たちが考えていることであり、鰯一匹とは、本当のこと、そして男たちの目には入らないことだった。そして、それらすべてを合わせたのが女たちの経験と呼ばれるものなのだ。" むかしNHKの夜ドラで『わらの女』続篇まがいの体で『ガラスの女』なる題名でやってました。 幼少の頃、ミステリ好きの美しき母と一緒に欠かさず見てたもんです。 「あなたのその美貌と、名前と、財産を利用すること、そして、決してあきらめては駄目。今度のことはほんの魔がさしただけだと信じ込ませるのよ。あなたなら、きっとできる。」 |
No.1001 | 8点 | スパイのためのハンドブック- 評論・エッセイ | 2020/11/21 12:14 |
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或る正月、帰省先の駅ビルで見つけて帰りの新幹線で読み切った本。元モサドの花形スパイ、ウォルフガング・ロッツ先生の書いた、スパイになりたい人のための心得書。その名も『スパイのためのハンドブック(原題:A Handbook For Spies)』。
スパイ稼業の事に特化して掘り下げながらも、スパイのみならずこの世に生きる人全ての良く生きるヒントに満ちた素晴らしい書で、個人的には大昔家のトイレに置いて読んでいた鈴木大拙先生『禅とは何か』に非常に近い感触を覚えました。 いや本当に仏教の書っぽいんですよ(著者本人は「イスラム教に寛容なキリスト教徒」のふりしてたユダヤ教徒なんだけど)。 また、むかし連れられて行った歌舞伎町某焼肉屋『超絶クリーミー・ホルモン』の味にも似ていました。 タイトルからしてなんとなく伝わるかもしれませんが、シリアスな内容ではありながら絶妙なヒューモーを散りばめた温かみのある文体で包み込んだ、とってもイェイ・イェイなムードの素敵な本なんです。 時々冷水をあびせられるのも良し。 さて、この本には冒頭部いくつかの設問による「スパイ適性テスト」なるものがあり、折角だから正直に答えてみたところ、『最もスパイに適したタイプ』 の中に入っちゃいました。 このテストは例えば 「恋人が浮気をしている、とピンと来ました。 さて、どうやって証拠をつかみますか?」 なんてゆ設問に4択から答えるというもので、その4つの答えのうち 最も「スパイに不向き」なものには0点 ~~ 最も「スパイにふさわしい」ものには25点と、その「スパイ度」 に応じて点数が高くなっています。 ではこのテストで満点を取れば最もスパイ向きなのでしょうか? いいえ、このテストでは満点の9割2分以上を取ると 『行き過ぎにより、スパイには不向き』 と診断されます。 また8割2分を下回ってもやはりNG。 私の場合は8割6分とかなり直球ド真ん中に近い所をヒットしました。いいだろう。うひひひ 読み進めて行くと途中で唐突に「異性との関わり」「賄賂(わいろ)攻撃」についてのスパイ適正度テストなるものが登場し、こちらもやってみましたがその結果「異性」はスパイ適性度最高。 ところが「賄賂」の方はなんと『行き過ぎ、スパイに不向き』と出てしまいました!! 「異性」の話が出ましたが、ある理由により、スパイに「同性愛者」は非常に不向きなんだそうです。 さて言うだけ野暮ですが、ミステリの世界と非常に親和性の高い、素敵な本です。 生きる指針が欲しい時、何かの初心に帰りたい時、読んでみては如何ですか。 |
No.1000 | 9点 | 久生十蘭短篇選- 久生十蘭 | 2020/11/18 05:30 |
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戦後作が大半を占める絶景アンソロジー。天使と悪魔の配置具合に感慨あり。
黄泉にて ■ しみじみ、嗚呼しみじみ。緩から始める最高のスターター。 予言 ■ サスペンスと、幻想と、実ぅに好みの最後の一筆。 鶴鍋 ■ 洒脱の中に情濃密、二度読み必至。 無月物語 ■ 残虐奇想と爽快余韻が何度も行き交う、翻案テイストが宿る歴史怪篇。 黒い手帳 ■ 巴里在住の日本人達。緩急ある貧困、賭博への憧れ、生命の遣り取り、急襲する恋愛と友情の物語。ここにカッチリしたミステリ結末が無くて何の不満があろう。 泡沫の記 ■ 鷗外の獨逸日記引用に始まり、狂王と侍医の急な死を巡る歴史推理に、美しい奇想描写が闖入する、詩的随想。 白雪姫 ■ シャモニー氷河にて、愛憎紛う男女を襲うサスペンス譚、裁判、優しい涙をさそう後日談。後を引く。 蝶の絵 ■ 南洋から復員した名家の友人は、容貌は異様なまでに以前通りだったが、性格や行動が大いに変わってしまったようだ。その闇の謎が明かされる。 雪間 ■ 快くもどかしい、婚外恋愛と〇〇〇〇〇〇〇〇犯罪の物語。