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斎藤警部さん |
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平均点: 6.69点 | 書評数: 1357件 |
No.1077 | 5点 | 夜の捜査線- 島田一男 | 2021/08/04 16:30 |
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妖精の舞踏曲(ボレロ)/悪女の三拍子(サンバ)/赤き死の組曲(スイート)/悪霊の合唱/千人斬り狂騒曲/墓掘り交響曲(シンフォニー) <春陽文庫>
昭和50年代前半、人気TVドラマ『警視庁の夜』で部長刑事(デカチョウ)役を演じる「栗チョウ」こと栗林はそれなりに人気の中堅俳優。新宿署に勤める本物の部長刑事「本チョウ」こと本田の信頼を得、芸能界で起こる本物の事件捜査に次々と協力しては本ボシを挙げて行く様を描いた連作短篇集。会話に文章は流石の高め安定だが、謎や解決はどれもチョイと浅めで、それこそ昭和の連続刑事ドラマ原作にはピタリな風情。「赤き死」や「墓掘り」あたりはもう少し深い真相で唸らせるかと見えたが、、存外シュンと終わりやがった、がそれでも合格点なのはこの人の文章力こそなせるワザ。ただ、昭和の性風俗がエロいというより厭らしいにおいで立ち込めるのはちょっと読者を選ぶかな。題名のルビに一部おかしいのが混じってるのはご愛敬。 それにしても、芸能界で殺人事件が頻発し過ぎです!! |
No.1076 | 8点 | シャドー81- ルシアン・ネイハム | 2021/08/02 21:55 |
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歴史に乗った話だが、全く古びていない! 現代そのまま!! 長短さまざまなカットバックで描かれる、ベトナム戦争からの旅客機ハイジャック群像劇。群像の中へ飛び込み、やがて奥から飛び出す主役のぶっ倒し感がドエラい。
何より、凄まじいばかりのアリバイトリック!!!! 本格ミステリ流儀のそれとは全く違う話だが、これだけ壮大なアリバイ偽装を最後までやり抜けたなら、、 誰にも言えない最高の想い出作りだよな。。。。 “平和なしびれるような感覚が筋肉の隅々までしみ渡った。こうして豪勢な気分で手脚を伸ばしていると、エンジンの音に眠気を誘われて何ともいえない良い気持だ。” 滑り出しすぐから旨味が満ち溢れ出る、いきなり熟成、内なるバイブレーション豊かな「準備」の第一部。 振り返れば眩しい堂々の中盤、愉しいツラい愉しい「実行」の第二部。 サスペンス急襲から大団円へと降り立つ、大反転するくせに大いなる謎を残す「事後」の第三部。 看過出来ないモヤモヤを積み残すのに何故か爽やかな後口も、特筆したい。 「計算に入れるですって? それでその計算は誰がしたんです?」 ユーモラスな味も、特に終盤に近づくにつれ、シリアスな空気が濃くなるのを尻目に快調に飛ばすこと! 黄色いハンカチを振り続ける男。。ブリーフ一丁で対峙する男と男。。 「あなたがすぐれたお手本なんです。あなたに限らず誰ももう信用しないことにしています」 男が惚れる男の、遥かなる伏線があったのか。。こんなに高速で読みやすいのに、それはもう遥かな故事の気がする。。。 何故か忘れられなかったあのシーンは、ダブルの意味で、泣かせる伏線だったのか。。。(そうさ、俺だって忘れるものか!) そのタイミングでいきなり上下関係という安定装置を蹴飛ばすのか!! しかも、上の方からも!! オ、忘れてたあいつがここで再登場か!! しかもその立ち位置か!! ザッツ悲喜交々じゃないか・・!! 「自分が完全に自由だと一瞬なりとも信じたのはばかでした」 これほどまでに結末がジリジリ気を持たせるその気合いの度合い、本当に尊いね。最終盤で松本清張バリに強烈な暗黒予感のサスペンスが炸裂するのはヤバかった。 【これより後は、結末についての大きなネタバレに通じます】 最後の最後は一波乱も無く物語を終えたところに(さざ波はあった。。)、なんとも言い難い深い味を感じます。 いくらでも別方向の結末に持っていく余地はある筈なのに、そこんとこ満点のスリルで最後まで切り抜けたってのは、つまりそこに本作が本国米国でヒットせず、映画化も頓挫した、更には作者がこの一作だけで消えた原因があるのでしょうか。。 (更に言ってしまえば。。。。 いや、言いません) |
