皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
HORNETさん |
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平均点: 6.32点 | 書評数: 1121件 |
No.721 | 7点 | ピカソになれない私たち- 一色さゆり | 2020/07/12 16:56 |
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東京美大は、美術教育における日本の最高峰。画家の父をもち、幼い頃から絵画一辺倒だった猪上詩乃は、その中でも最も厳しいと定評のある油絵科の森本ゼミに入った。提出する課題にも罵倒の嵐、想像以上に厳しいゼミで、詩乃は同じゼミの同僚3人と競い合う日々。しかし森本ゼミには、数年前にゼミ生が発狂して放火したという噂があり、その小火のあとが部屋に生々しく残っていた―
才能とは何か?芸術とは何か?そのことにもがき苦しむ美大生4人の青春群像劇。同僚と励まし合う一方で、才能に嫉妬したり、あきらめたり。ゼミ生4人のキャラづけがはっきりしていて、その人間模様を描くストーリーは面白かった。 ゼミの森本教授の人間性、真意が最後に開陳されるのだが、予想の範疇でありながら読後感の良い終わり方で、悪くなかった。 |
No.720 | 6点 | バック・ステージ- 芦沢央 | 2020/07/05 21:26 |
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嫌なパワハラ上司の悪事を暴こうと、休暇を取って調査をする男女社員。証拠となる通帳のコピーをゲットしたところで、たまたま居合わせた女子高生に鞄を取り違えられてそのコピーを持っていかれてしまう。女子高生の行く先は、もっぱら話題の舞台の初日。舞台俳優、マネージャー、観客、そして男女社員、それぞれの人たちの物語が微妙に交錯する短編集。
それぞれのストーリーが緻密に絡み合って一本の筋になっているわけではなく、たまたま「同じ場所で起こった出来事」のそれぞれの短編集の体が強いが、結果としてそれでよかったと思える。一つ一つの話にドラマ性があり、無理に絡めようとするとそれが損なわれたかもしれない。 ラストもハッピーエンドで、読後感もよかった。時間の空いた時に読むにはちょうどいい短編集。 |
No.719 | 5点 | 欺瞞の殺意 - 深木章子 | 2020/07/05 21:12 |
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昭和41年、地元の名家で起きた殺人事件。事件は、婿養子であった当家当主の自白により一応の解決を見たのだが、その男が40年後仮釈放され、「私が犯人でないことは、あなたは知っているはず」との書簡をある女性に出す。その女性は、男が密かに愛し合った、当家の次女だった。
いろいろ策を施しているが、結果としてすべて予想の範疇で、筆者としてはどんでん返しとして用意しているのであろう終盤も、衝撃はなかった。裏の裏をかいた主人公の所業も、「そこまで描いたとおりにいくものか?」という感が否めず、面白い仕掛けだとは思うが興奮は伴わなかった。 |
No.718 | 5点 | 濱地健三郎の霊なる事件簿- 有栖川有栖 | 2020/07/01 20:40 |
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これまでの評者の皆さんが書かれているとおり、心霊を題材にした新機軸としながらも、これまでの氏のテイストが大きく変わっているわけではない。真相を看破するのに霊的能力が用いられていても、それで解決とするような完全なホラーではなく、基本的にはきちんと現実路線で裏取りがなされている。私は氏のファンなので、それは非常に肯定的に受け止めた。
助手の女性の彼氏候補(彼氏?)が、後半になって何か大きな展開に絡んでくるのではないかと目して読んでいたのだが… 今後も続くシリーズだと思われるので、きっとだんだんそうなってくるのではないかと思う。 |
No.717 | 6点 | 恐怖小説キリカ- 澤村伊智 | 2020/07/01 20:30 |
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視点人物を変えた章立てをすることで、事の様相をひっくり返す展開はパターンか。偏狭的な見方をもった狂気の人物と被害者という構造が、視点人物の変化によってガラリと変わる。登場人物に寄せていた気持ちが複雑に揺り動かされてしまうのは術中にハマっている証拠だが、分かっていても面白く読み進めてしまった。
