皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
おっさんさん |
|
---|---|
平均点: 6.35点 | 書評数: 221件 |
No.12 | 1点 | 魔神の歌- 甲賀三郎 | 2015/07/14 15:23 |
---|---|---|---|
……闇を掠めて夜あらしは
時こそくれと狂ふなる 魔神の叫びものすごや―― 嵐の夜、酔っぱらって帰宅した医学教授が、自宅の戸口で、後頭部を重い石(東京近郊では珍しい、礫岩)で一撃され、殺される。当夜、教授の留守宅で夫人と話しこんでいた、後輩の医学士である「私」は、犯行の直前に、あたかも魔神が跳梁するさまを歌ったような、不思議な歌声を耳にしていた。それは「(……)粗野な自然そのもののような声だった。が然しそれは人間の肉声とは思えないような潤いと弾性のある金属的なものだった」。いったい誰が、何のためにそんな歌を? 被害者は優秀な学者だったが、品性劣悪で恨んでいる者も多かった。奇妙な凶器の出所も分からぬまま、警察の捜査は暗礁に乗りあげ、事件は、「私」と未亡人への疑惑を残しつつ、迷宮入りするのだが…… 諸事情から、あまり本を読む時間がとれないでいるので、今回は、いささか反則ではありますが、サクッと目を通せる「短編」をご紹介。 近年、ミステリ関連の古い叢書の「書影&作品目録」といった、見て楽しい研究書や、戦前の翻訳ミステリの復刻版をシリーズで出すなど、マニア向けのプライベート出版に意欲的な、湘南探偵倶楽部が、「甲賀三郎BEST 1」と銘打って2013年に刊行した、24ページの小冊子――ひらたく云えばコピー本です。 初出は『新青年』昭和9年7月号。のち、春秋社の短編集『ものいふ牌』(昭11)に収録されましたが、戦後の再録はありません。 これは筆者のような、若輩の(?)甲賀三郎ファンには、まことに有難い企画ですが…… 一読、首をひねる羽目に。 湘南探偵倶楽部の刊行案内には「本格探偵小説 秀逸です」とありますが、作中の謎は別段、推理によることなく、「私」の行動に従ってひとりでに解けていくので、これを「本格」と称するのは苦しい。 でも、それはまあ、いいとしましょう。問題は、事件の真相。はっきりいって、異常です。意外ではなく、異常。ある科学者がそういう研究をおこなっていて――という前提はあっても、同じ作者の、やはり綺談タイプの秀作「蜘蛛」などと違って、完全にファンタジーの領域に踏み込んでいるので、なんでもありの超展開と大差ありません。 たとえるなら、「ホームズ短編 BEST 1」として、「這う男」が推されるようなもの。怪作としてのインパクトは認めますが、しかし…… 筆者的には、甲賀三郎の BEST はやはり、「黄鳥の嘆き」(「二川家殺人事件」)*です。 ところで。 「魔神の歌」が発表された昭和9年は、甲賀が作家デビューして12年目にあたり、『ぷろふいる』誌には「誰が裁いたか」「血液型殺人事件」といった力作を投じ、そして翌10年には、前掲の「黄鳥の嘆き」を『新青年』に発表しています。このへんの作品の筆致には、作家としての円熟が感じられ、じつは「魔神の歌」の、「私」と被害者の妻の関係性(けっして不倫をしているわけではないのだが、しかし……)などにも、妙にあとを引く小説的な魅力――初期の甲賀にはおよそ感じられなかったような――があります。 そのへんを考慮すれば、もう少し採点をオマケしてもいいか、と悩んだのですが、中途半端に3点を付けたりするよりは、インパクトのある1点のほうが、むしろこの作品にはふさわしいと判断しました。 バカミス愛好家は、お試しあれ。 *「黄鳥の嘆き」については、『体温計殺人事件』(〈甲賀三郎全集〉第8巻)のレヴューのなかで、具体的に触れています。よろしければご併読ください。 |
No.11 | 3点 | 盲目の目撃者- 甲賀三郎 | 2014/12/08 15:43 |
---|---|---|---|
戦前の人気探偵作家・甲賀三郎の小説作品は、いちおう没後に全集(1947~48 湊書房)としてまとめられており、半世紀以上たってから復刻(2001 日本図書センター)もされています。その点では、ついに個人全集に恵まれなかった、同時代のライヴァル(とはいえ活動期間はより長く、戦後にも及ぶ)大下宇陀児より、恵まれているかもしれません。
しかし甲賀には、全集未収録の作品が山のようにあり、再発見・再評価を待っていますw 昭和22年(1947)刊の本書は、湊書房の全集がスタートする前に、松竹株式会社出版部でまとめられた作品集で(のち、東方社からも同題・同内容の本が出されています)、全集との収録作品の重複はありません。果たして埋もれた宝石はあるのか? 気になる中味のほうは―― ①盲目の目撃者(昭6、サンデー毎日) ②鍵なくして開くべし(昭和5、新青年) ③原稿料の袋(昭3、新青年) ②と③は、論創ミステリの『甲賀三郎探偵小説選』にも採られた、探偵作家・土井江南(作者自身がモデル)とやはりシリーズ・キャラクターの青年紳士怪盗・葛城春雄が登場する(おっとネタバラシかw)、短編です。 酔った勢いと、懐の、貰ったばかりの原稿料に気持ちが大きくなり、夜の浅草に繰り出した土井に、「人殺しを見たくはありませんかね」と怪しい老人が声をかけてくる③は、錯綜したプロットを軽妙に語る、甲賀の話術が光りますが、まあ話術だけと云えなくもないwww 結局のところ、印象に残るのは、冒頭に登場する「ねばりのある女性的な関西弁」の同業者・床水政司(とこみずまさし)とか、「滅多に原稿料を出さない雑誌の編集をしている」満谷順(みつたにじゅん)とかの、楽屋ネタだったりします。 ミステリ的には、またしても酔っぱらった土井が、美女の頼みで、守銭奴の遺産の隠し場所探しに取り組む(ポオの「盗まれた手紙」が引き合いに出される)②のほうが、ひねりが利いていて面白いでしょう。謎解きにまつわる、金属の比重の計算とかは、筆者にはチンプンカンプンですがwww ユーモアを打ち出した、これらの短編に対し、作者の論敵だった木々高太郎が、追悼文「甲賀三郎の思い出」のなかで、「『盲目の目撃者』『幽霊犯人』などが同氏の最も得意としたものであろう」と言及した表題作①は、原稿枚数200枚ほどの、サスペンス・タッチの(木々の表現を借りれば、「トリックを主とした通俗家庭小説風の」)メロドラマ。