No.1075 | 7点 | 法月綸太郎の新冒険- 法月綸太郎 | 2021/07/28 06:28 |
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高評価順です。
身投げ女のブルース これは熱いな! やられた! 諸々全く気付かなかった! もしや、言うたら悪いけど作者の「●●●●の下手さ」がメタなトリックとして絶妙に機能してないか?! 序盤で或る人物を匂わす独特なミスディレクションも効いた! 綱渡り上手いじゃん! ゴン攻めもいいとこじゃん! 締めも文句無し! 9点やっちゃうヨ!!! リターン・ザ・ギフト 見事に落とされました。。。 ちょっとネタバレっぽいこと言いますが、、交換殺人■■みたいなのが始まっちゃったぞ、もう真相分かっちゃったから早くしてよ、、なんてフンフンしてたら、そこがまさかの目くらましだったのね。。。 うん、これも物語容積かな~り大きいね。 8点強! 現場から生中継 微妙に”穴”をチラ見せするアリバイ不可能興味、畳み掛ける突破否定突破また否定の応酬で、おいおい、こりゃ「樽」か「黒トラ」の平成通信版か?なんて思っちゃったよ。”見切り発車”の謎か、そりゃそうだよな、気付かなかったよ。。って、そしたらこれですよ! ガツンと来ましたよ。。 いや、タイトルが何だかダブルミーニング臭くて気になったんだよな。。 8点! 背信の交点(シザーズ・クロッシング) すごーく残念な作品! 基本アイデアはたまらなく良いのに。。素晴らしい反転がそこにあるのに。。あーー、もっと鉄道パズル(凄い素材見つけて来たじゃないですか!)の興味津々で引っ張ってからジワジワハラハラ真相明かして欲しかったな、渋目の文章で。 ミもフタもないが、これ◯◯三◯◯が書いてたらなあ。。。 5点弱 イントロダクション ふむー。 期待を持たせる役目果たせてないね。 3点 世界の神秘を解く男 んんーーーー なんか、つまらんですよ。 無理しいのコスパが低いてか。 2点強 「イントロダクション」を除くミステリ小説5篇中、実に4篇がかなり意外な犯人像で魅せてくれました。なかなか出来ないこと。 個人の嗜好ですが、前半につまんないの、後半にイカすのが固まってましたね。(だから、最初のうちはこんな高得点付けるとは夢にも..) |
No.1074 | 7点 | マイナス・ゼロ- 広瀬正 | 2021/07/26 15:15 |
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如何にも時代掛かった(!)大きなタイムマシンは、時間移動専門で空間移動は不可というのがミソ。更に、主人公が義理堅く責任感強い人物というのもミソ。いっけんバランス欠いたような思い切った構成が輝いている。(そこへ来て或る人物の能天気さも素敵!) 二度読みしなくても実質二度読み効果のあるシークエンスが実に愉しい。忘れ難き、レイ子。彼女の遺した核心のメモ!(ブックマークしちゃうよね) ところで、かの警官の立場は。。? そこんとこ、隠れたリドルストーリー要素なのか!?(作者自身への宿題だったとか?!) なお「陰獣」の致命的ネタバラシが堂々登場するのでご注意あれ。
昭和ノスタルジーのヴィヴィッドさは言うまでもなく、全体包む明るさ、滋味深さが素晴らしいのだが、本筋と並んで頼もしいのは、すっとぼけたユーモアと琴線触れる技術者魂。ユーモアも最終盤に近づくにつれ急速に緻密な知性の裏付けが露わになるのがまた良し。和同開珎云々は吹き出した。いや、まさかそこでナニしてるとは思わなかった! 一種の叙述トリックじゃないか!? 唐突に切り札として提示される◯◯◯◯なる飛び道具も自然に納得させられちまった。唐突なエグ味を遺して終わるとは思わなかったよな。。正体謎のまま終わる重要人物の立ち位置が実に、深いじゃないか! ただ、そこがミステリ性というかミステリ興味を薄めるポイントにはなっていると思うが。。SFなんだから何の問題も無いやね。 最後の一文、気を持たせてちょっと心配! 先述の能天気な人がこれから何かやらかさないかと。。。だがそこさえ魅力の、器の大きな一篇でありますな。 |
No.1073 | 7点 | ネジ式ザゼツキー- 島田荘司 | 2021/07/21 23:23 |