そう思うと、後半(第三章だったかな?)でもうひとひねり欲しかったかな。二章で仕掛けが開陳された後は、それを受けたあとの「その後」を描いていることで終わっており、逆転もなくなすがままに進んでダークな結末になってしまったのがちょっと残念。 歯の浮くような勧善懲悪を求めてはいないが、ストレートなまま結末まで進む展開はちょっと肩透かしだった。 |
No.716 | 5点 | 微笑む人- 貫井徳郎 | 2020/06/27 12:31 |
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これまでの評者の方と同じような感想。
誰からも評判が良く、いつも微笑んでいる男・仁藤俊美が、「本の置き場所が欲しかった」という理由で妻と子を殺害。その事の起こりが面白く、興味を駆られて読み進めるのだが… 結局、仁藤の過去の犯罪が暴かれることで物語が終わってしまい、微笑みをたたえ続ける仁藤の人間性を暴くことには至っていないため、消化不良の感が残るなぁ。 |
No.715 | 7点 | なめらかな世界と、その敵- 伴名練 | 2020/06/27 12:23 |
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架橋葉月の住む世界は、いくつもの現実が、いわばパラレル・ワールドとして並行進行している世界。しかも人々は、視点を移すだけでそれらの世界を自由に行き来し、渡り歩くことができる。しかし、旧知の親友・厳島マコトが、その行き来ができず一つの現実で生きることしかできない「乗格障害」になってしまう。自分だけが一つの現実世界に縛られることになってしまったマコトは、葉月ら周りの人間を拒絶しようとする―(なめらかな世界と、その敵)
本書には表題作の他に5つのSF短編が収められてる。創作の「日本のSF史」(注まで付けられていて非女王に凝っている)、脳に撃ち込むインプラントによる人格操作、抱きすくめるだけで人から攻撃性を奪う不思議な少女、人工知能が人間を飼う世界、突然「超低速世界」に入り込んでしまった修学旅行生を乗せた新幹線―いずれも独創的な設定で面白い。 設定を説明するような件がないのが、物語としてはきれいだが、理解にやや時間を要することもあるが、短編ながら一つ一つの話がよく練られている印象だった。 |
No.714 | 7点 | 罪と祈り- 貫井徳郎 | 2020/06/13 23:35 |
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元警察官の濱仲辰司が、隅田川で死んだ。事故と思われたが、側頭部には殴られた痕が。真面目で正義感溢れる「警察官の見本」であったような辰司が、なぜ?息子の亮輔は、幼馴染みで刑事の賢剛と共にその謎を追う。すると、亮輔と賢剛同様に親友同士であった2人の父の過去には、どうやら知られざる秘密が。しかもそれは昭和の終わりに世間を揺るがした、未解決誘拐事件に深く関わりがあるようだった。
父親たちの過去には何が?そして辰司はだれに殺されたのか?パンドラの箱を開けるように、2人は真相を解明していく― 事件が起きた現在と、父親たちの過去とを交互に描いていきながら真相を明らかにしていく構成。未解決誘拐事件の真相はだいたい見当がつき、やはり見当のとおりだったが、その先にさらに辰司殺害の真相解明も控えていたため、最後まで楽しみが持続した。 登場人物が限られているため大体が推測できてしまうところもあるが、持ち前の筆力で物語そのものに厚みがあるので、読み応えは十分だった。 |
No.713 | 8点 | 真夏の雷管- 佐々木譲 | 2020/06/13 23:03 |
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生活安全課の小島百合は、閉店セールをしている老舗模型店で精密な工具を万引きした男子小学生・水野大樹を補導した。しかし署で事情を聴取している間に少年に逃げられてしまう。一方、刑事課の佐伯宏一は園芸店から窃盗の通報を受けて駆け付けると、爆薬の材料にもなる化学肥料が盗まれていた。全く別の場所で起きた二つの事件は、やがて交錯し思わぬ方向へ―
道警シリーズ第8弾。 プロローグの内容から、その後の万引き事案と園芸店の盗難事件がどのようにつながっていくのかはだいたい予想できる。大樹を連れ去った元JR北海道社員・梶本の来歴からも、動機などもほぼ見通せる。それでも、いつものメンバーたちが躍動し、事件を解き明かしていく様はやっぱり面白い。 「警察小説って、やっぱいいなぁ」「本シリーズは相変わらず面白い」と実感できた。 |
