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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1357件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1157 8点 つみびと- 山田詠美 2022/05/20 21:43
“面会室の隣にある待合所で、面会申込書の被収容者氏名の欄に自分の娘の名を書く時、琴音はいつも深呼吸して、少しでも多くの新鮮な空気を取り込もうとする。もしも蓮音と話をすることが出来た場合に、自分の吐く息が汚れていたら可哀相、なんて思う。”

祝福に満ちた親子関係でさえ、ボタンの掛け違え踏み外しが過ぎると、まるで十代の恋愛のように不器用な破滅に向かってしまう。しかも恋愛と違って取り替えが効かない。。。 凄まじいリーダビリティを引き連れ、冷静に強烈に描写される、不幸のDNA(←比喩)に縛られた親子四代の物語。 うち三代「母」「娘」「小さき者たち」の回想リレーで綴られる中、探られるのは、「小さき者たち」が真夏の或る日マンションの一室で餓死するに至った理由の深層。

“私たちは、同じことをした親子。でも、いったい何故、母は私にならずにすんだのだろう。”

「エピローグ」から、息が詰まるほど濃密な思索と行動が飛び出しました。本作は「エピローグ」こそ主軸ではないのか。本篇で抑制した著者の想いがとうとう溢れ出したのか。気の利いたひと台詞さえ刺さること!『ある事』へのモチベーションが急に高まるくだりは泣けました。少しでも良い方向へ展開する様、読んでいて流石に祈りましたね。オープンな感じもする不意のラストシーンは、ううん、何なんだろうなあ。。 更に、続く巻末対談(著者×精神科医)も分厚く深い!

“まったく、違う! そんな区切り方は、まるで間違っている、と蓮音は自身を激しくなじるのだった。”

逸らすな、なんとか工夫して上から襲うんだ、俺たちの心だって重力から逃げられないんだからよ。。

実際には書かれていない、禁忌すべきキーワードがそこかしこに潜んでいます。あるいは凶暴な単純化への陥穽がそこかしこ。それらは山田さんが『敵』として敢えて言外で表現したのかと思います。「小さき者たち」の最期を敢えてきれいごと織り交ぜ描いた優しさ(?)も、もしかしたら同根の理由に因るのかも知れません。 山田さん、小説の形で世に問わずにいられなかったんだろうなあ。 本作は2010年の「大阪二児放置死事件」に材を採ったフイクションです。

「いいですか? 彼女たちの過去も未来も、彼女たちだけのものなんです。他の人間が関われるのは、その時に現在と呼ぶことの出来る、ほんの一瞬だけなんだ」

悪い冗談でなく、「カムカムエブリバディ」の母娘三代物語をどこかしら彷彿とさせる内容でしたが、いっやー、純文の人は容赦無いわー。

“子供たちの寝息を聞きながら死んで行くのは、さぞかし幸せなことだろう。でも、自分の死んだ後に残されたこの子らの心配で、死ぬに死ねないかもしれないな。”  ← これに続くブラックユーモアのバカロジック展開が秀逸と言うか、混乱をよく表していると言うか。

さて帯にある惹句「本当に罪深いのは、誰ーー。」は、ひょっとして『読者が犯人』に挑戦したのか!?なんて匂わせなくもありませんが、実際のところ、果たして。。。。

No.1156 5点 孔雀の羽根- カーター・ディクスン 2022/05/17 23:38
緩いながらも不意を突く逆説があったり、犯人誘き寄せのスリリングなシーンがあったり、某人物「偽証理由」の機微とか、ラストセンテンスの斬れ(中身はイマイチ)とか、そこそこカラフルなユーモアとか、美点を数え上げても、とても三十二まで行かない、どうにもピリっとしない長篇。密室殺人のための●●トリックに確かに意外性はあるんだが、監視下の部屋で不可能犯罪と煽られても、この緊迫しない演出じゃ「はあ、何か頑張ってやったんじゃないスか」ってくらいでさっぱり惹き付けられないし、オカルトのオの字も空から降って来ませんでした。「三十二の手掛かり」と気張ってくれたのは嬉しいけれど、どれを取ってもなーんだかシケってんのばっかでページを見返す気にもならん。真犯人に纏わる人間関係の意外性?もトリックと言える程じゃないし、全く驚けない。悪女?の造形も中途半端。だいたい「二年前と同じ云々」って、もうその出オチで噴き出しちゃうじゃないですか。でもまあ、人間関係意外性の件でも、◯◯案件の絡むもう一つのアレはちょっとびっくりしたし、その爽快なまでの残酷性も印象強かった。最初に羅列した美点たちも実はそれぞれに結構心を掴むものではあり、物語全体の締まりの悪さを、なんとか底から持ち上げてぎりぎり体裁は保っている(かな)。要は私の好みに嵌らないってだけで、決して悪い作品ではない(はず)。

「正直にいって、わたしはあれが存在しないのが残念なんです。ちぇっ、あれは存在すべきですよ! しかし、あれが存在しないとなると、いろんな飾り物を結びつけている目的なり動機なりの糸はどこにあるのです」

No.1155 8点 運命の八分休符- 連城三紀彦 2022/05/10 16:52
連城にコミカルな演出は水合わず。爽やかムードくらいで止めときゃいいのに。。 自らのモテ体質を受け入れられない探偵役”風采の上がらぬ男、軍平”がこんなに頭良いとはとても思えない人物造形なもんだから、連作短篇の各ヒロインがもたらすちょっとした時のはずみのヒントから解決に至る流れ(安楽椅子バーテンダーもどきのセレンディピティ急襲!)が唐突過ぎる! 思わせぶり且つ具体性有るプロローグ趣向はまあ、邪魔してないってくらい。 ヒロインの名前企画に凝ってるけど、このペラさ加減なら、極端に言やあ登場人物名も「ポカ山ペケ美」とか「ラリ岡ヘベ造」とかでいいんじゃないかと思ったりもする。連城基準はそれくらいシレッと熾烈なわけさ、おいらのインナーユニヴァースじゃ。。なんて毒づいてしまうが、んだども、そうは言ってもミステリ俯瞰図の中で見たら充分に重い作品が並んでるんだよなあ、なんとなく明るく軽やかなイメージだけど、決してその方向だけじゃあないんです。 恋愛要素では心の動くシーンが結構あります。 主人公の人物設定が効いているんだと思います。