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螺旋が、物理的に心理の大罪を犯した話。 “私は、このセリフを言いたかったのだ。うっかり言わないで、この世界を去るところだった。” ファンタジーのドレスを纏い、自由奔放過ぎるが要所でクイーン張りに論理の閃きで崩しに掛かる御手洗。目を覆わんばかりだった奇想の群舞も折り目正しく着地。音楽の力がシビアに威力を発揮するシーンは強力だ。 死体にネジを嵌めた理由、見事な隠匿ぶり。「首を斬る理由」の凄い応用編、巧妙な広域目眩し付き。 或る人物の職業遍歴に微妙な唐突感があったのは、その、どこか笑ってしまうトリックのためだったのか。。 或る人物の正体バラシはもう少し勿体ぶってというか、重みを持たせても良かったんじゃないか。。? 或る人物の、告白に至る条件と経緯、これが熱い。。。そこがこの物語成立の肝なわけだ。。
最終地点へ近づくにつれ、じわじわ小波で押し寄せる感動と、やっぱり出て来たバカ要素への苦笑との、小さなせめぎ合いが。。外連味たっぷりの構成で壮大なバックグラウンドを匂わせつつ、終わってみれば当初の予感よりこじんまりとした収束。。ハナッカら大風呂敷を拡げなければ。。という気もしたが、んーー、それだとこの不可解な事件の猟奇性とバランス取りづらいよな。 出来れば、もっとスケールの大きいバカと感動のアウフヘーベン体験の渦の中に投げ込んで欲しかったものです(島荘さんなら出来る!)。 でもまあ、この人の作品世界はやっぱり特別に好きですよ。異物感無くスゥッとはまれます。 ビートルズの歌詞の記憶の件は、まあ装飾ですよね。これがたまたま、たとえばキンクスの「ローラ」だったらどんな不思議な童話が生まれたものかと妄想したりして。。 ところでスペース◯◯◯◯のアレはどうなったんだっけ? あのへん、一番あがる推理だったのに。。。 あとまあ、途中危惧したほどレペゼン反日でもなくてほっとしました。 ちょっと意味不明なタイトルが実は、、という大胆さにも拍手です!(つげさんは関係無かった) にしても、陰の主役、キーマンは天災か。。。(そいつが●●に運命のいたずらを。。) |
No.1072 | 9点 | 血の日本史- 安部龍太郎 | 2021/07/19 23:43 |
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大和時代から明治維新まで、歴史上の血なまぐさい事件に巻き込まれた人間達が命を遣り取りするドラマを、事件規模の大小織り交ぜ四十六もの掌編にしたため通史風に並べた一冊。物語はただ残虐なだけでなく、時に質実の空気漂い、時に爽やかな風が舞います。特筆すべきは、全ての物語中に遍在し、ここぞという折は一気に冷気突き上げる、強靭なサスペンス、そして恐怖!その共通基盤の上で手を変え品を変えの語り口七変化は実にお見事。更にはハードボイルドな味わいも要所で場を締める。間違いなく、ミステリファンへの訴求力、親和性強し! 目次には、物語の選択から漏れた歴史の重大事も補完され、日本史の略式年表の様な体裁になっています。
大和に異議あり/蘇我氏滅亡 前編・後編/長屋王の変/応天門放火/鉄身伝説/北上燃ゆ/陸奥の黄金/比叡おろし/鎮西八郎見参/六波羅の皇子/鬼界ガ島/木曽の駒王/奥州征伐/八幡宮雪の石階/王城落つ/異敵襲来/大峰山奇談 前編・後編/霧に散る/山門炎上/道灌暗殺/末世の道者/松永弾正/余が神である/沈黙の利休/性/姦淫/大坂落城/忠長を斬れ/浪人弾圧/男伊達/雛形忠臣蔵/お七狂乱/団十郎横死/絵島流刑/加賀騒動 前編・後編/世直し大明神/外記乱心/大塩平八郎の乱/銭屋丸難破/寺田屋騒動/孝明天皇の死/龍馬暗殺/俺たちの維新 |
No.1071 | 7点 | ギルフォードの犯罪- F・W・クロフツ | 2021/07/16 17:05 |
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典型的クロフツ、むしろ鮎哲w!彼のファンだったら、鬼貫警部モノ幻の長篇みたいなつもりで充分読めるのでは。 宝石商の会社とその社長宅を舞台に、殺人と重窃盗、立て続けに発覚した二つの事件を巡り、犯人捜しとアリバイ破りの幸せな共存で魅せる快作。というか「そこに密室トリックはあるのか?」「そこにアリバイトリックはあるのか?」って何とも微妙な霧の深さが重なり合ってるんです。ダテに事件二つも起こしてないな有機的クロフツ、って感心します。 伝言ゲームを捻ったような電話のトリック、いいねえ。死亡推定時刻の妙、イカすねえ。指紋の在った場所にも(ミステリ的)緩急が。。金庫破りの大胆トリック、こいつは現代のSNS写真を使った或る悪事までをも彷彿とさせます。いっけん普通のようで実は特殊性を秘めた「物理的」殺人動機! んんん~、堅実ながら思わず唸る本格ミステリのポイントがいくつもあって愉しいぞ!もちろんフレンチや周りのコップ達の地道な捜査過程こそ実に味わい深くて、しかも鮎哲っぽくって、最高なんですが。 終盤タナーの登場もまた嬉しからずや。 最後の章だけは、クロージングの捕物だけでなく、もちょっと派手な意外性を弾けさせてもよかったかな、、とは思う。 でもいいさ。