No.712 | 7点 | 暴虎の牙- 柚月裕子 | 2020/06/13 22:49 |
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戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島のマル暴刑事・大上章吾は、そんな沖に接近し、沖の無茶を食い止めようと世話を焼くが、結局沖を獄中に送る役に。沖は懲役刑を受けて出所したが、服役中に大上は還らぬ人になっていた。再び暴走を始めようとする沖だったが、その前に今度は大上の一番弟子、呉原東署の日岡秀一が表れる…。
「孤狼の血」シリーズの完結編。今回は時間を遡り、ガミさんから日岡へと世代が交代した間の、別のストーリーが描かれている。 ガミさんの度量の大きさやきっぷのよさ、カッコよさは相変わらずだが、本作の中心人物・沖の魅力が物語が進むにつれて褪せていった。向こう見ずなぶっちぎれぶりが傑出していた沖だったのが、追い詰められていくにつれ小者に成り下がっていくようで、最後は破滅的な結末になってしまった。 読み応えは申し分ないが。 |
No.711 | 6点 | スクエア- 今野敏 | 2020/06/02 22:33 |
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山手町で殺された中国人の捜査に、管轄外でありながら「ハマの用心棒」諸橋が呼び付けられた。どうやら不動産詐欺が絡んでいそうな事件だが、神奈川県警本部長・板橋は諸橋たちが気に入らない様子。さらに捜査のお目付け役に、天敵とも言える県警監察官・キャリアの笹本がつくことに。疎んじる諸橋と相棒の城島だったが―
暴力団とのかけひきや暴力的な対峙もいとわぬ諸橋らと、綱紀と公正を重んじる警察組織とのぶつかりあいの面白さは相変わらずだが、今回は綱紀粛正の筆頭・笹本が諸橋&城島コンビと共に行動するところに面白さが凝集されている。正論からすれば完全に逸脱している諸橋&城島コンビ、監察官として苦言を呈し続ける笹本。だが、行動を共にするうちに、相対する考え方の両者だからこそバランスが保たれている構図が浮かび上がって来る。 暴力団が絡んだ事の真相は多少複雑ではあるが、整理して捉えられればそれほど難しくはない。なるほどと思えるからくりがちゃんとある。 唯一、神野一家の関わり方が、本シリーズの中では浅めだったかなぁ… |
No.710 | 6点 | 絞首商會 - 夕木春央 | 2020/06/02 22:15 |
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時は大正。帝大教授の村山鼓堂博士が邸宅の庭で殺害されているのが、居候の書生に発見された。亡くなった博士の鞄にあった品からは、以前博士宅に泥棒に入って捕まった奇人の美青年・蓮野の指紋が。しかし博士宅の女主人・水上叔子は、あろうことか蓮野に事件の真相解明を依頼する。
村山博士の残した遺品から分かる、無政府主義秘密結社「絞首商會」の存在。博士は、その存在を警察に告発しようとして殺されたのか?だとしたら誰に?限定された容疑者たちを前に、蓮野の調査と推理が始まる。 <ネタバレ> 「容疑を逃れようとする容疑者たち」というミステリの常識を裏返した仕掛けは確かに面白かったが、全員が「国外に行きたい」という動機のみで同じことを考えるか?という不自然さは感じた。当時の社会状況も一応理由になるのかもしれないが… 「絞首商會」というネーミングが何かの展開につながっていくのでは、という想像的な期待は全く的外れだったことも勝手に残念。仕組み方は確かに面白かった。展開もやや冗長ではあったは飽きは来なかった。が、強くもなかった。 |
No.709 | 6点 | 紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人- 歌田年 | 2020/05/24 17:11 |
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第18回「このミス」大賞受賞作。
