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HORNETさん
平均点: 6.32点 書評数: 1148件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.928 8点 死せる案山子の冒険- エラリイ・クイーン 2022/07/31 17:28
 1巻目「ナポレオンの剃刀の冒険」に続く、ラジオドラマのシナリオ・コレクション。「エラリー・クイーンの冒険」ばりに、出来の良いクイーンのパズラーを短編レベルで楽しめる。
 解説でも述べられているが、今回収録されている編は1巻目よりも登場人物が少なく、シンプルな謎解きとしての色が強い感があった。そのためか、表題作である「死せる案山子の冒険」、出色の出来とされる「姿を消した少女の冒険」は、いずれも完全に真相を看破できた。それはそれで嬉しかった(笑)
 アメリカの風俗事情や英語を理解していないと分からないものもあったが、自分としては「黒衣の女の冒険」と「忘れられた男たちの冒険」が、謎解きとして非常に魅力がありかつ納得のロジックだった。
 巻末の法月綸太郎による解説も非常に興味深かった。
 内容を忘れてしまった頃に再読して楽しみたいなぁ。

No.927 8点 ナポレオンの剃刀の冒険- エラリイ・クイーン 2022/07/30 23:32
 1940年代に放送されていたラジオドラマの脚本ということだが、クイーンの上質なロジカルミステリを定期的に堪能できたなんて…ワクワクしただろうなぁ。
 書籍以外のメディアにも積極的だったというクイーンらしく、媒体を変えても手を抜くことなく上質の謎を提供していると感じる。さらに、オリジナルにはない登場人物・秘書のニッキイ・ポーターや、ちょっとキャラの違うヴェリー刑事部長など、違った楽しみもある(大衆向けの改変だったのかもしれないが)。
 いずれにせよ、「エラリー・クイーンの冒険」に勝るとも劣らぬ粒ぞろいの謎解き短編(?)集に仕上がっている感じで、クイーンファンとしては十分に楽しめた。
 個人的には「悪を呼ぶ少年の冒険」「ブラック・シークレットの冒険」が秀逸。「呪われた洞窟の冒険」は、なかなか原始的な真相で懐かしい。「〈暗雲〉号の冒険」は、面白かったんだけど、録音した音声(蝋管って何?(笑))を聞いた時点で、そこにいる登場人物たちは気づかないの?とは思ったけど。

No.926 7点 ビブリア古書堂の事件手帖III ~扉子と虚ろな夢~- 三上延 2022/07/30 23:15
 離婚した前夫の死により息子に相続されるはずの約千冊の蔵書を、古書店主である前夫の父親が古本市で売ろうとしている。それを阻止してもらえないか―。篠川栞子のもとに舞い込んだ新たな依頼。だが、その「古書店主」は、栞子も世話になっている、信頼できる同業者だった。何か事情があるのでは―ビブリア古書堂も出店する3日間の古本市でそれを探る役割は、夫の大輔と娘・扉子に託された――。

 シリーズ開始から10年。年1冊という緩い刊行ペースだが、その分一作一作が丁寧に作りこまれている好印象。今回は「ドグラ・マグラ」が題材となるなど、ミステリ愛好家にとっても興趣をそそる内容。
 古書を題材とした「日常の謎」で、これだけ仕掛けを考え続けられ、しかもその質が落ちないのはスゴイと素直に思う。大きく三つの事件が描かれた一冊だが、「父親と祖父の思惑は?」という謎が持続的に貫かれており、その仕組み方も非常に技巧を感じる。10作目にしても色あせない、好シリーズである。
 今回、事件に絡んで樋口恭一郎という高校生が登場するが、これが今後扉子の相手役になっていくのか?大輔&栞子のパターンの焼き増し感は多少あるが…

No.925 7点 イノセンス- 小林由香 2022/07/28 22:10
 音海星吾は中学生時代、不良に絡まれた彼を助けようとした青年を見捨てて逃げてしまった。青年はその後死亡、以来星吾はネット上で誹謗中傷を浴び続け、いつしか人と関わりを避けて生きるようになってしまった。
 大学生になっても人と関わらず生きる星吾だったが、そんな星吾を狙うように花瓶が落とされたり、車道に突き飛ばされたりと、不審な事件が続く。バイト仲間の吉田光輝、サークルの顧問・宇佐美ら、数少ない星吾を思う周囲の人達は星吾を心配し、事の真相を探ろうとするが――