どうでもいい事ですが「フレンチはたいぎそうに姿勢をあらため、坐り直した。」を「フレンチはたいそうぎに姿勢をあらため、坐り直した。」と読んじゃって噴き出しました。 冒頭地図にブライトンやらベルギーやら出て来るんで、三笘薫(川崎フロンターレ)の移籍を思い出しました。 しかしこの平成復刊版の表紙(宝石いっぱいを絶妙に犯罪っぽく配置)、何度見てもいいな。 |
No.1070 | 4点 | 猫丸先輩の推測- 倉知淳 | 2021/07/14 17:39 |
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「夜届く」 犯人じゃなくて被害者って事か、アレが。ふ~~ん。まずまず。若い女子が猫丸先輩の影響で古風な喋り方するとこはウケた。
「桜の森の七分咲きの下」 弱い。驚けず。 「失踪当時の肉球は」 猫丸登場までが眠くて。。(探偵うぜー) 謎解きのほうも、なーんかカチリと嵌らないなあ。だけどその、二段階何とかを怖れる気持ちへの洞察はなかなか。タイトルがいいですね。 「たわしと真夏とスパイ」 外から見えない独自のタイムリミットですか。。ふむふむ。しかし明かされたソレ、犯罪行為としてかなり重いんじゃないの、シラっと書いてるけど。国と場合によっちゃ死罪になりかねんぞ。 「カラスの動物園」 見えない□□の応用篇というか、逆を張った感じが面白い。長篇犯罪物語のメイントリックに使ってみたらどうだべ。 「クリスマスの猫丸」 ◯路と●路ね。。なるほど、そりゃ盲点だわ! 短いだけに締まりも良く、自分的にはこれがベスト。 全体的に、推測というか推理のロジックは(物語として)しっかりしてるし、逆説趣向への意気込みも買えるんだが、如何せんその向けられる対象が小粒過ぎて、小粒でも深みがあれば充分なんだがそういうわけでもなく、、なんというか、知的スリルが淡い。もっと強く突いて欲しい(完全に個人の趣味の問題です)。 短篇集タイトルはいいですね。 |
No.1069 | 6点 | 処刑6日前- ジョナサン・ラティマー | 2021/07/12 16:09 |
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やけにのんびり、ドタバタ、助兵衛根性でさっぱりハードボイルドじゃねえw ふやけた不可能興味、中途半端な本格趣向(と最初は思った)、根拠の無い容疑者選び。。だけど何故だが、全体的にかなりイイんです。死刑囚仲間のコナーズが主人公に無償の協力を差し出した心は泣ける。探偵さんが酔っ払って可愛くなっちゃうシーンは面白い。◯◯◯◯◯が堂々と掲げられているってのは、、不用意過ぎないか?あからさまな、そしてコミカルなシ◯◯◯の伏線というかヒントも記憶に鮮やか。密室もアリバイも驚くものではないが物語のスリルを焚き付けるのに程良し。逆説的な或る手掛かりの趣向にはちょっと虚を突かれたが、、唸るまでは行かないか。だが、◯◯者の意外性までは気が回らなかったな。隠滅された証拠品サルベージの件はなかなか熱かった。最後、容疑者一同と証人たち、当局関係者まで一堂に会しての真相暴露シーン、短い間だが意外とスリリングな本格流儀。 そして、ラス前会話の優しい嘘。 |
No.1068 | 6点 | R.P.G.- 宮部みゆき | 2021/07/05 12:54 |
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存在感あり過ぎの裏主役が結局どうなるのか気になる。物語としてそこほぼ一点突破。だからこそ、騙されたのか。。。裏主役の思いの分厚さが最後に明かされる所が核心か。それ含めての騙しの構造だからこそ、気付かなかったのか。。。それとやはり、特徴ある呼ばれ方をする人物の存在が目眩ましになっちまったかな。題名の比喩する所、深い方はともかく、浅い方が犯人にとってこれほど残酷な攻撃力を発揮するとは。片方の殺人動機の熱さは(ミステリとして)尊びたい。意外性ではない。●●の人がそこまで●●出来るか、というかするもんなのか、という違和感はチっとある。 いろいろ踏まえて締めの台詞が何とも、大きな結び目を作って終わるようで、残る。 |