お話の導入は、こんな感じです。 嵐で外洋に沈んだ、客船ブラジル丸の生存者は、当初、富豪の遺産相続人である若い女性・民谷清子ひとりと思われていたが、船医の、「私」こと井田信一も九死に一生を得、遅れて帰国を果たした。助かりはしたものの、明日への希望を無くし、酒におぼれる日々を送っていた信一は、ひょんな事から、もうひとりの生存者が「民谷清子」だと知り、驚愕する。そんな莫迦な? 彼女は沈没前に、病気の悪化で亡くなっているはずだ。他でもない自分が、それを確認している。いま「民谷清子」を名乗っているのは、船上で彼女と親しくなり、熱心に見舞っていた――ひそかに信一が心惹かれた娘――草野妙子だ! たまたま知遇を得た(何やら思惑を秘めて彼に接近してきた)、「民谷清子」の相続財産問題をあつかっているという、弁護士事務所の青年・緑川の助力で、信一は、ひそかに清子(妙子)と会い、入れ替わりの事情を確かめることを決意するのだが――深夜、待ち合わせの場所で発生した殺人事件が、彼を窮地に追いつめていく。凶器として現場に転がっていたのは、信一がブラジルで紛失したピストルだった・・・ う~ん、甲賀、書き直そうw 船医の信一がなんでピストルなんか持ってたの? まあそれは、治安が悪いから護身用に――で目をつぶるとしても(誰の持ち物か分かるように、わざわざ柄にイニシャルを刻むのも許そう)、紛失した経緯をスルーしてはいかんでしょ。問題のピストルがどうして日本に出現し、“その人物”の手に渡ったか、まったく分からない。分からないはずで、そもそも作者が考えてない。 窮地に立った信一を、謎の人物・緑川(彼の示唆で、ピストルの新たな所有者が判明)がいったん救い、しかしそれも束の間、今度はさらなる窮地が、信一と緑川ふたりを待っている(彼ら以外に犯人の存在しえない、密室状況下での殺人が発生)というジェットコースター的展開で乗り切れば、掲載誌は『新青年』じゃないし、探偵小説マニアでない一般読者からいちいち文句は出ないだろうと、甘く見たのかなあ。 思いつきで話を転がしているだけで、プロットがきちんと練り込まれていないのは、面白い(ないし面白くなる)要素がふんだんに盛り込まれているだけに、残念です。“盲目の目撃者”が証人となるという――彼女の鋭敏な聴覚は、何を捉えていたか?――後半の密室殺人なんかも、魅力的なシチュエーションが安易な種明かしに落とし込まれ、結果、バカミス(しかも笑えない)になってしまっています。せめてトリックの伏線くらい張っとけよ、甲賀・・・ とはいえ(以下は、ファンの欲目です)。 「そのころ、私の前途は暗闇だった」で始まり、「私は世界一の幸福者だと思っている」で終わるこの中編は、天涯孤独の若者が、地獄巡りののちに、生涯の伴侶と莫大な富を得るお話で、なんだかんだいってそのストーリーラインには、普遍的な物語の良さがあります。横溝正史の『八つ墓村』あたりを想起されよ(ワトスン的な主人公をサポートするのが、『八つ墓村』の金田一耕助は、ちゃんとホームズなのに対して、本作の緑川はルパンという違いはありますがw)。 前述のようなプロットの不備を補い、もう少しヒロインのキャラクターを膨らませて言動に説得力を持たせ――そのためには分量が不足だったでしょうから――いっそ長編化すれば良かった、そのヴァージョンを読んでみたかった、と思わせるものはあります。 埋もれた宝石ではなく、原石でしたwww |
No.10 | 7点 | 死化粧する女- 甲賀三郎 | 2012/08/25 23:10 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>、最終第10巻は、
『乳のない女』(昭7、やまと新聞) 『死化粧する女』(昭11、黒白書房<かきおろし探偵傑作叢書3>) の二長編を収めます。 前者は、連載開始時点で、獅子内俊次ものの第一作だったわけですが、単行本化されたのが、『姿なき怪盗』(昭7)、『犯罪発明者』(昭8)のあとの昭和9年ということもあってか、本文中には、それら二作への言及――おそらく連載終了後の加筆――があります。 じつは筆者が今回、本<全集>を読み返すにあたって、いちばん楽しみにしていたのが、この『乳のない女』でした。 といっても、学生時代、ミステリ読みの先輩から拝借した、元版の湊書房版<全集>を通読したさいには、まるで印象に残らなかった作品です。 気になりだしたのは、『このミステリーがすごい!』2000年版の色物企画「世界バカミス全集」(架空叢書。編者は霞流一、四谷中葉、小山正、杉江松恋)のラインナップに、そのタイトルを発見してからです。編者のコメンタリーにいわく。「謎のダイイングメッセージ、驚くべき凶器、意外なる犯人と三拍子そろったド本格ながら、長らく絶版状態にあった幻バカミス、禁を破ってここに登場!?」 え~っ、そんな面白本だったっけ??? こんなお話。 「乳のない女――神林――高円寺」。夜の銀座の街角で、昭和日報の記者・獅子内の腕に倒れかかってきた男装の麗人は、謎の言葉を残して息絶えた。獅子内もまた、背後から何者かに殴り倒され・・・ 気がつくと、遺産相続をめぐる連続殺人に巻き込まれ、ついには重要容疑者として警察から追われる羽目になった獅子内。逃走中の彼が、真相究明のため訪れる先々で待ち受けるのは、しかし新たな死だった! 読み返してみて。どこが“ド本格”やねんw 「ダイイング・メッセージ」は、毒に犯された被害者のうわ言だし(とってつけたような“乳のない女”の種明かしも、そんなのは、乱歩や正史にまかせておけばよろしい)、「驚くべき凶器」も、最初の事件のアレだとすれば、使うことのデメリットのほうが、大きすぎ(被害者が犯人のそばで昏倒したら、どうするの?)。「意外な犯人」は、まあミスディレクションの工夫は認めるとしても、最終的に(身元証明のできない“架空人物”では)遺産相続なんて無理じゃないかなあ。 おおらかなヒーロー(「チョッ、警察に追い廻されながら、探偵をするのは、随分、骨が折れらァ」)による、逃亡者型サスペンス――さながら元祖『金田一少年の殺人』w――と割り切って、随所に突っ込みを入れながら、そのジェットコースター的ノリを楽しむのが吉でしょう。 