運命の八分休符    7点
死にネタとなったミスディレクションのディープな再利用など出来なかったものか。連城にこの安さは求めていない。たった”二分”のアリバイの壁なんて、ちょっとパロディめいてクスクスさせといて、真相の方向性から目を逸させたのは見事。タイトルに込めたトリックの隠喩(直喩か?)も熱い。ファッション業界のスター達を巡る殺人事件。ヒロインは人気モデル。 大仕掛けなショーの演出と、ちょっとしたトリックで大きな効果を生み出す偽装アリバイ。念を入れてた場所が、そっちだったとはね。。 謎かけダブルミーニング風のタイトルはアレですね、他に有名なとこで「抱きしめたい」とか。同じくビートルズ「It Won’t Be Long」ならより近い。

邪悪な羊    8点
誘拐事件をよくぞここまで複雑に、運命的に、痺れるような熱さで! 金持ちの娘と取り違えられ、貧しき者の娘が拐かされた。 ヒロインは歯科医で昔の同級生。 ちょっとコミカル過多なとこはあるが、おかげで少しくバランス崩したが、終わってみればそのへんのアラも呑み込まれてる。流石の連城反転魂! そして本作は、ラストシーンがたまらんのだ。。。 (ただ、あの人が、立場的に、心理的に、◯◯◯になるって、あるんだろうか..)

観客はただ一人    8点
こりゃあ、読んでて自然と仮説を立てまくらされるな。 数多の浮名を流した中年女優が、最後の舞台に立つ。 ヒロインは女優の卵。 大きな違和感持たざるを得ない或る描写がちょっとあからさまで、そこから真相は透けて見えもしたが・・・それでもこの重い文学的反転は刺さる! 心理の方に押されそうな物理トリックもよく溶け込んでいる。 或る事をするのか、しないのか、◯◯◯で決めるって、凄まじいなあ。。 さて、本短篇集で一番の泣かせどころは、本作の或るシーンではないか。呼応してのラストも、胸に迫る。。映画化したくなるよね。

紙の鳥は青ざめて    7点
ヒロインは、失踪した夫と妹を探す年増。 真相そのものはシンプルで深いのに、解決の見せ方がなーんだか無駄に複雑で、美しさを損なってるかも。 一方で、ブラウン神父そのものを色っぽくやられても、、更に捻って殴ってこその連城三紀彦じゃないか、って思いもありますね。 連城も俺に数回抱かれてから最後の推敲すりゃあ良かったのに、なんて考えもしたけど、読み切ったら満足。 最後は「犬」が妙にしみじみさせてくれました。

濡れた衣装    8点
良い意味で通常構造のミステリを純粋に楽しめそうな予感が溢れた。高級クラブを舞台に傷害事件発生。ヒロインはホステス。 いっやー、この、偽装のベクトルっつんすかね、これはもう、アウトオヴ想定もいいとこ! パラダイムシフトとか大袈裟な事口走っちゃいそう! 小道具の(文字通り)光るエンドは、沁みるねえ。。。。   “ 表情には店の名の通りの、青い微笑が混ざっていた。軍平、その微笑に東京の夜の世界で長年を生きてきた女の誇りのようなものを感じて、黙って頭を下げ、店を出た。”

そして連城のあとがきは、ほんとうに、なぜだかいつも、泣かせます。

No.1154 5点 大いなる幻影- カトリーヌ・アルレー 2022/05/06 15:15
莫大な遺産の相続人に指名された、老い先短い義母が、車で居眠り中、まさかの頓死! このままでは、義理の叔父が残してくれた全財産は慈善団体かなんかに行ってしまう! 咄嗟の機転で、義母の亡骸を隠しておいた車が、ドライヴ=インの駐車場で盗まれた!!。。という椿事から一気に加速する、昔の映画みたいな犯罪スラップスティック。時折ダークサイドオヴコメディ的翳りを付けようとした痕跡もあるが、実際それなりのアルレー的陰影も魅力なのだが、全体で見たらアッパーでとっ散らかったスットコドンドコ物語。(これ言うとネタバレになりましょうが、最後は悲劇っちゃ悲劇) 空さんご指摘の通り、最後にカッチリした意外な展開とか、せめて大オチとか、あれば良かったなあ。。まあ面白かったけど、読み捨てですね。 まるで男性作家が書いたかのような、酒場への愛情溢れる言説がそこかしこ混じるのは良かったです。 “一軒の居酒屋があるかぎり、仲間が集まってきて、酒になる。それだけでも、人生は生きるに値する。” 等々。 翻訳に、日本語というか日本文化に寄せ過ぎの傾向があり、ところどころ笑っちゃいました。 何気な楽屋落ち案件もあったな。  最後に、これはネタバレになりますが、邦題があまりにもネタバレそのものなんですが。。。。(なお原題は和訳すると「火かき棒」。こりゃ翻訳側の確信犯ですな。)

No.1153 6点 ハルさん- 藤野恵美 2022/05/02 21:46
シングルファーザーのビスクドール作家「ハルさん」が、一人娘の結婚式に向かう。タクシーの中〜結婚式場〜披露宴会場にて、過去に遭遇したちょっと不思議な事件たちと、既に若くして故人となっていたハルさんの妻が空の上から(?)事件を解く大事な鍵を与えてくれて無事解決に至った顛末を回想しつつ、最後は・・・
娘が幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生それぞれの時代に起きた事件に纏わる連作短篇。本篇よりも、幕間とプロローグ/エピローグに泣き所がさり気なく寄せられているかな。

