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飛田ホテル
黒岩重吾 出版月: 1961年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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講談社
1961年01月

講談社
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2018年02月

No.1 7点 斎藤警部 2021/08/15 13:14
表題作について。 大阪は西成区、飛田新地「月光アパート」の通称「飛田ホテル」は、この安アパートの半分が実質売春宿として機能している所に由来。作者が人生ドン底時代に (経緯は色々だが、金持ち証券マンが美食から悪食趣味に走り、腐肉を喰ったら三十路前に急性小児麻痺を発症、三年間入院って話は怖るべし。。。) 鬱々と暮らした、隣町は釜ヶ崎のアパートがモデルと言う。

最初の二篇が強烈に沁みます。

「飛田ホテル」・・・・ アパートの部屋の前には、昔は無かった、自分の苗字を冠した名札が。。刑期短縮で出所した主人公の男が、以前妻と住んでいた「飛田ホテル」に戻って来た。猥雑な住民達の和やかな歓迎。ところが、妻は数日前から行方知れずと言う。家財一切、管理人のもとに移して。アルサロ勤めだった妻につきまとっていた陰湿な青年の影がちらつくが。。 このたまらん情緒の中に心が迷い込むのを、そうはさせじと更にたまらん謎の力が牽引する、綱引き構造の嬉しさ、たまらんよなあ。。。 澱んだ下層社会を背景に、夫と妻の情愛がどこまでも沁み渡るお話です。

「口なしの女たち」・・・・ 妻を交通事故で無くした保険外交員の父親と、幼少時の怪我で脚に障碍を負う息子。大阪に住む二人だったが、優秀な息子が神戸の大学に通うため下宿住まいを始め、別々に暮らすようになった。 或る日、不良外国人が跋扈し治安の悪い湾岸地区の路地裏で、撲殺屍体として発見された息子。 現場の近くには”聾唖の娼婦”が集まる料理店があると言う。 警察の捜査に見切りを付け、単身調査に乗り出す主人公は問題の料理店に通い始める。そこに一人、何かが引っ掛かる、飛び抜けて品の良い女がいた。。 父から息子への情愛がどこまでも沁み渡る、ラストシーンが響く一篇。

中の二篇は、先の二篇ほど冥く深くは刺さらないが、もう少しだけ明るい舞台での人の心の働きに揺さぶられる、素晴らしい作品たちです。

「隠花の露」・・・・ パチンコ屋で真面目な男と初めて知り合った、って..  腐れ縁姉妹(?)の人情話。早くから一人暮らしを始めた姉と、金持ちでもない”旦那”を週二で迎える無教養な母親と同居する妹は、どちらも幸せな暮らし求めてもがくコールガール稼業(頭に「高級」は付かない)。”どもり”を抱える妹の方が堅気な暮らしへの憧れは強く、工場勤めをしたりもする。悲惨な境遇が飄々と仄明るく描かれるのは、のうのうと暮らす事の出来ない下層社会が舞台であるからこそか。話が進んでもなかなか気配を見せない(それが不満にもならない)ミステリ要素は、最後の最後にやっと小さく破裂。本当は悲惨の上に悲惨を重ねる結末の筈だが、あっけらかんと、むしろほんわりした、未来のある空気感で締める。

「虹の十字架」・・・・戦災孤児として拾われた美しい娘と、夢の中に時折現れる母親らしき美しい女性、の絆を主軸に置いた物語(と私は思う)。男狂いの義母とその粗野な男たちから漸く逃れた娘は、町工場の熟練印刷工だった義父の現役時代の伝手で、中堅印刷会社社長とその息子、娘に紹介される。。。。 冷徹な空気の中で進捗する激しい心理劇。 結末はちょっと、、開いた口が塞がりません。 そこに虹は掛かったのか。。十字架は建っていたのか。。

最後の二篇は、先行作ほどはじんわり来ない代わりに、普通の推理小説として楽しめる、ように見えるが。。

「夜を旅した女」・・・・ 工場の女子更衣室で発生した盗難事件を契機に接近した、地味な男と女の話。やがて女は行方知れずとなり、ある日溺死体で発見される。男は工場を休んで単身地道な調査を続ける。この調査行の叙述、描写に実に滋味が溢れる。 解決では見得など切らないが、ラスト一瞬には肝が冷えた!

「女蛭」・・・・ 最もミステリ側に振った作品。 好きでもない重役の娘と結婚した、身持ちの堅い宣伝部長が、うっかり浮気した相手からの真昼の緊急電話でマンションに駆けつけると、彼女は死んでいた。。警察に通報もせず何とか現場から逃げ出た所へ、結婚前にうっかり手を出した地味な女子社員が現れて 。。。 短篇らしいヒネリが強烈に効いたサスペンス好篇。業の深過ぎる暗黒のエンディングに、首根っこ締められる思いです。


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黒岩重吾
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