むしろ今回、積極的に推したい気分になったのは、密告状を受け取った弱小新聞の記者が、空家で発生した、奇妙な女優射殺事件(被害者は、なぜか死化粧のように、顔を蒼白く塗っていた)の渦中に飛び込んでいく、併録の表題作のほうでした。 原稿枚数500枚台の『乳のない女』にくらべると、その半分に満たない分量(なので、この『死化粧する女』は、いまなら中編にカテゴライズされるか?)ですが、書き下ろしの単行本とあって作者も気合を入れたのか、いたずらにスリラー調に流れることなく、捜査小説としてまとまっています。 犯行時刻前後、現場付近に、思惑の異なる複数の人間が集まっていたという、人工的なプロットも、キャラクターの動機づけの主軸に愛(男女の、あるいは肉親への)を置くことで、心情的な説得力を持たせていますし、そこから二転、三転してのサプライズ・エンディングには、まぎれもない本格スピリットを感じます。ヒューマンな読後感も良し。 あれ、もしかしてコレ、甲賀のベスト長編候補か?(今回の再読まで、気づかなかったw)。 せっかくですから、この<全集>を読み返してみての、筆者的、甲賀三郎お薦め作品をまとめておきましょう。 スタンダード・ナンバーの「琥珀のパイプ」、『姿なき怪盗』を別格とすれば―― 短編では「四次元の断面」(第6巻) 中編なら「二川家殺人事件」(第8巻) そして長編が『死化粧する女』(第10巻)ですね。 後期の作に集中したのは、我ながら意外。でもこのへんの甲賀は、本当にうまいと思います、ハイ。 もちろん、<全集>未収録作品にも、大物『支倉事件』や、「妖光殺人事件」「血液型殺人事件」といった、要注目のナンバーがあるわけですが・・・そこらはまた、別な機会にレヴューすることにいたしましょう。 (付記)表題長編を対象として、「本格」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.9 | 4点 | 蟇屋敷の殺人- 甲賀三郎 | 2012/08/08 17:32 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>、その第9巻は、表題長編ほか短編2作を収めます。
①蟇屋敷の殺人(昭13~14、讀物と講談) ②情況証拠(昭8、新青年) ③月魔将軍(昭12、オール讀物) コメントは年代順に。 疑わしきは罰せず――を実践してきた、刑事弁護士でもある高名な法学者が、アパートの密室でガス中毒死する。「自殺でもなし、他殺でもなし、過失死でもな」し(おお、ジョン・ロードの秀作『ハーレー街の死』のようだ)、その死の真相は? という②は、“情況証拠”や自白による裁断がいかに危険きわまるものであるか、をテーマにするはずであったと思うのですが、エピソードを錯綜させすぎて(自身の代表作となった「琥珀のパイプ」の呪縛)、主題がかすんでしまいました。シリアスなトーンと、突っ込みどころ満載のお莫迦なトリックも水と油で・・・残念ながら、企画倒れ。 ただ、惰性で創作するのではなく、書きたいことへ向けて一歩踏み出している、その前向きさは確かに伝わってきます。意欲的な失敗作、とでも言うべきか。 それにくらべると。 人里離れた深山の尾根で道に迷い、不思議な西洋館に泊めてもらうことになった主人公が、怪しい殺人劇に巻き込まれる③は・・・ 狂女や蝋人形といった、乱歩・正史ばりのおどろおどろしい道具立てが、どうも甲賀には合わないうえ、使い方が下手なので、オースティン・フリーマンのソーンダイク博士ものから流用した“科学的”トリックまで、胡散臭さをきわだたせる結果に終わっています。 小説としての後味も悪く、力作率の高い甲賀の山モノ(「緑色の犯罪」「誰が裁いたか」「二川家殺人事件」)の中にあって、これはまあ、駄作の部類ですね。 で、順番は最後になりましたが、残る表題作に触れておくと―― ある朝、丸の内の工業倶楽部前に停まっていた車の中から、首を切られた男の死体が発見される。所持品と車体ナンバーから、被害者は、世田谷に豪邸(通称、蟇屋敷)をもつ資産家の、熊丸氏と推定されたが・・・ どっこい熊丸氏は生きていた。容貌も似かよっているし、持物から自動車まで同氏のものでありながら、死体はまったくの別人だったのだ! 一転して容疑者となる熊丸氏だったが、前夜の行動に関しては、かたくなに口をつぐみ続ける。 ひょんなことから事件に関与することになった、探偵作家の村橋は、親友の萱場警部に素人探偵宣言をして、行動を開始するが・・・矢継ぎ早に起こる殺人。目撃される怪物(目も鼻もないノッペラボー)。暗躍する謎の女。村橋と萱場警部の身にも、魔の手が迫る! 日中戦争の勃発から第二次世界大戦突入までのはざま、そのなんともキナ臭い時代に書かれたにしては、およそ時代色・国策とは無縁の、娯楽に徹した探偵小説です。 その夏炉冬扇ぶりは、いっそ気持ちいいくらいですし、スリラー調の展開はとっていても、従来型の“怪人対名探偵”とはまた一味違った、ひねりが利いています。 しかし、正直、長いんだよなあ。引き延ばしの果てに訪れる、衝撃の結末も、結局のところ、伏線にもとづかない、真相の一方的な押しつけですから、説得力も何もあったものじゃない。 いちおう、エラリイ・クイーンの戦後の某作の趣向に、先鞭をつけているんですがね(ま、アレに先鞭をつけても、あまり自慢にはならないかw)。 この作品などは、連載終了後そのまま本にしないで、刈り込むべきところを刈り込み、矛盾を訂正し説明不足を補い――という改稿の手続きを踏めば、いわゆる“本格”ではないにせよ、特異なテイストの“捜査型”ミステリ(さながら、F・W・クロフツ、ミーツ島田荘司)として、面目を一新したかもしれません。 さて。 この<全集>も、残すところあと1巻。最終回は、かの小山正氏スイセンの、幻のバカミスを読み返すことになります。 乞うご期待w (付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.8 | 6点 | 体温計殺人事件- 甲賀三郎 | 2012/07/15 11:05 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第8巻です。
