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HORNETさん
平均点: 6.32点 書評数: 1153件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.613 8点 イノセント・デイズ- 早見和真 2019/06/08 13:40
 母子3人を犠牲にした横浜の放火殺人事件。被告人は、夫の元恋人・田中幸乃24歳。別れ話に納得できず、執拗なストーカー行為の末に自宅に放火したとされる容疑に下された判決は「死刑」。判決が下された時、幸乃は弱々しい声で言った。「う、生まれてきて、す、す、すみませんでした」―
 事件の裏にあった幸乃の半生、そして真実が、関係者の回想によって明らかになっていく。

 賛否両論あるよう(否の傾向が強いか?)だが、私は面白かった。
 罪状を見れば同情の余地などない、おかしい女の暴走に見えるのだが、幸乃の歩んできた人生や、被害者である元恋人の男の素顔が明らかになっていくにつれ、見方が変わっていく。判決を受け入れ、むしろ死刑になることを望んでいる幸乃と、その本人の意思に反して救おうとする周り。果たして死刑は執行されてしまうのか?本当に幸乃の仕業なのか?さまざまな謎と興味に引っ張られ、読み進めてしまう力があった。
 結末の在り方が特に意見の分かれるところだろう。私はそれなりに納得のいく結末だった。

No.612 6点 人間に向いてない- 黒澤いづみ 2019/06/08 12:57
 ある日突然、人間が異形へと変貌する「異形性変異症候群」。昨日まで普通だった人間が、突然見たこともないグロテスクな生き物に変わってしまう。それはなぜか、引きこもりやニートなど、社会参画や社会貢献ができていない若者に次々と発症していた。
 美晴の一人息子優一は、高校の時に不登校になり、それ以来引きこもりとなり、今や22歳になった。ある日の昼、いつものように昼食の用意ができたことを部屋に告げに行ったところ、「虫」のような姿に変わった息子の姿を発見する。
 以前から息子を出来損ないと断じ、愛情も持たなくなっていた父親・勳夫は無慈悲に「早く捨ててこい」という。しかし美晴は、姿が変わっても息子であると、守り、育てようとするのだが―

 ミステリではなくSFホラーに近い。異様な姿になってしまった優一を、これ幸いとでもいうように捨てようとする夫と、守り通そうとする美晴とのやり取りを通して、親子の愛情や子育てといったことについて考える、といった内容になっている。
 謎はないが、面白く読めたしラストもよかった。

No.611 6点 虚無への供物- 中井英夫 2019/06/08 11:08
 さまざまなジャンルに細分化されている現代のミステリを多く読んでから、やっと本作を読んだからであろう、正直何をもって「奇書」なのかが分からなかった。
 言い換えれば、それだけ現代のミステリがさまざまな創意工夫や奇手に彩られているということであり、本作品が50年以上前にその先鞭をつけた存在だったということであれば、ミステリ史上において高い評価がされるのもうなずける。

 よって私の感想は、普通に「重厚なミステリ作品」として面白かった、というもの。多くのペダントリーと、そこから引き出される突飛な推理の数々にはなかなかついていけなかったが、それでも上下巻に渡る重厚なストーリーを飽くことなく読み続けることができた。読みにくさは全く感じない。
 非常に多くの伏線が張られ、しかも展開の中でそれが二転三転していくので、回収されていないままのものがいくつかありそうだが、情報量の多さにそれを見返す気にはなれなかった。そう思うと、なんだが雰囲気で騙されてしまっているところもある気がした。

No.610 5点 イヤミス短篇集- 真梨幸子 2019/06/08 10:49
 真梨幸子らしい、特に「女性の怖さ」をテーマとした内容が多い短編集。
 私としては、女性の仲良しグループに潜む本音をコミカルに描いた「いつまでも、仲良く。」と、Webサイトの管理をするという面白いテーマを扱った「ネイルアート」がよかった。
 特に後者については、それにくらべると本サイトの投稿者は皆さんマナーが良くてありがたいなぁと思った(笑)