No.1067 | 8点 | しぶとい殺人者 鬼貫警部と四つの殺人事件- 鮎川哲也 | 2021/07/02 11:05 |
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青樹社がノベルズ版(BIG BOOKS)で’86年末に刊行した中篇集、と書いてるがむしろ長めの初期短篇集。
いかにも昭和末期、80年代ど真ん中らしいおどけた表紙絵(戯画化された鬼貫が、物語に登場する或る証拠物件(?)を突き付けている)が目を引きます。(やたら子ども受け良し) 表紙絵はともかく、読んでみるとあらためて鮎川哲也の相当に独特な、詩情にまで至る淡い、淡過ぎないユーモアとペーソスが本格推理とがっちり手を握った安定感あるスリルを堪能する事が出来ましょう。 悪魔が笑う 舞台は哈爾賓(ハルビン)。アリバイトリックは小味ながら一捻り。人情とその逆転に哀れなる味わい。B級っぽさがあるが、悪くない。 誰の屍体か この奥深さ、趣深さ、流石です。締めも良いね、紛うこと無きクラシック。ずばり本題そのままの題名にも重み有り。殺人凶器らしき三つの道具が別々の(微妙につながりある)人物に同時に送られて来る、という稚気溢れる発端にさえ、そんな緻密な計算があったとは。。稀代の偏屈者って、そういう事か。。終盤、意外性の高いグロテスクなシーンが爽やかに語られるのは、驚くとともに笑った。被害者(誰?)の恋人と思しき第二の探偵役も存在が光る。振り返れば、細やかな手掛かりがあちこちなんだよな。しかしこの前代未聞(?)の心理的アリバイトリック、大胆な事したもんだねえ。。 一時一○分 言い訳無用の簡潔なタイトルに見合う、速球勝負にして奥行きのある物理的(補完部分は心理的)アリバイ&真犯人偽装トリックの一篇。締めの文章が胸を突く。。。 碑文谷事件 どこかすっとぼけた前半から、後半の急な発熱が魅力。強烈な不可能興味!実はちょっとした叙述の戯れまで。。アリバイ偽装はかなりの複雑構造。中には薄氷を踏む所もあって。。(それにしては、あの大胆な席外し。。) そっか、逆●●●●●●まで登場か。。 全体通してみると”長旅の時代だったからこそ成立する盲点”のトリックというのが、素晴らしく味わい深いですね。。或るミスディレクションが単なる飾りじゃなくてほぼ核心、という裏を突いた行き方も巧み。●●●●の要素にシレッと覚醒剤が登場したのは笑った(流石に昔のお話)。 最後、ようやく重い腰を上げて犯罪の動機を語り出す鬼貫。だがあの一言だけは言うのを憚った鬼貫。余韻が大き過ぎです。。 著者による「ハルビン回想----あとがきにかえて」は、ほぼ地名や街の構成を淡々と説明したものだが、どうにも、どこからかセンチメントが溢れ出ている。 山前譲氏の解説「凡人探偵鬼貫警部」は、五つのサブタイトル 1 鬼貫の登場 2 鬼貫の実像 3 鬼貫の推理 4 鬼貫の虚像 5 鬼貫の哀愁 で区切って順序立て学術的に解説しているようだが、やはりどういうわけだか情緒に訴えるところ強く、鬼貫警部(見た目以外ほぼイコール鮎川さん)の人物像がセンチメンタルに迫って来る切なさが嬉しい。 |
No.1066 | 6点 | いつか誰かが殺される- 赤川次郎 | 2021/07/01 07:03 |
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角川映画版はかなーーーり大胆に仕立て直してあるんですね。 主演の渡辺典子さん(原作は誰が主役か見えにくいけど)、多分あの人の役なんだろうなあ。。とぼんやり予想してたら、ま、ま、まさかの!!!! そこまでやるのか。。 凄くいい意味でーー