第一話 消えた卵焼き事件/第二話 夏休みの失踪/第三話 涙の理由/第四話 サンタが指輪を持ってくる/第五話 人形の家

事件の内容は、これぞ「日常の謎」。日常を謳いながらほとんど犯罪に近い事象や犯罪でなくとも極めて非日常的案件を扱うタイプのグレーゾーン物件とは一線を画したピュアホワイトミステリ。
だもので、良い意味でほんわりした手触りの作品が並ぶが、中で一篇、娘の高校生時代の話だけは際立ってミステリ性高く、引き摺られてサスペンスも強め。それでいてやはりピュアホワイトなストーリーてんだからバランスィングは大したもの。意表を突いて『見取り図』が登場するのは絶対何かある..と睨んだが、まさかそう来るとはね!!・・ この場合の見取り図は実は飽くまで「○○」であって、○○○○の事も検討が必要なわけだが、そういうわけでこの一枚の見取り図が手掛かりでありつつ見事なミスディレクションも兼ねているわけね。。それが大感動オチに直結と来た。

どこまでもホワイトで意表を突く伏線回収も、スパンの長短取り混ぜ、ほんと綺麗に決めまくる。まあ、普通にエエ話でもありますねんな。

文庫の作者あとがきによれば、作者は家庭環境的になかなかハードな少女期を過ごされた様で、中でもちょっと体験しない凄い案件の渦中で思った事が本作のインスピレーションになったのだとか。いやはや。

No.1152 7点 裁くのは俺だ- ミッキー・スピレイン 2022/04/30 11:34
“幸福だ。幸福だ。どうしてこんなに幸福なのか?俺はこの事件の”理由“を握ったが、どうして俺はこんなにも幸福でいられるのか?”

小さな子供と楽しい仲間が好きなマイク。女を大事に扱うマイク。フェアな勝負を愛するマイク。思索に手間を掛け饒舌なマイク。憎めないけど物騒なマイク。親友を虐殺されたマイク。じれったいほどギリギリまで騙され続ける私立探偵マイク・ハマー。。。。 言っちゃなんだが、泣けました。 真犯人は、かなり早い段階で光ってた人物ではありましたが、そこに照準定めてじりじりと読み進む過程には、まるで歌舞伎を観るような溢れる感興がありました。

黒幕のマトリョーシカ構造(に一捻り)、残酷な殺害方法のホヮイダニットにはそれぞれ興味深いものがあります。 あまりに見え見えな○○○○の手掛かりは、どうかと思いましたが。。

最終章のカットバック、俗受けに流さず、文学的○○○を道連れに締めたのは立派です。それにしても悲劇的エンディング。ある意味、映画版「オールド・ボーイ」に通ずるものさえ感じました。

No.1151 5点 死者の書- ジョナサン・キャロル 2022/04/26 11:44
ファンタジーの手助けがあるとは言え、大反転を踏まえての最終コーナーはなかなかにショッキング・・・と手放しで称賛し難いのは、そこに至るまでの物語のお膳立て?盛り立て?が惜しむらくも湿気ってて。。まあそんなもんが眼目たる作品でなさそうなのは承知ですが、ストーリーが進むにつれ快いヴァイブを感じなくなって来てですね。。出だしからの微妙な空気で押せ押せは好きで、期待もしたんだけど、いつの間にやら別の意味の微妙な空気に、徐々に、文章に潜む妖精さんたちが我が心の琴線を逸れてしまったのでしょうか。折角の謎やら違和感らしきものが今ひとつ、興味津々の事象として迫って来なくて。。登場人物群の人間関係の縺れも、なんだか滲みないし意外性も薄い。(そういう所を中心に愉しむお話じゃあないんでしょうけど) 退屈であくびと涙が出てしまうところも結構あったな。 まあ、言うても反転&結末はハードで重いですよね。そこだけ摘出して見ればね。。(エピローグのラスト、本来なら衝撃の締めになろう所が・・!) 有名俳優の息子が、敬愛する童話作家の伝記本執筆のため、同好の女子と連れ立って作家の故郷を訪ねる所から始まる物語設定は、適度に突飛で面白いんだけどっねー。。 それでもガッツリ堂々の5点。 作品に、沸々と迫る底力を感じるからです。

No.1150 6点 湖畔亭事件- 江戸川乱歩 2022/04/21 11:50
レンズに鏡、芸者に旦那、異臭に傷跡、事は意外と複雑。 わりと奥があり且つ◯◯◯◯な真相が魅力、ファンタスティック犯罪小咄。 小咄で中篇を持たせる力量は流石。 容疑者適度に多く心地良し、あからさまに「こいつだろ」と絞らせないのが何気に上手い。 目撃者が、その目撃方法ゆえに警察に全てを言えないもどかしさ、だが探偵役には告白し、協力して事件解明にあたる。 旅情というほどもないが、旅先の景色のほんのり浮かぶのがいい。

No.1149 5点 ドラゴンの歯- エラリイ・クイーン 2022/04/20 09:17
終盤寄り、一気に盛り上がるあのシーンで、こりゃ「◯◯◯◯し」トリックにヒネリをカマした応用篇かと大いに期待したら、真犯人暴露までがなかなかに悪く地味。。大見得切るよな目の醒めるロジックじゃあない。だがそこからの軽い頭脳戦一波乱に物語はちょっと救われた。
「◯◯◯◯し」(というか「◯◯◯◯り」)トリックの旨味持ってそな部分が、折角もう二つも大きなのが(小っちゃいオマケも一つ)あるのに、そっちらとの有機的絡みって言うんスかね、そういうので今ひとつ活かしきれてないやね。
全体で見て、謎解きやら犯罪を巡る冒険より、旧いコメディ映画を思わすドタバタ感覚こそが主軸かも、特に前半と締めントコにその感が強い。実際、そのお蔭でかなり楽しく読めたわけですよ。ドタバタがおとなしくなっちゃった後半では、眠たい箇所もあったね。 「よし次いこ次!」って前向きに思える作品ではある(笑)。