No.609 5点 黒い睡蓮- ミシェル・ビュッシ 2019/05/02 21:37
 ジヴェルニー村はかの印象派画家の巨匠、クロード・モネが生涯を過ごし、『睡蓮』を描き続けた有名な村。モネの死後100年を経ようとするこの村は、今では世界中から睡蓮の池、モネの家を見るために人が集まってきている。

 そんな村である朝、地元では名士となった眼科医・ジェローム・モルヴァルが死体となって発見された。捜査にあたったローランス・セレナック警部は、妻がいながら幾人もの女性と関係をもっていたジェロームの女性関係に目をつける。そのうちの一人、ジェロームが必死で口説き落とそうとしていた小学校教師・ステファニーは男なら誰でも惹かれてしまう美女で、ローランス警部も一目で心を奪われてしまう。ステファニーの夫、ジャックは嫉妬深いことで有名で、ローランスはジャックに嫌疑の目を向け、捜査を展開するが―

 ・・・・・・この真相はかなり賛否両論でしょう。トリックとしては面白かったが、騙し方がフェアかと言われれば・・・うーん・・・。実際私も、何度も各章のタイトルになっている日付と年号を見直したし・・・。
 愛憎劇が組み込まれていて、長さが苦にならないぐらい面白く読み進められたのは〇。でも仕掛け方としては「気持ちよく騙された」というより「本当に騙された」という思いが残るものだった。

No.608 6点 遠まわりする雛- 米澤穂信 2019/05/02 20:46
 古典部シリーズ第4弾の短編集。
 ホータロー、える、里志、摩耶花の4人が学園内外で起きる様々な小さな謎に挑む話なわけだが、今回はこの4人の中で起こる身内的な問題もいくつかあって、それによって4人の関係性が揺れ動くところもあった。
 純粋なミステリとしては「心あたりのある者は」「遠まわりする雛」が面白かった。「心あたりのある者は」は、放課後にされた校内放送からその背景を推理するというもので、作者自身の解説にもあったようにハリイ・ケメルマンの「9マイルは遠すぎる」の古典部シリーズ版。
 「やるべきことなら手短に」「手作りチョコレート事件」は、それぞれホータローとえる、里志と麻耶花の微妙な関係が素材となった話だが、ごくフツーの高校に通う高校生が、ここまで策を弄したり、それを裏で理解し合ったりするか?という感は否めない。
 なんにせよ、一見ラノベテイストにも見られがちな本シリーズだが、「日常の謎」として堂々とミステリを名乗れる内容になっているのはさすがだ。

No.607 7点 生き残り- 古処誠二 2019/05/02 20:21
 第二次世界大戦中のビルマ戦線。日本の戦況が悪くなり、自部隊が攻撃に遭って転進してきた兵隊たちがイラワジ河にたどり着き、渡河のために河畔に散在していた。同様に戸湊伍長と2人で転進してきた丸江は、たった一人でたたずんでいる兵隊を目にする。すると戸湊伍長はその兵隊を注視し、やがて声をかけて一人でいる事情を聞く。聞けば兵隊は「ゲリラに襲われて自分以外はみな死んだ」とのことだった。「さすがに不憫だ。連れていく」という戸湊伍長。だが、兵隊が一人になった経緯を執拗に問うたり、軍隊手帖を盗み見たりと、何か兵隊に疑念を抱いているようなそぶりに丸江は不審に思う。血で血を洗う凄惨な戦場、その中で生き延びてきた兵隊にいったい何があったのか―兵隊の回想と、現在とが交互に描かれる展開で、真相が明らかにされていく。