渡部は、どんな紙でも見た目や触感で種類を見分けられる「紙鑑定士」。そんな渡部のもとに「探偵事務所」と勘違いした女性がプラモデルをもって調査の依頼に来た。少しでも商売になるのなら…と畑違いの事案に乗り出した渡部は、模型の専門家・土生井の協力を得て事案を解決する。すると、その噂を聞いた別の女性がまた依頼に。ところが今度の依頼は、刑事事件の要素も匂う、かなりキナ臭いものだった… タイトルや本の装丁からして、「紙」が捜査のキーとなる一風変わった内容かと思ったら、あまり関係なかった(笑)。上記の事情で「模型」を手がかりに調査する事案に手を染めた渡部が、そのことによって知り合ったカリスマ模型家・土生井とともに事件を捜査していく話。メッセージ性が込められた謎の模型が次々送られてきて、それを読み解きながら事件を解明していく。渡部と土生井のラインを介したやりとりやその推理が面白く、読むに飽きなかった作品ではある。 送られてくる模型に暗号が込められているなんていう設定はクラシカルだが、調査にあたってはグーグルのストリートビューを駆使したりなど今っぽい。含みのある暗号を読み解いていく過程はちょっととんとん拍子過ぎるところはあるが、物語のテンポを妨げないということだろう。ただ、真犯人とその動機もかなり独特なものなのだが、紙鑑定士と模型オタクという設定の前にちょっとかすんでしまった印象。 |
No.708 | 8点 | 天地明察- 冲方丁 | 2020/05/24 16:20 |
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「12人の…」を書評したら、こちらも作品で上がっていたので書きます。
読んだのはずいぶん前で、詳細な内容は実はあまり覚えていないが、非常に興味深く楽しく読んだ印象は残っている。 時代物を読むとき面白いのは、いつの時代であっても卓越した頭脳をもった人間は当然のことながらいたと気づかされることだ。考えてみれば当たり前のことなんだけど、どこかで、時代の文明度をそのまま当時の人たちの知的水準にあてはめて想像してしまっているところがあって、ちょんまげを結って刀を差している時代の人たちが高度な科学的論議をしているところをあまり想像できない。けれども、その時その時に常に「最新」はあって、それをリードしている人たちは当然現代であれば最新科学をリードする人だったのだろうと察せられる。 時代がかったアナログな手法で、高度な科学議論が交わされている様相が純粋に面白かった(覚えがある)。 |
No.707 | 6点 | 十二人の死にたい子どもたち- 冲方丁 | 2020/05/24 16:08 |
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自死願望を持つ12人の若者たちが、発起人の企画に乗って廃病院に集まる。集まってすぐに実行に移せばそれで話は終わったのだが、部屋になぜか「13人目」の既に死んでいると思われる人間が横たわっていたことで、そうはいかなくなる。
カタカナのキャラが12人、そして4階建ての建物内での動向、さらに敷地に来た順序や入室した順序のことにまで話がおよび、内容を理解するために巻頭の見取り図を何度も見返したりした。12人それぞれの事情や、キャラクターの違いによる揉めようはそれなりに面白く、読み進めるのに飽きることはなかった。 ラストはミステリを読み慣れている人にとっては予想の範疇ではあるが、物語としてはこういう終わり方でよかったのだとも感じるところがあり、読後感はよいのではないだろうか。 私は、「アンリ」が好きだったなぁ。 |
No.706 | 8点 | 耳をすます壁- マーガレット・ミラー | 2020/05/17 15:43 |
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メキシコに旅行に来ていた親友、エイミーとウィルマ。情緒不安定なウィルマは激しやすく、旅行中も口論が絶えなかった。そしてある晩、ウィルマはホテルのバルコニーから落ちて死んでしまう。ショックで倒れたエイミーのもとに駆け付ける夫のルパート。医者がエイミーにしばらくの入院を勧めるのも聞かず、2人はすぐに帰路へ発つ。ところがサンフランシスコに帰ってすぐ、エイミーは家を出て行ってしまう。いったい何が起きているのか?ホテルで何があったのか?エイミーの兄、ギルは疑念を抱いて私立探偵・ドッドを雇って探らせようとする―
ルパートは白なのか黒なのか?分からないまま展開されていく構成と、巧みな心理描写、人間描写が読者を惹きつけて話さない。ラスト、ルパートと一緒にいる女の正体が分かってから、その裏にある真相が解き明かされるまでも、息をつかせぬ展開で非常に面白い。 そして、最後の最後の一行・・・!うーん!スゴい。 |
No.705 | 7点 | 地獄の湖- ルース・レンデル | 2020/05/17 15:28 |
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マーティン・アーバンは友人のティムの勧めで買ったサッカーくじで10万4千ポンドをあてた。ティムの言うがままに勝敗予想をしたところ、大当たりをしたのだ。そのことをティムに伝え、いくばくかの分け前を渡すべきか?…悩んだ末言いそびれてしまうマーティン。マーティンは、当選金の半分は私財にせず、困っている人たちに寄付することにしようと考えた。