No.1148 7点 オールド・ボーイ- 大石圭 2022/04/19 00:40
先に書評したオリジナル劇画、のパク・チャヌク監督映画版、の更にノベライズ版です。
劇画と映画では微妙に違う設定、大きく異なる展開と来て結末(真相&反転)は全くの別物になっていますが、このノベライズ版も、映画版をなぞってはいるものの、それなりの違いがあり、特にエンド~エピローグを大胆に差し替えているのは特筆事項です。映画はいったん落ち着いてしみじみとするものがありますが、ノベライズ版はそれなりにしみじみしつつも、映画では敢えて消したあの案件もあり、やっぱりキッツいですね。。
なお、後年のスパイク・リー監督映画版も、パク・チャヌク版とは微妙に異なる設定に展開と、また決定的に異なるエピローグを取っています。ややこしいですね。

というわけで、前の書評の通り、何気に ‘爽やか’ と言っても過言でないエンドを迎える劇画オリジナル、とは打って変わって、ジ・エンペラー・オヴ・ダークネスと呼びたいような最悪のバッドエンドを迎える本作です。そしてエピローグ、映画とさえ全く異なる未来の方角へ、ずらしたね。。。。 しつこいようですが、パク・チャヌク映画はギリギリの所でワーストエンドを避け、その後には救いのエピローグがあります。ノベライズの本作はそこんとこ容赦ありません。

私刑禁固のニーズに応える裏ビジネス「私設刑務所」にTV付き軟禁された男が、15年後に突如、大金と上等な服装付きで釈放される。毎日出前で運ばれる揚げ餃子定食を食べ続け(劇画では料理にバリエーションがあった)、欠かさず続けたTV教養講座視聴と筋力鍛錬の賜物で、膨大な知識と逞しい肉体を備えて刑期を終えた、どう見てもダーティーな物腰の彼は、腕試しに乗ってみた若いチンピラ共との喧嘩(なんと一人殺しちまう!劇画でも映画でもそこまでやってないのに!)で自信を付け、自分に15年間もの不自由を押し付けた「敵」を捜し出し、きっちり落とし前を付けるべく、行動を開始する。 最初に入った寿司屋「日本海」(!)の若い女子職人(珍しい存在)の家で暮らすようになった彼を、遠くから見つめる一人の男がいた。。 いっやーー、あらすじ書けるのはここまで。  「そのあとに起こったことは、すべてあなたたちの責任です。わたしは一切、関与していません」  

ところで軟禁期間ですが、何故、劇画版の「10年」から「15年」に伸びたのか。 更に言えば、スパイク・リー版では「20年」にまで伸びたのか。 実はここにこそ、オリジナル劇画には無かった熾烈な地獄落としの鍵が潜んでいました。
昔、パク・チャヌクの映画をまだ観る前、既に観たと言う友人が呑みの場で、冗談っぽくうっかり「◯◯◯◯!」とネタバレに通じる大キーワードを口にしてしまったんですね。幸いその一言で済んだのですが、それを聞いた私は「15年」と「◯◯◯◯」なるキーワード、更に日本原作であるというポイント(..苦笑..)から計算して、或る仮説を立てたんです。つまり「××××」である「◯◯◯◯」のホニャララを防ぐための15年間軟禁、要は逆の方かと思ったんですよね。 そしたら、蓋を開けてみたら逆じゃない方だったというワケで、、しかもそのポイントは日本の原作には無かったと、原作では(もし私の仮説通りだったら、どこからカウントするかにも依りますが)微妙過ぎる10年しかなかったと(笑)。 ちなみにスパイク・リー版が20年と長いのは、おそらく、米国の国民感情というかモラル(?)的に、そこ15年ではいかにも短い、、という事でしょうか。

しかし大石さん、重い役をよく引き受けてくれました。文章は、視点バトンタッチ(これが良い)に神の眼が混入しちょっとグラグラしますが、それより、結末を知っていても引き込まれる、サスペンスとスリルの強烈さです。泣けるハードボイルドなシーンもあったな。。下品なユーモアに込めた強烈な伏線.... 爽やかなくせに強烈な伏線もある、こっちの方がキツかったな.... そして、ユーモアが抑圧されたシークエンスで貴重なコミック・リリーフの台詞にさえ同趣の・・・・  まあ、大石さんオリジナルのストーリー等々ではありませんので、そこはハンデを付けるべく少し点数落として、7点とします。つまり、作品そのものは相~ッ当に面白い(というか凄い!)という事です。

問題の、映画版から改変されたエンド~エピローグ、燃え盛る激烈さならノベライズの方ですが、映画の行く末の方が、そこに静かに宿る強烈な切なさが沁みますよ。。。。
映画の冒頭でいきなりフラッシュフォワードのシーン、ノベライズではカットされていますが、特別出演風チョイ役さんのあの台詞、残していれば大反転の大きな伏線として機能したろうに、と大いに惜しまれます。
小道具「◯◯の◯◯」が登場するシーンの置き場所は、ラストの衝撃のためには、そこじゃないんじゃ、、ネタバレっしょ、、いや、わざとそこにしたのかな。。何の優しさかな。。 
複数の人物から見た「或る事」を描写するのにやたら繰り返す同じ表現(しかも長い)、これは、ちょっといただけなかったですね。
「●●●を使うなんて・・・・・・汚いやつだ」  ←これ、もしやメタなジョークか(笑)?