さて本作、企画性の高い或る趣向(いいタイミングで明かされる)を知らずに読み始めたほうが愉しかろう。登場人物と因縁深い死刑囚の脱走騒ぎに始まり、尾行対象がトランクをすり替えたとか、貧しい探偵がボコられたとか、警官が浮気者だとか(?)忙しないカットバックで小出しにされる犯罪、悪意、違和感のユーモアこってりなタペストリーが織り成す切迫型リーダビリティの襲撃に休む暇なし。特に出だしの数十頁、事態の構成要素が複雑怪奇に重なり合って進む割に、不思議とスッキリ見せるのが上手いな。。と思ったがそれは実は逆で、意外とシンプルな物語構造を、トリッキーな順列や角度のチラ見せで暫時露出するから実際よりずっと複雑に見えてるのかも知れない?そんなある種の恩着せがましさもミステリのテクニックと思えば大歓迎! 読んでる間は最高で8点まで行きそうと胸が弾んだが、そこまで上等なもんでもなかった。とは言え実に手練れのベストセラー作家らしい素晴らしき快作でありまする。 思わず肩入れしてしまう悪党や変人もいれば、下水道に投げ込みたくなる悪党もいる。 あっと言う間に読めちゃうよ。 後味陰惨、って人も普通にいると思いますが。。(私も若干そう) しかしながらタイトルと内容に結構な齟齬を感じてたんですが、頭に「こんな事してると」って付けるといいんですかね。。「誰か」ってのはピンポイントで「あの人」の事だったりして。。 または、不特定多数の。。 もしかして、ちょっと社会派要素入ってる?(最後の方の台詞に滲み出てねえが。。) |
No.1065 | 7点 | 鍵のかかった部屋- ポール・オースター | 2021/06/29 16:44 |
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スーツケースいっぱいの原稿を遺したまま失踪した、昔の親友。。。。その原稿を出版社に持ち込むか否かは、彼の妻の言伝で、批評家である主人公の判断に委ねられた。 やがてその小説が予想以上の売れ行きを見せ、主人公と親友の妻、幼子が一緒に暮らし始めた頃、既にこの世に存在しないと思われた親友から、主人公に一通の手紙が届いた。。 この後一気に繰り広げられる、冷ややかなスリルに満ちた、大いにサスペンスフル且つカラフルにして病理的なストーリー運びは、、書かずにおきましょう。 「ミステリの雰囲気と私立探偵小説の形を借りた非ミステリ小説」らしい終結部では、とことんこじらせてしまったヤバい人達が最後の心理的ひと暴れを決めてくれます。 1986年米国産。 世に言われる様な文学的感興は、私の嗜好では然程ありませんでしたが、それよりも独特の強いサスペンス感を美点とし、この点数です。 いちおう言っときますが密室殺人とかは出て来ません。 |
No.1064 | 5点 | 現場捜査官- 島田一男 | 2021/06/25 11:35 |
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「現場」の読みは「げんじょう」。 ‘79年の捜査官シリーズ第五弾。 主役チーム科捜研の面々が鑑識や刑事部長(デカチョウ)達と屈託のない協力体制で事件に取り組む、明るい警察小説。
会話や地の文のウィットもミステリの妙味も、流石に飛ばし過ぎてカスレたのか若干薄味だが、まだまだ悪くない。 ちょっとした恋愛要素を深く掘らない匙加減も良し。 現場よ語れ/妖女の路/誘拐犯の顔/浴槽の女/嫌な家族/白い蜃気楼 (光文社文庫) 推理小説としては、一に「妖女の路」、二に「嫌な家族」、このあたりが謎に奥行き有りでよろし。 |
No.1063 | 6点 | ダン・カーニー探偵事務所- ジョー・ゴアズ | 2021/06/23 05:52 |
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クルマ絡みの金銭トラブル(ローン未納)専門の探偵事務所所長/所員達が警察小説風に繰り広げる問題解決(クルマの回収)ショートストーリーズ。 ‘67~’68と時期の早い最初の四作「メイフィールド事件簿」「ページ通りの張りこみ」「ペドレッティ事件」「ジプシーの呪い」は目立った引っ掛かりも無く(悲劇は起こるが)サラサラ読ませてもらう、悪くない。 ’69の五作目からギアシフト(ミステリ度合も上がる)。 中盤からぐんと深みを増す「マリア・ナヴァロ事件」は最後まで痺れさせてもらった。ネタバレは言えないが飛び切り変わった趣向の「影を探せ」。人種問題がガタガタ回ってエンディングでじんわり来る「黒く名もなき吟遊詩人」。パズルのような結末オーライ感が痛快「オバノン・ブラーニーの事件簿」。慌しいヴァイオレンス喜劇「フル・ムーン・マッドネス」の最後はやさしいラヴで〆(!)。小粋と呼ぶには激し過ぎるエンドに目を瞠る熱い騙し合い「不具者と貧者」。案件に一ひねり、スペクタクルなドタバタ小咄「深紅の消防車」。 追い詰められる(時に、逃げ切る?)者達には当然ながらそれぞれの事情。哀れを誘ったり怒りに火を点けたり。 まあ何しろダン所長を筆頭に各メンバーの人情味あるキャラクターと行動が素晴らしい(中には大馬鹿者もいるが)。 悪くない一冊。 |