 中学生なりの葛藤中で犯してしまった過ちに、ずっと縛られ続ける主人公の姿には考えさせられるものがある。そうした社会的ドラマを幹にしつつ、「誰が何を企んでいるのか?」という謎も持続され、ミステリ的にも魅力ある展開。
 デジタルタトゥで刻印を押された若き男子の苦悩と、疑心暗鬼になる彼の視点から描かれるフーダニット。何よりも結末がよく、読後感も非常に良い一作だった。

No.924 6点 穢れた風- ネレ・ノイハウス 2022/07/28 21:47
 風力発電施設建設会社のビルの中で、夜警の死体が見つかった。同時に、なぜか社長室の机の上になぜかハムスターの死骸が。一体何を意味しているのか?捜査を進めると、背景には風力発電、再生可能エネルギーに関わる利権や私怨がうごめく。人々の欲望と巨大な陰謀を目の当たりにする刑事オリヴァーとピア、事件の全体像はいったい―

 オリヴァー、ピアを取り巻く常連陣のプライベートな内容もかなり織り込まれているのは本シリーズの「売り」でもあるが、ややもするとミステリ以上にそちらに興味がいってしまうのはよいのか悪いのか。
 風力発電、さらには地球温暖化に関する疑獄という大きな枠組みの中で、極めて狭小な人の欲が揺れ動く様はなかなか面白かった。
 そうした物語としての面白さが勝つからか、「ミステリ」としての驚きや感動は印象にない。総じて、読み進めるのは楽しかったが、内容はあまり記憶に残らないだろう。

No.923 7点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック- 鴨崎暖炉 2022/07/28 21:33
 「密室の不解証明は、アリバイ証明と同等の価値がある」と法廷で認められ、解けない密室である以上無罪が保証されることになった日本。そのことにより世は、密室殺人が乱発する事態となった。そんな世情の中、高校生の葛城香澄は密室推理作家として名をはせた故・雪城白夜の残した館「雪白館」に泊まりに行くことに。すると、絵に描いたようなクローズド・サークル内で、衛に描いたような密室殺人が次々に起こる―

 タイトルが「密室黄金時代」とあるが、まさに「本格黄金時代」を懐かしく感じさせるような、物理的な密室トリックのオンパレード(もちろんトリックは現代並みだが)。昨今の多様化したミステリに慣れ、そうした新たな「仕掛け」で騙されることが好きな読者にはまぁ合わないかも。
 私は好み。ここまで物理的な密室トリックで貫く感じは、最近では貴志祐介の「防犯探偵シリーズ」以来か。
 ラストにはストーリー自体の仕掛けも用意されていて、ただただ愚直な昔ながらのモノで終わるわけでもない。ユーモラスな筆致も心地よく、十分に楽しんで読めた。

No.922 4点 少年は死になさい…美しく- 新堂冬樹 2022/07/11 20:20
 恭介のもとに、1枚のDVDが送られてきた。その中身は、妻と娘、そして妻のお腹の中の胎児が弄ばれたうえ惨殺される、極悪非道な少年たちの犯罪シーンだった。愛する家族の凌辱・惨殺に半狂乱になる恭介…となるかと思いきや、恭介の口から出た言葉は「こんな殺し方は…美しくない」。恭介は、犯罪少年たちを超えるレベルのサイコパスだった―

 人の心を持たぬのかと思えるほど極悪非道な少年たちの残虐行為―ところが、その被害者家族であるはずの男は、それを凌駕するほどの異常者だった。と、つかみはなかなかに興味深く、その先の展開が期待されたのだが、その後のストーリーはある意味「その通り」の展開で、ただただ残虐シーンが続く。恭介の目論見が何らかの形で崩れたり邪魔されたりするほうが面白かったと思うのだが。
 それなりによい結末を期待する読者であれば、ただただ胸糞悪い、救いようないストーリーと感じる一作。