①体温計殺人事件(『新青年』昭和8年3月号) ②二川家殺人事件(原題「黄鳥の嘆き」『新青年』昭和10年8~9月号) ③霧夫人(『キング』昭和12年4月号) ④魔の池事件(『新青年』昭和2年1月号) ⑤誰が裁いたか(『ぷろふいる』昭和9年1~3月号) ⑥錬金術(『キング』昭和2年1月号) ⑦空家の怪(『新青年』大正14年11月号) ⑧奇声山(『新青年』昭和4年4月号) 代表作クラスの中編三つ(①②⑤)ほか五編の短編からなるセレクションですが、この<全集>らしく、配列にまったく意味が無い。 変則的ですが、短編グループ、中編グループにわけてコメントしていきます。 まず短編。 ③は後期作です。高原のホテルの、一夜のセンチメンタリズムは魅力ですが、起訴された(無実の)殺人容疑者が証拠不充分で免訴になったから、真相を秘してもいいだろうという主人公の認識に問題があります。“彼”は対世間的には、ずっと灰色の存在ですよ (>_<) ④は、「琥珀のパイプ」の語り手が、かの怪青年(その正体は、帝都を騒がす怪盗・葛城春雄だった!)と再会を果たす・・・凡作。長編の一部を抜粋したようなエピソード(トリック的には、さながら『金田一少年の事件簿』)で、続編での決着を匂わせながら、それが執筆されることはありませんでした。 ⑥⑦は、コンゲームあれやこれや。ともに軽い落とし噺ですが、前者の、人物設定(弁護士と理学士コンビ)と手口の対比には妙味があります。 巻末⑧の“奇声山”とは、主人公の会社に臨時採用された、ヘンテコな声の中年社員のニックネーム。社内男女の駆け落ちをめぐって意外性は用意されていても、伏線の照応は無いので、これをミステリというのは苦しい。でも、悲哀を感じさせるサラリーマン小説(そんなのも甲賀は書いてました)として、妙に心に残る小品です。 続いて中編。 『新青年』の百枚読切りの企画で発表された、これぞ正面押しの本格というタイトルの密室ものが、表題作①。犯人の計画に、関係者の複数の思惑が交錯し、そこにアクシデントまで発生して事件を紛糾させる――力作なわけですが、枝葉が出すぎて、引き延ばしが目立つわりに、肝心の解決は駆け足で説明不足。理化学トリック(でもこれって、ほとんどアンフェアな“未知の毒物”レヴェル)の解明も、メカニズムを地の文でダラダラ説明されて煩雑なだけです。 これが⑤になると、トリック自体は「体温計」と大差ないものの、それがクライマックスの構成要素に取りこまれ、緊迫した状況下で一気に種明かしされるので、単なる解説にとどまらず、劇的効果をあげています。この「誰が裁いたか」は、十年目ごとに繰り返される変事のうち、二番目のそれの解釈があまりに大味で、必ずしも成功作とは言えませんが、シンプルなストーリーでありながら深みを感じさせる(中編サイズをいかした)構成と話術に、作者の円熟のきざしを感じ取れます。 そして―― 華族の友人が、突然、日本アルプスの雪渓を掘り返し始めたのは何故? というイントロも見事な②こそ、そんな甲賀の到達点とも言うべき傑作。 ハウダニットだけ抜き出せば凡庸な短編にしかならないネタを、背景に工夫を凝らし、鮮やかに膨らませて中編としました。犯罪の根っことなる謎の正体、その情報をじょじょに提示していく段取りのうまさ。ここにはもはや、「体温計」に見られたような、ストーリーの複雑化のためだけの、レッドヘリング群は存在しません。謎と解明のプロセスを、少数精鋭が支えてドラマが進行します。 結末が来たところで、スポットが意外な人物に照射される幕切れは、たとえば、後年の東野圭吾の『放課後』のように評価の是非が分かれるところかもしれませんが、心理的な布石は打たれており、筆者はそのスパッとした切れ味を買います。 収録作品の順番にきちんと配慮をはらい、巻頭にヴォリュームある「体温計」を置いたのなら、同等の分量のこの「二川家」をラストに持ってきて締める、べきでしたね。そうした編集であれば、玉石混交であっても、7点は付けたものを。残念。 (付記)表題中編を対象として、「本格」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.7 | 5点 | 犯罪発明者- 甲賀三郎 | 2012/06/27 16:33 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第7巻です。ラインナップは――
①犯罪発明者 ②眼の動く人形 ③瑠璃王の瑠璃玉 ④傍聴席の女 ⑤ニウルンベルクの名画 ⑥緑色の犯罪 ⑦アラディンのランプ ⑧蛇屋敷の殺人 看板探偵・獅子内俊次が登場する表題長編ほか、怪弁護士(事件の裏で、ちゃっかり金品をかすめ取る)手塚龍太ものの短編七作を収録しています。 本書の前半を占める①は、昭和八年の『日の出』に連載された、短めの長編(現在の感覚からすれば、原稿枚数300枚未満は長編とは見なしがたいでしょうが、そのジェットコースター的なストーリーテリングは、完全に“連載長編”ノリです)で、獅子内ものの発表順としては『姿なき怪盗』と『死頭蛾の恐怖』のあいだに位置するも、作中の時系列は『姿なき怪盗』以前、獅子内が昭和日報に入社して一年目という、若き日の冒険譚です。 世田谷に住む、友人の検事宅で歓談した獅子内は、そこで、女中が無断でいなくなったという話を聞かされる。その帰り道、獅子内が出会ったのは、松澤村(公立の精神病院がある)へ行きたいという不審な男だった。直後、編集長から、収監中の殺人容疑者が脱獄したことを知らされる獅子内。さてはさっきの男が・・・? 友人の検事まで巻き込んで、目まぐるしく展開していく事件。出没する謎の老人。今回の敵は、自在に人を発狂させる、恐るべき“犯罪発明者”だ! いや~、プロットは支離滅裂、謎解きの辻褄は合わない、お手上げですw 第六感に頼って事件の渦中をうろつき回った獅子内は、結局のところ、“真相”をある人物から教えてもらい、あとはホームズ譚の「瀕死の探偵」の故知にならって犯人を罠にかけるだけ。 まあ犯人の設定自体は面白いものの、化学者でもなんでもない人間が、「極く少量を注射されると忽ち気が違ってしまうと云う恐ろしい薬品」を発明したといわれてもねえ ^_^; 突っ込みどころをさがして楽しむ、病膏肓の甲賀三郎ファン以外、読む必要はありません。 本書後半、<手塚龍太探偵譚>としてまとめられた諸作を読むと、やはり、甲賀は短編作家であるとの認識を強くします。 ②から⑥は、昭和三年の『新青年』に、“連続短編”として掲載されたもの(④と⑤の、雑誌発表順と、本書の収録順が、なぜか入れ替わっていますが)。⑦⑧は、昭和八年と十二年の同誌に、単発的に書かれたものです。 正面切った謎解きではなく、種明かし形式の奇談が中心ではありますし(ディテクションの興味で“本格”といえるのは⑧くらい)、出来不出来の差もあるのですが、一話ごとヴァラエティに富んだ背景の事件に、毎度、主人公をどう絡め、印象づけるか――真相の暴露プラス、ピンハネw――の工夫は軽妙です。 特記すべきは⑥でしょう。その昔、筆者が湊書房版の<甲賀三郎全集>を通読したさい、ことアイデアの面白さでは一番と感じた作です。 いま読み返してみても、緑色に染められたシュールな風景のなかで起こる“事故”の真相、そのチェスタトンばりの奇想は強烈。 ただ、それともうひとつの“事件”の結びつきが弱く、チグハグな印象を受けることと、ストーリー的にはむしろメインなはずのその“事件”のほうの動機、手段が説得力に欠けることで、国産短編の傑作になりそこねました(“甲賀短編の傑作”になったのですw)。 この作の美点としては、語り手が、死に場所を求めて八ケ嶽の山中を行く、印象的な導入部もあげておきます。ぶっちゃけ、描写力に才があるとは言えない甲賀ですが(絵画の盗難をあつかった⑤などは、お話自体はまずまずの出来なのに、肝心の名画を文章で“見せて”くれないのは・・・作家としてどうよ、という感じ)なぜか山を描くと、妙にビシッと気合が入りますね。 なお。 手塚龍太ものは、連続短編の悼尾を飾るこの「緑色の犯罪」のあと、四年の時を隔てて、シリーズ・ベストともいえる「妖光殺人事件」で『新青年』に復活します(以下、⑦⑧と続く)。 なのに、よりによってこの「妖光」だけ本書からオミットされている。責任者、出てこ~いw(ちなみに、国書刊行会の甲賀本『緑色の犯罪』には、表題作ほか、「ニウルンベルクの名画」と「妖光殺人事件」が手塚ものからチョイスされています。これはお薦めの一冊です) (付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.6 | 4点 | 妖魔の哄笑- 甲賀三郎 | 2012/06/02 19:24 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第6巻です。表題長編のほか、短編一作を収録。
昭和六年から七年にかけて、『大阪時事新報』(デビュー前の江戸川乱歩=平井太郎が、いっとき勤務してましたね)に連載された『妖魔の哄笑』は、なんと、平成七年になって、春陽文庫の<探偵CLUB>の一冊として復刊されましたから、比較的、新しい世代のミステリ・ファンの目に触れる機会があったのではないでしょうか? その当時、筆者の周囲では、意外に本作が好評だったのを覚えています。湊書房版の<全集>で読み、つまらなかった印象の強い筆者は、エーッという感じでしたがw 新潟行きの寝台急行が、軽井沢駅に停車する直前、そのトイレで、顔面を切り裂かれた男の死体が発見される。目撃されていた、怪しげな四本指の男が、富豪の実業家を殺して逃げ去ったのか? という導入部のあと、事件に巻き込まれた石油会社の新人社員・土井を狂言回しに、軽井沢署の水松警部を探偵役にして、ストーリーは、東京、大阪と舞台を変えて目まぐるしく展開します。暗躍する謎の組織、出没するミステリアスな黒眼鏡の女―― 波乱万丈で、退屈はしません。 しませんが・・・偶然を多用して、場当たり的に事件と謎をつるべ打ちする、甲賀長編の悪いところが、あからさまになってしまっています。 天然ボケのビッグ・マウス・獅子内俊次(『姿なき怪盗』『死頭蛾の恐怖』)のようなキャラが主役を張っていれば、そのあっぱれなMCぶりに、ご都合主義を突っ込みどころのネタにすることが出来るのですが(死体の身元に疑問があるなら、早く指紋くらい照合しろよ、とかねw)、マジメいっぽうで凡庸な、本作の土井、水松両名が相手では、そういう楽しみかたもできません。 めずらしく、江戸川乱歩ばりの猟奇犯罪(美女の解体)をあしらって、犯人像に凄みをもたせようとしていますが、それも、常識人の作者の人(にん)に合わず――ラストに明かされる、解体の必然性(?)も浮きまくって――無理したあげく亜流感をきわだたせる結果に終わっています。 サービス過剰の失敗作でしょう。 むしろ本書のオススメは―― 妻殺しの嫌疑で逮捕・起訴された男が、証拠不充分で無罪判決を受け釈放されるが、やがて彼は意外な事実を知ることになる・・・ という、併録の短編「四次元の断面」(『新青年』昭和十一年四月号、掲載)ですね。 かなり大きな偶然が、事件の契機になっていても、ここではそれが、たくみに悲劇性に昇華されています。そして残る、シニカルな読後感。これは、甲賀の説く「ショート・ストーリイ」(探偵趣味を取入れた短い読物)の、見事な実践になっています。 あ、妙にSFっぽいタイトルですが、内容的には、物理も数学も無関係。これは、主人公の把握できない局面で、読者に明かされる残酷な真実、といった意味合いですかね? 相変わらず、タイトル・センスには疑問符の付く作者ですw (付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.5 | 6点 | 琥珀のパイプ- 甲賀三郎 | 2012/05/26 20:31 |
---|---|---|---|
日本図書センターの<甲賀三郎全集>第5巻です。収録作は――