No.1062 | 8点 | 有限と微小のパン- 森博嗣 | 2021/06/21 11:44 |
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“忘却の海の向こう側で待っていた巨大な球形のスクリーンが、慎ましく霞んだ水平線の彼方に、懐かしい太古の明晰を描こうとしていた。”
素敵な◯◯の中に醜悪な◯◯が闖入し、◯◯の方を宥め賺そうとした物語。 ◯◯の方の殺人◯◯が些末なものとして、せめてもの暗示だけで済まされるって(これだけの頁数を抱えておきながら)。。 最後、あれほど輝く存在感を放っていた人々や(建築や)事象の諸々があっさりと霞んでしまう、強烈な隠喩の大きさよ。。 最後に遺される、雄大な寂しさに心地よく包み込まれる感覚がたまらない。 しかも、そこにはしっかりとミステリの巧妙で巨大な落とし前が。。 この結末は、ひょっとしてある有名な西洋童話へのオマージュでしょうか。 時差云々の件は、わざと露顕させるためのトリックにしてもちょっと面白い。 天才がそんなセコいアレしてたってのも、愛嬌があって良い。(おまけに天才は、あんな事もしっかりこなしていたはずだ。。!) こんな形でシリーズ完結させられてみると、番外に近い異色作 「今はもうない」 の立ち位置が、弥が上にも切なさを増して、もうたまらんな。。 そっか、あの人のイニシャルって.. 「西之園君、今度こそ懲りただろう?」 |
No.1061 | 6点 | 青春の蹉跌- 石川達三 | 2021/06/07 18:01 |
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社会の現実は把握し難い上に変転を続ける。現実主義に徹したつもりがその肝腎の部分が見えなかった、原石としてはピカ一と言えるエリート予備軍の貧しい青年が、若気の至りと呼ぶにはあまりに重大な失策を犯し、その●●を●●に●●までの緊張に満ちた生活と犯罪を追う物語。冒頭から三分の一程度は、観念に取り付かれた独白エッセイ(作者本人の弁とは異なる)が延々ゴツゴツ続く様で小説らしくもないが、その後一気にサスペンスフルなダーク・ストーリーが起伏も豊かに疾走を始める。 何かある毎にその事象を法律の条文に照らして解釈する場面も趣在り。 最後の最後に或る人物を「今こそ殺してやりたい」と思うに至る反転、その方が却って救いになるんだかならないんだか、いやはや。。 二度にわたる弁当の差し入れは泣けました。 しかし、一番最後の台詞、主人公はどんな気持ちで聞いたのだろうか。。(まさかそんな台詞で締めるとは驚きました!) |
No.1060 | 7点 | 流星の絆- 東野圭吾 | 2021/05/28 20:01 |
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“そのタイトルを見て、◯◯は胸が熱くなった。”
主舞台は横須賀/横浜。 クライム、サスペンス、ダメ押しに◯◯ダニット! 一気呵成、豪速球がホップする味わい! 出だしの悲劇性もあっという間に吸収されて。。ちょっと見よりずっとサイケな話かも。。との予感に震える。 幼少の頃、ペルセウス座流星群が流れた雨の夜に両親を惨殺された3兄妹が、養護施設を出所後、司令塔と2トップで役割分担し殺害犯人断罪と復讐のゴールへと向かう物語。 バイタルエリアでは時効成立と言う悪魔との競争があり、証拠●●と、恋愛抑圧と、いくつものすれ違いに、隠し玉。。 そこへ絶妙のタイミングで多方向からの違和感がボディバランスを崩しに掛かる。 儚いチャンス、一発で仕留めるんだ。。 「有明さん、もう一度やってみる気はありませんか」 「えっ?」 ○○系叙述トリックの逆を張ったような”重要ポイント(アレの違いの事)”がドラマチックな転換場面でもどかしく(??… いやその逆だ!!)活きてきたシーンでは眼を見開いた!! タイトルのナニが情緒や精神的なものだけじゃなかった(ちょっとした決め手にもなる)、ってのが渋いね。 テクニカルな小技も本当にそこかしこ。「傘の指紋」のロジックは小技ながら、、行き着く先がドラマチック! 犯人そのものへの驚愕は(「あ、そうつながったんだ~~」って感慨はあったが)薄かったけど、「告白書」(新しく書いたほう)には泣けました。。