No.921 7点 ミステリー・オーバードーズ- 白井智之 2022/07/11 19:46
 奇才(鬼才)・白井智之の短編集。
 著者お得意のグロ全開。「グルメ探偵が逃げた:「げろがげり、げりがげろ」「隣の部屋の女」「ちびまんとジャンボ」「ディテクティブ・オーバードーズ」の5編。2作目なんて、タイトルだけで著者の作品だとわかりそう(笑)
 完全にそれぞれに書かれた作品と思われ、それぞれに色があって面白い。グロな上に特殊設定が敷かれる作品が多いが、推理・謎解きはいたってロジカル。そこがよい。
 そんな中で「隣の部屋の女」」は普通にサスペンス的なミステリに仕上がっていて、質もよい。オールラウンダーだなぁ…と改めて作者の才に感心。
 ラストの「ディテクティブ・オーバードーズ」は込み入りすぎでちょっとさじを投げたが、それ以外はいろんな味が楽しめる、良質の短編集。

No.920 7点 断罪のネバーモア- 市川憂人 2022/07/11 19:33
 度重なる不祥事から警察組織が「民営化」された。ブラックIT企業で心を病み、民営化警察に転職した藪内唯歩は新米刑事として茨城県警刑事課で仲城流次をパートナーとし殺人事件の捜査にあたる。
 「足手まとい、お荷物」を自覚する唯歩だが、持ち前の真面目さと感性で、
凶悪事件を解決に導く。ところが、解決したと思われるそれぞれの事件の裏に、警察組織のきな臭い暗部が見え隠れする――。

 連作短編の形でまとめられているそれぞれの事件での唯歩の気づきからの推理はロジカルで、普通の本格短編として楽しめる。そのうえ、作品全体を通しての仕掛けが施されており(最近よくある手法であはあるが)、よく考えられており楽しませてくれた。
 唯歩を取り巻く刑事課の面々との関係性でも心地よいラストが用意されており、読後感もよい。
 「漣&マリアシリーズ」でおなじみの筆者、毛色の違う他作でもその才を十分に発揮されている。

No.919 7点 償いの流儀- 神護かずみ 2022/07/11 19:20
 最愛の恋人・雪江と師を続けて亡くした西澤奈美は心の整理がつかず空虚な日々を送っていた。そんな彼女が親しみを寄せるタバコ屋の上井久子がオレオレ詐欺に遭う。久子を慰める術を持たない奈美だったが、自分が入居する雑居ビルのオーナーから隣のビルに入った怪しげな会社が詐欺集団ではないかという見立てを聞き、密かに証拠をつかみ匿名で警察に通報する。しかしその後、逮捕を逃れた残党の影がちらつき、たびたび襲撃を受けるように。
 奈美は、彼女が育った児童養護施設の後輩で雪江を慕っていたという松井の協力を得て久子を騙した犯人を突き止め、ついには自ら拉致されて敵地に辿り着くという無謀な賭けに出る……。(Amazon紹介文引用)

 工作員ばりの手腕を持つ西沢奈美と敵との、高度なやりあいが見もの。黒幕ははっきり言って完全に予想通りだったが、活劇として非常に魅力的なので不満はない。
 前作を読んでずいぶん時間がたっていたから、シリーズという認識がなかったが、おぼろげな記憶でいうなら前作よりも良い気がする。

No.918 3点 犯人は、あなたです- 新堂冬樹 2022/06/26 22:37
 軽妙・コミカルな筆致で、楽しく読めるのだが、思わせぶりなタイトルのわりに何がしたかったのか結局よくわからないままだった。
 ネット上で流布され、一般に認識が広まったことがそのまま真実になる、ということが言いたいのか?そういう意味のタイトルなのか?
 もしそうだとしたら、それほどの問題提起でもないし、殺人事件はあるもののミステリとしての要素は皆無だったので、評価は低くなってしまう。

No.917 7点 俺ではない炎上- 浅倉秋成 2022/06/25 22:08
 ある男のTwitterに、殺害現場がupされた。有名人でもない男の投稿にはじめは反応が鈍かったが「これ、ガチじゃない?」というリツイートとともに次第に広まり大炎上に。ところがツイートの主とされている男・山縣泰介はTwitterすらやっておらず、何がなんだがわからない。しかし写真をさらされ、殺人犯と認識され、追われる身に。いったい誰が、どのようにしてこんなことを―?