原作の日本劇画からどうインスパイアされてここまで大改変したかと思いを巡らせば、まあ、あの重要要素はシンプルに登場人物配置から閃いたのかな。。それと、( 中 略 )文化の浸透した韓国なのにというか、韓国だからこそ敢えてぶつけて来たのかな、最高の復讐方法として。 
その重要要素、主人公側もさる事ながら、復讐者側のそれに纏わる経緯や、何よりその終局のシーン、これがたまらなく切なく、響き残るわけでねえ。。。。

ところで、重要な登場人物で一人、名前の由来が気になった人がいたのですがね、、ネタバレに繋がるので、何も言わずこのへんで。

No.1147 7点 ルーズ戦記 オールドボーイ(劇画)- 土屋ガロン 2022/04/18 22:02
<<遠くまで来てしまった・・・ はたして わたしはこの”物語”を書くのだろうか・・・!?>>

..「人を殺して安眠できる奴は少ねえだろ」.. 私刑禁固のニーズに応える裏ビジネス「私設刑務所」にTV付き軟禁された男が、10年後に突如、大金と上等な服装付きで釈放される。毎日出前が運ばれる中華料理の栄養バランスと、欠かさず続けた筋力鍛錬の賜物で、逞しい健康体のまま刑期を終えた裏町紳士風の彼は、腕試しに乗ってみた若いチンピラ共との喧嘩で自信を付け、自分に10年間も不自由を押し付けた「敵」を捜し出し、きっちり落とし前を付けるべく、行動を開始する。 やがて出来た行きつけの呑み屋の若い女給といい仲になった彼を、遠くから見つめる一人の男がいた。。 いっやーー、あらすじ書けるのはここまで。   「よろしい、最高の結論だ」  

ヴァイオレンスに走り過ぎず、ディープな心理戦に置いた軸足をずらさないサスペンスフルな展開。 推理推測と行動のサイクルを重ねながら、今と過去とのナイスなカットバック。 昔の親友とも再開を果たす。やっぱな、親友との再会は、新宿だよな。。。。店の名前は「ムーンドッグ」。たまらんわあ。  「初めてだよ、そこから人間が現れたのは!?」   まだまだこれからの時に熱い名シーン「手術」。 灼熱の「ワンポイント」をあっさり言い捨てる彼。 競馬場にて純粋物理トリック炸裂(ご愛敬)! そして、これほど滑稽で切実な「食べ歩き」があるか。。 「ある視点」とはいったい何だ。。

<<この決断しだいで”物語”は一気にクライマックスに・・・・>>

その ”二度目の” 出逢いのシーン。。。。有名なギムレットがどうしたのアレを思い出した。 おっと、物語のど真ん中チョイ前でそう来るってが! 人生のメタファーのつもりか!..   「あの洞察力はおそらく『病理的』なものでありましょう」   .. 途中参戦の、まさかの位置付けの人物が沁みる。。。。 ま、まさかのどキーパーソンが、そこで浮上!!   「だからこのような不毛な”ゲーム”は早急に終わらせるべきだ………と」

最後に明かされる「殺さず10年軟禁の理由」は、その方向性はなんとなく風の中に見え隠れするようなものの、やはり意外性の彫りの深いものです。 一見、「は!? そんな事で10年も!?」と感じるかも知れませんが、この心的、内的、思索的でありつつ、抽象でなく具体的な、大きな復讐の理由は、妙に穏やかに、心の中の砂丘にジーーーンと静かな嵐を起こす効果があります。 怨恨を買う契機となった、主人公の◯を◯◯◯◯ものが、復讐者の◯◯◯或る「◯」だった、というのも、何とも言えない、ちょっと甘美で爽やかな涼風を吹かせてくれます。 このへん、結末に抜本的改変を施した映画版x2とはエラい違いです(笑)。
ちょっと怖いエピローグも、この頼もしい主人公ならむしろ、これからは気を付けて行こう、と気を引き締める合図になるのではないかな、なんて明るい方向に私は解釈してしまいます。

難点を挙げれば、最終段階、「敵」と真っ向勝負に至る所だけちょっと忙しなく急いじゃったかな、というバランス微妙な感がある所。これは連載なのにストーリー後付け(だったらしい)という事情があるのかな。 もうひとつ、頭に「困ったときの」と付けたくなるほど便利のいい「●●●●●(いわゆる●●●)」でキメてくれちゃってるのも、人によっては文句の付けどころでしょう。私も、もう少し早い段階から伏線を仕掛けておいてくれたらな、とは思います。 これも前者と同じ事情に拠るものか。

そうそう、やはり嶺岸氏の画力は見逃せません。ちょっぴりヘタウマな所もありますが、登場人物群にメリハリ付けて魅力的に描く腕は素晴らしいです。特に主人公、そして途中参戦で彼の強い味方となる或る女性、たまらなく応援したくなります。 あと敵役、私の好きなジョー・ジャクソンに見えなくもありません。

No.1146 3点 七十五羽の烏- 都筑道夫 2022/04/13 11:35
HEY MAAN, Much Ado About Nothing(から騒ぎ).. 先行の方々も指摘されたように「無味乾燥」、これに尽きます。 謎と解決の骨組みはしっかりしてるのに、折角の面白いロジック展開も、気取った?文章と緩いおふざけとの並走するうざったさを前に湿りがち、もったいない! なんつか、犯罪ファンタジーをしっかり構築する気ねえんだな、的な。 折角の「章前メモ」企画もいまいちピリッとしやしねえ、ダラダラと統一感無く、趣向でワクワクされてくれない、いちいちストーリー先行バラシだけしてどうすんの。 つかやっぱ本当にもう、文学云々じゃなく本格ミステリとして、人間やら人間社会が描けてないんだな!! 皮肉なことに、蘊蓄披露的場面で出て来る、知らなかったり馴染みの薄い言葉をいちいち調べるのが一番面白かったりしました。ところが、そういった蘊蓄の厚さがミステリの熱さにほとんど寄与してませんでしたのう。

No.1145 7点 なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?- アガサ・クリスティー 2022/04/08 06:50
「でもいったい、どうしてここにいらっしゃったの?」
「あなたときっと同じ理由からですわ」
「ではエヴァンズがだれだか、おわかりになったのですね?」

この本が「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」や「なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?」と同じコーナーに置いてあったら笑います。実際、今どきの古本屋やセレクト本屋でやりそうですけどね、そういう遊び。  
↑ 本作への感想と言えば、それで総括できます。 昔の日活で映画化したなら題名「若いヤングでぶっ飛ばせ」でいいんじゃないかと思うくらいヤングでカラフルな犯罪活劇でとにかく楽しくて、、、 と、まんまと油断させられて、思い込まされていたんですね、この上等な緩さはアガサの休日じゃないのかと(6点にするつもりでした)、あの章の衝撃のあのシーンにぶつかるまでは!! 