犯人に気付いたアレの伏線の小説的なセコさも(その大胆な置き場所には感心!)、笑い泣きでした.. 残りページもわずかなゴール前のごたつきもありながら、最後は見事なオーバーヘッドを決めてくれました。 「それ以上、こっちへ来るな。誤解を招く」 真相を知って振り返ると、真犯人のさり気ない行動がすごく沁みるシーンがあったんですね。。 やっぱ、洋食屋におけるハヤシライスの存在ってのは格別なものです。(あ、だけどよく考えたらこの「ハヤシライス」こそ最強の●●●●●になってたんだよなあ。。!) しかし、クサナギと加賀って..w 最後にアレのカタを付ける所、トンチが効いてて最高です。終わりのほうで意外といい味出した再登場チョイ役もいたな(隠れファンいそう)。 ちょっと、唐突に道尾秀介みたいな真っ白エンディング感もありましたが(&ラストセンテンスの洒落た落とし!)、最後に気持ちの整理ってやつがどうなってんだか見えない重要人物(複数人!)もいるのですが、偶然力が発揮され過ぎな所も目に付くのですが、、この際まあ良がっぺっよ! 惜しいな、あと一歩で8点だった。 「大丈夫、まだ若いからさ」 |
No.1059 | 7点 | 牧師館の殺人- アガサ・クリスティー | 2021/05/26 16:16 |
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"いつか私が人を殺す仕事をやるとしたら、恐るべきはこのミス・マープルだろう。"
実質容疑者がいっぱいいて楽しいぞ!! 実質容疑者から外れる人々も含め、それぞれの思惑や事情、行動に人間関係のカラフルな錯綜が最後にピーーッと整頓される綺麗な風景は、涙が出るほど爽やか。 犯人の心理的偽装トリックはなかなか唸らせるものがあるけれど、如何せん同じ村に心理洞察のスペシャリストが住んでいたわけで不運でした。 随分とギャフンな物理トリックも堂々登場しますが、気にしなくていいでしょう(?)。 それにしても、こんな人の悪い犯人設定(犯人そのものじゃありませんよ)をミス・マープルのデビュー作にぶつけてくるなんて!! ユーモアの横溢も特筆したい所。 さて本書、妙にタイトルがバタくさいなあ青崎有吾の新作、なんて思って手にした人はいませんか。 |
No.1058 | 8点 | ロートレック荘事件- 筒井康隆 | 2021/05/24 06:48 |
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“全員が声にならない息を、あっ、と、呑んだ。彼らは一様に、今まで何かに覆われていた眼が本来の視力をとり戻したかのような表情をした。” .. アンフェアなんじゃない。 ただちょっと、やり方が面倒なだけだ。
最後に明かされたドラマで一気に燃え上がりました。 特異に過ぎる犯行動機の暴露だけでは、ここまで心を揺さぶりはしませんでしたね。 読者側はともかく、登場人物達にとって本事件真犯人の意外性は如何なるものであるか、をよく考えると、あるテーマ的なものが浮かび上がりますよね。更に、登場人物の中でも特に或る人物にとってその辺がどんな思いだったのかを思えば。。とんでもない考え落ちの地雷を忍ばせた作品と言えましょう。 アレの目眩し及びヒントとしては、、従兄弟にとって「◯◯の◯◯」が不自然でない事とか、「◯◯」の合う合わないとか、見取り図上で「ある事」を巧妙に目立たなくするやり方とか、唐突に姿を現す「被害者視点」の章とか、ある章からある章への繋ぎの妙とか。。 そっかー、或る人物にダミーの●●感を押し付けてるって構造でもあったのか(そこが肝かな)。。 何より或る人物の特性とそれに付随する特殊状況があるわけですが。。 うーむ、こりゃ実生活で応用出来るライフハックでいっぱいですな。 でもね、警部から犯人特定根拠をもっとこってりと演説してもらってから、衝撃の真犯人名指し! というスリリングな場面を作ってもらってもよかった気はします。 アレをネタバラシするのに一章まるまる使って丁寧にやってくれてるのは、ちょっと長いかも。動機の説明も兼ねているから全篇カットは出来ないけど、もう少し「中略」「以下略」的な書き方もあったのでは? なんてね。 まさか、最後の一文に不謹慎なブラックユーモアを滲ませちゃいないよな。。ってちょっと心配もしました。(「●●●の時に●●が必要か?」的な) 無駄無く本題、本題、本題の連続で、独特の冷たい格調に満ちた作品でした。 |