 現代的なツールを素材として、ミステリを巧妙に組み立てている。完全な冤罪でありながら、このことを通して自身の生き方を省みる泰介の姿や、どこか見下していた取引先会社の社員に救われるくだりなど、挿話的に描かれている泰介の人間ドラマも複線として非常に効果的。
 仕掛けの方法は昨今よく見るやり方だが、呼称のトリックや叙述の技術の合わせ技で精巧に作りこまれており、感嘆した。ただラストまで読み進めても、その仕掛けの全容を正しく理解するのには多少の時間を要した…

No.916 4点 禁じられた遊び- 清水カルマ 2022/06/19 17:35
 伊原直人は、妻の美雪と息子の春翔と共に幸せな生活を送っていた。しかし、念願のマイホームを購入した矢先、美雪が交通事故に遭い、死亡してしまう。絶望する直人に対し、春翔は「ママを生き返らせる」と美雪の死体の指を庭に埋め、毎日熱心に祈りを捧げる。同じころ、フリーのビデオ記者、倉沢比呂子のまわりで奇怪な出来事が起こり始める…。第4回本のサナギ賞大賞作品。
(「BOOK」データベースより)

 嫉妬に狂った女の怨念を、母を慕う幼い息子が無邪気に呼び覚ます、というストーリー。
 ジャパニーズホラーらしい展開。よくいえば安定の一話、厳しく見れば「ありがち」なホラー。
 読む分にはそれなりに楽しめるが、特筆して推すまでにはいかないぐらい。

No.915 8点 死体の汁を啜れ- 白井智之 2022/06/19 17:25
 スマッシュヒットを飛ばしながらも、知り合い作家に騙されて借金を負うことになったミステリ作家・青森山太郎は、死ぬことにした。ところが、自殺に向かう途中でやくざに拾われ、巻き込まれていた事件を解決したことにより気に入られ、「死んだら殺す」(笑)と脅され囲われる身になってしまう。小さな港町でありながら殺人事件の発生率が群を抜いている牟黒市で、青山、やくざ、そしてなぜか女子高生まで絡まって、前代未聞の死体から始まる殺人事件の謎解き劇が始まる!

 残虐で猟奇的な殺人を、陰鬱な雰囲気なしにコミカルに描く作者の作風が存分に生かされた一作。クソ笑えて超面白い。一見イロモノのように感じられる作者の作品だが、ミステリとしての謎解きはきっちりロジカル(一応)なのがまたよいところ。まぁバカミス的な着地もあるが、そういう体だとわかって読めば十分謎解きも楽しめる。
 面白かった!

No.914 6点 チェインドッグ- 櫛木理宇 2022/06/19 17:04
 Fラン大学に通う大学生・筧井雅也の毎日は鬱屈していた。同級生たちは刹那的な快楽にしか目を向けないバカばかり。そんな雅也のもとに、稀代の連続殺人鬼・榛村大和から一通の手紙が届いた。大和は雅也が幼いころ、近所でパン屋をしていた男。世間を震撼させる連続殺人事件を起こして逮捕された彼からの手紙は「最後の一件だけは冤罪だ。それを証明してくれないか?」との依頼だった。幼いころよき理解者だった大和に頼まれ、事件を再調査に乗り出す雅也を待ち受けていた、残酷な真実とは。

 連続殺人鬼の、「最後の一件だけは僕じゃない」という訴え。魅力的な設定である。それが真実であるという受け止めで、「では、その一件の真犯人は?」という思いで読み進めていくのだが―
 いろんな意味で読者の予想を裏切り、そういう意味では上手いのだが、上に書いたような流れで正道でいったほうがある意味すっきり楽しめたかもしれない。腕の立つストーリーテラーだと思うが。

No.913 2点 塩の湿地に消えゆく前に- ケイトリン・マレン 2022/06/05 20:16
 猟奇的で思わせぶりな冒頭から期待したのだが…
 とにかく合わなかった。読みづらい。分かりにくい(というか、分からない)。それっぽい感じの描写がうるさいうえに、もったいぶった描き方で何がどう進行しているのかとても分かりづらい。
 読み始めた以上、読了しないと…という思いのみでページを繰り続けたが、正直苦痛だった。
 真相もよく分からない。結局、誰が犯人だったのか、明記されていないから分からない。
 合わなかった。