 まずなにより、こうした大戦中の、しかもビルマ戦線という世の認知度としては比較的低いところを舞台として描かれた「ミステリ」が新鮮で、非常に面白く読めた。泥まみれで不潔、劣悪な環境で命を削る極限の状況下での人間の悲痛さと、それゆえに強くたくましく感じる言動が無駄のない筆致で描かれ、非常に力があった。
 兵隊の部隊員が次々に死んでいく中で生まれる疑念、兵隊の行動の不可解さ、そして最後に示される真相と、ミステリとしても十分な魅力で筆者の作風に圧倒された。
 面白かった。

No.606 4点 すみれ屋敷の罪人- 降田天 2019/05/02 19:53
「女王はかえらない」でデビューを果たした、このミス大賞を受賞した2人組のユニット作家。
 咲き誇るスミレに囲まれた洋館、紫峰一家が住む紫峰邸は、昭和十年代当時は名家として名を成した家柄だった。当時紫峰家には3人の美女令嬢がおり、多くの使用人を抱えながら華やかな生活を送っていた。
 それから六十年以上の時を経て時代もすっかり様変わりした現在、旧紫峰邸から2人の白骨死体が発見される。2人の身元調査を依頼された「西ノ森」は、依頼にあった元使用人の栗田信子、岡林誠、山岸皐月から当時の状況を聞き取りに向かう。調査を進める中で、華麗なる一家であった紫峰家が、度重なる事件により凋落していく様が明らかになってくる―

 次々に明らかにされていく新たな事実に、情報を整理しながらついていくのが結構しんどかった。華族華やかなりしころを舞台にした話は本格っぽくて面白かったが、最後の凝った騙しのために長々と話を作っている感じもして、途中はよく言えばスラスラと、悪く言えば淡々と読み進めてしまう。せっかく好きな雰囲気の舞台設定なのに、最後に残ったのは仕掛けだけだったような気がする。

No.605 5点 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース- 島田荘司 2019/04/07 17:06
 錦天満宮の鳥居が両側の建物に刺さっていることから思いついたネタを小説にした、という感じだろう。科学的な知識はないながら、なんとなく漠然と思い描いていた真相だった。
 もともと短編だったものを長編にリライトしたものなので、話としてそれほどの厚みは感じない。よく言えば読み易く、すぐに読了できる。
 ミステリ以上に、工場の従業員国丸と、幼い少女・楓のつながりが胸に刺さる話だった。そういう意味ではイイ話だった。

No.604 7点 人喰い- 笹沢左保 2019/04/07 16:53
 労使の闘争の様子や、登場人物の物言い、描写の文体など、昭和の名作の雰囲気があってそういう意味で非常に楽しめた。
 主人公の姉の遺書から物語はスタートする。唯一の肉親である最愛の妹に宛てて、悲恋の恋人と心中することを伝えるものだったが、発見されたのは相手の男性の遺体だけだった。姉はどこへいったのか?不安と心配に苛まれる中、心中の原因となった姉の会社で次々に不審な事故や殺人が起こる。生き延びた姉の仕業なのか?妹の佐紀子は恋人である豊島と力を合わせ、事件の真相解明に乗り出す。
 いちOLである佐紀子が、探偵よろしく関係機関や人物のもとを訪れて捜査まがいのことをする展開はいかにも昭和の2時間ドラマタイプのように感じるが、私は好きだ。からくらやトリックも今のように妙に凝ったものではないが、十分に楽しめる。人間関係や愛憎劇が真相に上手く関わっていて、物語の魅力を増していると感じた。