さて本作のタイトルと言えば、いわゆる世界三大ダイイング・メッセージとして「ブルータス、お前もか!」「板垣死すとも、自由は死せず!」(←板垣さんはこのあと生き延びました)の次に有名な台詞になるわけですが、この謎のエヴァンズさんが一体どこのどいつで(ファーストネームはギルなのか、ビルなのか、意外とマルなのか)、また彼/彼女に何を頼まなかったのか、頼むべきだったのか、普通だったら頼む所なのか、とりあえず生一丁頼むような感じなのか、という大きな謎を横目で追いつつ、とりあえずは目の前の連続殺人(自殺?未遂もあるでよ?)事件を解き明かすべく真っ赤なスカーフなびかせマンボズボンで奔走する若い男女(←ちょっと脚色、伯爵令嬢と牧師の息子)が最後にはドス黒い心を持った悪い連中をブッ飛ばしてギャフンと言わせるべく、仲間や偶然の力もチョイと借りて大活躍する一大スペクタクル劇場。 この男女、展開に応じて”しっかりしてる側”のキャッチボールというかパス交換があるのが面白い。一方的にどちらかが冴えてて主導権握って、というのではない所がね。

真犯人、意外なんだか意外でないんだか、と思ってたら、いや、やっぱりちょいと意外でした。 真相の反転具合もなかなか、予想外に派手にやってくれました。 いい意味で気が緩んだ甲斐があっただね。 男女の機微もうまい具合に収まって、と思ったらそれ以上、何ともベタな収まりに。 筆跡の件だけ(?)は、ちょっと都合良過ぎかと思いますが。。 うん、最後の一文、いいですね。 いろんな要素も手際よく詰め込まれて(後ろから殴られて気を失ったり、みんな大好き●神病院も登場するぞ!)、ヤングのミステリ入門書として実はすこぶるよろしいんじゃないかと思います。

そういや、いっけんご丁寧なストーリーネタバレにしか見えない目次の章立てにも、ささやかなナニがあったな。。  そして、登場人物一覧に、マ、マ、マサカのトリックが。。!! (確かに、ちょっと違和感あった..)

No.1144 6点 Mystery Seller- アンソロジー(出版社編) 2022/04/04 19:29
■■島田荘司/進々堂世界一周 戻り橋と悲願花■■ 毒殺成功、または失敗、どちらにしろ予想外の悲劇に見舞われる流れかと、思いきや! まさかこんなブライトでフラワーな地点へ向かうとは! 出来過ぎ話の感もあるが伏線はしっかり大胆に構築してあるし、文句は無いね。綺麗な大バカトリックかも知れないけど、それも良し。 太平洋戦争を挟み朝鮮、日本、そして◯◯を股に掛けた、◯◯のある苦難劇。
■■有栖川有栖/四分間では短すぎる■■ 下宿の学生飲みを舞台に、小粋なミステリ小咄。立ち聞きした電話のちょっと不思議な物言いを推理する。モチーフは「九マイルでは遠すぎる」。楽屋落ちめいたミステリ談義良し。素直だなあ、アリスアリス。ゆるいオチはもちろん許します。
■■我孫子武丸/夏に消えた少女■■ 妙にページ数少ないなと思ったら… これ、長篇でやったら顰蹙買うヤツやん。でも、もちょっと長い短篇でも平気じゃないかな。幼女誘拐事件を巡って両親と警察のやり取りに微妙な違和感。GPS追跡出来ない筈の犯人を何故捕獲出来たのか。。?? てか、社会派ぶるなって(笑)。
■■米澤穂信/柘榴■■ この結末、結果的に利を得るのは◯◯という考えオチなのか、それとも真っすぐにそういう事なのか、判断に迷わせてくれますが、敢えて前者と決め付けるがミステリとして吉! 奇妙な家族の、離婚を挟んだ奇妙な物語。 他作家作品と続けて読むと、技巧と雰囲気づくりに凝り過ぎでリアリティが薄く感じられる、いい意味で。そのプチ幻想が個性よね。 
■■竹本健治/恐い映像■■ のっけから、あーー、ゆるいなー(笑)! 折角のよかネタを。。これこそ長篇勝負が似合いそうなのに。連城並のディープな文体、濃縮した内容だったら短篇で充分だけどね。 或る夜、封印された(らしい)記憶を刺激する映像がTVCMで流れた。 ◯◯対象のすれ違いが謎を複雑にしたってわけか。。
■■北川歩美/確かなつながり■■ ちょっと混乱させる冒頭から不安を誘うカットバックを繰り返し、連城ばりの有機的多重反転で締め。それにしてはピースを余らせ過ぎ、ちょっとグラグラしてる感がある。あの ”重要ファクター” が今時禁じ手にさえ見えてしまうのは、たぶんその緩みのせい。作家志望の若い女性が、著名編集者を騙る女に引っ掛かり、監禁される話。。。。 
■■長江俊和/杜の囚人■■ 文章感覚が絵空事だと、折角の最後の衝撃が湿っちゃうですよね、こういうのは。。惜しいな。。題材はちっとも絵空事じゃないですけどね。 どこか違和感オーラ発する兄妹が田舎の別荘へやって来て、生活記録の映像を撮り始めた。。 でもまあ、ダークサイドへダークサイドへと何段も続けて落とすラストの技巧には、確かな力作感が漂います。
■■麻耶雄嵩/失くした御守■■ モヤモヤするなあ、、おいおい、その人●●も●●●●やないか。。気の滅入る御守捜しに付き合わされたのもなんだか。。まあそのへんが麻耶さんの企図なんでしょうか。「見えないなんとか」トリックは地味ながら良かった(でもそんなんポイントちゃうんやろな)。 良家の令嬢が平凡な男性と駆け落ち、のはずが心中事件に。。ところが、よく調べると他殺の疑いが・・・という話。 麻耶さん、普通にはヒネってくれないね(笑)。