①荒野の秘密 ②死頭蛾の恐怖 ③悪戯 ④古名刺奇譚 ⑤琥珀のパイプ ⑥ニッケルの文鎮 短めの長編(というか、原稿枚数300枚未満ですから、長めの中編というか)ふたつのあとに、初期短編を配していますが、この配列にあまり意味は無いのでw 発表順にコメントしていきます。 表題作⑤(『新青年』大正十三年六月号、掲載)は、理化学トリックと複数のプロットが、嵐の夜の放火&殺人事件のかげに交錯する、作者のスタンダードナンバー。類型を脱したストーリー構成――甲賀自身の“定石”の創造――は、本格短編というより、本格風味を利かせた奇談として成功しています。 ただし、以下の二つの理由から、この「琥珀のパイプ」を読むテクストとして、この<全集>版は推薦できません(>_<) 1.「表形法」の暗号文を形成する、肝心の符号が載っていない! 2.導入部が改変されている! 今回、オヤッと思い、創元推理文庫『日本探偵小説全集1』所収の「琥珀のパイプ」と照合してみると――同文庫p.204の8行目~p.205の12行目までにあたる文章が削られ、前後の文章に修正が加えられていました。 登場人物の一人が軍備拡張論をとなえる個所なので、本書の定本となった湊書房版(昭和二十三年の刊行。日本がまだ、GHQの占領下にあったことに留意)の編集部が、作者の遺族と相談のうえ自粛したものと愚考しますが、そのために、削除部分で言及されていた、ある人物の家の紹介が唐突なものになっています。 さて、気を取りなおしてw 大正十五年/昭和元年の『新青年』一月号に発表された⑥は、⑤の延長線上の、理化学トリック+錯綜したプロットによる奇談路線。突っ込みどころは多々ありますが、小間使い(メイドです)の一人称を採用し、軽妙な語り口で複雑なストーリーを一気に読ませる、そのストーリーテリングは上々。筆者のお気に入りです。できれば本篇を読む前に、「母の秘密」(本全集第1巻、収録)に目を通しておければ吉ですね。 この「ニッケルの文鎮」とか、やはり同年の『新青年』四月号に載った、オチのある犯罪心理小説の③などをあらためて読むと、甲賀を人気作家に押し上げた原動力は、トリック云々ではなく、語り部としての才であったことが理解できます。 ただ、それこそ松本清張から島田荘司まで、ストーリーテラー型のミステリ作家にありがちな欠点として、ときに信じがたい、ご都合主義的“偶然”を駆使するのですね。 おかげで、シリアスな悲劇のはずの④(『大衆文芸』大正十五年六月号)などは、たび重なる運命のいたずらが、ただ作者の恣意にしか見えず失敗しています。 巻頭作の①は、昭和六年から七年にかけて、『料理の友』なる、おそらく女性誌に連載された(書誌データは、おなじみアイナット氏の好サイト「甲賀三郎の世界」によります)犯罪メロドラマ。○○が埋まっているはずの“荒野の秘密”(ヒーローとヒロインの恋の障害となる)をめぐって、最後にミステリ的どんでん返しはありますが、その真相と決着はあまりにイージー。ハッピーエンドならいいというものではありません。 昭和日報の熱血バカ、もといエース記者・獅子内俊次が、赤死病で帝都を震撼させる、殺人魔と対決する②(『日の出』昭和十年一月号~同年六月号)は、いちおう作者のスリラー系の代表作のひとつ・・・かな? またぞろタイトルはピンボケだし(“死頭蛾”は事件と関係ないです、ハイ)、理化学トリックはトンデモの領域だし(有毒生物が巨大化すると、毒も「その割合で増」して致命的になるって・・・本当ですかw)するわけですが、獅子内ものには、全体に天然ボケの笑いどころがあり、出来はさておき、その点、筆者は嫌いにはなれません。バカミス愛好家は是非どうぞ。 ひとつだけ、マジなコメントをするなら――ラストがもったいない! 獅子内の活躍で、犯人は逮捕・起訴され、舞台を法廷に移すのですが、じつは物証が乏しく、この犯人、逃げ切ることに成功しかけます。それが、たったひとつのミスから・・・ という、その展開こそ、本作をミステリとして印象づける最大のポイントたりえたはずなのに、そこを駆け足でササッと流しているんだよなあ。 掲載誌が『新青年』だったら、そこに注力したかも。いや、檜舞台の『新青年』には、そもそもこんな話を載せようとは思わないか ^_^; (付記)表題短編を対象として、基準を緩めて「本格」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.4 | 6点 | 姿なき怪盗- 甲賀三郎 | 2012/04/21 16:08 |
---|---|---|---|
昭和日報のエース記者・獅子内俊次は、保養のため伊豆の海岸にある旅館に逗留するが、たまたま目にした美女の行動に関心を持ったばかりに、近くの洞窟で、頭部に銃弾を撃ち込まれた白骨死体を発見する羽目に。
調査に乗り出そうとする獅子内だったが、昭和日報の社長が殺害され、大恩ある社長夫人に殺害の嫌疑がかかるという非常事態が発生し、急遽、東京に舞い戻る。 やがて。 無関係に見えた二つの事件が結び付き、浮かび上がって来たのは、和製ルパンの異名を持つ怪盗、三橋龍三の存在だった・・・ 日本図書センターの<甲賀三郎全集>第4巻は、この長編『姿なき怪盗』一本ぽっきりw なにせ昭和七年(1932)に、新潮社の<新作探偵小説全集>に書き下ろされた、400字詰原稿用紙にして600枚におよぶ雄編ですからね。 筆者は、甲賀三郎は、資質的に短編型の作家だと思っています。 全体を律する謎をデンと構築できないため、“長さ”を維持するためには、クライマックスへむけて、小さな事件を次々に発生させるという小説作法になりがち。 そうなると、明確な全体像を必須とする本格探偵小説が、限りなく不定型なスリラーに近づきます。 そして探偵小説的な趣向をちりばめたスリラーとしては、健全な娯楽小説を志向したぶん、敵役(じつは主役)の悪のスリルと言う点で、ライヴァル乱歩のそのテの長編にくらべて印象が薄い(余談ですが、甲賀の作風からいって、およそ代表作とは見なしがたい『支倉事件』が、結果として頭ひとつ抜きんでているのは、“犯人”の肖像の特異さゆえですね)。 そんななか。 ○人○役というアイデアを核にした本作は、ジェットコースター的展開と、事件の全貌が明らかになったときの探偵小説的驚きの両立に関して、かなり健闘しています。 筆者は、少年時代、春陽文庫版で読んでいましたが(それゆえ湊書房版の<甲賀三郎全集>通読時には、スルーしていました)、盛り込まれた小ネタ――獅子内のアパートで起きる、密室殺人のトリックとかね――も結構、覚えていましたよ。 怪人(怪盗三橋というネーミング・センスはトホホですし、およそ人を殺しまくる三橋に“怪盗”のイメージはありませんがw)対名探偵(作者の意図とは裏腹に、熱血バカなメイ探偵として、獅子内のキャラが立っていますw)の変奏曲として、甲賀長編のなかでは、まぎれもないAランク。 なんですが。 ただねえ、基本的に、従来の連載長編の延長なんですよね。 これって、さきにも述べたように、戦前には珍しい書き下ろしでしょ? 甲賀には、この機会に、自身の考える“本格探偵小説(長編もの)”をキッチリ具現化して欲しかったんだよなあ。 枠組みは、別に、このままの怪人対名探偵でかまいません。「江戸川君の畑で、江戸川君に書けない合理的な本格を書いてやろう」という、一歩進んだ意識があれば・・・ 薬理トリックを盛り込むにしても、都合のいい薬をでっちあげるのではなく(このへんは、全集第3巻収録の『公園の殺人』の、安易な×××使用にも見られた、作者の悪い癖)、きちんと調べて使える薬を採用し、変装でオドロキを演出するにしても、その具体的なプロセスを記すことで説得力をもたせる――波乱万丈の面白さを、そうした細心なフェアプレイが裏打ちしていれば、これは現代にも通用するエンタテインメントになったでしょうに。 作者のためにも、それを惜しみます。 |