一方、電気工のフィンは、カイアファスの婉曲的な依頼を受けて邪魔な存在を消す「殺し屋」を裏の稼業としている。母親にバレないように、事故に見せかけてカイアファスの依頼に応じ、毎回多額の報酬を受け取っていた。 まったく違う二つのストーリーが終末に重なり合い、悲劇を生む。これは著者のパターンの一つでもあるが、本作はその前のマーティンの恋物語にも仕掛けがあって面白かった。人妻であるフランチェスカに夢中になるマーティンの純朴さというか愚かさに、呆れたり同情したりしてしまう。特にハメられていることがはっきりした後半からは、可哀想に思いつつ、興趣も乗って来てしまう。 典型的なレンデルの作風が表れている作品ではないだろうか。 |
No.704 | 6点 | 身代りの樹- ルース・レンデル | 2020/05/10 14:22 |
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処女作が大ベストセラーとなった女流作家ベネットはシングルマザー。だが、最愛の2歳の息子を病気で亡くしてしまった。絶望にくれていた折、精神に病のある彼女の母・モプサは、なんと同じくらいの歳の子を誘拐してきた。始めはモプサの行動に怒り、何とかその子をもとに返さなければと思うベネットだったが、事件が世の中で大きく取り沙汰されている状況に尻込みしているうち、次第に心境が変化してしまう。
狂った母の所業により子どもを攫った側になってしまったベネット、子供を攫われた側のキャロルと恋人バリー、そして未亡人の財産をかすめ取ることを目論む小心者のテレンス。三者の物語がそれぞれに進行するうち次第に重なり合い、絡み合っていく様相はさすがといったところ。それぞれに描かれる登場人物の心情描写が巧みで、レンデルの魅力が横溢した作品と言える。 ただ、 婉曲的な描き方の行間を読むようなところが多かったため、理解力の乏しい小生は疑問として残ってしまう部分もあった。例えば、ジェイソンを虐待していたのは結局誰だったのか?キャロルとエドワードを射殺したのは誰?デニス・ゴードン?読みようによっては”ヤツガシラ”とも読めるのだが…。仮にデニスだとして、それはなぜ? 最後の訳者の言葉では、本作はレンデルの作品の中でも「最後に救いがある」と書いていたが、この結末をそう感じるかどうかも、読者によるような気がする。 |
No.703 | 7点 | いまさら翼といわれても- 米澤穂信 | 2020/05/10 13:51 |
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シリーズ6作目となる本作は、短編集でありながら単なるいつものメンバーのエピソード集ではなく、古典部の面々のそれぞれの物語が進行していて通して読んでいるものとしては非常に興趣をそそられた。
特に本作では伊原摩耶花が主役となっている「鑑には映らない」「わたしたちの伝説の一冊」が面白かった。どちらも、これまで距離のあった摩耶花とホータロー、麻耶花と河内先輩の間柄が変化した様子が、シリーズ読者としては何となくうれしかった。 古典部の面々の物語が進んだという点ではタイトル作が一番なのだろうが、その行く末は本作以降に委ねられていくのだろう。ある意味、本シリーズがまだ続くことが分かり安心である。 (「小市民」シリーズの方はいっこうに動きがないが…) |
No.702 | 7点 | フォックス家の殺人- エラリイ・クイーン | 2020/05/05 17:38 |
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12年前に起きた殺人の真相を探るという1点だけで書き上げられた長編なのだが、作りがシンプルだからか、間延びする感もなくテンポよく楽しんで読めた。12年前の事実を子細に再現し検証するというエラリイの再捜査は地道だが、可能性を一つずつ潰していくその過程は、クイーン作品本来の魅力であるロジックが前面に出ており、退屈さを感じさせなかった。
次々に殺人事件が起こるでもなく、「12年前の1件の殺人事件」1本で興味を尽きさせないのは、本作がパズラー一辺倒ではなく、ライツヴイルの人間模様やフォックス家の家族関係という面にも物語の興趣を割いている点にある。それが「ミステリだけでは味気ないから、プラスアルファの味付けとして」上乗せしたものではなく、事件の背景として、物語の一部として分かつことができないものとして描かれているところが、トータルとして読後の満足感を非常に高めてくれた。 うーん…、私はライツヴィルシリーズでは「災厄の町」よりもこっちのほうが好きかな…。 |