文庫帯に「文庫史上最も華麗なアンソロジー。」 今どきこんな煽り文句に騙される人もいないでしょうが、傑出したアンソロとは言えなくとも、サンプラとして悪いモンではなかろうと思います。 2012年冒頭(?)時点での各作者著作リスト付き。

No.1143 5点 殺人者はへまをする- F・W・クロフツ 2022/04/01 15:05
MMM ... Murderers Make Mistakes .. 殺人者はへまをする .. ま、俺は例外だけどね。今まで一度たりとも捕まっちゃいねえや。

フリーマン・ウィルズ・クロフツ先輩が往年のラジオ番組用に書いたショート・ショート・ミステリーズ23篇。溢れる古趣。難事件をじっくり解決する長篇のフレンチと異なり、簡単なヤマなら容赦無く秒殺でホシを挙げてしまう掌篇のフレンチ。

出来上がってるクイズを小説の枠にねじ込み直したブツとは似て非なる、クイズ要素を織り上げて小説の形にまで仕立てた、ちょっとしたオードブルたち。一篇読んだら気の合う仲間とうっかりリッツパーティーでも開きたくなること請け合いです。

新しい出発(たびだち)の春、これから殺人にでも手を染めようかという方は、本書をじっくり研究して、殺人者がどんな時に失敗を犯すものなのかよく理解しておくのがよいでしょう。 先輩面してごめん。 ではまた。

No.1142 5点 カメラマン ケイド- ハドリー・チェイス 2022/03/30 15:46
「ほんとか! ぼくは五七九号室だ」
「知ってるわ。今朝部屋をかえたから」

ラストシーン、安っぽいが印象に残る。ここで0.5点上げた。。。 まるでソ連のような、ロシアのような・・公民権運動で不穏なヴァイブ溢れる米国南部の街イーストンヴィル。灼熱の報道写真を撮れと派遣されたケイドは酒浸りのフォトグラファー。かつては花形だったケイドが艶美なメキシコ娘に引っ掛かり『如何に落ちぶれたか』を時を遡りヴィヴィッドに敷衍した後、イーストンヴィルの仕事で案の定大失態をやらかした彼がいよいよ『最後の賭け』となる激ヤバなギグに勤しむ姿まで(+α)が描かれる、書き飛ばし(?)冒険譚。 全篇通じての安っぽさは拭いようが無いし、時系列往き来の惑わしが妙に中途半端だったり、展開に意外性も薄く(最後のアレだけはちょっとアレで意外!)、主役に心酔出来る魅力など無く、スリルを殺ぐ要素には事欠かない有様だが、ところがどうして、面白く読めちまうのは間違いないってんだから変なもんだ。 締め(?)のドタバタアクションも、緩々ながら愉しかった。 読了後、白のタキシードにサッと着替えて葉巻を片手に人生を語りたくなるようなブツでは決してないが、こんな本に時間を預けるのも悪くないと思えれば、まだ人生に余裕がある証拠かも知れない。 

ところで、古い創元推理文庫、登場人物一覧が明からさまなネタバレになってますが。。。。人数多いのがせめてもの目眩しか?? ともあれ最後の数名は読了前に見ないようにしといたほうがいいでしょう。(いや、むしろ最後から二番目、三番目の人物の異様な肩書を見ちゃったほうが、かえって興味が煽られて良い、かも・・??)  ← これで充分ネタバレかな。 ’66の作やしな。

No.1141 5点 ソクラテス最期の弁明- 小峰元 2022/03/28 11:54
「美しく素晴らしく死にたいと思ってる若者は多いのですから。」

N’夙川BOYSの先輩達が神戸⇔大阪間で繰り広げる、犯罪◯◯◯青春ダークサイドストーリー(のくせにタッチは明るい)。 須磨海岸で年増女の全裸屍体が上がる所からスタート。屍体の横には男子高校生。見ていたのは監視員の男子大学生とワケあり爺。 視点人物転換やらストーリー交錯やらで自然と「探偵役を探せ」興味が湧き上がる。なんなら被害者の意外性も。更に言ってしまえば■■まで・・・このへんの込み入った関係性、けっこう最後は炸裂します。 「解決篇」の構成、現在の会話と過去の◯◯との短いカットバックが醸し出すスリルや良し。 物語にしっかりした軸が一本通ってない感はちょいとある。そのおかげで謎が深く見えている効果も一方にあるけど、トータルでは微妙な所か。 小技効かせて効果は大きい物理トリックも、明かされる全体像(それなりにビックリ!)も、人間関係描写も、どこか締まりを徹底してないよな悪い緩みが残ります。でも全体的に、早く話の先を知りたくなる推進力、面白さはあるんですよね。 単独の人間描写で言うなら、一人(ギリ二人?)だけ突出してヴィヴィッドに浮かび上がる魅力的キャラクタがいたな。他にも、魅力あるかはともかく、クセの強い登場人物群には事欠きません。 ところで、自動車事故の物理トリックに直接繋がった、或る人物の或る「癖」だが、ちょいと気持ち悪くないですか。

No.1140 7点 犠牲者たち- ボアロー&ナルスジャック 2022/03/25 11:40
<<けっしておのれをあらわさずに存在する権利を持っているのは、神だけだよ>>