No.3 | 4点 | 急行十三時間- 甲賀三郎 | 2012/03/30 14:49 |
---|---|---|---|
<甲賀三郎全集>第3巻(日本図書センター)、その収録作は――
①公園の殺人 ②急行十三時間 ③女を捜せ ④荒野 ⑤黒衣を纏う人 ⑥暗号研究家 大正十五年/昭和元年(1926)に『新青年』に発表された、私立探偵・木村清ものの短編②が、表題作になっています。 とりたてて傑出した出来でもないのに・・・と思っていましたが、読み返してみると、全体に低調なこの巻のなかでは、なるほど光っています。 いわくつきの“身代金”を携行し夜行列車に乗り込んだ青年の、東京~大阪間の緊迫した“急行十三時間”が描かれ、待ち構える、落差のあるオチが効果的。 本書にはもうひとつ、木村清ものが収められています。 新婚旅行にあたって、なぜか片田舎の淋しい“荒野”を訪れることを要求した新婦が、同地で失踪する、その④(昭和二年の『新青年』掲載)は、プロットの批判的な吟味には耐えられませんが、前段の過剰な、しかし引き込まれるムードづくりといい、後段の木村探偵の、面白い役どころ(これは②にも共通する長所)といい、印象に残ります。 ノン・シリーズ短編の③⑤⑥あたりは、そうした見どころもなく(するとプロットの不自然さばかりが目について・・・)冗長。 甲賀三郎研究家のアイナット氏によると、⑥で本名が伏せられている探偵役は、シリーズ・キャラクターの“あの人”の可能性が高いということですが、その怪盗・葛城春雄が主役をはるのが①です。 この『公園の殺人』は、甲賀が専業作家になった昭和三年に、『講談倶楽部』に連載された長編(ちなみに翌四年に同誌に連載されるのが、江戸川乱歩の『蜘蛛男』)。 タクシーの衝突事故の現場から、乗客の青年紳士が姿をくらまし、連れの婦人の変死体が発見される――という奇妙な発端から、巨額の財産をめぐる三つ巴の争い(その一翼を担うのが、怪盗・葛城)が展開されていく、ルパンもの顔負けの冒険ロマンです。 近過去の、関東大震災をプロットに組み込んで(のちのミステリ作家が、第二次世界大戦を利用するように)複雑な犯罪メロドラマを紡ぎだした、その構想力は買えます。 しかし、ミステリとしては失格。 不意に息苦しくなり、目まいを感じ昏倒し(絶命し)ていく被害者たち――というハウダニットの謎を中軸にしながら、その種明かしがあまりに安易なのです。 「○○はどうして手に入れたのか、最近に発明された恐るべき×××を持っていました」ですませるのかい。 それに、周囲に第三者がいても特定の人間だけをピンポイントで倒せるのはなぜなの? 教えて、葛城さん。 “理化学トリック”の第一人者、甲賀三郎ともあろう人が、こんなエセ科学に逃げてはいけませんよ。 あと、これは『幽霊犯人』や『池水荘綺譚』もそうでしたが、長編のタイトルがピンボケ気味。このへんの“商品名”のセンスを考えると、ライヴァルだった乱歩の大きさがよくわかりますw (付記)表題短編を対象として、「サスペンス」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.2 | 5点 | 池水荘綺譚- 甲賀三郎 | 2012/03/10 14:16 |
---|---|---|---|
シリーズ、<甲賀三郎全集>(日本図書センター)を読む、です。
第2巻となる本書の収録作は―― ①池水荘綺譚 ②夜の闖入者 ③救われた犯人 ④黒衣の怪人 ⑤惣太の経験 ⑥惣太の幸運 ⑦惣太の喧嘩 ⑧惣太の受難 ⑨惣太の意外 ⑩惣太の求婚 ⑪惣太の嫌疑 元版(湊書房版)をたしかに一読しているのに、この巻はまったく内容を覚えていませんでした。 読み返してみて納得。学生時代、筆者が甲賀に期待していたのは、“戦前本格”とか“理化学トリック”だったはずで、本巻は、そういうウブな読者の予想のナナメウエをいく内容なのですねw 表題作①は、前巻の『幽霊犯人』と同じ昭和4年(1929)に、女性誌『婦女界』に連載された長編。ヒーローが悪漢の陰謀を打ち砕き、見事に汚名を返上し、ヒロインとの恋の成就なるか、を骨子とした波乱万丈のストーリー・・・ でありまして、前巻のレヴューで筆者は、長編『幽霊犯人』を「探偵趣味をまぶした勧善懲悪の大衆小説」と評しましたが、本作はいってみれば、ただの「勧善懲悪の大衆小説」w しかも、英国の貴族社会を背景にしながら、キャラクターは全員、譲次や瑠璃子といった日本人名で表記される、なつかしの黒岩涙香の翻案小説スタイルの珍作(異国情緒はいいけれど、当時の女性読者には外国人の名前はなじみにくいだろうから・・・という配慮?)でした。甲賀三郎の異色作をつまんでみたい、という物好きなマニア以外には、残念ながらお勧めできません。 ②③④は、私欲のためでなく、虐げられている善人を助けるために悪人を懲らす、義賊“暗黒紳士”シリーズ。暗黒紳士の正体は、探偵作家・武井勇夫であり、武井がくだんの怪盗だと確信を持っている、友人の私立探偵・春山誠の執拗な追及の手をくぐり抜けながら、悪漢と対決し、勝利をおさめます。 モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンものと、ジョンストン・マッカレーの地下鉄サムもの(当時、『新青年』で人気があった、掏摸を主人公とした連作。