No.603 8点 魔眼の匣の殺人- 今村昌弘 2019/04/07 16:40
「屍人荘の殺人」で鮎川哲也賞を受賞し、華々しいデビューを飾った著者のシリーズ第2作。
 前作の娑可安湖での事件以来、懇意となった葉村譲と剣崎比留子。神紅大学ミステリ愛好会として細々と活動を続ける2人だったが、そんなある日、葉村があるカルト系の雑誌に娑可安湖での事件が予言されていたという情報を得る。記事には、その予言者は「M機関」という、戦後秘密裏に超能力研究を行っていた機関に関わりがあるとも書かれており、それは娑可安湖の事件で出てきた「班目(まだらめ)機関」ではないかと2人は色めき立つ。真相を探るため、班目機関の研究施設があったとされるW県の山奥の村に2人は向かう。
 ところが向かった山奥の村には、住民が人っ子一人いない。たまたま同じ地を訪ねてきた人たちと村を巡るうち、問題の研究施設には「サキミ様」と呼ばれる予言者の老婆がおり、彼女が「11月最後の2日間に、この地区で男女が2人ずつ、4人死ぬ」と予言したため、村人たちは皆出ていったのだという。予言に驚いている間に、地区へのたった一つの出入り口である橋が燃え落ち、葉村たちは閉じ込められてしまう。クローズドサークルの中、予言にならって人が次々と死んでいく―

 クローズドサークルの中に、違う色のミステリトリックをかけ合わせていて、その効果はあったと思う。動機の面から考えると、そんな短い時間の中で初対面の人間同士がそんな契約交わせるのかな・・・とは思うけど、理屈としては筋が通っており、ロジックに瑕疵はないと思えた。真犯人が暴かれた後の最後のどんでん返しこそ見もので、事件の背後にある長年の確執には背筋がゾッとする思いだった。
 期待を裏切らない秀作だった。

No.602 9点 メーラーデーモンの戦慄- 早坂吝 2019/03/23 14:16
 メーラーデーモンを名乗る者から「一週間後、お前は死ぬ」というメッセージが届いた後、その通りに殺害されるという連続殺人事件。被害者は携帯電話3大手のうちの一社、X-phoneのガラケーを所持しているという共通点はあるが、接点はない。これは無差別殺人なのか?客の一人を殺されたらいちは、真相解明に乗り出す―

 相変わらず性的要素満載だが、その印象が煙幕となって「イロモノ」と捉えられてしまうと残念。ツイッターという現代的なツールを使ってよく考えられた仕掛けだと自分は思う。性的要素も、ただ物語にその色を付けているというのではなく、トリックや真相に不可欠なものになっているところがスゴい。間違いなくミステリ作家としてのポテンシャルは高いと感じる。
 王道の本格ではないが、読み終えた後「やるなぁ…」と唸ってしまった。

No.601 7点 天使の屍- 貫井徳郎 2019/03/23 14:01
 面白かった。
 主人公の息子が死んだのが、自殺だったのか?それとも他殺?・・・父親が真相究明に乗り出していく過程で、仲の良かった同級生たちが次々に同じように死んでいく。成績優秀で、自殺をバカにしていたはずの息子には何があったのか?大人には見えない、少年たちの世界が明らかにされていく。
 好感がもてたのは、今の世間にあふれている安っぽい学校批判でなかったこと。「真実を隠そうとする学校」というステレオタイプのスタンスではなくて、教師の苦悩、落ち度はあったかもしれないけど精一杯やっていたお互い(親と学校)が理解し合おうとする様はなんだか救われた。

No.600 6点 最後の女- エラリイ・クイーン 2019/03/23 13:47
 親の遺産を継いだ放蕩息子が、3人の前妻を呼んで離婚契約の変更を諮っている過程で殺された。息子はエラリイの知り合いで、事前に遺言書の書き換えの証人になってもらっていたのだが、死後にそれを開封すると、前妻たちにほとんど遺産は残らないことに。殺したのは誰か?背後に潜んでいる人間関係は?