創元推理文庫旧版、カバーと本体で「登場人物表」の人数が違う! 本体の方が一名多く、その人物だけ説明が無い!  これは、わざとだよね。。。。

奇妙な内省に満ちた◯◯◯(??)四角関係と、異国でのダム工事、その顛末。 巧妙に隠匿された●●の暴露に強い意外性が宿っているのは、作者の文章感覚在ればこそでしょう。 ほぼ観念的恋愛小説。 人に依っては読むに堪えないであろう、当てのない堂々巡りの面倒さで九割方できているような、短い長篇。 
人並由真さんコメントの 「かなりシンプルかつ大技の着想があり、それは、ヘタに書くと、たぶん本当にとてもつまらなくなってしまいそうなもの」 ← フムフムですね。。 人を騙すにはどうするか、の大ヒントを曝した一冊でもあるかも知れません。

“ぼくは本を書こう、きみのために。ぼくらの愛がふたたび始まるのだ。”

No.1139 7点 マリオネットの罠- 赤川次郎 2022/03/23 06:24
富豪の地下室に幽閉されていた人物が、或る契機に乗じ逃げ出して、動機不明の連続殺人を犯す。最後のターゲットに向かって人群れの中を堂々と、手に汗握るクライマックスの行き着く先は・・・・ 最終章の締まり具合が見事! 嵐の前の静かな幕切れも良い。

要はミッシングリンクに◯手間置いたってわけか、そんな大層な形で。。。そのミステリとしての重さと奥行きを思えば、ちょいと唐突の気のあるどんでん返しもまぁ許せるか。ただ、最後にいきなりソレで、全体のバランスがグラグラしてないか? 真犯人(と分かってみると、その人の)人物描写に違和感も感じましたよ。 他にも、そんな源義経みたいな殺人の天才が仮にいたとしてアレなのかとか、貴族的人物の貴族性がさっぱり表せてないぞとか、セコい文句の二三も言いたくなりますが、やっぱり床下から一気に持ち上がるような作品の底力には黙らされます。 第一章、所々生硬な表現や展開にぶつかり、おいおい君こんな所で文学気取りの練習するんじゃありませんよと注意してあけたくなったけど、作者の第一長篇なんだし、まあ許容範囲でしょう。

本作の題名、アナグラムで「縄の練馬夫」となるのはいいですが、略して「マリワナ」になるのはちょっと気になりました。

第一長篇とは言えこんな作品(オープニングシーンからしてアレですぜ..)を「母に」捧げる赤川さん。幼少の頃の訳あり家庭環境が影響してるんだろうか、なんてちょっと想像しましたが、まあ実はそんな深い連関も無いのかな。

不意を突く短いフーダニットが途中で襲ったり、某分署の某エピソードを思い出す要素が出たり、ちょっと面白い趣向もありました。 作者も何気に尊敬してそうな賢い大悪党、大悪党以上に許せない行為に走る馬鹿な小悪党、明確に心の欠損が有る中悪党(?)等、作者の人間不信の深淵(?)が覗き見えるような人物像配置も印象的でした。その極め付けは、やはり真犯人設定ですかね。。。。 やめてえーー。。。。  さてさて、タイトルの意味する所は、第一にはあの「メモ」ということになるのかな。もっと広い隠喩にも解釈出来ましょうが、敢えて狭くその「メモ」に留めておいたほうが、ミステリの味わいはより拡がろうと思います。

No.1138 3点 青斑猫- 森下雨村 2022/03/18 21:34
読みは「アオハンミョウ」。 身寄りのない不良上がりの青年が或る日、見知らぬ弁護士を通じ「富貴兼ね備えた人物の後継者に指名された」との連絡を受けた。 ここから始まる、昭和初期の芸能界やら司法界やら引き連れて展開する、恋愛要素沁み込んだ惨酷絢爛ストーリー。。。 なのでありますが、平易ながらアンリーダボーな文章、電話帳の如し。 これじゃ退屈もしのげねえ。(←すみません、言い過ぎました) 

間接的にたいへんお世話になっている、日本探偵小説の父であらせられる大先生ですが、実作に当られた作品を拝読するのはこれが初めて。 きっと他に、私の嗜好に合うものも書かれていらっしゃると期待します。 本作はちょっと、肝となる●●のベクトルやら因縁やらアケスケだ。 ここは清冽なチラリズム精神を発揮し、ミステリ的にぐいぐい攪乱、堂々立ちはだかって欲しかった所。 キャラクタにしても、カックワリンだかカッケンだか分からん不良老年とか、もっと輝いてくれたら良かったですな。 気の抜けた二人二役? おっと、意外な被害者が一人いたな。(ここはちょっと好きだった) 

先生、いくら当時の主潮とは言え、地の文に闖入する神の視点いや筆者視点が煩(わずら)わし過ぎます。 サスペンス小説(ちょっと違う?)なのに、何より大事な(?)サスペンスってやつを手当たり次第、消去して回っていらっしゃいませんでしたでしょうか? 音速でカーブ切りまくりのジェットコースターストーリー、追う気にもなりません。 ごめん、興味が湧かないのよ。。 と、ここまでが物語前半への想い。 

ちょうど真ん中のあたり、筆致に微妙な変化が見られ、ちょっとスリリングなグルーヴを内在し始めた。悪くないかも。。。 しかしやがてそのスリルも摩耗を見せ、いつの間にやら擦り切れた退屈の側溝へとまたグラリゆらり。。嗚呼。。。(だども硫酸の雨て!!) 一瞬感動の光が差したエンディングだけど、締めは陳腐よ。

問題は、現代の読み手から見て大時代的とか陳腐化したとか、そういう事ではない気がします。 そっか、ストーリーのどの断面見ても、一律に何らかの異常事態ばかりで、時には普通にゆったりさせてくれってか、あまりにもメリハリが無いんだな、きっと。 メリー&ハリーは新婚旅行にでも行ってたのかな? 残念ですが、またいつか、先生の別な作品に当たってみようと思います。 ありがとうございました。

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
鮎川 清張 島荘 東野 クリスチアナ 京太郎 風太郎 連城
採点傾向
平均点: 6.69点   採点数: 1357件
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東野圭吾(59)
松本清張(54)
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