ちなみにマッカレーは、『快傑ゾロ』の作者でもあります)をちゃんぽんにしたような内容で、ミステリ的にはご都合主義もいいところですが――『冨士』とか『婦人倶楽部』といった発表誌を見ても、『池水荘綺譚』同様、もとよりマニア的読者層は想定していないことがわかります――、このテの連作は、一篇一篇の出来はダメでも積み重ねで味が出るものなので、収録が3作というのは、いかにもサビシイ。 アイナット氏の「甲賀三郎の世界」という濃いサイト(本稿を草するに当たり、書誌的な確認事項では全面的にお世話になりました。有難うございます)によれば、あと2作、このシリーズはあるようなので、復刻版の本叢書では、ボーナス・トラックとして、そちらも収録してほしかったなあ。 サンプルとしてこのシリーズを1作だけ試し読みするなら、クライマックスで二人の“暗黒紳士”が対峙する、マンガチックな展開からの意外性で、④を推しておきます。 ⑤~⑪は、不正を憎むw あわて者の泥棒“気早の惣太”シリーズ。 こちらは、大正15年/昭和元年(1926)から昭和9年(’34)まで、おもに雑誌『苦楽』に発表された、全7話が(必ずしも編年体の並びではありませんが)完全収録されており、前述した、短編の“積み重ねによる味わい”を楽しめました。 もっとも、これはミステリではなくユーモア小説(学生時代、甲賀にそんなものを求めていなかった筆者には、猫に小判だったでしょう)。 窮地に陥った惣太を救うのは、“暗黒紳士”的な機転ではなく、基本的に惣太本人の、生一本の性格の良さなんですよね(情けは人のためならず)。大いに笑えて、ときにラストでしんみりできる(人情噺的決着では、⑧と⑪が双璧。めずらしくミステリ的意匠を凝らした⑪の、元祖・楠田匡介的バカトリックには、目をつぶりましょうw)、甲賀の意外な作家的一面を堪能できる連作がこの巻に入っていて、本当に良かった。 終わり良ければすべて良し、で、採点は1点オマケw (付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。 |
No.1 | 6点 | 幽霊犯人- 甲賀三郎 | 2012/02/23 15:18 |
---|---|---|---|
デビュー当初の江戸川乱歩の好敵手! 通俗のなかに忍ばせた“本格”魂! 衝撃か笑撃か、炸裂する理化学トリック!
シリーズ<甲賀三郎全集>を読む、の開幕です。 たまたま足を伸ばしたさきで、日本図書センターの全10巻(2001年刊)を置いている図書館を見つけてしまい・・・こりゃ俺に読めということだな、と観念しましたw この叢書は、戦後まもなく湊書房から刊行された同題の全集(<全集>と言う名の、正味、代表作選集)を復刻したものですが、じつは筆者、学生時代(遠い昔)にマニアな先輩に押し付けられて、もといお借りして、もとの湊書房版を通読しているのです。 そういうわけで、誰需要? という気はしますが、個人的にはたまらなく懐かしい作家・作品の再訪ではあります。 第1巻『幽霊犯人』の収録作は―― ①幽霊犯人 ②真珠塔の秘密 ③カナリヤの秘密 ④母の秘密 ②は、大正十二年(1923)に『新趣味』八月号に懸賞入選作として掲載された、甲賀のデビュー短編(ちなみに乱歩のデビュー作「二銭銅貨」は、同年の『新青年』四月号掲載)。 展覧会で話題を呼んでいた、工芸品の“真珠塔”――そのすり替えをめぐる謎に挑むアマチュア探偵・橋本敏の活躍を、友人の私(岡田)が記録するという、オーソドックスを絵に描いたようなホームズ・スタイルの一品。アイデア自体は面白いのですが、意外性の演出ばかりに気を取られて、ホワイの部分の説得力がありません(アーサー・モリスン「スタンウェイ・カメオの謎」との対比)。 続く③が、檜舞台『新青年』への初登場作(大正十二年の十一月号に、乱歩の「恐ろしき錯誤」とともに掲載)で、化学者の実験室で連続発生した、奇妙な青酸ガス中毒死事件の解明を依頼された、橋本探偵の活躍を、前作同様の形式で描きます。 理系の発想が中核にありますが・・・これはトンデモと紙一重。学者のクレージーさ(研究を優先するあまり・・・)を強調すれば、小説として、もう少し、なんとかなったかなあ。 カナリヤと言うのは、第二の犠牲者である化学者が残したダイイング・メッセージなんですが・・・あの状況では、カナリヤがいても駄目だったと思いますよ、博士w シリーズ探偵となる木村清の初顔見せである④は、乱歩の「赤い部屋」や大下宇陀児の(デビュー作)「金口の巻煙草」とともに『新青年』大正十四年四月号を飾った、作者の第四短編(出世作にあたる第三短編「琥珀のパイプ」は、本全集では第5巻に収録)。 怪奇テイストを打ち出した異色作で、怪奇現象の説明こそ安易ですが(むしろ、本当に幽霊が出現したことにして、その前提でお話を進めたほうがよい)、読み物としてムードづくりにも留意され、トリック・メーカー、プロット・メーカーにとどまらない、職業作家としての甲賀の適性を感じさせる、人情噺の佳篇になっています。 表題作の①は、昭和四年(乱歩が、『孤島の鬼』と『蜘蛛男』の連載を始めた年)に、『東京朝日新聞』に連載された、初期の代表長編。 三浦海岸の別荘で富豪が射殺され、状況証拠から(動機があり、唯一、犯行が可能であった者として)被害者の長男が逮捕されるという導入部の本作は、戦前の我国にあっては珍しい、ストレートな密室長編です。 伏線の張りかたが不充分で、“証拠”の出しかたに難があるものの、専門知識をいかしたトリックはいかにもこの作者らしく、その謎の解明に的を絞って、中編サイズでまとめていたら、密室テーマの戦前のアンソロジー・ピースとして残ったのではないかと思います。 逆にいえば、長編を支えるにはネタが弱いわけで、作者は長丁場をもたせるために、悪漢を暗躍させ、『月長石』(ウィルキー・コリンズ)と『リーヴェンワース事件』(A・K・グリーン)をちゃんぽんにしたようなメロドラマ状況で引き延ばしを図ります。 結果は、探偵趣味をまぶした、勧善懲悪の大衆小説という感じ。 それでも、意外にキャラクターが生き生きしているので、読み返しは苦になりませんでした。 ずっと、甲賀は小説が下手、という認識でいたのですが、今回の再読の印象では、必ずしもそうじゃないかな、と。 さて、第2巻以降は、どうなるでしょうか? (付記)表題長編を対象として、「スリラー」に登録しました(2012・11・13)。 |