・・・と、ある意味非常にオーソドックスなオールドスタイルミステリで、出来栄えも標準的。ダイイングメッセージの論理は面白く(死ぬ間際にそこまで考えを巡らせられるか!という無粋な指摘はこの際置いといて)、それがメインで作られた話なのだろう。
 少なくとも不可はなく楽しめる長編と感じた。

No.599 6点 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件- 倉知淳 2019/03/10 10:35
 典型的な倉知淳の短編集という感じ。真面目な文体で書きながら、全体の内容としてユーモラス、というお得意の作風が並ぶ感じ。
 「薬味と甘味の殺人現場」は、犯行の様相に込められた犯人の意図を解釈することを主眼とした作品だったが、目の付け所が独特でなかなかに面白かった。表題作「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」は一瞬ぶっ飛んだSFバカミスと見せかけておいて、オチで本当の仕掛けが暴露される手際が上手い。「猫丸先輩の出張」は相変わらずの猫丸先輩の毒舌や奇矯な行動にユーモア度全開だが、その一方で真相の論理は一番しっかりしている気がした。
 「夜を見る猫」だけ、あまりにフツーな短編のように感じたが…

No.598 6点 碆霊の如き祀るもの- 三津田信三 2019/03/10 10:22
 周囲を断崖に囲まれ、孤立化している4つの海辺の村。いつものように怪異譚の収集に地元民と共に訪れた言耶だったが、その地に伝わる伝説をたどるように密室状況での殺人事件が連続する。

 冒頭の4つの怪談はやや長すぎて気疲れしたが、本編に入ってからは期待通りの雰囲気。密集した竹林の中での餓死、物見櫓の張り出し板からの転落、洞窟中での刺殺…と、現代とは隔絶した世界とも言えるムラ社会ならではの、独特の三津田ワールドが今回も全開だった。

 ただ、自分に免疫ができてきてしまっているのか、過度に期待しているからなのか分からないが、本シリーズを読み始めた当初のゾクゾク感には至らなかった。祭りや伝説(唐喰舟など)の意味をどう解釈するのかとか、そこから殺人の見立ての意味をどう解釈するのかとかいった話は、理屈っぽい割には論理的ではない気がして、あまり好ましくなかった。
 連続殺人の真相も、こういうからくりは飛び道具のような印象を受けるし、最後の事件の真相に至っては肩透かしの感も否めなかった。個人的には第一の「竹林中での餓死」が一番すっきりした。

No.597 7点 パンドラ 猟奇犯罪検死官・石上妙子- 内藤了 2019/03/10 09:42
 法医学部の大学院生・石上妙子は、警察捜査の検死にも携わる。ある日、警察で自殺とされた少女の遺体を検案したところ、遺書の一部が口腔内から発見された。些細なことと躊躇うものの、妙子は違和感を拭えず、結局そのことを進言する。
 実は同じころに少女の連続失踪事件が起きていおり、妙子の報告に注目した刑事・厚田厳夫は、妙子に捜査への協力を求める。妙子は、英国から招聘された法医昆虫学者であるサー・ジョージの力も借り、事件の謎に迫ろうとするのだが―

 「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズのスピンオフ作品ということらしい。私自身はそのシリーズを知らず、これが初読であるが。
 「ベレー帽」「画家を名乗る男」などから、大久保清事件をモデルにしてるんだよね、きっと。そんな昭和の事件の雰囲気を漂わせながら、煙草を愛飲する女子法医学生が暗躍するという疾走感のあるストーリーはなかなかに面白かった。
 色恋関連の絡み方も含め、ハードボイルドテイストの作品だと感じた。

No.596 5点 オーパーツ 死を招く至宝- 蒼井碧 2019/03/10 09:19
 大学生・鳳水月の前に、ドッペルゲンガーかと見紛うばかりに自分に瓜二つな男・古城深夜が現れた。彼は自らをオーパーツ(謎に満ちたら古代の工芸品)の鑑定士だと自称する。そして実際に好事家たちから依頼を受け、ほうぼうに鑑定のために赴く。それらに水月も同行するのだが、行く先々でオーパーツを巡る不可解な事件に立ち会うことになる――という連作集。