終結部のスリルが熱い。最後の台詞がまたもどかしい。 春の山 ■ 闘鶏花試合がクライマックスに来る熱い掌編。一大事とは何か。 猪鹿蝶 ■ 一方的な電話のお喋りで構成された、女から女への復讐劇(聴き手は第三の女)、迷走の末爆裂する奇妙な味!! こりゃ翻弄されたわぁ。で、何で最後にこんなシンミリさせらなアカんの。。 ユモレスク ■ あまりに切なくあまりにトリッキーな味わい濃縮の一篇。親離れの良過ぎる息子と、子想いのあまりに深い母、母の姪。東京とパリ。ラストの台詞は、そのままの意味と取りたいが。。10点。 母子像 ■ ユモレスクの直後にこれを置くなんて。。。。無限に悲しい物語、強烈無比の掌篇。冒頭から謎の騒めきとちぐはぐ感を噴霧しているのが凄い演出ですね。10点。 復活祭 ■ 沼が深過ぎるよ。。。。。。。。これを母子像の次に置くってんだからなぁ。横顔の描写比喩に凄えのがあったなあ。最後数ページの痛みを伴う温かな激動が美しいなあ。 だが(?)これは断じてハッピーエンド、という言い方で似合わなきゃブライトエンドだよなあ。 この題名こそは、そのもの真っ直ぐだ。 読み終わり、すぐ、七年後に読み返したくなると自分に予言。10点。 春雪 ■ プリンスのファンなら泣かずにいられぬオープニング。終戦間際に病で若死にした女性の、心の謎の、明かされ方がミソ。美しきアンコールピース。 ミステリファンの琴線に玄妙な触れ方をするこの人の小説はやはり、いいです。 |
No.999 | 6点 | 蜘蛛と蠅- F・W・クロフツ | 2020/11/13 18:20 |
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ストーンズファンのみなさん、お待たせしました!… と言いたいとこですが、あちらの原題”The Spider And The Fly”と違い、こちらの原題は”A Losing Game”。「魯迅亀」と読まないでください。 本業金貸し、副業で恐喝を嗜むくそじじいが頭打ってくたばって、家も火事になって、さてこれは事故でしょうか殺しでしょうか、殺しだとしたら誰が手を下した正義の味方でしょうか、ほんとに正義の味方なんでしょうか、という物語。 この本にはですね、7点以上には無い、6点本ならではの緩い良さがありますよ。色んな登場人物の人間くささも一々あけすけでなごみます。中甘のユーモアもよく撥ねてます。 前半、シンプルな様でいて枝葉が凄まじく伸びる恐喝心理描写(する側もされる側も)には掴まれました。後半、何気に アレ、真犯人あの人じゃないの? って何度かに渡って迷わせてくれるのがいいですね、 そしてチームワークの勝利に向かって進む仲間たちのキラキラ感が良いです。 炸裂リアリティの空気の中に、意外と絵空事な展開もあったりしますが、、だからこその味も出ています。物理に振り切りの古典的アリトリもまた愉しからずや。 「多忙な休暇」のブリテン&アイルランド島巡航ツアーで知り合った人が登場します。万が一そいつが犯人だったら、気絶しますよね |
No.998 | 4点 | 地獄の奇術師- 二階堂黎人 | 2020/11/09 18:45 |
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もはや歌舞伎。脳内見得をいちいち切らずには読めません。長い小説ながら展開も機敏、無駄は無し。ところが結末前半に達し、なかなかに底の浅い心理&物理トリックで塗り立てられた麩菓子構造の物語だった事が判明!! ←麩菓子は大好きです。 そこから心機一転?巻き返してからの結末後半も、目を疑う同種の浅はかさとこじつけスピリット発露で目がチカチカする!! 結末直前までは相当に面白かったんですよ。新本格だってんなら、まさかこの人物が真犯人ってことはねー~よな、などと思い込んでましたよ。思わせぶりなプロローグも、結果的にエピローグも、思わせぶりなだけでちっとも化けず(YHWH....)。1967の日本の話だってのにGSのGの字も出て来やしねえ。黎人と蘭子の微妙な関係をハードボイルド的に描写する力はある。そこはいい。物理的残酷描写に妙な皮膚感覚リアリティがむんむんで、人によってはかなりの嫌悪感でしょう。←褒めてますよ。 ところで講談社文庫の表紙はいったい誰? 中村憲剛じゃないですよね?? (ネタバレぽいが、真犯人ってこと??)
「面白いという言い方は死んだ者に対して不謹慎かもしれんが、確かに興味深い事件だった。歪んだ家庭と秘められた欲望、人知を超えた魔のトリック、そして勇敢な君たちの冒険。ある意味で、人間の多面性が非常によく表現された事件だったと私は思う。」 ←何なんだこの台詞は!! |