No.912 5点 少女葬- 櫛木理宇 2022/06/05 20:06
 バス、トイレ共同、敷金礼金なし、保証人不要、性別および年齢制限なしのシェアハウス。毒親からの精神的虐待に堪えかねた16歳の少女・綾希が家出して逃げ込んだその場所は、生活に困窮した者たちの巣窟だった。物を盗られるのは当たり前の、不潔で悪臭漂う場所。そこで彼女は、同じ家出少女の眞実に出会う。唯一心を許せる存在だった眞実だが、まっとうに身を立ててここを抜け出そうとする綾希に対し、危ない世界に憧れ、深みに嵌っていく眞実。些細なきっかけから別離していき、やがて二人はそれぞれの道へ――。

 現代の格差社会の暗部を描き出したような作品。ハッピーエンドとは言えないが、「意外な展開」という名のもとに最悪な終わりではなく、物語の流れ上自然な結末でまぁよかった。そのせいで意外性はないのだが。

No.911 6点 人間の顔は食べづらい- 白井智之 2022/05/22 18:02
 まずこのぶっとんだ設定が作者ならではなのだが、その中で本格推理を堅持するのがこの作者の良いところ。
 正直、作中の「河内ゐのり」がどっちがどっちだったのか、最終的にはほとんど分からなくなってるけど…(笑) 解説で道尾秀介が書いているように、各キャラクターが憎めないのも本作品の良いところ。
 特殊な作風ではあるが、ある種の才を感じる作者である。

No.910 7点 白鳥とコウモリ- 東野圭吾 2022/05/22 17:45
 竹桟橋近くの路上の車内で、弁護士の刺殺体が発見された。警視庁捜査一課の五代努は、わずかな手がかりから関係人物を突き止める。それは、愛知県に住む倉木達郎という初老の男だった。やがて倉木は全ての犯行を認め、捜査は終結する。だが、事件の被害者や関係者らが、その真相には「納得がいかない」という。五代自身も疑念を持ったまま、独自で捜査を進めていくうちに、一件落着したかのように見えた事件の本当の姿が明らかになっていく―

 500ページを超える作品でありながら、80ページもいかないうちに「すべて私がやりました」という自白を迎える時点で、それが真相でないことはどの読者にも明らか。では真相は何なのか?という関心を持続し続けるだけの筆力が作者にはあり、少しずつ解きほぐされていく関係者の過去と、その端緒となる手がかりの提示は絶妙。
 行き着いた先の真相は、正直特段目新しい感じはなかったが、わずかな手がかりやヒントを見逃さずに「気付き」を重ねて真相に迫っていく過程はなかなかに読み応えがあり、楽しめた。

No.909 8点 白日- 月村了衛 2022/05/22 17:29
 千日出版の教育部門で課長を務める秋吉孝輔は、さまざまな事情で学校に通えなくなった不登校の子に向けた学校「黄道学園」を立ち上げるプロジェクトの中核を担っていた。しかしそんな秋吉に、事業を率いる梶原局長の中3の息子が、謎の転落死を遂げたという衝撃の情報が。プロジェクトは一時中止になり、事故ではなく自殺という噂が社内では急速に広まる。秋吉は部下の前島と調査を開始するが、以前から社長派と専務派が対立する社内。会社の上層部は秋吉に隠蔽を働きかける。少年の死という状況のもと、彼らが気にするのは自社の利益追求と保身だった。

 局長の息子の死の真相を追う、という点で十分にミステリなのだが、それ以上に自らの職にプライドを持つ、働き人の矜持と葛藤というヒューマンドラマとしての魅力が勝つ。社内の派閥抗争の中で暗躍する人事課の男、部下の突き上げに苦しみながらも自らの職業倫理と誇りを貫こうとする主人公、さまざまな要素が絡み合って読み応えのあるストーリーに仕上がっている。結末も非常に気持ちの良い具合で、ストーリーテラーとしての作者の技量に魅せられる一冊。

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HORNETさん
ひとこと
好きな作家
有栖川有栖,中山七里,今野敏,エラリイ・クイーン
採点傾向
平均点: 6.32点   採点数: 1148件
採点の多い作家(TOP10)
今野敏(50)
有栖川有栖(45)
中山七里(41)
エラリイ・クイーン(37)
東野圭吾(35)
米澤穂信(21)
横溝正史(21)
アンソロジー(出版社編)(19)
島田荘司(18)
佐々木譲(18)