 設定からして奇矯だが、内容も言ってしまえばバカミスの類。そう思って架空のトリックを楽しむ気になればそれなりには面白い。一話目の「十三髑髏の謎」は伏線も上手く張られていてよかったと思う。最終話「ストーンヘンジの双子」は、挿入された図を見ればやりたいことは一目瞭然で、これまでの書評にもあるように一番バカミス度が高い。
 そんな感じで、精緻にリアリティを問うても仕方がなく、割り切ってゲーム感覚でトリックを推理するタイプの作品だと思う。

No.595 7点 感染領域- くろきすがや 2019/02/18 21:51
 トマト農業を話材にバイオテクロノロジーとその研究者を題材とした、アウトブレイクというかパンデミックというか、そんな感じの話(バイオサスペンスというらしい)。
 と書くと小難しいような印象をもつかもしれないが、少なくとも科学的な詳細をがんばって読まなければ理解できないような難解な話ではなく、むしろ初見の素人が「面白いなぁ」と感じながらそういう分野に興味をもてる上手なラインで話が進められている。科学的な説明は確かにあるが、きちんと理解せずに読み進めても大丈夫(ざっくりした枠組みだけなんとなく理解できていれば)。
 私は個人的に、ミステリにおける無駄な恋愛要素はあまり好まないのだが、この作品についてはリーダビリティを支える大きな要素だった。主人公の安藤は、以前大学内の不正研究を告発し、裏切り者扱いで閑職に追いやられている生殺し状態。安藤自身は卑屈になることなくそれを受け入れている風だが、当時付き合っていた現農水省の美人キャリア・里中しほりは今やそんな彼を完全に見下したような言動。しかしながら、要所要所では安藤への断ち切れない思慕を思わせる(あるいはただふしだらで奔放なだけ?)風があって、なんだかその展開からも目が離せなかった。
 裏で糸を引く黒幕も、事件の収束の仕方も結構ほぼ予想の範疇内ではあったという点ではミステリとしてのパンチは弱いかもしれないが、バイオを題材としてここまで面白く読ませる発想・構想力には素直に脱帽する思いだった。

No.594 8点 虚の聖域 梓凪子の調査報告書- 松嶋智左 2019/02/18 21:25
 元警察官にして探偵の梓凪子の、甥・輝也がデパートの屋上から転落して死んだ。輝也の母である凪子の姉・未央子は、学校でのいじめによる自殺を疑い凪子に調査を依頼する。しかし凪子と姉・未央子は決して友好な関係とは言えず、むしろ幼いころからの犬猿の仲。断りたい一心の凪子だが、結局凪子が最も嫌う未央子の圧力には逆らえず依頼を受けることに。
 半ば渋々調査を始めた凪子だったが、調査を進める中で、何かを隠していそうな学校や輝也の同級生の態度に触れていくうち、その探偵魂に火がついていき―

 第10回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。巻末の解説で島田荘司氏が「女ハードボイルド」の傑作として絶賛している。
 そうしたミステリ系譜上の評価は正直分からないが、事件の謎自体の魅力と、物語の下地となる人間関係設定が面白くて、読み進めるのに飽きない快作であることは肯ける。依頼主である姉との確執が物語に絶妙な味付けをしており、その姉を含めた兄妹関係の様相が泥臭くてしかもありがちで面白い。
 謎の解明というミステリとしての要素についても、主人公がつかんだ手がかりを丁寧にかつ上手く意味ありげに提示していて、読者の追究の興味を削がない。真犯人の解明についてはちょっと飛び道具的な感じはあるが、ミステリ以外の要素でも楽しませてくれていたのであまり不満に感じなかった。
 唯一、主人公・凪子の警察官時代の失態をもっと具体的に知りたかったが、どうやらシリーズ化されそうなのでその中でおいおい明らかになっていくのかと期待する。

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HORNETさん
ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.32点   採点数: 1153件
採点の多い作家(TOP10)
今野敏(50)
有栖川有栖(45)
中山七里(41)
エラリイ・クイーン(37)
東野圭吾(35)
横溝正史(22)
米澤穂信(21)
アンソロジー(出版社編)(19)
佐々木譲(18)
島田荘司(18)